フォーラム記事

へりこにあん
2022年9月26日
In デジモン創作サロン
「そこで何してるの……?」 その言葉に、声をかけられた赤いボサボサ髪の少女は口に含んでいたラーメンをごくりとほぼ噛まずに飲み込んだ。 家庭科室の机の上にはぬいぐるみと言い張るにはポップでなく、野良猫と言い張るにも微妙が過ぎる、中型犬ぐらいの大きな耳と長い爪の生き物がいた。 ガジモン、ふらりと痩せこけた姿で彼女の前に現れてなんとなく居ついた生き物である。 「家庭科室で鍋からインスタントラーメン食べてるってどういうこと……!? しかも野良猫……? 野良犬……?」 扉を開けたところにいたのは、今時絶滅危惧種だろう黒髪三つ編み眼鏡の少女だった。 「強いて言うなら飼い犬かにゃあ」 ガジモンがそう言うと、真面目な彼女には赤髪の彼女が言ったように聞こえたらしい。犬が喋ったことへの反応はなかった。 「飼い犬連れてきてラーメン食べさせてるの!? 塩分!! しかも机の上って汚れるじゃない!!」 「大丈夫大丈夫、ガジ……ガジラは自分で手足拭けるもんなぁ?」 「まぁ拭けるわねぇ」 赤髪の少女にガジモンはそう答えると、さっきまで麺を掴むのに使っていた爪を少女の手から受け取った布巾で拭いた。 「えっ!? わっ! かしこーい、かわいー、えらーい! 撫でていい?」 黒髪の少女はそう言って、ガジモンの側で思わ口角を上げ、手をパチパチとさせた。 「いいけど、委員長そんな安易なキャラで大丈夫? 今時真面目三つ編み眼鏡委員長が実はぶさかわ好きとかギャップかも怪しいよ」 「……なに? キャラってなんの話? ゲームとかは私よくわかんないよ?」 黒髪の少女はそう言うと、少し遅れてあ、と呟くと急にまた最初に話しかけてきた時のような責めるようなトーンで話し出した。 「ガジラちゃんがいくら可愛くても連れてくるのも、家庭科室でインスタントラーメン食べるのも食べなことは変わらないからね! あと、もう中学と違って委員長でもないし!」 ガジラちゃんって言ってる時点で説得力ないなぁと思いながら、赤髪の少女は鍋に残った麺を啜り一気にごくごくとスープを飲み干した。 「じゃあ、前みたいにゆうちゃんでいい? うちと横田家関わり多いから横田さん呼びなんてやってられないよ」 私も昔みたいにまいちゃん呼びでいいからと告げると、黒髪の少女は最初の出だしに困って口をもにょもにょさせた。 「……せめてユウキさんって呼んで。私は前田さんって呼ぶから」 「はーい、横田勇気(ふぁいと)さん」 赤髪の少女はそう聞いて黒髪の少女をそう呼んだ。 「私の名前ふぁいとって読むなら私も米(ヨネ)さんって呼ぶからね!」 黒髪の少女、横田勇気は赤髪の少女の言葉にそう語気を荒らげた。 「んー、了解。ふぁいとさん」 「前田ヨネー!!」 「はいはい、こちらヨネでございます。なき曽祖母の誇らしい名前故、恥じる理由もございません」 絶叫する勇気に、赤髪の少女、前田米は開き直って演技めいた口調でそう答えた。 「で、別クラスの委員長でもないゆうちゃんはなんで家庭科室にいるの?」 「……生徒会の庶務やってるんだけど、家庭科部が文化祭での部の出し物についての書類出してなくて、お昼でもいることあるって聞いてたから来たんだけど」 他にはいないし、いたらインスタントラーメンなんて作らせてないかと勇気はため息を吐いた。 それに対して、米は家庭科室の棚を開けるとファイルに入った書類を取り出した。 「はい、これうちの部のやつ。生徒会から人来たら渡しといてとは言われてたんだよね」 「……家庭科部なの?」 「じゃなきゃ、鍵貸してもらえないでしょ」 それもそうかと勇気はプリントを受け取り、家庭科室から出て行った。 背中を見送って、米は途中から黙っていたガジモンを見た。それに対して、ガジモンも米を見た。 「あの子大丈夫? 結局インスタント麺のこととかうやむやにされてたのわかってなかったみたいだし」 「……本人はしっかりしようとしてるけど、電波入ってる天然なんだよねぇ、昔から」 昔から、とガジモンは鍋を洗い出した米にそう聞き返した。 「イマジナリーフレンドってやつ? 喋る鳥がいたとか、ちょこちょこ変なのがいるって言い張ってフラフラしてた。それで、親達はすごい嫌がってた。他の子達がサンタもいないって気づいた頃にゆうちゃんは私達に見えないものを見ていたから。五年前ついに我慢の限界が来て……」 米はがしがしと鍋に強くスポンジを押し付けた。 「……まぁいいや、めんどいし」 「でもそれ、自分達みたいなのかもしれないよにゃあ」 「ガジモン以外にも……まぁ、いるかそりゃ。今更だけど、なんか漫画みたいに世界の危機が云々とか持ち込まないよね? 魔法少女とかも私にゃちょっとキツ過ぎるし」 心底嫌そうに米は言った。 「そういうのはないけど、みんながみんな自分みたいに話がわかるとは思わないほうがいいわねぇ」 「じゃあ、ゆうちゃんは今までたまたま話がわかるのを引き続けた訳?」 「まぁ……大体は向こうの世界でやってけなくてこっち逃げて来たんだろうからにゃあ、話がわからないにしても逃げてくとかもあるかな」 ガジモンの言葉に、ならまぁ放置してていいかと米は洗い終えた鍋を布巾で拭いた。 そうしている内に、昼休み終了の予鈴が鳴りガジモンを置いて米は教室に戻って行った。 「マイちゃんと話したの久しぶりだったなぁ」 放課後、生徒会室で一人勇気は嬉しそうに呟いた。 「横田くん、なんだかご機嫌だね」 「あ、中村副会長。家庭科部から文化祭の出し物の最終稿の書類受け取ってきました」 勇気からプリントを受け取った柔和な笑みを浮かべた中村という青年は、一つ頷いてプリントに目を通した。 「ありがとう……かぼちゃケーキの販売か、なかなかいいね。美味しそうだ」 「では、今日はちょっと早めに帰りたいんでこれで失礼します」 「ああ、会長には僕から言っておくよ。ちなみに理由は? いや、デートとかなら聞くのは野暮かな?」 中村の言葉に勇気の顔色はすんと落ち着いたものになってしまった。 「……そんなんじゃないですよ。相手もいないですし」 「そうなの? 横田くん可愛いのに」 そんなこととボソボソ呟く勇気の顔はほんのり赤くなり、口角も少し上がってしまう。 そのまま逃げるように生徒会室を出た勇気は嬉しいような悲しいような複雑な気分で学生寮へと戻った。 勇気は中村が好きだった。お世辞にも人が多いとは言えない過疎化の進んだ地元から出てきた彼女に対して、中村は優しくしてくれた。 用事というのも他でもない、翌日が中村の誕生日だったから、何かお菓子でも作れないかと思ったのだ。 「……喜んでくれるといいんだけど、無理かな」 都市部で土地が取れなかったのか、学生寮は学校から十分ほど歩くところにある。スーパーに寄るには少し寄り道が必要な為、勇気は細い横道に入っていった。 自分は彼から見た時、あくまで後輩でしかないのだろう。デートかもしれないと思ったとしても、特に気にならない程度なのだ。 ふと、何か妙な感じがして勇気は足を止めた。 子供の頃に何度も感じたことがある、自分にしか見えないナニカが近くにいる感覚。 いつもは通り過ぎる小さな社、そこにそのナニカはいて、御供物をむさぼっていた。 巨大なサザエのような殻を持ち土色の身体を滑らせたナニカ。そのナニカはぎゅるりと首を勇気に向けるとにたりと笑った。 「お前。俺が、見えてるな?」 「み、見えてない」 巨大な手の生えたカタツムリの化け物の様なナニカに、勇気は思わずそう返した。 「阿呆め、そう口にできるのは見えてるもののみよ」 凸凹とした口元を喚起に歪ませながら、そのナニカは巨大な手で勇気を掴んだ。 「お前を食らうて俺はこの世界での実体を得るのだ」 黄色い目をぎょろりと見せつけたそのナニカに、勇気はひっと息を呑んだ。 「前田さん前田さん、プリントは出したのかな? 教卓にないんだけど」 がっちりした体に可愛らしいピンクのエプロンをつけた男子生徒はそう米の前に抹茶のパウンドケーキを一本の半分置いた。 「それよりケーキ幾らか持って帰っていいですか? プリントはガジモンがラーメンこぼして捨てました。」 「マジかガジモン、こんにゃろめー!」 少し黄色いかぼちゃの香りのするパウンドケーキの半分を米の前に置いた女子生徒がそう言ってガジモンの頬を両側から手で挟む。 「やべべぶべぶひょう、ひゃんほはひはかは……」 「じゃあ前田が嘘吐いた罰ってことで!」 「ひふびん……」 部長と呼ばれた女子生徒はガジモンをもみくちゃにする。 「で、まぁケーキ持ち帰りたいんだって? 調子悪いの?」 チョコのパウンドケーキを米の前に出しながらまた別の少しおっとりした雰囲気のある女子が聞く。 「いつもなら部の余ってるの全部一人で食べるわよね」 だから今日もパウンドケーキ三本とか焼いてる訳だしとその女子は言った。 「んー……まぁ、ちょっと幼馴染が生徒会入ってたので、賄賂送ろうかと」 米はそう言いながら、パウンドケーキをキッチンペーパーで包んで、男子の先輩が差し出した大きなタッパーに詰めていく。 「送れ送れぇ! 部費アップしてもらえ!!」 ガジモンをぬいぐるみのように抱えながら、部長はガハハと笑った。 「生徒会にそんな権限ないでしょ……」 「そりゃ残念、でもまぁ、前田にこれ以上食わせすぎると相撲取りみたいになるだろうからちょうどいいな!」 「へーい、ご厚意感謝しまーす」 そう言って、前田は部長からガジモンを取り上げて 、ろくに教科書の入ってないスカスカのエナメルバッグにつっこんだ。 そして、家庭科部の部員達に見送られて生徒会室へと向かった。 「横田くんならもう帰ったよ。なにか用があるとかで」 「あれ、そうですか……」 「そうですね。そういえば、さっき伝えたいことがあって電話したんですけど出なくて……寮の部屋知ってるなら、電話をかけ直すようにと伝えてくれませんか?」 「……わ、かりましたぁ。失礼しまぁす」 あっという間に生徒会室を後にして、米は少し胸騒ぎを覚えた。 「ガァジィモーン」 「……部屋知らないから臭いで探せって話?」 「いや、それ以前の話。ゆうちゃんのお母さんはゆうちゃんが電波入ってたから過干渉気味でさ……連絡つかないとヤバヤバになるんだよね……」 米はそう呟き足早に玄関へと向かう。 「……どれくらいヤバヤバに?」 「うーん……一度、私がゆうちゃんを家に泊めてと呼ばれた時は、キッチンの床にコップの破片やら皿の破片やらが散乱していて、ゆうちゃんの脚が切れてたぐらい……?」 「それはぁ……ヤバヤバだにゃあ……」 ガジモンはそう言って、勇気の匂いを思い出して空にむかって鼻を鳴らす。 手を上げたい訳じゃないから、お母さんも自分の手元から離して、でも連絡取れない時のために寮母さんとか別の連絡先がある寮のあるとこにと続けかけて、そこで米は一度止めた。 「とにかく……ゆうちゃんと連絡が取れないはまぁまぁ異常事態。めんどいけど、何かあった方がもっとめんどい……」 「しかたないわねぇ……じゃあちょっと頑張ったげましょ」 カバンからごろんと落ちたガジモンの身体が光り出し、白と黒の毛皮を持つ大きな猫型の獣へと姿を変える。 「なにそれ」 「進化ってやつ。デジモンにはよくあること。今はランナモン」 「ダーウィンに怒られそうなネーミングしてんね」 米はその言葉にそう呟いた。 「まぁその前に先生に怒られるかな」 「確かに。まだ人いる時間だし、廊下だし……」 ランナモンが廊下にいる光景はどう見ても異常、そして咎められるのは当然すぐそばにいる米だろうことは想像に難くない。 「実体半分消しとくから、他の人には自分は見えないから大丈夫大丈夫」 「なにが?」 それであたしの姿は消えないのではと呟く米を口に咥え、進ランナモンは廊下を走り、窓から外へと跳び出した。そしてグラウンドも数歩で渡ると、そのまま近くの建物の屋根へと跳んでいく。 「明日には空飛ぶ赤髪デブって都市伝説ができちゃうなぁ……めんど……」 自身を咥えた屋根の上を駆けている事実から米は物理的に目を背ける為に目を瞑った。 「見つけた!」 「おや、案外お早いお着きッ……」 急に止まったせいで米の身体は揺られ、喋ろうとしたことと相まって牙からするっぽんと抜けて空を舞う。 ゆうちゃんがどうか以前に私の方が先に死ぬなあとふんわり思った。 「めんご!」 屋根から電柱へ、電柱から地面へと跳ねてランナモンは米の落ちる先に飛び込んだ。 「ぐべっ」 ランナモンの背骨がまぁまぁの勢いで肉に食い込み、米は醜い悲鳴を上げた後、べちゃっと地面に転がり落ちた。 「泥汚れとかめんどいのよねぇ……」 そういいながら米が顔を上げると、神社の賽銭箱の前に意識のない勇気が横たわっていた。 「ゆうちゃん? そこで何やっぐぇ!?」 四つん這いのまま勇気に向かって米が進もうとするのを、ランナモンが服を咥えて止めた。 「ガッ! ジッ! モン!」 「見えてないだろうけど、いるんだよそこ」 ランナモンがそう言うと、米の進んでただろう辺りの地面にめこと巨大な五指で押した様な跡ができた。 その正体たるカタツムリの化け物を見ているのはランナモンのみだった。 「おぃ!! なぜ俺はこいつを食えない!! 教えろそこの四つ足野郎!!」 カタツムリの化け物が勇気に噛みつこうとするもその顎はするりと勇気をすり抜け、傷ひとつつけられない。 その怒号も米の耳には届かない。米にはそれを見れる程の素養がない。 「モリシェルモン……幻見せて意識奪ったんだろうけど、見えてないのはいないと同じ、誰も見てないお前は誰にも触れられないのよ」 ランナモンの言葉に、米は流石に奇妙と首を傾げた。 「なに、何と話してんの?」 「マイは自分を見て、自分がならなんとかできると信じて自分のことを見て」 「意味がわからんけどわかった」 うんうんと米は頷いた。 「つまりなんもしなくていいと」 その言葉にランナモンは思わずモリシェルモンから目を離して米を見た。 「……違うよ? 今の地面どーんとか怖かったじゃん? ちょっと揺れたしさ。でも、なんとかできるはずだってこう……気を強く持って強がって欲しいっていうかさ……」 「だからいつも通りでいいんじゃんめんどいなぁ……ガジモンができるって言ったら疑わないって」 「……まだできるって言ってないんだけど、自分」 「じゃあできないの?」 米がそう言うと、いやとランナモンは首を横に振ってモリシェルモンに向き直った。 「マイが見てくれるなら、できる」 「じゃあ、できんじゃん」 めんどいから何度も言わせないでよねと米はため息を吐いた。 「うだうだうるさいぞお前ら! そもそも何故お前は当たり前のように人間に見えている! この世界に生きる資格が俺にはないと言うのか!!」 モリシェルモンの怒号が響く。聞こえてない米でさえ、空気の振動だけはその肌で感じる程の凄まじい怒号が。 「波長の合うパートナー見つけない限りは自分達デジモンはあくまでこの世界じゃ異物なのよ」 ランナモンの身体が光に包まれ変わっていく。 毛皮は黒く、二足歩行になった肉体は筋骨隆々、袈裟がけにしたチャンピオンベルト、背中にはロケットエンジンをつけて拳は鋼。黒鉄の人狼がそこに現れる。 「……顔が整い過ぎてる。もう少し不細工な方がガジモンっぽい。五点減点」 「百点満点? ちなみに今の名前はブラックマッハガオガモンね」 「十点満点。名前の修飾も多過ぎるのでさらに三点減点」 流石にひどいと米の言葉に人狼は頭を抱えた。 「だからうだうだうるさい!! よくわかんねぇけど俺を無視するんじゃねぇ!!」 そう言って猛然と襲いかかるモリシェルモンを、ブラックマッハガオガモンは左手一本で頭を押さえて止める。 「仕方ないでしょかまってちゃんめ。マイ達の日常にとって君は異物、本題から外れたぁ……」 ブラックマッハガオガモンはそう言って拳を握り、モリシェルモンの身体の下から天へ向かって振り上げる。 「蛇足!」 モリシェルモンの身体が浮き上がる。殻が割れて宙を舞い、さらに舞い上がる。 「パートナー見つけてマスコット枠で出直しな」 どぉんと神社の裏手の小さな雑木林にモリシェルモンが落下する。 「……もうゆうちゃん助けていい?」 「いいよ! あとワンパンした自分を褒めてよマイ!」 「えらいえらいガジモンはえらいのでゆうちゃんも運んで」 米は勇気が普通に息をしていて怪我もなさそうなのを確認すると、ブラックマッハガオガモンに適当にそう返した。 「いいけど見た目的には浮いてる感じになるよ」 「…… まぁ既にフライングデブになってるし、自分で運ぶのはめんどいからさ。私の部屋の窓開けとくしそこまで連れてきて」 「んーまぁいいか……」 ブラックマッハガオガモンは神社から珍しく走って去っていく米の後ろ姿を見て、にやりと笑った。 「ターボババアの噂知ってる? 返り血で真っ赤なターボババアが屋根の上を跳び回ってるんだってさ」 部長からそう言われて、米は一瞬嫌な顔をしたがすぐに否定するのもめんどいなと机に突っ伏した。 「……知りませんでしたぁ。ガジモン知ってた?」 「知らないにゃあ。ほら、自分ワンちゃんだからさ」 顔の前で手を合わせて尖った歯を見せないようにするガジモンに、今日もかわいいなぁお前はと部長はこねくり回した。 「そういえば、生徒会の幼馴染の子にあげたケーキの感想どうだった?」 今日もピンクのエプロンをつけた男子生徒がそう米に聞く。 「あー……喜んでくれましたけど、結局あの日食べなかったんですよね」 「あれれ、どうして?」 「好きな先輩にお菓子作るってんで、余分を処理してたらケーキまで手が回らなくて」 勇気はモリシェルモンのことは特に引きずらなかった。恋する乙女は強いのだ。 「あらあら、そういう話なんだったら私達にレシピとか聞いてくれればよかったのに……」 「あたしも昨日初めて知ったし、恥ずかしいから他の人に言わないでーって」 「それは仕方ないわねぇ……」 「ですねー、うまくいったらまた付き合わされそうなんで、おすすめのレシピ本とかサイトとか教えてください。本当、ゆうちゃんはめんどくさい」 そう呟いた米の口元は言葉と裏腹に笑っていた。
【彼岸開き】日常と異常の彼岸に【単発作品企画】 content media
1
2
23
へりこにあん
2022年9月24日
In デジモン創作サロン
大人は青春を隅々まで色鮮やかなものかの様に言うけれど、きっとそう言う人はさぞ楽しい青春をすごしたのだろう。 一方の私は図書室で、なんの本を借りるでもなく読むでもなくかれこれ二時間は持ち込みの参考書とノートに向き合って受験勉強に励む灰色の青春を送っている。 最早私自身、これが何の為の勉強なのかはもうよくわからない。 父は大学に絶対に行くべきと言う。きっとそれはそうなのだろう、でも、行きたいかといえば私にはよくわからない。 行った方がいいらしいから行きたいのかもしれない。父の気持ちを裏切りたくもない。そんな程度で私は受験勉強をしている。 そういうことを漏らすと、大学にも行けない人がいると言ってくるお優しい人もいるが、では大学っていうのは同情なんかで行くべきなのだろうかと思ってしまう。 そんなだから入りたい大学ややりたいことも特に思い当たらない。物心ついた頃には景気は沈んでいて、さらに沈んでいくばかりだから、あんまり大きなやりたいことは実現するイメージもできない。 イメージする成功例は、動画とかで見る、好きでもないけど安定した職を持ちながら趣味も楽しんでいる様な人達で、好きなことを職にとかして生きていけるイメージも湧かない。 とはいえ、私自身で考えると大した趣味もない。無料のネットテレビを惰性で見るのがせいぜいで、それも大して好きでもないからやりたくない受験勉強なんて惰性でする暇がある。 未来に希望もなくモノトーンの青春を送っていく。大人達の言うように学生時代が一番楽しいと言うならば、これからの未来は無限の苦痛だろう。 恵まれてないと嘆ける程馬鹿じゃないけど、恵まれてると思える程阿呆でもない。 何もできない危機感を抱きながら、膨大な選択肢から絞り込む方法もわからなくてなにもせずに燻って、今は受験勉強を言い訳にしている。 私には、私のやりたいことも私のこれからも何もわからない。 何をやってもうまくいくイメージがない。間違えたらもうやり直せない気がする。そんなことを思っていて受験勉強だってまともに進む訳もない。ついでに言うと最近は細かい物も何かとなくしがちだ。 私は何をどうすればいいのだろう。夢を語ったり先を見据えるクラスメイトが 二時間睨めっこしたノートに書かれた文字は片手ですっぽり覆い隠せる程度しかない。 「そろそろ図書室閉めるから、出てもらっていいですかー」 カウンターに座った図書委員の男子がそう声をかけてくる。その隣に座った女子とふと目が合うと、その子は何故か微笑んだ。 私は、なんだかその瞬間、さらに空虚な気持ちになって、はぁと一つため息を吐いて荷物を片付け始めた。 その直後、何か目眩に襲われた様な感覚に陥った。 ふと、足元を見ると窓から差し込む夕陽に照らし出される位置に影ができていた。 一瞬よくわからなかったものの、反対方向にも自分の影があることに気づいて、影だと思っていたものが影でないのに気がついた。 その黒いものは、赤い目をぱちぱちぱちぱちと何個も何個も瞬きさせると、ぐにゃりと歪んで嗤った。 「「あ、はは、は、ははは、はは、は」」 奇妙に途切れた、私の声と重なった悍ましい声でそれは笑う。いや、私の口も影が動くと一緒に動いているのだ。 私の様子に気づいてか、女子の図書委員が寄ってくる。 助けても、近寄っちゃいけないも、私の口からは出てこない。黙って筆箱の中に手を入れると、カッターナイフを掴んだ。 「「これでいいか」」 「え?」 思わず私は目をつむった。自分の手が振り上げられ、彼女の顔の高さに振り下ろされたのも、なにかに突き刺さった様な何かに受け止められた様な、しっかりと加えた力に反発する力を感じた。 静寂の中、そーっと目を開ける。 すると、彼女は耳の辺りまで裂けた口に並べた肉食獣の様な歯でカッターナイフを受け止めていた。 がり、ばりっ、ぼりがぎっ、とすごい音を立てながらカッターナイフを噛み砕き、彼女は取り出したティッシュの上に吐き出した。 「ごめんね、小城くん。カッターは買って返すから」 ふと、足元を見ると影じゃない影がすっぽりと入るように赤黒い魔法陣の様なものが描かれ、中心からドロドロと床が溶けて何か黒い沼の様なものに変わっていく。 何が起きているのかもわからず、なにか自分の口から罵詈雑言も飛び出ていた気がするが、影ごと足から沼に沈んでいく。 「一緒に地獄に落ちてね」 足先が沼を突き抜けた感覚があった。そして、そのまま身体も沈んでいき、私は、ついにその沼の下に広がったどこかへと身体を投げ出された。 落下している、と認識すると私はあまりの恐怖に気絶した。 目が覚めると、そこは明るい暗闇だった。 空は闇、ただどこまでも抜ける様な感じではなく、低く重い黒雲に満たされた様な圧迫感があり、時折、稲妻が走るかの様に光の線が幾何学模様を描いたり、謎のキューブ状の物体が浮いていたりする。 地面はアスファルトの様な黒っぽい灰色をした土の地面。見る限り植物の様なものはなく、なだらかな丘なんかは見えるが起伏はあまり大きくない。 寂しくて息苦しくて、その丘の先を想像するだけでも足元が崩れそうな心地になった。 「気がついた?」 その声に立ち上がって振り返ると、図書委員の女子がそこに立っていて、そばには赤い光で縁取られた透明なピラミッドの中にさっきの影じゃない影が閉じ込められていた。 「君は、図書委員の……」 「黒木バニラ、二年生。小城くんとクラス一緒になったことはないから知らないよね」 彼女は長い茶髪を少し揺らしながら、茶色よりも赤に近い目で私を見つめた。 「私の名前はなんで……」 私の質問に彼女は少し面食らっている風だった。私もまずはこの光景なんかについてやさっきの裂けた口について聞くべきとは思わないでもないのだが、現実離れしすぎていてなんと中触れたくなかった。 「それは僕が図書委員だからだよ。それなりに利用してる人の顔と名前は大体覚えるよ」 なるほどと頷いて、私はどうすればいいのかわからなくなった。じゃあこれでと帰れそうな場所ではない。 「巻き込んでごめんね、小城くん。アイズモンは陰に潜むデジモンだから……宿主が死ぬって状況に追い込まないと離れないんだよね……」 ピラミッドの中では目玉や鋭い歯列を浮かばせた影じゃない影が、液体の様な身体で拘束から逃れようと暴れていた。 「黒木さんはそういうのをいつも退治してこんなところに……地獄だっけ? に運んでいるの?」 「まぁ、そうといえばそうかな。いつもは捕まえて、このピラミッドに入れて、あの魔法陣にポイってする形。基本的には私も生まれてからこっちに来たことないよ」 「あ、そうなんだ……」 「でも、小城くん巻き込んじゃったからね。帰れるとこまで送らなきゃ」 「あ、帰る方法はわかってるんだ」 「生まれてからは来てないけど、生まれる前には来てるからね」 彼女の言葉に首を傾げていると、黒木さんはパッと私の手を取って、ピラミッドを持ってさくさくと歩き始めた。 私にはどっちを向いても同じに見えるけれど、彼女にとっては違うらしい。 「そういえばね、さっきは地獄って言ったけど、多分小城くんの思う地獄とは結構違うよ」 なだらかな丘を歩いていくと、突然、百メートル程行ったところに突然建物が現れる。遠くから見ていた時には建物どころか何もなかったはずなのに。 「じゃあここはどういうとこなの?」 その建物の前まで辿り着くと、私の鼻は知っている臭いをキャッチしたし、出ている看板にもひどく見覚えがあった。 「ダークエリアって私達は呼んでいる。罪人が輪廻転生する異世界。そして、この建物はエビカツが美味しいハンバーガーチェーン店」  鮮やかな赤いエル字と黄色い円の看板が、彩度の低い景色の中だと一際輝いて見える。 「ロッテリアだ……」 私は思わず呟いた。 「ダークエリアではロッテリアが主流なの」 そう言って、黒木さんは当たり前の様にロッテリアの中に入っていった。確かに、異世界なのかもしれない。 「いらっしゃいませー」 そこにいた店員は、人もいたが、明らかに人でない存在も働いていた。 私達は、エビバーガーとシェーキを買って自然に席についた。 窓の外は闇のまま、教科書が入ったエナメルバッグの様に影じゃない影が入った三角錐を脇に置いて、彼女はいちごミルク風のシェーキをずずっとすすった。 私はバニラシェーキを一口吸い、それが知ってる味なことに安堵しつつ、この光景の異様さとそれになんだか既に慣れつつあることを考えていた。 「人の姿で徒歩だと、元の世界に帰してくれる人……人? のとこまで何日か必要なので、ここからはちょっと私が犬みたいになって乗せてくんだけど、気にしないでね」 「……ごめん、気になるとこが多くてよくわからないよ。まず、なんで人かどうかで一回詰まったの……?」 「その相手が、アヌビモンっていうデジモンだから。アヌビスってわかる? ジャッカルの頭のエジプトの冥府の神。そんな感じの」 「そもそもデジモンもよくわからないし……」 「あぁ、それはね。まぁ化け物のジャンルだと思っとけばいいと思う」 妖怪とかUMAみたいなもの? と私がいうと、彼女はそうそうと笑った。 「あと、犬みたいになるってのは……」 「それはもう実際見た方が早いから、とりあえず冷めないうちにバーガー食べよ」 彼女は口を大きく開けてエビバーガーにかぶりつく。なんとなくそれがなんとも美味しそうで、私もエビバーガーに思いっきりかぶりついた。 口元についた衣を彼女はぺろりと舌で拭う。 そんな光景を見ていると、なんだかいろいろなことがよくわからなくなってくる。 当たり前の放課後の様な距離感だが、店の窓の外は異様な闇、目の前の同級生も普通に見えて普通でない。 「小城くんは付き合ってる人とかいるの?」 「いないよ」 質問の意味もよく理解しないまま、私はそう答えた。 まぁおそらく、話の種がなさすぎて大概の人に通じる話題である恋愛の話をしたいのか。 「ふーん、じゃあ、人前で話しかけても嫉妬する彼女はいないってことだ」 「友達いないの?」 言ってから、この返し方は最低だなと思った。 「友達は……まぁ多くはないかな。僕は、デジモン出たらそっち行かなきゃだからドタキャンしちゃうし、かといってそもそも誘いにも乗らないのもね」 家庭環境に問題があるだとか、パパ活してるだとか噂が立ったり立たなかったり、嫌だねと黒木さんは笑った。 「事情を知る人もそんなにいないんですか?」 「基本言っちゃダメだし、知られても知らぬ存ぜぬしなきゃだからね。小城くんは特別。寄生するデジモンの被害者ってことで経過観察必要だし」 デジモンってみんな寄生するわけではないんだと思った。 「でも、知らないふりで誤魔化し切れるの?」 「今は素人もCG作れるし作れる人達に依頼するのも楽だからね。動画とかあってもフェイクとしか見られないからね」 「確かにそんなものかも」 私は食べ終えたエビバーガーの包みを折りたたみながらそう言った。 「……ところで、ヨモツヘグイって知ってる?」 「知らないけど」 「黄泉の食べ物を食べると黄泉の住人になって黄泉に囚われるやつ」 「え」 手元のシェーキはもう八割ないし、エビバーガーに至っては影も形もない。 そして、彼女は私のシェーキに手を伸ばすと、自分のシェーキと入れ替えた。 「同じようにさ、僕のものを食べたら心が僕に囚われたりしないかなって思うんだよね」 そう言って、私のことをじっと見つめる。距離の詰め方がえぐくないだろうか。 本当にこれを飲めと言う意味なのか、それとも飲んだらキモいとか言われるトラップの類なのか。 私が悩んでいると、彼女は冗談だよぉと言いながらまた私のシェーキと彼女のシェーキを戻した。 なんと返せばいいのかわからなくて、戻ってきたシェーキを取って、一口吸った。ストローから手を離すと、からんとストローは右側に倒れた。 「……ちょっと、トイレ行ってくるね」 シェーキを一口吸ったら余計に対応がわからなくなった。思いつくまま別にトイレに行きたいわけでもないのにトイレに立つ。 そうして少し手を洗って気分を落ち着かせて戻る。遠くから見るとつまらなそうだった彼女は、私が戻ってきたのに気づくとへにゃと顔を緩めた。 わからない、友達とかもあまりいたことないから、距離感が本当に全くさっぱりわからない。 私は先に着くと、左側に倒れていたストローをつまんで一口シェーキをすすった。 「じゃあ、飲み終わったらそろそろ行こ」 彼女はそう言うと、シェーキを一気にすすった。私もそれに習ってシェーキを一息に飲み干した。 表に出ると、黒木さんはあんまり見ないだなと少し恥ずかしそうに言って、私に影じゃない影の入った四角錐を渡した。 みしみしみしと音を立てながら、黒木さんの姿が変わっていく。 口は裂ける様に横に広がり、腰が曲がっていく、すらっと細かった指も太く変わって爪と共に肥大化していき、さらには第二関節の辺りから裂けてさらに爪が現れて鎌のような形状になっていく。 私は、みないでと言われたけど目が離せなかった。 皮膚の色も黒く変わって、何か硬質なプラスチックの様な質感になっていく。両手も地面についてとうとう四足になる頃には、黒木さんの面影はほとんどなく、両肩に一つずつ顔をつけて、全身をアーマーの様なものに覆われた熊より大きな黒い犬がいた。 「ケルベロスっぽい……」 「当たり。この姿の僕はケルベロモンって名前なんだ」 聞こえてくる声は、身体が大きくなった分響く様な雰囲気と低さこそあるものの、黒木さんの面影が見えて少し安心した。 「可愛くないのが嫌なところだけど」 「……尻尾とか可愛いよ。トカゲみたいで」 フォローのつもりで言ったけれど、言ってからトカゲって女子的にはどうなんだろうと思った。 すると、尻尾がぶんぶんと振られた。 「そんな可愛くないと思うけど、ありがとう」 表情はよくわからないけど、尻尾の揺れ方は犬が興奮している時のそれにしか見えない。 ならいいのかなと思っていると、彼女は私の前でぐっと体勢を低くした。 「乗れる?」 そう言われて、私はその背中を触ってみる。アーマーの様なものは結構硬くて滑りやすそうだが、若干ザラつきもあってこれなら一度乗ってしまえば大丈夫そうな気もする。 とりあえずと図書室から履きっぱなしだった上履きを脱いで、四角錐と一緒に抱えて背中に乗る。これも結構な背徳感というかこれでいいのかなという感じ。 「しっかり掴まっててね」 そう言われて、私はとりあえずと彼女の背中に手をついて掴めそうなところを探す。 しかし、掴めそうなところはなく、結局少しでも体勢を低くして荷物をお腹と背中の間に入れながら、少しでもしがみつく様にするしかなかった。 歩いていた時とは比べ物にならない、それこそ落ちたら命に関わるのではと思うような速度で彼女は走る。 落ちないようにとしがみついていると、ふと、自分の手に伝わってくる熱に気づいた。 硬質な何かで覆われているようだから強く意識しなかったけれど、今私がしがみついているのは黒木さんなのだ。同学年の図書委員の女の子。一度意識すると途端に気になってくる。今、自分は女子の背中にしがみついているのだ。 気恥ずかしくて、むず痒くて、でもそれを悟られたくもなくて、さっきまでの黒木さんとの色々が頭の中をぐるぐる回る。 やたら近い距離とか、意識してるのではと思わせる言動とか、図書室を利用している人なんて他にもいるだろうに名前まで覚えていたりとか。 あれと疑問が頭に浮かんできた。私は、図書室で勉強はしても本を借りたことがあっただろうか。 本を借りない生徒の名前を図書委員が知るタイミングとは一体いつあるのか。ふと気になった。 少し視線を落とすと、四角錐の表面に、影が自分の身体で文字を書いていた。 『お前は騙されている』 私が目を見開くと、文字が変わる。 『このままだとお前は人間界には帰れない』 どういう意味だろうと見ていると、また文字は変わっていく。 『ここにお前がいるのは』 『お前を寄生先に選ばされたからだ』 「それは……どういう……」 私は思わずそう呟いた。 『声を出すな』 一瞬、黒木さんの耳がこっちを向いた気がした。 『しかも、俺も罪人だが』 『こいつも罪人だ』 私はもう文字から目を離せなくなっていた。 『罪人は輪廻を経てダークエリアに転生する』 『ダークエリアでの一生でも罪を償いきれなかった罪人は』 『その次の人生でも罪を償うことを強要される』 『前世の能力を持たされて猟犬となる』 影じゃない影の言葉を聞いて、私はそれでも信じきれなくてなんとか口パクで意思を伝えようとする。 でもそうだとして、君に寄生させたこととの関係は? 『この猟犬は鼻が利くから、ただ寄生しても追ってくる』 『色々な人間の影を渡って移動してもすぐやってくる』 『仕事の内容的に一人二人の犠牲は許される筈だから』 『この女が、絶対殺せない人間に寄生する必要があった』 それがなぜ私ということになるのか。 『最近物がなくなったりしただろ』 『誰かに尾けられてると感じなかったか』 『俺は見た』 『俺が気づいたのは一月前、確信するまでもう一月使った』 いや、まさかそれはないだろうと思いつつ、さっきまでの黒木さんの距離の近さや、ヨモツヘグイの話を思い出した。 『こんな世界で、ただの人間は一人で生きていけるのか?』 私は今まで見てきた、突然現れたロッテリアの他にはただ暗黒が広がり草一本見かけなかった光景を思うと、それに頷くことはできなかった。 疑似的な監禁なんじゃないか、なんて考えが頭に浮かぶ。でもわからない。 『俺はお前の味方じゃねぇ』 『でも、人間界に行きたいって点は同じだ』 『俺の入ってるこれを開いてくれ』 私は、思わずそれに手をかけようとしたが、落ちそうになって自分がいかに不安定な状況にいるか思い出した。未来を思ういつもの暗い気持ちがより一層の強さを持って心の中を牛耳り出す。 頭は正直追いつかない。 影じゃない影に寄生されて、ダークエリアに送られた。黒木さんは距離が近くて動揺させられた。その黒木さんは一生かけても償えなかった程の罪を背負っている罪人かもしれなくて、今の状況は全部彼女の手のひらの上かもしれない。 「黒木さん! 休憩しよう!」 私がそう言うと、黒木さんはゆっくり減速して止まった。 『よし、今の内に蓋開けろ』 影じゃない影はそう言ったけれど、私は開けなかった。 今わかっているのは、どちらも信用しきれないということだけ。 「黒木さんは……私のことが好きなの?」 質問の内容はこれでよかっただろうかと思いながらも、私はそう尋ねた。 『お前、何聞いてんだよ、それでどうするんだよ』 影じゃない影がびちゃびちゃと文字を作ってそう主張するが、私は見なかったことにした。 すると、みしみしメキメキと音を立てて彼女はまた人の姿に戻った。 「そうだよ。僕は小城民人くん、君が好き」 「名前も……調べたの?」 「うん、でも自分から近づく気はなかったよ。危害を加えるとか、そういうのもする気はなかったし」 そいつがいなければと言わんばかりに黒木さんは影じゃない影を睨みつけた。 「私と、どこに接点があったのか、わからないんだけど……」 「図書委員なのも本当だからだよ。民人くんが図書室に来て、僕の鼻には十分匂いが届いてくる。それで……好きになった」 それは思ってもいない経緯だった。一目惚れならぬ一嗅ぎ惚れとでも言うべきだろうか、聞いたことがないきっかけだった。 「……気持ち悪いって思うでしょ。僕もそう思うもの。気持ち悪いし、意味不明だし、その上にストーカー。嫌いになられて当然だと思う」 でも、と黒木さんは口に出すと手を前に出した。 「そいつを信じたらダメ……私のことどこまで聞かされたか知らないけど、逃げる為に私を逆に監視する為に、常に誰かを人質にしてたやつだよ」 「そうだね」 私は黒木さんの言葉に頷いた。 「だから、黒木さんの口から黒木さんのことを聞きたい。なんでもっと普通にどうにかできなかったのかとか、私以外の人に寄生してた時は手が出せなくて私に寄生した途端手を出した理由とか」 影じゃない影が信じたんじゃなかったのかよと抗議してるようなのが視界の端に映ったけれど、私は無視した。 「私はまだ黒木さんのこと何もわからない。わからないのは怖いよ」 私の言葉に、黒木さんはかたんと首を横に倒した。それがどういう感情の発露なのかわからなくて、彼女自身よくわかってなさそうに見えた。 「……わからないのって怖いよね。僕もそう、僕も僕の気持ちがわからなくて怖いの」 彼女はそう言いながら、ずんずん近寄って私の両腕をグッと掴んだ。 私が思わず影じゃない影の入った四角錐を落とすと、黒木さんはそのまま顔を私の胸元に押し付けた。 「好きな匂いがするの。すごく好きな匂い。穏やかな気持ちになれて、落ち着いて、嫌なこととか頭の中に浮かんでこなくなる」 ずーずーと激しく音を立てて黒木さんは私の匂いを嗅ぐ、そして、ふと、顔を上げた。据わったような目がこちらを真っ直ぐに見ている。 「で、それは本当に僕の気持ちなのかな? 僕の人生は前世に、前世の前世に振り回され続けてる。デジモン関係で呼び出されるし、人なら気にしない程度の匂いを勝手にキャッチする鼻だってそう」 そう言って、またずーずーと私の匂いを嗅ぐ。 「前世の感覚ありきの気持ちは、本当に僕の気持ちなの?」 匂いを嗅ぎながら黒木さんは喉を絞められたような声で言う。 「僕は誰? 普通の女子高生? 地獄の番犬? それとも前前世の強姦殺人犯? 前世の記憶だって断片しか覚えてないのに、君を思うと自制できない僕がいる。ストーキングするし、今だってそう、アイズモンが寄生した時も、狙ってないのは本当だけどこれで僕も君にとって特別になれるかもと思わなかったわけじゃない」 そこまで言うと、黒木さんは私の腕から手を離して一歩退がった。 「怖いの、でも好き。近づいちゃいけないってわかってる、だけど近づいちゃった。アイズモンが口実作ったからって我慢できなくなって、前前世みたいにはなりたくないのに、僕は僕がわからない」 私は、彼女の言葉を聞いて彼女の悩みは私の悩みと根本は大して変わらないんだと気づいた。 私が進路や自分らしさに悩むのと同じように彼女は悩んでいる。 もちろん、それで悩みが解決するわけじゃないし、彼女と私の前提も大きく違う。でも少し、安心した。 私は、彼女の手を取って、自分の手を重ねた。 言葉は出てこない。一緒に頑張ろうもなにか違うし、悩んでるのに大丈夫とも無責任に言えない。それも含めて君なんだなんてわかったようなことを言えるほど私はものを知らない。 「……私は、黒木さんのこと嫌いじゃないよ」 これでいいのだろうか。答えになってるだろうか。 わからない、何もわからないけれど、彼女の表情は少し和らいで、私に向けて彼女は一歩前に出た。 そして、ぐあっと口を開けると首筋に甘噛みしてきた。 私はそれがどういう意味かわからなくて固まり、彼女は噛みついたまま鼻息を荒くした。ちらりと彼女の目を見ると、彼女は私の目を熱っぽく見たあと、少し目を細めて笑った。 「嫌いじゃないってことは、そういうこと、だよね?」 そういうことじゃないとは思ったけど、ストーキングまでされて嫌いじゃないって言ったらそういうことになるのかもしれない。 『よくわかんないけどいい感じになったの俺のおかげなら俺のこと解放してくれ』 影じゃない影がそう文字を見せてくる。私はそれに気づいてない黒木さんにその文字を見せた。 「……いや、あんた逃したら僕がただ民人くん連れてきただけになっちゃうし。まぁ、人殺しとかしてなければ殺されたりはしないから」 早く二人きりになる為にもさっさと行こうと、黒木さんはまたケルベロモンに姿を変えた。 二度目ともなるとすんなり背中には乗れた。 どうしてもさっきの甘噛みも脳裏によぎってどこかドキドキする私を乗せて、黒木さんは走っていく。 前を見てもやはり先は見えない。少しでも立ち上がれば転げ落ちそうな不安定さも変わらない。 だけど、なんだか今はそれが少し楽しいとも思えた。
【彼岸開き】華は彼岸に。【単発作品企画】 content media
3
4
42
へりこにあん
2022年9月20日
In デジモン創作サロン
「……ん、ドアが開いたな」 「ちょうどいいね、ヒポグリフォモン。お湯も今沸いたところだし」 男は、白い鳥頭に四足歩行、鳥だか獣だかわからない奇妙奇天烈な生き物にそう返した。 「あとジュースも。果汁100%のやつ」 「世莉くんか。この漂流街(ドリフトタウン)に来て半年にも関わらず、彼女が依頼人連れて来るのは週一ペースだからすごいね」 ヒポグリフォモンの言葉に、いいねと頷きながら男はジュースをお盆の上に用意した。 「喜ぶなよ。世莉だけで来てるんじゃないんだぞ」 人の目を気にしろとヒポグリフォモンは言う。 「いや、楽しみだね」 コンコンと扉をノックする音がした。それに、男はどうぞと返した。 扉が開き、まずはそばかすとわかめみたいな髪に三白眼の少しボロいブレザーを着た少女がはいってきた。 そして、その少女に庇われる様に、目深に帽子を被った、しかし僅かに見える部分だけでも美人と確信させるには十分な女性が入ってきた。 「青薔薇探偵事務所にようこそ。僕は所長の国見天青、さて、まずは名前と好きな飲み物からお聞きしましょう」 男こと、国見天青は自分の首元に結ばれた青薔薇の描かれた黒いネクタイをキュッと締め直し、女性に椅子をすすめた。 「では、コーヒーをもらっていいですか?」 「私はジュースで」 「そう言うと思って、実は先に用意してあったんです」 国見はそう言いながらキッチンに入ると、あっという間にお盆にジュースとコーヒーを乗せて出てきた。 「え、なんでわかったんですか……?」 「それは探偵の企業秘密ですよ」 そう言って、国見はパチンとウィンクをした。 「……国見さんは、元から自分の分のコーヒー淹れてたんですよ。そこにちょうど私達が来て、私がジュース飲むの知ってたからそっちだけ用意してた。なので、そこにあるのは元々自分が飲むつもりで淹れてたコーヒーなんです」 世莉はそうちょっと呆れた顔で言った。 「世莉くん、そういう種明かしは野暮だと思うんだけど」 国見はそう言いながら肩をすくめた。 「カルマーさん、この人は親の代から探偵してるそうですし、頼れる人ですけれど……なにかと嘘吐く人なので注意してください」 国見と世莉のやり取りに、女性はじゃあなんでわざわざここに連れてきたんだろうという顔をした。 「いつも通り、世莉くんは依頼人に寄り添う姿勢だね。顔見知りの僕より依頼人側に立つのはちょっと嫉妬を覚えるよ」 わざとらしくそう言う国見に、世莉は呆れた顔をした。 「もう少し慕って欲しいなら、私の依頼もちゃんと解決してください」 「あと、俺もお前と依頼人で選べって言われたら、依頼人選ぶぞ。もうちょいちゃんとしろ」 ヒポグリフォモンも追い打ちすると、それは流石にどうだろうと国見は眉をひそめた。 「まぁ、とりあえずコーヒーはまだ口つけてなかったので安心してお飲みください。僕は……自分のを淹れてきますね」 そうして国見は、流石にそこまでひどいことはしてないと思うんだけどなぁと呟きながらキッチンに向かった。 「で、あんたの名前は?」 ヒポグリフォモンが聞くと、女性は答える。 「キャサリン・カルマーです。私は……人間界から迷い込んだ【漂流者】なんです。それで、私と一緒に迷い込んだ筈の女性を探して欲しいんです」 「カルマーさん。つまり、あなたの依頼は人探しですね」 コーヒーを持ってすぐに戻ってきた国見に、一瞬黒木はおや? さっきは本当に予想してコーヒーを淹れていたのかなと思ったが、大き目のマグカップは縁が濡れ、中身は半分しか入ってなかった。 国見としては、話題が変わる前に戻ってきて、これの濡れたところにすかさず口をつけて飲んだふりをし、さっきのはちゃんと推理して淹れたんだ。自分の分は別にあると主張するつもりだったのだが、残念ながら既に本題に入ってしまっていた。 「はい、そうです。彼女の無事が確認できればそれでいいので……」 「なるほどなるほど、二、三質問してもいいですか?」 国見の言葉に、キャサリンはどうぞと頷いた。 「その女性とこちらに来てから会ったことは?」 「いえ、こちらに来て目が覚めた時には一人だったので……もしかしたらもうこの街にいないかも」 「あなたがこちらに来たのは何年前ですか?」 「六年前です」 「なるほどそうですか……探し始めたのは最近?」 「え? まぁそうですが……」 「元の世界のご職業は?」 「普通の事務職員ですが……」 「お酒はよく飲んでました?」 「あまり好きじゃなくて……基本的に飲まないですし、来た時も飲んでなかったです」 来た時の状況ならともかく、探し始めた時は関係あるのかなとキャサリンは不可解そうな顔で国見を見た。 「なるほど、では依頼をお受けする前に一つ確認しておきましょう。無事を確認したら、絶対に危害を加えたり殺したりなどしないと」 国見の言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。 「何言ってんだ天青」 「彼女の依頼はおそらく友人の無事を確かめたい。というものではないんだよヒポグリフォモン。六年目の今年になってやっと探しているが……この漂流街では大体どんな条件なら一緒に人が来ることになるかは知っているね?」 「……あの、私はよく知らないんですけれど」 世莉は漂流街の多くの人がこの世界に来る時のように、偶発的なゲートで来たわけではなかった。 「じゃあ、世莉くんのために説明しよう。条件は簡単だ、単純に繋がっていることだよ。手をしっかり繋いでいたり、抱き合っていたり、稀なケースではあるが、遊園地の遊具のシートごと複数人がというケースもある。そして、その場合は大抵同じ場所に飛ぶ。挨拶程度の短いハグや握手は確率としては低いね」 「手を繋いだり抱き合うのは恋人や親しい友人、家族で普通は女性なんて言い方はしねぇか……」 ヒポグリフォモンはそう呟いた。 「そう、しかも親しい間柄ならば、六年目になる前から探している筈だ。では、どんな間柄ならば探すこともなく、しかし一緒に迷い込み、且つ目を覚ました時にはいなかったということは、誰かが引き離したか……その女性は意図的に彼女から離れたことになる。僕が想像できる理由は取っ組み合いの喧嘩とかそういう状況だね」 「でも、さっき遊園地のシートごと来たとかいう話もあったじゃないですか。あとは床屋とかも考えられますし……」 世莉がそうフォローを入れるが、国見は首を横に振った。 「この街の人間界からゲートが繋がるポイントは大体知られていて、ある程度大規模なものや大きなものが迷い込めば話題になる。乗り物系に相席はそれで除外できる。床屋とか相手が人に触れる職業だったならば、それも先に口にしただろう。彼女自身は事務職で接客業でもないしね」 そう言って微笑む国見に、キャサリンは押し黙ってまゆを少し吊り上げた。 「今になって探し始めたのはきっと、その姿を街中で見かけたからだろう。この街で、保護者もない人間はのたれ死んでいてもおかしくないし、もしかしたら、先に刃物を刺すなどして致命傷に近い傷を与えていた為に、そもそも死んでいると思ったのかもしれない。でも、生きているとわかってその居場所を突き止めようとした」 「……その通りです。私は彼女の腹を刺しました」 ふうと一つ息を吐くとキャサリンは観念した様に話し出し、世莉はなんでそんなことをと寄り添う様に座りながら促した。 「でも、今はもうそんな気はないんです。私とその子はあるクズ男と付き合ってたんですが、浮気してると知らなくて、彼の部屋でバッティングして……私は熱々の、生姜焼き作ってたフライパンで殴られ、咄嗟に私は包丁で刺しましたそしてそのままお互いに顔面を殴り合い……」 「……壮絶な喧嘩ですね」 これがその時の火傷、こっちがフライパン、これが生姜焼きです。形がよくわかるでしょ。と、太ももについた火傷痕を見せて解説した。 それを見せられて国見は内心困惑していたが、世莉は大変でしたねと共感して辛そうな顔をしていた。 「だけど、アイツが悪いんです。あの浮気野郎が。私が作り置きした料理を自分で作ったと偽って彼女に食べさせてたり、私と彼女の二人共とまともに付き合う気なんてなくて……なので、殺意はそっちに向いてます」 殺意自体抱かないで欲しいとヒポグリフォモンと国見は思ったが、世莉が偉いよくその結論に至れたねという雰囲気だったので黙った。 「では何故、彼女を探しているんですか? 自衛のためですか?」 「いえ、彼女を見かけた時、彼女はデジモンといたんですが、ひどく虚な目をしていて……私が刺したあたりのお腹に、何かが埋め込まれて異様な様子だったんです」 アレは一体……とキャサリンはつぶやいた。 「……おそらく、リンクドラッグですね」 「リンクドラッグって、なんですか国見さん」 「世莉くんが知らないのも無理はない。リンクドラッグは非常に危険、それゆえに一度は廃れた技術なんだよ」 「一体どう危険なんですかッ!」 「落ち着いてください。それそのもので彼女が死ぬことはありません。リンクドラッグは、人間とデジモンを繋ぐことで、感情の昂りに応じて同調する感情と驚異的なエネルギーを発揮させるものです。彼女と共にいるデジモンが楽しくなるには彼女も楽しくさせないといけない」 国見は落ち着いたトーンでそう答えた。 「……なら、安心ですね」 「いや、そうとも言えない。このリンクドラッグは双方向なんです。例えばら彼女が何かを楽しいと思ったとする。すると、その楽しさがデジモンに伝わった後、それをうけてそのデジモン自身が感じた楽しさは彼女に戻ってくる。それを受けて……と、ありとあらゆる感情が極端に大きくなりがちなんです」 「……それは、日常で困りますね」 「それもそうですが、より懸念すべきは脳や身体への負担でしょうね。本来はあり得ないレベルの感情を処理させられ続ければ脳に日常的に負担がかかります。次第に体調が悪化し、体調が悪化すれば気分も悪くなる。その悪い気分がまた増幅され……という負のループです」 そして、と国見は続けた。 「その悪感情達もまたエネルギーになる為、単なる八つ当たりや憂さ晴らしが恐ろしい規模の事件になる」 国見はやはり淡々とそう口にした。 「……となると、ヤベェな」 「そう、やばいので数年前に『役所』によって禁止されました。ここ数年それ系の事件はまぁまぁ頻繁に起きている……『役所』に助けを求めるべきですね。うちじゃない」 国見はそう言うと、もう一杯コーヒーを飲んだらお帰りくださいと言った。 「国見さんがやらないなら私が勝手にやります」 「……世莉くん。君は電脳核を移植された稀有な人間だよ。完全体相応の力と副作用の優れた五感がある。自然な完全体なんて千体に一体もいないのだから、君ほどの力があれば大体のことは切り抜けられるだろうね」 こくりと世莉は頷き、ヒポグリフォモンもそうだそうだと同意した。 「でも、ヒューマンドラッグは駄目だよ。人間とデジモンの組み合わせはデジモンに本来あり得ない力を出させるからね。千体に一体の完全体が、ヒューマンドラッグがあれば十体に一体まで増えてしまう。その時点で君の安全は保証されなくなるよ」 国見はそう言って目を閉じた。 「そして、デジコアだけで五体満足の完全体並の力を出せる君の力も遠いけど近しい、しっぺ返しを受けるのも当然の力という意味では同じ。ヒューマンドラッグの周りを嗅ぎ回れば必ず何かと遭遇するが、切り抜けられたとして果たしてその時君は無事でいられるのか……」 国見の言葉に、世莉は何も迷わなかった。 「私が危険な目に遭うだけで済むなら、何もないのと同じです」 「……世莉君、黒木世莉君。そういうとこだぞ。きっとそういうところがよくなかったんだぞ。それできっといなくなっちゃったんだぞ」 「今、私の親友の話は関係ないじゃないですか。というか、親友探しの依頼も済んでないんですから、天青さんはもう少し本腰入れてください」 世莉の言葉を国見は右から左へと流した。 「君は人の心に寄り添ってたらし込むが、君自身を大事にしない……今や、僕が探偵業をやってる理由の一つに、君が目の届かないところで暴走しないか不安だからが入ってくる」 「まぁ……どうせ言っても聞かないんだし、投げ出すのもどうかと思うぞ、天青」 「えっと……とりあえず、依頼は受けてくれるって事でいいんですよね?」 キャサリンの言葉に、天青は曖昧な顔をした。 「まぁ事情はわかりました。でも、聞いた限りだとあなたがそこまでする理由もなさそうですし、僕達が下手を打てばカルマーさんまで機嫌が及びますよ」 「同じクズに騙され、おそらくお互いに消えない傷を背負った、彼女は私のソウルメイトなんです」 キャサリンは濁った目で微笑みながら、太ももに大きくついた火傷の跡を撫でた。 それを見て、ヒポグリフォモンはひぇっと息を呑んだ。 「……時々思うけど、人間ってやばいよな」 「彼女を人間代表にするのは僕としては遺憾だね」 「国見さんを代表にするのも私はどうかと思いますけど」 ヒポグリフォモンの言葉に国見が、国見の言葉に世莉が反応する。 「まぁ、そういうことなら事情はわかりました。その女性について知ってること、どこで見かけたとか外見の情報とか、教えてください」 そうして一通り聞き終えてキャサリンを帰すと、国見は椅子に座ってパズルを解き始めた。 「……調査しないんですか?」 世莉は呆れたような非難するような目を国見に向けた。 「事情はわかったと言ったけども、依頼を受けるとは一言も僕は言ってないよ。『役所』への報告は世莉くんが行ってくるといいんじゃないかな」 どうせ言っても聞かないのにと、ヒポグリフォモンは呆れた様な顔をした。 「さっきはああ言ったけどさ、世莉くん。君はどこを調べればいいのかもよくわかってないよね」 つまり調べようがない、と天青は笑った。 「目撃された辺りじゃないんですか?」 「……いいんじゃないかな」 「ってことは違うんですね」 「……まぁ、そこはカルマーさんが日常的に過ごしている場所だからね。目撃したのが一度きりということは、そこにいたのは偶然であって生活圏じゃないかな。二度現れるとは限らないよ」 行く価値自体は僕にとってはあるけどね、世莉くんが危険から遠ざかるからと国見は続けた。 「……だったら、どこ調べればいいんですか」 「それを僕は教えない。中毒者達が集まってる様な場所、よく出入りする場所、取引がされてるらしい場所とか、漂流街の裏について君が知らないのを知っているもの。僕は漂流街産まれ漂流街育ちの純漂流街人だが、君はまだこの街に来て半年だからね」 諦めた方がいいよーと国見は完成したパズルの青薔薇を世莉の頭の上に置き、二杯目のコーヒーを淹れにキッチンにむかった。 「……じゃあ、エレットラさんに聞きます」 世莉がその名前を出すと、国見は足を止めてとても綺麗な笑みを浮かべた。 「それはズルじゃないかな。エレットラを巻き込むのはズルだよ。彼女に依頼受けるフリして受けませんでしたなんて言ったら幻滅されてしまうよ」 「『役所』の人に通報するだけなので、至極真っ当ですよ。その過程で国見さんが私の前で働いた幾つかの詐欺の話をしてもそれも問題ない、ですよね?」 世莉はその三白眼でじろっと国見の目を下から睨み上げた。 「……金品は騙し取ってないから詐欺ではないよ、世莉くん」 口では否定しつつ、国見は仕方ないと折れた。 街の空に走ったレールの上を走るトレイルモンに乗って、三人は『役所』に向かっていた。 「……ヒューマンドラッグの歴史はこの街と同じ、およそ三千年ほど前に起因する」 「この街の歴史もそういえば私よく知らないです」 「ならそこからかな。その発端は、およそ三千と二百年前の戦いに遡る」 国見はそう話し始めた。 「その頃、ルーチェモンという極めて強大かつ至高の叡智も持ったデジモンは人間界にいて、数多の王を従え神を名乗って君臨していた。人間界では海の民とか呼ばれているやつだね」 そう言いながら国見は右手の指を一本立てた。 「それに対し十闘士と呼ばれる十体のデジモン達は、敵対する人間の国々に声をかけ、力を合わせてルーチェモンを人間界からダークエリアへと封印。その時、デジタルワールドのある座標を経由してダークエリアに繋げた超大規模ゲートを用いた」 立てていた指を国見は反対側の五本の指で押し潰すようにして隠すと、不意に手の中からパズルのピースをボロボロとこぼした。 「それに巻き込まれた人間が何千人といて、彼等はルーチェモンが封印されたダークエリアまで行かずにデジタルワールドに漂流した」 「……それが漂流街の発祥、ですか?」 「そう、ルーチェモン派も反ルーチェモン派もごちゃごちゃだった……あの辺り、ゴミの山があるのを知っているよね?」 国見はそう言って、自分達が来た方向の街の外れに積まれた巨大なゴミ山を指差した。 「行ったことはないけどあるのは知ってます」 そのゴミ山は漂流街の中の高所であれば、大体どこからでも見える程大きく本当の山の様で、麓には崩れたのを防ぐ為の柵まで設置されていた。 「あのゴミの山がある場所が人間達の落ちた場所でね。今も人間界で偶発的にゲートが開けば、基本的にあそこかダークエリアのルーチェモンの居城に繋がると言われているんだよ。君はあのゴミ山に開いたゲートから来たわけじゃないから、行ったことはないのかな?」 「そうですね。ないです。あの山は全部人間界かはのゴミ……?」 「それはそうでもないよ。三千年前はそうだったけど、人間界から迷い込んでくるものも、要らないものは放置される。すると、そこに自分の要らないものを捨てる奴も出てくるのさ」 国見はそう言ってやだねと笑った。 「話を戻そう。この地に降り立った人間達は、あの場所では過ごせないので近くに見えた城のある街を目指した。それが【役所】の辺りだよ」 天青が指差したのは進行方向にそびえ立つ、石垣や煉瓦、コンクリートが混ざり合う、様々な年代の建物をつぎはぎしたような建物だった。 「じゃあ、元々はあの城が街の中心だったんですか?」 「そう、三千年前、人々がここに来た時点でオニスモンという古代デジモンによって滅ぼされていた街跡で、そこを中心に街を作った。その後、人間界のものを欲したのか、それとも帰りたかったのか、向こうのゴミ山の周りにも人が住むようになり、間を繋ぐ道ができ、その周りに町ができ、細長い街ができた」 適当に話を聞きながら、くぁとヒポグリフォモンは大きなあくびをして目を瞑った。 「【役所】って、警察とか市役所みたいな、自治体のいろんな機能を備えたとこですけれど……そういう歴史があって街の端にあるんですね」 「そうだね。かつてはあそこに王がいたんだよ。絶望する民を導き生活を安定させた王がね……今はもう、そういうのはいらない時代だけれど」 リンクドラッグの話まではできなかったねとあー仕方ない仕方ないと国見がわざとらしく言うと、トレイルモンの車内に【役所】到着を伝える放送が鳴り出した。 「いいですよ、結局エレットラさんの前で話してもらいますし……」 「【役所】なら、僕より把握してるんじゃないかな。ルーチェモンに説教というやつだ」 「初めて聞いたことわざですけど、漂流街ではよく使うんですか?」 「そうだね、意味はなんとなく伝わった?」 「嘘だぞ、世莉。この街にルーチェモンに好意的なことわざなんて基本ないからな」 ヒポグリフォモンにそう言われても、国見は悪びれもせずにそうだねウソだよと笑った。 「鋼の闘士に説教って言葉ならある。この街の人は本人達は神とか名乗りもしなかったのに宗教にするぐらい十闘士が好きだからね」 駅から直通の通路を抜けて、役所の玄関から三人は入っていく。 「げ……エレットラさん、エレットラ・アラベッラ・ガヴァロッティさん。顔だけが取り柄の嘘吐きアメンボ野郎が来ました。相手したくないので正面受付まで可及的速やかにお越しください」 受付に座っていた大きなアリのようなデジモンは、国見の姿を見るなりそう内線で呼び出しをした。 「……国見さん、めっちゃ警戒されてませんか?」 「みんな僕のことを誤解してるようで悲しいね」 「表現はともかく妥当な評価だぞ。日頃の行いを見直せ」 三人がそんなことを言っていると、奥から女性が早足でつかつかと歩いてきた。 「天青!」 銀髪に緑色の目をしたその女性は、そう叫ぶと、凄い勢いで天青に向けて両手を広げて走ってきた。 「エレットラ!」 その女性を迎える様に天青は手を広げたが、広げた腕をするりと抜けられたかと思うと、世莉を天青から庇う様な位置に立ち、国見の腕をねじりあげ、背中から膝を入れて地面に無理やり押し付けた。 「……エ、レットラ、これは一体……」 「この前、結婚詐欺したでしょ」 「アレは、そもそも付き合ってもないのに向こうが盛り上がっただけッでぇ……お金とか取ってないというか向こうが無理やり送りつけてきたというかがっ……痛いからちょっと緩めてよエレットラ」 「ここ半年は探偵とか、また若干怪しいけど、更生したのかなぁなんて思ってたんだけど」 そう言いながらエレットラはさらに腕を強く捻り上げた。 「世莉ももなんかアレだったら天青のことはまぁまぁ強めに止めてね」 小口径の拳銃までは可。とエレットラは治安を維持する側とは思えない言葉を口にした。 「た、探偵業はちゃんとやってる、やってるよエレットラ」 「……まぁ、詐欺でないのは自称被害者の主張聞いてればわかってはいたけど。無理やり送り付けられたは違うでしょ。結婚するとは言ってないけど、曖昧にして貢がれるがままにしていたってことはわかってるんだからね」 「いや、だって探偵業はあまりお金にならないし……あ、そういえば香水変えたね、爽やかで君に似合う素敵な香りだと思う」 「……せいっ」 軽薄な言葉を連ねる国見に、エレットラは何も言わずに力を再度入れ直した。 「きょ、今日は……リンクドラッグについて話があって来たんだ……」 「……真面目にやってる。は嘘じゃないのね」 あと、ちゃんともらったものは全部返しなさいよと言いながら、エレットラは国見を解放して歩き出した。 「ふぅ……世莉くん、こっちらしい」 何もなかった様にスタスタと歩き出す二人に、世莉は一瞬ついていけなくて受付を見たが、受付のアリデジモンは国見に向かって四つある手全ての中指を立てていた。 「あの二人は関節技と親愛のハグを同じジャンルだと思ってる節があってキモいよな」 「公衆の面前でプレイしないで欲しいですね。半年見てるけど慣れない……」 「十年見たって慣れないから安心しろ」 世莉とヒポグリフォモンは呆れながら二人について行く。 そうして二人と一体が通されたのはこじんまりとしているがしっかりした作りの部屋だった。 「リンクドラッグについてはうちでも調査を進めているけど、その、探偵とやらやってる関係で行き当たったの?」 「……そういえばなんですけど、国見さんって父親の頃から探偵なんじゃないんですか? そう聞いてたんですけど……」 「うん、父は花屋を営んでいたよ。今は別の人がやってるけど」 国見は悪びれもせずにそう言った。 「一年前まではモテ指南みたいなうさんくさいセミナーしてたわね。受講料や教材費に加えて、女性に送るプレゼントとして元は父親の店だった花屋の花を買うようにしむけ、自分は客が花を買う度に店からのキックバックでさらにがっぽりという仕組みの」 本当こいつそういうところがよくないのとエレットラは言った。 「半年前、初めて漂流街に来た時に私が訪れた事務所は……」 「廃屋だったんだよ。買い取って何か新しいことをやろうかと思っていたらたまたま世莉くんが来た。それで、前の看板の探偵事務所っていうのを信じてたから、じゃあ探偵をやってみようかなと」 そんな経緯だったわけで探偵でさえなかったという国見に、世莉は嫌そうな顔をした。 「……まぁ、今はちゃんと探偵やるつもりだし……それより、依頼人は知り合いがヒューマンドラッグにされているらしくてね。僕は手を出したくない、『役所』で何とかしてくれないかな」 「……なんとかしないとどうなるの? 天青が真面目に働くんでしょ?」 それなら私としてはむしろ安心するんだけどというエレットラに、国見は世莉を親指で指した。 「世莉くんがまた死にかけるかな。この街に来て半年、月一ペースで彼女は完全体が死ぬ規模の厄介ごとに巻き込まれるからね」 「……いい子なんだけど、もう少し慎重になって欲しいわよね」 「まぁ、慎重に深追いしてより厄介なとこでピンチになるだけだろうな」 三人がうんうんと頷くのを見て、世莉は少し苦い顔をした。 「多分、そんなことはない……はず」 しかし、強く否定もできなかった。 「さて、『役所』はなんとかできそうなのかな?」 「そうね。正直に言うと、リンクドラッグの出所はあまりわかってないわ。流通ルートはある程度ならわかってる。既存の麻薬と同じルートが使われてるのは間違いない」 けれど、そのルートが解明してればとうにどうにかできてるわと締め括った。 「それはちょっと情けなくないか?」 ヒポグリフォモンの言葉に、エレットラはでも仕方ないのとため息を吐いた。 「戦闘力が増大するリンクドラッグ使用者を取り押さえるにはそれ以上の力がいる。『役所』にはlevel6、つまりは究極体がいるけれど……たった二人じゃ手が足りない。level5だってこの街全体で三桁行かない数なんだから、こっちの主力はlevel4、数で囲んでどうにかはできるけど、毎回の様に入院するデジモンや死者が出て、捜査にデジモンが回れない、デジモンの能力込みで組まれていた捜査は機能不全に陥って、元々見つかってなかったのにどうにもできない」 「……リンクドラッグの出所は十闘士教だよ、エレットラ」 国見ははぁとため息を吐いた。 「十闘士って、さっき言ってたルーチェモンと戦ったっていう……」 「そう、その十闘士だよ。この街で最も多くの信者を持つ宗教でもある、というのが意味するところはエレットラにはわかるね」 「……[役所】内に薬物の捜査が進まないようにしてるやつがいるのね」 「でも、なら国見さんはどこからわかったんですか?」 「いくつかあるけど、リンクドラッグとは何かって話と、今エレットラから聞いた【役所】が情報をつかめてないというとこの二点かな」 「リンクドラッグは何か特別な由来があるんですか?」 「十闘士はルーチェモンというその時点のデジタルワールドに存在し得る最強の存在を倒す為、異世界に方法を求めた。そして見つけたのが人間、その活用法として考案されたのがリンクドラッグの起源なのさ」  国見はさらりとそう言った。 「一度歴史から製法が消えたものが出てきた時点で古代に精通した存在が絡んでいることは確かで、【役所】が情報を掴みあぐねるだけの理由がある……」 この街の考古学者に確認とってもいいよと国見は言う。 「つまり英雄様は中毒者だった訳だ」 話を聞いて、少し嬉しそうにヒポグリフォモンは十闘士を小馬鹿にした。 「それは定かじゃない。体内に埋め込まなくても使える仕組みでね。体内に埋め込むのは嫌がる人間が勝手に捨てたりできない様にする為の手法。中毒と暴走が確実に起こり得る状態は現代の使用方法に問題がある。頻度が高ければ十闘士も中毒ではあったかもしれないけどね」 「天青、幾らなんでもリンクドラッグに詳しすぎない?」 「……これは全く関係ない昔話なので勘弁して欲しいんだけどね、僕は子供の頃、この街で十闘士とルーチェモンについて研究していた考古学者のとこで物を調達するバイトをしていたんだよ。面白い話を沢山と、正規の金額の二倍近い代金、あと人間に詳しくなかったので、一日五食分の食事代ももらっていたことがある」 呆れた様な顔をしながら、エレットラは国見の額にデコピンをした。デコピンをされた国見は悪びれもせずに笑っていた。 「経緯はわかったわ。でも、十闘士教を安易に敵に回すのはまずいわよ。この街に十闘士教の信者は二人に一人はいる。『役所』内にだっていっぱいいる。せめて十の支部の内どこが関わってるか突き止めないと手が出せない……」 エレットラはそう言って親指の爪を軽く噛んだ。 「十の支部、ですか?」 「闇、炎、水、氷、木、風、雷、鋼、土、光と、十闘士は十の属性を持っていた。それに準えて、十闘士教は統括本部と十の支部で構成されている。お互いに対抗する関係の全部の支部が関わってるとも考え難い、どこかの支部、おそらく一つか二つかな」 国見は指を一本二本ぴょこぴょこと立てた。 「それって、すぐわかることなんですか?」 「まぁ、シンプルに金払いがいいところを探すのが早いだろう。運用の仕方が仕方だからさ。リンクドラッグは一度売れば同時に継続的に薬物も売れる……けど、あとは任せていいよね、エレットラ」 「諦めろ天青。戦うところがあったら全部俺に任せていい。というか戦わせろ、運動不足だ」 ヒポグリフォモンが楽しそうにしているのを見て、天青は嫌そうな顔をした。 「僕としては、依頼人の探している相手さえ見つかって助かればいいという考えなんだけどね?」 「まぁそうはいかないわね。人材不足って話はしたでしょ? 内部の妨害もと考えると……外部の協力者は必要なの。わかるでしょ?」 観念しろと言わんばかりにエレットラは笑った。 「……国見さん、諦めて下さい。私は少なくとも依頼を達成するまで関わり続けます」 「あと、私は弱いわよ。世莉みたいにデジモンの身体も移植してない、純人間でやらせてもらってる。パッと秘密裏に動かせるのも思い当たるのはほんの数人。ギリ戦えそうなので足が速いのだけが取り柄のlevel4もどきぐらい。あとは銃器と根性しか武器がないわ」 国見はうーんと嫌な顔をした。 「すみませーん。エレットラさん、受付に変な人間とデジモンが来ていて……会話にならなそうな雰囲気が……」 コンコンと扉を叩いて顔をのぞかせたのは、ほうきの先端の様な形の青い被り物を被ったヒーロー的な服装のデジモンだった。 「リンクモン、人間絡みだとすぐ私に頼るのはよくない癖よ。少ないけど人間の職員もちゃんといるんだから」 エレットラは自分の倍近くあるそのデジモンにそう苦言を呈した。 「いや、だってクレーマーって察してくれみたいなこと言うけど人間の表情読むのってむずいですし……ていうか違うんですよ! 今日のはなんかやばいんですって……来客が他ならともかく国見ならよくないですか……? 用なくても来るやつですし……」 「はっはっは、自慢の光速でお茶ぐらい出してくれてもいいんだよ?」 国見は穏やかにリンクモンに苦言を呈した。 「そうですね。あとで黒木さんの分だけは持ってきますね」 俺もかよと呟くヒポグリフォモンは無視された。 「いえお構いなく、それよりそういう人とかいるならここに通してもらったらどうですか?受付の前にいたらよくないかもですし」 「なら、とりあえず通してもらうわ。話が通じないがどの程度かわからないけど、level5のヒポグリフォモンいるところに襲ってくる馬鹿はいないでしょう」 立ち上がり、そう言うエレットラの声に、扉が開いて現れたのは。狼の様なデジモンとやけに顔が紅潮して息が荒いキャサリンだった。 「おや、カルマーさん。家に帰られた筈では?」 「……ア、国見さぁん! アハハ、アハハハハハ!」 キャサリンはそう言って突然笑い出した。それを見て、世莉は思わずなんでと呟いた。 「な、なんで!? なんだろう、アハ、アハハハハ、楽しいわぁあアあァあアハハハハ、ウヒヒ、いひ、ひゃひゃひゃひゃひゃ!!」 異様な笑い声を上げるキャサリンの隣で、銀の毛皮に青い縞の入った狼が、にまぁと堪えきれないという様子で笑みを浮かべ、涎を垂らし引き笑いをしながら、身体を光らせ姿を変えていく。 「……リンクドラッグだ」 天青がそう呟くと、エレットラはある床板の端をダンと踏んだ。 跳ね上げられた床板の下から飛び出てきた、切り詰められたライフルを掴み、そのまま安全装置を外しながら二足歩行に変わりつつある狼の胸に突きつける。 「リンクドラッグにはね、普通の痛みは通じないのよ」 そう言って、引き金を引いた。 「だから無理やり落とすの。死なない程度に喉か胸を殴打とかね」 衝撃に狼の息は詰まり、笑いが止まる。それと同時にキャサリンも胸を押さえてその場に膝をつき、笑いが止まった。 キャサリンの笑いが止まると、狼の身体から光が消え持ち上げられていた上半身も地に伏せる。 狼は息絶え絶えに天青に噛みつこうとするも、ヒポグリフォモンがポンと軽く額に前足を乗せると、急に脚から力が抜けた様にその場に倒れ伏せた。 それに再度立ちあがろうとすると、全身を黒い光沢のある布で包んだ堕天使に押さえつけられた。それはレディーデビモンというデジモンと化した世莉。 襲われた天青は、とうにヒポグリフォモンにソファーの上に転がされていた。 キャサリンがさまざまな刺激に耐え切れずに気絶すると、そこには呼吸の荒いlevel 4の狼だけが残された。 「……せっかく、いい、気分だったのにぃッ!!」 「そう? ごめんなさいね」 狼が暴れようとすると、エレットラはその銃を頭に突きつけて引き金を引いた。 「あとは頭ね。非殺傷のゴム弾で撃つぐらいがlevel4のデジモンにはちょうどいいわ」 そうして狼が気絶すると、世莉はレディーデビモンの姿のままキャサリンに駆け寄った。 「世莉くん、彼女に傷口はあるかい?」 「いや、血の匂いとかはしないですし、見る限りないです。でも、少し胃液? すっぱい匂いがします」 「じゃあ、リンクドラッグは無理やり飲み込ませたんだな。そして、アッパー系の薬物を投与してここに送り込んだ……早過ぎるな。まともに動いてないぞ、僕達」 「とりあえず吐き出させればいいのね。人も集まってきたし、【役所】の病院に搬送してもらうわ」 「お茶をお持ちしまし……何事で?」 お茶やジュースをお盆に乗せて入ってきたリンクモンに、エレットラはちょうどよかったと笑いかけた。 「リンクモン、このレベルは話が通じないで済ませていいやつじゃないわ。人間の方はおそらくリンクドラッグを飲まされている。病院に話をつけて搬送、その間ガルルモンは地下牢のリンクドラッグ使用者用牢で拘束」 「でも、もういっぱいだった筈……」 「今朝人間側のそれを摘出した個体がいたから一つは空いてるでしょ。最悪相部屋でもいいわ。あの牢の素材じゃないとリンクが切れない。意識を戻した途端に牢の中で進化されたらどうなるかわかるでしょ?」 「……ちょっと、見てきます」 お盆をその場に置くと、リンクモンはフッとその場から消えた。そして、あっという間に戻ってきた。 「見てきました。空きがないので同じlevel4のとこに放り込んどきます」 「そうね、離脱症状が安定してるやつのとこね。くれぐれも拘束を忘れずに」 「え、光速? 突然褒めないでくださいよ」 「頭がご機嫌なのはいいけれど、ちゃんと拘束してなくてガルルモンが暴れて相部屋の囚人やガルルモン自身が死んだりしたらあなたの責任になるわよ」 エレットラの言葉に、リンクモンは少しシュンとしながら、ガルルモンを引きずって出ていった。 それから数分して入ってきた救急隊にキャサリンが病院へと運ばれていくのを世莉はなんとも苦々しげな顔で見ていた。 「世莉くん、どうする? 依頼人がああなった以上もう、いいんじゃないかな? というかやめとこうよ、やはり関わり合うべきじゃないのさ」 「いや、カルマーさんは私達を頼ってくれたんです。なのに、このざまです。時間自体を私達が解決しなきゃ……」 「……でも、僕の予想が正しければこれは警告だよ」 国見はコーヒーを飲みながら、少し声を低くしてそう言った。 「警告?」 「おそらく、元々はカルマーさんを狙っていたんだね。理由は……まぁ、人間界でのそれかな。カルマーさんはよくても相手はそうでもなかったということさ。そして、彼女から依頼のことを聞いて、僕達に深入りさせない様にと、警告の意味で今の狼を使った」 そうじゃないと動きが早すぎると国見は言った。 「だから、調査はしないと?」 「そう、大人しくしてるのが一番安全なんだよ。そもそも多分この事件の裏にいる連中は人やデジモン死ぬのをなんとも思ってない。そして、探し人は僕達が思ってるより中核に近いのだろうね」 「でも、世莉はやるでしょ?」 エレットラの言葉に世莉は頷いた。 「そうですね。お節介は求められなくてもするものですから」 世莉は考えもせずそう答え、国見は頭をカリカリとかいた。 「……即答しないでほしかったな」 「俺達しかできねーんだから、理由なんて要らない、だろ?」 「本当は戦いたいだけだろヒポグリフォモンは」 まぁそうかもなヒポグリフォモンは笑みを作った。 「そして私は仕事するだけ。協力者はいつでも募集中、天青は協力してくれないの?」 「……するよ、協力する。世莉くんが来てからこういうボランティアをさせられる機会が増えた気がするよ」 「嫌なら今すぐ留置所に入る? 美味しくないご飯が三食と毎日の取り調べをプレゼントしてあげるわ」 「エレットラの家に留置され、毎日ベッドで取り調べを受けるなら大歓迎なんだけどね」 国見はそう言って肩をすくめた後、世莉の汚物を見るような目を見て気まずい顔をした。 「……国見さん。セクハラですよそれ」 「世莉は世莉の国ではまだ成人してねぇんだしさぁ……」 「正直今のはキモい。モテ指南セミナーは悪質商法の類と思ってたけど……今からでも効果のないセミナーで金を巻き上げた詐欺事件として捜査するべきかしら」 国見はエレットラのその言葉を聞くと、フッと笑った後、ソファに座り込み少しうつむいた。 「十闘士はその力を次世代に託すべく一体が二個ずつ、スピリットと呼ばれる器を造った。魂というには内包されるのは限られたものになるけれど、それでも歴史的価値や十闘士の力含め多大な価値がそれにはある」 「どこの十闘士教の支部もそれを持っているんですか?」 「いや。持っている支部は少ない。二つ揃っているとなると、ここ木の支部ぐらいじゃないかな」 十闘士はこの街に来たことがないからねと国見は資料を手元の空中に資料を映し出しながら続けた。 「あ、そういえばこのデジモンなんかで見たことあります。アルボルモンでしたっけ?」 資料の中にあった写真を指差しながら、世莉はそう言った。 「そう、木の闘士アルボルモン。木の支部では通常の組織体系の上にスピリット使用者の枠を設けていて、スピリット使用者は現人神っていうのかな、神様として信者達の前では振る舞うんだ」 「この街に十闘士来たことないのに十闘士をちゃんと演じられるんですか?」 「だから歴代でキャラがバラバラになるんだよね。ここ五年のアルボルモンは十闘士教以外の人々にも寛容で社会奉仕的な活動を多くする方針らしいよ」 大事なのは、この先の情報だと国見は続ける。 「古代の闘技場を改修して建てられたこの支部は、現在十闘士教で最大の建物であり、リンクドラッグが出回り始めた時期から闘技場周りにただ公園のように大した整備もせず腐らせていた土地に十の離れを建て始めた。資金源は匿名からの寄付としている……というのがエレットラの調べてくれた情報だ」 ビルの屋上から離れて見えるその建物を指差した。 「露骨に怪しいですね」 円形の巨大な闘技場の周りに円を描くように十個の離れがあり、さらにその周りはその闘技場が何個か入りそうな広さの雑木林が広がっていた。一応、一部は広場の様になっていたが、他はほとんど手付かずの森の様だった。 「露骨に怪しいけど、他の支部の構成員達は自分達の名誉に関わるから何か知ってても可能な限り公にしたがらない。木の支部の構成員以外も直接でなく隠す方なら加担するんだよ」 「まぁ、やることは変わらない。僕とヒポグリフォモン、世莉くんは潜入してヒューマンドラッグの証拠を見つける」 『私は三人を【役所】からサポートするわ。十個の離れに関しては【役所】に設計図が提出されてる。勝手に変えるにしてもベースはこの設計図通り、この設計図と異なる部分があればそこが怪しいわ』 イヤホン越しのエレットラの声を聴きながら、世莉は念入りに音量を調整する。 「しかし、エレットラ一人なのは不安だ。君は僕と同じ大して戦う術を持たないし、襲われる可能性もある」 『なら、世莉をこっちにくれてもいいのだけど』 エレットラの言葉に、天青はそれは駄目だと言い切った。 「世莉くんはこの中で最も狙われる理由がある。依頼人を連れてきたという点でもそうだし、それ以外でもね」 「なんで?」 「一部の人間にとって世莉くんは特別な意味を持つのさ」 国見はそう言った。世莉は言おうか少し迷っていたが、口にはしなかった。 『説明になってないんだけど』 「説明する気がないからね。この街に来て僕が最初に教えたのは、世莉くんにとっては当たり前のそれを口にしないということだ」 「まぁ、俺の横より安全なとこはないから安心しな」 「あとは、ヒポグリフォモンは相手を油断させたい訳だが、いかにも不健康そうでボロボロの制服を来た世莉くんは都合がいい」 「国見さんってエレットラさん以外には結構最低ですよね」 「……いや、世莉くんのことはこれで結構尊重してるつもりなんだよ? 僕は君のことを妹の様に思い、世莉くんの前ではエレットラの前ほどではないけど嘘をつかない様にしている」 「父の代から探偵って言ってたのに花屋だったのは?」 「……お花屋さんと探偵の二足の草鞋を履いていたんだよ」 国見はそう言ってにこっと笑ったが、世莉は笑わなかった。 『それで、準備はできてるのよね?』 エレットラがそう確認する。 「できてるよ」 国見は黒のスーツと手袋、そして青薔薇のネクタイをキュッと整えると、ヒポグリフォモンの首についていた翼の生えた卵が先端についた杖を手に持った。 「大丈夫です」 世莉は首元から下げたロケットの中に入ったものを一撫でして服の中にしまう。 「まかせろ」 ヒポグリフォモンは、ヒポグリフォモンの姿ではなかった。金色の四枚の翼を持ち、背中に二本の剣を携えて、赤い布を顔の周りに巻いた女性型天使の姿になっていた。 『侵入方法を確認するわよ。表門には守衛、建物全体は地下に至るまで球状の魔術的なセンサーが張られていて侵入は検知される。建物内はわからないけど、名目上は施錠された建物以外は信者の立ち入りは自由、信者に共通で持たせる様なものもないから、おそらく何もない筈』 エレットラがそう前提条件を述べる。 「了解、僕達はダルクモンに乗って揃って空から入る。そして、僕だけ離れの屋上に飛び移る」 国見はそう言うと、ちらと世莉と天使の方を見た。 「俺と世莉はそのまま地面に降りて、建物の扉をノックするか警備からの接触を待つ」 「ダルクモンと一緒にうまくとぼけて警備を引きつけつつ、あわよくば見学者として中に入るですよね」 「状況によっちゃ戦っていいんだろ?」 世莉の言葉のあと、ダルクモンと呼ばれた天使はそう聞いた。 『ちょっとトラブル起こして足止めする程度ならね。でも、退化して戦力も落ちてるだろうしできれば避けて……』 「まぁそこは俺は大丈夫。いつでも戻れるし、色々あって強さもそう変わらない」 『でも、どんな備えがされてるかわからないわ。くれぐれも気をつけて』 じゃあ行こう、と天青は目立ちにくい様ダルクモンの背中に捕まり、世莉はダルクモンに横抱きにされる形を取った。 二重円の外側、異常に行われた改築の最初に建てられた離れへと向けてビルから飛んで降りていく。 屋根が近づくと屋根の上へと跳び移り、その天青の姿を確認すると、ダルクモンは世莉を抱えたまま建物の周りをうろうろと飛び回った後、扉の前に降り立った。 「ノックするか?」 「……いや、どうだろう」 すると、ほどなくして警備員らしい人間とデジモンが数体、ダルクモンと世莉の元へと集まってきた。 「警報を鳴らしたのはお前か!」 「……警報? 私はただ空がすいていたもので、そちらから訪問したのですが、どうかしました?」 ダルクモンはそうとぼけた口調で口にし、事情がいまいち飲み込めてない風の顔を作った。 その粗暴さを全く匂わせない音声を聞いて、通信機で聞いていたエレットラは思わず吹き出し、世莉は驚きに目を丸くしてしまったが、警備員達には世莉のそれは怒られたことに対しての驚きと見えたのか、奇妙と捉えた様子はなかった。 代わりに、警備員ははーと気が抜けた様にため息をついた。 「……そうなんだよな。俺達は三日に一回はあんたみたいなやつに会う。空を囲ったり高い塀がないから出入り自由だと思ったってやつだろ」 違いますの? とダルクモンは小首を傾げて目をパチパチさせた。 「私達、この街に来るのも初めてで……色々なデジモンや人からお話を聞きましたら、十闘士教は人とデジモンが手を取り合うサポートをしているとか。それで、お話を聞けたらと思ってきたのですわ」 「やっぱりな……」 ダルクモンの言葉に、人間の警備員は一応出していた警棒もしまい、明らかに警戒を解いた。 「いや、お前は違うだろう。お前は並のデジモンではない。このグリズモンにはわかる……お前の身のこなしは単なるlevel4のそれではない、武闘家のそれだ……」 その警備員の前にずいと出てきてそう言い出したのは青い熊の様なデジモンだった。 「おい、グリズモン」 「はて、なんのことでしょう……」 人間の警備員の静止も振り切り、ダルクモンの言葉を無視してグリズモンは歩み寄ると、ダルクモンの襟巻きを掴んだ。 「乱暴はやめてください」 そして、背負い投げをしようとしていたもののできず、傍目から見ると滑稽なパントマイムの様になってしまう。 『馬鹿、ヒポグリフォモン、そこは投げられとくとこだ』 「投げられたの昔過ぎて投げられ方がわからねぇ……」 思わず国見はそう通信機越しに囁いたが、ダルクモンはちょっと困った様にそう呟いた後、ニコッと微笑みながら自分の襟巻きを力一杯掴むグリズモンの手を指を一本ずつ持ってゆっくりと確実に引き剥がした。 エレットラはカメラ越しのそれに、一瞬撤退させるか迷ったがもう少し様子を見ることにした。 『……世莉、危なくなったら一人でも撤退するのよ。そしたらダルクモンも流石に一緒に来る筈だから』 了解と小さく返しながら、世莉はダルクモンの空いてた手を掴んで自分から手を出しにくくした。 「おいおい、グリズモン何やってんだ……普通に見学者だろ、普通に本館へ……」 「いや、違う……びくともしないんだ。まるで大樹、この場に根を張った五百年ものの大樹の様に、全く動くイメージがわかないんだ……ッ!」 グリズモンは元々青い顔をさらに青くしながらそう言った。 「確かに、多少の心得はありますわ……でも、それもこの子を他の人間がいる街へ連れ出す為の力、怪しい者ではありませんわ」 ダルクモンはそう言って、少し悲しそうな顔を作り目にうっすらと涙まで浮かべた。その迫真の演技に世莉は少しホッとしたが、このまま絡まれたらイライラしてきそうだなと思って少し不安になった。 「ほら、グリズモン……謝れよ」 「いーや、謝る必要はねぇよ。そいつは只者(パンピー)じゃねぇな。俺にはわかる」 そう言いながら出てきたのは、申し訳程度に警棒を持ったライオン頭の獣人のデジモンだった。 「おい、グラップレオモンまで……」 「……さっきも聞いたセリフですわ。漂流街って、聞いてたよりも頭の悪い方しかいらっしゃらないのでしょうか……」 口調こそ猫を被ったままだが、若干ヘイトを集めようとする意識の見える発言に、世莉はダルクモンの手を引いて小さく囁く。 「落ち着いて、level5相手じゃ小競り合いじゃすまない……」 「大丈夫、どっちも一捻りできる」 ダルクモンの返答に、世莉はそろそろ退くべきかもと考えていたし、聞いていたエレットラもまた、退くべきではと考えていた。 「こっちに来いよ。お前みたいな修羅(バトルジャンキー)にお似合いの違法闘技場(パーティ)をここじゃやってんだ」 グラップレオモンから出たのは、世莉達の想像していたのとは違う提案だった。 「おい、グラップレオモンッ、それは極秘の……」 「いいじゃねーか。こんなところに修羅(バトルジャンキー)が来る理由なんざ、地下でやってる違法闘技場(パーティ)以外にねぇ。大方、その噂を聞いて来たんだろうよ」 グラップレオモンはゲラゲラと笑う。 「エレットラさん、違法闘技場の件は……?」 『こっちのデータにはない。多分これも揉み消されてるわね。でも、そっちから証拠が抑えられれば踏み込めるわ。そこからヒューマンドラッグ周りを崩していくこともできる筈。乗って』 ダルクモンは聖女の様に微笑むと、ゆっくり胸の前で指を合わせ、かと思ったらその場全体に響き渡るほどにごきごきと勢いよく指を鳴らした。 「そこに、私を満足させられる闘士がいる、と? 信じられませんわ……子猫がじゃれあってるだけのお遊戯会ではないでしょうね?」 ダルクモンの言葉に、グリズモンは子猫って俺のことかよと歯噛みするのが世莉には見えた。幾ら乗るとはいえ挑発し過ぎではとダルクモンの手をぐっと世莉は一度引いた。 「へへっ、いい啖呵切るじゃねぇか。そこにいるのはお前と同じ修羅(戦闘狂(バトルジャンキー))ばっかだからよ。俺のシフト終わるまで無事でいられたら戦ってやるよ」 「あらあら、子猫ちゃんが背伸びしてる。なでなでしてあげましょうか?」 「……ダルクモン、煽りすぎ」 案内される前に戦いになるからやめてと言外に世莉が伝えるも、ダルクモンには全く伝わってないようで、世莉がぐいぐいと手を引く度にそれに合わせて体こそ動かすも、止まる気はない様だった。 「そうでしたわ。自省しないといけませんね、子猫ちゃんは本気で言ってるんですもんね。まじめに受け取ってあげなくては」 ダルクモンはにっこりとそう微笑んだ。 「てんめぇ……」 「おちつけグラップレオモン」「お前に言われたくねぇグリズモン」「でもここじゃ人目に触れるだろうが」「そうだ落ち着けって!」 苛立ち、殴りかかろうとするグラップレオモンを、グリズモンや他のデジモン達が抑える。 取りおさえる側に回れない人間の警備員は、仕方ないとダルクモンと世莉を建物の中へと案内する為に鍵を開けた。 建物の中は世莉とダルクモンの二人が見る限りは普通の倉庫だった。 「この地下だ」 その人間は、そう言って荷物の下の床に隠された階段を見せた。 「ちょっとこういう隠し階段ってわくわくしますね。世莉」 「……なんかあいつ、最初の雰囲気と違くないか」 「えと、戦闘を前に興奮してるんで……近づくとボコボコにされるかも……」 世莉はそうフォローしたが、世莉も正直ダルクモンがどういうテンションなのかよくわかっていなかった。 地下への階段をダルクモン達が降りていくと、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。その内の数カ所には円形に金網が張り巡らされており、二体のデジモンが殴り合ってるのを見ながら、手にチケットを持った客の人間やデジモンがその金網の周りに群がって賭けをしていた。 「面白くないですね……迫力もなく強さもなく……幼年期の子供達のじゃれ合いの方が見てて楽しそうですわ」 「ダルクモン、わかってる?」 目的は違うでしょと世莉が諌めると、ダルクモンはわかってると呟いた。 「おい、お前の行き先はこっちだ。こっちでエントリーしてもらう」 「……面倒ですけれど、仕方ないですわね」 世莉とダルクモンが手続きを始めると、国見は屋根から降りて建物の中に入った。 倉庫の大きさを目測で調べ、いくつかの箱を開けた後、ある壁に寄ると、こんこんとその壁を手で叩き出した。 『どう? 天青』 「外観や設計図から考えると天井が低すぎるし、綺麗にボードが張られているのが違和感があるね。倉庫の場合はこのボードをなくして換気扇やダクトを丸見えにしコストカットするとこも少なくない……置いてある荷物が厳密な温度管理や湿度管理が必要なら外気の影響を避ける為とも考えられるが……そうでもなさそうだ」 木馬の姿をした木の闘士をモチーフにした陶器人形が入った箱を開け、空調が換気しか稼働してないのを確認しながら天青は呟いた。 『倉庫の作りにも詳しいんですね』 「昔、建築事務所で雑務のバイトをしていてね」 『仕事で忙しい彼等に出会いを紹介して仲介料を受け取ってたのよね。それで、破局したカップルに訴えられたのが【役所】に勤めて初日の私が受け持った初めての案件だったわ』 「懐かしいね。あの日も君は綺麗だった、その青い瞳に僕は吸い込まれそうな気がしたよ……あった」 国見は壁の一部をボコっと外すと、その奥に隠されたボタンを押した。すると、天井から縄梯子が降りてきた。 「喜んでくれエレットラ。証拠とのご対面だよ」 国見が縄梯子をするすると登っていくと、そこには先ほど見たのとはまた別の木箱が山と積まれていた。 縄梯子を片づけた国見が、それを一つ開けると。白い粉が大量に入っていた。 『天青、渡した試薬にその粉を入れて』 「お察しの通り、これは例のヒューマンドラッグと一緒に使ってたアッパー系の薬物だね。この通信映像だけでも踏み込む根拠にはなるはず。けれど……」 指示を聞く頃にはもう既に動いていた天青は色の変わった試薬をカメラに映した。 『どうしたんですか、国見さん』 「僕達が調べているのはまだほんの一部に過ぎない、にしては簡単に見つかり過ぎだね」 国見はすっきり腑に落ちないと言った。 『そうね、この支部にはまだ何かある。闘技場も薬物も普通に考えればお金の為……でも、それにしては溜め込むでも散財するでもない。そうして建てた建物は一応の偽装はしてるとはいえ警備もザルだし、警備員がふらっと新しい客を入れたりもできてしまう。怪しまれても構わない……ボロが出て咎められる前に何かを行うという意志を感じるわ』 エレットラもそれに同意する。 「単なる金儲け、ではないだろうね。デジタルワールドの各所で何が価値を持つかはてんでバラバラ……バレてしまってこの街から逃げ出すことになれば意味はなくなる。この漂流街で何かを起こすための資金になっている筈だ」 『でも、そんなのすぐに調べてわかるんですか……?』 「でも今回のチャンスは逃せないよ。空のセンサーを誤魔化す手口も、二度は使えない。木の支部では十闘士を象徴する十の離れを建造し終わっていることから、おそらく設備面において、その何かの最終局面に既に彼等は入っているに違いない」 そう言って、国見は少し考えながら目をつむった。 「……建物本体は人の出入りが激しい筈だが、最初から計画されているなら改築部分には核となるものはおそらくない。中央の地下が怪しいかな」 『国見さん、それはないと思います』 国見の言葉を、世莉は小声で否定した。 「どういうことだい世莉くん」 『さっき私達が闘技場入ったとこ見てましたか?』 「いや、見つかると困るから音声だけで聞いてた」 なるほどと国見の言葉に世莉は納得したらしかった。 『この闘技場、かなり広いです。私達が入ったとこはあくまで入り口で、闘技場自体はおそらくこの支部全体の地下に広がってるかと』 「……その闘技場みたいな場所のリングとかは固定してあるのかい? それとも動く?」 『どうでしょう……』 『よし、俺聞いてくるわ』 ダルクモンがそう呟き、立ち上がる音がマイク越しに天青の耳に届く。 「おい、怪しまれるなよ」 『あの、一つ伺いたいのですが、あの金網とかを撤去して、巨大なデジモンと戦ったりするようなことはしてないのでしょうか?』 『……いや、してないよ。でも、【役所】が入って来た時にでっかい多目的ホールとして説明できるように、金網は撤去できる造りになってる。あんたが人気の闘士になれば、そういうのも企画できるかもな』 『まぁそれはいいですわね。小粒の雑魚ばかりで、期待外れかなと思っていたのですが……そういうことなら私もやる気が出ますわ』 『……やっぱ、あんたイカれてるな』 音声を聞いて、国見はなるほどと頷いた。 「世莉くん、もしかしてその闘技場の床には何か模様なんか描かれていないかい? あと、リングになってる辺りにも、例えば何か丸く囲われていたりとか……何かの儀式場という線はないだろうか」 国見の言葉を受けて、世莉は床をじっくりと見る。確かに円形に模様はある。それは崩された文字の羅列の様でもあり、どこかそれに世莉は見覚えがあった。 そして、それを見ている内に世莉がふと何かに気づいた。 『国見さん、私、これ知ってるかもしれません……』 「なんだい、世莉くん」 『これは、ゲートです。人間界とデジタルワールドを繋ぐゲートの術式です』 「……ふむ、疑うわけじゃないが、そう思った根拠を聞かせてくれ」 『天青さんは知ってる様に私は、自分達でゲートを開いて仲間達とこっちの世界に来ました』 『私は聞いてないんだけど……一部の人間にとって特別な意味を持つってそういう?』 自分でゲートが開ければ、この街の漂流者や人間に興味があるデジモンなどにとっては確かに特別な意味がある。 『そういうことです。私はゲートの開き方を知っています。でも、その時使った方法はデメリットも大きくて……帰る手段として別のゲートの開き方も調べていたんです。この術式には欠陥もあって、使ったことはないです』 「わかった。だとすると、ゲートのサイズが気になるな……この建物は全体だとかなり広い。外周を歩いて回るのはちょっとなかなかしたくないぐらいの広さだ……そのサイズのゲートが開いたら、世莉くん。君の経験則でいい、どうなると思う?」 国見の質問に、少しだけ世莉は言い淀んだ。 『……ゲートには、周囲のものを引っ張る力が働きます。繋がってる先の世界へ送り届ける為に、繋がっている部分の空間に力の流れを作るんです』 「つまり」 『おそらく、この地下空間の上に立つ建物や地面、周囲の人間やデジモン達が呑み込まれて、人間界に降り注ぎます』 世莉の言葉に、エレットラとダルクモンは息を呑んだ。 「降り注ぐ、というのはさっき君が言った欠陥の話かな」 『そうです。デジタルワールドと人間界とで座標が対応する場所にゲートが開くんですが……土の中とかに出ないように、出口は座標が上にズレるんです。その高さはlevel5クラスのデジモンなら怪我もしないでしょうが、人間やlevelの低いデジモンには致命的な高さになります。おそらく、生き残ることは難しいでしょう』 「瓦礫諸共となれば、なおさらか……」 『そうですね。ゲートの中は力の流れが渦を巻きます。洗濯機に一緒に入れられる様なものなのでゲートから出る以前に……』 『なんでそんなひどいことを』 エレットラの漏らした呟きには悲しみがこもっていた 「いや、おそらくひどいことと思ってないんだよ。これを用意したやつは何も知らない、ゲートの吸引力も座標のズレも。知っていれば、地下という場所は選ばないからね。余計なものを吸い込まない様に堂々と屋外に設置しただろう」 『どうする天青、俺ならこの姿でも戦いながら地面ボコボコに破壊するぐらいはできるが』 「いや、魔法陣というものは然るべき素材で描き直せば作動してしまうものだ」 世莉くんはどう思うと国見は振った。 『壊すべきは、起動から安定するまで無理やり流れを作るためのエネルギー源です。一度安定したゲートはある程度の期間自然に流れが生じて押し広げられ続けます。でも、最初に開き、それを安定させするには莫大なエネルギーがいる……私が人が数人通れるゲートを開いた時、level6相当の力を退化するまで消耗しました。規模が大きくなればなおさら……』 『その規模の力を一体二体ではなく爆発的に消費するならば、一朝一夕じゃためられないわ。なんらかの方法で貯蔵してる筈』 「……そのエネルギーは、どこで発動させる?魔法陣の上かい、側とかでも作動するのかい?」 『私の時は、真上でした』 「なるほど、ではこっちの場合は……隠したい事情を考えると真下かな」 国見はそう言って地面の方を見た。 『さらに地下ってことか、天青』 「そういうことだ。僕には大体の事情が読めた。ここが木の闘士の支部であることを考えれば、犯人は自ずとわかる。この犯人は、おそらく悪意なんてものはない、本人は至って真っ当な目的の為に真っ当な手段でことを進めたつもりかもしれない」 『どういうこと……? 天青』 「すまないエレットラ。これから僕は、犯人を説得しに行くよ。溜め込んでいるエネルギーと【役所】の武力と激突したら、どうなるかわからないからね」 国見はそう言うと、手に持った薬物を戻して屋根裏から慎重に降りて行く。 『危険よ。目的がわかったんだし、こっちだってやり方を変えるぐらいはできるわ』 『天青、俺はどうする?』 「とにかく好きに暴れてくれ。観客達がその場に釘付けになれば、迂闊にゲートは開けない」 国見の言葉に、ダルクモンは笑みを作った。 「おい、あんたの番が来たぞ」 「……わかりました」 ダルクモンはそう言いながら立ち上がると、金網で囲われた中に既に待っているグラップレオモンの方へと歩き出した。 「さっきぶりだな」 グラップレオモンは、構えを取るとじりじりとダルクモンに近づく。 「シフトは代わってもらったのですか?」 ダルクモンは動かず、構えさえ作らない。 「そういうことだ。殴り合い(デート)する為にな」 「あらあら……」 不意に、大股でダルクモンはグラップレオモンへと距離を詰め出した。 一瞬唖然としたが、グラップレオモンはすぐ立て直して牽制のジャブを放つが、ダルクモンはそれをパシっと手で受け止めた。 「雑魚とデートする暇はないんですわ」 ミシッとグラップレオモンの拳が悲鳴を上げ始める。 「う、うおおッ! 旋風タービン蹴り!!」 「出始めが遅すぎます。レディファーストの権化かしら」 グラップレオモンが振り上げようとした脚を、ダルクモンはひざを踏みつけて止める。そして、グラップレオモンの気がついた時には天地が入れ替わり、そのままふっと意識を手放した。 ダルクモンのハイキックがこめかみに入り、グラップレオモンは地面に倒れ伏していたのだ。 周りがどよめき、歓声が上がる。何人もの客が紙束になった賭け券を投げ捨てた。 グラップレオモンが運ばれていっても、新しい選手が入場しようとしても、ダルクモンはリングの真ん中から動かなかった。 「……おい、どけよ。お前の闘いはもう」 「あんな蹴りの一発で満足するほど安くねぇんですわよ」 「そんなこと言ってもよ、俺達の番なわけだから、な?」 「ここの客はコスパがいいんですね。可愛らしいおままごとで満足するなんて、私には到底できませんわ」 ダルクモンの言葉に、客達がざわつき始める。 「おい、いい加減に……」 「退かせられるなら退かせてみやがれ、ですわ」 そのデジモンが拳を振り上げて、振り下ろすのに合わせてダルクモンの軽く振るったカウンターが顎を打つ。 その対戦相手も、口から火を吹いてダルクモンを攻撃するが、火の中から手を伸ばすとそのまま喉を掴んで意識が落ちるまで締め上げた。 「身体を温めて動かしやすくしてくれるなんて、暖房器具としてはいいかもしれないですわ」 そう言うと、ダルクモンはその意識を失ったデジモンを金網に投げつけた。 「ねぇ、こんなのを見て満足してるてめぇらに教えて欲しいのですけれど、戦闘種族(デジモン)の誇りは何ゴミに出して引き取ってもらったんですの?」 「なんだとてめぇ!」「袋にしてやろうか!!」「金網に守られてるからっていきがってんじゃねぇぞ!!」「俺がテメェをぶち殺して生ゴミにしてやるぁ!」 ダルクモンの煽りに、金網に何体かのデジモンが張り付いてそう声を上げる。 「やってみせてくれます? 少しでも誇りがあるのなら!」 ダルクモンは剣に手をかけると、三度振るってまた鞘にしまった。すると、ダルクモンを囲っていた金網が切られて崩れ落ちた。 『僕は暴動を起こせとは言ってないが? 世莉くんもなんで止めないの』 カンカンカンと通信機越しに階段を降りる音をさせながら、国見はそう苦言を呈した。 「殺さない程度にボコってここに放置しときゃあ、ゲートだかなんだかしらねぇが開けないだろ」 「……いや、さっき観客の中に探してる人らしい人がいた気がして……ゲートも大事ですけれどまずはそっちが目的ですし」 ダルクモンは怒りに滾った観衆の元へと飛び込んでいき、世莉も既にその荒波の中にいる。 通信機越しに国見はあの二人組ませたの間違いだったかなと思った。 同格の筈の成熟期が、格上の筈の完全体が、ダルクモンに殴られ蹴られ、まともに掴むことさえできずにあっという間に死屍累々の山を築く。 「やめろお前らッ! そいつには束でかかってもてめぇらじゃ敵うわけがねぇ!!」 「おぉ……シュラウドモンだ」「この街に四体しかいないlevel6の一体」「level5を一蹴するとはいえ……いけるぞ!」 観客達がにわかにざわめく。 「俺にはわかるぜ、お前の戦いへの執念」 「どこかで聞いたようなマイクパフォーマンスはやめてくださる? その拳以外に俺とわかり合う方法なんててめぇは持ってねぇでしょう?」 「然り! 俺も雑魚に合わせ過ぎてた様だ!!」 シュラウドモンの拳とダルクモンの拳が正面からぶつかり合い、空気は揺れ、近くで見ようとしていたあるデジモンはその圧に気絶する。 そして、その力の打ち合いが収まると、シュラウドモンはぐらりと揺れた身体を支える為に一歩後退し、ダルクモンは両足が宙に浮いたものの、空中で姿勢を立て直して、その場に着地した。 「まぁまぁなのが出てきやがりましたわね」 「ふふふ、お前ももっとやれるだろう。剣を使うんじゃないのか?」 「あなたも、使っていいですわよ、リンクドラッグ」 ダルクモンは拳を打ち合わせた時に、シュラウドモンの体内に異物、リンクドラッグの受信機がある事を悟った。 「お前が楽しませてくれりゃ俺の相棒もノッてきて効果が出てくる筈だ。だから、もっと力を見せてくれ!」 「なるほど……」 そう言うとダルクモンは剣を捨て、スーッと深く息を吸い込み、ピタと構えを取って微動だにしない。 「あくまで拳闘、ということか」 「種族と嗜好と才能が合わないことは幾らでもあるでしょう? あと、豆知識だけど、剣を二本持つ剣士は性格が悪いんです。色が白くて赤い竜と仲間ってなると子供に見せられませんわ」 ダルクモンとシュラウドモンはもう一度歩み寄ると、拳と拳をぶつけ合う。拳の間で圧縮された空気が逃げ場を求めて爆発した。 そして、その爆心地で二体の修羅は笑みを浮かべていた。 「パワーではシュラウドモンが上……なのかな?」 シュラウドモンの戦法はシンプル。とにかく強くて速くて重いけど出だしに溜めがある普通のパンチと、出だしが早いジャブ、それに蹴り頭突き。体格差が威力に直結する打撃をとにかく打ち込む。シンプルに無駄のない動きで基本の攻撃を打ち込み続ける。 それに対してのダルクモンも打撃を基本としていたが、シュラウドモンの攻撃は最初のぶつかり合いの様にその身体を浮かすことはなく、まともに当たりさえしない。 「ふふっ……わはははッ! よい、よいぞ!! 力が増しても一撃も当たらないのがこんなに楽しいとは!!」 シュラウドモンの言葉にダルクモンは言葉を返さず、代わりに顎に脚に腕に拳を叩き込む。だけどシュラウドモンは倒れない。 「どうも旗色が良くねぇですわ……」 殴れば手応えはある。しかし、すぐ直っている、すぐ攻撃をしてくる。新しい隙が簡単には生まれない。 「大きな隙が一つあれば……」 そうダルクモンは呟きながら、殴れば殴るほど笑みを深めるその鬼を見た。 「何がどうなっている! シュラウドモンは神の護衛だぞ!! 予定外の試合に軽々に出すんじゃない!!」 ある部屋の中で、十闘士教の伝統的な服らしい奇怪な服を着た男がそう叫んでいた。 「し、しかし……シュラウドモンがそうと決めたら誰も止められるものなどおりません」 その男の側近らしい同じような服を着た目の下にクマのある女性の言葉に、男は小さく普通なら人前で言えない様な悪態をついた。 「まぁ、そう声を荒らげるな。私を害せるものなどどこにもいはしない。この木の闘士に護衛は不要」 そういいながら男に話しかけたデジモンは、木で作られた人形の様な独特の姿をしていた。 「……おぉ、アルボルモン様。しかし、御身の依代は今はただの機械に過ぎませぬ。シュラウドモンの戦いの余波で破壊されたりすれば、また作り直すのに時間がかかります」 「我々は正しい道をゆく。それで時間がかかるならば、それはそういう運命なのだ」 アルボルモンはだから気に病むな落ち着けと言った。 「正しい道、とおっしゃられるのですね。あなたは」 国見は、物陰からスッとその身を見せると、タンと杖を地面についた。 「君は……何かな。ここは関係者以外立ち入り禁止だが」 アルボルモンの問いかけに、国見はスッと会釈をした後懐から青い薔薇を取り出してアルボルモンに向けて投げた。 「僕の名前は国見天青、この街に咲く一輪の青い薔薇です」 『天青、その表現、私は気持ち悪いと思うわ。何言ってるかもわからない』 気障なその振る舞いに、反応したのはアルボルモン達ではなく通信機越しに話を聞いていたエレットラだった。 「エレットラ……少しの間スルーしてくれないかな」 天青は出鼻をくじかれて少し嫌な顔をした。 「エレットラだと? 【役所】から派遣されて来たのか……!?」 「権力の犬になったつもりはないさ。青薔薇っていうのは嘘の花なんだ、自然には存在せず不可能なんて花言葉があったのに、最近になって人間界で開発されたのが青薔薇。僕も、この場の真実が知らず知らず解決され、何もなかったという嘘をこの街の真実にしたい」 『気取った言い方はノルマでもあるんですか?』 エレットラが黙ると、今度は世莉がそう言った。 「……嘘にする必要などありませんよ。我々の行いは正しい。あなたもきっと話を聞けばわかってくれる筈です」 「語り合うなら二人でじっくりとですね。三千年前の闘士たるあなたと、この……僕と」 国見はそう言ってアルボルモンをじっと見た。他にアルボルモンの周りにいる幾人かの信者達は目に入ってないかの様だった。 「何を言ってるのか君はわかっているのかね! こんなところまで入り込んで、自分の要求がすんなり通ると!?」 先程文句を口にしていた男がそう口にすると、その脇に立っていた大柄な男がずいと前に出た。 「俺は全身の筋肉にミノタルモンのデータを移植している。人間だからなんとかなると思わない方がいいぜ」 そう言って、男は警棒を振り上げ、そしてそのまま膝から崩れ落ちた。 「……顎や脳は人のまま。顎を殴って脳を揺らすだけでいいというわけだ、簡単だね」 国見はダルクモンから借りた杖で、倒れた男の頬を突いて気絶してることを確かめると、先端の飾りについた血を男の服に擦り付けて拭いた。 「この街の西の外れにサンゾモンが対デジモン護身術を教えている教室があったんだが、そこで家事手伝いをしてたことがあるんだ。人サイズの成熟期までなら、銃がなくとも身を守ることぐらいはできるつもりだよ」 一応銃も持っていると、国見は胸ポケットのふくらみに手を入れて見せた。 「……わかりました。二人きりで話をしましょう。あなたも通信を切って下さい」 「アルボルモン様!?」 「配慮感謝する、木の闘士」 そう言うと、国見は耳にはめたイヤホンを外して杖で叩き割った。 「皆、席を外して欲しい。私は大丈夫だ、むしろ皆が傷つく方が心苦しい」 アルボルモンに促され、男達は倒れた男を回収して国見を睨みながらその場から去っていく。 「さて、これで君は私の話を聞いてくれるだろうか。国見天青くん」 「確かに聞き届けましょう。僕としても、全て勘違いであなたの正義に誤ちがないならばそれに勝ることはない。ただ、薬物と闘技場だけ取っても、考えが変わるとは思えない」 「……私はね、精算をしたいんだ。この世界に私達十闘士が連れてきてしまった人間を元の世界に返したいんだ」 その言葉に、国見は少し目を伏せた。 「その為に、薬物や闘技場でお金を稼いだ?」 「そうだ。儀式には、陣の上で一定量の血を流す必要があった。陣を引いたり、建物を維持したり、いざ実行する時のリソースを用意する為にも金が必要だった。しかし、その方法にも私はそれなりの注意を払ったつもりだ」 「注意、薬物や賭博闘技場のどこに?」 「現代では確かにどちらも抵抗があるかもしれないが、古代ではそう珍しいことではなかった。扱い方を誤らなければ薬物は危険ではないし、闘技場ではファイトマネーも出しているし治療ができる準備も整えている。それでも、しようのない愚か者がいるだけだ」 「……なるほど、犠牲は自分の責ではなくその愚か者達の責だと」 国見はそう呟いたが、皮肉めいた言葉の割に顔は寧ろ同意してる様だった。 「私にも責はあるが、目的は極めて大事。人間達を皆、人間界へと早急に返すにはこの方法が最も効率的だった。三千年という長きに渡って故郷に返せなかったのは我々十闘士の心残りだった。少しでも早く元の世界へ、そう思えばこそだった」 アルボルモンの目は澄んでいて、そこに裏がある様には見えなかった。 「やはり、あなたも僕と同じ嘘吐きの様だ」 しかし、国見は確信に満ちた顔でそう口にする。 「嘘吐き……だと?」 「十闘士はとうに死んでいる。あなたは当人ではない」 「君はスピリットを知らないのかい? 私は二つのスピリットを通じてこの世界に蘇ったのだ。私こそが木の闘士、かつてエンシェントトロイアモンだったアルボルモンだ」 アルボルモンの言葉に国見は首を横に振る。 「スピリットは十闘士の力の結晶、まぁそれに付随する記憶もあるのかもしれませんが……あなたが古代の木の闘士そのものであるならば、スピリットの使用者はどこにいるんですか?」 「使用者……? 私は、木の闘士以外の誰でもない」 「スピリットは肉体と分たれたからこそ魂(スピリット)と呼ばれている筈。誰にも使われていないはあり得ないんです」 あなたは誰だと、国見はもう一度問いかける。 「……君に、十闘士の私達の何がわかるのかね。私達は、ルーチェモンを封印する為に敵も味方も巻き込みゲートを開くしかなかった! その事を気に病んでいて何がおかしい! 使用者などというのは私の中にはいない!!」 アルボルモンはそう答えた。 「この街に十闘士は一度も来たことがない。それは調べれば誰でもわかる。彼等は強さの割に短過ぎる生涯のほとんどをルーチェモンとの戦いやルーチェモン封印後の世界の安定の為に費やした。味方だったのになぜ来なかったか、それはこの街を作った時、十闘士の味方の人間なんていなかったからだ」 「君はこの街では誰もが知る様なことも知らない様だ。この街は、光の民と十闘士の民、合わせて数千人が共に……」 「それは後世の創作。十闘士教が権力を得た時代、他の人達に比べて何故自分達が偉いかの権威づけとして言い出した事だ」 国見は自分も世莉に話したその説を否定した。 「実際には犠牲にしたのは全て異民族の光の民、ルーチェモンを崇める国の人間達。ルーチェモンを崇める祭りの最中に奇襲して都のほとんどをゲートに落とした。生き残ったのは数千だが、死んだのはもっと多い。ゲートは今使おうとしている術式の様に空に開き、生き残った数千人は先に落ちた数万の死体と瓦礫のクッションのお陰で生き延びた」 今も三千年前の地層には夥しい死骸がゴミ山の下に埋まっている。と続けながら国見は一歩アルボルモンの前に歩み出る。 「そんなわけが……なら何故ルーチェモンではなく十闘士を讃える宗教がこの街に根付く!」 「十闘士が勝ったからだ。光の民の王はこの街まで民を導き、生活を安定させ、ルーチェモンを助けに行こうとしたが、十闘士に怯えた民に裏切られた。それ故に十闘士教はルーチェモンの信奉者の存在を許さない教義となった。かつての王が戻って来て、権力を奪われるのを恐れたんだ」 「では、では実際そうだという証拠がどこにある!」 「僕が持っている。正確には僕の一族が三千年恨みと共に伝え続けてきた」 国見はそう言って、もう一歩歩み出るとカンと杖で床を叩いた。 「十闘士に滅ぼされた国の王、この地で民に裏切られた王、その一族はルーチェモンの復活と一族の復興を夢見てこの街でひっそりと恨みと教えを繋ぎ続け、今ここにいる」 もう一度自己紹介しようと国見は言って、またカンカンと杖で床を叩いた。 「僕の名前は国見天青。この街をこの国を見続けてきた本来のこの国の王の末裔。雲一つない青い天(そら)、光たるルーチェモンの威光と恵みが遮られる事なく民に降り注ぐ時代を、三千年の暗雲を晴らすことを望まれし者」 「そんなことがあるはずは……大体君はこの国の主要な人種とさえ異なるじゃないか!」 アルボルモンはそう言って国見の顔を指差した。 「裏切り者の血が混じるのを良しとせず、可能な限り漂流者と交わり、それも無理なら近親婚で済ませてきた狂った風習の末路が、元の人種からさえかけ離れた末裔の姿だ。存分に嘲笑ってくれ」 嘲笑ってくれと言われてもアルボルモンが嘲笑えるわけもなかった。国見は本気でそう言っているし、それは真実だとアルボルモン自身がわかっていた。 「僕も君の立場ならあり得ないというだろう。でも、そうでないのはもうわかっているはず。そんな荒唐無稽の嘘は意味がない。信じられる筈がない嘘を吐く理由は、大きく分けて二つ、それでしか説明できないか、それが嘘ではないか」 単純にアルボルモンの存在の歪さに言及したいのなら、考古学者を名乗るのが早い。 「君の記憶を細かく考古学的資料と付き合わせてもいいが、その時間は惜しいだろう?」」 さて、僕のそれが真実であるならば同時にと国見は杖でアルボルモンを指した。 「ではもう少し踏み込もう。スピリットを使った姿であるアルボルモンの姿を持っていることから、君は人かデジモンか使用者であるのは確か。でも、それだけでは突然リンクドラッグやゲートについて掘り起こしてこれるのに疑問が残る」 また一歩国見が前に出る。 「スピリットの適性が高い人間、ならばスピリットから記憶を継承するのもない話じゃない。でも、本来それなら周りはあなたが十闘士そのものでないとわかる筈。スピリットを二つ持っていることは知られているから、あなたは彼等からスピリットを渡されたのだろうしね。でも、そういう扱いをされないということは、周りがあなたに十闘士であることを望んでいるということ」 そこでこれだと国見は麻薬の入った袋を取り出して床に投げ出した。 「あなたは、自分が十闘士だと思い込む様にされたのではないか。例えば薬物漬けにされるなどして」 「そんな……ことは……」 国見はアルボルモンの横をスッと通り抜けると、立派な椅子の脇に置かれたパイプの中から粉を取り出して試薬につけてみせた。 すると、試薬は真っ青になった。国見はそれをよく見えるよう明かりの下に置いた。 「私は、僕は……俺は……」 「……さっき言った様に、十闘士が返したいと望むのはやや不自然。でも、あなたはそれを強く望み、ここまでのことをした。だとすれば、あなたの動機は人間を元の世界に返したいとは少々異なるのかもしれない」 「なら……僕は、我は何をしたいんだ?」 「帰りたいんだ、元の世界に。あなたは本来この街にたまたま来ただけの漂流者。木のスピリットに適性を持ち、リンクドラッグやゲートの作り方の記憶という、必要なものを引き出せてしまったただの人間」 「いや、違う……私は、俺は! ただ……みんなのためを、思って……願って……十闘士らしく、十闘士だから……」 アルボルモンの姿が歪み、部分的に解け、中から人間の腕がちらりと覗く。そこにおびただしい注射の痕を見つけて、国見はわかっていても思わず眉をひそめた。 「……リンクドラッグが出回り出したのは最近だ。でも、併用されてた薬物なんかはもっと前から出回っていた。【役所】が手を出せないほど根深く……人間が薬漬けで生きている年数はそう長くはない、被害者は君だけじゃない筈だ。アルボルモンが今のキャラクターになったのは五年前、君より前のアルボルモンがこの計画を始め、君はそれを受け継いだ立場にある」 「私が人間? 十闘士の私が、弱く脆い人間? 人間は、庇護されるべき弱者で……私は、私は、十闘士。木の闘士……」 アルボルモンの口にする言葉は、国見に話しかけているのかどうかさえわからないものだった。 「歴代の使用者達も何かはスピリットに残していたのかもしれない。ほんの少しだけ残った正気、その片隅で思い続けた故郷への想いを……あなたはそれも継いでしまった。一千年の哀しみを」 「違う……おかしい……十闘士は、我々はそんなことを考えない? 確かに、彼の言うことは一理あり、でも……僕は神だ。木の闘士、皆を導く神、エンシェントトロイアモン……」 「十闘士は神を自称したことはない。王権さえ与える、人の上に立つ神であったのはルーチェモンだ」 国見の言葉に、プツンと糸が切れた人形のようにアルボルモンは膝をついた。それは、最後の一押しだった。 「お前は……光の王族の末裔だ。だからか? 虚言で私を惑わせ崇高な計画を狂わせようというのか?」 急に戻った声色に、国見は残念だと呟く。 「……僕は、光の民の王の末裔だけど、三千年前とは何もかも違う。ルーチェモンは人を導く意思を失い、恨みを向けるべき十闘士もかつての民も死んだ。何も知らない子孫の彼等に恨みしか知らない僕が復讐しても何も残らない」 国見の言葉を、アルボルモンは最早聞いてさえいなかった。 「そうか! お前は、直接十闘士に復讐できるこの機会が喉から手が出るほど欲しかったのだろう! そして、実行に移した!! 私も君の三千年を哀れもう!! 少々予定に足りないが、君も故郷へと送り返してあげよう!」 アルボルモンの姿の中にどれだけの歪が詰め込まれているのか、国見には想像できてもわからなかった。 ゆらりと祭壇に赴いてアルボルモンは手をついた。すると、地面が揺れ、祭壇が開き、さらに地面の中からケーブルが伸びてきてアルボルモンに突き刺さって地面へと引き摺り込んでいく。 そうして床は崩壊を始める。国見が咄嗟に階段まで戻ると床は完全に崩壊を始めた。 「ここは、広大な地下空間のほんの上澄みに過ぎないぞ、光の王の末裔よ! 魔王ルーチェモンの降誕を望むものよ! 我が真の姿を見よ!!」 そうして地下から現れたのは全身に砲門を持つ巨大な木馬だった。伝説に聞く木の闘士、エンシェントトロイアモン。 「私はゲートを開く!! お前も私も人間はみんなみんなみんなこんな世界にいるべきではないんだ!! 人の身ではデジタルワールドは過酷が過ぎる!! デジモンはそのつもりがなくとも容易く人の肉を裂く爪を持ち、人の弱さを解さない!! そんな中でまともな人は生き残れず異常者だけしか生きていけない!!」 アルボルモンはそう言い、国見は自分の髪を撫でる風を感じて天井を見上げると。小さな穴がそこにあって空気を吸い込み始めていた。 国見は潮時かとポケットから替えのイヤホンを取り出し、つけっぱなしだったマイクの電源をオンにした。 「ダルクモン、世莉くん、エレットラ!! 説得に失敗した。ゲートが開くぞ人々を避難させてくれ!!」 「今手が離せない!!」 ダルクモンは、そう言いながらシュラウドモンの拳を捌いて床を殴らせ、膝を顎に入れる。しかし、口の端から血を流しながらシュラウドモンは悦びに笑うだけだった。 「闘技場の客達は今警備のデジモン達が避難させているんですけど、賭け試合の選手の究極体が戦うのをやめようとしない」 世莉はそう言いながら、レディーデビモンの腕で倒れている客達を抱え上げた。 『それはまずいな……ゲートに飲み込まれるぞ君達』 「というか、ここに関係ないデジモンがいればゲート開かないと思ったのにどうなってんだよ」 『思っていたよりもアルボルモンがこの街を憎んでいたみたいだね。金儲けの手段にリンクドラッグや地下闘技場を選んだのも、もしかするとゲートの開き方さえも、この街への復讐の意味を含んでいた。ただ元の世界に帰りたいだけじゃなかったんだ』 国見の言葉に、世莉は首から下げたロケットをぎゅっと握った。 「私がゲートを……」 「なにしてるのぉ」 身体をレディーデビモンのそれへと変えようとする世莉の肩を、誰かが叩いた。 「このままじゃ危ないんで……」 振り返ったところにいたのは、カルマーの言っていた人相の女性。なかなかに攻めた服装で、黒いレザーのジャケットとパンツとの間はざっくりと分かれて腹に大きな縫い跡が見えていた。 「パートナーの手出しは厳禁よ。やるなら、パートナー同士でしましょ? 探偵さん」 女が拳を振り上げ、世莉の腹を殴る。明らかに人間のそれではないパワーに世莉は口まで胃液が登ってくるのを感じた。 「……どうやら、私も動けなさそうです。天青さん」 世莉は膝をつきそうになりながらそう呟き、その女を見た。 「やはり、あの警告もあなたが……」 「警告? もしかして、あの人にドラッグを呑ませたり打ったこと? それなら警告じゃなくて、お裾分けよ?」 「お裾分け……?」 「幸せのお裾分け。同じカスを愛した仲だもの、親友みたいなものでしょ? だから、彼女にも幸せになってほしくて」 あなたもいる? と、女はさも当たり前の様に太い注射器とそれにセットされた細長い機械を差し出した。 それを世莉は受け取ると地面に叩きつけた。 「……人の好意を無駄にするなって教わらなかった?」 女の肌の色がみるみるうちにシュラウドモンと同じ紫色に染まっていく。 「……お節介は無下にされると思って焼くのがいいですよ。自分自身の為に」 世莉の背中から黒くぼろ布の様な翼が生え、左腕にまとわりつく様に鎖が生じる。 「シュラウドモンのデータを移植して、私と彼は一心同体になったの。そう簡単には負けないわよ」 世莉を殴った拳から血を滴らせながら女は血走った目でそう笑った。 「ダルクモン。そっちってすぐどうにかなりそう?」 女との間合いを測りながら世莉はそう言った。 「……すぐには無理だな」 ダルクモンはシュラウドモンの乱打を受け流してこそいたが、少しずつ後退させられていた。 「こっちもやばい。多分、この人私が普通に反撃したら死ぬ」 「……どういうことですの?」 和ませようとしたのか、そんな風に言うダルクモンに、世莉は少し口元がもにょっとしたが無視した。 「……シュラウドモンがそっちで無事ってことは私みたいに電脳核を移植してるわけじゃない……彼女がシュラウドモンみたいに動こうとしたら、きっと移植してない骨とかがメチャクチャになる」 世莉は女の不慣れな拳や蹴りをなるべく受け止めながらそう答える。 「そうなる前に痛みとかで止まらない?」 ダルクモンの言葉に世莉は首を横に振る。 「多分、既に薬物をつかってる。痛みとか麻痺してるかも」 世莉がパンチを思わず普通に受け止めると、女の肘が変な方向に曲がった。しかし、彼女はそれを見て笑いながらむしろヌンチャクの様に振る舞ってくる。 あまりに痛々しく、まともな感性では正視できない光景だった。 「……シュラウドモン相手に何秒稼げる? 動き止められる?」 「一発攻撃を受けて返すだけならいける」 「それでいこう。世莉が止める、俺が仕留める」 「わかった」 世莉は、その女の足に鎖を絡ませると、後ろに回り込みながら引っ張って、顔から転ばせた。 そして、女が立ち上がる前にシュラウドモンのところへ全速力で飛んでいくと、ダルクモンの背後から顔に向けてレディーデビモンの足で飛び蹴りを仕掛けた。 「どけ、雑魚に興味はない!」 シュラウドモンが世莉に向けたパンチはダルクモンに放っていたそれと比べればあまりに稚拙な苛立ち任せの一撃ではあったが、それはlevel5までなら十分殺せる一撃。 しかし、それは世莉の足先に触れると急に力を失い、世莉の蹴りは勢いのままその腕を弾き、シュラウドモンの右肩に着地する。 「プ、ワゾン」 何かを堪えながら、世莉がそう呟くとシュラウドモンの右肩を思わずうめいてしまう程の衝撃が襲い、世莉の脚の皮膚が弾け、骨も折れて歪に曲がり果てる。 プワゾンはレディーデビモンの扱うカウンター技。相手のエネルギーを受け止めて自身のエネルギーを上乗せして返す。 世莉の脚は一時的にでさえシュラウドモンのパンチのエネルギーを保持することに耐えられなかったが、それでも充分だった。 受け止められるはずがないのに受け止めた状況と、想像だにしてない一撃に、シュラウドモンの身体はほんの数秒、完全に硬直した。 その隙に、ダルクモンが息を吐きながら一歩踏み込む。床を砕いて足が沈み、その歩みと共に放たれた掌底が腹に突き刺さる。 瞬間、シュラウドモンは体内をミキサーにかけられたような感覚と共に手加減されていた事実を悟った。殺すだけならいつでもできたのだ。次いでダルクモンが逆の腕をシュラウドモンの腹に突き刺すと、体内から破壊されたリンクドラッグのが幾らかの血と共に噴き出した。 そして、次の瞬間にはもうダルクモンはダルクモンの姿ではなかった。 ヒポグリフォモンの痛烈な後ろ蹴りが倒れかけのシュラウドモンの顔面に突き刺さる。鼻がめりこみ、角は折れ、シュラウドモンは何を考えることもできず脳を揺らされ沈黙する。 「人のなんとやらを邪魔するやつは馬に蹴られてなんとやらだ」 人間界の言葉だろとヒポグリフォモンは言う。 「それ邪魔するの恋路だけど……」 「マジか、間違えたな……」 そう言いながらヒポグリフォモンが世莉を見ると、折れた脚を投げ出し、長い腕は気絶した女がまた顔から落ちそうになるのを受け止めながら地面に倒れていた。 『ヒポグリフォモン、世莉くん、そっちの片がついたならこっちに来てくれ。おそらく、二人の力が必要だ』 「行くけど、世莉の脚とか死んでるし、こいつらの救助とかどうにかしねぇと……」 『リンクモン達が現着したって報告があったわ。すぐ向かわせる』 エレットラの言葉を聞き終えると、ヒポグリフォモンと世莉の前にリンクモンが閃光のように現れた。 「皆さんの希望の星、リンクモンが来ましたよ……って世莉さん!?」 「私はいいからこの人を……」 「一緒に運ぶこともできますよ?」 「世莉は俺が連れてくから大丈夫。さっさと行け行け、お前じゃシュラウドモンは運べないだろ」 ヒポグリフォモンに言われてリンクモンはえっほえっほとその場を去っていく。 それを見届けて、世莉に背中に掴ませると、ヒポグリフォモンは空中で器用に体勢を整え、地面に後ろ蹴りをして既に入っていたヒビに沿って大きく割るとその裂け目に世莉の服を咥えて飛び込んだ。 そして、割れ目を抜けた先で待っていた天青は、二人に天井に既に人が通れそうなサイズで開いているゲートを指差した。 「アレなら、私が閉じられる……」 『世莉、何をするつもりなの!?」 「……私がマスティモンというlevel6に進化して、能力でゲートを閉じます」 そう世莉は言って、ロケットを外した。 「……いや、世莉くん。君が閉じるゲートはここじゃないんじゃないかな?」 「どういうことです?」 国見の言葉に世莉は聞き返す。 「君は人間界へ行き、このゲートの出口を閉じた方がいいんじゃないかな。ここのゲートを閉じようとすれば、君は下に見えるエンシェントトロイアモンもどきと力勝負をすることになる。それでは勝てるわけがない」 事前の準備があるアルボルモンと、消耗した世莉ではどちらが有利というのは考えるまでもなかった。 「しかし、ゲートの先、人間界でならば、向こうは長大なマジックハンド越しに君と力比べをする様な形になる……と思う。もちろん、こちらで穴を開け続けるエネルギーも消費した上での戦いになるしね」 それなら勝ち目があるはずだと国見は言った。 「そんなことしなくても、俺があの魔法陣全部ぶっ壊せばいいんじゃねぇのか」 「それなら床を砕いて降りて来た時に既に止まっている筈さ。あのエンシェントトロイアモンもどきは伝承のそれと違い身体の各部に模様が刻まれている。床の魔法陣は計画初期の名残かなにかで、本命はおそらくあのエンシェントトロイアモンの身体自身」 『……でも、天青。それって世莉と別れるってことよ? そもそも、世莉は元々持っていた方法は身体に負担がかかるからやめたのよね。大丈夫なの?』 「まぁ、死んでもおかしくないですね」 世莉は焦るでも強がるでもなく微笑んだ。 「……それも僕が人間界に行くべきだという理由だね。この街では治療といえば天使型なんかによる回復だが、聖なるものアレルギーの世莉君には逆に毒。まともな治療ができる病院がこの街にはない」 だから人間界にいくしかないと国見は言う。そう聞けば、ヒポグリフォモンもエレットラも黙るしかなかった。 この街において病院とは国見の言うようなものがほとんど、他にある病院もこの街で信じられて来た民間療法を集めたもので、先に述べられたデジモンによる回復ありきの体制から発展したものだった。 「あとね、世莉くん。今の内に一つ謝っておきたいんだ。実は君からの依頼はね、ちゃんと果たしてはいたんだよ。だけれど……少し思うところがあって報告していなかった」 「……急になんですか。別に、悪い知らせだからって気を遣わなくてもよかったのに」 いや、悪い知らせではなかったんだけどねと国見は言う。 「僕もゲートの話題について行ける理由もそこにある。世莉君がこの世界ではぐれた親友探し、それが世莉君から依頼だった訳だけど……彼女は既に一人で人間界へ帰っている」 「本当ですか? でも、なんで今……」 「君は、僕が渋ったとしても使うだろう。君を無駄死にさせたくない僕は、せめて生存率が上がる様に少ない消費で目的を達せられる様にと人間界へ行くことを提案するしかない。すると、君とは絶対にお別れになる。生き残っても生き残れなくても……もちろん生きていて欲しいが、ともかくお別れだ!」 国見は淡々と述べていたのに、急に語気を荒くした。 「その時、こっちに親友を残すとなれば君の後ろ髪が引かれるのは明白で……君に少しでもすっきりと向こうに帰ってほしいと思った。それは、おかしいかな?」 国見の顔は、珍しく悲しげだった。わざとらしくなく、しかし、ひどく悲しげだった。 「……ちなみに、思うところというのは?」 「何度か言わなかったかな。僕は君を妹の様に思っていると」 「で、調査結果を伝えてなかったと。妹離れしようぜお兄ちゃん」 「うるさいヒポグリフォモン。ここは……そう、世莉くんから私も兄のように慕っていたという告白が来る感動的なシーンだぞ」 ヒポグリフォモンが茶化したそれに、国見はいつものように少しおちゃらけて答えたが、それに表情は追いついていなかった。 「……血を流し過ぎてるので、早く話を終わらせましょう。それともお兄ちゃんとでも呼ばないと満足できませんか?」 世莉はそう言って、ロケットから小さな白いカードチップを取り出した。 「僕の話は終わったよ。逆に心配させるようなことを言った気もするが安心してくれ、離別には慣れてる」 それはそれとしてお兄ちゃんとは呼んで欲しいと国見は言う。 世莉はそれを聞いて、ははて愛想笑いをすると当然そうは呼ばず舌の上にチップを乗せた。 そして口を閉じると、世莉の右半身がぼんやりと白く光り始めた。次いで、左半身がぼんやり光り始め、少しずつ身体がデジモンのものへと置換されだす。 怪我していた筈の両手をついて立ち上がり、右側白五枚に左側黒五枚の翼を広げ、白と黒、天使と堕天使の力を持つデジモンへと姿を変えた世莉は飛んだ。 『世莉……そこにいれなくてごめんなさい、ちゃんとお別れしたかったんだけど』 エレットラはカメラ越しにひどく惜しむような顔をしていた。 「俺がそっち行ったらよろしくな」 ヒポグリフォモンは一方カラッとした調子でそう言った。 「先にこっちなんとかしないとですよ。私が人間界のゲートを閉じてもこっちのゲートはすぐには閉じないでしょうし」 世莉はそう言いながらゆっくりとゲートに向かっていく。 「大丈夫さ世莉くん。それは僕達がなんとかする、こんな街だがこの街に住む者として……まぁ責任もあるからね」 遠く辿れば光の民の被害者だからとは国見は言わなかった。 『そうね、私は【役所】の人間だし』 「俺は責任とかないけどな。まぁ付き合ってやるよ」 三者三様の答えに、世莉はフッと笑った。 「皆といるのは私も楽しかったです。カルマーさんには私のことはうまく誤魔化しておいてください」 世莉はその言葉を最後にゲートの奥へと消えていき、通信も途絶した。 「……さて、世莉が向こう着く前に少しでも状況良くしないとな」 『バルブモンも導入したし避難はもう少し……今最後の一人をリンクモンが確保したそうよ。天青、ゲートの閉じ方に関してはなんか考えあるのよね』 国見は、エレットラの問いかけにすぐには答えなかった。 『天青、聞いてる?』 「……あぁ、そうだね。ゲートは本来正常な状態では存在し得ないもの。ゲートが開き切る前にエネルギー源であるエンシェントトロイアモンを倒し、世莉くんが人間界の側を閉じれば、自然と消える筈だ」 「つまり、アレをするんだな」 「そうだね。エレットラには悪いんだけど、これから企業秘密の色々があるから通信はまた切らせてもらう」 『天青? それ本気? 状況わかってる?』 国見の言葉にエレットラがそう言ったのも無理はなかった。状況は切迫していて、世莉にかけている負担もある。国見の言葉はひどく身勝手に聞こえた。 『天青!』 国見はエレットラの声を聞きながら通信を切った。 「じゃあ、封印を解こうか。オニスモン」 「……正直、言ってもよかったと思うけどな。関係性を見出さないってことはないだろ、絶対」 国見はナイフを取り出して手の甲をちょっと切ると、その血を指先につけ、ダルクモンからヒポグリフォモンに戻った際に杖から首輪の飾りへと変わった卵の表面にさらさらと文字を綴っていく。 「この街においてオニスモンの知名度はそこまで高くないよ。十闘士伝説のメインはルーチェモンとの戦いで、オニスモンはその合間、十闘士が究極体になったことで呼応して究極体になった各地の邪悪なデジモンの一体、ルーチェモン封印の実験台としたデジモンの一体でしかないんだからね」 エレットラもなんかしらの方法で究極体になったとしか思わない筈さと天青は言った。 「俺は奴等の添え物じゃないぞ。俺にとっては奴等が添え物、唐突に出て来てパッと封印してきやがっただけだからな」 ヒポグリフォモンはそう不満を口にした。 「一般論だよ、あくまでさ。それに……そう思うならここで払拭すればいい。十闘士も超え現代に蘇った伝説としてね」 「……それは違うだろ。封印のせいで長生きしちまったけど、もう俺達の時代じゃねぇ。俺もスピリットも三千年前からだらだら残り過ぎたんだ」 「そうだね。負の遺産は何年かかっても処分するべきだよ」 天青が最後の一文字を書き終えると、金と黒の卵はその境で勢いよく開き、中から光が溢れてヒポグリフォモンを包み込む。 どんどん大きくなっていくその背中に天青がよじ登る頃にはもうそのサイズは二人が立っていた階段に収まり切らなくなってきた。 「天井壊してもいいな!?」 「あぁ、そうしてくれないと僕が圧死する」!」 光に覆われたまま、ヒポグリフォモンだったデジモン、オニスモンは、ピンク色の嘴を開くと眩い白色の光線を天井に向けて放った。それは、天井をプリンの様にえぐり、首の動きに合わせて丸く切り取った。 「おい、ゲートが……」 天井がなくなった空間にオニスモンが紫、水色、桃色と鮮やかな三色の翼を広げて飛び立とうとすると、開きかけのゲートも何故か空高く移動していく。 「ゲートの座標が安定してない証拠だよ。よく見れば先程より拡大する速度も遅くなっている。きっと世莉くんが今向こうで頑張っているんだ」 「こんな地下じゃ飛ぶにはちょっとせめぇ。なんにしても都合がいいな!」 飛び立つとさらにさらに身体が大きく膨らんでいく。ビルほどもあるエンシェントトロイアモンと並び、ともすればそれ以上に思える程に。 どこかトカゲの様な幅広の尾を舵のように切りながら、オニスモンは空高く飛び上がる。 そして、それを見て、エンシェントトロイアモンも動いた。 脚の裏から炎を噴き出し、地下空間から地上へと飛び上がると、薬物まみれの離れを踏み潰し全身の砲口を空へと向けた。 「私の、私の望みの邪魔をするぬぅァッ! 私は、人間をあるべきところへ還すのだぁッ!!」 砲弾やビームが雨霰とオニスモンに投げかけられたがそれを見てオニスモンは口角を吊り上げそのまま口を笑う様に大きく開いた。 白い光線が拡散して放たれ、粗方の弾を粉砕し、消滅させ、破砕し、そしてそのままエンシェントトロイアモンに向かう最中で光る幕のようなものに弾かれた。 「今、当たってたよな?」 「バリアか何かだね。そういうのができるデジモンがいるって話は聞いた事がある」 「なら、直だな」 そう言うと、弾幕を光線で迎え撃ちながらオニスモンはエンシェントトロイアモンに向けて急降下する。一旦砲撃を止めたエンシェントトロイアモンがバリアを張ると、オニスモンはそのバリアの上から足で掴みかかり、バリアを無理やり突き破って頭を捻じ込んだ。 国見はバリアに触れたら死にそうなので頭から背中の方へ必死に走って避難する。 「このまま光線撃てば何かしら不具合起こすだろ!」 オニスモンの口が白く光るのとほぼ同時、エンシェントトロイアモンはバリアを解き、身体の方向の一つが格納されたかと思うと代わりにアームを伸ばす。そして、アームの先端についたパイルバンカーで杭をオニスモンの膝に突き立てた。 「がっ……」 嘴を離したオニスモンの頭に、エンシェントトロイアモンはすかさず胸の一際大きな砲口を向ける。 それに対し、オニスモンは口を咄嗟にエンシェントトロイアモンの足に向けながら白い光線を吐き出し、その脚を切断した。 足を一本失って傾きながらも巨大な砲口から出たこれまた巨大な金属塊は胸に斜めに当たって肩の方までオニスモンの体表を深くなぞっていく。直撃とは言い難いものの、シンプルな速度と重量の暴力は、オニスモンに深いダメージを与えた。 「ぼはッ」 肺から吐き出される空気、強制的に振るわされる身体、鈍く重い痛み、バランスなどもはやまともに取れるはずもない。 まともに取れるはずもないので、オニスモンは倒れる前提でめちゃくちゃなことをした。尾を振った反動で身体を制御し、まだ残っていた離れの一つを足がかりに、足一本失った状況から立ち直ろうとするエンシェントトロイアモンの首めがけて翼爪を突き立てながらのラリアット。 両者共に倒れ、オニスモンは口から地面を赤黒く染め上げるほど血を吐き、エンシェントトロイアモンは首に張られた板が剥がれてコードに繋がれたアルボルモンの姿が覗いて見えた。 「オニスモン、状態は」 なんとか振り落とされずに済んだものの、目眩と両腕に痺れを感じながら国見がそう聞いた。 「呼吸しただけで痛ぇし、あんま無茶な飛び方するとやべえ感じがする。この身体、パワーはあるけど見た目より軽いからな……」 そのくせ進化前程身軽じゃないから困るとオニスモンは呟いた。 「踏ん張れよオニスモン。世莉君がゲートを閉じれば、【役所】の二体の究極体が加勢にくれば、とにかく堪えていれば勝てるはずなんだ」 オニスモンはそりゃいいねと笑い、口の中に溜まった血を吐くと、国見を嘴でつまんで地面に下ろした。 「オニスモン……?」 「流石に天青乗せたままは無理だわ、なんとか生き延びてくれ」 次に動いたのはエンシェントトロイアモンの側からだった。腹の下から炎を噴き出して身体を起き上がらせると、そのままバリアを張りながらオニスモンに突撃する。 「本体出されて守りに走ってんじゃねぇ!」 オニスモンはそう叫びながら今までで一番強く太く光線を吐き出す。 その威力に、エンシェントトロイアモンを覆うシールドは徐々に光線を受けている面に集中し、突進の勢いも衰え、バリアを介して顔を突き合わせるような形になった。 「おぉ、うぉお! 光の、光の王の末裔が! なぜ、なぜ私の、ぼくの邪魔をする、なぜ、なぜ帰りたがらない!!」 声の届く距離になり、アルボルモンはそうオニスモンの頭上にもういない国見に問いかけた。 アルボルモンはゲートを開く制御による負荷か、それとも戦闘の余波か、涙の様に黒い液体を流していた。 「訳がわからないッ! こんな蛮行が当たり前に通る腐りきった街をッ! 腐っているとわかりながら何故守りたいと望む! 滅んだっていいじゃないか、ぼくも、私達も、少しでもこの世界をよくしようとした!! でもうまくいかなかった! 俺が薬物の生産を止めても死んだら再生産して繰り返した!! ヤク漬けにした担当者を放逐しても殺しても物を処分しても繰り返されるし、そんなことをしておきながら奴等は私達によりよい世の中を、平和な世の中を求める!!逆にどんな蛮行をしても奴等は十闘士の言うことならと疑問も持たない!!」 アルボルモンがそう言ってるうちにもその外装にはヒビが入り、黒い涙がとくとくと溢れる。その精神は今どんな状態なのかも誰にもわからない。正気に戻っていてそれでも恨みが大きいのか。スピリットに蓄積された恨みに呑まれたままなのか。 「こんな街はあっちゃいけない!! 滅びるべきだ!!」 「……でも、あなたも耐えてきた。ことここに至っても、その砲撃で直接街を破壊はしない。それはわかっているからではないのですか?」 オニスモンはそうアルボルモンにだけ聞こえる声量で逆に問いかけた。 「どれだけ街が腐っていても、どれだけ悪が無くならなくとも、失われるべきでない無垢な子供達や悪辣な手段を使わずこの街をよくしようとする人々もいる。貴方達がそうだったように」 戦いたくないならやめていい。オニスモンはそう続ける。 「……貴様の様な力と良識のある味方が欲しかった。イカれてる自覚もない狂信者や、何も知らず何を知らせるのも心苦しい無垢な信者達でなく、味方がいればきっとここに私達はいなかった。ぼくもいなかった。何故いなかった! 何故!! 何故、僕の前に貴方がいてくれなかった!!」 アルボルモンのあまりに悲痛な叫びに、オニスモンはぐっと無い奥歯を噛み締めた。 「……君の光速がこんなに有難いとは思ってなかったよ」 地面に落ろされた国見は、揺れに身動き一つ取れずにいたところをリンクモンに拾われていた。 「そうでしょうそうでしょう。とはいえ、ご存知の通り私の光速は物を持ってると出せませんので……」 頑張りますと言いながら、リンクモンは脚をしゃかしゃかさせながらlevel4としてはまぁまぁの速度で空を駆ける。 「……その足に意味はあるのかい?」 「ありませんが、気持ち速くなります!」 リンクモンはそう言いながらなおも足をしゃかしゃかさせた。 離れながらオニスモンを国見が見上げると、一瞬目が合った。そして、その直後、エンシェントトロイアモンのアームが動き出し、カウンターのようにオニスモンは地面を深く深く足で踏み締め、翼爪をエンシェントトロイアモンの胴に突き立てた。 爪先からエンシェントトロイアモンの胴体に波及した衝撃によって、外装がボロボロと剥がれて落ちていく。しかし、魔法陣の描かれた部分は特に頑丈なのか落ちずに残った。 エンシェントトロイアモンは殴られながらもアームをオニスモンの胸に当てると、アームの先端が爆発して人間大の金属片オニスモンの身体の前面に突き刺さる。 お互いに膝をつき、次の瞬間には無理やり立ち上がる。格闘に向かない身体で大技を決めたオニスモンはまた口から血を吐き全身も薄汚れている。エンシェントトロイアモンはといえば、外装はもちろん突き出た砲も幾つもひしゃげてこちらも満身創痍。 空を覆うゲートはまだ拡大を続けているが、安定した円形ではなくアメーバの様な形になり、それもひとところに留まらず動き回る始末だった。 それを見ている住民達は、多くが何も理解できなかった。 木の支部は地域のほとんどの住民達にとっては決して賭博闘技場でも薬物倉庫でもなかった。 木々が溢れる巨大な公園の様な場所に、かつては闘技場だった施設があり、記念日などには十闘士教主催のお祭りなどの会場にもなる地域に親しまれる場所だった。 アルボルモンは十闘士を自称する宗教的な象徴であったが、そのキャラクターや社会貢献は多くの住民に尊敬され、愛されていた。 だから、ガラの悪い人間やデジモンが溢れ出てくるだけでも住民達にとってはショックだった。さらにコロッセオからビームが噴き出して大穴が開き、かと思ったら、空にまた違った意味で大穴がせりだしてきて、互いに数十メートルある巨大怪鳥と巨大木馬が地面から出てきて戦う。 白い光線や巨大な弾丸ミサイル、支部を構成していた建物の破片に大地は抉れて土が降り注ぎ、その余波は広大な木の支部の敷地内でも収まりきらず、ほんの二時間前まで漂流街の一等地を彩っていたビルは、土や石の礫に彩られて崩れたチョコチップクッキーの様にになっていた。 明日から職場を家を失った人間達は【役所】の職員に保護されながら呆然とそれを見守るか、【役所】の職員に掴みかかるか泣きじゃくるか大抵そのどれかだった。 年にほんの二人か一人しかこの街に新しい人間は来ない。しかもその七割が五年内に行方不明か死亡する。漂流街に人間界の人間は皆無だ。 国見はその事実を確認し、アルボルモンを哀れんだ。帰りたいが核にあったのだとしても、人間をあるべき場所にというのも本心の様に彼には思えていたから。 「あ、そうだ詐欺師の国見さん。通信機の電源入れろとエレットラさんが怒ってました」 もうここなら大丈夫でしょうと、リンクモンは国見を下ろしてそう言った。 「……わかった」 では、とリンクモンは次の瞬間には消え失せていた。国見は嫌な予感がしつつも、通信機の電源を入れる。 『天青、無事ね?』 「……あぁ、振り回されて全身の筋肉が笑っている他は無事だよ」 『そう、それはよかった。あとで殴りにいくからそれまでに回復しておいて』 エレットラの言葉は、冷たくとげが含まれていた。 「しかし、ゲートを閉じないと……」 『ゲートはあの首にいるアルボルモンが制御しているのよね?』 「そうだね、でもオニスモンの攻撃はバリアが厄介で通っているけど機能を失わせるにいたってない」 『それだけ確認できればいいわ。通信切られる側の気持ちになりなさい』 そう言うと、エレットラは国見との通信を切った。 ちょうどそのタイミングで、不意に空のゲートに異変が起きた。不定形だった形が安定した円を描く様になり、そのサイズが急に拡大し出した。 『天青、世莉に何かあったんじゃねぇのかこれ!』 オニスモンが言う間にもゲートは少しずつ地面に降り始め、それに伴って周囲のビルの剥がれかけの外壁や植木なんかが吸い込まれ始める。 「……いや、逆だ。世莉くんはおそらく仕事を果たした。人間界のゲートを完全に閉じたことで、閉じかけの人間界と他のゲートが開きやすい地点に流れていたエネルギーの流れが一本になり、安定し出したんだ」 『他ってどこだよ!』 「この街からこの街の外れにゲートが開くことはないだろうから……ダークエリア、ルーチェモンが封印されていた土地だ」 『マジか……』 オニスモンは頭上を見上げてそう呟く。オニスモンは容易に脱せられるが、ゲートの吸い込む力は強く、既に空を飛ぶのに羽ばたいて身体を持ち上げる必要がなくなりつつあった。 そのゲートを見て、エンシェントトロイアモンはバリアを張ると、オニスモンを無視してゲートへとまっすぐ飛んでいく。 『天青、どうする?こいつがこのまま吸い込まれたら……ゲートを止める術がなくなるんじゃねぇのか!?』 「そうなったら、エンシェントトロイアモンがダークエリアに辿り着くまでゲートは開きっぱなし、どんな被害が起こるかわからない!! 止めてくれオニスモン!!」 オニスモンはゲートとエンシェントトロイアモンの間に割り込むと、まずはビームをエンシェントトロイアモンの方に向けて吐いた。 しかし、その反動で自分まで吸い込まれそうになると気づいて、身体を反転させてビームをゲートに向けて吐き、その勢いと羽ばたきの力で背中からエンシェントトロイアモンに身体を押し付けて止める。 『長くはもたねぇぞこれ! このままだと俺までゲートに入っちまう!!』 「でも、僕達にはもう取れる手が……」 二人が狼狽していると、不意にエレットラの通信機がまた繋がった。 『大丈夫よ、そのまま維持してて、貴方を攻撃するためにバリアが解かれたら、終わらせる』 そして、そう言うとまた途切れた。 天青は困惑していたが、オニスモンはその言葉に状況を維持することに力を注ぐ。 すると、エレットラが言ったように、エンシェントトロイアモンはバリアを解いて、アームを出した。 そして、その瞬間にエンシェントトロイアモンの首元にいたアルボルモンの胸を地上から放たれたビームが貫いた。 制御を失ったアームは出されたままで固まり、腹から噴き出していた炎も緩やかに勢いを弱め、オニスモンの押し込みの勢いのままにエンシェントトロイアモンの身体は落下していく。 「……狙撃?」 天青がそう呟いて、ビームの軌跡を視線で辿ると地上に人間二人分程の銃身の固定砲台の様なものがあり、そこに見覚えのある髪色の人間が座っているのが見えた。 そして、不意にエレットラとの通信が戻った。 『ちゃんとアルボルモンの電脳核を撃てたみたいね』 「今のは……君がやったの? エレットラ」 『私は隠す気もないから通信切らなくてもよかったのだけどね。私は銃火器で戦える程度ってちゃんと言ってたし』 通信機の向こうでエレットラはそう皮肉めいた感じでそう言ったあと、リンクモンに耳打ちされると通信の映像を切った。 国見が遠くに見えるその姿を見ると、エレットラはわかる様に大きく手を振っていた。 「……わかった。僕もその内に全部話すよ」 国見はそう言って微笑み、エレットラに手を振りかえした。 空のゲートもエネルギーの供給が絶たれ始めたのか、地面へと降下しながら今度は収縮を始め、十分もすればなくなるのは目に見えていた。 倒れたエンシェントトロイアモンの側に降り立ったオニスモンは、その首元から転がり落ちてきた二つのスピリットを見つけた。 「もう終わらせていいですよね」 そう呟きながらオニスモンは口を開く。すると、スピリットが一瞬光った様にオニスモンには見えた。 小さく放たれた白光が通り過ぎたあと、二つの人形は影も形もなく、地面には深深く暗く煙を上げる穴だけが残った。 がら、と瓦礫の動く音がしてオニスモンが見ると、白いローブに身を包んだ男がいた。全身に注射痕が見えるその男は、国見と大して変わらない年齢に見えたが枝の様に細くて肉はなく、表情はどこか虚だった。 男は周囲を見渡し、一瞬オニスモンと目があったが、閉じかけのゲートを見つけるとそちらに向けて急いで歩きだし、そして足をもつれさせて倒れた。 手足は痙攣し、呼吸も絶え絶え、スピリットの負荷と薬物の影響でもう治療しても助からないところまで来ているのは目に見えていた。 「……行きたいんですか? ゲートに」 オニスモンが聞くと、男は震える足で立ちあがろうとしながら、こくこくと頷いた。 「人間界には行けませんよ?」 男はやはり頷いたあと、か細い声を振り絞るように話し出した。 「……こ、こじゃないならどこでもいい……こん、なまち、で死に……たくない」 「わかりました。私が連れて行きますわ」 オニスモンはくちばしで男をすくいあげると、大分小さくなったゲートの上に連れて行った。 「あ、りがとう……」 最後の力を振り絞って身を乗り出したその男は、微笑み、頭からゲートに消えて行った。その男を飲み込んで程なく、ゲートは消えた。 オニスモンはゲートが消えるまで、天を見上げて立ち尽くしていた。 「世莉くんがいないと探偵というのは暇なものだね。ああした悩みを持つ人達はどうやって探すのか……不思議だよ」 「……お前が探偵続けるって言ったのが俺は一番不思議だよ。てっきりまた詐欺紛いの商売でも始めるかと思った」 お前基本的にこの街の奴ら嫌いだろと言うヒポグリフォモンの首には、また卵型の封印がついていた。十闘士の封印は簡単に解けるものではないが、簡単に付け直すことはできる仕組みになっていたのだ。 「お金に困ったらそれもいいけどね、今すぐにやめたらなんかエレットラから世莉くんの名前出されそうな気がするんだよね」 それに、と国見は窓際に置いた植木鉢に水をかけながら続ける。 「世莉くんが父のやっていた花屋にこれを注文していたらしい……せめてこれが枯れるまではね、頑張ってみようじゃないか」 と言いながら、国見はパセリの植えられたその植木鉢を持ち上げるとヒポグリフォモンの前に置く。 「……と、思ったんだけどね。どうも怪しいので問い詰めたところ、世莉くんからという体裁で送って欲しいと頼んだ天使型のデジモンがいると言うんだよね。何故よりによってパセリなのかも聞きたいと思うんだ、ヒポグリフォモン。いや、ダルクモン」 「んー……知りませんわね。私ではないですわ。世莉がいなくなって寂しそうだから、世莉の名前の由来であるセリに近い植物を選んだとかではありませんわ」 ヒポグリフォモンは目を合わせようとしてくる国見から目を逸らしながらそう答えた。 「他になかったのかいセリの仲間……」 「にんじんの方が……?」 「食べられるものを選ばない道もあるよ、ヒポグリフォモン」 「楽しそうにしてるところ悪いんですけど、依頼人ですよ」 部屋に突如現れたリンクモンは内側から扉をコンコンとノックしてそう二人に声をかけてくる。 「リンクモン……勝手に人の家に入ってくるのはどうかと思うぞ」 「ちゃんと表から入りましたもん。エレットラさんからのお使いじゃなかったら来ませんし」 ヒポグリフォモンの言葉にリンクモンは全く悪びれもせずにそう答えた。 「つまり、依頼人はエレットラなのかな?」 「いーえ、【役所】が動くにはちょっと証拠が足りない相談が持ち込まれたんですよ。詳しい話は本人から聞いてください。まだ【役所】にいるのでちょっと時間かかりますけど」 そう言って、リンクモンは来た時と同じ様に不意に消えた。 「……一時間ぐらいかな」 「そうだな。とりあえずお茶菓子でも買ってくるか?」 「あまり年寄りくさいもの買ってくるなよ、ヒポグリフォモン」 「しかたねぇだろ、三千年封印されてた立派な年寄りだぞ。ちゃんとなんかいい感じの買ってくるから人間界生まれのお菓子とか」 ヒポグリフォモンはそう言って窓から出ていった。 「他所の地域から入って来たものなら多分新しいだろうって感覚が古いんだって……」 十年前に流行ったものでも三千年生きてれば誤差か、と呟いて、国見はキッチンに向かい、冷蔵庫を開けると果汁100%のジュースが目に入った。あの日から誰も飲まないジュース。 「……古くなる前に飲み切らないとな」 そう呟きつつ、国見は冷蔵庫の扉を閉めた。
2
7
86
へりこにあん
2022年9月14日
In デジモン創作サロン
指の隙間からこぼれた灰を血の匂いが乗った風が連れ去っていったたった半日前の記憶は鮮明で、これからも色褪せてはくれないだろう。 公竜はビルの屋上から街を眺めながら、髪を撫でる不快な風を感じていた。 その血のせいか公竜は夜になってもあまり眠くなるということがない。それでも無理に夜に寝て、昼間活動して、人として生きる。 公竜はそうしてきた。恵理座と出会う前から変わらずそうしていた。 最初はまだ彼女は高校生だった。公竜も大学生ぐらいの年齢で、彼女は公安に用意されたアパートの一室に引きこもっていた。 彼女は公安の策略で傷つけられているから当たり前なのだが、公安所属というだけで公竜は警戒された。公竜も事情は知っていても吸血鬼のデジモンを脳に寄生させていたやつなんてろくなやつじゃないと思っていた。 最初は哀れに見えた。部屋に引きこもって泣いていたり、吹っ切れたように明るく振る舞おうとして笑いながらも涙がこぼれるのを抑えられなかったり、味噌汁を作ったらその匂いで泣いたりもした。よく泣いて嘆いて引きこもった。頻繁に食べたものを吐きもした。今思えば、あれはストレスもあっただろうがそれだけ内臓のダメージが残っていたからだろう。 時に延々と八つ当たりしたかと思えば、夜になると眠るまでそばにいて欲しいとないたりもしていた。そんな時、公竜はどうせ寝なくても疲れないと夜通しそばにいた。 知れば知るほど、変に思えたところもなにも、普通の少女が異常事態に巻き込まれた故なのだと思うようになっていった。 お互いに吸血鬼だからかある程度体質も茶化してきたり、笑って明るく雑にしつこく絡んでくる彼女に、普通とか当たり前とか、母が放り投げていった家族というものはこんな感じなのだろうかと思う時があった。 普通の人より冷たい手に、公竜は確かな温もりを見出していた。 毎日のように寝る前に公竜に電話をかけ来てていた、不安だからとそう言って。不安じゃなくても、そう言えば、公竜は電話を簡単には切らなかった。 公竜はスマホを手に取って、そこに表示された番号を見た。もうかけても出る人もいない。仕事以外ではほとんどかけたことがなかった。 「母を倒すまで、君の死んだ今日は終わらないのかも知れないな……」 公竜はその言葉に続けて鳥羽でも恵理座でもない女性の名前を呟いた。 ふざけた返事がないのを寂しく思いながら、赤紫色のメモリを持って公竜はビルの屋上を後にした。 「小林さん、最近見ませんね」 鳥羽が死んでから一週間が経っていた。 「大西さんが言うところによると、グランドラクモンの催眠が催眠だから、小林さんはグランドラクモンの声を聞いたかもしれなくて目を見たかもしれない警察の人達と距離を置いてるんだってさ」 眠ってるのかもわからないぐらい働きっぱなしらしいよと盛実は続けた。 「鳥羽さんのこともありますしね……」 「……グランドラクモンの脅威は組織以上に切迫している。でも、今のところその能力に対する対抗策は二つしかない」 「二つあるんですか?」 「一つは小林さん。血縁故か催眠が効かないみたい。二つ目は……猗鈴さん」 「鳥羽さんが注入してくれたX抗体ってやつですね」 「そう、X抗体はグランドラクモンの能力に対して抑制する様に働くことが確かめられた」 「X抗体はXプログラムというウィルス兵器みたいなものに対しての後退なんだけど、グランドラクモンの大概のデジモンが抗えない目や耳から入る催眠を元に作られたようなんだよね」 「……関係ないかもなんですが、なんグランドラクモン由来なのにでXなんですか?」 「それはわかんない。猗鈴さんの検査とかと並行して調べてたから、鳥羽さんの言ったことの裏付け取るので精一杯だった」 ゆるして、と眠そうな目をこすりながら盛実は言った。 「不安要素としては姫芝さん……X抗体の効果が絶対的とは言えないし、猗鈴さんみたいに元々の耐性があるタイプでもなさそうだから、猗鈴さんの肉体主体の変身も用意する予定」 「でもこの前は、私の肉体は何か手が入ってるかもって……」 「そこは、リスクの大きさを比べての判断、グランドラクモンの能力は受けたら終わりだから。 「それに、猗鈴さんへの仕込みは検査でとりあえずわかった範囲では、害はなさそうだしね」 「というと……」 盛実がちらりと天青を見ると、天青は黄色いメモリを取り出して差し出した。 「これはサンフラウモンメモリ、猗鈴さんの脳に寄生していたデジモンのメモリ」 「……やっぱり」 「猗鈴、やっぱりって……」 杉菜の言葉に猗鈴は頷いた。 「姫芝から私の脳内にいたトロピアモン……ウッドモンが姉さんの姿をしていたと聞いた時から疑っていた。ウッドモンメモリの中身は姉さん由来のデータを持っている、姉さんが自分に寄生させていたデジモンなのかもと」 「……それと、猗鈴さんは私に重なるレディーデビモンが見えていたから?」 「そうです。デジモンを寄生させたりメモリを直挿しした副作用って話でしたよね。私が知らない内にメモリを挿されてたんじゃなければ、私に寄生しているデジモンがいることになります」 「とはいえ、このサンフラウモンメモリの中身のサンフラウモンは意識とかないんだよね」 「……そうなんですか。姉さんのことも聞けないってことですね」 「うん、だからこのサンフラウモンは……元から道具として用意されていたのかも。例えば、いつか猗鈴さん用のメモリにするつもりだったのかもしれないね」 誰が、というのは猗鈴にとっては考えるまでもない。夏音だ。 でも、どうしてはわからない。ウッドモンメモリは中身入りで、サンフラウモンは自我さえ持たせなかったのも謎、サンフラウモンはメモリにしなかったのにウッドモンはメモリの形で渡したのも謎。 夏音の心まではわからない。 「……そのメモリは私が使っていいんですよね?」 「そう、それは猗鈴さんのメモリ。その中にいるサンフラウモンは猗鈴さんの心や記憶を糧に育った猗鈴さんの影、猗鈴さんにきっと応えてくれる」 天青はサンフラウモンメモリを猗鈴の手の上に置く、猗鈴はそれを一目見て握り込んだ。 「さて、そんなわけで、二人の変身の準備はひとまず整ったってことになるね」 本当は二人それぞれに使えるメモリ三本ずつ用意したかったけどと少し不満そうにも呟きながら、盛実はそう言ってにやりと笑った。 「でも、成熟期のメモリでグランドラクモンには勝てないですよね」 杉菜の言葉に、その為にもと、盛実は病院で心を通じ合わせる際に使ったベルトをカウンターに置いた。 「二人が戦えば、そのデータが私のとこに入ってくる。それをもとにして、私は基本形態のlサンフラウモン×ザッソーモンをlevel6×level6まで強化するエボリューションメモリカッコカリの開発をする。完成すれば生半可なlevel6なら正面から倒せて、完全復活してるわけじゃないグランドラクモンにも通じる見込みは出てくる! はず! 多分!」 わかりましたと杉菜はベルトに手を伸ばした。 「あ、ちなみになんだけど……その、変身の名前ね? ディコット……ってどうかな? ベルトはディコットドライバー……」 盛実はそうちょっと不安そうなしかし軽くにやつきながら口にした。盛実は自分で何かに名前をつける時、他人の受ける印象が気になるタイプだった。 「……不安なら元ネタの名前使えばいいんじゃないですか?」 そして猗鈴にはその気持ちがわからなかった。 猗鈴の言葉に、盛実は髪を振り乱しながら勢いよく首を横に振った後、気持ち悪いとうつむいた。 「……全く同じ名前にするとか畏れ多さと実態の違いからから拒否反応で死んじゃう……あと、仮◯ライダーのところもダ◯ルでは街の人達が自然に名付けた部分って扱いだから、ディコットも枕詞はなしでディコットが正式名称ね……」 こだわりあるなら問答無用で押し付ければいいのにと猗鈴は思ったが、杉菜が腕をくいと引っ張って首を横に振っていたので口にするのはやめた。 「……まぁ、とりあえずこのじっとしてるわけにも行かないですかね」 杉菜がそう呟くと、ふと天青がドアのほうを見て、ドアベルが鳴った。 「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」 杉菜がそう言うと、ドアのところに杖をついて立っていた老人は一度口を開きかけた後、杉菜に近づいてメモ帳を取り出し、上着の中を探った。 「ペンがご入用ですか?」 杉菜がそう言ってボールペンを差し出すと、老人はぺこりと頭を下げてそれを受け取り、メモ帳にざかざかと文字を書いた。 『喉を痛めていて喋れません。探偵の方に依頼があってきました』 「国見さん、依頼だそうです」 「じゃあカウンターの方に」 老人は杖を置いて椅子に座ると、ごつごつとした手を首に巻かれた包帯に持っていった。 包帯の下には、何か真一文字に火傷の痕の様なものがあった。 「それは……」 杉菜がなんなのかと聞こうとすると、猗鈴はそれを手を掴んで止めた。 「まだ全体じゃないですよね」 老人はこくりと頷くと着ていたワイシャツのボタンを外して首から右肩にかけて同じような火傷の線がもう二本あるのを見せた。全体を見ればそれは獣の爪痕の様だった。 『弟子を怪物の魔の手から救ってください』 服を戻すと、老人はメモにそう書いた後、頭を下げた。 「おねがいします」 次いで発せられた声は、ひどくしゃがれていて喉へのダメージの深刻さを物語っていた。 「才谷浩(サイタニ ヒロシ)32才プロボクサー。この街にある七尾ボクシングジムの看板ボクサー、二十代前半の頃に攻撃的なボクシングでチャンピオンへの挑戦権を獲得するも、前日に交通事故に遭い負傷。負傷後は鳴かず飛ばず……しかし、去年から相手の攻撃を誘いカウンターを決める戦法でメキメキと調子を上げ、次の試合に勝てば前回は試合さえできなかったチャンピオンへの挑戦権を獲得すると……」 すごい人みたいですねとオープンテラスの喫茶店でフルーツタルトを食べつつ猗鈴が雑誌の記事を読み上げると、杉菜も結構な有名人ですよとコーヒーを飲みながら答えた。 「今回の依頼者の七尾さんも現役時代にはかなり有名でいくつもタイトルを取ったボクサーでした。その愛弟子として期待をかけられるも試合自体に出られなかった為、ひどい中傷が彼に向けられたのを覚えています」 「それで、そんな彼の周囲に化け物の影があると……」 「七尾さんの話ではそうなりますね」 七尾の推測ではこうだった。 『過去の事故があった時の試合相手には黒い噂があって、当時のチャンピオンは裏で八百長やなんやらしていたというんです。今度の試合相手はその男と同じジムの男……当時の当て逃げがやつの差金だったならと思うんです』 「七尾さんは、才谷選手が夜のジョギングから戻るのが近頃少し遅い気がしていた上に、その日はさらに遅かったもので心配になってコースを遡る形で探しに行ったところ、突然背後から肩や首を掴まれて火傷を負ったという話でした。才谷さんを襲うつもりで待ち伏せてたんでしょうか」 杉菜の言葉に猗鈴はどうだろうと首を傾げた。 「それだと腑に落ちないとこが多い気がする。ジョギングしてるボクサーと杖ついた老人じゃ移動する速さも違うし来る方向も真逆だったはず……」 「そうですね。それに、メモリを使う犯罪かってとこも気になりますね……ザッソーモンメモリだって組織の分類では最安値ですが、新車が何台か買える値段です。中古車でも買った方がよほど安い」 「でも抱きつき魔とかに売ってたよね、姫芝」 「……あれは、あの男が病的な常習犯だったからです。頻繁に繰り返すつもりのやつは素性がバレにくくなる効果を重要視しますからね。何やってでも金を集めてきます」 でも、今回はそんな頻繁に繰り返すものでもないはずと杉菜は言った。 「阿久津選手……才谷選手が戦えなかった現チャンピオンが八百長をしてたとして、それだけでチャンピオンに居続けるのは無理でしょう。プロボクサーの試合は年に数回、年一使うか使わないかでしょうね……」 「まぁ、メモリの入手経路からは無理があると思う。組織の拠点をグランドラクモン達が潰して、全部のメモリを回収できてるとは思えない」 猗鈴の言葉にそれもそうですねと杉菜は頷いた。 「確かに、メモリは適合者に引かれる性質があります。適性さえ高ければ偶然拾ったとしてもおかしくないですね……」 「あ、これからランニング行くみたい、こっち見て会釈した」 猗鈴はジムからランニングに行く才谷を見送る七尾を見て、タルトの残りを一息に口に押し込んだ。 「私は逆側から不審者がいないか確認しながら向かうんでしたね。ランニングは午後六時頃からおよそ一時間」 杉菜もコーヒーを飲み干すと伝票を持って立ち上がる。 「尾行は私がするんだよね。本人に言っていいなら早いのに」 そう言って、猗鈴はキャップを被ると表に留めておいた自転車に跨り、才谷の後を追う。 七尾は依頼の際、才谷にバレないようにと条件をつけた。依頼を知るのは七尾と、ジム運営の手伝いをしている七尾の娘のみ。それも才谷が気にして調子を崩さない為だった。 尾行を始めても猗鈴が見る中では、才谷の周りに特に何か不審な人が近づく様な事はなく、穏やかにコースの半分まで進んでいった。 ふと、街頭の六時二十分を指す時計を見て猗鈴は少し違和感を覚えた。 なぜと猗鈴が思っていると、ふと才谷は曲がる予定にない角を曲がった。 「姫芝、才谷選手がコース外れた。こっちの尾行がバレたかも、今どこにいる?」 『七尾さんにつけてもらったGPS見る限りそう遠くないですね。私がカバーに行くので猗鈴は先回りを』 「了解」 杉菜の乗ったバイクはあっという間に来ると、猗鈴の前で脇道に入っていく。それを見送って、猗鈴は予定のコースを走っていく。 一方の杉菜は、GPSの反応を追っているとふとそれが止まって動かなくなったのに気づいた。 「神社……」 バイクを止めて階段を登っていく。 恋みくじとか恋愛成就と書かれたのぼりは日に焼けて汚く、敷地こそそれなりに広いものの、お土産売り場も無人だった。 そんな境内の真ん中に、才谷とそのデジモンはいた。 青い金属製の肢体、胴体は狼の頭を模した様な形で、両腕には盾と盾の下から伸びる鋭い爪が三本、頭まで金属に覆われているが仮面の後ろから銀髪が伸びてもいる。  才谷とその青い盾のデジモンは正面から対峙していたかと思うと、不意にどちらもファイティングポーズを取った。 「……猗鈴ッ!」 物陰で杉菜が腰にベルトを巻くと、離れたところで自転車に跨っていた猗鈴の腰にもベルトが現れる。 「わかった」 猗鈴はすぐ自転車を止めて近くのベンチに腰掛けた。 『ザッソーモン』 杉菜が左手で右のスロットにザッソーモンメモリを挿し込み、 『サンフラウモン』 猗鈴は右手で左のスロットにサンフラウモンメモリを挿し込む。 「「変身」」 二人がは声を合わせてそう口にし、杉菜がベルトのスロットを上から押し下げる。 ベンチに座った猗鈴の意識が途切れて項垂れ、途切れた意識は杉菜の元で覚醒し、杉菜の肉体は二色の光を放ちながらその背を伸ばす。 そうして二人は一人のディコットに姿を変えた。 「距離があるから、牽制する」 『サンフラウモン』『サンフラウビーム』 そう口にし、左手でサンフラウモンのメモリを押し込むと、手のひらをその青い機械のデジモンの方に向ける。 手のひらから放射された光線に青い盾のデジモンは顔を撃たれてのけぞり数歩後退する。 「才谷選手、下がってください」 「ぐっぎ……そうか、探偵か……ッ!」 そう呟くと、そのデジモンは身を翻して去ろうとする。 「そう簡単に逃すわけには……いかないんですよ!」 杉菜の声と共にディコットが右手の指が鞭のように伸びて盾のデジモンに叩きつけられる。 「痛ッ!?」 しかし、そう悲鳴を上げたのはディコットの側だった。盾のデジモンが盾で指を受け止めると、ディコットの指は凍りついて固まってしまった。 「七尾さんの火傷……」 「アレは凍傷だったってことですね……っ?」 そう口にしながら伸ばしていた指を戻して確認し、もう一度目を向けた時には盾のデジモンはもういなかった。 「……なんなんだあんた」 才谷の言葉に、ディコットは変身を解く。 「七尾さんに雇われたものです。あなたの周囲に怪しいものがあると」 「……あー、いやっ……誤解なんだ! カミサマは俺を傷つけようとしてたんじゃないんだ!」 才谷は頭をがりがりとかいてそう杉菜に訴えた。 「ではどういう?」 「カミサマは俺に特訓つけてくれてたんだよ!」 その言葉に杉菜は面食らうと同時に、何故七尾が攻撃されたのかがわかった気がした。 ジムの中に作られた応接室の中には、トロフィーや賞状などが飾られていた。ジムの主である七尾の現役時代に得ただろうプロとしてのものから、男女のジュニア大会のものまで様々で、ジムの歴史を物語っていた。 「ヒロちゃんが積極的な攻める闘い方からカウンター狙いに切り替えたのもそのカミサマの影響で、ランニングの途中でいつもこっそり会っていたと」 七尾の娘、重美(シゲミ)は父親の代わりにそう少し呆れたような調子で確認した。 七尾に雇われていることもバラした以上、お互い状況を把握し合う方がいいと杉菜は判断し、天青に許可を取って一度話し合うことにしたのだ。 「……そうだ。二人とも黙っててすまない」 「黙っててすまないじゃあねぇッ! ……ぐっ」 七尾はそう机をガンと殴りつけて立ち上がり怒鳴ったが、すぐに喉を押さえて座り込んだ。その際に、喉に巻いたスカーフがひらりと落ちた。 「お父さん……まだ治ってないんだから……」 「オヤジの喉……それどうしたんだ……? 喉風邪って話じゃあ……」 才谷は七尾の喉についた凍傷を見て、狼狽してそう言った。 「おめぇの言うカミサマとやらに、ぐぅ……」 「そんなわけねぇよ……! だってカミサマは……」 「……確かに、悪意はなかったかもしれないですね」 今にも喧嘩に発展しそうな空気に、杉菜はそう口出しをした。 「七尾さんが阿久津選手の関係者から狙われてると思っていたのと同じように、カミサマも警戒してたなら、暗がりで棒を持った人物が才谷選手を待ち伏せてるように見えたのかも……」 「それだ! そうに違いない! 悪いやつじゃないんだよカミサマは! 実際そのおかげで調子もいいし……オヤジのしてる心配だって、カミサマがそばにいてくれるならむしろ安心だろ!?」 才谷はそう必死になってカミサマを庇う。その様子を見て、七尾と重美は眉を顰める。 「才谷選手、カミサマとの付き合いはやめた方がいいですよ」 猗鈴はそう、興奮気味の才谷に冷や水を浴びせるように冷たく言った。 「いや、でも悪いやつじゃないし……別に怪物になるのって犯罪じゃないだろ?」 「デジメモリの不当所持は、逮捕される案件ですよ」 「え……」 「世に知られたらスキャンダルになってしまう、場合によっては試合が中止になることもあり得るのでは?」 猗鈴はそう少し強く言った。 それを見て、杉菜はちょっとと猗鈴の袖を引いた。 「……才谷さんにとってその特訓の時間が大切なのは理解しますが、それを置いても、デジメモリは危険なんです。使用者は精神を蝕まれていき、元がいい人だったとしてもおかしくなってしまう」 「そ、んな……」 才谷は軽く頭を抱えた後、七尾の方をちらりと見た。 七尾は首を横に振った。それがこれ以上関わってはいけないの意味であることは明らかだった。 それに才谷は反論したそうだったが、何も言えずに口をつぐみ、立ち上がってどこかへ行ってしまった。 「……ちょっと、私ヒロちゃんのこと見てきます」 重美の言葉に七尾はこくりと頷き、部屋から出ていくのを見送ると項垂れた。 「おやっさん、浩も重ちゃん、なんかアレな顔で出ていきましたけど……あ、取り込み中ですか?」 入ってきた男に対して、大丈夫だと七尾は首を横に振った。 「……少し尋ねたいことがあるんですが、いいですか?」 猗鈴がそう七尾に聞くと、七尾は首を縦に振った。それを見て、猗鈴は探偵であることと依頼内容を不審者の調査と伝えてから質問を始めた。 「才谷選手はいつ頃からこのジムに?」 「ジムに所属したのは中学の時だよ。十年ぐらい前かな、でも七尾さんとご両親が仲良しでね、子供の頃からしょっちゅう入り浸ってた」 「……悪い交友関係とかは、ありましたか?」 「あー……オヤジさん、話していいですか? 高校の時のこと」 構わないと七尾は頷いた。 「五年前、この街で大規模テロがあったよね、あの時に両親亡くなって、オヤジさんが身柄を引き受けたんだけど、ちょっとの間、荒れてたんだよね。あの頃はあまり良くない連中と連んでたみたいでさ……」 杉菜は、メモリの所有者は現在の校友でなく過去の交友の可能性もあるかと頷いた。 デジメモリの販売ルートには裏社会が絡むことはままある。集団で買ってもらえればその数だけ利益も出る、加えて、後ろ暗いことを生業にしている人間は自分に不都合な情報を流さないだろうという負の信頼がある。 「その付き合いはどれぐらい続きました?」 「一ヶ月ぐらいかな……だから、多分そこの付き合いはそう深くないよ。今は繋がってないみたいだし……」 「短いですね。なにかあったんですか?」 「重ちゃん……重美ちゃんがね、連んでた不良グループのところにもう関わらないでって言いに行って、色々あったらしくて肘をやっちゃったんだ……」 可動域がまともに動く方の半分ぐらいになっちゃってと男は言った。七尾は、話してる男から目を逸らすように部屋に飾られたトロフィーの一つを見た。 「……でもそれで、浩もこのままじゃいけないって思ったみたいでさ。真面目にボクシングやるようになって、鬱憤全部晴らすみたいに超攻撃的なスタイルでガンガン上り詰めてった」 「それまでは攻撃的なスタイルじゃなかったんですか?」 「あぁ、オヤジさんがそういうタイプじゃなかったからね。オヤジさんの必殺のカウンターに憧れて俺なんかもやり始めた口でさ、当時はこのジムにいる奴らはみんなオヤジさんのスタイルを真似てたよ」 「今も皆さんそうなんですか?」 「いや、下の世代は浩の攻撃的なスタイルに憧れるやつが多いし、上の世代は俺みたいにコーチになるか引退したか……現役でってやつはいないかな」 「そうなんですね」 「こんなとこでいいかな?」 そう言う男に、猗鈴は、はいありがとうございましたと頭を下げた。 「じゃあ、また明日来ますね。行こう、姫芝」 猗鈴はそう七尾にも頭を下げるとスッと部屋を出ていった。 「……いや、ちょっと、え? あ、また明日よろしくお願いします!」 それを見て、杉菜は一瞬面食らったものの、七尾とその男に頭を下げ、すぐにその後を追った。 「喫茶ユーノーに戻ろう、姫芝」 「いや、まだメモリの使用者もわかってないでしょうに聞き込みを切り上げていいんですか? せめて他のカウンター戦法を教えられるトレーナー達にだけでも……」 早足で歩く猗鈴に対し、杉菜はそう言って服を掴んで引き止めようと手を伸ばした。すると、猗鈴は急に足を止め、伸ばした指は背中に当たってぐきりと曲がらない方向に力を加えられて痛んだ。 「……何やってるの姫芝」 「急に、猗鈴が、止まるから……」 そっちじゃなくてと猗鈴は澄ました表情のまま言う。 「あのメモリの所有者は七尾重美、七尾さんの娘さんしかいないでしょ」 だから、盛実さんにメモリの内容伝えてデジモン特定してもらわなきゃと、わかって当然という口振りで猗鈴は言った。
ドレンチェリーを残さないで ep20 content media
1
3
31
へりこにあん
2022年8月07日
In デジモン創作サロン
自分に向けられた爪、大きく振りかぶられ振り下ろされるそれを、杉菜はちょっと大きめに避け、さらにマントの翼を使って大きく一歩、背後に跳んだ。 「らしくない、攻撃ですね」 杉菜は猗鈴と殴り合ってきたから、本気の猗鈴ならそんな無駄だらけの軌道で攻撃しないことは知っている。 距離を詰める前から振りかぶって攻撃するなんて、子供のようなことをいつもの猗鈴ならばしない。 猗鈴が姫芝をぎろりとにらめば、その背後には蒼炎をまとったマタドゥルモンが忍び寄る。 音一つ立てずに鎖を振るい、猗鈴の首にかけて背中側に引きながら、逆の袖からは刃を伸ばして待ち受ける。 それに対して猗鈴は首だけマタドゥルモンに向けるも抵抗しなかった。背中に刃が少し触れ、ほんの少し切るも傷口から溢れた液体が見る間にマタドゥルモンの刃をボロボロにし、猗鈴の背中にさえ歯が立たない。 倒れかかった身体に合わせて斜めに足を引き、振り向く力に合わせて猗鈴は低い体勢から爪を突き立てようとする。 「爪切りの時間だ、レディ」 マタドゥルモンの袖の奥から新しい刃が伸びて猗鈴の五爪の内側に正確に刺さる。 猗鈴が突き立てようとする動きに合わせてマタドゥルモンも突き出しながら手を捻ると、猗鈴の五爪は根本から剥がれる。 「私は、炎にも負けない」 爪が剥がれてもそのまま猗鈴はマタドゥルモンの顔へと手を伸ばす。爪の剥がれた指先から血の代わりにどくどくと溢れる液体が、マタドゥルモンの身を包む炎に近づく度蒸発してマタドゥルモンの顔を溶かす酸の雲になり、呼吸すれば喉も焼く。 「があぁぁ!」 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴の手が動いてないにも関わらず、メモリのボタンが押され、音声が鳴り響く。痛みに悶えながら慌ててガードするマタドゥルモンの手の上から猗鈴の前蹴りが入って枝がその身体を包んでいく。 「……こ、こんなつまらない決着があってたまるか!」 青い炎と数多の刃が枝の檻を内側から破壊して、マタドゥルモンが姿を現す。 ただ、その一瞬でもマタドゥルモンからエネルギーを猗鈴は吸ったらしく、腕につけていた添え木をボロボロと外して腕の調子を確かめだした上、剥がした筈の爪も短くはあったが再生していた。 「私は、強い……」 一瞬びくんと猗鈴の身体が震えると、コートの下から植物の蔦にも見える尻尾が伸びた。 「やっぱり、あるとすればウッドモンメモリでしょうね……組織のデータベースにも存在しない、幹部の夏音の秘蔵のメモリ……」 吸い取ったデータはウッドモンメモリに還元しないよう改造したと盛実が言っていたことも杉菜は思い出していたが、明らかに現状はそれに矛盾する。 吸った端から自分のものにしそうな様子だ。でも、今までに吸った分は使えてないのだろうなとも杉菜は思った。もしそうならば、ウッドモンメモリの中にはスカルバルキモンの力がある。使用者が体質的に合わなかった為弱体化していたものの、本来は幹部のメモリ、死なない肉体に異常反射神経の組み合わせは自傷しかねない爆発や毒爪と相性が良い。 『そのメモリもそうですが、彼女は過去にグランドラクモンの目を見てますからね、その線も捨てられませんよ』 「とりあえず、ベルトに触れれば変身の解除を狙えるんですけれどッ!」 杉菜は自分に向けて伸ばされた鎖を鞭のように伸ばした蔦で打ち落とす。 三つ巴の状況で猗鈴の変身を解除したらどうなるかなんてことは杉菜にも鳥羽にも簡単に想像がつく。 ならば先にマタドゥルモンを倒す他ない。しかし、猗鈴にエネルギーを吸わせるのはもちろんよくない。 杉菜は袖の内側から蔦を伸ばすと、それを拳に巻きつけた。 マタドゥルモンは鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら慎重に猗鈴と杉菜との距離を測る。 その二人を、猗鈴はじっと見る。そして、最初に動いたのは猗鈴だった。 猗鈴がマタドゥルモンに向けて歩き出す。それを見て、杉菜は地面に転がり刃の溶かされた剣に向けて蔦を伸ばした。 「これ、使えますね?」 『確かに素手じゃ戦えませんね』 杉菜がそれを手に取ると、恵理座の声と共に、ベルトからにゅるりと出てきた細長い触手の様なものが剣の持ち手の筒に伸びて、接続する。 『ザッソーモン』『プラス』『ヴァンデモンX』『スピア』 濃緑の柄がするりと長く伸び、その先端にピンクに光る爪がつく。 そうしている間にもマタドゥルモンと猗鈴は既に戦っている。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴の蹴りがマタドゥルモンの腹を直撃する。脚の爪から出た液がその皮膚を溶かして血も流させ、さらにその傷口を広げるように枝は刺さる。 マタドゥルモンは猗鈴の身体の内、緑色のコートで覆われていない部分、腕に噛み付いてその血をすする。 それを見て、猗鈴はたんとかるくジャンプして、噛まれている方の肘で地面を殴りつけるようにする。 マタドゥルモンの顎は地面と腕に挟まれて強く打たれ、加えて身体の方もその低さまで追いつきたいのに全身を覆う枝が、燃えるとはいえ邪魔をして、その負荷が首に集中する。 「ぶぇッ!」 あまりにもブサイクな音を漏らしながらマタドゥルモンの顎が猗鈴の腕から引き離された。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴はマタドゥルモンの細い首を踏みつけようと脚を上げる。 『ヴァンパイアセオリー』 杉菜は二体の間に割り込むと、マントでふみつけを受け止めて、枝が伸びる前にひらりとかわす。すると、マントの下にいた筈のマタドゥルモンの代わりに現れたコウモリの群れが猗鈴の胸元目掛けて飛んでいき、その花粉に触れて爆発する。 自身の花粉の爆発でのけぞる猗鈴に時間差で何発も何発もコウモリは飛んでいき、花粉を爆発させる。 「さぁ、今の内にやりますよ」 「……なるほど、ただ助けてくれたというわけではないか」 腹部の血は止まっていたものの、ただでさえ細い腰には痛々しい傷跡が残り、首も曲がったまま伸びない。 それでもマタドゥルモンは獣を思わせる前傾姿勢で、袖の隙間から剣と鎖を伸ばす。 「今の私が助けたいのはあったの暴走している甘党です」 杉菜は槍で真っ直ぐにマタドゥルモンの胸を狙って踏み込む。 マタドゥルモンはそれを避け、次いで来る打ち払いを爪を地面に立てて這う様な姿勢で前に走りながらさらに避ける。そして、蹴られない様にと杉菜の脚に鎖を伸ばして両脚を結ばせた。 さらに杉菜を引き倒すと、思わず杉菜は槍を手放した。 「少しでも君から回復させてもらおう!」 マタドゥルモンが牙を剥き出しにし、馬乗りになって杉菜の首に狙いを定める。 それに対して、杉菜は顎が開かない様に腕から伸ばした触手で顔を縛る。 それを取ろうとマタドゥルモンがもがいていると、不意に飛んできた槍に背中を刺された。 『ヴァンデモンX』『ブラッディドレイン』 呆気に取られたマタドゥルモンの腕を杉菜の手が抑え、マントの爪がその脇腹に突き刺さっていく。 ピンクの爪が光り、マタドゥルモンからエネルギーを吸い上げていく。炎の勢いが弱くなり、鎖が形を失う。そして、爆発した。 爆発の後には、マタドゥルモンではなくより小さな黒い仮面に目玉模様のデジモンの姿と、身体から飛び出たデスメラモンのメモリが一瞬あったが、すぐにデジモンの姿は佐奈の人間の姿に変わり、メモリは爆ぜて砕け散った。 「……さぁ、一騎討ちですね」 杉菜がそう口にすると、地面にべしゃりと打ち捨てられた最後のコウモリが毒に溶かされて原型を失った。 地面に転がった槍に翼がちょんと生えて杉菜の手に飛んで戻る。 猗鈴は爪をだらりと垂らしながら杉菜を睨む。マタドゥルモンからデータを吸ったからか、いつの間にか尻尾は二本に、葉の形をした二対の翼まで生えていた。 「……距離を保たないと戦えないけど、距離を保ったままじゃベルトの解除はできない。あのベルトは盛実さんの能力で動いてるそうなので彼女に連絡取れれば、なんとか」 『んー……一応、できますよ』 マントから一体、コウモリが現れて病院の窓へと飛んでいく。 『ベルトの機能維持と、コウモリの遠隔操作で一杯一杯になるので、こっちの任意でヴァンデモンXの技は出せなくなりますけど……いいですね?』 あと、声出せないから結構時間もかかりますと恵理座は言った。 「……ゆっくりやってください。やせ我慢は得意なんです」 杉菜はそう言って槍を構え、猗鈴をじっと見たあとふと笑みをこぼした。 「そういえば、猗鈴との初対面の時にも同じことを言いましたね」 猗鈴はそれに何かを返さない。 「私は、強い子……」 うわ言を呟き、そして尾で地面を一度叩いて杉菜に向けて爪を振り上げて走る。 振り下ろされる手をしなやかな槍で絡め取って弾く。 猗鈴はそれに対して懐に潜り込もうと動くが、杉菜は踏み出してきた脚に触手を絡み付かせて、思いっきり引っ張り上げて猗鈴を転ばせる。 『ザッソーモン』『スクイーズバインド』 杉菜の左手の五指が伸びて転んだ猗鈴の両手両足と尻尾を縛る。 指一本の力である以上、猗鈴も全く動けないなんてことはない。杉菜の力を超える力で無理やりに身体を動かして立ち上がり、触手に毒液をかけようと、手を脚を縛る触手の上へと持っていく。 「させるわけがないでしょう!」 杉菜は手をぐるりと捻り、わざと複数の触手を絡めた。 猗鈴の腕も脚もその動きに合わせて引っ張られる向きが変わって、バランスを崩す。 押したり、引いたり、時に触手を伸ばして急に緩めたり、急に縮めて引っ張ったり、猗鈴の動きに合わせて杉菜も必死に触手を操る。 不意に、猗鈴の動きが少し落ち着いたかと思うと、背中の翼で羽ばたきを始めた。足で一瞬強く地面を蹴り、翼の羽ばたきで持って猗鈴は空を飛び出した。 杉菜もマントで空を飛んで対抗しようとするも地力が違う。 空に上がる猗鈴を杉菜は止められず、飛び上がった猗鈴は杉菜の上からポタポタと毒液を垂らし、花粉を撒き散らす。 触手が毒に焼かれ爆発に千切られていく。 「ぐぎ、ぎぃッ……」 それでも杉菜は触手を離さず、もう一度とザッソーモンメモリのボタンを押す。 『ザッソーモン』『スクイーズバインド』 今度は両手。両手両足と今度はさらに翼も。当然同じ様に降り注ぐ毒液に焼かれ爆発に千切られるが、全て千切られる前にと両手の触手を絡ませて一本の太い綱にして猗鈴を地面に叩きつける。 「変にうまくやろうとしてうまくいかない。私ってそういうやつでした、ね……」 杉菜は一度触手を納めると、槍をムチのようにしならせて猗鈴の腕に巻きつけ、逆の端を自分の腕に巻きつけた。 そして、そのまま杉菜は前に出た。猗鈴も前に出る。 猗鈴が前蹴りを繰り出してくるのを、杉菜は正面から膝で受け止める。そして、代わりに猗鈴の頭に触手を巻き付けると、引っ張って自分の額をぶつける。 「我慢比べだけは私も大概負けたことないんですよ」 猗鈴がならばと頭を振りかぶると、杉菜はがら空きの腹に前蹴りを入れた。 「我慢比べするとは言ってないです」 そして、うずくまるような姿勢に猗鈴がなると、お互いの腕を繋ぐ槍を下方向に引っ張り、猗鈴の額に向けて膝を突き出した。 それを猗鈴は手を間に挟んでダメージを和らげると、そのまま杉菜の膝を掴んで毒の爪を突き立てる。 じゅくじゅくと音を立ててスーツがえぐれていく。 膝に走る激痛に、奥歯を噛み締めながら杉菜はベルトに向けて蔦を伸ばす。 すると、猗鈴はパッと杉菜の膝から手を離すと、杉菜の顎を殴りつけた。 視界が揺れ、平衡感覚が崩れる。それを見て猗鈴は繋がった腕をぐいと引き、今度は胸を真っ直ぐに殴りつけた。 「ぶぁッ……」 呼吸が止まり、身体が硬直する。そして、次の拳も当然杉菜は避けられない。 だから杉菜は槍の拘束を解いた。もう一度胸を殴られると共に、その勢いで後ろに退いて距離を取る。 「ッふぅ……まだまだ、私はやれますよぉッ!」 杉菜はもう一度槍を握り直して前に出ようとしたが、その時、ふとエンジン音と共に誰かが叫んだ。 「そのまま退がって、姫芝!!」 杉菜はその声に、背後の街灯に蔦を伸ばして前に出ようとする自分の体をピタッと止め、反動に任せて後ろに跳んだ。 すると、明らかに一般車両じゃない装甲車が猗鈴を横から凄い勢いで撥ね、焦げるような臭いをさせながらドリフトして止まった。 その装甲車が開くと、新しいベルトを手にした盛実と、ゲームのコントローラーの様なリモコンを持った天青が現れた。 「……助かりました。でも、なんで直接来たんですか?」 遠くからベルトの機能を失わせればいいのにと杉菜が言うと、盛実はそうはいかないと首を横に振った。 「グランドラクモンの洗脳だけならそれでとりあえず無力化できるけど……ウッドモンメモリの影響がわからない。最悪、猗鈴さんの精神とかに影響が出るかも」 「博士、急いで。多分この装甲車だけじゃ長くは抑えていられない」 「えーと、というわけで……このベルトの精神感応通話を使って猗鈴さんの精神に繋がって、グランドラクモンメモリの影響とウッドモンメモリの影響を明らかにしつつ、あわよくば正気に戻します! 姫芝銃使える!?」 そう言って盛実は何かごつい天青のものとも形の違う銃にがちゃんと何かの機械をセットした。 「使えませんが!?」 「なら私がやりましょう」 杉菜の変身が解け、ベルトからずるりと恵理座が現れる。 「猗鈴さんにそのベルトの子機〜ひっつき虫ver〜を撃ち込めば、あとは姫芝がこっちのベルトを着けるだけ! それで猗鈴さんに直接呼びかけられる!」 そう言って盛実はベルトを杉菜に渡した。 「わかりました」 恵理座はそう言うと、装甲車を下から持ち上げてひっくり返そうとしている猗鈴に向けて引き金を引いた。 それは猗鈴の背中に当たる。 「でも、これじゃあ猗鈴の足止めをする人がいませんよ」 杉菜の言葉に、でも姫芝用に再調整してるしどうしようと焦り出したものの、恵理座がポンと肩を叩いた。 「そこは私が手を打っておきました。盛実さんに連絡後、公竜さんにも連絡しておいたので」 そう言ってる間に、マッハマンメモリを使用した姿の公竜が到着して、猗鈴に向けて銃撃を行う。 「鳥羽、今どうなっている?」 バイク型から人型へと公竜は変化しながらそう問うた。 「美園猗鈴が錯乱状態の暴走中、状況の打破を試みる為、美園猗鈴を抑える戦力が必要です。主な武器は爪の毒液と爆発する花粉です」 「わかった。まかせておけ」 『エレファモン』『アトラーバリスタモン』 公竜の背中に巨大なタービンが現れ、左腕も巨大なものに換装される。 「……あと、その装甲車については後で確認しなくてはいけないので、最悪裁判所に行く気持ちの準備をしておいてください」 そう言って公竜は猗鈴の元へと向かっていく。げぇと盛実が悲鳴をあげる。 向かってくる公竜に、猗鈴はまずは様子見と言わんばかりに毒液を飛ばす。それに対して公竜は、背中のタービンを回す。すると、毒液は公竜に辿り着く前に風の勢いに負けて地面に落ちる。 「他に遠距離攻撃の手段はない、そうだな鳥羽」 『はい。格闘が得意な様なので中距離を保つのが得策です』 「わかった」 猗鈴が近づこうと走り込んでくるのに対して公竜は巨大な左腕を伸ばして殴りつける。猗鈴はそれを爪を立てながら受け止めようとするも、クロンデジゾイドで造られた装甲はそう溶けず、無理に爪を立てようとした分うまく受け止められず押し込まれる。 公竜は再度腕を振うと、今の内にと杉菜達を見た。 「とりあえず、私はこいつを着ければいいんですね」 「そう! 本来は親機に対して子機の猗鈴さん側から精神が移るところを逆にしてあるから、倒れないよう先にっ……」 「わかりました」 杉菜がそう言ってベルトをつけると、ふっと意識を失って身体が倒れる。代わりにそこに滑り込んだ鳥羽はそれを受け止めた。 「猗鈴!」 杉菜は何もない白い空間に向かってそう叫んだ。それに声は返ってこない。 どちらに行けばいいかもわからないで杉菜が辺りを見回していると、ふと懐から×モンのカードが勝手に飛び出て宙に浮いた。 「なにを……」 カードは急に巨大化し、そしてある程度の大きさになると扉のように真ん中から割れて開く。そうして現れたのは杉菜も見慣れたザッソーモンの姿だった。 ザッソーモンは無言で蔦を伸ばすと逆の蔦を杉菜の手に巻き付けた。 「……あっちって事ですね」 杉菜はザッソーモンの蔦を掴み、一緒に歩いていく。 少し進むと、杉菜は、何もない白い空間に自分達の影が落ちるようになったことに気づいた。それで空を見ると太陽が現れており、視線を前に向けると、太陽に背を向ける向日葵が生えていた。 最初は一本、進むにしたがってその数は増えていき、いずれ目の前が見えなくなるほどになった。 そうして向日葵をかきわけていくと、ふと、暑くなってきたことに気づいた。 行き先にある向日葵が黒煙を上げて燃えている。 「走りますよ」 杉菜がそう言うと、ザッソーモンは杉菜の手を握っていた蔦を離し、目の前の向日葵を蔦で薙ぎ倒して先導し始めた。 杉菜もそれを走って追いかける。そうして辿り着いた燃える向日葵の真ん中に、夏音がいた。テディベアを三つ抱えた子供の姿の猗鈴の手を引く、大人の姿の夏音。 ふと水音に気づいて足元を見ると、血が流れているのも見えた。流れる血が触れた向日葵が発火する。 「この血がグランドラクモンの影響……とすると」 この夏音は猗鈴をグランドラクモンの影響から逃そうとしてるのだろうかと、ほんの少し杉菜が考えていると、夏音の目が黄色く変わり、毒々しい水色の爪を伸ばすと杉菜に向けて振るい出した。 爪が振るわれる度、猗鈴の身体も引っ張られて振り回される。 杉菜がザッソーモンの方をチラリと見ると、ザッソーモンはアヤタラモンメモリで変身した時の鉈に変わると、杉菜の手に収まった。 夏音の振るう爪と数度打ち合って、杉菜は鉈を放り投げて猗鈴の手を引く夏音の手を狙う。 猗鈴を巻き込まないようにと夏音が手を離して回避すると、杉菜はそこに飛び込んだ子供の猗鈴を抱え上げた。 「猗鈴は、私がッ……!」 夏音の爪から飛ばされた毒液が杉菜のスーツを溶かして背中を焼く。 それでも杉菜は構わず走り出した。 「ザッソーモン、これでいいんですよね!?」 鉈の姿から戻ったザッソーモンは、その蔦を伸ばすと夏音の足に引っ掛けた。 「イ、け」 ザッソーモンはそう呟いた。 「私の、猗鈴……ッ! 私の妹をッ連れて、引き離さないで……! お願い、猗鈴だけは……! 猗鈴! 猗鈴! 猗鈴ッ!!」 夏音の慟哭だけが響く。それを聞きながら、杉菜はちらりと猗鈴を見ると、少し悲しそうな顔で夏音を見ていた。 「お姉ちゃんじゃないお姉ちゃん……可哀想……」 猗鈴の呟きを聞きながら、ひまわり畑を駆け抜ける。そうして白い領域まで戻ると、不意に杉菜は感覚が現実に戻っていくのがわかった。 杉菜が目を覚ますと、変身の解けた猗鈴がその場で崩れ落ちるところだった。 「よし、ウッドモンメモリを回収……」 盛実が近寄ろうとすると、勝手にベルトからセイバーハックモンメモリが飛び出して、ドラゴンのような自立形態に変形するとどこかへ跳んで逃げてしまった。 「あ……やっちゃった気がする」 盛実はそう言ってベルトに残ったウッドモンメモリを取り出してタブレットに繋ぐと、すごい気まずそうな顔を杉菜達に向けた。 「ウッドモンメモリ……中身だけセイバーハックモンメモリに移って逃げたみたい……」 「ウッドモンメモリは中身入りのメモリだったの?」 「多分……まさかメモリが自律移動できるようにしてたのがこんな風になるなんて……」 その方がファングっぽいからって付けた機能でこんなことになるとはと、盛実は悔しそうに言う。 「とはいえこれで一件落着、ですかね……」 杉菜はそう言ってベルトを外す。しかし、いいやと割り込んできたのは鳥羽だった。 「猗鈴さんはグランドラクモンの眼の影響を抜けたとは思えません」 「……一応、心の中でそれらしい血溜まりは張り切って来ましたけれど」 「逃げたってことはまだ彼女の中に残ってるってことです。奇しくも今回は……メモリの暴走によって猗鈴さんの意識が奪われたみたいですけれど、再発した時どうなるかわかりません」 ので、と言うと、恵理座は自分の爪を伸ばしたかと思うと自身の胸に突き刺し、その後小さな光の球を取り出した。 「……このX抗体を投与します」 「X抗体……なんでそんなものをあなたが……」 天青は恵理座に対してそう呟き、公竜の方を咎める様に見た。 「公竜さんはX抗体のことは何も知りませんよ。かつてデジタルワールドにて大量死を巻き起こしたXプログラムの抗体であることはもちろんのこと、このXがグランドラクモンのことを指し、Xプログラムがその能力を解析して造られたことも知りません」 恵理座は胸から取り出した光の球をくるりと手の中で回したが、その顔は軽い口調と裏腹に消耗して見えた。 「……説明してくれ、鳥羽」 「がっつかないでくださいよ、公竜さん。私以外にモテなくなりますよ?」 それはそれでアリかも、なんて言いながら恵理座は疲れた様子で猗鈴の側に行くと、光の球の半分をむしって自分の身体に戻すと、残りを猗鈴の胸に押し付けた。 すると、光の球は溶ける様にして猗鈴の身体に消えていく。 「ふー……やっぱり説明は後でいいですか。X抗体いじったせいで私の中のデジモン部分が荒れたみたいで……」 荒い息で、よろっと立ち上がった恵理座に、公竜は仕方ないとため息を吐き、天青もひとまず納得した様に頷くと猗鈴の元まで行き、その体を抱え上げる。 「えーと、Xプログラムは私もわからないんだけど、とりあえず猗鈴さんも姫芝もメディカルチェックするから装甲車の方来て、一応簡易設備はあるから」 盛実に言われて、天青と杉菜は装甲車の方へと歩いていく。 そして、それを見て公竜も変身を解いて恵理座の方へ向かいう。 「ちゃんと後で説明してもらうからな。長くなるぞ」 公竜がそう言うと、恵理座は青い顔でにまぁと笑った。 「うふふのふ、公竜さんの部屋で一晩を明かせるなら大歓迎です」 「……検査入院の項目を増やしてもらう。話すのは明日、病院のベッドでだ」 全くと公竜は恵理座を支えるためにと手を出す。 その手を、恵理座の手は掴めなかった。代わりに、恵理座の胸から突き出た血だらけの手が代わりに取った。 「久しぶりね公竜。私の顔、覚えてるかしら」 公竜はその血だらけの手を、恵理座の背後に立つその持ち主を知っていた。 実際に見た記憶は遠く子供の頃、しかし、その頃に撮られた家族写真は今もずっと持っている。 顔を見るだけで憎しみが溢れる。自分の体質を人生を決定づけた存在。この世に自分を産み落とした存在。 「グランドラクモン……!」 「昔はママって呼んでくれたのに……あの時おいていなくならなきゃよかったわ」 公竜は握った手を離すと、拳を強く握り締める。 そんな公竜に対し、恵理座は胸を貫かれたままその手に自分の震える手を重ねた。 「戦いになったら、彼女達が加勢に来てしまいます。準備なしに目を見たら、声を聞いたら、公竜さん以外はアウトなんです……」 「そう心配しなくても大丈夫。私は基本的には真珠さんのサポートに徹すると決めているから」 そう言って、その女は恵理座の胸から手を引き抜きながら、何かを取り出して、捨てた。べちゃりと音がしたかと思うと、恵理座の身体は崩れ落ちる。 「でもX抗体は流石に目障りだから、ね」 勘弁してねとその女は状況に合ってない茶目っ気のある笑みを浮かべた。 『ミミックモン』 公竜は無言で変身すると、さらにメモリを挿し、腕を振りかぶった。 『アトラーバリスタモン』 変身した右腕がさらに一回り大きな鋼鉄の腕へと変わる。それを確認して公竜はもう一度メモリを押し込む。 『アトラーバリスタモン』『プラズマクラック』 電子音声が流れ、青い電気が公竜の腕を包む。 公竜が振り下ろした拳をその女はひょいと避ける。 「まぁ公竜に会えただけでわざわざ警察病院に来た甲斐があったわね。今度はゆっくりお茶でもしましょ。家族三人で、ね」 去っていこうとするその女を、公竜は追いかけよう走り出す。 びちゃ、と水音がした。 ハッとなって地面に倒れた恵理座とその周りに広がる血溜まりを見て、それを振り切る様にまたその女の逃げた方を見るも、もうその女はそこにはいなかった。 「公竜さん、追ったらダメです……公竜さん、まだ、そこにいますか……?」 恵理座は虚な目でそう呟く。公竜は変身を解いてそっと血溜まりに膝をつくと恵理座の身体を抱え上げた。 「……鳥羽、お前は吸血鬼のデジコアと心臓の両方があるはずだ。片方があれば死なないし、再生もする。黒木世莉の資料にはそう書いてあった。これも……グランドラクモンを騙す為、だよな」 公竜は、そう言いながら恵理座の胸に空いた穴を見る。 「ふふ、公竜さん知らなかったんですか……? 私はなれなかったんです……心臓以外の内臓も撃たれた時にダメになって、使える内臓は少なくて……子供も産めて一回って話で、やっぱり公安ってクソだなって……」 なんの話でしたっけと恵理座は公竜はの顔がある方とは別の方向に笑いかけた。 「僕はこっちだ」 恵理座の顔を自分の方に向ける。 「きみ、たっ…さん……わた…の、メモリを見つ……」 そう言って、恵理座の身体も血も不意に色を失い、サラサラと崩れて灰になった。 そして風が吹くと、灰はあっという間に散っていき、後にはスーツを抱えた公竜だけが残された。 公竜は、それをぎゅっと握り締めながら、鳥羽恵理座ではない彼女の名前を呟いた。 すると、ころんと服の中から一本の赤紫色のメモリが落ちた。そこに書かれていたメモリの名前は、ヴァンデモンXだった。
ドレンチェリーを残さないでep19 content media
1
3
28
へりこにあん
2022年7月12日
In デジモン創作サロン
「理由はわかりますけれど……警察病院で人間ドック受けてるのなんか奇妙な気分です」 「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」 「……なんで鳥羽さんも?」 「ここ数ヶ月二週に一度の定期検診をサボってたのが公竜さんにバレました」 だって輸血パックだけ貰えば大体なんとかなるんだもーんと恵理座は笑った。 「……そういえば、小林さんのベルトは誰が作ってるんですか? 協力者の素性は鳥羽さんしか知らないって小林さんが言ってました」 「それは、ナイショです。その人はその人でなかなかヘビーめなアレなので、お二人に会わせる機会はない方がいいかなーと私としては思ってます」 「そんな面倒な人なんですか?」 「雰囲気としては、そちらの斎藤さん系ですけど……推しはなんか丸が三つ並んでるやつらしいですよ。世代らしいんですけど、人間になりたい怪物に情緒がぐちゃぐちゃにされたとかなんとか」 斉藤さんより少し年上なんですけどねと恵理座は言った。 「……年齢的には私と同じくらい?」 「え、姫芝って年齢幾つ……?」 「28ですが、今年で29ですね」 「……私と10歳差、うちの店で最年長……?」 そういいながら、猗鈴は自分の胸の辺りに手を持っていくと、スライドさせて杉菜の頭の上とを行ったり来たりさせた。 「ちなみに彼女は公竜さんと同じ三十路です。ところで三十路って響きちょっとセクシーですよね、公竜さんもセクシーだと思いませんか?」 恵理座はそう言った。 「……ベルトの持ち主の話を広げたくないんですね」 「あと、普通に恋バナって楽しくありません? 公竜さんは私の吸血衝動がアレすぎると優しいので噛ませてくれたりするんですけど、吸血鬼嫌い過ぎて一瞬すごい味わい深い顔するんですよ」 恵理座はどうせ話す時間はいっぱいありますとそう言った。 「恋バナというより惚気じゃないですか」 「公竜さんが吸血鬼の私を相手にすることはないので惚気ではないです」 気にしてませんよという明るい口調と作った笑顔が痛々しく、空気が一瞬で悪くなる。 「……猗鈴は、何かあります? 夏祭りの彼とか」 「彼はいい人なので私は絶対付き合ったりしないです」 恋バナに向いてなさすぎるなこの面子と姫芝は自分のことも鑑みて思った。 「……恋バナ、やめませんか?」 杉菜の提案に、猗鈴も恵理座も確かにという顔を一瞬した。しかし、猗鈴がふと何かに気づいた様に発言した。 「でも私、姫芝の恋バナは聞きたい」 「私も聞きたいですねー、姫芝さんの恋バナ」 「……あなた達、ハイエナみたいな性質してますね」 二人の言葉に杉菜はじとっと嫌そうな顔をしたが、猗鈴は無表情のまま見つめ返した。 「……正直、最近は恋愛とかしてないですよ」 「なら過去の話でいいから」 「王果オチの恋愛なら何個かありますけど、まともなのはあんまないですね」 「王果オチってなんです?」 「思想犯を騙った愉快犯、ただ人の心を動かしたかったと動機を語った希代のサイコ殺人犯、風切王果に近づきたくて私に近づいていたパターン」 「ろくな恋愛してないんですね」 恵理座が可哀想な顔をするのが、杉菜にはどうにも解せなかった。 「あなたが言います?」 「まぁ、公竜さんがイケメンなのも優しいのも首筋美味しいのも本当ですからね。偽物の恋愛とは比べるまでもありません」 「目くそに笑われた鼻くそってこんな気分なんですね。はじめて知りましたよ」 杉菜ははわざとらしく笑ったが、恵理座はけろっとしていた。 「応える気はないですけれど、米山君に普通に好かれて真っ当にデートに誘われた私の話が一番まともだったりします?」 「謎カードゲームの大会に連れていかれるデートが真っ当かは一考の余地がありますが」 杉菜はまぁ今も私はデッキ持ち歩いてるんだけどと思いつつ、自分のことは棚上げしてそう言った。 「あと、それは私達知ってますからね……告白シーンの話とかないんですか?」 猗鈴はなるほどと、便五による告白シーンを詳細に説明し、そして最後にフリましたけど。で締めくくった。 「……もう恋バナやめませんか? おしまいです」 「具体的なエピソードじゃなくて好みの人物像とか話す感じならまだ……」 再度の提案に猗鈴がそう言って、恵理座もうんうんと頷くのを見て、杉菜はマジかと思ったが、ではどうぞと投げやりに返した。 「私としてはやはり頼り甲斐のある年上派ですね。あとはイケメンで、肌白くて、首筋が噛みやすい人がいいです」 「小林さんの話になったらそれは具体的過ぎるんですよ」 「……でも、頼り甲斐がある相手は素敵じゃないですか?」 まぁ言わんとすることはと頷くものの、杉菜にはあまりその良さはわかっていなかった。 「想像してみてください、誰しも時には寝込む時とかあると思うんですよ」 「まぁ、体調不良は誰でもありますからね」 「そうですそうです。世界を呪って呪詛を吐いたり自傷したり涙が訳わからないままボロボロこぼれたりして、とりあえず落ち着かなきゃ眠れば治るはずだってベッドにこもって、でも眠れないまま一日が過ぎたりしますよね」 「……あまりしませんけど続けてください」 「そういう時に、何も聞かずに温かいご飯作ってくれて、せめて何か食べろと言ってくれて、私が辛い気持ちを八つ当たり気味にぶつけても大丈夫だって慰めて頭撫でてくれたりする人、よくないですか?」 「……猗鈴はどう思う?」 「そうですね。前提がちょっと特殊過ぎて話が入って来ないです。あと、小林さんの顔がチラチラ浮かびます」 そうですかと首を傾げる恵理座に、杉菜はまぁでもまだわからなくはないかと思った。 弱ってる時に支えて欲しいというのは誰でもあるし、それが好きな人ならなおさらいいというのもわからなくはない。前提が少し引く内容だったが、杉菜もメモリ依存者の限界生活なんかは見たことがあるので一応想像できなくはない。 「姫芝はどっちかと言えば、頼って欲しい派?」 猗鈴に言われて、杉菜はどうだろうと首を傾げた。 王果のせいもあって初恋らしい初恋も杉菜は覚えていない。王果オチの男達は男らしさみたいなのを見せようとしている節はあったが、別にそれが特別いいと思ったこともなかった。 「まぁ、どっちかと言えばそうですかね。猗鈴は?」 「頼れる頼れないより、お菓子作ってくれる人とかいいですね。作れなくとも買って来て欲しい」 それは恋愛感情の話なのかと杉菜は思ったが、恵理座は耳をぴくっと動かすと、おもむろに立ち上がって病室の扉を開いた。 「こんな風にですか?」 「え? なに?」 扉の先には便五が立っていた。 「……なんでここに?」 「喫茶店行ったら入院したって聞いて……」 「ありがとう。検査入院だから大丈夫、じゃあもらうね」 便五の持っていた包みを受け取ると、猗鈴は扉を閉めようとした。 「いや、いくらなんでも帰すの早いでしょう」 恵理座が閉めようとした扉を開いて、便五を部屋の中に引き入れる。 「検査してない時間暇なので、恋バナをしてたんですよ。わかりますね? そういうことです」 「え、どういうことですか?」 困惑する便五と中に引き入れようとする恵理座に、猗鈴はあまり表情を動かさず、しかし口は出した。 「この前私は彼のことフッてるのに、その彼の前で恋バナするの残酷じゃないですか?」 「その事実を改めて突きつける猗鈴も残酷な気がしますが」 それはそれと猗鈴は杉菜に言った。 「でも、僕は諦めるつもりないから」 「とりあえず、和菓子はありがとう。じゃあ帰って」 便五を病室から締め出した猗鈴の顔を見て、杉菜はチラッと恵理座の方を見た。恵理座はよくわかってない様で首を傾げていた。 「恋バナしないで普通にお見舞いしてもらえばよかったんですよ」 「姫芝はともかく鳥羽さんなんかこういう時ことあるごとにいじりそうだから」 「いじりますけど、それはそれとして普通にかわいそうじゃないですか?」 「……じゃあ、出口まで送ってくる」 猗鈴はそう言って、病室から出ていく。 それを見て、恵理座はにまぁと笑い、少し迷った後入り口の扉を再度開こうとする。 「トイレですか?」 「いえ、どこかで二人でなんかしてないかなぁと」 「恋愛脳にも程がありますよ」 と杉菜は言ったが、それでも恵理座は扉を開けた。そして、その直後、即座に扉を閉めた。 「……どうしたんです?」 一瞬でひどく青ざめた恵理座に、杉菜が問いかけると恵理座はまずはベルトをと促した。 「この病院にグランドラクモンがいます。今の私達じゃ勝てません」 「……そんな馬鹿なことが」 「あります。私の鼻は知ってる臭いならまず間違えません、公竜さんに近い吸血鬼の臭い。猗鈴さんが倒れた現場に残ってた女性の臭い……」 「いや、でもですよ?警察病院なんてグランドラクモンからしたら敵側の拠点の一つみたいなものじゃないですか、何か騒ぎを起こすでもなくいるなんてあるんですか?」 「ありますよ、というかきっとグランドラクモンは私達のことを敵と認識してないんです。吸血鬼王の目と声に耐えられる人間なんてまずあり得ない、声をかけて視線を向ければどこだってフリーパスになるのがグランドラクモンなんですから」 「それにしたって何故……」 「わかりません。気まぐれかもしれないし、私達でもわかる理由かもしれないし、理解できない理由かもしれない」 「とりあえず、猗鈴をどうにかしないと」 「いえ、逆に猗鈴さんは無事、かも。グランドラクモンは人間の身体から出てこないので臭い薄いですから……本当に今廊下を通った筈。病院の入り口にいれば、きっと……」 そう恵理座がつぶやくと、部屋の扉がガラリと開きピンクの袖を揺らしながらマタドゥルモンが部屋に入ってきた。 「やぁやぁお初にお目にかかる。とても強い吸血鬼の香りがしたもので、ついお邪魔してしまったが……面白い組み合わせだ」 とりあえず、と前置きしてマタドゥルモンは姫芝の首にその刃物の足を突き立てようとする。それを、マントと化した恵理座の肉体が受け止めた。 「変身して!早く!」 「駄目です、今の私のベルトは変身できない!」 「しょうがないですねぇ!」 恵理座の肉体がパッと黒い影の様なものになったかと思うと、杉菜のベルトにまとわりついてその形を変えた。 『これでできる筈です!』 そう言われて、杉菜はベルトにザッソーモンのメモリを挿してレバーを押した。 『ザッソーモン』『クロスアップ』『ヴァンデモンX』 「素晴らしい……」 「……美園、猗鈴」 「柳さん」 便五を入り口まで帰した猗鈴は、産婦人科のベンチに座る真珠と出会っていた。 「捕まえるつもりなら、やめた方がいいわ。すぐそこにグランドラクモンがいる」 「とりあえず、病院通えるぐらい回復しててホッとしました」 「無表情で言われても感慨ねーのよ。というか会話って理解してる?」 「お子さん何週目なんですか?」 隣に座るなと真珠だったが、むやみに立ち上がったりもしない。 「まだお腹目立ってませんよね」 「……そうね、服脱いでも私でもわからないもの。ちゃんと育ってくれているのかどうか、戦いのせいで何か悪い影響とか起きてないのかどうかとか、考えることはいっぱいあるけど……」 真珠は自分のお腹を撫でながら、不安そうなでもどこか幸せを噛み締めているような顔をした。 「そういえば、妊娠おめでとうございますって言ってなかったですね」 「……人がセンチになってる時にそういうとこ嫌いだわ。お前達姉妹の悪いとこよそれ」 柳がそう苦言を呈すると、猗鈴は袋から酒饅頭を一つだけ取り出して食べ始めると、残りを袋ごと真珠に渡した。 「とりあえずお祝いです。ここの和菓子屋さんのお菓子美味しいので、特に酒饅頭が」 「ありがとう……」 そう言いながら真珠は袋の中を見て、せっかくだしと目で酒饅頭を探した。 「酒饅頭、それだけじゃない……?」 「そうでした? でも、これは私のなので」 笑みを浮かべる猗鈴に、真珠ははぁーと怒りを殺しながら深くため息を吐いた。 「というか、とりあえずグランドラクモンが来る前にあっち行きなさいよ。戦いになって病院変えたりしたくないし」 「……確かに、少し喋り過ぎたみたいですね」 猗鈴はそう言って酒饅頭の残りを口に押し込み、立ち上がりながら振り返る、それに次いで真珠も振り返ると、そこには佐奈が立っていた。 「あまり良くないと思うんだ、柳さん。君は彼女を殺したいとあの方にお願いした筈なのに、どうしてそう仲良さそうなのかな」 「……今は戦って勝てるコンディションじゃないからなんとか手を引かせようとしてたのよ」 「じゃあ、僕が来た今は形勢逆転、君自身が止めをさせる様にお膳立てしてあげようか?」 「あんたこそ、黙って戦ったりしていいの? あいつは自分の目で観戦したいんじゃないかしら?」 佐奈は大丈夫さと言いながらメモリを取り出す。 「すぐ近くにはいるんだからね」 「……ここ、病院ですよ」 「そうだね、君が戦い難そうでこっちとしては都合が……」 猗鈴は佐奈が返事を仕切る前に動いた。椅子を踏み台にジャンプして佐奈の手を蹴り持っていたデスメラモンのメモリを弾き飛ばすと、それを拾って病院の入り口へと走った。 そうして駐車場まで来ると、猗鈴はそのメモリからカードを取り出すと、指で粉砕した。 「お返しします」 空になったメモリを猗鈴がそう言って渡すと、佐奈ははぁとため息を吐いた。 「乱暴な子だな君は……念の為にこっちに予備を入れておいてよかった」 佐奈はそう言いながら袖口から彩色されてないメモリを取り出し、ボタンを押して挿した。 『デスメラモン』 「なら、仕方ないですね」 『ウッドモン』『セイバーハックモン』 猗鈴はそう呟いて、ベルトにメモリをセットして変身する。 全身に青い炎と鎖をまとった魔人に、白い仮面と脚甲を着けた猗鈴が対峙する。デスメラモンの足元ではアスファルトは柔らかくなり、それなりに距離を保っている猗鈴のところまでも熱が届いていた。 『セイバーハックモン』『セイバー』 徒手では危険と判断した猗鈴は、すぐに剣を手にした。 その時、ふと猗鈴の脳裏に赤い炎が過ぎった。両親を焼いた赤い炎が。 その隙を佐奈は見逃さず、鎖を伸ばすと猗鈴の腕に巻き付けた。 赤、赤、赤、猗鈴の視界にチラチラと存在しない赤が侵食していく。 そうしてうまく動けない猗鈴を、佐奈は鎖で引き寄せて殴りつける。 一発、二発、三発と相手に避けられるかもなんて考えないただ思いっきり殴る。それに、猗鈴はただ耐えて受けるしかない。 「……どうなっているの」 遅れて追いついた真珠は、それを見て思わずそう呟いた。 「グランドラクモンの目を彼女は見た。ある程度の耐性があっても、既に目を逸らしたとしても見たことには違いがない」 そう言いながら佐奈は猗鈴の剣を手で握って溶かす。 「私は……」 目の前の佐奈に視点が合わない。火の中で両親が互いの手を握っている。何か諦めた様に微笑んでいる。 その微笑みに隠された佐奈の膝が腹に捩じ込まれて、猗鈴は思わず手と膝をついた。 熱されて柔らかくなったアスファルトが手に膝にまとわりついて焼いてくる。それでも目の前にいる敵が見えない。 「グランドラクモンの目を見たものに許されるのは堕ちるか苦しみの果てに死ぬか。その二択だ。僕は堕ちる道を選べたが……彼女はなまじ耐性があったばかりに堕ち方を示されていない様だ」 「……どうなるの」 「まぁ誰も殺さなければ自死するだけだね。君がいつの間にか仲良くなってたのは意外だけども……グランドラクモンに知られたら本当に君の身は危ういだろうし、彼女にはもう君に殺されるか自殺するかぐらいしか選択肢はない」 そう聞いて、真珠はあまり喜ぶ様な気持ちが湧いてこない自分に驚いていた。 憎いし嫌いだしぶん殴ってやりたいとは今も思っている。でも、子供がいることをその未来を他に穏やかに祝福してくれた人は誰もいない。人でなしの吸血鬼王が本当にそう思ってるのかもわからない笑みを浮かべていたぐらいだ。 「お膳立てはしてあげるから、とどめは君がすればいい」 そう言われても、真珠はそうねとは言えなかった。 これは望んでいるものではないという確信と自分への困惑、しかしグランドラクモンを騙したことになればどうなるかという恐怖、それらがぐちゃぐちゃになって自分でもどうすればいいのかわからなかった。 「……まだ、私は戦える」 猗鈴は立ち上がって拳を構える。 殴られながら猗鈴は考えていた。この見えている光景や音と現実との間に関連はないのかと。 炎が鍵になって記憶がフラッシュバックしているならば、それがより苦痛でより鮮明な時はそれだけ敵が近くにいるかもしれない。 「……結構渾身のパンチを何度も喰らわせたんだけど、立ち上がれるのか」 佐奈の呟きは猗鈴の耳には入っていない。聞こえているのはばちばちと爆ぜる炎の音、幼い自分の泣き声、自分の頭を撫でる母の声は歪んで聞きとれない。 「ィ鈴は……」 声がはっきりと聞こえそうになって、猗鈴は目の前に足を突き出した。 「ぐっ……」 それは腹を確かに捉えたものの、体格は佐奈が勝っている。少し怯みこそすれ決定打には程遠い。 足が焼かれる痛みで猗鈴は佐奈に当たったことを知り、蹴った足を踏み出して、拳を腹の高さで振るう。 またそれは佐奈に当たる。距離を測れてない一撃では大したダメージにはならないものの、当たり続ける内は、殴られる内は敵がどこにいるかわかる。 だから、お互いにノーガードの殴り合いに発展した。 猗鈴の拳の回転は佐奈より速かったから、佐奈は体重を乗せた重い一撃をそうそう出せず、しかし猗鈴の拳も綺麗にはヒットしない。 しかも、猗鈴はデスメラモンの炎に常に晒されているだけで体力も削られていく。 「よく頑張ってるよ君は、でも、この前見た君よりも明らかに弱々しい」 佐奈は感心半分呆れ半分でそう呟いた。 その呟きが、猗鈴の視界を支配する幻をもう一段鮮明にした。 殴られている感触も殴っている感触もなくなって、猗鈴は幼い自分と一体になっていた。 熱されたフローリングも周りを取り巻く炎もデスメラモンのそれに比べれば大したことはない。でも、生身で耐えられるものでもない。 足は痛むし涙は出る。不安で姉の手を握りしめると、姉の大きな手も痛いぐらいに強く握り返してきた。 父と母は座り込んで諦めていて、母は泣いている猗鈴の頭を撫でる。 「泣き止んで、猗鈴……大丈夫よ、何も怖くない」 何も怖くないなんてことはなかった。怖かった、恐ろしかった、訳がわからなくて仕方がなかった。 ママがなぜ笑っているのか、わからなかった。 「猗鈴は、強い子。そうでしょう?」 猗鈴はあの日、この言葉に頷けなかった。 頷けないまま、夏音に手を引かれて二人だけ炎から生き延びた。泣きながら、喚きながら、猗鈴はずっと夏音を困らせた。 「ママ、私は……」 突如膝をつき、顔から突っ伏した猗鈴がそう呟く。 それを見て、真珠は感情がさらにぐちゃぐちゃになるのを感じた。 「痛くても我慢できる様になったよ、ママ……」 猗鈴は何かに手を伸ばそうと虫の様に這いずった。それを見下ろして、佐奈は見てられないと言った。 「もう虫の息だ。早く殺してあげるのが優しさだよ」 「で、でも……」 真珠はためらい、ためらいながら思わず猗鈴の伸ばした手を握ってしまった。何をしているのか真珠自身にもよくわからないまま、そして、猗鈴の頭を撫でた。 幻の中で、猗鈴は母親に両親に呼びかけ続ける。あの日とは違うともう強くなったと、だから、もう迷惑もかけないからと。 「ママ……パパ……みんなで死ぬなんてやめようよ……」 その猗鈴の呟きは真珠の耳には届いたものの、過去の幻影に届くはずもない。 「猗鈴は強い子、そうでしょう? だから、ここでみんなで死にましょうね」 母親はそう柔らかく微笑み、夏音はその母の手を叩いて猗鈴の手を引いた。 「何するの夏音、夏音! このクソガキ! 戻ってきなさい夏音!! あんた達はここで私達と死ぬのが幸せなの!! 行くな!! 戻って!! なんで私の言うことを聞けないの!!」 「そうだ、戻ってこい夏音。パパもいるんだ怖くない……早く戻ってこい!!」 屋根から柱が落ちて夏音に伸ばされた父の手が下敷きになり、両親の姿は火に包まれていく。 「戻ってって言ってるのに!! こんなに……こんなにママは辛いのに!!」 自分達から猗鈴を奪い生き延びようとする夏音を罵りながら火に包まれていく。 醜くて悍ましくて、でも愛している両親で、姉は自分の為を思っていて、炎の恐怖に猗鈴はただ泣くしかできなくて。 そうして、猗鈴のことを守ってくれた姉もあの日死んだ。遺体は棺桶に入り、両親と同じ様に炎の中に消えていった。 真珠はあまりに痛々しい猗鈴の姿に、理解できないまま手を握り締め続け、ついには涙をこぼした。 こぼした涙が猗鈴の手に触れて、猗鈴のベルトに挿さったウッドモンメモリのボタンが一人でに押される。 『ウッドモン』 その音声に、音の奇妙さに真珠はハッと我に返って猗鈴から手を離して距離を取った。 『ウッドモン』 『セイバーハッ』『セイ』『セッ』 ずりゅと、ウッドモンメモリの刺さったベルトから木の枝が生えてセイバーハックモンメモリにまとわりついて包み込んでいく。 猗鈴の変身も一度解け、そして、もがく様に虚空を見つめて猗鈴が手を伸ばすと、またウッドモンメモリのボタンが押され、レバーも勝手に動き出す。 『ウッドモン』『ぷ』『ラ』『ス』『セイバーハックモン』 『トロ』『ぴ』『ア』『モン』 耳障りに歪んだ音声が二つのメモリ音の間に挟まり、同じような音声は聞き慣れないデジモンの名前を告げた。 ゆっくり起き上がる猗鈴の身体は、ピンクの触覚の生えた黄緑の仮面は赤と黄色の花弁の様な飾りまでついて派手で、身体を覆うのも同じ様な明る過ぎる黄緑色のコートに、さらに派手なピンクの襟までついた様な服、指先にはあまりに長い水色の爪までつけていた。 「何が起きてるのかわからないが……」 佐奈はそう呟いて、火のついた鎖を猗鈴に投げかける。 ぼんっと音がして鎖は猗鈴に辿り着く前に爆発して勢いを失って地面に落ちた。 「私は、強い……」 猗鈴はぼんやりとそう呟いて、佐奈をその身にまとった炎を見ると、長い爪の先に液体を滴らせたかと思うとそれを腕を振るって飛ばした。 「炎も私を止められない」 「そんな液体なんて、辿り着く前に蒸発して……」 確かに、液体は佐奈に辿り着く前に蒸発したが、その気体を浴びた胸元と吸い込んだ喉はにわかに爛れ出しし、目もひどい痛みに襲われ出す。 「私は、強くなった……あの日よりずっと……」 猗鈴の胸元から何か粉の様なものが溢れ出す。 「近づいて、毒を使わせない様にするしか……」 目をやられて佐奈は粉が見えていなかった。宙を漂う粉に佐奈が触れると、それは即座に爆発した。爆発は連鎖して佐奈の全身を衝撃が走る。 「私は強い子、だから」 猗鈴はそう言い、自分の胸元から噴き出す粉を掴むとそれを握りしめたまま佐奈の喉を掴む。 猗鈴の手諸共に爆発が佐奈の喉を襲う。爆発の熱で爪の先の毒液も気化して顔の周りを漂い、一呼吸ごとに喉も肺も爛れていく。 悲鳴さえ上げられない中で佐奈は手足に力が入らなくなるのを感じた。 猗鈴は自身の手も焼け爛れたのを見ると、ベルトのウッドモンメモリを押し、佐奈を踏みつける。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 佐奈は間一髪で踏みつけられていた足から逃れるが、地面を通じて伸びた枝の一部に腕を取られる。その枝は一瞬で燃えたものの、その一瞬で吸ったエネルギーで猗鈴の手は回復していた。 「今の私なら、炎の向こうに消えたママもパパも取り戻せる」 猗鈴の目は佐奈ではなく、炎に向けられていた。 今も猗鈴の頭の中に溢れているのは、自分を助ける姉と姉に助けられる自分を最期に罵った両親、両親と真逆で既に物言わぬ死体だった姉、そのどちらもが炎に包まれていく様。別れの瞬間。 両親が心中を選んでも猗鈴には何もできなかった。ただ、ただ、泣いているだけで弱かった。 猗鈴は幻影の中の両親を救いたかった。姉を自分を救いたかった。 殴れて倒せる炎と佐奈をぼんやりと認識していたから、猗鈴は佐奈を倒そうとした。 猗鈴の見ている光景自体は殴られている時と変わりない。炎に猗鈴の最悪が映し出され続けている。 「もうやめようって……ずっと言えなかったのが心残りだった……」 それは猗鈴にとっては独り言だった。 「止められなかった……一緒に死ぬこともできなかった……」 猗鈴は、そう言いながら疲労している佐奈に近づくと、その脚を踏み砕いた。 「だからせめてママの言葉を嘘にしないって決めたの」 次は腹を蹴り付けた。 「私はあの日死ねた方が幸せだった様に生きる」 這って逃げようとしたら、その手を踏みつけた。 「そして、強い子であり続ける」 踏みつけたまま、逆の手を高く掲げる。 「超絶喇叭蹴!」 ふと、そんな猗鈴の手を何か上から降下してきたマタドゥルモンが蹴って肘から砕いた。 次いで、マントを翼の様に広げながら杉菜が降りてくる。 「……何がどうなってるんですこれ」 『私にわかるわけないです。あの猗鈴さんの姿も何も聞いてませんよ』 「奇遇ですね。私も聞いてませんし、あなたに答えは期待してません」 杉菜の言葉に恵理座が答えたが、それを杉菜はサクッと一蹴した。 猗鈴は自分の折れた肘に枝を添えると、その枝を器用に動かして元々の動きを取り戻す。 「猗鈴、何があったんですか」 杉菜がそう呼びかけると、猗鈴はぴたっと動きを止めた。 その隙にとマタドゥルモンは佐奈の頭の中へ入っていくと、佐奈の肉体からデスメラモンのメモリが抜け落ちて、マタドゥルモンへと変わっていく。 「僕達もまだ奥の手がある……」 『デスメラモン』 マタドゥルモンの肉体に、デスメラモンのメモリを突き刺す。 すると、マタドゥルモンの服の袖がちらちらと燃える炎の様になり、袖口からは刃だけでなく鎖ものぞかせた。 その光景を猗鈴は見ているようでやはり見ていなかった。 猗鈴、と誰かが名前を呼んだのはわかった。でも、子供の猗鈴にはそれが誰かわからなかった。 大人なのに子供で、家族を戻したいだけなのに、何かを壊す形でしか出力できない。 自分が歪んでいること自体の自覚はどこかであるのにどこから歪んでいるのかは猗鈴自身もよくわからない。 ただ、その声の持ち主は敵だったはずだということは覚えていた。 猗鈴は杉菜に向けて爪を振りかぶり走り出した。
ドレンチェリーを残さないでep18 content media
1
1
26
へりこにあん
2022年5月23日
In デジモン創作サロン
 最近創作サロン活気づいてきたし、いつも投稿してる人も最近投稿してなかった人もこれまで投稿したことなかった人も、タイミングを合わせて短編とかイラストとか漫画とか投稿しませんかという企画です。上の絵はあくまで企画自体のイメージであって、作品の内容を制限するものではありませんので悪しからず。 『参加要項』  1. 2022年のお彼岸の間(9/20火〜9/26月)にデジモン創作サロン上に単発作品(小説・イラスト・漫画問わず。創作サロンの規約に反しないもの)を投稿すること。 ※連載の中の抜き出しの一話とかではなく、その作品だけ読んでも話の意味が通ずるものをお願いします。  逆に言えば、連載作と世界観を共有する短編などでも、ちゃんとそれだけで話が通れば投稿してもらえます。  2. 下記の様に、タイトルに企画参加者である表明として、【短発作品企画】【彼岸開き】とつけること。 例 【短発作品企画】タイトル【彼岸開き】 →◯ タイトル【彼岸開き】【短発作品企画】 →◯ タイトル【彼岸開き】 →×(短発作品の企画である旨が分からない為。)  3. 作中の主要なデジモンに「お彼岸らしいデジモン」を含み、どういう理由でお彼岸らしいと考えたかを後書きなど作品の外のわかりやすい部分に明記すること。 ※こじつけでOKです。でも、こじつけならこじつけで開き直って圧をかけましょう。 例 サンゾモン お彼岸は仏教に由来する行事ですから、サンゾモンはお彼岸らしいデジモンと言えるでしょう。 →◯ ザッソーモン お彼岸と言えばお墓参りですが、お墓なんて大した頻度で行くものではなく墓の周りには雑草が生え放題となっているのが通例。お彼岸のお墓参りに草むしりはお供えと同じく必須と言え、故にザッソーモンもお彼岸に相応しいデジモンと言えるでしょう。 →◯ ムゲンドラモン 彼岸とは、煩悩を脱した先涅槃に達した境地を本来意味するものです。仏教において、悟りを開けなければ人々は永劫の輪廻転生を繰り返していくことになるわけで、そこに限界はありません。すなわち無限です。ムゲンドラモンは悟りを開けず無限に生を繰り返す絶望の具現と言え、極めてお彼岸らしいデジモンと言えるでしょう。 →◯ ディアナモン ディアナモンは文句なしにお彼岸らしいでしょう! →×(理由を明確に言語化してください。例えば、お彼岸と同じ秋の風物詩といえば中秋の名月やお月見、次の女神のディアナモンは文句なしにお彼岸らしいでしょう!なら◯です。) マタドゥルモン スイーツゾーンのボスだったマタドゥルモンは、おはぎともまぁなんというか……ね? そういうことです。 →×(理由を明確に言語化してください。連想自体はOKです。明確にしましょう) という感じの単発作品企画です。今まで投稿したことないけど創作サロンに投稿してみたいなと思ってる人、投稿してたけど最近投稿してないなという人、最近活動してる人も、大体どんな人も歓迎です。要項満たして投稿するだけです。 こんなの大丈夫ですかーとかあったら気軽にコメントで質問してください。
【単発作品企画】彼岸花の蕾が開き content media
3
2
185
へりこにあん
2022年5月20日
In デジモン創作サロン
ワイズモンメモリの中と、アルケニモンメモリの残骸の中に見つけた機械を調べていた杉菜は、それが発信機と知ってチッと舌打ちしながらハンマーで叩き割った。 「組織製の完全体以上のメモリの持ち主は居所が組織にはバレバレって訳ですか」 しかし、と杉菜は自分の周り、かつては組織の建物だった廃墟を見てフンと鼻を鳴らす。 「王果は人にしか興味がないから、ものより人を攻める……でも、この建物内に血の痕は少ないしデジモンの死んだ痕跡もほとんどない。柳の協力者、ということですかね」 「そういうことだ少女よ」 「あー、マタドゥルモン、彼女は僕達と大して年齢は違わない」 「……よく間違えられます。スキンケアには気を遣っているので」 そう言いながら、杉菜はワイズモンメモリを取り上げてポケットに入れると、立ち上がった。 「で、何か御用でも? ここを破壊してから随分経ってると思うのですが」 「うちの上司がね、組織の破壊跡に警察以外が来たらきっと組織の人間だから、面白い計画を思いつくまでは、適当に見回って組織の力を削げって言うんだ」 佐奈はそう言って、懐からメモリを取り出した。 「……なるほど。ちなみに組織から離反した人間の扱いについては聞いてます?」 「それは聞いてない。しかし、まぁきっと追い詰められて離反する様な人間はまた裏切るだろうから……」 『デスメラモン』 そう言いながら、佐奈はメモリを挿した。 「倒す、でいいだろうね」 『ザッソーモン』 それを見て、杉菜も即座にメモリのボタンを押す。 すると、アヤタラモンではなく流れたのはザッソーモンの名前だった。 一瞬戸惑い、改めてボタンを押そうとして、佐奈の背後にある人を見つけて硬直した。 「……デスメラモンメモリの使用者。君が僕の『家族』を唆した一人だね」 白衣を軽くなびかせながら現れた善輝は、スタスタと歩いてデスメラモンとなった佐奈の燃える背中をぽんぽんと叩いてそう言った。 「……君、は」 そして、振り向いた佐奈の額に対して腕を伸ばすと、デコピンをした。 「君も僕達の『家族』になれる素質はありそうだけど、メッだよ」 言葉と裏腹に、佐奈の三メートル近くある頭はデコピンで激しく弾かれて飛び、そのまま後頭部を地面に打ち付けた。 「おや、姫芝くんもいるね。この前のランチは美味しかったね。今度また行こうか」 その後、杉菜に気づくとそう言って微笑んだ。 「……本気で言ってるんですか」 君が組織から離反したことは聞いたよと善輝は胸の前で手を握り締め悲しそうな顔をした。 「組織に不満があって、でも美園くんに言いにくかったなら、僕に言ってくれればいいんだ。メモリを進化もさせたし君は耐久力がある。夏音くんと同じで嫉妬の魔王の器として幹部待遇にすることもできる」 「魔王の器……?」 「そう、魔王様のメモリはその力が強大すぎてね。適合率はもちろんのこと、力を受け止められる頑丈さという別の基準があるんだ。君はメモリを進化させるという『適応』する性質を見せた。元々使ってたメモリのせいか頑丈さもある。君ならきっとなれる筈だよ」 ちなみにこれは本来幹部以下には内緒の情報だよと善輝はウィンクした。 「お断りします」 姫芝の返事は早かった。待遇はもう関係なく組織に戻るつもりはなかった。 「それならそれでいいんだ。夏音くんは、火葬されて身体が脆くなったから器としての資質は疑問視されているけれど、君のメモリを解析すればもっとメモリを進化させ、候補者を増やすこともできるだろう」 善輝の声は優しく、しかし杉菜は一刻も早く逃げなければいけないということも悟っていた。 それで、マタドゥルモンと佐奈の方をちらりと見たが、二人とも善輝に襲い掛かろうという風にはとても見えなかった。 「何があろうと渡しませんよ、絶対に……」 戦う覚悟を決めて、スッとメモリを胸の前に持ってくるも、不意に聞こえた声が杉菜にそれを中断させた。 「あらあら、帰りが遅いから来てみたら……なかなかの大物がいるじゃない」 その女はどこにでもいそうな格好をしていて、善輝と違って恐怖も覚えなかったが、ふとその女と目を合わせてはいけないと杉菜は察した。 そして、善輝はその女を見るなり白衣のポケットからメモリを取り出した。 「……嫉妬の魔王も悪趣味ね」 女は善輝の目を見てそう言った。 「人の顔を見てそう言うのも大概だと思うけれど」 善輝はそう言うと、ゆっくりと女に向けて歩き出した。 「私の眼を見て、私が狂わそうとしているのに、正気で意識を保てる人間なんていないわよ」 「僕は人間じゃないと?」 「いいえ、既に狂ってるって言ってるの。私の眼はカカオをすりつぶしてチョコレートにする様な眼だけど、あなたは既に限界なんてないチョコレート、溶かしてかき混ぜてもチョコレートはもうチョコレートから変わらない」 『レガレスクモン』 「……つまるところ、今の君は僕相手に成す術ない。ということでいいのかな?」 善輝がメモリのボタンを押してポイと投げると、それを口から飲み込むようにして喉奥へと突き刺した。 すると、その身体の周りを蒼い雷が走り、空気が裂かれる悲鳴が響く。杉菜はその圧にぞぞぞと鳥肌が立ち、恐怖に息が荒くなるのを感じた。 「成す術がないとまでは言ってないわ」 女は善輝の胸を指でツンとつつく。 電気が女の身体にながれ、指先の皮は剥がれ爪は弾け飛び、血がぼたぼたと垂れるようになったものの、善輝のつつかれた胸から氷にも似た結晶が生えてくると、それは瞬く間に全身を覆っていった。 「さて、出てくる前に帰りましょう? 一分は持つ筈だから」 そう言うと、女は佐奈とマタドゥルモンを連れてその場から立ち去った。 それから数十秒して、結晶から抜け出た時の善輝は、もうメモリを使う前の姿になっていた。 「さて、話の途中だったね姫芝くん……あぁ、彼女も帰ってしまったか。残念だ」 実際には、杉菜は逃げることはしていなかったし、できなかった。 善輝から離れ過ぎれば例の女と共にいる佐奈達に襲われる危険がある。善輝に見つからない様に瓦礫の影で息を殺していた。 「……僕としては、夏音くんが何を考えているかわからない以上、彼女の妹を『器』にというのとは別のプランを持ちたい。『家族』だから信用してはいるけれどね」 姫芝くんがいないならば仕方がないと、善輝は杉菜の隠れている瓦礫の前で、瓦礫の裏の杉菜を見つめながらそう言った。 そして、踵を返し去っていった。 ゆっくりと深呼吸をして、杉菜は落ち着きを取り戻そうとする。 しかし、不意に作動したスマホのバイブに、またびくりと肩を震わせた。 『もしもし、姫芝?』 「……そりゃ私でしょうよ。なんです猗鈴さん」 聞こえてきた猗鈴の平坦な声に、杉菜は妙な安心感を覚える。 『単刀直入に言うんだけど、探偵に興味ない?』 「はぁ?」 『とりあえず、マスターが代わりに説明する』 「ちょっと待ってください。こっち何も飲み込めて……おい、美園猗鈴、おい」 『もしもし、姫芝さん?』 「……お久しぶりです。国見さん、バイトの教育ちゃんとしてください」 まぁ、それはおいおいと流し、天青は本題を切り出した。 『警察には、司法取引の準備があるらしい』 「……司法取引、ですか。でも、それと探偵になることとどう結びつくと?」 『正確には、元から探偵だった、ことにするの』 「まだよくわかりませんね」 『自分の為にメモリを使っていた犯罪者を警察が抱え込むことはできない。でも、元から探偵として組織にスパイをしていたとし、罪は犯したが、警察の監視の元探偵として警察に協力することを条件に、逮捕されなくなる』 「……私に有利すぎますね。なぜですか」 『警察と私達は幾つかの点で対立しているけれど、あなたの扱いに関しては一致している点が二つある』 「聞きましょう、なんですか」 『組織に戻してはいけない。そして、もう一つの暗躍する勢力に渡してもいけない。理由はわかる?』 「片方ならわかります、魔王がこちらに来る為の器にされるかもしれない、ですね?」 『そう、そしてもう一つは吸血鬼王の完全復活の阻止。こっちも魔王に劣らない危険なデジモン。あなたの使い道は多過ぎる』 「……なるほど、わかりました」 仕方ないですねと杉菜は呟いた。 「で、何故私は給仕の格好をさせられてるんでしょうか。私聞いてないんですが」 「着る前に言えばよかったのに」 猗鈴に言われて杉菜はしゃーと牙を剥いて威嚇した。 「とまぁ、それはともかく……この格好も意味あるんですよね?」 「一応、ある。ここは探偵兼喫茶店だし……わりと常にうちは資金難だから」 「……まぁ、一員となるからには売上に貢献しろと。客もいないのに給仕ばかりいて意味あるかは疑問ですけれど」 「私も探偵側でのバイトだから、この閑古鳥鳴いてる店なら、給仕はマスターだけで手が足りる筈」 猗鈴の言葉に、杉菜は頭をカリカリとかいた。 「あと、そこの隅で縮こまってる白衣に作業着の人が斎藤博士ですよね?」 「あ、え、うん……いや、はい。斎藤・ベットー・盛実です」 斎藤はうへへと汚い愛想笑いをした。 「斎藤別当実盛じゃないですか……というか、メールでは普通にやり取りしてたのに」 「盛実さんは人見知りなので、喫茶店の方では戦力外です」 まぁうんと言いながら天青がコーヒーを出す。 「ありがとうございます……げっ」 「……げっ?」 「……美園猗鈴さん。あなた、もしかして姉と同じ馬鹿舌ですか?」 「私はコーヒー苦手だから飲んでない。そういえば……稀に来るお客さんもコーヒー頼んでるの見たことないかもしれない」 「そうですか。砂糖入れてあげるので一口どうぞ、客が頼まない理由がわかりますよ」 杉菜が手元にカップに砂糖とミルクをたっぷり追加して猗鈴に渡す。それを猗鈴は受け取りはしたもののカウンターにそのまま置いた。 「私の消費カロリーは美味しくて甘いもので基本的に計算してるから……」 だから、不味いのはちょっとと言われて、杉菜はカップを取ると残ったコーヒーを流し込んだ。 「ま、まぁ……マスターは味覚も鋭敏な副反応出てるから……まともにコーヒーの味見できなくて感覚でやってるし」 「……ちなみに、あなたはコーヒー飲めるんですか?」 「飲め、るけど……徹夜とか多いし味とかもうわかんなくて……時々、何飲んでも泥水みたいな味する」 うへへへと笑い事じゃないセリフを吐く盛実に、杉菜はあちゃーと 「……道具貸してもらっていいですか」 「姫芝、コーヒー淹れられるの?」 「一応、コーヒーインストラクターの資格を持ってます。まぁ座学で取れる資格なので、バリスタとか名乗れるものではありませんが……」 あ、豆だけはいいやつ使ってる、保管方法雑だけど。と呟くと杉菜はテキパキとコーヒーを淹れ始めた。 さぁどうぞと、杉菜は三人の前にコーヒーを並べた。 「……砂糖入れていいんだよね?」 「いいですよ。豆の違いとかまで理解できればもちろんですが、美味しく飲む為の手段に過ぎませんからね」 猗鈴がじゃりじゃり言いそうなほどに砂糖を入れ、一口飲むと、カッと目を見開いた。 「美味しい……!」 「自分で淹れたのとは香りから違う……」 天青も一口飲んで笑顔を見せると、直ぐに二口目に移行した。 そして、盛実は一口飲むと涙を流し始めた。 「……もしかして、今、泥水期ですか?」 「いや、なんか、美味しいという感覚が何ヶ月かぶりに蘇った感じが……」 マスターの料理基本素材の味しかしないし……と盛実はさらにボロボロと涙をこぼす。 「調理師免許も一応持ってますが、何か作りましょうか?」 「姫芝さん……いや、姫芝ママ……?」 「ママではないです」 盛実の言葉に、杉菜は冷静にツッコんだ。 「ちなみに、姫芝って甘いものとかは……」 「甘い系は苦手なので勉強してないです。というか、こんな好き勝手やっていいんですか?」 「まぁ正直、うちの地元だと探偵は喫茶店にいるものだったから始めただけだし……」 天青の言葉に、中身が伴ってないじゃないですかと杉菜は呆れながら呟いた。 「逆に姫芝はなんでそんな色々資格あるの」 「……便利なんですよ。話の種に。特に誰でも衣食住からは逃れられませんから。座学だけで取れる簡単なのでもね」 嘘だった。色々手を出したのは何か一つぐらい自分にも才能らしいものがないかと思ったからだ。 調理師免許は取ったけれど、勉強した分そこそこ美味いというのが姫芝の限界。レシピを作れば凡庸だし、超絶技巧もない。コーヒーだって同じ、大したものでないのは杉菜自身がよく知っている。 何か特別な部分がないかと探して回った残り滓。 でも、まぁこれでよかったんだと、今になって杉菜は思う。 そこそこで喜ばせられる人はいくらでもいて、人を助けることも特別になることもきっとできた。 これからは、そうすればいい。と後悔を杉菜は奥歯で噛み砕いた。 そんな風に複雑な思いを噛み締める杉菜の言葉を聞きながら、猗鈴はこのコーヒーをアイスにかけちゃダメかなとか考えていた。 「姫芝、アフォガードとかってしていい?」 ついでに口にも出した。 「……いいですけど、やるなら砂糖入れる前ですから、それは普通に飲んでください。もう一杯淹れます」 「……ところで、話変えていい?」 「急に元気になりましたね、斎藤博士」 「あっ、調子に乗ってごめんなさい……」 「いや、そこまで言ってないです」 「で、その……提案なんだけど、姫芝さんと猗鈴さんの二人で一人に変身しない?」 「……盛実さん。それ、意味あるやつですか? 何か元ネタに近づけたいとかじゃないですか?」 「それは大いにあるけど……努力型と天才型のでこぼこ探偵コンビだし、姫芝の変身マフラー出たって永花さんから聞いたし……身体を縦に二分割したくなる」 「それだけじゃないってこと、ですね。斎藤博士」 「う、うん。実はね、二人で変身するメリットは三つあります!」 「三つ」 猗鈴は半分アフォガードに意識を持っていかれながら、そう呟いた。 「そう、一つ目はメモリから引き出せる力の増大。二つ目は代田さんベルトの調整するら余裕ができる。三つ目は、姫芝さんの負担軽減」 「代田さんのベルトは調整が要るんですか?」 「うん。話を聞いた限りだと、そのベルトは動くはずがないベルトなんだよ」 「……実際動きましたが」 「そう、動いた。動いたけれど、本来ならパーツが足りなすぎる。姫芝はさんの銃は私のベルトに必要なパーツがあるわけがなかった。だから、それを組み替えても調整しても、本来は動くはずがない」 「じゃあなんで」 「ルミナモンは、困難に立ち向かう『力』を与えるデジモン。それはパワーもあるけれど、運命力とかあらゆるものが困難に立ち向かう時に味方する。一説によれば過去や未来改変さえ行ってるかもしれない、そんな能力なので、パーツがなくて機能しない筈のベルトを無理やり機能させたとしても不思議じゃない、っていう、そういう能力なんだけども……永花さんにずっとメモリ使ってもらうわけにはいかないし、一時的に現れたルミナモンの能力がどれだけ続くかもわからないじゃんね」 「……なるほど、納得しました。で、三つ目の私の負担減とは?」 「メモリの直挿しに、欠損レベルの負傷の再生。肉体は再生して見えても、繰り返すごとに人とデジモンの境は曖昧になっていく。そして、バランスが崩れればどっちも急に脆くなってらしまう」 脆くなった人がこれです。と盛実は天青の袖を捲り、その下に巻かれた包帯を剥がした。 本来の皮膚そのものも痛々しいひび割れのような傷跡が残っていたが、さらにその上からノイズのように黒色が走っている状態だった。しかも、猗鈴達が見ている前でも常にノイズの走り方は変わっていく、およそ人の肌に起こる症状とは思えないものだった。 「この前、幹部と戦った時にマスターのデジモンの部分は自分自身の力で内側から崩壊し、人の部分にまで余波が出た。今は人の傷の方は塞がってきたけど、デジモンの部分はまだ不安定で……うまく人の部分と馴染めてない」 「……まぁ、私は心臓をデジモンの肉体で補ったから、血液に乗って全身に拡散してしまった面も大きいし、メモリとは違う技術の結果でもある。同じになるとは言わないけど……」 と、天青は姫芝の目をじっと見た。 「助けたい誰かが目の前にいるのに、本当にただ見てるだけしかできないのは、苦しい」 その言葉に姫芝は実際にそういう経験をしたのだろうという重さを感じた。 「と、いうわけで。こちらが二人用のベルトになります」 「……早くないですか」 「いつもはちょっとは時間取るのに……」 だってめっちゃ熱い展開だったからイマジネーションがという盛実に、杉菜はなんだこの人と思った。 「メインボディ側にこっちのベルトの親機を、サブ側にこっちの子機を。親機を起動して腰に巻くと子機を持ってる側と、念話が繋がります」 「念話がつながるってなんですか」 「まぁ、口に出すとは別の意思表示方法が開通する感じ。やれば感覚的にわかるよ。これ、今朝成功した時とかマスターとちょっとはしゃいだぐらい感覚的で簡単だし」 「念話を繋げる意味は……?」 「身体感覚の共有は言語だとちょっと難しいし、タイムラグもあるんだよね。あと、親機側に一旦意識を飛ばすから、念話できるかどうかはその経路が繋がってるか確認できるって理由もある」 「……他人の身体で動き難くはないんですか」 「そこら辺はね、一時的にどっちも動かしやすい肉体に肉体を再構成するから多分大丈夫。でも、個人的には姫芝ボディをメインボディにした方がいいかなって思ってる」 「私の方が手足長いし多分強いですよ?」 「それはそうだけど、リーチとかはどうせ再構成するし……猗鈴さんには猗鈴さんの不安要素がある」 「私の不安要素……」 「うん。まぁぶっちゃけると。夏音さんが猗鈴さんに何仕込んでるかわからないって話。姫芝マ……さんの場合は使ったメモリからその影響まである程度推測できる。でも、猗鈴さんは……少なくとも目に副反応が出ている辺り、知らず知らずメモリを挿されてた可能性もある。それも、ウッドモンメモリかもわからないし、ウッドモンメモリの細かい解析もずっと後回しにしてきたし……なんもわからん、って感じ。メインメモリもできるならウッドモンは外したい」 「精密検査とかした方がいいんじゃないですか?」 「と、思って二人分の検査を警察病院の方で手配してもらいました。一日ゆっくり入院してきて」 天青はそう言ってひらっと資料を取り出した。 「……私、聞いてない。姫芝は?」 「聞けるタイミングありました?」 「ない」 「そういうことです」 当然杉菜も聞いていなかった。 「お迎えに来ましたー、あなたの街の頼れるモブ警察官Aでーす」 目深に帽子を被った鳥羽のパトカーに、猗鈴と姫芝は詰め込まれていく。 「あ、ちょっと……」 それを、天青は止めようとしたが、あっという間にパトカーは出て行ってしまった。 「どうしたの?」 「警察病院からの迎え来るのって、午後だった筈じゃ」 「え、そうだっけ?」 「それに……今の人、デジモンと重なってた」 「それってメモリの……」 「いや、違う。私と同じ脳に寄生されてるタイプの人」 「……え、ちょっと警察病院の担当者に電話してみる……のは、ちょっと、苦手なので、私はメール確認するから電話お願いマスター!」 「本日は、喫茶ユノ発、警察病院行きをご利用いただきありがとうございます。と、言いたいところなんですが、もう本来のお迎えの車じゃないのはわかってますよね?」 「……昨日は姫芝のこと誤魔化してすみませんでした」 「あー、それはそれで反省してください。公竜さんにめちゃ怒られましたし、警察として協力できなくとも個人でこっそりならできるんですよ、一応」 わざとらしく怒った顔をしながら鳥羽はそう言った。 「でも、今回の用件は別です。公安側の思惑や公竜さんが何故柳さんを殺そうとしたかなど、みんなが気になるあれこれを……情報漏洩します」 「それを私達は何をもって信じればいいんです?」 「……強いて言うなら、愛憎?」 「愛憎って……」 「私ね、そっちの国見探偵と同じ高校の一年後輩で、肉体の欠損を自分に寄生していたデジモンで補って人間やめてるんですけど、それ公安に仕組まれてたんですよねー」 姫芝がはあ!?と叫ぶのを聞いて、鳥羽はくっくっくと笑いながら、公安は国見探偵みたいな体質の駒が欲しかったんですよと言う。 「ちなみに、鳥羽恵理座(トバ エリザ)って名前も親からもらった名前じゃないです。デジモン人間のお前は家族の側にいれないよーって、名前を捨てさせ地元を捨てさせ家族を捨てさせ、私を孤独にさせて公安に依存させようって公安的手法のせいなんですね」 さらにちなむと、私が選ばれたのは私についていたデジモンが吸血鬼だったから。公的な権力と結びつかないと吸血衝動から身近な人も襲いかねない種だからなんですねーと何気なく言った。 「公安自体は、デジモン達の世界の為の機関に過ぎなくて、リヴァイアモンがこっちで暴れるのを阻止できれば、なんでもいいんですよ。所属してる人達も六割は公安しか居場所がないんです。私のように仕組まれた人もいれば、デジモンの世界から流れてきた『漂流物』に呪われた人とか。三割の人は三大天使の傀儡です。警察としての使命感とかから六割の人達の世話係にされたお人好しが残り一割って感じです」 「……なに、そのクソ組織」 「そこが私の憎悪ポイントって訳ですね。特にオファニモン派はひどいです。慈愛の天使オファニモンの慈愛はデジモンにだけ向くので、人は産業動物なんですよね。公竜さんはセラフィモン派、私はケルビモン派です」 「いや、私達はその違いわからない……」 「セラフィモンは、司法と正義の天使です。警察に属するからには、警察として国の治安維持も絶対的な使命と、当たり前のことをちゃんと言ってくれます」 でも、デジモンと人の優先順位はつけます。と続ける。 「ケルビモンはもふもふして可愛いです」 「……それで、派閥の違う小林さんの足を引っ張りたいんですか?」 「それはないでーす」 残念、そのキメ顔は没収ボッシュートでーすと恵理座は笑った。 「公竜さんは頭タングステンなので、シンプルに背負いまくりなんですよね。正義のこと街のこと他人のこと自分のこと、なーんでも。なので、情報漏らすのは公竜さんへの愛です」 「好きなんですか? 小林さんのこと」 「結婚しろと言われたらはいかイエスで返します。顔も好きだし、公安内で孤立しかけた私が信用できた唯一の人ですし、私がうっかりシルバーアクセの十字架触れて吐いた時も優しく介抱してくれましたし、実は不器用でスマホの画面保護シール貼る時にめちゃくちゃ気泡入れちゃうとことかもまるっとぐるっとべちょっとすりっと大好きです」 と、楽しそうに言った後少し恵理座の眉が下がったのを杉菜はバックミラー越しに気づいた。 「……でも、それも公安の思惑通り、公竜さんにまんまと依存させられているだけなのかもしれないですね。そしたらそれを本当の意味で愛してるとか大好きだなんて言えないですよね」 なーんて自分の気持ちを信じられない悲劇のヒロイン感出してみたり、と恵理座は笑った。 「それに、私と結婚とかしても公竜さんが幸せになることはないでしょう。公竜さんは自分の生まれを嫌ってます」 「小林さんの生まれ……」 「えぇ、小林さんは.数十年前に吸血鬼王グランドラクモンが戯れに肉体捨ててこっちに来て、人の身体を奪って産んだ双子の片割れなんです」 「……だから、柳さんが妊娠してるってわかって……」 「そういうことです。産まれてこない方がいいは、公竜さんの経験談から来るんだと思います。さて、今私重要なこと二つ言ってたのはわかりますね?」 恵理座はそう、二人の反応を伺った。 「……魔王に匹敵する脅威吸血鬼王グランドラクモンは既にこっちに来ている。薄々察してはいたけど、アレがそうなのか」 「姫芝、会ったの?」 「今日会いました。あとで説明します」 わかった。と猗鈴は頷いて、次へと話を進める。 「二つ目は小林さんのこと、ですね」 「そういうことです。本当に公竜さんが柳を殺したら、我に返った時にどうなるかわかりません。そして、本物のグランドラクモンや吸血鬼デジモンと対峙した時もきっと冷静ではいられないでしょう。ベルト使われちゃうと公竜さん一人で完結しちゃうから止められないんです」 「わかりました。私達が止めます」 「姫芝、それ私も入ってる?」 「入ってます。何か不満が?」 「いや……私のことを仲間と思ってるのかなって」 「……何言ってるんですか。正直まだそうそう思えませんよ。でも、これからなるんですよね?」 杉菜が拳をスッと出してきたのに対し、猗鈴はそういうのはいいやと手のひらで押し下げた。杉菜はそれにうーっと唸った。 「ところで、お昼どこ行きましょう? 本来の病院行く時間までかなり時間ある訳ですが、私この辺りの美味しいものとか知らないんですよ」 「スイーツラーメンを出してるラーメン屋なら知ってるけど」 「……私が幾つか知ってます。近いのだとカレーのお店かパスタのお店が近いですが、どうですか?」 「あ、ごめん。私香辛料の匂いとか吸血鬼的にちょっとキツイんだよね。近くでペペロンチーノ食べてる客がいるだけでちょっと気分悪くなっちゃう」 「体質なら仕方ないですね。猗鈴さんは何か体質に合わないものとかありますか」 「姫芝にさん付けで呼ばれるのが少しむずむずする」 「食べ物はないってことで取るけどいいですね」 「かまわない」 なんだこいつ面倒だなと杉菜は思った。 「じゃあ、釜飯のお店がいいですかね。次の信号を左に曲がってください」
ドレンチェリーを残さないでep17 content media
2
2
40
へりこにあん
2022年5月14日
In デジモン創作サロン
「とりあえず、わたあめとかりんご飴とかチョコバナナとか鯛焼きとかかき氷とか買ってきたけど」 猗鈴の持ったビニール袋に詰まった大量の甘味を見て、杉菜は微妙な顔した。甘いものがあまり得意じゃなかった。 「なぜ甘いものだけなんですか」 「余ったら自分で食べようと思って自分の好みで買ってきた」 「……しょっぱいの買ってきてもらえます?」 杉菜は猗鈴の代わりに便五の方を向き一万円札を渡しながらそう言った。 最初の花火が打ち上がるまであと十分、猗鈴と便五、千歳、それに姫芝と永花、そしてワイズモンだった代田という男も入れて、六人で花火がよく見える一角に陣取っていた。 ちらと杉菜が永花の方を見れば、先の騒動のことなど忘れて千歳と×モンカードをしばいていて、代田はその光景を泣きそうな顔で見ていた。 「……花火大会終わったらめっちゃ自首する。絶対やり直すよボク」 先のコドクグモン騒動は、杉菜が解決したのは確かだったが、杉菜自身が警察の前に出ていけない人間である為、なぁなぁに誤魔化されていた。 公竜は花火大会の会場から犯人は逃走したと推測し、鳥羽も梟の様な目で杉菜を見ていたが、猗鈴が永花の姉だと説明したら、首を傾げたまま会場内のパトロールに戻っていった。 「あなたとしてはいいんですか。私達がここで花火大会見てて」 「今日は私、探偵じゃなくて和菓子屋の手伝いで来てるから」 猗鈴の言葉に、杉菜はふーんと言いながら、かき氷をかきこんで、頭痛に眉をしかめた。 「かき氷食べて増えないでよ」 「増えませんよ馬鹿馬鹿しい」 増えようと思えば増えれますけどと言って、杉菜は舌からポンと小さなザッソーモンの分身を出した。 「わたあめでも食べさせてください。なるべく早くカロリーを補給したいので」 こっちからでもいいんだと、猗鈴がわたあめをちぎって渡すと、その分身はわたあめに半分埋まりながらそれをむしゃむしゃと食べた。 ちょっとかわいいと猗鈴は思ったが、言うのも癪なので口には出さなかった。 そんなことを話していると、ふと猗鈴のスマホが鳴った。着信の名前は斎藤盛実、それを見て杉菜は私にも聞かせろと小さなザッソーモンを猗鈴の耳元まで登らせた。 「もしもし」 『猗鈴さん大丈夫だった!? 頼まれたこと調べててアレだったとはいえ、ベルト使用してるから何事かと思って……』 「姫芝が解決したので大丈夫です」 『姫芝が!? え、状況が読めないんだけど!?』 猗鈴はまぁ落ち着いてくださいと盛実を制した。 「それより、頼んだことって永花さんのことですよね」 『あ、うん。そうそう……え、いや待って、姫芝の話題って本当に流していいやつ? 猗鈴さん催眠かけられてる疑惑が自分にかかってるの忘れてない?』 「姫芝が組織より一人の女の子を取って組織から離反しようとしてたり、花火大会に複製デジメモリ使う暴徒が出ただけです」 『……やっぱダメなやつじゃない?』 盛実は至極当然の言葉を呟いたが、猗鈴はそれを一蹴した。 「早く、お願いします」 『えー……まぁ、結論から言うとね。その子は即転院させた方がいい。今、警察病院に空きがないか見てもらってる』 「転院すれば治るんですか?」 どうにもならないという返事を覚悟していただけに、希望が見えるその返事は、猗鈴と杉菜を驚かせた。 『治るよ、というかその子はその病院にいるから命の危機に瀕していると言っていい』 「どういうことですか」 『毒だよ、毒。病院をハッキングしたんだけど……検査結果上ではデジモンの毒が検出されている。これは本来は排出されるタイプの毒。しかも、それは本人に伝えられてないんでしょ? となれば、少なくとも医師はアウトだよ。看護師も何かわからないものを食事や点滴に混ぜるとは思えないから、グルの可能性が高い』 猗鈴は思わず杉菜を見た。すると、杉菜は永花が治るとわかった喜びと、いかにも自分は永花の理解者だという風に振る舞っていた看護師への怒りとで、ひどく歪んだ顔をしていた。 「……今、その子と花火大会にいます。このまま警察病院に連れて行けば、永花さんは助かるんですね?」 『うん、そうだね。メモリにほぼ完璧に適合してるのは不幸中の幸いかな。そっちの毒に関してはひとまず処置しなくて良さげ、まずは体内から毒が排出されるまで療養、その後体力を戻して、それからメモリの毒の解毒。という順序になると思う。私も医者じゃないから、毒の影響で合併症とか起きてたらもっと変わるかもだけど』 「……ちなみに、なんで犯人がそんなことしたかの予想はつきますか?」 『うーん……いや、わかんないかな。シェイドモンってデジモンは寄生先によって姿を変える特性があるユニークなデジモンだけど、それだけじゃ……』 「いや、それですね。きっと」 「どういうこと、姫芝」 『え、姫芝そこにいるの?』 「私達がバイヤーとしてメモリの基礎知識を学ばされる時、『メモリは成長しない』と習います。肉体に当たるメモリ本体が機械という劣化こそすれ成長しないものだからと」 『まぁ、そうだけど』 「でも、メモリの中にあるデジモンそのものに『成長できる』性質があったら、そして、それを応用できれば……」 『なるほどね。他のメモリもパワーアップできるかもしれない。まして、シェイドモンは寄生するデジモン、他のメモリに影響を及ぼさせやすい種と捉えていいし……』 「じゃあ、姫芝に寄生させる様に仕組んだのも……シェイドモンメモリの成長を促す為?」 「だとすれば……仕組んだのは美園夏音。そうなると、まずいかもしれない。私が離反するのまで織り込み済みなら……!」 杉菜はそう言って、代田の肩を掴んだ。 「あなたにワイズモンとコドクグモンのメモリを渡したのは誰ですか!」 「……えっと、ワイズモンの方は普通の女、コドクグモンの方も普通のスーツの男だったよ」 「スーツの男……結構がっしりしてて、スポーツ刈りにしてませんでしたか?」 「多分……なんか、君と戦うまでの記憶が曖昧で……先に女の方に会ってるんだけど、その時から」 「催眠をかけられたなら……私が会った救急隊に扮した女と同じ人間かも」 「スーツの男は秦野という男でしょう。幹部達の側を動いている、おそらく幹部達の直属で動く、準幹部クラス、level5のメモリの持ち主……」 「でも、ワイズモンメモリを渡したのが救急隊に扮した女と同じなら、その女は柳さんを匿ってる筈……」 「組織が裏でその女と通じてて、柳も踊らされているか、なんらかの形でワイズモンメモリの所在を知った組織が代田さんを利用することを思いついたか……」 「ボクのメモリってそんな大層なものなの?」 『……えと、ワイズモンは結構大層なメモリ。で、私のメモリの力でベルト動かしてるけれど、それは私のメモリの元がエカキモンという種としては例外的な出力があったからできたこと。この手が使えなかったら私はワイズモンメモリを入手する予定だった』 「ベルトってなに? 変身ベルト?ニチアサは履修してないんだけど、カードゲームでもちょくちょくパロディとかあるからなんとなくは」 「趣味の話は今はよしましょう。問題は、永花さんがまだ狙われているかもしれないということ」 「……私が襲う側だったら、花火の音が鳴ってる時を狙うlevel4のメモリを持つ姫芝相手にlevel3のコドクグモンを増やしても勝てないのは計算通りの筈。ならば、狙いは消耗させることと勝ったと油断させること」 「でも、それを避けるには……」 「ここで花火大会が見られなくても、また来年見れる。もう、寿命を気にする必要はなくなる」 「だけど、私は永花さんからあの笑顔を奪うことは……」 「いや、まぁ落ち着いてよ……何か狙ってたとして、今書いた感じだと、いくらなんでもボクがまだ戦えた上で味方してるなんてのは流石に想定外なんじゃない? よくわからないけど」 それもそうかと少し安堵すると、猗鈴はリンゴ飴をバリバリ噛み砕いて食べ始めた。 「おまたせ」 そう言いながら、便五は両手に焼きそばにイカ焼き、焼き鳥にお好み焼きなどを持って戻ってきた。 『……知らない人許容量が限界迎えたから一回切るね』 「便五くんは知ってませんか?」 『……いや、うんでもちょっとね。きついからね。できるだけ一人で次は喋ってね』 バリバリシャクシャク音を立てながら食べる猗鈴に、盛実は限界を迎えた声で早口で喋って通話を切った。 頼りになるのかならないのかと猗鈴は思いながらスマホをしまい、チョコバナナを手に取った。 「美園さんも食べる? じゃがバターとかもあるよ」 「……たこ焼き、一個だけちょうだい」 そう言ってからリンゴ飴とチョコバナナで両手が塞がっていることに気づき、猗鈴は口を開けた。 「あ、えっ!?」 「早く」 急かされて、便五は猗鈴の口にたこ焼きを運んで食べさせた。 「あひはほう」 そう言って、ほふほふと口から湯気を出しながら食べる猗鈴を、いつものクールな雰囲気も好きだけどこうなるとかわいいと思いながら便五は見ていた。一方、それを見ていた姫芝は便五のことを食い意地張ってる女が好きな趣味が悪いやつとして認識した。 猗鈴の両手が空っぽになり、ちびザッソーモンからちょこちょことわたあめを奪い始めたあたりで、永花があっと時計を見て声を上げた。 「杉菜お姉ちゃん。もうすぐ花火が上がるよ」 「そうですね。こっちの真ん中らへんとか見やすいですよ」 杉菜はそう言って、さりげなく永花と千歳を猗鈴と自分で挟んだ位置に移動させた。 そして、空を見上げて少しすると、始まりのアナウンスが流れ始めた。 ひゅーと細く高い音と共に光は空へと上がっていき、ある程度上がると、凄まじい音の圧を撒き散らしながら、眩い花を空に咲かせた。 それは警戒しているとは言っても猗鈴の視線を集め、空に咲く花は猗鈴の顔を照らした。 「……綺麗」 近所だから家からだって花火は見える。花火なんて儚くて悲しいだけ、見るだけならずっと残る写真でがいい。そう思っていたのに。 身体に響く不快な音の圧も、頬を撫でる蒸し暑い風も、ガヤガヤうるさい人混みも、花火を取り巻く全てのものを悪くないと猗鈴は思った。 「……好きだ」 そして、便五の口からは思わずそんな呟きが漏れた。 それに対して猗鈴は、一瞬ちらりと便五の方を見て、困った顔をした。そして、花火が消えて暗くなって表情もよく見えなくなって、一言。 「私は、君と恋人にはならない」 そうはっきりと断った。 花火が消えた夜そのもののように、便五は目の前が真っ暗になったような気がした。 しかし、また花火が上がって猗鈴の顔が映し出され、便五はぎゅっと自分の手を握った。 「……でも、諦められないよ」 その言葉に、また猗鈴は困ったような顔をして、何か言おうと口を開きかける。 でも、そこから言葉は出てこず、一度目を閉じると、チョコバナナに刺さっていた串を逆手に持ち替えて便五の肩を逆の手で引きながら思い切り振り下ろした。 猗鈴が振り下ろした串は、便五の肩の辺りまで来ていた何かピンク色の肉の塊に突き刺さり、それはゴムの様にひゅっと引き戻されていった。 「姫芝!」 『ウッドモン』『セイバーハックモン』 猗鈴が変身し、杉菜も急いで永花を抱え上げる。 「わかってる! けど、見えない!」 「米山くん、千歳とここで頭を低くして、なるべく動かないで」 「永花ちゃんは……」 「姫芝がなんとかする。私は、今のカメレオンを倒す」 「カメレオン? なら、カメレモンのメモリですね。周囲に色を同化させます」 「わかった」 『セイバーハックモン』 猗鈴は剣を出すと、さっき舌が伸ばされた方向へと走り出す。 フリをして、逆手に持った剣を虚空に突き刺した。 「ぐぇ……なん、で、場所が……」 すると次の瞬間、虚空で血がどぷと噴き出した。 「教えません」 猗鈴はそう言うと、剣から手を離して、カメレモンの身体を蹴り上げるとそのまま抱えて人がいない方向へと走り出した。 「……杉菜お姉ちゃん」 「今から、永花さんは警察病院に行きます。そこに行けば、永花さんは治るそうです」 「……知ってる。杉菜お姉ちゃん、私が感じるの忘れてたでしょ」 「……そうでしたね。配慮が足りませんでした」 杉菜はそう言って、永花を抱えると、猗鈴とは一度逆方向、人混みに紛れる様に動き出した。 「ま、待ってくれ、もう戦えない!」 カメレモンはそう言って両手を投げ出して頭を他に伏せた。 「そうですか、なら……」 そう言いながら猗鈴が近づくと、カメレモンは即座に顔を上げて舌を伸ばした。 「これはどういうことなんでしょうね」 猗鈴はその舌を自分の顔の前で掴むと、地面に叩きつけ、踏みつけた。 文字に表せない様な不細工な声を上げてカメレモンが悶絶する姿を見て、猗鈴はベルトのウッドモンメモリに手をかけた。 しかし、不意に背後から聞こえてきた何かが回転する音に、猗鈴は回し蹴りをかました。 瞬間、ぐにと不思議な柔らかさに猗鈴の足は捕らえられた。 蹴りを放った先にいたのは黄色い巨大なカエルのデジモンだったのだが、その顔の前には半透明の巨大な木の葉を模したものがぶら下げられていて、それに猗鈴の蹴りは止められていた。 その背中では一対のこれまた葉を模したらしいホイールが高速回転しており、蹴りが止まった猗鈴に向けてそれは発射される。 脚を引きつつ、頭を下げてホイールを避ける。そして、猗鈴は腕に格納されていた剣を開き、ホイールの軌道をカメレモンの方へと曲げた。 「ぎぃぁッ! 葉村ぁ!! 俺に当ててどうすんだ!!」 「本名を言うな! それに俺が当てたんじゃない、こいつが軌道を変えたんだ!」 「そうですね。私が軌道を変えたので、葉村さんは悪くないですよ」 「普通に会話に入ってくるんじゃねぇ!」 『ウッドモン』 『ブランチドレイン』 猗鈴は叫ぶカメレモンの持ち主から剣を抜き、顔に蹴りを叩き込んだ。 「そう叫んでくれると場所がわかりやすくて助かります」 それに対して、葉村は戻ってきたホイールを回収し、もう一度猗鈴に対して放ったが、今度は上から地面に突き刺さる様に弾いた。 「さぁ、葉村さんも、おしまいです」 猗鈴は大層に剣を構えながら、メモリのボタンを押した。 『ウッドモン』 『ブランチドレイン』 剣に気を取られた葉村を地面を伝って伸ばされた枝が足元から絡め取ってデジモンの力を吸い取っていく。 「……姫芝を消耗させる為の戦力なんて送り込むぐらいなら、そもそもなんで姫芝を」 ふと、猗鈴は二人の白衣の男が地面に寝ているのを見ながらそんなことを考え、思いついてハッとなった。 「もしかして、永花ちゃんの前から姫芝を排除することそのものが目的……?」
ドレンチェリーを残さないでep16 content media
2
4
36
へりこにあん
2022年5月08日
In デジモン創作サロン
花火大会当日、猗鈴と便五はまだ日も落ちない内に家の屋台を後にしていた。 「ちょうどよかったよ。森田のカード大会、大人の部は日が落ちてからだけど、子供の部はまだ暗くならないうちだし」 「……でも、参加できないんじゃ?」 「千歳のこと応援してあげたいからね」 なるほど、と猗鈴は頷いた。千歳というのは昨日会った少年のこと。猗鈴が彼からもらったお古のデッキケースにはでかでかと『大蔵 千歳』と書かれていた。 「それにしても、大人の部って人集まるの?」 「×モンも出てから八年ぐらい経ってるからね……僕より少し上とか、高校生とかだと何人かいるんだよ」 猗鈴はそうなんだと呟いた。八年前のをただ同然で売ってアレだけパックが余ってるってどうしてそんなに仕入れたんだろうと、少し思った。 「……米山くん、靴紐解けてるよ」 猗鈴は、便五の靴紐をわざと踏んでほどけさせると、優しくそう言った。 そして、便五が道の端によって紐を結び直しはじめると、スッと便五から見えない様に立ち去った。 「あれ? 美園さん?」 靴紐を結び直した便五が立ち上がって周りを見渡すと、猗鈴の姿はすでに見える範囲にはなかった。 「人混みに流されたのかな?」 まだ日も落ちてないとはいえ、既に屋台は幾らかの賑わいを見せている。 今の内に屋台で食べ物を買って花火を待つという人もいるだろうと便五は思った。 「あ、便五じゃん。ひさしぶりー」 「べんちゃんおひさー」 便五が振り返ると、浴衣を着た便五と同じくらいの女性が数人いた。 生まれがここの便五は仲のいい幼馴染も別に少なくはなかった。 そして、猗鈴もそういうことは簡単に想像ができた。彼女達は猗鈴の中学校の時のクラスメイトだった。 「久しぶり、でも、人を待たせてるから」 「あ、そう?」 「後で屋台行くねー、なんかおまけしてー」 便五がさらりとそう言うと、彼女達もさらりとそう返して、人混みに消えていった。 別れて少し急ぎ足で便五が歩いていると、ふと、視界の端に泣きじゃくる小学校高学年ぐらいの子供がうつった。 それを見て、便五は一瞬迷ったのち、人混みをかき分けてその子の方へと向かった。 「どうしたの?」 「……ママにもらったお小遣いを落としちゃったの」 ふと脇を見ると、その男の子はもう何歳か年下の子供の手を握っていた。 「いくら落としたの?」 「千円、二人で使いなさいって」 でも風で飛んでっちゃったとその子は言った。 「……それならね、さっき僕拾ったよ」 そう言うと、便五は自分の財布から千円札を一枚取り出した。 「ほんと?」 「ほんとだよ、もう飛ばされないように、しっかり持っておくんだよ」 「うん、ありがとう」 大きい方の子が頭をぺこりと下げると、小さい方の子も一拍遅れてぺこりと頭を下げた。 そして、そのまま人混みに去っていくのを便五は少し心配そうに見送った。 「さて、猗鈴さんを追わなきゃ」 そう言ってふと立ち上がって少し進むと、便五の前に黒ポニーテールに一部赤いメッシュを入れたメガネで浴衣の女、鳥羽が現れた。 「どうもどうも、米谷便五さんですよね。私、鳥羽というものです」 鳥羽はそう言って警察手帳を見せた。 「え、警察の人?」 「はい、そうです。この前探偵事務所で小林に会いましたよね。その相棒でーす」 いぇいと鳥羽は目元で横にピースを作った。 「はぁ、で……何かあったんですか?」 「いえいえ、公竜さんがお世話になったのでご挨拶までにと。あ、でもですね! 例年屋台付近でスリや痴漢が起きてますから、何か見かけたら花火大会の運営本部につめてる公竜さんか、制服巡回してる警察官、もちろん私でもいいのでご一報をって感じです」 そばに見えなかったらとりあえず私の名前を叫ぶでもいいです。近くにいれば行きます。と鳥羽は言った。 「あ、はい。その時は……」 便五が頷くと、鳥羽はそれではーと人混みに消えていった。 今度こそと便五が歩き出すと、ほどなく目の前でふらりと顔色の悪くなった女性がよろめいた。 「大丈夫ですか?」 便五と同じく即座にもう一人男性が女性に声をかけた。 「なんだか……急に、気分が」 そう言う女性に、男性もついているからと一度立ち去りかけて、便五はふと、女性を支えようとする男性の手が不自然な上ににやついていることに気がついた。 「……ッ、鳥羽さん!」 振り返って便五がそうちょっと大きな声を出す。しかし、もう鳥羽の姿は見えない。 遠くへ行ってしまったのかと女性の方に向き直ると、鳥羽は片手で女性を支え、片手で男を捻り上げていた。 「がっ、俺はその人を介抱しようとしてただけで……」 「言い分は後でちゃんと調書取りながら聞きます」 「ち、くしょう……」 『コドクグモン』 「メモリの現行犯も成立。すみません、代わりにスマホとこの人支えててください」 『こちら小林』 「こちら鳥羽、痴漢事案発生。被害者は意識があるが顔面蒼白、犯人のメモリ名『コドクグモン』から、毒を盛られた可能性あり。犯人を取り押さえたものの、脚が多く満足な拘束ができていない。被害者の介抱も居合わせた一般人に応援と救急を要請する」 子供程のサイズの大蜘蛛に変化した犯人の八本の足を手錠と浴衣の帯を使って拘束しながら、鳥羽は便五の掲げたスマホに向けて話しかけ、もうちょっとだけお願いしますと頭を下げた。 「……姫芝。こんなところで何してるの」 同級生の女子を見つけて便五から離れた猗鈴がおもちゃの森田の屋台へ着くと、そこには姫芝と車椅子に乗って、小さなザッソーモンをぬいぐるみのように抱えた永花がいた。 「戦うつもりはありませんよ」 懐のベルトに手をかける猗鈴に、姫芝は懐からザッソーモンのメモリを取り出すと、それをぽいと猗鈴になげた。 「少し、彼女と話してきます。待っていてくださいね」 屋台の裏手側に回った姫芝に、猗鈴は毒気を抜かれて大人しくついていく。 「……事情を聞かせて」 「永花さんは、組織の顧客です」 猗鈴は即座にメモリを持ってない方の手で杉菜の首を掴んで、木にその身体を叩きつけた。 「ここからの発言は慎重に、言葉を選んで話して」 「……永花さんはメモリを使わないと死んでしまう」 「なぜ」 「わからないんです。症状としては毒物を服用させられているような状況に近いものの、入院しても治らない。検査しても毒が出てこない。腎機能や肝機能にも問題がない」 「それで、何故メモリを?」 「今の彼女はまともな食事を取ることさえ身体に負担がかかる状態です。でも、メモリを使えば一時的にデジモンの身体になる。その状態でならば、症状は進まない。加えて、彼女のメモリ、シェイドモン は寄生するデジモン。消化吸収の負担を他者に任せて元の身体への負担を少なく大量のエネルギーを吸収できるし、メモリの解除時に肉体も最適化される」 「……つまり、姫芝はあの膝の上のザッソーモンは点滴みたいなもの?」 そう言って、猗鈴は手の中のザッソーモンメモリを見た。話が本当ならば、姫芝は既にザッソーモンメモリを使っている。だとすればこれは予備に過ぎないし、ザッソーモンメモリは最も安価なメモリの一つでもある。 「そういうことです。シェイドモンは宿主の心も栄養にできる。私が代わりに食べることで、彼女は食事の楽しみを追体験もできる」 「……治す方法はそれしかないの?」 「それはむしろ私が聞きたいことです。例えば、ウッドモンの能力で見つけられない毒物を吸い出すことはできませんか? いや、できなくても例えばその能力を通じてシェイドモンメモリを使わせずに栄養点滴より多くのエネルギーを補給できるだけでもかなりマシです」 「……姫芝、あなたは」 「私は、永花さんの未来を守りたい。何かに歪められる人生なんて……」 「杉菜お姉ちゃん、何してるの?」 その声に、猗鈴は静かにみえにくいように手を引いた。 「何もしてませんよ」 姫芝は、永花に対して、そう微笑み返した。 「あれ、美園の姉ちゃん知り合いなの?」 「千歳くんこそ、知り合いなの?」 「あ、うん……まぁ、ちょっとね。一年ぐらい前に、結婚するって約束した」 そう言って、千歳は顔を赤くした。 「……なかなか千歳くんもすみにおけないね」 顔を赤くしてえへへと笑う千歳に、杉菜が永花を見ると、永花は喜びながらもなんとも言えない切なげな顔をしていた。 「……姫芝。さっきの話、とりあえずうちの上司に相談はしてみます。病院の名前教えてください」 「わかりました」 そう言って、姫芝はメモに電話番号とメールアドレスを書き込んで猗鈴に渡した。 「あなたのアドレスは知ってるので、こっちの知る詳細は送ります」 「じゃあ、千歳くん。私大会のエントリーの仕方知らないんだけど、教えてくれる?」 「まだしてなかったの! もう締切間近だよ!」 猗鈴と千歳が屋台の表へと回ると、姫芝は永花の後ろに回って車椅子を押す。 「……ねぇ、杉菜お姉ちゃん。顔見たら私、言えなかったよ」 杉菜を見上げる顔は影のように黒く、ところどころに傷の様に幾つも開いた裂け目からは赤い眼がのぞいていた。 杉菜が分身を出しながら人の姿を維持しているのと同じ様に、永花もまた、シェイドモンのメモリを使用した上でここにいた。 「……なら、覚悟するしかないですね。ちゃんと治す覚悟を」 「そんなのうまくいかないよ」 「うまくいかせます」 「絶対無理だよ、杉菜お姉ちゃんが優勝するぐらい無理」 「なら、私は優勝します」 杉菜の言葉に、永花はそんなのと言いかけて、杉菜が本気で言っているのを感じて押し黙った。 「本当に……? 本当に優勝できる?」 「約束します。だから、私が優勝したら永花さんも諦めないでください」 子供の部が終わり、大人の部が始まった時、二人だけ空気が違う人間がいた。 一人は杉菜、そしてもう一人は杉菜の表情から何かを感じ取った猗鈴である。 「やけに気合入ってるけど、美園さんどうしたの?」 受付に間に合わなかった便五がそう千歳に尋ねると、千歳もわからないと首を横に振った。 「この戦いになにかを賭けている人がいる。私は、それに応えなきゃいけない」 な、わからねーだろという千歳に、便五もうんと頷いた後、でも真剣な猗鈴の顔を見てちょっといいなと頬を染めた。 小規模大会故、決勝まではあっという間だった。 トーナメントを勝ち上がった一人は当然姫芝、もう一人も当然猗鈴だった。 「……すげぇな姉ちゃん。始めたばっかでいきなり決勝だぜ」 「うん、スギナさんの方も見たことない人だけど、かなり技巧派な立ち回りをしている。でも、美園さんは立ち回りはそこそこだけど、ドロー運が天才的。『卵』デッキはどうしたってカードが腐りやすいデッキなのに……」 「……なにをかけているのか知らないけれど、負けるつもりはないから」 「それでいいです。譲ってもらった勝ちじゃ意味がない」 互いのデッキをシャッフルし、プレイマットの上に乗せると、お互いのデッキがぽわっと光り、テーブルの上を小さな光の粒が走った。 「……今のは、何」 「決勝用の演出?」 「マイスター、手が込んだ仕掛け作ったな……」 「マジでマイスターいつ仕事してるんだよ……」 猗鈴は周りの声を聞いてそういう仕込みかと納得したが、姫芝はそうじゃないと気づいていた。 自分の鼓動と別にデッキから感じるそれは、デッキの海に沈むなにかの息遣い。自分を引けと囁いている姫芝の切り札。 「……姫芝、ぼーっとしないで」 猗鈴に言われて姫芝は最初の手札を引いた。 「兄ちゃん、この勝負、どっちが勝つだろう」 「デッキ相性は互角かな。『卵』デッキは『卵白騎士団』の強力効果が出せるまでがネック。でも、『雑草今生』デッキも速攻には向かないし、お互いに明確な弱点は少なく、わりと汎用性あるデッキだから弱点を突くのは難しい……」 「いや、でも『卵白騎士団』デッキの主力除去手段は効果破壊だもん。フィールドから墓地へが条件とちょっと重いけど効果は強力な『雑草今生』の杉菜お姉ちゃんが相性有利のはず!」 「確かに、美園さんが『卵白騎士団』だけで戦うつもりならね」 便五の言葉に、永花はえっと呟いた。 「私はコストとして山札の上から一枚除外して『終末埋立地ヴァルハラ×××』を発動。このカードが場にある間、お互いの墓地に送られるモンスターはこのカードの下に重ねられ、その枚数に応じて効果が発動する」 猗鈴はそう言ってカードを一枚手元に置いた。 「そんな、墓地封じカードだなんて……これじゃ杉菜お姉ちゃんのデッキはただの紙クズになっちゃう!」 ターンエンドと猗鈴がターンを渡すと、姫芝は真剣な顔で一枚ドローし、『終末埋立地ヴァルハラ』を墓地に送ってそのカードを場に出した。 「相手の場に出された呪文カードをリリースして、『行きずり大根』を特殊召喚」 「やっぱり、姫芝さんも対策はしている。デッキ的にはこれで大体互角ってとこかな……実力的には姫芝さんが上、だけど美園さんの引きの強さはイカサマレベル……この勝負、目が離せない!」 便五が興奮気味にそう言うと、不意に二人を囲む子供達の輪をかき分けて、一人の女が進み出てきた。 「……なにか、用ですか?」 青山がそう聞くと、女は不意に懐からメモリを取り出すとそのボタンを押した。 『コドクグモン』 それを見て、猗鈴は女の手首を掴み、捻り上げながらその身体を地面に叩きつけると女の手からメモリを取り上げた。 「米山くん、警察に通報。デジメモリ犯罪対策室ってとこに……」 「わ、わかった。鳥羽さんとかいう人のいるとこだよね?」 「そうですそうです。呼ばれて飛び出て私、デジメモリ犯罪対策室の鳥羽です」 いつの間にと猗鈴が言うと、決勝戦始まった頃からと鳥羽は答えた。 「米山さんがさっき捕まえた痴漢の話は聞いてますか?」 「……痴漢捕まえてて遅れたの? 女子と話してたんじゃなくて?」 「え、あの子達とはすぐ別れたよ?」 「話戻しますね。彼から押収したメモリがなんかおかしかったんで、美園さんから斎藤博士に相談してもらえないかなぁと思ってたんですよ」 鳥羽はそう言って猗鈴の手からコドクグモンのメモリを奪うと、えいと指で押し潰した。 「……灰になった?」 「えぇ、そして……さらに光に溶けていく。まぁ、人間の世界由来の物質ではあり得ないってわけです」 くわえて、と鳥羽はスマホの画面を猗鈴にだって見せた。そこには公竜が映っていた。 『こちらでの取り調べによると、痴漢男は、今日、何者かにそのメモリを挿されて初めてメモリを使ったそうです。おそらくそこの女性もそう、何者かがデジモンの能力でメモリを複製して通り魔的に挿している可能性がある』 しかも、と公竜はさらに続ける。 『今日使用したにしては精神汚染がひどいので、犯人の複製は精神汚染が副作用としてではなく、機能として強化固定されている可能性もあります』 「つまり、挿された人間は何かしらの犯罪に出るメモリを挿す通り魔がいるという状況?」 『断言はできませんが、そこでも起こった以上そう見ていいでしょう』 警察官のパトロール人員を増やせないか今手を尽くしてますと公竜は言った。 「……私としては×モンの試合見たかったですけどね」 相手も逃げちゃいましたしと鳥羽は残念そうに言った。それを聞いて猗鈴が姫芝のいた筈のテーブルの対面を見ると、もう杉菜の姿はなく、永花の姿もなかった。 「ねぇ、杉菜お姉ちゃん、なんで? なんで逃げたの?」 「警察が売人の私を見つけたらきっと犯人と疑うでしょう。事件が解決するまで一旦身を……」 並ぶ屋台を見下ろせる近くのビルの屋上へと移動し、杉菜は そこから祭りを見下ろした。そして、それを見た。 まず、人の群れの中に一体の蜘蛛が現れた。そして悲鳴が上がり、騒ぎになったと思ったら、また別のところで誰かが蜘蛛になって屋台を襲い出した。悲鳴が騒ぎが大きくなるとそれに呼応するかのように潜伏していた誰かが蜘蛛になっていく。 さながらパニックホラーの如き情景で、このままでは花火大会なんて行われるわけがないのは目に見えていた。 でも、杉菜が分身して止めに行けば、警察や猗鈴が行くまで被害を抑えれば、もしかすると永花は花火が見られるかもしれない。千歳の横で、見られるかもしれない。 「……杉菜お姉ちゃん、最近街にヒーローが出るって噂知ってる?」 「ヒーロー……」 「仮面をつけたヒーロー」 「……私は、知りません」 杉菜は嘘を吐いた。でもそれは、寄生している永花には筒抜けだった。 「……あの美園さんって人がそうなんだ。お姉ちゃんは、杉菜お姉ちゃんは勝負から逃げて、私に嘘を吐くの? あの人に、お姉ちゃんこのままだと負けちゃうよ?」 杉菜は、永花から目を逸らしたくなった。潜伏するならば、永花の安全を考えるならば今が最善なのに、それが今はひどく後ろめたい。気分が悪い。 もっとできる筈だと限界から先へと自分を鼓舞することは杉菜にはよくあったが、その限界の手前で燻るのは久しくない経験だった。 「行って、杉菜お姉ちゃん。大事な時には負けないんでしょ」 永花の頬を涙が流れ、杉菜は思わずそれを手のひらで受けた。 「……わかり、ました」 杉菜の手のひらが光り、ぼこぼこと泡立ち、分身のザッソーモンが現れる。そしてそのザッソーモンは、ビルの屋上についた蛇口を捻り、そこから溢れた水を杉菜へとぶっかけた。 「約束、しましたもんね」 うんと永花は頷く前で、杉菜の姿は人のものからザッソーモンのものへと変わり、その身体中がぼこぼこと泡立って分身を生み出していく。 「では、永花さんはここに。私は犯人を捕まえてきます」 分身のザッソーモンを二体残して杉菜はそう言って屋上の端に足をかけた。 「犯人の場所がわかるの?」 「大体なら……今も、蜘蛛が増えているところを探せばいいんですよ」 杉菜はそう言って、ザッソーモンの姿になると蔦になった腕を電柱に巻き付けてビルの屋上から、今もコドクグモンが増え続けている地点を目指して飛び降りた。 それに続いて、姫芝の分身のザッソーモン達が続々と屋上から飛び降りていく。 人混みを掻き分け、屋台の上を飛び跳ね、コドクグモンの元へと辿り着いた分身達は蔦を巻き付け頭に齧りつき、コドクグモンの動きを止める。 コドクグモンに噛みつかれても、その毒はザッソーモンという種の体力から見れば大したダメージにならない。 締め上げる力は弛まず、コドクグモンは逃げることもできない。 「……そういうことね」 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴は伸ばした棍で人混みの隙間を縫って伸ばした棍でコドクグモンを地面に縫い付け、そう呟いた。 「米山くんは子供達がパニックで逃げ出さない様に」 そう言いつつ、猗鈴は人混みから飛び出してきたコドクグモンに対し、カウンターの拳を顔に叩き込む。 「ザッソーモンって大西さんの報告書だと敵だった様な……まぁ、公竜さんは人混みだと格闘しかできないし、ありがたいんですけどね」 浴衣の袖と腕を蝙蝠の羽の様にした鳥羽は、空からそう呟くと、ザッソーモンが捉えられてないコドクグモンのところへと飛ぶと、その袖に付いた突起をコドクグモンに突き刺し、数秒経つと口をモゴモゴさせ、口から何かを吐き出した。 鳥羽の吐き捨てた液体は壊れたメモリに変わると、そのまま灰になり、光に溶ける。 「公竜さん。緊急事態だし、『吸血』してますけどいいですよね?」 『好きにやれ、鳥羽。この規模と状況、僕は前線に出る余裕がない。警察官達の指揮に専念する』 「やっぱ公竜さんその方がいいですよ。わけわからないベルトより、私のマントの方が公竜さんの顔見えますし」 鳥羽の言葉に、公竜は答えずに通信を切った。
ドレンチェリーを残さないでep15 content media
1
4
39
へりこにあん
2022年5月04日
In デジモン創作サロン
「アフターサービス、ですか?」 「そうそうそう、結構レアで高額なメモリを買ってくれた個人がいてね。事情を聞いた感じだとあなたのサポートが必要そうなの」 これがその資料、と夏音から渡された書類を見て、杉菜は思わず声が出そうになった。 「……これは、いや、そもそもなんでこんな子供にメモリを売ったんですか」 資料に映っていたのはまだ小学校も出てないような子供だった。 「買うからだけど。買う客がいるから売る。何か変なことがある?」 その夏音の言葉に杉菜は思わず眉間にしわをよせてしまった。 「今後は同じ場所での営業を増やすことも検討してるの」 「病院ですよ……? そんなのって……」 「そうだね。つまり、メモリを使わなくてもいずれ死ぬ人達。最後の夢を見せてあげるのは悪いこと、なのかしら?」 夏音の笑顔は、機械的で冷たく、しかし圧だけはおぞましいまでに感じさせた。 「悪いに、決まってます」 思わず後退りしそうになるのを堪えながら、杉菜はそう言った。その際、杉菜は思わず夏音を睨みつけてしまったが、夏音はそれを見ても何も感じていないようだった。 「そうかな。君が売ってきた人に売るよりは大分マシだと思うけれど」 夏音はそう言うと、手元のタブレットを操作して杉菜が売ってきた人間達を画面に表示した。 「君が選んで売ってきたのは、メモリの毒で死んでも構わない様なクズばかりだった。一見立派な感じだけども……クズだから全く関係ない人の被害は多いわよね」 そんなことはわかっていた筈だった。わかった上で飲み込んだ。杉菜は力が欲しかった。 だから、杉菜はなにも言えなかった。 「じゃあ、行ってくれるわね」 「……わかりました」 杉菜がそう言って部屋から出ていく背に、駒としても潮時かなとポツリと夏音の呟きが聞こえてきた。 その病院に着くと、待っていた一人の看護師に連れられて杉菜はある病室に通された。 ベッドの上に座る少女は、今にも消えてしまいそうな儚げさを持っていて、杉菜はまた飲み込んだ筈のものを吐き出しそうになった。 「……お姉ちゃん?」 杉菜の顔を見ると、少女はそう呟いて、目を輝かせてベッドから起きあがろうとして、そしてそのままうずくまった。 「永花ちゃん、無理しちゃダメよ……」 看護師の女性はそう言いながら永花と呼ばれた少女の背中をさすった。 「……でも、お姉ちゃんが」 「……私は、姫芝杉菜。メモリ販売組織から来たものです」 杉菜は、そうペコリと頭を下げると、ベッドの脇で中腰の姿勢を取って永花と目線を合わせた。 「……そっか、お姉ちゃんじゃなかったんだ。ごめんなさい……でも、杉菜お姉ちゃんって呼んでいい?」 「いいですよ。なんとでもお呼びください」 ちょっと、と看護師に促されて杉菜は廊下に出た。 「……姉がいたという話は聞いてませんでした」 「永花ちゃんが懐いていた別の病棟の女の子です」 杉菜の問いに、看護師の女はそう答えた。 「なるほど、その方は転院か何かを?」 「永花ちゃんにはそう言ってますが……実際は亡くなりました」 「病気で、ですか?」 「いえ、久々の外出日に……知りませんか? ビルが倒壊して、その後下のガス管か何かが爆発した事故。巨人が飛び出すところを見たなんて話もあったやつです。アレで、二回目の爆発の時に飛んだ瓦礫が頭に当たって……」 それは杉菜もよく知っている。ビルを崩壊させたのは杉菜が使ったダイナマイトで、その後下から飛び出したのは親友だった風切王果。 杉菜が殺したようなものに思えた。 「……ご愁傷様です」 「私は、身内とかではないので……アレなんですが、永花ちゃんのお父さんはいつからか顔出さなくなりましたし、永花ちゃんにお母さんはいませんし……それで、なるべく顔を出してもらうことはできませんか?」 「……わかりました。確か使用者は永花さんですけれど、手続きを代理で行ったのはあなたでしたものね。アフターサービスの一環です。私、姫芝が確かに承りました」 ある意味それは杉菜にとっても渡に船だった。 「ねぇねぇ、杉菜お姉ちゃん、私と×モンしよ!」 杉菜が病室に戻ると、永花はそう言って、部屋の隅に山と置かれた段ボール箱とその中に溢れているカードを指差した。 「初めて聞くカードですが……私はTCGは強いですよ。地方大会で入賞したこともあります」 「じゃあ、お店の大会とかだと優勝したりしたの!?」 「……3位なら何回か」 杉菜はどんなに小さな大会でも優勝したことがなかったので、苦虫を噛み潰した顔のまま、無理やり笑った。 「私は場に出した『バンバンシー×』の効果で、自分の手札を全て墓地に送って、杉菜お姉ちゃんの『雑草鳥・痛鳥』、『雑草獣・怨獏』と手札を一枚ブレイク」 永花はそう言って、姫芝の場のカードを2枚、手札を一枚取って墓地へと落とした。 「……ふふふっ、私の場の『雑草』モンスターが破壊されたので、私の墓地で『除草罪』が発動! 条件を満たすセメタリーの『雑草』モンスターを3体まで呼び出すことができます」 その条件はATK0であること、と杉菜は墓地から、三枚のカードを抜き取って場に出した。 「『雑草塔・鴉乃煙塔』と『雑草塔・雀乃炎塔』、そして今さっき手札から墓地に送られた……」 杉菜はそう言ってカードを取り上げながら、袖の中に仕込んだライトを使ってカードのホログラムをキラキラと光らせた。 「『雑草蛇妖・毒蛇魅』を呼び出す!」 場のカードを一掃する筈が寧ろ増えましたねと杉菜は笑う。 さらに、『鴉乃煙塔』と『雀乃炎塔』がそろっていて他に雑草モンスターがいるこの時発動する効果がある、と杉菜は続ける。 「このターンに召喚された相手モンスターは次の相手ターンまで効果が無効になります!」 まだまだ、と杉菜は続ける。 「『毒蛇廻』は1ターンに一度戦闘で破壊されず戦闘で受けるダメージは相手が受ける効果と、セメタリーからの特殊召喚に成功したターン、攻撃可能な相手モンスターは毒蛇廻を攻撃しなければいけない効果がある!」 ふふふと杉菜は勝ち誇った笑みを浮かべた。 「新しいモンスターを出しても効果は無効、『バンバンシー×』の攻撃による反射ダメージで、私の勝ちです!」 すると、永花はふっと笑った。 「それはどうかな。私がセメタリーに捨てたカードをちゃんと見た?」 「まさか……」 「私がセメタリーに捨てたのは、『点心天使』! このカードはセメタリーに送られた時一度だけ、既に場にある×を持つモンスターの下に置くことができる! そして、これで『バンバンシー×』はもう一度効果を発動できる様になるよ!」 羽根の生えた点心が描かれたカードを、永花は『バンバンシー×』の下に置いた。 「くっ……いや、まだです!『バンバンシー×』の効果は手札を全てセメタリーに送って初めて発動する効果の筈! 手札0の今、発動はできません!!」 「できるよ。私がセメタリーに送ったもう一枚、『跳ね月餃子』の効果は、手札からセメタリーに送られた場合このカードをデッキの一番下に置き一枚ドローする!」 あっと杉菜の口から思わず声が漏れた。 「『バンバンシー×』の効果発動ッ! んー……杉菜お姉ちゃん、なんかいい技名ない?」 「……ふむ、確かバンバンジーは四川料理が元……四川では複雑な味を怪しい味と書いて怪味(ガイウェイ)と言うのが使えるかもしれないですね」 杉菜がそう言うと、いいねと永花は笑った。 「じゃあね、ガイウェイスクリーム! 『毒蛇魅』と『鴉乃煙塔』を破壊して、手札も捨てる!」 「私の『毒蛇魅』がぁ……」 「これで、バトル! 『雀乃炎塔』にバンバンシーで攻撃!」 トゥルルル……と言いながら杉菜が計算機で自分のLPを計算し、デンとまた口にして0以下になった数値を永花に見せた。 「私の勝ちー! 杉菜お姉ちゃん、強いのに弱いね!」 その言葉に、杉菜は思わず呻いた。確かに杉菜は負け続けていた。うまく回れば永花はそれ以上にうまく回り、うまく回らない時はあり得ない程うまく回らない、その結果杉菜は八割強負けていた。 「まぁ、勝負は時の運ですからね……私と『雑草今生』デッキは大切な時にはきっと負けませんから」 杉菜は少し強がってそう言った。 そう言うと、永花は少し明るさの下から不安さを覗かせた。 「……本当に負けないでくれる?」 「えぇ、負けませんよ」 「じゃあね……じゃあね、私、今度の花火大会に行きたいんだけど連れてってくれる?」 それを聞いて、杉菜は一瞬迷った。永花はベッドの上から動ける体調ではないのを杉菜は知っている。 だけど、その為に彼女はメモリを手にしたのだ。長くない余生を少しでもよいものとする為に。 「えぇ、行きましょう。私に憑いていれば安心ですよ」 「……そしたらね、花火大会の時にね、寄り道もしたいの。いい?」 「構いませんよ」 「ありがとう、杉菜お姉ちゃん。 じゃあ、デッキ選び手伝って!」 「……デッキ選び? 花火大会では?」 「でも、要るの。花火大会の日にはね、×モンの大会もあるの。それで、お姉ちゃん以外誰にも言ってないんだけどね……私、外に結婚を約束した男の子がいるの」 まだ体調良かった頃に、おもちゃ屋で会ったのと永花は幸せそうに微笑んだ。 「×モンもね、その子に教えてもらって……一回しか会えなかったけど、またねって約束したの。大会にも出て、花火も一緒に見ようねって。三年前に約束したの」 「それは、会わないとですね」 「うん、会わなきゃいけないの。もう私、長くないんだもん」 「……それは」 「知ってるよ、私のメモリのこと。シェイドモンって、他の人の命で生きるデジモンなんだよね。私は私の命だけじゃもう長くないから、きっと買ってくれたんだよね」 「大丈夫ですよ、私がついてますから。私は人よりしぶといのが強みなんです。私の命を使えば、永花さんの命にもきっと勢いがついて、すぐに治ります」 「……そうかな」 「きっと、そうです」 「じゃあ、それまでちゃんと生きててね? お姉ちゃんみたいにならないでね?」 「知ってたんですか?」 「うん。みんな隠すの下手だから」 そう言って、永花はふわっと微笑んだ。 「……私は、私は死にませんよ。絶対に」 杉菜は、永花の小さくて折れそうな手を握ってそう言った。 「じゃあ、花火大会の日におもちゃ屋であるカード大会、杉菜お姉ちゃんも一緒に出てね」 「いいですよ。でも、私が優勝しても知りませんよ?」 「大人の部と子供の部分かれてると思うから大丈夫。二人でどっちも優勝しようね。お姉ちゃんはできるかわからないけど」 二人はお互いに顔を見合わせてあはは声を出して笑った。その側で、杉菜のデッキそのものがほんのりと脈打つように光を放っていたことには誰も気がつかなかった。
ドレンチェリーを残さないで ep14 content media
1
4
24
へりこにあん
2022年4月06日
In デジモン創作サロン
「公竜さーん! 私、死んだかもー!」 背後から聞こえてきた弱音に、猗鈴は思わずえっと振り返った。 「あの、今のって……」 「鳥羽は簡単に死にませんから……それより、しっかり掴まってください。トループモンはなるべく戦わずにやり過ごします」 猗鈴が顔を前に向けると、通路を埋めるようにウジャウジャとトループモンがいて外に出ようと真っ直ぐ向かってくるところだった。 それに対して、公竜はぐるりと壁と天井を通ってトループモン達の頭上を超えて走り抜ける。 そうして長い廊下を通り抜けると、突き当たりには巨大なタンクから歯磨き粉でも出すようにトループモンが産み出されている部屋があった。どうやら侵入者を排除する為の部屋であり、受付でもあるらしくカウンターには、ひどく怯えた女性が座っていた。 「警察です。ここに山羊頭の悪魔が来ませんでしたか」 今室内にいるだけのトループモンをはねとばした後、人型に戻った公竜はそう尋ねた。すると、女性は震える指で部屋に入ってすぐに目に着く上階か下階に続いていそうな扉ではなく、タンクの裏にひっそりと隠されるように置かれた扉を指差した。 その扉は壁と同じ色で塗られ、分厚い鉄のようなものでできていたらしかったが、鍵の辺りが溶かされていた。 「この先はどこに?」 「し、知りません……地下としか……私はバイトで雇われているだけで……でも、その扉を通った先には、企業秘密があるんだって……」 「……情報提供感謝します。裏口などの場所は知っていますか?」 こくこくと女性は頷いた。 「では、そちらから避難して下さい。他にこの建物の地下を知らなそうな人がいたらその人達にも声をかけて、速やかに」 そう言うと、公竜は自分の耳の裏のボタンを押した。 「大西さん、小林です。ビル内にてデジメモリ使用者と戦闘の見込み。ビルから一般人を避難させます。全員保護して下さい」 では、行ってくださいと公竜が言うと、女性は大きな扉の横にあった階段を上へと上がっていった。 「……大西さん。避難する中には一般人以外、メモリ持ちも混ざってる可能性が多分にあります。事情を聞く際はなるべく距離を取ってバラバラに、メモリを使い逃走を図ったとしても他に被害が出にくいように配慮を」 襲ってくるトループモンを足蹴にしながら、猗鈴は公竜が思ってたよりまともだなと、今の様子を見ていると、むしろ喫茶店での様子がおかしかったのではとさえ思えた。 「……この姿が気になりますが?」 「え、まぁ……」 思っていたことは違ったが、確かにそう言われれば全く気にならないわけでもない。 「とは言っても、『協力者』が私用にと作ったぐらいのことしか知りません」 「協力者?」 「鳥羽しか連絡できませんから私はよく知りません」 何もわかってないのはどこも同じかと猗鈴は感じた。 「……先を急ぎましょう」 そう言って、公竜は薄暗い地下へと続く階段を足速に降りていき、猗鈴もそれに続いた。 施錠されていただろう扉は何度か猗鈴達の前に現れたが、そのどれもが鍵を解かされたり壊されたりしていた。 そして、その先にそれらはあった。仰々しい今までのそれからすれば当然の広い空間に、似つかわしくない少数の木箱。立ち尽くす柳。 床に目をやるとメモリが数個散乱し、それと同数の人が倒れていた。そして、その内の一人は頭を砕かれて明らかに絶命していて、そこから続く血の道標は柳の足元へと続いていた。 「……ちくしょう、夏音め、最低限必要分以外のメモリを引き上げるとか、こすい嫌がらせして……」 柳は、木箱の中からメモリを一本取り出すとそれを地面に叩きつけて踏み砕いた。しかし、その中からメモリの本体であるチップは出てこなかった。 「……柳真珠、デジメモリ所持の条例違反、並びに強盗殺人の現行犯だ」 公竜がそう言って一歩前に出ると、柳は一瞬目をまぁるくした後、弾けたように笑い出した。 「……何がおかしいんですか、柳さん」 「いや、なんだろう……警察と探偵に揃って追い詰められて、私の動機も動機だから、やっすい探偵者のテンプレみたいで面白くなっちゃった」 「あなたの……動機?」 「メフィスモンが好きなの、愛していたと言ってもいい」 柳の表情はどこか恍惚としていて、メフィスモンのことを思い返しているようだった。 「でも、私の中にメフィスモンがいたんじゃデートもできないから、適当な男子捕まえて、メフィスモンのメモリを挿してデートしたりもした」 まぁ、一日二日経つとメモリの毒で昏睡するんだけど、と柳はシャンプーの減りが早いぐらいのノリで余罪を付け加えた。 「愛する存在が自分の中から奪われていく恐怖を味わったことはある? 自分の中にいたの、ただ隣にいるよりも血を分けた姉妹よりも近くにいたの。愛する存在が。それが失われていく……」 猗鈴は少しだけ、柳と戦うことに躊躇いを覚えて一歩後退りをした。 「だから、復讐する。そのウッドモンメモリの中にいるメフィスモンを奪い返し、夏音も猗鈴も殺してやる。メフィスモンの為なら私はなんだってやる、なんだってできる!」 『メフィスモン』 柳はメモリを挿すと、いつものメフィスモンの姿へと身体を変じさせ、よくわからないエネルギーの塊を猗鈴達へと投げかけた。 猗鈴の脳裏に炎が映る。当時の小さな小さな猗鈴には、その炎は世界を覆っているように思えた。愛するものを失ったその時が、猗鈴の脳裏を占有する。 「確かに、安いドラマのようだ」 ふと、公竜がそう呟いた。 「君の愛が本物だとして、その為に他の誰かにとっては愛する人かもしれない誰かを消費する。それでは、ただの駄々と同じ、視聴者が置いてけぼりになる三流ドラマだ」 『タンクモン』 公竜がアタッシュケースのボタンを押すとアタッシュケースは公竜の胸部についた檻の意匠の上に被さり、砲塔へと変化した。 「……御高説ありがとう。で、刑事さんはlevel4のメモリで三流ドラマに幕を引けると?」 真珠はそう言いながら、黒い霧を発生させて壁にしつつ公竜と猗鈴を追い詰めようとした。 「これはその為の装備だからな」 『エレファモン』『モスモン』 公竜がベルトのダイヤルを回すと、その背中に巨大なタービンが、さらに右腕にはガトリングガンが現れた。 『……猗鈴さん、これ、アクセ◯じゃなかったんだね……』 「盛実さん? いきなりなんの話ですか?」 『私、猗鈴が単体でライダーだし、彼は刑事だからア◯セルだと思ったの。バイクにもなったし……でも、多分これ、設計思想がバー◯! ミミックモンの檻の施錠をダイヤルにしてガチャガチャのアレと動きを重ね』 「……盛実さんからの音声切りますね。切りました」 盛実と猗鈴がそんなやりとりをしている間に公竜の背中のタービンの回転数はどんどん上がっていき、産み出された突風によって真珠の方へと霧は急速に逆流する。 そこにさらに公竜はガトリングガンを撃ち込む。 それを柳は腕でガードするが、モスモンの弾丸は爆発する鱗粉の塊、level5のメフィスモンの皮膚を貫くことはできずとも食い込み爆発する。 「ぐっ、くぅッ!!」 吹き荒ぶ突風と絶え間なく撃たれる弾丸に、柳は脚と腕に力を込め続けなければ立っていることも難しい状態になり、一歩二歩と背後に追いやられていく。 そしてふと、柳の脚がもつれて転んだ。それを見て、公竜はガトリングガンになった右腕を戻し、ベルトのダイヤルをガチャガチャと回した。 『タンクモン』『ハイパーキャノン』 既に胸元にできていたキャノン砲が淡く発光する。 それを見て、避け切れないと悟った真珠は、不意にメモリによる変身を解除した。 「なんッ……!」 真珠の言葉に、公竜がベルトのダイヤルを逆向きに回すとキャノン砲の光はしゅうと音を立てて収まり、突風も止まった。 「……大人しくメモリを手放す気になったんですか?」 「いいや、違うわ」 『メフィスモン』 メモリをもう一度取り上げて、真珠はそのボタンを押した。そして、それを身体に挿す直前に、急に胸を押さえて地面に嘔吐した。 「柳さん……?」 「あー……気にしないで、いややっぱ気にして。多分私、メフィスモンの子供身籠ってるんだと思う」 だから、これはつわり。と真珠は続けて軽く震える手でもう一度メモリを持ち上げた。 「……メフィスモンとの、子供?」 「そうよ。絶対そう、他に心当たりないもの、私のお腹の中には赤ちゃんがいる。私からメモリの力を無理やり奪ったりしたら、赤ちゃんに何が起きると思う?」 「……自分の子供を人質にするつもりですか?」 「そんなのやりたいのがいると思う? でも、メフィスモン取り返さないといけないでしょ? そしたら、少なくともこの場からは逃げなきゃいけない」 真珠は猗鈴の問いにそう答えた。 すると、真珠の状況を噛み締めるかのように沈黙していた公竜が、不意に口を開いた。 「……デジモンとの間に生まれた子供なんて幸せになれる筈がない」 『アトラーバリスタモン』 公竜の左腕を包み込むように二回り大きな機械の腕が現れると、その腕が伸びて真珠の首を掴んで壁に押し付けた。 「ぐぁっ!?」 真珠の身体が壁に押し付けられ、汚い声がその口から漏れた。 そのまま公竜の手は首をぐぐぐと締め上げていく。 「小林さん……殺す気ですか?」 「……そうだ。彼女が子供を盾に地上に戻った時、僕達から逃れる為に多くの人を危険に晒すだろうことは想像に難くない。メモリを破壊できないなら殺すしかない」 公竜はそう強い口調で断言したが、猗鈴にはそれがまともな論理には思えなかった。 「拘束できている今ならメモリだけを破壊できるのに」 「いや、そうしようと力を緩めれば彼女はきっとメモリを挿す。そして、逃げて人を殺す」 「だったら力を緩めずに私がメモリを奪います。それなら……」 『モスモン』 公竜がベルトのダイヤルをを回すと、また右腕がガトリングガンへと変わり、その銃口は迷わず柳に向けられた。 『レッジストレイド』『ブランチドレイン』 反射的に猗鈴はその身を割り込ませ、踵落とししながら公竜の伸ばした腕を床に蹴りつけて柳を解放すると、伸ばした枝で柳の前に盾を作ると共に公竜の腕を床に拘束した。 「ゲホッ、ガッ、ゲェッ」 モスモンの弾丸が爆発する音が響く中で、柳が自分の首を押さえながら何度も何度も咳き込んだ。 「……メモリを渡して下さい」 猗鈴は、盾になる位置に陣取ると、真珠に手のひらを向けた。 それを見て、柳はメモリを手に取ると、そのボタンを押した。 『メフィスモン』 猗鈴がそれを奪うために手を伸ばそうとするも、ちょうど枝で作った盾が全て抉られ、猗鈴に公竜の鱗粉弾が突き刺さって爆発した。 「ぐぅっ」 猗鈴が体勢を戻すと、そこには中途半端にメフィスモンになった真珠がいた。両角と翼、右腕、左脚本来守らなければいけない胴体や頭はほとんど剥き出しだった。 「……メフィスモン、どうして? どうして全部出ないの?」 狼狽しながらも、真珠は猗鈴と公竜の両方から距離を取った。 真珠のその様子について聞くために、猗鈴は盛実との通信をオンにした。 「盛実さん、アレって……」 『体力不足だね』 盛実は即座にそう答えた。 『メモリの力を引き出すには呼水となるだけのエネルギーを人間が持ってなきゃいけない。強いメモリは当然消耗も激しい……妊娠中に、今日三回目という回数、メフィスモン時と生身と両方で受けたダメージ、メモリからのエネルギーの供給が切れたらどうなるか……』 「どうなるんですか?」 『まず、一時的な昏睡状態というか、意識なくなるのは避けられないと思う。その後は……医者じゃないから断言できないけど、ほっとくと死ぬ、と思う』 「……なら、私は柳さんを、柳さん家族を助けます」 『……あー、うん! いいと思う! どうすればいいかわからないけど!』 盛実がそう言った後、ザザと少し音がして、天青の声が聞こえてきた。 『彼女はあまりに多くの人を苦しめた。それでも、猗鈴さんは助けたいの?』 「……そうです。親の都合で犠牲になる子供なんているべきじゃない」 『わかった。メフィスモンが悪さできない様に二人といられる様にする方法は私が考える。そのかわり、無力化と説得は猗鈴さんの仕事』 「はい」 猗鈴は頷くと、ウッドモンメモリのボタンを押した。 『ブランチドレイン』 猗鈴がだんと床を踏みつけると、床下を辿って伸びた枝が真珠と公竜の間に盾の様に現れる。 そして、それを合図に三人は一斉に動き出した。 柳は天井に向けて黒い霧を噴射すると、出入り口へと真っ直ぐに走り出し、公竜はそれを追うために猗鈴の出した枝にガトリングガンを撃ち込む。枝を出した分初動の遅れた猗鈴は、急いで柳の後を追う。 黒い霧に溶かされて落ちてきた天井をスライディングして避けてあっという間に真珠に追いつくと、猗鈴は足払いをかけて体勢を崩し、真珠の身体を抱え上げた。 「ッ!? 何のつもり!?」 「助けたいんです」 「私からメフィスモンを奪っておいて?」 「……そうです。だから、返します。罪を償ったりはしてもらいますけれど……」 その言葉に、真珠は抱き上げられたまま猗鈴の顔面を仮面の上から鷲掴みにした。 「冗談じゃないわ! このままお前の顔面を溶かしてウッドモンメモリを奪えば私はメフィスモンと再会できる!」 真珠はそう言ったが、霧を即座に出すことはせず、猗鈴も何もされてないかのように地上に向けて走って行く。 「子供には親が必要です。人とデジモンの間に産まれた子となったらなおさら……柳さんを守りたいというよりも、私は柳さんの子供を守りたい」 柳さんだけならどうでもいいっちゃいいですと猗鈴が言うと、真珠ははぁとため息をついて手に込めた力を緩めた。 「……建物出たら私逃げるから、疲れてるから今は見逃しとくわ」 「それでいいです。逃すつもりはありませんし」 美園姉妹のその当たり前みたいな面嫌い、と真珠は悪態を吐いたが、為されるがままに運ばれて行く。 そうして、真珠を抱いたまま猗鈴が上の階へと向かうと、織田が建物内をやたらめったらに殴りつけているところだった。トループモンを産み出していた装置も半壊していて、粘度のある液体が吹き出して床一面に広がり、猗鈴の足を濡らしていた。 「……どういう状況よ、メモリは?」 猗鈴の方に織田の視線が向くと、一瞬目を見開いたあと、冷静にそう聞いてきた。 「メモリはなかった。私が知っている建物からはメモリ引き上げさせてるらしい」 「……そいつは殴っていいの? それとも味方なの?」 「味方ではないですけど、柳さんのお腹の中の子供まで殺されない様にと」 猗鈴の言葉を聞いて、なるほどと少し天を仰いだ後、織田は左手の鉄爪を熱で赤く光らせながら猗鈴に向けて振るった。 「つまり、ここまでは勝手に死にかけを助けてくれたってことでしょ? ご苦労様」 猗鈴はその爪から真珠を庇う様に腕を上げ、代わりにその攻撃をすねでガードした。 片足では威力に耐え切れず、少しふらついた猗鈴の腕から飛んで離れた真珠は、ちょっと織田から離れたところに着地した。 「近づけない程弱ってるの?」 「……万一殴られたりしたらやばいかもぐらいにはね」 でもそれ守りにくいと言うと、織田はメタルグレイモンの巨体で一歩真珠の方に近づくと、鉄爪のついてない右手で真珠を鷲掴みにした。 「ちょっ!?」 そして、胸のハッチを開けてミサイルを露わにした。 「じゃあ、建物ごと吹っ飛んでいいわよ」 そう織田が口にしながら猗鈴に向き直ると、目を真っ直ぐ狙って剣を投擲する猗鈴の姿が目に映った。 目に突き刺さらないようにと鉄爪のついた左手で織田が剣を弾くと、猗鈴はそれをジャンプして掴み取り織田の太腿へと突き刺した。 「がぁっ!?」 『レッジストレイド』 セイバーハックモンメモリを押し込みながら跳躍すると、猗鈴は姿勢を崩した織田の二の腕を飛び蹴りで切断した。 『ブランチドレイン』 「助けたいとは言いましたが、逃すとは言ってないんです」 掴まれた腕ごと地面に落ちる真珠を尻目に、猗鈴は地面につくと間髪入れずに織田の頭の高さまで飛び上がった。 「ざっけんなァッ!」 織田は胸の砲口からビームを噴き出して無理矢理自分の身体を跳ね上げて猗鈴の蹴りを避けると、残った左腕の爪を猗鈴の腹を目掛けて突き出した。 それが刺さらない様に猗鈴は咄嗟に手で掴んだが、足場も無い為に簡単に壁まで弾き飛ばされる。 壁に足をつけて勢いを殺し、地面にストンと降り立つ。 不意に、床に穴が開き、右腕にガトリングガン、胸に砲台、左腕に鉄爪、背中に一対の円形のタービンをつけた公竜が飛んで現れた。 「……なるほど、奪い合いになった訳ですか」 着地すると、公竜はそう小さく呟いた。公竜から見た場合、織田も猗鈴も一定の利害が一致する関係である。 「とはいえ、こちらも多少頭が冷えました」 公竜は右腕を織田に向けるとガトリングガンを顔に向けて連射した。 完全体の装甲に、公竜のガトリングガンはメフィスモンの時にそうだった様に刺さりはしないが、爆発の光で視界は塞がれ爆発の勢いに織田は気を抜くと顔が振り回されそうになった。 「野放しにするぐらいならば、保護された方が幾分マシです。その後介入する事もできますし」 公竜の言葉に、猗鈴は反論せずに真珠の元へと走ると、握りっぱなしになったメタルグレイモンの手を解いた。 真珠は、もうほとんど人の姿に戻っていて、猗鈴があっさりと手を解いたのを見て、人の姿に戻った自分の手を見て、泣きそうな顔をした。 「……立てますか?」 猗鈴の差し伸べた手に、真珠はきっと目を細めた後弱々しく払いのけ、立ちあがろうとして膝から崩れた。 「メモリの力が出ない……?」 『まずいよ猗鈴さん。やなパーの消耗が早い! 戦ってる場合じゃないよ!』 「メフィスモンの……メフィスモンの力、なんで出ないの、見限ったの……? 私を、メフィスモンが……?」 項垂れながらそう呟く真珠に、猗鈴は違いますからと声をかけて抱き上げた。 すると、真珠は猗鈴のことをじろりと見たが、何も言わずにボロボロと泣きながら、メフィスモンメモリのボタンをカチカチと押し続ける。 「……私、私とメフィスモンならなんでもやれるって……なのに、どうしてこんな……屈辱的な……メフィスモン、どうして反応しないの……」 しかし、どれだけボタンを押しても音声は流れてこない。猗鈴はメモリを取り上げもせずただそのまま建物の外へと走り出した。 『猗鈴さん、建物から出たらそのまま正面につけている大西さんのところへ、救急車を手配してる!』 わかりましたと頷いて、猗鈴が建物の外に出ると救急車はすぐに見つかった。 真珠を救急車の中まで運び込みベッドの上に寝かせると、ふとその手からメフィスモンのメモリが落ちた。 猗鈴がそれを拾おうとすると、一人の女性救急隊員が代わりにそれを拾った。 「それは危険なものなので、こっちに……」 その言葉を聞いて、その女性救急隊員は少し首を傾げるとそれを真珠の元へ置いた。 「……こちらで処理するので」 猗鈴が手を伸ばすと、その救急隊員は猗鈴の手をパシと叩き落として、すっと猗鈴の胸元へと手を伸ばした。 すると、パキパキと音を立てて猗鈴の胸元が水晶に覆われ始めた。 「なっ……」 猗鈴が救急車から飛び出て距離を取ると、その女性救急隊員も降りて、救急車の扉を閉めた。すると、救急車は走り出してしまった。 「柳さんをどうするつもりですか、大西さんは……」 猗鈴が真っ直ぐその隊員を睨むと、その女はヘルメットを脱ぎ捨てて猗鈴の目を紫がかった黒い目でじっと見返した。 「私はそもそも彼女に復讐を助けてって頼まれた協力者だし、彼はそこのパトカーの中」 女は楽しそうにそう言って笑った。 「あなた、私の目を見たわね」 瞬間、猗鈴の視界が血液でも垂らした様に端からじわじわと赤く染まり始めた。 動悸が激しくなり、赤くなった視界の焦点は合わず、言うことを聞かない身体に猗鈴はその場で胸を押さえて倒れ込んだ。 「……んー、堕とせない。あなた耐性ある子なのね。過去の最悪の記憶をフラッシュバックさせるぐらいしかできないなんて、人間の身体だから仕方ないとはいえ少しショックだわ」 そんな彼女の言葉は最早ほとんど猗鈴の耳には届いていなかった。 道端で死んでいる姉がいた。 腕は寒さに耐えるかのように身体を抱き死んでいた。 ヒールを履いていつも猗鈴よりも高かった姉が、猗鈴にはできないことを色々する姉が、軽率なところとか少し嫌いなところまで含めて大好きだった、愛していた姉が死んでいた。 丸まって亡くなっている姿は記憶の中の姉に比べてあまりに小さく、猗鈴の心をかき乱した。 ふと、場面が変わって姉の死体は棺に収まっていた。生きていた時の様に化粧がされても冷たい身体、それを、猗鈴はどう受け止めればいいかわからずに火葬場まで見送った。 火があった。 姉の身体を焼く火があった。そして、また場面が変わった。 燃えているのは、猗鈴の幸せだった。まだ小学生の姉が猗鈴の手を引いて火の中から連れ出そうとしていた。 でも、猗鈴の目は火の奥に向けられていた。じっと見ていた、そこにあるものをじっとじっと見ていた。 泣きじゃくり、嗚咽し、泣きながら猗鈴を火から逃そうとする姉を困らせながら、猗鈴は火の奥を見ていた。目がどうしても離せなかった。そこに救いはないとわかっても。 一方の公竜は、猗鈴がその場を去ると、マシンガンを撃ちながらダイヤルを回した。 『タンクモン』『ハイパーキャノン』 音声が鳴ると公竜の胸の砲口に光が集まり、一個のミサイルとなって発射される。 「そんなの……ッ」 それを避けようと、織田はがむしゃらに脚を動かそうとする。しかし、不意に飛んできた弾に足の指を撃たれてバランスを崩して倒れた。 「避けられちゃ困りますよ」 鳥羽が煙がまだ出ている銃を構えて笑った顔が、ミサイルの直撃する前に織田の見た最後の映像だった。 「あ、きゃあああッ!!」 爆発が晴れると、床に倒れた織田のメタルグレイモンの身体には幾重にもノイズが走る様になっていた。 それを確認して、公竜は胸の砲口を消すと、自身の胸についた檻の扉の様な意匠の鍵穴に指を入れて開いた。 そこには虚な穴が空いており、織田のメタルグレイモンの身体はノイズがかかった場所から人間の身体だけを残して吸い込まれていき、それも終わるとパキンと音を立ててメモリが壊れて転がった。 「……腕が治ってるのは何故だ」 「説明書によると、人間体に欠損があったら破壊するメモリのリソースを使って欠損を修復する様に再構成してから、メモリを破壊する様に作られているらしいです」 鳥羽が懐から取り出した冊子を見ながらそう言うと、なるほどと公竜は頷いて壊れたメモリを拾い鳥羽に渡した。 「脱出だ、この建物はもう保たない」 気絶した織田を抱えて公竜達が建物から出ると、少し遅れて建物が爆発して崩れていった。 そして、パトカーの集まっている辺りまで二人は行こうとして、その手前で変身が解けた状態で倒れている猗鈴に気づいた。 『猗鈴さん!? 応答して!! 何が起きたの!!』 猗鈴の持っている通信機からそう盛実の声が響く、それを見て、公竜は鳥羽に織田を預けた。 「大西さん、そこに倒れている彼女に何が……」 そして、すぐそばに止まっていたパトカーの側に立っていた大西の方へと小走りで近づいていき、その肩を掴んで自分の方を振り向かせ、そのまま固まった。 大西の目は虚で、立ってこそいるものの意思らしい意思が感じられない状態だった。 公竜が思わず手を離すと、大西はその場にくにゃりと倒れた。 「なん……」 「公竜さん、他の人達も同じ感じです。多分なんらかの催眠か洗脳、それの待機状態です。無力化だけして去っていった。みたいな感じ」 「……そうか。命に別状がないならとりあえず病院かどこかに連れて行こう。救急車を改めて要請する」 そう言って公竜が携帯を取り出すと、また、猗鈴の通信機から盛実の声が響いてきた。 『すみませーん、それなら今ちょうどいいのがそっち着きまーす』 「ちょうどいいの?」 鳥羽が復唱すると、それはすぐにやってきた。 乗用車二台いくかいかないかの幅と三メートル近い高さを持つ明らかに通常の車両とは異なるが、重機ともまた異なる車両はビルのすぐ前に止まると、その屋根がガパッと開いて見た目相応の空間が現れた。 「……ちなみに、車検とかは。あと、武器を積んでいたりしないでしょうね」 公竜の言葉に、盛実は少しの時間沈黙した。 『そんなことより! ここから大人数連れ出すことが大事! だと!思います!』 「……鳥羽、消防と警察に連絡を」 「あー……はい、そうですね。つまり、私達は違反車両なんて何も見ていない。というやつですね」 「……これは全く関係ない話ですが、少々感情的になって、美園さんにはひどく迷惑かけましたし」 『あー……はい、恐れ入ります』 かっこいいんだけどなぁと盛実は小さく呟いたが、公竜と鳥羽はその発言を無視して装甲車をいないものとして扱った。 そうして事件は、真珠の逃走こそゆるしたもののひとまず収束したかの様に思われた。 しかし、織田が目を覚ますと事態は一変した。 「お兄ちゃんって誰ッ!? 私、私は一人っ子で……なんで、なんで私あんなことを……ッ!?」 「織田さーん。落ち着いてくださーい、焦らずゆっくり深呼吸してくださーい」 ベッドの上で急に叫び出した織田に、看護師がそうゆっくりと声をかける。 それを見て、天青はすぐには状況が飲み込めなかった。 「これは、どういうことなんですか、大西さん」 「……本人の言う通りだ。あの女の子に兄はいねぇ、兄がいると思い込まされていた。催眠とか洗脳とかそういうやつだ」 戸籍とか家族、周囲の人間にも聞き込みをした。大西はそう言ってバツが悪そうに頭をボリボリとかいた。 「家族曰く、思い込みは強い子だったらしいが……自己暗示で実際に存在する組織の幹部が兄として急に生えてくるとは思えない」 これもデジモンの能力ってわけだと大西は言った。 「つまり、誰かが彼女に偽りの記憶を植え付けてメモリを渡し、柳の協力者に仕立て上げた」 それを聞いて、天青は猗鈴の状態に思いを馳せた。 天青はすでに、目を覚ました猗鈴から目を見ただけで猗鈴を昏倒させた救急隊員の姿の誰かの話は聞いていた。 天青自身は後のことを考えれば戦えない。しかし、果たして猗鈴はどこまで正気なのか。猗鈴が自覚なく洗脳されていることも全く考えられないわけではない。そらは大西や他の警察官達も同じ。 「猗鈴さんについて、本格的に調べるべき時が来たかもしれない」 天青はそう口にして、織田の病室を後にした。
ドレンチェリーを残さないでep13 content media
1
3
26
へりこにあん
2022年3月27日
In デジモン創作サロン
「天青さん、マタドゥルモンというデジモンに会いました」 心配する便五を今度説明するからと無理矢理帰して一晩たって、いつものように喫茶店にいた天青に対して猗鈴は開口一番そう投げかけた。 すると、天青はポケットの中からサングルゥモンメモリを取り出してその中にカードが入ってるのを確認して、猗鈴の顔を見た。 「……それは、どこで?」 「佐奈と呼ばれていた男の頭から出てきました。こっちのことを知っているみたいで、男の方はメモリも使っていました」 「頭から……少しまってて」 そう言って、天青は地下室へと降りていき、数分すると博士と共に一冊のファイルを持って上がってきて、それをカウンターに置いた。 そして、外に出て店の看板をOPENからCLOSEDに切り替えるとまた猗鈴の顔を見た。 「……何か飲む? きっと長い話になる」 「いつも通り、クリームソーダで。それで、彼等は何者なんですか」 天青がクリームソーダを作り出すと、代わりに博士がファイルめくって中学生か高校生ぐらいの男の子の写真が貼られた書類を出した。 「多分これが高校一年の時の彼。彼等は、私達と同じ高校の一学年下の世代」 「同じ高校なんですか?」 猗鈴がそう聞くと、天青はこくりと頷いた。 「そう、私達の時は、高校生の脳をデジモンデータの記録媒体にしていたから、私達の母校はその培養器になっていた」 天青はそう淡々と告げた。 「彼自身の事は詳しく知らない。けど、このファイルにまとめられているのは、事件が終わった後に脳に寄生していたデジモン達をデジモン達の世界へと送らなかった、送れなかった人達」 「その佐奈という人は何故……」 「彼は、記録によると私達が送り返す準備を整えるよりも前に、父親の仕事の都合でスペインに渡ってる。そこから更に南米に行ったことまではわかっているけど、デジモンに関しての情報はなし。本人も当時は寄生されてる自覚がなかったと思われる」 私達も直接の面識はないと天青は締めくくった。 「つまり、何もわからないんですね」 猗鈴としては単なる事実の確認だったが、天青は少し申し訳なさそうな顔をした。 「……そうだね。でも、今の時点の戦闘力もそうだけど、将来的に見た方が厄介かもしれない」 盛実もいつものテンションはナリをひそめて真剣なトーンでそう言った。 「何がですか」 「マタドゥルモンは進化させちゃいけないデジモンなんだ」 「でも、level5ですよね? そう簡単にlevel6になれるんですか?」 「……そのマタドゥルモンなら、なれてしまうと思う」 やはり真剣なトーンのまま、盛実は続けた。 「デジメモリの中に入ってるのはデジモンのデータだから、相性がいいとは言っても基本的にヒトである限りその力を100%は引き出せない。半分引き出せれば上等、九割近く引き出せる猗鈴さんとかはかなり異常な部類って感じ。でも同時に、デジメモリはヒト用に加工されたクロンデジゾイドを使ってるから、デジモンに組織のデジメモリを挿してもそもそも力を引き出せない」 風切がデジモンの姿で挿して意味があるのは根本的に人間だからかなと猗鈴は思った。 「ヒトの脳内で育ったそのマタドゥルモンは、ヒト由来の性質を持ったデジモン。マタドゥルモンに相性がいいメモリ……例えば、それこそマタドゥルモンメモリなんてものがあれば、おそらく簡単に挿して力を倍増させることができてしまうし、その結果進化してもおかしくない」 「いや、でもそれは都合よくメモリが見つかればなんじゃないですか? 男の方がデスメラモン使ってたのは、多分、そんなメモリがないからじゃ……」 それがそうでもないと天青はサングルゥモンメモリを猗鈴の前に出した。 「サングルゥモンメモリは、マタドゥルモンメモリを私が扱えるようにデチューンしたものなの」 マスターの適性は堕天使を中心にしてるから、純正の生まれつきの吸血鬼のデジモンは適性低いんだよと、博士が横から補足した。 「……もし、彼等にこのメモリが渡って、使われたらどうなるんですか?」 「おそらく、吸血鬼王グランドラクモンになる。以前話した、戦闘力なら組織がこっちに喚ぼうとしている大魔王に匹敵する種のデジモン」 「グランドラクモン……」 猗鈴が復唱すると、そう、と盛実は重々しく頷いた。 「人間世界に悪影響を与えられるデジモンとして考えた場合、グランドラクモンは最悪と言える一体。声だけで天使を堕とし、瞳を見たものの心を闇に引き摺り込む。その強さも他に似たような性質を持つデジモンの遥か上を行く。一言……例えば殺し合えなんて喋る動画をネットに流すだけで世界中の人が殺し合いを始めるかもしれない、そんなデジモン。それがグランドラクモン」 「……サングルゥモンメモリを壊すのはダメなんですか?」 「それも良くない。これがないと、グランドラクモンの魅了に対抗できない」 盛実はそう言って、サングルゥモンメモリをつまみ上げた。 「対抗できるんですか?」 「このメモリを解析して作ったプログラムを耐性のある人か耐性のあるデジモンのメモリを使った人に使わせれば、理論上は無効化できる」 「……それでも、恐れる必要はあるんですか?」 「理論通りには多分いかない。そこまで高い耐性のひともいないだろうし、プログラムが体質にあって100%機能することもまずあり得ない。長くて数時間しか効果は持たない」 それに、と天青は博士を見ながら口を出した。 「グランドラクモンの大魔王と並ぶ強さはその洗脳によるものじゃないでしょう?」 「そう、多分大魔王クラスには洗脳効かないから、並ぶとされている強さは洗脳能力を除いた上でのもの、だろうね」 「……勝てるんですか?」 「多分無理。でも、これはデジタルワールドにいるグランドラクモンの話でもある。彼等がグランドラクモンに進化したとしてすぐに大魔王クラスになるわけじゃない筈だしね!」 そもそも私製のメモリは基本的には生身に使えないしと博士は急に気の抜けた顔をした。 「だけど、奪われたらきっとすぐに対応される。一番の対策は組織に渡さないことかな」 天青はそう言いながら、しかし少しだけ笑った。 「猗鈴さんのウッドモンメモリがあればサングルゥモンメモリは使わなくてもいい。どこかに隠しておくなりなんなりしておくこともできる。組織の基盤はこの地域だから、一度別の土地に移すとかも手だろうし」 そこまで天青が言って、ふと猗鈴は佐奈の言葉を思い出した。 「そういえば……その人達、例の組織の人じゃなかったのかもしれないです」 「……どういうこと?」 「小手調べって言ってたんです。私達のデータは姫芝達が収集していた筈、でも、彼等は少し話を聞いた程度という雰囲気でした」 猗鈴の言葉に、天青と盛実はま眉しかめた。 「組織とは関係ないってこと?」 「でも、デスメラモンのメモリを使ってたんだよね?」 「はい、それにセイバーハックモンメモリに驚くそぶりもなかったので、柳さんとは関係あると思います」 「なら組織なんじゃないの? 柳は組織の人間だったわけでしょ?」 博士の発言に、天青は難色を示した。 「でも、彼女は任せられた内容も考えると準幹部クラスだった筈、今までの印象だけど、その情報をぞんざいに扱える程組織の幹部層は厚くないはず、柳が組織から他所に情報とメモリを流しているとか?」 確かにと猗鈴は頷いた。 「組織からメモリを買っているどこかの犯罪グループ所属とかも考えられるかもです。自分達の組織じゃないから、ややぞんざいに扱われるとか」 猗鈴の意見にあるかもしれないと天青達は頷いた。 そして、ふと天青はしっと人差し指を立てると、つかつかと店の入り口へ歩いて行き、そーっと扉を開けた。 「よう、今大丈夫かい?」 「大西さん……えぇ、丁度警察の協力が要るかもしれない話をしてたんです」 ところで、と天青は大西の後ろに立っている背が高いひょろっとした男をちらりと見た。 「あぁ、俺はこの人の紹介のために来たんだ。入れてくれ」 「……わかりました。先にそっちの話を聞かせてください」 どうぞと天青は二人を店の中に通した。 男は猗鈴の目にはどこか奇異に映った。天青の様に他人には見えない翼が見える訳でも、佐奈の様に頭からデジモンが出ている訳でもなかったが、何か二重に見えている様なそんな違和感があった。 「……その人も、デジモンの関係者ですか?」 「……えぇ、僕は警察庁からここのデジメモリ犯罪対策室長に赴任しました。小林公竜です」 男はそう言ってぺこりと頭を下げた。 「デジメモリ犯罪対策室……」 「大学の件があったろ。理事の中には県の有力者もいた。デジメモリ犯罪に関しての体制を再編することになったんだ」 ほれ、俺もデジメモリ犯罪対策室対策課第一班長になった。と大西は新しい警察手帳を見せた。 「そして、聞いた話だと警察庁では昔から秘密裏にデジモン関係の犯罪に関わってきたらしい」 大西が心強い味方だろと言うと、天青と博士は微妙な表情をした。 「……そちらの事情は、ある程度知ってます。印象良くないのもわかってますが、僕が当時警察に勤めてすらないのもわかりますよね?」 公竜の言葉に、猗鈴はその場にいる全員の表情を見た。大西は事態が飲み込めないという様子で、何も知らされてなかった様に見え、盛実は天青を天青は盛実を気遣っているように見えた。そして公竜はどこか冷めて見えた。 「今日ここに僕が来たのは、後でトラブルにならないために、所属と僕のスタンス、あと要求を一つ伝えておくためです」 そう言って公竜は指を三本立て、所属はお伝えしましたと一本折った。 「僕は大西さんを通じてあなた達を詮索したりしませんし、大西さんからあなた達に情報を流したり支援したりするのを止めることはありません。しかし、それはあなた方を認めている訳ではなく、野放しにして事件なら収まりがつかなくなるのを避けるためです」 これまで対処できなかったのは警察側の不手際である為というのもあります。と言いながら、公竜は二本目の指を折った。 「……要求、というのは?」 「吸血鬼デジモンのメモリです。それを渡して頂きたい」 それを聞いて、天青の目は明らかに敵意を見せていた。 「何故?」 「詳しく言えませんが、それを私達はあなた方より使えます」 公竜の言葉には歩み寄ろうという様子は見えなかった。 「……サングルゥモンメモリの力を強く引き出すのは危険過ぎる。私達より適性があるなら尚更渡せない」 「まぁ……そうなりますよね。でも、その内に渡してもらいます。私から見たらあなた方と例の組織との戦いは暴力団同士の抗争の様なものですからね」 では、失礼しますと言って公竜はスッと立ち上がった。 「あ、ちょっ……室長」 大西が止めようとしたが、公竜は黙って店から出て行こうとした。 「おまえさん達も誤解してるって、室長はそんな悪い人じゃねぇよ? あっ、だから待ってくださいって室長!」 大西の言葉に天青は何も答えなかった。猗鈴には、盛実はどう天青に声かけたらいいかわからなくてヤキモキしている様に見えた。そして、盛実もわからないのに猗鈴には尚更わからなかった。 ふと、店内に公竜と大西が戻ってきて、猗鈴が何があったのかと見てみると、その奥から便五がひょっこりと顔を出した。 「あ、あの……なんかタイミング悪かったですか?」 「さっきぶりだけど、どうしたの便五君」 「いや、なんか……さっきここに持って行くようにってこれを渡されて……」 そう言って、便五は可愛らしいクマのぬいぐるみを取り出した。 「……天青さん」 「うん、私にも見える」 「便五くん、それそこの机にゆっくり置いて距離取って」 「え? うん……」 よくわからない様な顔をしながら、便五は机の上にぬいぐるみを置いた。 そして、そのまま数歩下がった。 「じゃあ、そのままそこから動かないでね」 猗鈴はそう言うと、ウッドモンメモリに手をかけた。 『ウッドモン』 電子音が鳴ると同時に、ぬいぐるみが急に爆発した。 「え!? ば、爆弾!?だったの!?」 「……まだ終わってない!」 猗鈴がそう口にし、何かを探す様に見回していると、不意に公竜が懐に手を入れて四角い箱を取り出した方思うと振りかぶって何かを壁に叩きつけた。 「ぎゃっ!!」 そう小さな悲鳴を上げたのは、丸いカプセルの様な鳥の様な手ですっぽり覆えるサイズの生き物だった。 「……こいつがぬいぐるみを中から爆発させたのか?」 「いえ、違います。押さえつけたままは危ない……そいつ自身が、爆発する!」 猗鈴がそう言うと、公竜の持った箱と壁の間でその生き物が爆発した。 「っぐ……この箱は特別性だ。そんな程度で破損することはない」 爆発に壁には焦げ跡とヒビが入ったものの、公竜の持った箱はびくともしなかった。 『ミミックモン』 反対の手で灰色のメモリを取り出すと、公竜はそれを箱に挿した。すると、箱に面が一つスライドして、檻のような格子が現れた。そして、それをよく観察する時間もなく、その中から黒い腕が伸びたかと思うとカプセル状の生き物を中に引き摺り込んでしまった。 「……今のは本体というより能力で生成された使い魔か」 そう言うと、公竜は爆発で床に千切れて転がったぬいぐるみの残骸を拾うと、中から金属製のカードを取り出した。 「犯行予告だ。お前達が来ないと『鳥使い』は街中に今の鳥をばら撒く。そう書いてある。差出人の名前はファウスト、心当たりは」 睨んでるような目で公竜は部屋の中をじろりと見渡した。それに、盛実は一瞬ひゅっと声を上げた。 「……ふぁ、ファウスト博士は戯曲の登場人物で!メフィストフェレスを呼び出した人で……」 「……つまり?」 「私達はメフィスモンというデジモンのメモリを使う、柳真珠という組織の女性と戦っている。万が一第三者に見られた時のために遠回しな表現にしたのかと」 写真はこれ、と天青は真珠の写真を公竜の足元に投げ捨てた。 「……この女を探し、もしばら撒かれた時のために街に警官を配備します」 そう言うと、公竜は写真を拾い、カウンターの上に金属製のカードをバンと叩きつけるように置いて帰っていった。 「……猗鈴さん、この場所にあなた一人で行くようにと書いてある。私と博士は今回はちょっと先にやることがある」 わかりましたと言って、椅鈴が出ていくと、ふーと深くため息を吐いたあと博士は怪訝そうな顔をした。 「……マスター、見えてたよね。あのチビキウイモン」 「……チビキウイモンって言うんだあれ」 「マスターの眼はただデジモンを見られるだけじゃない、動体視力もデジモン並なのは知ってる。爆発で目眩しして飛び出したからって、見えてないわけがない。動けなかったんでしょ」 「まぁね、この前サングルゥモンメモリ使った時に幹部と戦った時の傷口開いてて……爆発に対して動こうとしてまた開いた」 そう言いながらベストを脱ぎ、シャツから腕を抜くと、腕全体を覆うように巻かれた包帯の至るところに赤色が滲んでいた。 「……世莉さん」 「久しぶりね、その呼び方」 「魔王が現れたら、吸血鬼王が現れたら、マスティモンのゲートは唯一の勝ち筋なんだよ。その状態じゃマスティモン仕様のベルトが準備できても魔王を送れるだけのゲートを開けなくなる」 「そうだね……本格的に、メモリ使うの禁止かな」 「そう、世莉さんがやっていいのは五感による探知役のサポートだけ」 そもそも前の時点でそのつもりだったんだけどねと盛実はじっとりした視線を天青に向けた。 天青は盛実から目を背けて自分の手を見た。念じながら力を入れれば皮膚は黒くデジモンのそれに変わっていくが、それと同時に皮膚にばっくりと亀裂が入って血が流れだす。 「……メモリを使えばマスターの肉体は反射的に肉体をレディーデビモンのものへと換えようとしてしまう。でも、マスティモンの反動でレディーデビモンの腕は皮膚が焼け骨は崩れかけてる様な状態。表面上傷が塞がって見えてもそんなの瘡蓋みたいなもので、中身はズタボロなんだからね」 世莉さんは不死身じゃない。と盛実は念を押すと白衣の下に着た作業着のポケットから一枚の絵を取り出した。 「……いや、回復にエカキカキ使ったらベルトの出力落ちるでしょ。人命がかかってる」 「自分も人なの……忘れてない?」 『エカキモン』『エカキカキ』 盛実は作業着の下に着たベルトに刺さったメモリのボタンを押した。
ドレンチェリーを残さないで ep12 content media
1
4
25
へりこにあん
2022年2月11日
In デジモン創作サロン
大学での事件から一週間経ったが、猗鈴達はメモリの生産施設を攻撃できていなかった。 「……メフィスモンとやなパーには完全にしてやられたね」 盛実はそう呟き、メロンソーダにストローでブクブクと息を吹き込んだ。 「中身入りのメモリに加えて、人間の側も組織の人間。というパターンは頭から抜けてたし、お陰で迂闊に攻められなくなった」 盛実と天青は元々中身入りの存在を知っていたが、それでもメモリを使う犯罪者か中身入りのメモリに使われている被害者か、人かデジモンどっちかが主導の二択しか考えになかった。 しかし、真珠はそのどちらでもなかった。真珠もメフィスモンもどちらも組織に属していて、場面によって入れ替わる共生関係にあった。 「メモリ生産設備に入り込んだとして、戦って倒した相手が乗っ取られただけの人なら助けなきゃですけれど、使わせている組織の人間だったら背中から刺されますもんね」 猗鈴の言葉に盛実はうんうんと頷いた。 「それもそうだし、ほぼ全ての敵に対して二回戦うかもしれないと考える必要も出てくるまともに戦えるの二人だけでその想定はスペック的にもきつい」 「……でも、もうそう言って一週間ですよ?」 「そう、だけど手をこまねいていた訳でもない。私達にはもう、生産設備に忍び込んでなるべく敵と戦わずに機能不全にする箇所をピンポイントで破壊する他ない。その、ポイントを博士に考えてもらっていた」 天青がそう言うと、盛実は打って変わってえっへんと胸を張った。 「結論から言うと、製造を止められそうなポイントは三つあります」 「三つ?」 「ふふっ、そう慌てなさんな」 慌てた覚えはありませんがという猗鈴の言葉を無視して博士は話を続ける。 「どれか一個壊滅させるだけで向こう半年はメモリ製造できなくなる筈だから、同時に本拠地も突き止められれば十分相手の勢いは削げるよ」 「それはすごいですね」 猗鈴は素直に頷いた。 「そう! というわけで三つのポイント。一つ目はデジモンデータの大規模記録媒体、二つ目は原料となるクロンデジゾイトメタル、三つ目、これが大本命なんだけど……クロンデジゾイトメタルをクロンデジゾイドに精製する機械」 と言って、盛実は指を三つ立てた。 「……正直よくわかってないんですが、メモリ自体を作る機械は狙わないんですか?」 猗鈴にはクロンデジゾイトメタルもクロンデジゾイドもよくわからなかった。 「うん、狙わない。だってそれは材料さえあれば普通のメモリを作る機械を流用できちゃう。すぐ手に入らなくとも買えるし、買えなくとも国内でメモリを生産してる工場から盗んでくるとか、小規模でもパーツ買って手作業で作り続けるとかできちゃう」 「なるほど、代替可能なんですね」 そういうこと、大学経由で手に入れた機械を調べてそれがわかったんだと盛実は得意げに言った。 「で、デジモンデータはまだわかるんですけれど……保管媒体って壊せますか? クラウドとか外部に保管してたらお手上げでは?」 「それはメラモンとかの発言を思うと無いと思うんだけど……中身入りじゃない純粋に力だけのデータに関しては否定できないから二つに比べると望みは薄いね」 それでクロンデジゾイドに目をつけたと、と天青は盛実に話の続きを促した。 「そう、クロンデジゾイドはメモリの端子部分に使われている合金で……生き物と融合できる性質がある」 「生き物と」 猗鈴の頭に浮かんだのは、肉体とメモリが融合していく様子だった。 「そう生き物と。脳信号が電気でやりとりされてるからって、普通のUSBを腕に挿そうとしてもそもそも挿す場所もないし、無理に刺しても血が出るだけで融合なんてしないでしょ? それを解決するのがクロンデジゾイド」 私式はベルトに挿すから使ってないけどと言いながら、盛実はローダーレオモンメモリの端子を手のひらに押し当てて見せた。 「そんなクロンデジゾイドの原料がクロンデジゾイトメタル。これはデジタルワールドでしか発見例のない鉱物。当然合金に精製する機械もまず、デジタルワールドにしかないし数が用意できるとは思えない。一個のメモリに使うのも少量だし予備があるとは考えにくい」 「なるほど……クロンデジゾイトを奪えれば確実だけど、量もわからないし、分けて保管してあることも考えられる。でも、精製する機械ならば手が塞がることもなくおそらく一つだけなんですね」 「それならいけるかもしれない」 「だしょー?」 天青と猗鈴が頷くと、盛実はそう言ってにやっと笑った。 「その機械がどういうものかとか、設置場所とかも盛実さんにわかってるなら、近い内に行けそうですね」 「あー……それは無理。クロンデジゾイトは稀少な上にかなり実用性が高い鉱物、昔のデジタルワールドではその加工法は秘匿されてて、地域とか個々の政略とか毎に試行錯誤の末に独自で編み出してた歴史がある」 盛実は至極申し訳なさそうにそう口にした。 「ということは」 「いっぱいある精製方法の内、人間が扱える方法はとか、そういうのを検証するとこから始めないとなのよ。マスターに水路の有無とか排水のサンプルとか取ってもらいつつ、って感じだから……すぐには無理。施設の構造とかも調べなきゃだし、下調べすることはやろうと思えば幾らでもある」 「……そうですか」 「なんかごめんね。お姉さんに関してのそれを早く知りたいだろうに」 めちゃくちゃ申し訳ないけど頑張るからと言うと、猗鈴は首を横に振った。 「いえ、理由はわかりますし……個人的にもそれまでに何か決着をつけないといけない相手が何人かできた気がするので」 「真珠さんのこと?それとも、風切?」 「彼女達もそうですし……」 「……姫芝のこと?」 天青の挙げた名前に猗鈴はこくりと頷いた。 「そうです。姫芝……犯罪者だから止めなきゃというそれとは別に、なんとなく、尊敬している様な嫌悪感の様な……まぁ、姉さんに比べたらどうでもいいんですけれど、そんな感じがあるんです」 その言葉に天青は少し視線を揺らしてから頷いた。 「そっ、か……ちなみに猗鈴さん。友達とかはいる? ここに映画のチケットが二枚あるんだけど」 「……なんですか、突然」 猗鈴は腑に落ちないという声を出した。 「調査の時には猗鈴さんにできることは少なそうだし、姫芝と風切に関しても向こうが動かなきゃ何もできない。お姉さんについて調べるのが猗鈴さんの目的な訳だけど、ここの『探偵』としては、守っている日常ってどんなものっていう事もちゃんと知っていて欲しいんだよ」 「……でも、私映画に誘う様な友達いませんよ?」 ちなみにこのチケットはどこからと猗鈴が尋ねると、天青は博士が入場特典目当てでと言った。 「元は一日二回、初日と二日目で計四回見るつもりだったんだけど……入場特典くれるならまぁ仕方ないかなって気もしなくはない……でも、ちゃんと観てね! 寝ないでね!」 盛実は必死の形相でそう言った。 「一枚でいいんですけど」 「それはダメ、探偵としての研修だと思って。映画館での飲食分は経費にしていいから」 まぁそれならと猗鈴はチケットを受け取った。映画館で食べるキャラメルポップコーンは家で食べるのとはまた違う趣がある。それか猗鈴は嫌いじゃなかった。 猗鈴が喫茶店から出ていくのを見送って、それから盛実は天青の頬をえいとつねった。 「考えあってのことだよね? ねぇ?」 私の前売り券なんだけど? と盛実はわざとらしく地団駄まで踏んで見せる。 「いすずひゃんは、どこか自分も他人も俯瞰ひて、他人事みひゃいになっへふとこがあるから……ほれをひに、少し他人をいひきひてもらいたくて」 「何言ってるかわかる様なわからない様な」 盛実がそう言うと、天青はほほをつねる盛実の手を解いた。 「猗鈴さんはまだほんの数日なのにデジモンともバリバリ戦えて頼もしいけど、そこに躊躇いもないのは不安になるねって話」 「……でも、この前なんかあそこでセイバーハックモン使って仕掛けてれば、みたいな相談してなかった?」 というかアニメ映画見て即影響される子ってやばいよ? と盛実は言った。 「してたけど、あれは戦うことに葛藤したんじゃなくて、戦い方を間違ったかもって葛藤だと思う。もしかするとそこが、猗鈴さんにとっては大事なのかもしれない」 「よくわからんことがさらによくわからなくなったんだけど……」 「私もなんかそこの違いは重要だと思うんだけど……じゃあなんなのかってとこまではよくわからない。彼女みたいにはいかないね」 そう言いながら、天青はエンジェウーモンメモリをちらりと見た。 「……セイバーハックモンメモリも、安定はしてたみたいだけど想定と全然違う挙動したみたいだし、わからないことだらけ」 そんな天青を見た後、空を仰いで盛実ははぁとため息を吐いた。 「ちょっと待って、セイバーハックモンメモリ、想定外の挙動だったの?」 天青はそう言って盛実の腕を掴んだ。 「え? うん。本当は体の右側半分だけセイバーハックモンメモリがガッツリ覆う予定だった」 「……なんでそんな扱いにくそうな形に」 「え、いや……ちゃんとシリアスな理由あるよ? ウッドモンメモリ程適合率高くないから、全身に分散するとちゃんと形にならなかったり強度落ちる危険があって……だから右半身の特に脚部から、適合率に合わせて右半身を覆うように展開する設定にしたの。猗鈴さん、殴り合いの時に半身になってること少なくないし、右側前に出してガードして剣出して左手に持って戦うイメージ」 「……でも、現実にはそうならなかった」 「うん。リスペクト要素は消えたけど、手足にと頭に固めるのはそれが可能とわかってれば一番いい集め方だよね。ウッドモンメモリ部分の形状も変化してるのも本気でわけわかんないけど……やっぱり、セイバーハックモンで足りないとこをカバーしてるんだよね」 そう、リスペクト要素はなくなったけどと、盛実はまた鳴いた。 「……ちなみに、博士はなんでそうしなかったの?」 「それは、テストするタイミングなかったから調整もできなかったの。どれくらいの出力が出るか、使ってみなければわからないからね」 盛実の言葉に天青は少し考え込んだが、うまく考えがまとまらず首を傾げるしかできなかった。 喫茶店から出て家に帰ると、猗鈴は二枚のチケットを見てんーと悩ましい声を上げた。 猗鈴がそういったものを受け取る機会は今までにもなくはなかった。だが、大抵それは姉に渡していた。姉なら幾らでも誘う相手がいる。だからそうしていた。 研修と言われた以上は自分は少なくともいくべきで、しかも中身はまぁまぁ若者向けの恋愛もののアニメ映画で、養父母に渡す様なものでもなく、その片方を誘うのも何かおかしい。 「とりあえず、ランニング行こうかな」 一応誰か誘えそうな相手に会った時の為にとポケットに忍ばせて、ランニングをする。 守っている日常がどんなものかと、天青が言ったことを思い出し、猗鈴はいつもランニング中につけているイヤホンを外した。 猗鈴がこの街に住み始めたのは大体十五年前、ちゃんとランニングをし出したのはここ数年、でもそれまでも猗鈴はよくこの街を歩いていた。 遊ぶ友達もいないし、別に家が居心地悪いわけでもないのだけど、家が居心地いいからこそ猗鈴は外によく出た。 でも、猗鈴は街並みをあらためて見ようとしても、感慨の様なものは覚えなかった。街に対しての思い入れが薄いのかなとは思ったが、猗鈴はそれでいいと思った。大切なものは少ないか消えものがいい。 そうして、また家の近くまで戻ってきたところで一つの和菓子屋に入った。 「いらっしゃいませー」 そう言った同年代に見える男性は猗鈴は初めて見る店員だった。 「酒饅頭を二つ下さい」 「はーい」 そう言って男性は饅頭を二つ、紙袋に包む。 猗鈴は値段を確認して小銭入れを取り出し料金を払おうとして、男が猗鈴のことをやけに見ているのに気づいた。 「何か顔についてますか?」 「いや、そういうことじゃないんですが……美園さん、ですよね?」 「そうですが……」 近所なので知ってる人がいること自体はおかしくない。知り合いだとは思えなかったし、姉ならともかくなぜ自分がとも猗鈴は思ったが、それだけだ。 「小学校の時に同級生だった米山便五(ヨネヤマ ベンゴ)って覚えてますか?」 「……覚えているよ」 猗鈴は覚えていなかったがそう口にした。すると、彼はパッと顔を明るくした。 「僕がその便五だよ。覚えているとは思ってなかったから嬉しいなぁ。魔王とか呼ばれてた美園さんと違って僕は地味だったから」 そのあだ名は初耳だなと猗鈴は思ったが、覚えていなかった負目があったので黙って頷いておいた。 「いつも、母さんから美園さんが来てるって話は聞いてたんだけど、僕も小学校の頃の姿しか覚えてなかったから最初わからなかったよ」 「そうなんですね」 「あ、引き留めてごめんね。おまけに干菓子つけとくから」 「いや、でも……」 遠慮しようとして、ふと猗鈴は映画のチケットの存在に思い当たった。 「じゃあ、代わりに映画のチケット、要ります?」 「え?」 「貰い物なので……」 「でもそれは……」 「二枚あるので……」 ふとそこまで言って、来場者特典は貰ってきてと言われていたことを思い出した。 「……一緒に行きましょう。今週の土曜か日曜に」 「じゃ、じゃあ土曜で……」 「では、正午に駅集合で」 猗鈴はそう言ってお金とチケットを置いて商品を受け取るとさっさと店から出ていった。 「こ、れ……デート、かな?」 店には頬を赤く染めた便五だけが取り残された。 土曜日、映画館から出てくる猗鈴を双眼鏡で見ている女が二人いた。 一人は真珠、もう一人はそれより少し年上ぐらいの女だった。 「アレが、メフィスモンを倒したやつか……デートっぽいけど笑顔ひとつないのね」 黒髪の初老の女がそう言うと、真珠はずずっと缶のコンポタを啜った。 「美園姉妹にまともな感情なんて期待しない方がいいわ。多分どっちも血の代わりにオイルが流れてる」 そう吐き捨てると、ぽいと地面に缶を投げ捨てた。 地球には優しくしないとと言って女は缶を拾うと、それを真珠の方に突きつけた。 「復讐したいのに抜けてよかったの? 組織」 「夏音はリヴァイアモンのお気に入りだし、猗鈴は組織の枠の中だと戦えるのは自衛の時だけ、あのままじゃどっちもまともに殺す機会がない」 真珠は突きつけられた缶を取ることはしなかった。 「なるほどね、しかもあなたじゃどっちも正面からは殺せない」 「……殺してみせるわよ。今度は魔術で色々仕込んでから挑むもの」 女の言葉に、真珠は顔を紅潮させて歯軋りしながらそう言った。 「いやいや、メフィスモンならともかく、人間のあなたに魔術の知識がある? ないんだから同じことはできないでしょう? 話を聞いた感じ、向こうはデジモン同士の戦いに慣れてる支援役がいる。それ以上の有利をあなたが独力で用意するのは無理、また距離を詰められて一方的に有利を押し付けられてやられるだけよ」 ぐっと唸った後真珠は黙り込んでしまった。 「第三勢力を作って掻き回すとこから始めましょう? 三つ巴や消耗したところを襲う。そうすればあなたが弱くても勝ち目が出てくる」 「……あなたが手を貸してくれれば話はもっと簡単でしょ」 真珠はそう、悔しそうに呟いた。 「あぁ、確かにね。私なら一捻りだと思う。でも、それが物を頼む態度?」 そう言いながら、女は手の中で缶を潰してこね、小さな球にして真珠に渡した。 「……美園姉妹をぶっ殺すのに力を貸して下さい。お願いします」 「いいわよ」 にっこり笑って女は自分より背の高い真珠の頭を撫でた。 「……ありがとうございます」 「じゃあ、仲間を集めようか。第三勢力を作って、しっちゃかめっちゃか掻き回して、どさくさ紛れにあなたが殺せる状況を整える」 「……そこは同じなのっ……ですね」 一瞬、真珠はタメ口に戻しかけたが、女がすうっと目を細めると口調を正した。 「私が殺すだけなら簡単だけど、それであなたの気は晴れるのか、って話と……私が面白くないって話がある。 「面白くないって……」 「つまらないことして生きていきたくないじゃない? 一生って長いのよ?」 女はそう言って笑うと、手をパンと叩いた。すると、ワインレッドのタートルネックを着た男がスッと背後に現れた。 「とりあえず、彼女の力が見たいわ。適当に誘き寄せて幾らかやり合ってみて。見る限りは、一人ならあなたのパートナーと同格よ」 「わかりました」 「……彼、私が渡したあのメモリを使うんですか?」 真珠の言葉に、女はふふふと笑った。 「展開次第かしらね。デジモンに関係した事件は何も今回が初めてじゃないし、全てが摘み取られた訳でもない。メモリ以外の手もあるわ」 「……それって」 「そういうこと、かしらね」 女は犬歯を見せながら笑った。 「ねぇ、美園さん。さっきの映画について、ちょっとどこかでお茶でもしない?」 「いいけど、どこで?」 映画館でLLサイズのキャラメルポップコーンを食べたあとだったが、猗鈴は便五の申し出に異議を唱えなかった。和菓子屋の息子がどこでお茶をしようとするのか、映画のこととかはもはやどうでもよくてそれが気になっていた。 「駅の近くのスイーツビュッフェのお店とか」 「いいね、あそこ美味しいし」 知ってる店ではあったが、値段を考えると手頃に美味しく猗鈴も時々行く店である。ケーキの味を想像すると、猗鈴の顔には自然と笑みが浮かび、それを見て便五は少し頬を赤くした。 「申し訳ないが、その予定はキャンセルしてもらおうか」 「……何の用ですか?」 男の声に猗鈴が振り向くと、声をかけて来たらしい男の頭からは這い出るようにあまりに奇怪なデジモンが現れるところだった。 矢じりに黄色い毛と紫色の細長い複眼をつけたような頭、派手なピンク色の袖は振袖のように大きく、それを支える上半身は反してやたらに細い。ズボンも膨らませてあり、靴は明らかに刃物で造られていた。 『ウッドモン』『セイバーハックモン』 しかし、猗鈴にはそれが脅威であることもよくわかっていた。 猗鈴は、時折天青の身体から生えている黒い翼を見たことがあった。他の人には見えてない様でもあったが、過去の天青達の事件に由来するのだろうということはなんとなく予測してもいた。 「米山くん、この電話番号に電話して、助けを求めて」 「え、でも……あの人ただ立ってるだけだし」 猗鈴は困惑する便五に天青の名刺を押し付けると、レバーを押し込んだ。 変身を終えた猗鈴を見て、男はにんまりと笑った。 「……そうか、君は見えるんだな? マタドゥルモンが」 「それはなんともそそられる」 マタドゥルモンと呼ばれたデジモンは男の頭の横で浮いていたような状態から、不意に重力に引かれてすとんと地面に降り立った。 そして両袖からしゃきりと音を立てて両刃の剣を指の様に五本ずつ露わにした。 猗鈴は半身になって構えると軽く拳を握り込んだ。 このマタドゥルモンは、天青と同じ過去のデジモン事件からの関係者である。この世界で人の考えを理解し、侮りもしないだろうしおそらくlevel5の力を有している。 そう考えると猗鈴は迂闊に飛び込めなかった。刃物を使う接近戦タイプならば、メフィスモンやフェレスモンみたいに得手を潰して接近戦になるまで距離を詰めれば有利になるという訳でもない。おそらく互角以上の相手で且つ、自分の得手が相手の得手でもある状況は初めてだった。 ならばと、猗鈴は一歩後ろに退いた。 それを見てマタドゥルモンは猗鈴へ向けて跳び、足を振り上げた。それに対し猗鈴は踵落としを擦り抜けてマタドゥルモンの懐へ入るとアッパーを打ち込んだ。 「……腕ではやや非力だな、お嬢さん」 かちあげられた頭を即座に戻してそう呟くと、マタドゥルモンは腕の刃を振り上げながら一歩後ろへと退がった。 それを見て猗鈴は一歩踏み込み、今度は細い腰に向けてフックを打ち込んだ。 「インファイトがお望みか」 マタドゥルモンは殴られた勢いのまま腰から身体をぐにゃりと曲げられながら腕を振りかぶると、猗鈴の二の腕へとそれを突き刺した。 「ぐうっ……!」 「しかし、人は脆いぞお嬢さん。胸にほんの数センチ刺されれば人は死ぬ。何故まともに脚も振れない程懐に入りたいのか理解しかねる」 それに対して、猗鈴は何も言わずにマタドゥルモンの足の甲を刃のついた爪先で地面に突き刺した。 「なるほど、私をここに縫いとめる為か。しかし、それでどうする?」 「こうする」 そう言うと、セイバーハックモンメモリの角とウッドモンメモリのボタンを同時に押し込んだ。 『レッジストレイド』『ブランチドレイン』 猗鈴が足を突き刺した脚を軸に、逆の光る足を振り上げる。 「それは流石に甘すぎる。そんな無理な体勢で私相手にできることは限られよう」 マタドゥルモンは振り上げられた脚を横から腕で払い落とすと、猗鈴の胸に体重を乗せて肘を打ち込んだ。 「さて、次は何を見せてくれる?」 その言葉に、猗鈴は少し離れて体勢を整えると、もう一度ウッドモンメモリを押し込んだ。 『ブランチドレイン』 「……もうネタ切れか」 マタドゥルモンはそう落胆の呟きを残すと、腕を振り払う様にして袖から刃を何枚も飛ばす。 猗鈴はそれに対して、光る足で強く地面を踏み込み地面から何本も枝を生やして防御しながら、マタドゥルモンを囲い込んだ。 「目眩しかな?」 『セイバーハックモン』『セイバー』 「しかし、その音声はいただけない。不意打ちには向かないだろう」 猗鈴が枝の上から突き刺した剣をマタドゥルモンは腕の刃で受け止めた。 「知ってる」 そう呟くと、猗鈴はすぐにセイバーハックモンのメモリの角を押した。 『メテオフレイム』 剣先から撃ち出された弾丸はゼロ距離で爆ぜてマタドゥルモンのガードが開く。その隙に、猗鈴は剣を捨てると枝を踏み台にマタドゥルモンの頭を踏みつけた。 「これで今度は外さない」 『デスメラモン』 ふと、流れてきた電子音に猗鈴が思わず視線をやると、赤いセーターの男が青い炎と鎖をまとった大男のデジモンへと姿を変えるところだった。 そして、猗鈴がまともに反応する間も無く、男の鎖は猗鈴の身体を強かに打った。 「一対一は尊重するのが紳士の在り方なんだが……それで相棒を殺されても困る」 「佐奈……私は負けてないぞ」 「真珠ちゃんから聞いた話では、当たれば枝が伸びてきて拘束能力もあるし、エネルギーを吸いもする。見てる感じ確かにスペックは互角らしい、しかし一度エネルギーを吸われたら倒され切らなくとも形勢を立て直すのは難しい」 「佐奈! それが戦いの醍醐味ではないか!」 マタドゥルモンはそう強く主張したが、佐奈と呼ばれた男は頭を抱えるポーズを取った。 「……マタドゥルモン。今回、小手調べなんだからそこまで本気になるもんじゃあないんだよ」 佐奈と呼ばれた男の言葉に、つまらんと呟きながらもマタドゥルモンは男の方へとすたすたと歩いていった。 「……待って。このまま何事もなく帰れると?」 「なら、人質でも取った方がよかったかな? それとも、まだそこらへんに隠れてる人なんか幾らでもいると思うんだが……顔でも焼いて救助せざるを得ない状況の方がお好みかな?」 佐奈の言葉に、猗鈴はそれ以上何も返さなかった。それを見て、マタドゥルモンは佐奈の頭の中へと消えた。 メモリの使用さえ解いて、悠々と歩いて去っていく背中を、猗鈴はただ見ているしかなかった。 あとがき  メモリの製造施設の場所はわかったのに今すぐには手を出せず、真面目に主人公のメモリ候補だったマタドゥルモンとそのパートナーのデスメラモンメモリを使う男佐奈君、そして謎の強キャラ風女性の登場という今話です。 便五君は猗鈴さんにはデートと認識してもらえない可哀想な男ですし、おそらく見せ場らしい見せ場は今後もないでしょうか、猗鈴さんの子供時代を知っているという点でいずれ話にもしっかり絡むはず。多分天青さん達のパートで。 真珠さんはメフィスモンいなくなって(中身のない予備のメフィスモンメモリはあるけど)、組織から大学で使う用に預かってたメモリをネコババして抜けて美園姉妹嫌いの一心で第三勢力になろうとしてる感じですが、頼る相手その人でいいの感ありますね。 あとは、仕様通りに動いてないセイバーハックモンメモリ変身の謎とか、実は一話でボロ布っぽいの(レディデビの翼)をつけてる天青さんを見てた猗鈴さんとか、まぁ色々ですが、書いてるときりないのでこの辺で。 今回のおまけは、ドゥルの人達のキャラデザが微妙に決まらないのでタイトルなし表紙 タイトルの下にいたのはお姉ちゃんでした。
ドレンチェリーを残さないでep11 content media
1
4
56
へりこにあん
2022年1月29日
In デジモン創作サロン
「ひどくやられたみたいですね」 暗い倉庫の中、姫芝がそう問いかけた先にいたのは、真珠だった。 「……まぁね、アイツらを倒すためにメモリの補充に来たの。作った駒も全部取られたしね。メフィスモンがまた宿る様のブランクメモリももらってく」 「それでメモリの保管庫に……医務室とかに先に行った方がいいのでは?」 「私は怪我してないわ。メフィスモンがやられたけど」 「身体はあなたのもの使ったんですよね?」 「そうね。胸の辺りは痛む、でも肉体はメモリ使用時と解除時に再構成されてるんだから傷とかは残ってない筈。この痛みはきっと、パートナーを奪われた痛みよ」 そう、と言うと。真珠はズンズンと姫芝に迫った。 「美園夏音は私と私のパートナーをウッドモンメモリの餌にした……」 そして、そう無理やり爆発しそうな怒りを抑え込んでいるような声で言った。 「データを調べてわかった……あのメモリは組織の規格なのにかの保管庫にあった履歴がない……幹部メモリとも別に組織に履歴を残さない様に造られたメモリ」 そう言いながら、真珠は知ってたかと聞いた。 「……いえ」 「やっぱりあなたも知らないんだ。私と同じであの姉妹にとっては捨て駒って訳ね」 「……それで、これからどうするんですか?」 「組織を抜ける。そして……そうね。まずは生産部門のトップ、ミラーカを探すのがいいかもね」 「ミラーカ……ですか?」 困惑する姫芝に、真珠も首を軽く傾げた。 「……案外組織入ってからの歴が浅いんだ? ちょっと前まで幹部は三人じゃなくて四人いたのよ。研究に本庄。生産にミラーカ。販売に織田。それぞれの部門のトップに一人ずつ幹部がついていた。でも、ミラーカはある日突如消えた」 「それは……どうしてでしょう?」 「知らないけど、組織に入った頃からサポートしてた私さえ捨て駒にする夏音なら、ミラーカに特製のメモリを用意させて闇に葬るぐらいするんじゃない?」 真珠の言葉に杉菜は思わずごくりと唾を飲んだ。 「あなたも来る? あなたにも関係ある話なのは、わかってるでしょ? 私達の組織はシャウトモンなんてメモリを販売ルートに乗せてない。当然、ここにも記録はない……けど私達の規格で風切王果はメモリを持ってる」 そう聞いて、少しだけ杉菜は気持ちが揺らぐのを感じた。 「同じ捨て駒仲間として仲良くしよ? 美園姉妹をぶち殺すの。夏音の下にいたって本当に雑草らしく踏み潰されるだけよ、何もなせやしない」 「……私は、ただ踏み潰されたりしない」 杉菜が踏み止まったのは、打算とかそういうのではなかった。 確かに、風切の持つメモリは杉菜にとっても謎だ。誰がメモリを売ったのか確かめる為に、風切にメモリを売ったと組織に嘘の報告をしたら、新規の客として杉菜が担当になった。 所属を明かして風切に聞いても、メモリの出所はポストに封筒で届いた以上の情報はなかった。 もしかして、接触しすぎて警戒されてるのかと距離を取ることにし、夏音に声をかけられたのを幸いと担当から外れてメモリを送ってきた人間の接触を待っていた。 しかし、風切にメモリの知識を与えてはいけなかったのだ。杉菜の後任として担当になった男からメモリがどういうものか聞いた風切は、杉菜を無理やり組織から抜けさせる為にバイヤー狩りを始めた。 何も杉菜はなせていない。せっかく社会に害をなさなくなった親友にまた殺人をさせてしまい、止めることもできていない。親友に最初に殺人をさせてしまった理由を否定する為に大成したいのにそれも程遠い。 でも、なせていないからこれからも成せないのだと諦めるわけにはいかないのだ。 「私は何度でも立ち上がる。あなたみたいに折れない」 杉菜の言葉に、真珠はひどく感情を逆撫でされた。 メフィスモンを奪われて逃げてきた自覚はあった。それでも負けてないと口で言っても、勢いだけで個人では勝てないと認めていた。だからこそ、また戦力がいると思ってメモリを欲してきたのだ。自分だけでは勝てないから、折れたのだ。 それを見下している相手に見透かされた様に思えてひどく真珠の癪に触った。 「……じゃあせっかくだし夏音に伝言お願い。お前を殺して豚の餌にしてやるぞって、この雑草みたいにズタボロにしてからなって」 真珠はそう言いながら、メモリ保管庫から出ると、建物の中庭のドアを開け、メモリを取り出した。 「自分の口でお願いします」 杉菜もそう言いながら、中庭へと出ると少し真珠から距離を取ってメモリとトループモンメモリの装填された銃を取り出した。 『メフィスモン』『ザッソーモン』 同時にボタンを押し、同時に体に挿す。 そして変化が終わると、まず動き出したのは真珠だった。 「死なない程度に溶けろ!」 両手を前に突き出して、中庭に充満させんと黒い霧を噴き出させた。 『ト『ト『ト『トループモン』 杉菜の出した四体のトループモンを見ても、真珠は余裕の笑みを浮かべていた。黒い霧の前にそんな隙間だらけの肉壁がどれだけ役目を果たせるのかと。 しかし、直後に杉菜がトループモンの首を殴り折ると、笑みは驚愕に塗りつぶされ、次いで炸裂した閃光と爆音をモロに食らってしまった。 杉菜の狙いはトループモンの死亡時の爆風で霧を霧散させること。しかし、それがわかったとしても閃光で目を爆音で耳を奪われた真珠には取れる手がない。 真っ白で耳鳴りだけが聞こえる世界で、真珠の首に何かひも状のものがまとわりつき、締め上げてくる。 「何も見えなくとも、雑草に負けるほど弱くないんだよぉッ」 そう叫びながら、締め上げて来たものを引きちぎると、今度は口の中に何か冷たく固いものが押し込まれた。 『トループモン』 聞こえて来た音声と、の中で何かが膨らみ出す感覚に真珠は恐怖を覚えて、口の中で膨らみつつあるものに爪を突き刺し、咥えさせられた固いものを乱暴に引き抜いて投げ捨てた。 口の中でトループモンを生み出して、その膨らむ過程で頭を吹っ飛ばす。そんなこと思いついてもやるなんてイカれてる。 真珠は少し回復して来た視界でぼんやりと杉菜を捉えたが、もう、それまでと同じ様には見られなかった。 真珠から見た姫芝は恐怖だった。 杉菜の片腕は千切れていた。口に咥えさせていた銃を投げられた時に一緒にダメージを受けたのか、顔にはあざもできていた。今の攻防でよりダメージを受けたのは真珠では無く、間違いなく杉菜の方だった。 ザッソーモンは堅い樹皮に覆われてもない。傷の痛みを感じないわけでもない。杉菜も痛みを感じてないとは真珠から見ても思えない。 目は血走って涙が滲んで、唇も痛さに耐えるために噛みちぎったらしく見える。それだけ腕をちぎられた痛みは耐え難いものだった。 でも、杉菜の目は全く痛みに怯んでいない。それが真珠には怖かった。 痛いのは痛い、苦しいのは苦しい、でもそれをコストとして割り切って痛みに耐えて行動をしてくる。ちょっとした痛みならともかく、腕一本失う痛みを。 スペックの上ではザッソーモンの姫芝にメフィスモンの真珠が負けることなどあり得ない。トループモンもメフィスモンのスペックを考えればザッソーモンとの間を埋めるには弱すぎる。わかっているのに、恐ろしかった。 真珠は息を整えながら空に舞い上がると、その場で呪言を紡ぎ始めた。 真正面から殴り合ってもメフィスモンは身体能力もlevel4にはまず負けないデジモンだが、特殊能力は格上にも通じ得るデジモン。 だからこそ、猗鈴達はまずそれの対策をして自分の強みの格闘を押し付けた。逆に言えば、対策をせず立ち回りだけでは強みを押し付ける以前に負けてしまうと判断したのだ。 真珠が一節呪言を紡ぐと、杉菜の目から涙に混じって血が流れ出し、二節目で血を吐いて地に臥した。 真珠がメフィスモンから聞いた話では、大抵のlevel4は一節で足を止め二節目で全身にダメージが伝播し。三節も聴けば死に至る。同格以上でも唱え続ければ命までは奪えなくとも戦闘不能にするのは容易い。耐性がなければlevel6だって十分殺せる。 これで大丈夫と安心したところで、杉菜は水から中庭の池の中へと飛び込んだ。 水の壁が音を阻み、杉菜に届く呪さえも歪める。これでは杉菜を呪い殺すことはできない。 しかし、真珠は安心していた。とりあえず杉菜を退けた。水からは出てこれまい。 でも、その後に起きたことに真珠は言葉を失った。 ぼこぼこと水面が揺れ、中から何体ものザッソーモンが飛び出したのだ。それは杉菜にとってさえ予想外のことだった。 デジタルワールドにいるザッソーモンの中には稀に、水分を取ること分身を生み出すことができる個体がいる。人間界とのゲートを自由に開けないリヴァイアモン達がザッソーモンという他のlevel4と比べてもパッとしない種をわざわざ送った理由も実を言えばそこにあった。 しかし、適合率の問題か組織内で今までこの能力が発現したものもいなかった。 水の中から現れて、蔦を伸ばしてメフィスモンにしがみついてくる。脚に翼に角に、払い除けようと振るった腕にさえしがみつき、引きずり落とそうとする。 咄嗟のことに言葉を止めていた真珠だったが、それが振り払えないとなると、パニックになりながらももう一度呪言を唱え始めた。 二節も聞けば分身達は生き絶えて、蔦も緩む。今度こそ離脱できると真珠は思ったが、次第に分身達の蔦の絡め方が変わりだした。 死んで力が抜けても、蔦が身体に結びついたままになれば錘になる。徐々に重さに引き摺り下ろされて、地面に山となった分身達の死骸を見て、また真珠は恐怖を覚えた。 死骸が既に死んだ別の分身に噛み付いたり、そもそも蔦を伸ばす前に近くの死体にひっかけていたり、真珠を引き摺り下ろすためだけに、地獄絵図が産まれていた。 恐ろしくなって、真珠は呪言を唱えながら闇雲に黒い霧を腕から噴き出した。 さっき、トループモンで吹き散らされたのも忘れての苦し紛れだったが、それは中庭という四方を建物に囲まれた空間では絶大な効果を発揮した。 水中にいて、トループモンも使える杉菜本体には届かなかったが、分身や地面に山と積まれた死骸達が溶けていくことで真珠の身体は軽くなり、遂に蔦も届かない高さまで離脱することに成功した。 「あんなのを基準にしたら、怖いやつなんてどれだけいるか」 ふぅふぅと息を整えると、真珠は真っ暗な山中から、光り輝く街へと飛んだ。 「でもまだ負けてない……やり直せるんだから負けてない……」 霧が中庭のあらゆるものを溶かして消えると、杉菜は水から出て変身を解いた。 「お疲れ様、遅かったから見に来たのだけど……なかなか面白いものを見れたわ。メフィスモンじゃなくて真珠な分実力は落ちるだろうけれど、それでも平均的なlevel5ぐらいの強さはあるはず。体力に特化したザッソーモンは体力なんて関係ない呪いには相性も悪いのに」 ぱちぱちぱちと夏音は拍手しながら中庭に現れた。 「……殺されて豚の餌にされるらしいですよ」 「へぇ、楽しみね」 そう軽い調子で言う夏音は、真珠の造反を意に介していないどころか面白がっている様にさえ見えた。 「……美園さんも戦ってたら、逃さなかったのでは?」 「でしょうね。でも、いいのよこれで。彼女元から今の待遇に不満あって、外と連絡取り合ってたみたいだから」 「外っていうのは……」 「ミラーカさんかもしれないし、違うかもしれない。でも、別のデジモン関連の技術を引っ提げてやってきてくれるなら……好都合でしょ?」 夏音はそう言って、激辛チップスと書いてある袋に一味唐辛子の瓶の中身を全部入れてかき混ぜると、真っ赤になったポテチを一枚取って食べた。 「ミラーカさんってどんな人なんですか?」 「一応、今も本庄さんが籍を残させてるから役職上は生産部門のトップ。そして、ミラーカなんてわかりやすい偽名を使う変人」 だけど、と夏音は杉菜をじっと見た。 「会うことはないんじゃない? もし組織に戻ってくるとしても……それは組織と敵対する為だろうから」 杉菜には、夏音が確信している様に見えた。 「じゃあ、さっき頼んだことお願いね。真珠のせいでできてないでしょ?」 そう言って夏音は踵を返した。 それを見てメモリの保管庫に戻ると、杉菜は真珠の発現を確かめるべくウッドモンとシャウトモンのメモリについての記録を探し始めた。 「……確かに記録にない。王果の背後にいる人間はもう組織にはいない……?」 夏音が信じられないというのは杉菜も思う。利用して強くなって大成して王果の言葉を否定するにも、夏音は杉菜を失っても気にも留めないだろうと思うと危ういとは思う。 だが、今取れる別の手も思いつかない。少なくとも組織に関連して王果が動けば伝わって、王果に関して一任されてもいる。今いる夏音の部下というポジションが泥舟だとしても捨てるには、覚悟がいる。 「せめてlevel5に通じる武器を手に入れるまでは…」 杉菜は手元の銃を見て、メモリ保管庫の中に山と積まれたメモリを見た。
ドレンチェリーを残さないで ep10 content media
1
2
21
へりこにあん
2021年12月31日
In デジモン創作サロン
「柳さん、今日は学長との間を取り持ってくれてありがとうございます。まさか頼んですぐに会えるとは思いませんでした」 「いいよいいよー、夏音さんのこと知りたいのは私も同じだもん。若草学長に関してはさ、今日は大学にいる日だってことは学生みんなに公開されてたしね」 友達のことだからねという真珠に、猗鈴は少し微笑んだ。 「実は、それだけではないんです。昨日、別れてからすぐに起こった騒動を知ってますか?」 「あー……うん。直接見てはないけど、なんか色々出たんでしょ? でっかいロボみたいなのとか、なんか緑の小さいのとか、あと、悪魔みたいなやつとか」 「そうです。実は姉さんがそれに絡んでいて……その内の一体がこの大学の教職員か学生に化けているらしいんです」 「……そんな、いや、信じるよ」 一瞬真珠は動揺したが、すぐに何かの覚悟を決めた様でこくりと頷いた。 「あ、もしかして学長に会いたがっていたのも……その悪魔を追って?」 「そうです」 猗鈴が頷くと、ちょうどエレベーターが止まった。 「学長はこの階にある、教授としての自分の個室にいるわ」 そう言って真珠は先導して歩いていき、その部屋の扉をノックした。 「柳です。昨日メールしたように美園さんの妹を連れてきました」 「どうぞー」 「……失礼します」 部屋に入った猗鈴が見たのは、人の良さそうなお爺さんといった雰囲気の男性だった。彼が学長の若草だということは大学のホームページで見て知っていたが思ったよりも人の良さそうな顔に少し猗鈴は驚いた。 「本日はお時間作って頂きありがとうございます」 猗鈴がそう言って頭を下げると、不意に若草は真剣な面持ちに変わった。 「堅苦しいことは抜きにして、本題に入ろうじゃないか」 「……あなたがメフィスモンですか?」 「いや、違う……私は彼についていくのは疲れた。魔術で情報を口に出せないよう縛られ、不本意な肉体に閉じ込められる。そんなのはもう終わりにしたい」 若草はそう苦々しげな顔でつぶやいた。 「と、いうと」 「私が知る限りの彼らの企みについての情報を渡そう。この大学の名義で借りている倉庫がある。そこに案内する、もしかしたらその先の行き先についての手がかりが残っているかもしれない」 「それはどこですか?」 「二人ともついてきなさい。大して遠くない」 若草に導かれて車に乗り込み、着いた先は大学から車で数分のところにある倉庫だった。 「ちょっと靴紐が解けてしまった。鍵を渡すから先に行ってくれ」 倉庫の入り口で若草から鍵を受け取ると、猗鈴と真珠はシャッターの鍵を開けて中に入った。 「猗鈴ちゃん、アレ!」 真珠はそう言って一足先に、倉庫の奥に置かれたブルーシートのかけられた大きなものへと近づいていった。 「……製造機材の類は既に運ばれてる筈なので、違うとは思いますけれど」 まぁ何かヒントになるものはあるかもと呟くと、猗鈴もゆっくり奥へ向けて歩き始めた。 すると、半ばまで近づいたところで、そのブルーシートの下にキャタピラが見えた。さらに上のブルーシートの形をよく見れば、何か棒状のものにかけられた様になって見えた。 『ウッドモン』 「……猗鈴ちゃん?」 「そこから横に避けて、私とそれの間に入らないでください」 猗鈴は取り出したメモリをベルトに差し込み、変身しながらそのブルーシートの下にあるものに向けて走り出した。 直後、ブルーシートの下から耳を破壊する様な凄まじい銃撃音と共にマシンガンが放たれた。 乱射されるそれにブルーシートが飛ばされると、下から現れたのは戦車の様なデジモンだった。 ただ、不意打ちを狙って被っていたブルーシートが仇となった。適当に乱射したマシンガンは先に銃口の向きを予想していた猗鈴には当たらず、戦車のデジモン自身の視界が回復する頃には猗鈴は懐にまで入り込んでいた。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 戦車の装甲の間にある生身の部分へと猗鈴の前蹴りが突き刺さり、蔦が身体を覆って一泊置いて戦車のデジモンは爆発した。 その爆発に合わせてひらりとバク転して倉庫の真ん中に着地すると、猗鈴は入口の方を睨んだ。 「嵌めましたね?」 猗鈴の言葉に、ガラガラガラと音を立ててシャッターを下ろしながら若草は笑った。 「当たり前だろう。馬鹿正直にアポとって会いにくるんだから、罠にかけられる危険性ぐらいは認識しておいて欲しいね」 若草の肌が赤く変色しながら形を変える。着ていた白衣も黒色に染まり変形して翼とマントになり、手には赤い三俣鉾まで現れた。 「……もしかしてあなたが、フェレスモン」 「その通り、周りから崩していくつもりだったなら残念だったね」 フェレスモンが鉾の石突でトントンと二度地面を叩くと、倉庫内の物陰から、さらにニ体のデジモンが現れた。 これでさっきの戦車とメフィスモンを合わせれば理事四人と学長分の数とぴったり合うことを確認して、猗鈴はなるほどと呟いた。 「そして、これで終わりなんだ」 フェレスモンが三又鉾を猗鈴に向けて掲げると、そこから何か光が弾けた。 猗鈴はそれに対して腕で目を覆うようにして庇ったが、異変が起きたのは足からだった。 パキパキと音を立てながら猗鈴の脚が石に覆われていき、あっという間に腰まで石に覆われてしまった。 「石になる気分はいかがかな? これでもはや君には何もできまい」 なおもパキパキと音を立てながら猗鈴の身体は石に覆われていき、遂には首まで石に覆われてしまった。 「……じゃあ、冥土の土産に教えてくれませんか? 製造設備がどこに行ったのか」 「ふっふっふ、それは教えられない。君には仲間がいるのはわかっている。死を覚悟した君はせめて情報だけでもと考えているのではないかな?」 「なるほど……そうした情報を知れる程あなたには立場がないんですね。それは無理を言いました。忘れて下さい」 「……なんだと?」 「近くのコンビニでデザート買ってくるぐらいはできますよね?それでいいです」 猗鈴の言葉に、フェレスモンはパチンと指を鳴らすと口までを石で覆った。 「こうすれば君は喋って復唱することもできまい! 大サービスだ、耳元で住所を囁いてやる!」 そう言うと、フェレスモンは猗鈴の耳元でボソボソと小さく住所を囁いた。 それを聞いて猗鈴は一度深くゆっくり瞬きをした。 「どうだ、これで満足したかね?」 そう得意げにフェレスモンが言うと、バキバキと音を鳴らしながら猗鈴を包む石が崩れ始めた。 「へ?」 呆気に取られたフェレスモンの首を、石の中から伸ばされた猗鈴の手が掴んだ。 「な……ッ? 術は確かに成功した筈……!?」 「あなたの石化能力は先に知っていました。だから、ワクチンプログラムを用意していたんです」 首を掴むのと逆の手に石片をまとわりつかせたまま、猗鈴はフェレスモンの腹に拳を何度も叩き込む。 そして、フェレスモンがうずくまると、半歩身を引いた。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 立ちあがろうとしたフェレスモンを、地面に這いつくばらせる様にかかと落としが突き刺さり、遅れて脚から伸びた枝は瞬く間にフェレスモンの身体を包み込む。 「わ、私がこんな攻撃で……」 身体中を覆っていく枝を、フェレスモンは力で引きちぎろうと試みる。 『ウッドモン』『クラブ』 それに対して猗鈴は脚をフェレスモンに固定したまま筒から棍を取り出すと、その先端に自分の身体を覆っていた石片を突き刺し、フェレスモンの手に突き刺した。 「ウギィイッ!」 最後にそう悲鳴を残して、フェレスモンの身体は爆発し、壊れたメモリとただの人になったが地面に転がった。 それを遠巻きに見ていたデジモン達は一瞬信じられないという顔をした後、見合わせあって後退りを始めた。 「何を固まっている」 そのデジモン達を動かしたのは、倉庫の奥から響いたメフィスモンの声だった。 「戦え!」 半ばやけくそになって襲ってくるデジモン達は、猗鈴にとっては最早脅威ではなかった。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 最初に飛び掛かってきた炎に包まれた巨大な猫は棍で潰す様に殴った。 次に自分のところに辿り着いた木刀二本を構えたデジモンの脚を払い飛ばした。 青い恐竜が炎を吐こうとしたら口を下からかち上げた。 最後に海亀の様なデジモンが飛びかかってきたのには棍を伸ばして天井に縫い付けた。 そして、四体のデジモンを縫い合わせる様に伸びた枝が、この一連の動きが終わると一斉にそれぞれの身体を覆っていき、一拍置いて爆発した。 すると、地面に四人の人間と四本の壊れたメモリが転がった。それを見て猗鈴は一度ふぅと息を吐いた。 「これで……ひと段落ですかね」 「……猗鈴ちゃん、お、終わったの?」 戦車がいた辺りのブルーシートの下からひょっこりと真珠が現れた。 「とりあえずは、そういうことになります」 そう言って、猗鈴は変身を解いた。 「その、実はこっちで隠れている時に気になるものを見つけて……見て欲しいんだけど」 「それも大事ですけど、この人達をこのまま放っておくわけにはいきません」 若草学長とか年ですし、と猗鈴はを抱え上げた。 「あ、じゃあせめて地べたじゃなくてこのブルーシートの上に……」 そう言って真珠が広げたブルーシートの上に猗鈴は五人を並べていく。 「じゃあ、私救急車呼ぶね」 「お願いします」 そうして五人並べ終わり、真珠が電話をかける前で、猗鈴は改めて全員に外傷がないか座り込んでチェックする。 「う……」 すると、の口が少し動いた。 「もう大丈夫です。フェレスモンは倒しました」 猗鈴がそう言い、その背後で真珠も頷く。しかし、はそれに首を横に振った。 「……メフィスモンが、いる」 「ですけど、もう大丈夫です」 「違う」 猗鈴の言葉を再度は否定した。 「君の後ろにメフィスモンがいる」 メリメリと音を立てて真珠が山羊頭の悪魔へと変わり、元の頭よりも太くなった腕を猗鈴目掛けた振りかぶる。 そして、爆発音が倉庫に響いた。 「大丈夫なんです。私達は知った上でここにいます」 地面に転がったのは猗鈴ではなくメフィスモンの方だった。 何が起きたのかと見回してメフィスモンは変身した天青がマシンガンの様な銃を構えていることに気づいた。 「一体いつの間に倉庫へ……」 「GPSで猗鈴さんを追い、サングルゥモンの能力で通気口から潜入した」 天青はそう口にした。 「いや、おかしい。伏兵を用意していたとして、何故このタイミングで攻撃できる! 私がメフィスモンであることを知らなければ戦闘終了した後まで戦闘態勢を取っている理由が……」 「知ってたんです。あなたがメフィスモンということは」 「適当なことをぬかすな! お前達は今日、誰がフェレスモンかもわからず苦し紛れに尋ねに来た筈だ! 誰がどのデジモンかを特定できるほど情報はなかった!」 「確かに、誰がそうか全て一致させることはできませんでした。でも、メフィスモンが真珠さんであることだけはわかっていたんです」 「なんだと?」 「姫芝は律儀、とうちの上司は言いました」 「……それが、どうした」 「あなたはあの日、私と風切について姫芝に尋ねました。大学は姫芝の管轄では本来ない筈、対風切や対私が姫芝の裁量だとしても、姫芝ならば先に大学の責任者らしきあなたに連絡する筈なんです」 猗鈴の言葉に、メフィスモンは雑草ごときが脚を引っ張ってと呟きひどい舌打ちをした。 「つまり、メフィスモンは先に私に会っていたということです」 意に介さず猗鈴は話し続ける。 「私だけでなく、バイヤーを殺し回っていた風切のことも確信はなかったが認識していた。しかしどちらかがまたはどちらも姉さんと姫芝の管轄だった上に、あなたにはもう一つ気になっていることがあった。だから、姫芝を呼びつけて注意を逸らそうとしたんです」 「……何かな、その気になっていることとは」 「青葉さん達、理事達にメモリを挿すことです。大型にならない様に理事達にメモリを挿して成り代わらせようとしているのに、その現場を抑えられてしまったら大学と組織の関係がバレてしまう。探偵が二人組ということも知っていたならば、大学内で別行動しているかもと思いあたったに違いありません」 邪魔されていたらと思うのも自然と猗鈴は続ける。 「青葉さんが教えてくれました。メフィスモンが部屋に入ってきたのは、風切が暴れて校舎を破壊しようとした少し前、つまり私の前から真珠さんがいなくなった直後」 あの男とメフィスモンは歯噛みしながら話を聞いていた。 「青葉さんの話から考えても同じ結論になります。他のデジモン達に任せても十分メモリを挿すことはできた筈、なのに何故メフィスモンは現れたのか。騒ぎが起きたからならば、早過ぎます。青葉さんの話では部屋に入ってきた時は人間だった。広い校舎の中をエレベーターや階段で移動したとするならば……何かが起こる前に察知してないとおかしい。私と風切のことは認識してないとおかしいんです」 「……だが、君と風切は別に人の目に触れないところにいた訳でもない! 私だとはわからなかった筈! そんなのはたまたま当たったに過ぎない」 メフィスモンは負け惜しみを口にしたが、猗鈴は動じなかった。 「それは、姉さんの話をしている中で、私は既にあなたが組織の関係者かもと疑っていたからです。少なくとも通行人よりあなたを選ぶ理由にはなりました」 「適当なことを言ってもらっては困る! 私が一体どこでそんなミスをした!?」 「姉さんは私のことを大好きだなんて大っぴらに言いません。姉さんは、別に甘党って程甘いものが好きでないのに甘党だと言って、いろんな人に教えてもらったスイーツの情報を本当に甘党の私に教える様なことをするんです」 「……んなこと知る訳ないだろうが!」 そう言って地面を思いっきり踏みつけた後、メフィスモンはふーっと深く息を吐いた後、腕を倒れている人達に向けて突き出した。 「……取り乱して失礼したね。人の心をよく読み解いた素晴らしい推理だったよ。人間なんてどうでもよすぎてそんなところまでは気が回らなかったと言い訳させてくれたまえ」 メフィスモンは、ふふと自嘲気味に笑った。 「しかし、私でも知っていることなのだが、人は人を守るものだろう? この閉じ切った倉庫内であのビームさえも溶かし防いだ黒い霧を充満させればどうなると思うね?」 「ふふ、せいぜい必死に防ぎたまえ! 君達に敬意を表して私は一時退却してあげよう!」 メフィスモンはそう言って腕から黒い霧を出した。 『ウッドモン』『セイバーハックモン』 黒い霧を切り裂いて現れた猗鈴は、かかんと刃になったつま先で地面を叩いて確かめた。 そして、地面を蹴って跳ぶと逃走しようとするメフィスモンの頭角を蹴り折った。 「ぐうっ!? あいつらがどうなってもいいのか!!?」 『ローダーレオモン』『ボーリンストーム』 メフィスモンの声に応えたのは機械音と、それと共に天青の銃から放たれた竜巻。 竜巻は黒い霧を吸い込みながら成長し、猗鈴がメフィスモンを竜巻へ向けて蹴り飛ばすと、倉庫の屋根に大穴を開けながら爆発的に上に拡大して黒い霧を全て倉庫から追い出した。 「猗鈴さん、この人達は私が見ているから、頑張り過ぎて徹夜して寝ちゃった盛実さんの分まで全力で戦ってきて」 こくりと頷いて猗鈴は地面を蹴り、屋根の穴から跳び出した。 「……まさか私がここまで追い詰められるとはな」 メフィスモンは全身薄汚れた様子ではあったが、まだどこか余裕があるように空に浮かんでいた。 「これは、ふと思ったことなんですけれど……メフィスモン、あなたは姫芝に比べても全然怖くない」 「……ひどい侮辱だ。雑草と比較され、かつ雑草より下だと言われるとは」 「そういうところが怖くないんです」 そう言って猗鈴はファイティングポーズすら解いた。 「姫芝も虚勢は張りますが、彼女はそもそも自分を低く見ていいて張った虚勢に追いつこうとしてくる。歯を食いしばり、啜った泥水を目潰しに吹きかけてくるようなことをしてくる」 棒立ちの猗鈴に、メフィスモンは苛立ちを抑えようともせず顔をひどく歪めた。 「あなたの虚勢は目の前の脅威から目を背け自分の気持ちを守るに留まる。『他者を見下せる自分』を守る薄っぺらいたてでしかない」 「……ふふっ、君は相当私をやり込めたくてたまらないらしいな。彼女から聞いていた印象よりもひどく攻撃的だ」 メフィスモンがそう笑うと、確かにと猗鈴は頷いて筒を取り出すと、ベルトに刺さったセイバーハックモンメモリの角をガシャンと押し込んだ。 『セイバーハックモン』『セイバー』 さっきは棍になっていた筒から真っ赤な剣が伸びる。 「……八つ当たり、ですかね。姉さんに関しての不満とか、姉さんに対しての疑問とか、姉さんに対しての心配とか、どうなってるかもわからないからぶつけようがないそれを、あなたへの暴力で発散しようかと」 「とんだとばっちりじゃないか……もう夏音への義理やなんだはやめだ。私はこのまま飛んで退く、翼を持たぬ君に止められるかな?」 猗鈴は剣を構えると地面を蹴って、空へと飛び上がりつつあるメフィスモンに跳びかかった。それを見たメフィスモンは鼻で笑い飛んで避ける。 すかされてすぐ、猗鈴は剣をメフィスモンに向けると、もう片方の手でセイバーハックモンメモリの角を押した。 『メテオフレイム』 剣先から炎の弾丸が立て続けに発射され、メフィスモンの顔や腕や翼に当たって炎上する。 「ぐうっ!?」 翼を焼かれて無様に地面に転がったメフィスモンを、猗鈴はじっと見つめた。 「……私を見下すな。君達姉妹は最低な似た者姉妹だッ! 君達はいつも私を見透かした様なことを言うッ! 妙に達観して夢などないようで、他人の調子に常に合わせながらも同時に動物園の獣を見るように眺める。私をッ! 私達を見下しているのはお前達の方ではないかッ!!」 殺してやる殺してやるぞとメフィスモンは呪いのこもった言葉を唱え始めた。 「フェレスモンの石化と同じ、あなたの死の呪文には予めワクチンプログラムを使ってます」 「畜生がァッ!!」 立ち上がったメフィスモンがヤケクソに振るった拳を、猗鈴は剣の柄に当たる部分で横から弾くと、剣をふらついたメフィスモンの脚に突き刺して痛みに屈ませ、剣を捨てると膝を顎に叩き込んだ。 少し距離を取ったら今度は体勢を低く肘で腹を打ち、えづいてうずくまったらまた顎を蹴り上げた。 「……八つ当たりって、スッキリしないですね」 猗鈴はそう言うと、セイバーハックモンメモリの角とウッドモンメモリのボタンを同時に押し込んだ。 「クソ女がぁ!!」 『レッジストレイド』『ブランチドレイン』 メフィスモンの怒号を背に、ぐるりと回し蹴りの要領で猗鈴は光る脚を振るう。 そのつま先がメフィスモンの胸に突き刺さり、貫くと一瞬遅れてその穴から枝が伸びてメフィスモンの身体を包み込んだ。 「呪ってやる! 呪ってやるぞ美園猗鈴ゥ! お前も夏音も決して! 決して! 幸せになどなれないように!! 夢など抱かない様な絶望へと落ちるように!!」 そう叫んだメフィスモンの身体が完全に枝に包み込まれると、一拍空いて爆発し真珠と壊れたメフィスモンのメモリが残った。 それを見て、猗鈴はふぅとため息を吐きつつ、戦う前に聞いた盛実の言葉を思い出していた。 『メフィスとフェレスはね、level5だけど下手なlevel6なら食えちゃうそれぞれの能力がやばい。メフィスモンはなんでも溶かす霧と即死する死の言葉と二種類あるのもやばい。けど、やばいからこそ石化と即死に関してはデジモンの世界ではワクチンが既に開発されている。特殊能力に偏重してる分本体性能は低めのlevel5だけど、それでもまともにやりあえばウッドモンメモリより、猗鈴さんの適性を考えるとセイバーハックモンメモリでも互角ぐらいかもしれない。なんでも溶かす霧はワクチンもないから、そこは立ち回りでカバーしてね』 それを聞いて天青が、騙されたままのふりをして戦略の逐次投入を誘い、わざと石化を受けたり相手を挑発したり不意うちを多用して相手にペースを握らせない作戦を立てたのだ。 「なんとかうまくいったみたいだね」 「そうですね。特にあの霧を使わせずに戦えたので、なんとか取り逃さずに済みました」 そう言って、天青が改めて警察に電話をし始めると、猗鈴は少しゆっくりとまばたきをして小さく呟いた。 「……姉さんもやっぱり私と同じ、素直に喜べない、のかな」 猗鈴の言葉を、天青は聞いてないフリをした。 また一度ゆっくりと瞬きをして変身を解いた猗鈴が、真珠を抱えて猗鈴が他の人達のそばまで運ぼうとすると、不意に真珠の手が動いて猗鈴の袖を掴んだ。 「真珠さん、気がつきましたか?」 「う……メフィスモンは?」 「倒しました。だから、もう大丈夫です」 「そっかぁ……」 真珠は深く深くため息をつくと、猗鈴の袖を掴んでいた手を離し、ポケットにその手を突っ込んだ。 『メフィスモン』 その音声に猗鈴が反応するより早く、真珠はそれを自分の太ももに挿すと、猗鈴の腕の中で変貌した。 「今回は猗鈴ちゃんの勝ちだけど、メフィスモンは負けても私は負けてない。私達は負けてない」 そう言った真珠の、蹄による蹴りが猗鈴の肩を力強く打ち抜いた。 地面に転がされた猗鈴の背中をどすと一度踏みつけて、真珠は空に飛び立っていく。 「私達の呪いに怯えて生きていってね。猗鈴ちゃん」 あはははと、低音の高笑いが空に響き、悪魔はその姿を消した。
ドレンチェリーを残さないで ep9 content media
2
3
35
へりこにあん
2021年12月30日
In デジモン創作サロン
「うちの大学には八人の理事がいます。その理事の中の誰かが大学を乗っ取り悪魔の温床にしようとしているんです」 その男性はまずそう切り出した。 「そう思われたのは何故ですか?」 「信じてくれないんですか!?」 天青がそう訊くと男性は一気に声を荒らげた。 「落ち着いて下さい、天青さんもあなたが悪魔と呼ぶ存在は知ってます。状況を整理したいだけです」 「……すみません。色々あって動転しているみたいです」 猗鈴が間に割ってはいると、男は自分の頭を抱えて静かに座った。 「……落ち着いて、ゆっくりと、あなたに何が起きたのか。このメモリはなんなのかを教えて下さい。まずは名前からです」 天青はそう言って温かいコーヒーと、壊れたメモリを机の上に置いた。 「僕は、青葉秀治(アオバ シュウジ)。父の代から大学の理事とか、教育関係で色々やっているのですが……最近あの大学で不審な動きや噂があったんです」 「……というと」 「一度も取引したことのないはずの業者から、かつて取引したことがあると営業が入ったり、調べてみるとたしかにその会社には大学の名義で何かを輸送した形跡があったり、送り先とされた場所が廃墟であったり……」 「資金隠しとか裏金、ということですか?」 秀治に猗鈴はそう尋ねたが、彼は首を縦にも横にも振らなかった。 「わからないんです。僕もそれを疑って、そして他の懇意にしている理事達と共に理事会で議題に上げようとしましたが……失敗してしまった」 「どうして」 「証拠を託した理事の赤井さんが急に意見を変えて証拠を隠してしまったんです」 「何故意見を?」 「それが気になって、他にもう二人同じように考えていた理事と共に赤井さんに聞きに行きました。もしかして彼は更に不正の中核的な証拠を掴みかけていて、今明かすと証拠を掴み損ねるからとか、そんな理由があって一度隠したのかもしれないと思ったんです」 すると、と彼はその場で震え出した。 「赤井さんは悪魔に変身しました。全身が燃え盛る炎の様な悪魔にです。そして、そのUSBメモリを自分の身体に挿せと言ってきたんです」 「青葉さん自身に?」 天青の言葉に秀治は頷いた。 「そうです。白鳥さんが……一緒に行った理事の一人がそれを渋々挿すと、その姿は鎧武者の様なものに変わってしまいました。それを見て僕ともう一人は恐怖で動けなくなりました。そうしていると、その部屋に誰かが入ってきたんです」 「誰かとは?」 天青のその質問に秀治は首を横に振った。 「扉は僕達の背後にあり、目の前の炎の悪魔や鎧武者の悪魔から振り向くなと僕達は言われて振り向けませんでした」 「なるほど、そこからどう逃げ出したのですか?」 一つ頷くと、天青は話の続きを促した。 「外でパニックが起こり、悪魔達が外を伺っていました。僕は何が何だかわからずうずくまりました。そうしたら、外の事態を収拾しようとしてか、背後にいた人物が窓に駆け寄っていき、飛び出したんです」 「その時に顔は?」 「いえ、一瞬のことだったので……その姿が窓の外で山羊頭の悪魔に変わったのを見ていると、僕の隣にいた黄村さんが僕の背中を叩いて、今なら部屋から逃げられると言ったんです」 秀治はあの時ちゃんと見ておけばと悔しそうに呟いた。 「……そして逃げて、パニックの人混みに紛れようとしていたところで私と出会った」 「そうです。このメモリは何かの証拠になるかもと握りしめていました」 「博士、猗鈴さん、ちょっと……」 天青に促されて猗鈴と博士は店の隅で顔を寄せ合った。 「組織の一員が、メモリの製造機器についてが明らかになるから理事達を口封じしている……ってことですよね」 「それで間違いないと思う」 猗鈴の推測に天青は頷いた。 「でも、証拠が組織の手に渡ったならもう……」 「いや、そうでもない。博士、挿すだけで洗脳できるメモリってないね?」 「……無いと思う。あるとすれば……そっか、中の人入りのメモリならあるいは」 「中の人入り?」 猗鈴の言葉に盛実は頷いた。 「そう、中にデジモンの意識まで封じ込められているメモリ。この場合、おそらく大抵の場合は、挿された人間の身体はメモリの中に宿ったデジモンに乗っ取られることになる。それを利用したんだ」 言った後、えっぐいなぁと盛実は顔を歪めた後、でもといいことを思いついた様な顔をした。 「それを挿して肉体の主導権を仲間のデジモンに奪わせているならば、青葉さんに渡されたメモリにも奴等の仲間であるデジモン封じられているはず、そこから情報を引き出せるかもしれない」 なるほどとそれに天青も頷く。 「なら博士は青葉さんの持ってきたメモリを調べて。外のUSB部分壊れても中の本体は無事かもしれない。猗鈴さんは黄村さんを探しに行って、メモリを未だ持っていればそこから更に情報が得られるかもしれない」 「わかりました」 猗鈴はそう言うと、素早く青葉の方に向き直った。 「黄村さんと連絡は取れますか?」 「ひとまず大学の外に逃げたのは間違いないんですが……それから連絡が途絶えていて」 「住所は分かりませんか? もしくはどこか逃げて行きそうな場所……」 「……プライベートな付き合いはそうないもので」 すみませんと青葉が肩を落としていると、ふと、木村の携帯が震えた。 「黄村さんからメッセージです! 今は大学近くに隠れているそうで、対応を考える為に落ち合いたいと」 「助けに行きましょう」 「待って猗鈴さん、その前にちょっと」 「今度は何?」 「博士は青葉さんからメモリ受け取ったりしてて」 ちぇーと言いながら博士はその場に座り、天青は猗鈴をまた部屋の隅に連れて行った。 「どうしたんですか?」 「今日という一日で物事が起き過ぎている。戦闘も三回しているし、猗鈴さんの消耗の程度が知りたい」 「体力は全然です」 「それよりも心配なのは気力。黄村さんからの連絡は罠だろうからまだ戦うことにもなると思う。猗鈴さんはそろそろ休んでもいいし、弱音をこぼしたり、夏音さんが生きてるかもしれないことを伏せていた私達に怒ってもいい」 「……怒ったりはしないです」 そう告げた後、猗鈴はぽつりとでもと呟いた。 「少しだけ、自分の判断が正しいか不安になりました」 猗鈴の言葉に、天青はうんと頷いた。 「メモリを使って戦うと、ただ巨体が移動しただけで怪我人も出ます。私はそれで、セイバーハックモンメモリを使いませんでした、まだ周りに人がいるかもしれないし姉さんの話が不意に出てきたら冷静でいられない。そう思ったら、盛実さんの口にした暴走を制御できないかもしれないと」 だけど、とさらに猗鈴は続けた。 「あの時にセイバーハックモンメモリを使っていたら風切を逃さなかったかもしれない。メフィスモンも姫芝も流さなかったかもしれない。ちょっとだけそう思うんです」 うん、と天青は猗鈴の言葉に頷いた。 「確かにそうかもしれない。でも、そうしたら睨み合いでは済まなかったかもしれない。もっと被害が出て、人が死んだかもしれない」 天青はそう言ってタブレットを操作して今日のニュースを見せた。大学での件は既に話題になっていたが、そこには死者はいなかった旨が書かれていた。 「これは猗鈴さんがセイバーハックモンメモリを使わなかったから。猗鈴さんがいたから、風切と姫芝の対決は三すくみの睨み合いで済んだ。睨み合いで済んだから死傷者が出なかった」 大丈夫と天青は言って背伸びをすると、猗鈴の頭を撫でた。 「猗鈴さんは動揺していても冷静に判断できている。動揺してる自分を俯瞰して見れている。ほんの少し気持ちが後ろ向きになってるだけ、立派だよ」 撫でられて、猗鈴は姉を思い出した。母や父は小柄だから撫でられた記憶はここ数年とんとないし、血縁の両親なんて記憶の彼方。背の高い猗鈴の頭を撫でるのは姉だけだった。 姉だけが、猗鈴にとっては頭を撫でてくる人だった。大柄故に年齢よりしっかりしていて子供みたいに傷つく事もないと思う猗鈴を子供扱いしてくる人だった。 「……ありがとうございます、天青さん。私、戦えます」 「じゃあ、助けに行く手筈を整えよう。罠かもしれないけど、逆にこちらが情報を集めるの、に都合いいかもしれない」 天青さんはそう言って微笑んだ。 「黄村さーん、いませんかー?」 天青はそう言いながら指定された倉庫の扉を開けた。 「……青葉くん? こっちよ、こっちまで来て」 その声に、天青とその数歩背後を怯えた様子で歩くスーツを着た背の高い人物は二人で倉庫の奥へとゆっくり進んでいく。 倉庫の奥には金髪に緑色の目をしたスーツ姿の女性がいた。 「私は彼に雇われた探偵です。大丈夫ですか?」 「え、えぇ大丈夫……なんなら身体は元気過ぎるぐらいなのぉぉおおおおぉぉぉ!」 黄村の身体がびきびきみしみしと音を立てて黄色い仮面を被った大蛇か竜の様な姿へと変わりながら、天青の脇をすり抜けてスーツの人影へと向かう。 「やっぱり、罠でしたね」 スーツを着た猗鈴はそれをサッと横に転がって避けると、胸元からベルトを取り出して腰に当てた。 「なっ……」 そんな声を上げて木村だった蛇は硬直し、次の瞬間には胴を横から殴られて壁へ吹き飛ばされていた。 「最低あと二体いるし、トドメは猗鈴さんがささなきゃいけないのを覚えておいて」 そう言う天青の右手からしゃらしゃらしゃらと鎖の様な音がしたが、暗い倉庫の中で小柄な天青の姿を捉えるのは猗鈴には難しかった。 「メモリ使って大丈夫なんですか?」 「銃は博士に取り上げられたから、メモリは使ってないよ」 「じゃあそれは……」 「話す機会は多分すぐに来るけど、今日はこれを使う」 天青が取り出したのはベルトのバックルだった。 「それって……」 「そう、猗鈴さんにかしてたやつ。元々私のだからね」 『サングルゥモン』 サングルゥモンのメモリのボタンを押し、腰に巻き付いたベルトのレバーを押し込む。すると、天青の身体は紫色の光に包まれて行く。 紫色の毛皮に刃を束ねた手甲、 「猗鈴さんも、早く」 「はい」 『ウッドモン』 猗鈴もそれに続いて変身する。すると、工場の入り口の側から退路を塞ぐように全身を炎に包まれた人型のデジモンと、刀を握った鎧武者のデジモンが現れた。 「青葉はどこだ、お前達は何者だぁ!」 鎧武者のデジモンがそう叫びながら刀を振りかぶる。 「さっきも名乗ったけれど、私達は探偵、ただほんの少しデジモンに詳しい探偵」 振りかぶった刀を、天青は重ねた腕で受け止めた。 「猗鈴さん、こっち二人は相性悪そうだから、一旦私が引き受ける」 「わかりました。すぐに倒して加勢します」 猗鈴が黄村の方へ行くのに天青が顔を向けていると、鎧武者がふっと刀を押し込むのをやめて持ち上げた。 「キィェエエッ!」 奇声を上げながら鎧武者は何度も何度も刀を振り下ろす。 「デジモンの力をッ! 持とうとッ! 人間はッ! 人間ッ! 戦いの経験がッ!」 ついに受け続けるのに限界が来たか、天青のガードが甘くなったところに鎧武者は渾身の一撃を振り下ろした。 「違うのだッ!」 それは豆腐に箸を入れるようにスッと天青の頭から胴までを縦に裂き、その余の手応えのなさに逆に鎧武者が戸惑うほどだった。 「だけど、人間との戦いの経験はある?」 『スティッカーブレイド』 身体を刀が通り抜けた筈の天青の右腕が鎧武者の首を掴み、左手がベルトのレバーを押し込んだ。 天青の右手から爆発的に放たれた刃が鎧武者の首を裂き、胸元に突き刺さりズタズタに引き裂いて行く。 「私はデジモンとの戦いには慣れてる」 首元から血飛沫を溢れさせながら倒れようとする鎧武者に天青が足を押し当てると、血が足に吸われていき、吸い切ると一泊遅れて鎧武者の身体が爆発して、爆発の後には人間の身体で横たわっていた。 「身体を分解してムシャモンの刃をすり抜けたか……これは……」 炎のデジモンの視線の先では、猗鈴が脚を高く振り上げていた。 『ブランチドレイン』 黄色い仮面の海蛇の身体を枝が包み、爆発するとそこには気絶した黄村の姿があった。 「……なぁ、見逃してくれないか」 「あなたは誰の差し金?」 「……知らないんだ。デジタルワールドでメモリに封じ込められて、ずっと閉じ込められてたかと思ったら今度は人間の身体を乗っ取ってて、言うこと聞かなきゃデジタルワールド戻れないって脅されただけでさ! その人間の記憶を漁っても背後から脅されてメモリを挿されただけで……」 「本当にそれだけしか知らない?」 「あ、そうだ。こいつと対立していた理事が四人いてさ。そん中の一人が何のデジモンかを知ってる! フェレスモンだ! こいつは自分を襲ったデジモンの姿を見てないが、こいつの家族が黒い石像に変えられていた! あれはフェレスモンの技だ!」 「メフィスモンについては何か知ってる?」 「え、あぁ……知ってるぜ……あいつは、ガッ!?」 だから見逃してくれと言いながらそのデジモンが喋り出そうとすると、不意にその首が紫色に光り出し、それが全身を包み始めた。 「喋れない様にリミッターがかけられている! 猗鈴さん、自爆する前に!」 『ブランチドレイン』 動けないそのデジモンへと紫の光を突き破り、猗鈴の飛び蹴りが突き刺さる。 そうして蔦が張り、光を吸い上げている最中に蔦は爆発した。 「猗鈴さん、大丈夫?」 思わず転んでしまった猗鈴が立ち上がって辺りを見回すと、三人目の被害者が倉庫の床に横たわっていた。 「なんとか……」 「あとは意識を取り戻すまでは青葉さんともども大西さんに任せて、私達は彼等に話を聞く」 天青はそう言うと、変身を解いてサングルゥモンメモリを猗鈴に見せた。 「博士、情報は聞き出せた?」 「いや、本人曰くリヴァイアモン側のデジモンに拉致されてメモリに閉じ込められたって。しかも、メフィスモンのことを話そうとしたら自爆プログラムが作動してさ、やむを得ず凍結するしかなかったんだよね」 そう盛実は残念そうに言った。 「……言ってたことと一致はしますね」 「こっちのムシャモンからもできる範囲で話を聞いて、メラモンからは既に話を聞いた。同じようにメフィスモンの話になると、自爆するようになってたから……助けられてないかもしれない」 そう言うと、天青はサングルゥモンメモリからメモリーカードを取り出しUSBを開くと、中に入っていたもう一枚のメモリーカードを渡した。 「……それ、サングルゥモンメモリのカードじゃないんですか?」 「そうだよ、それはサングルゥモンで吸血したデジモンのデータを保管する場所。基本的にメモリ内のデジモンはお腹減ったりしないからね、そっちにデータ送っても基本的には意味ないの」 「あの、それウッドモンメモリはどうなってるんですか?」 「それはねぇ、どうやらウッドモンメモリは吸収したデータで成長する性質があるみたいでね、前に調べた時にとりあえずサングルゥモンメモリと同じ処置をして、暴走しないようにはしてるんだよ」 「……それ、私も聞いてない」 盛実の言葉に、天青は少し眉を顰めた。 「ウッドモンメモリについて重要かもしれないことがわかったって言わなかったっけ?」 「言ってたけど、あとで詳しい話をってところで終わってたから」 「あー……ごめん。まぁ、マスターもメモリ使うと傷に響くよって言ったのにサングルゥモンメモリ使ってるし」 「……まぁ、そうね、とりあえず目先のメフィスモンとフェレスモンか」 そう言って猗鈴にもウッドモンメモリを出させると、中からメモリーカードを一枚取り出して盛実に渡させた。 「ふむ、メフィスとフェレス……どっちもlevel5だね。激戦必至って感じ」 「残りの四人の理事は紫村、橙、金田、黒岩。心理学と工学の学部長、若草と桃瀬、この六人の中にメフィスモンとフェレスモンがいるはず」 「んー、でも、学長の若草がやっぱ黒じゃないの? 夏音さんとの接触機会が多いって言うしさ」 盛実の言葉に天青は首を横に振った。 「今回のそれは、白か黒なら学長と理事に関しては全員黒なのは間違いないと思う。でも、単に黒だからってメフィスモンやフェレスモンとは言い切れないのが問題。適当なメモリで乗っ取られた使い捨てのコマだったら、決定的な情報は知らされてない可能性が高い」 「……いっそこだわらなくてもいいんじゃない?」 そう言うと、猗鈴もちょっと首を傾げた。 「それは悪手だと思います。メフィスモンとフェレスモン以外は利用されてるのだとすれば……情報が入らない。全員総当たりとしていたら逃げられるかもしれない」 「とはいえ、時間をかけすぎてもおそらく逃げられてしまう……この六人の中の誰かが失踪するか、メモリを別の人間に挿し替えて始末されてしまう」 「そうなれば、やはり製造設備に関しての情報を得ることは難しい……ということですね」 そう、と天青は頷いた。 「最低どっちかは捉えないと、見失ってしまう」 「だったらとりあえず偉い人からってのはどうかな? 一番把握しやすいし、理事長とかはどうしたってある程度情報入るもの、使い捨てにはやらせないんじゃないかなぁ」 「一理あるとは思うけど、決定的とも言い難いかな」 「でも調査する時間はないし……」 盛実がらちが明かないという顔をしていると、ふと天青は猗鈴の表情が変わったことに気づいた。 「……猗鈴さん、何か思い当たる節がある顔してるね」 いつもの顔に見えるけどと盛実は言ったが、猗鈴ははいと頷いた。 「もしかしたらなんですが、メフィスモンが誰なのかに関しては、私わかったかもしれません」 「OKじゃあ、その根拠を聞かせて」 天青の言葉に、猗鈴はまた頷いた。
ドレンチェリーを残さないで ep8 content media
1
3
36
へりこにあん
2021年12月11日
In デジモン創作サロン
『ウッドモン』 『ザッソーモン』 「……私を倒すより先に殺人犯を捕まえる方が重要だと思いませんか?」 電子音の後、杉菜はすぐにそれを挿すのではなく一度猗鈴にそう聞いた。 「彼女も捕まえる。でも、あなたも捕まえる」 猗鈴の返答に、杉菜はぺっと唾を吐いた。 「……本当はお姉さんが気になるからでしょ? お姉さんが気になるから、そこに繋がる私を見逃したくない。現時点では私が助けないとあの化け物から逃げることさえできなかったのに」 「……あなたこそ、風切王果に余程気に入られている様だったけど、どういう関係?」 「答える理由が、ありますか?」 そう言うと、杉菜はメモリを挿し、猗鈴はベルトのレバーを押す。 屋上へと転がり出た杉菜は、追いかけてくる猗鈴に向けてしなる蔦をムチの様に走らせる。 そうして繰り出される攻撃を猗鈴は手の甲やすねといったアーマーで覆われた部分で受け止めながら距離を詰めると、その頭を踏みつける為に脚を上げる。 「がっ!?」 猗鈴の脚が杉菜を踏みつける瞬間、蔦が背後から猗鈴の首に巻きつく。 のこぎりの様な歯列で杉菜はにやりと笑うも、すぐにその顔を猗鈴は踏みつけた。 猗鈴は蔦の隙間に手を差し入れながら杉菜を踏み続け、杉菜は踏みつけに耐えながら必死に猗鈴の首を絞める。 「っ、私にはッ、あの化け物を止める、責任がッあるんだァッ!」 口元から血を出しながらそう叫ぶと、杉菜は蔦を引いて猗鈴を後頭部から倒し、猗鈴はバク転で蔦を振りほどきながら体勢を立て直した。 「……ゲホッ、責任って……どういうこと?」 「あの化け物は、私の親友だった……」 「風切王果と親友だった……?」 困惑する猗鈴の頬を杉菜の蔦が叩く。 杉菜が親友だと思っていた頃に、杉菜はそうやって王果の頬を叩いたことが一度だけあった。 王果が妊婦を殺した二日後の朝、誰よりも早く、空が白むぐらいの時間に校庭を走る杉菜の元に、王果はいつものように穏やかに、差し入れの水筒とレモンの蜂蜜漬けを持って現れた。 「……ねぇ、つーちゃん。バンシーって知ってる?」 「知ってる。あの猟奇殺人犯でしょ。テレビとかもすごいことになってる」 「うん、すごく、人の心が動かされたと思わない?」 「……確かに動かされたとは思うけど」 いいことじゃあないと杉菜は続けようとしたが、その前に王果が少し距離を詰めてきた。 「真似していいよ?」 王果はほんのりと頬を染めながらそう言った。 「へ?」 「報われなくとも努力できるつーちゃんはすごいけど、そろそろ報われていいと思うんだ。私に心があると初めて実感させてくれたつーちゃんに、私は心の動かし方を教えてあげる」 秘めた恋心を明かすかの様に、少し目を細め杉菜の横にぴったりと座りいつもより少し興奮した調子でそんなことを言う王果が、得体の知れない存在に成り果てた様に思えて、姫芝は思わずその頬を叩いた。 杉菜は噛み締めてしまった。風切王果という人間の表面にまとわりついた甘さと染み出してくる酸味の、その先まで。 頬を叩かれた猗鈴は、その蔦を掴むと思い切り引っ張った。杉菜は掴まれた蔦を伸ばして身体が引っ張られない様にとしたが、そうしたことですぐには蔦を手元に戻せなくなり、走り寄ってきた猗鈴のサッカーボールキックをモロに食らうことになった。 「話の、続きを言えッ」 「……嫌です。そんなに聞きたきゃあっちに聞いてください」 杉菜はそう言うと、隣のビルの屋上へと蔦を伸ばして跳んで行った。 「あ、待ッ……痛ッ」 『猗鈴さん。さっきまで通信できなくなってたけど、爆発の速報が流れてる。応答して、猗鈴さん』 「……とりあえず、一度店に戻ります。やつは取り逃しました」 今になってやっと入った通信に、猗鈴はそう返して変身を解いた。 「メモリの複数使用に、ビルの倒壊から脱出する程の力ってもう……やんなっちゃうね。究極体まではいかなくとも確実に完全体クラスの力がある」 盛実はやだやだと呟いてそう言った。 「完全体クラスっていうと……スカルバルキモンみたいな」 「そう、あの劣化状態ならともかく。今の状態だと出力が足りないね。どれだけ工夫しても乾電池一個じゃ車は動かせないよ」 クリームソーダを飲みながら言った猗鈴に、盛実はそう難しい顔で返す。 「……博士、猗鈴さんのパワーを上げるのと私が回復して私調整のベルトを支える様になるの、どっちが早いと思う?」 「んー……猗鈴さんかな。マスター用に調整する予定だったベルト、マスターが使うには幾つかハードルがまだ残っているけども猗鈴さんが使う分には多分、なんやかんやなんとかできると思う」 天青が提案すると、盛実は少し首を傾げながらそう確信を持っていなさそうな様子でそう言った。 「なんとかっていうのは……」 「奇しくも今日見てきたやつだね、デジモン同士の合体。本来のそれならデジクロスだジョグレスだ吸収合体だ色々細かな種類はあるんだけど……複数のメモリと化した状態での合体だからまた違う存在かな」 なるほどと猗鈴は頷いた。メモリを挿すごとに風切は強くなっていった、一本ごとに劇的に、猗鈴も同じことができたらとは猗鈴も、思わなくはない。 「で、その時に使うメモリはね、実は候補がある。猗鈴さんのパワーアップアイテムとして開発中だったメモリが一つあるんだ」 そう言って盛実が取り出したものは、白いドラゴンのおもちゃか何かのように見えた。 「セイバーハックモンメモリ。正直猗鈴さんとの相性がめちゃくちゃいいわけじゃないけれど……猗鈴さんは硬い樹皮とか装甲、鎧のようなもので身体を包み込むタイプの能力に強い適性があるからね、そこだけに特化して出力すれば、バイクで使った時のローダーレオモンメモリと同等ぐらいの力は出せると思う」 「装甲とか鎧ってことは、ウッドモンのメモリの上から着るみたいな感じですか?」 「そうそう、探偵のライダーの中間フォームは荒々しくトゲトゲしていてもらいたいし、それだけでも多分戦えるけど……ウッドモンメモリの力を使わないと殺さないことが難しくなっちゃうし、今回の敵は出し惜しみできなそうだからね」 盛実は時間があればもっとメモリの造形にもこだわれたんだけどなんて呟きながらそう言った。 「トゲトゲ?」 「博士のいつものやつ」 天青の少し冷たい調子で放った言葉に、猗鈴はあぁと頷いてアイスクリームのメロンソーダに浸っているところを掬って食べた。 「理想を言うならば、自分で動いて猗鈴さんを守る恐竜型セイバーハックモンメモリにしたいんだけど……自立行動させるプログラムは私には荷が重いし、メモリ内部にデジモンの人格でもないときついかな」 一応自立行動できる仕組みにはしてあると、盛実はセイバーハックモンメモリの手足を掴んでポーズを取らせた。 「……でも、メモリのスロットこれで埋まっちゃいますよね? ウッドモンのメモリはどこに?」 「だからさ、マスター用に今調整してるメモリスロット二つのベルトを使うんだよ。マスターの場合は使うメモリが反発するものだから出力を完全に等分しないと副作用出るから難しいんだけど、猗鈴さんはその心配ないからね」 今の調整で十分使えるはずと、盛実はスロットが二つあるベルトを取り出してセイバーハックモンメモリと並べた。 「なるほど……結構形違いますね」 「そりゃマスターの最終形態用デザインだもの、猗鈴さん用のスロット二つのはまだ製作入ってなかったからデザインしかないんだけど、そっちの準備ができたらそれと差し替えるから」 「デザイン変える必要あるんですか」 あるけどその話は今度にして、と盛実は話を続けた。 「ウッドモンのメモリだけでも前と同様に変身できるようにはなってるから、セイバーハックモンを持て余す様ならウッドモンだけ、デビルスロットの方に挿してね! 暴走機能は設定してないけど、中間フォームの暴走展開はお決まりだし、猗鈴さん用に差し替えるまでは油断しちゃダメだよ!」 「中間フォームって……」 猗鈴が少し呆れたような顔をすると、盛実は至って真剣な顔で猗鈴を見た。 「マジな話するとさ、多分これじゃあまだ幹部に渡り合うには足りないんだよね。level5のメモリに当たり負けしなくなる程度でしかない。猗鈴さんがlevel6と並ぶ強さを持つだろうお姉さんと対等に戦うにはもう一段階強くなれなきゃなんだよ。だからそれは中間フォームにしなきゃいけないのさ」 猗鈴はこくりと頷き、セイバーハックモンのメモリと二つスロットのあるベルトを手に取った。 「と、いう感じでとりあえずの戦力はいいとして、風切を見つける術はどうしよう。姫芝を探してた感じからすると、またあの近くに戻りそうでもあるけれど……警察も調べているしそもそも倒壊してるあの建物には戻って来ないし、探すの結構手間かもよ」 また少しおちゃらけた雰囲気に戻って、盛実はそう言った。 「できることをやろう。博士は現場から飛び立った時の風切について目撃してるSNSの投稿を探って。公共交通機関は警察が張ってるし顔が割れてるから、おそらくあまり使わない。私は実際の現場を見に行ってみる」 天青は既に決めていたらしく、速やかにそう言った。 「天青さん、私は?」 「……大学の調査かな。お姉さんの通ってた大学でのお姉さんの動きについて調べて欲しい。メモリの大量製造には設備が要る、でも今のところ私達の知る幹部には表立ってそうした目立つ機器を入手できそうな人物はいない。どこかに社会的に地位のある協力者がいる」 そう言われて、猗鈴はじゃあと居ても立っても居られずヘルメットを手に取って部屋を出た。 「……マスター、大学の調査に行かせるにしても本庄善輝のいた大学の方がまだ望みがあるんじゃない? 夏音さんは入学したのもたった四年前、組織の規模が大きくなったと思われる時期とは大体一致してるけど……一学生がどう大学の理事とかと知り合うのさ」 「空振りに終わるぐらいで丁度いいと思う。お姉さんが幹部だってことがわかって、力不足も痛感させられて、落ち着かなくなって見えるから、空振りしてもらって気持ちを落ち着かせてもらいたい。空振りも選択肢一つ減るって考えれば無駄ではないしね」 天青の言葉に、私にはいつもと変わらなく見えたけどなぁと盛実は呟いたが、天青はいやいつもと違ったよとメロンソーダに残されたドレンチェリーを摘んで口に放り込んだ。 「あれ、夏音の妹ちゃん?」 そう話しかけてきたのは明るい髪色と雰囲気の猗鈴程ではないが一般的に見て長身の女性だった。 「えっと、あなたは……」 「あー、ごめんごめん、なんか勝手に知った気になってたけど葬式の時に顔合わせたかどうかぐらいだから、わからなくても気にしなくていいよ。私は柳真珠(ヤナギ パール)、夏音の卒業研究のグループメンバーの一人」 その女性はそう言ってにかっと笑い、大学内に作られたカフェへと猗鈴を誘導した。 「姉さんの卒業研究……っていうのは、教育学部の?」 「そうそう、あたしと心理学部の臨床系の子達二人と、四人グループで、発達障害児童に対する教育場面において……あー、噛み砕いて言うと、教員が発達障害の子に勉強を教えやすいテキストを作ろう! みたいな研究ね」 「なるほど、姉さんは教育学部以外にも色々顔が広かったんですね」 「一年時からミスコンで入賞したし、成績も上の中ぐらい、だけど振る舞いとかは気安くてね。妹の話になると大体笑顔になるから、夏音の笑顔見たさにあなたの話を聞く男とかもいたぐらい、用がなくても色んな人が話しかけていた」 それは、猗鈴のよく知る夏音に近い姉の話だった。妹の話題でというそれ以外はよくよく聞く様な話。 やはり自分の知る姉もいたのだと思う一方で、それが全部演技だったらどうしようと、猗鈴は恐ろしくも思った。 「……教授とかとも、よく話をされてたんですか?」 「そうね、夏音がよく話してたのは……自分のゼミの教授よりも学長かな? 元々は精神科医で、今は心理学部の学部長で学長、つまりこの大学の教授達の中で一番偉い人でもある」 少しきゅっと眉根を寄せながら真珠はそう言った。 「そんな人と……?」 猗鈴がそう返すと、真珠はまぁと眉をまた緩めた。 「猗鈴ちゃんはそんな人って言うけども教授達は雇われだから、理事長とかの方が偉いんじゃないかな? 学長は各教授達や理事達と予算とか成績とかそういうのの間で板挟みらしいなんて噂も聞くしね」 「じゃあ、例えばめちゃくちゃ高い機材を買うみたいなことは……」 メモリを製造する為の機材について、本来聞きたいことを猗鈴はそれとなく聞いてみることにした。 「理事会の承認とかないとできないんじゃない? 流石に自腹って訳にもいかないだろうし、心理学部で使っている頭部MRIとか脳波測定する機械とかも何百万か何千万単位らしいし」 裏を返せば、何千万単位のお金も理事会を騙せれば動かせるということになる。当然猗鈴もそのことに気づいたが、その話に興味を持ったのは猗鈴だけではなかった。 「ねぇ、私もその話混ぜてくれませんか?」 そう言って猗鈴達の側にやってきたのは王果だった。 「……なんで、ここに?」 「猗鈴ちゃんはこの大学来るの初めてですか? ここは私立ですが学外の人も市民である証明ができれば入れるんですよ」 そう言って王果が取り出した保険証に書いてあった名前は雨宮雫と全く別の名前があった。 一瞬その名前が何を意味するか猗鈴はわからなかったが、すぐにその名前が死んだバイヤーの一人の名前であることを思い出した。 「雨宮さんは猗鈴ちゃんのお知り合いなんですか?」 状況の掴めてない真珠が王果にそう聞いた。 「そうですそうです。夏音さんとはちょっと顔合わせただけで、その内に猗鈴ちゃんと一緒に遊びにでも誘えたらと思っていたら亡くなって……猗鈴ちゃんとはこれからも仲良くしたいし、人となりは私も知りたいなって」 どの口でと猗鈴は思ったが、王果が本と一緒にメモリを手の中に持っているのを見てその意図がわかった。王果は猗鈴を脅しているのだ。 何を調べているのか一緒に話を聞かせろと、さもないとこの場で暴れるぞと。 側から見たらデジメモリは単なる悪趣味な外装の記録媒体でしかない。 「……どうぞ」 と猗鈴が言うと、真珠は少し変に思った様だったがそのまま話を続けた。 「えっと、学長と仲がよかったって話の途中だったね。私と夏音の卒業研究は私達の所属するゼミと学長のゼミの子との共同研究なんだけど、その間に入ったのも夏音。二年の頃には既に仲良くなってた、どう仲良くなったのかはわからないけど」 それはメモリの力か、それとも夏音自身の持つ魅力か、渡りさえ付けばどちらでもおかしくないなと猗鈴は思った。 そう話している中で、ふと真珠は時計を見ると、やべっと呟いた。 「ごめんね、次の講義に遅れちゃうからこの話はここまでで!」 またねと言って真珠は去っていった。 残された猗鈴と王果は互いに視線を交わした。 「猗鈴さんって言うんですね」 「何をしに、来たの」 「多分同じですよ? メモリの製造場所を調べているんです」 「……何故」 「壊す為。私の親友が人を化け物にするメモリの売買に携わっています。となれば、悪い繋がりは壊す他ないですよね?」 「それは姫芝杉菜のこと?」 「そう、つーちゃんのことです。つーちゃんって呼び方はあれです、植物のスギナからツクシが出てくるから、つーちゃんって呼んでるんです」 杉菜の名前を出すと、王果の態度は急激に馴れ馴れしいものになった。 「その為に、人を殺しているんですか?」 「まぁ……そういうことですね。つーちゃんに報復が行かない様にする一番簡単な方法だったので、色々教えてもらったらきゅっと。ここの教授が絡んでるらしいという話もその時に聞いてはいたんですけど、つーちゃんが会いにくるのを待っていたから今まで来れなかったんです」 お菓子作りのコツを話すみたいなテンションで話す王果に、猗鈴は心底恐怖した。 「さて、じゃあこれから私は学長を殺しに行きますが、あなたはどうしますか?」 「……まだ、関わっていると決まった訳でもないのに」 「あなたのお姉さんが関わっているんですよね? お姉さんが被害者なのか加害者なのか知りませんが……警察ではない、しかもここの学生でもないらしいあなたが他所の大学に来て話を聞いている。関係者なのは間違いないですよね。で、私は複数のバイヤーからこの大学が関係しているらしいと話を聞いています」 それで十分ですよと王果は言った。 「人一人を殺そうとする根拠としては足りない」 「この大学、医学部系はないんですよね。他に大きな機材を必要としそうな学部は理工学部しかない。どちらかの責任者はきっと不自然な支出や機材の購入に心当たりがあるはずです」 むしろ最初は心理学部がそんな機材必要なんて思ってませんでしたと、王果は微笑んだ。 「それは、二人のどっちかは何も知らないかもしれないって事でしょ?」 「まぁ、下手すると二人のどちらかどころか理事会にいたりして二人とも関係ないかもしれないですよね。でも、私多分そろそろ指名手配されるので、悠長に調べてられないんです」 残念ですよねと王果はため息を吐いた。 「なので、一人ずつ殺していくのが早いじゃん? なんて考えたんです。私のことをちゃんと通報して警察に逮捕もさせたつーちゃんがこんなことするのおかしいのも待ってられない理由の一つですね。望んでないなら尚更早くしないと」 「……おかしい?」 「そう、おかしい。つーちゃんはどれだけ報われなくても自分を高める方向に舵を切るタイプ。なんて言うんでしたっけ……そう、解釈違い?」 「私の何を知ってるって?」 王果がその声に振り返ると、本と一緒にもたれていたメモリを蔦が叩いて弾き飛ばした。 「そんなの、つーちゃんの魅力に決まってる!」 叩かれた勢いで倒れながら、王果は笑みを浮かべてそう叫んだ。 「姫芝、あなたもこの大学に……?」 「つーちゃん! 爆破するだけして挨拶もしないなんて傷ついたよつーちゃん! 焦らされ過ぎて無視されてるかと思ったし!」 『シャウトモン』『バリスタモン』『ドルルモン』 叫びながら立ち上がった王果は、袖口からメモリを三本取り出し、ワイシャツのボタンを引きちぎって胸元を露出させ、突き刺した。 「心だけじゃなくて身体も傷つけよ、まともな人間なら」 あっという間に白いロボットの様な姿へと変貌させた王果に、ザッソーモンの姿をした杉菜はカフェを飛び出?と大学構内の広場へと足早に向かった。 「私がまともじゃないのはつーちゃんが一番よく知ってる、そうでしょ!」 姫芝の言葉に王果は笑いながらそう答える。 「きゃあ!」 姫芝へ向けてズンズンと走る王果が蹴った石が当たって、一人の学生が倒れて頭から血を流した。 それを見て、周囲はあっという間にパニックに陥った。化け物同士のそれは側から見た時に現実とは思えないものだったが、流れた血によって、現実だと誰もが理解した。 猗鈴もベルトに挿そうと取り出していたセイバーハックモンメモリを握りながら思わず固まった。 「……っ今は避難させるのを優先」 『ウッドモン』 セイバーハックモンメモリを使わずウッドモンメモリ一本で素早く変身すると、猗鈴はまず倒れている人のところへと走った。 「大丈夫ですか?」 「頭は、多分切れただけだけど……脚が、捻ったみたいでうまく動かなくて……」 その人は自分の脚を見れない様だったが、猗鈴からはその脚が折れているのが見えた。猗鈴は手首から枝を伸ばして添え木にすると、その人からハンカチを借りて脚を固定した。 「おーい、俺も、助けてくれ……!」 「私も、動けないの……」 大学の授業が始まる時間に猗鈴達は話していた。それは当然ではあるが、学生達が教室から出て溢れかえる時間。王果が三メートルの巨体とデジモンの脚力で飛んだら跳ねたりすることで飛んだ石畳のかけらも、人が多くいれば誰かには当たる。 小さなかけらそのものの威力は小さくとも、人が転ぶには十分。ただ立っているならどうにでもなるかもしれないが、何かから皆が逃げ惑っているような状況ではそれだけで人は簡単に転び、怪我をする。少し倒れただけの人を周りはうまく避けれず蹴ってしまったり怒鳴りつけたりさえする。 猗鈴はその時になってやっと天青達の危惧に実感が出てきた。 今の王果の姿は猗鈴が十分戦えたlevel4相当だろう姿、それでもただ走っただけで人が傷つくのだ。それより強いデジモンなら? 大魔王とまで呼ばれるデジモンが現れたら? 現実感はやはりないが、させてはいけないのだということは十分に理解した。 「……ちょっと傷に響くかもですけれど、我慢してくださいね」 人混みから盾になるように割り込み、片手で抱え上げると枝を伸ばして落とさない様に補強した。また一人抱えて枝を伸ばす。三人目は背中にしがみついてもらって安全そうな場所まで運び、誰かに託す。それを中庭につくまで二度繰り返し、中庭について二度繰り返した。 そうして中庭に戻ると、そこは燦々たる有様だった。石畳は割れて、噴水は粉砕されて細かな水が霧の様になってさえいる。 杉菜が蔦を振るったり巻き付けたりするめ王果はそれを単に力任せで振り払ったり逆に掴んで噴水やら花壇やら石畳やらに叩きつける。 能力の差は火を見るよりも明らかだった。 「……つーちゃんさぁ、メモリに関わるのなんてやめようよ。犯罪者産み出しているだけだし、下っ端じゃ悪い意味でさえ名前が世の中に広まることはないよ」 あっという間にぼろぼろになった杉菜に王果はそう言った。 「……私だって、頼りたくて頼ってるんじゃない、これしかないからッ!」 王果に掴まれた部分よりも先端を伸ばし、王果の首や関節を固める様に蔦を巻きつける。 杉菜のぎょろりとした目が猗鈴を捉える。王果を倒す為に作られたチャンス、そうとわかると猗鈴は躊躇なくレバーを押し込んだ。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴が走り出すと、王果は首だけ猗鈴に向けると力任せに蔦を引きちぎり、側頭部についた銃口から弾を連射しつつメモリを二本取り出した。 『スターモン&ピックモンズ』『スパロウモン』 王果の姿がまた変わり、背中からエネルギーを噴き出して体勢を整えると、弾の中を走りぬけてきた猗鈴へと剣を振り下ろす。 それを避け、その剣の腹に向けて猗鈴は蹴りを叩き込む。すると脚から剣に向けて枝がのび、包み込んだ。 しかし、王果が剣を振り上げると枝はあっさりと切り払われた。次いで王果がもう一度今度は地面に斜めに叩きつけるようにすると、剣そのものは避けたものの跳ね上がられた石畳の礫を何発も受けて猗鈴は地面に倒れた。 「私はつーちゃんと話があるので」 王果がそう言うと、杉菜は即座にそれに口を挟んだ。 「……私は話したくなんてないし、私はお前を倒さなきゃいけない」 それに次いで、猗鈴も立ち上がって声を上げる。 「あなた達二人が潰し合ってくれるのは勝手だけど……二人とも捕まってもらうし、姉さんと組織のことも全部話してもらう」 猗鈴はまたセイバーハックモンモンメモリに手を伸ばし、しかしそれを使うことを一瞬躊躇した。 暴走すると決まっている訳ではないし、盛実もそんな風に設定していないと言っていたが、もし暴走したら、幾ら目に見えるところに人がいないとはいえ、建物の中でやり過ごそうとしている人がいないとも限らない。 猗鈴が躊躇っていたこともあり、最初に行動を見せたのは王果だった。 「つーちゃんを説得するのは難しそうだし、やっぱり先に学長を、かな」 「させないッ」 『ト『ト『ト『ト『ト『トループモン』 王果の言葉に反応して杉菜は銃を持ちトループモンを出すが、次の瞬間には大勢のトループモン達は王果に薙ぎ払われて花火のように音を立てて弾けていた。 「今の反応、学長はやっぱり仲間、なのかな?」 聞いてた話ならと呟くと、王果は身体の前で手を組み、建物の方へと身体を向ける。 まさかと猗鈴が止めに走るも、王果はそのまま手が届かない空へと飛んでしまった。 王果が腕を開くと胸の赤いV字が煌々と光り、放たれたビームは猗鈴にも杉菜にも止められずそのまま校舎へと向かう。 『メフィスモン』 不意にそんな音が鳴り、ビームの前に黒い雲が立ち塞がると、ビームと相殺して消えていった。 「……これは何事かな、姫芝君」 そう呟いたのはいかにも悪魔という姿をしたデジモンだった。山羊の頭や蹄、コウモリの様な翼、やけに大きな前腕もまた猗鈴達には気持ち悪く見えた。 「例のバイヤー殺しと探偵です」 「なるほど、三つ巴の戦いという感じかな? 彼等の狙いはなんだ」 「この大学内にいる組織の協力者、つまりあなたです」 「おやおやそれは恐ろしい。では、学生達も大概の教職員も避難し終えた様だし、私と姫芝君はこれで失礼しよう」 そう言ってメフィスモンが腕を前に出すと、メフィスモンと杉菜を覆い隠す様に黒い雲が現れた。 「これはさっきの……」 雲に向けて王果がさっきと同じ様にビームを放つ。そうすると黒い雲は相殺されて消えたが、もうそこにメフィスモンと杉菜の姿はなかった。 「……仕方ない、かな。猗鈴ちゃん」 「……なに」 「私はここから手を引きます。バイヤーから得てる手がかりは他にもあるので、そっちを当たります」 じゃあと言って王果は空を飛んでいく。猗鈴の手がとても届かない高さまで。 その姿を見送って変身を解いた猗鈴の耳にサイレンが聞こえてきた。 「……逃げ遅れている人がいないか確認して、警察と出くわしたら大西さんに連絡」 かなと猗鈴が周りに人がいないから探していると、上等そうなスーツに身を包んだ精悍な顔つきの男性を見つけた。 「逃げ遅れた人ですか? 怪我とかしてませんか?」 猗鈴の問いにその人は首を横に振った。 「その、さっきのやりとりを遠くから見ていました。あなたは、あの悪魔を退治しに来たエクソシストか何かなのですか?」 「……とりあえず、エクソシストではありません。探偵です」 「探偵……では、依頼させて下さい。あの悪魔はこの大学を乗っ取ろうとしているんです!」 精悍な顔つきの男性は怯え興奮した様子でそう声に出した。 「どういうことですか?」 猗鈴の問いに、彼は一本の壊れたメモリを取り出して応えた。
ドレンチェリーを残さないで ep7 content media
1
3
25
へりこにあん
2021年11月14日
In デジモン創作サロン
「というわけでなんやかんやありまして、マスターは当分メモリが使えません」 三日の検査入院から戻ってきた盛実はそう言うとコーヒーフロートにスプーンを入れた。 「その、なんやかんやって……」 この三日間、天青はいたものの喫茶店としての営業も探偵としての営業もストップしていて、猗鈴も気がかりだったのだ。 「非常に負荷が強いメモリ。適性があるんだけど身体が耐えられなくて、腕が治るまではこれも使えない……というか博士にセーフティかけられた」 長袖シャツとビニール手袋の下から包帯をのぞかせている天青は、そう言うと銃を取り出して引き金を引いたが、ブーとブザー音が鳴るばかりで弾は出なかった。 「そりゃ本来は変身しないと使えない装備として作ってるんだもの、マスターが思ってるよりも結構身体に負担かかる作りしてるし」 「……盛実さんの頭の包帯は?」 「敵幹部に軽くどつかれたせいだね」 だから私もまともに戦えないと盛実は言った。 「その幹部、また来るんじゃないですか……?」 猗鈴の言葉に、天青はいやと首を横に振った。 「来ないと思う。それなりのダメージは与えたから無策で来るとは思えないし……別の、おそらくより立場が上の幹部は私を懐柔しようとしていた。多分今は組織内でどう動くかを決めようとしている筈」 「……天青さんを?」 「詳しくは言えないけど、私はメモリ関係なくこっちの世界にlevel6を連れて来る為の鍵を握っている。独自のメモリや独自の技術があるのもそのおかげ。奴等がそれを自由に使える様になったら、きっと奴等のボスがこの世界に出てきてしまう」 「奴等のボス……」 「おそらく、デジモン達の世界に君臨する七体の大魔王の内の一人、嫉妬の魔王リヴァイアモン」 「その大魔王っていうのはそんなにすごいんですか?」 「紀元前1200年頃の暗黒期って知ってる?」 猗鈴の質問に答えたのは盛実だった。 「確か……紀元前1200年頃から紀元前700年頃の歴史的資料が乏しく、文明もかなり衰退したとされる時代ですよね?」 「あれ、七大魔王の内の一人のせいなんだってさ。ヒッタイトの崩壊もミケーネ文明の滅亡もエジプトを襲撃した海の民を率いていたのも魔王の一人」 嘘でしょと猗鈴は思わず呟いた。 「歴史的資料に乏しいのは、その魔王を封印したデジモン達やそのサポートをした人間達が後世の人間によって大魔王が召喚されない様に手を尽くしたから……らしいよ」 「いや、でもそんな……デジモンは簡単にこっちの世界に来れないみたいな話もありませんでしたっけ?」 「それはね、その魔王が人間の歴史をめちゃくちゃにしてしまったからそうなったんだって。複数の大魔王や大天使が互いに目の届かない人間世界で勢力を伸ばせないよう、そもそもデジモンが行けないようにとしたんだよ」 まぁ、裏をかくやついっぱいいるけどね。と盛実は締めくくった。 「まぁつまり、大魔王っていうのは、ヨーロッパの文明を軽く退行させてしまうような規格外の存在って話。大魔王達に対抗できる強さのデジモンはまだ幾らかいるけれど、カリスマとか政治力とか知識とか諸々含めると十体に満たないと思う」 「そんな存在が……敵のボス。姉さんはその組織の中でどんな立場だったんでしょうね」 「今はわからないけど、ここに来た幹部は『美園の妹』を探してた。裏切り者と捉えられているのか、それともまた別の理由があるのか……彼もまだ目を覚ましてないし」 夏音の彼氏だった健はまだ意識不明のまま、メモリの毒から回復していない。 「とりあえず、取れる手は二つ。杉菜から探るか、私に接触してくる幹部から探るか。他のバイヤーも大西さん達が当たってはいるけれど、幹部や中枢に繋がりそうな感じはないらしい」 「そういう意味では実は今ってチャンスかもね。向こうもきっとこっちが弱っていることを把握している。何かアクションを起こしてくるんじゃないかな」 「アクション……というと」 その時、ポンと天青のタブレットが鳴った。 「そのアクションがちょうど来たみたい。ホームページの相談フォームから、美園夏音を名乗る依頼人からメールが届いた」 「姉さんから?」 「博士、調べられる?