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フォーラム記事
へりこにあん
2023年12月31日
In デジモン創作サロン
企画概要【 https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qi-hua-dezimonchuang-zuo-saronkonozuo-pin-wojian-tekureda-shang-2023-konojian-te2023 (https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qi-hua-dezimonchuang-zuo-saronkonozuo-pin-wojian-tekureda-shang-2023-konojian-te2023)】
新年あけましておめでとうございます!皆さん、たくさんの回答ありがとうございました!
2024/1/1 0:17時点でのべ22人の方から回答いただきました!最終的に、のべ23人の方から回答いただきました!ありがとうございました!
多くの作品を皆様挙げて頂きまして、熱烈なコメントをされている作品もあれば、作品名だけですが何度も名前が上がった作品もいっぱいありました。
一応、これで回答は締め切りなのですが、しれっと朝まで回答受け付けます。
この下に載せます結果を見て、あの作品を誰も挙げなかったの!?というのがありましたら、ぜひぜひ滑り込んでください。二度寝して待っています。
(作者敬称略:作者名昇順(※へりこにあんが作者名誤読してる場合はコメントください))
連載作品
快晴
エリクシル・レッド【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/erikusiruretudo-di-1hua-orenotomodati-omekamon?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/erikusiruretudo-di-1hua-orenotomodati-omekamon?origin=member_posts_page】)
デジモンアクアリウム【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dezimonakuariumu-episode1-xiao-izhe】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dezimonakuariumu-episode1-xiao-izhe】)
・今年完結した大傑作。不思議な生き物の入ったアクアリウムをめぐる人間たちのオムニバス。彼らの境遇を伝える描写は時に目を逸らしたくなるほどに生々しく痛切で、だからこそ最終話のタイトルにもある「美しい世界」が響くのかもしれません。
「冒険じゃない」「バトルじゃない」デジモン小説を求めている方に是非読んでいただきたい一作です。
・アクアリウムに収まるデジモンと人間の連作、ついに完結。謎多き店主を取り巻く秘密が暴かれるだけでなく、オムニバスのようなスタイルを活かしたオチもまた最高でした。
・祝・完結 胸の痛みと水槽の中のデジモンが織りなすストーリーの終着点……美しい物語でした。
宅飲み道化【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhai-yin-midao-hua-1-7matome-a?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhai-yin-midao-hua-1-7matome-a?origin=member_posts_page】)
・人間とデジモンの日常を垣間見るお話の温かさ、美味しそうな料理描写が疲れた日常に染み渡ります。
Everyone wept for Mary【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/everyone-wept-for-mary-purorogu-di-yi-hua?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/everyone-wept-for-mary-purorogu-di-yi-hua?origin=member_posts_page】)
・主人公ゲイリーをはじめとした登場人物達の台詞回しの小気味良さ、良い意味でのケレン味が作品のハードボイルドな雰囲気を引き立てる。最高です!
組美
The End of Prayers【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/the-end-of-prayers-di-yi-hua?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/the-end-of-prayers-di-yi-hua?origin=member_posts_page】)
ざだるおん
吸血鬼と私【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/xi-xie-gui-tosi-di-1-hua-jun-noxin-zang-hamei-sii】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/xi-xie-gui-tosi-di-1-hua-jun-noxin-zang-hamei-sii】)
・まず一話のタイトルがすごい好きなんですよね、[君の心臓は美しい]目を引きますし、何となく恋愛ものの予感も感じさせる感じで、中身のコメディの感じの温度差はありますが、それも併せて大好きです。
母女神のリンカーネーション【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mu-nu-shen-norinkanesiyon-part1-e-mo-tatinoxi-re】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mu-nu-shen-norinkanesiyon-part1-e-mo-tatinoxi-re】)
・ピコちゃんを巡ってアポが奮闘する話(大量出血注意)
終焉の旅路に祝福を【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhong-yan-nolu-lu-nizhu-fu-wo?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhong-yan-nolu-lu-nizhu-fu-wo?origin=member_posts_page】)
・アポカリモンだってヒーローになれる!
前日譚01終焉の王が生まれた日【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qian-ri-tan-zhong-yan-nowang-gasheng-maretari】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qian-ri-tan-zhong-yan-nowang-gasheng-maretari】)
愛情の暗黒進化【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/ai-qing-noan-hei-jin-hua?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/ai-qing-noan-hei-jin-hua?origin=member_posts_page】)
前日譚02小悪魔蝙蝠の大罪 【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qian-ri-tan-02-xiao-e-mo-bian-fu-noda-zui】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qian-ri-tan-02-xiao-e-mo-bian-fu-noda-zui】)
サノカタ
プロジェクト・トリフネ【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/puroziekuto-torihune-puroguramu-1-puti-purotosuta?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/puroziekuto-torihune-puroguramu-1-puti-purotosuta?origin=member_posts_page】)
電子人理守護機関ラタトスク
Digimon/Granddracmon Order【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/digimon-granddracmon-order-saronyong-qi-hua-gai-yao-meinsutorimu-ji-yao-xiang】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/digimon-granddracmon-order-saronyong-qi-hua-gai-yao-meinsutorimu-ji-yao-xiang】)
・某ソシャゲのパロディ交流企画作品です。現在第一章までが完結しています。追うなら今。サロンでも活動中の作家さんのキャラクターもたくさん登場しますので、気になったキャラクターの原作を見るのも楽しいですよ。
・どうあがいてもグランドでオーダーなあれのパロディ企画。各々の作品のキャラクターを召喚して、各々の作品とは明確な相違点が存在する舞台で物語を紡ぐ。主催様直々に投稿された第一章の圧倒的物語ぱわーで、後に続く参加者は戦々恐々しているとか自分以外の参加者はしていないとか。
夏P
コテハナ紀行【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/kotehanaji-xing-wang-zhi-po-huai-tozai-sheng-wosi-ruzhe-guang-yan-nodou-shi-bian】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/kotehanaji-xing-wang-zhi-po-huai-tozai-sheng-wosi-ruzhe-guang-yan-nodou-shi-bian】)
・ボコモンのコテツとネーモンのハナビの旅を通じ、謎多き古代十闘士に関するユニーク且つ説得力ある理論を展開してゆく本作。熱い戦闘描写と細やかな心理描写も白眉。
・古代十闘士の伝説を巡る旅路。各話で一属性をフォーカスしながら、古代十闘士の存在可否そのものを問う奥深さを、主役二体の小気味いいやり取りに合わせて進んでいく。完結はしたらしいが、終わってはいないのがなおよき。
・十闘士の謎を追う二人のお話。合間合間に挟まれる【考察】の地の文にとにかく引き込まれる。少しでも十闘士デジモンに、ハイブリッド体デジモンというものに興味があるのなら、贅沢は言わないのでアツい挿入歌が流れるところまで読んでいただきたいものです。
羽化石
デジモントライアングルウォー【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dezimontoraianguruuo-di-1-hua-wei-zhi-tonozao-yu?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dezimontoraianguruuo-di-1-hua-wei-zhi-tonozao-yu?origin=member_posts_page】)
・羽化石先生唯一の連載作品、ようやくサロンに初上陸!バトルと恋と時々マタドゥルモンの物語らしいですよ奥さん
・愉快で魅力的な面々に彩られ、テンポ良く進む王道のボーイミーツデジモン……と油断している内に徐々に掘り下げられていく登場人物達や世界の背景は仄暗く……。読めばハマり『込んで』行く事間違い無しの作品です。
・主人公達が魔王サイドにも居るのが新鮮でとても好きです。羅々ちゃんのキャラが凄く好き。
パラレル
X-Traveler【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/x-traveler-ge-hua-risuto?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/x-traveler-ge-hua-risuto?origin=member_posts_page】)
・壮絶な戦いの末に全てを失った主人公と、全てを終わらせる力を得たレジスタンス陣営。奪い奪われ、それぞれの願い、否、欲望を加速させて、物語の結末は、未来は一体どこに向かうのか。目の離せない作品です。
・今年新展開を迎えた長期連載。ブレないクールな筆致が魅力です。え、いや、これからどうなるんですかこれ。ちょっと、ねえ。
・願いを叶えたい人間とデジモンのバトルロイヤル。怪物然としたデジモンを見たい君は必見!昨年に引き続き衝撃の展開が目白押しなので読んでる君ももう一回必見!!
・崩壊した未来で願いのために戦う者たちの話は主人公の立ち位置含めて一区切りついたうえで、ネクストステージへ。……はよ続き書。。
へりこにあん
ドレンチェリーを残さないで【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dorentieriwocan-sanaide-ep-1?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dorentieriwocan-sanaide-ep-1?origin=member_posts_page】)
・いよいよ物語の秘密の多くが明かされ、佳境に差し掛かったと思われる本作。みんなもペンライトを振ってディコットを応援しよう。がんばれー!! ディコットーッ!!
・息をつかせぬ展開と魅力あふれるキャラクター、そして各話についてくる扉絵が最高の一作。登場人物たちは曲者だらけだからこそ、ときおりやってくる「ザ・ヒーローもの」な展開が熱い。ところどころに挟まれる作者様お得意の独特の質感にあふれたユーモアも最高です。
・最早隠す気のないどころか固有名詞出してきた仮〇ライダー、ついに究極形態到達。鍵を握る姉の秘密も明かされて、盛り上がってまいりました。
・デジモンで変身ヒーローもの!なんと最新話では物語の謎が明かされたらしい!?怒涛のクライマックスに備えて君も読んでみよう!
・魅力的なキャラクター達によって描かれる群活劇。パロディ元のリスペクトなども含めてくすりと笑える部分もある一方、希望からの絶望への直下具合が凄まじい。デジモンの能力を悪用して引き起こされる事件の構造などには毎度驚かされるばかりです。
マダラマゼラン一号
White Rabbit No.9 【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/white-rabbit-no-9-ting-i-susaidohuankurabu?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/white-rabbit-no-9-ting-i-susaidohuankurabu?origin=member_posts_page】)
・みんなもわくわくしながら読み進めてほしいです。いっしょにハルキくんとつばめちゃんにキャッキャしましょう。お前もこっちに来い。
・帰ってきた逸材の新連載。相変わらず引き込まれる上手さで描かれる、終わりの近い世界の淡いボーイミーツガール。そして、引き込まれるからこそその先が……。
・君がマダラマゼラン一号先生の作品に求めるもの、即ちハードボイルドな探偵や刑事、退廃的な酒場やラブ・ロマンスの全てがここにある。主人公とヒロインが付き合い始めるとこまで読んでください。
みなみ
こちら、五十嵐電脳探偵所【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mu-ci-kotira-wu-shi-lan-dian-noy-tan-zhen-suo】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mu-ci-kotira-wu-shi-lan-dian-noy-tan-zhen-suo】)
・んほおおおおおのインパクトが新年早々で強かった。
んh(発作) 前職が警官な女性と、シルフィーモンを主役とした、異種間の問題などを主に取り上げた物語。途中途中にオトナ向けな表現こそ入るが、事実として特にお咎めを貰ってはいないので健全な話ではある。健全な話ではある。ちょくちょくデジモンの各ゲーム作品に触れているとニヤリとなるワードが出てきたり、時系列の設定もきちんと整理されているのもあり、世界観が綿密に練られている事実を感じさせる。んほおおお!!(興奮)。
森乃端鰐梨
鋼鉄臥龍伝【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/gang-tie-wo-long-chuan-xu】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/gang-tie-wo-long-chuan-xu】)
・今サロンで一番アツい古代十闘士モノ。本格的かつ重厚な戦記物で、敵も味方もヒリヒリしています。みんなも下衆鏡を見てコワ〜となろう。
・デジモン好きなら誰もが知る有名な古代の逸話を、作者様独自の解釈によって、鋼鉄の闘士を主人公に描く大河もの。文体も重めですが、読み始めるとその印象とは裏腹にすいすい読めてしまう明快さとテンポの良さがあります。キャラクターの名称もシンプルに記号化されていますが、それぞれの個性がはっきり伝わってくるのも魅力。筆絵で描かれた十闘士がバチクソにイカす。
・古代デジタルワールドを舞台に、ルーチェモンの支配に抗う十闘士達――特に【鋼】をメインとして描かれる戦争の物語。お通し感覚で血が撒かれ首が飛ぶその様がある種のスピード感に繋がっていて、毎話に明確な【動き】が起きて退屈させない。最近の更新ではどのキャラクターにも人格があるという当たり前の事実を再認識させられました。
縁田 華
bloody_camellia 【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/bloody-camellia-purorogu-deng-tai?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/bloody-camellia-purorogu-deng-tai?origin=member_posts_page】)
・デジモンにしては濃すぎる文学作品にして魔王たちの日常が見られる作品です。デジモンをご存知ない方でもお読みになれますよ
・最初から最後まで耽美な曲イメージで占められてます!デジモン小説にしては珍しい展開も⁈
undead_syndrome 【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/undead-syndrome-purorogu-fei-yu-noroa】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/undead-syndrome-purorogu-fei-yu-noroa】)
・ホラーテイストから始まる、一人の少女とデジモンの物語です!意外なデジモンが出てきますよ
ユキサーン
デジモンに成った人間の物語【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mokuzi-dezimonnicheng-tutaren-jian-nowu-yu】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mokuzi-dezimonnicheng-tutaren-jian-nowu-yu】)
・読んで字の如く、何らかの原因によってデジモンになってしまったorなれるようになった人間たちを主役とした物語。デジタルワールドと現実世界でそれぞれ異なる毛色の物語が展開され、そのいずれも少年漫画のような熱を含んでいる。懸念点として膨大と呼べるほどの文章量の多さが挙げられ、一話読みきるだけでもそれなりの時間を要するが、少なくとも後悔はさせない出来栄えとなっているので、とらんすふぁな要素などが問題無い方は一読してみると良いかもしれない。
短編作品
快晴
いざ征かん!おにぎりマン! 快晴【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-izazheng-kan-onigiriman-rra?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-izazheng-kan-onigiriman-rra?origin=member_posts_page】)
・お米食べろ! ただその一点を通すヒーローの生き様にただ圧倒されました。ネジがぶっ飛んだと評するのはもったいない。寧ろその背を追って、さらに向こうへ!
組美
斜陽【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/xie-yang】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/xie-yang】)
・椿屋四重奏の曲を題材に書かれたカノンとベルゼブモンの関係性がたまらない。さすが組実さん。
サノカタ
夜鳥の鳴く窓【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/ye-niao-noming-kuchuang?searchTerm=%E5%A4%9C%E9%B3%A5%E3%81%AE&origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/ye-niao-noming-kuchuang?searchTerm=%E5%A4%9C%E9%B3%A5%E3%81%AE&origin=member_posts_page】)
・妖怪である以津真天と三峯の狼信仰を、それぞれ海外の神話モチーフのデジモンと巧みに結びつけつつ、神域での殺生という禁忌を犯した主人公が追い詰められてゆく緊張感溢れる描写が見事。
・因果応報とその結末を丁寧に書き上げた一作。
老婦人と騎士の庭【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/lao-fu-ren-toqi-shi-noting?searchTerm=%E8%80%81%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E3%81%A8%E9%A8%8E%E5%A3%AB%E3%81%AE%E4%BA%8C%E8%A9%B1】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/lao-fu-ren-toqi-shi-noting?searchTerm=%E8%80%81%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E3%81%A8%E9%A8%8E%E5%A3%AB%E3%81%AE%E4%BA%8C%E8%A9%B1】)
ちこ
真紅の邪竜は町の住人に愛されている。【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhen-hong-noxie-long-hating-nozhu-ren-niai-sareteiru?searchTerm=%E6%B7%B1%E7%B4%85%E3%81%AE%E9%82%AA%E6%B5%81】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhen-hong-noxie-long-hating-nozhu-ren-niai-sareteiru?searchTerm=%E6%B7%B1%E7%B4%85%E3%81%AE%E9%82%AA%E6%B5%81】)
・メギドラモン is カワイイ ヤッター!!!!!
パラレル
From Noon Till Dawn【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-from-noon-till-dawn-rra?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-from-noon-till-dawn-rra?origin=member_posts_page】)
語り部たるノーブルパンプモンから一方的にカボチャ料理を振る舞われたと思えば、謎の踊りで煽られて追い出される、異様な語り口のお話。それはそれとして、ストレイテナーの「From Noon Till Dawn」はいい曲。
マダラマゼラン一号
うさぎのはなし【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/usaginohanasi】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/usaginohanasi】)
・美しい桜の情景が目に浮かぶ、ひどく鮮やかな、それでいて仄暗い、詩のような短編作品。辰年に読んだっていいじゃない。うさぎは今でもそこに立っているのだから。
・NEXT時代の再投稿ではありますが、やはり完成度が高いな、と
湯浅桐華
魔王型出現記録:CASE『暴食』【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mo-wang-xing-chu-xian-ji-lu-case-bao-shi】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mo-wang-xing-chu-xian-ji-lu-case-bao-shi】)
・銃がメインウェポンのキャラってどうしても文字で動かすのが難しい(※個人調べ)のですが、こちらの作品は銃使いの戦闘を余す事なく魅力的に描いた作品です。魔王型デジモンの圧倒的"""暴"""と、人間の意地。是非お楽しみ下さい。
少年少女集団昏睡事件【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/shao-nian-shao-nu-ji-tuan-hun-shui-shi-jian】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/shao-nian-shao-nu-ji-tuan-hun-shui-shi-jian】)
・登場人物のやりとりや丁寧なストーリーラインで引き込まれました。
・タイトルに相応しい刑事物としての語り口で紡がれるデジタルワールドの物語の外のお話。老練な手管と勘で真実を求める刑事物としてもおもしろく、その分デジタルワールドという真実が近づくときの盛り上がりもひとしおでした。
ユキサーン
ルームサービス【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/duan-bian-rumusabisu-dezimonhua-1】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/duan-bian-rumusabisu-dezimonhua-1】)
モノクロの願い事【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/monokuronoyuan-ishi?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/monokuronoyuan-ishi?origin=member_posts_page】)
・七夕の日のゴスゲ主人公コンビ……を内から眺めるモノローグ。終わった後の、ある種の救いのような味わいがあります。
ルツキ
其処はきっとティル・ナ・ノーグ【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qi-chu-hakitutoteirunanogu?searchTerm=%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%BB】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qi-chu-hakitutoteirunanogu?searchTerm=%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%BB】)
・大地を守る騎士とバズりたい絵描きの異色のコンビが微笑ましい物語。戦闘シーンもかっこよく決まっていますが、基本的にはほのぼのした世界観で誰にでも安心してオススメできるお話です。
・読めばたちまち貴方も素敵な兎騎士のファンになるはず。『コレは…たぶんアバルの実。』もよろしくね
イラスト・漫画作品
ざだるおん
前日譚表紙【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qian-ri-tan-biao-zhi?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qian-ri-tan-biao-zhi?origin=member_posts_page】)
・アヌビモンの顔の周りだけぼうっと照らされる美しさよ……よく見るとしっかり縦の瞳孔も個人的にはかなり好きです。
終焉の旅路に幸福を【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhong-yan-nolu-lu-nixing-fu-wo-irasuto】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhong-yan-nolu-lu-nixing-fu-wo-irasuto】)
電子人理守護機関ラタトスク
Digimon/Granddracmon Order 目次【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/digimon-granddracmon-order-saronyong-qi-hua-gai-yao-meinsutorimu-ji-yao-xiang】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/digimon-granddracmon-order-saronyong-qi-hua-gai-yao-meinsutorimu-ji-yao-xiang】)
・制作に75時間かけました。たぶん人生で1番がんばった絵なので見てください。
へりこにあん
槿花一朝では終われない 第一話 おっぱいいっぱいいっぱいいっぱい【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/jin-hua-yi-zhao-dehazhong-warenai-di-yi-hua-otupaiitupaiitupaiitupai】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/jin-hua-yi-zhao-dehazhong-warenai-di-yi-hua-otupaiitupaiitupaiitupai】)
・つやつやぱい……
ドレンチェリーを残さないでep 23【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dorentieriwocan-sanaideep-23?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dorentieriwocan-sanaideep-23?origin=member_posts_page】)
・タイトルのバックの血を浴びる塔。絶望に見開く目。良くも悪くも印象に残るとはこういうことか
きっと君達は今も【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-kitutojun-da-hajin-mo-rra】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-kitutojun-da-hajin-mo-rra】)
・デジモンリアライズは素晴らしい作品でした、と断言出来る思い出がこのイラストの中で溢れている……。公式さん、後生なのでオフライン版を出すかシナリオ本をば……。
みなみ
どうか、貴方に【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/douka-gui-fang-ni?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/douka-gui-fang-ni?origin=member_posts_page】)
A Dance With The Vamps(ハロウィン絵)【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/a-dance-with-the-vamps-harouinhui?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/a-dance-with-the-vamps-harouinhui?origin=member_posts_page】)
こちら、五十嵐電脳探偵所 #18(before) 擬似科学殺人事件【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/kotira-wu-shi-lan-dian-noy-tan-zhen-suo-18-before-ni-si-ke-xue-sha-ren-shi-jian?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/kotira-wu-shi-lan-dian-noy-tan-zhen-suo-18-before-ni-si-ke-xue-sha-ren-shi-jian?origin=member_posts_page】)
・顔が真っ赤な二人とジト目で見つめる白狼とのコントラストがすばらしい
ルツキ
コレは…たぶんアバルの実。【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/koreha-tabunabarunoshi-hitotume-4komaman-hua】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/koreha-tabunabarunoshi-hitotume-4komaman-hua】)
・短編『其処はきっとティル・ナ・ノーグ』と世界観を同じくする漫画作品です。こちらはギャグ寄り。みんな愛らしくて逞しい。エビバーガモンちゃんは……いいぞ!!
・まず名前が大好きです。内容も読んで楽しい見てかわいい。『其処はきっとティル・ナ・ノーグ』もよろしくね
・みっつめが一番好きです
ラブリーなアナタとピース!【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-raburinaanatatopisu-rra?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-raburinaanatatopisu-rra?origin=member_posts_page】)
・ラブリーエンジェモンはもちろん、もちもちのパタモンもベリベリプリティ。
ザビケ作品(主に一話の方の作者の名前で並べています)
快晴
そして最後には、友に当たれ【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-sositezui-hou-niha-you-nidang-tare-di-1hua?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-sositezui-hou-niha-you-nidang-tare-di-1hua?origin=member_posts_page】)
ブラッディ☆ロード【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-1hua-xing-noxia-wozheng-kuzhe】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-1hua-xing-noxia-wozheng-kuzhe】)
・デジモン×競馬――駆けるのはデジモンではなくジョッキーのヴァンデモンと会話が出来る馬。予想外の組み合わせは競馬界に黒い新風を巻き起こす。
・あまりにも斬新な競馬×デジモン!しかしベストコンビな主人公達! 1話と2話以降で作者が違う(事もある)ザビケ作品の醍醐味を味わえます。
・なんとウマが主人公!ナイトロードの一人称視点がで進むお話の雰囲気が素敵です。そして名前の由来も良い…!
(2話以降へりこにあん)
・サロンの2大デジモン競馬小説の1つ。1話の作者が「馬だからわかんない!」で逃げた部分は2話3話でちゃんと補完してくださっているので安心してほしい。みんなも君の愛馬を走らせてくれよな!
サノカタ
衆合の廓【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhong-he-nokuo-zabike】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zhong-he-nokuo-zabike】)
takotomo
漂流研究室【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-piao-liu-yan-jiu-shi-di-1-hua?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-piao-liu-yan-jiu-shi-di-1-hua?origin=member_posts_page】)
・教授!ダークエリア仮設とかもっといろいろ聞きたいです教授!次の講義はいつなんですか教授!誰か、連載してくれ……
ちこ
十人十竜【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-shi-ren-shi-long-di-yi-hua?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-shi-ren-shi-long-di-yi-hua?origin=member_posts_page】)
・メギドラモン好きによるメギドラモンが書きたいがためのメギドラモンだらけの話。メギドラモンがいることに理由は要らない、受け入れろという圧の強さを感じます。それによって生じるほのぼのシュールな世界観、新聞とかに毎日一話ずつ載せてほしい。
・メギドラモンを兎に角たくさん出したいという作者の願望が伝わってくる作品。メギドラモン好きな人もこれから好きになる人も皆読もう。
てるジノ坊主
Digimon e/se IF【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-digimon-e-se-if-di-1-hua-yun-ming-ou-ran】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-digimon-e-se-if-di-1-hua-yun-ming-ou-ran】)
・とある兄弟が突如としてドえらい運命を背負わされる羽目になるお話。最高の尊厳破壊とデジモン化、性癖からは以上です。
夏P
Death or Dominate【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-death-or-dominate-duester-01?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-death-or-dominate-duester-01?origin=member_posts_page】)
・夏P様が企画序盤に怒涛の勢いで投稿した作品群の中でもボリュームがとてつもない一作。温めていただけあって濃密な設定とキャラクター。絶望から立ち上がる出来損ないが姉妹に捧げる復讐譚の始まり。
ナクル
井ノ本日誌【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-jing-noben-ri-zhi-day1】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-jing-noben-ri-zhi-day1】)
・淡々と基本ローテンションな感じでテンポよく笑いどころが出てきてくすくす笑いながら読める作品です。
・シュールレアリスムの極み。何もかもがおかしい時間が、ただただ淡々と流れていきます。文字だけでこれ程のシュールを表現できるものなんですね……。この先様々な大物デジモンが訪ねてきて新たなドシュールが展開していくのも面白いかもしれませんね。
・家庭教師ドゥフトモンとかいうまず一見して自身の正気を疑う組み合わせ。とにかく個性的が過ぎるというか威厳はどうした威厳はァ!! シュール、あまりにもシュール。そしてそこが面白い。うちにも来てくれドゥフトモン。菓子折り何も用意しないけど。
・居並ぶ一話の中でも随一のスピード系ギャグ。井ノ本くん強すぎて笑いが止まらない。
パラレル
Traveler/Extra liner ミライロ☆彡ネコ【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-traveler-extra-liner-mirairoshan-neko-di-1-hua】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-traveler-extra-liner-mirairoshan-neko-di-1-hua】)
・原作者様直々の魔法少女パロ!リスペクトが止まらない!寧子ちゃんはかわいい。とてもかわいい。みんなも知ってるね?
・王道魔法少女もの(だと思う)に混ざるパラレル様節が良い!
私も好きでした魔法少女アイテム…子供は、みんなビーム的なものが好きですからね!
ex:トライ【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-ex-torai-di-yi-hua】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-ex-torai-di-yi-hua】)
・こういうのを公式で見たかった気がする……
・三年前の企画で投稿した作品を後半の話として想定した第一話という体裁は評価してくださると助かります。
羽化石
ぬえっと参上! 電脳霊媒少女かむい【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-nuetutocan-shang-dian-noy-ling-mei-shao-nu-kamui-case1】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-nuetutocan-shang-dian-noy-ling-mei-shao-nu-kamui-case1】)
・ついにかむいちゃんの物語がサロンにエントリーだ! 作者様のギャグ方面のハッピーセット。画面をスクロールする毎に、読者も登場人物になってツッコミを入れたくなる事間違いなし。次の鵺の陰陽師を生み出すのは、君だ!
・すべてが胡乱。胡散臭さ全開のおかっぱ少女とそれに対応できる個性的な面子のテンポ良い会話劇が魅力。テンポ良すぎてメッタメタなことになってるのもまた一興。
・やや!これは…美少女霊媒師が現代に現れし怪異デジモンをギッタバッタと倒しまくる痛快バトルコメディ!主人公の鶫崎かむいの姿をピク・シヴで見かけた事のある御仁もいるかもしれませんが、彼女とは関係ございません。強いて言えば昨年のお彼岸企画のイラストにいた彼女でしょう。たった一枚の絵からザビケという舞台目掛けて飛び出したかむいちゃん、次は貴方の街にもやってくるかも!?いやはや2話以降が楽しみでございますねえ!
・めっちゃ面白いことはわかるんだけど終わった後頭に大量のクエスチョンマークが残る問題作。おらなんこっちゃわかんなかっただよ。
・かむいちゃんだヤッター!!!読んでいてテンポ感がとても良い作品です。そして何もかもが可愛い!
・テンポの良いストーリーとギャグが好き。かむいちゃんはいいぞ
ブイレ
DIGIコップ No.01【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-digikotupu-no-01?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-digikotupu-no-01?origin=member_posts_page】)
・デジモンに変身する警察系ヒーローもの、真っ当に短くまとまりつつ、幅広く続きの可能性が見えるすばらしい一話で、なんで二話以降がないんですか?となること必至です。よきスパーダモンを!(挨拶)
・シンプルな文章構成によって描かれる、ある意味王道とも呼べるメタルヒーロー系な物語。開けろ!! アンドロモン市警だ!! 朝にコーヒーでも飲むような気軽さで、是非とも読むべし。
へりこにあん
選ばれたのはアヤタカでした【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-xuan-baretanohaayatakadesita-yi-kou-mu】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-xuan-baretanohaayatakadesita-yi-kou-mu】)
・タイトル一発のネタかと思いきや、ミステリーの導入としてよくまとまっていて面白いです。謎のメッセージを残すという形で、二話の書き手への挑戦状を渡すのも斬新でぐっときました。アヤタカの指すものとは、「選ばれる」とは……
因習駄菓子屋VS電脳妖怪【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-yin-xi-tuo-guo-zi-wu-vs-dian-noy-yao-guai-episode1?searchTerm=%E5%9B%A0%E7%BF%92%E9%A7%84%E8%8F%93%E5%AD%90%E5%B1%8BVS%E9%9B%BB%E8%84%B3%E5%A6%96%E6%80%AA】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-yin-xi-tuo-guo-zi-wu-vs-dian-noy-yao-guai-episode1?searchTerm=%E5%9B%A0%E7%BF%92%E9%A7%84%E8%8F%93%E5%AD%90%E5%B1%8BVS%E9%9B%BB%E8%84%B3%E5%A6%96%E6%80%AA】)
・因習の読みがデスなのは周知の事実ではありますが、名前のインパクトに負けない、1話にして濃厚な世界観が伝わってくる、それでいて作者様特有の人間ドラマも堪能できる、素敵な逸品です。このデジモンにはこの駄菓子、と想いを馳せるのも楽しいですよ。
朱雀学園物語~鳥デジモンと心はばたく恋をして~【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-zhu-que-xue-yuan-wu-yu-niao-dezimontoxin-habatakulian-wosite-di-yi-hua-ru-xue-shi-chu-hui-i】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-zhu-que-xue-yuan-wu-yu-niao-dezimontoxin-habatakulian-wosite-di-yi-hua-ru-xue-shi-chu-hui-i】)
・ぼくはオニスモン会長が好きなんですが、沼が深いのはサンダーバーモンだと思います。
Egg head take Red 【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-egg-head-take-red-di-yi-hua?searchTerm=Egg+head+take+Red】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-egg-head-take-red-di-yi-hua?searchTerm=Egg+head+take+Red】)
・ザビケの唯一の漫画作品で個人的に続きが見たい第1位です!黒木南京さん可愛いけど、なぜネガーモンを抱えてらっしゃるの……?
マダラマゼラン一号
SUMMER TIME SERVICE【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-summer-time-service-di-yi-hua-mao-tokong-long-noxia-xiu-mi】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-summer-time-service-di-yi-hua-mao-tokong-long-noxia-xiu-mi】)
・今は、冬なのに夏を感じる…凄い!
作者様のワード選びのセンスが光りまくってます。やはり夏とデジモンは相性抜群ですね!
stray sheep complex【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-stray-sheep-complex-di-yi-ye-geek-sleep-sheep】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-stray-sheep-complex-di-yi-ye-geek-sleep-sheep】)
・どこかで聞いたことのあるアプリをテーマにお得意のグレー交りの淡い青春模様と眩しいほどの少年の一歩。夢を武器にするお洒落さが、同じ名前の技を持ちながら進化段階が上の存在が明示されることで怖さにも変わる。魅力的で完璧な一話でした。
・1話だけにもかかわらず既に奥深く、シンプルに物語りに入り込めてしまう設定と世界観! ヒロインも親近感が持てるキャラ造形で、主人公もとある悩みを除けば等身大の少年……にもかかわらず、作品の根幹を成す悪意、否、悪夢はあまりに悪辣で……と、続きが気になる事間違いなしです。誰か続きを書いてください。
みなみ
DLOT【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-dlot-di-yi-hua-chu-metenodian-zi-de-nahureai】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-dlot-di-yi-hua-chu-metenodian-zi-de-nahureai】)
・現実に存在していたら万単位の金を要するとしても絶対に行きたいと断言出来る、デジモンのカフェのお話。頼む!! 推しデジと触れ合わせてくれ!! そんな願望を誰でも”第二話を書く”という行為でもって叶えられるであろう世界観、とても大好きになりました。とりあえずギルモンをオーダーさせてください。
もこぽん
聖騎士おじさん、因習村に挑む【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-sheng-qi-shi-ozisan-yin-xi-cun-nitiao-mu?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-sheng-qi-shi-ozisan-yin-xi-cun-nitiao-mu?origin=member_posts_page】)
・タイトルだけ取るとギャグを想像しますが、しっかり因習のヤバげな村で聖騎士おじさんが出向く理由もしっかりしています。真っ当に続きが読みたいです、誰か書いてください。
森乃端鰐梨
Heavenly Dynamites【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-heavenly-dynamites-di-yi-hua】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-heavenly-dynamites-di-yi-hua】)
・色々と(スペックと格好が)おかしいファスコモンに三大天使がウボァーされる話。ただそれだけ、言ってしまえばそれだけなのだけどただそれだけでインパクトが凄まじい。こんなことになったらケルビモンでなくとも氏の描いたイラストの涙目になってしまう。汝、読む場合には一切の常識と知性を棄てよ。
ヤギ
逢魔が時に蛟は嗤う【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-feng-mo-gashi-nijiao-hachi-u】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-feng-mo-gashi-nijiao-hachi-u】)
・玩具としてのデジタルモンスターを子供達が楽しむ、ありふれた日常。そこに潜む、子供ではどうしようもない『デジタルモンスター』の脅威。小道具の使い方や演出が素晴らしく、思わずゾクリとしてしまう作品です。
・何気ない日常が事件をきっかけに非日常に変わってしまう正しくデジモン作品の1話…なんぼあっても良いです!
湯浅桐華
Realize the Digitalworld Act.1【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-realize-the-digitalworld-act-1-chun-jue-bie-chu-hui-i?origin=member_posts_page】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-realize-the-digitalworld-act-1-chun-jue-bie-chu-hui-i?origin=member_posts_page】)
・見よ。これがレジェンドのザビケだ。冒頭で示された戦いの意味は、両親が残したデジモンの謎は、続きは、続きを……君の手で……
ユキサーン
Dust Box diary【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-dust-box-diary-di-1hua?searchTerm=Dust+Box+diary】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-dust-box-diary-di-1hua?searchTerm=Dust+Box+diary】)
ルツキ
Atropos −α−【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-atropos-a】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-atropos-a】)
・ハードボイルドなサイバーパンクもの。デジモンの能力の使い方が上手く、独自の設定にも心が躍ります。個性的なキャラクター達もみんな魅了的で、特にいいぞ、ドナちゃんは。ドナちゃんかわいいぞ。ドナちゃんにハートを撃ち抜かれよう。
wB(わらび)
The soul【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-the-soul-di-yi-hua?searchTerm=the+soul】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-the-soul-di-yi-hua?searchTerm=the+soul】)
・兎に角熱い、男の再起であり漢達の生き様と友情の物語。倒れても倒れても、勝つのは最後に立っている奴。タイトル通りの雑草魂、是非その目でお確かめ下さい。
・チャンピオンの座を失い燻るボクサーの前に現れるのは自分と同じ剣闘士(グラディエーター)を名乗る緑の異形。その生き様。その不屈の魂が彼に、そして読者に火を点ける。
・The soul。その意味が分かった時、君は雑草のように何度でも立ち上がる勇気と「そういう事かよ!!!」を手に入れる。
以上になります。本当に皆さんありがとうございました!!本年もよろしくお願いします!!
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へりこにあん
2023年12月16日
In デジモン創作サロン
「未来」
公竜の言葉に、時が止まった様だった。
恵理座の言葉に未来は拒否し続けた。自分なんかがちゃんとやっている兄に会ってはいけないと、そう言い続けた。
結果としては、それが正しかったのだろう、
血を飲んでから、未来の頭は妙に澄んでいた。
育ての母を失った喪失感も、それを兄に見られた困惑も、兄が自分の作ったベルトを使ってくれてる嬉しさも、そのベルトを代わりに届けてくれた恵理座がここにいない悲しみも、全部そこにあるのにそこになかった。
白いカーテンを一枚通して、シルエットで見ている様なそこにあるのに他人事の様な。
「……兄さん」
未来が話し始めるまでの数秒、公竜が待ったのは、それが事故であると信じたかったからだ。
やむを得なかったと、こうする事で吸血鬼として復活できるかもしれないでも、なんでもよかった。言い訳をして欲しかった。恵理座が信じた様に信じたくて、あえて何も言わなかった。疑念を口にすればそれが公竜にとって最悪の真実になりそうな気がした。
「ごめんなさい。私は、吸血鬼(化け物)だったみたい」
未来は言い訳をしなかった。
「……そう、か」
公竜は、トランクをその場に置いて、手を差し出した。
「でも、僕の妹だ。悪いようにはしない」
嬉しかった。無理に笑ったその顔が、正義と情に揺れて情を取ったことがたまらなく嬉しかった。
多分その情の矛先は自分ではなく、恵理座なのだろうと思ってもなお、嬉しかった。
でも、その嬉しさももうカーテンの向こう側なのだ。
血を飲んだ今の自分ならば、本庄義輝にも引けを取らない確信が未来にはあった。
カーテンの向こう側にあってなお、未来を突き動かせる熱を持つものは、恨み、呪い、怒り。
「とりあえず、天崎は殺していく」
「駄目だ、やめてくれ」
「やめないし、ブレスドじゃ止められない。それは……最高弁当大盛さんのとは違う。欠陥品だから」
追い縋ろうとする公竜を振り切り、二対の翼を生やした未来は飛んだ。
屋上へ行くと、倒れている人間が天崎含めて五人、そして、その倒れている人間からメモリを回収している天青がいた。
「ちょっと、どいてください。殺すので」
「……駄目です」
天青が立ち塞がると、未来は即座に殴りかかった。
それを咄嗟に腕でガードして天青は察する。人間にしてはあり得ない重さ、自分の目でなければ見切れない速さ。
「博士から聞いて来たんですね、未来さん」
「……そう、じゃああなたが天青さん。私と違って鳥羽さんと同じ、後天的な半デジモン」
素人丸出しだがただ速く重いテレフォンパンチを、天青はなんとかガードし、避ける。
少し面倒だなと未来が考えると、紫色の肉片が身体から液体のように染み出して、未来の手の上にネオヴァンデモンの鋭い爪を持った右手を作る。
そして薙ぐように爪を振るう。
なんとかそれを天青は後ろに跳んで避けるが、未来はその右腕を逆にもう一度振るった。
作った腕はロープのように伸び、天青の体に巻き付いて腕を封じてさらに振るうと、ぶちりと伸びた腕は千切れ、天青と一緒に投げ出された。
「……なるほど、こういうことできる、いや、できたんだ。元々」
未来の身体から滲み出た紫色はそれぞれが生きている様に脈打って爪の形を作り、あらゆる方向から天崎に突き刺さり、引き裂いた。
天青はそれを成した未来の冷たい瞳を見た。
怒りも悲しみも復讐を成した一瞬の喜びもない、ただするべきだからしただけに過ぎない有様。
流れ出た赤色が未来の靴を汚しても一瞥もしなかった。
「……斎藤さんによろしくと、伝えてください」
そう言って、未来は飛んだ。
それは、天青が残された痕跡から推測していた未来の人格とは大きく異なる、復讐さえも心の整理に過ぎない様な淡白な未来の姿だった。
「未来さんは……ネオヴァンデモンメモリに侵されている」
そう一人の女が病院のベッドの上で公竜に話していた。
養護施設での長時間のメモリ使用の反動で眠っていたその女は、高森(タカモリ)と名乗った。
そして、起きるなり公安の見張りに掛け合って公竜を呼んだのだ。
その時には、未来が消えて既に一日が経っていた。
「未来が私の変身ベルト、ブレスドは失敗作だと言ってました。心当たりは?」
「それは……知らない。私はそれに関して何も知らない……自分は組織から姿をいずれ消す。その後、組織が崩壊していくはずだから、としか……」
そんなことより、と高森は言った。
「未来さんのネオヴァンデモンメモリは、使う度に未来さんの心を侵すんです。適性が低くて起こる精神の汚染ではなく、高い為に起こる元のデジモンへの馴化、それによって、未来さんは感情が希薄で血で喉を満たす時だけ潤うネオヴァンデモンの性質に近づきつつある」
「……それであなたは蝶野の鱗粉を求めた」
公竜は冷静だった。いや、内心は穏やかではなかったが、なにより情報が必要だった。
「お兄さん、未来さんはそうならない為に苦しんでいた。救うにはもう、蝶野の鱗粉を使うしかない」
通信機越しに聞いて、疲れ切った顔をした盛実は猗鈴達の前で首を横に振った。
「……ティンカーモンの鱗粉は時間が逆行するわけじゃない、成長が巻き戻るんだよ。傷跡は残る、体内の残留物も残る。ネオヴァンデモンに馴化した部分は戻るかもしれないけど、それも可能性は低いし体内に取り込まれたネオヴァンデモンのデータは消えないから、また馴化を始めるだけになる」
「……博士、休んだほうがいい。命さんの手術にも立ち会って、昨日からずっと寝てないでしょ」
命は一命を取り留めた。医師によって即座に行われた輸血と、奇しくも蝶野の鱗粉が体内に残っていたことが一命を取り留める要因になった。
ティンカーモンの鱗粉の抜き方は、薬で血に溶かして老廃物として尿から排出するもの。
血に溶けていたティンカーモンの鱗粉が抜けている。血が戻り、再構成に使える栄養がある程度肉体に補充されればその影響で命の身体の再構成が始まる。
輸血しながら、落下によって生じた大規模な損傷を直す。再構成に伴い軽微な傷や損傷は塞がるから、再構成を複数回意図的に起こして放置していればそのまま致死につながるダメージをその都度リセットしながら行うことでギリギリ一命を取り留めた。
「血が抜けて脳にどれだけダメージが生じたか……まだ体内には血に溶かされ切ってない鱗粉もあるから、まだ再構成は始まってくる筈だし、それによって脳の状態が回復してくる可能性もあるけど縫合糸とか変になるリスクもあるし、責任は自分が持つと執刀してくれたドクトルK(多分違法行為なので仮名)が今も検査とかしてくれている筈だから私だけ休むわけにもいかないわけで……」
ブツブツと呟く盛実の目の下のくまはマジックで引いた様な濃さで、眠ることもできていないのは当たり前に見て取れた。
「……寝なさい、当て身」
「ぐわー」
天青が手刀を軽く盛実の首筋にとんと当てると、盛実はそのまま机に突っ伏して目を閉じた。
そうして、一分程が経った。
「……え? 今の当て身? で寝たんですか?」
まさか、と天青は毛布を持ってくると盛実に優しくかけた。
「……博士はああいうフリすると脊髄反射で乗るし、目を瞑ればそのまま寝るような疲労具合だったってだけ」
「そんなことあります?」
「博士が起きるから、もう少し声小さくしようか」
天青は慣れた様子でそう言った。
「……未来さんの感情が希薄なのは確かに私も感じた。けれど、天崎の血を飲まなかった」
「ネオヴァンデモンの特徴は本能以外の感情が希薄であることのはずですよね。本能につながりそうな食事はせず、天青さんに怪我させないように気もつかっていた……」
杉菜がそう口にして考えをまとめようとする。
つまりそこにある理由は本能ではない何か。
淡白に見えても本能以外が希薄なのと本能以外がないのとは別物だ。
「……希薄になって何も感じなくなっていくっていう情報の出どころは? 未来さん以前に『ネオヴァンデモンメモリを使い過ぎた吸血鬼王と人間の間に産まれた娘』なんていないのに」
教えたのは誰で、それは信用できるのか? 猗鈴の言葉に天青は確かにと頷いた。
「……本庄が未来さんを都合よく動かす為に吹き込んだ、またはそうなるように期待していることをあえて伝えた。という可能性はあるかもしれない」
天青はそう言って、通信機を手に取った。
「公竜さん。高森から未来さんがネオヴァンデモンメモリによる侵食についてどう知ったかを聞き出して」
『わかりました』
公竜の返事を確認して、天青は二人に向かい直った。
「デジモンは情報に影響される。悪魔は聖なるものに弱いという人間界の常識を持った私は十字架でダメージを受けたりクリスマスに体調が悪くなったりもする」
「……未来さんにネオヴァンデモンの悍ましさを伝えそうなると思い込ませることでそれが本当に影響する可能性もあるってことですね」
杉菜がそう口にすると、天青もそうと頷いた。
「けれど、それって今更知ってどうにかなることなんですか?」
『……妹に、悪いのは本庄だと言えるようになります。メモリのせいなのはわかっているでしょう、でも、それを踏まえても』
公竜はそう通信機越しに答えた。
「高森の情報源は?」
『未来です。ただ、メモリの影響で自分が変になっていくのを自覚して未来が本庄を問い詰めて知り、それを高森にという流れのようですから……メモリ自体にそういう効果はありそうです』
でもそれでは駄目なのを公竜はわかっている。ネオヴァンデモンがそういうデジモンだとして、どこまでがそのメモリのせいか、自分ならそう考えるだろうと公竜は思う。
ネオヴァンデモンメモリを使ったことで表出した自分自身の吸血鬼としての性質かもしれないという考えは必ず頭を過ぎる。
「……なんにせよ、未来さんを説得するか捕まえるかしてネオヴァンデモンメモリを吸い出さないとですけれど、どうやって居場所を補足するんですか? 警察は吸血鬼王に乗っ取られ、未来さんが狙うだろうものとしては本庄ぐらいしかわかりませんが、その本庄だってどこにいるかわからない」
「盛実さんに呼び出してもらえるんじゃない?」
猗鈴の言葉に、いや、無理でしょうと杉菜は答えた。
「小林さんから逃げ出したんですよ? 会ってくれるとは……」
「感情が希薄だからこそ、聞いてみる価値はあると思う。一般的な倫理観とか責任とかで動いているなら、私に姉さんの真実を伝える責任があると言えば、会ってくれるかもしれない」
「……無理でも、返信させれば博士がハッキングで場所を割り出せる。がむしゃらに探すよりは有効かもしれない」
あとは博士次第かなと、天青は呟いて、眠る盛実を見た。
夜のソルフラワーの展望台、未来が直されたばかりのガラスを覗き込むと鮮やかな金色の髪に赤い目、白いワンピースの女が映り込んでいた。
元のくすんだ金髪にメガネの未来はもういない。
吸血鬼王から受け継いだ色だ。陶器のような肌は、血が流れてるか怪しい程に白い。
「……アプラスさん」
その後ろ姿に声をかけた盛実は、対して不健康な浅黒い肌に薄汚れた白衣と作業着の重ね着で、目元にはクマもできていた。
「大盛さん、こんな時間にソルフラワー入っていいのは……あの日のツテ?」
盛実は頷いた。邪魔が入らない場所として盛実に用意できる一番いい場所がソルフラワーだった。
「……素敵な、ワンピースだね」
「うん。もう日で肌が焼けることもないし、知らず知らず魔眼を使ってしまうかもって心配もない。ママの血が完全に目覚めたから……だから、命さんに買ってもらったワンピースやっと外に着ていけるようになったの」
でも全然心が踊らない。そう未来は呟いた。
「……大盛さんは、変わらないね」
「前はもっと無難なの着てたけど……」
あの時もこんな不審者の格好してたかなと盛実は呟く。
「服じゃない。今も、あの日も、私の居場所を特定した日も、生身で私に向き合ってくれてるって話。私は、ただのヒーローオタク、組織の幹部、吸血鬼……全部違う顔で向き合ってる」
同じだと口にしようとして、盛実はグッと堪えた。場面によってただ違う顔で向き合うとかそういうことが未来は言いたいんじゃない。
「……私は、思ってるほど勇敢じゃないよ、多分。実質元凶だし、何もしないでいるのが怖いから……『斎藤・ベットー・盛実博士』のキャラ付けをして、友達に付き合ってもらって、やっと……」
「そう言いながら、兄さんを連れてこなかった。このソルフラワーの下には仲間が待機してるみたいだし、通信もしてる、でもここには大盛さん一人で来た。それを勇敢と言わないでなんて言うの?」
ほとんど動かなかった未来の口元が、少しほころんだ。
「似てると最初は思ったよ、私も。望まず与えられた強い力、メモリ使った変身システムの開発者同士、二人とも.趣味も合うしね。でも私達は違う世界(放送年)の住人だよ」
バサバサと音を立て、展望台の至る所からコウモリが未来に集まってくる。
「私は、生まれながらの怪人(グリード)で、あなたは変質した人間(ドーパント)」
「そんなことない! えっと、そう……ドクター! ドクター未来(ミキ)でいいじゃん! あの人は荒天的な怪人(グリード)だし!」
焦ってそう言う盛実に、ふふ、と未来は笑った。
「……もしかして、ネオヴァンデモンの影響、もう克服してる?」
盛実の言葉に、未来はうんと頷いた。
「ママの血を受け入れた事でネオヴァンデモンのメモリは完全に制御下においた」
未来はそう言って、笑顔を作った。
ネオヴァンデモンメモリを制御化においても希薄になった感情そのものは、ほとんど戻っていなかった。今もその殆どはカーテンの向こう側、どこか他人事のよう。
それは、人間の感性だった今までが異常で、今の状態が吸血鬼としてあるべき姿だと言われているように未来は思えた。
「……じゃあ、もう私達から離れなくていいじゃん! 命さんも一命は取り留めたし!」
「……命さん、生きてるの?」
「うん! いろんな偶然とか、デジモン関係で頭パニックだろうに臨機応変に頑張ってくれる腕のいいドクターがいたりとか、色々あって、意識は戻ってないけどね」
「そっか……」
「一緒に病院行こう、未来さん。私達と一緒に。姫芝……元組織の売人だってこっちで戦ってるし、元凶は私だし……」
その手を取りたいと思った。カーテンの向こう側に置いてきた人間の部分がそれを望んでいる。
だからこそ応じられない。恵まれ過ぎている、愛され過ぎている。人殺しの化け物にそんな結末があっていいとは思えない。
「……先に、答えることに答えておくね。私が知る夏音の計画、それが知りたいって口実で呼び出された訳だし」
でも、またソルフラワーを壊すのは違う。とりあえず出口へと歩いていく。
「え、うん。でも、ありがたいけど、合流してからでもいいよ? 猗鈴さん達も多分直接聞きたいだろうし」
エレベーターの中、無防備に背中を晒す盛実に、未来の胸が痛む。血を飲む前だったら裏切る罪悪感に耐えることはできなかった。
「……夏音は、組織の存在を知って、自分が断ればきっと妹に声をかける、知らないところで妹が危険に晒される。感じて組織に入ったって言ってた」
通信機越しに会話を聞きながら、猗鈴はグッと拳を握りしめた。
「デジモンの力は超常的……夏音をスカウトした時、本庄はリヴァイアモンを人間界に連れてくれば両親を蘇生できると持ちかけた。実際は真っ赤な嘘だった。メモリには依存性があるから、とにかく使わせて少しでも悪事を働けばそれをネタにゆすれるという考えだった」
私の時と根本的に同じ手口、でも夏音は私より強かだったと続けた。
「……夏音は、乗り気なように演じて、幹部としてリヴァイアモンと通信し取り入ってあっという間に信頼を得た。他の幹部は魔王様って呼ぶけど、夏音だけおばばって肉親みたいに呼べるぐらいに」
エレベーターを二人で出る。ソルフラワーの正面は広場のある公園になっている。そこに、他の仲間と公竜がいるのを未来は知っていた。
「夏音は……組織の壊滅には二段階がいると言った。一つは、リヴァイアモンと本庄を倒すこと。リヴァイアモンが生きてる限り、組織自体を何度でもやり直せるし、本庄は別に目的があるから本庄を残せば『リヴァイアモンを人間界に連れてくる』以外の目的で動く組織に変質するだけ」
未来は、ソルフラワーから出る直前で足を止めた。
「二段階目は、組織の残党を倒すこと。夏音の計画では私の役目はこっち。私達の開発した制御装置はメモリの出力がひどく落ちる。でも、元の肉体が強くてメモリもネオヴァンデモンの私なら戦える。一段階目の開始の合図があったら私は組織を抜けてそれまで潜伏するという手筈」
盛実がえっと振り返る。
「ブレスドは、ネオヴァンデモンメモリが装置を受け付けなくなったし、鳥羽さんから接触されて作った、代替案。残党狩り用だからlevel5まで相手できれば十分と鳥羽さんに渡した。ボマーモンを倒した国見探偵の存在も合わせれば残党狩り用の戦力は十分、私はこのメモリを使う機会は訪れなくなった……はずだった」
「……なんで止まるの」
「一段階目が多分失敗した。夏音は致死のダメージを受けても蘇るけど、ダメージが残らないわけじゃない。リヴァイアモンがメモリに肉体を移した後、一度死んでメモリを挿す日付を延期させるつもりだった」
「ねぇ!」
「延期したとしてリヴァイアモンのメモリは誰に渡るか? 秦野か夏音……制御装置を通してリヴァイアモンのメモリを使う。それが夏音の考えた本庄を倒す方法。本庄を倒した後は……制御装置をつけたまま夏音が死んで、火葬されれば、夏音の肉体ごとリヴァイアモンの力も心も滅び去り……妹の生活は守られる」
未来の言葉に、猗鈴は思わず息を呑んだ。
元より夏音は死ぬつもりだった、妹の生活を守るために。人を殺して己も殺して。両親を殺した炎の中で自分を終わらせるつもりだった。
「……私達はメモリを使えるけど理屈を理解しきれなかったから、メモリの状態で破壊してもサルベージできる可能性が頭にあった。確実な方法として考えたのが、肉体ごと葬ること」
「そこに公竜さんもいる。怒ってもないし、憎んでもないよ!? 一緒に行こう!!」
盛実の伸ばした手は、未来の身体から溢れ出た紫色の肉塊に阻まれる。
「夏音が今何を考えてるかはわからない。わかるのは、夏音が道端で死んだあの日に計画が狂ったこと」
盛実が構わず手を突き入れて未来の手を探すも、肉塊は有無を言わさず盛実を押し返した。
「夏音はリヴァイアモンの器の第一候補でいるには傷つき過ぎたんだと思う。でも私は幹部の中では一番情報が制限されていたから、夏音の死をトラブルではなく合図だと受け取ってしまった……」
ごめんなさい、そう未来は謝った。猗鈴にか盛実にかはもう未来自身にもわからない。
「これは推測なんだけど……器の不足、私の行方不明、それだけなら適当に誤魔化して私を呼び戻し、また器となれるまで体調が回復するのを待てば元の計画に戻れた。でも、猗鈴さんが探偵として動き始めた事で夏音は黙ってるわけにはいかなくなった」
猗鈴の動悸が早くなっていく。開いた目は瞬きも忘れ、通信機のイヤホンに全神経が集中されていく。
「夏音が器になれるんだから、妹を器にした方が早いと誰かが言い出すのは目に見えていた。だから、夏音はあえて自分から組織との関わりを増やし、組織の解体を先に始めた。他の幹部に嫌がらせをして本庄を対応に忙殺させ……もしかしたら、自分が担当になったりもして、妹に手を出しにくくした」
もし、組織に把握されて最初に襲いに来た刺客がlevel5以上、例えば信者だったら猗鈴は死んでいただろうと思うことはあった。
「さらに状況が変わったのは、風切王果とママの出現かな。ああ、風切王果にメモリを渡したのは私。鳥羽さんと出会う前、ネオヴァンデモンメモリが勝手に動くようになって、私は他に残党を狩れる人を探してデジモンの血を強く感じた風切王果にメモリを渡した」
猗鈴の様子に目を向けていた杉菜が、カッと目を見開いた。
「彼女が暴れ出して、その直後に幹部を一人盛実さん達が倒したよね。どこまで夏音の意図かはわからないけど……その後、ママが来る頃には組織の商売の仕方が少し変わってる。個々人から組織との大きな取引に、新しいやり方にしたその時は前のやり方と変わることで追跡しにくくなるけど、方法を変えれば出てくる証拠も変わるから、組織を守る体で捕まえてくれ潰してくれと差し出した……んだと思う」
「その話は、後でしよう!」
「今止められたら私はもう話さない」
そう言われて、盛実は何も言えなくなった。
「今の夏音の狙いはおそらく、自分以外の器候補を探す余裕を組織からなくすこと。器候補でリヴァイアモンのお気に入りの夏音がいるから組織は雲隠れするとして夏音を置いていかない。部下も何もなくても、夏音が復調したらおそらくリヴァイアモンはメモリになろうとする。でも、安心してそれを進めるには今度は本庄の存在がノイズになってくる」
「……本庄を倒す為に、私達とは一緒に来れないの?」
「ブレスドの能力は知ってるし、ディコットも一応見た、制御装置としての完成度は私のとは比べものにならないぐらい高いけど、今の私から見たら足手まとい」
そうだとも違うとも未来は言わなかった。幸せになっちゃいけない化け物だからと言うよりはマシだと思った。
「……ソルフラワーの下で戦ってた時のままのディコットじゃない。猗鈴さんも姫芝も、強くなってる」
「じゃあもしそれが、私に通じるようなら、私も一緒に行くよ」
盛実は説得できない。未来にはわかっていた、未来は正しくないし全てが無茶苦茶だ。
確実に本庄を倒したいなら協力した方がいい、罪を償うにも特殊すぎる状況なのだから現職の兄に相談するべきで、心情としても、兄のそばにいたいのはもちろんヒーローオタクの未来として出会って友達になれたただ一人である盛実の近くにもいたい。
血を飲む前だったなら、そのどれもが、涙を流させ声を荒げさせ手に力を込めさせただろう。でも今は、ほんの少し表情筋が動く程度。
産まれつきの怪人はそんな真っ当に幸せであるべきじゃない。だから、そうあっちゃいけない。
真っ当な理屈を常人が鼻で笑う理屈で捻じ曲げる。通じさせまいと手を伸ばしてくれる友達に暴力を振るって遠ざける。
「……どうして、そうなるんだよ」
そう言う盛実を押しながら、未来はその身に肉塊をまとった。
『ネオヴァンデモン』
電子音の後、肉塊の中から、三日月のマークが三つ四つと現れ、月光を浴びて光ったかと思うと、地面に向けて黒い光線が数本放たれ、盛実の足元を焦がした。
「……ディコットが戦いに応じないならそれでもいいよ、腕を奪えばもうベルトも作れないでしょ? そうしたら、あとは見ているだけしかできない。その状況なら戦いたくないあなたは戦わなくていい。兄さんもブレスドが使えなくなるように……くるぶしから先ぐらいならもいでいいよね」
心にもないことをと盛実は眉を顰め、そう思ってくれてるんだろうけどと未来は考えていた。
戦って欲しくない、だから戦えないようにすればいい、考えたとしておぞましいと思うべきそれに忌避感を覚えない事実を未来は噛み締めていた。
「今の私を倒せるなら、本庄も倒せるよ」
未来はぐいと爪で口角を持ち上げて笑顔を作った。
「……ヒーローは怪人(化け物)を倒してこそ、そうでしょ?」
「それは意義ありですね」
公園の奥から出てきて、杉菜が未来の前にずいと立ち塞がった。
「盛実さんから一度、名乗る時にこう言えと言われたことがあります。この街の涙を拭う二色のハンカチーフだと」
杉菜は腰にベルトを着け、濃い緑のメモリを掲げる。
「キザすぎる物言いだとは思いますが概ね賛成です。ヒーローは誰かの悲劇(なみだ)を止めてこそ。助けてこそです」
杉菜に次いで、猗鈴も出てきて黄緑色のメモリを取り出す。
「盛実さん、メモリをディコットで吸い出したらどうにかできる。そうですよね?」
「……うん、できる、筈!」
盛実の白衣から、機械仕掛けの鳥が飛び出して、杉菜の周りを旋回する。
「使って、完成したてのアルティメットメモリ!」
『サンフラウモン』『ザッソーモン』
二人が同時にメモリを差し込み、猗鈴の身体がその場に崩れ落ちる。
杉菜の身体がディコットのそれになると、周囲を旋回していたアルティメットメモリは、一人でに変形してバックルへと重なった。
『アルティメット』
陽都の希望、その双葉は今ここに花を咲かせるに至った。
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へりこにあん
2023年11月30日
In デジモン創作サロン
デジモン創作サロンこの作品を見てくれ大賞2023
本企画は、「2023年中に投稿された作品から、『他人に薦めたい作品』とその作品についてのコメントを募り、紹介する。という企画です。
対象作品は2023年1/1〜12/31の間に投稿された作品全て、連載作品の場合は期間内に更新があれば対象になります。
連載小説部門、短編小説部門、イラスト・漫画部門、そして既存くくりに入れがたい「THE BEGINNING フリーマーケット」部門と四つに分け、各々で五つずつ作品を挙げてもらえます。漫画作品はイラスト部門に含みます。
回答の募集期間は本日から12/31まで、発表は1/1、年始はゆるりと既にある作品を楽しんだり、ザビケ作品の二話を考えるなどしてみるのはどうでしょうか?
大賞と銘打ってますが、実際に何人から名前が挙げられたか、は載せないつもりです。誰かから薦めたいと思われた時点でその作品は大賞です。自薦も可、自作自演での大賞受賞を推奨しています。
本企画は無記名で行える様、こちらのGoogleフォーム【https://forms.gle/Ug8gXiG7DHkkDbUBA (https://forms.gle/Ug8gXiG7DHkkDbUBA)】で集計します。一回じゃ上げきれないという人は複数回の回答も可能です。
この機会に普段はひっそりとアカウントも作らず読んでいる方も、なんとなく直接感想書きに行くのが恥ずかしい方も、今年の創作サロンを彩った作品達をおすすめし合いましょう。
小説作品の特定の挿絵、表紙絵もイラスト部門の方であげていただけます。連載作品の表紙絵や挿絵の場合、作品名のところに具体的に何話のものかということも併せて回答ください。
結果発表、こちら【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qi-hua-dezimonchuang-zuo-saronkonozuo-pin-wojian-tekureda-shang-2023-jie-guo-fa-biao-konojian-te2023】(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/qi-hua-dezimonchuang-zuo-saronkonozuo-pin-wojian-tekureda-shang-2023-jie-guo-fa-biao-konojian-te2023】)
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へりこにあん
2023年11月29日
In デジモン創作サロン
人類がデジモンと呼ばれる不思議な生き物と出会ってそれなりの時間が経った。
当初はお互い不干渉を前提に共存の在り方を探っていたが、それぞれの中で誤ったデジモン像や人間像が膨らみ問題になることも増え、関わりが増えて自然にゲートが開いてしまう事も多くなった。
そこで、交換留学が行われることになった。
デジタルワールドでは性質ごとに別々の学校に行くのが一般的なため、性質ごとに男女一人ずつ、十六人の『選ばれし子供達』が留学することになった。
竜、水、聖、獣、暗黒、虫・草木、機械・変異、そして鳥。
私は交換留学生の中の一般枠に選ばれ、鳥の学校に行くことになった。
「……ピナモン、また会えるかな」
子供の頃、人間界に迷い込んできたピナモンというデジモンと一夏を過ごした経験を買われてということになる。
「ピナモン、資料にあった一緒に一夏を過ごしたというデジモンだな?」
丸い紫色の球体の身体に赤いトサカ、鶏の様な姿のデジモンがそう私に話しかけてきた。
彼はシンドゥーラモン、私が通うことになる朱雀学園高等部の同級生であり、今回の交換留学のデジモン側のサポート窓口でもある。
「うん、といっても十年以上前だから向こうも覚えているかどうか……」
「まっ、学校もここしかないでもないし期待しないほうがいいだろうなぁ」
「だよね……」
「でも、近い種の繋がりは結構あるから、こっちで色々仲良くなったりすれば知ってるやつには会えるかも」
シンドゥーラモンはそう言ってかかかと笑った。
「うん、頑張るよ!」
「あ、あと『パートナー』の件も忘れずにな」
『パートナー』、この交換留学はデジモンと人間の交流促進が最終目標にある。
だから、私の態度に問題などがなければ、高校の一年間を朱雀学園で過ごした後もデジタルワールドに留まれたり、人間界でもデジモンと暮らせる権利を得る。政府が管理する為に一緒に暮らすデジモンは一人だけで、登録もしなければいけない。
その一緒に暮らすデジモンが『パートナー』。
「人間界への渡航権にもなるから、ちゃんと考えてな」
これは、私が最高のパートナーと一緒になる物語。
☆☆☆☆☆
コンコンと寮の部屋の戸を叩く音がして開けると、シンドゥーラモンがいた。
「寮の設備面で問題はあるかな?」
「あー……トイレの配管が細い気がするかな」
寮のトイレは小型から大型まで三種類ある、扉の大きさがちょうど良かった中型を選んだのだけど、配管が細くて不安になるぐらいだった。
「鳥デジモンは飛ぶ為に頻繁にトイレに行く種が多いから、体格に対して配管が細いんだよな。大型種向けのトイレを選ぶといいだろう、寮や校舎の新しいトイレは本来の便座の上に便座がつけられる様になってるぞ」
シンドゥーラモンはそう言った後、一通り部屋を見回して、一枚のプリントと赤い蝶ネクタイを一つ取り出した。
「よしっ、じゃあサポート役として、今後のサポートについての案内な」
紙にはデジモン側からのサポートの詳細が書かれている様だった。
「まず、基本的に、今後俺のサポートは基本ないものと思ってくれ」
「え!?」
「放り出すってわけじゃないさ、人間界から取り寄せする品物があるとか、傷害事件・事故が起こった時なんかには、こっちも対応する責任があるもんな」
困惑する私に、シンドゥーラモンは言いたいことはわかるぜと頷いた。
「でもな、人間とデジモンの差は大きいだろ? だから、トラブルを無くすことは多分無理だし、小さなトラブルならサポート役なしで周囲のデジモンに相談して解決できないと、今後の交換留学ってのは難しいよなって話なんだ」
確かにそうなんだろうけれど、正直なところ不安は大きい。
「……当然、どれだけサポートの介入が必要だったか、は『こっちで暮らせる権利』の取得にも関わってくる。パートナー一人いればこの世界で暮らせるってことを示してもらえないとだからさ。ピナモンを探すんなら、欲しいだろ?」
それは欲しい。私は強く頷いた。あのピナモンに会って、また明日も遊ぼうって約束を守れなかったことを謝るんだ。
「まぁ、心配すんなって! サポート役としては、って話だからな。クラスメイトとして恋バナの相談とかには乗るからさ!」
パートナーにするにあたって素性調査もあるし、とシンドゥーラモンはぼそっと呟いた。
「ありがとう、シンドゥーラモン」
「おう、じゃあまた明日、入学式の後の教室でな」
そう言って、扉を開けてシンドゥーラモンは出て行った。
「あ、忘れてた」
戻ってきた。
「その蝶ネクタイ、もし暴力に訴えかけられそうになったら使えよ。デラモンってデジモンになれる。長時間つけ続けると取れなくなるから、つけたまま寝たりとかは禁止な!」
じゃあな、と今度こそシンドゥーラモンは出て行った。
私はとりあえず鏡の前で、プリントと一緒に渡されていた赤い蝶ネクタイを着けてみた。
すると、あっという間に身体が縮んで、頭に金色の王冠を被り、背中に木を背負った青と白の羽毛の鳥デジモンに姿を変えてしまった。
「わぁお……すっご」
くるっと一回りしてみる。この姿ならば誰もデジモンだと思うことはないだろう。
「服着てないのだけ気になるけど……そこは、デジモンの感覚に慣れるしかない、のかな?」
一通り楽しんだ後、私は蝶ネクタイを外し、政府支給のなんちゃって制服の上着ポケットにそれを入れた。
「明日の入学式、楽しみだなぁ」
☆☆☆☆☆
余裕を持って寮の部屋を出たはずだった私は、学園の中で迷子になっていた。
この朱雀学園、新入生向けの案内の通りに行くと、当たり前の様に道が途切れて飛んで超える様書かれていて、飛べるデジモン向けの構造であることを嫌というほど思い知らされた。
メンテナンス用らしい階段を降りて登って降りて登って、どうしても見つからないところをどう渡ればとぐるぐる探し回っているうちに道を見失ってしまった。
「おーい、なんか困り事か?」
不意にそう声をかけられて振り向くと、青い仮面をつけ、背中からコウモリの様な翼を生やした四足獣のデジモンがいた。
このデジモンも鳥の分類でいいのだろうかという姿で、猫のように頭を下げてるのにそれでやっと視線が同じ高さになる大きさ。
でも画面の下の瞳はとても優しげに見えた。
「ん……? もしかして、人間か? 入学式はどうした?」
そのデジモンはそう言って不思議そうな顔をした。
「あ、はい。なんとか飛ばずに行ける道を探そうとして迷ってしまって……」
「そういうことか……時間がないから今は俺が送るけど、入学式が終わったら生徒会室に来るといい。マップをあげるよ」
前足に私が捕まると、そのデジモンはもう片方の前足でそっと包み込むようにすると、翼だけはためかせてゆっくり飛び上がった。
助走して加速してから飛ぶタイプの骨格に見えるけれど、私に気を遣ってくれているのがわかる。抑えるような前足で風も防がれて、飛んでいる間に感じる風は心地いい程度だ。
上空から見ると、学園が縦にも横にもあまりに広いことがよくわかる。人間が過ごすには何か乗り物がいるんじゃないか、この広さ。
「……全く飛べないと多分苦労することも多いだろうけど、困ったらいつでも生徒会に相談しに来いよ」
「はい、あの……名前聞いてもいいですか?」
ゆっくりと旋回しながらホール手前まで降りていく。
「俺は三年のグリフォモン。じゃあ、他にも迷子がいないか見回ってくるからこれで」
私の名前を告げる暇もなく、グリフォモン先輩は走って飛び立ってしまった。
「……行っちゃったけど、カッコいい先輩だったな」
さて、新入生はどこにいけばいいのかなと辺りを見回してみる。
デジモンは年齢以前に種族差が大き過ぎて新入生も在校生も全然区別がつかない。せめてお揃いのリボンでもしてれば話が早いんだけど。
「あら、あなたそんなところで固まって何してるのかしら?」
不意に上空からそんな声が降りかかってきた。
「へ?」
紫、水色、ピンク、目に鮮やかな三色の鳥デジモンが私のことを見下ろしていた。
「オニスモン様、アレ人間ですよ……! 交換留学で来るっていう……!」
「あら、じゃあ足元のデジ文字がよく読めなくて突っ立ってたってことなのかしら? あなたが行くのは左よ」
足元、と言われて見てみれば、地面にテープか何かで新入生、在校生と案内が貼られている。
体格差が大きいから看板とかよりこの方が効率的、ということだろうか。
「あ、ありがとうございます!」
私がそう礼を言ってお辞儀をすると、オニスモン先輩の足元にいた別のデジモンにぐいっと肩を押された。
「礼を言うならさっさと退きなさい! オニスモン様の通行の邪魔よ!」
「やめなさいな、みっともない。言わなくても退いてくれるわよねぇ?」
そう言葉を発した口と私の距離はあまりに遠い、なのにその遠くからでもはっきりと見えるほどその瞳は大きかった。
もちろんですとかなんとか言って、私は急いで教えてもらった方向に走った。
オニスモン先輩、綺麗だけどちょっと怖くて、でも教えてくれたから優しいのかもしれない……よくわからない人だった。
☆☆☆☆☆
「こっちかな?」
新入生らしいデジモン達の列に並び、名簿から名前を探してさらにクラスごとの列に移動する。
「おーい、君はこっちだよ」
一年一組の列に並んでいると、半鳥人とでも言うべき、下半身が鳥らしく腕の側面に翼も生えた人型のデジモンが声をかけてきた。
首につけた教員の証のスカーフの二色の組み合わせでそれが自分のクラスの担任だと認識する。
「え、と……シルフィーモン先生?」
「お、ちゃんとプリント確認してきててえらいねぇ。私がシルフィーモン、君の担任だよ。君は最初に入学式で壇上に立ってもらう。簡単に挨拶ぐらいしてもらうから考えてね」
正直全然ヒトとは違うけれど、鳥のデジモンに囲まれたこの環境だと、シルフィーモン先生はなんだかとても安心感がある。
「……挨拶?」
それはそれとして挨拶は聞いてない。
「簡単なので大丈夫、人間と思わず悪ふざけで攻撃する子でもいたら危ないんじゃないかってことでの顔見せだから」
デジモンって悪ふざけで攻撃するんだ。
「確かに、悪ふざけでビーム撃つぐらいならやっちゃう子はやっちゃうねって話になったんだよ」
悪ふざけでビーム撃つんだ。
☆☆☆☆☆
そういう訳で、私の入学式はわやわやで終わった。壇上に立たされた後の記憶がない。
先生が弱めの成長期ぐらいの強さという謎の単位を出したことと、在校生の中からビームが飛んできてすぐ横を通ったとこまでは覚えている。
それから、シルフィーモン先生に連れられて私達はクラスの教室まで移動した。
席はかなり個性的な作りで、椅子になったり止まり木になったり変形する作りらしい。種によっては無い方が楽ということまである様だった。
流石にオリエンテーションの内容は人間界と大差なく、つまらない説明が何事もなく終わった。
そして、クラスメイト達はあっという間に周囲のデジモン達と交友を深めるべく、数人ずつで固まりはじめた。
「あれ、人間だよな」「人間って過激派がちょこちょこなんか事件起こしてたよな」「十年ぐらい前だけど鳥デジモンの誘拐とかもあったし」「興味はあるけど子怖さが勝つよねー……」「わかる、最初に行くのは無理だよねー」
ちらほらと、周囲の話の種にされているのは聞こえるものの、誰も話しかけてはこない。
そりゃそうだ。人間がらみで色々あったから企画された交換留学だし、イメージが良くないところでは良くないに決まってる。
さて、どうしたものか。比較的怖がってなさそうな子を選んで声をかけて、とりあえず生徒会室へ行かないと学校生活自体ままならなさそうだし。
「ねぇ、君一人で帰れるの?」
そう声をかけてきたのは、ゴーグルをかけた黒っぽくて細長い口ばしの鳥のデジモンだった。
「私は中等部から通ってるから多少詳しいんだけど、この学園、歩いて外に出るの難しいし、登校してくるのも難しかったんじゃない?」
「実はそうで、来る時はグリフォモンって先輩に助けてもらって、生徒会室に地図を受け取りに行こうかなって……」
「それ、私の兄さん」
「え!?」
「……似てないのはわかってる。で、生徒会室への行き方はわかる?」
ゴーグルの奥の目が一瞬しかめられたが、すぐにまた元の様に変わった。
「……わかんないです」
「案内するわ。飛べないと本当に不便な作りしてるから、この学園」
「ありがとう、えーと……」
「シーチューモン、今後も何か困ったら頼ってくれていいから」
彼女がそう言ったのを聞いて、なんとなく私は笑った。
「何かおかしなこと言った?」
「グリフォモン先輩も同じ様なこと言ったから、似てるなって」
私がそう言うと、シーチューモンが少し微笑んだ様な気がした。
「じゃあ、行くわよ」
☆☆☆☆☆
校舎内を歩いていく。頭の上を他の生徒達が飛んで他の階との間を行き来しているのを見上げながら廊下を歩いていく。
「各階のトイレの位置は同じだけど、階によって廊下の途切れている位置が違うから気をつけて」
「なんで一つ大きな吹き抜けじゃないの?」
「鳥のデジモンも落下すれば怪我するし、この建物の高さだと死にかねない。デジモンだからってみんながみんな強いわけじゃないの」
シーチューモンはそう言ったあと、小さく兄さんみたいにねと呟いた。私は聞こえなかったフリをした。
階段はほとんど誰も使ってない様で人通りもほとんどなく、それどころか階段周りは明かりも幾つか切れているようで、普段使われていない分管理も行き届いていないようだった。
「……灯り、持ってる?」
一瞬疑問に思ったけれど、もしかすると暗いところだとよく見えないのだろうか。
スマホのライトを、と取り出そうとして、ポケットのどこにもないことに気づく。そういえば朝から使っていない。多分、寮の部屋だろうとは思うけれど。
「えと、あ、そうだ。手つなぐ?」
そういえば、ピナモンも鳥目で、遊び過ぎて暗くなった帰り道では、私が抱えて帰ったっけ。
「……アレ、委員長じゃない」
不意にそんな声がして、次いで羽音がしたと思ったら、艶やかな美しい黒の羽毛と金色の仮面、そして足が三本のデジモンが私達の前に二人降り立った。どちらも似ているけれど、骨格から違う。仮面の意匠も片方は機械的でもう片方は神々しさがあった。
「……ヤタガラモン、こんなところで何を?」
シーチューモンは嫌そうに闇に溶け込みそうな二体のデジモンに尋ねた。
「それはこちらのセリフ。普段あまり人がいないから、ここって逢引きスポットなんだけど……人間と逢引きとはなかなか素敵な趣味ね、委員長」
私を見て、神々しさを感じる方のデジモンがそう口にした。馬鹿にしているというのは私でも雰囲気で分かる。
「……そうでしょ? 私達、これから生徒会室に行くの」
シーチューモンはそう言いながら笑顔を作った。声は朗らかすぎて笑っていなかった。
「……へぇ、半獣のお兄様に何かおねだりでもしに行くの?」
そうそのデジモンも朗らかな調子で口にした。
「えぇ、といっても生徒会で配ってるものを受け取りに行くだけ。四六時中双子の弟を連れまわしている誰かさんと違って、自分の都合で振り回したりしないわ」
「そう、それはそれは……」
またそのデジモンが口を開こうとしたのを、もう一人のデジモンがくちばしを掴んで止めた。
「悪いな委員長。昔人間がらみで色々あったから……こいつ、数少ない友達のお前が人間といるのが気に食わないんだ」
淡々とした調子で機械のような仮面の方のデジモンはそう言った。
「私は委員長のことを友達だなんて思ってない!」
「……私も思ってませんけど?」
シーチューモンがそう言うと、神々しい仮面の方のデジモンは明らかに悲しそうな顔をした。
「……な?」
機械のような仮面の方がそう言って、私は思わずうなずいた。
「やっぱり私人間嫌い!」
そう言って、神々しい仮面の方が飛んでいくと、もう一人もまた悪いなと言ってから飛んで行った。ちょっとかわいいかもしれないと思った。
「そういえば、ヤタガラモンって言ってたけど……どっちがヤタガラモン?」
「どっちも……人間もやっぱり羽毛が綺麗な子は気になるんだ?」
鳥デジモン的には羽毛の色合いはステータスらしい。人間も髪とか目とか気にするし、そういうことだろうか。
「でも、シーチューモンさんの尻尾のうろことかも私は綺麗だと思うよ」
「……変な趣味してるのね、他の娘に言うのやめた方がいいわよ」
そう言ってそっぽを向かれてしまった。
これは変な趣味だったらしい、どうもよくわからないけど、そういうことらしい。難しい。
☆☆☆☆☆
ちょっと距離を感じながらも、生徒会室まで辿り着いた。
シーチューモンがコンコンと足でドアをノックして、扉を開く。
「失礼しまーす」
「あら、グリフォモンの妹さんと……今朝の人間ね。また何か困ってるのかしら?」
そんな声がはるか高いところから降ってくる。
「オニスモン会長、お久しぶりです。私は付き添いで、兄に用事が」
シーチューモンがそう言うと、久しぶりねとオニスモンは頭をぐっと下げた。オニスモン先輩が生徒会長だったんだ。
「でも残念ね……今ちょうどグリフォモン、どこか行ってしまったのよ」
オニスモンがそう言うと、不意に部屋の扉がきいと開いて、後頭部にもふと何かふわふわの毛が当たった。
「お? もう来てたのか」
見上げると、グリフォモン先輩がいて、私は彼の胸元の羽毛に頭を突っ込む形になっていた。
「……兄さん、呼んでおいてどこ行ってたの?」
「生徒会室がどこかを教えてなかったからな。クラスまで探しに行ってたんだが、シーチューモンが案内してくれたんだな」
そう言ってグリフォモン先輩はシーチューモンの頭を前足でポンポンとした。
「兄さん、子供扱いしないで。それより地図は?」
「そうだったな。じゃあこっち来てサイズ選んでくれ」
グリフォモン先輩はひょいと私の上をまたいでパソコンの前に陣取った。
「あら、先に印刷しておかなかったの?」
「学園だと、紙で欲しい時はみんな自分のサイズに合わせて図書室で印刷するのとか当たり前だから、それの練習もできたらと思ってな」
ふーん、とオニスモン先輩はそう言って頭を上げると元していたらしい作業に戻ってしまった。
私はデジタルワールドの用紙サイズの幅の大きさに面くらいつつ、足元に投影されたタッチパネルを操作してA3ぐらいだけどほんのり違うサイズの地図を印刷する。これより小さいと見にくいぐらいのサイズだった。
「このあとは何か予定あるの?」
シーチューモンに言われて、私は少しスマホを落としたかもしれないことが気になっていたが、いや、ないよと首を横に振った。
「じゃあ、寮までは私が送っていくわ。地図を読み違えるかもしれないし」
「うん、よろしく」
私がそう言うと、心なしシーチューモンが笑ったような気がした。
「また何か困ったら、おいで」
グリフォモン先輩はそう言って、前足をちゃんと上げて生徒会室を出る私を見送ってくれた。
そのあと、シーチューモンと一緒に道を確認しながら寮まで帰った。
「じゃあ、これで」
そう言って、寮からシーチューモンが飛んでいく。
「また明日! シーチューモン!」
「また明日」
私の言葉にシーチューモンはそう言って、さらに私の名前を続けた。
私はさらに手を振ってそれを見送った。
☆☆☆☆☆
「あるとすればこの辺りの筈……」
寮の部屋に戻ってスマホを探してもなかったので、グリフォモン先輩に拾ってもらった辺りまで歩きながら探していく。
「ねぇ、探してるのってコレ?」
ふと、そんな声がした方を見ると、鳥と言うよりも音符に蝙蝠の翼が生えたような奇妙だけど癖になる愛らしさのある見た目のデジモンが、スマホを咥えていた。
「それ私の! ありがとう! 探してんだ〜!!」
私がそのデジモンに手を伸ばすと、不意にバチッと音がして、私の横を電撃が掠めた。
「サウンドバードモンから離れろ」
額に稲妻の形の角を生やし、全身にも同じ形の黄色い模様が入った蒼く凛々しい鳥のデジモンが私を睨みつけていた。
「サンダーバーモン! ちがうよ、ぼくが落とし物を拾って渡そうとしたから受け取ろうとしただけなんだ!」
サウンドバードモンが小さな身体で必死に割って入ってスマホを見せつける。
「……人間だろ。わざわざ自分と同じ種族が固まってるとこから出てくるようなやつ、俺達には無縁の存在だろ。近づかない方がいい」
サンダーバーモンは、サウンドバードモンからスマホを取り上げると、ぽいと投げ捨て、さらにサウンドバードモンを咥えて飛んでいってしまった。
「……なんだったんだ、一体」
でも、もしまた会えたらサウンドバードモンにはもうちょっとちゃんとお礼が言いたい。サンダーバーモンは、ちょっと会いたくないけど、あの威圧感は上級生かな。
さて、寮に戻らなきゃ。
☆☆☆☆☆
寮の部屋に戻ると、シンドゥーラモンが扉の前で待ってた。
「入学式の日からよっぽど遊んだみたいだな。監視役として何かあったら記録いるから、一応聞かせてもらおうか」
「うーん、でも大したことは……」
「真面目な話、接触した中に過激派の縁者とかいないかも調べなきゃだから、大したこと話してなくても関わったデジモンは教えてな」
「じゃあ……」
私は今日会ったことをシンドゥーラモンに全部話した。
「ふむ、グリフォモン副会長にオニスモン会長は三年、サーチャーモンはクラスメイトで、ヤタガラモンの双子は確か二年だったかな。一応あの二人も生徒会なんだぜ、クールな方が書記で優雅な方が会計だ。サンダーバーモンとサウンドバードモンは……知らないなぁ」
「シンドゥーラモン、高等部の生徒みんな覚えているの?」
そんな大したことできないってとシンドゥーラモンは笑った。
「目立つやつとクラスメイトぐらいだって。アーマー体と成長期、どっちも高等部はもちろん中等部でもまぁまぁ目立つ世代だからいたらチェックしてるはずなんだが……中等部生かな」
「中等部かぁ……じゃあ、次会えるのはいつかわからないなぁ……」
「まぁ、中等部寮は隣だし、この時間に外にいたなら寮生だろ。すぐ会えるさ」
ほら窓からも中等部寮が見えると、シンドゥーラモンはそとを翼で指した。
「そっか……そういえば、なんでシーチューモンが委員長って呼ばれてるか知ってる?」
「中等部で三年間クラス委員長やってたかららしいな。生徒会役員も書記と副会長をやってたらしい」
「マジで知ってるのなんかキモいな……」
私がそうため息を吐くと、蹴り飛ばしてやろうかと言った後、そういえばとシンドゥーラモンは別の話を切り出した。
「お前、ちゃんと名乗ったか?」
「え? 言われてみれば名乗ってないかも……」
こっちに自分の種族は教えても、誰からも名前を聞かれなかった気がする。
「デジモンは同種がそばにいない方が多いから、悪気なく人間呼びしてくるぞ」
「そうなの!? 同種のデジモンとか同時にいたらどうするの?」
「学校なら、何年何組のシンドゥーラモン、みたいに区別するかな」
クラス分け名簿だと出身地名とかで分けて、普段困らないようになるべく同じクラスには同種がいないようにしてたりするんだぜとシンドゥーラモンは言った。
「えー……デジモンの感覚、わかんない……」
「んー、こっちとしては同種だらけの方がわからない気もするが……そうだな、深い関係になると愛称とか付けるのはデジモンも同じ。『種族じゃなくて特定の誰かを指す言葉で、しかも自分だけが使う名前で呼ぶこと』、それがデジモンにとっては結構な親愛表現なんだぜ?」
「なるほどね……それ、名前で呼ばせようとするのって勘違いされない?」
普通に接してもらおうとするだけで、何股もかけようとしてるみたいに勘違いされるのはちょっと流石によろしくない。
「人間界では当たり前って言えばわかってくれると思うし、仲良くなりたい相手に言うなら、まぁ意図した以上に効果あるんじゃねぇかな?」
けらけらと笑うシンドゥーラモンに、私は一回ぶん殴ろうかなと思った。
そういえば、シーチューモンは私の名前を知ってるみたいだったのはなんでだろう。私だけどこ出身のナニナニモンって表記じゃなかったから、目についたのかな。
それとも……
「シーチューモンがピナモンだったりするのかな……」
わからないけど、また明日会えるのがちょっと楽しみだった。
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へりこにあん
2023年11月20日
In デジモン創作サロン
駄菓子屋が一つあった。
私が小学生の頃は大体しわくちゃのおばあちゃんが店番をしていた。
イートインを雑にした様な畳の上に、テレビをぼけっと見ながらいつも座っていた。
その癖、勘は鋭くて、悪ガキが金を払わずにお菓子を持って行こうとすると、今日は手持ちがないのかいと見えているのかの様なことを言うのだ。
私が中学生になると、代わりに高校生ぐらいの孫が座っていて、何が楽しいのか刺繍をしていた。
たくあんみたいな眉毛だったから、私と二人の友達はその孫をたくあんと呼んでいた。
地元に着いてすぐ、ふと思い出した。
「あー……この駅前だけ建物がそこそこあって五分歩くと田んぼが見えてくる地方中心都市の隣県の中心部感、全く最高だなぁ……」
地方のバスは生命線、東京みたいに歩いていける訳じゃない。そんなことも私は忘れていたらしい。街並みの懐かしさに歩きを選んだのが全ての間違いだった。
「ふふふ……迎えに来てもらうんだった」
たった三年で歩くのが当たり前になってしまったが、地方が車社会になるには理由がある。体力があるクソガキだって自転車で爆走はしても走り回れる範囲は限界がある。
私の名前は斎藤灰姫(サイトウ シンデレラ)、親からもらった名前はなかなか適切だったらしい。
嫌味な継母も意地悪な義姉もいなかったが、高校進学の前年に父は東京に単身赴任。翌年、追いかけて東京に行った私と母が見たのは、母と離婚するしないで女と取っ組み合いをする父。
母は周囲の女が全員敵に見える様になって、半年後には私に手を上げ病院へ、母の介護に疲れて父はまた浮気して遂に離婚&再婚。
恋愛面以外は悪い人じゃないのが逆に困る継母と、お互い最悪の親だねと笑い合った義姉がいたが、義姉は自立する為に稼ごうとして裏バイトに巻き込まれて収監されていった。
その結果、こんなところにいるべきじゃないと迎えに来たのが白髪の祖父母だったのはまぁ誤差としよう。両親の血筋を思えば王子の白馬がパクったレンタカーぐらいで済めば御の字とかなってしまう。
「……パクったレンタカーでもいいから家まで送っていってくれる王子様いないかな」
そんなことを考えていると、ふと、すぐ前に白いワゴン車が止まった。
避けて歩こうとすると、そこから一人のドテラを着た女性が降りてきた。
「えと、灰姫ちゃん……だよ、ね? おじいちゃんに言われて迎えに、来た、よー」
誰だこいつという困惑が口に出る。その後、少し考えてその女性のかまぼこ形の眉を見て、もしかしてと口に出す。
「もしかして、たくあん……?」
「あー……灰姫ちゃん達はそう呼んでたねー……まぁ、でも、よかったよ覚えてて。駄菓子屋なんて都会にないだろうから覚えられてなくても仕方ないし」
とりあえずよかったよとたくあんは言って、寒いからとりあえず乗ろう? と促した。
「たくあんがどうして迎えに?」
「おじいちゃん、灰姫ちゃんが心配で乗るだろうバスにいつも乗ってる角田さんに連絡したんだって。そしたら、それらしい子は乗ってないって話になって……乗り遅れてバス停で待ってるか、歩いて向かってるかもーって」
ネットワークの強さを感じる。でも、これは田舎だからというよりも祖父母の家業故だろう。友達にも私の過程状況が伝わっていたらと思うと少し胸がもやっとする。
「それもなんだけど、なんでたくあんが?」
「あ、う、そっちね? それは、斎藤のおじいちゃんが免許返納したからだけど……知らなかった?」
「全然……そうなんだ」
自分の周りが忙し過ぎて、そういえば三年間ほぼ祖父母とは会ってなかった。母方の祖父母は母の入院前に顔を合わせたが父への怒りと母への心配でひどく歪んだ顔しか覚えていない。
「あ、でも、たった三年だから……全然街は変わってないよ、安心して」
それは安心なのかなぁと思ったが、変わり過ぎるよりは確かにいいかもしれない。東京に行ってる間は友達とも連絡をほとんど取れなかった。
「いや、待って、やっぱおかしいでしょ。なんでおじいちゃんが免許返納するとたくあんが来るの?」
「伊藤家と斎藤家は江戸時代に分かれたとか仲良かったとかなんかあるらしいよ?」
それも知らなかったのとたくあんに言われて、私は黙って頷いた。変わってない以前に私は何も知らないらしい。
「たくあん、伊藤って苗字だったんだ。前のおばあちゃんのことも妖怪さとりババァとか呼んでたから知らなかった」
「えぇ……あ、そういえばこれからどこで働くとかって決まってる?」
「いや、何も……」
「じゃあ、うちで働くのはどうかな?」
たくあんの言葉に、はてと斎藤は首を傾げた。
「駄菓子屋で? 雇う余裕あるんですか?」
「時々私が留守にするから代わりに店番してくれる人欲しくて……」
「あてもないし、いいけど……」
それはそれとして職探しはしないとと呟く。
「……そういえばたくあん、結婚した?」
「してないよ?」
「なら、三年は結婚しなくてもせっつかれないか……」
「私、灰姫ちゃんの五つ上だよ?」
「え? 私が駄菓子屋来てる時、制服とかジャージだった覚えが……」
「あー……うん。えと、大学入ってもめんどうだからって店番の時は大体高校のジャージ来てたからかな?」
たくあんはあははと笑った。
そんなことを話している内に、祖父母の家に着いた。観徳院、この地域ではそこそこの規模の神社である。歴史も無駄に古い。実家はその裏手、家を継いだのは父の弟、つまりは叔父さんだが、叔父家族はなぜか別の家から通っている。
氏子の人達が家によく出入りする家で、父は自由がないと言って家を継がず、東京に行きたいと言い続け、行ったら行ったで自由なのは下半身だけになったというわけだ。
祖父母は昔と変わらず歓待してくれた。でも、言葉の端々から、あぁ祖父母と父って仲悪かったんだなというのが見え隠れした。実家には部屋が余り倒しているのになぜか安アパート暮らしで年に一度も父と一緒には祖父母に会いに行くことがなかった時点で察してよかったのかもしれない。
「……義姉さんは悪い人じゃなかったよ」
「そうなのかい」
「でも、自立しようと無理して闇バイトで捕まった」
夕飯を食べながらそんなことを口にする。もう荷ほどきも終え、日も沈んでいた。
「闇バイト……ってあの、強盗とかするっていう」
「そう、一回目は何も知らずやらされて、二回目は事前準備からだったから、決行日に強盗行きますってタレコミしてやったって拘置所で言ってた」
「はぁー……それは、その、勇気出したもんだなぁ……」
「誰かに振り回されるのが嫌になってたからね」
「あらぁ……」
食卓に重苦しい空気が流れる。まぁ、戻ってきた経緯が経緯だし、その話題は当然出る。しかも、どう伝わってたかのか、思ったよりも知られていなくて逆に困る。
「あ、あとたくあんのとこでバイトすることに決まった」
やっと重苦しい空気が和らいだ。
「たくあん……紬儀(ツムギ)ちゃんかい、駄菓子屋の」
そうそうと言いながら、唐揚げを食べる。惣菜の唐揚げより美味しく感じるのは父が家にいないからだろうか。
しかし、紬儀って名前なんだたくあん。
「じゃあ、灰姫ちゃんも『お役目』をするのね」
「陽一は才能はあったが継がんかったし、有二は表は継げたが才能はなかったからなぁ……斎藤側は途絶えるしかないかと」
あれ、変な方向に行っているなと思ったが、楽しそうだし止めるのは躊躇われる。
「紬儀ちゃんも高卒からでお役目果たしとるから大丈夫だとは思うが、じいちゃんもやってるから、式神の作り方なんかも頼ってくれていいからな」
「うん」
『お役目』というのは大分ファンタジーな因習らしい。神社の系統だし、身内以外には知らせないでやる儀式みたいなのがあるのだろうか。
「まぁ、でも顔に傷がついたりしないかは心配ねぇ……おじいさんも全身血まみれになって帰ってきたこともあったし」
「確かにそういう危険はあるなぁ」
これとかじいちゃんが『お役目』中に負った傷だ、と祖父はシャツをはだけて背中に広くついた火傷痕のようなものを見せてきた。
神社の儀式で火を使うというと、火渡りみたいな焼いた薪の上を走る行事とかあった気がする。そういうのあったんだこの神社。何も知らされてこなかった辺りに父がどれだけ実家を嫌っていたがよくわかる。
「灰姫は今、いい人とかいないのかい?」
「……両親がアレなのでなかなする気になれなくて」
お米を口にかきこみながらそう返す。
それはしかたないよなぁと祖父母はうんうんうなずいた。浮気がこじれて一家離散を経験しながら恋愛に希望を持つのはなかなか難しい。
「でも、有二から才能がある子ができてくれれば安泰だが、有二の嫁は才能こそあるが体弱いからなぁ……無理に子供作ろうとするのは難しかろうし……」
叔父もこのお役目の関係で大分苦労しているらしい。そういえば、父より15歳下の叔父は、優しくていい人なのに父からひどく嫌われていた。その理由は神社の仕事に深く関わっていたからなんだろうか。
「場合によっては、伊藤家か余所の斎藤から誠実そうな男見つけてきたほうがいいかもしれんなぁ」
「おじいさん、灰姫は今年十八になったばかりですよ。気が早すぎます」
「だけど、顔に傷がついてからだと嫌がられることも多いだろうし、すぐ結婚とは言わんが面通しぐらいはしておいた方が……」
これは流石に止めたい流れになってきた。地方では現在でも三十で結婚にむけて動いていないのは遅いとされる。とはいえ私は十八なので余裕はあると思っているのだけど、さらに伝統なんか絡むとそうもいかないらしい。
「えーと……言いそびれたんだけど、私がやってって言われたのは駄菓子屋の店番のバイトなんだけど」
「えッ!? あ……そういうことにして関わらせるつもりなのか、紬儀ちゃん……」
「じゃあ……灰姫ちゃんは『お役目』についてなんも聞いてないの?」
「まぁ、そうですね。なにも」
そう答えると、祖父母は顔を見合わせ、やってしまったというような顔をした。どうやらなかなかの因習であるらしい。うちの地元はB級ホラーの舞台になるような地域だったのかもしれない。
「あぁ……じゃあなんか変な話しだしたなぁって思わせてしまったか」
「神社のなんかだったら、まぁ外に出てない儀式ぐらいあるのかなって思って聞いてた」
そうそうと二人とも激しくうなずく。
「そんなもんだ。なぁ、ばあさん」
「そうね、そう、うん……」
祖母の微妙な表情は何とも受け止め難いが、何も言わなかった。
「知られちゃいけない系なんでしょ? 口外はしないから安心して。落ち着くまでは友達にも帰ってきたこと話してないし」
やばいことには無関心な感じで深入りしない。
そう軽率に深入りしたりすると父みたいに下半身軽率深入り人間が出来上がる。私は浅く浅く、家族にも因習にも深入りしすぎないが吉だ。B級ホラーのスプラッタ要員になりたくはない。
何気ないどうでもいい世間話をしながら、夕食の時間は過ぎて夜が来てもなんとなくもやもやとしたものが頭から離れなかった。
布団に入ったのにもかかわらず、羊の代わりに『お役目』のことが頭を埋めて離さない。
祖父母が生贄を出してるようなB級ホラーの黒幕一族のようなことをしているとは思えないものの、一年の単身赴任でよそに女作ってた前例がいるのでいまいち信じきれない。
B級ホラーのこういうパターンだったら私は、この後大して何も知らない大学生とかと一緒に事件に巻き込まれて、その中の冴えない感じの人と一緒に解決に当たる中で能力目覚めて解決してくっついてハッピーエンドか、解決する代わりに死ぬ系のヒロインっぽい嫌なポジションになりそうだ。
都合がよすぎるヒロインキャラは好きじゃない。どうせホラーなら、ドラマパートはシャークネードみたいな過去の過ちを後悔するダメ親父が家族の為に更生して必死に戦う系がいい。
すしデッドのカッとなって包丁で人を殺そうとしたら止めに入った嫁を刺してしまって以来、包丁を握れなくなったすし職人が、女にすしが握れるかという逆風に負けて挫折して中居になってたヒロインと共にすしゾンビから生き残る中で再度職人としてやり直そうとするみたいなのもあり。
父のことを引きずりすぎている自分が嫌になる。
受け入れられない割に再生して欲しいとは願っていて、ああなった原因の一つかもしれない『お役目』がひどいものであれと願っている。
で、同時に『お役目』に関わる祖父母や叔父にはひどい人でいて欲しくないと思っているのだから都合がいいというかなんというか。
「だっさ……」
頭お花畑な自分が嫌になる。
夜は鬱々とする時間だ、だからこれは仕方ないことなんだ。考える無駄なんだと自分を納得させて無理やり眠る。しかし、まともに眠れなかった。
眠ったのは日付が変わる頃、そして、愛のメモリーを熱唱する父という悍ましい夢を見て飛び起きたのが午前5時。
寝不足だけど、もう一度眠れる気はしない。
「……散歩でもしようかな」
口に出してつぶやいたのは、あまりに静かだったからだ。
前に住んでたマンションは地上から距離もあったし中心部近くで静かだった一方、こっちはもっと虫の音とかそれで眠れなくなるほどにうるさい記憶があった。
太陽もまだ頭を出してこそいないが、空はほんのり白んできていて、冷たい風が頬を撫でる。
澄んだ空気は心地よく、腹の底に溜まった濁りが清められていくような気がした。
気分よく神社の境内を歩いていると、ふと変なものが境内の御神木に付いているのが目に止まった。
藁で編まれた人形、間に写真を挟んで突き刺された五寸釘。
それを見て、サッと血の気が引いた。
「触れるな!」
祖父の大声に思わず藁人形に向けて進みかけていた足を止めた。
「見やれ、これは呪いだ。お前なら、紫の霧が見えるだろう」
そう言われて見ると、藁人形の周りにパソコン画面に出るノイズの様な紫色の霧が立ち込めているのが見えた。
「これは電脳妖怪(デジタルモンスター)の仕業だ。『お役目』用の装備がいる。衰えた俺じゃぁ、紬儀ちゃん呼ばなきゃ本体の位置さえわからん」
もう呼んであるから待ちなさいと祖父は続けた。
祖父の言葉を聞いて目を凝らすと、藁人形の真下に手足と顔が生えた紫色のキノコがいるのが見えた。
「……お祖父ちゃん、あのキノコが本体じゃないの?」
「見えるのか!?」
俺には見えんと祖父は言った。
私は、なんとなくそのキノコの顔を見ていると何かソワソワする感じがした。
「なにやってるんです?」
あんまり刺激しない様、申し訳程度にですます調で話しかけながら近づいていく。
すると、霧は私を避ける様にパッと分かれて消えていった。
そして、私がそのキノコのそばにしゃがむと、キノコはじっと私の方を見た。
なんとなく、助けを求められている様な気がした。
「灰姫ちゃん、これを!」
今来たらしいたくあんが、何か電子基盤の様な模様のカードと巾着袋を私に向けて投げた。
「その符にデジモンを通すことで、式神として最適な形に変換できるの」
いつの間にかまた木の周りを覆っていた紫色の霧の向こうで、たくあんがそう言っていた。
「……つまり、どう使えと? たくあんもこっち来て教えて」
私の声にたくあんはできないと答えた。
「私達は拒絶されているから行くのが難しい。変換は符が勝手にやってくれるから灰姫ちゃんは、そのデジモンに適切な供物を与えて縁を繋いで、そしたら自然と符が働く」
供物、巾着袋を開けると、すもも漬けやヨーグレットにうまい棒、駄菓子が何種類も少しずつ入っていた。
「……供物、駄菓子で大丈夫なの? 適当じゃない?」
そう言われてたくあんは祖父を見た。祖父は説明ほとんどしてなくてと謝る様なポーズをとっていた。
「えと、駄菓子には見立てが多くあって。あー……色々あって、本物は与えてならない供物もあるし、うまい棒とかカロリー高いものを好むのと穀物欲しがるのに両方対応できるし、すもも漬けは桃、みたいな感じで……まぁ、なんか色々あるので、フィーリングで好きそうなの与えて」
なんだそれと思ったけれど、代用というならば話は早い。助けを求めている気がする、何かに苦しんでいる気がする相手なのだから薬がいいだろう。
「ヨーグレット、食べる?」
ぷちと包装から取り出した白いラムネをキノコの手の上に置く。
何もせずに見ていたので、自分も目の前で一つ食べると、それを見てキノコもひとつ食べた。
そしてカードがピンク色に光り、キノコが吸い込まれて消え、霧も完全に晴れた。
「……誰?」
カードに映っている姿は、キノコではなくて紫色の薬のカプセルの様な姿だった。
「さっきのデジモンが式神化された姿だよ。えーと、とりあえず初『お役目』、お疲れ様」
「『お役目』……そもそも今のが何かもわかってなかったんですけども、斎藤さん、伊藤さん、どういうことですか」
「……あの、なんか苗字呼びやめよ? ね? おじいちゃんすごいショック受けてるから」
祖父は私に対してひどく狼狽していて、今にも泡でもふきそうだった。
「まぁ……ざっくりいうなら、鬼とか妖怪とかいうやつが今の。人が『闇』に対して抱く恐れとか不安とかが……あー、なんやかんや形になって動いてる。みたいな感じ」
「『闇』? というかなんか、色々なに?」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花って知ってる? 人は柳の枝が揺れただけでも、幽霊だと思うことがあるってやつ」
まぁ、と答えると、なんというかとたくあんは続ける。
「それで、幽霊だと思ったことで本当に幽霊も産まれちゃいました、みたいな感じ」
厳密に言うと『闇』の定義も一般的なものと違うんだけど、それはあとでねとたくあんはいった。
「……そんなことあるの?」
「ここみたいな黄泉平坂の伝承とか、異界の伝承がある土地の一部ではね」
「じゃあお役目っていうのは、妖怪ハンター的な……」
「妖怪ハンターって……観徳院は元は観『毒』院、妖怪の生まれやすいこの地を管理する為にという由緒ある……」
祖父が嫌な顔をしが、私はふいと顔を背けた。うめき声が聞こえた。
「そういうことなんだけど……その『呪い』、思ってたより危ないことになってるみたいだから、これ以上は落ち着いたらね」
「え? キノコ採っておわりじゃないの?」
「うん、この符で吸えるデジモンって分類の妖怪は、電子機器のネットワークの『闇』に生じる。素人製の藁人形と五寸釘そのものからは産まれない」
そう言いながら、たくあんは藁人形を手に取ると釘を抜いて中身を確認した。
「中身は対象の私物のストラップか何か、写真もデジタルプリントだけどただの紙、この条件から考えるに、この藁人形の写真か動画がSNSか何かでアップロードされてるはず」
人形の中に入っていた何かしらのストラップらしい模様入りの紐と、顔の部分に打ち付けられていた写真の切れ端を見せながら、たくあんはかなり険しい顔をした。
藁人形っていうのは他人に見せるために作るものだって話を聞いたことがある。呪われていると本人やその周囲にわかるようにすることで、相手の心や周囲の風評にダメージを与える。
そうして、プラシーボ効果に代表される思い込みの力で自滅するように促す。
つまり、呪いの中でも藁人形というのは科学的な範囲で説明がつくと、そんな話を中学生の時聞いたことがある。
誰から聞いたかまで鮮明に思い出せてしまった。
「……それって、呪われている相手と呪っている相手がわかればどうにかなったりする?」
「そうだね、デジモンが産まれてくる『闇』は、つまりは『想像できる余地』。見てる人がその性格もこんな仕打ちを受けるべきだということも、勝手に想像できてしまう」
聞きながら、じっとたくあんの黒い目が私に向けられた。私は思わず目を背けた。
「……それで、どうなるの」
「死ぬ。藁人形の写真を見た人が5000人いたとして、その内1000人がこんなことをする人間は一発殴られていいと思ったら、妖怪に反映されたのがその10分の1だったとしても、100人に代わる代わる思いいっきり殴られたら人は死ぬよね」
実際はそう簡単じゃないんだけどと言いながら、たくあんは穴の開いた写真を見たあと、穴越しに私の方をじっと見た。
「……灰姫ちゃん。顔はわからないけど写真に写ってる制服は知ってる。いつも一緒に駄菓子屋に来てた二人のどっちかだったりする?」
たくあんの瞳は全部見透かしているような深い黒に見えた。
「紬儀ちゃん、そりゃあ……灰姫の友達がこんなことする子だっていう……」
「すみません。今は灰姫ちゃんに聞いています」
どうかなと言いながら、たくあんは私の顔を覗き込んだ。
確信していた。誰ならやれるか、誰にやったのか、今あるものだけで私には全部わかっていた。
「……その写真、修学旅行の班の時の写真だから、誰かわかる。紐のストラップはその時に3人で買ったお揃いのやつ」
見切れてるけど写り込んでる手は私の手でもある。
ポケットの中で握った私のスマホにも色違いの組紐のストラップが揺れている。
「呪った側の子の住所はわかる?」
「番地はわからないけど案内はできる」
私は嘘を吐いた。毎年年賀状の交換もしているから、スマホを確認すればすぐだった。
「じゃあ、案内してもらうけど……私の言うことは絶対守ってね、命の保証ができなくなるから」
そう言って、たくあんはどてらのポケットから車のキーを取り出して、藁人形と写真を私に持たせた。
ワゴン車の助手席には出張駄菓子屋箱と書かれた紙が貼られた薬箱みたいな引き出しがいっぱいある箱が置かれていた。
でも、正直それどころではなかった。
地元のことだからって何も知らないことばかりなのは、昨日から嫌っていうほど味わった。
でも、友達のことぐらいはよく知っていると思っていた。
「……まりりん、ユキチ」
東京に行って色々あって、私は二人に合わせる顔もなくて連絡を自分からしなくなった。
「二人とはいつから?」
「幼稚園から……いや、多分その前から」
三年も経てばいろいろ変わるということはわかっていたけど、だからってこんなことになるとは思っていなかった。両親とどっちが悲惨だろう。
「まりりん、中橋麻里奈はゾンビとかちょっとホラー系のが好きで、ユキチ、新橋由紀は女子らしい女子って感じのかわいいのが好きだった。趣味が合うかは微妙だったけど、三人でずっと一緒にいた」
藁人形に入れられていたストラップはユキチのだった。まりりんの好きな紫と、私の好きな青の組紐。
私が持ってるのはまりりんの紫とユキチのピンク。いつでも他の二人が一緒にいるみたいにってそう提案したのはユキチだった。
「呪ったのはどっち?」
「まりりん。中橋麻里奈」
私は次の角を右にとたくあんにまりりんの家に行く道を案内する。私達家族も住んでた駅の近くで、観徳院からは少し距離がある。
「中橋……噂を聞いたことがあるかも、高校に入って一年ぐらいして、不登校になったって」
「不登校……? なんで……?」
そして、なんでそれをまりりんは私に教えてくれなかったんだろう。何かあったのに、どうして私に相談しなかったんだろう。
「……『急急如律令』」
たくあんのどてらのポケットの中が一瞬光って、ピンク色の帽子を被った人形のようなものが顔を出した。
「灰姫ちゃん、さっきの符も同じキーワードでデジモンに戻せる。あと少し、ショッキングなものを見るかもしれないから、覚悟して」
たくあんはそう言って、車を止めて出張駄菓子屋箱の取っ手を掴んだ。私の道案内はもういらない様だった。
『細波、こいつは斎藤家のか』
「そうだよ、淡島、今日が初めての『お役目』、緊急で半ば巻き込まれ状態」
人形の声は変な響きで、でもたくあんは動じる様子もなかった。
「あ、細波はね、私の妖怪ハンターとしての芸名みたいなもの。細波衣音(サザナミ イト)、伊藤よりおしゃれでしょ」
『来るぞ、衣音』
そう答えると共に、人形の背中のコードが伸びて、たくあんの背中に刺さった。
次の瞬間、ひどく金属同士を擦り付ける様な音が鳴った。
何かが突然私達に襲いかかってきていたのだ。
たくあんの片手には巨大な縫い針、それと鍔迫り合いをしているのは、ゲームにでも出てきそうな幅広の刀だった。
「『呪い』をかける人間は、人の気持ちもわからない悪鬼のようであるべきだと思っている人が多いみたい」
たくあんはそう言って、鍔迫り合いの相手を勢いよく蹴り飛ばした。
『「ぐぎゃっ」』
飛ばされたのは、ジャージ姿のまりりんだった。やつれた様で、目元のくまもひどいけれどそれでもわかる。ただ、さらにその上に蠢く肉塊が取り憑いて、右半身は鬼の様な紫色の肌の赤い鎧武者の様になっていた。
「まりりん……!」
私の声に、虚な見えている方のまりりんの左目が見開かれる。
「ヒメ、何しに来たの?」
その口から出たのは冷たい言葉だった。
「……藁人形、うちの境内にあったから」
それしか言えなかった。
「灰姫がいなくなって、ユキチとクラス分かれてさ、私いじめられる様になったんだよ」
そう口にするまりりんの身体の上で肉がびくぴくと蠢いた。
「助けてくれなかったら、ユキチを呪ったの?」
「ユキチは最後、いじめに加担してたよ。目の前でその組紐を投げ捨てて、踏みつけて、次の日から私は学校行かなくなった」
「でも、ユキチが始めたいじめじゃ……」
つい、そう口に出してしまった私の肩をたくあんが掴んだ。
「灰姫ちゃん。主犯の子は卒業式の日に死んでるよ。殺された上で服を剥かれて真冬の田んぼにカカシみたいにされてた。その子は恨みを買いすぎてた。親の政治家と縁故ある会社への就職が決まってて、卒業前についに被害者の一人が自殺して、その魂が核になった『怨霊』を私は祓ってる。誤魔化す為に工作していた家族も今は社会的制裁を受けている」
じゃあ、なんでと言いかけて気づいた。
「……私が帰ってきたから、ユキチを呪ったの? 私の家の神社で」
まりりんの口元がぐにゃあと歪んだ。
「そうだよ? なんでずっと連絡くれなかったの? なんで気づいてくれなかったの?」
そう言うまりりんの左手に握りしめたスマホは中学の頃のままで、青とピンクの組紐のストラップがついたままだった。
「答えてよ、帰ってきても連絡なかったら、ヒメだけ信じてた私が馬鹿みたいじゃんかぁ……」
私の顔を見て鎧武者は嗤っていたが、まりりんは泣いていた。
「……ごめんね、まりりん」
「言い訳しろよぉ! 噂になってたから全部知ってるよ!! そんな場合じゃなかったって、他人に構ってられる場合じゃなかったって、全部全部知ってるんだよ!! 謝られると、私、もっと惨めになるじゃんかぁ……」
より一層、二つの顔の表情がかけ離れていく。
「『急急如律令』」
私の隣に紫色のカプセルのデジモンが現れる。
なんとなく、この子が私には無害だった理由がわかった気がした。
私の手から受け取ったヨーグレットをなんで最初食べなかったかもわかった。薬で助けて欲しいんじゃなくて、まりりんを助ける為の薬が欲しかったんだ。
ポケットの中から取り出したヨーグレットを一粒口に放り込む。
「私、怖かった。最初は心配させたくなかった。でも、その後は違う。二人が知ってる二人の通りだった時に、私だけやさぐれて嫌なやつになってたら、二人に嫌われるかもって怖かった。怖くて、見ない様にしてた、見なければずっと綺麗な思い出だけ見ていられるから」
傷ついても一歩踏み出す勇気が私にはない。
家族のことも、母と父の間に割って入った覚えはない、ただじっと耐えていた。自分を守ってうずくまっていた。
視界が滲んでいく。涙が止められない。
「そんな、そんなこと私も一緒だよぉ! 本当はヒメも私のこと気持ち悪いって思ってたんじゃないかって、頼られても東京で新しい友達できたんじゃないかって、そう思ったら、そう思ったらぁ!」
鎧武者がまりりんから引き剥がされて、ヒモのような繋がりこそあれ、もうほとんど横に立っているだけになる。
「灰姫ちゃん、お疲れ様。こっちもちょうど縫い上げたところ」
「縫い……何?」
いいからとそう言って、たくあんは私に稲妻の刺繍が入ったスカジャンを着せた。
「灰姫ちゃんは、ただ突っ込んで抱きしめればいい。『呪い』から引き剥がすにはその核になってる感情以外でいっぱいにするのが一番いいからね」
さらに、淡島と呼ばれていた人形が、カプセルのデジモンから伸びたコードを掴んで私の背中に差し込むと、心臓がバクバクと高鳴り、手足に力が漲ってきた。
「……引き剥がした後は? ユキチの方に行ったりしない?」
「そうなる前に祓うから大丈夫」
私が一歩踏み出すと、赤い鎧武者は刀を大きく振りかぶった。
『怨ッ!』
そう叫ぶと、身体の芯にまで空気の震えが響いた。
でも、まりりん以外見ないことにして、二歩目は強く地面を蹴った。
バットでも振る様に、私を迎え撃つ様に刀が振るわれる。そのまま走れば身体が真っ二つになる様に。
スカジャンに刀が触れた瞬間、空気を切り裂く雷鳴がして、武者は感電してびくりと手足を縮こめ刀も引っ込めた。
『安い、美味い、強い、ブラックサンダーは駄菓子の鑑だな、細波』
淡島がそう笑ってるのが背後から聞こえた。
私はそのまま鎧武者の横を走り抜けて、まりりんを抱きしめる。
「中学の頃だって私達何度も喧嘩したじゃん。二人喧嘩したら、残った一人が間に入る。私とまりりんと、ユキチ、私達は三人で親友」
「ごめん……ごめんね……ヒメぇ……!」
まりりんが膝から崩れ落ち、繋がっていた黒い紐がぷつりぷつりと解けて消えていく。
その行き先をと鎧武者を見れば、私とまりりんに向けて大きく刀を振りかぶっていた。
まりりんを庇う様に抱きしめ、目を瞑る。
一秒、二秒、痛みが来ないことに気づいて目を開けると、鎧武者は腕を上げた姿勢のまま、糸で縛られてチャーシューの様に見えない細い糸で縛られていた。
「グロテスクだから、目を瞑ってね」
たくあんの声がして、直後に鎧武者は糸に切られて輪切りになった。そしてその肉は地面に落ちることもなく、光の中に消えていく。
「……あ、やるの早かった? ごめんね? 変なもの見せて……気持ち悪くない?」
「……あー、デッド寿司の口から米を吐き出すゾンビに比べたら百倍マシ」
大丈夫と普通に言えばよかっただけな気もしたが、プッとまりりんが噴き出して、私も釣られて笑った。
「さて、仲良しなところ申し訳ないんだけど、藁人形のことってSNSで投稿した? その投稿が原因でこんなことになってるから、消してね」
「あ、うん。消さなきゃ……あ」
スマホを見て、まりりんは少し固まった後、メッセージアプリの画面を私に見せた。
ユキチから、ちゃんと話したいとメッセージが来ていた。
「付き添うよ、後で駄菓子屋にってユキチに送っといて」
私はそう言って、たくあんを見た。たくあんは仕方ないなぁと笑っていた。
「たくあん、この後はユキチのとこに行くんだよね?」
「いや、必要ないかな」
たくあんはそう言って、ココアシガレットとカードを一枚、私に投げ渡した。
「呪われる側も悪いはずだから不幸に逢えという気持ちは、今回はこっちに集まって、鬼になった術者に直接害させるという形になっていたんだろうね」
「じゃあ、もうデジモンはいないってこと?」
「それは違うけど……灰姫ちゃん、もしかしてあの写真の切り抜きに手とか入ってなかった?」
「え、まぁ……」
たくあんは、そう言って私の足元を指差した。そこには、ピンク色のウサギがいた。
「酷い目にあうかもしれない被害者に対しての心配とか哀れみとか……かな。今まさに灰姫ちゃんが酷い目に遭ったことで向こうを離れてここに来てる」
「これも、無害?」
「いや、調伏しないとじんわり不幸運んできたりして、慰め甲斐がある状況に灰姫ちゃんを誘導するよ。治してもくれるだろうけど」
「マッチポンプ……」
「『呪い』から産まれてるからね、加工しないと」
私はその言葉を聞きながら、ココアシガレットを一本取り出してうさぎに差し出し、私も一本口に咥えた。
カリと音がして、カードの中に包帯でぐるぐる巻きになったナースの様な絵が描かれる。
「はい、妖怪騒ぎはこれで解決。朝ごはんまだだし、まりりんちゃん送ったら一度帰った方がいいね」
パン。とたくあんは一つ柏手を打った。
その日の午後、私とまりりんとユキチは、三人でひとしきり泣いた後、駄菓子で豪遊した。
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へりこにあん
2023年11月10日
In デジモン創作サロン
快晴様の第一話【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-1hua-xing-noxia-wozheng-kuzhe (https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-1hua-xing-noxia-wozheng-kuzhe)】
前話【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-er-hua-an-an-nidao-wotuo-kuzhe (https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-er-hua-an-an-nidao-wotuo-kuzhe)】
あまり綺麗とは言い難い厩舎、馬と吸血鬼ヴァンデモンが並ぶその前に、男が一人座らされていた。
「あの、とりあえず叔父からはスーツ着て行ってこいとしか言われてないんですけれど……」
「そうか、採用面接だ。まずは名乗れ」
「ま、松浦流星です」
「デビューまでは時間がなかったので一人で全て仕切ったが、これからもそうはいかないことはわかっている。そこで、私とナイトロードは優秀な厩務員を求めている」
ヨシダはさらりと見栄を張った。
「え、と……僕はもう厩務員は辞めるつもりなんですけど……」
「マツウラからそれは聞いた。理由は知らんが……察しはつく、デジタルワールド由来の人工臓器か何かを使っているだろう。ドナーが見つからないまま耐用年数の限界が近づいてきて、肉体労働は控えたいというところか」
DWの金属の匂いがする。やつが気に食わんとはいえそこまでする理由もない、この話はなしだ。とヨシダはそう言った。
「……辞めた原因はいじめです」
そう言って、流星はシャツを脱いで背中を見せた。
背骨の辺りについた手術痕、そして、その周辺を中心に広がるノイズのような痣、それを見てナイトロードは思わず顔を近づけた。
うわぁ珍しい。二本足にこんな柄があるなんて初めて知ったよ。肌に斑点があるかないかぐらいだと思ってた。
ナイトロードの言葉に、ヨシダはその顔をペシペシと叩いた。
「ナイトロード、これはこの男本来の皮膚の柄ではない。脊椎損傷をクロンデジゾイドか何かで補ったか」
やはりあいつは気に食わんととヨシダは吐き捨てる。
「マツウラには相談しなかったのか。あいつの発言力ならそんなのひっくり返すのも簡単だろう」
「叔父には頼りたくなかったんです。叔父とちゃんと肩を並べて競う騎手に本当はなりたくて、でも事故で脊椎がこれになって、今のガイドラインだと飲んでる薬がドーピング扱いで、諦めて……叔父をまたがっかりさせたくなかった」
流星はこのザマですけどと笑いながら服を着直した。
「なるほど、ナイトロードが活躍すると、甥に対する偏見が払拭される。なるほどやつにも私たちの存在は都合がいいわけだ……」
軽く眉間にシワを寄せたあと、ヨシダはナイトロードを見る。
「とりあえず、私はナイトロードと少し相談する。そこで待ってろ」
はぁ……と流星が困惑していると、ヨシダはナイトロードをパドックに出し、その背に跨って行ってしまった。
「ナイトロードと相談するって……馬が喋るわけでもないのにデジモンって変なこと言うんだなぁ……」
流星は暇つぶしに厩舎の中を見ていると、少しむずむずとしてきた。
「……汚いなぁ。日光で火傷するって話だから、作業時間取れないのかな」
ナイトロードの敷き藁は、あまり代えてなさそうだし、手が足りてないのは本当らしい。
「少しぐらい掃除していくか」
そう呟くと、流星はジャケットを脱いで袖を捲った。
流星がそうして掃除を始めた時。
いいんじゃない? 僕にはよくわかんなかったけど、お仕事ができないとかじゃないからいいんじゃないかな
ナイトロードにそう言われて、ヨシダは嫌な顔をした。
「騎手を目指してたならば昼の調教も任せられる、なるべく数を雇いたくない身としては有難いが……」
なにがいやなのさ
「マツウラの読み通りになったみたいなのがな」
せこせこ気にしてるのちょっとかっこ悪いよ
「……見ろナイトロード、掃除を始めたぞ。断ろうとしていたのに骨の髄まで召使(厩務員)らしいな」
痛いところをつかれたヨシダは話題を逸らし、厩舎の掃除を始めた流星を見た。
手際は悪くなさそうだと見ながら、ヨシダはマントの下からコウモリを一匹飛ばした。
今のはなにしたの?
「道具の位置ぐらい案内せんと掃除もしにくいだろうからな」
やっぱり雇ったら? ヨシダのことは好きだけど、家が汚いの、ちょっと嫌だったんだよね
「……それは、他の厩務員でも同じことだ」
ヨシダは、そう眉間の皺を深めながら言ったあと、まぁやつは再就職も決まってるそうだしと続ける。
「働かせてくださいと頭を下げてくるなら、まぁ考えてやらんでもないがな」
ヨシダの発言に、めんどくさいなぁとナイトロードは軽く鼻を鳴らした。
馬の世話は、別に面白い事ばかりじゃない。
うんこを掃除するのは面倒だし、いつも素直に言うことを聞いてくれるわけでもない。体調管理だって馬が自分から不調を伝えてくれるわけじゃないから気をつけないといけない。
競走馬ともなればさらに大変だ。トレーニングの負荷も考えないといけないし、獣医との連携も必須。
ふと、大丈夫かなと流星は思った。ヨシダは思ったよりも優しい人の様だったが、ヨシダを避けて診てくれない獣医だっているだろう。蹄鉄だって競走馬となれば専用のものが必要な時は多いけれど、ヨシダは大丈夫なのだろうか。
飼料やビタミン剤の入手先、うんこの処分先も見つけないといけないはずだ。ヨシダは一人でやっていたと言ったが、それに加えてジョッキーとしての体調維持なども当然大きな負担になる。
さっきちらりと飼料とその管理ファイルを見たら、まぁまぁのぼったくり価格で売られたらしい伝票が挟まっていた。
人間界に不慣れで、お金がある分金銭感覚がズレているのかもしれない。
僕だったら、付き合いのあった業者に話をすれば、長く付き合いのある牧場ではないしオーナーがいつ人間界を出ていくかわからないデジモンだから前の様な値段ではないだろうけれど、それでも定価より安くはしてもらえる筈、ぼったくられていた分と合わせればかなり……
そう、自分が勤める前提で考えて、いや新しい勤め先は決まってるんだろと首を横に振る。
そして、ふと考える。
「……僕が断ったら、やってくれる人の当てってあるのかな」
パドックを見ると、ヨシダは本当にナイトロードに話しかけていて、ナイトロードはそれに相槌を打つ様に首を振ったりしていた。
ナイトロードはとても賢い馬なのだろう。競走馬の全盛期は4〜5歳。どんな名馬も10年も戦えない。
アウェーで世論に受けいられてないヨシダのところに人が集まるのには、どれだけ時間がかかるだろうか。
ヨシダが無理しても結果を出せたとして、結果が出てるから大丈夫、人手も足りてるのだろうと世の中は判断するんじゃないか? でも、結果が出せないまま求人を出しても人は集まらないんじゃないか。
レース直前とか、臨時雇いした人間がもしもナイトロードを不当に貶めようとしているやつになったらどうするんだろう。
ぼったくられてるのに気づかないのってもしかして、生き物として強すぎるから危機感が仕事してないとかもあるのかな。
流星は考えれば考えるほど、大丈夫じゃない気がしてきた。
「おい、乗る準備をしろ」
考え込んでいる流星に、そうヨシダが声をかけて来た。
「え、でも着替えとか持って……」
ナチュラルに命令されているものの、逆らう気には何故かならない。
「走らせろとは言わん。ナイトロードに軽く乗ってみろ。採用するかどうかはナイトロードが決める」
落ち着いた馬だと流星は思った。ヴァンデモンも恐れない馬だから当然といえば当然なのかもしれないが、じっとこちらを値踏みしている様にさえ思えるほどに落ち着いていた。
ナイトロード、夜の君主。厩舎に来た時には落ちかけていた日はすでに落ち切っている。
夜空と一体になった様な青毛の中でさらに深い黒の瞳が、厩舎の灯りを受けて輝いていた。
昼にこれを見た奴等はこの美しさを知らない。この馬をもっと知らしめたい。
胸の内で欲が膨らんでいくのがわかった。
鞍をつける時も大人しい、レースの最後に追い上げを見せていたあの力強さはなりを潜めている。
背に乗る、久しぶりの乗馬の感覚だった。
ほとんど馬に触らせてもらえない時間が最近は長かったけど、本当は、馬に乗るのが好きなんだってふと思った。
手綱を取り、腹を蹴る。
「もう一度、馬に関わりたいなぁ……」
思わず、口をついて出た言葉に、ナイトロードはぴたりと足を止めた。
ヨシダ、やっぱやりたいんだって。採用しようよ。
ナイトロードはそうヨシダに話しかけた。
「……ちっ、掃除もまぁそれなりにできる。雇ってやる価値はあるか」
降りろ、とヨシダは流星に手で示した。
「お前を雇うことにした。異論はあるか」
一瞬、流星の頭にすでに決まってる会社のことや何やらが浮かんだが、胸の高鳴りを抑えられるものではなかった。
「ありません!」
ヨシダは紫色の唇を少し歪ませ、微笑んだ。
「竹田さん、ちょっといいですか?」
「げぇッ……編集長」
「自分が咎められるのがよくお分かりの様でよかったです。企画段階ではここの記事はナイトロードとヨシダ騎手の記事を書くはずでしたが……何故フレアフラワーと松浦騎手の記事に?」
「JRAに問い合わせても連絡先も教えてもらえず、馴染みの関係者に片っ端から声かけても連絡先一つ知らないんですよ? そうなったら、あの日の走りと、その後の会見と……」
「で、文字を稼いでいたら、ナイトロードとヨシダ騎手の記事のはずがフレアフラワーと松浦騎手の記事になったと。よくないですねぇ……仮にヨシダ騎手にインタビューが取れなくても、松浦騎手への取材もないのはよくない。この系統ならば、松浦騎手へ取材をして松浦騎手の目から見たナイトロードとヨシダ騎手について語ってもらうというのがいいでしょう」
「あぇ……」
「ヨシダ騎手はにわかに時の人、しかしヴァンデモンへの恐怖からそもそも取材さえしてない雑誌がほとんど。取材するだけで他誌に優位が取れる楽な仕事です」
「……ッス」
竹田瑞生(タケダ ミズキ)は編集長の言葉に仕方なく頷いた。
競馬誌としての意義はよくわかる、でもそれ自体が終わりの見えたコンテンツに瑞生は思えてやる気がなかった。
競馬の絵面はデジモンのレースに比べて地味だ。
目を引くには派手さがいる、ジェット付けてレースしてるやつとか燃えながら走るやつがいるのに、どうして馬に人が乗ってるだけのやつがエンタメとして勝負になるのか。
とりあえず松浦に取材をするかと、瑞生は電話をかけた。
その三日後、何故か瑞生の前には松浦ではなくヨシダが席に座っていた。
「ほ、本日は取材を受けてくださりありがとうございます」
松浦は、ヨシダのことなら本人に聞けよとヨシダを瑞生に紹介した。
「例ならマツウラに言え。下手なゴシップ誌なら私は受けんと突っぱねたら、自分が無名の頃にこの雑誌の現編集長に丁寧に取材してもらったから、この雑誌は大丈夫だと言ったのはやつだ」
それだけではないが、とヨシダは内心思ったがそれは飲み込んだ。
メディアとの関係はナイトロードの人気稼ぎに大きく関係する。ただただ流される様に全部受けるのは論外。
しかし、ヨシダにその類の対策をする余裕はない。
DWでは力が正義だ、適当に襲いくる力自慢達を適当にボコっておけばその力は知れ渡り、縋ろうと弱者が集まり、城も建てば財産も積み上がる。弱者が集まった時の自分の評判が望むものではなかったら、適当なものに言って操作させれば良かった。
でも人間界では暴力はネガティブな意味合いが強く、築き上げた名声も畏怖もない。
一人、懇意の記者を作っておけばその記者を通じて色々とわかることもある。イメージ戦略や、競馬以外の対応を任せるに足る門番にどんな人間が必要かがわかってくる。
「へへ、ありがとうございます」
怖いのに愛想笑いしてるのが丸わかりの瑞生に、ヨシダはこいつでよかったのかと一瞬後悔した。
飾りっ気がなく素朴な味わいの血は飲めそうだが、記者としてどうかという点には疑問が残る。
「……先に、記事の主旨を聞きたいのだが。ナイトロードの記事か? それとも私の記事か?」
現状、話題性があるのはナイトロードよりもヨシダだ。
デジモンの騎手、ほぼワンオペ競馬、ベテラン騎手松浦との関係性、人間が取り締まれないとされる完全体以上のデジモンであること、どこを取っても話題にはなる。
とにかく話題になる様なことを優先するならば、JRAや松浦との関係を中心に来るだろうとヨシダは考えていた。もしそうならば、取材拒否も考える。
一方で、目の前の怯え様だと無難に騎手としての当たり障りない質問とナイトロードの話で来るだろうとも思っていた。
「あ、えと……じゃあ、ぶっちゃけた話なんですけれど、ヨシダさんは、競馬って面白いと思いますか?」
「面白いと思ってなければ、わざわざ人間界まで来ていないが……面白いと思わないのか?」
「面白いとは思いますが、色んなデジモン達の走るレースとかも最近はあるじゃないですか。そういうのと比べると、派手さもないし面白くないのかなって……」
「……あぁ、アレか。アレは面白いかもしれんがショーだ。競技ではない」
「競技ではない? とは」
「そうだな、例えば、競馬の最大出走数と同じ十八種のデジモンがいたとしよう。全員が同じ様に真剣に速さを追い求め真摯にトレーニングを積んできたとする。するとその勝敗はどうなると思う?」
「……どうなるって、その時々の条件とか実力で左右されるんじゃないですか?」
競馬もそうでしょうと瑞生は口に出す。
「いや、種族の差は一般に個体差より大きい。種族内で速い個体よりもより速い種族に産まれた凡才が勝つ。飛行機とバイクと自転車がレースする様なものだ。どれほど優れた最新鋭の自転車も型落ちのセスナ機に抜かされる」
「でも、だったら同じ種のデジモン同士のレースもその内に出てくるかもしれない、気も……」
「かもしれないが、デジモンのレースでは私と人間が競えない」
ヨシダはそれがつまらないと言った。
「身体を動かすことが私は好きだ、誰かと競うことも好きだ。だが、デジモンにおいて対等な競争は幼いデジモンの特権。完全体までなれば種と呼べる存在はなく、いても関わりを持つことすら難しい。私はヴァンデモンだからではなく私だからで勝敗が決まる世界で闘える方法を望んでいた」
「それが……競馬であると?」
「そうだ。競馬の主体は馬だ。ヴァンデモンと人間の種族差よりも馬の差が大きく出る。私の種族から来る特性は大して作用しない、馬は私と同じ様な長寿でなく、かけられる時間も大差ない。それが面白い」
「……なるほど」
少し、瑞生はヨシダを怖いと思わなくなる自分に気づいた。詰まるところ彼は、競技者のメンタルなのにDWでは競技者としていられなかったのだ。
強い種だから強い、勝っても勝った気にならないだろうし、負けても悔しいとも思えない。確かめるだけの競技は虚しいものだっただろう。
「だが、今のは貴様がデジモンのレースなんて話を出したからだ。それは競技者の目から見た他にない魅力であって、全てでもなければ主要なものでもない。『ただトラックを馬に走らせる』、それだけの為に全てがある。走る時間は一瞬だ。その一瞬の中で駆け引きがあり、戦略がある。それが美しい、そもそも……」
ヨシダの語りに耳を傾けながら、瑞生はさっき誤魔化した記事の趣旨を改めて考える。
デジモンレースに関してのその視点は正直面白い。競馬の未来、競馬にしかない魅力についてとでも銘打てばまぁ成立するだろう。
でもそれは、誠実な記者とは言い難い。ヨシダが主役ではなくなる。
ふと、だから編集長は世間一般に終わって思える競馬の雑誌にこだわるのかと気づかされた。
「では、あの、改めて取材の趣旨なんですが、新人騎手のヨシダさんの今後の目標や意気込みを聞かせてもらえたらと思います。」
面白いと思ったからだ。競馬誌なのは不本意だったが、そもそも瑞生もそう思って記者になったんだった。
デジモンが人間界にいることは制限もある、苦労もある、それでもなお競いたい。その面白さを伝えたい。
「……ふむ、あまりキャッチーな記事には思えないが」
「そういうのはうちがやることじゃないです。うちの雑誌を読むのは、競馬が好きな人達です。ヨシダさんについてもゴシップよりも騎手として将来有望かどうか、馬との向き合い方は、そんな話が知りたい筈ですし……私も、話を聞いてそれが聞きたくなってきました」
それは、予想通りの無難な質問と言えば無難な質問だったが、最初とは瑞生の表情が違った。そこに怯えはもうなく、好奇心がギラギラと光っていた。
「……不満がある」
そう言いながら、ヨシダはにやりと笑った。
「え?」
「将来有望な騎手という表現だ。初戦はビギナーズラックだなんだと思われてるのだとすれば心外だ。ナイトロードと私はこれからも勝ち続ける」
そう言って、ヨシダはとんと自分の胸を親指で指した。
「吸血鬼がブラッドスポーツで負けるわけがない」
瑞生は、これを記事の見出しに使おうと決めた。
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へりこにあん
2023年11月06日
In デジモン創作サロン
『猗鈴! 敵の狙いは軽井命だった!!』
「……子供に紛れ込ませてたってこと?」
『そう、私が病院に向かいます。安全なところへ!』
猗鈴はキョロキョロと人混みを見回しながら、急いでソルフラワーを出た。
電話が来てすぐ、秦野はまた誘いますといなくなってしまった。
ここは安全ではない。
「……ソルフラワーは組織に張られていた、移動するから少し待って」
猗鈴はそう言い捨てて、通話を切った。
八枚の翼を持つ大天使と化した天崎と、ブレスドが向かい合う。
『モスモン』
ブレスドの右腕がガトリングガンに換装される。その銃口を天崎に向けると、天崎は命の方へと駆け出した。
「それ、弾が爆発するやつですよねぇ? うっかり外したらどうするんですか?」
人間である軽井命には、盾にされているとわかっても振り切ることはできない。
では公竜が引き離すしかない。
でも、マッハモンメモリでバイクになるにも人型のままで車輪を活用するのさえ病院の屋上は狭すぎる。
エレファモンメモリの風は命を転落させかねない。
そしてこのままではタンクモンメモリとモスモンメモリも、天崎がタンクや命を巻き込む様に立ち回るせいでまともに使えない。
戦闘が始まって、天崎が最初にしたのがドアノブの破壊だった。それは命を屋上に閉じ込め、巻き込むわけにいかない公竜に負荷をかける。
『アトラーバリスタモン』
公竜の片腕が巨大な腕に換装される。それを確認して、公竜は天崎に向けて駆け出した。
距離を取れないならば近距離で。公竜の接近に合わせて、天崎も右腕に光の剣を出してくる。
当然間合いは拳より剣の方が広い。
剣の間合いに入る一瞬前に、公竜はワイヤーのついた拳を飛ばす。
しかし、それを天崎は剣と逆の腕についた盾で弾き、公竜に向けて剣を振り下ろす。
金属と金属がぶつかり合う様な音がして、公竜の身体がのけぞらされる。
クロンデジゾイドのスーツはlevel5の剣を使っても斬れない耐久力はあるが、単なる殴打のダメージはある。
そして、一度飛ばした拳の内側に入られた以上、二度三度と切り付けられる事は避けられない。さらに距離を詰めれば拳の間合いだが、無傷でするには速さが足りない。
喰らいながらも距離を詰めようとすれば、盾で塞がれた上で天崎の口が開く。
「開け」
金色の丸い盾の様なものが天崎の前に出現する。それは吸引力を伴う異空間への門、吸い込まれればどうなるかさえわからない。
『マッハモン』
両足の車輪の力で急速に後退し、門が開き切る前に距離を取る。
ホーリーエンジェモンというデジモンの強みは、それなりに高い身体能力、扱いやすい剣と盾、格上にも通用する必殺技、つまりは隙のなさにあった。
DWであるならばさらに魔術の様なものさえ使うこともある。なんでもできる、なんでもこなせる。堅実に、着実に。
さっきのやりとりも初めてではない。夏音から伝えられたブレスドの強み、硬さと遠距離を潰し、スタミナを削る。そういう立ち回りだ。
肉体自体がデジモンになってる天崎と違って、金属の塊をまとって戦っている公竜はその分スタミナの消費も激しくなる。
ブレスドにも隙間はある。動きが鈍れば隙間をついて、中の生身を切ることも天崎はできる。
根比べになれば公竜が負ける。
公竜もそれはわかっているが、盛実に連絡は既に取った以上増援を待つ方が確実だと判断しそれに乗ることにした、
使えないモスモンのメモリを使用する素振りを見せるのも、先に命を殺すことを優先したらどうなるかを意識させて同じやりとりを繰り返させる為。
「……つまんないですよねぇ、こういうの」
不意に動きを止めると、天崎はぼそりとそう呟いた。
「何の話だ」
「僕はね、大体のことは何とかなるんですよ。子供の頃は神童、学生の頃は天才、社会人になったら部署のエース、そんな感じでつまらない人生を送ってきました」
給水タンクの上に座り、はぁとため息を吐きながら天崎は話す。
「さて、何の話かでしたか? あなたの妹が僕の憧れだという話です」
撃てばタンクに穴が空く。病院の給水タンク、モスモンの鱗粉が少しでも水に入り人の身体に入れば、大惨事になる。
「ちょっと強いメモリを手に入れて、僕はやっと平凡で当たり前じゃない特別な力を手にしたと思ったんです。天使っていうのも凡人にマウントを取るにはいい姿です」
「……趣味が悪いな」
公竜は会話に乗ることにした。軽井命も公安の人間、走り回ることを強いられてなければただ守られるだけでなく、屋上から逃げる道ぐらいは見つけられるかもしれないし、味方の増援だって見込める。
「組織のセールスマンがあまり派手に動くななんていうものだから、殺したら組織か刺客を差し向けられましてね……それが、ミラーカ様でした」
その時のことを思い出してか、恍惚とした笑みを天崎は浮かべた。
「あの時の一挙一動を僕は覚えている! 僕の前に現れたミラーカ様は、僕がメモリを使うのを待ち、僕がメモリを使ってその剣を突き刺すと落胆した様にため息を吐いて僕の両腕をクッキーでも砕く様に軽く折り潰した!! 『門』で首から上を飛ばそうとしても扉を壊して首を抜き、門自体を噛み砕いた!!」
そういう化け物なんだと嬉しそうに天崎は語る。
「化け物です、最も美しく洗練された暴力の化身!! なのに、組織を辞めるに留まらず自首するなんてあり得ないことを言う……」
ちらりと仮面の下の目が命に向いた。
「本来あるべき姿を無理やり人に押し込めるのは、どうなんでしょうねぇ?」
未来は日光にも弱い、にんにくも食べられない、十字架でだってダメージを受ける。
「化け物に産まれたのに、その本性を隠せ抑えろお前は人だと。知らないですけど、そう育てたんでしょう? 本能を押さえつけようと我慢する苦しそうな姿を見れば馬鹿でもわかる」
その物言いに少なからず命は動揺していた。
今の命が知る未来は、まだ十歳かそこらで、未来が現在どんな苦しみを持っているかも、そこに、ネオヴァンデモンメモリによる汚染という作為があることも知らない。
「私のせいで、未来が苦しんでいる……?」
それは天崎さえ知らないことだ。知ってるのは当事者の未来、仕掛けた本庄を除けば二人しか知らない。
その動揺を見ながら、公竜はふーと一度深く息を吐き、通信機に手をかけた。
「……斎藤博士、今使っても増援は間に合いますか?」
『えと、一応、姫芝とマスターが向かってはいるけど……このままだと結構かかりそう』
この時、盛実の脳裏に浮かんだのは、未来のことだった。盛実はネオヴァンデモンメモリのデメリットを知らない。level6の速さならば、姫芝や天青より早く着けるかもしれないと思うのは、自然なことだった。
盛実は病院の住所を未来に送った。狙われているのが誰かという情報と共に。
『小林さん、国見です。三分で向かいます』
不意に、通信に天青が割り込み、ばさと翼をはためかせる様な音がする。
それを聞いて、公竜は深緑色のタイマーのついたメモリに手をかけた。
「感謝します」
『ザミエールモン』
ボタンを押し、ダイヤルの上から被せる様ににセットする。
「……ザミエールモン? そんなメモリは聞いてないんですが」
天崎がそう言って、給水タンクの前で立ち上がり、念の為にと盾を構える。
不意に、公竜の姿が消えて翼が誰かに捕まれる。
振り向く前に、その背中に重い蹴りが入り、屋上へと叩きつけられる。
「なんッ……だぁ!?」
起き上がろうとする天崎の前に、緑がかった金属で覆われた脚が現れる。
「立て」
先回りされている事実に慄きながら、天崎は立ち上がる。
「……妹が化け物なら兄も化け物か」
立った天崎の前にいたのは、ひどく有機的になったブレスドだった。
均整の取れた銀色の部分は緑がかって波打つだけでなく、まるで歯列の様に尖って、その顔も牙を剥く肉食獣を思わせるものがあった。
緑鋼の獣と化したブレスドの口から、公竜の低く怒りを抑えた声が漏れる。
「僕に化け物の力があることは否定しない。このブレスドも、僕でなければ着られないシステムだ」
突き出された剣を、公竜は弾いて腕を掴む。
肉が潰れる湿った音と共に、骨が折れる乾いた音が鳴り響く。
「でも、僕達の父は人間で、僕達は人であろうとしている」
公竜は静かに言葉に怒りを滲ませていた。
「なら少なくとも半分は化け物じゃないですかぁッ! 開け!」
金色の門が現れ、全てを飲み込まんと開く。
それは一瞬公竜の頭を飲み込み、次いで閉まることでその首を切断しようとする。
しかし、それは首に傷一つつけられない。公竜は当然の様に鋭く尖った指先を門と首の間に差し込み、力任せに開いて首を抜き、たたむように折って砕いた。
その間に翼を使って飛びながら、天崎は狂った様に笑っていた。
「最低! 最悪! 最高ですよ!! 親から化け物、兄も化け物……それはもう化け物の筈だ!!」
天崎はそう言って、ピィと口笛を吹いた。
すると病院の近くから、数体の機械の蜂のようなデジモン、ワスプモンが飛び出して空から針の先の銃口を公竜に向ける。
しかし、公竜の口調と裏腹に、その動きは荒々しく、そして何より疾かった。
デジモンの動体視力でなお、影を辛うじて追えるかという速度に、ワスプモンのレーザーはついて来られない。
屋上を駆けた公竜は、適当なタイミングで天崎に向けて跳び上がる。
目で追うのがやっとのその速度に、天崎はなんとか身をのけぞらせて回避し安堵して笑った。
笑って、その直後、翼の自由を失って頭から落下した。
公竜は直接天崎を捕まえに来ていなかった。すれ違い様手の中に出現させた、巨大な矢を使って翼を切り落としていた。
「命さん」
公竜はそう落ち着いた声で話した。
「僕は吸血鬼の母を憎み、人でいることを選びました」
今も人でいるのは別の理由だが、と喋りながら落下した天崎に近づく。
その間も降り注ぐワスプモンのレーザーも、発射に合わせて巨大な矢を盾にして全て防いだ。
「妹も人でいることを選んだならば、きっとそうだと。命さんに会うまではそう思っていました」
苦し紛れに天崎が構えた盾も、斧のように振り下ろした矢で腕ごと粉砕する。
「妹が、未来が愛されて育ち、組織という吸血鬼としての居場所もあり、それでもなお人でいようとする理由。今の僕には一つしか思い付かない」
公竜の言葉に、命は困惑した様子を見せる。
「そう在りたいと思わせてくれる、尊敬できる人がいたからだ」
そう口にした時、脳裏に浮かぶのは恵理座の顔。
公竜の為に命さえ差し出す程に好いてくれた恵理座。
恨みを買い殺されることも惜しくない程に心酔した天崎。
好意を向けているのも、時に本人の意思さえ無視する身勝手さも同じ。
だけどその方向は真逆で、天崎の望みは恵理座の願いを踏み躙る。
「……でも、化け物でしょう?」
天崎は地に這いつくばってなおも笑っていた。両腕があらぬ方に曲がって翼が半分近くなっても。それが快楽であるかの様に笑っていた。
「何が人なんでしょう? 人間はデジモンの腕を砕けない! 人間はこんな風に僕を蹂躙もできない!! お前達兄妹は生粋の化け物なんだよぉ!!」
妹と同じだと天崎は折れた腕を見せつける。
「……このベルトが僕に尊敬できる人達が教えてくれた答えだ。でも、僕は牧師でも坊主でもない」
公竜は、ダイヤルをカチカチと一回転させる。
「そんなおもちゃを使っても、ミラーカ様の本質が暴力であることは変わらない!!」
天崎はそう無理やり立ち上がって叫ぶ。
「お前が見てるのはお前の理想のミラーカ(化け物)だ。妹を理解しようともせず酔いしれているやつが、ただ相手を不快にしたいが為に口にした『本質』と『幸せ』には、まともに論ずる価値はない」
そう言って、公竜はタイマーのスイッチを押した。
吊り上がっていた天崎の口角が下がる。負け惜しみと口にするにもそれは核心をつきすぎていた。
天崎は未来のことを何も知らない、自主しようと言われてもなぜそれに至ったかの理由さえ聞かなかった。
『ザミエールモン』
全身を緑色の光が走り、手に持った巨大な矢へと集約されていく。
『ザ・ワールドショット』
「僕らは人でいたいから人なんだ」
袈裟懸けに公竜が矢を振り下ろす、切れた傷口からデータが漏れて公竜のベルトへ吸い込まれていく。
そうしてデータを吸われきったホーリーエンジェモンの身体は轟音と光を伴い爆発する。
排出されたメモリに、なんとか天崎はその手を届かせたが、挿す間もなく爆ぜて真っ二つになった。
それを見守って、公竜がふぅとため息を吐く。
『ブレスド。冷却処理の為、変身を終了します』
電子音声と共に体を覆っていたクロンデジゾイドが剥がれて集まり、トランクの形に圧縮される。
「……ふ、ふはっ、まだワスプモン達がいる。僕の、勝ちだぁ!」
最後の力を振り絞り、天崎がそう声を上げて笑う。
しかし、もう変身もできないというのに公竜は焦るそぶりさえ見せない。
おかしいと思う天崎の目の前に、半壊したワスプモンが落下した。
「遅れました、大丈夫ですか?」
黒い翼をはためかせた天青が、一体のワスプモンの頭を足場にそう公竜に声をかける。
それを見て、天崎は今度こそ意識を失った。
「いえ、完璧なタイミングです」
『あぁ……傷開いてるぅ……』
盛実の嘆きをよそに袖に血を滲ませながら、背中に翼を生やした天青が三体のワスプモンを相手に空を舞う。
「博士が嘆いてたら、翼以外使わない、処理は姫芝に任せるから許してって伝えてください」
ワスプモンの相手をしながら、天青はそう余裕な態度で口にした。
「自分で言ってください」
やっぱ苦手ですと公竜は口調と裏腹に微笑んだ。
「……あの、小林公竜くん、だっけ」
命がそう微妙な顔で声をかけた。
「僕の名前もご存知でしたか」
「まぁ……で、私が子供になっていたっていうのは……」
「えぇ、でもあなたはまだ年齢も戻っている途中です。今の未来は三十路、聞きたいことは幾らでもあるでしょうが、今のあなたより十年近くは未来と一緒にいたはず。僕からも書きたいことはありますが、まずは元の年齢に戻ってからです」
まだ混乱している様子の命に、公竜はそう優しく声をかけた。
「あ! 軽井さん! こんなところにいた!」
そう声をかけてきた看護師に、命の話を聞いた時からずっと探していたのかと公竜は頷いて、命の方をちらりと見た。
確かにそれもそうだと命も一つ深呼吸して頷き、看護師へ向けて歩き出す。
それを見て、不意に公竜は不安になった。
公竜の記憶が正しければ、命は看護師相手に偽名を名乗っていたはずだ。偽名は大和美琴。
「命さん! そいつは看護師じゃない!」
「え」
姿を変えるデジモンのメモリの存在を公竜は知っている。ファングモンメモリ、奇しくもそれは未来を助けたいといった女の使っていたメモリ。
公竜の言葉に看護師の顔が歪み、肥大した腕の三本の長大な爪を命に向けて突き出した。
その爪は肩をかすめて病院着をひっかけ、上空から天青が降りてくるよりも早く、屋上から命を放り出した。
天青にファングモンがたたきつけられて鈍い音が響いた後、同じような重い音が一つ響いた。
アスファルトにたたきつけられ、立つこともできなくなった命の、ちょうどその目の前に、スマートフォンを持った未来が立ちすくんでいた。
「み、ことさん」
子供の頃と髪も目も背丈も違う未来だったが、それでも命にはその目の前の女が未来だとわかった。
未来、名前を呼ぼうとするも、ごぽごぽと口から血の泡を吐くだけで終わる。
「命さん!!」
未来が抱え上げて、命に血を吐かせる。
その吐いた血を見て、爪が掠って肩に滲んだ血を見て、未来は自分の口から涎が溢れるのが信じられなかった。
こんな時でも働く吸血鬼の本能があまりに悍ましく思えた。
「み、らい……」
命は、一音口に出す度、手先と足先が冷たくなっていく様に感じていた。
何が遺せるか、何を遺せば未来の為だろう。そう考える時間も惜しいのに、考えないと言葉が出ない。
そして、ふと未来のマスクの口元に涎が溜まっているのに気づいて、考えが全部飛んだ。
朦朧とする意識の中で、小学校に入るか入らないかの年齢の未来とその涎を垂らしながら泣きそうな顔が重なった。
「おなか、すいたよね。がま、ん、したんだよね」
未来の耳に手を回し、なんとかマスクのゴムを片方外す。
「のんでいいよ、みらい」
その言葉に、未来は頭の中がぐちゃぐちゃになるのを感じていた。
焦げた目玉焼きの乗ったハンバーグを出してきた時と同じ顔で、命は未来に血を飲ませようとしている。
「ほかの、ひとからは、めっ、だか……」
最早、最後の言葉は出ず、かろうじてあげていた指先もぽとりと地面に落ちる。死が命を連れて行った。
天崎を殺しておけばよかった。こんな状況でも鳴る腹の虫も、何もできない自分も憎かった。
それでもできることをと考えて、ふと創作の吸血鬼を思い出す。血を吸うことで魂を自分の中に保存する。血を吸うことで共に生きる吸血鬼。
それが、血を吸う為に自分に向けた言い訳かもと思いながら、未来は命の首筋に噛みついた。
鉄の味、少しの塩気、僅かばかり残った命の身体の熱を残さず未来は吸い出した。
それに一つ誤算があったとすれば、そのシーンだけは居合わせた人がいたこと。
命が落ちてすぐ、病院に掛け合って医者を連れてきた公竜がそこにいたこと。
「……未来」
そうして幼い頃に分たれた双子はここに再会した。
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へりこにあん
2023年10月30日
In デジモン創作サロン
未来の発した警鐘は、SNSのダイレクトメッセージを通じて盛実に届いた。
「……博士、あのソルフラワーで猗鈴さんと姫芝がが戦った天使が未来さんの大切な誰かを殺しに動くと言ってどこかに消えた。でいいの?」
「そう、アプ……未来さんの家族はもう小林さんしかいない。だから、多分小林さんを襲うだろうって」
それを聞いて、天青は少し悩んだ。
これを理由に公竜と未来を会わせることはできる。未来と敵対する可能性を加味しても、襲われる危険があることから武装して行ける。
でも、もしその襲うと言っている部下も同時に敵対した場合、幹部一人と準幹部クラス一人、トロピアモンだけでは分が悪い。
かといって、と天青は自分の身体の調子を確かめる。ここでマスティモンを使えば吸血鬼王やリヴァイアモンに使うまでのインターバルが生じる。リヴァイアモンはメモリが人間界に来る前に組織を止めればいいとして、吸血鬼王は既にいる脅威で不死身のデジモン。使えなくなれば使えるコンディションになるまで見過ごすしかなくなる。
「猗鈴さんと姫芝を呼んでくる」
「小林さんは?」
天青にそう盛実は聞いた。
「ひとまず、現在地だけ確認して伏せておく」
「……わー、かった。一応未来さんも脅威として捉えるってことね」
思わぬ盛実の言葉に、天青は視線を逸らして頷いた。
普段ならば盛実はここまで察しが良くはない。
それは、それだけ未来のことを考えていたということ。今どうしているか、どうしたら最善か、ずっと考えていた。
「ザミエールモンメモリの調整も終わってるし、例のメモリも調整段階までは鳥羽さんの資料のおかげでこじつけられてる」
血走らせた目の下に、いつも以上のくまを作っている盛実の言葉にも、天青はうんと一つ頷いて終わらせた。
だから、小林さんも呼ぶべきだと言いたいのはわかっていたが無視した。
猗鈴と杉菜が呼び出された頃には、若干気まずい空気が流れていた。
「……というわけなんだけど、どう思う」
二人から猗鈴と杉菜へ問いかけられた時、まず答えたのは杉菜だった。
「とりあえず、小林さんに見つからない場所に移動してもらった方がいいんじゃないですかね。説明は必要でしょうが、小林さんが狙われているのにそれを言わないわけにもいかないでしょうし」
「……その前に、その男は本当に小林さんを殺すつもりなんですか?」
疑問の声を上げたのは猗鈴だった。
「その男は、素性を明かさなかった幹部のミラーカが実は双子で、兄は公安にいて名前は小林公竜、そして戦える人間である。どこまで知っているんですか?」
猗鈴と杉菜がソルフラワーで天崎と戦った時、天崎は『声』でミラーカを判別していた。
顔や名前を知っていればあんな方法は取らなかっただろうから、声しか知らなかったのだろうと猗鈴は思っていた。
「公竜さんは、吸血鬼王の手から逃れる為、時々ここに来るぐらいで基本的には警察にもいない筈。名前と公安であることを知っていれば事件を起こして誘き出せる、ソルフラワーの時もそうだったから。でも、それだって私達も来ることはわかる筈……」
「突発的な行動だったみたいだから、そこまで考えてないんじゃないですかね」
「……でも、一応未来さんに確認とってみる!」
盛実がそう言ってタブレットを操作し始めると、不意に杉菜があっと声を上げる。
「未来さんの大切な……ヒーローショーのヒーローってことはありませんか? 変身前は特定の個人ですし、どこに来るかもわかっている」
「……それも、未来さんの趣味を知ってる前提じゃないとおかしい。あの場に大切な人がいただろうと推測できても、それが誰かは……」
猗鈴は杉菜の意見に懐疑的だった。
「あの時壊れたのはほぼガラスだから、復旧はすぐの筈……」
「え、本当にヒーローショー狙いだとしたらやばいよ! 今日だよ!?」
「なっ、いつも二週に一度の日曜なのに、どうして!?」
今日土曜ですよと杉菜が言う。
「ゾネ・リヒターは何度でも昇る太陽、五年前のテロ被害からの陽都復興の象徴を目指したヒーローだから、当然今回のテロからの復旧に際してまたヒーローショーをって話になってるんだよ!」
公式アカウントがSNSに投稿してる! と盛実は猗鈴達にその投稿を見せた。
「急がないと……!」
杉菜が立ち上がったが、天青がそれを止めた。
「待って姫芝、行くなら猗鈴さん」
「え?」
「博士、そうじゃないとトロピアモンとザッソーモンのコンボは出力が落ちる、そうだったよね」
「……でも、養護施設での戦いの時は」
少なくともそれでも夏音は追い払えた。
「それは、マスターの言う通り。あの時、子供の猗鈴さんはそれを感じ取れる余裕が夏音さんにないと見るや、言葉で戦わずに追い払ってたから、姫芝にはわからなかったかもだけど」
「……大丈夫、それに私は前に盛実さんと取材の体で行ってるから、中止させられるなら中止するし、始まってたとしても動きやすい」
猗鈴は少し釈然としない表情でそう言った。
「私は正直ヒーローショー狙いの線は薄いと思う。だから、行くには行くけど、本当に未来さんの大切な人が公竜さん以外にいないか確認して欲しい」
そう言いながら杉菜の方を見て、ヘルメットを取って出ていった。
「……ある筋から、『未来さんの大切な人』を殺そうとしてる男がいるって情報を掴みました」
杉菜は喫茶ユーノーに呼び出した公竜にそう打ち明けた。
「そのある筋とは?」
「組織所縁とだけしか言えないです。一応、小林さんは警察なので」
未来とのホットラインの存在は結局明かさない、天青と盛実の間の立場をとることにした。
「……まぁ、仕方ないですね。動機は?」
「気を悪くしないで欲しいのですが、未来さんをより怪物らしくさせるため、だそうです」
パキッと音を立てて、公竜の持っていたカップの取っ手が割れた。
「……すみません」
「いえ、弁償してもらえれば大丈夫です」
「……幹部としての実務を任されていた部下、ミラーカの信奉者が未来さんに暴力を強要(もとめ)ています」
「鳥羽の資料にあった、旧組織のメンバー狩りをしていたことを知っている部下、ということですか」
「そうです。動かず隠れていた未来さんをヤクザを唆して炙り出したホーリーエンジェモンメモリの男です」
「……襲う先は?」
「わかりません。家族は公竜さんと吸血鬼王しかいないですし、プライベートで交友があったわけでもなさそうですからね。ヒーローショーの関係者や見に来る観客に大切な人がいると考えている可能性を考え、猗鈴はソルフラワーに」
「……なるほど。部下の女という線はどうでしょう。仕事の関係だったならば、自分よりも親密に見えた別の仕事の関係者、ということはあり得るかと」
「養護施設にいた女のことですか?」
「えぇ、彼女は妹の素性を知ってる様な発言がありました。夏音の攻撃を受けた後、蝶野の居場所を譫言の様に呟いた後は、意識が戻ってませんが……」
「その蝶野は?」
「やつは死にました。監禁されたまま、頭部外傷でできた血栓による脳梗塞で死んでいました」
「でも、だとすれば病院に……」
「現れる可能性はありますね。デジメモリの治療を扱える病院は警察病院かアルケニモンのいた病院かの二択、警察に吸血鬼王が入り込んだことは把握してておかしくないとなれば……」
「待って。それは、その部下の女が養護施設にいて捕えられたことまで知らないとわからないはず」
「……確かにそうですが、養護施設にいたことまでわかっていれば、ニュースなどを通じて養護施設で何かあったことは察しているかもしれません。他に当てがない以上は行ってみるしかないでしょう」
立ち上がる公竜に、盛実が通せんぼうする様に立ち塞がった。
「待って、未来さんの大切な人には公竜さんも入っている筈だから、できれば、できればやっぱ行かないで欲しい」
「……妹は、きっと僕を妬み恨むでしょう」
天青と未来の監禁されていた小屋に行った時、天青は常に未来の気持ちを読み解こうと考えていた。それを見て、公竜もふと考える様になったのだ、自分がどう思っているかではなくどう思われているかを。
未来に比べて公竜の監視は緩かった。双子に生まれて、人として生きてこれた自分は化け物として監禁されていた妹から見て恵まれているのではないかと思った。
そして何より、公竜には恵理座がいた。恵理座が未来の心を開いたことは公竜からしてみれば驚くことではなく、先に恵理座に出会えたという一点を取っても妬まれるに足ると感じる。
しかも、恵理座は公竜を守って死んだ。致命傷を負った状態で吸血鬼王に襲い掛からんとする公竜を諌めて、止めて、治療が間に合わず死んだ。
そのことを知らないだろうとは思っても、知ればきっと恨む筈だ。
「そんっ……」
そんなこと未来は言わないと言おうとして、盛実は天青の視線に気づいて口を閉じた。
そして、その代わりに濃いストップウォッチの様なものがついた緑色のメモリと紙を差し出した。
「……前に言ってた、ザミエールモンメモ、調整外付け機構付き……で、えと、とりあえず、勝手に未来さんの気持ち決めつけるのはよくないと、思う!」
盛実はそう言うと、何か言われる前に瞬く間に地下に撤退した。
メモリを見て、紙を見て、公竜はそれをジャケットのポケットにしまう。
「博士の言うことは一理ある。閉じ込めた張本人のはずの軽井命の部屋も綺麗だったし、未来さんのものらしき部屋には趣味のフィギュアも並んでいた。小林さんが思うよりも未来さんの生活は苦に満ちたものではなく、小林さんを恨む理由もないのかもしれない」
「そうだったなら、いいですが……」
天青の言葉が公竜に届いてないことは見ればわかった。当事者にしかわからない事は必ずある。公竜が天青の言葉を信じられない理由もそう、自分は辛かったから、苦労したから、実際に見ないと信じられない。
「国見さん達はどうされますか?」
「どっちも外れた場合に備えてここに残る。特に姫芝は、猗鈴さんの方が本命だった時に安全なとこにいないとね」
「そうですか、では」
ドアベルをちりちりと鳴らしながら、扉がしまった。
ヒーローショーはつつがなく進行していた。ヤクザの時の反省を活かしてか、警備も多く、不自然に出入り口付近に止まる客も見当たらない。
「……やっぱり、ここじゃない」
猗鈴はそう呟いて考える。
未来の交友関係は公安に監禁される前と、組織に入った後の二択の筈。
あの男は組織内でのミラーカしか知らなかった、考慮すべきは後者の筈、だけど引っかかるのは、目的との乖離。
目的が未来を化け物にする事だとすれば、大切な人の存在がそれを食い止めていると先に知る必要がある。
本人が語ったのでなければ、知っている誰かが伝えた事になる。
「……まさか、姉さんが?」
そう呟くと、ふと猗鈴に対して影がかかった。
身長190近い猗鈴よりさらに高い、スーツの大男がそこに立っていた。
「美園猗鈴様ですね?」
猗鈴がその股間を蹴り上げようとすると、男はスッと半身になって避けた。
「少し話したいだけです。組織への勧誘。という話ですが」
「そんなの乗ると思う?」
「夏音様の真実を知りたくありませんか?」
その言葉に、猗鈴は思わず反応した。
「組織の本懐は、ご存じの様に嫉妬の魔王、かの方の人間界への降臨。人間社会への攻撃は人間社会で金銭を得るノウハウのなさによるもの。最早必要ありませんし、貴女が幹部となり変えればいい」
すっとその男は手を差し出した。
「貴女を組織は新幹部として迎える準備があります。最早組織は、貴女達姉妹のものです」
病院に公竜が着くも、そこにも天使の姿はなかった。
「……ここでもない、もしくはまだ来ていない。か」
公竜はそう呟き、同じ熾天使派の公安を見つけて現状を尋ねる事にした。
「何か異常は?」
「女に異常はありません、意識も戻らないまま。果たしてこのままで今後戻るかどうかも怪しいと」
「……彼女の命が狙われている可能性がある、くれぐれも注意してくれ。僕は確認したら病院内を一回りしてくる」
病室をちらりと覗く。確かに異常はなさそうに見える。
狙う為に病院に潜んでいる可能性もあるが、誰かに教えられなければそもそもこの病院を突き止めるのは難しい。
考えながら公竜が見回りをしていると、看護師が一人慌てた様子で廊下をキョロキョロしていた。
「どうかされたんですか?」
「あ、小林さん……」
そう言うなり、看護師は声を顰めた。
「養護施設にいた、子供になっていた患者さん達……あの中の女の子が一人逃げちゃいました」
急激に大人に戻って、記憶が混濁してパニックになったみたいでと看護師は言った。
「名前は?」
「えと……大和美琴(ヤマト ミコト)さんです」
「ミコト……」
公竜の脳内でふと何かが繋がった気がした。
「その時に、誰か……未来がどうとか話していませんでしたか?」
いえ、何もと看護師は答えたが、そのあとふと思い出した様に話し出した。
「そういえば……子供と離れたお父さんらしき人が、軽井未来ちゃんという女の子を探している様でしたが……」
「その男はどこに?」
「え、私が見た時は屋上の方に探しに行くと……」
公竜はそれを聞いてありがとうと言うと、エレベーターに向けて走り出した。
屋上に着いた公竜は、そこに一組の男女がいるのを見つけると、その顔を見てぐっと奥歯を噛み締め、喫茶ユーノーで待機する盛実へと電話をかけた。
『もしもし』
「未来はどこ!」
通話が繋がるとほぼ同時、病院着の三十代弱に見える女が男に向かってそう叫んだ。
「電話に出ないなんて今までになかった……私が子供になっている間に未来を移送した、そうでしょ?」
公竜はその姿に動揺して、通話先の盛実に続きを話すことを忘れていた。
そんな女は、公竜の知ってる範囲では公安の職員であることしか知らない。レポートも淡々としたもので、最後だって任務に出て帰らなかった訳だから、情なんてないと思っていた。
でも、今、公竜の見ている彼女は違う。
「作り置きだってそんなにしてなかったし、カップ麺ぐらいしかまだ小さいあの子に作れるものはないけど……無事、なのよね?」
ひもじい思いしてないのよね、ましてや、そのまま飢えたりなんてと、何も返さない男に女は続ける。
無言故に、無限に嫌な想像が頭をよぎっている様だった。
天青の言葉が頭を過ぎる、未来はあの家に帰るつもりだった。
なぜ? 悪い記憶でなかったから。
だとしたら、どうして?
その理由がわからなくて、受け入れられなかった。でも、その理由を知って公竜は安堵していた。
「軽井命!」
妹には自分と違ってもう一人母がいた。
その事実に安堵し、未来との和解の準備を進めていた恵理座は間違ってなかったと喜ぶ。
「……誰?」
「小林公竜、僕は……未来の兄です」
その言葉に、男が、天崎がぎろりと目を剥いた。
「ミラーカ様を呼んだ時にも邪魔してきたあなたが……ねぇ」
ソルフラワーでヤクザ達を動かした時、天崎は公竜を見ていた。
「育ての親と実の兄、両方殺してソルフラワーにでも吊るせば……化け物だと思い出してくださいますかねぇ」
『ホーリーエンジェモン 』
「僕も妹も、化け物じゃない、人間だ」
『ミミックモン』
「本庄さん、結構体辛そうね」
羽織っている白衣が半分焼けこげ、疲れ切った本庄善輝の前に現れた夏音は、そう言って微笑んだ。
「……あぁ、ミラーカを怒らせたみたいでね。何日かずっと戦ってたんだよ」
全く参ったなと善輝は微笑んだ。そこに怒りは見えない、あるのは妹に嫌われた兄の様な、そんな悲しげな笑みだった。
「ねぇ本庄さん、子供になってた猗鈴が元に戻ったわ」
「……そう、それはよかったね。それにしてもどうして僕に?」
「いつも家族家族と私達にいうのに、雑談に付き合ってもくれないの?」
「……そういうことなら喜んで、どこかでご飯でも食べながら……」
「まぁそれは冗談だけど」
そう言って、夏音はくすと笑った。
「『大人を子供にできる能力』、殺せないけど隠したい相手を隠すにはうってつけよね」
記憶も隠せる、万が一手から離れても安心安全だし、そう言いながら夏音は顔汚れてると善輝の顔をハンカチで拭いた。
「秦野から聞いたんだけど、吸血鬼王は日光の元でも動くしミラーカほどあからさまに吸血鬼らしい性質は持ってないんだとか。でも、ミラーカはそうじゃない。人間界の設定を反映する吸血鬼にもし遺骨を与えたら……蘇生することだってあり得るかもしれないもの」
「……なんの話をしているのかな?」
「気がかりなんじゃないかなと思ったのよ。未来に会わせてはいけない女が復活してるんじゃないか、とかね」
「知ってたのか」
本庄は険しい顔をした。
「全然。かまかけてよかった」
夏音はにこっと微笑んだ。
「……参考までに聞いていいかな? なんでわかったか」
「私は未来から生い立ちを聞いたんだけど、軽井命が死んだとあなたが伝えた時期と、黒木世莉達と公安が敵対した時期にズレがあった。それで、あなたが口封じしたと思った」
「それで、蝶野に口封じさせたか確認を?」
「そう。そして、そうとわかられていつもの様にヘラヘラしてないことで本当の所属も察しがついた」
夏音はそう流し目で善輝を見た。
『レガレスクモン』
夏音の言葉に本庄はメモリを手に取ったが、夏音は何も持ってない両手を上げた。
「リヴァイアモン復活までの目的は一致してる。教えたのは善意。でも、安全の為に所属ははっきりさせておきたい、私の気持ちもわかるでしょ?」
「……ならいいけどね」
去り行く背中を見ながら、軽井命の処理は間に合わないだろうなと夏音は思った。
本庄善輝にはそろそろ退場してもらう。
消耗してない本庄はネオヴァンデモンでも倒しきれないが、吸血鬼王が本庄さんを始末するお膳立ては済んだ。
夏音は不意にスマホの画面を見る。猗鈴の大学入学式に一緒に撮った写真、猗鈴はあまり写真を撮らせなかったから、それが一番最新の夏音と猗鈴のツーショットだった。
その日のことを、夏音は朝食からなにから思い出せた。
「……天崎くんにはうまく軽井命を殺してもらわないとね。なるべく未来が悲惨な目に遭うように、残酷に」
そして、猗鈴に会いたいなぁと、一人ぼやいた。
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へりこにあん
2023年10月08日
In デジモン創作サロン
バーチャル配信者というのは恐ろしく多様化している。その参入ハードルは極めて低く、なるだけならお金もほぼかからない。ありきたりな奇策は大概既に試されているし、専門家に近い人間がその知識を披露するようなチャンネルも五万とある。
それでもなおその中で輝くには、本人の煌めく資質と、それを押し上げる献身的なサポートや、ユニットのような戦略が必要となる。
故に女は、陽都野妖狐が許せなかった。
陽都のあらゆるイベントに出張り遮二無二知名度を確保し、陽都内では自主的にVなど見ないお年寄りにまで狐ちゃんと親しまれている。テレビにまで出るようになったというにチャンネルの収益化もしない。
「妖狐ちゃん、なんとか衣装の費用工面できたみたいで、今週末には地元大学の小さなイベントに行くんだって。私も通った大学なんだけど、その日って休めそう?」
「……歌のレッスンがありますよ。レコーディングもうすぐなので、休むわけには行かないかと」
「そっかー……昼までのレッスンかー……終わった後もやってるかなぁ?」
会話を思い返すと腹が立ってくる。
鯖野味噌美は典型的なたたき上げのV配信者だ。地道なゲーム配信と雑談動画で視聴者とは料理の話題や簡単なおつまみの作り方なんかで牧歌的に盛り上がり、地道に登録者を増やしてきた清らかな天使だ。
そして、ある鯖缶レシピがバズって日の目を見るようになり、レシピ動画が恒常化、週に何度か雑談配信をして使って欲しい食材や悩みを聞き、週末にはアンサーのレシピ動画をアップする様になり、事務所からスカウトしていいと許されるまでの人気配信者になった。
陽都野妖狐のデビューを後押しする面倒見の良さもある。
なのに、陽都野妖狐は恩を仇で返したのだ。
その女は、私服でその大学を訪れた。この大学は学食が一般開放されているから不自然でもない。先日事件があり施設が破損したが、学生達は授業も再開している。
『昇陽チャリティーフェス』、大学の休講日を利用した小規模イベントで、大学の中庭で行われる小規模音楽イベント。そのMC役として妖狐は呼ばれたのだという。
もう二ヶ月後だったら味噌美が妖狐の代わりに呼ばれていただろう。
妖狐の衣装をもう一度台無しにすれば、資金面でかなり追い詰められる筈だ。
大学構内に貼られたチラシを辿っていって中庭へ辿り着く。そして、いつでも刺せるように、ポケットからオメカモンのメモリを取り出した。
しかし、そこにはステージも何もなかった。
「10:00からイベントの筈……9:30回っているのにどうして……?」
その女はまさか、と振り返って急いで帰ろうとした。
「マネージャーッ!!」
その声に、女は足を止める。
「味噌美……? どうして、レッスンに行った筈じゃ……」
足を止めて見た先には、地味な格好の女がいた。
垢抜けないなんなら少し小太りの背も低い女、鯖野味噌美の中身と言われて受け入れられるファンはいないだろう。陽都野妖狐の様に多少地味でも美人というわけでもない。
「味噌美さんには芝居を打ってもらったんです。妖狐さんの予定も嘘吐いてもらって、ボイストレーナーさんにもレッスン日をずらしてもらって……こっちで作ったチラシデータも送ってもらって。協力してもらいました」
杉菜がマネージャーと呼び掛けられた女の退路を塞ぐように現れながらそう口にする。そして、同時に味噌美の側には耳と尻尾に、綺麗になった巫女服を着た妖狐が現れる。
陽都野妖狐は、綺麗になった巫女服を着ていた。耳と尻尾も汚れていない。だが、新品でもないのも見てわかった。
「……味噌美、これは、なんの企画ですか? だめですよ、顔出しちゃ……」
「誤魔化さないで、マネージャー。妖狐ちゃんの衣装汚して暴言吐いたの、マネージャーだよね?」
味噌美の言葉に、マネージャーは焦ったように崩れた笑みを浮かべる。
「なんですか? それ、ニュースで確かにそんな話見ましたけど……私じゃないですよ。信じてください」
「信じたから、来ないと思った。私には、今日は打ち合わせだって言ってたよね?」
「……アレですよ、レッスン終わりに味噌美が応援しに来るかもって、妖狐さんに伝えようと思って打ち合わせ前に寄ったんですよ」
「じゃあ、その手の中のメモリを見せてもらいましょうか。マネージャーさん」
杉菜の言葉に、マネージャーはでの中に握りしめたままのオメカモンメモリを思い出した。
「……探偵? でしたっけ? 証拠もないのに人を疑って無理やり調べようなんてだめですよ」
「妖狐さんを襲ったオメカモンは味噌美さんと一緒に行った動物公園で買ったキーホルダーに言及しています。それを知ってる人は、ある打ち合わせに同席していた人だけです」
陽都野妖狐は、出演者の名前を挙げたが、番組の打ち合わせなのだ、当然番組スタッフもいるし、バーチャル配信者が打ち合わせ時に実際作った料理を見せたり顔を隠したまま打ち合わせるためにいつもの機材を使っていたならば、その場に普段の撮影で一緒にいるマネージャーがいたとしても不思議はない。
それに猗鈴はあの日気づいたのだ。
「……あー、さといも鯖味噌パイの。でも、同席していた人は私だけじゃ……」
「味噌美さんとめせぬっぽさんは生配信、竜人さんは北海道、今鈴ザピナさんは、動機がない。動機があって、アリバイもないのはあなたぐらいです。妖狐さんが襲われた当日、あなたは風邪を引いたと味噌美さんが生放送で話していました、しかし、カレーフェスの関係者に聞いたら目撃してる人がいました。仕事をサボって食べ歩き、ならまだかわいい嘘だったんですけれどね……」
杉菜はそう喋りながら、マネージャーに近づいていく。
「私の動機って、一体なんのことだか……」
動揺するマネージャーを見据えながら、杉菜は猗鈴の推理を思い出していた。
『妖狐さん、もしかして味噌美さんがスカウトされた時、一緒に声をかけられなかった?』
『声はかけられましたけど、私はお断りしました。え、まさかそんな理由で?』
『お兄さんに聞いたんだけど、配信者は増えすぎてるから、一人の魅力だと限界がある。だから他の配信者との関係性も合わせて売り出すんだって。ファンが味噌美さんに妖狐さんのことを尋ねたり、鯖狐助かるとか言ってたのは、そこに魅力があるからだって』
『じゃあ、私が襲われたのは、鯖野味噌美と陽都野妖狐の関係性が固まりすぎてて、同じ事務所内でユニットを組ませにくかったから?』
『だとすれば説明はつくと思う。忘れられてくれたならともかく、単体でテレビにも出られるし、配信者に興味なさそうな世代にも認知されている妖狐さんはかなり目障りだった筈』
ただ、少しだけ杉菜は釈然としていなかったのだ。陽都野妖狐が引退すれば鯖野味噌美が悲しむのは必然。『本物のV』と呼ぶぐらい、彼女を尊敬しているのだとすれば……
「……陽都野妖狐さんを事務所に入れて鯖野味噌美さんとユニットを組ませる為です」
「えっ……」
杉菜の言葉に、聞いていた推理と違うと、妖狐までも驚きの声を上げたが、マネージャーだけは違う反応をした。
その表情が、その推理の正しさを裏付けていた。
「ただ配信を辞めさせたいならば、もっと直接的な暴力を振るえばいい。オメカモンメモリは『殺傷力のない攻撃』ができるメモリ、妖狐さんを追い詰めはしても傷つけるつもりはなかった」
「訳がわからない、どういうこと……?」
「暴行は非親告罪、器物損壊なら親告罪です。兼業配信者の妖狐さんに弁護士を雇い手続きをする負担はとても大きい。衣装を台無しにしたのも同じ理由、金銭面や手間の面で追い詰める為です」
「……そうしたら、私が、陽都野妖狐が、スカウトを受けると思ったってことですか? 事務所のサポートがないとやっていけない状況に追い込んで、サポートするからと契約を迫るつもりだったって事ですか?」
妖狐の言葉にマネージャーは頷いた。
「先輩をもっと押し上げる為に、ユニットを組ませたかったんですか? だったらそうと言ってくれたら……」
「……それは、私が止めたの」
味噌美はそう言って、妖狐の追求を止めた。
「リアルが苦手で画面の向こうの誰かを楽しませたいし一緒に楽しみたい私と、陽都(リアル)が好きで陽都の人達の笑顔が見たいこの子はモチベーションの種類が違う。私の名前を出したらやってくれるだろうけど、それは無理やり付き合わせるだけになっちゃう。そう言って、私が止めたの」
でも追い詰めちゃったね、ごめんねと味噌美は涙を流した。
それを見て、マネージャーはその場にメモリをぽとりと落とし、地面にへたり込んだ。
「……ごめんなさい、ごめんなさい味噌美。違うの、私、陽都野妖狐と組む以上にあなたの魅力を引き出す方法が思いつかなかったの……!」
「でも、あなたがしたことは犯罪です」
人が着ている衣服を故意に汚すのは暴行罪の前例もありますから、非親告罪ですしねと、思いついたように付け加えながら杉菜はメモリを拾う。
「あなたがするべきことは、味噌美さんも妖狐さんも納得できるユニットの形を考えて提案することだった。メモリの所持も違法です。では、あとは警察に任せるということで……」
杉菜はそう言って、ガシッとマネージャーの腕を掴み、ちらりと妖狐を見た。
「……あの、姫芝さん」
「なんですか?」
「調査してもらったのに、こんなこと言うのはアレなんですけれど……マネージャーさんのこと、私達で決めちゃダメですか?」
妖狐の言葉に、マネージャーと味噌美は思わず目を見開いた。
「えっ……」
「マネージャーさんが捕まっても、先輩のスキャンダルになって損しますし……認めたくはないんですけれど、今回ので確かに事務所所属だったら、いきなり衣装ダメにしたからで参加取りやめにするイベントに代わりの誰かに行ってもらうとか、他に色々できることあったかなって思ったところはあったんです。インクに詳しい、笑顔と服装が個性的な方がいなかったら衣装も台無しのままでしたし……」
綺麗になった衣装を見ながら、妖狐はやり方は悪かったけどと付け加える。
「前はすげなく断ってしまいましたけれど、エージェント契約? 契約の内容を先輩も交えてもっと詰めていって、納得のいくものを出すことに協力してもらう……って形で償ってもらおうかなと」
法人じゃないから寄付できなかった陽都の団体とかありますしねと妖狐は笑い、マネージャーはありがとうと地面に頭を擦り付けた。
「妖狐さんがそうしたいならば、私達は止めません。探偵は警察じゃないですし、人はやり直せるものだと思ってますから」
依頼主の利益が第一ですと杉菜はそう言った。
『姫芝も前科持ちだしね』
杉菜のイヤホンに猗鈴の声が届く。子供の頃より少し低い、十九歳の猗鈴の声だ。
「……余計なことを言わないでください」
杉菜は口元を隠しながら、小声で襟元のマイクにそう話しかけた。
『子供の私の推理を元に得意げに推理を語った挙句、三文芝居を聞かされたから……』
「……姫芝さん? どうかしましたか?」
「いや、なんでもないです。警察には連れていきませんが、病院には連れていきましょう。メモリの副作用は存外危険ですからね」
杉菜はそう言うと、イヤホンを外した。
「……そっちの事件は片付きましたか?」
公竜はカウンターに座る猗鈴にそう声をかけた。子供の姿ではなく元の大人の姿で、いつも通り隣に座っている便五よりも背も高い。
「はい、戦わずに済んだみたいです。」
じゃあ、青葉さんに作戦終了と大学使わせてもらったお礼の電話しておく、とカウンターの中で天青は電話を取った。
「では、猗鈴さんが縮んでいた間の情報共有の続きをしましょう。組織について、鳥羽は妹からかなり詳細な情報を得ていました」
「天青さん達が推定した本拠地の位置とかは一致しました?」
恵理座が偽の情報をつかまされていたら可能性もないわけではない。
「えぇ。鳥羽の資料に過去の日付で書かれていた幾つかの施設が、吸血鬼王や風切王果の襲撃で破壊された施設とも一致します。かなり確度が高い情報です」
公竜はそう言って、ガムシロップを四つ机の上に並べた。
「現在、リヴァイアモンとのパイプを持っている組織の人間。つまりは、絶対に逃がせない人間は三人います」
「三人……本庄義輝、小林さんの妹の未来さん、そして姉さん……」
猗鈴はそう神妙に口にしたが公竜は首を横に振った。
「妹は、メモリの影響が強く意識が飛ぶ事もあるためにリヴァイアモンとの通信ツールは持たされていないそうです。まぁ……本当かはわかりませんが」
「でも、最高幹部は姉さん含めて四人、未来さんが持っていないなら、風切王果が倒したと口にしていた幹部がまだ……?」
「そっちは僕の仲間が死体を確認しました。もう一人、秦野という男がいるそうです」
「秦野……?」
猗鈴は全く知らない名前だった。
「姫芝さんによると、夏音さんの側について秘書か召使の様に振る舞っていたそうで、自分の前任の幹部の直属ぐらいに見ていたそうですが……妹の証言によるとリヴァイアモンの直属の部下が人に寄生した男で、最高幹部の近くで組織の成り行きを見守りリヴァイアモンに伝える、監査役というのが実態の様です」
「組織運営から一歩引いたところにいることで、その時々の組織が沈みそうならそこから逃げてやり直す。そういう役目……ですか?」
「その様です。養護施設から情報を調達してくる蝶野を失い、新たな幹部を本庄は補充できなくなりました。幹部をこれ以上減らす前に倒さないともしかすると……」
妹よりも優先しなければいけないかもしれない。そこに公竜が葛藤しているのは人の顔を読むのが苦手な猗鈴にも見て取れた。
「天青さん」
「なに?」
「未来さんに最優先で接触、未来さんに秦野を呼び出してもらって秦野を倒し、その後姉さんや本庄を相手にする……という順番でいいんですよね」
「もちろん」
天青は、既に盛実から未来との連絡手段があることを聞いていたが、あえてそれは伏せた。
蝶野の鱗粉で子供にされていた人達は、これから猗鈴の情報を元に回復させる予定になっているし、未来の腹心の部下らしい女も容体が重く思う様に話が聞けていない。
情報がもう少し出るまで、天青は置いておくべきだと思った。
今はまだ、接触するには早い。
瓦礫の山の中央に、少しくすんだ金髪の女と、似た様な髪色の男がいた。
「本庄様との戦い、お見事でした。決着はつきませんでしたが」
地面に残る爪痕、焦げ跡、何が通ったらこうなるのか、綺麗に丸く貫かれたような痕もある。
「……天崎、私は組織を辞める」
未来は男に向けてそう呟き、自分の胸に突き刺さった鉄筋を引き抜いた。
「ミラーカ様、今なんと?」
「……私は、組織を辞めるの」
せめて本庄だけはと挑んで三日三晩、建物は更地になったが本城を殺すことはできなかった。
吸血鬼は心臓を杭で貫かれれば死ぬ、未来は死にはしないが擬似的な死、活動停止状態に追い込まれ、本庄は去った。
「あぁ……聞き間違いではなかったのですね。組織を抜けてお母様のところへ行かれるのですか? 確かに組織はもう泥舟……強者の組織ではなくなりましたものね。もちろんお供しますとも」
次はどこで死を振りまくのですかというその男から、未来は目を背けた。
「天崎、自首しなさい」
「……はい?」
「自首しなさい天崎。私も罪を償います、だから……」
あなたもと、口にしようとする未来に対して、の天崎と呼ばれた男の返事は、地団駄だった。
「……違うでしょう? ミラーカ様、そんな言葉を口にしてはいけない」
男は、懐から銀色に塗られたメモリを取り出した。
「ミラーカ様は、組織最凶で、理不尽な強さの暴力の化身……」
『ホーリー『ホ『ホ『ホ『ホ『ホーリーエンジェモン 』
メモリのボタンをガチガチと連打しながら天崎は呟く。
「そうでしょう?」
「ち、違う。私達は、人としてその罪を償わないと……」
はーと天崎はひどく大きなため息をついた。
「……本当に何を言ってるんです? 貴女は人ではないでしょう? 人だなんてそんなこと言わないでください。グロテスクで、暴力的で夜の闇の中に血と同じ色のを瞳を輝かせる最凶の吸血鬼。それが貴女だ」
「違うッ!」
「嘆かわしい……僕達はメモリを使えばすぐに狂う様な虫達とは違うのに、そのトップにいるあなたが自分が特別だと自覚していない」
天崎はそう言うと、懐から輸血パックを取り出して掲げた。
「……なんの、つもり?」
「化け物と是非自覚していただきたいと思いまして」
さらにカッターナイフを取り出すと、天崎はそれを輸血パックに突き刺し、地面に落とすと思いっきり踏みつけた。
血が噴き出し、天井にまで降りかかる。
それを見て、未来はマスクの上から自分の鼻を押さえた。
「……少し安心しましたよ」
天崎はそう嬉しそうに言って、未来の足元を指差した。
「ミラーカ様、涎が垂れていらっしゃいますよ? 人間は、血を見て嫌悪感を拗らせることはあっても、涎をこぼすことはないのです」
未来は自分の足元にぼたぼたと溢れている涎を溢れさせない様にぐっと口元を引き締めながら天崎を睨んだ。
「……なぜ我慢するのです。理解できない……あなたの希望になる様な者を殺せば、また破壊の権化となって頂けますか?」
にたぁと笑い、天崎は自分の腕にメモリを挿すとその姿を八枚翼の天使へと変化させる。
「ま、待て天崎!」
伸ばした手に、自分を刺せと言わんばかりに懐から飛び出したネオヴァンデモンメモリが収まる。
天崎はそれを見て満面の笑みを浮かべた。
「どうぞ、そのネオヴァンデモンの力で私を殺してお止めください。貴女から見た僕は、僕から見たその他と同じ、虫を諭すなどらしくない。気に食わなければ潰せばいいのです」
使うべきか、使わないべきか、迷っている間に天崎はその場を後にした。
後に残されたのは未来だけ。
「私は、なれない……」
斎藤盛実の皮を剥がされた結木蘭の様に、鳥羽恵理座の様に、美園夏音の様に、なれない。
血の衝動に耐えながら、一歩ずつその場から離れる。
化け物じゃない、心が人間ならば、心が人間ならば。
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へりこにあん
2023年10月05日
In デジモン創作サロン
二人きりになった天青と公竜は、さて、と切り出した。
「本庄についてどれくらい把握している? 私達が調べた時には普通の人間という感じだったけど……違うんですよね?」
公竜はパスワードを入力しながら頷いた。
「……本庄善輝は元公安、ハッキングかなんかで調べて手に入る情報は公安の操作したダミーだと思って頂いて間違いないです」
「メモリは強力な肉体と発電能力の様だけど……」
メモリの能力に加えて副産物的な能力のあるなしは大きい。
天青は常にデジモンの五感があることで後手に回ることがほぼないし、杉菜に生身でも残る驚異的なしぶとさがなければ死んでいたかもしれない場面もいくつかある。夏音も不死が生身にも付与されるものでなければ死んでいただろう。
「そうですね。本庄は電気を溜め込むデジモンの体質を持って産まれてきた。公安はそれをコントロールさせることで、素手でパソコンのメモリを破壊できる程にしました」
「蝶野が人の記憶を、本庄が機械の記録を消していたってこと」
だから二人は組んでいて、組織に移ってもそれなりの関係があった。
「公安の、座天使派閥の中でも汚れ役が彼等の仕事。過去、貴方達に関わった時もそうでした……そして、その件にまつわる公安内部の責任追及の結果、公安を首になった」
「こっちで公安が大きく関わった部分というと……」
「ご存知の通りです」
天青の脳裏にかつて見た盛実の姿、太ももから血を流し泣き喚く姿が思い浮かぶ。
「……博士を撃ったのは」
「おそらく彼等。彼等は、座天使派閥にとって都合が悪いものを消すのが主な仕事だった」
公竜は、平気なように振る舞っていたが、ドアノブ を握る手に力が入り過ぎているのが天青には見てとれた。
天青と同じ高校に通っていた女生徒を撃ち、鳥羽恵理座という公安を産み出したのも彼等だということ。
家の中に入り、さてと公竜は振り返った。
「ここが妹の育った家です。見たいのはここにおいてきた資料ですか?」
天青はそれもあると言うと、部屋の中の写真を撮り出した。
「それも持って帰りますけど、一番知りたいのは……妹さんの気持ち。今、片付いた部屋を見る感じ、私には彼女が公安を憎んでいたとは思えなくなった」
「……そうですか?」
ここ数年人の入った痕跡のないリビングやキッチンに天青は足を踏み入れた。
「食器は棚にしまわれ、数年以上持つ缶詰なんかは置いて行っている一方、冷蔵庫の中には何も物が残されていない」
冷蔵庫の中は古いものであることは見てとれたが、放置される前に綺麗に掃除されていたことは疑う余地がなかった。
「多分、妹さんはここを出た時、いつかまたここに戻ってくるつもりだった。この家を大切に思っていた」
そうでなければ、どうなってもいいと思っただろう。綺麗に残したいと思ったから、掃除してから出てきたのだ。
「……小林さん、ここに妹さんを軟禁していたと思われる公安職員の足取りって調べました?」
その人ならば、未来がどう育ったかをちゃんと知っているだろうと天青は思った。
「軽井命は、失踪して行方が掴めていません。時期はおよそ、五年前。死んだものと考えられていますが……」
「……五年前。あの爆発テロ……組織に大きな動きがあった年、彼女は組織のことを調べて?」
「そこまではなんとも。彼女が書いた妹の観察記録は上にありますが、彼女自身の記録はほぼないです」
天青は公竜の後ろをついて歩いていると、ふと、足を止めた。
「……どうしました?」
「いや、別に何も……ただ、何かが気配がしたような気がしただけです」
気のせいだろうと天青は思いつつ、何か釈然としないものが胸に残った。
「こんにちはー、姫芝女史はいらっしゃるかな?」
「あれ、マイスター?」
夏祭りで出店に混じってカードゲームの大会を開いていたおもちゃの森田の店長だった。なお、名前は森田ではない。
「そういう便五くんはなぜカウンターの内側に?」
「彼はバイトです。本日は何用で?」
「いや、彼がね……」
杉菜の疑問に答えるように、マイスターは自分の後ろを歩く人物に道を譲った。
「やぁ、雑草今生姫芝くん! アレからもヒーローやってるみたいで何より!」
「……あー、×モン製作者の代田さん。脱獄してきたんですか?」
××(チョメチョメ)モンスター。陽都の都市部の一部で局地的に大流行している発売会社が半年で倒産したカードゲーム。倒産の際におもちゃの森田ただ一店が全ての在庫を引き取り、現在はばら撒き価格で販売している。
杉菜は永花の病室でその存在を知り、吸血鬼王によってメモリによって暴走していた×モン製作者の代田を×モンで下して自首させていた。
「それもできなくはなかったけど、正規の手続きで保釈されたんだよ」
道案内ありがとう店長、コーヒー一杯ぐらい奢るよと代田が言うと、店長は大丈夫と笑った後ぐっと親指を立てて帰っていく。
「警察署がアレだから、中にある留置所もすごいことなっちゃって、脱獄者もいっぱい出て……今の状況だと僕みたいな逃げる気なさそうなのはいるだけ仮の留置所とかの場所取るんで保釈請求して下さいというわけさ」
「なるほど、それで、今はどうしてるんですか?」
「店長のお陰で元社長とイラスト・フレーバー担当と合流して……今はこれを作ってる!」
そう言って、わりともたもたしながら鞄からノートパソコンを取り出し、あるアプリを起動した。
『××モンスター カードアリーナ』
素人らしい女性の声でそんな音声が流れる。
「×モンをアプリにしたんですか」
杉菜はへぇと思わず素直に驚きを口に出した。
「すごいんですよ、これ。結構ちゃんと処理してくれるんです!」
「……なんでお兄さんが得意げな顔を?」
猗鈴の疑問に、へへっと便五は鼻の頭を擦った。
「米山君はこの街で一番カード環境を把握してる一人だと聞いたから、デッキ構築についてアドバイスをもらったし、テストプレイも付き合ってもらったんだよ」
「カード数が多過ぎるからね。このゲームは構築済みデッキで遊ぶアプリなんだけど、見栄えがするテーマを中心に相性とか考えて幾つか収録テーマを提案したんだ」
妙に生き生きしてるなと猗鈴は思ったが、特に害もないので放置することにした。
「そうそう、で、遊べるモードは、今はフリーの対人戦とフリーのCPU戦。あと申し訳程度のストーリーモード……CPUに対して勝ち抜きするモードだけ」
「はぁ……で、今日は私にその報告をしに? 一応喫茶店なので長くなるならコーヒーぐらい注文してもらえると嬉しいんですが」
杉菜の言葉に、代田はカウンター席に座った。
「あ、じゃあコーヒーホットで。いや、でさ。自慢だけしに来たんじゃなくて……実は、お願いしたいことがあって」
「お願いしたいこと、ですか」
「プレイヤー代理のキャラに姫芝さんモデルのキャラを使いたいんだよ」
「……まぁ、いいですが、『雑草今生』テーマは収録してるんですか?」
「してるしてる。というか最初にそれだけ決めた。雑草今生シリーズは絵もいかにもって感じのモンスター感があるし、ロマン火力もあり、墓地利用っていうのが一貫しててどんなことができるゲームかって知ってもらうのにちょうどいいからね」
めちゃくちゃあの日に影響されてるなと思いつつ、杉菜はまぁいいかなと思った。永花もやるかもしれないし。
「いいですよ、扱いも悪くないみたいですし」
「やったー!!」
「しかし、アプリだけ作っても宣伝とかできるんですか?」
「……あぁ、それは……」
代田はもごもごと言い淀んだ。
「この前、陽都のご当地バーチャル配信者の人が×モンに興味持って連絡くれたって話してませんでしたっけ?」
便五の言葉に代田は苦い顔をした。
「それは、そうなんだけど……陽都野妖狐(ヨウトノヨウコ)さん、なんか来れなくなりそうらしくて」
「……来れなく? バーチャル配信者って仮想現実で……つまりは現実以外で活動するんじゃないんですか?」
杉菜の疑問に、それはそうなんだけどと代田は続ける。
「陽都の布教活動てるんだけどね、彼女。バーチャルじゃ食リポとか観光スポットの紹介できないので、立ち絵を再現したコスプレでしてるんだよ」
「バーチャル配信者ってそんなとこまでまだ含める概念なんですか?」
そう問う杉菜に答えたのは便五だった。
「僕も詳しくはないんですけど、始まりはアニメ内のアイドルキャラの作中歌を本当にそういうアイドルがいる体で売り始めた1980年代まで遡るらしく、その後、ラジオ内の企画では写真集の発売も行われたとそうですし、アイドル育成ゲームでバーチャルアイドルの需要が広がっていき、ボイスロイドの発売によって企業だけがするものからユーザーの手でできるものになって『アイドル』以上の需要、話したり喋ったりというものが生まれ、世界初を自称するバーチャル配信者は2016年に生まれました。ゲーム配信から悩み相談、生放送でのコメント返しなど、ファンと距離が近いのが強みで、商業個人含めて話題になった数年で1000人を超えるバーチャル配信者が生まれ……技術の進歩により、背景を透かせるスクリーンなどが現れたことでリアルイベントの類も増え……」
「お兄さん、長い。まとめて」
「多様化してますし、遡れば架空のキャラクターを演じていればvirtualに近い扱いだったので、キャラ遵守してる以上はvirtualと言えなくはないです」
この動画見て、と見せてくれた動画には、巫女服の様な服を着て狐耳や尻尾をつけた妙齢の女性が写っていて、実は小麦の産地、陽都の新イベント!! 陽都カレーうどんフェス!!という看板の前で服にカレーを飛ばしながらうどんを啜っていた。
白地にカレーが飛ぶ様を杉菜はどうかと思ったが、
『私染色補正技能士持ってるから!』
『こんな美味しいんだから味わうことに集中しなきゃ!』
と言いながら豪快に啜る様は、応援したくなる愛嬌がある。テーブルの上に紙ナプキンが準備されているのに気づかない事をコメントでつっこまれてもいたが。
「僕も話聞いてから初めて見たんだけど、自分で『うわキツモード』とか言っていて……」
「……その『うわキツモード』に何かあったの?」
杉菜がうわキツってと躊躇っていたからか、猗鈴が代わりにそう聞いた。
「それが……変なコスプレしたやつに変な色つけられたって言ってるんだよ。なんか普通に洗っても落ちないらしくて、衣装を新調するお金もなくてどうしようかなって感じ、らしいよ」
代田はどうしようねと肩をすくめた。
「染色補正技能士持ってるのに落とせないってよっぽどですね……」
杉菜は神妙に頷いた。
「そうなの?」
「しみ抜きで唯一の国家資格です。私も民間のちょっとした資格は持ってますが、かなり有用な資格ですよ」
ところで、と杉菜は続ける。
「×モンアプリの説明だけならバーチャルでできるんじゃないですか?」
「僕もそう言ったんだけど、×モンの『ゲームとしての面白さ』はやってもらえばわかるけど、『話題としての面白さ』は、陽都内でさらに局所的な大人気コンテンツである点にあるから宣伝効果が落ちてしまう。それじゃ魅力が全然伝わらないから、なんとかしてみるって……」
「何とかって……新調するお金なくて汚れも落ちないんですよね?」
それでどうするというのかと杉菜が言うと、代田は首を傾げた。
「うーん……実は今日、ここで打ち合わせする予定なんだよね。そこで詳しい話を聞く感じ」
「まぁ、いいですけれども先に言って欲しかったですね……」
五分もしないうちにカランコロンと玄関のベルが鳴って、普通にワイシャツとジーンズに、狐耳と尻尾を付けたまぁ妙齢ではあるが若干しょぼくれた雰囲気の女性が入ってきた。
「妖狐さん、こっちこっちー」
代田はひらひらと手を振ってその女性を呼んだ。
「あ、どうもー……いや、この度は迷惑おかけしてます」
申し訳なさそうにその女性はカウンターの代田の隣に座った。
「……普段からその格好なんですか?」
思わず杉菜の口から疑問が漏れた。
「あ、はい。妖狐として活動する時は基本これです。打ち合わせするんでちょっとうるさくするかもしれないですけど大丈夫ですかね……?」
「いいですよ。他に客いませんし」
すみませんじゃあアメリカンをと、妖狐は頭を下げ注文する。
事後承諾されるよりは幾分まともだが、格好が常識人として受け入れることを困難にさせる。
「衣装は汚されたって聞きましたけれど……」
「はい、でも耳と尻尾だけなら毛の分け目いじったり汚れたとこ切ったりしたら何とかなりそうでして……巫女服は通販で安いのをとりあえず買うつもりで……」
こういうやつ、と見せてきたのは、4000円程の巫女服のページだった。生地も薄く、ハロウィンではしゃぎたいだけの若者にしか許されないようなクオリティに見える。
「……もう少しお金出せないんですか?」
「投げ銭とか受け付けてないので、本業の方のお金から出さなきゃで……」
テレビ出る時とかはもらってますけど、日々の配信で消えるのでと妖狐は苦笑いした。
「なんで受け付けないんですか?」
「私の配信にお金出して、お金払って欲しい陽都の魅力的な部分に払うお金なくなっちゃったら本末転倒じゃないですか」
「妖狐さんの眷属達……リスナーさん達は陽都にふるさと納税したり、通販で妖狐さんおすすめの商品を買うことをお賽銭と呼んでいるんです」
「お兄さん、黙って」
はい、とおとなしく便五は口を閉じた。
「汚れ、そんなにひどいものだったんですか?」
隠してはいるんですけど、と妖狐が尻尾の毛を分けて中に隠した汚れた部分を見せる。ペンキとはまた違って、綺麗に染まった原色の紫色は、黄色い毛に悪い意味でよく映えた。
「……これはひどい。犯人はもう捕まったんですか?」
「いえ……今の陽都の警察ってやばいじゃないですか。それで、そんな事件に構ってられるかって、ろくに話も……」
「それは、困りましたね……動画の撮影中に来たんでしょう? 子供達に何かあるかもしれないのは……」
「それは、そうですね……」
ちらっと、猗鈴の視線が杉菜に向いた。それに気づかずとも、杉菜はコーヒーミルを挽く手を止めた。
「よかったら、話聞かせてください。私達は探偵もしているので」
「探偵……って、お高いんでしょう?」
妖狐はお金が、と渋る。
「探偵の値段は大概は人件費と使う時間の値段です。喫茶店の店番の業務をしながら話を聞いて、それでどうにかなる分にはお題は喫茶店の分で大丈夫でしょう」
それ、大丈夫かなと便五は思ったが、喫茶店の隅でパソコンと向き合っていた盛実が『マスターもそういうことするからOK』とタブレットに書いて掲げていた。
「じゃ、じゃあ……」
妖狐がそうして話し始めようとする後ろで、盛実はさらにタブレットに何かを書いて掲げた。
『犯人はデジメモリを使っている』
『ネットで動画が出回っている』
「……妖狐さん、犯行時の動画とかありますか?」
そうして見せてもらった動画は、陽都に出ている時のものだった。
陽都南商店街カレーフェスという看板の前で、妖狐がレポートイベントの概要を述べている。そして、食べ終わると同時にどこからか巨大なペンが飛んで来て妖狐の足元で炸裂し、七色のインクを撒き散らした。
カメラがぐるんと動いてペンが飛んで来た方向を向く。すると、円筒状の子供の描いた絵を形にしたようなロボットのようなデジモンがいた。
『ネットでも現実でも目障りなんだよ』
『Vだかご当地キャラだかもわからない中途半端なやつがでしゃばるな!』
『本物のV配信者の努力を愚弄しやがって!』
『キーホルダーなんて大事にしてみみっちい!』
矢継ぎ早に罵ると、そのデジモンは見た目と裏腹の機敏な動きでどすどす走って去っていく。
それを見て、ちらと杉菜が顔を上げると盛実がタブレットを持ち上げているのが見えた。
『デジモン由来のインクなら、私、落とせるかも』
「……妖狐さん。尻尾って取ってもらえます? インクに詳しい人間がいまして」
「え、でもここから離れて調べてもらうのは……」
「大丈夫です。そこにいるので」
盛実は汚い笑顔を浮かべて妖狐が外した尻尾を受け取ると、地下に消えていく。
「……あの人、信用していい人ですか?」
「信用していい人です。インクを調べるのはあの人に任せて……犯人に心当たりはありますか?」
杉菜の言葉に妖狐は悩みながら首を傾げた。
「……実は、この日にここに行くことってまがまぁ急に決まって、本業忙しかったんで当日になるまで告知し忘れてたんです」
「と、いうことは知ってるのは関係者……マネージャーとかは?」
「個人でやってるのでいません。それに、商店街の人達は呼んでくれた広報の人以外は結構おじいちゃんおばあちゃんだらけで、なんか有名人が来るらしいぐらいしかまだ聞いてなかったみたいなんです」
きつねちゃんって呼ばれるぐらいの認知され方でした、と妖狐は続けた。
「なるほど……その広報の人は?」
「さっきの動画でカメラ持ってもらってます」
そうじゃなくとも、わざわざ呼んだ時点で違うだろうなと、口を挟まず話を聞いてた猗鈴は思った。
メモリを使えば姿から身元は割れない。自分が関わるイベントで襲えば必ず一度は疑われるが、他人のイベントならそもそも疑われない。陽都野妖狐は陽都が拠点、なかなか行ける範囲のイベントに来ないから誘い込んだというわけでもないだろう。
「他に知っていた人は?」
「えっと……あ、直前に別の企画の打ち合わせをした他のV達との雑談で、ちょっとだけ宣伝しました」
V、バーチャル配信者を縮めて呼ぶとそうなる。
「その人達は……」
「ほぼ動画サイトとSNSのアカウントしか知らないですし……みんないい人なんですよ?」
考えられないと妖狐は言った。
「一応、可能性は全部潰すと思って……」
「えっと……まずは、鯖野味噌美(サバノ ミソミ)先輩ですね」
「鯖野味噌美」
陽都野妖狐もそうだったが、みんなそんな名前なのかと杉菜は内心思ったが顔には出さない様努めた。
「私に個人Vのイロハを教えてくれた先輩で、個人だったのが人気が出て大手事務所にスカウトされた先輩です。元々の声もかわいくて、中の人が本当に高校の先輩なんですが、趣味が料理でそれが高じて、今は関東ローカルのバラエティ番組で不定期料理コーナーを持っていて……打ち合わせもそのコーナーの打ち合わせなんです。私と他二人のゲストがお邪魔して、ゲストに合わせて先輩がレシピを出して料理初心者のアイドルがその料理を作るっていう……」
「食リポとか取る時には集まるの?」
「それで、事前に打ち合わせしたんです。実際に先輩のお手本見ながら作って食べて感想出して、コメント被らない様にって……」
「他二人とアイドルが一人、後三人がその場にいたんですね」
「そうです。天鈴(アマスズ)ザピナさんと、めせぬっぽさん。あと、川越竜人さんです」
「天鈴ザピナ……なんか曲は聞いたことあるかも」
「そうです。ザピナさんは声がとにかく透き通るみたいな感じで、歌が人気でユニットではありますけど大きなドームとかでライブもしている、この中では一番の大物です」
「めせぬっぽさんは……?」
「めせぬっぽさんは、なんか、お酒飲みながらゲーム配信とかしてる配信者の人ですね。喋りが達者で、この人は個人V、動画内だとだらしない人ですけれど、打ち合わせは真面目で丁寧でした」
だからやっぱり違うと思うんですよと妖狐は呟く。
「川越竜人は聞いたこともないけど……」
「若手アイドルです。先輩アイドルのバーターなんですが、いい子で、この番組だとレギュラーです。普通、こういう小さいコーナーだと打ち合わせはディレクターとかとだけやるんですけど、Vの私達は私以外現場に直接出向かないので、ちゃんと挨拶したいって言ったらしくて今回特別に集まったんです」
「みんなジャンル違いすぎない……? 何作るの?」
杉菜の言葉に、妖狐は写真を見せた。
「鯖味噌さといもバイです。陽都はさといもの収穫量が全国指折りなのは常識ですからね」
常識だろうかと杉菜は思ったが、何も言わなかった。
市販のパイシートの上に里芋と鯖味噌と調味料を混ぜて乗せ、上にチーズをたっぷりかけて魚焼きグリルで焼くんですと妖狐は説明した。
「とりあえず、知ってるのがその四人ならば……」
「鯖野味噌美さんとめせぬっぽさん、川越竜人は一応、アリバイがある」
猗鈴はそう言いながら、スマートフォンの画面を見せた。
「今検索した。二人はこの時間、それぞれ生配信をしてる。鯖野味噌美さんは雑談配信、めせぬっぽさんはゲーム配信で、川越竜人はSNSで前日から先輩のバックダンサーをしているって呟いてる……札幌で」
「札幌は無理としていいと思うんですが……配信中に席を外すことは?」
杉菜の問いに妖狐は首を横に振る。
「ゲーム配信なら、ネタバレとか防ぐ為にコメントを見ない時間を作る人もいるので作れるかもしれませんけれど、雑談配信はリスナーと雑談するのが肝ですし、まず無理です。それに、二人ともそんな人じゃないです」
「ちなみに、この中で陽都に住んでる人は?」
「鯖野味噌美先輩は陽都に住んでます。高校の先輩ですし……他の二人は本当に知らないです。実際の収録も今はちゃんと機材揃えればほとんどラグとかも出ませんから収録の為にスタジオで顔を合わすこともなくて……」
だからこの打ち合わせも本当に珍しいことなんだと、普段の接点はほぼないんだと妖狐は強調した。
「……テレビ出る時は、正直私は実際の顔出しの方が多いんです。バーチャル配信者というよりもご当地キャラ的で……そういうのが気に食わないって中傷はよく来るんです」
だから、誰とも知れない人なんだと思いますと妖狐は言った。
「確かに、誹謗中傷は人気に伴って増えると聞くし、たまたま陽都に住んでいるアンチがいて、虎視眈々とチャンスを狙っていたというのは決してない話じゃない。そうなると、防ぐのは難しい」
代田の言葉に杉菜は確かにと頷いた。今の組織は風切王果や吸血鬼王の手でボロボロになっている、まともにメモリを売買できるとも思えない。既に買っていてチャンスを狙っていたと考える方がありそうではある。
「キーホルダー……キーホルダーを大事にしてるんですか?」
不意に猗鈴がそう口に出した。
「え?」
「あのデジモン、キーホルダーを大事にしててみみっちいとか言ってたから……」
確かに、その言葉は他と毛色が違った。他はバーチャル配信者としてのあり方に対するものだったのに。
「えっと、私、高校の時に蒲焼子先輩と陽都動物公園遊びに行った時に買ったカメレオンのキーホルダー大事にしてて、そういうのから見える私との関係が気に食わないってことなんですかね……あ、でも、私放送ではキーホルダーのこと言ってない……」
「本当ですか?」
「味噌煮子先輩の身バレに繋がるので……でも打ち合わせの時には喋った気がする、私とやたら仲良いのをリアルの後輩だって味噌煮子先輩が口走ったから……」
マネージャーさんには止められてたけど、と妖狐は口にした。
「じゃあ、やっぱり打ち合わせしてた中に犯人がいる……」
「だけど、四人のうち三人はアリバイがある。今、めせぬっぽのファンサイトを見てたんだけど、一週間前に生放送してる時に選挙カーの音が入って自宅が地域バレしたらしい」
便五の言葉に、猗鈴が食いつく。
「どこ?」
「愛媛県。仮にゲーム配信のプレイ中の部分が録画だったとしても、一時間半の放送の最初と最後はコメントを拾っている。関東にある陽都との間を往復するには遠過ぎる」
「じゃあ、甘鈴ザピナが?」
「消去法だとそう。キーホルダーのことしれるのはその三人、うち二人はアリバイがある。となれば答えは一つ」
猗鈴の言葉に、杉菜は微妙に眉根を寄せた。
「……何か変なとこあった?」
そう問うと、杉菜は首を傾げた。
「この犯人の言う本物のVって何を指してるんでしょう」
「実写コスプレ(うわキツモード)しないってことなんじゃ……」
代田の言葉にそれも含まれるでしょうがと杉菜は続ける。
「あまり詳しくないんですが……Vという呼び方は主に配信者として力を入れている人に向けたものですよね」
「……確かに。甘鈴ザピナのチャンネルはMVがほとんどで、ゲームや実況、雑談とかの配信は基本ない……歌い手とか、先祖返りしてバーチャルアイドルに近いかも」
お兄さん色々詳しいねと猗鈴に言われて、便五は少し顔を赤くした。
「それもそうですし、甘鈴ザピナさんはご当地の私と違って全国区。地元の紹介や地元モチーフのゲームの配信がメインの私とは需要も被らないはずです」
妖狐もそう続けた。
「アリバイはないが動機もない。でも残り二人はアリバイがある。そして、知ってるのはこの四人のはず……なにかアリバイトリックが……?」
「なら動画に何か映ってるかも」
杉菜の言葉に、猗鈴は鯖野味噌美の動画を見始めた。
『ぼんじゅー、鯖? 鯖野味噌美です』
鯖缶をイメージしているのだろうか、頭の上にプルタブのついた缶の蓋の様な輪っかを浮かべ、ピッタリとした服を着たその女性は、そう言ってにこにこ笑っていた。
『今日は、予告通りの雑談配信です! 今日はね、マネージャーが病欠なので、久しぶりに一人で機材使うから時々喋り止まるかもだけど、群れのみんな勘弁してね』
味噌美ファンは群れと呼ばれるんですと妖狐が補足した。
『お、マネージャーのお見舞い代? いなりずし子さんありがとー! マネージャーが復帰したらご飯でも奢ってあげることにするね!』
『そういえば、いなりずし子さんで思い出したんだけど、いなりずしのレシピ。この前やったやつ覚えてる? 上手く包めなかったってコメント結構あったよね。分厚い油揚げを選んだのにっていうのが多かったんだけど、厚いやつより薄い方がやりやすいかも。端っこも綺麗に開けなそうだったら開けたい端を切り落としちゃってもOK、切り落とした揚げは細かく刻んで酢飯に混ぜちゃっていいからね』
『お、磯部牧彦さん、いなりで思い出したけど、妖狐ちゃんと最近コラボしてないね……そうだねぇ〜……事務所所属になってからちょっと疎遠になっちゃったね……でも、多分近く一緒にお仕事する……いや、嘘ごめん。嘘じゃないけどごめん、まだ微妙だから言っちゃダメなやつ!』
先輩、こういうの天然でやるのがかわいいんですよと妖狐は笑う。
『あ、そういえば妖狐ちゃん今日ある、陽都南商店街カレーフェス? とかいうイベントに出るって。あの子カレー好きなんだよね、本格的なインドカレーより日本らしい家庭カレーみたいなやつ。あ、勝手に宣伝したらマネージャーに怒られるかな……?』
マネージャーに怯えてて草、鯖狐助かる、なんてコメントがコメント欄に散見する。
「……コメントへの反応も早いし、録画ではとても無理ですよ、やっぱり!」
妖狐はそう杉菜に話しかける。
「めせぬっぽは?」
そう言われて、猗鈴はスマホでめせぬっぽの動画を流し始める。
『はい、音大丈夫ー? じゃあ今日はゲーム配信という事なんだけど……美味しいおつまみを送るので、ファイナ◯ソードプレイしてくださいというお手紙が送られてきました』
今更? 2020年のクソゲーGP優勝作やぞ? とコメント欄がザワザワし出す。
『お前らの言いたいことはよくわかる。完全初見っていうには有名すぎるし、俺も断ろうかなぁと思ったんだけど……送られてきたおつまみギフトセット、一万ぐらいするし、やらずに食うのはなぁ……つまみに雑念は挟みたくないだろ?』
酒好きのおっちゃんみたいな気安いキャラが人気なんですと妖狐が捕捉する。
『とりあえず、義理を果たすため、画面にワイプを一つ増やしてな? こっちにギフトセットの残りの中身を表示してな? ワイプのミニ七輪で焼きながら酒を飲む。このギフトセットがなくなるまでにクリア目指すから、お前らガイドよろしく』
「うわ、この動画よく見たら一時間じゃなくて十時間あるよ」
代田がそう呟いた。
「コメントを拾いながらのプレイって感じみたいですし、これは途中で抜けるのは無理ですね……」
「となると、天鈴ザピナ……?」
杉菜と妖狐がそう話している中で、猗鈴は便五をちょいちょいと呼んだ。
「……お兄さん。ちょっとわかったかもしれない」
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へりこにあん
2023年9月10日
In デジモン創作サロン
ブラッディ⭐︎ロード 第一話【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-1hua-xing-noxia-wozheng-kuzhe (https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-buratudeirodo-di-1hua-xing-noxia-wozheng-kuzhe)】
ナイトロードのデビュー戦、その馬の走りは競馬界に衝撃を与えた。
ジョッキーの『ヨシダ』を名乗るヴァンデモンは身体から煙を上げ堂々と馬群最後方から差した。
史上初のデジモンジョッキーのデビュー戦での一着。
それを見た幾らかのファンの中には人間の積み上げてきた歴史に泥を塗られた様な苛立ちを感じたものがいた。それは、ヨシダがほぼ全て一人でこなしたという事にもよるだろう。
常識はずれの騎手の人間ではあり得ない光景を見せながらのレース。それが反感を買うことはある意味当たり前だった。
きっとズルだと誰かが声を上げ、それは誹謗中傷の波を呼んだ。それに対して止めに入ったのは、名の通ったベテランであり、ナイトロードのデビュー戦で二位になったフレアフラワーの騎手、松浦だった。
「ーー彼等の走りは他者への妨害ありきだった。という言説は、あのレースに関わっていた全ての騎手や競走馬、調教師達に対する侮辱となり得ると、私は考えております」
あのレースの日について会見をすると松浦が言い出した時、マスコミや大衆は、ヨシダをさらに叩けると思っていた。きっと非難するものだと思った。
しかしその目論見に反し、松浦は自分のことのように熱くヨシダとナイトロードを弁明した。
「ヨシダ氏はナイトロードの世話をほとんど一人で、JRAの厩舎ではなく自分の厩舎で行っています。レース後の尿検査で薬物反応が出なかったことは存じていますが、デジタルワールド由来の検出できない薬物を使っていたとは考えられませんか? レース中にヨシダ氏の皮膚が焼けて剥がれ後続の馬の方に飛んだのもカメラには映っております。ナイトロード以外の馬に何かしたと考えることもできるのではありませんか?」
一人の記者がそう質問した。つまり、レースに不正があったのではないのかと。
人間とデジモンの友好の為と形骸化してなきものとなりかけていた国の取り組み。それを利用し、ヨシダは試験に合格し、正規の資格を取得している。それはレース前にも話題になったニュース。
不正は、ヨシダの存在に反発する人達にとって唯一差別感情以外で避難できる理由だった。
「つまりあなたは、騎手の汗や抜け毛が後ろに飛んでいったら反則だと仰りたい訳ですね?」
松浦は毅然とした態度でそう返した。
「いや、そんなつもりは……」
「しかし、重要な視点ではあります。現在の薬物検査の項目は、デジタルワールドとの友好がまだ珍しい時期に作られたものです。確かに今の時代ならば、全ての関係者に検出されないデジタルワールド由来の不正をできる余地はあります」
思った風向きにいかないことに、記者はたじろいだ。
「薬物検査始め、デジタルワールドの存在に追いついていないのは競馬界の課題です。ヨシダ氏個人の課題ではありません。ヨシダ氏を初めデジモンの参入を受け入れることを決めた、私達競馬界全体が向き合うべき課題です」
そう強く主張した。
「……ヨシダ氏はナイトロードをJRAの厩舎にほぼ連れてきたことがないのはご存知ですか」
松浦はさらに続けた。
「その理由は、ヨシダ氏がいると馬が怯えると立ち入りを制限されたからです。そして、今ヨシダ氏は自費で用意した厩舎を使い、レース直前の調整ルームに入る時以外は一人でナイトロードの世話をしている。その状況に対して、世間が誤解し、不正の余地があると言われてもJRAは声を上げない」
さらにいうならば、と松浦は続ける。
「こうした誤解による騒動に対して、同じ騎手である私がこうした会見をしなければいけないことが残念です」
ヨシダ個人の反則から、責任の所在を競馬界にすり替え、それ以上の反論はまるで差別かのような空気が会見場に流れる。
「私は、ヨシダ氏に続いてさらにデジモンが競馬界に参戦してくれればと思っています。競馬は、デジモンと人が平等に競える類稀なスポーツです。この度は不安を抱かせてしまったこと、一人の競馬に携わるものとして謝罪させて頂くと共に、是非皆様には今後の競馬界の動向を見守り応援して頂けたらと、切に思います」
当事者でもないのに最後に深々と一礼。その会見は、それより後の世間の反応を大きく変える。ヨシダとナイトロードは、デジタルワールドからの侵略者から、競馬界に吹く新しい風、新しいスターとして扱われることになる。
会見を終え、ホテルの裏に松浦が用意していた車に乗り込むと、その後部座席には既にヨシダがいた。
「……驚いたな。なんでいるんだ」
「驚いたのは貴様だけではない。貴様が何故私を擁護するのかあまりに解せず気持ち悪いので話を聞きに来た」
ヨシダは眉間に皺を寄せ、松浦を睨みつけた。
「そうか、なら飯でも行こうか」
松浦はどさっと隣に腰掛けると、そのまま運転手に車を発進させるよう促した。
「……恐れんのか?」
「怖いさ、あれが騎手を初めてやるやつの覚悟の決まりっぷりかと! だが、お前達がすぐにフレアフラワーが負けることはなくなる」
ピクリとヨシダの眉が動いた。
「聞き捨てならんな」
「俺が思うに、お前の弱点は三つある」
松浦は指を三本立てた。
「一つ目は戦法だ。侮られてれば勝ちやすかろうがこう派手に勝った訳だからな、確実にマークされる。そうなるとレース経験の差や相手の研究ってのは影響してくる。人脈がないと入ってくる情報は限れるからな」
「……まぁ、せっかくだから続きも聞いてやろう」
今出てるのはわかってる事だがなと呟き、ヨシダは続きを促した。
「二つ目、一人で調教師から騎手から全部やることの無理だ。前日には俺達は『調整ルーム』に入らなきゃならん。一番デリケートなタイミングで側を離れ、普段いないとこに馬を入れておくのなんか避けるべきなのはわかるだろ?」
「会見ではまるで私がそれを強いられているように言っておきながら、自前で改善しろとは言うではないか」
そう返し、ヨシダが笑うと、松浦はポリポリと頭を軽くかいた。
「正直会見の時はそう思ってた。レースの時も丁寧に礼してたし、健気な奴だって噂を聞かされてたからな。でも、お前は違うわ、丁度いいからと全部一人でやってたろ」
「会見したことを後悔したか?」
「いんや、骨がありそうなやつでよかった。狙ってるんだろ? てっぺん」
松浦は、そう言ってヨシダの目を覗き込んだ。
ヨシダは、松浦を品定めしていた。騎手らしい小柄で細身の体躯、しかしそれは重量制限故で裾の隙間や首元を見ればその自己管理の余念のなさは見て取れる。この男も同じものを狙っている。
「無論だ。ナイトロードと私はこの世代の覇者となる」
「やっぱそうだよな! でも悪いな! 今後は全部フレアフラワーが勝たせてもらう!」
背中を無遠慮にバシバシと叩く松浦の手を、ヨシダは勝つのはナイトロードだと言いながら振り払う。
「……本気はわかった。だが、一人じゃ限界がある。人気になれば取材とかも増えてくる。一人じゃ対応しきれんだろ」
「取材など受けてやる理由がない。私達の目標はクラシック、そんな暇があるならばするべきことは他にいくらでもある。」
「へぇ、つまりはファン投票上位の馬が優先出走できる有馬記念と宝塚記念からは逃げるわけだ。3歳以上で人気以外は獲得賞金額の多い順に出走できる、日本最高峰のレースからは逃げるわけか」
チッとヨシダは舌打ちをした。
「……獲得賞金を稼げばいいだけだ。で、三つ目はなんだ」
「三つ目は……すまん、適当言った」
ふざけたやつだなとヨシダは怪訝な顔をしながらため息を吐いた。
「まぁ、それはいいが……貴様は私達に好意的すぎるな。何故貴様が私の味方をするかがますます解せなくなった」
そう言いながら、松浦を睨みつける。その圧に、松浦の額を冷や汗が伝った。
ヨシダと松浦は仲間ではない。レースでは敵同士、商売敵。敵に塩を送るのは大抵打算があってのことだ。
「……俺も聖人って訳じゃない。実は、うちの甥っ子がJRAの厩務員を辞めたがっててな?」
その言葉に、はぁとヨシダの口から呆れた声が出た。
「……それで、私にそいつを雇えと? 辞める理由が何かは知らんが、そんな欠陥厩務員を雇うな
さんて、理由がない」
「固いこと言うなよ、DWじゃどうか知らんが二人ぼっちの支配者(ロード)ってのも格好がつかんだろ」
競馬への造詣の深さは保証するからさ、と松浦は手を合わせた。
「……何も知らん新米を雇うよりはマシといえばマシだが、お前の甥なのが既に気に食わん」
「おいおい、ほぼ俺のことなんも知らないだろうに、もう俺は嫌われたのか?」
「お前みたいに気安く背中を叩いてきたりする様なのを部下に迎えるのは虫唾が走る」
それなら大丈夫、根暗だからと松浦は言ってヨシダと肩を組もうとする。しかし、それをヨシダは部分的にコウモリになってすり抜けた。
「まぁ、こっちで勝手に話しつけたって事にして向かわせるから、気が向いたら雇ってくれや。ちょっとなら血を吸ってもいいぞ!」
「……甥っ子のミイラが家に届いても泣くなよ。マツウラ」
ヨシダはそう言ってメモを一枚破いて後部座席に置くと、おもむろに窓を開けた。
「おい、ヨシダ! もう店着くぞ!?」
「貴様と食卓を囲むといつ言った」
後部座席でヨシダの姿が黒く溶け、無数の蝙蝠へと変わる。マジかと松浦が呟いている間に全ての蝙蝠は窓から外へ、そして空へと消えていった。
残されたメモには、住所と面接できる時間が書いてあった。
「……本当に行っちまったな、あいつ。行きつけの店だからカロリー計算とかも大丈夫だって先に言ってやるべきだったか……」
「松浦さーん……俺、めっちゃ怖かったんすけど……実際のところなんで化け物の肩持つんです? 甥っ子さん、再就職先はもう見つけたって言ってましたよね?」
運転手の若い男は、そう涙目で松浦に訊ねた。
「……大塚、お前今の競馬をどう思う?」
「え?」
大塚と呼ばれた男は、質問の意味を捉えかねていた。
「デジモンが現れて以降の競馬界の落ち込みっぷりたらないぜ? ユニモンだとかシマユニモンだとかデジモン達のレースはF1みたいなスピードを生身で出す。しかもその当人に直接インタビューができて感想も聞ける。ばんえい競馬なんてさらに悲惨だ、引ける重量の桁が違う」
「それは……そうっすけど! 競馬ってそうじゃないじゃないですか! そういう出鱈目じゃない生身の馬を鍛え抜いてやるのが……」
そう熱く大塚は語る。
「面白いよな? 馬がいて騎手がいて、コースの差と駆け引きもあって……でも、じゃあそれをどうやって知る?」
松浦はヨシダと話している時とは打って変わってずっと真顔だった。
「え……」
「派手なデジモン達だけで成立するスポーツが既存のスポーツを食って、メディアは金になるとこに食いつくから既存スポーツの露出は減る。オリンピックが『人間しか出ないからつまらない』と言われる時代に競馬がまだ生きてるのは、公営ギャンブルだからだ」
実際、近代競馬発祥の地イギリスでは、デジモンのスポーツギャンブルが当たり前に行われるようになって競馬はひどく衰退していることは、大塚も知っていた。
「それは……」
「だから新しく目を引かなきゃいけない。デジモンと人がフェアに競い合えることを一部の理事は押し出したい、でも保守派もまだ多いから、『現役騎手の独断の会見』でヨシダを擁護する必要があった訳だ」
「……」
大塚は何も言えなかった。
「今の競馬は夜の暗闇の中にいる、日が出るまでは時間がかかる。ヨシダとナイトロードはその暗闇の中に一筋の道を示してくれるかもしれない」
「確かに、そうっすね……」
「まぁ、受け売りだ受け売り! ヨシダを健気なやつとか吹き込んできたおっさんの言葉をどれだけ信じていいかはわからん! もっと大きいレースでバッキバキに仕上がったナイトロードとやってみたい。それ以上の理由はない!」
松浦はわははと笑った。
……なんだかあまりヨシダらしくないね。
「そうか、らしくないか」
ヨシダはボクの言葉にそう返しながらボクの毛にブラッシングをかける。
マツウラという二本足はボク達に親切で、世話してくれる二本足を紹介してくれる。しかも他の二本足みたいにヨシダを恐れて遠巻きにもしない。
ボクが逃げもしないと面白がって声をかけたのに、マツウラは気に入らないの?
「やつが私を恐れないのは悪くない。顔色を伺うばかりの人間と話すのもとうに飽いた」
じゃあいいじゃない。
「やつが私に気安く塩を送るのに抵抗がないのは私を見下しているからだ。騎手として自分の方が優秀であるとそう確信している」
ヨシダは不快そうにそう言った。
でも、あの日の『かけっこあそび』はボク達が勝ったよね?
「そうだな。そうだが、それだけでは測れないわけだ」
ヨシダの表情は険しくて、何か考えているようだった。でもまあボク、馬だから。難しいコトなんてわかんないだけど。
「まぁ、松浦の言葉にも確かにと思ってしまう部分はあった」
気に食わないという顔でブラシを置きながらヨシダは立ち上がった。
どこがそんな気になったのさ。
ボクが聞くと、ヨシダは答えた。
「『二人ぼっちの支配者(ロード)では格好がつかない。』だ」
ああ確かに、それはそうかも。誰を支配してるのってなるものね。
「そういうことだ。最低限必要なのは、召使(厩務員)と、門番(窓口担当)だな」
よくわからないけどイイんじゃない?
「貴様にとっても他人ごとではないぞ。貴様の召使だ、自分の世話をする人間などどうでもいいというなら別だが」
どんなのが来ても恨むなよとヨシダは言った。
うへえ、それはいやだ。
でも、ヨシダのことを煙たがるような二本足とはあまりやっていきたくない。かけっこ遊びの前の日の二本足もひどかった。ずっとヨシダの悪口ばかりだった。
今日の空はキラキラしていない。夜は好きだけどただ暗いだけだ。
「今日はこれから雨が降る。外には出れんな」
そう言って、今日のヨシダはボクの背にも乗らなかった。
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へりこにあん
2023年9月04日
In デジモン創作サロン
八人乗りのワゴン車の中は、エアコンがついているにも関わらずじめじめと重い空気が漂っていた。
空気そのものに問題はない、ただ、乗っている七人の空気が悪いのだ。
「……一体、いつになったらつくのかしらね?」
後部座席二列目の右端に座った、白いワンピースに黒い長髪の女がいらだち交じりにそうつぶやいた。
「えーと……もう着く予定なんですけど」
運転席に座るシャツにカマーベストの茶髪の青年は、気まずそうにそう言った。この一時間で三度目だった。
「まぁ、有村(アリムラ)くんが言うならもう着くのでしょうね。じゃあこの楽しい楽しいドライブもあと少し、永遠に続くのかと思ったわ」
有村と呼ばれた青年は鬱蒼とした森の中に続く眼前の道を見て、助手席の黒いおかっぱ頭の女性が広げた地図と見比べ、泣きそうだった。
「あたしたちは永遠に続いてもいいんだけどぉ、ねー♡」
「なー♡ 三雲(ミクモ)はカリカリしすぎだよ。今日はそもそも移動日で撮影もないんだ、気長に行こうぜ気長に」
三雲と呼ばれた白ワンピの女の隣に座った茶髪の女と金髪の大柄な男が、そうべたべたお互いの身体を触りながらそう言う。
「……隣でバカップルがいちゃついてなければここまでカリカリしないわよ」
三雲はそう呟いたが、当のバカップル達には届いていないようで、完全にお互いしか見ていなかった。
「なぁ、羽鳥(ハトリ)。猪野(イノ)と蛇塚(ヘビヅカ)、サークルのメンバーでもないし、連れてきたの間違いだったんじゃない……?」
有村が小声で隣の女性に話しかける。
「ボクらホラー研に、あんなに序盤で死ぬカップル役にふさわしいバカップルがいるならそれでよかったんだけどね。猪野の本当に無駄にでかい筋肉を見なよ、あれが心霊現象に蹂躙されることでゴーストの恐ろしさが描写される訳だ」
それにと、ちらりと羽鳥は自分の後ろ、真ん中の列に座る二人を見た。
一人は我関せずとスマホに目を落とす赤毛に浅黒い肌の女、もう一人は台本を読んでいる暗い茶髪の冴えない雰囲気の男。
「八井(ハチイ)には霊能者役があるし、ボクはキミや根谷(ネダニ)くんとバカップル演技なんてできる気がしないね。監督もあるし」
そう言われて、後ろに座っていた根谷は少しむっとして眉をひそめたが、何も言えなかった。目端にそれをとらえ、ヘタレだなと思いながら八井はまたスマホに目を落とした。
それからさらに十五分、森の中を走り続け、ようやく目的地が目に見えた。
「あれが三雲の用意してくれたっていう、失踪事件があって営業開始前に放棄されたホテル?」
なかなか雰囲気があるし、予想よりでかいなと羽鳥は興奮した調子で言った。
「そうよ、つぶしてゴルフ場にしようとかいろいろ計画がされてるけれど、企画段階で撮影期間中は何も予定はなし。世話係の男の人も一人頼んだのだけれど……サークル長の有村くんと連絡取りあってるのよね?」
羽鳥の調子に機嫌を良くして、三雲はそう言った。
「うん。とりあえず主要なところや泊まるのに使う部屋は掃除して、食材とかも買い込んであるからこっちで準備は必要なし。あとは……ホテル内広いから駐車場についてから連絡うけてもすぐにはいけないから、駐車場にカートを置いておくって」
駐車場にポツンと置かれたカートを見つけて、有村はその近くに車を止めた。
「よーし! じゃあ乗り込むぞー!」
羽鳥の言葉に、唯一の部外者の猪野と蛇塚がいぇーいとテンション高く返事をする。
「じゃあ、カートに荷物を……」
お言葉に甘えて―と、カートを持ってきた有村に次いで猪野と蛇塚が荷物を置き、さらに三雲がヴィンテージものらしい革張りのトランクを上に置いた。
「アタシはそんな重くないからいい」
八井がそう言って自分の荷物を持ちあげ、根谷も大丈夫と肩に担ぐ。
「羽鳥は?」
「ボクは撮影機材も入っているから遠慮しておくよ。しかし、その格好だとキミちゃんとホテルの従業員みたいだね」
「でしょー? よくできたからつい着てきちゃったんだよね」
有村が楽しそうに言って、カートを押していく。
「それはいいけど、明日から撮影だから、今日の内に洗濯乾燥しなよ」
そう言って、羽鳥はがらがらとトランクを引いていく。
「げ……」
「おーい! 有村早く早く! 俺達管理人さんの顔知らないんだからさ!」
すでにホテルへ向けて足早に向かっていた猪野と蛇塚に呼ばれ、有村は急いでカートを押して追う。
それから少し距離を取って三雲が日傘を指して歩いていく。
「……どうかした?」
なぜか動こうとしない八井に、根谷はそう声をかけた。
「……なんか、今変な感じしなかった?」
「え!? そんなこと言わないでくれよ八井……僕、怖いの苦手なんだから……」
そのやりとりを、先に行ったはずの三雲は面白くないという調子で見ていた。
三雲、三雲奏(メロディ)は生まれながらの金持ちである。
その三雲から見て、根谷は一般的には面白くないだろう男だった。ビビリで、オタクとしても中途半端で、少し微笑みかければ落ちるようなちょろさもある。
でも、彼氏として捕まえておくのはアリだなと思う男でもあった。
サークルに持ち込んでいた鞄からは公務員試験の本が覗いていて堅実だし、最低限ホラー映画好きと趣味も合わなくはない。顔面も許容範囲であるし少し微笑みかければ顔も真っ赤になるから、フラれる心配もない。
行きの山道、長く揺れる山道を根谷の隣に座ってさらに意識させるつもりでいた。
しかし、それもバカップルに割り込まれて失敗、イライラし過ぎて遠巻きにされた上、一人で行動できないチキンな根谷は別の女の顔色を窺う始末である。
「……一日でも早く縁を切りたいパパにおねだりしてまでホテル用意して、むしろ距離空くってどういうことよ」
苛立ちながら三雲はそう呟く。
三雲が自然に根谷に近づけるように歩くのをゆっくりにすると、根谷と八井も歩みを緩める。
時間をおいて、自分の中のイライラも落ち着けないと根谷(小動物)は狩れないと三雲(肉食獣)は学んで、途端に早足にホテルに向かった。
別に、手は他にも用意してある。先に来させている人間にはホテルのマスターキーを渡すように伝えてあるし、監督の羽鳥のつまらない脚本の中で距離が近づくシーンができるように圧もかけた。
ロビーに着くと、カウンターにはワイシャツにパンツスタイルの中性的な女性がいた。
「よくいらっしゃいました。明月大学ホラー映画研究サークルの皆様ですね。私、皆様のお世話を任されました、向手です。よろしくお願いします」
向手と少し低い声で名乗ったその人の言葉に、皆がそれぞれに頭を下げたりよろしくお願いしますと返す。
「それと、奏(メロディ)お嬢様、社長から皆様でとプレゼントを預かってます」
そう言って、向手はラッピングされた酒瓶を取り出した。
「メロディ?」
しかし、そのお酒よりも、皆はメロディと呼ばれたことに反応した。
「……向手さん、ありがとうございます、父には私からお礼しておきます。ところで、大学では奏(カナデ)で通しているので合わせて頂けますか?」
額に血管を浮き上がらせながら、三雲はそう微笑んだ。
「失礼しました。以後その様にします、奏(カナデ)お嬢様」
「メロディの方が可愛いのに」
蛇塚が何気なく呟き、三雲はバカップルのバカの方がと思わず言いたくなったが、ぐっと堪えた。
「まぁ、それは、ねぇ……」
「え〜? 根谷くんは可愛いと思うよね? ね?」
猪野が三雲の様子を見て同意しかねていると、蛇塚は根谷に振った。
「えっ、まぁ……うん、可愛いと、思います」
とりあえず根谷が同意しただけなのは流石に三雲も察したが、それでも悪い気はしなくて、少し三雲の態度が柔らかくなった。
成り行きを見ていた有村はほっと胸を撫で下ろした。
「向手さん、部屋のカードキーって……」
「はい、こちらですね。掃除してない状態を撮影に使いたいと言われた部屋のキーはこちらにまとめてあります」
向手は片手に七枚、もう片手に八枚のカードキーをゴムでまとめたものを取り出して有村に渡した。
「……掃除してない部屋とか使うの?」
「蛇塚くん、一応台本渡したはずだけどさては読んでないね? 綺麗に見えたホテルは幽霊のお嬢様の見せた幻で本当は放置されたホテルだったってシーンを撮るのに相似されてない部屋がいるのさ」
「へー……まぁ、私はプールとか使えればいいけど」
「プール使えるのも明日掃除してからだよ」
有村が申し訳なさそうに言った。
「えー!?」
「今日の夜、掃除してないプールで藻に絡まって浮いてる猪野くんの死体を撮るんだ。その後、綺麗にして綺麗なプールで遊ぶ君達と、プールに引き摺り込まれる猪野君を撮影する。本気で台本読んでないなぁ〜?」
羽鳥はまぁその方がバカのヒステリー女役にはいいかと口にした。
三雲には、その言葉に猪野が一瞬眉をしかめたのが見えた。しかし、その一瞬だけだった。
「いや〜、悪いな! ちゃんと俺が責任持って台本読ませとくよ!」
猪野はすまんすまんと笑顔でそう言いながら、蛇塚の肩を抱いた。
「有村様がサークル長でしたね。撮影はもうされますか?」
「いえ、今日は僕と羽鳥で昼間の内はホテル内を見て回るつもりなんです」
有村は羽鳥を手で指してそう答えた。
「お二人だけですか?」
「そう、お嬢様はメイク担当、根谷はCG担当、八井は大道具担当。私が監督で脚本、有村は助監督、下見は基本は私達の仕事さ」
羽鳥はそう言って、薄い胸を張った。
「なるほど、ではこの館内マップをどうぞ。少し色褪せてますが中身は問題ありません」
「ありがとーございます」
羽鳥が浮かれているのは目に見えて明らかだった。とはいえそれを誰も諌めもしない。
大学から予算の出ていないホラー研サークルに活動実績を求めることはなく、羽鳥が呼びかけるまでは、ただみんなでホラー映画を鑑賞して感想を言い合っていただけ。
ホラー研のほぼ全員が大なり小なり自分達で作品を作ることにワクワクしていた。
「そうでしたか、他の皆様はどうしますか? 遊戯室等もこのホテルにはありますが。ビリヤードやダーツなどができますよ」
「いいホテルって感じ! 行こう!」
「おーい、台本読むの忘れないでくれよー」
大丈夫、ちゃんと読ませるからと蛇塚の代わりに答えた猪野も連れていく。
「皆様は行かれませんか?」
「私はパス。荷物を部屋に置いてくる」
「……僕もそうしようかな」
八井と根谷はそう言って有村の手からカードキーを受け取り、エレベーターに向かった。
「私はもう少しラウンジにいます。ところで向手さん、お願いしていたものは……」
「あぁ……こちらに。では、私は猪野様方を遊戯室に案内して参ります。カードキーもお二人、受け取るのお忘れになった様ですし」
三雲は向手からマスターキーを受け取り、猪野と蛇塚を追う背中を見送った。
「有村くん、行くなら私のカードキーだけもらえる?」
「はい」
「ありがとう」
「じゃあ、予定にないメイクとかやりたくなったら連絡入れるねー、メロディお嬢様」
「そんな意地悪言われると……うっかりメイクの時に筆が滑ってしまいそう」
三雲は本気で言っていたが、羽鳥にはあまり通じてない様でケラケラと笑っていた。
ラウンジのソファに腰を下ろし、持ってきた水筒の紅茶を飲みながら、そういえばと三雲は違和感を口にする。
「世話役、荷物もあるから男性をってお願いしてなかったっけ……」
「お気づきになられましたか」
「きゃっ!?」
思わぬ返答に、三雲の口から小さく悲鳴が上がる。
「……向手さん。もう、脅かさないでください」
「失礼しました。私の話をしていた様だったもので……」
「……そう、ですね。確か私は男性を一人と頼んだはずなのですけれど……」
「実は、私の名前は向手湊(ミナト)と言いまして……声も低いので、社長がどうやら男性と勘違いされていた様です」
でも、サッカー部だったので体力はありますよと向手は力こぶを見せた。
「そうでしたか……父がすみません」
「いえいえ、そういえば奏お嬢様。夕飯のリクエストなどはありますか?社長の指示で和洋中、肉も魚も一通り対応できる様にはしてありますが……」
そう言われて、三雲は少し辟易した。世の中はフードロスを懸念して動いているが、三雲の父はどこ吹く風、米粒に七人神様がいるならば、数えきれない神に恨まれているだろう。
「余ると食材がもったいないので、なるべく傷みやすいものから……」
「その点は心配いりませんよ。皆様がいらっしゃる間、天候が荒れて買い出しに行けない可能性も考え、冷凍できたり日持ちする食材を中心に買ってあります。日持ちしないのは生の野菜ぐらいでしょうか?」
ふと、三雲はその言葉に引っかかった」
「大量の冷凍食品なんてキッチンの冷凍庫に入るの?」
「ホテルのキッチンなので、入るとは思いますが……キッチンのものは使ってはいません。別に冷凍倉庫があるのでそこを」
「どうしてですか?」
「……このホテルは営業一歩手前で頓挫したので、シェフが使うつもりだった冷凍品は、処分するには量が多く、とりあえず冷凍倉庫に入れっぱなしになっているのです。流石にその食品をお出ししませんが、電気代がもったいないので今回用意した分もそこに入れてあるのです」
なるほどと頷いて、ホラーだとそういう倉庫って定番の場所だよなと三雲は思った。
「じゃあ、せっかくなので倉庫を見てもいいでしょうか?」
「倉庫を、ですか?」
「もしかしたら後で撮影に使いたくなるかもしれないですから」
「そういうことでしたら、どうぞこちらへ」
向手の案内に従ってついていくと、建物の地下に小部屋サイズの倉庫が三つあった。
「一つは常温用、一つは冷蔵用で、ホテル準備時の冷蔵品は流石に処分されましたからこちらは今は電源も入ってません。三つ目が冷凍倉庫です。中に入られますか?」
「……扉の開け方は鍵ですか? それとも番号?」
「番号です。0840、これさえ覚えておけば撮影中にうっかり閉じ込められても出ることができます」
おはようの語呂合わせ、一日の始まりと入力することを考えてつけられたのかもしれないと思うと、少し寂しい語呂合わせだなと三雲は思った。
どうぞと向手に促されて、三雲は扉横のキーパッドを押す。
すると、がごんと重い音を響かせて冷凍倉庫の扉が開いた。
「寒い……」
当たり前だが庫内は寒い。壁の温度計は-15℃となっていた。
「長時間入る様なところではありませんからね。一応、作業用の上着はあります」
入り口付近にかけられていた上着を向手が差し出し、三雲は頭を一度下げてそれを羽織った。喋るにも寒すぎた。
入り口付近の棚には霜が降った段ボール箱やビニールの様なものに包まれた何かが置かれている。
箱に印字された日付を見るにこれがどうやら過去に置いて行かれた食材らしい。
「私が新しく買った分はこちらに」
そう言って、向手は奥の方に置かれたがらんとした棚の中段に置かれたダンボールや塊の肉を指差した。
「……私達の滞在日数で食べ切れる量ではなさそうですね。余ったら好きなだけ持って帰って頂いていいですよ」
「ありがとうございます。ところで、見た食材の中にお好みのものはありましたか?」
そう言われて、改めて食材を見る。言葉通り、肉も様々魚も様々という様子だ。
根谷の食べ物の趣味でもわかればいいのだろうが、何も知らない。
「お肉、ですかね。男性ってどんな料理が好きかとかわかりますか?」
「そうですね……男子大学生の好きそうな料理、バーベキューなんか好きそうですが、今日は移動もありましたし……カレーとかですかね。お嬢様の食材を無駄にしたくないというのも合わせると、ごろっとしたお肉入りのカレーに、素揚げした夏野菜をたっぷりトッピングする。なんてどうでしょう」
そう尋ねられても、三雲はわからないから聞いた訳で、とりあえず頷くしかなかった。
「では、よろしくお願いします」
もう出ようと振り向くと、ふと、入り口近くの棚に置かれた段ボール箱に入ってくる時は気が付かなかった破れがあるのが目に入った。
どんな食材を使おうとしていたのかぐらいちょっと見てみようかとその破れを少し広げてみる。
すると、その隙間から小さな赤みがかった人の腕の様なものがのぞいていた。
「ヒッ……」
「奏お嬢様、どうかなさいましたか!?」
「そ、その中に小さな人の腕みたいなものが……」
三雲の言葉に、向手は段ボール箱のテープを剥がし、中をおそるおそる確認する。そして、ほっと一つ安堵のため息をつくと、中に手を入れた。
「奏お嬢様、ただの奇形の人参です」
そう言って向手が取り出したものは確かに奇形の人参だったが、それを見ても三雲は首を横に振った。
「まだ、隙間から見えてる……それじゃない」
そう言われて向手はもう一度箱の中を覗き込んで、一瞬驚いた後、さらに二、三本の全く同じ、人の手が生えている様な形の人参を取り出した。
「私は農業に詳しくありませんが、四角いスイカや星型の胡瓜なども作れるそうですし、これもきっとそういう形の人参として売り出されたものではないでしょうか」
「そう、ですか、不気味ですけれど、そういう商品なら……」
「ひとまず出ましょうか」
「そうですね……私は一度、部屋に。シ部屋のシャワーは使えますか?」
生温く、普段なら不快な空気が今は心地いい。今日は散々な目に合っている。
「はい。お部屋に新しいタオルも用意してあります」
「ありがとうございます」
「少しお待ち頂ければ大浴場にお湯を張ることもできますが……」
いい、と三雲は断り、自分のトランクを持って部屋に行こうとする。
「トランクは私が……」
「大丈夫です。エレベーターもありますから」
自分の部屋に着いて、改めてはぁと三雲は大きくため息をついた。
「……シャワー、浴びよ」
ワンピースをベッドの上に脱ぎ捨てる。一瞬、片付けてからシャワーを浴びようかとも思ったが、面倒になって下着も全部放り投げた。
ユニットタイプの狭い部屋の中、シャワーの水音が耳に心地よい。
ふと三雲が鏡を見ると、髪を濡らした色っぽい美人が映っていた。髪は深い黒で艶があり、白い指は細く長く、長いまつ毛の下から、物憂げな黒目が覗いている。
「若い頃のママそっくり……」
見た目だけは良かった、アイドル希望で悪い業者に捕まってグラビアアイドルになるも見た目だけで撮影されると固くなるという致命的欠点のせいで写真映えせず鳴かず飛ばずAVに転向か引退かを迫られて成金の社長に養われる道を選んだ。
「見たくないわ」
シャンプーを泡立てて鏡を隠す。
見た目と金だけ、それ以外の才能を三雲は自分に感じられず、しかし母と父から一つずつ受け継ぐそれしかないのが嫌いだった。
両親が苦手だった。
「いっそ、私が私じゃなければいいのに」
そう口にして、髪についたシャンプーを流していると、何かぶよとしたものが指に触れた。
なんだろうと思って三雲がその手を見ると、手の皮が浮いていた。
少しだけではなく、まるでその手が手袋でもつけているようになっていたのだ。
「きゃああああ!」
手の先から、腕の方に向けて徐々に皮が浮いてくる。それを見て、訳もわからないまま三雲がユニットバスから出ようとする。
すると、何かにつまずいた。
足の皮も浮いている。立とうとすると、余った皮で足が滑ってうまく立てない。
ヤケクソで、最初に浮き始めてしまった手の皮に噛みついて千切る。
中に普通の手があってくれれば、そんな三雲の願いは届かない。
元より白く、元より大きく、元より先端が鋭い異形の指先、それが一度空気に触れると、そこから皮は今度は自然と破れ始めた。
誰かが引っ張っているかのように皮が破れ、全ての指先と手の甲が現れる。その手の甲には宝石と金色の紋章さえあり、それが元の自分とはかけ離れた生き物のそれであることは目に見えていた。
「いや……ッ!」
足先も破れ、足や下半身が異形に変わって現れる。六本の足、それに支えられたボールのような丸い胴、捲れた皮が、そのまま顔にまで迫る。
「根谷くん……パパ、ママ……ッ!」
懇願は虚しく部屋に響いて、頭まで皮が剥がれると黒髪の代わりにこれまた艶やかな銀髪が生えた。
そして、三雲は化け蜘蛛になった。
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へりこにあん
2023年8月31日
In デジモン創作サロン
21世紀には絶滅していそうな探偵を意識した帽子にマント、口に咥えたパイプ型のチョコ菓子とポニーテールを揺らしながら事件を解決した女の子、綾野悠鷹(アヤノ ユタカ)。あだ名はアヤタカ。
パートナーのドクネモンと一緒に世界的事件を解決してきた『選ばれし子供』、美少女探偵(自称)。
メディアでの年相応の発言から探偵としての能力はちょっと間抜けな印象を与えつつも、彼女は『選ばれし子供』となった九歳から十二歳の三年間の間に先達の『選ばれし子供』やロイヤルナイツも解決できなかった事件を解決したのは本当だと思われていた。
世界の注目される人物百選にも選ばれ、知らない人はいないほどだった。
でも、それは過去の話。
「はい、おはようございまぁす! 本日の企画はぁ……大人気企画! 世間を騙したあの人は今! 仕立て上げられた美少女探偵! 傀儡として『選ばれし子供』! そう、視聴者の皆さんのリクエストから選ばれたのはアヤタカでしたー!」
大学の正門前でどんちゃどんちゃと騒ぐ大柄な男と黒っぽいフードのデジモンを見て、悠鷹はリュックを下ろし、近くのベンチに座って本を手に取った。
「……14:45の電車、乗れるかな」
14:35を告げる時計を見ながらそう呟くと、素知らぬふりをしつつ顔を隠し通り過ぎろと心で祈る。
「『選ばれし子供』システム存続のために過剰に持ち上げられたのがアヤタカ! みなさんご存知ですよね? 大人の『元選ばれし子供』達の手柄を自分のものとし、世界を救ったと成果を捏造! 当時子供だった故に彼女は裁かれず、のうのうとこの大学に通っているという事です!!」
大柄な男とフードのデジモンは大学中に聞こえる様な大声でそう騒ぎながら、門の内側へ入っていく。
「誰か事務室に連絡しろよ……」
誰かが口にする、しかし、実際に事務室に連絡はしない。
それを見て、悠鷹は今の時間校舎内にいるだろう友人の一茶織(ニノマエ サオリ)に変な配信者がいるから事務室に連絡して欲しいとメッセージを送る。
先々月までは穏やかなキャンパスライフだったのに、今月になってもう三回、先月から数えれば片手では足りなくなってしまった。
メッセージを送信した時点で時間は14:37分。大学併設の駅までは5分前後、走るぐらいなら急行は諦めて鈍行に乗る。
「じゃあここで今回のゲスト! アヤタカの幼馴染で小学校からの大親友で大学も一緒だというゲストさんです! 個人情報保護の為、顔出しNGで出て頂いてまーす」
門から校舎への道、悠鷹が座っているのと逆側にあるベンチの方へと女とデジモンは歩いていく。
デジモンの背中にはコードが二本、人間界に適応したデジモンという触れ込みのアプモンという括りのデジモン。
他のデジモンより生まれながらに人間に好意的なこともあって、ここ数年で爆発的に人間界での数を増やした。
とはいえこの大学がある地方都市では、まだ日常的に見かけるような存在ではない。
「……初めて見る大親友だ」
その顔には全く見覚えがない。そもそも小学校は後半三年間ほとんど悠鷹は通っていなかった。
親友と言えるのは、パートナーを除けば茶織ぐらいだろう。
「……じゃあ、アヤタカは好きな男子の気を引くためにあんな恥ずかしい格好を!?」
あることないことくだらないこと、好き放題言いながら通り過ぎて、校舎に入り、もう戻ってくる気配もないのを確認して、正門の方へと歩いていく。
一年に一度か二度こういうのが悠鷹の元に来るのだ。今年はやけに多いが。
「恥ずかしい格好だけど、探偵スタイルちょっとかっこいいだろ……」
呟きながら眼鏡に触る。あの頃がよかったとは思わない、確かに歪んだはいた。その自覚はある。
そして、歪みは悠鷹本人ではなく周りに襲いかかった。
ほとんどの親戚と縁を切られた。高校生になる春に、悠鷹はメディア出演で得た金銭の半分を使い切られたのを確認して、遠縁の親戚の家を出た。
もし、過去をやり直せたらきっと同じようにはしないだろう。
「あの、綾野さんですよね」
正門前で、黒いスーツに黒いネクタイを不恰好にしめた青年がそう悠鷹に声をかけてきた。
気温が高い訳でもないのに彼はひどく汗だらけだった。
「……人違いです。弟さんに連絡先確認した方がいいですよ」
「あ、待って、怪しいものじゃ。というか、覚えてないかな? 太陽……野間太陽(ノマ タイヨウ)の兄、野間てちやッ……哲也(テツヤ)です」
太陽は『選ばれし子供』の同期、あの頃は仲間同士それぞれの家を行き来したから、哲也ともよく会った。もう七年会ってない。
「誰か近親者でも殺されての犯人探しですか? 太陽から、もう探偵はやめたって聞きませんでしたか?」
悠鷹はそう呆れたように言った。
「え!? いや、なんでそれがわかって……」
「格好が明らかに喪服。告別式か何かあるんですよね? 私にそれに普通に出て欲しいならもっと早く連絡が来るはず。あなたは突発的な用があって私に会いに来た」
ネクタイの結び目の汚さと顔の汗が、元々の予定の間を縫ってきて時間に余裕がない証拠と悠鷹は続けた。
「自称探偵だった人間に向けて、喪服を着た人間が持ってくる、急ぐべき用件。死に方に何かしらきな臭いところがあって、現場が片付けられる前に調べて欲しいのではないか。と、そう考える訳です」
「……すごい、まるでフィクションの探偵みたいだ」
哲也はそう笑みを浮かべたが、悠鷹にはあまり嬉しくなかった。
「……そういう探偵に憧れていただけで、身内の死で心が弱っている訳でもなければ誰でもできます。お兄さんが頼るべきは私じゃなくて警察ですよ。一応、知ってる刑事さんの連絡先なら教えられますし」
「いや、でも……」
「つきまとうようならば警察を呼びます。どっちの警察を呼ばれたいですか?」
悠鷹が携帯を取り出すと、不意にそこに茶織からの電話がかかってきた。
「どうしたの、茶織」
『助けて! 校舎に入ってきた配信者が死んで、事務員さんが疑われてる!』
「……深呼吸」
『何!? それどころじゃないんだけど!!』
「私を信じて。一度だけ、ゆーっくり深呼吸して」
電話口の奥で、茶織の呼吸音と共に、周囲の喧騒が聴こえてくる。
西棟の学食で流れてるBGMと、事務員さんの僕じゃないと叫ぶ声、バシャバシャというカメラのシャッター音と、人殺しと叫ぶ声。
既に騒ぎになっているし、人目にも触れている。これはかなりいただけない。
「茶織、今どこにいる?」
『西棟一階、学食の前の階段のところ』
正門前からだと少し遠い、何分か待たせてしまうなと悠鷹は心の中で舌打ちした。
「わかった、今正門にいるからちょっとかかる。誰も救急車を呼んでないなら急いで救急車を。あと、適当に足早そうな男子を指差して学校に常駐してる医者も呼ばせて」
『わかった。早く来てね? いつも対応してくれてた事務員さんだし……絶対犯人じゃないんだよ!』
「大丈夫、私は世界を救った探偵だった女だよ」
通話を切って、何言ってんだかと悠鷹は自嘲する。しかし、そう俯いてる時間もない。
「……哲ちゃん、そっちの用に首突っ込める状況じゃなくなった」
悠鷹がそう言いながら哲也に振り向くと、哲也は女子の学生二人と話をし、二台の自転車を受け取っていた。
「聞こえてたよ。こっちの子達が自転車貸してくれるって」
「乗り捨ててくれていいから!」
「ありがとう、今度なんかお礼するね!」
きらきらと太陽のような笑顔を見せる男に、悠鷹は一度目を閉じこめかみをぐりと押して、湧き上がる苛立ちを抑え込んだ。
「……ありがとうございます、コミュ力お化け」
「そう? 褒められると嬉しいなぁ」
「皮肉が通じないのは太陽と一緒か……」
自転車にまたがって、本当は自転車で通ると怒られる道を爆走する。一番食堂に近い西棟の入り口に自転車をつけて、悠鷹は思い切り走って食堂を目指した。
それがどこかはすぐにわかった。
「だから! 僕じゃないんでずってぇ!」
「落ち着きなさいッ! 宝(ダカラ)くん! まずはそのナイフを下に置くんだ!!」
食堂の方から慌てた人が逃げてくる、叫び声ももう直接聞こえる。
階段の下には血溜まりがあってその中に動く女が一人、動かない女が一人いた。
その前に手元が血だらけのワイシャツを着た男が一人いて、その少し後ろにどうすればいいかわからない様子で血まみれのハンカチを持つ茶織がいる。
そして血まみれの男と対峙するように小太りの壮年の男が一人。
「悠鷹!」
茶織の声にその場の人々の目が悠鷹に向く。こうなってはもう、躊躇してはいられない。
悠鷹は、小太りの男の方に向かうと、いきなりその脇腹をくすぐった。
「うひっ!? な、にをするんだ君はッ!! 状況がわからんのか!!」
怒鳴られながら、悠鷹はパンと大きな音を立てて猫騙しをした。
すると、にわかにその場がしんと静まり返った。そして、悠鷹は手元が血まみれの男に向き直る。
「私はちゃーんとわかってます! 宝さん! 宝さんが犯人じゃないってことも、鏡月さんは宝さんを疑ってる訳じゃないのも、ちゃーんとわかってます」
カツカツと、わざとらしく床を鳴らすように悠鷹は歩いて、宝という名札を首から下げた手元が血まみれの男の元へ行き、ハンカチを広げて差し出した。
「宝さん。ナイフは犯人を捕まえる重要な証拠です。よく確保してくれました。警察に渡すまでそうやって抜き身でずっと持ってるのは危ないですよ」
宝は自分の手に持っているナイフが何であるかをやっとわかったようだった。
「鏡月さんも、それでひとまず置くようにと言ったんですよね?」
鏡月と苗字の書かれたネームプレートが壮年の事務員の胸元で揺れるのが哲也にも見えた。
宝がちらりと鏡月を見ると、鏡月はうんうんと強く頷いた。
「大丈夫。あなたが犯人じゃない証明は簡単です」
悠鷹はそう言いながら、さらに近くまでハンカチを出した。すると、宝は静かにそのハンカチの上にナイフを置いた。それを悠鷹は綺麗にくるんで受け取った。
「遠目に見ても彼の血は勢いよく噴き出た筈。上半身全体に血飛沫がかかっておかしくない。だというのに宝さんについているのは手元ばかり、これは、彼が刺された後、抜かれて血まみれのナイフを手にしただけだからです」
「そう、俺は刺してなくて、気がついたらナイフが……」
「だからおそらく宝さんは犯人じゃない。あとは、警察に任せれば自然と……」
「嘘よ! 私見たもの! 男が彼に馬乗りになって首を切ったの!」
血まみれの女がそう叫ぶ。隣の男は言葉通り首の辺りを中心に血まみれで、もう死んでいるように見えた。
どうしたものかと悠鷹は周りを見回した。一度静かになったことで、ちらほらとギャラリーが戻りつつある。これ以上目立つのは望んでいなかった。
「……警察が調べれば、どうとでもなるんだけど……」
ちらとギャラリー達を見ると、何人か無遠慮にカメラを回しているのが見てとれた。
宝も一度落ち着かせたが、落ち着き切ったわけではない。刺激すればまたかっとなって何かしでかすかもしれない。好き放題にさせておくのは危険に見えた。
「鏡月さん、この時間空き教室になってて一番近いとこどこですかね?」
「あー……いや、でもあんま動き回られると血が……」
「ずっと映像撮られて配信されるよりは、大学の立場的にもマシだと思います。教室さえ教えてもらえたら、私と、目撃者三人はその部屋で大人しくしてますから、ね?」
「うーん……そこの、教室2-102なら空いてると思うよ。さっき授業だったから鍵も開いてるはずだ」
では、と悠鷹は教室へ向かいざま、哲也にウインクをして、死体の方は任せたと合図をした。哲也は、たっぷり考えたあと、こくこくと頷いた。
教室2-102に入り、内側から鍵をかける。入り口の窓から覗こうとするやつもいたので、とりあえず教科書をテープで貼り付けて目隠しにした。
「さて、そちらの……アヤタカの大親友さん」
「……」
「アヤタカの大親友さん?」
「え、あ、わたし!?」
「そうです、名前知らないので……」
もちろん違う訳だが、自称していた自覚もないらしい。
「糸石檸檬(シイシ レモン)です」
「あなたが被害者と正門の辺りにいたのは知っています。あなたは、どういう経緯でここに来て、何を見たんですか?」
悠鷹がそう聞くと、糸石はじろっと宝を睨んだ。
「私は、彼と一緒に配信用の動画を撮っていて……そうしたら、その男が許可も取らずに何やってるんだって怒鳴ってきたから逃げ出して。それでも追いかけてきて、表情ももうまだほとんど何もしてないのに鬼気迫る感じで恐ろしくて……それで、このままだと追いつかれると思ったから階段の陰でやり過ごそうとしたのよ。そうしたら、そこまで押し入ってきて、ナイフを出したかと思ったら彼を引きずり倒して、いきなり首元に刺したの」
「僕はそんなことしてない!」
「静かに。落ち着いて、ちゃんと宝さんの話も聞きますから」
「……それで、私も殺されると思ったら、その後から追いかけてきたそっちの子が来て、血を見て叫んで、人が集まってきて……」
「今に至ると。なるほどその時、糸石さんはどちらに? 今みたいに配信者の方の横に? それとも、襲ってきた誰かから遠い奥に?」
「奥、だけど……」
悠鷹は糸石の服の、あまり血に濡れてない部分についた細かい血の痕を見た。
「ありがとうございました。では宝さん。あなたはどういう感じで?」
「僕は、変な配信者がいるっていう電話が事務室に来て、そっちの子も事務室に相談しに来るし。今月だけでも何回も来てるし、今までの奴らは下手に出てると調子に乗ってくるような奴らだったから、がつんと言ってやろうと思って」
「それで怒鳴った」
「そう、そしたら逃げたから追いかけて……一瞬見失ったけど見つけて。でも、なんか血まみれになっていて、デジモンもいなくて……そう、なんか手元にナイフがなんか、あってで、気が動転してる内になんかすごいことに……」
「嘘よ! ナイフが飛んでくるってなに!? 適当なこと言ってるわ、そいつ!」
糸石がそう怒鳴る。それに、宝も反応しそうだったので、悠鷹はパンと手を叩いた。
「次、茶織」
「え? 私?」
「そのハンカチ、どうしたの?」
「え、あー……多分、拾った? ごめん、パニックになっちゃってよく覚えてないの」
覚えていてくれるととても楽だったんだけど、とは思ったが、口に出すことは流石にしない。
「なるほど了解。預かっとくね。で、一番この場で客観的に見てたっぽいのは茶織だし、色々聞かせて」
ハンカチを受け取り、血の跡を見る。血のつき方は垂らしたようなつき方じゃない。血で濡れた棒状のものをくるんだようなつき方だった。
「えっとー……悠鷹に言われて事務員さん呼びに事務室に行って、それから事務員さんと一緒にここまで来た感じ。あ、でも、走り出してからは追いつくまでにちょっと時間かかったかな?」
「うん、わかった」
さて、と悠鷹はまた宝の方を向いた。
「じゃあ、最後に宝さんに質問、配信者への苦情の電話、何時何分に来たかわかりますか?」
「えと……14:32分」
「確かですか?」
「え、あ、はい。職場用の携帯からも出られる仕組みになってて……」
そう言って、宝は携帯の着信履歴を悠鷹に見せた。やっぱりと頷いた。
そして、茶織を手招きして、ちょいちょいと宝のそばに行かせた。
「……それで、誰が犯人なんですか。僕が追ってた時にはいたのに今ここにいないデジモン?」
「んー……私の推理でいいなら、話しますけれど。警察がどうせ捜査するしあんま意味はないですよ?」
「人を集めて証言聞いといてそれはないでしょ!」
「悠鷹……推理したくないのもわかるけど、アヤタカを取材するって言ってここに来た配信者なんだから、アヤタカであるあんたがある程度ケリつける義理ぐらいはあるんじゃない?」
茶織に言われて、悠鷹は渋々頷く。
あの場を収めただけでも赦されていいのではと思うものの、茶織を巻き込んだのは確かに悠鷹自身だから、茶織に言われたら何もしないわけにはいくまい。
じゃあと、話はじめようとしたら、コンコンとノックされた。
「悠鷹ちゃん、僕だよ。他の事務員さんとか教授とかが野次馬をどかし始めたから、こっちの様子を見に来たんだけど……」
「……じゃあ、そのまま外で警察来るまで聞き耳立ててる人とかいたら退けたりしててください」
「任せて!」
よし、厄介払いできたとその場で頷いて、話し出す。
「犯人は、糸石さんです」
「なんで!? その男は、ナイフ持って突っ立ってたし、刺したとこ私も見たのよ!?」
「なんでと言われたら色々ありますが……血飛沫の具合から宝さんが犯人ではなさそうだ。という話はしましたよね?」
「だから、私が犯人だって?」
「一番気になったのは、あなたが階段の奥の方、つまりは犯人と被害者を挟むような位置にいたはずなのに、返り血を浴びていることです」
「これは、彼の首をなんとかしようとしていた時に……」
「腕についてる血の痕、その痕の中に小さな線のような血痕がありますよね」
「……これが?」
「飛沫血痕といって、その血痕は血が飛び散った時にできた血痕……わかりやすいのは刺した時とか、ナイフを抜いた時、動脈から血が溢れる時。その時に正面にいなければつかない血の形です」
「そ、それは……記憶違いよ! あの時にどこにいたか、記憶違いしてただけ! それに、正面から刺そうとしたって、私じゃ抵抗されるだろうし……」
「デジモンは、死ぬとデータに還ります」
「な、何を言って……コソモンは逸れただけよッ!!」
「それは調べればすぐわかります。人間界にいるデジモンにはチップの装着義務があるので、いつまで生きてたがわかる」
「だ、だとしてそれがなんの関係があるの!? 私が彼を刺し殺せた事にどう繋がるのよッ!!」
「死んでデータの塵に還るそのデジモンを目眩しの盾に使った。傷口から肉体が薄れて、背中側から刺せば反対の胸側の表面が最後まで残る。その皮ごと首を突き刺し、押し返されたら抵抗せずにとにかく手だけ力を込めてそのままナイフを抜く」
「そ、ん……」
茶織がショックを受けたような顔をする。
「そ、そんなの、私にもできるってだけで、私が犯人って話じゃないでしょう!?」
「あとは、事務員さんところに連絡が来た時間の14:32。私は冒頭の撮り初めの時にたまたま正門前にいたので知ってるんです」
悠鷹はあの時に電車を気にして時間を見た。
「撮影開始は14:35、その前の14:32に通報できたのは、そして、通報する場合に撮影開始を待てないのも、冒頭から動画に出る被害者とあなただけ」
冒頭から動画に登場するには、糸石は動画の前に通報してなければいけない。
「撮影しているところに事務員さんが来て都合がいい理由、犯人だから以外に何があるんでしょう?」
「こ、このクソ女! 子供の頃は大人におんぶに抱っこの傀儡だったって話だったのにぃ! なんで私が犯人ってわかるのよぉッ!」
糸石は怒って近くの椅子を持ち上げ、悠鷹に襲い掛かる。
それに対して、悠鷹はナイフを机の上に置くと、椅子を振り下ろそうとする手を掴んで止め、脚を思いっきり踏んだ。
「ぎゃっ!?」
思わず糸石の片手が椅子から離れたのを見て、悠鷹はその腕を捻り上げながら後ろに回り、糸石を床に引き倒した。
「……警察に任せないとこういうことになるわけ。わかった? 茶織」
「あー……ごめん」
「後でチョコパフェね」
五分もすると警察が来て、ひとまず全員連れて行かれた。私が犯人だと叫ぶ糸石の発言の録音データを渡し、解放される頃には日が暮れていた。
「……哲也さんは何しに?」
「僕も事情聴取されてたんだよ」
「早く終わったのに待ってたでしょ」
「まぁね。悠鷹ちゃんの勘違いも正したかったし」
「……勘違い?」
「僕の近親者が死んだのは合ってる。殺されたんじゃないかと疑ってもいる。でも、依頼のために来たんじゃないよ」
その言葉に、悠鷹は自分が考えない様にしていた可能性に思い当たって、嘘でしょと呟いた。
「太陽が死んだんだ。告別式だけでも来てほしくて、ここ一ヶ月にアップされた君がこの大学にいるらしいって動画を見て、大学に行ったんだ」
「……コロナモンは、何してたの?」
「五年ぐらい前からデジタマのままだったけど……太陽が死んだら、ね」
「そう、なんだ……」
悠鷹は、仲間達のムードメーカーだった一歳年下の栗毛の男の子とそのパートナーを想って俯いた。
「……ねぇ、もう一回、もう一回だけ探偵をしてみるつもりはないかな?」
「告別式に出て欲しいだけじゃ……」
少し困惑しながら悠鷹は哲也を見上げ、その視界の滲みに気づいて、涙を見せない様にとすぐにまた俯き直した。
「うん、そのつもりだったけど、今日の悠鷹ちゃんを見てて思ったんだ。君ならきっと、太陽を殺した犯人を突き止められる」
「そんなことないッ! あんなの全部詭弁!!」
そう言うと、悠鷹は自分の推理がいかに適当かと熱弁し出した。
「飛沫血痕は宝さんがナイフぶん回して辺りに飛び散ってたし……デジモンの盾だって元からわかってた風でカマかけながらその場で推理したし……動揺してれば記憶が曖昧なのは当たり前……事前の通報も、『アヤタカ』と本当に知り合いなわけじゃないから事務員に追いかけられて断念した。とか、そうやって追いかけられるシーンが臨場感あって面白いからみたいな、動画の演出の為とか、その配信者が嫌いだから嫌な目に合わせようと思ったとか、頭に血が昇ってなければ簡単に言い逃れできる……」
「でも、そんな君を太陽は信じてたよ」
哲也は、そう言って一枚の紙を悠鷹に渡した。端っこにもう参加した血の赤黒いシミがある、小さな紙。
「太陽の残したメッセージだよ。今朝、僕の部屋のゴミ箱で見つけたんだ。警察に渡すか君に見せるか迷ったんだけど……推理を聞いて、君に見せる事にした」
【ぼくは殺される 犯人は狙ってる ユタカに伝えて 選ばれたのは アヤタカ で した】
「これは……」
「あとこれ……その紙に包まれてた。太陽がこれを絶対に捨てるわけがない。犯人に処分されない様にゴミ箱に隠したんだ。僕なら気づくと信じて」
「……これは、デジヴァイス」
確かにこれはダイイングメッセージだろう。
悠鷹達のデジヴァイスは皆一斉に輝きを失った。液晶には元より何も映らない。でもそれを包んだ。捨てるわけがないものだから、だけではない筈だ。
紙に書かれた文章も謎だ。ユタカと呼んでいるところは太陽が悠鷹を指しているのだろう。では、何故アヤタカと書くのか。不自然な文字間の空白もある。書きかけて、止まったのか、これで完成の暗号文なのか。
「……車で来てますか?」
「うん! じゃあ、来てくれるんだね?」
「そうですね、選ばれたのがアヤタカなら、私はもう一度、アヤタカとして探偵しましょう。とりあえず、大学近くによく行く駄菓子屋があるので、そこに行きましょう。ソフトマドロス、この辺だとあそこでしか売ってないんです」
「……それ要る?」
「絶対要ります。棒キャンディだと推理力半減、何も咥えてないと七割減です」
悠鷹は、そう言って哲也の背をぐいと押した。
マダラさんに書いて頂いた二話はこちら【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-xuan-baretanohaayatakadesita-er-kou-mu (https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-xuan-baretanohaayatakadesita-er-kou-mu)】
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へりこにあん
2023年7月27日
In デジモン創作サロン
これは、猗鈴が陽都ひまわり園出向いていた、その時の話。
デジタルワールドにある魔術、それは素質がある者ならば使える技術。公安ではそれを隠れ家のセーフティにも使っていた。
定められた手順でなければ入れず、定められた手順でなければ出られない。存在を知らずに感知できるのは、公安にいるようなデジモンの感覚を少なからず持つ者のみ。
「吸血鬼の気配が二つ……一つは新しい。鳥羽のだ。だがもう一つは何年も前のもの……」
公竜は当然それを理解していた。
ほんの十五分も歩けば陽都ひまわり園にも着くだろう。しかし、手順を知らなければ永遠に辿り着けない。
「母を殺せる手段がもしあるならば……この数年前の気配はその時に死んだ吸血鬼のもの、ということか?」
しっかり作られた年代物のログハウスに近づくと、ん、と公竜は足を止めた。
「結界がもう一つ……新しい様式、新しく張ったやつか。確かパスワード式の……11132020」
虚空でガチャリと音が鳴る。
「僕の名前をパスワードに使うなと何度も言ったのに……」
ログハウスに近づき、ドアを開く。鍵は壊れている。破壊痕から恵理座が壊したの。つまりなんらかの理由で閉められていた何かを掘り起こしたのだろうと公竜は考えた。
中に入って、公竜は部屋の中を見回し、なんだこれはと呟いた。
公竜の想像していたのは、凄惨な血に濡れた現場か、少なからず先頭の痕跡でもあるような場所だった。
しかし、そこにあったのは至って平和な部屋だった。埃こそ溜まっているものの、綺麗に使われていたのがよくわかる。
しかし、部屋の中の吸血鬼の気配は強い。
「吸血鬼が使っていた家だったのか……?」
一階にあったトイレもキッチンも風呂場も、血の跡などは見られず、公竜は二階に上がった。
すると、三つある部屋にそれぞれプレートがかかっていた。
一つは、プレートは古いがその上に『愛♡の資料保管庫』と書かれた紙が貼られていた。
「……こんなの残すなら、文句の一つも言う機会ぐらい欲しいな」
はぁとため息を吐き、もう二枚のプレートを見る。一つは軽井さんの部屋、もう一つは未来の部屋と書かれていた。
「字が幼いな……書いたのは子供か」
だとすればと、公竜は軽井さんの部屋と書かれたドアを開けた。
「……おもちゃばかりだな」
ヒーローもののフィギュアが何個も何個もショーケースに飾られている。公竜にはよくわからないが、子供の頃にテレビで見た覚えがあるような胸に丸い三色のマークがついたヒーローがいて、その隣は何故か空白がある。
ふと、フィギュアの指を見て、公竜はショーケースの左上からそれを見ていく。
「手の位置と指の本数を五十音に当てはめて作られた暗号、解読パターンは単純……一つ空白はあるが読めなくはないな」
『あかるいみら へ』
「明るい未来へ、か……」
公竜は部屋の奥に置かれたデスクを見る。その周りだけ埃が薄い、恵理座も探した証拠。そして、際立って取っ手の埃が薄い引き出しを公竜は開けると、手を突っ込んでその仕切り板を触ると、一枚のメモリーカードが見つかった。
それを見て、公竜はふむとその容量を見た後、もう一度引き出しに手を入れるとメモリーカードがはめ込まれていた溝に触れ、そこに何かを差し込めるもう一段深い溝があるのを確かめると、メモリーカードを差し込んだ。
「二十年ぐらい前に公安が好んで使った二重隠蔽……軽井は公安の人間か」
かちかちと机の中から三度音が鳴った後、色違いの容量の大きなメモリーカードが溝から落ちてきた。
タブレットにメモリーカードを差し込み、現れたパスワードの画面に『明るい未来へ』と打ち込む。
そうして出てきた報告書に、公竜はぎりと歯を噛み締めた。
「吸血鬼王グランドラクモンの娘、未来の観察記録……公安がろくでもないのはよく知っていたつもりだが、別々に公安の監視下に置いていたとは」
記録の最後はおよそ十年前、二十歳を少し過ぎた頃だった。それまで未来はこの家の敷地から自由に外に出られていなかったことになる。
「……何故、妹の存在を隠した?」
ふと、そんな疑問が公竜の頭を過ぎる。恵理座は知った時点でそれを自分に伝えるはずだと公竜は思った。
部屋を出て、公竜は未来のプレートのかけられた部屋の扉を開く。
その部屋は、子供部屋をそのまま使っている様な部屋で。床にはたっぷりと埃が積もっていた。ほとんど入った形跡もない、ただ、棚の上に置かれた怪人らしい数個のフィギュアの並びに、一つだけヒーローのフィギュアがあって、その周りだけ埃が薄かった。
「……変身した後の姿に似ているな」
公竜は自分の手に持ったトランクをちらっと見て、だから恵理座も見たのだろうが手がかりはなさそうだと判断して部屋を出た。
『愛♡の資料保管庫』のプレートの書かれた部屋の扉を開けると、そこは前二つの部屋と違ってひどく物が多く整理されていなかった。
元々倉庫だったのだろう、奥に押し込まれたのは二十年近く前の家電製品や古い雑誌、子供のおもちゃ。その手前に新しめのスチールラックにわかりやすくファイルが並べてあった。
「これは……メモリと僕の使うスーツにまつわる技術資料か。専門外の僕では理解できないな」
幾つかのファイルを開くと、その内の一つからひらりと紙が一枚落ちた。
『公竜さん、もしくは公竜さんと一緒に来ただろう探偵事務所の誰かへ』
「……すまない、一人だ」
出だしの文に、公竜はそう謝ってさらにその下を読む。
『この資料を読んでいるということは、私は死んだのでしょう』
公竜は、少し衝撃を受けたがそのまま読み進める。
『この資料は、本来人間界への持ち出し禁止の資料です』
『ボスの、ケルビモンの計らいで幾つかの誓約とそれを破れば心臓が破壊されることを条件に持ち出したものです』
『電脳核と心臓の両方を持つ私ならば、この内容を一人にしか共有してはいけない誓約を破っても死なない。ボスはそう考え、座天使や熾天使を説き伏せてくれました』
『しかし、私の心臓は既に機能していない。誓約を破れば心臓として機能している電脳核が代わりに破壊される。私を撃った座天使派が私の肉体に関する報告書を改竄していた事を、ボスは知らなかった』
『要領を得なくてごめんなさい。つまり、私がどう死んだかわかりませんが、今回の事態の規模や内容を考えると、遅かれ早かれ私は死んでいた訳です。気にしないでください』
そんな風に考えられる訳がなかった。
『公竜さんが気に病んでピーピー泣いたり、屋上で一人夜風に吹かれて黄昏たり、私を思って闇堕ちしかけている様を見られないのが心残りです』
余計なことをと公竜は少し微笑みつぶやいた。
『まぁ、公竜さんのことなので大事だとは思ってますが、妹の未来さんやお母さんとは仲直りできましたか、公竜さん』
妹の名前があるのはまだ公竜も予想していたが、そこに母のことが書いてあって、公竜は思わず動揺した。
公竜は、最早その吸血鬼王を自分の母親とは見れていないのに、それでも恵理座は吸血鬼王を公竜の家族と見ていた。
そうなれば、殺されながらも戦うのを止めた理由にも違う意味が出てくる。断絶を決定的にさせない為、公竜がそれでも母親と仲直りできる可能性を信じていたのかもしれない。
そう考えると、公竜は言葉にもし難い混沌とした想いに駆られた。
『資料は好きに使ってください。未来さんの来歴もあります。技術資料はわかんないので関係ありそうなの色々持ち出して、未来さんに八割方見せました』
公竜は、ファイルの中から未来と書かれたものを手に取る。
その一ページ目で組織における未来が幹部である事、役割、現在の組織が本格的に動き出した五年前、何人もの旧組織の幹部とそのメモリを使わされた人間を殺害した事。そうした現在の悪行が書かれていた。
悲しさと怒りがあった。二十歳を超えても公安に監禁され続け、道を踏み外す。本人だけのせいとは言い難いが、それでも罪でないとは言えない。
罪の責任は取らねばいけないし、兄としてできることはその後押し、警察としての務めを果たすことぐらいに思えた。
公竜の脳裏に恵理座の姿が浮かぶ。未来の存在を隠し、公竜の武器を未来に造らせたのは、単に悪人として公竜が向き合わない為、怒りと正義感で向き合わせない為。
わかっていても冷静でいられない気がして、一度ファイルを閉じて、公竜はまた手紙に目を移した。
『p.s 黒い箱がもし残っていたら、私の大切な人の名前をパスワードに設定してあるので、どうぞ』
公竜は、ある名前を呟いて、そして、黒い箱に手をかけた。手で表面を触ると手にピリと軽い衝撃が走った。
「……ダイヤル以外魔術的に保護されている、箱も……クロンデジゾイドコーティングか。公安の定型の魔術じゃなく、智天使から渡された資料をうっかり共有して死なない為のものか」
ダイヤルは12桁のアルファベット、公竜の手はそれでも澱みなくそれを開けた。
「……これは、こんなもの、どこから……」
そこにあったのは公竜の子供と未来の子供頃の写真。父も写っていて、まだ皆が幸せそうに笑っている。
ただし、そこに母親の姿はなかった。
パスワードは恵理座の本名。大事な人、守りたかったもの、彼女もある日突然に失ってしまったもの。
だからこそ、自分には取り戻して欲しかったのだろうと考えると、ただでさえ混沌とした胸中がさらにぐちゃぐちゃになっていく。
「……まずは、美園さんに手伝ってもらい資料を斎藤博士の元へ運ばなくてはいけない」
深呼吸をして、黒い箱を閉じた。
肌身離さず持ち歩いていた鳥羽の携帯に、便五からの電話がかかってきたのは、ちょうどそんな時だった。
「……ことのあらましは、わかりました」
天青は公竜の方を見ない様にしながらガリガリと豆を挽く。
店に戻ってきた天青は自分を通さずに起きた一連のことに頭を抱え、公竜の胸ぐらを掴まんばかりだったが、自分がいなかった負い目から、ただ不機嫌に豆を挽いては杉菜に泥と称されたコーヒーを公竜に出すに留めていた。
「つまり、当初の目的は鳥羽さんの遺したものを確かめることだった」
まだ飲み終えていない公竜の前に三杯目のコーヒーが差し出される。
「小林さんは資料を確保したが、猗鈴さんは組織に関係あるかもしれない施設に調査に入った結果子供に。施設にいた蝶野ともう一人の組織の女は確保。孤児から組織の幹部候補を探していた事が明らかになった……」
苦そうですねと言って、天青は公竜の飲み掛けのコーヒーにざらざらざらと砂糖を山盛りにする。
「組織の女は、幹部の一人で小林さんの妹、ミラーカを救うために蝶野の肉体の時間を戻す能力が必要だと言っている」
公竜は確かに責任を感じていたので甘んじて天青の嫌がらせを受け入れ、杉菜はやり過ぎではと思ってそれを見ていた。
「得たものは、鳥羽さんの遺した技術資料とミラーカの情報。確保した二人も組織の売人なんかと比べれば格段に中枢に近い……でも、猗鈴さんはあとどれくらい子供のまま? 博士」
「うーん、とりあえずこの飲み薬は、鱗粉から体内に入ったティンカーモンのデータを吸着して排泄できる様にする薬で、人間の場合の負担は未知数だから、一応数日かけて抜くつもりでいる」
盛実は公竜のベルトと技術資料を見比べながらそう言った。とうの猗鈴は十歳相当の時より少し大きくなった姿で杉菜の隣に座っており、その隣には何故か当たり前のように便五がいた。
「その間はあまり無茶はできない。博士、猗鈴さんは本来と今とでどれくらいの差がある?」
「純粋に基礎の身体機能の差でかなり弱体化してるね。メモリの肉体に対しての効果は掛け算と思ってもらっていい。十九歳と今の推定十二歳だとかなり差があるし、治療中で肉体の状態が安定してないのもよくない……」
「わかった。じゃあ猗鈴さんが戻るまでは、幹部が現れたら私が戦う」
「駄目! アウト! 認めません!」
「……でも、小林さんのベルトは夏音さんに太刀打ちできなかったんでしょ?」
「それは……多分、なんとかなる」
「なんとかって?」
「とりあえず、このザミエールモンメモリを小林さん用に調節する」
そう言って盛実は緑色のメモリを見せた。
「……矢を放ったり放った矢を大きくするだけのメモリでしたよね。それ」
杉菜の言葉に、違うよと盛実は強く否定した。
「これは、私達の同級生が脳に寄生させていたデジモンで五本の指に入るlevel6相当デジモンのメモリ! 一応私の持ってる単体のメモリでは最強のメモリなんだよ、これ」
特殊能力は無いに等しいけど強くて速くて遠距離武器もあって物理が通じる相手には大体勝てるメモリだと盛実は力説した。
「にしては、私が使った時は弱かった気が……」
「私のドライバーはメモリとの相性が性能にも身体にも結構影響する仕組みだから……機能制限つけないと姫芝が変身ごとにマスターみたいになっちゃう」
猗鈴さんが戦えないから遠距離手段要るねって渡したのに、使ぅたら戦えなくなるんじゃ本末転倒だしと盛実はいった。
「ブレスドなら、違うと?」
「全然違うよ。クロンデジゾイドに負荷をほぼ丸投げできる構造。めちゃくちゃ重い強化外骨格って感じで、……えと、他のメモリ併用不可の短期決戦モードとしてなら三十分で調整できるよ」
「他のメモリとの併用不可……僕が鳥羽のヴァンデモンXメモリを使った時にエラーになった様に、他と使うとエラーになってしまうと?」
「うーん……それは多分違う筈……ザミエールモンメモリの併用不可はドライバの処理できる容量の問題だから……完全体のメモリ一本ならどうとでもなる筈……」
「……少し、このメモリを調べていただけませんか?」
そう言って、公竜は盛実へとヴァンデモンXメモリを渡した。
「……これが、鳥羽さんの残したメモリ、うん。ちゃんと調べます」
重さを確かめる様な仕草を何回かして、盛実はそれをツナギの胸ポケットに入れた。
「ところで、ミラーカはどうしますか?」
「どう、とは?」
「……トロピアモンメモリの、夏音に寄生していたウッドモンの情報によれば、夏音とミラーカは手を組んでいたらしく、夏音に何があったか、それを知ってるのはきっとミラーカだろうと」
ちらりと杉菜は猗鈴を見た。
「確かに。私達探偵は罪を裁く立場では無い。だから鳥羽さんの願いと猗鈴さんの目的を軸に行動できる。ミラーカと敵対するのではなく、和解を目指せる。でも小林さんは警察の人間、理由はどうあれ犯罪者を捕まえる立場……小林さんも曲がらなければ和解は難しい」
「……鳥羽は、だから妹にブレスドを作らせた。この装備が事態の解決に貢献すれば、相応の考慮ができる。そうやって協力する態度には更生が期待できると評価できる。曲がらずとも和解させる理由作り」
じゃあ、と盛実が何か言おうとしたのを、天青は止めた。
「それでもあなたは納得しきれていない」
「……組織の生産部門のトップ。つまりはこの街でメモリ犯罪者達が行なってきたことの多くに妹の責任がある。被害の規模が大き過ぎる。和解したいとは思いますが、警察としてそうあってはならないとも思う」
「……わかりました。じゃあ、和解ですね」
「国見さん? 今、小林さんは悩んでるって……」
「私は博士を傷つけた公安が嫌いなので、そもそも警察としての小林さんの意見を聞くつもりはない」
天青はそう言って、そっぽを向いた。
「だから、警察じゃなく、未来さんお和解させたい鳥羽さんと和解したい小林さんの気持ちの味方をする。もしどうしても小林さんの立場上捕まえなくてはいけなくなったら、その時は勝手に逃走の手助けをする」
「……ありがとうございます」
「まぁ、今回みたいに私が公安嫌いだからか報告なしで動かれても困りますし」
天青はそう言ってちらりと猗鈴を見たが、猗鈴は当然そんなことはわからない。
「それで、どうしますか? ミラーカの居場所を掴んだ訳じゃないでしょう?」
それならと盛実は声を上げようとしたが、その前に公竜が動いた。
「鳥羽の残した資料の多くはまだ運びきれず置いてあります。それを国見さんに確認してもらいたい」
まぁ、それならその方が先かもと盛実はスッと座り直した。
「……じゃあその間私は」
「博士を一人にしていくわけにもいかないから、姫芝は留守番。便五くんもバイト代は出すから」
「え、でも猗鈴さんが年齢戻ってく時に誰か見てないと状況がわからなくなるかもだし……」
「それは大丈夫、十歳の私がメモを用意している」
猗鈴はそう言って、首から下げたメモ帳を便五に見せた。
「お兄さんは特に用がないなら帰っていいよ」
その言葉に、便五は少ししょんぼりしながら立ち上がると、天青にユニフォームの場所を聞いて。奥へ消えていった。
夜になる、日が落ちる、寝よう寝ようと目を瞑る。
カーテンを閉め切った部屋の中は本来爬虫類飼育用の紫外線ライトをずらりと並べて昼間の様な明るさになっている。暑すぎて冬でもエアコンをかけていないと寝られない。
軽井未来の夜は長い。何度も自分の人生を振り返った。
身体の中でネオヴァンデモンのメモリが電脳核に張り付いて脈動している。
吸血鬼王の血を色濃く継いだ未来には、人間にはない電脳核が心臓と別にあった。
特別養護施設に拾われたその歳の健康診断でそれがわかり、病院に連れていかれ、臓器とも異物とも取れないそれを世に報告しようとした医者は公安に黙らされた。
公安の元に連れて行かれ、軽井命と名乗る女性と二人、学校にも通わせてもらえず生活をした。未来は、彼女を軽井さんと呼んだ。
十二歳で吸血衝動、十五歳で日光で火傷を負うようになり、五年前、唐突に出ていった軽井命は戻ってこなかった。
代わりに現れたのは本庄善輝だった。彼は、人を助ける組織だと言った。デジモンの脅威にメモリの力で立ち向かうのだと、メモリは人を救える力があると、例えば未来の様に心臓と別に電脳核を持てる技術があれば心臓病は過去のものになると。
ひっそりと山の中、軽井さんはよく仮面ライ○ーを見ていた。
「あんたほどじゃないけど、私にもバケモンの血が流れてる」
監視役の手の甲は、一部だけ青くて蟹か海老の甲羅の様になっていた。
「ライダーは力が化け物か人か決めるんじゃない、使い方で決まるんだと教えてくれる」
軽井さんはいつもそう言っていた。
「私は正義のヒーローじゃないけど、公安にいることで正義の味方で人にはなれているって、そう思ってるんだ」
軽井さんはいつかコンビを組もうと言っていた。でも、コンビを組む前に消えた。きっと殉職したと思った。
善輝は、きっと同僚だったのだと。彼女と同じ正義の味方なのだと未来は信じていた。
「彼女はね、なんの罪もない高校生を撃ち殺してしまったことを悔いて突発的に自殺したよ。誤情報を公安の上層部につかまされたんだ。正義感が強くて、理想主義だったから、公安には都合が悪かった」
善輝がそう未来に告げたのは、未来が旧組織の幹部で組織に戻らなかった幹部を殺し尽くした後だった。
デジモンを殺した際に、遂に肉体にされている人達も殺していることに気づいて問い詰めた時のことだった。
姉の様に慕っていた軽井さんは正義の味方だと思わされてるだけだった。自分もそうだと気づいてその後を追おうとした。
死ねなかった。
「ネオヴァンデモンは、嗜虐嗜好と食欲の他に感情を持たないデジモンだ。君の罪悪感も、苦しみも、きっとその内なくなるだろうから、安心していいよ」
善輝は本気で言っているように未来には見えた。自分達は家族と言いながら、非道なことを家族にしても何も感じてなくて、ただ、都合のいい部分だけを喜んでいる。
欠けていると未来は思った。自分と同じようにこの人は元から欠けているんだと。
化け物は化け物から変われないのだと。
死のう死のうと繰り返す内に、未来は普通の食事に喜びを覚えなくなったことに気がついた。好きだったことに心が動かなくなっていく。
死ぬ度に、心が死んでネオヴァンデモンになっていく。
毎月ヒーローショーを観ることにして、好きなライダーのアイテムを持ち歩く様になった。そうしていれば、少しは人間らしくいられる気がした。
組織の幹部を続けたのは、自分を殺す術を見つける為で、その為に要になって見えた製造工程に関わることにした。
でも、結論としては善輝を倒す以外に組織を潰す術は思いつかなかった。
そんな風に燻っている時だった。
もっと若くして幹部となった夏音とちゃんと話す機会を得た。
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へりこにあん
2023年7月18日
In デジモン創作サロン
杉菜の前に、血まみれの中学生か小学校高学年かという見た目の少女が立っていた。
服は血でべったりと濡れており、手には血に濡れた組織製のデジメモリ。
「……あ、あの、ヒーローさん。ですか? えと、私……その、何も覚えてなくて……」
そして、その足元には、男が一人、死体となって転がっていた。
「落ち着いてください。あなたが私に電話をしてくれた子ですね?」
杉菜の問いかけに少女は頷いた。
それから、杉菜は一緒にそこにきた公竜の方を見た。
「僕が彼女を見ていましょう。ひとまず、この建物内にいる人を一箇所に集めて話を聞いて来てください」
杉菜は頷き、扉の外にいた比較的年長の子供に声をかけ、建物の中にいた全員を食堂に集めさせた。
そうして、子供が十二人集まった。
「……大人はいないんですか?」
「園長と、もう一人女性がいたんだけど……」
「名前は?」
「……なんだっけ」「誰かわかる?」「わかんない……」
子供達は口々にわからないと答え、その後質問の仕方を変えてもやはり、誰一人名前も顔も覚えていなかった。
となればと考えていると、一人のやや年長に見える少年が杉菜に向けて歩みでた。
「あの、警察……呼ばなくていいんですか?」
「さっき、強面の男性がいたでしょう? 彼が刑事です。彼から連絡してもらっている筈です。大丈夫ですよ」
杉菜は嘘を吐いた。現状、警察は呼びにくい。吸血鬼王の洗脳は警察を確実に侵食している。組織とも敵対関係の様だが、この施設に組織が絡んでいたのかそれとも関係ないメモリ保持者なのかはわからないのだ。
大丈夫と笑みを作りながら、杉菜は思い出す。
志穂からの電話を受けた杉菜は、まず猗鈴に電話をかけた。すると便五が出たことでその安否を確認した。
子供にする能力、猗鈴の残したメッセージ、公竜が先に関わっていること。
それを受けて杉菜は斎藤に連絡を取りメモリ一本用のベルトとディコットでは採用しなかったメモリを調達。
その後、何かを調べていた公竜と合流して特別児童養護施設に向かうと、中から悲鳴が聞こえたので駆けつけた。
そうして考えながら一時間ほどかけて子供達を落ち着けたいると、警察の制服とパトカーの集団が集まってきた。
「……少し待っていてください。私が応対してくるので」
杉菜は、子供達に食堂から出ないように言うと、園長室の前に少女といた公竜の袖を引いた。
「……警察、呼んでよかったんですか? 吸血鬼王の影響は?」
「彼等は大丈夫です。陽都の警察ではなく……吸血鬼王の件があったので陽都内に潜んでもらっていた公安の人間です」
公竜はそう答え、少女を入ってきたスーツの女性に任せた。
「それはそれで大丈夫なんですか? 信用できるんですか?」
盛実や恵理座の例を考えると、公安は信用できない組織だという印象があった。
「……彼等は信用できます。彼等は熾天使派、過去に斎藤博士や鳥羽を撃った座天使派とは違います。四面四角の立法隊って感じです」
「冗談とか言えるんですね」
「……鳥羽の受け売りです。まぁ、信用はできます。比較的話のわかる人達に来てもらいましたから、あなたのことも協力者と扱ってくれるでしょう」
「まぁ、実際私は犯罪者ですからね。やる事をやったら捕まえて頂いて結構です。もちろん、それにはこの事件も含まれますが」
「そうですね。園長のフリをしていた男は、元公安の蝶野雄二である可能性が高い。そういう点からも彼等は協力的です」
座天使派からのものとはいえ、身内の不始末ですからねと公竜は言った。
「蝶野雄二……彼を殺したのはやはり彼女なんですか?」
「……それはなんとも、確実なのは、二つ。あの男はメモリで殺された。彼女はその死体を確かめようと抱き抱える様にした為、血が付着した。これだけです」
「何故メモリだと?」
「歯型です。あの首は一口で噛みちぎられていた。首を横切る様に噛みちぎる。相応の大きさの口がなければ不可能、クマとかでも口のサイズが足りない。ワニなんかはいるわけもない」
「彼女の持っていたメモリは?」
「デルタモンです、どういうメモリかわかりますか?」
「両腕に頭がついたデジモンですね。片方はそれこそワニのように細長い口をしていた覚えがあります」
「なるほど……傷跡をつけることはできそうですね」
「でも、犯人としてはこっちで話を聞いて浮上した、消えた女職員の方がありそうですね。子供達は名前も顔も覚えてない……蝶野は、その能力で公安の記憶処理をしていた。そうでしたね?」
「ええ、彼の能力の詳細は私も知りませんが」
「媒介には鱗粉を使う。その鱗粉はあらかじめ保管しておいても効果がある。でしたよね? 殺害前に鱗粉を採取しおいたのか、蝶野が溜め込んでいる何かがあったのかはわかりませんが……先に鱗粉を確保しておき、蝶野を殺害。子供達の自分にまつわる記憶を消して、犯行に使ったメモリをその内の一人の手に持たせ、死体の前に立たせて自分は逃走。子供達は記憶がないので事態の把握に時間がかかるし、特に死体の前に立たされた子は動転して混乱し、自分が殺したかもとさえ思う……」
一応の筋は通るでしょうと杉菜は言った。
「……動機は、どう見てますか?」
「組織による口封じかと……猗鈴が何か情報を持ち出すことに成功していて、それを深掘りされない様に口封じした。それなら筋は通ります」
「確かに、あり得なくはないですね」
「……そっちもですが、子供達も心配です。一度ホテルかどこか、落ち着ける安全な場所に」
「……そうですね。まだあのメモリを持ってた子には聞きたいことがありますが、他の子達は公安のセーフハウスにひとまず連れて行きましょう」
公竜はスーツの男性を一人捕まえると、一言二言言葉を交わした。
「姫芝さんも付き添って安心させて下さい。戻ってくるまでに準備を済ませておきます」
なんのだろうと思いながら、杉菜は子供達のいる食堂に向かった。
子供達は十三人、それに対して園長と女が一人、フィクションではよくあるが現実に考えると明らかに子供が多すぎる。となれば、あの中には元々の職員が混じっているということになる。
「皆さん、これからこの家は捜査で入らなくなるので移動しますよ」
そう言って杉菜は子供達を玄関まで連れて行く。子供達は何かと不安なようで、大柄な男よりも杉菜の周りに集まりたがった。
車の準備を男が始めると、子供達の中にも中心になる子供が何人かいることに気づいた。他の子よりやや年齢は高く、世話にも慣れた様子の子供。
彼等彼女等がおそらくは元職員なのだろう。そういった子供になった職員達に世話をさせることで蝶野はやってきたのだ。
しかし、その子達でも小学校高学年程度、満足にどこまでできるかは怪しい年齢に見える。
それでもいいと放置されたにしては、ひまわり園の中は整えられているから、女の記憶を消す為にここ何年か分若返りさせられたのだろう。
そこまで考えて、杉菜は少し胸がもやっとした。何かおかしい様な、何か見落としがある様な感覚。
すると、ちょいちょいと一人の小学生くらい女の子が杉菜の手を引いた。
「あの、これって、わたしたち今日はもうここにもどってこないですよね?」
「そうですね。忘れ物ですか?」
「えと、あのしらがのおにいさん、あまいものにがてですか? 『あまいものにがてなヒーロー』さんに渡さなくちゃいけないものがあるって……ここに……」
彼女は、そう言って手のひらにマジックで書かれた字を見せた。
「わかりました。私がちゃんと渡しておきます。どこに?」
「だいどころの、じゃぐちのしたです」
杉菜はちょっと、とその場を離れて台所に向かい、キッチンの流し台の下の棚を開ける。そこに、サンフラウモンメモリが転がっていた。
「……まだ行っていなかったんですか?」
声に振り返ると、小林と血まみれの少女がいた。
「サンフラウモンメモリ、そこにありましたか」
「……小林さん、ちょっと用があるので公安の人達に私抜きでホテルに行ってもらう様言ってもらっていいですか?」
公竜はわかりましたと言うと、無線で指示を出した。
そして、さてと少女に向き直った。
「では……少し早いですが、質問します。あなたはあの男を殺した犯人ですか?」
公竜の言葉に、杉菜はおっと目を丸くした。
「小林さん、いつから気づいて……」
「最初からです。あなたが自分に電話をかけてきたかと聞いた時、彼女は頷いた。しかし、蝶野の鱗粉は年齢を戻す様な代物です、直近数時間だけを巻き戻すことは難しい。その時点で彼女は、『全て覚えているがわからないフリをしている』もしくは、『電話をかけた子供のフリをしている別人』の二択になりました」
「……あ、あの、それは勢いで頷いてしまっただけで、嘘を吐くつもりじゃなかったんです……」
「もう一つ理由があります。状況的に蝶野が生きてないと説明がつかないんです。蝶野の鱗粉による記憶操作は、年齢を戻すことによるもの、つまり都合よく細部の記憶だけぼかすことはできない。それで昨日まで近くの小学校に通っていた子供が来なくなるなどしたら問題になるので……別の記憶操作や誤認の手段を持っていたはず……それを使ったとみられる状況が殺害の後に起きています」
「……いたことは覚えているけど、詳細のわからない女」
「そうです。鱗粉ならばいたこと自体がわからないはずなので、それは蝶野のメモリによるものと考えられます」
「あ、えと、でも……だったら、その人が私を操ってやらせてそのまま放置って可能性も……」
「もう一つ怪しむ理由があります。今日、和菓子作り体験を行なった和菓子屋さんに子供達の人数何人分の和菓子を用意したか確認しました。十二人分用意したそうです……が、今いるのはあなたを含めると十三人。一人子供が増えていることになります」
そう言って、公竜は懐からミミックモンのメモリを取り出した。
「しかし、当然ですが自分が子供になって記憶を失う訳にもいかない。となれば、姿を変えるメモリを使っているということになります」
『ミミックモン』
「は、犯人なら……保護されるあっちの子供の方に化けると思いませんか? 私、私は……」
「最初の不用意な頷きがなければ、あなたは真っ先に候補から外れる立場だ。色々聞かせてもらいます。この男性は誰か……なぜこんな回りくどいことをしたのか……蝶野はどこにいるのか……」
公竜は、ベルトに手をかけながらそう言った。
「……やはり、お兄さんは違いますね」
ぐち、ぐちりと少女の肉が服が波打ち変形していく。
「お察しの通り、蝶野雄二は生きています。この死体は肉体を変形させる応用で作り出し、切り離した私の肉ですので死人はいません。こんなことをした理由は……お兄さんはどこまでわかっていますか?」
少女から赤い毛皮に異様に鋭い歯列の狼へと姿を変えていく。
「僕の予想では……あなたは、蝶野の能力を使いたい何かがあるが、説得できていない。猗鈴さんの件で姫芝さんが来て、倒され収監されてしまうのも困る。そこで、蝶野にこの偽装殺人を……」
「そうです。私はあの男の能力を、ある人を救う為に使いたい。しかし、あなた達に倒されるからは間違いです。あなた達にはここにある程度いてもらい、あなた達が蝶野を殺そうとする相手とぶつかって、ついでにあなた達の口から蝶野は殺されたと嘘情報を伝えてくれるのを期待しました」
そして、パッと光を放ちながら、身体からメモリを排出し、残ったのは妙齢の女だった。
「……誰かが、蝶野を殺しにここに来ると?」
「えぇ、あの男は、よりによって美園猗鈴を子供にし、そのことを美園夏音に伝えてしまった。あの男は、最も身内に愛情が深い最高幹部、未来さんから聞いた話が確かならば、妹一人の為に組織さえ欺こうって女のその妹を害したことを、堂々と朗報として伝えたんです」
「……あなたは、美園夏音が何をしようとしているか知っているんですか?」
「少しだけ聞いています。が……それは、私と手を組んでくれなければ言えません。私が救いたい人を救ってくれると約束するまでは、教えません」
「……救いたい人、それは誰ですか?」
「未来さん。組織の幹部ミラーカであり、あなたの双子の妹……私から見た場合には、命の恩人です」
そう言った直後、外で発砲音がした。
その後も発砲音は続き、静止する様な声も続く。
「……外に待機させていた職員達ですね。行きましょう」
建物の外に急いで出ると、そこにいたのは、倒れ伏す公安の人間達と、その中心に立つ変身済みの夏音だった。
「……猗鈴は今、変身できないでしょうに出歩くのは不用心じゃない? 姫芝」
「蝶野を、殺しに来たんですか? だったら残念でしたね、既に蝶野は死にましたよ。私達が着いた時には既に、仲間割れで死んでいました」
「あらそう、じゃあ……これで猗鈴を元に戻せる人間はいないわけね」
まぁでもね、と夏音は伸びをした。
それを見て、一人の公安職員が寝転がった体勢からなんとか銃を構え、発砲する。
発砲に反応して夏音の手が動く。弾を骨の表面で受け止め、滑らせて相手に返す。
「人の話に横入りしちゃ駄目って誰も教えてくれなかった?」
悲鳴を聞きながら、夏音はそう言って穏やかに微笑んだ。
「……どうします? こっちは二対一で戦う準備はできてますよ」
杉菜はそう言いながら、ちらりと背後を見た。あの女は既にそこにいなかった。
「二対一……? ブレスドと、ザッソーモンメモリだけで、私と戦うつもりなの?」
「ブレスド……?」
「僕の変身ベルトの正式名です」
なんでそれを知っているのかと杉菜が疑問に思うと、見透かしたように夏音は笑みを深めた。
「そのベルトの開発には、私も一枚噛んでるもの。『祝福された』ベルト、吸血鬼が扱うには……なんとも皮肉な名前だと思わない?」
その言葉に公竜はグッと奥歯を噛み締めた。
「そして、当然そのスペックも弱点も把握している。多量のクロンデジゾイドを用いている為重く、速度に難がある。遠距離武器やバイクへの変形はその欠点を埋める為の装備、それじゃ私は倒せない」
「そのベルトが組織製って……」
「安心してください。鳥羽の協力者が組織側の裏切り者というだけのことです。行きますよ」
「……わかった」
『ミミックモン』
『ザッソーモン』
公竜が声をかけ、杉菜も合わせて変身する。
『アトラーバリスタモン』『マッハモン』
ブレスドの腕が一回り大きな拳に換装され、脚には刃のついたタイヤが付く。
「遠距離武器はありますか?」
「……一応、用意してもらってある」
「じゃあ、援護は頼みます」
エンジン音と共に公竜の足のタイヤが回転し、爆発的に加速し、夏音に向けて巨大な手で掴み掛かる。
それを夏音はぐるりと腕を回して振り解こうとするが、拳の付け根からワイヤーが伸びていなす。
「あら」
夏音の手が止まったのに合わせ、ワイヤーを公竜は巻き取りながら引っ張る。
夏音の上半身を引き寄せ、その顔面に向けて拳を振るう。
しかし、その拳は割り込んできた骨の翼に受け止められる。
「……ね? 遅いから隙を作ってもそれにつけこめない」
翼の隙間から手を伸ばして公竜の手首を掴む。さらに、掴まれた腕を回して、夏音は公竜の腕を掴む。
それに対して公竜が蹴りを入れようとするのも、夏音は上から踏みつけて押さえつける。
「私にはまだ翼と尻尾がある」
夏音はそう言うと、骨の翼で公竜の横っ面を思いっきり叩いた。
一度、二度殴り、さらに顎の下から尻尾で殴りつける。
さらにと翼で殴りつけようとして、夏音は横からの飛来物に身を守る為に翼を動かした。すると、カンと軽い音を立てて飛んできた矢を弾いた。
「二人の世界に入らないでください」
杉菜は片腕に着けた弓付きのグローブに、蔦でできた矢をつがえ、さらに放つ。
「……でも大した威力はないわね」
矢はやはり止められ、落ちる。
杉菜はグローブから深緑のメモリを抜き、ベルトから抜き取ったザッソーモンメモリを差し込んでボタンを押した。
『ザッソーモン』『スクイーズバインド』
地面に落ちた矢が解け、伸び、夏音の脚に絡みつく。
「うざい」
夏音は公竜を抑えていた手足をどけて絡みついた蔦を払いのける。
『モスモン』
電子音をさせ、公竜はガトリング砲に変わった腕を突きつける。すると夏音は片手を伸ばし、銃口に自身の五指を突き刺した。
爆発する鱗粉弾が銃の中で爆発する。
思わず公竜は痛みを堪える為に自身の腕を掴み、うずくまる。すると、その顎が蹴り上げられ、地面に転がされた。
「あーあ、指が折れちゃった」
あらぬ方向を向いた指を、夏音は見せつけるようにしながら公竜のことを踏みつける。
杉菜が矢を放つと今度は翼で受け止めず、すっかり治った指で挟んで受け止め、遠く投げ捨てた。
「慣れてないんでしょその武器。私の動きが止まった時しか撃てないのがいい証拠」
夏音がそう言っている間に公竜は立ち上がり、新しくメモリを一つ挿し、ボタンを押した。
『タンクモン』『ハイパーキャノン』
公竜の胸に光が集まっていく。
「これも、さっきと同じように受けますか?」
「私、別に痛いのが好きってわけじゃないの」
夏音はそう言って、メモリのボタンを押した。
『スカルバルキモン』
遠目で見ていた杉菜には見た目に大きな変化はなく、ただ腕を振りかぶっただけに見えた。
しかし、目の前で見ている公竜は、そこに異様で重苦しい圧を感じていた。
それでも撃つしかない。それしか有効打が思い当たらない。
公竜の胸の砲から、光の砲弾が放たれる。それを夏音は思いっきり殴りつけた。一瞬、その動きが止まり、その瞬間に杉菜は指を伸ばして公竜の腕を引いた。
拮抗が終わり、砲弾が跳ねる。さっき出てきた砲口の位置へと寸分違わず飛んでいき、公竜の腕を掠め近くの雑木林に飛んで行って爆発する。
「一時的なメモリの活性化……そっちのみたいに派手な技にもできないし、持続時間も短いし、要改善かしら」
夏音はそう言って、手をひらひらさせる。さっきの様に骨折さえしていない。
その様に、杉菜はどうしても猗鈴がいればと思わざるを得なかった。
「level4のメモリで勝てないなら……」
一方の公竜は、ヴァンデモンXメモリを取り出した。公竜はそのメモリを今まで一度も試していなかった。使えるかもわからなかったし、彼女を死んだ後まで戦いに駆り出したくなかった。
だけどやらなければいけない。ここで諦めて死んで、彼女の元へ行けるとは公竜には思えなかった。
『ヴァンデモンX』
祈る様にメモリのボタンを押し、挿し込む。
『error』
しかし、ベルトから流れてきた音声は無情だった。
「……切り札は不発に終わった様ね?」
半ば放心状態の公竜に近寄ろうとする夏音に、杉菜は立ち向かいながグローブにザッソーモンのものではない深緑のメモリを挿しボタンを押した。
『ザミエールモン』『ザ・ワールドショット』
「次は姫芝?」
杉菜の左手のグローブに緑色の光が集まって、先ほど放っていた矢より二回りは太い矢に変わる。弓も光を纏って身の丈ほどまで大きくなる。
「えぇ、止めてみてくださいよ」
目一杯に引かれた弓から矢が放たれる。
確かにそれは先程までのそれに比べて早かったが夏音の反射できない速度ではない。
何も考えずとも夏音の手はその矢を掴み取ろうと動く。
あと少しでその矢が手に収まる。というところで矢は不意に巨大化してその手を弾き、夏音の胸に突き刺さり、その重さで数歩後退させる。
「は?」
そう口に出すと、突き刺さった鏃を尻尾で砕き、破片を手で抜く。
ぼたぼたと胸から黒い液体を垂れ流しながら、夏音は矢の飛んできた方向を睨みつけた。
「小林さん、早く!」
バイクに変形した公竜とそれに跨がろうとする杉菜に、夏音はすたすたと早足で向かう。
エンジン音を鳴らし、公竜と杉菜が走り出す。
すると、すぐに黒い壁のようなものに当たりそうになって、止まることを余儀なくされた。
「なんでこんなところに壁が……」
杉菜がその壁に触れると、それは冷たい冷気を纏っていた。
「私の能力。来た時にすぐに使い出したの、もう日も落ちたから、気づかなかったでしょ?」
夏音の言葉に、杉菜はチッと舌打ちをした。
二人が戦っている間に公安職員達はなんとか離脱していた。それを確認して杉菜は逃げの手を打った。だけど、これではおそらく逃げられてはいないだろう。
壁がアメーバのようにうねりながら空は伸びていく。月さえ覆って暗闇になる。
暗闇の中、夏音の足音だけが響く。
暗闇で見えないのは向こうも同じ筈だと二人は考えた。
ならば、なんとか距離を取って穴を開けて逃げる。自分達が逃げればおそらく追ってくる、そうすれば公安職員達も助かる見込みがある。
そう考え、まずは穴を開けられるかと公竜が壁に蹴りを入れる。しかし、吸い込むような不思議な手応えで、全く手応えがなかった。
壁に穴が開けられなければ、逃げようがない。
「壁に触れば私には場所がわかる」
声と同時に、杉菜の腹に衝撃が走る。よろけて壁に手をつくと、今度は何かに足を取られて転び、さらに脇腹に衝撃がくる。
「ぐっ……」
「大人しくしててもいいわよ。凍死するまで閉じ込めるだけだから。
「……夏音」
ふと、女の声がして夏音はその声の方に振り向いた。
「……夏音、約束が違う。兄さんに手を出すのもやめて」
公竜は、その声のことを何故か懐かしいような知っているような気がした。
「私とやり合いたいの? 夏音」
夏音はその声が、軽井未来の声だと知っていた。
夏音はその声の方を向くと、少しだけ空を覆う黒い膜に穴を開け月光を取り入れた。
照らされたのは、金髪の女。日光から守るように肌を隠した女。
「……未来さんじゃないでしょ? 彼女は日光のないこの闇の中じゃ心を保てない」
そう言い、夏音はその女に向けて歩き出す。
「あなたが私の代わりに蝶野を殺してくれたの? お礼にすぐ楽にしてあげるわ」
その女が後退りするにつれ、未来の姿が崩れて狼の姿が出てくる。
「……逃げ遅れていたのか」
『姫芝! ディコットドライバーを着けて! こうなったらディコットで戦うしかない!』
「サンフラウモンメモリもドライバーもこっちにあるのにどうするっていうんですか?」
さっきまでは助言の一つもくれなかったのにとイラつきを隠しもせずそう言った。
『猗鈴さんがベルト持ってなかった時から予備のドライバーの準備は始めてた! メモリもある!』
「猗鈴は、まだ……子供でしょう?」
『それも大丈夫!』
「……ッもう、知りませんからね!?」
腰のベルトを外しながらザッソーモンのメモリを抜き、ディコットドライバーに着け変える。
『ザッソーモン』
『トロピアモン』
杉菜がメモリを挿すと、即座にもう一つのメモリが出現し、心が猗鈴と接続される。
前に変身した時と装備はほぼ同じ、だけどその肉体はいつもの様に再構成されて高くならない。元とほとんど変わらないままだった。
「猗鈴、本当にやれるんですか?」
「できる」
ディコットの身体で猗鈴はすぐに走り出す。
それを察知して、夏音はぐるりと振り向いた。
「……猗鈴?」
狼姿の女から興味が逸れたのを確認して、杉菜は足を止めさせた。
「やつの言葉に耳を貸しちゃダメですよ」
「猗鈴、姉さんよ。今の猗鈴にはわからないかもしれないけれど……大人になった姉さんなの」
自分で夏音は顔を覆う骨を剥がしてその顔を露わにしたが、猗鈴が動揺することはなかった。
「わかってる、見えてる。中身の奴等の色が違う」
その言葉に、動揺したのは夏音だった。
「……はぁ?」
地面に落ちた骨の破片が集まってきて夏音の顔を覆い、その表情を隠す。
「なにそれ、意味ないじゃない……」
夏音はそう言うと、だらりと手を下ろし、そして頭を血を撒き散らすほどに強く掻きむしった。
「猗鈴の姉じゃない私は夏音じゃない、でも私は夏音、夏音なのに……ねぇ? 猗鈴、八つ当たりしていい?」
「姉さんなら、妹(私)に八つ当たりしない。私(妹)の前で八つ当たりもしない」
猗鈴の言葉は、夏音の中の何かに触れたようで、夏音は尻尾で一度地面を叩きつけた後、ドームの天井に空いた穴から飛び出していった。
『メモリの反応が急速に遠ざかって……消えた。もう行ったみたい』
「……それは、いいんですが、ドームは残ったままですね。気温も下がり始めている。これはまずいですよ」
「それは大丈夫でしょ、姫芝さん」
「さん付けで呼ばれるとむずむずしますね」
「……年上でしょ?」
「大人の猗鈴も十歳差なのに呼び捨てでしたから」
「えっ……まぁ、とりあえずドームはこれで、なんとかなる……ってロボ姉さんが言ってる気がする」
ウッドモンメモリのことかと杉菜が納得していると、猗鈴は毒の手でドームの壁を撫でて溶かして穴を作っていく。
「……斎藤博士、猗鈴の子供になってる状態って治せるものなんですか?」
『それは大丈夫。小林さんからデータもらって、猗鈴さんの肉体も簡単に検査して、それがティンカーモンの鱗粉の効果ってわかったからね。解毒方がデジタルワールドで確立されてる、準備しとくね』
よかった、と杉菜は一つ呟いた。
「……私が子供になる前に調べていたこととかは大丈夫なんですか?」
『それは、治して確認するか……』
「あの女か、あの女がどこかに隠した蝶野に聞くしかないでしょうね」
杉菜が視線を向けた先で、女を公竜が追い詰め、メモリを捨てさせたのが見えた。
「……お兄さんは、未来さんの過去をどこまで知っていますか? あなたが里親に引き取られ人として生きてきた間どう生きてきたか、知ってますか?」
「知っています。いや……今日知りました」
公竜はそう言って、女の手に手錠をかけヴァンデモンXのメモリを手に取り見つめた。
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へりこにあん
2023年5月31日
In デジモン創作サロン
陽都ひまわり園、その表札も鉄の門もひどく年季の入ったものだった。
猗鈴は公竜と共に向かったが、公竜は先に恵理座の残した物を調べたいと、その際公安の機密情報も目に触れるかもしれないからと猗鈴だけ先にひまわり園に行くよう促したのだ。
「……記憶より小さい」
猗鈴は自分の胸の高さほどの鉄柵にそう呟いた。まだ五歳かそこらの時分には、この鉄柵は絶対に出られない檻の様に感じたものだったが、今なら簡単に乗り越えられそうに思えた。
「……どちら様ですか?」
「過去、この施設に世話になっていた者です。黒木猗鈴……今は美園猗鈴です」
「そうですか! それはそれは……私が来る前の方ですかね?」
「だと思います。十年以上前ですけれど、園長は二川(フカワ)という苗字だったと記憶してます」
目の前にいる少し戦の細い中年の男性ではなく、恰幅のいいおばちゃんだった。そもそも、あの時は女性職員が三人ばかしいただけで男性はいなかったはずだ。
「僕の前の園長ですね。ご病気で引退なされたんですよ」
「確か……糖尿病の持病があったんですよね?」
「そうです。甘いものの食べ過ぎは良くないですね」
この男は嘘を吐いている。猗鈴はそう確信した。
猗鈴が言った園長の名前はデタラメ、前の園長の三山(ミヤマ)も持病があったが心臓病で糖尿じゃない。なのに目の前の男は話を合わせてくる。
組織か公安かはわからないが、猗鈴、夏音、未来、公竜の四人がこの施設にいたことに何か関係あるのは間違いなく思えた。
「本日はどの様なご用件で?」
「最近、ソルフラワーで立てこもりがあったでしょう? 子供達が集まるヒーローショーのタイミングを狙ったという……それで、少し心配になりまして」
「それはそれは、ですが、中心部と違ってこっちは平和なものですよ」
だから大丈夫ですとその男は言った。門を開けこそしているものの中に猗鈴を入れる様な様子はない。
「それはよかった。せっかくなのでこれ……少しでも足しにしてください」
猗鈴はハムのギフトセットを取り出して渡した。
「ありがとうございます。子供達も喜ぶでしょう」
男はにっこりと笑ったが、猗鈴を入れようとする様子はない。
「少し、中を見させて頂いてもいいですか? 懐かしくて」
「……そうしたいのは山々なんですが、今日は和菓子作り体験で職人さんが来る予定でして」
入れる気はないのだろう、やはり怪しいと思ったが、現時点で男が言ったことが嘘である証拠も猗鈴にはない。不審者と思って適当な対応をしているだけということもあり得る。
そんなことを考えていると、ふとエンジン音がして、一台の白いバンが止まった。
「あ! やっぱり美園さんだ!」
運転席から降りてきたのは便五だった。おーいと手を振りながら降りてきて、男に気づくとぺこりと頭を下げた。
「施設の方ですよね? 和菓子作り体験で来ました。本日はお世話になります」
「あ、どうもどうも……お知り合いで?」
「幼馴染です」
「美園さんはなんでここに?」
「私、ここの出身。最近物騒だから気になって様子を見に」
「そうなんだ! 僕は家がやってるボランティアの一環で」
「おーい、便五、やっぱり猗鈴ちゃんだったかい?」
「なんか様子見に来てたんだって!」
「へぇ、やっぱ美園家は意識高いなぁ。便五には言ってなかったけど、今回のこういう活動も美園家が支援してくれてるし、この施設にも確か出資してるんだよ」
「……出資してるのは両親で私じゃありませんから。何か手伝いましょうか? 多分便五くんよりも荷物持ちには向いてますよ?」
「お、じゃあお願いしようかな。ねぇ、佐藤さん。美園さんはウチでバイトしてた経験もあるんですよ」
「ま、まぁ……米山さんがよろしいのならば、断る理由もありませんが……」
園長はそう作り笑いをなんとか維持しながらそう言った。
「……便五から探偵してることは聞いてるよ。なんか依頼なんだろう? 適当なタイミングで抜けて調べる事調べておいで」
「ありがとうございます」
猗鈴はぺこりと頭を下げて、荷物を持ち上げた。
荷物を運びながら観察するが、園の作りは、猗鈴の記憶と大差ない。
「ねぇ」
ふと、中学生ぐらいの少女がそう猗鈴に声をかけた。
「……なに?」
「あなたは、帰ったほうがいいと思う」
猗鈴はその少女に何か見覚えがあるような気がした。
「なんで?」
「……よくわからない。よくわからないけど、あなたみたいな人が来ると、何かが増えるの」
「……なるほど。いつからここに?」
「聞いたら逃げてね? 六年前……理由は覚えてない。いつの間にかここにいたの」
交通事故か何かが原因で家族を失ったとしたら、ショックで記憶喪失になった可能性はある。そう思うのに、猗鈴の目はそこに何かあると言いたげに彼女の言葉に色を感じさせた。
「……私みたいな人っていうのは?」
「ここの卒業生……だと思う。全員に聞いたわけじゃないから、確信はないけど」
なるほどと猗鈴はひとりごち、荷物をまた中に運ぶ。
「……帰らないの?」
「すぐに帰る。ところで、今ここに子供は何人いるの?」
「十二人」
「職員は?」
「園長ともう一人女の人がいる……」
猗鈴はそれを聞くと、紙に電話番号を書いて渡した。
「もし何かが増えた気がしたら、そこに電話をかけて助けを求めて。甘いものが苦手なヒーローに繋がるから」
「……お姉さん、甘いもの苦手なの?」
「私は大好き」
変な人だなと、その少女、三山志穂(ミヤマ シホ)は思った。
和菓子作り体験が始まると、猗鈴は米山親子が園長を押さえてるのを確認してまず下駄箱を確認しに行き、それから園長室に向かった。
パソコンを開き過去に園にいた子供達の記録を見つけると、猗鈴は黒木夏音、黒木猗鈴、小林公竜の名前を探す。
そうして探す中で、ふと一つのファイルに目を止めた。
「……真珠?」
海野 真珠(ウミノ パール)。
そうある名前ではないはずだと猗鈴はそのフォルダを開く。
『母親は不明、推定一歳の時、一ヶ月だけいて柳家に引き取られていった。』
過去の園長が独自に調べたらしい資料もあったのでそれも開く。
『父親は海野竜魚(ウミノ タツオ)、路上で通行人に手製の火炎放射器で火を噴きかける通り魔殺人を行い、警察の制止を受けても放火をやめず、改造エアガンを乱射した為、射殺される。』
『真珠は同日、事件後に行われた家宅捜索の際に発見され保護された。』
『引き渡される際、警察を名乗る黒スーツの人間から奇妙な忠告があった。鱗が出てきたり、角が生えてきたり、金属に齧り付くことがあった場合、連絡をして欲しいと。また、このことは他言無用であると』
『気になって事件のことを調べる内に、知り合いを通じて、事件の一部を目撃した引きこもり女性と連絡が取れた。彼女は警察には目撃していないと嘘を吐いたが、たまたまコンビニに行く為に外に出ていたらしい』
『曰く、男性は泣いていたと。手には何も持っておらず、口から火を吹いているようで、止められない、助けてと叫んでいるように聞こえたらしい。真珠ちゃんの体質に関わる内容かもしれないが、引き取った柳夫婦が気味悪がるといけないので、伏せる。』
それを読んで、猗鈴は今の園長の正体がわかった気がした。
「……趣味が悪いですよ、美園さん。いくら出資者とはいえ頂けない」
「そうでしょうね。あなたは、メモリ販売組織にデジモンへの適性が高い人間の情報を引き渡している……いや、組織の人間としてそういう情報を集めてリクルートさせている」
「……なんのことでしょう?」
「デジモンと適合しやすい人間は、感覚だったり身体の一部だったり、明確に他人と共有できない何かを持っている。他人と違えば問題が起きる。努力で変えようがなく、周囲の理解も得られない……そんな人が親になれば、全員ではないにせよ虐待や自殺に走る人は出てくる」
「僕にはあなたが何を言いたいのかさっぱり……」
「あなたは園長じゃない、園長にはさっき会った」
「なるほどなるほど、しかし……僕のメモリの能力、その詳細まではご存知でなかったようだ」
猗鈴はベルトを取り出して、腰につけようとする。
しかし、がしゃと音を立てベルトは猗鈴の手から落ちた。何故と自分の手を見て、猗鈴は自分の手が少しずつ縮んでいる事に気づいた。
そこでハッと顔をあげ目の前の男を見る。その男が何か、信じてはいけない人物だった様な気はするのに、何故かがわからない。
そして、それを伝えなくてはいけない。
「資料によれば……両親が亡くなったのは五歳か。五歳まで戻して差し上げましょう。なに、あなたには才能がある。もう一度、今度は組織に都合が良いように育ってもらうだけです」
元々猗鈴より小さかったはずの男が、自分より高いところにいる。その姿に恐怖した。
ここにいては危険だと感じ、猗鈴は近づいてくる男の足の上に、机の上に置かれた辞書を落とした。
「痛ッ! このッ! クソガキが!!」
だるだるになった服が揺れる。とにかく外へと、机を足蹴に窓から猗鈴は飛び出した。
そして、石を拾ってくるりと振り返ると、窓に向けて石を思いっきり投げた。
フィルムの貼られていた窓は、猗鈴が想像していたように派手に音を立てて割れることはなく、地味に蜘蛛の巣のようなヒビが入っただけだった。
「……ッ、失敗した」
走りながら、猗鈴はベルトを締め直す。男は、音も出なかったのにガラスに気を取られたのか、すぐには追ってこなかった。
「私はなんでここに……そしてどうして追われていたのか……」
まともな服を手に入れるか、それともこの場所から離れるか。少し迷って猗鈴は建物の外に出ようとして門を見て、鍵がかかっているのに気がついた。服がまともならよじ登れただろうが、裾を引き摺りながらでは登れそうにない。
どこか隠れる場所はと見回して、停まっていた車に気づいた。
「鍵がかかってる……」
ガチャガチャといじっていると、不意に後ろで足音がした。
「……美園さん?」
そう声をかけてきたのが便五であることが猗鈴にはわからなかった。
「……私を、知ってるの?」
「知ってる、うん? 知ってるけど……なんで小学生ぐらいになってるの? 服すごいことになってるよ?」
「私を隠して。追われてる」
「……わかった。とりあえず後部座席の足元に」
「あと、これ」
猗鈴はそう言ってズボンを脱ぎ始める。
「え? え?なんで脱ぎ始めるの!?」
「引きずった跡でバレるから、これを門の方まで引きずって、靴と一緒に門の前に捨てて」
「あ、うん。わかった」
便五はズボンを受け取ると、ふと違和感を覚えてそのズボンを探った。
「……携帯は流石に出しとくね」
「ん、ありがとう。誰かわからないけど……」
やっぱりわからないよねと呟いて、便五は携帯を猗鈴に渡すと、言われた通りにした。
そして、トランクからいくつかの道具を取り出した。
「事情はわからないけど、あと三十分もすれば僕達も帰る時間だから、その時に一緒に」
「……大人の私、探偵なんてしてたんだ」
「うん、美園さんはいつもかっこいいよ」
そう言う便五の顔を見て、猗鈴はすぐにその気持ちを察した。
「お兄さんは、私のこと好きなの?」
「え、まぁ……うん……」
「彼女に暴力振るうとか、おかしいぐらい借金してるとか、霊に取り憑かれてるとかしてたりする?」
「……してないよ? なんで?」
「お兄さん、いい人そうだから。ちゃんとフッてないなら大人の私は、お母さんの言葉を忘れちゃったのかなって」
「……お母さんの言葉って?」
「早く戻らないと見つかっちゃうから、話は後にしよ」
自分と死ぬのが幸せだと、お母さんはそう言った。探偵なんて危険なことをしてるのもきっとその一環だろうと猗鈴は思った。
でも、便五を見て猗鈴の印象は変わった。未来の自分が幸せになろうとしてるなら、それは裏切りだと思った。
母への裏切り、そしてその言葉を嘘にしたくない過去の自分への裏切り。
「お姉ちゃんは、大人の私をどう思っているんだろ……」
猗鈴は後部座席の足元で丸くなっていると、なんだか眠くなってきて、そのままそこで寝てしまった。
ふと、携帯電話が鳴った。赤い血のようなカバーのそれは、恵理座の携帯だった。
「……もしもし」
『鳥羽さん? 美園さんの友達の……カードゲームしてた、米山です。あの、喫茶ユーノーの連絡先って知ってますか?』
「……失礼。生憎、今はこの携帯を鳥羽は使ってなくて。僕は鳥羽の上司の小林です。メモリがらみで何かありましたか?」
『あ、ごめんなさい……小林さん。その、多分メモリがらみだと思うんですけど、美園さんが子供になりました』
「……陽都ひまわり園の近くにまだ彼女はいますか?」
「はい、今少し離れたところのコンビニの駐車場に……」
「わかりました。車があるなら少しそこから移動してもらっていいですか。私も車で向かいます」
公竜は電話を切って、目の前の黒い箱を閉じ、涙を拭った。
そして、その箱をうっすらと埃が積もった棚に戻し、ふぅと息を一つ吐いた。
「陽都ひまわり園……公安に利用された児童養護施設。出入りしていた公安職員、軽井命(カルイ ミコト)、彼女は、公安は、今もまだひまわり園に関与しているのか……?」
一人でポソポソと呟きながら少し考え、それから公竜はそのログハウスを後にする。目を閉じ、常人には感じ取れない公安御用達の魔術結界を掻い潜る。
車に乗り込み待ち合わせ場所のファミレスへ。
すると、便五は百四十センチ程、おおよそ中学生ごろに見える落ち着いた子供と一緒に座っていた。
「……美園さん、なのかな?」
「はい、美園猗鈴……覚えている年では十歳」
「……中学生ぐらいかと思ったが」
今の身長が百八十以上ありそうなことを思えば身長はまだ納得がいくが、それにしても落ち着いていると公竜は思った。
「今の私は十九歳の筈だと聞きました。大人の私は何をしていたんですか?」
十九歳を指して大人という感覚は子供か、と少し公竜は落ち着く。
「それを聞くということは、君には今の記憶がない。肉体だけ子供になったのではなく中身も子供になったわけだ。教えることは危険に繋がる」
「……大人の私も探偵とはいえ、民間人では?」
猗鈴は、子供にしては落ち着いているが、それでも明らかに不快そうな顔をして見えた。
「確かにそうだ。だが、この街は君の記憶にない数年で異常事態に陥り、大人の君が所属する探偵事務所とは協力関係にある。満足に働けるならば、僕もそう扱うことに異論はないが、そうは思えない」
君は子供だ、と公竜は言う。便五は、隣に座る猗鈴が着ているシャツをぎゅうと強く握るのを見た。
「……私は、大人の私に比べて弱いですか?」
「……あぁ、大人の君ならば、自分から身を引いただろう。彼女の判断力を僕は信頼している」
「美園さん……小林さんの言うことは尤もだよ。大人の猗鈴さんも何か失敗したんだから……」
「……わかりました。じゃあ、せめて伝えておきたい情報があります」
「……情報?」
「『メモリじゃない』」
猗鈴はそう言って、シャツの袖を引っ張ってシワの中に隠れた文字を見せた。
「大人の私からのメッセージです」
「……わかった。他にわかっていることを教えてくれ」
猗鈴は、淡々と男から逃げてきた時のことを話した。
そして、公竜があらかた聞き終えてその場を後にする。
その際、公竜はまた別の電話に応えていたが、猗鈴はそれに対して何も言わずに背中をじっと見ていた。
便五はそんな猗鈴が気になった。
「……美園さん、大丈夫?」
「大丈夫です。そういえば聞きそびれてました、お兄さんは誰ですか?」
「小学校の時の同級生の、米山便五です」
「……よねやま? いたっけ、そんなクラスメイト……」
私、小学生のはずなんだけどな、と猗鈴は呟く。
「大人の美園さんにも同じこと言われた……」
「……それは残念でしたね。ところで、私のこと苗字で呼ばないでもらえますか?」
「嫌だった?」
「大人の私はどうか知りませんけれど、私は、抵抗があります。私の、血のつながった両親は黒木姓です」
「じゃあ、黒木さんって呼んだ方がいいのかな?」
「……名前で呼んでください。美園のおかあさんやおとうさん達には、よくしてもらってます。だから、あまり裏切る様なこともしたくないんです」
ずっとそんな気持ちを抱えてきていたのかなと便五は現在の猗鈴を想像する。
「じゃあ、猗鈴ちゃんで」
「はい。それで……便五くんに聞きたいことがあります」
「え、なに?」
「大人の私は幸せそうですか?」
そう問われて、便五は夏祭りの日を思い出した。いつもより楽しそうだった気はする。でも、不意に消えたのもそうだし、自分が告白した時の表情もあれからずっと気になっていた。
「……わからないけど、僕は猗鈴ちゃんに幸せになって欲しいと思ってる」
「やめてください。私を幸せにしないでください」
それは、と聞こうとして、便五は口をつぐんだ。
「……わかった。理由は言わないでね。大人の猗鈴ちゃんから聞く。そして、幸せになってもらう」
「それはわかってないと言います」
「あ、まぁ……うん」
「でも、大人の私が言ってないことを言うのは確かによくないので……ちょっとふんわり話します」
「ふんわり」
「お兄さんは、人は死んだらそれで終わりだと思いますか? 私は、違うと思います。覚えている人がいる限りは……大袈裟ですけど、生きていると言えると思っています」
「うん、わかるよ。僕のおじいちゃんもおんなじ様なこと言ってた」
「ある大切な人がいたんです。その人が私にかけてくれた最後の言葉、『猗鈴は死ぬ方が幸せだ』って、その言葉を、私かお姉ちゃんが、ちゃんと覚えていれば、それをほんとにし続けてれば……お母、その人は……生きている」
便五は、なんとなく猗鈴の歪さの正体がわかった気がした。
大切な人の存在が痕跡がこの世のどこにもなくなることを、猗鈴は怖がっている。
いや、もっと単純に言える。
猗鈴は、家族の死を受け入れられていないのだ。
どういう死に方だったのか便五は知らないけれど、猗鈴はそれを受け止めきれなくて、こうしている間は生きているんだと自分を納得させてきたのだ。
「死んだ人のことを大切にするのは大切だね」
便五の言葉に、少し、猗鈴は反応した。肯定してもらえると思ってなかった。
猗鈴の知るいい人達は、自由になっていいとか、幸せになっていいと、まず猗鈴にとって大切な母の言葉を否定した。それは猗鈴のことを思う発言だとわかった上で、猗鈴は受け入れられなかった。
「僕は、多分今の猗鈴ちゃんから見て、一年か二年前に助けてもらったことがある」
なんの話だろうと、猗鈴は首を傾げる。
「大したことじゃないんだけど、それから自分も誰かが困ってたら助けようって思えた。この話は、あんまりしてない」
「……なんの話?」
「猗鈴ちゃんは、僕のこと、覚えてなかったでしょ?」
「……うん」
「僕も将来的には忘れちゃうかもしれない」
「……うん」
「でも、猗鈴ちゃんが僕を助けてくれたことは変わらない」
「うん、それで?」
「猗鈴ちゃんの大切な人は、何があってもいなかったことにはならない……猗鈴ちゃんの言い方を借りれば、生き続けるよって話」
便五はそう微笑んだ。
「猗鈴ちゃんが忘れても、その人がいたから猗鈴ちゃんがいて、猗鈴ちゃんがいたから今の僕がいる。そんな風に、誰も覚えてなくても、猗鈴ちゃんの大切な人がしたことはちゃんと残るし、どこかに繋がっている」
「……そうだと、いいな」
猗鈴はちょっと口元を緩めた。
「大丈夫、きっとそうだよ。そうだな……その大切な人の話を教えてよ。大人の猗鈴ちゃんが嫌がらないだろう範囲で、楽しい思い出とか、教えてくれたこと、なんでもいいよ」
「……大人の私もこうやって口説いたんですか?」
「いやいや、大人の猗鈴ちゃんには告白したけどフラレちゃったから……」
「……お兄さんじゃなくてストーカーさんって呼んだ方がいいですか?」
すっとソファの上で猗鈴は少し便五から距離を取る。
「うっ……大人の猗鈴ちゃんにもそう言われた」
「……ところで、刑事さんが解決するまでずっとファミレスにいるつもりですか? 私の服も服ですし……」
猗鈴はダボダボのシャツと、便五の着替え用のダボダボのズボンを指差しながら、そう言った。
「あー……もう一回小林さんに電話して、迎えの人に来てもらいます」
「仕方ないですね。じゃあ迎えが来るまで、聞いてくれますか? 私の……大切な人の話」
あと、パフェが食べたいですと猗鈴は言った。
「えぇ、そういう訳で……はい、よろしくお願いします。 ……クソッ! 小娘が!」
園長を名乗る男は、通話を終えるとスマホをそこにいた子供に向けて投げつけた。
それは、庇って間に入った志穂の腕に当たる。
「三山ぁ……今の俺はイライラしているんだ。わかるか? その上そんな反抗的な態度取られるとさらにムカついてくるわけだ」
そう言って、その男は志穂の髪を掴んでグイグイと引っ張った。
「あのクソガキも、その姉もだ! 俺が才能を見つけてやったってのに思い通りにならないッ!」
痛いッ、やめてくださいと震える声で志穂は呟く。
「俺が見出したから幹部になれた癖に……俺に感謝もない。言うことも聞かない! なんでずっとガキのお守りしながらめぼしいガキを探し続けなきゃならんのだ!」
そう言って、男は志穂の頭を床に叩きつけた。
「本庄め……公安にいた時は俺より役職が下だった男が! 俺にもlevel6のメモリさえあれば! 金はあっても派手に使えもせず! ガキの子守りなんて! しなくていいのに!」
そう言いながら、男は志穂を何度も蹴った。
そして、ふぅーと深呼吸をすると、男は自分の首の裏に手をやると、ぶちりと蝶の羽の様なものをむしって、それを志穂ともう一人の子供の頭の上で振る。
翅から落ちた金の粉が、志穂にかかると顔についた傷が消える。
「……志穂くん、少し子供達のことを見ていてくれるかな。僕は少し買い出しに行ってくるよ」
男は、そう優しく声をかけた。
「え、あ、はい。園長先生……ところで、私はなんでこんなとこに寝転んで……」
「遊んでいて疲れて寝ちゃったんじゃないかな?」
気をつけないと風邪を引くよと、男は優しげな声でそう言った。
ふと、志穂は床を見て、前に見た時と何か違う様な気がした。
汚れている服をぱんぱんと払うと、ポケットから猗鈴からもらった。電話番号の書かれた紙が落ちた。
「……これ、は……和菓子作り体験は、寝てる間に終わっちゃった、のかな……?」
いや、それはおかしいと志穂は眠気を払う様に頭を振った。
「運び込んでいるところ見てたのに、急にここで遊び出して疲れて寝るなんておかしい……また、何かがあったんだ、何かが……」
園長がいない今ならばと、志穂は園長室の固定電話を取って、その番号に電話をかける。
『もしもし』
聞こえてきた女の声が、さっきの長身の女性じゃないのはすぐに志穂にもわかった。
「あの、甘いもの苦手ですか……?」
『……誰からこの電話番号を?』
「長身で茶色い肩ぐらいまでの髪の……」
『その女性は?』
「わかりません……何があったかもわからないんです。でも、確か、何かがあったらこの電話番号にって。ヒーローに繋がるって言われたんです」
『……わかりました。その依頼、姫芝が承りました』
「あの、本当にヒーロー、なんですか?」
『職業は探偵です。でも、私の相棒がそう言ったなら、ヒーローでもなんでもやります』
そのやり取りを、電話をしている志穂のことを、一人の女がじっと見ていた。そして女は、野暮ったい金色の腕輪を着けた手で、スマホを取り出すと、どこかに連絡し始めた。
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へりこにあん
2023年4月23日
In デジモン創作サロン
デジモンリアライズのヒロイン、新城ミチさんと新海沙羅さん、そして二人のパートナーであるプロットモンとバクモンは、最後デジタルワールドを旅しているところが出てきたんですね。そして時々写真を送っていると。きっと今はさらに……というイラストです。 それぞれの写真の元ネタは大体DFQから、全部分かった人は教えてくれると嬉しいです。
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へりこにあん
2023年4月16日
In デジモン創作サロン
2022年4月、デジモンリアライズのサービスが終了した。 僕達はなんでも擬人化するもので、そのサービスの終わりを『死んだ』と表現した。 「デジモンリアライズが死んでから、見る夢が変わったんだ」 「……眠りながら見る方の話だよな? まさか手游死霊術師(ソシャゲネクロマンサー)になりたいとか言わないよな」 「そんなのがあるのか……!?」 「いや、ないよ。ないから期待した様な目で見るな」 そうか、と彼は項垂れた。なれるならなりたいと言わんばかりだ。 「……デジモンリアライズがやってる時の夢では、俺は主人公なんだ。エリスモンがいて、俺がいる。エリスモンは俺に笑いかけてくれるし、エリスモンの寝顔も見られる」 「その時点で大分キテるな」 「でも、サービスが終わったら、そこに俺がいないんだ」 元からいないだろとは言えなかった。キテるなと言った時点で、彼は茶化していい顔をしていなかったからだ。 「俺はトラッフルに行ってデジモン達のいる空間にいるのを細やかな楽しみとしているんだが、トラッフルは人気店になって主人公とエリスモンはもう毎日の様には来ないし、彼等がいても、俺は……俺は……遠巻きに彼等が千尋さんやロップモンと笑っているのを見てるしかできない……ッ!」 そう言って彼は唇を噛み締める。実にしっかりした設定だ。 「会話の内容さえ賑やかな店内では聞こえて来ないんだ……ッ! ごちそうさまでした、行ってきますとエリスモンが元気に千尋さんに言って、もんとハックモンと一緒に出ていくッ! それを……ッ、それを……ッ、俺はやっぱり見てるしかないんだッ!!」 僕は彼にせっかくだからとココアを出したのを後悔した。トラッフルで印象的な飲み物といえばやはりココアだ。エレキモンの飲んでたオレンジジュースや慧斗の飲んでいたコーヒーではない。いっそ描写のない紅茶とか出せばよかった。 「わかってる……わかってるさ…… デジモンリアライズの物語は終わったんじゃないんだ。俺達がそこにいないだけなんだ、思えば最初は極めて没個性的だった主人公が! シーズン1の終わり頃には俺達の知らないエリスモンとの思い出を回想してたッ!! その頃から俺達は、彼等の目線を一緒に見ていただけの影だった……ッ!!」 彼の目に涙が浮かぶ、顔も赤くなって感極まっているのが目に見えてわかった。 「元から俺達は、エリスモンとなんていなかった……ッ! でも、エリスモンのそばにいられないことが寂しいッ!」 綺麗な涙だった。大の男が大粒の涙を流している、こんなところを見るのはドラマの中ぐらいだった。 ずずずと、彼はココアに口をつける。 「mir○だな、これ……」 彼は飲んですぐにそう言った。 「……うちではココアといえばそれなんだ」 Twitterで知っている。彼はデジモンリアライズを見て、ココアをココアパウダーを砂糖とねるところからする様になったのだ。 たい焼き機も購入していたし、メフィスモンのバトルチャレンジエディションが行われた時には、モブの女子高生が素クレープの食レポをしていたという理由でクレープを焼いていた。 しかし、こうまで追い詰められているとは思わなかった。 ちらりと僕は彼の背後を見る。そこには、ちょっと気まずそうな顔をしたエリスモンとそのテイマーの女性がいた。 デジモンは現実にいる。知られてないし知られない様にひっそりと人間界では息を潜めている、人間界のあり様によって歴史ごと変わりかねない程強く影響を受ける情報生命体である。 後ろのエリスモンはその一体、女性は政府のエージェントである。 全てのデジモンが管理下にあれば完全秘匿するべきなのだが、そうではないしどうしてもバレそうにもなる部分もある。故にあえておもちゃやアニメ、漫画で存在を示している。そうしておけば、誰も本物の存在は信じず、本物もその影響を受けて形が定義される。 もちろん、作り手側は知らず、管理されてる範囲のデジモンに当てはまる情報もできたデザイン画などから選択して行なっている。そうすることで、管理下にない同種個体も影響されて同じ姿と性質を持つのだ。 「まぁ落ち着けよ……そうだ、もし、もしだぞ? デジモンが実際にいるとしたらどうする?」 過去、明らかな落ち目の時期があってもデジモンが今まで続いてきたのはこれが理由。 新たなデジモンは常々現れ、その度に新しいデジモンが作られる様促しているのだ。そこにいるエリスモンもそうして定義された一体。 「……つくばに住む、そして喫茶店を立ち上げる。俺は、俺は千尋さんにはなれないから、お前が店長だ」 「僕もやるのかよ」 僕は自分のストンと落ちた日本人形の様な髪とやはりストンと壁の様な胸を見て、無理だなと思った。 「……まぁいいや、じゃあ副店長……はロップモンか。キッチンスタッフの腕前を見せてもらおうか」 僕は彼の持ってきたクーラーボックスと大きな紙袋を指差した。今日彼を呼び出した口実は、デジモンリアライズを悼んで(現行作品を楽しみながらの)一周忌たい焼きパーティである。 やろうと決めた時は彼も軽いノリだったのに、いざ一周忌を意識すると悲しみが再燃してしまったのは誤算だった。 「そうだな……材料はこっちで用意してある。四人分って話だったが、誰がくるんだ?」 「それはまぁ、後のお楽しみってことで」 「そうか……とりあえずコンロ持ってきて、この箱の中のやつセットしといてくれ。俺は生地の準備してくる」 彼はクーラーボックスを持って馴れた様子でキッチンに向かった。それを見て、僕はちょいちょいとエリスモン達を手招きした。 「……びっくりしたよぉ。なんで泣いてたの、あの人」 「ボクもびっくりした……ボクじゃないエリスモンの話だけど」 テイマーの女性、堤間陽子(ツツミマ ヒヨコ)と、エリスモンはそう困った様な顔で寄ってくると、小声でそう主張した。 「ひよもエリスモンもごめんね〜。普段はもうちょいまともなんだよ〜、いいとこあるんだからアレで」 「……まぁ、一人暮らしのちーちゃんの家のキッチンの場所わかってるぐらいだから、そういうことなのはわかるけどさぁ」 「あー……わかってくれて助かる」 そう言いながら、僕は棚の中からカセットコンロを取り出す。すると、陽子は紙袋の中から電熱式のミニたい焼きメーカーを取り出した。 「アレ……? これ、ガスコンロ要らないやつじゃない?」 「ほんとだ。聞いてみる……おーい! このたい焼きメーカー、ガスコンロ要らなそうなんだけどー!」 「もう一つ、鋳鉄のたい焼き機が入ってるだろー。ガスコンロはそっち用、外がパリッとして羽付きとか作れるぞー」 だってさ、と僕が言うとエリスモンは羽付きってどんなの?飛ぶの?と陽子に尋ね出す。 陽子は少し止まった後、飛びはしないけどおいしいよ、と言った。この少し止まる感じがなんとなく選択肢を選んでる時っぽい。 とりあえずの準備を終えて落としても割れない木の皿を取りに行く。 「あ、そうだ焼きたてのたい焼きは熱いから、フォークも持って行った方がいいかもしれん」 「アレないの? よく売ってる時に入れてる紙の袋」 「……一応、雰囲気用に幾らか持ってるけど、途中から袋に入れるのめんどくなるだろうからフォークは持ってった方がいい」 「なるほど、あ、生地できたなら僕持ってくよ。代わりにこれ持ってって」 「……なんで?」 「いいからいいから。あと、僕の友達来てるから驚かないでね」 釈然としない顔の彼を先に歩かせると、リビングの入り口で不意に彼はすてーんと転んだ。 「……この唐突な展開、夢か? 尻が痛いタイプの夢か?」 「はじめて聞くタイプの夢分類だ。安心しろよ、現実だから」 「デジライズはノンフィクション……?」 「ストーリーはフィクション、でもデジモンはいる」 「……よし、理解した。落ち着いた。驚かせて申し訳ない、こんにちは。俺は怪しいものではない、斉藤晶(サイトウ アキラ)、後藤千佳子(ゴトウ チカコ)の友人だ」 彼は、晶は明らかに動揺して、落ち着いたと言いながら尻餅をついたままそう言って空に向けて手を差し出した。 僕はその手を掴んでまずは立てと引っ張った。 「いや、本当申し訳ない。もう大丈夫だ。あぁ、皿を拾わないと……」 晶はそう言って皿だけ拾ってフォークを拾わなかったので、僕は生地をちゃぶ台に置いて、フォークを拾った。 「……えと、私はちーちゃんの幼馴染の堤間陽子です。こっちはうちに住んでるエリスモン」 「……こん、にちは」 エリスモンが喋ると、晶はその場で声がかわいいと呟いて膝から崩れ落ちた。 「ふ、ふふ、何度も見苦しいところを申し訳ない。これからたい焼きを作っていくが、何か苦手なものとかがあれば遠慮なく言って欲しい。おかず系用の具も幾らか用意してある」 晶は足をガクガク振るわせながらそう言う。 「手の震えが取れるまで僕が代わりに焼こうか?」 「悪い、そっちのクーラーボックスの中にあんことかカスタードとかは先に作りやすい様に丸めてラップでくるんである。直火焼きは焦がしやすいからまずはたい焼きメーカーの方を使うといい」 「よしよし、晶はそこで思う存分膝ガクガクしててな」 じゃあ、たい焼き焼こうかと僕が言うと、陽子とエリスモンは思わず顔を見合わせた。 「このまま進むの?」 「感激が足に来るタイプだから、彼」 「えぇ、落ち着くまでおとなしくたい焼き指南に専念するので……」 そう言いながら、晶は僕のこぼした生地を拭く。手際がいい、こぼしそうだからと代わった僕の方が手際が悪そうだ。 「そういえば、エリスモンはたい焼き食べたことあるの?」 「あるよ!」 僕の質問にエリスモンは元気よく答え、晶はかわいさと感動で震え出した。 「でも、うちの近くのたい焼き屋さんとか知らないからさ。冷凍たい焼きしか食べさせたことないんだよね」 陽子の言葉にへーと適当に相槌を打ち、エリスモンの方を見る。 「エリスモンは何味が好きー? 僕はカスタード」 「ボクもカスタードすき。でもね、あんこがすき」 「そっかぁ、じゃあまずはあんこからかな? ひよこ、つぶあん? こしあん?」 いつものはつぶと陽子が答えたので、僕はつぶつぶカスタードで三つ焼く。晶の分はまずは焼かないでおく、まだ足が震えている。熱々のたい焼きをぴぇーとか悲鳴を上げながら放り投げられては困る。 「……少し慣れてきた。こっちは任せてくれ」 「まだ足震えているけど大丈夫?」 「大丈夫だ、問題ない。そのミニたい焼き機は三個しか同時に焼けないしな」 確かに、ミニたい焼き機で焼けてるのは人形焼みたいなサイズのたい焼きだ。 大丈夫ならいいけどと言いながら、僕はミニたい焼き機で焼いた表と裏の生地を合体させようとする。いきなり一個失敗して、カスタードのたい焼きが前後逆に重なってひっついてしまった。 「……俺がやるよ」 晶はそう言うと、軽くひょいひょいと残り二個のたい焼きを重ね合わせた。 「あとは焼き目がつくまで焼くだけ。簡単だから、次はエリスモンが自分でやってみてもいいんじゃないかな」 その簡単なのに僕は失敗したんだが、と思いつつ口には出さない。 「え、いいの!?」 エリスモンの笑顔に、晶はのけぞって天を見上げながら、震える手で親指を立てた。 「ひっくり返すとこだけちょっと難しそうだから、一緒にやろっか」 陽子がそう言うと、エリスモンはうんと頷いた。 エリスモンはデジモンリアライズの成立する辺りで、当てはめられたデジモンだから、まだ意識が明確になって五年弱ぐらい。まだまだ子供だ。 「そうだ、こっちの二個の中身はどうする?」 「甘いものばっか食べさせるのも良くないから、おかず系、できれば野菜あるやつがあると……」 陽子の目線は完全に保護者。 「ふむ……ここにキャベツがあるから、ウインナーとトマトも挟んで、たい焼きサンドイッチにするのは?」 「それならエリスモンも食べられるよね?」 「うん、食べる」 ちょっとテンション低めになったのがよくわかる。 「エリスモン。カレーは好きかな?」 「好き!」 「じゃあ、このキーマカレーも挟んでおこう」 晶はそう言って、クーラーボックスからラップで包まれた黄色っぽい茶色の塊を出した。 わーいとエリスモンが喜ぶ横で、陽子はちょいちょいと晶を呼ぶと耳元に口を持っていった。 「あの、そのカレーって甘口?」 「まぁ、千佳子から子供連れてくるって聞いてたんで……」 「ありがとう。エリスモン、甘口じゃないとカレー食べられないの」 かわいい、と晶が呟いたのが口の形でわかった。 「……それにしても、準備よすぎじゃない? 有給取って準備した?」 「いや、今日に備えて今週毎晩何かしら具を用意して冷凍しておき、朝四時に起きてクーラーボックスの中に入れ、適度に解凍しただけだ」 「僕はお前がちょっと怖いよ。たい焼き屋になるつもりか?」 僕の言葉に、晶はそのつもりはないがと言いながら、鋳鉄のたい焼き機を手早く閉じてひっくり返ししつつ、反対で焼き上がったミニたい焼きを小ぶりな袋に入れる。 手際がいい。僕の手伝える部分がなくなってしまった。 「はい、熱いから気をつけてな」 人形焼ぐらいのサイズのミニたい焼きをエリスモンはペロリと食べて。むふと口角を上げた。 リアクションがないので晶の方を見ると、白目を向いて気絶していた。 「……彼,大丈夫? まともに日常生活送れてる人?」 「自信がなくなってきた。こいつなデジタマ預けて大丈夫かなぁ」 デジタマという言葉を僕が発した途端、晶の身体がびくんと震え、黒目が戻ってきた。 「お、蘇生した。たい焼き焦がすなよ」 「大丈夫、大丈夫だ……たい焼きメーカーの方は引き続き甘いのを焼こう。鋳鉄の方は、とりあえず俺と千佳子もサンドイッチ一つぐらい焼いとくか?」 晶はそう僕に聞きながら、先に焼いている分を取り出して袋に入れ、エリスモンと陽子に渡した。 「そうだね。この大人用って付箋つけてあるラップのやつなに?」 「チリコンカンだ。具はカレーとほぼ同じだけど味付けは辛めでトマト系になってる」 ひき肉、大豆、そして玉ねぎ。たい焼きに入れていいよう濃いめの味付けになっていて、間違いないやつだ。 「ふーん……とろけるチーズもあるんだ」 「チーズとバターは甘い系にもおかず系にも使えるからな。シンプルにハムチーズなんかも美味いし、ちょっとはみ出させてチーズの羽を作ってもいい」 「あー、チリコンカンでチーズの羽つけたらお酒に合いそう」 「……お前、酒飲めないだろ」 そう言う晶も強くないのは知っている。大学の時、ビールから飲んでみようとしたが500ml一缶飲みきれなかったと言っていた。350mlが限界の男だ。 「酒に合うやつは割とクラフトコーラでも合う。エリスモンは炭酸飲めるんだっけ?」 生姜とかシナモンとかでさっぱりするからさと補足しつつ、僕はエリスモンの返事を待つ。 「たんさん……? 飲めるよ」 「エリスモン、炭酸ってシュワシュワだよ? 苦手だったよね?」 「うん、にがて……しゅわしゅわきもちわるい」 陽子に言われてエリスモンは手のひらを返す。陽子がお母さんに見えてきた。 「じゃあ、エリスモンは牛乳で割ってみようか。ちょっとクセがあるからお試しで用意するね」 キッチンに行ってクラフトコーラと炭酸水、牛乳に人数分のコップを用意してお盆に乗せて戻ると、晶が泡をふいていた。 「……何があったの?」 「いやぁ……千佳子戻ってきたら本題に入るかなぁと思って、リュックの中を確認したら、見えちゃってたみたいで……」 陽子のリュックは巨大な卵型に膨らんでいた。中に入っているのはデジタマ、エリスモンを部外者に見せたのは関係者にするつもりだったからこそだ。 「やっぱりちょっと無理ないかな? 彼とデジタマ育てるの」 「いや……まぁ、こんな風になるとは僕も思ってなかったけど。僕、自炊もできないしさ。デジモン連れて外食はできないし、好みに合わせて料理もうまくいかないとなるとやっぱり必要かなって……」 「そういう口実で、なし崩しに同棲をしたいと」 「まぁ、それはないとは言わないけど」 僕は誤魔化すようにエリスモンに牛乳で割ったクラフトコーラを差し出した。 「……そんな目論見が、いやしいな」 晶はそろそろいいかと鋳鉄の焼き型の生地の真ん中にチリコンカンを入れ、挟み込んだ。 「はいはい、どうせ僕は卑しい女ですよっと。チーズの羽は?」 「今つけると焦げるから、もう少し中に火が入ってから一度開いて周りに置いてもう一度閉じるんだ」 僕だったらめんどくさくて一緒にやっちゃうだろうな。そして炭の羽ができる。 「へー……エリスモーン、コーラのお味はどうかな?」 「うーん……なんか変な味」 エリスモンはクラフトコーラの牛乳割りを、飲んでと陽子に渡した。陽子はそれを飲んで、結構私好きかもと呟いた。 「……お前、いつから起きてた?」 「気絶はフリだ。先にエリスモン見てるのにデジタマだけで気絶するわけないだろ」 「お前の気絶の基準なんてわかるか」 ずるずると友達の関係に甘んじてきた。高校の頃からの付き合いだから、十年強。知らないことはまだまだ多い。 そしてこいつは僕のことを知ろうとしてるのかわからない。 「で、同棲についての話だが」 「……デジタマの方掘り下げろよ」 「そっちも大切だが、わからなすぎてイメージも沸かん。同棲生活ならまだ想像はつくだろ。住居の話に仕事の話、自炊がデジタマに必要となると……コンロがガスかIHかも気になるな。あとコンロの高さもやや高めの方が安心か。主に俺が使うことになりそうだし」 「同棲はする前提でいいのかよ……まぁいいのか、デジモン好きだもんな?」 「お前のこともちゃんと好きだから安心しろ」 「友達として?」 「ドキドキしてた期間はあったが、今はそうじゃないからなそうかもしれない。まぁ、それでも特別に好きだとは思ってる」 我ながらちょろいもので、息が荒くなってるのか口は乾いてきて、顔もどこか暑く感じる。 「……デジタマと資料置いて帰った方がいい?」 「いや、そんなことないから。ほら、お皿がからだよ、たい焼き食べな。というか僕なんかおかずとかサラダとか買って来ようか?」 「逃げるな逃げるな。とりあえずエリスモンがお腹いっぱいになるまでいさせてもらうからね」 「エリスモン、どれくらい食べるの?」 晶はそう聞いた。まぁ、デジモンの成長期がどれぐらい食べるかは個体差が大きい。明らかに質量以上食べたりする個体もいれば、本当に軽くでいいってこともある。 「いっぱい食べられるよ!」 エリスモンは元気よくそう答えた。 「……言っとくけど、本当にいっぱい食べるからね? 成人男性ぐらいは食べるよ」 陽子はそう言った。 「それは、大変だ……持ってきた分だけじゃ足りないな。小麦粉と卵、あと砂糖。あるか?」 「うちの冷蔵庫はできあい品と冷凍食品とキャベツと卵で埋まっているからない……あ、この前タコパしたからたこ焼きの粉ある! 卵混ぜれば生地できるやつ!」 「なら……鋳鉄の方はお好み焼きでも作るか。肉は……ウインナーでいいか」 「冷凍の焼き鳥とかからあげならあるよ」 「タレ? 塩?」 「どっちもある!」 「塩だ。あと、キャベツの千切りな」 「なんかエリスモンのせいでごめんね」 「いや、エリスモンの食べる量を考えず大人三人子供一人と伝えてきた千佳子が悪い」 それはまぁそうだった。 「よし、晶キッチンに来て! 僕に千切りをやらせたらキャベツが真っ赤になるぞ!」 「……わかったわかった」 キッチンは狭い、僕が焼き鳥を冷凍庫から取り出して皿に出し、晶がキャベツを切っていると今にもぶつかりそうになる。 といってももうこんなことぐらいでドキドキするような付き合いではない。でも、別の理由でドキドキはしていた。 「さっきの話さ、勝手に進めてきちゃってるけど、いいの?」 「……まぁ、よくはないよな。相談しろよとは思う。でも、決定段階までなし崩しにいっちゃった方が情報が漏れないだろうと考えたんだろうなってことも思う」 「いや、それは……記憶消去とかできるから言ってもよかったんだけど、びびって言えなかったんだよ」 「ならよくない。でも、持ってきた話の内容は夢のようだから、俺は今結構ウキウキしてる」 晶は無表情でそう言った。表情筋が死んでいるように見える時がある。 「こっちからも一つ聞いていいか?」 「なんでもどうぞ? スリーサイズでも聞きたいのかい?」 「それも興味あるが……なんでデジモンリアライズを理由に呼び出したのかと思ってな。別にいくらでも他の口実があったろうに」 エリスモンにたい焼きを食べさせられた時点で最高の日にはなったが気になる。と晶は言った。 「……それは、デジモンリアライズのリアライズってさ、Re:Ariseって書くじゃん? こうリ・アライズって切ってることで、従来の『現実に現れる』的な意味に加えて、『もう一度立ち上がる』とか『もう一度現れる』みたいな意味にもなるって考察をこの前Twitterで喚き散らして泣いてたじゃん?」 「喚きはしたが泣いてはないぞ?」 「フィクションとして見ていたデジモンが、現実という形で君の前に再度現れた。これぞ本当のデジモンリアライズってネ! みたいなことを言いたかった訳ですよ」 「なるほどな……」 晶は納得したようだったが、実際はちょっと違う。晶の前に僕自身がもう一度現れたかった。関係を変えるのが怖くて友達として固まり切ってしまった僕でなく、同棲相手として、ともすれば恋人として僕を見て欲しかった。恋人になるという妄想をデジモンを通じて現実にしたかった。 浅ましいやら卑しいやら、考えれば考えるだけ恥ずかしくなってくる。 「デジモンリアライズは一年も前に終わったけれど、僕達のデジモンリアライズはこれからだぜ! 相棒!」 僕はそう言って晶に向けて拳を突き出した。晶は僕の顔を見ると、少し微笑んでキャベツを切る手を止め、僕の拳に拳をこつんと当てた。 「これからは、毎日いい夢が見られそうだ」
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へりこにあん
2023年4月08日
In デジモン創作サロン
「……斎藤博士によると、柳さんがいつ起きるかはわからないそうですよ」 「聞いてる」 杉菜の言葉に、猗鈴はそっけなく一言だけ返した。 一週間、毎日猗鈴は真珠の病室に通っていた。 話さなければいけないことは色々ある。大体は猗鈴が話さなくても代わりに杉菜が話していたが、それでも全てじゃない。 猗鈴にしかわからないこともあった。 「あ、窓閉めるなら鍵も……」 鍵の開いた窓に杉菜が手を伸ばそうとすると、猗鈴はそれを雑に掴んで止めた。 「毎日一回、姉さんが見舞いに来ている」 「……トロピアモンメモリの……ウッドモンのこと?」 「そう」 いつもあの窓から入ってくる、そう猗鈴は言った。 「……猗鈴は、なぜウッドモンを姉さんと?」 「メモリが、姉さんの色をしていたから」 「色……ね」 ウッドモンは夏音が自身に寄生させていたデジモンだろうと、盛実や天青は推測していた。そしてそれは記憶も共有したある種の宿主の分身とも言える存在。 ただ、猗鈴も同じ話を聞いている。だから、そう見えたというのもあり得るが、それだけでは夏音の姿の方を切って捨てた理由がわからなかった。 「……姉さんの肉体にいる何かは、色が違った」 事前知識からの判断ならそうなるのが違和感だった。となるとやはりそういう能力と結論づけた方がいいだろう。 「デジメモリの使用者や、脳にデジモンを寄生させた人間は副作用で能力を得ることがあるという話ですが……」 「前は寄生しているデジモン、普通の人間には見えないデジモンが見えるだけだった」 猗鈴は、真珠にかけられた布団に落ちた自分の影を見ながらそう言った。 「……抽象的な話をしていい?」 「どうぞ?」 「姫芝が私と繋がった時に見た、太陽に背を向ける向日葵畑、あれが私の副作用の象徴なんだと思う」 猗鈴の言葉に、杉菜は流石に微妙な顔をした。 「私は、地面に落とされた影から、『何に光が当たっているか』を推測して視界に映し出している。イデア論だっけ、ソクラテスの洞窟の例えみたいな」 「ソクラテスじゃなくてプラトン。私達は太陽に背を向け洞窟の壁に落とされた影を見てそれを実体だと思っているが、実体……魂の様な存在の核はそこにはない。という説」 詳しいね。メモリ買うやつは拗らせてるのいますからね。と軽く言葉を掛け合って、杉菜はふむと考える。 「つまり……例えば、普通の人間には見えないデジモンを見た。という時ならば……デジモンを見れる視覚を持っていたのではなく、『それ以外』を見ることでそこにデジモンがいることがわかり、それが視覚に反映されていた。と?」 「そういうこと。本来はまだ無意識の段階のそれが視界に反映されているんじゃないかと思う。形が定まらない、肉体的なそれとあまりにかけ離れていることを示すのが、きっと『色』」 「そうだとすると、じゃあ……あいつは一体なんだって話が。猗鈴が好きだからとお菓子を焼いたり。猗鈴のいないところでも猗鈴の姉として振る舞っていたアレの姿を私は何度も見ている」 「……私がいると入って来ない。姫芝、姉さんから話を聞くの、任せた」 もうそこにいる、と言って、猗鈴はふと立ち上がると病室を後にした。 杉菜が猗鈴を見送り、振り返ると、窓枠の上にセイバーハックモンメモリが、ウッドモンが立っていた。 「人使いが荒い……」 杉菜はタブレットを取り出してメモアプリを開くと、ベッド脇に置かれた小さな机の上に置いた。 「さて、聞いてたなら、教えてください。美園夏音という人のことを、あの女は誰なのかを」 ウッドモンは端子から細く枝を伸ばしてタブレットに接続すると、画面に文字が浮かび、セリフが読み上げられる。 『わからない』 「……あなたには、夏音の記憶があるんじゃないんですか」 杉菜はその返答に苛立って、そう返した。 『私にあるのはおよそ半年前までの記憶』 「だとしても、なんかあるでしょう?」 目の前にいるのはある種目の前で真珠が横たわっている理由の元凶の記憶を写し取った分身。 杉菜はその無責任な発言が許せなかった。 『……真珠は、組織の本部から大学に隔離して、なるべく巻き込まない予定だった。私私が目覚める前に、メフィスモンから引き剥がし、組織から放逐する予定だった』 タブレットから聞こえる音声に抑揚はなく、淡々とそう述べられる。 「……何言ってるかわかってるんですか? じゃあ、なんであの女は嬉々として殺しに来たっていうんですか!」 夏音がいなければ、真珠が妊娠してないのがわかってももっと違うアプローチができただろうに、助かったかもしれないのに。その思いが杉菜を叫ばせる。 しかし、メモリの身体からは感情は読み取れない。猗鈴の目を杉菜は持たない。 『半年の間に何かが変わった』 「何かって何が!」 『それは、ミラーカこと、軽井未来。最後の幹部である彼女がきっと知っている』 そう答えたのを最後に、ウッドモンはまた窓から出て行った。 病室から出た猗鈴は病院のロビーで座っている公竜を見つけた。 「……柳さんのお腹に、赤ちゃんはいませんよ。殺す理由はもうない筈です」 「彼女が産婦人科の医師から受け取ったというカルテを見ました」 公竜は封筒の中身を思い出して、少し俯いた。 「あの日、小林さんは盛実さんにどう言いくるめられたんですか?」 猗鈴は自分の態度が少し刺々しいのはわかっていたが、それだけ心がささくれ立っていたのだ。何もできず、何もわからず、救ったのも自分とは言えない。 「鳥羽の名前を出されました。鳥羽さんが救おうとした命が失われかけていると、柳真珠だと知らずに向かっていました。わざと遅れたりはしてません」 「……鳥羽さんが救おうとしたっていうのは」 「この病院から本来押収される筈だったデジモン関連の機器を残し、警察病院に何かあった時のためにと言い出したのは鳥羽です。加えて、鳥羽はここの産婦人科医にある資料を渡していました。公安も持ってない、古代に実際に人がデジモンの子を出産した時の記録です」 公竜の言葉に猗鈴は目を丸くした。 僕も知らなかったと公竜は続ける。 「……公安の後ろにある三体の天使の一体ケルビモンは、人間に好意的な派閥であり、知恵、知識、そうしたものを扱う天使。しかし、デジタルワールドから情報を持ってくるのは公安としてはかなり黒に近いグレー、公安がそれを把握したらどんな行動に出るかは斎藤博士のことでご存知でしょう」 公竜は、自分の手をじっと見た。 猗鈴は、何も言えなかった。 「柳は僕があの状態にしたようなものです。あの日、僕が殺そうとしていなければ……」 「結局、グランドラクモンに奪還されていただけかもしれませんよ」 「……そうですね。そうかもしれない。美園さん、少し一緒に来てくれませんか?」 そう言って、公竜は二枚の使用済のソルフラワーのチケットを取り出した。 「ソルフラワーに行くんですか?」 なんのために、そう聞こうとすると公竜は三枚目のチケットを取り出した。 「この三枚のチケットは、三枚目だけが本物です。あとは鳥羽の用意した偽物……本来ならばソルフラワーのHPに繋がるQRコードの代わりにオリジナルのQRコードが書かれています」 表示されるのは公安のパターンにある暗号であると公竜は言った。 「……一枚は、前に鳥羽さんの部屋で見つけたって言ってましたけど、もう一枚は?」 「産婦人科の女医に預けられていました。彼女が来なくなり、私が来た時に渡すようにと頼まれていたそうです」 淡々と口にしようとしている様だったが、公竜の声は冷淡にはなれていなかった。 「それは、つまり……」 「もし自分がいなくても、憎しみや自分の憎悪を乗り越え、柳とその子供を助ける筈だと信じていたんでしょう。僕は、今からでもできる限り彼女の信頼に報いなければならない」 恵理座の予想は現実にならなかった。想像上の公竜にはできても現実ではできなかった。そもそも、現実はそれ以前の話だった。 「……その暗号は、何を指してるんですか?」 「この街の外れ、ある施設を見下ろすように立つ建物です」 「ある施設……公安の何かですか?」 「いえ、一般の児童養護施設です。僕と双子の妹をほんの一月だけ預かっていた施設。陽都ひまわり園です」 その名前を聞いて、猗鈴の視界に極彩色のノイズが走る。 「……その施設は、私と姉さんもいました」 その言葉に、二人はお互いに黙って立ち上がり、一緒に病院を出た。 暖かな日差しが差すオープンテラスで、そのやたら厚着の女は何枚目かのステーキを食べていた。 焼き加減はレア、血の味がするぐらいがいい。 ふと、日差しを遮るように誰かが彼女のそばで立ち止まった。 「……えと、か、彼女ー、私とお茶しな、しません……か?」 そのどもった声に、無理におちゃらけた様子に、なんか変だなと軽井未来が顔を上げると、盛実がそこに立っていた。 「……どうしてここがわかったんですか?」 「SNSの垢特定した。写真から一時間経ってるからもういないかとも思ったけど……やっぱりいた」 「何をしに私の前に? 組織の情報が知りたいんですか? それとも伏兵でもいて、斎藤博士は囮だったり……?」 「最高弁当大盛」 「……なんです? それ?」 「私のアカウント名。さっきフォローしたから! 私もアプラスさんって呼ぶね!」 「私達、敵同士ですよね? なんで趣味のアカウント名で呼び合うなんて……」 「所属が敵味方の前に、私達は同じヒーローショー観に行った特撮ヒーロー好き仲間でしょ? ここに来たのも主目的はオタトークだし!」 「……やっぱり他に目的あるんじゃないですか。最高弁当大盛さん」 「いいじゃん、同ジャンルのオタクが目を合わせるのはポケ○ントレーナーが目を合わせるのと同じだよ」 「ん? えと、それだと戦いになりません?」 「というわけで、私はここにカードを五枚伏せてターンエンド!」 盛実はテーブルの上に黒いスリーブに入ったカードを五枚伏せ、勝手に向かい合うように座るとタブレットで自分の分の食事の注文を勝手に始めた。 「……なんです、これ、はっ!?」 そのカードには、ゾネ・リヒターの美麗なイラストといかにもアーケードゲームで遊べそうなバーコードや攻撃力の数値、スキルの表記があった。 「こんな公式グッズはない筈……というかフォーマットがガンバライジ◯グのパクリ……まさかっ! 斎藤さん!」 「最高弁当大盛、オフ会で本名はNG。本名じゃないけど。恥ずいし」 「最高弁当大盛さん! あなた……作りました、ね?」 「ふっふふふ……その通り! エカキモンメモリを持ってすれば……アーケードゲーム風のカードを想像のままのクオリティで出力することが……可能!」 能力で出したカード自体は維持するの体力使うので、それは作ったカードをスキャンして作ったコピーカードだけど。と盛実は続けた。 「めっちゃクオリティ高い……あ、じゃあ私も……」 そう言って、未来はスッと、財布を取り出すと、一枚の真っ二つに割れた赤いメダルを取り出した。 「ん……これは、ア◯クの割れたタカメダ◯……ズッシリとした確かな重みだけど……ん? 何これ赤いとこまで金属……? でもちょっと透明感もあって、この材質はまさか……!?」 「えっと……クロンデジゾイドを使ってね、生体には馴染ませられるから培養した水晶体に染色して……」 「そんな方法アリ!? 成型は!?」 「生体に馴染もうとする時に自分から変形する性質があるから、型の中で培養と馴染ませ作業を行なって……」 「エカキモン(チート)なしでそれできちゃうのすごくない……?」 「まぁ、組織の設備使ってるし、なっちゃんにも手伝ってもらったし……」 そんな感じで十分近く喋っていると、 「めちゃうまハンバーグランチセットでーす。ごゆっくりどうぞー」 「あ、ありがとゃーす……」 店員がそう言ってハンバーグとライスを持ってきて、会話が切れた。 そして、ふと未来は自分達が敵同士であることを思い出した。 「……勢いで押し込んで来てるけど、私は馴れ合わない。もっと、シリアスな話がある……そうだろう? 結木蘭」 未来の瞳がほんのり赤みを増し、顔の一部の血管がビキビキと盛り上がる。 「……鳥羽さん、死んだよ」 その言葉に未来は固まった。 「……SNSにわざと場所がわかる写真を上げても、もう鳥羽さんは来ない」 盛実が続けると、未来は表情を情けなく歪めるも口からは声も出なかった。 「……小林さん、お兄さんとの仲を取り持つ役、私が代わりにできないかな?」 盛実の言葉に、未来の顔はスッと青ざめた。 「な……何を言ってるかわからない。私は、組織の幹部だから……鳥羽なんて警察の女は知らない」 「知らない人は鳥羽さんが女だとも警察官ともわからない」 名探偵じゃなくてもわかっちゃうってと盛実は笑った。 「……っなんで、死んだの」 「吸血鬼王に殺されたって聞いてる。X抗体を持ってるからって」 「……鳥羽さんは、できるなら母とさえ私達が和解することを望んでた。不死身相手に戦っても不毛だからって。X抗体は彼女が母の目を見ても声を聞いても、ちゃんと話せる為に必要だった」 未来は、目に涙が溜まっていくのがわかっても止められなかった。 「私は母とは分かり合えないと思ってた。兄が公安になったのと、私が組織に入ったのはきっと根っこは同じ……母への反発。兄は人として正しいことをやりたいんだと思うんだけど、私は……母の血が濃く出たから、仮面ラ○ダーになりたかった。暴力的な怪物の身体、誰かを愛し守りたいと思う人の心……」 未来は盛実に向かって喋っているのか、ただただ気持ちを吐露しているのかわからなくなっていた。 「私達は母という人でなしの怪物を諦めて、人として正しくありたいと思ってた。でも鳥羽さんはきっと、私達を見てた、人か化け物か以上に、私を、兄を、母を……死ぬべきなのはメモリを蔓延させた私や、母なのに……」 ぼろぼろと涙が溢れて落ちる。冷めた鉄板の上に涙が溜まっていく。 「……弁当大盛さんは、鳥羽さんから私のことを頼まれたんですか?」 「いや……私は、あの日、小林さんの妹で組織の幹部で私の本名も知ってて……なんか、こう、わかっちゃっただけ」 ちょっと気まずそうに盛実は言った。 「……わかっちゃった?」 「……小林さんのベルト、アプラスさんの作ったやつ、で、合ってるよね? クロンデジゾイド使いまくりなのは組織のクロンデジゾイドを使えるから。メモリが作品と関連するモチーフと、その一年後に放送の関係ないヒーローのモチーフが同居してるのは、私より数歳上でその世代がドンピシャだからで……小林さんとその双子の妹も……って」 公竜に恵理座がベルト製作者の情報を共有しなかった理由もそれで説明がつくし、天青と違って表にほぼ出てない盛実の本名に関しても恵理座と通じていたなら説明はつく。 「その通りです。私が兄の、小林公竜の使うブレスドドライバーの製作者です。そして……やはり私は、今この街を恐怖に陥れているメモリのその大半を製造した人の血を喰らう悍ましい……吸血鬼です」 未来はそう言って目の前の皿に残った涙まみれの肉を口の中に押し込み、お金を財布から取り出し始める。 「待って、その、なに? 今からなんかすごいことしようとしてる気がする。思い詰めた犯人の顔してる」 盛実は咄嗟に席を立つと、未来の隣に座り、席から出られない様にした。 「……今更、兄には会えない。私は何度も鳥羽さんにそう言いました。わがまま言って困らせて、そんなことしてなかったら、もっと戦力もあって鳥羽さんだって生きてたかもしれない……そう思ったらとりあえずやることはやらなきゃいけない。そうですよね?」 革手袋越しに未来は盛実の肩を掴み、退けようとする。 「うん……落ち着こう。今にも一人で吸血鬼王に突っ込んでいきそうな顔してる、ゼ☆」 ちょっとふざけた調子で盛実は言ったが、未来はそれに乗れる様な状態ではなかった。 「母の居場所はわからないので……本庄善輝を殺します。私は、ネオヴァンデモンのメモリの力で死んでも死なない……なっちゃんのそれと違って吸血鬼ならではの弱点はありますけど、本庄を殺し切るまでなら、私の正気も持つ筈……」 「……やるなら、小林さんも、うちのマスターも、持てる戦力を全部注ぎ込んで。一人でやることじゃないって」 聞こえた不穏な内容には触れず、当たり障りのない形で盛実は止めようとする。 「でも……この街でこんなに被害が拡大してるのは、私が旧組織の幹部たちを本生の尖兵として狩って回ったり、製造部のトップとして製造を続けてきたからで……ついには鳥羽さんまで……」 「そんなこと言ったら……一番悪いのは、多分、私、だよ?」 ちょっと顔を顰めた後、盛実はそう口にした。 「……へ? 何をしたんですか?」 「デジメモリの元って、古代デジタルワールドでルーチェモンと十闘士が戦争してる時に考案された、デジモン達の技を人間が機械を通して出力できる様にする装置だったんだよね」 「初めて、聞きましたけど……それが何か……」 「高校生の私は、その……デジタルワールドに行ってたんだけど、人間って足手まといでさ、何度も死にかけて、その時にたまたまそんな文献を見つけて……直前に生体に馴染むクロンデジゾイドの話も聞いていたし鉱山にも立ち寄ってて……複雑な挙動をする機械を丸ごとエカキモンの能力で複製すると、維持できる時間が短くて……でも作るには複雑すぎた」 「あ、え? 嘘……ですよね?」 「……本当だよ。私達、脳にデジモン寄生させてたからさ、人間の身体がデジモンのものに変われることを知ってたから……メモリにデジモンの力を入れるとこは元と同じ、だけど端子にクロンデジゾイドを使えば人間の肉体を出力装置にできるってことに気づいて、今の『デジメモリ』を開発しちゃった」 「……いや、でも使ってたなら副作用が出た筈で、そうしたら……」 「出なかったんだよね。脳に寄生していたデジモン、それぞれに最適化されたデジモンのデータしか基本使わなかったから」 メモリとの親和性を示す値が、適合値、じゃなくて適合率、なのはね、寄生しているデジモンを利用した場合を1とした場合の割合を示してるからなんだよと言った。 「だから、だからね? もしこの戦いに一人の元凶を見つけて決めようとしたならば……それはきっと、今のデジメモリを創り出した私なんだよ」 盛実は笑った。 情けない様な悲しい様な、それでいて励まそうとしているのだけは伝わってくるそんな顔で、笑った。
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へりこにあん
その他
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