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フォーラム記事

ちこ
2023年11月30日
In デジモン創作サロン
2XXX年。 世界はメギドラモンで溢れていた。 温厚で優しくかわいいメギドラモン。 乱暴で粗暴な一昔前の不良風のメギドラモン。 料理が大好きで料理屋を始めたメギドラモン。 同族が大好きでドラゴンへの推し活、通常ドラ活を始めたメギドラモン。 世はまさにメギドラモン時代。 右を見ても左を見ても上を向いても下を向いても兎に角メギドラモン。どこにでもメギドラモンが存在する。 公園で遊ぶ幼子を見守るメギドラモンに、草臥れたサラリーマンに寄り添うメギドラモン。 女子高生とパフェを食べてデジスタに映え写真を載せるメギドラモン、着崩した制服を着てバッドを肩に担いだ悪そうな少年の傍にもメギドラモン。 買い物に行くお婆さんの荷物を持っているのもメギドラモン。 町中、否、世界中がメギドラモンだらけという異様な光景がそこにあった。 どうしてこんなことになったのか。何故メギドラモンが人間界に溢れているのか。 理由はわからない。 ただある日突然メギドラモンたちは人間界に現れたのだ。 テレビの中でしかお目にかかれないような巨大怪獣が大量に街に出現。 当時はそれはもう大変なパニックになったものである。 メギドラモン同士が喧嘩して暴れたり何もしなかったり赤い電波塔にしがみ付いて眠ったり、兎に角メギドラモンが騒動を起こさない日はなく、新聞もテレビのニュースも全てがメギドラモンの話題で埋め尽くされていた。 だが人間とは恐ろしく順応性が高い生き物である。 年月が経過するにつれ人々はメギドラモンの居る生活に慣れ始め、中にはパートナーとして共に暮らす者まで現れ始めた。 一人二人、三人と少しずつメギドラモンをパートナーにする人間は増え始め、今では街を行き交う者の大半がメギドラモンを連れて日常生活を送っている。 パートナーを得たからか、それとも他に何か理由があるのか。 人間のパートナーを持つメギドラモンはフリーのメギドラモンと比べるとどこか落ち着いているように感じられた。 とはいえメギドラモンは人間とはまた違う生き物、それもある日突然地球に現れた未知の生命体で未だ詳しい情報は何ひとつわかっていない。 共に暮らすようになってから起こるトラブルには事欠かず、パートナーと過ごすメギドラモン専門の対策委員会が設立されるのにそう時間は掛からなかった。 そもそもメギドラモン対策委員会とは何か? それは大量発生したメギドラモンに対してどのように接し、扱っていくかを話し合い明確な方向性を決定し、人間とメギドラモンの付き合い方について日夜模索する会議が行われる委員会の事である。 パートナーと過ごすメギドラモン専用の対策委員会とはその中にある部署のひとつであり、メギドラモンをパートナーに得た人間たち。“テイマー”と名付けられた人間たちとメギドラモンとの関係を考え、相談し合える場を提供してより良い関係性を築いていく為の組織である。 最近落ち着いてきたとはいえメギドラモンは凶暴性を秘めた生き物だ。人間と同じように言葉を用いてコミニュケーションを取ろうとする知性はあるようだが、その思考回路・言動が人間と同じとは限らない。 彼らの機嫌ひとつで人間の命は、いや街そのものが吹き飛ぶ可能性だってある。 それはテイマーと呼ばれる人間たちも同じ。彼らテイマーとメギドラモンは奇跡的にも対等と呼べる関係性を築いているが、彼らがもしメギドラモンをどうにかして服従させるなりメギドラモンの凶暴性の方に同調してしまえるような悪しき心の持ち主で、暴力的な思考に支配されていた人間であったら。 この街は、いや世界は瞬く間に火の海と化すだろう。 命という命が燃え果て、後には何も残らなくなるだろう。 そんな最悪な事態を避けるために、両者の良好な関係の構築の手伝いをする。定期的に聞き取り調査を行い彼らが何を考えているのか、何を思い日々を過ごしているのかなどを細かくチェックしている。 全ては世界の平穏を守る為に。 ……などと格好つけて説明をしてみたが、蓋を開けてみれば実際の所そんな非常事態が起こった事は初期の頃は兎も角、最近は無くなっている。 それでも問題が発生しない訳ではなく。メギドラモン対策委員会の職員は今日もメギドラモン対策委員会という名の『相談所』を訪れたテイマーたちの悩みを聞いていた。 「うちのメギドラモン、昨日から調子が悪いんです……何か深刻な病気だったりするのでしょうか」 鎮痛な、悲痛な面持ちで告げる一人の若い男性テイマー。 そんな彼に相談所に詰めている医師がカルテに目を通しながら診察結果を淡々と告げる。 「食い過ぎですね」 「えっ」 「ですからただの食い過ぎです、メギドラモンだって生き物ですから食べ過ぎたらお腹くらい壊しますよ」 「ええ……」 説明しながら診断結果を見せるとパートナーの男性はどこか釈然としないような。 ホッとしたような表情を浮かべながら、食べ過ぎに効くという薬を処方されて帰って行くのを見送って次の相談者を呼んだ。 「次の人、どうぞー」 「うちの子最近話しかけても全然反応してくれなくて……それどころか姿を見るだけで舌打ちするんです。もしかして私、何かしてしまったんじゃないかと不安で不安で」 話をしながらハンカチで顔を覆い泣き崩れる赤い髪の女性テイマー。 不安で食事も喉を通らないのだろう、以前相談所を訪れた時よりも彼女は明らかにやつれていた。 彼女の所のメギドラモンにも何度か会ったことがある。確かあのメギドラモン、人間でいうと中高生くらいの精神年齢であったはず。 突然の素っ気ない態度、これはもしかして。 「確証はありませんが……その、反抗期なのでは」 「はんこうき」 「ええ、もしかしたら違うかもしれませんが」 「いいえ、よく考えてみたら今のあの子の言動は昔の息子や娘たちが反抗期だった頃と同じ。……ふざけんなよバカ息子ーー!!帰ったら覚えておけよ!!!」 急に活力を取り戻したらしい女性は礼もそこそこに帰って行った。つよい。 その後何人か相談に訪れては話を聞いて解決したり専門家を呼んだりして対応して帰って行き、日が沈む頃。本日の業務の終了のチャイムが鳴り響いた。 本日の受付終了の札を出し、帰りの支度をして家へと帰宅するとひょこりと赤い竜が顔を覗かせる。 「おお帰ったか親父殿!今ラーメンが出来た所だぞ!ささ、伸びないうちに食べようではないか!!」 「ありがとう赤くん。味は何かな?」 「みそだ!寒いからな、是非とも暖まってくれ」 「ふふ、美味しそうだなあ」 初めて出会った時はとてもこわくて、おっかなくて中々歩み寄ることなんて出来なかったけれど。 赤くん、そう呼んでいるこのメギドラモンは話してみるととても明るくて元気で、良い子だった。 多分、結婚して子供がいたらこんな感じかなと思うような。 他のメギドラモンたちより少し、いやかなり?小柄な事を気にはしているようだが頭を撫でやすいのでいいと思う。 やんちゃな所もあるけれど、カーテンを破いたり食器を割ったりするくらいで、被害としては可愛いものだ。 おっかなびっくり触れ合ううちに赤くんのことを知って、少しずつ歩み寄って。 今では家族のようになって暮らしているのだ。 「赤くん、これ美味しいねぇ」 「ふっふっふ、今日のは自信作だからな!」 そうして夜は更けていく。 ♦︎あとがき♦︎ 合法的に推しをいっぱい書きたかったんです、許して下さい。 この世界観ならメギドラモンは大量発生しても問題ないんだ、わちゃわちゃするメギドラモンたちが見たいんだ私は。 開幕土下座を決めつつ言い訳を。 今回はデジモン創作サロン公式企画の『THE BEGINNING フリーマーケット』に参加させて貰いました。 当初は中々作品が思いつかず。 ネタが降りないなら仕方ない、今回は諦めようかなと思った時考えつきました。 メギドラモン大量発生させよう!と。 深くは突っ込まないでください、メギドラモンだらけの街が見たかったんです。 というか私はこの街に住みたい、職員さんみたいにお帰りって出迎えてくれるメギドラモン欲しい。 という訳でいつも通りふわっとゆるっとした世界観や登場人物の話を。 ・世界観。 メギドラモンが当たり前のようにたくさん世界。 メギドラモンが現れてから最低でも数年は経っている。 現段階ではメギドラモン以外のデジモンが居るかどうかは不明。職員さんが把握していないだけで居るのかもしれない。 ・登場人物。 職員さん 男性。名前はない。 メギドラモンをパートナーにした人達専門の対策委員会で働いている。彼もまたメギドラモンテイマーである。 穏やかな人。独身。 赤くん 職員さんのパートナーメギドラモン。 やや小柄。 ラーメンが大好き。とっても元気いっぱいの男の子。職員さんを「親父殿」と呼んでいる。 普段は家で留守番。ご飯を作ったりしている。 その他のメギドラモンたち 滅茶苦茶いっぱい。個性豊か。 食い過ぎで倒れたり反抗期になったり色々。 暴れて倒されたのとか、赤い電波塔に棲みついてるのとか居る。 その他のテイマーたち 突然現れたメギドラモンたちとパートナーになった人たち。 毎日メギドラモンに振り回されては相談所に来ている。幸せだったり苦労してたり反抗期と対決していたり色々。 もし続きを書かれる方が居られるならばお好きなようにお書き下さい。
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ちこ
2023年8月17日
In デジモン創作サロン
桜の花弁が舞い散る季節。 家族で出掛けた帰り道、町外れにぽつんと生えた桜の木の下にダンボールが置いてあるのを見かけた。 何となく気になって中を覗いてみると、そこには小さな赤色の丸い体につぶらな瞳、耳のような羽のようなものを頭から生やした可愛らしい生き物と目が合った。 「ぴゃあ?」 きょとりとした表情でこちらを見上げて鳴いた生き物に思わず手を伸ばして触れれば、ふわふわと柔らかくて暖かい。 普段町の中で見かける犬や猫、鳥とも似つかない不思議な生き物。 撫でてみれば嬉しそうに目を細めてもっと、もっとと強請るように身を寄せ、すりすりと手のひらに体を押し付けて来る。 少しくすぐったいけれど、そんな可愛らしい仕草にふにゃりと笑みが浮かんで、ついつい声を掛けていた。 「うちにくる?」 言葉を理解出来た訳ではないと思う。 だけど、確かにその生き物はこちらを見てぴゃ!と笑って頷いた。 それが、後に紅桜(べにざくら)と呼ばれることになるメギドラモン……当時ジャリモンだった子との出会いだった。 ーー最も、メギドラモンになった今も彼女はその生き物のことをよく知らないのだけど。 日本のどこかにある都心から離れた小さな町・ひなた町。 この町には紅桜と呼ばれるメギドラモンが居る。 そのメギドラモン……紅桜はいつも1人の少女にべったりだ。 ぎゃうぎゃうと鳴きながら尻尾を少女に巻きつけたり、両腕で抱きしめたり、撫でてと言わんばかりにぐりぐりと頭を押し付けたり。 凶悪な顔つきの所為で側から見ると少女が紅桜に襲われているようにしか見えないが、ひなた町の住人達は慌てず騒がず少女と紅桜をいつも微笑ましく見守っている。 紅桜は幼年期、まだジャリモンだった頃に少女……日野都音(ひのとおん)に拾われた。 そのまま家族として迎え入れられ、それ以降どこへ行く時も少女と一緒だったのを見ていた彼らにとっては姿こそ昔と違えど昔と変わらずペットの紅桜が主人である都音に甘えて、戯れついているようにしか見えないからである。 そして紅桜はジャリモンの頃から、メギドラモンになった今でも町の住人達のアイドル・マスコットだ。 都音が紅桜を連れて帰った当時。 可愛らしい容姿からあっという間に町の住人達のアイドル、マスコットとなったのである。 その結果、町を歩けば住人達に声を掛けられて可愛がられ、ご飯を与えられ、撫でられーー兎に角町の住人達総出で甘やかされまくっていた。 それを知った都音の両親は紅桜がわがままな子にならないか、紅桜ばかり可愛がられて娘が妬いてしまわないかと色々と心配したものだが彼らの心配を余所に都音は紅桜を大事な家族として受け入れて愛し、紅桜は都音によく懐いていた。 お互いを受け入れ愛し合い、寄り添う姿は種族は違えどまるで本当の姉妹のようで。いつも一緒に行動している仲睦まじい様子の2人を見ては町の住人達は微笑ましそうにしたものだった。 それは都音が成長するのに合わせるように大きく、時には姿形すら変えて紅桜が成長していってからも同じことだった。 都音、彼女の両親、そしてひなた町の住人達は紅桜がデジタルモンスター、縮めてデジモンと呼ばれる種族であることを知らなかった。 この世界ではデジモンの存在があちこちで確認されており、悪い人間によって犯罪に使われたり、暴れて町を滅ぼしたりしている事件なども幾つも報道されていたが……都心から遠く離れ、観光客なども訪れることのない小さく平和で穏やかな町で知ることが出来る情報など限られている。 故に紅桜の姿形が変わるのは成長ではなく進化と呼ばれるものであることも、彼女がデジモンという生き物であることも、進化するデジモンが凶悪と恐れられるデジモンであることも、当然知らず。 少し顔つき怖くなったかな? きっと紅桜ちゃんも思春期なのね、複雑なお年頃なのよ。おばさんの息子も今丁度反抗期なのよね〜とのほほんとしながら、2メートルは軽く越えている赤い恐竜の姿になった紅桜が都音に頬をすり寄せ、戯れついているのを微笑ましく見守っていた。 制服を着て、髪を腰まで伸ばした都音は重いよ、と口を尖らせながらも紅桜を怖がることなく優しく頭を撫でていた。 相変わらず穏やかで暖かい空間がその町の中にはあり、紅桜はアイドルであり、マスコットとして愛でられ、都音と共に町の住人達に見守られてすくすくと健やかに育って行った。 そんな優しい人達に囲まれていたからだろうか。 大きくなったことで乱暴になったり、凶暴化したり……そうして手をつけられなくなって捨てられるペットというのは非常に多く、紅桜もまた本来であれば進化したデジモンの逸話通り、凶悪で邪悪な竜となり、本能の赴くままに暴れ回り、破壊し尽くして町の住人達から恐れられる畏怖の存在となっていた筈だったのだが。 どれだけ姿形が大きく変わろうが、都音と両親、ひなた町の住人達が変わらず紅桜を愛し続けた。 暖かく接し続けた。 その結果紅桜はメギドラモンに進化してからも幼い頃と変わらず穏やかで大人しい子のまま、町の住人達からも変わらずやはりアイドル兼マスコットとして愛されることとなった。 更に紅桜は主人の都音に似たのか歩く姿も女の子らしく、都音が学校に行っている間は邪魔にならないようにちょこんと門の端に避けて座って待つ。 ご飯を食べるときはきちんと手を合わせて綺麗に食べ、食べ終わったらごちそうさまをする……見た目は兎も角、仕草や言動は完全に躾の行き届いた良いところのお嬢様に育ち、ますます町の住人達からの評価が上がり、素敵なお嬢様だねぇと可愛がられていた。 ただ甘やかされるだけでなく、悪いことをすれば目を吊り上げた都音が怖い顔でめっ!と叱っていた、というのも大きいのだろう。 大好きな都音に怒られた紅桜はいつもしょんぼりしていたけれど、大きくなって嫌いだからではなく、悪いことをしたから叱られたのだと理解するようになってからは、一度叱られれば同じことはもうしなくなっていった。 そうすれば良い子だね、と町の住人達からは褒められ、都音も偉い偉いと頭を撫でてくれるので紅桜が本来のメギドラモンとは違う穏やかで大人しいメギドラモンへとなっていくのは当然のことであった。 大好きな主人と暖かな家族。そして優しい町の住人達に囲まれ育てられた紅桜はメギドラモンとは思えないほどに穏やかで優しく落ち着いたデジモンになったのである。 それこそメギドラモンを知るものが見れば驚いて二度見してしまうくらいの変貌ぶりである。 それもこれも紅桜が進化した後も変わらず、周りの人達が恐れず愛情を注ぎ続けて来たお陰だ。 優しい人達に囲まれ愛されるメギドラモンのお嬢様、紅桜は今日も穏やかに微笑みながらひなた町で主人の都音と共に平穏な日々を過ごしている。 「紅桜、行くよ」 「ぎゃう!」
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ちこ
2022年12月13日
In デジモン創作サロン
密室にて #1推し 快晴様の常設企画『推し活一万弱』に参加させて頂きます。 気付けば謎の部屋に閉じ込められていた。 周りには年齢バラバラの幾人かの男女たち。 そして部屋の正面には天井から吊り下げられた巨大なモニター。 恐らくこの部屋にいる誰もが同じ事を思っただろう。 ──これはデスゲームだと。 話で聞いた事くらいはある。 最近ではデスゲームを題材に取り扱った作品が多く世に出回っているなどという話も聞く。 まさか実際にそれが行われて、自分が巻き込まれる日が来ようなどとは予想しなかったが。 状況を把握する頃、モニターが付き1人の人間が映し出された。 黒いフード付きコートを羽織り目元を覆う白い仮面をつけ、テーブルに肘をついて両手を組む人間。 デスゲームの主催者というやつだろうか。 次いで流れてきたのは機械音声で厚手のコートを羽織っている事もあり性別はどちらかわからない。 『皆さんにはこれから──推しについて語って頂きます』 ……は? コイツ今何言った? オシニツイテカタッテイタダキマス? 何の呪文だ。 怪訝そうな顔をしたのはきっと自分だけではない筈だ。 ここはデスゲームが開かれて悪趣味なゲームマスターを愉しませる為だけに名も知らぬ隣人を手に掛けなくてはならない、生き残りをかけて人間の闘争心やら醜い本性が暴かれるような、そんな場所ではないのか。 だがゲームマスターと思しき人間はそれ以上語ることはなかった。 「なんかよくわかんねーっすけど、推しについて語りゃあ良いんすね!それなら任せるっす!オーガモンの兄貴マジソンケーっす!リスペクトっす!オレもあんな風なワルになりてーっす!」 髪を金髪に染め、耳にピアスを付けた如何にもチャラそうな青年が先陣切って意気揚々と語り出す。 お前そんな見た目で舎弟キャラだったのか。というかっすっす煩い。 オーガモンがカッコいいのは認める。あのガタイの良さとかすげーし憧れるよな。顔に傷あんのも歴戦の猛者感あるし。 「わたしは、ツチダルモンが好き!あのまんまるでやさしそうなおめめがね、ステキなのっ!まぁるい体もふかふかしててあったかそう!」 それに続くように長い黒髪を後ろで2つ結びにした大人しげな幼い少女が元気いっぱいに身振り手振りで訴える。 ツチダルモン、良いよな。 マスコットみてぇな丸みを帯びたボディが最高に可愛いと思うぜ。この子の言う通り小さくてつぶらな瞳もより可愛さを引き立てているよな。 「ウハハハハッ!若いモンは元気でいいのう!だがワシも負けておらんぞ!ワシの推しはメギドラモンじゃ!あの凶悪そうな顔つきが“わいるど”じゃろ?胸に刻んだ“でじたるはざぁど”なる刺青もええのう!ワシの若い頃を思い出すようじゃ!」 年老いてはいるものの、背中が曲がらずピンと立つジジイが語る。 メギドラモンってまたすげーの出して来やがったな…だがま、悪くねぇセンスじゃねぇか。あのいかにもワルそうな外見、嫌いじゃないぜ。ドラゴンっつーのは見るだけでテンション上がるし皆好きだよな。 にしてもデジタルハザードを刺青呼びすんのって…しかも若い頃思い出すとか…いや、深く突っ込むのはやめとくか。 互いに認め合い、褒め合いながらも三者三様に熱く語り合う3人。 それらを眺め、フッと笑って声を張り上げた。 「おいおいテメェらわかってねぇなあ!いいか、クイーンチェスモンこそ至高だろ!?」 全く。 女なら強い女に憧れるのが当然ってもんだろうが。 アタシもいつかあんな風になってみてぇ。 「クイーンチェスモンはなぁ、盤上の最強の黒の駒にして小心者のキングチェスモンを支えて国を守る強くて立派な嫁さんなんだよ!…あの黒いボディをじっくり見た事あるかよ?自分の身を守る最大の防御、鎧でありながら女性らしさを失わずしなやかですらりと伸びてる手足!各部位を防護するピンク色の甲冑なんて女性らしさを引き出しつつも黒いボディと上手く馴染みやがってて決して派手でも下品でもねぇ、王族らしい気高く気品に溢れた容姿じゃねぇか。所々にハートを加えてるのも女性らしさと女王らしさを表しててポイントが高え。女王の名に恥じない凛とした佇まいに芸術家どもがこぞって褒め称えて形に残したくなるだろう彫刻めいた美しさ。兜の隙間から溢れる煌めく銀髪、口元だけでも兜の下の別嬪な顔が想像出来るってもんだぜ!」 兜の下に隠されている美しい顔立ちを想像し、ヒュウ、と口笛を鳴らせば黙って聞いていた他の三人が一斉に口を開いた。 「ほほう。やるじゃねぇか嬢ちゃん」 「へぇ…アンタもかなりリスペクトしてるみたいっすね!」 「お姉さんすごーい!でもわたしだって負けないもん!」 「おーおー、全員纏めてかかって来やがれ!言っとくがこれで終わりじゃねぇからな!クイーンチェスモンといやぁ射程の広さと攻撃力の高さでも有名なんだぜ!これはアタシの考察だが実際のモデルになったチェスのクイーンの駒も盤上を、縦と横、斜めのラインを自由自在に縦横無尽にどこまでも駆けて行きやがるからな、そのデータをベースにしてるんじゃねぇか?捕捉したが最後、敵がどこに居たってどれだけ離れたって射程圏内にいりゃその高い攻撃力でぶっ飛ばしちまうんだぜ!く〜っ、痺れるぅ!!」 その後も好きなだけお互いの推しについて語っていれば、気付けばアタシたちは元居た場所──それぞれの自分の部屋へと戻って来ていた。 結局あの空間が何だったのか、主催者のやつが何を企んでいたのかはわからないが──アタシの胸は充実感と同じくらいの熱量を持った良きライバルたちに出会えた喜びで満たされていた。
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ちこ
2022年10月29日
In デジモン創作サロン
ハロウィン企画参加作品になります。デジモン化って難しいね。 「むぅ……補習ですっかり遅くなってしまったな」 月明かりが照らす夜道を歩く青年が居た。 鼻や頰に絆創膏を付け、ぼさぼさの赤い髪に目付きの悪い青色の瞳。 歳は高校生くらいだろうか。 優等生か不良かで分けるならば、百人中百人が不良と応えるであろう容姿をしたその青年はぶつぶつと何事かを呟きながら家へ帰宅するべく道を歩いていた。 「しかし今回は自信があったのだが、まさか全教科赤点を取るとはな。趣味の鍛錬の時間を短くしたというのに……いや、時間を減らした為に感覚が狂って調子が出なかったのかもしれんな。よし、次からはいつもと同じ分の時間にするとしよう」 どうやら彼は補習についての反省会をしているようなのだが、側から聞いていると補習よりも鍛錬の方を重視しているように聞こえるのは果たして気の所為か。 だが残念ながらここにその事について突っ込む人間は居なかった。 居ない為にどこかズレた思考のまま青年は曲がり角を曲がり、 「お兄さん、お兄さん」 背後から声を掛けられて立ち止まった。 青年が振り向けばそのすぐ後ろ。たった今曲がったばかり、先程まで誰も居なかったはずの場所に魔女のような格好をした女性が立っていた。 気配も音もなく現れた女性。しかも目深に被った帽子により目元は覆い隠されていて見えるのは鼻から下、口元のみ。 そんな怪しさ満点の女性に青年は怪訝そうな表情を浮かべる。 それもそうだろう。格好だけでも充分に怪しいのにこんな人通りが少ない夜道でわざわざ声を掛けてくるのだから疑って当然で── 「む、俺の事を呼んでいるのか?だが俺は『オニイサン』という名前ではないぞ。竜禅寺炎刃だ」 ──どうやら青年、竜禅寺炎刃(りゅうぜんじえんじん)と名乗った彼が怪訝そうにしていたのは自身に対する呼び掛けだったようだ。 しかしこの青年知らない相手に名を名乗るなど一体何を考えているのだろうか。 補習に呼ばれるだけあって頭の方はそこまで良くないのかもしれない。 「……そう。それでお兄さん、ちょっと独り言を聞いてしまったのだけど。あなた勉強が苦手みたいね?食べれば頭が良くなる飴は如何かしら」 そんなややズレた、しかし真剣そのもの、真面目な顔をして返す青年に女性は一瞬「面倒なやつに声を掛けてしまった」と言いたげな顔をしたが、すぐに表情を取り繕うとニコリと笑顔を浮かべて手にしていた籠から一つカラフルな包みを取り出した。 この女性、今時こんな怪しいシチュエーションで『食べると頭が良くなる』なんて謳い文句で食いつく客がいると本気で思っているのだろうか。 普通は即通報されるか逃げられて終わりである。 だが炎刃は先程名前を名乗った事からもわかる通り、とんでもなく危機感が薄かった。或いは天然なのか。 怪しい部分しか見つからない女性を1ミリも疑う素振りも見せず、話を聞いた瞬間にパッと表情を明るくさせて食い付いた。 「なんと!そんなものがあるのか!む、だがすまない、俺は今金を持っていなかった」 「うふふ、大丈夫よ。これは試作品なの。タダで皆に配っているから心配ないわ」 試作品だのタダだの怪しさに怪しさを重ねていくスタイル。 だがこの青年性善説でも信じているのか、人の好意を微塵も疑わなかった。 これほどまでに怪し過ぎる女性を前にしてもである。 「そうか!なら有り難く頂くとしよう!」 「毎度あり。試してみて良かったらまた来て頂戴ね」 そのまま何の躊躇もなく女性が差し出したカラフルな包みに入った飴を受け取ると、女性に別れを告げて炎刃は去って行った。 「……あれって素なのかしら。騙しやすくて助かるけど」 残った女性がそんな呟きを零したことには気づかないまま。 「……それでホイホイ信じて貰ってきたってワケ?このバカ!どう考えたって怪しいでしょうが!!」 「む、だがとても親切な人だったぞ。それに最近はハロウィンが近いから格好をとしても不自然ではないのではないか?」 その次の日の休日。 知り合いと共にショッピングモールに来ていた炎刃はその知り合い、一つ上の女性の先輩より叱られていた。 叱られていることが解せないのか納得出来ぬ、と隠す事もせず顔に出したまま。 ハロウィン一色になっているモールの風景を見てそういえば、と昨晩あった事を思い出し話しただけなのに何故自分は怒られているのだろうか? そんな炎刃の思考を読み取ったのか、先輩……霧条院哀莉(むじょういんあいり)は額に手を当てると深く大きなため息を吐いた。 「はぁ……もういいわ。これ以上アンタに説教しても私が疲れるだけだし」 「疲れているのか?どこかで休むか?」 「疲れさせたのはアンタなんだけどね?……それで、その貰ったっていう飴はどうしたの?まさか食べたりなんてことは」 炎刃の気遣い自体は嬉しいのだろう、呆れながらも多少は機嫌が戻ったらしい。 優しく問い掛けてくる彼女に炎刃は笑って返した。 ついでにポケットに手を突っ込んだかと思えば出て来るのは昨日のカラフルな包みである。 「うむ、昨日は補習で疲れていたからな!ポケットに入れたままだぞ!ほらここに入れて持って来ている!」 「今すぐ捨てなさい!」 勿論叱られた。当たり前である。 「何でだ!?」 「何でもよ!!そんな怪しいもの持ち歩くんじゃないの!」 貰ったその場で食べなかった事だけは褒めてもいいが、怪しい相手から怪しいシチュエーションで怪しい貰った物を平然と持ち歩いている事が信じられない。 それでもし、何かあったらどうするつもりなのか。 そんな哀莉の気持ちなど露知らず、捨てろと言われた炎刃は不満げであった。 折角貰ったのに捨てろなんて。 飴を食べて本当に頭が良くなるとは流石の炎刃も思ってはいない……筈だが、女性が親切心でくれたものを捨てる気にはなれないのだろう。 自分が騙されている可能性など一切考えずに。 多分このまま捨てる捨てないの問答を繰り返した所で炎刃は捨てない。なら余計な事をしない内、自分が見ている間に取り上げてしまおうか。 哀莉がそう考えたのに気付いたのか、単に言い争いの下を無くしてしまおうと考えたのか。 飴の包みを開けると哀莉が止める間もなく口の中へと放り込んでしまった。 バリバリ、ごくん。 噛み砕かれた飴は飲み込まれて彼の胃の中へと落ちていった。 「あーーーーーーーーーー!ちょっ、こら!出しなさい!今なら間に合うから!!」 「んー!」 「やだ、じゃない!バカなの!?私散々怪しいから辞めなさいって言ったわよね!?」 どうにか飴を出せないか。 顔を引き攣らせながらがくがく、と炎刃を揺するがこの青年頑なに口を閉ざしている。 飲み込んでしまったからもう早くも消化が開始されているのかもしれない。 哀莉は深く深くため息を吐くと炎刃から手を離し、その場に膝をつく。 「む?別に何も起こらんぞ?」 「すぐ効果が出るものばかりじゃないでしょ。っていうかアンタの言葉を信じるなら『頭が良くなる』効果があるんだから、実感出来るものでもないんじゃない?」  「そうなのか?」 「そうよ。まさか本当に食べるなんて……全くもう、何考えているのよ。何があっても知らないわよ……」 バカだとは思っていたけどここまでバカだと思わなかった。 そう言いたげな表情で頭を抱える哀莉。 そんな彼女の周りを炎刃はぐるぐると回りながら大丈夫か、頭が痛いのか。やはりどこかで休むかと声を掛けていた。 空気が読めないのか気遣いが出来るのかよくわからない青年であるが、彼女を心配している事は確かなのだろう。 声を掛けられていた哀莉の方はというと、暫く頭を抱えていたが気持ちを切り替える事にしたのか服についた埃を払いながら立ち上がった。 「はぁ……まあいいわ、予想外のトラブルがあったけど今日は約束通り買い物付き合ってもらうから」 「む?だが俺は服のことなど分からんぞ」 「何言ってるのよ、私の服じゃなくてアンタの服よ。アンタいっつも同じ服ばかりじゃない。偶には違う服着なさい」 ほら良いの選んであげるから。 そう言って哀莉が入っていったのは高校生にはちょっとお高いブランド、店名に横文字が並んでるようなブティックであった。 金ないぞ、と思わず呟く炎刃だったがいいから来なさいという有無を言わさぬ口調で言い返され、渋々中へと足を踏み入れる。 中はとても広く、派手ではないがお洒落な雰囲気を醸し出しておりどう考えても不良のような出立ちの炎刃が入る場所ではないのだが、哀莉はさっさと奥へと向かってしまった為について行かざるを得なかった。 ちなみに哀莉の方はというと腰まである淡い金……オフゴールドの髪を緩く三つ編みにして左肩から垂らし。白のブラウスの上からキャラメルアッシュのストールを羽織り、ダークブラウンのロングスカートにダークレッドのヒールの高い靴といった格好で違和感なく店に馴染んでいた。所作も優雅だ。 恐らく最初からここに来るつもりだったのだろう。 炎刃の方は哀莉の服装を見た時、なんかよそ行きの格好してるなくらいの反応だったが。 まあ普段から彼女がお洒落をしているのを見ているのでそんなものである。 あとは普段着からして炎刃の普段着と値段が倍以上違うという事くらいか。 あまりにも格好が違い過ぎる2人を見てすれ違った店員が「美女と野獣…?」と呟いていたが正解だ。野獣の方はおバカか天然疑惑があるが。 一方美女呼びされた方の哀莉はというと炎刃が辿り着く頃には既に何着かの服を選んでいた。 「遅いわよ。ほら、これに着替えて」 「金がないから買えんぞ」 「今日は私が買うから良いの。さっさとする」 そのままぐいぐいと背中を押され、試着室に入り押し付けられた服に袖を通す。 ブランド店の服だから多分良い生地なのだろうが落ち着かない。 兎も角着替えない事には解放してもらえないだろう事はわかっていた為、着替え終えて顔を出す。 「どう?……て、聞くまでもなく不満そうね」 「堅苦しくて落ち着かん」 「そういうものよ。あなたは普段着ないから慣れてないのでしょうけど」 そのまま哀莉が選んだ服を炎刃が着て。着心地が良くないとか、なんか違うとか言い合いながら試着を繰り返す事数十回。 炎刃の顔に疲労が浮かび始めたのを見て、やれやれと哀莉は肩をすくめた。 正直まだまだ選び足りないがこれで臍を曲げられて次から逃げられても困るし、と小さく息を吐いて。 「次で最後にするからもう少し頑張って。終わったらご飯にしましょう。何が良い?」 「肉!」 「はいはい」 目を輝かせて叫ぶ炎刃に哀莉はわかってると言いたげに苦笑しつつ服を選びに行った。 ついでに今まで選んだ服もきちんと元に戻して片付ける事も忘れない。 その様子を炎刃は近くの椅子に腰を掛けながらぼんやりと眺めていた。 「しかしアイツも暇だな。わざわざ休みの日に俺の服を選びに行くなんて」 ただの先輩が休日を使って異性の後輩の服を選ぶはずがないのだが、この炎刃という青年は危機感が薄ければ勘も鈍いらしい。 今回の哀莉の行動についてもまあ普段一緒に居る友人が変な格好していたら嫌だよな、くらいに思っていた。 鈍すぎである。 だが退屈で苦痛でしかない時間もこれでおしまいだ。 次の試着さえ終えれば昼ご飯が食べられると気分を上昇させていると。 「む?」 何だか身体が熱い事に気がついた。 今はもう残暑も過ぎ去って、寒さが近付く秋であるというのに汗を掻きそうなくらい熱かった。 店員が店の暖房を付けたのか、もしくは風邪を引いたのか。 生まれてこの方風邪など引いた事がない健康体なので多分前者かもしれない。 随分と気の早い店員もいるものだと思っていると服を選び終えたらしい哀莉が振り向き、こちらに向けて軽く手を振るのが見えた。近付いて来る彼女にこちらを手を振り返して。 直後爆発音が鳴り響いた。 強い衝撃で建物全体が揺れて立っていられなくなる。 じりじりと燃えるように身体が熱く、節々が傷みを訴える。何かぶつかったのかもしれない。 店の外からはパニックに陥った人々の怒号に悲鳴が絶え間なく聞こえ、天井から下げられていたお洒落な照明はガラス部分が割れて落ちてしまっていた。 棚は倒れて仕舞われていた衣服は散乱して床に散らばる。 身体に起こる異変も更に酷くなっていく。もしかしたらガラスで怪我をしたか、傾いた棚がぶつかったのだろうか。 近くにいた哀莉は怪我をしていないか。無事でいるのか。 彼女の方へ目をやった途端、音を立てて崩れていく瓦礫となった天井や壁が見えた。 しゃがみ込む哀莉の頭上に迫る大きな瓦礫。 「ッ哀莉!」 気付いた時には身体が動いていた。 間に合う筈がないのに。間に合ったとしてもただの人間である炎刃に瓦礫をどうこう出来る力はない。 2人纏めて押し潰されて終わりだ。 そんな事、炎刃だってわかっている筈だ。 それでも彼は走った。 口煩いしすぐに怒るし、興味のない服の購入には付き合わされる。 不満を挙げればキリがない。 けれど──笑う彼女の事が脳裏に浮かんで消えない。 いつも一緒に居る彼女が死ぬのは嫌だ。 あの笑顔が見られなくなるのは嫌だ。 守りたい、彼女を。 当たり前のように隣に居てくれる大切な人を。 身体が熱い。じりじりと焼けるようだ。 節々が痛い。まるで成長痛のように。 踏み出した緑色の足は一回りも二回りも大きく太く、重みで床に亀裂が走った。 視界に入った髪は長く白く染まっていた。 いつの間にか右手には白い棍棒が握られており、自身に降り掛かる瓦礫はそれで弾いた。 手を伸ばせば触れる距離に哀莉がいる。 今にも彼女押し潰そうと迫る瓦礫に対して腕を突き出して。 「覇王拳!!!!!!!」 瓦礫は粉砕されて千々の欠片となって周辺へと落ち、顔を上げた哀莉と目が合う。 宝石のように美しい青い瞳の中には白髪に緑色の肌をした鬼が映っていた。 哀莉が口を開く。 「えんじ、」 彼女の唇が彼の名前を最後まで紡ぎ終えるより早く、炎刃の足下が崩れた。 ──爆発により脆くなっていた床が重みに耐えきれなくなって崩壊したのだ。 「炎刃ーーーーーーッッ!!!!」 哀莉の悲鳴を聞きながら炎刃は大きく陥没した穴の中へと落ちて行った。 大切な人を助けられた事に深い安堵の息を吐きながら。 謎の爆発事故が起き、続け様に起こった衝撃により一部エリアが倒壊したショッピングモールは安全の為に暫く閉鎖することとなったらしい。 らしい、というのは噂で聞いただけで実際に確認した訳ではないからだ。 何故かって? 「まっっっっったく!アンタは!!本当に無茶するんだから!!!」 病院のとある一室でお説教が繰り広げられていた。 説教をしているのはベッド脇の椅子に腰を掛け、慣れない手つきで林檎の皮を剥いている哀莉でそれに反論しているのは全身包帯まみれの炎刃である。 そう。 炎刃は入院していた。 あの落下の後、下のフロアで瓦礫の上に倒れて気絶していた所を誰かが呼んだらしい救助隊が到着して救助されたのである。 勿論上に居た哀莉も一緒に。 「大体何で瓦礫が落ちてきてるの見えてて突っ込んでくるのよ、危ないのわかってたでしょう?」 「大丈夫だ、なんか行ける気がしたからな!」 「気がするだけでどうにか出来る訳ないでしょこのおバカ!!」 「むっバカと言った方がバカなん……むぐぐぅ」 反論しようと口を開いた炎刃の口に皮を剥く前と比べ、随分と痩せ細った林檎を突っ込んで黙らせると哀莉はため息を吐く。 「……それだけ騒げる元気があるなら近い内に退院出来そうね」 「むぐ、ぐぐぐ……」 「食べながら喋らないの。……ねぇ、一つ気になったんだけど。アンタあの時、なんか髪の色とか肌の色とか変わってなかった?今はもう元に戻っちゃってるけど」 「うん?そうだったのか?よく覚えてないな!」 「何で自分の事なのに覚えてないのよ……」 「知らん。覚えてないものは覚えてないんだから仕方ないだろ?」 哀莉の話によれば、あの時の炎刃は緑色の鬼のような姿になっていたのだという。 だが救助隊に救助された時にはいつもの炎刃に戻っていた。 ……何故かパンツしか履いてなかったのでちょっとした騒ぎになったりしたが。 まあ炎刃はその時の事はあまり覚えていないのだが。 「……必死だったからな」 「何か言った?」 「気の所為じゃないか?」 「そう?……ありがとね、助けてくれて」 「なんか言ったか?」 「何でもないわよ」 ただ助けたかった。目の前の人を。 そして助けられた。 だから今はそれだけで良いのだ。 ただこれからも当たり前の日常を2人で過ごす事ができる。 それで充分だから。
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ちこ
2022年10月07日
In デジモン創作サロン
今回は別所で投稿した短編作品を多少手直ししての投稿になります。 タイトルに反してふわっとゆるめで短めです。 優しくて平和な世界です。 デビルズカフェ。 街の一角に悪魔を意味する名を冠した喫茶店があった。 訪れる人々に癒しや安らぎの空間を提供する場所にしてはあまりにも不釣り合いで入ることを躊躇ってしまうような店名である。 だがいざ中へ入ってみるとそこは想像していたような怪しげな雰囲気はなくまた恐ろしい場所でもない。 訪れるものを歓迎する癒しと安らぎの空間が待っているのだ。 中は木目調のテーブルや椅子を始めとしてログハウス風の作りとなっており至る所に目にも優しい観葉植物達が並ぶ。 天井から吊るされた花の形の蛍光灯がオレンジ色の暖かい光を放ち、クラシックの音楽がBGMとして掛かる。 そして喫茶店のマスターである二十代後半の男性は特別目を惹く外見的特徴がある訳でなく、特徴がないのが特徴というような一度雑踏に紛れてしまえば見つけ出すのは困難と言える容姿だ。 目立たないが安心感と包容力があるマスターの穏やかな笑みと共に発せられる安らぎのオーラは来る人達の心を和ませ癒してくれる。 彼の得意料理であり看板メニューでもあるふわふわのパンケーキは絶妙な甘さであり、添えてある生クリームをつけて食べると最高に美味い。 ──悪魔を連想させる店名からは予想も付かない穏やかで落ち着いた空間がそこには存在している。 では何故、悪魔の喫茶店などという店名を付けたのか。 その理由はカウンター席の端に寝そべる紫色の小さな生き物にあった。 頭から生えた2つの羽と小さな手足、つぶらな瞳が特徴的なその生き物はツカイモンという名で1年程前からこの喫茶店に住み着いている住人だ。 この不思議な生き物は喫茶店のマスコットだ。 話し掛けたり触ったりする客も居れば常連が頼んだ料理を分けてやることもあるらしい。 初めて現れた時から然程怖がられる事もなく、可愛らしいマスコットの地位を獲得したツカイモンがどうして悪魔と関係しているのかというと、姿を変えるからだ。 普段はマスコットとして客に可愛がられているツカイモンだが、どういう原理か店が忙しい時はボロボロの羽を背中から生やした悪魔のような姿に変わってマスターの手伝いをしているのである。 その事から悪魔の居る喫茶店ということでデビルズカフェという名前で呼ばれるようになったという。 流石に客も怯えるのではないかと思われたが、元がツカイモンであるとわかった客達の態度は寛容であった。 「おや、ツカちゃん。今日はお店のお手伝いしてるんだねぇ」 「偉いなぁ。よし、パンケーキをあげよう」 「ありがとう。美味いぞ」 忙しいマスターの為に給仕を手伝うツカイモンに笑顔で声を掛け、注文したばかりのパンケーキを切り分けて食べさせてやる常連達の姿に他の客も続く。 幸せそうに貰ったパンケーキを頬張る表情は普段と変わらず、客に癒しを与えてくれるマスコットそのもので。 「ツカちゃんは可愛いねぇ」 「ああ、見た目なんて関係ねぇよ。ツカちゃんはツカちゃん、俺達の可愛いマスコットだ」 給仕を手伝うツカイモンを眺めながら、そう穏やかな顔をして言葉を交わす客達は心ゆくまでマスコットのツカイモンを愛でた後、満足しきった顔で喫茶店を後にするのであった。 悪魔の喫茶店。デビルズカフェ。 その店には名前の通り悪魔が住んでいる。 ただし……皆に恐れられるような怖い存在ではなくて、とびきり可愛い皆のマスコットとして親しまれている悪魔が。 そして今日も客はマスコットの悪魔に会う為に喫茶店の扉を潜る── 「俺、悪魔ではなく堕天使なんだが」 そんなツカちゃんの呟きは癒しを求め訪れた客達の声にかき消されていった。 ♦︎あとがき デビモンは悪魔型じゃなくて堕天使型だろ!とツッコミを頂いてしまいそうな気がする。 でもルーチェモンフォールダウンモードとかに比べると見た目悪魔っぽくない…?私の堕天使像がそっち寄りだからであり、堕天使とは本来デビモンのような見た目が普通なのだろうか。 しかしデジモンも何も知らない人たちからすれば、やはり堕天使というよりは悪魔なんじゃないかなぁって事でこの話ではデビモンは悪魔と認識されています。 今回の登場人物たち。 ツカちゃん 作中で表記された通りツカイモン。 悪魔の喫茶店ことデビルズカフェに住むマスコット。 普段はカウンターの端っこで寝そべり訪れる客に癒しを提供しつつ可愛がられているが、忙しい時間帯には進化してデビモンとなり手伝いをしている。 デビモンの姿でもマスコットとして可愛がられることに初めは困惑したが、今では慣れて受け入れた。 誰もデジモンに詳しくないのでデビモン=悪魔だと思われているが皆様ご存知の通り分類は堕天使型である。悪魔型ではない。 マスターが作るパンケーキが大好物。 マスター 1年前に現れたツカちゃんを喫茶店で保護し、住まわせている人。喫茶店のマスター。 特徴がないのが特徴と言える平凡な容姿の二十代後半の男性。穏やかな笑顔と癒しオーラが客に人気。見た目が派手すぎない所がポイントらしい。 得意料理はふわふわのパンケーキ。 デジモンのことはよく知らない。ツカちゃんが初めて進化した時、デビモンという名前だけでデビル=悪魔だという連想をした。 そのまま店の名前にもなり客の中にもデビモン=悪魔という話が浸透してしまった元凶。
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ちこ
2022年9月23日
In デジモン創作サロン
初めましてこんにちは。 へりこにあん様主催のお彼岸企画に参加させて頂いた者です。 3,000字前後の短い文章になりますが、どうぞよろしくお願いします。 初サロンへの作品投稿になるのでドキドキです。 デジタルワールドにとある見晴らしの良い丘があった。 そこは街や集落といった場所からは離れており耳が痛くなる程の静寂だけが空間を支配していた。 まるで世界中の誰からも忘れ去られてしまったかのような……そんな寂しさすら感じさせる丘の上には不自然に一つの大きな岩が聳え立ち、自らの存在を強く主張している。 岩山などではない草原の丘に突然生えた謎の巨大な岩。花の輪を掛けられデジ文字で何かを刻まれていることからそれがただ自然と生まれた岩ではない事は明らかであるが、果たして誰が一体何の為にここへ置いたものなのだろうか。 周辺はとても綺麗な緑で溢れているだけにデジモン一体見つからないのが不思議だった。 前述した通りの忘れられた場所か、或いは隠された土地なのか、それとも此処を住処とした何かを畏れて居るのか。 その疑問は突如として静寂を斬り裂くようにして聞こえた羽ばたく音と丘を丸ごと覆い尽くしてしまうほどの巨大な影によって解消される。 昼間だというのに薄暗い闇に包まれ、風を打つ翼の音だけが響き渡る丘に舞い降りたのは赤い竜だった。 炎が燃え盛っているような翼に凶悪さが隠しきれず滲み出た面構え。全身がクロンデジゾイドで覆われた身体にまるで地獄から這い出てきたかの如く邪悪な風貌をした真紅色の竜──邪竜メギドラモンだ。 成る程、デジタルワールドに存在する竜型デジモンの中で最凶にして最も邪悪、並び立つとされる四大竜たちには及びもしない凶悪さを持つとされる彼の竜の住まいであるならばデジモンたちが畏れて近付かないのは納得であろう。 そんな畏怖の対象とされているメギドラモンは腰から長く伸びた尻尾の先端を器用に地面につけるとするすると身体を下ろし、荒々しい登場の仕方と比べて随分と静かに地面に降り立っていた。 その手には不釣り合いな小さな包みが収まっており、何かしらの目的を持ってここを訪れたであろう事が見て取れる。 「よォ友。今年も来てやったぞ」 暫くの間メギドラモンは何かを確認するようにジロリと周囲を睥睨していたが、やがて花の輪が掛けられた岩へと視線を移し声を発した。 聞いたものを押し潰し恐怖に打ち震わせるだろう重低音が辺りに響き、放たれた言葉はその声色に相応しい不遜な口ぶりであった。 だがよく観察してみれば偉ぶった態度とは裏腹に岩を見つめる大きな黄金の瞳は優しい色を映しており、少なくともここは彼の大切な場所である事が伺えた。 ここであった懐かしき過ぎ去りし日々を思い返すように瞳が細められ、天を仰ぐ。 遠い過去へと想いを馳せているのだろうか。 その姿だけを見るならば誰もこのデジモンが邪悪と知られるメギドラモンとは想像が付かないのではないか。 ついそう思わせてしまうほど、あまりにもそのメギドラモンは世に知られる姿からはかけ離れていて穏やかな雰囲気を纏っていた。 ただただ緩やかに時間が過ぎる中、カサリと風を受けて手にした包みが揺れた事でここへ来た当初の目的を思い出したらしい。 視線を岩へと戻し、誰に聞かせるでもなく軽く咳払いをすると壊れ物を扱うようにそっと手にしていた小さな包みを岩の前へと置く。 「テメェが好きだった酒だ。感謝しろよ?手に入れるのが大変だったんだからな」 包みを解いて現れる二本の酒瓶を同じく包みの中から現れた二つの大きな盃にそれぞれ注ぎつつ。メギドラモンの口から語られるのはこれを手に入れるのにどれだけ苦労したのかという一つの冒険譚であった。 いつも酒を造っているデジモンが知らない間に拠点を移していたのでまずは探す所から始まり、ようやく見つけるも酒を造る材料がないというのでデジタルワールド中を飛び回って集めてくる羽目になり。 集める旅だって簡単なものではなく相当な苦労の末に集められたものであった上、酒を造るの際にもトラブルが起きて。 苦労の連続の果てにようやく手に入れる事が出来たのだと彼は語る。 それはまるで幼い子供が1日の思い出を母親に語って聞かせるかの如く。楽しげな姿であった。 そうして一度語り出せば次から次へと話題が浮かぶのか、メギドラモンの口は止まらない。 「そういやテメェが初めてこの酒を呑んだ時の事、覚えてるかよ?俺ァ忘れてねぇぜ、俺が大事に大事に取っといた酒瓶を俺が見てない隙に一人で全部呑んじまった姿をな!……ったく、アレは何百年も前に知り合いから貰った奴だったんだぜ?うめぇ酒だからチマチマと呑んでいくつもりだったのによォ……何が『漢はそんなみみっちぃ事は言わねぇもんだ』だ、もう手に入らねェかもしんねぇモンを大事に取っといて何が悪いんだっての」 今でこそ毎年のように酒を用意して貰えるようになったがかつては呑んだが最後、手に入るかわからないものだったという。 彼の話に出る登場人物はそんな事気にしないポジティブ思考というかある意味豪快な人物だったようだが。 話の内容やこれまでの対応からメギドラモン自身が相手に心を許しているのはわかるものの、皆から畏れられている邪竜を前にしてその態度とは相当肝が太い存在である。 否、そんな相手だからこそメギドラモンも心を許し好物を用意する程に懐いているのかもしれない。 当のメギドラモンはとっておきを取られ悔しかった気持ちも同時に思い出したのか恨めしそうに岩を睨みつけるが、その行為に意味などない事を理解しているのだろう。 深く深くため息を吐くだけでそれ以上は恨み言を口には出さず、並々と注がれた盃の一つを手に取りもう一つの盃にぶつけて高々と掲げるとそのままぐいとあおった。 呑み込み切れなかった分が口から溢れて地面を濡らし、ぐっと口元を拭う。 どこか人間臭さを感じさせる仕草だった。 「っかぁーー、うめぇ!!やっぱコイツは最高の酒だな!!ツマミでも持ってくりゃ良かったぜ。最近美味いツマミを作ってるとこを見つけてよォ……テメェにも食わせてやりてェくれェうめぇんだよ」 どれだけそのツマミが美味いか、どこでそれを見つけたのかを語る瞳は嬉しげであったがどこか寂しげでもあった。 それは聞かせる相手から反応がない虚しさからか、もう飲食を共に出来ない寂しさからか。 彼の瞳から読み取ることは出来なかった。 恐らくメギドラモンにとってとても大切な、掛け替えのない存在であったのだろう。 それほどまでに慕っていた存在が今彼の隣に居ないこと、ここへ来た目的を考えれば何があったのか自ずと答えは出てしまうが。 しんみりと沈みかけた気持ちを切り替えるように緩く首を振りまた酒をあおる。 思い出話を聞かせるように呟いてはまた酒をあおり、気付けば岩の前には空になった二つの盃と二つの酒瓶が転がるのみとなり。 そろそろお開きかというところで彼が見たのはやはり岩だった。 「俺ァ長生きだからよ、まだまだテメェよりは生きるだろうさ。だがいつかはそっちに行くし、うめぇ酒が手に入りゃまた会いに来てやっからよォ。土産話を楽しみにしとけ。つってもテメェの事だ、俺が居なくても楽しくやってるんだろうがな」 呆れたように。しかし愛しげに。 初めに友と呼び掛けた岩に向けられる眼差しはどこまでも暖かくて優しくて。 メギドラモンと呼ばれるデジモンらしからぬものであった。 夕暮れ時。 世界が自らと同じ真紅色に染まる中、持って来たもの全てを包みに纏めて飛び去っていくメギドラモン。 その後ろ姿を岩の影にいつの間にかひっそりと立つ一人の男が見送っていた。 『ああ、待っているとも。酒もテメェの土産話もな。だからテメェはもっと長生きして人生を楽しめ。儂の大事な友、メギドラモンよ』 そう呟き一つ残し。 男はメギドラモンの姿が小さくなり見えなくなるまで見守ってから姿を消した。 男の側にあった岩には乱雑な字でこう刻まれていた。 ──親愛なる友にして我がテイマー、ここに眠る──
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その他
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