フォーラム記事

ナクル
2022年9月21日
In デジモン創作サロン
 誰かが誰かでなくなることは、思った以上にあっけないものだ。  誰かでなくなってしまったモノは、一体ナニモノになるのだろう。           *  その日もその日とて、私は食べ終えた給食の食器を足早に片付け、仲良しグループの群れへ猛然と突っ込んでいった。 「あのねあのね! お寺の方でまた、幽霊が出たんだって!」  教室で一番端っこの机に椅子だけを抱えて行って(引きずると床に傷が付くと担任の先生がうるさい)、座る間も惜しく喋り出す。お昼休みは、この四年一組の仲良し女子グループで集まってお喋りをするのが一番の楽しみで、今日は特に昨日から温めていた幽霊の話をここで披露したくて待ちきれなかったのだ。 「お寺の階段のところで、包帯を体に巻き付けた男がこんな風にして立ってるんだって」  肩を竦め首を横に傾げてみせて、まさに迫真の演技で説明してみせるが、しかしクラスメイトたちの反応は薄かった。 「その話前もしなかったっけ?」 「違うよ、前のは三回目の目撃情報だけど今のは四回目の目撃情報だもん」 「同じじゃん!」 「えーやっぱただの不審者じゃないの」 「不審者だったら不審者だったらで怖いけど」 「ていうか不審者だったらあそこマキノちゃんの通学路じゃないの。危なくない?」 「今私のことはどーだっていいの」  わいわい言っているうちに話題が幽霊から逸れてしまい、私は唇を尖らせた。私がしたいのは不審者のヘンタイの話じゃなくて幽霊の話なのだ。クラスメイト達にもそのあたりのことをよくわかってもらわなければ堪らない。 「それに見た人が言うには、一瞬目を離した隙に見えなくなっちゃってたらしいから、やっぱり幽霊だよ絶対」 「フツーにサッと逃げたんじゃない?」 「ていうか見た人って誰」 「いや知らないけど」 「そこ開き直っちゃダメでしょ」 「そのユーレイさ」  来た! ユーレイの「ユー」の部分がちょっと上ずるような独特のイントネーションで喋り出したのは、クラスメイトのヒカゲさん。普段は、よく言えばとても大人しくて、悪く言えばとても気怠そうな彼女は、幽霊の話題になるとちょっとだけ反応が良い。特に彼女が言うこの「ユーレイ」を聞くのがなぜか楽しくて嬉しくて、そのために毎度せっせと幽霊の話を温めては披露していると言っても過言ではないのだ。 「何かされたりとか言われたりとか、そういうのは無かったの?」  ヒカゲさん(この学校は苗字呼びしか許されていないのだ。絶対にヒカゲさんより下の名前でヨーコちゃんと呼んだ方が可愛いのに!)に聞かれ、そうそうと思い出す。 「聞いた話だと、お前もこっちに来いみたいな感じのことを言われた? らしいよ?」 「シンピョーセー薄そう~」 「だって聞いた話の聞いた話みたいな感じなんだもん」 「カメラが変に動いたりとか、そういうのよく聞くけど」  ヒカゲさんの声はちょっと低くてハスキーで、同い年のはずなのにちょっと大人びて聞こえる。ズルい。 「わかんない……けど、写真撮ろうとしたらスマホが動かなくて撮れなかったとか言ってたかも。なんか悔しがってたらしいよ」 「わ、ちょっと心霊っぽい」 「やだー」  怖がるような言葉ながらも、クラスメイト達はくすくすと笑っている。本気にしていないというより、雑談を盛り上げるための味付けのように思っているのだろう。私がこの手の話をし過ぎて、感覚がちょっぴり麻痺してしまっているのかもしれない。  そうでなけりゃ、と思う。幽霊の話はしたいけれど、それをいちいち真に受けて怖がっていては面白くない。 「そういえば、別口からの話なんだけど。ユーレイを見るとユーレイになっちゃうみたいな話、聞いたことない?」  ヒカゲさんからこんな話題の振り方をするのは珍しいことだ。あまり他人の噂とか、そういうものに頓着していなさそうなのに。 「えー、聞いたことないけど」 「それってつまりどういうこと?」  幽霊になるというのはどういうことだろう。殺されてしまうということだろうか。訊ねると、ヒカゲさんはちょっと目つきを強張らせた。 「ミイラ取りがミイラになるみたいなこと」 「ミイラ? なんでミイラ?」  いまいちピンこ来ず、首を傾げる。まあきっと死んでしまうという解釈で間違ってはいないのだろう。「怪しい人に付いて行ってはいけませんよ」というような感じで、不審者への注意か何かで大人が言っていることなのかもしれない。  気にした様子も見せずヘラヘラっとして見せていると、普段から低めなヒカゲさんの声が更にちょっと低くなった。なんだかわからないがマジトーンだ。 「でもマキノさんさ、あんまり舐めてると本当にユーレイになっちゃうかもしれないよ? それでもいいの?」  こんなヒカゲさんを見たのは久しく記憶になくて(前に男子が投げたシャーペン付き紙飛行機が制御不能の果てにヒカゲさんの額に突き刺さった時以来かもしれない)、私は少しビビってしまった。え、何かそんなにマズいこと言ったっけ? 「いいのいいの。もし不審者だったらソッコーで防犯ブザー鳴らすから」 「軽いなー」 「いやでも私の防犯ブザーGPS付いてるし、パパとママにも自動で連絡が行くんだよ。見る?」 「えー見たい!」  ノリで流してしまったが、不審者なのかもしれないのだし、ヒカゲさんも楽観的でノリで動きがちな私のことを心配してくれていたのかもしれない。私がヒカゲさんの立場でも、よく考えてみれば心配になるかもしれないと思うくらいだから。  微妙に気まずい気もしたが、言ったことをわざわざ取り消すほどでもなく、席を立ちがてらちらりとヒカゲさんの表情を伺ってみる。  不機嫌だったらどうしようと思ったが、机に頬杖をついてこちらを見ている姿は、案外何を気にしているというような様子ではなかった。  むしろ、少し笑っているようにさえ見えた。           *  木曜日の六時間目は算数で、このまま老けて死んでしまうのではないだろうかというほど長く感じられた(二桁の割り算を私が筆算で解く必要なんてどこにあるのだろう!)。下校会を終えて帰る頃にはなんだかすっかり疲れてしまっていた。 「あれ、ヒラツカさんは?」 「今日早退って言ってたよ。熱出たって」 「えー、知らなかった」  ヒラツカさんは隣のクラスの家が近い友達で、登下校を一緒にしている。途中までは班で下校するが、ヒラツカさんがいなければ途中から家までは一人になる。ほんの数百メートルの話だが、ちょうどその間に件のお寺があるのだ。  折角だし、行ってみようか。  そんな気の迷いに誘われて、気づけばお寺の階段まで来ていた。  アスファルトで舗装された通学路は太陽の熱でフライパンのように熱くなっているが、少し階段を登ると樫の木が涼やかな風を運んできてくれて心地よい。汗を拭って上を見遣ると、小ぢんまりとしたお寺の外観が階段の先に少しだけ見えている(話によると百段くらいあるらしい)。中には意外と由緒ある仏像やら何やらがあるらしいのだが、もう今は無住のお寺なんだよとパパに教えてもらったことがある。  二歩、三歩と階段を登り、立ち止まる。あまり通学路から離れたくはなかったし、いくら多少涼しいとはいっても一番上まで歩いて登るのは骨が折れそうだ。そこまでして行くほどのやる気をもって臨んでいるわけではない。  それに、いざ来てみると、思っていたよりお寺の周りの空気が沈んでいるようで、ちょっとおっかないような気がしたのだ。 「……ま、いっか」  特に何をしようと思って来たわけでもないのだから、長居をする理由も無い。さっさと帰ってお気に入りの動画配信者リストでもチェックしようと切り替えて、最後にちらりとお寺の方を振り返ると。  階段の中ほどに、人影が腰掛けていた。  ……さっきまで誰もいなかったのに? あ、もしかして参拝してた人がいた? それともお手入れで地域の人が入っていたとか? にしてもなんであんなところで休んでるの? やっぱり変じゃない——  瞬間的にそこまで頭が回転したところで、人影と不意に目が合った。包帯でぐるぐる巻きになった顔から、左目だけが不気味に光って見えた。  ——ヤバいやつだ。  遮二無二、通学カバンに付けた防犯ベルをむしり取るように引っ掴む。幽霊だろうが不審者だろうが知ったこっちゃない。躊躇いなくピンを抜く。  防犯ベルはだんまりだった。 「何、でっ?」  車のクラクション顔負けの爆音がするなんていう売り文句だったはずなのに。壊れてる? もしかしてパパとママに通報されるはずなのにそれもできてなかったりする? 「見えてる、のか」  耳元で声がした気がして反射的に振り返ると、本当に耳元に包帯を巻いた男の顔があった。さっきは服を着ていた気がしたが、今は全身に包帯を巻いて松葉杖をついている。一瞬別人かとも思ったが、こんな奇天烈な別人がいてたまるか。 「見えてるなら、こっちへ、来い」 「やめっ」  不審者に肩を掴まれそうになり、反射でそれを払いのけた。無理に体を捻った反動で、靴のつま先が階段のへりに引っかかり、バランスを取ろうとした逆の足が階段を踏み外す。踊るように階段を転げ落ちるはずだった体は、しかし柔らかい人肌に受け止められた。 「——コイツはお前のモノじゃない、マミーモン」  誰だかわからないが助かった。その安堵感に一拍遅れて、どこかで聞いたことのある声の正体に思い当たり、胸に埋もれる形になっていた顔を上げる。 「私のモノだ」 「——ヒカゲさん!?」  見慣れたクラスメイトの澄ました顔がそこにあった。 「なんでここに」 「その防犯ベル、電子式だ」ヒカゲさんは見当のズレたことを言う。「残念だが、我々にこういうようなモノは通じない。制御されてしまう」  理解が追い付かず呆然としてしまう私の胸を優しく押して、包帯男と私との間に入るような形でヒカゲさんは身を乗り出した。 「マキノ、そこでちょっと待っていろ。コイツと話をしなければならない」 「え? 逃げようよ!」 「逃げる? そうする理由がない」 「理由しかないって! 大人の人呼ばな——きゃ!」  頓に包帯男がヒカゲさんに手を上げて、思わず目を瞑ってしまう。近くで見ると包帯男は二メートルくらいはあるんじゃないかというくらいの長身で、手加減の無いその拳はヒカゲさんくらい、軽く吹っ飛ばしてしまうだろう。——そう、思っていた。  拳がぶつかる音がした。ヒカゲさんの悲鳴は聞こえなかった。恐る恐る目を開けると、ヒカゲさんが身の丈ほどもある巨大な筆で、包帯男の拳を巧みにいなしていた。そのまま流れるようにヒカゲさんが筆を一薙ぎすると、包帯男は冗談みたいなバックステップで階段を十段くらい跳び退った。  状況が呑み込めず口をパクパクしている私を余所に、包帯男が口を開いた。 「ソイツは、俺が先に見つけたんだ。俺のモノだ」  包帯男は苛立っているようだった。そのぎざぎざの歯がぎりりと軋む。 「何を言っている。そもそもここは我々の領域ではないか。余所者は貴様だ。迷い込んだわけでもなかろう」 「ここは、いい場所だ」  包帯男が虚空を見つめる。樫の木たちがざわわと騒めき、吹き抜ける風は涼しさを通り越し、肌を粟立たせるほどに冷たい。 「声が聞こえる。この世にいなくなるべきなのに、この世に憑りつかれているモノの、声だ。たくさん、居るんだ。俺の眷属が、ここに」  まだ十分に高いはずの日が俄に翳る。薄闇色に染まった空気に、何かが蠢いている。黒いようで白いようで、輪郭だけでなく色すらはっきりしないそれは、頬のこけた人の顔のような、骨と皮だけの腕のような——  そんな塊が、一瞬瞬きをした間に、言葉とは言い難い声を上げながら目の前まで迫ってきていた。  じゅう、という、肉を熱い鉄板に載せた時に似た音に、悲鳴を上げる暇すらなかった。 「……俺の、眷属」 「理由になっとらん」  煙になって消えた亡霊(果たして亡霊という表現で正しいのだろうか? 現実味の無い光景に未だに理解が追い付かない)は、ヒカゲさんの前に忽然と現れた白黒の紋様にぶつかって掻き消えていた。あの紋様、どこかで見たことがある。中国の拳法か何かで——そうだ、太極拳だ。 「もう一度言う。ここは我々の領域だ。直ちにここを去るがいい。さもなくば——」  ヒカゲさんが筆を更に大きく一薙ぎした。その筆跡が空間に残りヒカゲさんを包み込んだかと思うと、次の瞬間、そこに立っていたのはヒカゲさんではなかった。 「——容赦はせんぞ」  和風の装束に身を包んだ金色の狐が、そこにいた。 「……ヒカゲ、さん?」 「そうであって、そうでない。……もうどちらでもいいことだ」  よくわからないが、ヒカゲさんであるという認識で間違ってはいないということだろうか(そういうことにしておこう。そうでなければもう頭が割れてしまいそうだ)。聞きたいことが山ほどあったが、ヒカゲさんは私の唇にその獣の指を押し当てて、それを先に制した。 「話は後でしよう。アイツの相手をしてやらないといけない」  否や、包帯男が伸ばした包帯が、手足を絡め取らんとして次々と襲い掛かっていくる。一反木綿とかいう妖怪が居たような気がするなと、どこか他人事のように思う。ヒカゲさんは私を抱きかかえると、袖に仕込まれていたらしい武器で襲い来る包帯を舞うように切り裂き、そのまま流れるように包帯男に向かって鎖に分銅がついたような武器を投擲した。  包帯男もタダでは当たってくれず、大きく後ろに飛び退ると、先ほど見た亡霊を次々と呼びだした。地獄の底から聞こえてくるかのような絶叫と共に、亡霊の群れが猛然と突撃してくる。 「私にソレは効かんぞ」  どこにそれほどの量があったというのか、ヒカゲさんは袖から大量の赤い札をばら撒くいた。お札はそれぞれに意思があるかのように整然と空を飛び、亡霊に当たってはそれを蒸発させていく。ホラー映画でも聞いたことのないような甲高い絶叫に空間が振動して、耳を塞がずにはいられない。  亡霊を搔い潜ったお札はそのまま包帯男に纏わりつき、振り払いきれなかったお札がその体にくっつくと、その部分からじゅうと煙が上がった。分が悪いと判断したのか、包帯の切れ端をむちゃくちゃに振り回してお札を引き剥がすと、包帯男は更に階段の上の方へと跳び退った。 「まじない付きだ。アンデッドにはよく効くだろう」  ぎりり、と、歯を食いしばる音がここまで聞こえてくるようだった。  包帯男は松葉杖を抱え直すと、その石突をこちらに向けてきた。何を、と思った瞬間、工事現場でコンクリートを砕くかのような音が半端ではない衝撃と共に飛んでくる。しかしヒカゲさんの目の前に現れたほの暗く光る太極マークに阻まれて、撃ち出された銃弾はからからと音を立てて石段の上に転がった。 「言っただろう、ここは我々の領域だと。お前を痛い目に遭わせることなど造作もない」  ヒカゲさんが徐にその大きな筆を掲げた。 「こちらの番かな」 「……クソが!」  不利を察知してか、包帯男はこちらに背を向けると、俄に湧き上がった亡霊の靄に自ら飛び込んだ。  声を上げる間もなく、その姿は見えなくなった。 「……逃げたか」  お寺の階段は、何事も無かったかのように凪いでいた。 「あ、あの」  抱きかかえられたままもぞもぞと体を動かすと、ヒカゲさんは思い出したように私の体をそっと下ろしてくれた。まだどこか見える世界に現実味が無く、平衡感覚もふらふらしているように感じてしまう。  とりあえず、よくわからないことだらけだけれど、お礼を言っておかなきゃ。 「助けてくれて、ありがとう」 「礼には及ばない。私にとって当然のことをしたまでだ」  ヒカゲさんは変わらず澄ました顔で、狐の顔なのに教室で見た顔と重ねて同じ顔だと安心してしまう。 「あの、アイツは」 「ああ、深追いはしなくていい。奴の根城までおびき出されては敵わない」  訊きたいことはそういうことじゃなかったんだけど。一体アイツは何者だったのか。何で私を襲ってきたのか。そしてこれは訊いていいかどうかわからないけれど、ヒカゲさんは一体何者なのか。  一体どれをどういう順番で訊けばいいのか、そもそも訊くべきことはそこなのか、もっと他にするべきことがあるのではないか。頭の中が図工の後のゴミ箱みたいに散らかって、とても纏まらない。どこから手を付けていいのか—— 「マキノ」  ヒカゲさんに呼ばれ、顔を上げると、その爪と肉球のついた指で顎をくいと引き寄せられた。狐の瞳と目が合った。魔術にかかってしまったかのように、その目線を逸らすことができなかった。 「私は言ったな。ユーレイを見るとユーレイになってしまうと」 「あ……うん。言ってた。ゴメンね、あの時はちょっと脅かしてるだけかなって、こんなことになるなんて全然思って」  しい、と、獣の指で言葉を遮られる。それだけで、金縛りに遭ったかのように一切の声が出なくなる。 「そしてマキノは、それでいいと言ったな」  言った。確かに言ったが、それはそういうつもりじゃなくて。  頓に、ヒカゲさんと自分を中心として、あの太極マークが浮かび上がる。その周囲には、筆で描かれたらしい読めない文字が所狭しと並べられ、光を発しながらヒカゲさんごと私を包み込んでいく。  何、これ。どうなってるの。  そんな声を上げる機会すら無いまま光に飲み込まれるその寸前、ヒカゲさんの声が聞こえた。 「ようこそ、マキノ。『こちら側』へ。オマエに恨みは無いんだが——」  目も開けていられない。それなのにどうしてこれほど眩しいのか。耳の奥が破裂しそうだ。それなのにヒカゲさんの声だけは、どうしてこれほど怖いほどにはっきりと聞こえるのか。 「——我々が『見える』オマエを、みすみす奴等にくれてやる道理も無いんでね」  上と下がわからない。  目を閉じていたはずなのに、もう自分が目を閉じているのかどうかすらわからない。  手足が灼けつくような、凍り付くような、そもそも存在すらしていないのではないかと思えるような感覚。それが自分にとって痛いという感覚なのかすらわからない。  早鐘を打つ鼓動が手に取るかのように鋭敏に感じられたかと思えば、その感覚すら次の瞬間には無くなって。  食塩を水に溶かすように、存在が空間に溶けるような感覚を覚えるも、水が少しずつ凍てるように、その肉体が少しずつ取り戻されていく。  何の形に固まろうとしているの? わからない。  もう元には戻れなかったりするの? わからない。  どうしてこんな目に遭わなきゃならないの? わからない。  わからない、わからない、わからない——  自分のモノではない足を地に付け。自分のモノではない瞼を開き。自分のモノではない喉で絶叫を上げる。  ——ただ一つ、わかるのは。  私がヒカゲさんの同類になってしまったということだった。           *  誰かが誰かでなくなることは、思った以上にあっけないものだ。 『こちら側』に踏み入ってしまった私は、一体ナニモノなのだろう。
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