フォーラム記事

へりこにあん
2022年5月20日
In デジモン創作サロン
ワイズモンメモリの中と、アルケニモンメモリの残骸の中に見つけた機械を調べていた杉菜は、それが発信機と知ってチッと舌打ちしながらハンマーで叩き割った。 「組織製の完全体以上のメモリの持ち主は居所が組織にはバレバレって訳ですか」 しかし、と杉菜は自分の周り、かつては組織の建物だった廃墟を見てフンと鼻を鳴らす。 「王果は人にしか興味がないから、ものより人を攻める……でも、この建物内に血の痕は少ないしデジモンの死んだ痕跡もほとんどない。柳の協力者、ということですかね」 「そういうことだ少女よ」 「あー、マタドゥルモン、彼女は僕達と大して年齢は違わない」 「……よく間違えられます。スキンケアには気を遣っているので」 そう言いながら、杉菜はワイズモンメモリを取り上げてポケットに入れると、立ち上がった。 「で、何か御用でも? ここを破壊してから随分経ってると思うのですが」 「うちの上司がね、組織の破壊跡に警察以外が来たらきっと組織の人間だから、面白い計画を思いつくまでは、適当に見回って組織の力を削げって言うんだ」 佐奈はそう言って、懐からメモリを取り出した。 「……なるほど。ちなみに組織から離反した人間の扱いについては聞いてます?」 「それは聞いてない。しかし、まぁきっと追い詰められて離反する様な人間はまた裏切るだろうから……」 『デスメラモン』 そう言いながら、佐奈はメモリを挿した。 「倒す、でいいだろうね」 『ザッソーモン』 それを見て、杉菜も即座にメモリのボタンを押す。 すると、アヤタラモンではなく流れたのはザッソーモンの名前だった。 一瞬戸惑い、改めてボタンを押そうとして、佐奈の背後にある人を見つけて硬直した。 「……デスメラモンメモリの使用者。君が僕の『家族』を唆した一人だね」 白衣を軽くなびかせながら現れた善輝は、スタスタと歩いてデスメラモンとなった佐奈の燃える背中をぽんぽんと叩いてそう言った。 「……君、は」 そして、振り向いた佐奈の額に対して腕を伸ばすと、デコピンをした。 「君も僕達の『家族』になれる素質はありそうだけど、メッだよ」 言葉と裏腹に、佐奈の三メートル近くある頭はデコピンで激しく弾かれて飛び、そのまま後頭部を地面に打ち付けた。 「おや、姫芝くんもいるね。この前のランチは美味しかったね。今度また行こうか」 その後、杉菜に気づくとそう言って微笑んだ。 「……本気で言ってるんですか」 君が組織から離反したことは聞いたよと善輝は胸の前で手を握り締め悲しそうな顔をした。 「組織に不満があって、でも美園くんに言いにくかったなら、僕に言ってくれればいいんだ。メモリを進化もさせたし君は耐久力がある。夏音くんと同じで嫉妬の魔王の器として幹部待遇にすることもできる」 「魔王の器……?」 「そう、魔王様のメモリはその力が強大すぎてね。適合率はもちろんのこと、力を受け止められる頑丈さという別の基準があるんだ。君はメモリを進化させるという『適応』する性質を見せた。元々使ってたメモリのせいか頑丈さもある。君ならきっとなれる筈だよ」 ちなみにこれは本来幹部以下には内緒の情報だよと善輝はウィンクした。 「お断りします」 姫芝の返事は早かった。待遇はもう関係なく組織に戻るつもりはなかった。 「それならそれでいいんだ。夏音くんは、火葬されて身体が脆くなったから器としての資質は疑問視されているけれど、君のメモリを解析すればもっとメモリを進化させ、候補者を増やすこともできるだろう」 善輝の声は優しく、しかし杉菜は一刻も早く逃げなければいけないということも悟っていた。 それで、マタドゥルモンと佐奈の方をちらりと見たが、二人とも善輝に襲い掛かろうという風にはとても見えなかった。 「何があろうと渡しませんよ、絶対に……」 戦う覚悟を決めて、スッとメモリを胸の前に持ってくるも、不意に聞こえた声が杉菜にそれを中断させた。 「あらあら、帰りが遅いから来てみたら……なかなかの大物がいるじゃない」 その女はどこにでもいそうな格好をしていて、善輝と違って恐怖も覚えなかったが、ふとその女と目を合わせてはいけないと杉菜は察した。 そして、善輝はその女を見るなり白衣のポケットからメモリを取り出した。 「……嫉妬の魔王も悪趣味ね」 女は善輝の目を見てそう言った。 「人の顔を見てそう言うのも大概だと思うけれど」 善輝はそう言うと、ゆっくりと女に向けて歩き出した。 「私の眼を見て、私が狂わそうとしているのに、正気で意識を保てる人間なんていないわよ」 「僕は人間じゃないと?」 「いいえ、既に狂ってるって言ってるの。私の眼はカカオをすりつぶしてチョコレートにする様な眼だけど、あなたは既に限界なんてないチョコレート、溶かしてかき混ぜてもチョコレートはもうチョコレートから変わらない」 『レガレスクモン』 「……つまるところ、今の君は僕相手に成す術ない。ということでいいのかな?」 善輝がメモリのボタンを押してポイと投げると、それを口から飲み込むようにして喉奥へと突き刺した。 すると、その身体の周りを蒼い雷が走り、空気が裂かれる悲鳴が響く。杉菜はその圧にぞぞぞと鳥肌が立ち、恐怖に息が荒くなるのを感じた。 「成す術がないとまでは言ってないわ」 女は善輝の胸を指でツンとつつく。 電気が女の身体にながれ、指先の皮は剥がれ爪は弾け飛び、血がぼたぼたと垂れるようになったものの、善輝のつつかれた胸から氷にも似た結晶が生えてくると、それは瞬く間に全身を覆っていった。 「さて、出てくる前に帰りましょう? 一分は持つ筈だから」 そう言うと、女は佐奈とマタドゥルモンを連れてその場から立ち去った。 それから数十秒して、結晶から抜け出た時の善輝は、もうメモリを使う前の姿になっていた。 「さて、話の途中だったね姫芝くん……あぁ、彼女も帰ってしまったか。残念だ」 実際には、杉菜は逃げることはしていなかったし、できなかった。 善輝から離れ過ぎれば例の女と共にいる佐奈達に襲われる危険がある。善輝に見つからない様に瓦礫の影で息を殺していた。 「……僕としては、夏音くんが何を考えているかわからない以上、彼女の妹を『器』にというのとは別のプランを持ちたい。『家族』だから信用してはいるけれどね」 姫芝くんがいないならば仕方がないと、善輝は杉菜の隠れている瓦礫の前で、瓦礫の裏の杉菜を見つめながらそう言った。 そして、踵を返し去っていった。 ゆっくりと深呼吸をして、杉菜は落ち着きを取り戻そうとする。 しかし、不意に作動したスマホのバイブに、またびくりと肩を震わせた。 『もしもし、姫芝?』 「……そりゃ私でしょうよ。なんです猗鈴さん」 聞こえてきた猗鈴の平坦な声に、杉菜は妙な安心感を覚える。 『単刀直入に言うんだけど、探偵に興味ない?』 「はぁ?」 『とりあえず、マスターが代わりに説明する』 「ちょっと待ってください。こっち何も飲み込めて……おい、美園猗鈴、おい」 『もしもし、姫芝さん?』 「……お久しぶりです。国見さん、バイトの教育ちゃんとしてください」 まぁ、それはおいおいと流し、天青は本題を切り出した。 『警察には、司法取引の準備があるらしい』 「……司法取引、ですか。でも、それと探偵になることとどう結びつくと?」 『正確には、元から探偵だった、ことにするの』 「まだよくわかりませんね」 『自分の為にメモリを使っていた犯罪者を警察が抱え込むことはできない。でも、元から探偵として組織にスパイをしていたとし、罪は犯したが、警察の監視の元探偵として警察に協力することを条件に、逮捕されなくなる』 「……私に有利すぎますね。なぜですか」 『警察と私達は幾つかの点で対立しているけれど、あなたの扱いに関しては一致している点が二つある』 「聞きましょう、なんですか」 『組織に戻してはいけない。そして、もう一つの暗躍する勢力に渡してもいけない。理由はわかる?』 「片方ならわかります、魔王がこちらに来る為の器にされるかもしれない、ですね?」 『そう、そしてもう一つは吸血鬼王の完全復活の阻止。こっちも魔王に劣らない危険なデジモン。あなたの使い道は多過ぎる』 「……なるほど、わかりました」 仕方ないですねと杉菜は呟いた。 「で、何故私は給仕の格好をさせられてるんでしょうか。私聞いてないんですが」 「着る前に言えばよかったのに」 猗鈴に言われて杉菜はしゃーと牙を剥いて威嚇した。 「とまぁ、それはともかく……この格好も意味あるんですよね?」 「一応、ある。ここは探偵兼喫茶店だし……わりと常にうちは資金難だから」 「……まぁ、一員となるからには売上に貢献しろと。客もいないのに給仕ばかりいて意味あるかは疑問ですけれど」 「私も探偵側でのバイトだから、この閑古鳥鳴いてる店なら、給仕はマスターだけで手が足りる筈」 猗鈴の言葉に、杉菜は頭をカリカリとかいた。 「あと、そこの隅で縮こまってる白衣に作業着の人が斎藤博士ですよね?」 「あ、え、うん……いや、はい。斎藤・ベットー・盛実です」 斎藤はうへへと汚い愛想笑いをした。 「斎藤別当実盛じゃないですか……というか、メールでは普通にやり取りしてたのに」 「盛実さんは人見知りなので、喫茶店の方では戦力外です」 まぁうんと言いながら天青がコーヒーを出す。 「ありがとうございます……げっ」 「……げっ?」 「……美園猗鈴さん。あなた、もしかして姉と同じ馬鹿舌ですか?」 「私はコーヒー苦手だから飲んでない。そういえば……稀に来るお客さんもコーヒー頼んでるの見たことないかもしれない」 「そうですか。砂糖入れてあげるので一口どうぞ、客が頼まない理由がわかりますよ」 杉菜が手元にカップに砂糖とミルクをたっぷり追加して猗鈴に渡す。それを猗鈴は受け取りはしたもののカウンターにそのまま置いた。 「私の消費カロリーは美味しくて甘いもので基本的に計算してるから……」 だから、不味いのはちょっとと言われて、杉菜はカップを取ると残ったコーヒーを流し込んだ。 「ま、まぁ……マスターは味覚も鋭敏な副反応出てるから……まともにコーヒーの味見できなくて感覚でやってるし」 「……ちなみに、あなたはコーヒー飲めるんですか?」 「飲め、るけど……徹夜とか多いし味とかもうわかんなくて……時々、何飲んでも泥水みたいな味する」 うへへへと笑い事じゃないセリフを吐く盛実に、杉菜はあちゃーと 「……道具貸してもらっていいですか」 「姫芝、コーヒー淹れられるの?」 「一応、コーヒーインストラクターの資格を持ってます。まぁ座学で取れる資格なので、バリスタとか名乗れるものではありませんが……」 あ、豆だけはいいやつ使ってる、保管方法雑だけど。と呟くと杉菜はテキパキとコーヒーを淹れ始めた。 さぁどうぞと、杉菜は三人の前にコーヒーを並べた。 「……砂糖入れていいんだよね?」 「いいですよ。豆の違いとかまで理解できればもちろんですが、美味しく飲む為の手段に過ぎませんからね」 猗鈴がじゃりじゃり言いそうなほどに砂糖を入れ、一口飲むと、カッと目を見開いた。 「美味しい……!」 「自分で淹れたのとは香りから違う……」 天青も一口飲んで笑顔を見せると、直ぐに二口目に移行した。 そして、盛実は一口飲むと涙を流し始めた。 「……もしかして、今、泥水期ですか?」 「いや、なんか、美味しいという感覚が何ヶ月かぶりに蘇った感じが……」 マスターの料理基本素材の味しかしないし……と盛実はさらにボロボロと涙をこぼす。 「調理師免許も一応持ってますが、何か作りましょうか?」 「姫芝さん……いや、姫芝ママ……?」 「ママではないです」 盛実の言葉に、杉菜は冷静にツッコんだ。 「ちなみに、姫芝って甘いものとかは……」 「甘い系は苦手なので勉強してないです。というか、こんな好き勝手やっていいんですか?」 「まぁ正直、うちの地元だと探偵は喫茶店にいるものだったから始めただけだし……」 天青の言葉に、中身が伴ってないじゃないですかと杉菜は呆れながら呟いた。 「逆に姫芝はなんでそんな色々資格あるの」 「……便利なんですよ。話の種に。特に誰でも衣食住からは逃れられませんから。座学だけで取れる簡単なのでもね」 嘘だった。色々手を出したのは何か一つぐらい自分にも才能らしいものがないかと思ったからだ。 調理師免許は取ったけれど、勉強した分そこそこ美味いというのが姫芝の限界。レシピを作れば凡庸だし、超絶技巧もない。コーヒーだって同じ、大したものでないのは杉菜自身がよく知っている。 何か特別な部分がないかと探して回った残り滓。 でも、まぁこれでよかったんだと、今になって杉菜は思う。 そこそこで喜ばせられる人はいくらでもいて、人を助けることも特別になることもきっとできた。 これからは、そうすればいい。と後悔を杉菜は奥歯で噛み砕いた。 そんな風に複雑な思いを噛み締める杉菜の言葉を聞きながら、猗鈴はこのコーヒーをアイスにかけちゃダメかなとか考えていた。 「姫芝、アフォガードとかってしていい?」 ついでに口にも出した。 「……いいですけど、やるなら砂糖入れる前ですから、それは普通に飲んでください。もう一杯淹れます」 「……ところで、話変えていい?」 「急に元気になりましたね、斎藤博士」 「あっ、調子に乗ってごめんなさい……」 「いや、そこまで言ってないです」 「で、その……提案なんだけど、姫芝さんと猗鈴さんの二人で一人に変身しない?」 「……盛実さん。それ、意味あるやつですか? 何か元ネタに近づけたいとかじゃないですか?」 「それは大いにあるけど……努力型と天才型のでこぼこ探偵コンビだし、姫芝の変身マフラー出たって永花さんから聞いたし……身体を縦に二分割したくなる」 「それだけじゃないってこと、ですね。斎藤博士」 「う、うん。実はね、二人で変身するメリットは三つあります!」 「三つ」 猗鈴は半分アフォガードに意識を持っていかれながら、そう呟いた。 「そう、一つ目はメモリから引き出せる力の増大。二つ目は代田さんベルトの調整するら余裕ができる。三つ目は、姫芝さんの負担軽減」 「代田さんのベルトは調整が要るんですか?」 「うん。話を聞いた限りだと、そのベルトは動くはずがないベルトなんだよ」 「……実際動きましたが」 「そう、動いた。動いたけれど、本来ならパーツが足りなすぎる。姫芝はさんの銃は私のベルトに必要なパーツがあるわけがなかった。だから、それを組み替えても調整しても、本来は動くはずがない」 「じゃあなんで」 「ルミナモンは、困難に立ち向かう『力』を与えるデジモン。それはパワーもあるけれど、運命力とかあらゆるものが困難に立ち向かう時に味方する。一説によれば過去や未来改変さえ行ってるかもしれない、そんな能力なので、パーツがなくて機能しない筈のベルトを無理やり機能させたとしても不思議じゃない、っていう、そういう能力なんだけども……永花さんにずっとメモリ使ってもらうわけにはいかないし、一時的に現れたルミナモンの能力がどれだけ続くかもわからないじゃんね」 「……なるほど、納得しました。で、三つ目の私の負担減とは?」 「メモリの直挿しに、欠損レベルの負傷の再生。肉体は再生して見えても、繰り返すごとに人とデジモンの境は曖昧になっていく。そして、バランスが崩れればどっちも急に脆くなってらしまう」 脆くなった人がこれです。と盛実は天青の袖を捲り、その下に巻かれた包帯を剥がした。 本来の皮膚そのものも痛々しいひび割れのような傷跡が残っていたが、さらにその上からノイズのように黒色が走っている状態だった。しかも、猗鈴達が見ている前でも常にノイズの走り方は変わっていく、およそ人の肌に起こる症状とは思えないものだった。 「この前、幹部と戦った時にマスターのデジモンの部分は自分自身の力で内側から崩壊し、人の部分にまで余波が出た。今は人の傷の方は塞がってきたけど、デジモンの部分はまだ不安定で……うまく人の部分と馴染めてない」 「……まぁ、私は心臓をデジモンの肉体で補ったから、血液に乗って全身に拡散してしまった面も大きいし、メモリとは違う技術の結果でもある。同じになるとは言わないけど……」 と、天青は姫芝の目をじっと見た。 「助けたい誰かが目の前にいるのに、本当にただ見てるだけしかできないのは、苦しい」 その言葉に姫芝は実際にそういう経験をしたのだろうという重さを感じた。 「と、いうわけで。こちらが二人用のベルトになります」 「……早くないですか」 「いつもはちょっとは時間取るのに……」 だってめっちゃ熱い展開だったからイマジネーションがという盛実に、杉菜はなんだこの人と思った。 「メインボディ側にこっちのベルトの親機を、サブ側にこっちの子機を。親機を起動して腰に巻くと子機を持ってる側と、念話が繋がります」 「念話がつながるってなんですか」 「まぁ、口に出すとは別の意思表示方法が開通する感じ。やれば感覚的にわかるよ。これ、今朝成功した時とかマスターとちょっとはしゃいだぐらい感覚的で簡単だし」 「念話を繋げる意味は……?」 「身体感覚の共有は言語だとちょっと難しいし、タイムラグもあるんだよね。あと、親機側に一旦意識を飛ばすから、念話できるかどうかはその経路が繋がってるか確認できるって理由もある」 「……他人の身体で動き難くはないんですか」 「そこら辺はね、一時的にどっちも動かしやすい肉体に肉体を再構成するから多分大丈夫。でも、個人的には姫芝ボディをメインボディにした方がいいかなって思ってる」 「私の方が手足長いし多分強いですよ?」 「それはそうだけど、リーチとかはどうせ再構成するし……猗鈴さんには猗鈴さんの不安要素がある」 「私の不安要素……」 「うん。まぁぶっちゃけると。夏音さんが猗鈴さんに何仕込んでるかわからないって話。姫芝マ……さんの場合は使ったメモリからその影響まである程度推測できる。でも、猗鈴さんは……少なくとも目に副反応が出ている辺り、知らず知らずメモリを挿されてた可能性もある。それも、ウッドモンメモリかもわからないし、ウッドモンメモリの細かい解析もずっと後回しにしてきたし……なんもわからん、って感じ。メインメモリもできるならウッドモンは外したい」 「精密検査とかした方がいいんじゃないですか?」 「と、思って二人分の検査を警察病院の方で手配してもらいました。一日ゆっくり入院してきて」 天青はそう言ってひらっと資料を取り出した。 「……私、聞いてない。姫芝は?」 「聞けるタイミングありました?」 「ない」 「そういうことです」 当然杉菜も聞いていなかった。 「お迎えに来ましたー、あなたの街の頼れるモブ警察官Aでーす」 目深に帽子を被った鳥羽のパトカーに、猗鈴と姫芝は詰め込まれていく。 「あ、ちょっと……」 それを、天青は止めようとしたが、あっという間にパトカーは出て行ってしまった。 「どうしたの?」 「警察病院からの迎え来るのって、午後だった筈じゃ」 「え、そうだっけ?」 「それに……今の人、デジモンと重なってた」 「それってメモリの……」 「いや、違う。私と同じ脳に寄生されてるタイプの人」 「……え、ちょっと警察病院の担当者に電話してみる……のは、ちょっと、苦手なので、私はメール確認するから電話お願いマスター!」 「本日は、喫茶ユノ発、警察病院行きをご利用いただきありがとうございます。と、言いたいところなんですが、もう本来のお迎えの車じゃないのはわかってますよね?」 「……昨日は姫芝のこと誤魔化してすみませんでした」 「あー、それはそれで反省してください。公竜さんにめちゃ怒られましたし、警察として協力できなくとも個人でこっそりならできるんですよ、一応」 わざとらしく怒った顔をしながら鳥羽はそう言った。 「でも、今回の用件は別です。公安側の思惑や公竜さんが何故柳さんを殺そうとしたかなど、みんなが気になるあれこれを……情報漏洩します」 「それを私達は何をもって信じればいいんです?」 「……強いて言うなら、愛憎?」 「愛憎って……」 「私ね、そっちの国見探偵と同じ高校の一年後輩で、肉体の欠損を自分に寄生していたデジモンで補って人間やめてるんですけど、それ公安に仕組まれてたんですよねー」 姫芝がはあ!?と叫ぶのを聞いて、鳥羽はくっくっくと笑いながら、公安は国見探偵みたいな体質の駒が欲しかったんですよと言う。 「ちなみに、鳥羽恵理座(トバ エリザ)って名前も親からもらった名前じゃないです。デジモン人間のお前は家族の側にいれないよーって、名前を捨てさせ地元を捨てさせ家族を捨てさせ、私を孤独にさせて公安に依存させようって公安的手法のせいなんですね」 さらにちなむと、私が選ばれたのは私についていたデジモンが吸血鬼だったから。公的な権力と結びつかないと吸血衝動から身近な人も襲いかねない種だからなんですねーと何気なく言った。 「公安自体は、デジモン達の世界の為の機関に過ぎなくて、リヴァイアモンがこっちで暴れるのを阻止できれば、なんでもいいんですよ。所属してる人達も六割は公安しか居場所がないんです。私のように仕組まれた人もいれば、デジモンの世界から流れてきた『漂流物』に呪われた人とか。三割の人は三大天使の傀儡です。警察としての使命感とかから六割の人達の世話係にされたお人好しが残り一割って感じです」 「……なに、そのクソ組織」 「そこが私の憎悪ポイントって訳ですね。特にオファニモン派はひどいです。慈愛の天使オファニモンの慈愛はデジモンにだけ向くので、人は産業動物なんですよね。公竜さんはセラフィモン派、私はケルビモン派です」 「いや、私達はその違いわからない……」 「セラフィモンは、司法と正義の天使です。警察に属するからには、警察として国の治安維持も絶対的な使命と、当たり前のことをちゃんと言ってくれます」 でも、デジモンと人の優先順位はつけます。と続ける。 「ケルビモンはもふもふして可愛いです」 「……それで、派閥の違う小林さんの足を引っ張りたいんですか?」 「それはないでーす」 残念、そのキメ顔は没収ボッシュートでーすと恵理座は笑った。 「公竜さんは頭タングステンなので、シンプルに背負いまくりなんですよね。正義のこと街のこと他人のこと自分のこと、なーんでも。なので、情報漏らすのは公竜さんへの愛です」 「好きなんですか? 小林さんのこと」 「結婚しろと言われたらはいかイエスで返します。顔も好きだし、公安内で孤立しかけた私が信用できた唯一の人ですし、私がうっかりシルバーアクセの十字架触れて吐いた時も優しく介抱してくれましたし、実は不器用でスマホの画面保護シール貼る時にめちゃくちゃ気泡入れちゃうとことかもまるっとぐるっとべちょっとすりっと大好きです」 と、楽しそうに言った後少し恵理座の眉が下がったのを杉菜はバックミラー越しに気づいた。 「……でも、それも公安の思惑通り、公竜さんにまんまと依存させられているだけなのかもしれないですね。そしたらそれを本当の意味で愛してるとか大好きだなんて言えないですよね」 なーんて自分の気持ちを信じられない悲劇のヒロイン感出してみたり、と恵理座は笑った。 「それに、私と結婚とかしても公竜さんが幸せになることはないでしょう。公竜さんは自分の生まれを嫌ってます」 「小林さんの生まれ……」 「えぇ、小林さんは.数十年前に吸血鬼王グランドラクモンが戯れに肉体捨ててこっちに来て、人の身体を奪って産んだ双子の片割れなんです」 「……だから、柳さんが妊娠してるってわかって……」 「そういうことです。産まれてこない方がいいは、公竜さんの経験談から来るんだと思います。さて、今私重要なこと二つ言ってたのはわかりますね?」 恵理座はそう、二人の反応を伺った。 「……魔王に匹敵する脅威吸血鬼王グランドラクモンは既にこっちに来ている。薄々察してはいたけど、アレがそうなのか」 「姫芝、会ったの?」 「今日会いました。あとで説明します」 わかった。と猗鈴は頷いて、次へと話を進める。 「二つ目は小林さんのこと、ですね」 「そういうことです。本当に公竜さんが柳を殺したら、我に返った時にどうなるかわかりません。そして、本物のグランドラクモンや吸血鬼デジモンと対峙した時もきっと冷静ではいられないでしょう。ベルト使われちゃうと公竜さん一人で完結しちゃうから止められないんです」 「わかりました。私達が止めます」 「姫芝、それ私も入ってる?」 「入ってます。何か不満が?」 「いや……私のことを仲間と思ってるのかなって」 「……何言ってるんですか。正直まだそうそう思えませんよ。でも、これからなるんですよね?」 杉菜が拳をスッと出してきたのに対し、猗鈴はそういうのはいいやと手のひらで押し下げた。杉菜はそれにうーっと唸った。 「ところで、お昼どこ行きましょう? 本来の病院行く時間までかなり時間ある訳ですが、私この辺りの美味しいものとか知らないんですよ」 「スイーツラーメンを出してるラーメン屋なら知ってるけど」 「……私が幾つか知ってます。近いのだとカレーのお店かパスタのお店が近いですが、どうですか?」 「あ、ごめん。私香辛料の匂いとか吸血鬼的にちょっとキツイんだよね。近くでペペロンチーノ食べてる客がいるだけでちょっと気分悪くなっちゃう」 「体質なら仕方ないですね。猗鈴さんは何か体質に合わないものとかありますか」 「姫芝にさん付けで呼ばれるのが少しむずむずする」 「食べ物はないってことで取るけどいいですね」 「かまわない」 なんだこいつ面倒だなと杉菜は思った。 「じゃあ、釜飯のお店がいいですかね。次の信号を左に曲がってください」
ドレンチェリーを残さないでep17 content media
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へりこにあん
2022年5月14日
In デジモン創作サロン
「とりあえず、わたあめとかりんご飴とかチョコバナナとか鯛焼きとかかき氷とか買ってきたけど」 猗鈴の持ったビニール袋に詰まった大量の甘味を見て、杉菜は微妙な顔した。甘いものがあまり得意じゃなかった。 「なぜ甘いものだけなんですか」 「余ったら自分で食べようと思って自分の好みで買ってきた」 「……しょっぱいの買ってきてもらえます?」 杉菜は猗鈴の代わりに便五の方を向き一万円札を渡しながらそう言った。 最初の花火が打ち上がるまであと十分、猗鈴と便五、千歳、それに姫芝と永花、そしてワイズモンだった代田という男も入れて、六人で花火がよく見える一角に陣取っていた。 ちらと杉菜が永花の方を見れば、先の騒動のことなど忘れて千歳と×モンカードをしばいていて、代田はその光景を泣きそうな顔で見ていた。 「……花火大会終わったらめっちゃ自首する。絶対やり直すよボク」 先のコドクグモン騒動は、杉菜が解決したのは確かだったが、杉菜自身が警察の前に出ていけない人間である為、なぁなぁに誤魔化されていた。 公竜は花火大会の会場から犯人は逃走したと推測し、鳥羽も梟の様な目で杉菜を見ていたが、猗鈴が永花の姉だと説明したら、首を傾げたまま会場内のパトロールに戻っていった。 「あなたとしてはいいんですか。私達がここで花火大会見てて」 「今日は私、探偵じゃなくて和菓子屋の手伝いで来てるから」 猗鈴の言葉に、杉菜はふーんと言いながら、かき氷をかきこんで、頭痛に眉をしかめた。 「かき氷食べて増えないでよ」 「増えませんよ馬鹿馬鹿しい」 増えようと思えば増えれますけどと言って、杉菜は舌からポンと小さなザッソーモンの分身を出した。 「わたあめでも食べさせてください。なるべく早くカロリーを補給したいので」 こっちからでもいいんだと、猗鈴がわたあめをちぎって渡すと、その分身はわたあめに半分埋まりながらそれをむしゃむしゃと食べた。 ちょっとかわいいと猗鈴は思ったが、言うのも癪なので口には出さなかった。 そんなことを話していると、ふと猗鈴のスマホが鳴った。着信の名前は斎藤盛実、それを見て杉菜は私にも聞かせろと小さなザッソーモンを猗鈴の耳元まで登らせた。 「もしもし」 『猗鈴さん大丈夫だった!? 頼まれたこと調べててアレだったとはいえ、ベルト使用してるから何事かと思って……』 「姫芝が解決したので大丈夫です」 『姫芝が!? え、状況が読めないんだけど!?』 猗鈴はまぁ落ち着いてくださいと盛実を制した。 「それより、頼んだことって永花さんのことですよね」 『あ、うん。そうそう……え、いや待って、姫芝の話題って本当に流していいやつ? 猗鈴さん催眠かけられてる疑惑が自分にかかってるの忘れてない?』 「姫芝が組織より一人の女の子を取って組織から離反しようとしてたり、花火大会に複製デジメモリ使う暴徒が出ただけです」 『……やっぱダメなやつじゃない?』 盛実は至極当然の言葉を呟いたが、猗鈴はそれを一蹴した。 「早く、お願いします」 『えー……まぁ、結論から言うとね。その子は即転院させた方がいい。今、警察病院に空きがないか見てもらってる』 「転院すれば治るんですか?」 どうにもならないという返事を覚悟していただけに、希望が見えるその返事は、猗鈴と杉菜を驚かせた。 『治るよ、というかその子はその病院にいるから命の危機に瀕していると言っていい』 「どういうことですか」 『毒だよ、毒。病院をハッキングしたんだけど……検査結果上ではデジモンの毒が検出されている。これは本来は排出されるタイプの毒。しかも、それは本人に伝えられてないんでしょ? となれば、少なくとも医師はアウトだよ。看護師も何かわからないものを食事や点滴に混ぜるとは思えないから、グルの可能性が高い』 猗鈴は思わず杉菜を見た。すると、杉菜は永花が治るとわかった喜びと、いかにも自分は永花の理解者だという風に振る舞っていた看護師への怒りとで、ひどく歪んだ顔をしていた。 「……今、その子と花火大会にいます。このまま警察病院に連れて行けば、永花さんは助かるんですね?」 『うん、そうだね。メモリにほぼ完璧に適合してるのは不幸中の幸いかな。そっちの毒に関してはひとまず処置しなくて良さげ、まずは体内から毒が排出されるまで療養、その後体力を戻して、それからメモリの毒の解毒。という順序になると思う。私も医者じゃないから、毒の影響で合併症とか起きてたらもっと変わるかもだけど』 「……ちなみに、なんで犯人がそんなことしたかの予想はつきますか?」 『うーん……いや、わかんないかな。シェイドモンってデジモンは寄生先によって姿を変える特性があるユニークなデジモンだけど、それだけじゃ……』 「いや、それですね。きっと」 「どういうこと、姫芝」 『え、姫芝そこにいるの?』 「私達がバイヤーとしてメモリの基礎知識を学ばされる時、『メモリは成長しない』と習います。肉体に当たるメモリ本体が機械という劣化こそすれ成長しないものだからと」 『まぁ、そうだけど』 「でも、メモリの中にあるデジモンそのものに『成長できる』性質があったら、そして、それを応用できれば……」 『なるほどね。他のメモリもパワーアップできるかもしれない。まして、シェイドモンは寄生するデジモン、他のメモリに影響を及ぼさせやすい種と捉えていいし……』 「じゃあ、姫芝に寄生させる様に仕組んだのも……シェイドモンメモリの成長を促す為?」 「だとすれば……仕組んだのは美園夏音。そうなると、まずいかもしれない。私が離反するのまで織り込み済みなら……!」 杉菜はそう言って、代田の肩を掴んだ。 「あなたにワイズモンとコドクグモンのメモリを渡したのは誰ですか!」 「……えっと、ワイズモンの方は普通の女、コドクグモンの方も普通のスーツの男だったよ」 「スーツの男……結構がっしりしてて、スポーツ刈りにしてませんでしたか?」 「多分……なんか、君と戦うまでの記憶が曖昧で……先に女の方に会ってるんだけど、その時から」 「催眠をかけられたなら……私が会った救急隊に扮した女と同じ人間かも」 「スーツの男は秦野という男でしょう。幹部達の側を動いている、おそらく幹部達の直属で動く、準幹部クラス、level5のメモリの持ち主……」 「でも、ワイズモンメモリを渡したのが救急隊に扮した女と同じなら、その女は柳さんを匿ってる筈……」 「組織が裏でその女と通じてて、柳も踊らされているか、なんらかの形でワイズモンメモリの所在を知った組織が代田さんを利用することを思いついたか……」 「ボクのメモリってそんな大層なものなの?」 『……えと、ワイズモンは結構大層なメモリ。で、私のメモリの力でベルト動かしてるけれど、それは私のメモリの元がエカキモンという種としては例外的な出力があったからできたこと。この手が使えなかったら私はワイズモンメモリを入手する予定だった』 「ベルトってなに? 変身ベルト?ニチアサは履修してないんだけど、カードゲームでもちょくちょくパロディとかあるからなんとなくは」 「趣味の話は今はよしましょう。問題は、永花さんがまだ狙われているかもしれないということ」 「……私が襲う側だったら、花火の音が鳴ってる時を狙うlevel4のメモリを持つ姫芝相手にlevel3のコドクグモンを増やしても勝てないのは計算通りの筈。ならば、狙いは消耗させることと勝ったと油断させること」 「でも、それを避けるには……」 「ここで花火大会が見られなくても、また来年見れる。もう、寿命を気にする必要はなくなる」 「だけど、私は永花さんからあの笑顔を奪うことは……」 「いや、まぁ落ち着いてよ……何か狙ってたとして、今書いた感じだと、いくらなんでもボクがまだ戦えた上で味方してるなんてのは流石に想定外なんじゃない? よくわからないけど」 それもそうかと少し安堵すると、猗鈴はリンゴ飴をバリバリ噛み砕いて食べ始めた。 「おまたせ」 そう言いながら、便五は両手に焼きそばにイカ焼き、焼き鳥にお好み焼きなどを持って戻ってきた。 『……知らない人許容量が限界迎えたから一回切るね』 「便五くんは知ってませんか?」 『……いや、うんでもちょっとね。きついからね。できるだけ一人で次は喋ってね』 バリバリシャクシャク音を立てながら食べる猗鈴に、盛実は限界を迎えた声で早口で喋って通話を切った。 頼りになるのかならないのかと猗鈴は思いながらスマホをしまい、チョコバナナを手に取った。 「美園さんも食べる? じゃがバターとかもあるよ」 「……たこ焼き、一個だけちょうだい」 そう言ってからリンゴ飴とチョコバナナで両手が塞がっていることに気づき、猗鈴は口を開けた。 「あ、えっ!?」 「早く」 急かされて、便五は猗鈴の口にたこ焼きを運んで食べさせた。 「あひはほう」 そう言って、ほふほふと口から湯気を出しながら食べる猗鈴を、いつものクールな雰囲気も好きだけどこうなるとかわいいと思いながら便五は見ていた。一方、それを見ていた姫芝は便五のことを食い意地張ってる女が好きな趣味が悪いやつとして認識した。 猗鈴の両手が空っぽになり、ちびザッソーモンからちょこちょことわたあめを奪い始めたあたりで、永花があっと時計を見て声を上げた。 「杉菜お姉ちゃん。もうすぐ花火が上がるよ」 「そうですね。こっちの真ん中らへんとか見やすいですよ」 杉菜はそう言って、さりげなく永花と千歳を猗鈴と自分で挟んだ位置に移動させた。 そして、空を見上げて少しすると、始まりのアナウンスが流れ始めた。 ひゅーと細く高い音と共に光は空へと上がっていき、ある程度上がると、凄まじい音の圧を撒き散らしながら、眩い花を空に咲かせた。 それは警戒しているとは言っても猗鈴の視線を集め、空に咲く花は猗鈴の顔を照らした。 「……綺麗」 近所だから家からだって花火は見える。花火なんて儚くて悲しいだけ、見るだけならずっと残る写真でがいい。そう思っていたのに。 身体に響く不快な音の圧も、頬を撫でる蒸し暑い風も、ガヤガヤうるさい人混みも、花火を取り巻く全てのものを悪くないと猗鈴は思った。 「……好きだ」 そして、便五の口からは思わずそんな呟きが漏れた。 それに対して猗鈴は、一瞬ちらりと便五の方を見て、困った顔をした。そして、花火が消えて暗くなって表情もよく見えなくなって、一言。 「私は、君と恋人にはならない」 そうはっきりと断った。 花火が消えた夜そのもののように、便五は目の前が真っ暗になったような気がした。 しかし、また花火が上がって猗鈴の顔が映し出され、便五はぎゅっと自分の手を握った。 「……でも、諦められないよ」 その言葉に、また猗鈴は困ったような顔をして、何か言おうと口を開きかける。 でも、そこから言葉は出てこず、一度目を閉じると、チョコバナナに刺さっていた串を逆手に持ち替えて便五の肩を逆の手で引きながら思い切り振り下ろした。 猗鈴が振り下ろした串は、便五の肩の辺りまで来ていた何かピンク色の肉の塊に突き刺さり、それはゴムの様にひゅっと引き戻されていった。 「姫芝!」 『ウッドモン』『セイバーハックモン』 猗鈴が変身し、杉菜も急いで永花を抱え上げる。 「わかってる! けど、見えない!」 「米山くん、千歳とここで頭を低くして、なるべく動かないで」 「永花ちゃんは……」 「姫芝がなんとかする。私は、今のカメレオンを倒す」 「カメレオン? なら、カメレモンのメモリですね。周囲に色を同化させます」 「わかった」 『セイバーハックモン』 猗鈴は剣を出すと、さっき舌が伸ばされた方向へと走り出す。 フリをして、逆手に持った剣を虚空に突き刺した。 「ぐぇ……なん、で、場所が……」 すると次の瞬間、虚空で血がどぷと噴き出した。 「教えません」 猗鈴はそう言うと、剣から手を離して、カメレモンの身体を蹴り上げるとそのまま抱えて人がいない方向へと走り出した。 「……杉菜お姉ちゃん」 「今から、永花さんは警察病院に行きます。そこに行けば、永花さんは治るそうです」 「……知ってる。杉菜お姉ちゃん、私が感じるの忘れてたでしょ」 「……そうでしたね。配慮が足りませんでした」 杉菜はそう言って、永花を抱えると、猗鈴とは一度逆方向、人混みに紛れる様に動き出した。 「ま、待ってくれ、もう戦えない!」 カメレモンはそう言って両手を投げ出して頭を他に伏せた。 「そうですか、なら……」 そう言いながら猗鈴が近づくと、カメレモンは即座に顔を上げて舌を伸ばした。 「これはどういうことなんでしょうね」 猗鈴はその舌を自分の顔の前で掴むと、地面に叩きつけ、踏みつけた。 文字に表せない様な不細工な声を上げてカメレモンが悶絶する姿を見て、猗鈴はベルトのウッドモンメモリに手をかけた。 しかし、不意に背後から聞こえてきた何かが回転する音に、猗鈴は回し蹴りをかました。 瞬間、ぐにと不思議な柔らかさに猗鈴の足は捕らえられた。 蹴りを放った先にいたのは黄色い巨大なカエルのデジモンだったのだが、その顔の前には半透明の巨大な木の葉を模したものがぶら下げられていて、それに猗鈴の蹴りは止められていた。 その背中では一対のこれまた葉を模したらしいホイールが高速回転しており、蹴りが止まった猗鈴に向けてそれは発射される。 脚を引きつつ、頭を下げてホイールを避ける。そして、猗鈴は腕に格納されていた剣を開き、ホイールの軌道をカメレモンの方へと曲げた。 「ぎぃぁッ! 葉村ぁ!! 俺に当ててどうすんだ!!」 「本名を言うな! それに俺が当てたんじゃない、こいつが軌道を変えたんだ!」 「そうですね。私が軌道を変えたので、葉村さんは悪くないですよ」 「普通に会話に入ってくるんじゃねぇ!」 『ウッドモン』 『ブランチドレイン』 猗鈴は叫ぶカメレモンの持ち主から剣を抜き、顔に蹴りを叩き込んだ。 「そう叫んでくれると場所がわかりやすくて助かります」 それに対して、葉村は戻ってきたホイールを回収し、もう一度猗鈴に対して放ったが、今度は上から地面に突き刺さる様に弾いた。 「さぁ、葉村さんも、おしまいです」 猗鈴は大層に剣を構えながら、メモリのボタンを押した。 『ウッドモン』 『ブランチドレイン』 剣に気を取られた葉村を地面を伝って伸ばされた枝が足元から絡め取ってデジモンの力を吸い取っていく。 「……姫芝を消耗させる為の戦力なんて送り込むぐらいなら、そもそもなんで姫芝を」 ふと、猗鈴は二人の白衣の男が地面に寝ているのを見ながらそんなことを考え、思いついてハッとなった。 「もしかして、永花ちゃんの前から姫芝を排除することそのものが目的……?」
ドレンチェリーを残さないでep16 content media
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へりこにあん
2022年5月08日
In デジモン創作サロン
花火大会当日、猗鈴と便五はまだ日も落ちない内に家の屋台を後にしていた。 「ちょうどよかったよ。森田のカード大会、大人の部は日が落ちてからだけど、子供の部はまだ暗くならないうちだし」 「……でも、参加できないんじゃ?」 「千歳のこと応援してあげたいからね」 なるほど、と猗鈴は頷いた。千歳というのは昨日会った少年のこと。猗鈴が彼からもらったお古のデッキケースにはでかでかと『大蔵 千歳』と書かれていた。 「それにしても、大人の部って人集まるの?」 「×モンも出てから八年ぐらい経ってるからね……僕より少し上とか、高校生とかだと何人かいるんだよ」 猗鈴はそうなんだと呟いた。八年前のをただ同然で売ってアレだけパックが余ってるってどうしてそんなに仕入れたんだろうと、少し思った。 「……米山くん、靴紐解けてるよ」 猗鈴は、便五の靴紐をわざと踏んでほどけさせると、優しくそう言った。 そして、便五が道の端によって紐を結び直しはじめると、スッと便五から見えない様に立ち去った。 「あれ? 美園さん?」 靴紐を結び直した便五が立ち上がって周りを見渡すと、猗鈴の姿はすでに見える範囲にはなかった。 「人混みに流されたのかな?」 まだ日も落ちてないとはいえ、既に屋台は幾らかの賑わいを見せている。 今の内に屋台で食べ物を買って花火を待つという人もいるだろうと便五は思った。 「あ、便五じゃん。ひさしぶりー」 「べんちゃんおひさー」 便五が振り返ると、浴衣を着た便五と同じくらいの女性が数人いた。 生まれがここの便五は仲のいい幼馴染も別に少なくはなかった。 そして、猗鈴もそういうことは簡単に想像ができた。彼女達は猗鈴の中学校の時のクラスメイトだった。 「久しぶり、でも、人を待たせてるから」 「あ、そう?」 「後で屋台行くねー、なんかおまけしてー」 便五がさらりとそう言うと、彼女達もさらりとそう返して、人混みに消えていった。 別れて少し急ぎ足で便五が歩いていると、ふと、視界の端に泣きじゃくる小学校高学年ぐらいの子供がうつった。 それを見て、便五は一瞬迷ったのち、人混みをかき分けてその子の方へと向かった。 「どうしたの?」 「……ママにもらったお小遣いを落としちゃったの」 ふと脇を見ると、その男の子はもう何歳か年下の子供の手を握っていた。 「いくら落としたの?」 「千円、二人で使いなさいって」 でも風で飛んでっちゃったとその子は言った。 「……それならね、さっき僕拾ったよ」 そう言うと、便五は自分の財布から千円札を一枚取り出した。 「ほんと?」 「ほんとだよ、もう飛ばされないように、しっかり持っておくんだよ」 「うん、ありがとう」 大きい方の子が頭をぺこりと下げると、小さい方の子も一拍遅れてぺこりと頭を下げた。 そして、そのまま人混みに去っていくのを便五は少し心配そうに見送った。 「さて、猗鈴さんを追わなきゃ」 そう言ってふと立ち上がって少し進むと、便五の前に黒ポニーテールに一部赤いメッシュを入れたメガネで浴衣の女、鳥羽が現れた。 「どうもどうも、米谷便五さんですよね。私、鳥羽というものです」 鳥羽はそう言って警察手帳を見せた。 「え、警察の人?」 「はい、そうです。この前探偵事務所で小林に会いましたよね。その相棒でーす」 いぇいと鳥羽は目元で横にピースを作った。 「はぁ、で……何かあったんですか?」 「いえいえ、公竜さんがお世話になったのでご挨拶までにと。あ、でもですね! 例年屋台付近でスリや痴漢が起きてますから、何か見かけたら花火大会の運営本部につめてる公竜さんか、制服巡回してる警察官、もちろん私でもいいのでご一報をって感じです」 そばに見えなかったらとりあえず私の名前を叫ぶでもいいです。近くにいれば行きます。と鳥羽は言った。 「あ、はい。その時は……」 便五が頷くと、鳥羽はそれではーと人混みに消えていった。 今度こそと便五が歩き出すと、ほどなく目の前でふらりと顔色の悪くなった女性がよろめいた。 「大丈夫ですか?」 便五と同じく即座にもう一人男性が女性に声をかけた。 「なんだか……急に、気分が」 そう言う女性に、男性もついているからと一度立ち去りかけて、便五はふと、女性を支えようとする男性の手が不自然な上ににやついていることに気がついた。 「……ッ、鳥羽さん!」 振り返って便五がそうちょっと大きな声を出す。しかし、もう鳥羽の姿は見えない。 遠くへ行ってしまったのかと女性の方に向き直ると、鳥羽は片手で女性を支え、片手で男を捻り上げていた。 「がっ、俺はその人を介抱しようとしてただけで……」 「言い分は後でちゃんと調書取りながら聞きます」 「ち、くしょう……」 『コドクグモン』 「メモリの現行犯も成立。すみません、代わりにスマホとこの人支えててください」 『こちら小林』 「こちら鳥羽、痴漢事案発生。被害者は意識があるが顔面蒼白、犯人のメモリ名『コドクグモン』から、毒を盛られた可能性あり。犯人を取り押さえたものの、脚が多く満足な拘束ができていない。被害者の介抱も居合わせた一般人に応援と救急を要請する」 子供程のサイズの大蜘蛛に変化した犯人の八本の足を手錠と浴衣の帯を使って拘束しながら、鳥羽は便五の掲げたスマホに向けて話しかけ、もうちょっとだけお願いしますと頭を下げた。 「……姫芝。こんなところで何してるの」 同級生の女子を見つけて便五から離れた猗鈴がおもちゃの森田の屋台へ着くと、そこには姫芝と車椅子に乗って、小さなザッソーモンをぬいぐるみのように抱えた永花がいた。 「戦うつもりはありませんよ」 懐のベルトに手をかける猗鈴に、姫芝は懐からザッソーモンのメモリを取り出すと、それをぽいと猗鈴になげた。 「少し、彼女と話してきます。待っていてくださいね」 屋台の裏手側に回った姫芝に、猗鈴は毒気を抜かれて大人しくついていく。 「……事情を聞かせて」 「永花さんは、組織の顧客です」 猗鈴は即座にメモリを持ってない方の手で杉菜の首を掴んで、木にその身体を叩きつけた。 「ここからの発言は慎重に、言葉を選んで話して」 「……永花さんはメモリを使わないと死んでしまう」 「なぜ」 「わからないんです。症状としては毒物を服用させられているような状況に近いものの、入院しても治らない。検査しても毒が出てこない。腎機能や肝機能にも問題がない」 「それで、何故メモリを?」 「今の彼女はまともな食事を取ることさえ身体に負担がかかる状態です。でも、メモリを使えば一時的にデジモンの身体になる。その状態でならば、症状は進まない。加えて、彼女のメモリ、シェイドモン は寄生するデジモン。消化吸収の負担を他者に任せて元の身体への負担を少なく大量のエネルギーを吸収できるし、メモリの解除時に肉体も最適化される」 「……つまり、姫芝はあの膝の上のザッソーモンは点滴みたいなもの?」 そう言って、猗鈴は手の中のザッソーモンメモリを見た。話が本当ならば、姫芝は既にザッソーモンメモリを使っている。だとすればこれは予備に過ぎないし、ザッソーモンメモリは最も安価なメモリの一つでもある。 「そういうことです。シェイドモンは宿主の心も栄養にできる。私が代わりに食べることで、彼女は食事の楽しみを追体験もできる」 「……治す方法はそれしかないの?」 「それはむしろ私が聞きたいことです。例えば、ウッドモンの能力で見つけられない毒物を吸い出すことはできませんか? いや、できなくても例えばその能力を通じてシェイドモンメモリを使わせずに栄養点滴より多くのエネルギーを補給できるだけでもかなりマシです」 「……姫芝、あなたは」 「私は、永花さんの未来を守りたい。何かに歪められる人生なんて……」 「杉菜お姉ちゃん、何してるの?」 その声に、猗鈴は静かにみえにくいように手を引いた。 「何もしてませんよ」 姫芝は、永花に対して、そう微笑み返した。 「あれ、美園の姉ちゃん知り合いなの?」 「千歳くんこそ、知り合いなの?」 「あ、うん……まぁ、ちょっとね。一年ぐらい前に、結婚するって約束した」 そう言って、千歳は顔を赤くした。 「……なかなか千歳くんもすみにおけないね」 顔を赤くしてえへへと笑う千歳に、杉菜が永花を見ると、永花は喜びながらもなんとも言えない切なげな顔をしていた。 「……姫芝。さっきの話、とりあえずうちの上司に相談はしてみます。病院の名前教えてください」 「わかりました」 そう言って、姫芝はメモに電話番号とメールアドレスを書き込んで猗鈴に渡した。 「あなたのアドレスは知ってるので、こっちの知る詳細は送ります」 「じゃあ、千歳くん。私大会のエントリーの仕方知らないんだけど、教えてくれる?」 「まだしてなかったの! もう締切間近だよ!」 猗鈴と千歳が屋台の表へと回ると、姫芝は永花の後ろに回って車椅子を押す。 「……ねぇ、杉菜お姉ちゃん。顔見たら私、言えなかったよ」 杉菜を見上げる顔は影のように黒く、ところどころに傷の様に幾つも開いた裂け目からは赤い眼がのぞいていた。 杉菜が分身を出しながら人の姿を維持しているのと同じ様に、永花もまた、シェイドモンのメモリを使用した上でここにいた。 「……なら、覚悟するしかないですね。ちゃんと治す覚悟を」 「そんなのうまくいかないよ」 「うまくいかせます」 「絶対無理だよ、杉菜お姉ちゃんが優勝するぐらい無理」 「なら、私は優勝します」 杉菜の言葉に、永花はそんなのと言いかけて、杉菜が本気で言っているのを感じて押し黙った。 「本当に……? 本当に優勝できる?」 「約束します。だから、私が優勝したら永花さんも諦めないでください」 子供の部が終わり、大人の部が始まった時、二人だけ空気が違う人間がいた。 一人は杉菜、そしてもう一人は杉菜の表情から何かを感じ取った猗鈴である。 「やけに気合入ってるけど、美園さんどうしたの?」 受付に間に合わなかった便五がそう千歳に尋ねると、千歳もわからないと首を横に振った。 「この戦いになにかを賭けている人がいる。私は、それに応えなきゃいけない」 な、わからねーだろという千歳に、便五もうんと頷いた後、でも真剣な猗鈴の顔を見てちょっといいなと頬を染めた。 小規模大会故、決勝まではあっという間だった。 トーナメントを勝ち上がった一人は当然姫芝、もう一人も当然猗鈴だった。 「……すげぇな姉ちゃん。始めたばっかでいきなり決勝だぜ」 「うん、スギナさんの方も見たことない人だけど、かなり技巧派な立ち回りをしている。でも、美園さんは立ち回りはそこそこだけど、ドロー運が天才的。『卵』デッキはどうしたってカードが腐りやすいデッキなのに……」 「……なにをかけているのか知らないけれど、負けるつもりはないから」 「それでいいです。譲ってもらった勝ちじゃ意味がない」 互いのデッキをシャッフルし、プレイマットの上に乗せると、お互いのデッキがぽわっと光り、テーブルの上を小さな光の粒が走った。 「……今のは、何」 「決勝用の演出?」 「マイスター、手が込んだ仕掛け作ったな……」 「マジでマイスターいつ仕事してるんだよ……」 猗鈴は周りの声を聞いてそういう仕込みかと納得したが、姫芝はそうじゃないと気づいていた。 自分の鼓動と別にデッキから感じるそれは、デッキの海に沈むなにかの息遣い。自分を引けと囁いている姫芝の切り札。 「……姫芝、ぼーっとしないで」 猗鈴に言われて姫芝は最初の手札を引いた。 「兄ちゃん、この勝負、どっちが勝つだろう」 「デッキ相性は互角かな。『卵』デッキは『卵白騎士団』の強力効果が出せるまでがネック。でも、『雑草今生』デッキも速攻には向かないし、お互いに明確な弱点は少なく、わりと汎用性あるデッキだから弱点を突くのは難しい……」 「いや、でも『卵白騎士団』デッキの主力除去手段は効果破壊だもん。フィールドから墓地へが条件とちょっと重いけど効果は強力な『雑草今生』の杉菜お姉ちゃんが相性有利のはず!」 「確かに、美園さんが『卵白騎士団』だけで戦うつもりならね」 便五の言葉に、永花はえっと呟いた。 「私はコストとして山札の上から一枚除外して『終末埋立地ヴァルハラ×××』を発動。このカードが場にある間、お互いの墓地に送られるモンスターはこのカードの下に重ねられ、その枚数に応じて効果が発動する」 猗鈴はそう言ってカードを一枚手元に置いた。 「そんな、墓地封じカードだなんて……これじゃ杉菜お姉ちゃんのデッキはただの紙クズになっちゃう!」 ターンエンドと猗鈴がターンを渡すと、姫芝は真剣な顔で一枚ドローし、『終末埋立地ヴァルハラ』を墓地に送ってそのカードを場に出した。 「相手の場に出された呪文カードをリリースして、『行きずり大根』を特殊召喚」 「やっぱり、姫芝さんも対策はしている。デッキ的にはこれで大体互角ってとこかな……実力的には姫芝さんが上、だけど美園さんの引きの強さはイカサマレベル……この勝負、目が離せない!」 便五が興奮気味にそう言うと、不意に二人を囲む子供達の輪をかき分けて、一人の女が進み出てきた。 「……なにか、用ですか?」 青山がそう聞くと、女は不意に懐からメモリを取り出すとそのボタンを押した。 『コドクグモン』 それを見て、猗鈴は女の手首を掴み、捻り上げながらその身体を地面に叩きつけると女の手からメモリを取り上げた。 「米山くん、警察に通報。デジメモリ犯罪対策室ってとこに……」 「わ、わかった。鳥羽さんとかいう人のいるとこだよね?」 「そうですそうです。呼ばれて飛び出て私、デジメモリ犯罪対策室の鳥羽です」 いつの間にと猗鈴が言うと、決勝戦始まった頃からと鳥羽は答えた。 「米山さんがさっき捕まえた痴漢の話は聞いてますか?」 「……痴漢捕まえてて遅れたの? 女子と話してたんじゃなくて?」 「え、あの子達とはすぐ別れたよ?」 「話戻しますね。彼から押収したメモリがなんかおかしかったんで、美園さんから斎藤博士に相談してもらえないかなぁと思ってたんですよ」 鳥羽はそう言って猗鈴の手からコドクグモンのメモリを奪うと、えいと指で押し潰した。 「……灰になった?」 「えぇ、そして……さらに光に溶けていく。まぁ、人間の世界由来の物質ではあり得ないってわけです」 くわえて、と鳥羽はスマホの画面を猗鈴にだって見せた。そこには公竜が映っていた。 『こちらでの取り調べによると、痴漢男は、今日、何者かにそのメモリを挿されて初めてメモリを使ったそうです。おそらくそこの女性もそう、何者かがデジモンの能力でメモリを複製して通り魔的に挿している可能性がある』 しかも、と公竜はさらに続ける。 『今日使用したにしては精神汚染がひどいので、犯人の複製は精神汚染が副作用としてではなく、機能として強化固定されている可能性もあります』 「つまり、挿された人間は何かしらの犯罪に出るメモリを挿す通り魔がいるという状況?」 『断言はできませんが、そこでも起こった以上そう見ていいでしょう』 警察官のパトロール人員を増やせないか今手を尽くしてますと公竜は言った。 「……私としては×モンの試合見たかったですけどね」 相手も逃げちゃいましたしと鳥羽は残念そうに言った。それを聞いて猗鈴が姫芝のいた筈のテーブルの対面を見ると、もう杉菜の姿はなく、永花の姿もなかった。 「ねぇ、杉菜お姉ちゃん、なんで? なんで逃げたの?」 「警察が売人の私を見つけたらきっと犯人と疑うでしょう。事件が解決するまで一旦身を……」 並ぶ屋台を見下ろせる近くのビルの屋上へと移動し、杉菜は そこから祭りを見下ろした。そして、それを見た。 まず、人の群れの中に一体の蜘蛛が現れた。そして悲鳴が上がり、騒ぎになったと思ったら、また別のところで誰かが蜘蛛になって屋台を襲い出した。悲鳴が騒ぎが大きくなるとそれに呼応するかのように潜伏していた誰かが蜘蛛になっていく。 さながらパニックホラーの如き情景で、このままでは花火大会なんて行われるわけがないのは目に見えていた。 でも、杉菜が分身して止めに行けば、警察や猗鈴が行くまで被害を抑えれば、もしかすると永花は花火が見られるかもしれない。千歳の横で、見られるかもしれない。 「……杉菜お姉ちゃん、最近街にヒーローが出るって噂知ってる?」 「ヒーロー……」 「仮面をつけたヒーロー」 「……私は、知りません」 杉菜は嘘を吐いた。でもそれは、寄生している永花には筒抜けだった。 「……あの美園さんって人がそうなんだ。お姉ちゃんは、杉菜お姉ちゃんは勝負から逃げて、私に嘘を吐くの? あの人に、お姉ちゃんこのままだと負けちゃうよ?」 杉菜は、永花から目を逸らしたくなった。潜伏するならば、永花の安全を考えるならば今が最善なのに、それが今はひどく後ろめたい。気分が悪い。 もっとできる筈だと限界から先へと自分を鼓舞することは杉菜にはよくあったが、その限界の手前で燻るのは久しくない経験だった。 「行って、杉菜お姉ちゃん。大事な時には負けないんでしょ」 永花の頬を涙が流れ、杉菜は思わずそれを手のひらで受けた。 「……わかり、ました」 杉菜の手のひらが光り、ぼこぼこと泡立ち、分身のザッソーモンが現れる。そしてそのザッソーモンは、ビルの屋上についた蛇口を捻り、そこから溢れた水を杉菜へとぶっかけた。 「約束、しましたもんね」 うんと永花は頷く前で、杉菜の姿は人のものからザッソーモンのものへと変わり、その身体中がぼこぼこと泡立って分身を生み出していく。 「では、永花さんはここに。私は犯人を捕まえてきます」 分身のザッソーモンを二体残して杉菜はそう言って屋上の端に足をかけた。 「犯人の場所がわかるの?」 「大体なら……今も、蜘蛛が増えているところを探せばいいんですよ」 杉菜はそう言って、ザッソーモンの姿になると蔦になった腕を電柱に巻き付けてビルの屋上から、今もコドクグモンが増え続けている地点を目指して飛び降りた。 それに続いて、姫芝の分身のザッソーモン達が続々と屋上から飛び降りていく。 人混みを掻き分け、屋台の上を飛び跳ね、コドクグモンの元へと辿り着いた分身達は蔦を巻き付け頭に齧りつき、コドクグモンの動きを止める。 コドクグモンに噛みつかれても、その毒はザッソーモンという種の体力から見れば大したダメージにならない。 締め上げる力は弛まず、コドクグモンは逃げることもできない。 「……そういうことね」 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴は伸ばした棍で人混みの隙間を縫って伸ばした棍でコドクグモンを地面に縫い付け、そう呟いた。 「米山くんは子供達がパニックで逃げ出さない様に」 そう言いつつ、猗鈴は人混みから飛び出してきたコドクグモンに対し、カウンターの拳を顔に叩き込む。 「ザッソーモンって大西さんの報告書だと敵だった様な……まぁ、公竜さんは人混みだと格闘しかできないし、ありがたいんですけどね」 浴衣の袖と腕を蝙蝠の羽の様にした鳥羽は、空からそう呟くと、ザッソーモンが捉えられてないコドクグモンのところへと飛ぶと、その袖に付いた突起をコドクグモンに突き刺し、数秒経つと口をモゴモゴさせ、口から何かを吐き出した。 鳥羽の吐き捨てた液体は壊れたメモリに変わると、そのまま灰になり、光に溶ける。 「公竜さん。緊急事態だし、『吸血』してますけどいいですよね?」 『好きにやれ、鳥羽。この規模と状況、僕は前線に出る余裕がない。警察官達の指揮に専念する』 「やっぱ公竜さんその方がいいですよ。わけわからないベルトより、私のマントの方が公竜さんの顔見えますし」 鳥羽の言葉に、公竜は答えずに通信を切った。
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へりこにあん
2022年5月04日
In デジモン創作サロン
「アフターサービス、ですか?」 「そうそうそう、結構レアで高額なメモリを買ってくれた個人がいてね。事情を聞いた感じだとあなたのサポートが必要そうなの」 これがその資料、と夏音から渡された書類を見て、杉菜は思わず声が出そうになった。 「……これは、いや、そもそもなんでこんな子供にメモリを売ったんですか」 資料に映っていたのはまだ小学校も出てないような子供だった。 「買うからだけど。買う客がいるから売る。何か変なことがある?」 その夏音の言葉に杉菜は思わず眉間にしわをよせてしまった。 「今後は同じ場所での営業を増やすことも検討してるの」 「病院ですよ……? そんなのって……」 「そうだね。つまり、メモリを使わなくてもいずれ死ぬ人達。最後の夢を見せてあげるのは悪いこと、なのかしら?」 夏音の笑顔は、機械的で冷たく、しかし圧だけはおぞましいまでに感じさせた。 「悪いに、決まってます」 思わず後退りしそうになるのを堪えながら、杉菜はそう言った。その際、杉菜は思わず夏音を睨みつけてしまったが、夏音はそれを見ても何も感じていないようだった。 「そうかな。君が売ってきた人に売るよりは大分マシだと思うけれど」 夏音はそう言うと、手元のタブレットを操作して杉菜が売ってきた人間達を画面に表示した。 「君が選んで売ってきたのは、メモリの毒で死んでも構わない様なクズばかりだった。一見立派な感じだけども……クズだから全く関係ない人の被害は多いわよね」 そんなことはわかっていた筈だった。わかった上で飲み込んだ。杉菜は力が欲しかった。 だから、杉菜はなにも言えなかった。 「じゃあ、行ってくれるわね」 「……わかりました」 杉菜がそう言って部屋から出ていく背に、駒としても潮時かなとポツリと夏音の呟きが聞こえてきた。 その病院に着くと、待っていた一人の看護師に連れられて杉菜はある病室に通された。 ベッドの上に座る少女は、今にも消えてしまいそうな儚げさを持っていて、杉菜はまた飲み込んだ筈のものを吐き出しそうになった。 「……お姉ちゃん?」 杉菜の顔を見ると、少女はそう呟いて、目を輝かせてベッドから起きあがろうとして、そしてそのままうずくまった。 「永花ちゃん、無理しちゃダメよ……」 看護師の女性はそう言いながら永花と呼ばれた少女の背中をさすった。 「……でも、お姉ちゃんが」 「……私は、姫芝杉菜。メモリ販売組織から来たものです」 杉菜は、そうペコリと頭を下げると、ベッドの脇で中腰の姿勢を取って永花と目線を合わせた。 「……そっか、お姉ちゃんじゃなかったんだ。ごめんなさい……でも、杉菜お姉ちゃんって呼んでいい?」 「いいですよ。なんとでもお呼びください」 ちょっと、と看護師に促されて杉菜は廊下に出た。 「……姉がいたという話は聞いてませんでした」 「永花ちゃんが懐いていた別の病棟の女の子です」 杉菜の問いに、看護師の女はそう答えた。 「なるほど、その方は転院か何かを?」 「永花ちゃんにはそう言ってますが……実際は亡くなりました」 「病気で、ですか?」 「いえ、久々の外出日に……知りませんか? ビルが倒壊して、その後下のガス管か何かが爆発した事故。巨人が飛び出すところを見たなんて話もあったやつです。アレで、二回目の爆発の時に飛んだ瓦礫が頭に当たって……」 それは杉菜もよく知っている。ビルを崩壊させたのは杉菜が使ったダイナマイトで、その後下から飛び出したのは親友だった風切王果。 杉菜が殺したようなものに思えた。 「……ご愁傷様です」 「私は、身内とかではないので……アレなんですが、永花ちゃんのお父さんはいつからか顔出さなくなりましたし、永花ちゃんにお母さんはいませんし……それで、なるべく顔を出してもらうことはできませんか?」 「……わかりました。確か使用者は永花さんですけれど、手続きを代理で行ったのはあなたでしたものね。アフターサービスの一環です。私、姫芝が確かに承りました」 ある意味それは杉菜にとっても渡に船だった。 「ねぇねぇ、杉菜お姉ちゃん、私と×モンしよ!」 杉菜が病室に戻ると、永花はそう言って、部屋の隅に山と置かれた段ボール箱とその中に溢れているカードを指差した。 「初めて聞くカードですが……私はTCGは強いですよ。地方大会で入賞したこともあります」 「じゃあ、お店の大会とかだと優勝したりしたの!?」 「……3位なら何回か」 杉菜はどんなに小さな大会でも優勝したことがなかったので、苦虫を噛み潰した顔のまま、無理やり笑った。 「私は場に出した『バンバンシー×』の効果で、自分の手札を全て墓地に送って、杉菜お姉ちゃんの『雑草鳥・痛鳥』、『雑草獣・怨獏』と手札を一枚ブレイク」 永花はそう言って、姫芝の場のカードを2枚、手札を一枚取って墓地へと落とした。 「……ふふふっ、私の場の『雑草』モンスターが破壊されたので、私の墓地で『除草罪』が発動! 条件を満たすセメタリーの『雑草』モンスターを3体まで呼び出すことができます」 その条件はATK0であること、と杉菜は墓地から、三枚のカードを抜き取って場に出した。 「『雑草塔・鴉乃煙塔』と『雑草塔・雀乃炎塔』、そして今さっき手札から墓地に送られた……」 杉菜はそう言ってカードを取り上げながら、袖の中に仕込んだライトを使ってカードのホログラムをキラキラと光らせた。 「『雑草蛇妖・毒蛇魅』を呼び出す!」 場のカードを一掃する筈が寧ろ増えましたねと杉菜は笑う。 さらに、『鴉乃煙塔』と『雀乃炎塔』がそろっていて他に雑草モンスターがいるこの時発動する効果がある、と杉菜は続ける。 「このターンに召喚された相手モンスターは次の相手ターンまで効果が無効になります!」 まだまだ、と杉菜は続ける。 「『毒蛇廻』は1ターンに一度戦闘で破壊されず戦闘で受けるダメージは相手が受ける効果と、セメタリーからの特殊召喚に成功したターン、攻撃可能な相手モンスターは毒蛇廻を攻撃しなければいけない効果がある!」 ふふふと杉菜は勝ち誇った笑みを浮かべた。 「新しいモンスターを出しても効果は無効、『バンバンシー×』の攻撃による反射ダメージで、私の勝ちです!」 すると、永花はふっと笑った。 「それはどうかな。私がセメタリーに捨てたカードをちゃんと見た?」 「まさか……」 「私がセメタリーに捨てたのは、『点心天使』! このカードはセメタリーに送られた時一度だけ、既に場にある×を持つモンスターの下に置くことができる! そして、これで『バンバンシー×』はもう一度効果を発動できる様になるよ!」 羽根の生えた点心が描かれたカードを、永花は『バンバンシー×』の下に置いた。 「くっ……いや、まだです!『バンバンシー×』の効果は手札を全てセメタリーに送って初めて発動する効果の筈! 手札0の今、発動はできません!!」 「できるよ。私がセメタリーに送ったもう一枚、『跳ね月餃子』の効果は、手札からセメタリーに送られた場合このカードをデッキの一番下に置き一枚ドローする!」 あっと杉菜の口から思わず声が漏れた。 「『バンバンシー×』の効果発動ッ! んー……杉菜お姉ちゃん、なんかいい技名ない?」 「……ふむ、確かバンバンジーは四川料理が元……四川では複雑な味を怪しい味と書いて怪味(ガイウェイ)と言うのが使えるかもしれないですね」 杉菜がそう言うと、いいねと永花は笑った。 「じゃあね、ガイウェイスクリーム! 『毒蛇魅』と『鴉乃煙塔』を破壊して、手札も捨てる!」 「私の『毒蛇魅』がぁ……」 「これで、バトル! 『雀乃炎塔』にバンバンシーで攻撃!」 トゥルルル……と言いながら杉菜が計算機で自分のLPを計算し、デンとまた口にして0以下になった数値を永花に見せた。 「私の勝ちー! 杉菜お姉ちゃん、強いのに弱いね!」 その言葉に、杉菜は思わず呻いた。確かに杉菜は負け続けていた。うまく回れば永花はそれ以上にうまく回り、うまく回らない時はあり得ない程うまく回らない、その結果杉菜は八割強負けていた。 「まぁ、勝負は時の運ですからね……私と『雑草今生』デッキは大切な時にはきっと負けませんから」 杉菜は少し強がってそう言った。 そう言うと、永花は少し明るさの下から不安さを覗かせた。 「……本当に負けないでくれる?」 「えぇ、負けませんよ」 「じゃあね……じゃあね、私、今度の花火大会に行きたいんだけど連れてってくれる?」 それを聞いて、杉菜は一瞬迷った。永花はベッドの上から動ける体調ではないのを杉菜は知っている。 だけど、その為に彼女はメモリを手にしたのだ。長くない余生を少しでもよいものとする為に。 「えぇ、行きましょう。私に憑いていれば安心ですよ」 「……そしたらね、花火大会の時にね、寄り道もしたいの。いい?」 「構いませんよ」 「ありがとう、杉菜お姉ちゃん。 じゃあ、デッキ選び手伝って!」 「……デッキ選び? 花火大会では?」 「でも、要るの。花火大会の日にはね、×モンの大会もあるの。それで、お姉ちゃん以外誰にも言ってないんだけどね……私、外に結婚を約束した男の子がいるの」 まだ体調良かった頃に、おもちゃ屋で会ったのと永花は幸せそうに微笑んだ。 「×モンもね、その子に教えてもらって……一回しか会えなかったけど、またねって約束したの。大会にも出て、花火も一緒に見ようねって。三年前に約束したの」 「それは、会わないとですね」 「うん、会わなきゃいけないの。もう私、長くないんだもん」 「……それは」 「知ってるよ、私のメモリのこと。シェイドモンって、他の人の命で生きるデジモンなんだよね。私は私の命だけじゃもう長くないから、きっと買ってくれたんだよね」 「大丈夫ですよ、私がついてますから。私は人よりしぶといのが強みなんです。私の命を使えば、永花さんの命にもきっと勢いがついて、すぐに治ります」 「……そうかな」 「きっと、そうです」 「じゃあ、それまでちゃんと生きててね? お姉ちゃんみたいにならないでね?」 「知ってたんですか?」 「うん。みんな隠すの下手だから」 そう言って、永花はふわっと微笑んだ。 「……私は、私は死にませんよ。絶対に」 杉菜は、永花の小さくて折れそうな手を握ってそう言った。 「じゃあ、花火大会の日におもちゃ屋であるカード大会、杉菜お姉ちゃんも一緒に出てね」 「いいですよ。でも、私が優勝しても知りませんよ?」 「大人の部と子供の部分かれてると思うから大丈夫。二人でどっちも優勝しようね。お姉ちゃんはできるかわからないけど」 二人はお互いに顔を見合わせてあはは声を出して笑った。その側で、杉菜のデッキそのものがほんのりと脈打つように光を放っていたことには誰も気がつかなかった。
ドレンチェリーを残さないで ep14 content media
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へりこにあん
2022年4月06日
In デジモン創作サロン
「公竜さーん! 私、死んだかもー!」 背後から聞こえてきた弱音に、猗鈴は思わずえっと振り返った。 「あの、今のって……」 「鳥羽は簡単に死にませんから……それより、しっかり掴まってください。トループモンはなるべく戦わずにやり過ごします」 猗鈴が顔を前に向けると、通路を埋めるようにウジャウジャとトループモンがいて外に出ようと真っ直ぐ向かってくるところだった。 それに対して、公竜はぐるりと壁と天井を通ってトループモン達の頭上を超えて走り抜ける。 そうして長い廊下を通り抜けると、突き当たりには巨大なタンクから歯磨き粉でも出すようにトループモンが産み出されている部屋があった。どうやら侵入者を排除する為の部屋であり、受付でもあるらしくカウンターには、ひどく怯えた女性が座っていた。 「警察です。ここに山羊頭の悪魔が来ませんでしたか」 今室内にいるだけのトループモンをはねとばした後、人型に戻った公竜はそう尋ねた。すると、女性は震える指で部屋に入ってすぐに目に着く上階か下階に続いていそうな扉ではなく、タンクの裏にひっそりと隠されるように置かれた扉を指差した。 その扉は壁と同じ色で塗られ、分厚い鉄のようなものでできていたらしかったが、鍵の辺りが溶かされていた。 「この先はどこに?」 「し、知りません……地下としか……私はバイトで雇われているだけで……でも、その扉を通った先には、企業秘密があるんだって……」 「……情報提供感謝します。裏口などの場所は知っていますか?」 こくこくと女性は頷いた。 「では、そちらから避難して下さい。他にこの建物の地下を知らなそうな人がいたらその人達にも声をかけて、速やかに」 そう言うと、公竜は自分の耳の裏のボタンを押した。 「大西さん、小林です。ビル内にてデジメモリ使用者と戦闘の見込み。ビルから一般人を避難させます。全員保護して下さい」 では、行ってくださいと公竜が言うと、女性は大きな扉の横にあった階段を上へと上がっていった。 「……大西さん。避難する中には一般人以外、メモリ持ちも混ざってる可能性が多分にあります。事情を聞く際はなるべく距離を取ってバラバラに、メモリを使い逃走を図ったとしても他に被害が出にくいように配慮を」 襲ってくるトループモンを足蹴にしながら、猗鈴は公竜が思ってたよりまともだなと、今の様子を見ていると、むしろ喫茶店での様子がおかしかったのではとさえ思えた。 「……この姿が気になりますが?」 「え、まぁ……」 思っていたことは違ったが、確かにそう言われれば全く気にならないわけでもない。 「とは言っても、『協力者』が私用にと作ったぐらいのことしか知りません」 「協力者?」 「鳥羽しか連絡できませんから私はよく知りません」 何もわかってないのはどこも同じかと猗鈴は感じた。 「……先を急ぎましょう」 そう言って、公竜は薄暗い地下へと続く階段を足速に降りていき、猗鈴もそれに続いた。 施錠されていただろう扉は何度か猗鈴達の前に現れたが、そのどれもが鍵を解かされたり壊されたりしていた。 そして、その先にそれらはあった。仰々しい今までのそれからすれば当然の広い空間に、似つかわしくない少数の木箱。立ち尽くす柳。 床に目をやるとメモリが数個散乱し、それと同数の人が倒れていた。そして、その内の一人は頭を砕かれて明らかに絶命していて、そこから続く血の道標は柳の足元へと続いていた。 「……ちくしょう、夏音め、最低限必要分以外のメモリを引き上げるとか、こすい嫌がらせして……」 柳は、木箱の中からメモリを一本取り出すとそれを地面に叩きつけて踏み砕いた。しかし、その中からメモリの本体であるチップは出てこなかった。 「……柳真珠、デジメモリ所持の条例違反、並びに強盗殺人の現行犯だ」 公竜がそう言って一歩前に出ると、柳は一瞬目をまぁるくした後、弾けたように笑い出した。 「……何がおかしいんですか、柳さん」 「いや、なんだろう……警察と探偵に揃って追い詰められて、私の動機も動機だから、やっすい探偵者のテンプレみたいで面白くなっちゃった」 「あなたの……動機?」 「メフィスモンが好きなの、愛していたと言ってもいい」 柳の表情はどこか恍惚としていて、メフィスモンのことを思い返しているようだった。 「でも、私の中にメフィスモンがいたんじゃデートもできないから、適当な男子捕まえて、メフィスモンのメモリを挿してデートしたりもした」 まぁ、一日二日経つとメモリの毒で昏睡するんだけど、と柳はシャンプーの減りが早いぐらいのノリで余罪を付け加えた。 「愛する存在が自分の中から奪われていく恐怖を味わったことはある? 自分の中にいたの、ただ隣にいるよりも血を分けた姉妹よりも近くにいたの。愛する存在が。それが失われていく……」 猗鈴は少しだけ、柳と戦うことに躊躇いを覚えて一歩後退りをした。 「だから、復讐する。そのウッドモンメモリの中にいるメフィスモンを奪い返し、夏音も猗鈴も殺してやる。メフィスモンの為なら私はなんだってやる、なんだってできる!」 『メフィスモン』 柳はメモリを挿すと、いつものメフィスモンの姿へと身体を変じさせ、よくわからないエネルギーの塊を猗鈴達へと投げかけた。 猗鈴の脳裏に炎が映る。当時の小さな小さな猗鈴には、その炎は世界を覆っているように思えた。愛するものを失ったその時が、猗鈴の脳裏を占有する。 「確かに、安いドラマのようだ」 ふと、公竜がそう呟いた。 「君の愛が本物だとして、その為に他の誰かにとっては愛する人かもしれない誰かを消費する。それでは、ただの駄々と同じ、視聴者が置いてけぼりになる三流ドラマだ」 『タンクモン』 公竜がアタッシュケースのボタンを押すとアタッシュケースは公竜の胸部についた檻の意匠の上に被さり、砲塔へと変化した。 「……御高説ありがとう。で、刑事さんはlevel4のメモリで三流ドラマに幕を引けると?」 真珠はそう言いながら、黒い霧を発生させて壁にしつつ公竜と猗鈴を追い詰めようとした。 「これはその為の装備だからな」 『エレファモン』『モスモン』 公竜がベルトのダイヤルを回すと、その背中に巨大なタービンが、さらに右腕にはガトリングガンが現れた。 『……猗鈴さん、これ、アクセ◯じゃなかったんだね……』 「盛実さん? いきなりなんの話ですか?」 『私、猗鈴が単体でライダーだし、彼は刑事だからア◯セルだと思ったの。バイクにもなったし……でも、多分これ、設計思想がバー◯! ミミックモンの檻の施錠をダイヤルにしてガチャガチャのアレと動きを重ね』 「……盛実さんからの音声切りますね。切りました」 盛実と猗鈴がそんなやりとりをしている間に公竜の背中のタービンの回転数はどんどん上がっていき、産み出された突風によって真珠の方へと霧は急速に逆流する。 そこにさらに公竜はガトリングガンを撃ち込む。 それを柳は腕でガードするが、モスモンの弾丸は爆発する鱗粉の塊、level5のメフィスモンの皮膚を貫くことはできずとも食い込み爆発する。 「ぐっ、くぅッ!!」 吹き荒ぶ突風と絶え間なく撃たれる弾丸に、柳は脚と腕に力を込め続けなければ立っていることも難しい状態になり、一歩二歩と背後に追いやられていく。 そしてふと、柳の脚がもつれて転んだ。それを見て、公竜はガトリングガンになった右腕を戻し、ベルトのダイヤルをガチャガチャと回した。 『タンクモン』『ハイパーキャノン』 既に胸元にできていたキャノン砲が淡く発光する。 それを見て、避け切れないと悟った真珠は、不意にメモリによる変身を解除した。 「なんッ……!」 真珠の言葉に、公竜がベルトのダイヤルを逆向きに回すとキャノン砲の光はしゅうと音を立てて収まり、突風も止まった。 「……大人しくメモリを手放す気になったんですか?」 「いいや、違うわ」 『メフィスモン』 メモリをもう一度取り上げて、真珠はそのボタンを押した。そして、それを身体に挿す直前に、急に胸を押さえて地面に嘔吐した。 「柳さん……?」 「あー……気にしないで、いややっぱ気にして。多分私、メフィスモンの子供身籠ってるんだと思う」 だから、これはつわり。と真珠は続けて軽く震える手でもう一度メモリを持ち上げた。 「……メフィスモンとの、子供?」 「そうよ。絶対そう、他に心当たりないもの、私のお腹の中には赤ちゃんがいる。私からメモリの力を無理やり奪ったりしたら、赤ちゃんに何が起きると思う?」 「……自分の子供を人質にするつもりですか?」 「そんなのやりたいのがいると思う? でも、メフィスモン取り返さないといけないでしょ? そしたら、少なくともこの場からは逃げなきゃいけない」 真珠は猗鈴の問いにそう答えた。 すると、真珠の状況を噛み締めるかのように沈黙していた公竜が、不意に口を開いた。 「……デジモンとの間に生まれた子供なんて幸せになれる筈がない」 『アトラーバリスタモン』 公竜の左腕を包み込むように二回り大きな機械の腕が現れると、その腕が伸びて真珠の首を掴んで壁に押し付けた。 「ぐぁっ!?」 真珠の身体が壁に押し付けられ、汚い声がその口から漏れた。 そのまま公竜の手は首をぐぐぐと締め上げていく。 「小林さん……殺す気ですか?」 「……そうだ。彼女が子供を盾に地上に戻った時、僕達から逃れる為に多くの人を危険に晒すだろうことは想像に難くない。メモリを破壊できないなら殺すしかない」 公竜はそう強い口調で断言したが、猗鈴にはそれがまともな論理には思えなかった。 「拘束できている今ならメモリだけを破壊できるのに」 「いや、そうしようと力を緩めれば彼女はきっとメモリを挿す。そして、逃げて人を殺す」 「だったら力を緩めずに私がメモリを奪います。それなら……」 『モスモン』 公竜がベルトのダイヤルをを回すと、また右腕がガトリングガンへと変わり、その銃口は迷わず柳に向けられた。 『レッジストレイド』『ブランチドレイン』 反射的に猗鈴はその身を割り込ませ、踵落とししながら公竜の伸ばした腕を床に蹴りつけて柳を解放すると、伸ばした枝で柳の前に盾を作ると共に公竜の腕を床に拘束した。 「ゲホッ、ガッ、ゲェッ」 モスモンの弾丸が爆発する音が響く中で、柳が自分の首を押さえながら何度も何度も咳き込んだ。 「……メモリを渡して下さい」 猗鈴は、盾になる位置に陣取ると、真珠に手のひらを向けた。 それを見て、柳はメモリを手に取ると、そのボタンを押した。 『メフィスモン』 猗鈴がそれを奪うために手を伸ばそうとするも、ちょうど枝で作った盾が全て抉られ、猗鈴に公竜の鱗粉弾が突き刺さって爆発した。 「ぐぅっ」 猗鈴が体勢を戻すと、そこには中途半端にメフィスモンになった真珠がいた。両角と翼、右腕、左脚本来守らなければいけない胴体や頭はほとんど剥き出しだった。 「……メフィスモン、どうして? どうして全部出ないの?」 狼狽しながらも、真珠は猗鈴と公竜の両方から距離を取った。 真珠のその様子について聞くために、猗鈴は盛実との通信をオンにした。 「盛実さん、アレって……」 『体力不足だね』 盛実は即座にそう答えた。 『メモリの力を引き出すには呼水となるだけのエネルギーを人間が持ってなきゃいけない。強いメモリは当然消耗も激しい……妊娠中に、今日三回目という回数、メフィスモン時と生身と両方で受けたダメージ、メモリからのエネルギーの供給が切れたらどうなるか……』 「どうなるんですか?」 『まず、一時的な昏睡状態というか、意識なくなるのは避けられないと思う。その後は……医者じゃないから断言できないけど、ほっとくと死ぬ、と思う』 「……なら、私は柳さんを、柳さん家族を助けます」 『……あー、うん! いいと思う! どうすればいいかわからないけど!』 盛実がそう言った後、ザザと少し音がして、天青の声が聞こえてきた。 『彼女はあまりに多くの人を苦しめた。それでも、猗鈴さんは助けたいの?』 「……そうです。親の都合で犠牲になる子供なんているべきじゃない」 『わかった。メフィスモンが悪さできない様に二人といられる様にする方法は私が考える。そのかわり、無力化と説得は猗鈴さんの仕事』 「はい」 猗鈴は頷くと、ウッドモンメモリのボタンを押した。 『ブランチドレイン』 猗鈴がだんと床を踏みつけると、床下を辿って伸びた枝が真珠と公竜の間に盾の様に現れる。 そして、それを合図に三人は一斉に動き出した。 柳は天井に向けて黒い霧を噴射すると、出入り口へと真っ直ぐに走り出し、公竜はそれを追うために猗鈴の出した枝にガトリングガンを撃ち込む。枝を出した分初動の遅れた猗鈴は、急いで柳の後を追う。 黒い霧に溶かされて落ちてきた天井をスライディングして避けてあっという間に真珠に追いつくと、猗鈴は足払いをかけて体勢を崩し、真珠の身体を抱え上げた。 「ッ!? 何のつもり!?」 「助けたいんです」 「私からメフィスモンを奪っておいて?」 「……そうです。だから、返します。罪を償ったりはしてもらいますけれど……」 その言葉に、真珠は抱き上げられたまま猗鈴の顔面を仮面の上から鷲掴みにした。 「冗談じゃないわ! このままお前の顔面を溶かしてウッドモンメモリを奪えば私はメフィスモンと再会できる!」 真珠はそう言ったが、霧を即座に出すことはせず、猗鈴も何もされてないかのように地上に向けて走って行く。 「子供には親が必要です。人とデジモンの間に産まれた子となったらなおさら……柳さんを守りたいというよりも、私は柳さんの子供を守りたい」 柳さんだけならどうでもいいっちゃいいですと猗鈴が言うと、真珠ははぁとため息をついて手に込めた力を緩めた。 「……建物出たら私逃げるから、疲れてるから今は見逃しとくわ」 「それでいいです。逃すつもりはありませんし」 美園姉妹のその当たり前みたいな面嫌い、と真珠は悪態を吐いたが、為されるがままに運ばれて行く。 そうして、真珠を抱いたまま猗鈴が上の階へと向かうと、織田が建物内をやたらめったらに殴りつけているところだった。トループモンを産み出していた装置も半壊していて、粘度のある液体が吹き出して床一面に広がり、猗鈴の足を濡らしていた。 「……どういう状況よ、メモリは?」 猗鈴の方に織田の視線が向くと、一瞬目を見開いたあと、冷静にそう聞いてきた。 「メモリはなかった。私が知っている建物からはメモリ引き上げさせてるらしい」 「……そいつは殴っていいの? それとも味方なの?」 「味方ではないですけど、柳さんのお腹の中の子供まで殺されない様にと」 猗鈴の言葉を聞いて、なるほどと少し天を仰いだ後、織田は左手の鉄爪を熱で赤く光らせながら猗鈴に向けて振るった。 「つまり、ここまでは勝手に死にかけを助けてくれたってことでしょ? ご苦労様」 猗鈴はその爪から真珠を庇う様に腕を上げ、代わりにその攻撃をすねでガードした。 片足では威力に耐え切れず、少しふらついた猗鈴の腕から飛んで離れた真珠は、ちょっと織田から離れたところに着地した。 「近づけない程弱ってるの?」 「……万一殴られたりしたらやばいかもぐらいにはね」 でもそれ守りにくいと言うと、織田はメタルグレイモンの巨体で一歩真珠の方に近づくと、鉄爪のついてない右手で真珠を鷲掴みにした。 「ちょっ!?」 そして、胸のハッチを開けてミサイルを露わにした。 「じゃあ、建物ごと吹っ飛んでいいわよ」 そう織田が口にしながら猗鈴に向き直ると、目を真っ直ぐ狙って剣を投擲する猗鈴の姿が目に映った。 目に突き刺さらないようにと鉄爪のついた左手で織田が剣を弾くと、猗鈴はそれをジャンプして掴み取り織田の太腿へと突き刺した。 「がぁっ!?」 『レッジストレイド』 セイバーハックモンメモリを押し込みながら跳躍すると、猗鈴は姿勢を崩した織田の二の腕を飛び蹴りで切断した。 『ブランチドレイン』 「助けたいとは言いましたが、逃すとは言ってないんです」 掴まれた腕ごと地面に落ちる真珠を尻目に、猗鈴は地面につくと間髪入れずに織田の頭の高さまで飛び上がった。 「ざっけんなァッ!」 織田は胸の砲口からビームを噴き出して無理矢理自分の身体を跳ね上げて猗鈴の蹴りを避けると、残った左腕の爪を猗鈴の腹を目掛けて突き出した。 それが刺さらない様に猗鈴は咄嗟に手で掴んだが、足場も無い為に簡単に壁まで弾き飛ばされる。 壁に足をつけて勢いを殺し、地面にストンと降り立つ。 不意に、床に穴が開き、右腕にガトリングガン、胸に砲台、左腕に鉄爪、背中に一対の円形のタービンをつけた公竜が飛んで現れた。 「……なるほど、奪い合いになった訳ですか」 着地すると、公竜はそう小さく呟いた。公竜から見た場合、織田も猗鈴も一定の利害が一致する関係である。 「とはいえ、こちらも多少頭が冷えました」 公竜は右腕を織田に向けるとガトリングガンを顔に向けて連射した。 完全体の装甲に、公竜のガトリングガンはメフィスモンの時にそうだった様に刺さりはしないが、爆発の光で視界は塞がれ爆発の勢いに織田は気を抜くと顔が振り回されそうになった。 「野放しにするぐらいならば、保護された方が幾分マシです。その後介入する事もできますし」 公竜の言葉に、猗鈴は反論せずに真珠の元へと走ると、握りっぱなしになったメタルグレイモンの手を解いた。 真珠は、もうほとんど人の姿に戻っていて、猗鈴があっさりと手を解いたのを見て、人の姿に戻った自分の手を見て、泣きそうな顔をした。 「……立てますか?」 猗鈴の差し伸べた手に、真珠はきっと目を細めた後弱々しく払いのけ、立ちあがろうとして膝から崩れた。 「メモリの力が出ない……?」 『まずいよ猗鈴さん。やなパーの消耗が早い! 戦ってる場合じゃないよ!』 「メフィスモンの……メフィスモンの力、なんで出ないの、見限ったの……? 私を、メフィスモンが……?」 項垂れながらそう呟く真珠に、猗鈴は違いますからと声をかけて抱き上げた。 すると、真珠は猗鈴のことをじろりと見たが、何も言わずにボロボロと泣きながら、メフィスモンメモリのボタンをカチカチと押し続ける。 「……私、私とメフィスモンならなんでもやれるって……なのに、どうしてこんな……屈辱的な……メフィスモン、どうして反応しないの……」 しかし、どれだけボタンを押しても音声は流れてこない。猗鈴はメモリを取り上げもせずただそのまま建物の外へと走り出した。 『猗鈴さん、建物から出たらそのまま正面につけている大西さんのところへ、救急車を手配してる!』 わかりましたと頷いて、猗鈴が建物の外に出ると救急車はすぐに見つかった。 真珠を救急車の中まで運び込みベッドの上に寝かせると、ふとその手からメフィスモンのメモリが落ちた。 猗鈴がそれを拾おうとすると、一人の女性救急隊員が代わりにそれを拾った。 「それは危険なものなので、こっちに……」 その言葉を聞いて、その女性救急隊員は少し首を傾げるとそれを真珠の元へ置いた。 「……こちらで処理するので」 猗鈴が手を伸ばすと、その救急隊員は猗鈴の手をパシと叩き落として、すっと猗鈴の胸元へと手を伸ばした。 すると、パキパキと音を立てて猗鈴の胸元が水晶に覆われ始めた。 「なっ……」 猗鈴が救急車から飛び出て距離を取ると、その女性救急隊員も降りて、救急車の扉を閉めた。すると、救急車は走り出してしまった。 「柳さんをどうするつもりですか、大西さんは……」 猗鈴が真っ直ぐその隊員を睨むと、その女はヘルメットを脱ぎ捨てて猗鈴の目を紫がかった黒い目でじっと見返した。 「私はそもそも彼女に復讐を助けてって頼まれた協力者だし、彼はそこのパトカーの中」 女は楽しそうにそう言って笑った。 「あなた、私の目を見たわね」 瞬間、猗鈴の視界が血液でも垂らした様に端からじわじわと赤く染まり始めた。 動悸が激しくなり、赤くなった視界の焦点は合わず、言うことを聞かない身体に猗鈴はその場で胸を押さえて倒れ込んだ。 「……んー、堕とせない。あなた耐性ある子なのね。過去の最悪の記憶をフラッシュバックさせるぐらいしかできないなんて、人間の身体だから仕方ないとはいえ少しショックだわ」 そんな彼女の言葉は最早ほとんど猗鈴の耳には届いていなかった。 道端で死んでいる姉がいた。 腕は寒さに耐えるかのように身体を抱き死んでいた。 ヒールを履いていつも猗鈴よりも高かった姉が、猗鈴にはできないことを色々する姉が、軽率なところとか少し嫌いなところまで含めて大好きだった、愛していた姉が死んでいた。 丸まって亡くなっている姿は記憶の中の姉に比べてあまりに小さく、猗鈴の心をかき乱した。 ふと、場面が変わって姉の死体は棺に収まっていた。生きていた時の様に化粧がされても冷たい身体、それを、猗鈴はどう受け止めればいいかわからずに火葬場まで見送った。 火があった。 姉の身体を焼く火があった。そして、また場面が変わった。 燃えているのは、猗鈴の幸せだった。まだ小学生の姉が猗鈴の手を引いて火の中から連れ出そうとしていた。 でも、猗鈴の目は火の奥に向けられていた。じっと見ていた、そこにあるものをじっとじっと見ていた。 泣きじゃくり、嗚咽し、泣きながら猗鈴を火から逃そうとする姉を困らせながら、猗鈴は火の奥を見ていた。目がどうしても離せなかった。そこに救いはないとわかっても。 一方の公竜は、猗鈴がその場を去ると、マシンガンを撃ちながらダイヤルを回した。 『タンクモン』『ハイパーキャノン』 音声が鳴ると公竜の胸の砲口に光が集まり、一個のミサイルとなって発射される。 「そんなの……ッ」 それを避けようと、織田はがむしゃらに脚を動かそうとする。しかし、不意に飛んできた弾に足の指を撃たれてバランスを崩して倒れた。 「避けられちゃ困りますよ」 鳥羽が煙がまだ出ている銃を構えて笑った顔が、ミサイルの直撃する前に織田の見た最後の映像だった。 「あ、きゃあああッ!!」 爆発が晴れると、床に倒れた織田のメタルグレイモンの身体には幾重にもノイズが走る様になっていた。 それを確認して、公竜は胸の砲口を消すと、自身の胸についた檻の扉の様な意匠の鍵穴に指を入れて開いた。 そこには虚な穴が空いており、織田のメタルグレイモンの身体はノイズがかかった場所から人間の身体だけを残して吸い込まれていき、それも終わるとパキンと音を立ててメモリが壊れて転がった。 「……腕が治ってるのは何故だ」 「説明書によると、人間体に欠損があったら破壊するメモリのリソースを使って欠損を修復する様に再構成してから、メモリを破壊する様に作られているらしいです」 鳥羽が懐から取り出した冊子を見ながらそう言うと、なるほどと公竜は頷いて壊れたメモリを拾い鳥羽に渡した。 「脱出だ、この建物はもう保たない」 気絶した織田を抱えて公竜達が建物から出ると、少し遅れて建物が爆発して崩れていった。 そして、パトカーの集まっている辺りまで二人は行こうとして、その手前で変身が解けた状態で倒れている猗鈴に気づいた。 『猗鈴さん!? 応答して!! 何が起きたの!!』 猗鈴の持っている通信機からそう盛実の声が響く、それを見て、公竜は鳥羽に織田を預けた。 「大西さん、そこに倒れている彼女に何が……」 そして、すぐそばに止まっていたパトカーの側に立っていた大西の方へと小走りで近づいていき、その肩を掴んで自分の方を振り向かせ、そのまま固まった。 大西の目は虚で、立ってこそいるものの意思らしい意思が感じられない状態だった。 公竜が思わず手を離すと、大西はその場にくにゃりと倒れた。 「なん……」 「公竜さん、他の人達も同じ感じです。多分なんらかの催眠か洗脳、それの待機状態です。無力化だけして去っていった。みたいな感じ」 「……そうか。命に別状がないならとりあえず病院かどこかに連れて行こう。救急車を改めて要請する」 そう言って公竜が携帯を取り出すと、また、猗鈴の通信機から盛実の声が響いてきた。 『すみませーん、それなら今ちょうどいいのがそっち着きまーす』 「ちょうどいいの?」 鳥羽が復唱すると、それはすぐにやってきた。 乗用車二台いくかいかないかの幅と三メートル近い高さを持つ明らかに通常の車両とは異なるが、重機ともまた異なる車両はビルのすぐ前に止まると、その屋根がガパッと開いて見た目相応の空間が現れた。 「……ちなみに、車検とかは。あと、武器を積んでいたりしないでしょうね」 公竜の言葉に、盛実は少しの時間沈黙した。 『そんなことより! ここから大人数連れ出すことが大事! だと!思います!』 「……鳥羽、消防と警察に連絡を」 「あー……はい、そうですね。つまり、私達は違反車両なんて何も見ていない。というやつですね」 「……これは全く関係ない話ですが、少々感情的になって、美園さんにはひどく迷惑かけましたし」 『あー……はい、恐れ入ります』 かっこいいんだけどなぁと盛実は小さく呟いたが、公竜と鳥羽はその発言を無視して装甲車をいないものとして扱った。 そうして事件は、真珠の逃走こそゆるしたもののひとまず収束したかの様に思われた。 しかし、織田が目を覚ますと事態は一変した。 「お兄ちゃんって誰ッ!? 私、私は一人っ子で……なんで、なんで私あんなことを……ッ!?」 「織田さーん。落ち着いてくださーい、焦らずゆっくり深呼吸してくださーい」 ベッドの上で急に叫び出した織田に、看護師がそうゆっくりと声をかける。 それを見て、天青はすぐには状況が飲み込めなかった。 「これは、どういうことなんですか、大西さん」 「……本人の言う通りだ。あの女の子に兄はいねぇ、兄がいると思い込まされていた。催眠とか洗脳とかそういうやつだ」 戸籍とか家族、周囲の人間にも聞き込みをした。大西はそう言ってバツが悪そうに頭をボリボリとかいた。 「家族曰く、思い込みは強い子だったらしいが……自己暗示で実際に存在する組織の幹部が兄として急に生えてくるとは思えない」 これもデジモンの能力ってわけだと大西は言った。 「つまり、誰かが彼女に偽りの記憶を植え付けてメモリを渡し、柳の協力者に仕立て上げた」 それを聞いて、天青は猗鈴の状態に思いを馳せた。 天青はすでに、目を覚ました猗鈴から目を見ただけで猗鈴を昏倒させた救急隊員の姿の誰かの話は聞いていた。 天青自身は後のことを考えれば戦えない。しかし、果たして猗鈴はどこまで正気なのか。猗鈴が自覚なく洗脳されていることも全く考えられないわけではない。そらは大西や他の警察官達も同じ。 「猗鈴さんについて、本格的に調べるべき時が来たかもしれない」 天青はそう口にして、織田の病室を後にした。
ドレンチェリーを残さないでep13 content media
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へりこにあん
2022年3月27日
In デジモン創作サロン
「天青さん、マタドゥルモンというデジモンに会いました」 心配する便五を今度説明するからと無理矢理帰して一晩たって、いつものように喫茶店にいた天青に対して猗鈴は開口一番そう投げかけた。 すると、天青はポケットの中からサングルゥモンメモリを取り出してその中にカードが入ってるのを確認して、猗鈴の顔を見た。 「……それは、どこで?」 「佐奈と呼ばれていた男の頭から出てきました。こっちのことを知っているみたいで、男の方はメモリも使っていました」 「頭から……少しまってて」 そう言って、天青は地下室へと降りていき、数分すると博士と共に一冊のファイルを持って上がってきて、それをカウンターに置いた。 そして、外に出て店の看板をOPENからCLOSEDに切り替えるとまた猗鈴の顔を見た。 「……何か飲む? きっと長い話になる」 「いつも通り、クリームソーダで。それで、彼等は何者なんですか」 天青がクリームソーダを作り出すと、代わりに博士がファイルめくって中学生か高校生ぐらいの男の子の写真が貼られた書類を出した。 「多分これが高校一年の時の彼。彼等は、私達と同じ高校の一学年下の世代」 「同じ高校なんですか?」 猗鈴がそう聞くと、天青はこくりと頷いた。 「そう、私達の時は、高校生の脳をデジモンデータの記録媒体にしていたから、私達の母校はその培養器になっていた」 天青はそう淡々と告げた。 「彼自身の事は詳しく知らない。けど、このファイルにまとめられているのは、事件が終わった後に脳に寄生していたデジモン達をデジモン達の世界へと送らなかった、送れなかった人達」 「その佐奈という人は何故……」 「彼は、記録によると私達が送り返す準備を整えるよりも前に、父親の仕事の都合でスペインに渡ってる。そこから更に南米に行ったことまではわかっているけど、デジモンに関しての情報はなし。本人も当時は寄生されてる自覚がなかったと思われる」 私達も直接の面識はないと天青は締めくくった。 「つまり、何もわからないんですね」 猗鈴としては単なる事実の確認だったが、天青は少し申し訳なさそうな顔をした。 「……そうだね。でも、今の時点の戦闘力もそうだけど、将来的に見た方が厄介かもしれない」 盛実もいつものテンションはナリをひそめて真剣なトーンでそう言った。 「何がですか」 「マタドゥルモンは進化させちゃいけないデジモンなんだ」 「でも、level5ですよね? そう簡単にlevel6になれるんですか?」 「……そのマタドゥルモンなら、なれてしまうと思う」 やはり真剣なトーンのまま、盛実は続けた。 「デジメモリの中に入ってるのはデジモンのデータだから、相性がいいとは言っても基本的にヒトである限りその力を100%は引き出せない。半分引き出せれば上等、九割近く引き出せる猗鈴さんとかはかなり異常な部類って感じ。でも同時に、デジメモリはヒト用に加工されたクロンデジゾイドを使ってるから、デジモンに組織のデジメモリを挿してもそもそも力を引き出せない」 風切がデジモンの姿で挿して意味があるのは根本的に人間だからかなと猗鈴は思った。 「ヒトの脳内で育ったそのマタドゥルモンは、ヒト由来の性質を持ったデジモン。マタドゥルモンに相性がいいメモリ……例えば、それこそマタドゥルモンメモリなんてものがあれば、おそらく簡単に挿して力を倍増させることができてしまうし、その結果進化してもおかしくない」 「いや、でもそれは都合よくメモリが見つかればなんじゃないですか? 男の方がデスメラモン使ってたのは、多分、そんなメモリがないからじゃ……」 それがそうでもないと天青はサングルゥモンメモリを猗鈴の前に出した。 「サングルゥモンメモリは、マタドゥルモンメモリを私が扱えるようにデチューンしたものなの」 マスターの適性は堕天使を中心にしてるから、純正の生まれつきの吸血鬼のデジモンは適性低いんだよと、博士が横から補足した。 「……もし、彼等にこのメモリが渡って、使われたらどうなるんですか?」 「おそらく、吸血鬼王グランドラクモンになる。以前話した、戦闘力なら組織がこっちに喚ぼうとしている大魔王に匹敵する種のデジモン」 「グランドラクモン……」 猗鈴が復唱すると、そう、と盛実は重々しく頷いた。 「人間世界に悪影響を与えられるデジモンとして考えた場合、グランドラクモンは最悪と言える一体。声だけで天使を堕とし、瞳を見たものの心を闇に引き摺り込む。その強さも他に似たような性質を持つデジモンの遥か上を行く。一言……例えば殺し合えなんて喋る動画をネットに流すだけで世界中の人が殺し合いを始めるかもしれない、そんなデジモン。それがグランドラクモン」 「……サングルゥモンメモリを壊すのはダメなんですか?」 「それも良くない。これがないと、グランドラクモンの魅了に対抗できない」 盛実はそう言って、サングルゥモンメモリをつまみ上げた。 「対抗できるんですか?」 「このメモリを解析して作ったプログラムを耐性のある人か耐性のあるデジモンのメモリを使った人に使わせれば、理論上は無効化できる」 「……それでも、恐れる必要はあるんですか?」 「理論通りには多分いかない。そこまで高い耐性のひともいないだろうし、プログラムが体質にあって100%機能することもまずあり得ない。長くて数時間しか効果は持たない」 それに、と天青は博士を見ながら口を出した。 「グランドラクモンの大魔王と並ぶ強さはその洗脳によるものじゃないでしょう?」 「そう、多分大魔王クラスには洗脳効かないから、並ぶとされている強さは洗脳能力を除いた上でのもの、だろうね」 「……勝てるんですか?」 「多分無理。でも、これはデジタルワールドにいるグランドラクモンの話でもある。彼等がグランドラクモンに進化したとしてすぐに大魔王クラスになるわけじゃない筈だしね!」 そもそも私製のメモリは基本的には生身に使えないしと博士は急に気の抜けた顔をした。 「だけど、奪われたらきっとすぐに対応される。一番の対策は組織に渡さないことかな」 天青はそう言いながら、しかし少しだけ笑った。 「猗鈴さんのウッドモンメモリがあればサングルゥモンメモリは使わなくてもいい。どこかに隠しておくなりなんなりしておくこともできる。組織の基盤はこの地域だから、一度別の土地に移すとかも手だろうし」 そこまで天青が言って、ふと猗鈴は佐奈の言葉を思い出した。 「そういえば……その人達、例の組織の人じゃなかったのかもしれないです」 「……どういうこと?」 「小手調べって言ってたんです。私達のデータは姫芝達が収集していた筈、でも、彼等は少し話を聞いた程度という雰囲気でした」 猗鈴の言葉に、天青と盛実はま眉しかめた。 「組織とは関係ないってこと?」 「でも、デスメラモンのメモリを使ってたんだよね?」 「はい、それにセイバーハックモンメモリに驚くそぶりもなかったので、柳さんとは関係あると思います」 「なら組織なんじゃないの? 柳は組織の人間だったわけでしょ?」 博士の発言に、天青は難色を示した。 「でも、彼女は任せられた内容も考えると準幹部クラスだった筈、今までの印象だけど、その情報をぞんざいに扱える程組織の幹部層は厚くないはず、柳が組織から他所に情報とメモリを流しているとか?」 確かにと猗鈴は頷いた。 「組織からメモリを買っているどこかの犯罪グループ所属とかも考えられるかもです。自分達の組織じゃないから、ややぞんざいに扱われるとか」 猗鈴の意見にあるかもしれないと天青達は頷いた。 そして、ふと天青はしっと人差し指を立てると、つかつかと店の入り口へ歩いて行き、そーっと扉を開けた。 「よう、今大丈夫かい?」 「大西さん……えぇ、丁度警察の協力が要るかもしれない話をしてたんです」 ところで、と天青は大西の後ろに立っている背が高いひょろっとした男をちらりと見た。 「あぁ、俺はこの人の紹介のために来たんだ。入れてくれ」 「……わかりました。先にそっちの話を聞かせてください」 どうぞと天青は二人を店の中に通した。 男は猗鈴の目にはどこか奇異に映った。天青の様に他人には見えない翼が見える訳でも、佐奈の様に頭からデジモンが出ている訳でもなかったが、何か二重に見えている様なそんな違和感があった。 「……その人も、デジモンの関係者ですか?」 「……えぇ、僕は警察庁からここのデジメモリ犯罪対策室長に赴任しました。小林公竜です」 男はそう言ってぺこりと頭を下げた。 「デジメモリ犯罪対策室……」 「大学の件があったろ。理事の中には県の有力者もいた。デジメモリ犯罪に関しての体制を再編することになったんだ」 ほれ、俺もデジメモリ犯罪対策室対策課第一班長になった。と大西は新しい警察手帳を見せた。 「そして、聞いた話だと警察庁では昔から秘密裏にデジモン関係の犯罪に関わってきたらしい」 大西が心強い味方だろと言うと、天青と博士は微妙な表情をした。 「……そちらの事情は、ある程度知ってます。印象良くないのもわかってますが、僕が当時警察に勤めてすらないのもわかりますよね?」 公竜の言葉に、猗鈴はその場にいる全員の表情を見た。大西は事態が飲み込めないという様子で、何も知らされてなかった様に見え、盛実は天青を天青は盛実を気遣っているように見えた。そして公竜はどこか冷めて見えた。 「今日ここに僕が来たのは、後でトラブルにならないために、所属と僕のスタンス、あと要求を一つ伝えておくためです」 そう言って公竜は指を三本立て、所属はお伝えしましたと一本折った。 「僕は大西さんを通じてあなた達を詮索したりしませんし、大西さんからあなた達に情報を流したり支援したりするのを止めることはありません。しかし、それはあなた方を認めている訳ではなく、野放しにして事件なら収まりがつかなくなるのを避けるためです」 これまで対処できなかったのは警察側の不手際である為というのもあります。と言いながら、公竜は二本目の指を折った。 「……要求、というのは?」 「吸血鬼デジモンのメモリです。それを渡して頂きたい」 それを聞いて、天青の目は明らかに敵意を見せていた。 「何故?」 「詳しく言えませんが、それを私達はあなた方より使えます」 公竜の言葉には歩み寄ろうという様子は見えなかった。 「……サングルゥモンメモリの力を強く引き出すのは危険過ぎる。私達より適性があるなら尚更渡せない」 「まぁ……そうなりますよね。でも、その内に渡してもらいます。私から見たらあなた方と例の組織との戦いは暴力団同士の抗争の様なものですからね」 では、失礼しますと言って公竜はスッと立ち上がった。 「あ、ちょっ……室長」 大西が止めようとしたが、公竜は黙って店から出て行こうとした。 「おまえさん達も誤解してるって、室長はそんな悪い人じゃねぇよ? あっ、だから待ってくださいって室長!」 大西の言葉に天青は何も答えなかった。猗鈴には、盛実はどう天青に声かけたらいいかわからなくてヤキモキしている様に見えた。そして、盛実もわからないのに猗鈴には尚更わからなかった。 ふと、店内に公竜と大西が戻ってきて、猗鈴が何があったのかと見てみると、その奥から便五がひょっこりと顔を出した。 「あ、あの……なんかタイミング悪かったですか?」 「さっきぶりだけど、どうしたの便五君」 「いや、なんか……さっきここに持って行くようにってこれを渡されて……」 そう言って、便五は可愛らしいクマのぬいぐるみを取り出した。 「……天青さん」 「うん、私にも見える」 「便五くん、それそこの机にゆっくり置いて距離取って」 「え? うん……」 よくわからない様な顔をしながら、便五は机の上にぬいぐるみを置いた。 そして、そのまま数歩下がった。 「じゃあ、そのままそこから動かないでね」 猗鈴はそう言うと、ウッドモンメモリに手をかけた。 『ウッドモン』 電子音が鳴ると同時に、ぬいぐるみが急に爆発した。 「え!? ば、爆弾!?だったの!?」 「……まだ終わってない!」 猗鈴がそう口にし、何かを探す様に見回していると、不意に公竜が懐に手を入れて四角い箱を取り出した方思うと振りかぶって何かを壁に叩きつけた。 「ぎゃっ!!」 そう小さな悲鳴を上げたのは、丸いカプセルの様な鳥の様な手ですっぽり覆えるサイズの生き物だった。 「……こいつがぬいぐるみを中から爆発させたのか?」 「いえ、違います。押さえつけたままは危ない……そいつ自身が、爆発する!」 猗鈴がそう言うと、公竜の持った箱と壁の間でその生き物が爆発した。 「っぐ……この箱は特別性だ。そんな程度で破損することはない」 爆発に壁には焦げ跡とヒビが入ったものの、公竜の持った箱はびくともしなかった。 『ミミックモン』 反対の手で灰色のメモリを取り出すと、公竜はそれを箱に挿した。すると、箱に面が一つスライドして、檻のような格子が現れた。そして、それをよく観察する時間もなく、その中から黒い腕が伸びたかと思うとカプセル状の生き物を中に引き摺り込んでしまった。 「……今のは本体というより能力で生成された使い魔か」 そう言うと、公竜は爆発で床に千切れて転がったぬいぐるみの残骸を拾うと、中から金属製のカードを取り出した。 「犯行予告だ。お前達が来ないと『鳥使い』は街中に今の鳥をばら撒く。そう書いてある。差出人の名前はファウスト、心当たりは」 睨んでるような目で公竜は部屋の中をじろりと見渡した。それに、盛実は一瞬ひゅっと声を上げた。 「……ふぁ、ファウスト博士は戯曲の登場人物で!メフィストフェレスを呼び出した人で……」 「……つまり?」 「私達はメフィスモンというデジモンのメモリを使う、柳真珠という組織の女性と戦っている。万が一第三者に見られた時のために遠回しな表現にしたのかと」 写真はこれ、と天青は真珠の写真を公竜の足元に投げ捨てた。 「……この女を探し、もしばら撒かれた時のために街に警官を配備します」 そう言うと、公竜は写真を拾い、カウンターの上に金属製のカードをバンと叩きつけるように置いて帰っていった。 「……猗鈴さん、この場所にあなた一人で行くようにと書いてある。私と博士は今回はちょっと先にやることがある」 わかりましたと言って、椅鈴が出ていくと、ふーと深くため息を吐いたあと博士は怪訝そうな顔をした。 「……マスター、見えてたよね。あのチビキウイモン」 「……チビキウイモンって言うんだあれ」 「マスターの眼はただデジモンを見られるだけじゃない、動体視力もデジモン並なのは知ってる。爆発で目眩しして飛び出したからって、見えてないわけがない。動けなかったんでしょ」 「まぁね、この前サングルゥモンメモリ使った時に幹部と戦った時の傷口開いてて……爆発に対して動こうとしてまた開いた」 そう言いながらベストを脱ぎ、シャツから腕を抜くと、腕全体を覆うように巻かれた包帯の至るところに赤色が滲んでいた。 「……世莉さん」 「久しぶりね、その呼び方」 「魔王が現れたら、吸血鬼王が現れたら、マスティモンのゲートは唯一の勝ち筋なんだよ。その状態じゃマスティモン仕様のベルトが準備できても魔王を送れるだけのゲートを開けなくなる」 「そうだね……本格的に、メモリ使うの禁止かな」 「そう、世莉さんがやっていいのは五感による探知役のサポートだけ」 そもそも前の時点でそのつもりだったんだけどねと盛実はじっとりした視線を天青に向けた。 天青は盛実から目を背けて自分の手を見た。念じながら力を入れれば皮膚は黒くデジモンのそれに変わっていくが、それと同時に皮膚にばっくりと亀裂が入って血が流れだす。 「……メモリを使えばマスターの肉体は反射的に肉体をレディーデビモンのものへと換えようとしてしまう。でも、マスティモンの反動でレディーデビモンの腕は皮膚が焼け骨は崩れかけてる様な状態。表面上傷が塞がって見えてもそんなの瘡蓋みたいなもので、中身はズタボロなんだからね」 世莉さんは不死身じゃない。と盛実は念を押すと白衣の下に着た作業着のポケットから一枚の絵を取り出した。 「……いや、回復にエカキカキ使ったらベルトの出力落ちるでしょ。人命がかかってる」 「自分も人なの……忘れてない?」 『エカキモン』『エカキカキ』 盛実は作業着の下に着たベルトに刺さったメモリのボタンを押した。
ドレンチェリーを残さないで ep12 content media
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へりこにあん
2022年2月11日
In デジモン創作サロン
大学での事件から一週間経ったが、猗鈴達はメモリの生産施設を攻撃できていなかった。 「……メフィスモンとやなパーには完全にしてやられたね」 盛実はそう呟き、メロンソーダにストローでブクブクと息を吹き込んだ。 「中身入りのメモリに加えて、人間の側も組織の人間。というパターンは頭から抜けてたし、お陰で迂闊に攻められなくなった」 盛実と天青は元々中身入りの存在を知っていたが、それでもメモリを使う犯罪者か中身入りのメモリに使われている被害者か、人かデジモンどっちかが主導の二択しか考えになかった。 しかし、真珠はそのどちらでもなかった。真珠もメフィスモンもどちらも組織に属していて、場面によって入れ替わる共生関係にあった。 「メモリ生産設備に入り込んだとして、戦って倒した相手が乗っ取られただけの人なら助けなきゃですけれど、使わせている組織の人間だったら背中から刺されますもんね」 猗鈴の言葉に盛実はうんうんと頷いた。 「それもそうだし、ほぼ全ての敵に対して二回戦うかもしれないと考える必要も出てくるまともに戦えるの二人だけでその想定はスペック的にもきつい」 「……でも、もうそう言って一週間ですよ?」 「そう、だけど手をこまねいていた訳でもない。私達にはもう、生産設備に忍び込んでなるべく敵と戦わずに機能不全にする箇所をピンポイントで破壊する他ない。その、ポイントを博士に考えてもらっていた」 天青がそう言うと、盛実は打って変わってえっへんと胸を張った。 「結論から言うと、製造を止められそうなポイントは三つあります」 「三つ?」 「ふふっ、そう慌てなさんな」 慌てた覚えはありませんがという猗鈴の言葉を無視して博士は話を続ける。 「どれか一個壊滅させるだけで向こう半年はメモリ製造できなくなる筈だから、同時に本拠地も突き止められれば十分相手の勢いは削げるよ」 「それはすごいですね」 猗鈴は素直に頷いた。 「そう! というわけで三つのポイント。一つ目はデジモンデータの大規模記録媒体、二つ目は原料となるクロンデジゾイトメタル、三つ目、これが大本命なんだけど……クロンデジゾイトメタルをクロンデジゾイドに精製する機械」 と言って、盛実は指を三つ立てた。 「……正直よくわかってないんですが、メモリ自体を作る機械は狙わないんですか?」 猗鈴にはクロンデジゾイトメタルもクロンデジゾイドもよくわからなかった。 「うん、狙わない。だってそれは材料さえあれば普通のメモリを作る機械を流用できちゃう。すぐ手に入らなくとも買えるし、買えなくとも国内でメモリを生産してる工場から盗んでくるとか、小規模でもパーツ買って手作業で作り続けるとかできちゃう」 「なるほど、代替可能なんですね」 そういうこと、大学経由で手に入れた機械を調べてそれがわかったんだと盛実は得意げに言った。 「で、デジモンデータはまだわかるんですけれど……保管媒体って壊せますか? クラウドとか外部に保管してたらお手上げでは?」 「それはメラモンとかの発言を思うと無いと思うんだけど……中身入りじゃない純粋に力だけのデータに関しては否定できないから二つに比べると望みは薄いね」 それでクロンデジゾイドに目をつけたと、と天青は盛実に話の続きを促した。 「そう、クロンデジゾイドはメモリの端子部分に使われている合金で……生き物と融合できる性質がある」 「生き物と」 猗鈴の頭に浮かんだのは、肉体とメモリが融合していく様子だった。 「そう生き物と。脳信号が電気でやりとりされてるからって、普通のUSBを腕に挿そうとしてもそもそも挿す場所もないし、無理に刺しても血が出るだけで融合なんてしないでしょ? それを解決するのがクロンデジゾイド」 私式はベルトに挿すから使ってないけどと言いながら、盛実はローダーレオモンメモリの端子を手のひらに押し当てて見せた。 「そんなクロンデジゾイドの原料がクロンデジゾイトメタル。これはデジタルワールドでしか発見例のない鉱物。当然合金に精製する機械もまず、デジタルワールドにしかないし数が用意できるとは思えない。一個のメモリに使うのも少量だし予備があるとは考えにくい」 「なるほど……クロンデジゾイトを奪えれば確実だけど、量もわからないし、分けて保管してあることも考えられる。でも、精製する機械ならば手が塞がることもなくおそらく一つだけなんですね」 「それならいけるかもしれない」 「だしょー?」 天青と猗鈴が頷くと、盛実はそう言ってにやっと笑った。 「その機械がどういうものかとか、設置場所とかも盛実さんにわかってるなら、近い内に行けそうですね」 「あー……それは無理。クロンデジゾイトは稀少な上にかなり実用性が高い鉱物、昔のデジタルワールドではその加工法は秘匿されてて、地域とか個々の政略とか毎に試行錯誤の末に独自で編み出してた歴史がある」 盛実は至極申し訳なさそうにそう口にした。 「ということは」 「いっぱいある精製方法の内、人間が扱える方法はとか、そういうのを検証するとこから始めないとなのよ。マスターに水路の有無とか排水のサンプルとか取ってもらいつつ、って感じだから……すぐには無理。施設の構造とかも調べなきゃだし、下調べすることはやろうと思えば幾らでもある」 「……そうですか」 「なんかごめんね。お姉さんに関してのそれを早く知りたいだろうに」 めちゃくちゃ申し訳ないけど頑張るからと言うと、猗鈴は首を横に振った。 「いえ、理由はわかりますし……個人的にもそれまでに何か決着をつけないといけない相手が何人かできた気がするので」 「真珠さんのこと?それとも、風切?」 「彼女達もそうですし……」 「……姫芝のこと?」 天青の挙げた名前に猗鈴はこくりと頷いた。 「そうです。姫芝……犯罪者だから止めなきゃというそれとは別に、なんとなく、尊敬している様な嫌悪感の様な……まぁ、姉さんに比べたらどうでもいいんですけれど、そんな感じがあるんです」 その言葉に天青は少し視線を揺らしてから頷いた。 「そっ、か……ちなみに猗鈴さん。友達とかはいる? ここに映画のチケットが二枚あるんだけど」 「……なんですか、突然」 猗鈴は腑に落ちないという声を出した。 「調査の時には猗鈴さんにできることは少なそうだし、姫芝と風切に関しても向こうが動かなきゃ何もできない。お姉さんについて調べるのが猗鈴さんの目的な訳だけど、ここの『探偵』としては、守っている日常ってどんなものっていう事もちゃんと知っていて欲しいんだよ」 「……でも、私映画に誘う様な友達いませんよ?」 ちなみにこのチケットはどこからと猗鈴が尋ねると、天青は博士が入場特典目当てでと言った。 「元は一日二回、初日と二日目で計四回見るつもりだったんだけど……入場特典くれるならまぁ仕方ないかなって気もしなくはない……でも、ちゃんと観てね! 寝ないでね!」 盛実は必死の形相でそう言った。 「一枚でいいんですけど」 「それはダメ、探偵としての研修だと思って。映画館での飲食分は経費にしていいから」 まぁそれならと猗鈴はチケットを受け取った。映画館で食べるキャラメルポップコーンは家で食べるのとはまた違う趣がある。それか猗鈴は嫌いじゃなかった。 猗鈴が喫茶店から出ていくのを見送って、それから盛実は天青の頬をえいとつねった。 「考えあってのことだよね? ねぇ?」 私の前売り券なんだけど? と盛実はわざとらしく地団駄まで踏んで見せる。 「いすずひゃんは、どこか自分も他人も俯瞰ひて、他人事みひゃいになっへふとこがあるから……ほれをひに、少し他人をいひきひてもらいたくて」 「何言ってるかわかる様なわからない様な」 盛実がそう言うと、天青はほほをつねる盛実の手を解いた。 「猗鈴さんはまだほんの数日なのにデジモンともバリバリ戦えて頼もしいけど、そこに躊躇いもないのは不安になるねって話」 「……でも、この前なんかあそこでセイバーハックモン使って仕掛けてれば、みたいな相談してなかった?」 というかアニメ映画見て即影響される子ってやばいよ? と盛実は言った。 「してたけど、あれは戦うことに葛藤したんじゃなくて、戦い方を間違ったかもって葛藤だと思う。もしかするとそこが、猗鈴さんにとっては大事なのかもしれない」 「よくわからんことがさらによくわからなくなったんだけど……」 「私もなんかそこの違いは重要だと思うんだけど……じゃあなんなのかってとこまではよくわからない。彼女みたいにはいかないね」 そう言いながら、天青はエンジェウーモンメモリをちらりと見た。 「……セイバーハックモンメモリも、安定はしてたみたいだけど想定と全然違う挙動したみたいだし、わからないことだらけ」 そんな天青を見た後、空を仰いで盛実ははぁとため息を吐いた。 「ちょっと待って、セイバーハックモンメモリ、想定外の挙動だったの?」 天青はそう言って盛実の腕を掴んだ。 「え? うん。本当は体の右側半分だけセイバーハックモンメモリがガッツリ覆う予定だった」 「……なんでそんな扱いにくそうな形に」 「え、いや……ちゃんとシリアスな理由あるよ? ウッドモンメモリ程適合率高くないから、全身に分散するとちゃんと形にならなかったり強度落ちる危険があって……だから右半身の特に脚部から、適合率に合わせて右半身を覆うように展開する設定にしたの。猗鈴さん、殴り合いの時に半身になってること少なくないし、右側前に出してガードして剣出して左手に持って戦うイメージ」 「……でも、現実にはそうならなかった」 「うん。リスペクト要素は消えたけど、手足にと頭に固めるのはそれが可能とわかってれば一番いい集め方だよね。ウッドモンメモリ部分の形状も変化してるのも本気でわけわかんないけど……やっぱり、セイバーハックモンで足りないとこをカバーしてるんだよね」 そう、リスペクト要素はなくなったけどと、盛実はまた鳴いた。 「……ちなみに、博士はなんでそうしなかったの?」 「それは、テストするタイミングなかったから調整もできなかったの。どれくらいの出力が出るか、使ってみなければわからないからね」 盛実の言葉に天青は少し考え込んだが、うまく考えがまとまらず首を傾げるしかできなかった。 喫茶店から出て家に帰ると、猗鈴は二枚のチケットを見てんーと悩ましい声を上げた。 猗鈴がそういったものを受け取る機会は今までにもなくはなかった。だが、大抵それは姉に渡していた。姉なら幾らでも誘う相手がいる。だからそうしていた。 研修と言われた以上は自分は少なくともいくべきで、しかも中身はまぁまぁ若者向けの恋愛もののアニメ映画で、養父母に渡す様なものでもなく、その片方を誘うのも何かおかしい。 「とりあえず、ランニング行こうかな」 一応誰か誘えそうな相手に会った時の為にとポケットに忍ばせて、ランニングをする。 守っている日常がどんなものかと、天青が言ったことを思い出し、猗鈴はいつもランニング中につけているイヤホンを外した。 猗鈴がこの街に住み始めたのは大体十五年前、ちゃんとランニングをし出したのはここ数年、でもそれまでも猗鈴はよくこの街を歩いていた。 遊ぶ友達もいないし、別に家が居心地悪いわけでもないのだけど、家が居心地いいからこそ猗鈴は外によく出た。 でも、猗鈴は街並みをあらためて見ようとしても、感慨の様なものは覚えなかった。街に対しての思い入れが薄いのかなとは思ったが、猗鈴はそれでいいと思った。大切なものは少ないか消えものがいい。 そうして、また家の近くまで戻ってきたところで一つの和菓子屋に入った。 「いらっしゃいませー」 そう言った同年代に見える男性は猗鈴は初めて見る店員だった。 「酒饅頭を二つ下さい」 「はーい」 そう言って男性は饅頭を二つ、紙袋に包む。 猗鈴は値段を確認して小銭入れを取り出し料金を払おうとして、男が猗鈴のことをやけに見ているのに気づいた。 「何か顔についてますか?」 「いや、そういうことじゃないんですが……美園さん、ですよね?」 「そうですが……」 近所なので知ってる人がいること自体はおかしくない。知り合いだとは思えなかったし、姉ならともかくなぜ自分がとも猗鈴は思ったが、それだけだ。 「小学校の時に同級生だった米山便五(ヨネヤマ ベンゴ)って覚えてますか?」 「……覚えているよ」 猗鈴は覚えていなかったがそう口にした。すると、彼はパッと顔を明るくした。 「僕がその便五だよ。覚えているとは思ってなかったから嬉しいなぁ。魔王とか呼ばれてた美園さんと違って僕は地味だったから」 そのあだ名は初耳だなと猗鈴は思ったが、覚えていなかった負目があったので黙って頷いておいた。 「いつも、母さんから美園さんが来てるって話は聞いてたんだけど、僕も小学校の頃の姿しか覚えてなかったから最初わからなかったよ」 「そうなんですね」 「あ、引き留めてごめんね。おまけに干菓子つけとくから」 「いや、でも……」 遠慮しようとして、ふと猗鈴は映画のチケットの存在に思い当たった。 「じゃあ、代わりに映画のチケット、要ります?」 「え?」 「貰い物なので……」 「でもそれは……」 「二枚あるので……」 ふとそこまで言って、来場者特典は貰ってきてと言われていたことを思い出した。 「……一緒に行きましょう。今週の土曜か日曜に」 「じゃ、じゃあ土曜で……」 「では、正午に駅集合で」 猗鈴はそう言ってお金とチケットを置いて商品を受け取るとさっさと店から出ていった。 「こ、れ……デート、かな?」 店には頬を赤く染めた便五だけが取り残された。 土曜日、映画館から出てくる猗鈴を双眼鏡で見ている女が二人いた。 一人は真珠、もう一人はそれより少し年上ぐらいの女だった。 「アレが、メフィスモンを倒したやつか……デートっぽいけど笑顔ひとつないのね」 黒髪の初老の女がそう言うと、真珠はずずっと缶のコンポタを啜った。 「美園姉妹にまともな感情なんて期待しない方がいいわ。多分どっちも血の代わりにオイルが流れてる」 そう吐き捨てると、ぽいと地面に缶を投げ捨てた。 地球には優しくしないとと言って女は缶を拾うと、それを真珠の方に突きつけた。 「復讐したいのに抜けてよかったの? 組織」 「夏音はリヴァイアモンのお気に入りだし、猗鈴は組織の枠の中だと戦えるのは自衛の時だけ、あのままじゃどっちもまともに殺す機会がない」 真珠は突きつけられた缶を取ることはしなかった。 「なるほどね、しかもあなたじゃどっちも正面からは殺せない」 「……殺してみせるわよ。今度は魔術で色々仕込んでから挑むもの」 女の言葉に、真珠は顔を紅潮させて歯軋りしながらそう言った。 「いやいや、メフィスモンならともかく、人間のあなたに魔術の知識がある? ないんだから同じことはできないでしょう? 話を聞いた感じ、向こうはデジモン同士の戦いに慣れてる支援役がいる。それ以上の有利をあなたが独力で用意するのは無理、また距離を詰められて一方的に有利を押し付けられてやられるだけよ」 ぐっと唸った後真珠は黙り込んでしまった。 「第三勢力を作って掻き回すとこから始めましょう? 三つ巴や消耗したところを襲う。そうすればあなたが弱くても勝ち目が出てくる」 「……あなたが手を貸してくれれば話はもっと簡単でしょ」 真珠はそう、悔しそうに呟いた。 「あぁ、確かにね。私なら一捻りだと思う。でも、それが物を頼む態度?」 そう言いながら、女は手の中で缶を潰してこね、小さな球にして真珠に渡した。 「……美園姉妹をぶっ殺すのに力を貸して下さい。お願いします」 「いいわよ」 にっこり笑って女は自分より背の高い真珠の頭を撫でた。 「……ありがとうございます」 「じゃあ、仲間を集めようか。第三勢力を作って、しっちゃかめっちゃか掻き回して、どさくさ紛れにあなたが殺せる状況を整える」 「……そこは同じなのっ……ですね」 一瞬、真珠はタメ口に戻しかけたが、女がすうっと目を細めると口調を正した。 「私が殺すだけなら簡単だけど、それであなたの気は晴れるのか、って話と……私が面白くないって話がある。 「面白くないって……」 「つまらないことして生きていきたくないじゃない? 一生って長いのよ?」 女はそう言って笑うと、手をパンと叩いた。すると、ワインレッドのタートルネックを着た男がスッと背後に現れた。 「とりあえず、彼女の力が見たいわ。適当に誘き寄せて幾らかやり合ってみて。見る限りは、一人ならあなたのパートナーと同格よ」 「わかりました」 「……彼、私が渡したあのメモリを使うんですか?」 真珠の言葉に、女はふふふと笑った。 「展開次第かしらね。デジモンに関係した事件は何も今回が初めてじゃないし、全てが摘み取られた訳でもない。メモリ以外の手もあるわ」 「……それって」 「そういうこと、かしらね」 女は犬歯を見せながら笑った。 「ねぇ、美園さん。さっきの映画について、ちょっとどこかでお茶でもしない?」 「いいけど、どこで?」 映画館でLLサイズのキャラメルポップコーンを食べたあとだったが、猗鈴は便五の申し出に異議を唱えなかった。和菓子屋の息子がどこでお茶をしようとするのか、映画のこととかはもはやどうでもよくてそれが気になっていた。 「駅の近くのスイーツビュッフェのお店とか」 「いいね、あそこ美味しいし」 知ってる店ではあったが、値段を考えると手頃に美味しく猗鈴も時々行く店である。ケーキの味を想像すると、猗鈴の顔には自然と笑みが浮かび、それを見て便五は少し頬を赤くした。 「申し訳ないが、その予定はキャンセルしてもらおうか」 「……何の用ですか?」 男の声に猗鈴が振り向くと、声をかけて来たらしい男の頭からは這い出るようにあまりに奇怪なデジモンが現れるところだった。 矢じりに黄色い毛と紫色の細長い複眼をつけたような頭、派手なピンク色の袖は振袖のように大きく、それを支える上半身は反してやたらに細い。ズボンも膨らませてあり、靴は明らかに刃物で造られていた。 『ウッドモン』『セイバーハックモン』 しかし、猗鈴にはそれが脅威であることもよくわかっていた。 猗鈴は、時折天青の身体から生えている黒い翼を見たことがあった。他の人には見えてない様でもあったが、過去の天青達の事件に由来するのだろうということはなんとなく予測してもいた。 「米山くん、この電話番号に電話して、助けを求めて」 「え、でも……あの人ただ立ってるだけだし」 猗鈴は困惑する便五に天青の名刺を押し付けると、レバーを押し込んだ。 変身を終えた猗鈴を見て、男はにんまりと笑った。 「……そうか、君は見えるんだな? マタドゥルモンが」 「それはなんともそそられる」 マタドゥルモンと呼ばれたデジモンは男の頭の横で浮いていたような状態から、不意に重力に引かれてすとんと地面に降り立った。 そして両袖からしゃきりと音を立てて両刃の剣を指の様に五本ずつ露わにした。 猗鈴は半身になって構えると軽く拳を握り込んだ。 このマタドゥルモンは、天青と同じ過去のデジモン事件からの関係者である。この世界で人の考えを理解し、侮りもしないだろうしおそらくlevel5の力を有している。 そう考えると猗鈴は迂闊に飛び込めなかった。刃物を使う接近戦タイプならば、メフィスモンやフェレスモンみたいに得手を潰して接近戦になるまで距離を詰めれば有利になるという訳でもない。おそらく互角以上の相手で且つ、自分の得手が相手の得手でもある状況は初めてだった。 ならばと、猗鈴は一歩後ろに退いた。 それを見てマタドゥルモンは猗鈴へ向けて跳び、足を振り上げた。それに対し猗鈴は踵落としを擦り抜けてマタドゥルモンの懐へ入るとアッパーを打ち込んだ。 「……腕ではやや非力だな、お嬢さん」 かちあげられた頭を即座に戻してそう呟くと、マタドゥルモンは腕の刃を振り上げながら一歩後ろへと退がった。 それを見て猗鈴は一歩踏み込み、今度は細い腰に向けてフックを打ち込んだ。 「インファイトがお望みか」 マタドゥルモンは殴られた勢いのまま腰から身体をぐにゃりと曲げられながら腕を振りかぶると、猗鈴の二の腕へとそれを突き刺した。 「ぐうっ……!」 「しかし、人は脆いぞお嬢さん。胸にほんの数センチ刺されれば人は死ぬ。何故まともに脚も振れない程懐に入りたいのか理解しかねる」 それに対して、猗鈴は何も言わずにマタドゥルモンの足の甲を刃のついた爪先で地面に突き刺した。 「なるほど、私をここに縫いとめる為か。しかし、それでどうする?」 「こうする」 そう言うと、セイバーハックモンメモリの角とウッドモンメモリのボタンを同時に押し込んだ。 『レッジストレイド』『ブランチドレイン』 猗鈴が足を突き刺した脚を軸に、逆の光る足を振り上げる。 「それは流石に甘すぎる。そんな無理な体勢で私相手にできることは限られよう」 マタドゥルモンは振り上げられた脚を横から腕で払い落とすと、猗鈴の胸に体重を乗せて肘を打ち込んだ。 「さて、次は何を見せてくれる?」 その言葉に、猗鈴は少し離れて体勢を整えると、もう一度ウッドモンメモリを押し込んだ。 『ブランチドレイン』 「……もうネタ切れか」 マタドゥルモンはそう落胆の呟きを残すと、腕を振り払う様にして袖から刃を何枚も飛ばす。 猗鈴はそれに対して、光る足で強く地面を踏み込み地面から何本も枝を生やして防御しながら、マタドゥルモンを囲い込んだ。 「目眩しかな?」 『セイバーハックモン』『セイバー』 「しかし、その音声はいただけない。不意打ちには向かないだろう」 猗鈴が枝の上から突き刺した剣をマタドゥルモンは腕の刃で受け止めた。 「知ってる」 そう呟くと、猗鈴はすぐにセイバーハックモンのメモリの角を押した。 『メテオフレイム』 剣先から撃ち出された弾丸はゼロ距離で爆ぜてマタドゥルモンのガードが開く。その隙に、猗鈴は剣を捨てると枝を踏み台にマタドゥルモンの頭を踏みつけた。 「これで今度は外さない」 『デスメラモン』 ふと、流れてきた電子音に猗鈴が思わず視線をやると、赤いセーターの男が青い炎と鎖をまとった大男のデジモンへと姿を変えるところだった。 そして、猗鈴がまともに反応する間も無く、男の鎖は猗鈴の身体を強かに打った。 「一対一は尊重するのが紳士の在り方なんだが……それで相棒を殺されても困る」 「佐奈……私は負けてないぞ」 「真珠ちゃんから聞いた話では、当たれば枝が伸びてきて拘束能力もあるし、エネルギーを吸いもする。見てる感じ確かにスペックは互角らしい、しかし一度エネルギーを吸われたら倒され切らなくとも形勢を立て直すのは難しい」 「佐奈! それが戦いの醍醐味ではないか!」 マタドゥルモンはそう強く主張したが、佐奈と呼ばれた男は頭を抱えるポーズを取った。 「……マタドゥルモン。今回、小手調べなんだからそこまで本気になるもんじゃあないんだよ」 佐奈と呼ばれた男の言葉に、つまらんと呟きながらもマタドゥルモンは男の方へとすたすたと歩いていった。 「……待って。このまま何事もなく帰れると?」 「なら、人質でも取った方がよかったかな? それとも、まだそこらへんに隠れてる人なんか幾らでもいると思うんだが……顔でも焼いて救助せざるを得ない状況の方がお好みかな?」 佐奈の言葉に、猗鈴はそれ以上何も返さなかった。それを見て、マタドゥルモンは佐奈の頭の中へと消えた。 メモリの使用さえ解いて、悠々と歩いて去っていく背中を、猗鈴はただ見ているしかなかった。 あとがき  メモリの製造施設の場所はわかったのに今すぐには手を出せず、真面目に主人公のメモリ候補だったマタドゥルモンとそのパートナーのデスメラモンメモリを使う男佐奈君、そして謎の強キャラ風女性の登場という今話です。 便五君は猗鈴さんにはデートと認識してもらえない可哀想な男ですし、おそらく見せ場らしい見せ場は今後もないでしょうか、猗鈴さんの子供時代を知っているという点でいずれ話にもしっかり絡むはず。多分天青さん達のパートで。 真珠さんはメフィスモンいなくなって(中身のない予備のメフィスモンメモリはあるけど)、組織から大学で使う用に預かってたメモリをネコババして抜けて美園姉妹嫌いの一心で第三勢力になろうとしてる感じですが、頼る相手その人でいいの感ありますね。 あとは、仕様通りに動いてないセイバーハックモンメモリ変身の謎とか、実は一話でボロ布っぽいの(レディデビの翼)をつけてる天青さんを見てた猗鈴さんとか、まぁ色々ですが、書いてるときりないのでこの辺で。 今回のおまけは、ドゥルの人達のキャラデザが微妙に決まらないのでタイトルなし表紙 タイトルの下にいたのはお姉ちゃんでした。
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へりこにあん
2022年1月29日
In デジモン創作サロン
「ひどくやられたみたいですね」 暗い倉庫の中、姫芝がそう問いかけた先にいたのは、真珠だった。 「……まぁね、アイツらを倒すためにメモリの補充に来たの。作った駒も全部取られたしね。メフィスモンがまた宿る様のブランクメモリももらってく」 「それでメモリの保管庫に……医務室とかに先に行った方がいいのでは?」 「私は怪我してないわ。メフィスモンがやられたけど」 「身体はあなたのもの使ったんですよね?」 「そうね。胸の辺りは痛む、でも肉体はメモリ使用時と解除時に再構成されてるんだから傷とかは残ってない筈。この痛みはきっと、パートナーを奪われた痛みよ」 そう、と言うと。真珠はズンズンと姫芝に迫った。 「美園夏音は私と私のパートナーをウッドモンメモリの餌にした……」 そして、そう無理やり爆発しそうな怒りを抑え込んでいるような声で言った。 「データを調べてわかった……あのメモリは組織の規格なのにかの保管庫にあった履歴がない……幹部メモリとも別に組織に履歴を残さない様に造られたメモリ」 そう言いながら、真珠は知ってたかと聞いた。 「……いえ」 「やっぱりあなたも知らないんだ。私と同じであの姉妹にとっては捨て駒って訳ね」 「……それで、これからどうするんですか?」 「組織を抜ける。そして……そうね。まずは生産部門のトップ、ミラーカを探すのがいいかもね」 「ミラーカ……ですか?」 困惑する姫芝に、真珠も首を軽く傾げた。 「……案外組織入ってからの歴が浅いんだ? ちょっと前まで幹部は三人じゃなくて四人いたのよ。研究に本庄。生産にミラーカ。販売に織田。それぞれの部門のトップに一人ずつ幹部がついていた。でも、ミラーカはある日突如消えた」 「それは……どうしてでしょう?」 「知らないけど、組織に入った頃からサポートしてた私さえ捨て駒にする夏音なら、ミラーカに特製のメモリを用意させて闇に葬るぐらいするんじゃない?」 真珠の言葉に杉菜は思わずごくりと唾を飲んだ。 「あなたも来る? あなたにも関係ある話なのは、わかってるでしょ? 私達の組織はシャウトモンなんてメモリを販売ルートに乗せてない。当然、ここにも記録はない……けど私達の規格で風切王果はメモリを持ってる」 そう聞いて、少しだけ杉菜は気持ちが揺らぐのを感じた。 「同じ捨て駒仲間として仲良くしよ? 美園姉妹をぶち殺すの。夏音の下にいたって本当に雑草らしく踏み潰されるだけよ、何もなせやしない」 「……私は、ただ踏み潰されたりしない」 杉菜が踏み止まったのは、打算とかそういうのではなかった。 確かに、風切の持つメモリは杉菜にとっても謎だ。誰がメモリを売ったのか確かめる為に、風切にメモリを売ったと組織に嘘の報告をしたら、新規の客として杉菜が担当になった。 所属を明かして風切に聞いても、メモリの出所はポストに封筒で届いた以上の情報はなかった。 もしかして、接触しすぎて警戒されてるのかと距離を取ることにし、夏音に声をかけられたのを幸いと担当から外れてメモリを送ってきた人間の接触を待っていた。 しかし、風切にメモリの知識を与えてはいけなかったのだ。杉菜の後任として担当になった男からメモリがどういうものか聞いた風切は、杉菜を無理やり組織から抜けさせる為にバイヤー狩りを始めた。 何も杉菜はなせていない。せっかく社会に害をなさなくなった親友にまた殺人をさせてしまい、止めることもできていない。親友に最初に殺人をさせてしまった理由を否定する為に大成したいのにそれも程遠い。 でも、なせていないからこれからも成せないのだと諦めるわけにはいかないのだ。 「私は何度でも立ち上がる。あなたみたいに折れない」 杉菜の言葉に、真珠はひどく感情を逆撫でされた。 メフィスモンを奪われて逃げてきた自覚はあった。それでも負けてないと口で言っても、勢いだけで個人では勝てないと認めていた。だからこそ、また戦力がいると思ってメモリを欲してきたのだ。自分だけでは勝てないから、折れたのだ。 それを見下している相手に見透かされた様に思えてひどく真珠の癪に触った。 「……じゃあせっかくだし夏音に伝言お願い。お前を殺して豚の餌にしてやるぞって、この雑草みたいにズタボロにしてからなって」 真珠はそう言いながら、メモリ保管庫から出ると、建物の中庭のドアを開け、メモリを取り出した。 「自分の口でお願いします」 杉菜もそう言いながら、中庭へと出ると少し真珠から距離を取ってメモリとトループモンメモリの装填された銃を取り出した。 『メフィスモン』『ザッソーモン』 同時にボタンを押し、同時に体に挿す。 そして変化が終わると、まず動き出したのは真珠だった。 「死なない程度に溶けろ!」 両手を前に突き出して、中庭に充満させんと黒い霧を噴き出させた。 『ト『ト『ト『トループモン』 杉菜の出した四体のトループモンを見ても、真珠は余裕の笑みを浮かべていた。黒い霧の前にそんな隙間だらけの肉壁がどれだけ役目を果たせるのかと。 しかし、直後に杉菜がトループモンの首を殴り折ると、笑みは驚愕に塗りつぶされ、次いで炸裂した閃光と爆音をモロに食らってしまった。 杉菜の狙いはトループモンの死亡時の爆風で霧を霧散させること。しかし、それがわかったとしても閃光で目を爆音で耳を奪われた真珠には取れる手がない。 真っ白で耳鳴りだけが聞こえる世界で、真珠の首に何かひも状のものがまとわりつき、締め上げてくる。 「何も見えなくとも、雑草に負けるほど弱くないんだよぉッ」 そう叫びながら、締め上げて来たものを引きちぎると、今度は口の中に何か冷たく固いものが押し込まれた。 『トループモン』 聞こえて来た音声と、の中で何かが膨らみ出す感覚に真珠は恐怖を覚えて、口の中で膨らみつつあるものに爪を突き刺し、咥えさせられた固いものを乱暴に引き抜いて投げ捨てた。 口の中でトループモンを生み出して、その膨らむ過程で頭を吹っ飛ばす。そんなこと思いついてもやるなんてイカれてる。 真珠は少し回復して来た視界でぼんやりと杉菜を捉えたが、もう、それまでと同じ様には見られなかった。 真珠から見た姫芝は恐怖だった。 杉菜の片腕は千切れていた。口に咥えさせていた銃を投げられた時に一緒にダメージを受けたのか、顔にはあざもできていた。今の攻防でよりダメージを受けたのは真珠では無く、間違いなく杉菜の方だった。 ザッソーモンは堅い樹皮に覆われてもない。傷の痛みを感じないわけでもない。杉菜も痛みを感じてないとは真珠から見ても思えない。 目は血走って涙が滲んで、唇も痛さに耐えるために噛みちぎったらしく見える。それだけ腕をちぎられた痛みは耐え難いものだった。 でも、杉菜の目は全く痛みに怯んでいない。それが真珠には怖かった。 痛いのは痛い、苦しいのは苦しい、でもそれをコストとして割り切って痛みに耐えて行動をしてくる。ちょっとした痛みならともかく、腕一本失う痛みを。 スペックの上ではザッソーモンの姫芝にメフィスモンの真珠が負けることなどあり得ない。トループモンもメフィスモンのスペックを考えればザッソーモンとの間を埋めるには弱すぎる。わかっているのに、恐ろしかった。 真珠は息を整えながら空に舞い上がると、その場で呪言を紡ぎ始めた。 真正面から殴り合ってもメフィスモンは身体能力もlevel4にはまず負けないデジモンだが、特殊能力は格上にも通じ得るデジモン。 だからこそ、猗鈴達はまずそれの対策をして自分の強みの格闘を押し付けた。逆に言えば、対策をせず立ち回りだけでは強みを押し付ける以前に負けてしまうと判断したのだ。 真珠が一節呪言を紡ぐと、杉菜の目から涙に混じって血が流れ出し、二節目で血を吐いて地に臥した。 真珠がメフィスモンから聞いた話では、大抵のlevel4は一節で足を止め二節目で全身にダメージが伝播し。三節も聴けば死に至る。同格以上でも唱え続ければ命までは奪えなくとも戦闘不能にするのは容易い。耐性がなければlevel6だって十分殺せる。 これで大丈夫と安心したところで、杉菜は水から中庭の池の中へと飛び込んだ。 水の壁が音を阻み、杉菜に届く呪さえも歪める。これでは杉菜を呪い殺すことはできない。 しかし、真珠は安心していた。とりあえず杉菜を退けた。水からは出てこれまい。 でも、その後に起きたことに真珠は言葉を失った。 ぼこぼこと水面が揺れ、中から何体ものザッソーモンが飛び出したのだ。それは杉菜にとってさえ予想外のことだった。 デジタルワールドにいるザッソーモンの中には稀に、水分を取ること分身を生み出すことができる個体がいる。人間界とのゲートを自由に開けないリヴァイアモン達がザッソーモンという他のlevel4と比べてもパッとしない種をわざわざ送った理由も実を言えばそこにあった。 しかし、適合率の問題か組織内で今までこの能力が発現したものもいなかった。 水の中から現れて、蔦を伸ばしてメフィスモンにしがみついてくる。脚に翼に角に、払い除けようと振るった腕にさえしがみつき、引きずり落とそうとする。 咄嗟のことに言葉を止めていた真珠だったが、それが振り払えないとなると、パニックになりながらももう一度呪言を唱え始めた。 二節も聞けば分身達は生き絶えて、蔦も緩む。今度こそ離脱できると真珠は思ったが、次第に分身達の蔦の絡め方が変わりだした。 死んで力が抜けても、蔦が身体に結びついたままになれば錘になる。徐々に重さに引き摺り下ろされて、地面に山となった分身達の死骸を見て、また真珠は恐怖を覚えた。 死骸が既に死んだ別の分身に噛み付いたり、そもそも蔦を伸ばす前に近くの死体にひっかけていたり、真珠を引き摺り下ろすためだけに、地獄絵図が産まれていた。 恐ろしくなって、真珠は呪言を唱えながら闇雲に黒い霧を腕から噴き出した。 さっき、トループモンで吹き散らされたのも忘れての苦し紛れだったが、それは中庭という四方を建物に囲まれた空間では絶大な効果を発揮した。 水中にいて、トループモンも使える杉菜本体には届かなかったが、分身や地面に山と積まれた死骸達が溶けていくことで真珠の身体は軽くなり、遂に蔦も届かない高さまで離脱することに成功した。 「あんなのを基準にしたら、怖いやつなんてどれだけいるか」 ふぅふぅと息を整えると、真珠は真っ暗な山中から、光り輝く街へと飛んだ。 「でもまだ負けてない……やり直せるんだから負けてない……」 霧が中庭のあらゆるものを溶かして消えると、杉菜は水から出て変身を解いた。 「お疲れ様、遅かったから見に来たのだけど……なかなか面白いものを見れたわ。メフィスモンじゃなくて真珠な分実力は落ちるだろうけれど、それでも平均的なlevel5ぐらいの強さはあるはず。体力に特化したザッソーモンは体力なんて関係ない呪いには相性も悪いのに」 ぱちぱちぱちと夏音は拍手しながら中庭に現れた。 「……殺されて豚の餌にされるらしいですよ」 「へぇ、楽しみね」 そう軽い調子で言う夏音は、真珠の造反を意に介していないどころか面白がっている様にさえ見えた。 「……美園さんも戦ってたら、逃さなかったのでは?」 「でしょうね。でも、いいのよこれで。彼女元から今の待遇に不満あって、外と連絡取り合ってたみたいだから」 「外っていうのは……」 「ミラーカさんかもしれないし、違うかもしれない。でも、別のデジモン関連の技術を引っ提げてやってきてくれるなら……好都合でしょ?」 夏音はそう言って、激辛チップスと書いてある袋に一味唐辛子の瓶の中身を全部入れてかき混ぜると、真っ赤になったポテチを一枚取って食べた。 「ミラーカさんってどんな人なんですか?」 「一応、今も本庄さんが籍を残させてるから役職上は生産部門のトップ。そして、ミラーカなんてわかりやすい偽名を使う変人」 だけど、と夏音は杉菜をじっと見た。 「会うことはないんじゃない? もし組織に戻ってくるとしても……それは組織と敵対する為だろうから」 杉菜には、夏音が確信している様に見えた。 「じゃあ、さっき頼んだことお願いね。真珠のせいでできてないでしょ?」 そう言って夏音は踵を返した。 それを見てメモリの保管庫に戻ると、杉菜は真珠の発現を確かめるべくウッドモンとシャウトモンのメモリについての記録を探し始めた。 「……確かに記録にない。王果の背後にいる人間はもう組織にはいない……?」 夏音が信じられないというのは杉菜も思う。利用して強くなって大成して王果の言葉を否定するにも、夏音は杉菜を失っても気にも留めないだろうと思うと危ういとは思う。 だが、今取れる別の手も思いつかない。少なくとも組織に関連して王果が動けば伝わって、王果に関して一任されてもいる。今いる夏音の部下というポジションが泥舟だとしても捨てるには、覚悟がいる。 「せめてlevel5に通じる武器を手に入れるまでは…」 杉菜は手元の銃を見て、メモリ保管庫の中に山と積まれたメモリを見た。
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へりこにあん
2021年12月31日
In デジモン創作サロン
「柳さん、今日は学長との間を取り持ってくれてありがとうございます。まさか頼んですぐに会えるとは思いませんでした」 「いいよいいよー、夏音さんのこと知りたいのは私も同じだもん。若草学長に関してはさ、今日は大学にいる日だってことは学生みんなに公開されてたしね」 友達のことだからねという真珠に、猗鈴は少し微笑んだ。 「実は、それだけではないんです。昨日、別れてからすぐに起こった騒動を知ってますか?」 「あー……うん。直接見てはないけど、なんか色々出たんでしょ? でっかいロボみたいなのとか、なんか緑の小さいのとか、あと、悪魔みたいなやつとか」 「そうです。実は姉さんがそれに絡んでいて……その内の一体がこの大学の教職員か学生に化けているらしいんです」 「……そんな、いや、信じるよ」 一瞬真珠は動揺したが、すぐに何かの覚悟を決めた様でこくりと頷いた。 「あ、もしかして学長に会いたがっていたのも……その悪魔を追って?」 「そうです」 猗鈴が頷くと、ちょうどエレベーターが止まった。 「学長はこの階にある、教授としての自分の個室にいるわ」 そう言って真珠は先導して歩いていき、その部屋の扉をノックした。 「柳です。昨日メールしたように美園さんの妹を連れてきました」 「どうぞー」 「……失礼します」 部屋に入った猗鈴が見たのは、人の良さそうなお爺さんといった雰囲気の男性だった。彼が学長の若草だということは大学のホームページで見て知っていたが思ったよりも人の良さそうな顔に少し猗鈴は驚いた。 「本日はお時間作って頂きありがとうございます」 猗鈴がそう言って頭を下げると、不意に若草は真剣な面持ちに変わった。 「堅苦しいことは抜きにして、本題に入ろうじゃないか」 「……あなたがメフィスモンですか?」 「いや、違う……私は彼についていくのは疲れた。魔術で情報を口に出せないよう縛られ、不本意な肉体に閉じ込められる。そんなのはもう終わりにしたい」 若草はそう苦々しげな顔でつぶやいた。 「と、いうと」 「私が知る限りの彼らの企みについての情報を渡そう。この大学の名義で借りている倉庫がある。そこに案内する、もしかしたらその先の行き先についての手がかりが残っているかもしれない」 「それはどこですか?」 「二人ともついてきなさい。大して遠くない」 若草に導かれて車に乗り込み、着いた先は大学から車で数分のところにある倉庫だった。 「ちょっと靴紐が解けてしまった。鍵を渡すから先に行ってくれ」 倉庫の入り口で若草から鍵を受け取ると、猗鈴と真珠はシャッターの鍵を開けて中に入った。 「猗鈴ちゃん、アレ!」 真珠はそう言って一足先に、倉庫の奥に置かれたブルーシートのかけられた大きなものへと近づいていった。 「……製造機材の類は既に運ばれてる筈なので、違うとは思いますけれど」 まぁ何かヒントになるものはあるかもと呟くと、猗鈴もゆっくり奥へ向けて歩き始めた。 すると、半ばまで近づいたところで、そのブルーシートの下にキャタピラが見えた。さらに上のブルーシートの形をよく見れば、何か棒状のものにかけられた様になって見えた。 『ウッドモン』 「……猗鈴ちゃん?」 「そこから横に避けて、私とそれの間に入らないでください」 猗鈴は取り出したメモリをベルトに差し込み、変身しながらそのブルーシートの下にあるものに向けて走り出した。 直後、ブルーシートの下から耳を破壊する様な凄まじい銃撃音と共にマシンガンが放たれた。 乱射されるそれにブルーシートが飛ばされると、下から現れたのは戦車の様なデジモンだった。 ただ、不意打ちを狙って被っていたブルーシートが仇となった。適当に乱射したマシンガンは先に銃口の向きを予想していた猗鈴には当たらず、戦車のデジモン自身の視界が回復する頃には猗鈴は懐にまで入り込んでいた。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 戦車の装甲の間にある生身の部分へと猗鈴の前蹴りが突き刺さり、蔦が身体を覆って一泊置いて戦車のデジモンは爆発した。 その爆発に合わせてひらりとバク転して倉庫の真ん中に着地すると、猗鈴は入口の方を睨んだ。 「嵌めましたね?」 猗鈴の言葉に、ガラガラガラと音を立ててシャッターを下ろしながら若草は笑った。 「当たり前だろう。馬鹿正直にアポとって会いにくるんだから、罠にかけられる危険性ぐらいは認識しておいて欲しいね」 若草の肌が赤く変色しながら形を変える。着ていた白衣も黒色に染まり変形して翼とマントになり、手には赤い三俣鉾まで現れた。 「……もしかしてあなたが、フェレスモン」 「その通り、周りから崩していくつもりだったなら残念だったね」 フェレスモンが鉾の石突でトントンと二度地面を叩くと、倉庫内の物陰から、さらにニ体のデジモンが現れた。 これでさっきの戦車とメフィスモンを合わせれば理事四人と学長分の数とぴったり合うことを確認して、猗鈴はなるほどと呟いた。 「そして、これで終わりなんだ」 フェレスモンが三又鉾を猗鈴に向けて掲げると、そこから何か光が弾けた。 猗鈴はそれに対して腕で目を覆うようにして庇ったが、異変が起きたのは足からだった。 パキパキと音を立てながら猗鈴の脚が石に覆われていき、あっという間に腰まで石に覆われてしまった。 「石になる気分はいかがかな? これでもはや君には何もできまい」 なおもパキパキと音を立てながら猗鈴の身体は石に覆われていき、遂には首まで石に覆われてしまった。 「……じゃあ、冥土の土産に教えてくれませんか? 製造設備がどこに行ったのか」 「ふっふっふ、それは教えられない。君には仲間がいるのはわかっている。死を覚悟した君はせめて情報だけでもと考えているのではないかな?」 「なるほど……そうした情報を知れる程あなたには立場がないんですね。それは無理を言いました。忘れて下さい」 「……なんだと?」 「近くのコンビニでデザート買ってくるぐらいはできますよね?それでいいです」 猗鈴の言葉に、フェレスモンはパチンと指を鳴らすと口までを石で覆った。 「こうすれば君は喋って復唱することもできまい! 大サービスだ、耳元で住所を囁いてやる!」 そう言うと、フェレスモンは猗鈴の耳元でボソボソと小さく住所を囁いた。 それを聞いて猗鈴は一度深くゆっくり瞬きをした。 「どうだ、これで満足したかね?」 そう得意げにフェレスモンが言うと、バキバキと音を鳴らしながら猗鈴を包む石が崩れ始めた。 「へ?」 呆気に取られたフェレスモンの首を、石の中から伸ばされた猗鈴の手が掴んだ。 「な……ッ? 術は確かに成功した筈……!?」 「あなたの石化能力は先に知っていました。だから、ワクチンプログラムを用意していたんです」 首を掴むのと逆の手に石片をまとわりつかせたまま、猗鈴はフェレスモンの腹に拳を何度も叩き込む。 そして、フェレスモンがうずくまると、半歩身を引いた。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 立ちあがろうとしたフェレスモンを、地面に這いつくばらせる様にかかと落としが突き刺さり、遅れて脚から伸びた枝は瞬く間にフェレスモンの身体を包み込む。 「わ、私がこんな攻撃で……」 身体中を覆っていく枝を、フェレスモンは力で引きちぎろうと試みる。 『ウッドモン』『クラブ』 それに対して猗鈴は脚をフェレスモンに固定したまま筒から棍を取り出すと、その先端に自分の身体を覆っていた石片を突き刺し、フェレスモンの手に突き刺した。 「ウギィイッ!」 最後にそう悲鳴を残して、フェレスモンの身体は爆発し、壊れたメモリとただの人になったが地面に転がった。 それを遠巻きに見ていたデジモン達は一瞬信じられないという顔をした後、見合わせあって後退りを始めた。 「何を固まっている」 そのデジモン達を動かしたのは、倉庫の奥から響いたメフィスモンの声だった。 「戦え!」 半ばやけくそになって襲ってくるデジモン達は、猗鈴にとっては最早脅威ではなかった。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 最初に飛び掛かってきた炎に包まれた巨大な猫は棍で潰す様に殴った。 次に自分のところに辿り着いた木刀二本を構えたデジモンの脚を払い飛ばした。 青い恐竜が炎を吐こうとしたら口を下からかち上げた。 最後に海亀の様なデジモンが飛びかかってきたのには棍を伸ばして天井に縫い付けた。 そして、四体のデジモンを縫い合わせる様に伸びた枝が、この一連の動きが終わると一斉にそれぞれの身体を覆っていき、一拍置いて爆発した。 すると、地面に四人の人間と四本の壊れたメモリが転がった。それを見て猗鈴は一度ふぅと息を吐いた。 「これで……ひと段落ですかね」 「……猗鈴ちゃん、お、終わったの?」 戦車がいた辺りのブルーシートの下からひょっこりと真珠が現れた。 「とりあえずは、そういうことになります」 そう言って、猗鈴は変身を解いた。 「その、実はこっちで隠れている時に気になるものを見つけて……見て欲しいんだけど」 「それも大事ですけど、この人達をこのまま放っておくわけにはいきません」 若草学長とか年ですし、と猗鈴はを抱え上げた。 「あ、じゃあせめて地べたじゃなくてこのブルーシートの上に……」 そう言って真珠が広げたブルーシートの上に猗鈴は五人を並べていく。 「じゃあ、私救急車呼ぶね」 「お願いします」 そうして五人並べ終わり、真珠が電話をかける前で、猗鈴は改めて全員に外傷がないか座り込んでチェックする。 「う……」 すると、の口が少し動いた。 「もう大丈夫です。フェレスモンは倒しました」 猗鈴がそう言い、その背後で真珠も頷く。しかし、はそれに首を横に振った。 「……メフィスモンが、いる」 「ですけど、もう大丈夫です」 「違う」 猗鈴の言葉を再度は否定した。 「君の後ろにメフィスモンがいる」 メリメリと音を立てて真珠が山羊頭の悪魔へと変わり、元の頭よりも太くなった腕を猗鈴目掛けた振りかぶる。 そして、爆発音が倉庫に響いた。 「大丈夫なんです。私達は知った上でここにいます」 地面に転がったのは猗鈴ではなくメフィスモンの方だった。 何が起きたのかと見回してメフィスモンは変身した天青がマシンガンの様な銃を構えていることに気づいた。 「一体いつの間に倉庫へ……」 「GPSで猗鈴さんを追い、サングルゥモンの能力で通気口から潜入した」 天青はそう口にした。 「いや、おかしい。伏兵を用意していたとして、何故このタイミングで攻撃できる! 私がメフィスモンであることを知らなければ戦闘終了した後まで戦闘態勢を取っている理由が……」 「知ってたんです。あなたがメフィスモンということは」 「適当なことをぬかすな! お前達は今日、誰がフェレスモンかもわからず苦し紛れに尋ねに来た筈だ! 誰がどのデジモンかを特定できるほど情報はなかった!」 「確かに、誰がそうか全て一致させることはできませんでした。でも、メフィスモンが真珠さんであることだけはわかっていたんです」 「なんだと?」 「姫芝は律儀、とうちの上司は言いました」 「……それが、どうした」 「あなたはあの日、私と風切について姫芝に尋ねました。大学は姫芝の管轄では本来ない筈、対風切や対私が姫芝の裁量だとしても、姫芝ならば先に大学の責任者らしきあなたに連絡する筈なんです」 猗鈴の言葉に、メフィスモンは雑草ごときが脚を引っ張ってと呟きひどい舌打ちをした。 「つまり、メフィスモンは先に私に会っていたということです」 意に介さず猗鈴は話し続ける。 「私だけでなく、バイヤーを殺し回っていた風切のことも確信はなかったが認識していた。しかしどちらかがまたはどちらも姉さんと姫芝の管轄だった上に、あなたにはもう一つ気になっていることがあった。だから、姫芝を呼びつけて注意を逸らそうとしたんです」 「……何かな、その気になっていることとは」 「青葉さん達、理事達にメモリを挿すことです。大型にならない様に理事達にメモリを挿して成り代わらせようとしているのに、その現場を抑えられてしまったら大学と組織の関係がバレてしまう。探偵が二人組ということも知っていたならば、大学内で別行動しているかもと思いあたったに違いありません」 邪魔されていたらと思うのも自然と猗鈴は続ける。 「青葉さんが教えてくれました。メフィスモンが部屋に入ってきたのは、風切が暴れて校舎を破壊しようとした少し前、つまり私の前から真珠さんがいなくなった直後」 あの男とメフィスモンは歯噛みしながら話を聞いていた。 「青葉さんの話から考えても同じ結論になります。他のデジモン達に任せても十分メモリを挿すことはできた筈、なのに何故メフィスモンは現れたのか。騒ぎが起きたからならば、早過ぎます。青葉さんの話では部屋に入ってきた時は人間だった。広い校舎の中をエレベーターや階段で移動したとするならば……何かが起こる前に察知してないとおかしい。私と風切のことは認識してないとおかしいんです」 「……だが、君と風切は別に人の目に触れないところにいた訳でもない! 私だとはわからなかった筈! そんなのはたまたま当たったに過ぎない」 メフィスモンは負け惜しみを口にしたが、猗鈴は動じなかった。 「それは、姉さんの話をしている中で、私は既にあなたが組織の関係者かもと疑っていたからです。少なくとも通行人よりあなたを選ぶ理由にはなりました」 「適当なことを言ってもらっては困る! 私が一体どこでそんなミスをした!?」 「姉さんは私のことを大好きだなんて大っぴらに言いません。姉さんは、別に甘党って程甘いものが好きでないのに甘党だと言って、いろんな人に教えてもらったスイーツの情報を本当に甘党の私に教える様なことをするんです」 「……んなこと知る訳ないだろうが!」 そう言って地面を思いっきり踏みつけた後、メフィスモンはふーっと深く息を吐いた後、腕を倒れている人達に向けて突き出した。 「……取り乱して失礼したね。人の心をよく読み解いた素晴らしい推理だったよ。人間なんてどうでもよすぎてそんなところまでは気が回らなかったと言い訳させてくれたまえ」 メフィスモンは、ふふと自嘲気味に笑った。 「しかし、私でも知っていることなのだが、人は人を守るものだろう? この閉じ切った倉庫内であのビームさえも溶かし防いだ黒い霧を充満させればどうなると思うね?」 「ふふ、せいぜい必死に防ぎたまえ! 君達に敬意を表して私は一時退却してあげよう!」 メフィスモンはそう言って腕から黒い霧を出した。 『ウッドモン』『セイバーハックモン』 黒い霧を切り裂いて現れた猗鈴は、かかんと刃になったつま先で地面を叩いて確かめた。 そして、地面を蹴って跳ぶと逃走しようとするメフィスモンの頭角を蹴り折った。 「ぐうっ!? あいつらがどうなってもいいのか!!?」 『ローダーレオモン』『ボーリンストーム』 メフィスモンの声に応えたのは機械音と、それと共に天青の銃から放たれた竜巻。 竜巻は黒い霧を吸い込みながら成長し、猗鈴がメフィスモンを竜巻へ向けて蹴り飛ばすと、倉庫の屋根に大穴を開けながら爆発的に上に拡大して黒い霧を全て倉庫から追い出した。 「猗鈴さん、この人達は私が見ているから、頑張り過ぎて徹夜して寝ちゃった盛実さんの分まで全力で戦ってきて」 こくりと頷いて猗鈴は地面を蹴り、屋根の穴から跳び出した。 「……まさか私がここまで追い詰められるとはな」 メフィスモンは全身薄汚れた様子ではあったが、まだどこか余裕があるように空に浮かんでいた。 「これは、ふと思ったことなんですけれど……メフィスモン、あなたは姫芝に比べても全然怖くない」 「……ひどい侮辱だ。雑草と比較され、かつ雑草より下だと言われるとは」 「そういうところが怖くないんです」 そう言って猗鈴はファイティングポーズすら解いた。 「姫芝も虚勢は張りますが、彼女はそもそも自分を低く見ていいて張った虚勢に追いつこうとしてくる。歯を食いしばり、啜った泥水を目潰しに吹きかけてくるようなことをしてくる」 棒立ちの猗鈴に、メフィスモンは苛立ちを抑えようともせず顔をひどく歪めた。 「あなたの虚勢は目の前の脅威から目を背け自分の気持ちを守るに留まる。『他者を見下せる自分』を守る薄っぺらいたてでしかない」 「……ふふっ、君は相当私をやり込めたくてたまらないらしいな。彼女から聞いていた印象よりもひどく攻撃的だ」 メフィスモンがそう笑うと、確かにと猗鈴は頷いて筒を取り出すと、ベルトに刺さったセイバーハックモンメモリの角をガシャンと押し込んだ。 『セイバーハックモン』『セイバー』 さっきは棍になっていた筒から真っ赤な剣が伸びる。 「……八つ当たり、ですかね。姉さんに関しての不満とか、姉さんに対しての疑問とか、姉さんに対しての心配とか、どうなってるかもわからないからぶつけようがないそれを、あなたへの暴力で発散しようかと」 「とんだとばっちりじゃないか……もう夏音への義理やなんだはやめだ。私はこのまま飛んで退く、翼を持たぬ君に止められるかな?」 猗鈴は剣を構えると地面を蹴って、空へと飛び上がりつつあるメフィスモンに跳びかかった。それを見たメフィスモンは鼻で笑い飛んで避ける。 すかされてすぐ、猗鈴は剣をメフィスモンに向けると、もう片方の手でセイバーハックモンメモリの角を押した。 『メテオフレイム』 剣先から炎の弾丸が立て続けに発射され、メフィスモンの顔や腕や翼に当たって炎上する。 「ぐうっ!?」 翼を焼かれて無様に地面に転がったメフィスモンを、猗鈴はじっと見つめた。 「……私を見下すな。君達姉妹は最低な似た者姉妹だッ! 君達はいつも私を見透かした様なことを言うッ! 妙に達観して夢などないようで、他人の調子に常に合わせながらも同時に動物園の獣を見るように眺める。私をッ! 私達を見下しているのはお前達の方ではないかッ!!」 殺してやる殺してやるぞとメフィスモンは呪いのこもった言葉を唱え始めた。 「フェレスモンの石化と同じ、あなたの死の呪文には予めワクチンプログラムを使ってます」 「畜生がァッ!!」 立ち上がったメフィスモンがヤケクソに振るった拳を、猗鈴は剣の柄に当たる部分で横から弾くと、剣をふらついたメフィスモンの脚に突き刺して痛みに屈ませ、剣を捨てると膝を顎に叩き込んだ。 少し距離を取ったら今度は体勢を低く肘で腹を打ち、えづいてうずくまったらまた顎を蹴り上げた。 「……八つ当たりって、スッキリしないですね」 猗鈴はそう言うと、セイバーハックモンメモリの角とウッドモンメモリのボタンを同時に押し込んだ。 「クソ女がぁ!!」 『レッジストレイド』『ブランチドレイン』 メフィスモンの怒号を背に、ぐるりと回し蹴りの要領で猗鈴は光る脚を振るう。 そのつま先がメフィスモンの胸に突き刺さり、貫くと一瞬遅れてその穴から枝が伸びてメフィスモンの身体を包み込んだ。 「呪ってやる! 呪ってやるぞ美園猗鈴ゥ! お前も夏音も決して! 決して! 幸せになどなれないように!! 夢など抱かない様な絶望へと落ちるように!!」 そう叫んだメフィスモンの身体が完全に枝に包み込まれると、一拍空いて爆発し真珠と壊れたメフィスモンのメモリが残った。 それを見て、猗鈴はふぅとため息を吐きつつ、戦う前に聞いた盛実の言葉を思い出していた。 『メフィスとフェレスはね、level5だけど下手なlevel6なら食えちゃうそれぞれの能力がやばい。メフィスモンはなんでも溶かす霧と即死する死の言葉と二種類あるのもやばい。けど、やばいからこそ石化と即死に関してはデジモンの世界ではワクチンが既に開発されている。特殊能力に偏重してる分本体性能は低めのlevel5だけど、それでもまともにやりあえばウッドモンメモリより、猗鈴さんの適性を考えるとセイバーハックモンメモリでも互角ぐらいかもしれない。なんでも溶かす霧はワクチンもないから、そこは立ち回りでカバーしてね』 それを聞いて天青が、騙されたままのふりをして戦略の逐次投入を誘い、わざと石化を受けたり相手を挑発したり不意うちを多用して相手にペースを握らせない作戦を立てたのだ。 「なんとかうまくいったみたいだね」 「そうですね。特にあの霧を使わせずに戦えたので、なんとか取り逃さずに済みました」 そう言って、天青が改めて警察に電話をし始めると、猗鈴は少しゆっくりとまばたきをして小さく呟いた。 「……姉さんもやっぱり私と同じ、素直に喜べない、のかな」 猗鈴の言葉を、天青は聞いてないフリをした。 また一度ゆっくりと瞬きをして変身を解いた猗鈴が、真珠を抱えて猗鈴が他の人達のそばまで運ぼうとすると、不意に真珠の手が動いて猗鈴の袖を掴んだ。 「真珠さん、気がつきましたか?」 「う……メフィスモンは?」 「倒しました。だから、もう大丈夫です」 「そっかぁ……」 真珠は深く深くため息をつくと、猗鈴の袖を掴んでいた手を離し、ポケットにその手を突っ込んだ。 『メフィスモン』 その音声に猗鈴が反応するより早く、真珠はそれを自分の太ももに挿すと、猗鈴の腕の中で変貌した。 「今回は猗鈴ちゃんの勝ちだけど、メフィスモンは負けても私は負けてない。私達は負けてない」 そう言った真珠の、蹄による蹴りが猗鈴の肩を力強く打ち抜いた。 地面に転がされた猗鈴の背中をどすと一度踏みつけて、真珠は空に飛び立っていく。 「私達の呪いに怯えて生きていってね。猗鈴ちゃん」 あはははと、低音の高笑いが空に響き、悪魔はその姿を消した。
ドレンチェリーを残さないで ep9 content media
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へりこにあん
2021年12月30日
In デジモン創作サロン
「うちの大学には八人の理事がいます。その理事の中の誰かが大学を乗っ取り悪魔の温床にしようとしているんです」 その男性はまずそう切り出した。 「そう思われたのは何故ですか?」 「信じてくれないんですか!?」 天青がそう訊くと男性は一気に声を荒らげた。 「落ち着いて下さい、天青さんもあなたが悪魔と呼ぶ存在は知ってます。状況を整理したいだけです」 「……すみません。色々あって動転しているみたいです」 猗鈴が間に割ってはいると、男は自分の頭を抱えて静かに座った。 「……落ち着いて、ゆっくりと、あなたに何が起きたのか。このメモリはなんなのかを教えて下さい。まずは名前からです」 天青はそう言って温かいコーヒーと、壊れたメモリを机の上に置いた。 「僕は、青葉秀治(アオバ シュウジ)。父の代から大学の理事とか、教育関係で色々やっているのですが……最近あの大学で不審な動きや噂があったんです」 「……というと」 「一度も取引したことのないはずの業者から、かつて取引したことがあると営業が入ったり、調べてみるとたしかにその会社には大学の名義で何かを輸送した形跡があったり、送り先とされた場所が廃墟であったり……」 「資金隠しとか裏金、ということですか?」 秀治に猗鈴はそう尋ねたが、彼は首を縦にも横にも振らなかった。 「わからないんです。僕もそれを疑って、そして他の懇意にしている理事達と共に理事会で議題に上げようとしましたが……失敗してしまった」 「どうして」 「証拠を託した理事の赤井さんが急に意見を変えて証拠を隠してしまったんです」 「何故意見を?」 「それが気になって、他にもう二人同じように考えていた理事と共に赤井さんに聞きに行きました。もしかして彼は更に不正の中核的な証拠を掴みかけていて、今明かすと証拠を掴み損ねるからとか、そんな理由があって一度隠したのかもしれないと思ったんです」 すると、と彼はその場で震え出した。 「赤井さんは悪魔に変身しました。全身が燃え盛る炎の様な悪魔にです。そして、そのUSBメモリを自分の身体に挿せと言ってきたんです」 「青葉さん自身に?」 天青の言葉に秀治は頷いた。 「そうです。白鳥さんが……一緒に行った理事の一人がそれを渋々挿すと、その姿は鎧武者の様なものに変わってしまいました。それを見て僕ともう一人は恐怖で動けなくなりました。そうしていると、その部屋に誰かが入ってきたんです」 「誰かとは?」 天青のその質問に秀治は首を横に振った。 「扉は僕達の背後にあり、目の前の炎の悪魔や鎧武者の悪魔から振り向くなと僕達は言われて振り向けませんでした」 「なるほど、そこからどう逃げ出したのですか?」 一つ頷くと、天青は話の続きを促した。 「外でパニックが起こり、悪魔達が外を伺っていました。僕は何が何だかわからずうずくまりました。そうしたら、外の事態を収拾しようとしてか、背後にいた人物が窓に駆け寄っていき、飛び出したんです」 「その時に顔は?」 「いえ、一瞬のことだったので……その姿が窓の外で山羊頭の悪魔に変わったのを見ていると、僕の隣にいた黄村さんが僕の背中を叩いて、今なら部屋から逃げられると言ったんです」 秀治はあの時ちゃんと見ておけばと悔しそうに呟いた。 「……そして逃げて、パニックの人混みに紛れようとしていたところで私と出会った」 「そうです。このメモリは何かの証拠になるかもと握りしめていました」 「博士、猗鈴さん、ちょっと……」 天青に促されて猗鈴と博士は店の隅で顔を寄せ合った。 「組織の一員が、メモリの製造機器についてが明らかになるから理事達を口封じしている……ってことですよね」 「それで間違いないと思う」 猗鈴の推測に天青は頷いた。 「でも、証拠が組織の手に渡ったならもう……」 「いや、そうでもない。博士、挿すだけで洗脳できるメモリってないね?」 「……無いと思う。あるとすれば……そっか、中の人入りのメモリならあるいは」 「中の人入り?」 猗鈴の言葉に盛実は頷いた。 「そう、中にデジモンの意識まで封じ込められているメモリ。この場合、おそらく大抵の場合は、挿された人間の身体はメモリの中に宿ったデジモンに乗っ取られることになる。それを利用したんだ」 言った後、えっぐいなぁと盛実は顔を歪めた後、でもといいことを思いついた様な顔をした。 「それを挿して肉体の主導権を仲間のデジモンに奪わせているならば、青葉さんに渡されたメモリにも奴等の仲間であるデジモン封じられているはず、そこから情報を引き出せるかもしれない」 なるほどとそれに天青も頷く。 「なら博士は青葉さんの持ってきたメモリを調べて。外のUSB部分壊れても中の本体は無事かもしれない。猗鈴さんは黄村さんを探しに行って、メモリを未だ持っていればそこから更に情報が得られるかもしれない」 「わかりました」 猗鈴はそう言うと、素早く青葉の方に向き直った。 「黄村さんと連絡は取れますか?」 「ひとまず大学の外に逃げたのは間違いないんですが……それから連絡が途絶えていて」 「住所は分かりませんか? もしくはどこか逃げて行きそうな場所……」 「……プライベートな付き合いはそうないもので」 すみませんと青葉が肩を落としていると、ふと、木村の携帯が震えた。 「黄村さんからメッセージです! 今は大学近くに隠れているそうで、対応を考える為に落ち合いたいと」 「助けに行きましょう」 「待って猗鈴さん、その前にちょっと」 「今度は何?」 「博士は青葉さんからメモリ受け取ったりしてて」 ちぇーと言いながら博士はその場に座り、天青は猗鈴をまた部屋の隅に連れて行った。 「どうしたんですか?」 「今日という一日で物事が起き過ぎている。戦闘も三回しているし、猗鈴さんの消耗の程度が知りたい」 「体力は全然です」 「それよりも心配なのは気力。黄村さんからの連絡は罠だろうからまだ戦うことにもなると思う。猗鈴さんはそろそろ休んでもいいし、弱音をこぼしたり、夏音さんが生きてるかもしれないことを伏せていた私達に怒ってもいい」 「……怒ったりはしないです」 そう告げた後、猗鈴はぽつりとでもと呟いた。 「少しだけ、自分の判断が正しいか不安になりました」 猗鈴の言葉に、天青はうんと頷いた。 「メモリを使って戦うと、ただ巨体が移動しただけで怪我人も出ます。私はそれで、セイバーハックモンメモリを使いませんでした、まだ周りに人がいるかもしれないし姉さんの話が不意に出てきたら冷静でいられない。そう思ったら、盛実さんの口にした暴走を制御できないかもしれないと」 だけど、とさらに猗鈴は続けた。 「あの時にセイバーハックモンメモリを使っていたら風切を逃さなかったかもしれない。メフィスモンも姫芝も流さなかったかもしれない。ちょっとだけそう思うんです」 うん、と天青は猗鈴の言葉に頷いた。 「確かにそうかもしれない。でも、そうしたら睨み合いでは済まなかったかもしれない。もっと被害が出て、人が死んだかもしれない」 天青はそう言ってタブレットを操作して今日のニュースを見せた。大学での件は既に話題になっていたが、そこには死者はいなかった旨が書かれていた。 「これは猗鈴さんがセイバーハックモンメモリを使わなかったから。猗鈴さんがいたから、風切と姫芝の対決は三すくみの睨み合いで済んだ。睨み合いで済んだから死傷者が出なかった」 大丈夫と天青は言って背伸びをすると、猗鈴の頭を撫でた。 「猗鈴さんは動揺していても冷静に判断できている。動揺してる自分を俯瞰して見れている。ほんの少し気持ちが後ろ向きになってるだけ、立派だよ」 撫でられて、猗鈴は姉を思い出した。母や父は小柄だから撫でられた記憶はここ数年とんとないし、血縁の両親なんて記憶の彼方。背の高い猗鈴の頭を撫でるのは姉だけだった。 姉だけが、猗鈴にとっては頭を撫でてくる人だった。大柄故に年齢よりしっかりしていて子供みたいに傷つく事もないと思う猗鈴を子供扱いしてくる人だった。 「……ありがとうございます、天青さん。私、戦えます」 「じゃあ、助けに行く手筈を整えよう。罠かもしれないけど、逆にこちらが情報を集めるの、に都合いいかもしれない」 天青さんはそう言って微笑んだ。 「黄村さーん、いませんかー?」 天青はそう言いながら指定された倉庫の扉を開けた。 「……青葉くん? こっちよ、こっちまで来て」 その声に、天青とその数歩背後を怯えた様子で歩くスーツを着た背の高い人物は二人で倉庫の奥へとゆっくり進んでいく。 倉庫の奥には金髪に緑色の目をしたスーツ姿の女性がいた。 「私は彼に雇われた探偵です。大丈夫ですか?」 「え、えぇ大丈夫……なんなら身体は元気過ぎるぐらいなのぉぉおおおおぉぉぉ!」 黄村の身体がびきびきみしみしと音を立てて黄色い仮面を被った大蛇か竜の様な姿へと変わりながら、天青の脇をすり抜けてスーツの人影へと向かう。 「やっぱり、罠でしたね」 スーツを着た猗鈴はそれをサッと横に転がって避けると、胸元からベルトを取り出して腰に当てた。 「なっ……」 そんな声を上げて木村だった蛇は硬直し、次の瞬間には胴を横から殴られて壁へ吹き飛ばされていた。 「最低あと二体いるし、トドメは猗鈴さんがささなきゃいけないのを覚えておいて」 そう言う天青の右手からしゃらしゃらしゃらと鎖の様な音がしたが、暗い倉庫の中で小柄な天青の姿を捉えるのは猗鈴には難しかった。 「メモリ使って大丈夫なんですか?」 「銃は博士に取り上げられたから、メモリは使ってないよ」 「じゃあそれは……」 「話す機会は多分すぐに来るけど、今日はこれを使う」 天青が取り出したのはベルトのバックルだった。 「それって……」 「そう、猗鈴さんにかしてたやつ。元々私のだからね」 『サングルゥモン』 サングルゥモンのメモリのボタンを押し、腰に巻き付いたベルトのレバーを押し込む。すると、天青の身体は紫色の光に包まれて行く。 紫色の毛皮に刃を束ねた手甲、 「猗鈴さんも、早く」 「はい」 『ウッドモン』 猗鈴もそれに続いて変身する。すると、工場の入り口の側から退路を塞ぐように全身を炎に包まれた人型のデジモンと、刀を握った鎧武者のデジモンが現れた。 「青葉はどこだ、お前達は何者だぁ!」 鎧武者のデジモンがそう叫びながら刀を振りかぶる。 「さっきも名乗ったけれど、私達は探偵、ただほんの少しデジモンに詳しい探偵」 振りかぶった刀を、天青は重ねた腕で受け止めた。 「猗鈴さん、こっち二人は相性悪そうだから、一旦私が引き受ける」 「わかりました。すぐに倒して加勢します」 猗鈴が黄村の方へ行くのに天青が顔を向けていると、鎧武者がふっと刀を押し込むのをやめて持ち上げた。 「キィェエエッ!」 奇声を上げながら鎧武者は何度も何度も刀を振り下ろす。 「デジモンの力をッ! 持とうとッ! 人間はッ! 人間ッ! 戦いの経験がッ!」 ついに受け続けるのに限界が来たか、天青のガードが甘くなったところに鎧武者は渾身の一撃を振り下ろした。 「違うのだッ!」 それは豆腐に箸を入れるようにスッと天青の頭から胴までを縦に裂き、その余の手応えのなさに逆に鎧武者が戸惑うほどだった。 「だけど、人間との戦いの経験はある?」 『スティッカーブレイド』 身体を刀が通り抜けた筈の天青の右腕が鎧武者の首を掴み、左手がベルトのレバーを押し込んだ。 天青の右手から爆発的に放たれた刃が鎧武者の首を裂き、胸元に突き刺さりズタズタに引き裂いて行く。 「私はデジモンとの戦いには慣れてる」 首元から血飛沫を溢れさせながら倒れようとする鎧武者に天青が足を押し当てると、血が足に吸われていき、吸い切ると一泊遅れて鎧武者の身体が爆発して、爆発の後には人間の身体で横たわっていた。 「身体を分解してムシャモンの刃をすり抜けたか……これは……」 炎のデジモンの視線の先では、猗鈴が脚を高く振り上げていた。 『ブランチドレイン』 黄色い仮面の海蛇の身体を枝が包み、爆発するとそこには気絶した黄村の姿があった。 「……なぁ、見逃してくれないか」 「あなたは誰の差し金?」 「……知らないんだ。デジタルワールドでメモリに封じ込められて、ずっと閉じ込められてたかと思ったら今度は人間の身体を乗っ取ってて、言うこと聞かなきゃデジタルワールド戻れないって脅されただけでさ! その人間の記憶を漁っても背後から脅されてメモリを挿されただけで……」 「本当にそれだけしか知らない?」 「あ、そうだ。こいつと対立していた理事が四人いてさ。そん中の一人が何のデジモンかを知ってる! フェレスモンだ! こいつは自分を襲ったデジモンの姿を見てないが、こいつの家族が黒い石像に変えられていた! あれはフェレスモンの技だ!」 「メフィスモンについては何か知ってる?」 「え、あぁ……知ってるぜ……あいつは、ガッ!?」 だから見逃してくれと言いながらそのデジモンが喋り出そうとすると、不意にその首が紫色に光り出し、それが全身を包み始めた。 「喋れない様にリミッターがかけられている! 猗鈴さん、自爆する前に!」 『ブランチドレイン』 動けないそのデジモンへと紫の光を突き破り、猗鈴の飛び蹴りが突き刺さる。 そうして蔦が張り、光を吸い上げている最中に蔦は爆発した。 「猗鈴さん、大丈夫?」 思わず転んでしまった猗鈴が立ち上がって辺りを見回すと、三人目の被害者が倉庫の床に横たわっていた。 「なんとか……」 「あとは意識を取り戻すまでは青葉さんともども大西さんに任せて、私達は彼等に話を聞く」 天青はそう言うと、変身を解いてサングルゥモンメモリを猗鈴に見せた。 「博士、情報は聞き出せた?」 「いや、本人曰くリヴァイアモン側のデジモンに拉致されてメモリに閉じ込められたって。しかも、メフィスモンのことを話そうとしたら自爆プログラムが作動してさ、やむを得ず凍結するしかなかったんだよね」 そう盛実は残念そうに言った。 「……言ってたことと一致はしますね」 「こっちのムシャモンからもできる範囲で話を聞いて、メラモンからは既に話を聞いた。同じようにメフィスモンの話になると、自爆するようになってたから……助けられてないかもしれない」 そう言うと、天青はサングルゥモンメモリからメモリーカードを取り出しUSBを開くと、中に入っていたもう一枚のメモリーカードを渡した。 「……それ、サングルゥモンメモリのカードじゃないんですか?」 「そうだよ、それはサングルゥモンで吸血したデジモンのデータを保管する場所。基本的にメモリ内のデジモンはお腹減ったりしないからね、そっちにデータ送っても基本的には意味ないの」 「あの、それウッドモンメモリはどうなってるんですか?」 「それはねぇ、どうやらウッドモンメモリは吸収したデータで成長する性質があるみたいでね、前に調べた時にとりあえずサングルゥモンメモリと同じ処置をして、暴走しないようにはしてるんだよ」 「……それ、私も聞いてない」 盛実の言葉に、天青は少し眉を顰めた。 「ウッドモンメモリについて重要かもしれないことがわかったって言わなかったっけ?」 「言ってたけど、あとで詳しい話をってところで終わってたから」 「あー……ごめん。まぁ、マスターもメモリ使うと傷に響くよって言ったのにサングルゥモンメモリ使ってるし」 「……まぁ、そうね、とりあえず目先のメフィスモンとフェレスモンか」 そう言って猗鈴にもウッドモンメモリを出させると、中からメモリーカードを一枚取り出して盛実に渡させた。 「ふむ、メフィスとフェレス……どっちもlevel5だね。激戦必至って感じ」 「残りの四人の理事は紫村、橙、金田、黒岩。心理学と工学の学部長、若草と桃瀬、この六人の中にメフィスモンとフェレスモンがいるはず」 「んー、でも、学長の若草がやっぱ黒じゃないの? 夏音さんとの接触機会が多いって言うしさ」 盛実の言葉に天青は首を横に振った。 「今回のそれは、白か黒なら学長と理事に関しては全員黒なのは間違いないと思う。でも、単に黒だからってメフィスモンやフェレスモンとは言い切れないのが問題。適当なメモリで乗っ取られた使い捨てのコマだったら、決定的な情報は知らされてない可能性が高い」 「……いっそこだわらなくてもいいんじゃない?」 そう言うと、猗鈴もちょっと首を傾げた。 「それは悪手だと思います。メフィスモンとフェレスモン以外は利用されてるのだとすれば……情報が入らない。全員総当たりとしていたら逃げられるかもしれない」 「とはいえ、時間をかけすぎてもおそらく逃げられてしまう……この六人の中の誰かが失踪するか、メモリを別の人間に挿し替えて始末されてしまう」 「そうなれば、やはり製造設備に関しての情報を得ることは難しい……ということですね」 そう、と天青は頷いた。 「最低どっちかは捉えないと、見失ってしまう」 「だったらとりあえず偉い人からってのはどうかな? 一番把握しやすいし、理事長とかはどうしたってある程度情報入るもの、使い捨てにはやらせないんじゃないかなぁ」 「一理あるとは思うけど、決定的とも言い難いかな」 「でも調査する時間はないし……」 盛実がらちが明かないという顔をしていると、ふと天青は猗鈴の表情が変わったことに気づいた。 「……猗鈴さん、何か思い当たる節がある顔してるね」 いつもの顔に見えるけどと盛実は言ったが、猗鈴ははいと頷いた。 「もしかしたらなんですが、メフィスモンが誰なのかに関しては、私わかったかもしれません」 「OKじゃあ、その根拠を聞かせて」 天青の言葉に、猗鈴はまた頷いた。
ドレンチェリーを残さないで ep8 content media
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へりこにあん
2021年12月11日
In デジモン創作サロン
『ウッドモン』 『ザッソーモン』 「……私を倒すより先に殺人犯を捕まえる方が重要だと思いませんか?」 電子音の後、杉菜はすぐにそれを挿すのではなく一度猗鈴にそう聞いた。 「彼女も捕まえる。でも、あなたも捕まえる」 猗鈴の返答に、杉菜はぺっと唾を吐いた。 「……本当はお姉さんが気になるからでしょ? お姉さんが気になるから、そこに繋がる私を見逃したくない。現時点では私が助けないとあの化け物から逃げることさえできなかったのに」 「……あなたこそ、風切王果に余程気に入られている様だったけど、どういう関係?」 「答える理由が、ありますか?」 そう言うと、杉菜はメモリを挿し、猗鈴はベルトのレバーを押す。 屋上へと転がり出た杉菜は、追いかけてくる猗鈴に向けてしなる蔦をムチの様に走らせる。 そうして繰り出される攻撃を猗鈴は手の甲やすねといったアーマーで覆われた部分で受け止めながら距離を詰めると、その頭を踏みつける為に脚を上げる。 「がっ!?」 猗鈴の脚が杉菜を踏みつける瞬間、蔦が背後から猗鈴の首に巻きつく。 のこぎりの様な歯列で杉菜はにやりと笑うも、すぐにその顔を猗鈴は踏みつけた。 猗鈴は蔦の隙間に手を差し入れながら杉菜を踏み続け、杉菜は踏みつけに耐えながら必死に猗鈴の首を絞める。 「っ、私にはッ、あの化け物を止める、責任がッあるんだァッ!」 口元から血を出しながらそう叫ぶと、杉菜は蔦を引いて猗鈴を後頭部から倒し、猗鈴はバク転で蔦を振りほどきながら体勢を立て直した。 「……ゲホッ、責任って……どういうこと?」 「あの化け物は、私の親友だった……」 「風切王果と親友だった……?」 困惑する猗鈴の頬を杉菜の蔦が叩く。 杉菜が親友だと思っていた頃に、杉菜はそうやって王果の頬を叩いたことが一度だけあった。 王果が妊婦を殺した二日後の朝、誰よりも早く、空が白むぐらいの時間に校庭を走る杉菜の元に、王果はいつものように穏やかに、差し入れの水筒とレモンの蜂蜜漬けを持って現れた。 「……ねぇ、つーちゃん。バンシーって知ってる?」 「知ってる。あの猟奇殺人犯でしょ。テレビとかもすごいことになってる」 「うん、すごく、人の心が動かされたと思わない?」 「……確かに動かされたとは思うけど」 いいことじゃあないと杉菜は続けようとしたが、その前に王果が少し距離を詰めてきた。 「真似していいよ?」 王果はほんのりと頬を染めながらそう言った。 「へ?」 「報われなくとも努力できるつーちゃんはすごいけど、そろそろ報われていいと思うんだ。私に心があると初めて実感させてくれたつーちゃんに、私は心の動かし方を教えてあげる」 秘めた恋心を明かすかの様に、少し目を細め杉菜の横にぴったりと座りいつもより少し興奮した調子でそんなことを言う王果が、得体の知れない存在に成り果てた様に思えて、姫芝は思わずその頬を叩いた。 杉菜は噛み締めてしまった。風切王果という人間の表面にまとわりついた甘さと染み出してくる酸味の、その先まで。 頬を叩かれた猗鈴は、その蔦を掴むと思い切り引っ張った。杉菜は掴まれた蔦を伸ばして身体が引っ張られない様にとしたが、そうしたことですぐには蔦を手元に戻せなくなり、走り寄ってきた猗鈴のサッカーボールキックをモロに食らうことになった。 「話の、続きを言えッ」 「……嫌です。そんなに聞きたきゃあっちに聞いてください」 杉菜はそう言うと、隣のビルの屋上へと蔦を伸ばして跳んで行った。 「あ、待ッ……痛ッ」 『猗鈴さん。さっきまで通信できなくなってたけど、爆発の速報が流れてる。応答して、猗鈴さん』 「……とりあえず、一度店に戻ります。やつは取り逃しました」 今になってやっと入った通信に、猗鈴はそう返して変身を解いた。 「メモリの複数使用に、ビルの倒壊から脱出する程の力ってもう……やんなっちゃうね。究極体まではいかなくとも確実に完全体クラスの力がある」 盛実はやだやだと呟いてそう言った。 「完全体クラスっていうと……スカルバルキモンみたいな」 「そう、あの劣化状態ならともかく。今の状態だと出力が足りないね。どれだけ工夫しても乾電池一個じゃ車は動かせないよ」 クリームソーダを飲みながら言った猗鈴に、盛実はそう難しい顔で返す。 「……博士、猗鈴さんのパワーを上げるのと私が回復して私調整のベルトを支える様になるの、どっちが早いと思う?」 「んー……猗鈴さんかな。マスター用に調整する予定だったベルト、マスターが使うには幾つかハードルがまだ残っているけども猗鈴さんが使う分には多分、なんやかんやなんとかできると思う」 天青が提案すると、盛実は少し首を傾げながらそう確信を持っていなさそうな様子でそう言った。 「なんとかっていうのは……」 「奇しくも今日見てきたやつだね、デジモン同士の合体。本来のそれならデジクロスだジョグレスだ吸収合体だ色々細かな種類はあるんだけど……複数のメモリと化した状態での合体だからまた違う存在かな」 なるほどと猗鈴は頷いた。メモリを挿すごとに風切は強くなっていった、一本ごとに劇的に、猗鈴も同じことができたらとは猗鈴も、思わなくはない。 「で、その時に使うメモリはね、実は候補がある。猗鈴さんのパワーアップアイテムとして開発中だったメモリが一つあるんだ」 そう言って盛実が取り出したものは、白いドラゴンのおもちゃか何かのように見えた。 「セイバーハックモンメモリ。正直猗鈴さんとの相性がめちゃくちゃいいわけじゃないけれど……猗鈴さんは硬い樹皮とか装甲、鎧のようなもので身体を包み込むタイプの能力に強い適性があるからね、そこだけに特化して出力すれば、バイクで使った時のローダーレオモンメモリと同等ぐらいの力は出せると思う」 「装甲とか鎧ってことは、ウッドモンのメモリの上から着るみたいな感じですか?」 「そうそう、探偵のライダーの中間フォームは荒々しくトゲトゲしていてもらいたいし、それだけでも多分戦えるけど……ウッドモンメモリの力を使わないと殺さないことが難しくなっちゃうし、今回の敵は出し惜しみできなそうだからね」 盛実は時間があればもっとメモリの造形にもこだわれたんだけどなんて呟きながらそう言った。 「トゲトゲ?」 「博士のいつものやつ」 天青の少し冷たい調子で放った言葉に、猗鈴はあぁと頷いてアイスクリームのメロンソーダに浸っているところを掬って食べた。 「理想を言うならば、自分で動いて猗鈴さんを守る恐竜型セイバーハックモンメモリにしたいんだけど……自立行動させるプログラムは私には荷が重いし、メモリ内部にデジモンの人格でもないときついかな」 一応自立行動できる仕組みにはしてあると、盛実はセイバーハックモンメモリの手足を掴んでポーズを取らせた。 「……でも、メモリのスロットこれで埋まっちゃいますよね? ウッドモンのメモリはどこに?」 「だからさ、マスター用に今調整してるメモリスロット二つのベルトを使うんだよ。マスターの場合は使うメモリが反発するものだから出力を完全に等分しないと副作用出るから難しいんだけど、猗鈴さんはその心配ないからね」 今の調整で十分使えるはずと、盛実はスロットが二つあるベルトを取り出してセイバーハックモンメモリと並べた。 「なるほど……結構形違いますね」 「そりゃマスターの最終形態用デザインだもの、猗鈴さん用のスロット二つのはまだ製作入ってなかったからデザインしかないんだけど、そっちの準備ができたらそれと差し替えるから」 「デザイン変える必要あるんですか」 あるけどその話は今度にして、と盛実は話を続けた。 「ウッドモンのメモリだけでも前と同様に変身できるようにはなってるから、セイバーハックモンを持て余す様ならウッドモンだけ、デビルスロットの方に挿してね! 暴走機能は設定してないけど、中間フォームの暴走展開はお決まりだし、猗鈴さん用に差し替えるまでは油断しちゃダメだよ!」 「中間フォームって……」 猗鈴が少し呆れたような顔をすると、盛実は至って真剣な顔で猗鈴を見た。 「マジな話するとさ、多分これじゃあまだ幹部に渡り合うには足りないんだよね。level5のメモリに当たり負けしなくなる程度でしかない。猗鈴さんがlevel6と並ぶ強さを持つだろうお姉さんと対等に戦うにはもう一段階強くなれなきゃなんだよ。だからそれは中間フォームにしなきゃいけないのさ」 猗鈴はこくりと頷き、セイバーハックモンのメモリと二つスロットのあるベルトを手に取った。 「と、いう感じでとりあえずの戦力はいいとして、風切を見つける術はどうしよう。姫芝を探してた感じからすると、またあの近くに戻りそうでもあるけれど……警察も調べているしそもそも倒壊してるあの建物には戻って来ないし、探すの結構手間かもよ」 また少しおちゃらけた雰囲気に戻って、盛実はそう言った。 「できることをやろう。博士は現場から飛び立った時の風切について目撃してるSNSの投稿を探って。公共交通機関は警察が張ってるし顔が割れてるから、おそらくあまり使わない。私は実際の現場を見に行ってみる」 天青は既に決めていたらしく、速やかにそう言った。 「天青さん、私は?」 「……大学の調査かな。お姉さんの通ってた大学でのお姉さんの動きについて調べて欲しい。メモリの大量製造には設備が要る、でも今のところ私達の知る幹部には表立ってそうした目立つ機器を入手できそうな人物はいない。どこかに社会的に地位のある協力者がいる」 そう言われて、猗鈴はじゃあと居ても立っても居られずヘルメットを手に取って部屋を出た。 「……マスター、大学の調査に行かせるにしても本庄善輝のいた大学の方がまだ望みがあるんじゃない? 夏音さんは入学したのもたった四年前、組織の規模が大きくなったと思われる時期とは大体一致してるけど……一学生がどう大学の理事とかと知り合うのさ」 「空振りに終わるぐらいで丁度いいと思う。お姉さんが幹部だってことがわかって、力不足も痛感させられて、落ち着かなくなって見えるから、空振りしてもらって気持ちを落ち着かせてもらいたい。空振りも選択肢一つ減るって考えれば無駄ではないしね」 天青の言葉に、私にはいつもと変わらなく見えたけどなぁと盛実は呟いたが、天青はいやいつもと違ったよとメロンソーダに残されたドレンチェリーを摘んで口に放り込んだ。 「あれ、夏音の妹ちゃん?」 そう話しかけてきたのは明るい髪色と雰囲気の猗鈴程ではないが一般的に見て長身の女性だった。 「えっと、あなたは……」 「あー、ごめんごめん、なんか勝手に知った気になってたけど葬式の時に顔合わせたかどうかぐらいだから、わからなくても気にしなくていいよ。私は柳真珠(ヤナギ パール)、夏音の卒業研究のグループメンバーの一人」 その女性はそう言ってにかっと笑い、大学内に作られたカフェへと猗鈴を誘導した。 「姉さんの卒業研究……っていうのは、教育学部の?」 「そうそう、あたしと心理学部の臨床系の子達二人と、四人グループで、発達障害児童に対する教育場面において……あー、噛み砕いて言うと、教員が発達障害の子に勉強を教えやすいテキストを作ろう! みたいな研究ね」 「なるほど、姉さんは教育学部以外にも色々顔が広かったんですね」 「一年時からミスコンで入賞したし、成績も上の中ぐらい、だけど振る舞いとかは気安くてね。妹の話になると大体笑顔になるから、夏音の笑顔見たさにあなたの話を聞く男とかもいたぐらい、用がなくても色んな人が話しかけていた」 それは、猗鈴のよく知る夏音に近い姉の話だった。妹の話題でというそれ以外はよくよく聞く様な話。 やはり自分の知る姉もいたのだと思う一方で、それが全部演技だったらどうしようと、猗鈴は恐ろしくも思った。 「……教授とかとも、よく話をされてたんですか?」 「そうね、夏音がよく話してたのは……自分のゼミの教授よりも学長かな? 元々は精神科医で、今は心理学部の学部長で学長、つまりこの大学の教授達の中で一番偉い人でもある」 少しきゅっと眉根を寄せながら真珠はそう言った。 「そんな人と……?」 猗鈴がそう返すと、真珠はまぁと眉をまた緩めた。 「猗鈴ちゃんはそんな人って言うけども教授達は雇われだから、理事長とかの方が偉いんじゃないかな? 学長は各教授達や理事達と予算とか成績とかそういうのの間で板挟みらしいなんて噂も聞くしね」 「じゃあ、例えばめちゃくちゃ高い機材を買うみたいなことは……」 メモリを製造する為の機材について、本来聞きたいことを猗鈴はそれとなく聞いてみることにした。 「理事会の承認とかないとできないんじゃない? 流石に自腹って訳にもいかないだろうし、心理学部で使っている頭部MRIとか脳波測定する機械とかも何百万か何千万単位らしいし」 裏を返せば、何千万単位のお金も理事会を騙せれば動かせるということになる。当然猗鈴もそのことに気づいたが、その話に興味を持ったのは猗鈴だけではなかった。 「ねぇ、私もその話混ぜてくれませんか?」 そう言って猗鈴達の側にやってきたのは王果だった。 「……なんで、ここに?」 「猗鈴ちゃんはこの大学来るの初めてですか? ここは私立ですが学外の人も市民である証明ができれば入れるんですよ」 そう言って王果が取り出した保険証に書いてあった名前は雨宮雫と全く別の名前があった。 一瞬その名前が何を意味するか猗鈴はわからなかったが、すぐにその名前が死んだバイヤーの一人の名前であることを思い出した。 「雨宮さんは猗鈴ちゃんのお知り合いなんですか?」 状況の掴めてない真珠が王果にそう聞いた。 「そうですそうです。夏音さんとはちょっと顔合わせただけで、その内に猗鈴ちゃんと一緒に遊びにでも誘えたらと思っていたら亡くなって……猗鈴ちゃんとはこれからも仲良くしたいし、人となりは私も知りたいなって」 どの口でと猗鈴は思ったが、王果が本と一緒にメモリを手の中に持っているのを見てその意図がわかった。王果は猗鈴を脅しているのだ。 何を調べているのか一緒に話を聞かせろと、さもないとこの場で暴れるぞと。 側から見たらデジメモリは単なる悪趣味な外装の記録媒体でしかない。 「……どうぞ」 と猗鈴が言うと、真珠は少し変に思った様だったがそのまま話を続けた。 「えっと、学長と仲がよかったって話の途中だったね。私と夏音の卒業研究は私達の所属するゼミと学長のゼミの子との共同研究なんだけど、その間に入ったのも夏音。二年の頃には既に仲良くなってた、どう仲良くなったのかはわからないけど」 それはメモリの力か、それとも夏音自身の持つ魅力か、渡りさえ付けばどちらでもおかしくないなと猗鈴は思った。 そう話している中で、ふと真珠は時計を見ると、やべっと呟いた。 「ごめんね、次の講義に遅れちゃうからこの話はここまでで!」 またねと言って真珠は去っていった。 残された猗鈴と王果は互いに視線を交わした。 「猗鈴さんって言うんですね」 「何をしに、来たの」 「多分同じですよ? メモリの製造場所を調べているんです」 「……何故」 「壊す為。私の親友が人を化け物にするメモリの売買に携わっています。となれば、悪い繋がりは壊す他ないですよね?」 「それは姫芝杉菜のこと?」 「そう、つーちゃんのことです。つーちゃんって呼び方はあれです、植物のスギナからツクシが出てくるから、つーちゃんって呼んでるんです」 杉菜の名前を出すと、王果の態度は急激に馴れ馴れしいものになった。 「その為に、人を殺しているんですか?」 「まぁ……そういうことですね。つーちゃんに報復が行かない様にする一番簡単な方法だったので、色々教えてもらったらきゅっと。ここの教授が絡んでるらしいという話もその時に聞いてはいたんですけど、つーちゃんが会いにくるのを待っていたから今まで来れなかったんです」 お菓子作りのコツを話すみたいなテンションで話す王果に、猗鈴は心底恐怖した。 「さて、じゃあこれから私は学長を殺しに行きますが、あなたはどうしますか?」 「……まだ、関わっていると決まった訳でもないのに」 「あなたのお姉さんが関わっているんですよね? お姉さんが被害者なのか加害者なのか知りませんが……警察ではない、しかもここの学生でもないらしいあなたが他所の大学に来て話を聞いている。関係者なのは間違いないですよね。で、私は複数のバイヤーからこの大学が関係しているらしいと話を聞いています」 それで十分ですよと王果は言った。 「人一人を殺そうとする根拠としては足りない」 「この大学、医学部系はないんですよね。他に大きな機材を必要としそうな学部は理工学部しかない。どちらかの責任者はきっと不自然な支出や機材の購入に心当たりがあるはずです」 むしろ最初は心理学部がそんな機材必要なんて思ってませんでしたと、王果は微笑んだ。 「それは、二人のどっちかは何も知らないかもしれないって事でしょ?」 「まぁ、下手すると二人のどちらかどころか理事会にいたりして二人とも関係ないかもしれないですよね。でも、私多分そろそろ指名手配されるので、悠長に調べてられないんです」 残念ですよねと王果はため息を吐いた。 「なので、一人ずつ殺していくのが早いじゃん? なんて考えたんです。私のことをちゃんと通報して警察に逮捕もさせたつーちゃんがこんなことするのおかしいのも待ってられない理由の一つですね。望んでないなら尚更早くしないと」 「……おかしい?」 「そう、おかしい。つーちゃんはどれだけ報われなくても自分を高める方向に舵を切るタイプ。なんて言うんでしたっけ……そう、解釈違い?」 「私の何を知ってるって?」 王果がその声に振り返ると、本と一緒にもたれていたメモリを蔦が叩いて弾き飛ばした。 「そんなの、つーちゃんの魅力に決まってる!」 叩かれた勢いで倒れながら、王果は笑みを浮かべてそう叫んだ。 「姫芝、あなたもこの大学に……?」 「つーちゃん! 爆破するだけして挨拶もしないなんて傷ついたよつーちゃん! 焦らされ過ぎて無視されてるかと思ったし!」 『シャウトモン』『バリスタモン』『ドルルモン』 叫びながら立ち上がった王果は、袖口からメモリを三本取り出し、ワイシャツのボタンを引きちぎって胸元を露出させ、突き刺した。 「心だけじゃなくて身体も傷つけよ、まともな人間なら」 あっという間に白いロボットの様な姿へと変貌させた王果に、ザッソーモンの姿をした杉菜はカフェを飛び出?と大学構内の広場へと足早に向かった。 「私がまともじゃないのはつーちゃんが一番よく知ってる、そうでしょ!」 姫芝の言葉に王果は笑いながらそう答える。 「きゃあ!」 姫芝へ向けてズンズンと走る王果が蹴った石が当たって、一人の学生が倒れて頭から血を流した。 それを見て、周囲はあっという間にパニックに陥った。化け物同士のそれは側から見た時に現実とは思えないものだったが、流れた血によって、現実だと誰もが理解した。 猗鈴もベルトに挿そうと取り出していたセイバーハックモンメモリを握りながら思わず固まった。 「……っ今は避難させるのを優先」 『ウッドモン』 セイバーハックモンメモリを使わずウッドモンメモリ一本で素早く変身すると、猗鈴はまず倒れている人のところへと走った。 「大丈夫ですか?」 「頭は、多分切れただけだけど……脚が、捻ったみたいでうまく動かなくて……」 その人は自分の脚を見れない様だったが、猗鈴からはその脚が折れているのが見えた。猗鈴は手首から枝を伸ばして添え木にすると、その人からハンカチを借りて脚を固定した。 「おーい、俺も、助けてくれ……!」 「私も、動けないの……」 大学の授業が始まる時間に猗鈴達は話していた。それは当然ではあるが、学生達が教室から出て溢れかえる時間。王果が三メートルの巨体とデジモンの脚力で飛んだら跳ねたりすることで飛んだ石畳のかけらも、人が多くいれば誰かには当たる。 小さなかけらそのものの威力は小さくとも、人が転ぶには十分。ただ立っているならどうにでもなるかもしれないが、何かから皆が逃げ惑っているような状況ではそれだけで人は簡単に転び、怪我をする。少し倒れただけの人を周りはうまく避けれず蹴ってしまったり怒鳴りつけたりさえする。 猗鈴はその時になってやっと天青達の危惧に実感が出てきた。 今の王果の姿は猗鈴が十分戦えたlevel4相当だろう姿、それでもただ走っただけで人が傷つくのだ。それより強いデジモンなら? 大魔王とまで呼ばれるデジモンが現れたら? 現実感はやはりないが、させてはいけないのだということは十分に理解した。 「……ちょっと傷に響くかもですけれど、我慢してくださいね」 人混みから盾になるように割り込み、片手で抱え上げると枝を伸ばして落とさない様に補強した。また一人抱えて枝を伸ばす。三人目は背中にしがみついてもらって安全そうな場所まで運び、誰かに託す。それを中庭につくまで二度繰り返し、中庭について二度繰り返した。 そうして中庭に戻ると、そこは燦々たる有様だった。石畳は割れて、噴水は粉砕されて細かな水が霧の様になってさえいる。 杉菜が蔦を振るったり巻き付けたりするめ王果はそれを単に力任せで振り払ったり逆に掴んで噴水やら花壇やら石畳やらに叩きつける。 能力の差は火を見るよりも明らかだった。 「……つーちゃんさぁ、メモリに関わるのなんてやめようよ。犯罪者産み出しているだけだし、下っ端じゃ悪い意味でさえ名前が世の中に広まることはないよ」 あっという間にぼろぼろになった杉菜に王果はそう言った。 「……私だって、頼りたくて頼ってるんじゃない、これしかないからッ!」 王果に掴まれた部分よりも先端を伸ばし、王果の首や関節を固める様に蔦を巻きつける。 杉菜のぎょろりとした目が猗鈴を捉える。王果を倒す為に作られたチャンス、そうとわかると猗鈴は躊躇なくレバーを押し込んだ。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴が走り出すと、王果は首だけ猗鈴に向けると力任せに蔦を引きちぎり、側頭部についた銃口から弾を連射しつつメモリを二本取り出した。 『スターモン&ピックモンズ』『スパロウモン』 王果の姿がまた変わり、背中からエネルギーを噴き出して体勢を整えると、弾の中を走りぬけてきた猗鈴へと剣を振り下ろす。 それを避け、その剣の腹に向けて猗鈴は蹴りを叩き込む。すると脚から剣に向けて枝がのび、包み込んだ。 しかし、王果が剣を振り上げると枝はあっさりと切り払われた。次いで王果がもう一度今度は地面に斜めに叩きつけるようにすると、剣そのものは避けたものの跳ね上がられた石畳の礫を何発も受けて猗鈴は地面に倒れた。 「私はつーちゃんと話があるので」 王果がそう言うと、杉菜は即座にそれに口を挟んだ。 「……私は話したくなんてないし、私はお前を倒さなきゃいけない」 それに次いで、猗鈴も立ち上がって声を上げる。 「あなた達二人が潰し合ってくれるのは勝手だけど……二人とも捕まってもらうし、姉さんと組織のことも全部話してもらう」 猗鈴はまたセイバーハックモンモンメモリに手を伸ばし、しかしそれを使うことを一瞬躊躇した。 暴走すると決まっている訳ではないし、盛実もそんな風に設定していないと言っていたが、もし暴走したら、幾ら目に見えるところに人がいないとはいえ、建物の中でやり過ごそうとしている人がいないとも限らない。 猗鈴が躊躇っていたこともあり、最初に行動を見せたのは王果だった。 「つーちゃんを説得するのは難しそうだし、やっぱり先に学長を、かな」 「させないッ」 『ト『ト『ト『ト『ト『トループモン』 王果の言葉に反応して杉菜は銃を持ちトループモンを出すが、次の瞬間には大勢のトループモン達は王果に薙ぎ払われて花火のように音を立てて弾けていた。 「今の反応、学長はやっぱり仲間、なのかな?」 聞いてた話ならと呟くと、王果は身体の前で手を組み、建物の方へと身体を向ける。 まさかと猗鈴が止めに走るも、王果はそのまま手が届かない空へと飛んでしまった。 王果が腕を開くと胸の赤いV字が煌々と光り、放たれたビームは猗鈴にも杉菜にも止められずそのまま校舎へと向かう。 『メフィスモン』 不意にそんな音が鳴り、ビームの前に黒い雲が立ち塞がると、ビームと相殺して消えていった。 「……これは何事かな、姫芝君」 そう呟いたのはいかにも悪魔という姿をしたデジモンだった。山羊の頭や蹄、コウモリの様な翼、やけに大きな前腕もまた猗鈴達には気持ち悪く見えた。 「例のバイヤー殺しと探偵です」 「なるほど、三つ巴の戦いという感じかな? 彼等の狙いはなんだ」 「この大学内にいる組織の協力者、つまりあなたです」 「おやおやそれは恐ろしい。では、学生達も大概の教職員も避難し終えた様だし、私と姫芝君はこれで失礼しよう」 そう言ってメフィスモンが腕を前に出すと、メフィスモンと杉菜を覆い隠す様に黒い雲が現れた。 「これはさっきの……」 雲に向けて王果がさっきと同じ様にビームを放つ。そうすると黒い雲は相殺されて消えたが、もうそこにメフィスモンと杉菜の姿はなかった。 「……仕方ない、かな。猗鈴ちゃん」 「……なに」 「私はここから手を引きます。バイヤーから得てる手がかりは他にもあるので、そっちを当たります」 じゃあと言って王果は空を飛んでいく。猗鈴の手がとても届かない高さまで。 その姿を見送って変身を解いた猗鈴の耳にサイレンが聞こえてきた。 「……逃げ遅れている人がいないか確認して、警察と出くわしたら大西さんに連絡」 かなと猗鈴が周りに人がいないから探していると、上等そうなスーツに身を包んだ精悍な顔つきの男性を見つけた。 「逃げ遅れた人ですか? 怪我とかしてませんか?」 猗鈴の問いにその人は首を横に振った。 「その、さっきのやりとりを遠くから見ていました。あなたは、あの悪魔を退治しに来たエクソシストか何かなのですか?」 「……とりあえず、エクソシストではありません。探偵です」 「探偵……では、依頼させて下さい。あの悪魔はこの大学を乗っ取ろうとしているんです!」 精悍な顔つきの男性は怯え興奮した様子でそう声に出した。 「どういうことですか?」 猗鈴の問いに、彼は一本の壊れたメモリを取り出して応えた。
ドレンチェリーを残さないで ep7 content media
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へりこにあん
2021年11月14日
In デジモン創作サロン
「というわけでなんやかんやありまして、マスターは当分メモリが使えません」 三日の検査入院から戻ってきた盛実はそう言うとコーヒーフロートにスプーンを入れた。 「その、なんやかんやって……」 この三日間、天青はいたものの喫茶店としての営業も探偵としての営業もストップしていて、猗鈴も気がかりだったのだ。 「非常に負荷が強いメモリ。適性があるんだけど身体が耐えられなくて、腕が治るまではこれも使えない……というか博士にセーフティかけられた」 長袖シャツとビニール手袋の下から包帯をのぞかせている天青は、そう言うと銃を取り出して引き金を引いたが、ブーとブザー音が鳴るばかりで弾は出なかった。 「そりゃ本来は変身しないと使えない装備として作ってるんだもの、マスターが思ってるよりも結構身体に負担かかる作りしてるし」 「……盛実さんの頭の包帯は?」 「敵幹部に軽くどつかれたせいだね」 だから私もまともに戦えないと盛実は言った。 「その幹部、また来るんじゃないですか……?」 猗鈴の言葉に、天青はいやと首を横に振った。 「来ないと思う。それなりのダメージは与えたから無策で来るとは思えないし……別の、おそらくより立場が上の幹部は私を懐柔しようとしていた。多分今は組織内でどう動くかを決めようとしている筈」 「……天青さんを?」 「詳しくは言えないけど、私はメモリ関係なくこっちの世界にlevel6を連れて来る為の鍵を握っている。独自のメモリや独自の技術があるのもそのおかげ。奴等がそれを自由に使える様になったら、きっと奴等のボスがこの世界に出てきてしまう」 「奴等のボス……」 「おそらく、デジモン達の世界に君臨する七体の大魔王の内の一人、嫉妬の魔王リヴァイアモン」 「その大魔王っていうのはそんなにすごいんですか?」 「紀元前1200年頃の暗黒期って知ってる?」 猗鈴の質問に答えたのは盛実だった。 「確か……紀元前1200年頃から紀元前700年頃の歴史的資料が乏しく、文明もかなり衰退したとされる時代ですよね?」 「あれ、七大魔王の内の一人のせいなんだってさ。ヒッタイトの崩壊もミケーネ文明の滅亡もエジプトを襲撃した海の民を率いていたのも魔王の一人」 嘘でしょと猗鈴は思わず呟いた。 「歴史的資料に乏しいのは、その魔王を封印したデジモン達やそのサポートをした人間達が後世の人間によって大魔王が召喚されない様に手を尽くしたから……らしいよ」 「いや、でもそんな……デジモンは簡単にこっちの世界に来れないみたいな話もありませんでしたっけ?」 「それはね、その魔王が人間の歴史をめちゃくちゃにしてしまったからそうなったんだって。複数の大魔王や大天使が互いに目の届かない人間世界で勢力を伸ばせないよう、そもそもデジモンが行けないようにとしたんだよ」 まぁ、裏をかくやついっぱいいるけどね。と盛実は締めくくった。 「まぁつまり、大魔王っていうのは、ヨーロッパの文明を軽く退行させてしまうような規格外の存在って話。大魔王達に対抗できる強さのデジモンはまだ幾らかいるけれど、カリスマとか政治力とか知識とか諸々含めると十体に満たないと思う」 「そんな存在が……敵のボス。姉さんはその組織の中でどんな立場だったんでしょうね」 「今はわからないけど、ここに来た幹部は『美園の妹』を探してた。裏切り者と捉えられているのか、それともまた別の理由があるのか……彼もまだ目を覚ましてないし」 夏音の彼氏だった健はまだ意識不明のまま、メモリの毒から回復していない。 「とりあえず、取れる手は二つ。杉菜から探るか、私に接触してくる幹部から探るか。他のバイヤーも大西さん達が当たってはいるけれど、幹部や中枢に繋がりそうな感じはないらしい」 「そういう意味では実は今ってチャンスかもね。向こうもきっとこっちが弱っていることを把握している。何かアクションを起こしてくるんじゃないかな」 「アクション……というと」 その時、ポンと天青のタブレットが鳴った。 「そのアクションがちょうど来たみたい。ホームページの相談フォームから、美園夏音を名乗る依頼人からメールが届いた」 「姉さんから?」 「博士、調べられる?」 「ベルトや武器の分残してもこれぐらいなら余裕余裕」 盛実はそう言うと、引き出しからごちゃついた機械のついた手袋を片手にはめ、繋ぎのボタンを外して胸元を出し、そこに巻かれた機械のレバーを下げた。 『エカキカキ』 電子音声に次いで、盛実がタブレットの画面に向けて手袋を付けた手を伸ばすと、手袋をはめた手首までが画面にズブズブと沈み込んでいった。 タブレットを裏から見ても何もなく、消えたように見えるそれに猗鈴は一瞬目を見張ったが、やっぱりネウロは義務教育と盛実が口にしたのでなんかそういう漫画があるんだなと受け止めた。 「個人の携帯からだね、キャリアは……まぁいっか。契約プランとかもどうでもいいとして、契約者は、美園夏音……名義貸しか本人の携帯を使ってるのかはわからないけど」 「位置情報とメッセージアプリのログに幸夜さんとのやりとりがないか確認、あとできればカメラとマイクを起動して顔も」 「とりあえずカメラとGPS起動、この場所は……どこかの喫茶店みたい。住所はコピペした。カメラの方はテープかなんか貼ってあるみたいで映らない」 「メッセージアプリは?」 「待って、なんか喋り始めた。こっちに接続して聞けるようにするね」 『探偵の国見さんね? いつも猗鈴ちゃんがお世話になってます。是非依頼を受けて下さいね、必要なものはここのお店に置いておくので、よろしくお願いします』 その声に、猗鈴は戦慄した。 「あ、バッテリー抜かれた!」 「メッセージアプリの方は?」 「まだ途中だったけど、ともだちとして猗鈴さんのアカウントと幸夜さんのアカウントがあるのまでは確認した」 天青達のやりとりが猗鈴にはどこか遠いもののように聞こえた。アカウントがどうだなんてことを考えなくても猗鈴にはそれが夏音であると声でわかった。 猗鈴の知る夏音らしい奔放さや明るさはなく、理知的で落ち着いてたおやかだったが、猗鈴の脳裏には姉の顔が浮かんだ。 猗鈴がGPS情報からその喫茶店に向けてバイクを走らせると、アタッシュケースを小脇に置いて杉菜がテラス席に座っていた。 しかし、猗鈴の目が引かれたのは杉菜の正面の席、空になったカップと中途半端に戻された椅子の方だった。 「……待ってましたよ」 「姫芝、姉さんはどこ?」 「まずは落ち着いて、ここの紅茶美味しいらしいですよ? 私は貧乏舌なのでよくわかりませんけれど」 「姉さんはどこにいるのかって、そう聞いているんだけど」 猗鈴はそう言うと、ベルトを腰に当ててウッドモンのメモリを取り出した。 「話さないとは言ってませんよ、私」 「今すぐ話して」 「そうは行きません。私は、あなたと一緒にこの事件を解決して欲しいと当のお姉さんから指示されているので」 店員さん、と杉菜はウェイトレスを呼んで紅茶のおかわりを注文した。 「猗鈴さんはどうします?」 「……私も紅茶を一杯」 そう言いながら、猗鈴はメモリをポケットにしまって席に座った。 「お姉さんはレモンタルトの美味しい店としてこの店を選んだそうですよ。妹は甘いものに目がないからと」 「……じゃあ、レモンタルトも」 ふーんと少し杉菜が口角を上げると、猗鈴はじろっと睨んだ。 「さて、では依頼の話をしましょうか」 「そんなことより姉さんの話をして、姉さんに指示されたってどういうこと? 姉さんは死んだ筈なのにあの声は何?」 「それは依頼の報酬という事で」 思わず猗鈴は立ち上がりかけたが、店員が紅茶とレモンタルトを持ってきたので留まった。 「多分国見さんも聞いてるでしょうから、疑わしいと思ったら適当に裏を取りながら聞いてください」 そう言って杉菜は紅茶を一口啜り、アタッシュケースの書類を一枚取り出して広げた。 「これは……? 名簿と、メモリのリストみたいだけど」 「ある人に殺されたと思わしき売人のリストと、奪われたと思われるメモリのリストです」 「このリスト、十人ぐらい名前が載ってるけれど、まさかこれ全部?」 「死体が回収されたのは半分ですけれどね」 「……姉さんはなんでこの依頼を?」 「それはまぁ、報酬ですから。で、どうしますか? その殺人鬼を捕まえて欲しいという依頼、受けますか? 受けませんか?」 杉菜はそう言うとアタッシュケースの上で指を踊らせた。そこにはさらに詳しい情報や証拠の類がある事は明白だった。 『受けない』 しかし、答えたのは猗鈴ではなくそのポケットに入ったスマホからの声だった。 「天青さん?」 『あなたの組織は犯人を捕まえたら殺す』 杉菜は天青の問いかけに対して沈黙で答えたが、それは口に出したも同然だった。 『いい機会だから猗鈴さんに教えてあげる。探偵は、時には黒く染まることを厭わない必要がある。だけどそれは、幾らでも汚れていいってことじゃないし、染まり切らなければ灰色でもいいってことじゃない。自分の中に黒と白の境を作らなきゃいけない。境を越えると、歯止めが効かなくなる』 内容は脅す様なもの天青の声は落ち着いていて、抽象的なのに妙に実感のこもった声だった。 「でも、姉さんの情報が」 『おそらくこれ以上の情報はそも話す気がないか、手を汚させようとしている。従ったってどれだけ情報が手に入るかわからない』 天青は冷静にそう猗鈴を諭した。 「……何故そんなことをする必要が?」 『それは、夏音さんが組織の幹部で、スカルバルキモンのメモリの本当の持ち主だから』 杉菜に聞かれても天青は動じずにそう答えた。 「えと、何言ってるんですか天青さん……姉さんは火葬されたんですよ? 骨だって……」 『スカルバルキモンのメモリは市販の中では最高級のメモリだった。これを普通の大学生が手に入れるのは金銭的に難しいし、健さんのスカルバルキモンは弱すぎた。だから、夏音さんが手に入れたメモリを使っているのは自然なこと』 動揺する猗鈴に天青は淡々と説明を続ける。 「でも、それは姉さんのって証拠には……」 『スカルバルキモンというのは化石を継ぎ接ぎして蘇らせたアンデッドのデジモン。火葬された骨からの蘇生も……全くないとは言い切れない』 「だとして、幹部ということにはならないのでは?」 『たしかに、幹部である確信はないけれど……単なる下っ端ではないのは、姫芝が依頼されたとか頼まれたではなく指示されたと言ったことから推測できる』 うっと杉菜は一瞬喉が詰まった様な顔をした。 『そして、完全体のメモリに挿してない状態で焼かれた骨からの蘇生を可能とする副作用がほど適応してるとすれば……メモリの力をほぼ全て引き出せてもおかしくない。少し向いてる程度のメモリでは半分も力を引き出せないことを思えば、究極体のメモリをそこそこの適合率で使うより強くてもおかしなことはない』 全て聞いた杉菜は、失言でしたねと呟いた。 「とはいえ、私も今日聞いたばかりなんで、お察しの通り詳しいことはわかりません。でも、詳しいことを当人から聞く事だってできるんですよ?」 『そう、だからこそ猗鈴さんに手を汚させていずれは仲間に引き入れようとしている』 それは私にはなんともと杉菜は吐き捨て、また別の切り口から話し始めた。 「でも、今は国見さんって動けないんですよね? なら決めるのは実際に矢面に立つ猗鈴さんでは? 組織に与させてそれを手土産に迎え入れる。仮にそういう魂胆だったとしてですよ? 準幹部ぐらいの地位にならすぐにつけるかもしれない。お姉さんというバックもいる。悪いことないじゃないですか」 『……猗鈴さんも、そう思う?』 猗鈴の脳裏に過ったのは、一杯のクリームソーダだった。彩りに添えられた真っ赤なドレンチェリーの味も食感も猗鈴は何も知らなかった。 知りたいと思った、知らなきゃと思った。姉のことを、色々なことを。 「……私は、姉さんのしていることを知らなきゃいけない。その為に、姉さんの側についていくことは手っ取り早い近道だとも思う」 ならと杉菜は少し口角を上げた。 「でも、それはとっていい近道じゃない」 猗鈴が『探偵として』関わった最初の事件で知ったのは、人は変わるということと、相手の為を思えばこそ止めるべき時もあるということだった。 「姉さんのことを思うからこそ、私は姉さんを止める」 「……なるほど、結局依頼はなしということですね」 じゃあ、というと杉菜は紙袋を机の上に出した。 「お姉さんから依頼を受けてくれなかったとしてもこれだけは渡してくれと言われたものです」 あとこれお会計分と、杉菜はさらに一万円札を机の上に置いた。 「おつりはお姉さんからのお小遣いと思ってください」 「……私がこのままあなたを逃すと? ここで捕まえればあなたが知ってることを聞き出す機会だったあるのに?」 「まぁ、そうですね」 そう言って微笑むと、杉菜はジャケットのボタンを外してその内側に繋げられた爆弾をちらりと見せた。 「このお店、人気店だけあって人も多いですしおわかりですよね?」 杉菜は落ち着き払ってそう言ったが、その声にはどこか苛立ちを押さえつけているような雰囲気があった。 「……あなたもタダでは済まないのでは?」 「私(雑草)はしぶといのが取り柄です。そして、雑草(私)は手段を選べませんから」 杉菜を猗鈴は見送る他なかった。カメラ越しに見ていた天青も盛実も、皆に杉菜は自爆すると確信させるだけの迫力があった。 『……とりあえず、資料をカメラで写して。レモンタルト食べてる間に、こっちでできる限り調べる。わざわざ場所を明かしたのは資料を直接渡して話をする為だけでなく、その場所かその近所にその事件に関わる場所があるはず』 「……事件自体がフェイクの可能性は?」 『まずない、こっちに警察とコネがあるのを向こうは知ってる。そして、死体が回収できたのは半分というのを信じるならば、そこに記されたバイヤーの中に、警察に生きてるか死んでるかはともかく身柄が渡った人物が一人以上いて、奴等は事件の全体像はまだ掴みきれていない』 天青はだから私達に依頼したと続けた。 「私達に解決させて、漁夫の利狙いですか」」 『多分ね、その際には遠くから観察させてこっちのデータも取りに来る筈』 なるほどと二人からの情報を待つ間にとレモンタルトに目を向けた。明るく爽やかな黄色のタルト、それは猗鈴の知っていた夏音をどこか思わせた。 「……私の見てきた姉さんは、私の知る姉さんは」 夏音がこの店を選んだという杉菜の言葉を思い出すと、猗鈴は夏音がよくわからなくなっていくのを感じた。 あの日を境に白と黒が切り替わったというのならばまだ受け入れやすかったのに、あの日以前から夏音は幹部で、今日であってます夏音は猗鈴の姉なのだと、誰よりも猗鈴にはわかってしまった。 「美園くん、織田君に対する君の仕打ちはやりすぎだ。しかも今度は彼がやろうとしていたことを……」 夏音がお菓子のレシピ本を開いていると、善輝はそう話しかけた。 「いやですね、本庄さん。私これでも反省してるんですよ?」 そう言って夏音はふわりと笑った。 「織田さんが片腕失う程弱いとも思ってなかったですし、見誤ったのは反省してます。今やってるのも、織田さんがやりかけた事であっという間に数人営業部が死んだのに、織田さんは方針を修正することもできないし、このままだと営業部が壊滅してしまうから可哀想だなと思って引き継いであげたんですよ」 反省の印にねと、夏音は言ったが善輝は眉根を寄せた。 「全く君は……そんなことかけらも思っていない癖に」 「でも……本庄さんがどうにかできるんですか? 製造の正式なトップがいなくなって、研究のトップも兼ねているからかなり多忙ですよね。営業まで抱えるのは無理ですよ」 「確かにそれは無理だけどね、引き継ぐと言ったからにはちゃんと他の仕事もやるんだよ?」 善輝はそう言いながら、じっと夏音の目を見た。 「……わかりました。じゃあ、織田さんが戻るまでは私が実質的な営業部の第一位って事でいいですね?」 先に視線を切ったのは夏音だった。 「僕は、それで構わないし、きっと魔王様もそうだろうね」 善輝はそう言って少し微笑み、去っていった。夏音は善輝がいなくなると、ふぅと小さく息を吐いた。 「本庄さん相手だと死ななくても死にそうな気にさせられるから怖いわね」 仕方ないなぁと呟くと、夏音は広げていたレシピ本を閉じた。 『大西さんによると、今回の犯人はバンシーとそう呼ばれているみたい』 レモンタルトを食べ終わった頃、天青から猗鈴へと電話がかかってきた。 「バンシー……って、十年ぐらい前にこの街で起きたかなり悪質な殺人事件の犯人じゃありませんでした?」 『大西さんによると、当時の犯人と筆跡が同じでしかも行方不明になっているとか』 「確か、何か詩を刻んでいくんですよね」 『そう、ライブハウスとか地下室とか、学校の音楽室とかで人を縛り首にして殺して、身体にワンフレーズ詩を書いていく。最初の被害者が教え子にセクハラする最低な教師だったから、詩も性的被害生徒達の訴えとして最初捉えられた。それ故に泣き叫び、近い死を伝える女性の妖精、バンシーの名が付けられた』 「でも、あの事件の犯人って確か捕まった筈じゃゃ……」 『そう、捕まりはしたけど、当時彼女は十四歳だった。だから少年院に行ったもののもう世に出ていて……行方不明になった』 「今の被害状況は?」 『確認されているのはメモリのバイヤーだけ』 「となると、今は性犯罪者じゃなくてメモリのバイヤーを狙っている、ということなんですかね」 『……それはわからないけど、そもそもバンシーは義賊的な殺人犯じゃないから、何をするかわからない』 「……さっき、義賊みたいな扱いをされたって言ってませんでした?」 『そういう扱いはされたけど、それは最初だけ、二人目の被害者は特に誰かに恨まれる理由なんてない妊婦で、捕まった犯人、風切王果(カゼキリ オウカ)は一連の動機についてこう話したそうよ』 電話の向こうで、天青が少しためらうのが聞こえた。 『人の心を動かしたかった。普遍的に嫌われる理由がある人間を殺して被害者を装った詩を残せば、きっと話題になると思ったし、その後殺される謂れが全くない妊婦を殺せば前の欺瞞が露わになって更に怒りを煽れると思った』 「……異常ですね」 『うん、早く捕まえないといけない。だけど猗鈴さんも気をつけて、メモリを売っているバイヤー達がやられたということはデジモンと戦って勝ってるということ。level5のデジモンのメモリの場合、ウッドモンで正面から戦うのは不利』 「……でも、わざわざ依頼してきたってことは、捕まえることで姉さんから接触があるかもしれない。そうですよね?」 『焦らないで猗鈴さん。夏音さんが幹部クラスなら今のウッドモンメモリでは対抗できない。接触できても止めるのは難しい』 「……わかりました。で、風切王果の居場所ってわかってるんですか?」 『杉菜達のデータである程度目処が付いた。バイヤー達の担当エリアと死体の発見された地点は、その喫茶店のある町を中心に広がっている。その中に少し前に閉鎖されたライブハウスが一箇所ある。おそらくはそこが事件現場』 「でも、なんで警察や組織はまだ動いていないんですか?」 『警察はバイヤーの担当地域を把握できてなかったし、組織は警察が細かい情報、常に防音設備のある場所で殺していたとかの情報を伏せていたことを知らなかった。とはいえ組織の側は大体の場所の検討はついてたと思う』 わかりましたと猗鈴はバイクをライブハウスまで走らせた。 既に廃墟とかした建物の地下にそのライブハウスはあった。階段を降りていくと少し異臭が漂い、なんとも言えないおぞましい空気が流れているのを猗鈴はひしひしと感じていた。 「天青さん、多分当たりです。天青さん?」 ライブハウスは地下にある為か、電話は圏外になってしまったが、猗鈴はそのまま進んでいって両開きの扉を開いた。 そこにいたのはごくごく平凡に見える女性と、その足元に転がる黒いスーツの男性だった。 「……バイヤーって雰囲気じゃないよね。肝試しの大学生?」 「いえ、私はあなたを、バンシーとして知られた殺人鬼、風切王果捕まえにきたんです」 「正義の味方の方ね。バイヤーの方達から噂は聞いてます、メモリ犯罪者を捕まえにくる黒い悪魔」 でも、捕まるわけにはいかないかなと穏やかにつぶやくと王果は胸元をはだけさせて、そこにメモリを寄せてボタンを押した。 『シャウトモン』 それを見て猗鈴もベルトを腰に合わせてメモリのボタンを押す。 『ウッドモン』 「……レディーデビモンのメモリだと聞いてたんですけれど」 そう言いながら王果は胸にメモリを突き刺し、 「それは上司のことですね」 そう返しながら猗鈴はベルトのレバーを押した。 猗鈴の変身と同時に、王果の姿が変わっていく。Vの字の様な尖った頭に鋭い歯列、手にはスタンドマイクを持って首に黄色いマフラーを巻いた小さな竜に。 その竜が素早くマイクを振りかぶって殴りかかってきたのに対し、猗鈴はマイクを掴んで受け止めると、逆の拳を腹に叩きつけた。 王果の口から空気が無理矢理追い出され、小さな体がボールの様に跳ねて転がった。 「……この速さにはついて来れて、この軽さでは太刀打ちできないと」 立ち上がってそう言うと、王果はマフラーの中からもう一つメモリを取り出した。 「二つ目のメモリ……?」 『バリスタモン』 ボタンを押して二個目のメモリを突き刺すと、王果はまた姿を変えた。 先程より大きく、しかし猗鈴よりは少し低いぐらいの身長の四角いロボットの様になったその姿はさっきまでのそれとは別物だったが、しかし同時に、頭に大きくついたV字に先程までの面影もはっきりと見えた。 猗鈴が面食らっていると、王果は構わず地面を蹴って猗鈴へと肉薄する。 咄嗟にそれを猗鈴は先に迎え撃つ様に前蹴りをして防いだが、無理に動いたことと迎え撃った脚の痺れからがくっと膝を折った。 「さっきより速いし、さっきより重過ぎる……」 一方の王果も、背中を地面に預けることになっていたが、なるほど速さとパワーは足りててもリーチが足りないかと呟き、三つ目のメモリを取り出してボタンを押した。 『ドルルモン』 それを見て猗鈴は棍を取り出す。 三つ目をまた胸に挿すと王果の身体はまた姿を変え、すらりと白く三メートルを超えて天井に頭がつきそうな程の体躯で八頭身の人型のデジモンに姿を変えた。 脚も腕も均整が取れた美しさがあり、素直に殴り合えば猗鈴に勝ち目がないのは目に見えていた。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴は棍の持ち手にメモリを突き刺すと、棍を地面に向けて突き刺した。 棍の先から枝が伸び、地面を突き破って壁を天井を網の目の様に塞いでいく。 それに王果が気を取られている隙に持ち手からウッドモンメモリを抜き出すと、猗鈴は自分が張り巡らせた枝の間を縫って王果の足元へと走り込む。 王果が蹴ろうとするも、避けてその後ろへ、避けた猗鈴を仕留めようと王果は振り向こうとして、 「きゃっ」 顔を枝にぶつけた。 それを見て、猗鈴は手近に張られた別の枝を足場に跳ぶとのけぞったその胸元に向けて飛び蹴りを叩き込んだ。 バキバキバキと、蜘蛛の巣の様に張られた枝を折りながら王果の身体が倒れていく。 「このまま一気に……」 『ウッドモン』 それを確認して、猗鈴はウッドモンのメモリをベルトのスロットに挿し込む。 『スターモン&ピックモンズ』 猗鈴がレバーを押すより速く、そんな音を鳴らしながら王果が四つ目のメモリを胸に突き刺した。 『ブランチドレイン』 猗鈴が光る脚を高く天へと持ち上げ、その胸に向けて踵を振り下ろす。 しかしその踵は不意に現れた、両刃がノコギリ状に赤く光る剣に受け止められる。脚から伸びる枝を切り払いながら王果は立ち上がると、逆の拳を強く握り込み猗鈴の腹へと突き出した。 受け止める様に出した手も虚しく、身体は簡単に宙に浮き、ライブハウスのコンクリートの壁に思いっきり背中を打ちつける。 「ふふ、こうなってはヒーローもかたなしね。せっかくだしメモリだけ貰っておこうかしら?」 「まだ……」 猗鈴がそう呟いて立ち上がると、王果はおもむろに胸の前で腕をクロスさせる。それに伴って胸のV字が赤く強く光出す。 そして、その腕のクロスを解くと、V字の光はビームとなって放たれ猗鈴の身体を壁へと無理矢理に押し付けられた。猗鈴の背後の壁から身体を覆う木の鎧を通ってV字にビームの跡が深々と刻み込まれていく。 「ぐっ、うぁ……」 膝をつき変身さえも解けた猗鈴に、王果は枝を縫って近寄ってくる。 「……あ、そうだ。あなた姫芝杉菜ってブローカーについて知ってる? 最近会ってくれないの」 「今、会いに来てやったよ!」 不意に伸びてきた緑の蔦が王果の身体を締め上げる。 「あ、みーっけた」 入り口にザッソーモンの姿で立つ杉菜を見て、王果は身体に巻きついた蔦を力づくで外そうとし始める。 「……化け物め」 杉菜はそう呟くと逆の蔦を猗鈴に伸ばして枝の合間を縫って手元まで寄せると、身体に巻きつけていた爆弾を外して投げ込んだ。 「わぁ」 王果が呟くと、杉菜は自分の腕を噛み切って猗鈴を連れてライブハウスから出ようと走る。 「なんで……私を、助け……」 「上司の妹だから以外に理由なんてないですよ」 地上への階段を駆け上ると、杉菜は先端の千切れた蔦と歯を使って爆弾の遠隔スイッチを押した。 ややくぐもった爆音が地面と空気をひどく強く揺らす。 杉菜が足を止め振り返ると、爆音は収まったものの、みしみしバキバキとビルから音が鳴り始め、猗鈴達の目の前で一階が崩れると、そのまま倒壊した。 「……今あなたは、彼女を殺した」 猗鈴がぽつりと呟くと、杉菜はハッとそれを鼻で笑った。 「足止めにしかならないですよあんなの、あの化け物は私でも耐えられる程度の爆弾とビルの倒壊程度じゃ足りない」 そう言いながら杉菜は猗鈴を連れたまま蔦を伸ばして近くの建物の屋上へと上がると、鍵の壊れたドアから中に入り込んだ。 「見てればわかりますよ」 この辺りに設置されたカメラの映像らしいものを杉菜は猗鈴の前に差し出した。 粉塵と瓦礫の山にしか見えないそれが、ふと揺れたかと思うとV字の光線と共に瓦礫が下から爆発する。それが数度繰り返された後、先程までとはまた少し違う姿ではあったものの王果らしいデジモンが這い出て来ると、そのまま空を飛んでどこかへと消えていった。 「……信じられない」 「信じるしかないんですよ。私達があなた方に話を持ちかけた一番の理由はこれ、無軌道で破滅的な存在に持たせるには強すぎる力」 杉菜がそう言って人間の姿に戻った。自分で噛みちぎった筈の手を一度二度ぐっぱと動かして、それから猗鈴の顔をじっと見た。 「本当に組む気はありませんか?」 「組む気は……ない……」 『ウッドモン』 猗鈴がウッドモンメモリのボタンを押すと、杉菜ははぁとため息をついた。 「恩人にそれはひどくありませんか?」 『ザッソーモン』 そう言って、杉菜もメモリのボタンを押した。
ドレンチェリーを残さないで ep6 content media
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へりこにあん
2021年10月31日
In デジモン創作サロン
「夏音さんとの関係?」 「はい、姉さんから幸夜さんの名前を聞いたことがなかったもので」 幸夜は、猗鈴の持ってきたマドレーヌを一つ取ると笑顔で一口頬張った。 数日前までワスプモンと貸した同僚に嫌がらせを受けていた幸夜は、今も姫芝に付けられた額の傷は治っておらず、綺麗な顔より目を引く痛々しい大きなガーゼで覆っていたが、表情は明るくて事件の時よりも朗らかで、つきものが落ちた様に見えた。 「まぁ、ミスコンでちょっと知り合っただけだから、言わなかったのかも」 「ミスコンっていうと、大学の?」 「夏音さんは一年生、私は四年生だから……三年か四年前。大学のミスコンで夏音さんは二位、私は三位だったの」 そういえばと猗鈴は思い出す。夏音は毎年友人達の推薦もあって大学のミスコンに参加し、毎年表彰台に登っていた。 「……私は引っ込み思案だから、友達とは名ばかりの顔しか見てないケダモノみたいな男子とか、合コンに呼ぶ為の餌にしたい女子とか以外はほとんど友達とかいなくて、夏音さんは初めて話をするのにどこかシンパシーを覚える人だったの」 「シンパシーですか」 猗鈴の記憶の中にいる夏音はいつも人気者で、人当たりもよく人の中心にいた。失礼にも思えたが、引っ込み思案の幸夜とはどちらも美人ぐらいしか共通点が思い当たらなかった。 「私はミスコンとか嫌いだった。でも、他薦されたからみんなの期待を裏切るとどう思われるか怖くて断れなかった。夏音さんは、顔色の悪い私に話しかけてきて……自分もそうだって一瞬、笑ったの」 「姉さんはいつも笑ってる人だったと思いますけれど……」 「なんでいうか、それまでの朗らかな感じじゃなくて、どこか虚ろというか、じわっと笑顔に辛さが滲んで見えたの」 その言葉は猗鈴を少しだけ動揺させた。 「それで、夏音さんとはその時連絡先を交換したきりだったけれど、もしかしたら私の辛さをわかってくれるんじゃないかって、そう思ったの」 「そうしたら、私のバイトしてる探偵を紹介された。と」 そう、と幸夜は朗らかに笑った。素朴で裏のない、たんぽぽみたいな笑みだった。 「あ、そうだ。実は結婚式の事で話を聞いて欲しいんですけど……」 「私に、ですか? よくわかりませんよ?」 「いいんです。猗鈴さん達なら信用できます。額の傷の慰謝料だと思って」 「……それを持ち出されたら話を聞くしかないですね」 猗鈴がそう言うと、幸夜は嬉々として分厚いカタログを取り出してきた。 これは長くなるなと覚悟して、猗鈴はずずとお茶を啜った。 「姫芝ちゃん、幸夜さんの顔に傷つけたんだ?」 「夏音様の友人とは知らなかったものですから……」 姫芝はそう言ってひどく罰が悪そうにした。 すると、ふと夏音は笑い出した。 「謝らなくていいよ。むしろ、おでこじゃなくて鼻とか頬とか隠せないところにつけてくれてもよかったぐらい」 「……え?」 「幸夜さんの友人として、とても嬉しいって言ってるのに」 「嬉しい……? でも、見た目がいい方が普通は得することが多いかと」 「それが彼女にとっては呪いなのよ。色の白さは七難隠すって言うけれど、色の白さに艶のある髪、色々合わせて何でもかんでも美化されて、彼女自身を見てもらうことさえなくなったら、それはもう彼女を閉じこめる檻のようなものでしょう?」 「……そう、なんでしょうか」 「本人の思う現実から乖離して褒められても何も嬉しくなんてないのよ。誰だってね」 そう言って、夏音は姫芝の前にマドレーヌの入ったバスケットを置いた。 「これは……?」 「マドレーヌ。妹の好物でね、焼きたくなっちゃってさ。でも私甘いものダメだし」 ちらと姫芝が夏音の後ろに控えていた秦野の方を見ると、懐から簡素な包みに包まれたマドレーヌを五指に挟んで取り出して見せ、そしてそれをそのまままた戻した。 「いただきます」 姫芝がマドレーヌを食べ始めると、夏音はおもむろに立ち上がって部屋の外にスタスタと出て行った。 廊下に出ると夏音はそのままぐるりと左を向いて軽く頭を下げた。 「お久しぶりです、織田さん」 織田信雄(オダ ノブオ)は大柄で髪を銀に染め、ピンク色のワイシャツを着てピアスを付けた目つきの悪い男だった。 「美園ォ……幹部らしいこともせず大学行ってたかと思ったら、今度は変な格好して急に参加し出してうちのを引っこ抜いてくとかどういうつもりだ……?」 「どういうつもりも何も……こっちの水の方が合ってそうだったから?」 あと、変な服扱いは織田さんに言われたくないと夏音は貼り付けたような笑顔で返した。 「だとして俺に入ってくるのが事後承諾ってのはどうなんだよ、おい!」 信雄が夏音の肩を掴もうとすると、夏音はパシッとそれを手で払った。 「あっ、ごめんなさい。パワハラ上司がうつりそうででつい……まぁ、組織内の正規の手続きは踏んでますし、それが事後承諾になるのが不満なら、もう少し自分の組織にちゃんと手を入れたらいいんじゃないですか?」 織田さんは大学通ってないんだしと、さらに煽った。 「てめぇ……魔王様のお気にだからって調子乗ってんじゃねぇぞ」 「それは私がおばばに気に入られているんじゃなくて、他の人達がおばばに信頼してもらえない様なことをしてるんじゃないですか?」 「んだと……?」 「あー、反射的に口が出るのはよくないですね。私は、大学生だとか表の立場を捨てさせなくても、味方だと信じてもらえている。ただそれだけなんです」 「てっめぇ……!」 信雄がポケットからメモリを取り出すと、夏音も自分の服の裾に手を入れた。 今にもメモリを挿す。となった瞬間、パンと手を叩く音が廊下に響いた。 「やめないか二人とも」 音の鳴った方に信雄と夏音が目を向けると、本庄がそこに立っていた。 「……善輝ぅ、一応今はてめぇのとこの部下なんだよなこいつはよぉ」 「本庄さーん、織田さんが、自分が部下に嫌われているのを私のせいにしてくるんです」 まぁまぁと本庄は自分よりも背の高い二人の間に割って入った。 「僕達は嫉妬の魔王に選ばれたという血より強固な繋がりを持った同胞、家族以上の関係性なんだ。夏音くんも、信雄もお互いに広い心で接しようよ」 ね、と善輝はそう言ったが信雄はそれを鼻で笑った。 「はっ……俺はごめんだね。俺とお前のメモリはlevel6のデジモンだがこいつはlevel5、そもそも格下なのに同格のつもりでいやがる」 「嫌ですね、同格だなんて思ったこと一瞬でもないですよ。格下だと思ってます」 夏音はそう言ってずいと信雄に近づくと、その高い身長で思い切り見下した。 「どうだかな、ちょっと前に自分の彼氏に殺されて火葬までされたんじゃなかったか?」 「それは乙女心ですよ。自分のことを愛してくれる人の気持ちは受け止めたい乙女心。織田さんみたいに乙女心もわからなければ、拾い食いして死んだらもう蘇れない様な人じゃないので私」 信雄がメンチを切りながらそう言うと、夏音はふふと笑ってからくるりと後ろを向いた。 「拾い食いなんかしねぇよ!」 信雄がもう一度メモリを取り出すと、バリバリと二人の間を切り裂く様に稲妻が走った。 「やめないかと、さっきも僕は言ったんだけど」 善輝は少し低い声でそう言った。 「全く、おじさんを揶揄っただけなのに、二人ともすぐに手を出すのよくないですよ。では、私はこれからお茶するところなので」 夏音はけらけらと笑みを浮かべてくるりと二人に背を向けた。 「チッ……ムカつく女だ。善輝よぉ、アイツは力もない癖に魔王様にも取り入ってる毒婦だ、気を許すなよ」 信雄はそう言うと、どすどすと地面を不機嫌そうに踏み鳴らしながら去っていった。 「……僕は仲良くがいいと思うんだがなぁ」 そう呟く善輝を尻目に見ながら夏音は部屋の扉を閉めた。 「気に入らねぇ、あの女……姫芝ってやつも気に入らねぇ……資料によればザッソーモンなんて雑魚メモリ使ってやがる癖に、俺の下から俺の許可もなくいなくなるだなんてよ……」 「織田様、こちら先月のメモリの売り上げ記録です」 「……おぅ」 受け取ったタブレットを見て、織田はあとドスの効いた声を上げた。 「売り上げが前よりも落ちてるじゃねーか! どうなってやがる!!」 「それは、姫芝が抜けたせいかと……彼女の担当エリアに代わりに営業に行った者が、過去姫芝が担当していた客にアタッシュケースごとメモリを強奪された様で……」 「おいおいおい、そのアタッシュケース奪られた馬鹿はどうした」 「……それが、死にました。死体の状況から、奪われたメモリの実験台にされた様で……」 「舐めた真似してくれてんじゃねぇか……そいつの居場所はわかってんだろうな?」 「い、いえ……捜索中です」 「すぐ探させろ。今月のノルマは不問だ、営業部の奴ら総出で探させろ。その舐めたクソ野郎は念入りにぶち殺してやらなきゃならねぇ」 信雄はそう言ってタブレットを部下に向けて押し付けた。 そして、不機嫌そうに頭をバリバリと掻いた。 「くっそムカつく……姫芝の客もムカつくし引き継ぎしてねぇ姫芝も姫芝を引き抜いた美園もムカつく」 「……では、美園様の計画に横槍を入れてみては?」 「あ?」 信雄に声をかけてきたのは秦野だった。 「お前は……美園の世話係を魔王様から命じられてたんじゃなかったか?」 「その通りです。されど……私の主人は魔王様であって美園様ではありません。主の為ならば時には反旗を翻すのも厭わないのが真の忠臣というものです」 「ふーん、御大層な考えは結構だがよ、どうしてお前は美園の計画を邪魔したいんだよ」 「美園様は組織外にいる妹に対してメモリを流し、挙句姫芝を使いその成長の糧として様々なデジモンと戦わせているようなのです。それを信雄様が明らかにすれば美園様を溺愛している魔王様も目を覚まされるかと」 「……悪くねぇ筋書きだ。魔王様がどう出ようと美園が恥をかくのがいいな。で、具体的にどうするよ」 「姫芝が営業部の時に出した報告書に、メモリの力を使う銃器の話が載っております。織田様はそれを読んで他にメモリに手を出している組織があるかもしれないと実際に行って探りを入れた。そうしたら美園様が横流しをしていたことがわかった。という形がいいかと」 「なるほどな、じゃあ……早速その妹とやらをボコボコにしに行くか。殺したとしてもそれは悪いのは俺じゃあないよなぁ?」 信雄はそう言うとその場から獣の様な笑みを浮かべて立ち上がった。 「……んー、猗鈴さん、話でも弾んでるのかな」 「まぁその分色々と聞けるかもしれないし、ともすれば、当の『夏音さん』から連絡が入るかもしれない」 「とは言ってもだよ? 夏音さんが本当にまだ生きていると思う? 大西さんに話を聞いた限りは確かに検死解剖はされている。内臓を調べる為に胸もお腹もメスとか開けてるし……それまでに仮に生きてたとしてもそこで死んでるよ」 「まぁ死んでいたとしても成りすましているのは誰かは気になるしね」 「あとは、本庄善輝についてはなにか……」 「んー……あれはねぇ、ネットから調べられる範囲だとあんまり参考になりそうなことはなかったかなぁ」 天青と盛実がそんな会話をしていると、ふと扉が開いた。 「ん……女が二人、どっちが美園の妹だ?」 そう口にしたのは信雄で、天青と盛実を見比べた後、おもむろにポケットからメモリを取り出した。 「まぁどっちでもいい。ここで暴れられたくなかったらちょっと付き合えよ」 「……わかった」 天青がそう言って立ち上がったので、盛実は何も言わずにその背中に隠れるように後に続いた。 そうして辿り着いたのは、取り壊し予定危険と看板の建てられたビルだった。 「ここはさぁ、少し前にメモリ使ったやつがボロボロにしたとこでさ。土地の権利者も死んだもんで取り壊しは一向に進んでない。俺達バイヤーが客を連れてきて試させたりするのにぴったりの場所なんだ」 「……バイヤーってことは、姫芝の仲間?」 「上司だ、俺はッ!そのクソ女の上司! そして、クソ女と仲良く喧嘩してるっていうお前らも気に食わないって訳だぁ!」 『ブリッツグレイモン』 信雄はメモリのボタンを押しながら自分の左腕に突き刺すと、その身体を瞬時に異形へと変えた。 両腕には覆う様に、背中には翼の様に二メートルはあろうかという巨大な電流火器を備え、トカゲの様に細く伸びた頭からは鼻先に一本こめかみから二本の計三本の角を生やしている。頭の先から爪先まで全身が真っ赤な金属に覆われてサイボーグの様だった。 「ブリッツグレイモンは、level6! こいつただの情緒不安定プッツン野郎じゃない!」 「おいおい、俺のメモリの情報まで流れてんのかよ……あいつ、本格的にふざけてんなぁ!」 信雄が怒りに任せて壁を殴れば、鉄筋コンクリートの壁に人がゆうに通れる穴が空いた。 「博士、早速だけど……ベルトの準備って……」 「一応出来てる!」 盛実がベルトを懐から取り出すと、どんという音がして、盛実の身体が吹き飛んだ。 「本気で戦わせてやる義理はねぇ……お前らはただ殴られてればそれでいいんだよ!!」 地面に転がったベルトを、信雄は足で器用に蹴り上げると、両手で挟んですり潰した。 ばきべきと金属やプラスチックが無惨に折れて割れていく様を見ながら、天青は一つ息を吐いて左手に白いメモリを構え、右手に持った銃のスロットへと挿し込んだ。 『エンジェウーモン』 「ほう、Level5だったか? うちの商品にはないメモリだなぁ……?」 そう言った後、信雄はくくくと笑った。 「でもLevel5だしなぁ? ベルト壊した詫びに一発だけ殴らせてやろうか?」 どうせ効かないけどなぁと信雄はゲラゲラ笑った。 「美園が何企んでたか知らねぇけど、ここでLevel6使えるなら使わない理由ないもんなぁ!! 弱いやつ同士で仲良くつるんでただけか!? まぁそれでもLevel4以下のクソ雑魚よりゃよっぽど強いから勘違いするのも無理はないか!!」 ベルトの残骸を足蹴にしながら笑う信雄を天青はじっと静かに見つめていた。 「……あなた、ヨッシーより弱いでしょ」 「あ?」 「本庄善輝、彼よりあなたは弱いし、多分組織の中でも立場はあるけど権限はない」 「なんだと……? 善輝と俺は同じLevel6だ、そこに差なんてねぇッ!!」 「いや、ある。Levelだけが強さだと思っているのはLevel関係ない化け物を知らない、つまり、魔王の内情さえ知らされてないって証拠」 「そう言うてめぇが使ってんのはLevel5じゃねぇか。ただの負け犬の遠吠えにしか聞こえねぇ!! 文句があるなら俺に一発食らわせてみやがれ!!」 「わかった」 天青はそう言って、銃の先端に丸い装置を付けてかちりと嵌め込み、両腕で持って構えると引き金を引いた。 『ホーリーア……エラー、不正なユニットが接続されています』 電子音が途中で止まり、けたたましいアラートが鳴り響く。 「おいおい、せめてちゃんと一発食らわせろよ。偉そうなこと言ってた癖にエラー吐いて技さえ出ねぇじゃねぇか」 信雄の言葉を無視して天青はカチと引き金を引く。 『エラー、問題が解決されないままでは動作しません』 引き金を引く。 『エラー、このまま動作した場合安全が保証できません』 引き金を引く。 『エラー、使わないで欲しかった』 「……安全装置つけすぎだよ、博士」 天青は、引き金を引いた。 『マスティモン』『カオスディグレイド』 電子音と共に、銃口から赤と青の光が現れて信雄の前の空でぐるぐると少しずつ近づきながら円を描く。 「なんだぁ……?」 信雄が腕を伸ばした瞬間、その腕の先で赤と青の光がぶつかり合い、空間が裂けた。 「……博士を運ぶ救急車を手配しなきゃ」 そう言うと天青は右手で白いメモリを銃から引き抜き、そのまま銃を地面に落とした。落ちた銃は地面に当たるとバキンと割れて修復が絶望的なまでに砕け散った。 「てめぇ、何をした!」 「致命的な攻撃。でも、一発食らってくれるんでしょ?」 信雄の伸ばした腕から空間の裂け目へと吸い込まれていく。信雄の直感はその暗い穴に落ちたら死ぬと告げていた。 「クソが、クソがクソがぁ!! 俺は、俺は最強なんだぁッ!!」 「携帯……」 悲鳴とも怒号とも取れる叫びを上げながら吸い込まれてない腕や脚、歯まで使って地面にしがみつく信雄を背に、天青は白いメモリをポケットにしまい、スマホを取り出そうとして、取り落とした。 ぽたりぽたりとスマホに真っ赤な血が垂れ、天青が自分の腕を見てみれば、白い長袖が膝から先が真っ赤に染まっていた。 あぁ、やっぱりこうなったかと天青が思うと、それまで実感に欠けていた腕から先をみじん切りにされるような痛みが込み上げてきた。 「やっぱり……魔王みたいに上手くはいかないか」 天青はそう呟くとその場にばたりと倒れた。 そうして天青が意識を失うと、空間の裂け目も閉じた。 「ちくしょうが、生き残ってやったぞ……」 信雄は、右腕は肩からなく、こめかみの角も片方が欠け、片目も裂け目に引かれておかしくなったのかあらぬ方向を向いていたが、まだ生きていた。 「ふぅ……善輝も通じてただと……? ふざけやがって、どいつもこいつも……俺だけなんで知らねぇ……ワニはどこまで知ってやがる……」 左腕の重さに身体のバランスが取れず、左腕をつきながら三本足の生き物かのようになりながら信雄は天青へと近づいていく。 すると、ふらりと立ち上がった盛実が天青と信雄の間に割って入った。 「もっと準備してればこんなに世莉さんを苦しめずに済んだのに……」 「……お前も戦えるわけじゃねぇんだろ? お前も戦えたなら一緒に戦った筈だもんなぁ?」 「確かに、私は一緒に戦えないけれど……戦えないわけじゃないんだよね。悪いけどさ」 そう言いながら盛実は白衣の下に着た繋ぎのボタンを外し、胸元に巻き付けられた機械を露出し、そこに取り付けられたレバーを押した。 『エカキモン』『エカキカキ』 「てめぇ……!」 「これはさ、使い所なさすぎたんだよね。威力は高くて並のデジモンは確実に死ぬし私の能力のリソース食うしさ」 ベルトの機能維持もままならないと盛実は呟いて、胸元から、ハガキ大のラミネートされた紙を一枚取り出した。 次の瞬間、紙がぼうっと光ると、その場に紙に描かれていた黒い悪魔の羽と白い天使の翼を併せ持った金髪の美丈夫が現れ、笑みを浮かべた。 「エ、エレックガード!」 咄嗟に周囲に電気のバリアを展開した信雄の身体を、その金髪の美丈夫は即座に蹴り上げた。 バリアは意味を成さず、堅固な金属の身体はつぶれたピンポン球の様にひしゃげてへこみ、どれだけ打ち上げられたのか、信雄は床を何階分も突き破ってなお高く飛び、屋上で背中を打つとデジモンの身体さえ維持できなかった。 「……やっぱ大魔王は強いわ。levelとか飾りだもん」 盛実がそう呟いてぺたんと膝をつく頃には美丈夫はとうに消えていた。なんなら蹴り上げた時に既にその姿は消えかけていたのが盛実には見えていた。 「私の出力じゃ一秒以内、素のパンチかキック一発だけが限界だなぁ……」 だらっと頭から垂れる血を袖で拭いながら、盛実は大西に電話をかけた。 「……ふふふ、やられちゃいましたね。織田さん」 織田が目を覚ますと、織田は右腕のないままベッドに寝かされておりその枕元には夏音と秦野がいた。 「……そうか、てめぇの仕込みだったのか」 「織田様には申し訳ないと思いましたが、夏音様に全て従えという魔王様からの命を受けています故ご容赦頂きたく……」 秦野はそう言って頭を一つ下げた。 「すごかったでしょ? 彼女達」 「……あいつら何者だ?」 「別の魔王の眷属で、私達のクリア条件Bってところですよ」 「なるほど、アレは……ゲートか。世界を繋ぐ門、俺達にはデジモンの実体が通れるようなサイズでしっかりしたゲートは開けねぇ、だからメモリが要るし適合者が要る……」 「でも彼女はデジモンが通れるサイズのゲートを開けるから……」 「メモリを経由し、生贄になる適合者を用意しなくとも魔王様を呼び寄せることもできるって訳だな」 なるほどなと言って信雄はケラケラと笑い、夏音も一緒に笑った。 『ブリッツグレイモン』 「で、俺は本当にゲートを開かことができるか試す為に使われたってことかてめぇ」 メモリを使っても織田は左腕しかブリッツグレイモンになれなかったがその腕で夏音の首を乱雑に殴りつけると、夏音の首はばきっと関節の外れる軽い音と共に背中と後頭部がつくぐらいの勢いで折れた。 それを夏音は自分の手で元の位置に戻すと、またにこりと笑った。 「織田さんは腕一本、私は首一本、おばばが本庄さんと私にだけ伝えて織田さんには伝えてなかったことも教えてあげたんですし、これでおあいこでいいですよね?」 「てんめぇ……」 「腕ならその内生えますよ。私なんて火葬されてますし」 「アンデッド基準で考えんじゃねぇ……人間の身体にない部位は欠損しても再生しやすいけど、俺みたいに腕が飛ばされたらまず再生しねぇ!」 「へぇ……姫芝さんが何度も両腕飛んでるから生えてくるのが当たり前だと思ってた」 「ちくしょうが……」 「まぁでも自業自得ですよね。舐めプしなければ、彼女をここに連れ帰って分析したり、洗脳に使えそうなメモリとかアレばゲートを開いてもらうことだってできたのに、舐めプして腕取られて何があったか知らないですが屋上でごーろごろですからね。私が回収させなかったらメモリ奪われて警察病院にいたんじゃないですか?」 てめぇともう一度信雄が腕を振り上げるも、夏音はそれを頭突きで受け止めた。 「今のあなたはメモリを使った上で、使ってない私が殺されてあげようと思わなければ一度殺せもしない。格下にそこまで追い込まれたんだから、もう少し反省すればいいのに」 「治ったらすぐにでもあいつらもお前も殺してやる……」 「その意気です。ちなみに、エカキモンってデジモンは基本的にはlevel3相当なんですよね。ブリッツグレイモンは……level2でしたっけ?」 「このっ……」 信雄は左腕を夏音に向けて電撃を放とうとしたが、出るはずの電撃は出ず、それを見て夏音は微笑むと、カゴに入ったマドレーヌを枕元に置いた。 「治るまでゆっくりしてて下さいね。治ったらちゃーんと織田さん込みで計画立てておきますから」 くそがぁという声を背中に受けながら、夏音は秦野を連れてルンルンとスキップでその場を後にした。 「いいのですか? 織田様は我々にとっても大事な戦力のはず……」 「いいのいいの、おばばの守りの適合者を探すプランA、ゲートを使うのがプランB、そして私の用意してるプランCも、織田さんに独断専行されたら困るからね、少しの間動けなくなっててもらわないとね」 その言葉は声のトーンに反して冷徹だった。
ドレンチェリーを残さないで ep5 content media
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へりこにあん
2021年10月22日
In デジモン創作サロン
「私、不幸を呼ぶ女なんです」 「……名前に幸の字が入っていそう」 その言葉に、カウンターに座ってコーヒーを飲んでいた盛実からそんな言葉が漏れた。 「あ、当たりです。私、月崎幸夜(ツキサキ サチヨ)と言います」 そう言う彼女は控えめに見ても美人の類で、服も質素だが質が良さそうなものを着ている人だった。少し気弱そうな雰囲気はあるが、それを見ても大抵の人は物憂げとか儚げとかそれも魅力として解釈するだろうぐらいには美人だった。出された名刺からは有名化粧品メーカーの開発・研究部に勤めていることもわかった。 「……相棒で見たやつだ。『ついてない女』だ。その内に小料理屋の女将に収まるやつ」 進研ゼミの漫画みたいな気分と呟く盛実のおでこを、天青は指でとんと押した。 「彼女は少々胡乱な発言をしますが、無視して頂いて大丈夫です。それで詳しいことを教えてください」 「でも、彼女の言う『ついてない女』という表現はぴったりかもしれません……私、男性とお付き合いしようとすると、絶対に事故が起きるんです」 幸夜はそう神妙な面持ちで言った。 「……事故というのは具体的には」 「公園の階段から落ちたり、ベランダから植木鉢が落下して来たり……」 猗鈴の質問に、幸夜はそう記憶を辿る様な素振りも見せずに答える。 「なるほど、それはいつ起きますか?」 「男性とのデート中です。皆さん、お見合いで知り合った人なんですけれど……」 「お見合い……紹介してくれた人や、デートに行った場所は皆同じですか?」 「……紹介してくれた人は同じですけれど、デートに行った場所は違います。毎回職場の人達に相談して、なるべく、落ちてきそうかものとか階段のなさそうな場所を探したりとかもしていて……」 そう言うと、幸夜はこれが今までの場所のリストですと何枚かホームページなり地図なりを印刷した紙を出した。 「なるほど、でも何かは起きてしまうと」 「はい、一度階段も何もない様に、その時の相手が車好きだというのもあってドライブデートを提案したこともあったんですが、その時はタイヤがパンクしました」 ここでですと出した紙の内一枚を指さした。 「例えば、背中を押す人がいたとか、ドライブの時に後ろについてくる車があったとかは?」 「……あったかもしれませんが、気づきませんでした」 「車で行った場所は?」 「いつパンクしたかわからないのですが……なるべく見通しがよくて広い場所、海岸沿いの展望台みたいなところとか、海辺のカフェとかに……」 寄った場所は印刷してませんけれど、と少し幸夜は申し訳なさそうにした。 「ちなみにそうした諸々の事故はどれくらいの頻度で起きてますか?」 「デートに行ったら必ず、一年ぐらい続いています」 「必ず!?」 その異常さに必思わず盛実は幸夜の言葉を繰り返してしまった。 「お見合いで知り合ったということですが、お見合いの時は?」 「それはないです」 天青はなるほどと頷いた。 「わかりました。では、依頼としてはこの事故についての調査ということで、いいですか?」 「いえ、違います」 「……違うんですか?」 思わぬ返答に、それまで冷静だった天青も少し戸惑った。 「その、なんて言うか……今度の人は逃したくないんです。なので、デート中に事故が起きない様にボディガードして欲しいんです」 「ボディガード……まぁ、わかりました。ちなみにデートの日取りは決まっていますか?」 「明日です」 「……急ですね」 猗鈴も思わずそう呟いてしまう。 「今朝になって、このままじゃまたダメになると思ってここを探したので……」 「わかりました。デート先は?」 「集合場所だけ決めてあります。県立公園の北口です。博物館や美術館、動物園、植物園が入ってるので……何かあってもデートを続行できると思って」 公園は道幅が広くて見通しがよく、定番のデートスポットが集まった場所でもあるのを猗鈴はよく知っていた。県民ならば誰もが知るデートスポットのひとつだ。 「賢明な判断です。とりあえず私達はこれから過去に事故が起きた場所について調べ、共通項がないか探します。ギリギリまで場所は決めないでもらった方が守りやすいです」 事故が起きた時のデートの内容、場所などを一通り聞くと、天青は幸夜を一旦帰した。 「……天青さん、どう思いますか?」 「階段で転んだのも、植木鉢が落ちてきたのも車がパンクしたのも屋外。見通しがよいところを選んでいたなら近くに人が隠れていたということは考え難いと思う」 猗鈴の問いに天青はそう答えた。 「それはどうかな、バケモンとかソウルモンっていう透明になる幽霊のデジモンもいる。ついてないというよりも憑いている人なのかもよ」 「……そもそも、メモリ犯罪なんですか?」 猗鈴がそう問うと、天青はそうだねと頷いた。 「それは多分そう。そして、カメレモンかそうじゃない、私の考えてるそれなのかは……明日のデートでわかると思う」 「既に現象の説明に目星がついてるんだ?」 盛実の言葉に天青は頷いた。 「一応、この情報を見る限りは」 天青のその表情は、猗鈴にはよくわからなかったが、盛実には確信があるのだとわかった。 「……じゃあ、後は動機が分かれば誰が襲ってきているのか目星がつきますね」 猗鈴はそう言って、少し眉をひそめた。 「なんていうか、今回の依頼、うまく筋が通ってない気がするんです。私にはよくわからないですが、結婚って当事者達にとっては大切なものだと思うんですけれど……」 「確かに、最初に問題が偶然というには起きすぎていると思ったら、すくまに探偵なんかを頼ってもおかしくない。前日にくる優柔不断さを踏まえても、一年間放置は長い」 お金がなさそうでもなかったしねと、盛実は幸夜の服装を思い出しながら天青に相槌を打った。 「……自作自演ってことは? 元々お見合い結婚に乗り気ではなくて、でも評判を落としたいわけでもなくて事故を演出した。それでも紹介する人が諦めないから、客観的な証人として依頼してきた」 「私にはそんな自分本位の人には思えなかったけど」 「マスターは基本的に甘いけど、確かにそれは正直遠回りすぎるんじゃないかなぁ」 盛実もそう言うと、天青は水を一口飲んだ。 「なんにしても明日。猗鈴さんはこれから私と一緒に県立公園に行って下見をしたら今日はおしまい。盛実さんは調べて欲しいことがある。明日、手口が確定すれば多分動機はわからなくても犯人は絞り込める」 「絶対天青さんの方が向いている……」 そう呟きながら猗鈴は美術館の中、幸夜とデート相手の後ろをパンフレット片手に歩いていた。 女性としては滅多にいない長身の猗鈴は、目立たない様な服装をしても十分に目立っていた。 幸いなのはデート相手の男性と幸夜はほとんど互いしか見えてない様であることだが、幸夜をさらに後ろからつけ狙っている人間がいればあっという間にバレるだろうなと思った。 『私もそう思うけど、美術館の中から尾行だから、多分犯人にはバレてない筈』 イヤホンから聞こえてくる声に、猗鈴はため息を吐きたくなった。 今日、猗鈴が見ている限りでは幸夜がついていないとはとても思えなかった。美術館なので大声でしゃべってこそいないが、表情を見れば二人とも楽しそうなのはわかるし、天候も悪くなくて格好のデート日和という感じ。休日の美術館なのでそれなりの数のカップルがいたが、二人はその中でもかなり互いのことばかり見ている様に見えた。 「……デートの場所とか関係なさそうなんですよね、あの二人。幸夜さんに比べると彼はまぁ……平凡な顔立ちですけれど」 デート相手の男性は、田中秀樹(タナカ ヒデキ)という人で、猗鈴から見てとにかく平凡に見えた。勤めている会社も平凡、顔もまぁ悪くはないけどよくもない、どこが彼女の琴線に触れたのだろうと思う雰囲気だった。 にも関わらず、二人はあまりに楽しそうで、ついてないというのもちょっとした被害妄想に近いものなんじゃないかと思うぐらい。自作自演という見方は違ったなと思いながら猗鈴は見ていた。 「あ、今日レストラン臨時休業なんですね……」 「じゃあ、一度公園から出て近くのお店をさがしましょうか?」 「そうですね」 ふと、そんな会話が聞こえてきた。 「天青さん、レストラン臨時休業なので外で食事するそうです」 『……わかった。猗鈴さんも、わかってるよね?』 「はい」 猗鈴はそう言ってかなり距離を詰めて男性から見て、幸夜と逆側の斜め後ろにぴったりと張り付いた。 「月崎さん、何食べたいですか?」 「そうですね、パスタなんてどうでしょう?二階の端の方にあった絵のパスタがおいしそうで」 「いいですね、僕もあれおいしそうに見えちゃって……」 手を繋ぎ楽しそうに話す二人に、暢気だなと思いながら、猗鈴は近くのガイド本を取り出し、周りが見えていないふりをしながら張り付き続ける。 天青は、そんな三人の様子を美術館の傍に建っている三人の屋上の物陰から見ていた。 そして、その視線を三人ではなく空へと向けて行く。 するとそこにそれは現れる。 お世辞にも目立ちにくいとは言えないブロンズの様なゴールドの様な金属質な蜂に似た姿のデジモン。 「……やっぱり狙撃だ。博士、わかる?」 天青はちらりと三人の位置を確認する。ちょうど三人は、美術館の入り口に造られた階段へと差し掛かるところだった。 『マスター、わかったよ。そのデジモンはワスプモン、お尻から針の代わりにレーザーを撃つデジモンだよ』 「了解」 ワスプモンが三人の方へとお尻を向けたのを確認すると、天青は銃を構え引き金を引いた。 ワスプモンがデート相手の男性を撃つ直前に天青の放ったコウモリの様な弾はワスプモンへと迫り、その体勢を崩した。 しかし、レーザー自体は発射され、狙いは逸れてそばにいた猗鈴のふくらはぎにあたる。 「熱ッ」 思わず猗鈴は声に出し、脚を持ち上げた拍子に転びそうになったが、階段をぴょんぴょんと片足で何段か跳んだあと、手すりを掴んで無理やり体勢を立て直した。 「探偵さん!?」 「……お二人は一度美術館の中へ。月崎さんはヤツに尾けられていたんです」 猗鈴はそう口にしながら空をトンボの様にカクカクと飛ぶワスプモンを指さした。 「幸夜さん!?これって一体どうなって……」 狼狽する秀樹目掛けて飛んでくるレーザーを猗鈴が身を呈して庇うと、着ていた服にじゅうと音を立てて小さく焦げた穴ができた。 「……もう一度言います。美術館の中へ避難して下さい」 もう一度来るかもしれないと空を見ると、ワスプモンは何発ものコウモリの様な弾に追い回されていた。背中の推進器を使って弾を的確に避けてはいるが、それにかかりきりにも見える状態だった。 二人が美術館の中へ入って行くのを見ながら、猗鈴はメモリのスイッチを押した。 『ウッドモン』 猗鈴の身体が光に包まれて変身を終え、もう一度空を見上げると、ワスプモンはコウモリの弾を既に全て落としていた。 「……さて、変身したけどどうしましょう。これ」 『ワスプモンは高い機動力と触覚の索敵機能、あと結構長めの射程が強み、近距離戦に持ち込めばフレアリザモンの時の様に耐えられる心配はないから、なんとか近距離に持ち込んでブランチドレインで一気に決めて』 盛実からの通信に、猗鈴は少し困った顔をした。 「空飛んでるんですけれど、私はどう攻撃すればいいんですか?」 『んー……ジャンプすればスペック的にはギリ届く筈! 武器が間に合わなくてごめんね!』 まぁそれしかないかと猗鈴がワスプモンに向けて跳ぶと、ワスプモンはすっと横に移動して避け、自由落下する猗鈴の背中に向けてレーザーを撃った。 「……だと思ったッ」 体勢を崩した猗鈴が転がりながら着地すると、ワスプモンはさらにそこに追撃のレーザーを撃つ。それを避けてなんとか立ち上がったが、当然さっきと状況は変わらない。 「届いても避けられるんですけれど……天青さんの弾は?」 『私の弾だと速さが足りない。空中でカクカクっと動かれると追尾機能があっても全然当たらない』 「速い弾とかないんですか?」 『あるけど……『サングルゥモン』』 通信機越しにそんな電子音が聞こえて、次の瞬間、猗鈴を狙っていたワスプモンの胴体に何かがカツンと軽い音を立ててぶつかり、そのまま地面に落ちてきた。 落ちてきたそれは手のひら大のナイフか何かの刃の様なものだった。 『……見ての通り、射程が足りない』 『サングルゥモンメモリはマスターとの相性が微妙だし、銃だと直に挿したりベルト使うよりも威力下がるから……強みの吸血も銃じゃね……』 天青の言葉に対して補足をした後、近距離だと殺傷力高過ぎるしあんまりつっかえないんだこのメモリと盛実は呟いた。 「なるほど……じゃあ、もう何発か当ててもらっていいですか? ちょっと試したいことがあります」 猗鈴はビームを避けながらそう言い、地面に落ちた刃を拾った。 『わかった』 カンカンカンと軽い音を何度も立てて刃が当たっていると、ワスプモンも目の前の攻撃が届かない猗鈴ではなく、効かない速い弾を当て続けてくる天青の方に顔を向け、そちらに意識を集中する様になった。 天青はひらりひらりとワスプモンのレーザーを避けながら撃ち続け、ワスプモンもまた同じように当たらないレーザーを撃ち続ける。 その様子を見て、猗鈴はもう一度ワスプモンの元まで跳ぶも、ワスプモンは一瞬触覚をピクリと動かすとそれをさっきと同じ様にあっさりと避け、またレーザーを撃とうと尻を猗鈴へと向けた。 だが、ジャンプの頂点、身体が静止した一瞬に猗鈴は手に持った刃をブーメランの様に投げた。 投げられた刃はワスプモンの背中の推進器に突き刺さり、直後急激にガクンと体勢が崩れた。 「天青さん!」 『ウッドモン』 スタンと着地した猗鈴は、突然のことに状況が飲み込めず低空でコントロールを失って階段の上へと落ちかけているワスプモンに向けて走りながらメモリを挿しなおす。 それを見てワスプモンもなんとか上昇しようとしたが、無事だった方の推進器も天青の撃ったコウモリの弾が当たって跡形もなく爆ぜると、あっという間に地面に叩きつけられた。 『ブランチドレイン』 電子音と共に階段を駆け上がり、脚を高く振り上げるとワスプモンへと振り下ろした。 足に感じる確かな手応えに、猗鈴は倒したと思ったがすぐにそれが違うと気づいた。手応えはあったが弾力があったのだ。 よく見れば、振り下ろした脚から伸びた枝が掴んだものはワスプモンの身体ではなく、横から伸びてきていた見覚えのある濃い緑色の触手だった。 「これは……」 枝を通じて流れ込んでくるエネルギーもあっという間に途切れ、触手は小さく爆散する。 『猗鈴さん?誰に割り込まれた?』 「もちろん私です」 猗鈴がその声に横を向くと、自身の触手を噛みちぎったらしいザッソーモンの姿があった。 「姫芝さん……でしたね」 「名前を覚えて頂けた様で」 そう言いながら、姫芝は噛みちぎったのと逆の触手を伸ばして、地面を転がっているワスプモンを掴んで手元へと引き寄せた。 「……何故私を助ける?」 「私、姫芝と言います。まぁ業務外ではありますが、あちらの方に用がある立場でして……利害が一致するのではないかと」 「どういうことだ?」 姫芝はワスプモンに向けて、笑みを浮かべながら何かを呟いた。 「どうしますか?」 爆散した触手の破片を軽く蹴り飛ばしながら猗鈴はそう天青に聞いた。 『マスター、幸夜さんは別の出口から避難したよ』 『……幸夜さんのことは博士に任せて、今はこのままここでワスプモンを捕らえるのを優先したい。もちろん、姫芝も』 「わかりました」 猗鈴はそう言って姫芝達に向けて駆け出した。 「ここではゆっくり話すことはできなそうですから、一度場所を変えましょう」 姫芝はそう言いながら、天青が持つものと似た様な形の銃を取り出して、口でメモリを挿し込み、歯で引き金を引いた。 『トループモン』 電子音と共に、銃口の先で黒い球が膨らみ、それは一瞬で黒いゴムで覆われた身体を持つデジモンへと変わった。 「もう数体出しておきましょうか」 『ト『ト『ト『トループモン』 ガチガチガチガチと四回連続で姫芝が引き金を引くと、さらに四体のデジモンが現れた。 「斉藤さん、こいつは……?」 猗鈴が足を止めるて盛実に問いかけると、現れたデジモンはぐるりと猗鈴を囲んだ。 『トループモンだ。トループモンは一応デジモンではあるけど、特殊ゴムの身体の中にエネルギーを詰め込んだ意思のない人形みたいなもの!ほっといたら多分自動で破壊活動とかすると思う!』 「とりあえず、ブランチドレインじゃなくてもいいってことでいいですか?」 『うん、OK! 中の人とかいないのもわかってるしね!』 「……ならよかった」 そう言うと、猗鈴は一体のトループモンの顔面を回し蹴りで打ち抜いた。 その背中を狙って来た一体に対しては、殴りかかって来た腕を掴んで引っ張りながら拳を突き出して殴り倒す。 残った三体が一度に三方から襲って来たのに対しては、一体の腹にまず迎え撃つ様に拳を打ち込み、その背中側に回って迫る残り二体に向けて蹴り飛ばした。 それを一体は避けたが片方は避けられず、猗鈴へと到達する時間に時間差ができる。 最初の一体は顎を蹴り上げて吹き飛ばし、そこに飛び込んできた二体目の頭に踵落としをしてそのまま強く踏みつける。 パァンと踏みつけられたトループモンが規模の割に強い光と音を伴って爆発を起こしながら破裂すると、続いて先に倒したトループモン達も連鎖して爆発破裂した。 「……なんで一斉に爆発するんだろう」 『多分、撹乱目的かな。今は昼間だからいいけど、夜とかだったらちょっとした目眩しにはなるよ。実際……姫芝達は逃げている』 「あ、ほんとだ。いませんね」 『でも安心して、そっちはマスターが追ってる。猗鈴さんは念の為に幸夜さんと合流して……何も知らなかった秀樹さんへの説明もしようか』 「……口下手なんですけど、大丈夫ですかね」 『私もフォローするから安心してよ』 「それはむしろ安心できないです」 『えー』 ビルの屋上で、天青は銃をザッソーモンとワスプモンに突きつけていた。 「……うまく逃げおおせたと思ったんですけど、なんで生身でそんなに動けるんですか?」 「捕まえてからなら、ゆっくり説明してあげるかも」 天青は少し笑ってそう言った。 ザッソーモンが触手を伸ばそうとすると、天青は即座に銃から刃を撃ち出してその先端を屋上の地面に貼り付けにする。 そうして、一歩二歩と近づいていって、ピタと足を止めた。 「……捕まえられては困る。彼女の使っている銃はまだ試作品。設計図はあるが試作品の状況をフィードバックできないのは損失だ」 そんな言葉と共に、屋上にふらりと白衣の男性が着地した。 「……なんで研究部門のトップのあなたが、というかどこから……」 「彼女は一応研究部門にいるが開発能力は皆無、コアドラモンの一件の報告書を僕のところに持ってきたんだよ。それでこんなのかなと試作品を作って渡したら、使えるか持たせてみたと言うじゃないか。それを聞いて慌てて飛んできたんだ」 正確に言えば、ここには路地裏から跳んで来たんだがと白衣の男性はそう言うと、真っ直ぐに天青を見た。 天青はその視線になんとも言えないものを感じてサングルゥモンのメモリを抜き、改めて銃を構え引き金を引いた。 『レディーデビモン』『ナイトメアウェーブ』 黒い蝙蝠が銃口から濁流の様に大量に出ては白衣の男性へと押し寄せる。 しかし、白衣の男性はそれを素手で当然のように受け止めた。 「今は戦闘の意思は無い。僕としては同じ『魔王の眷属』同士仲良くしたいのだが……戦えば僕が勝ち君は死ぬ」 白衣の袖こそ焦げていたものの赤褐色の甲殻の様なものに覆われた手は無傷で、天青はごくりと唾を飲んだ。 さらに、白衣の男は金色の端子のメモリを取り出してちらりと見せた。 「……私は眷属じゃないけど、あなたはどこの魔王の眷属なの?」 「教えてもいいんだが……姫芝くんの上司である彼女の研究計画を聞いてないし、勝手に動いたら怒られそうだから勘弁して欲しい。でも、君に信用してもらう為だ、他の質問は受け付けよう」 白衣の男は、短い髪を軽くかきながらそう言った。 「……あなたの名前は?」 天青は少し考えた後、そう聞いた。 「本庄善輝(ホンジョウ ヨシテル)だ。親しみを込めてヨッシーとかテリーと呼んでくれても構わない」 「……あなた達は何をしようとしているの?」 「それは、もう少し仲良くなってからだよ黒木……いや、今は国見天青と名乗っているんだったか、ややこしいな」 善輝はそう言ってまた頭をかいた。 「そうだ。レディーデビモンだから、デビデビというのは?」 「それは嫌だ。一応今は国見天青で通している」 「そうか……では、その名前から何かいいあだ名を考えておくとしよう」 「考えなくていい」 「では、失礼するよ、デビデビ」 「……そういう意味じゃない。あだ名で呼ばれるほど親密になる予定はないってこと」 白衣の男が姫芝とワスプモンを連れて去っていくのを天青は追わなかった。一瞬、自分のポケットに入った白いメモリを手に取ったが、それもすぐに戻した。 「本庄善輝……」 「……二人には逃げられた」 喫茶店に戻ってきた天青のその言葉に、猗鈴はそうですかと呟いた。 「あの……ところで、今までの不幸はあの、デジモン? が起こしていたということでいいんでしょうか……」 幸夜の言葉に、天青はえぇと頷いた。 「今までの被害に遭っていた現場は常に屋外の開けた場所でした。犯人は証拠が残らない様に、落ちれば割れてしまう陶器製の植木鉢や、レーザーの熱で解けても擦れて熱で溶けて穴が空いた様にも見せかけられるタイヤを狙ったり、熱さを感じる程度の弱い出力のレーザーを足に撃って反射で足を動かさせて転落させたりしていたんです」 「でもなんで……」 「わかりません」 天青がそう言うと、幸夜はとても不安そうな顔をした。 「じゃ、じゃああのデジモンの正体は……」 「ある程度は絞れていますが、特定にはまだ至っていません」 そんなと幸夜は震え出し、どこかすがるような顔で秀樹の方を見た。 それに、秀樹は最初困った様な顔をして猗鈴や盛実、天青を見たが、三人共ここで声をかけて欲しいのは恋人からであるとわかっていたので口は出さなかった。 「……幸夜さん、もうデートするのはやめよう」 秀樹がそう言うと、幸夜の目からぼろぼろと涙が溢れた。 「そう、ですよね……こんなついてない女なんて、嫌ですよね」 「い、いやそういう意味じゃ……」 秀樹がうまく言葉をかけられないでいると、幸夜は涙を流したまま喫茶店を飛び出してしまった。 「私は幸夜さん追ってくる。博士、あと頼んだ」 「わかった、期待しないでね!」 「期待して待ってる」 本当に期待しないでよーという声を背に、天青は幸夜を追って喫茶店を飛び出した。 しかし、存外幸夜の足は早く、既に姿は見えなかったが、天青が耳を澄ませば泣いている人特有の息遣いが聞こえてきた。 「……こっちか」 天青が追って走っていくと、幸夜は住宅街の只中にある小さな公園のベンチに座っていた。 「……探偵さん、私、今回は本気だったんです」 「……聞かせて下さい、依頼人に寄り添うのが探偵の仕事です」 「最初、私はお見合いに乗り気じゃありませんでした。昔から断るのが苦手なんです。私の取り柄は見た目だけ……それでもそれが人によってはとても大事なのか、お見合い相手として勧められるのはお金があったりそれなりに社会的地位があったり、自信満々で押しの強い人達ばかりでした。話すこともいつも自分のことばかり……」 いつもなかなか断れないんです。それに、嫌な相手でも失礼も働きたくないですしと幸夜は辛そうな顔で口にした。 「では、最初はあなた狙撃もいいように使っていたんですか?」 「狙撃とは気付きませんでしたけど……ただ、ついているなと思っていました」 「ついている」 「私自身が断らなくても、相手が不気味に感じて引いてくれる。それに、誰も大きな怪我もしていませんでしたし……」 「だからこれまでは放置していたんですね」 それでも、紹介はされ続けましたけれどねと幸夜は呟いた。 「でも、そのおかげで彼とのお見合いも決まったんですよね」 「はい、秀樹くんは……初恋の人なんです。小学校の同級生、どちらかといえば冴えない人でしたけれど、引っ込み思案な私の話をよく聞いてくれる人で……今もそうでした」 なるほどと天青は頷いた。 「私のことを紹介する時、お見合いをセッティングしてくれている人はいつも顔が良くて控えめな人だと言うんです。でも、私だって本当はいっぱい話したいし、自分のことも話したい。控えめなんじゃなく、前に出ていくことが苦手なんです」 「今までは、ついていないと言いながらも、ついていた。だから、前日までは不安にもならず……前日になってもしかしたら彼もと、不安になったんですね」 「そうです……探偵さんは守ってはくれましたが、こんな変なのに付き纏われて狙われている女なんて、誰だって嫌ですよね」 「そんなことは……ないと思いますよ。あなたの話をよく聞いてくれるのは、彼もまた幸夜さんのように前に出ていくことが苦手だからでしょう」 「え?」 「デートするのはもうやめよう、その言葉の後に彼が続けたかったのはきっと……」 天青はそう言いかけて、急に幸夜の身体を抱え込むように飛びついた。 「きゃっ!」 幸夜が悲鳴を上げた直後、座っていたベンチにレーザーが照射されてあっという間に座面が溶けて半壊した。 「い、今のは……?」 「……疫病神がまた追いかけて来たみたいです」 そう言いながら天青は幸夜を立ち上がらせながら天に向けて銃を何発か撃った。 天青の撃ち出した数発のコウモリは、二人を見下ろすようにして飛んでいるワスプモンへと向かっていく。 「博士、GPSで私のところまで来て。ワスプモンが……」 「ワスプモンも、の間違いですよ?」 天青が言い終わらない内に、触手が天青の持つ銃に見慣れた濃い緑色の触手が巻きついた。 『ト『ト『ト『ト『トループモン』 「昼食を共にしながら少し話し合いましてね。目的は異なるものの、どちらにとっても都合がいいと、協力することにしたんですよ」 喋りながら姫芝は五体のトループモンをその場に産み出して天青に向かわせる。 銃を持った右手は触手に引かれ、後ろには幸夜を庇い、トループモンは迫ってくるし、ワスプモンは空から狙っている。 「なかなか抵抗しますが、デジモンの膂力にどこまで抗えますかね?」 しかし、天青は落ち着きはらって左手でメモリを一本取り出して銃を変形させてスロットに挿しこみ、 『サングルゥモン』 「でも、雑草は力尽くで引っこ抜くものでしょ?」 左手で銃に巻きついた蔦を掴むと、姫芝の身体が宙に浮くほどの力で引き寄せた。 『スティッカーブレイド』 銃口から発射された刃の散弾は触手を切断しながら五体のトループモンと姫芝の身体にも深々と突き刺さっていく。 一泊遅れてトループモンの身体は光と音を放ちながら爆発する。 「……ツッ」 その光と音に、天青は銃を持った手で片耳を押さえたが、一息吐くこともできない。 「危ないッ……」 天青がぐいと幸夜の腕を引くと、さっきまで幸夜の立っていた辺りの地面がじゅうとレーザーで焼かれた。 「どこか逃げ込める建物があるところに行かないと……」 そう呟いた天青の脚にまた触手が絡みつく。 「……フィジカルおかしくありません? 本当に人間ですか?」 そう呟きながら立ち上がる姫芝の方を向きながら天青は銃口の下に自分のスマホを接続すると銃からサングルゥモンのメモリを抜いてスマホに挿しこみ直した。 『サングルゥモン』『バヨネット』 音声に合わせて、メモリの刺さったスマホから30センチ程の長さの銃剣が現れるが、天青の耳はひどい耳鳴りがしていて起動音がうまく聞き取れず、ちゃんと起動できたか目で確認しようとするも、焦点の合わない目ではぼんやりとしか見えなかった。 「……仕方ない」 そう呟いて天青は目を閉じて耳に集中すると、軽く剣を空で一振りして空を切る音で状態を確認した後、脚に絡みついた触手を切り落とした。 すると一息吐く間もなくレーザーが飛んでくる。天青はそれを銃剣で受ける。 なんとか凌ぎ切ると、先端から体液を流しながら姫芝の触手が脚や手、首を狙って絡み付こうと伸びてくる。 「……立ち上がって来れる様な怪我とは思えないんだけど」 天青はそう独りごちながら触手をなます切りにした。 「聞いてませんか? 私は痩せ我慢が得意なんです」 そう言う姫芝の目は血走り、口元は強く食いしばりすぎて出血さえしていた。 触手が切られるのは腕を切断されるに等しい痛みだろうに、切られた部分を伸ばして補い絡み付いてくる。 トループモンの爆発のダメージが抜け切らない目は当てにならず、耳はなんとか使えるが絶え間なく脂汗が流れるぐらいには無理をしている自覚が天青にはあった。 「……キリがない」 天青がそう呟いて、またワスプモンのレーザーから幸夜を庇う様に手を引いた直後、ふとエンジン音が聞こえて来た。 それは、既に変身済みの猗鈴と盛実の乗ったバイクが走ってくる音だった。 「ごめんマスター! 猗鈴さんの武器の調整に手間取った!!」 盛実はそう言って、金属製の筒にトリガーが付いただけのような奇妙なものを掲げて見せた後、バイクを降りた猗鈴に手渡した。 「天青さん、私に任せて幸夜さんを」 そう言って猗鈴さんがそれのトリガーを引くと。 『ウッドモン』『クラブ』 音声と共に筒の中から枝がずるりと伸びて一本の棍へと変わった。 「何かと思えばただの棒じゃないですか」 そう呟く姫芝に対し、猗鈴は到底届かないような距離から棍を振るった。 すると、振った腕に合わせて伸びた枝が姫芝の身体を強かに打って転がした。 「マスター、私も見とくから大丈夫!」 「……任せた。すぐに戻る」 そう言って天青が幸夜を連れていくのを、 「……ズルい」 ワスプモンはそう呟いて幸夜を追いかけようとしたが、その鼻先を猗鈴の棍が掠めると、その矛先を猗鈴へと変えた。 「ズルい、ズルい、ズルい!」 「……なにがです?」 「綺麗な容姿に産まれて、結婚相手を紹介してくれる人もいて、選んでくれる相手もいる! なのにあの子は結婚したくないと切り捨てる!! 私みたいに手が届かない女もいるのに!!」 そういえばと猗鈴は思い出す。同僚にはデートのことや間合いのことは話していると言っていた。結婚したくてたまらない人間からすれば幸夜の考え方は贅沢なものだろう。 「だからあいつも『結婚しない女』から『結婚できない女』にしてやる」 「それが動機ですか」 「そう、『不幸を呼ぶ女』のタネはお前達に明かされたが、顔に無残な火傷でも負わせればどんなきっかけで受けたかなんて関係ない!生まれつき綺麗に産まれたってズルい部分を取り上げてやるのよ!!」 猗鈴は返事をする代わりに棍をくるりと回して構え、銃身についたパーツにローダーレオモンのメモリを差し込み、トリガーを引いた。 『ローダーレオモン』『ボーリンストーム』 猗鈴が棍をぐるぐると振ると、先端がしなって円を描いて回転を始め、旋風が出来上がっていく。 そうして出来上がった旋風が猗鈴が棍を振るのに合わせてワスプモンへと飛ぶ。 「こんなとろいの……」 触れないギリギリで避けようとしたワスプモンの身体が、風に引かれて旋風に囚われるのを確認すると、猗鈴はローダーレオモンのメモリを抜いて代わりにウッドモンのメモリを筒に挿し込んで棍を振りかぶった。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 猗鈴が振る動きと共に真っ直ぐに伸びた棍が竜巻に囚われたワスプモンの身体に突き刺さる。 急速に棍は枝分かれしてワスプモンの身体を包み、発光しながらエネルギーを吸いはじめる。 それを確認して猗鈴がもう一度棍を振るってワスプモンを地面に叩きつけると、ワスプモンの身体は光と共に爆発した。 メモリの破片と共に地面に転がった女性は取り立てて不細工ということもなく、どちらかと言えばやや容姿が整っている方にさえ見えた。 それを見て猗鈴は一度だけ、ため息を吐いた。 「……姫芝は?」 ふと、姫芝がいない事に気づいてバイクと一緒にいた盛実を見ると、げという顔をした。 「えと、姫芝は別に幸夜さんを追ってた訳じゃないし、もし行ってもマスターいるから大丈夫かなって思ったけど……」 ちらっと盛実は地面に落ちたゴム片を見ると、何かに気づいたらしくみるみる青ざめた。 「トループモンとマスター戦ったあとだったら……やばいかも」 「どうしてですか?」 「マスターは五感が特別いいから……ああいう光や音が炸裂するのがめちゃくちゃ効くんだよ!」 「めちゃくちゃ効くって言っても……」 「猗鈴さんも体感したでしょ?スカルバルキモンの時……マスターの聴覚は五感の中でも特に鋭敏で、level5の中でも鋭敏なデジモン並だけど、その感覚の強さはヒトに耐えられる強さじゃない」 確かに、猗鈴はスカルバルキモンの能力に閉じ込められた時、助けてという声に天青だけが駆けつけた。他の被害者は皆殺されてから発見されたのに、猗鈴の場所を知る筈もないのに。 「今のマスターがまともに見たり音を聞ける状態でなく、姫芝もこっちが止めていると思っていたら……警戒だだ甘になってるかも」 猗鈴と盛実は急いでバイクに飛び乗り、GPSで天青と幸夜を追いかけた。 「マスター! 大丈夫!」 二人のところに着くと、猗鈴がバイクを完全に止めるよりも早く盛実はバイクから飛び降りた。 どうしてと思って猗鈴がふと地面を見ると、血痕がぽつぽつと地面に垂れていた。 「救急車を呼んで。まだ視界がぼやけていて、うまく電話をかけられなくて」 そう言った天青の白いシャツに血の赤い斑点ができていたが、それが天青のものでないのは明らかだった。 天青は幸夜の顔に自分の服を破ったらしい布を押し当てていて、デートの為に用意しただろう幸夜の質のいい服には無残なほどに血が飛び散っていた。 「切られたのはおでこで……でも目に血が入ってしまって、私も電話使えなくて」 幸夜はそう言いながらされるがままにされていた。 「姫芝は?」 「姫芝はもういない、ワスプモンがやられたのを見てからこっちに来たらしく……トループモン何体かを目眩しに、多分、自分の触手の先端に突き刺してナイフ代わりにして襲って来た。目的は幸夜さんの顔に傷をつけることだったみたい。守れなかった」 わかったと盛実は119に電話をかける。 「それにしても、ワスプモンがやられたなら逃げてもおかしくないのに……」 「えと、あのワスプモン?というのと仲間なんじゃないんですか?」 ぽつりと呟いた猗鈴に、幸夜は目を開けないままそう言った。さっき取り乱して喫茶店から出て行った人とは思えない程落ち着いているのは、状況が異常過ぎるからだろうか。 「いや、利害が一致しただけの関係で、私や天青さんはともかく幸夜さんを襲う理由は……」 「多分、真面目なんだと思う」 天青は目を瞑ったままそう言った。 「真面目?」 「こっちが何か言えば何か返すし、多分、ワスプモンと協力関係を結んだ時に、幸夜さんを傷つけることを手伝うと言ったんだと思う。それで、ワスプモンがやられても約束は守った……」 理解できないと猗鈴は呟いた。 こうして、月崎幸夜からもらった守って欲しいという依頼は、犯人は捕まえたものの依頼人に怪我を負わせてしまうという後味の悪い結末になった。 とはいえ、依頼人が不幸になったかといえばそれもまた少し違った。 「幸夜さん、年内に結婚するつもりで話を進めているみたい」 天青はメールを読みながらそう猗鈴と盛実に報告した。 「彼は言い方が悪かっただけでしたもんね……外でのデートは危ないからやめようという意図だったのに、もうデートするのはやめようと取られて……」 「突然襲われて冷静でいられる人は少ないからね。動揺して言葉足らずになる男と、動揺して飛び出してしまった女。でも、襲われても顔に傷がついても幸夜さんと別れるって考えが出なかった辺りラブロマンスとしてはまぁまぁの結末……」 「顔の傷は私と盛実さんの責任ですけどね」 いいよねと言わんばかりの盛実に、猗鈴はそう釘を刺した。 「ところで、犯人は結局何者だったんだっけ?」 「職場の同僚。幸夜さんは、デートの場所を同僚に相談していたって言ってたでしょ?」 「内向的な彼女は多くの友達に相談するタイプでもない、行き先を知っていたのは幸夜さん本人か、同僚か、相手の男性とその周囲の誰か。男性は毎回変わるから排除すると同僚しか残らないってことですね」 「そう、絞りきれなかったから誘い出して特定したかったんだけど……結果的には私の判断ミスだった」 「うーん……まぁでも、姫芝が割って入らなければあの時点でメモリ破壊できてたんだし、有効ではあったと思うけどなー」 私にもメール見せてと盛実は天青の手からノートパソコンを奪うと、おろ? と変な声を上げた。 「どうかしたんですか?」 「このメール、後半は猗鈴さんに向けたものになってるんだけど……」 「あぁ、だから私はそこは読んでなかったんだけど、何かあった?」 そう聞いて、猗鈴もノートパソコンの画面を覗き込む。 「……ここさぁ、この探偵事務所に来た理由は、『美園夏音さんから妹が働いているからと紹介された』ってなってるんだけど……」 盛実の言葉に、猗鈴はガタッと椅子を跳ね除けて立ち上がった。 「それは、あり得ないですよ。姉さんが死んでから私はここに来たのに」 「……直接お祝いを述べつつ、少しお姉さんのこと聞いてみよう。猗鈴さん、ここに彼女の住所があるから、何かお菓子か何か持って行ってきて」 「わかりました。天青さんは行かないんですか?」 準備をさる猗鈴に、天青は首を横に振った。 「お姉さんの話は、あくまで余談として聞くのがいい。上司と一緒に二人でってなると仰々しいし、不安も与える。お姉さんが死んだことは伏せて聞いて」 なるほどと猗鈴が店を出て行くと、天青は地下に向かいながら盛実を手招きした。 「……本庄善輝という男を調べて、年齢は三十代。どうやら組織の幹部の一人らしい」 「それ、どこで聞いた情報?」 盛実は真剣な顔でそう聞き返した。 「最初に一度姫芝達を取り逃した時。本庄と名乗る男が邪魔して来た。私の本名も知ってたし……デジタルワールドとの繋がりがあるのは間違いない」 「となると……肉体はともかく中身はデジモンの可能性もある?」 「……わからない。それを調べる為にも、お願い」 「任せて、最近ネウロ読み返したからイマジネーションはバッチリよ」 「前言ってた地球の本棚みたいなのはできないの?」 「私の能力だと無理かな。本来知り得ない情報には弱いから、既に地球の本棚が存在するならアクセスする方法を生み出すことはできるけど、存在するかわからないし、どうアクセスすればいいかもわからないのは無理。とりあえず警察や病院、役所のデータにアクセスしてみる」 「じゃあ、結果が出たら教えて、大西さんにも調べてもらう。警察ならまた違った情報の調べ方もあるだろうし」 天青がそう言うと、盛実は少し腑に落ちない様な顔をした。 「……これを猗鈴さんに話さなかったのはなんで?」 「本庄は私の攻撃が効かなかった」 「普通の弾の方?」 「いや、ナイトメアウェーブ」 「Level5の技が利かないとなると、level5かlevel6のメモリを使っていると見ていいだろうね」 「うん。そうなるとウッドモンじゃ対抗できない……このメモリを使うかもしれない」 天青はそう言って白いメモリを取り出した。 「それは私としてはなるべく使わないで欲しいんだけど……」 「うん、私も使いたくはない。下手すると死ぬし」 天青はそう言ってそのメモリをポケットにしまった。 「でも、使わなくても死ぬ時には使うしかない」 「……わかった。とりあえず、銃で使う場合はあのパーツをつけて。マスター用のベルトの予備はあるけど、サングルゥモン調整になってるから、三日で調整し直す」 「ちなみに、何発撃てる?」 「一発が限界、乱発は無理。だからといって直挿しは論外。わかってるよね?」 わかってると天青は答えたが、盛実は怪訝そうな顔をして、何か言いかけてため息を一つついた。
ドレンチェリーを残さないで ep4 content media
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へりこにあん
2021年9月11日
In デジモン創作サロン
その部屋は黒を基調としたシンプルな部屋だった。装飾は全体的に落ち着いていて、部屋自体には生活感が感じられなかった。 「ハッピーバースデー、いーすずー、ハッピーバースデー、いーすずー! ハッピーバースデー、ディア、いーすずー、ハッピーバースデー、トゥーユー」 「少し前まで骨だった人とは思えないはしゃぎようですね」 無機質な部屋に響く、お世辞にも上手とは言えず無闇に明るい歌に、スーツを着た無骨な男性はそう嫌味を言った。 「妹の記念日だよ? 祝うのはもはや義務だと思うんだ。とはいえ、まだ死んでたから当日に祝えなかったのが心残りだけどね」 長身の女性はケーキを前にそう言って微笑んだ。モデルのような体型に黒いワンピースを着て、ウェーブのかかった茶髪は長く、目は爛々と輝いている。しかし何より特徴的なのは、その死んだような白い肌だった。 「まだ血色がよくない。いくら夏音様のメモリがアンデッドとはいえ、メモリを使ってもいない状態の遺灰とお骨からの再生は無理があったのではと……」 「お小言はいいよセバスチャン。そういえば、猗鈴がメモリを使ったのを報告して来たのはどんな子?」 自分は秦野です。と男は言った後、一つ咳払いをしてタブレットを取り出した。 「報告してきたのはバイヤーの姫芝 杉菜(ヒメシバスギナ)という者です」 こちらをと秦野は夏音にタブレットの画面を見せた。画面に表示された女性は地味だがある程度整った顔をしていて、それなりに好感が持てそうな顔立ちをしていた。 「……ふーん。営業成績は上の下、身長も低いし経歴もまぁまぁ凡庸、だけど彼女面白いかもね」 「というと?」 秦野が聞き返すと、夏音はにっこりと微笑んだ。 「顔は整形してるよね、これ。資格欄はよくわかんない資格だらけ、趣味は自己研鑽。かなり向上心が強そうだけど適切なやり方も方法もわからなくてがむしゃらに生きてきたって感じ……それに背が低い」 夏音はニコニコしながら好き放題に言った。 「……背が低いことがいいことなのですか?」 「猗鈴は、私の妹はね。例えるならクスノキなんだよ」 夏音は少しどこか遠いところを見ながらそう言った。 「風に倒れず雨に倒れず、虫にも強く高く太く凛と立つクスノキ。誰もが見上げるクスノキの木。背が低く誰からも見下され踏み躙られる雑草は、当て馬に丁度いいじゃない」 「……彼女を呼びますか?」 「おねがーい」 数十分後、現れた杉菜を見て、やっぱりこの子が丁度いいと確信した。夏音より年齢は幾つか上、夏音を見る目には嫉妬と若くても上り詰められる組織なんだという期待が見えた。 「姫芝 杉菜ちゃんだよね。私はカイン」 どうぞ座ってと言われると杉菜は失礼しますと言ってから席についた。 「ケーキは好き?」 「はい、甘いものは好物です」 「それはよかった。妹のお祝いだからケーキ用意したんだけど、持ってく訳にもいかないし、私は甘いもの苦手だからさ」 そう言いながら夏音は、皿にホールの四分の三以上あるケーキを乗せた。 「ありがとうございます。頂きます」 杉菜は夏音に促されるまま、ケーキを食べ始める。 「……じゃあ、食べながら話を聞いてね」 こくりと杉菜は頷いた。 「私達の組織が活動を三つの柱で考えているのは知っているね?」 そう言いながら、夏音は自分の手元に盛ったケーキに乗ったいちごをつまむと、杉菜の皿に置き、自分のケーキの上には代わりに唐辛子を飾った。 「研究・製造・拡散。デジメモリを研究して製造、営業して拡散させる。拡散することでデータとお金が集まるから研究も進む。そういうサイクルを作っている」 で、と夏音は続けながらケーキが赤くなるまで一味唐辛子を振りかけた。 「君がいるとこは拡散する部署、組織の資金集めの為にある部署で最も大きな部署でもあるけど……組織内では一番切り捨てていい部署でもある」 夏音は唐辛子をかけたケーキを一口頬張ると、少し首を傾げ、タバスコを追加でかけ始めた。 「私達の組織の目的は、おばば……ボスの目的を叶えること。おばばは力があるから人を集めたりお金を集めたりは何度でもやり直せる。だから研究成果が一番、二番目に製造施設、三番目に売人達って順番になる」 そう言うと、またケーキを一口頬張り、唐辛子を齧った。 「私は研究班の第二位。強力で重要視されているメモリとの適合率の高さから大した知識も実績もないけど幹部になっている立場ね。そこで、実績が欲しいの」 「……実績、ですか」 杉菜の目が獲物を前にした獣のように輝いた。 「そう、私は純粋に研究者じゃないからそっちでの貢献は難しい。けれど、あなたが見つけてくれた別のメモリの使い方。ベルトを手に入れる事ができたら……まぁ幾らか箔もつく。あなたを私の直属の部下として囲い、あなたにそのベルトや道具のデータ取りや奪取について担当して欲しいなって」 「わかりました。お任せください」 「ふふ、ありがとう。方法は基本的にはお任せなんだけど、一つだけ条件を上げとくね」 「なんでしょう?」 「ベルトの持ち主の拠点に侵入して盗むのは禁止。それをやると失敗した時にどこに潜られるかわからなくなっちゃう。でも、外で、既に変身後の状態と戦うならば、失敗したって何度でもチャレンジできる」 「……何度もチャンスを頂けるんですか?」 「それはその時々の失敗の仕方にもよる。がむしゃらに色々試してくれると私としては嬉しいな」 ほらもっと食べなよと促されて、杉菜はケーキを大口をあけて口にした。 「でも、つまらない結果を残すのはやめてね」 夏音がそう続けながら微笑むと、杉菜はゾッと背筋が冷たくなるのを感じた。 「そうだ、最初にやることぐらいは先に示してあげるね。まずはーー」 その部屋から出た後、杉菜は冷や汗をハンカチで拭きつつ、ニヤリと笑った。 「いぇーい、ウッドモンメモリに関して面白いことがわかったよ」 「聞いたから来た。まだ猗鈴さんにはいえない話だってわざわざメッセージ送ってきてたけど……」 盛実と天青は地下室にいた。壁には天青の持つ銃や変身用のベルトの試作機や他にも幾らかの道具が並び、部屋の隅には黒いバイクがどんと置かれていて秘密基地のような部屋だった。 「聞きたい?」 「できれば早く」 焦らす盛実に天青は呆れたようにそう言った。 「天青さーん、お客さまです」 地下室の厚い扉越しに天青はその声を聞きつけた。 「やっぱり、後で聞く」 「来客?」 「そうみたい」 天青が昇ってくると、カウンターに中川美羽が座っていた。 「実は、私のSNSのアカウントにバイヤーからメッセージが来たんです」 「替えのコアドラモンメモリを買いませんかという内容だったそうです」 美羽の言葉を猗鈴がそう補足した。 「……なるほど、メモリには中毒性がありますからね。刑務所に送られた訳でもない美羽さんにもう一度と言ってくるのはおかしなことじゃない」 「私はメモリとの関係を断ち切りたいので……」 「わかりました。任せて下さい」 そう言うと、天青は美羽を店の奥のスタッフ用の控室まで連れて行った。 「……先に謝っておきます。今回の呼び出しはおそらく美羽さん自体というよりも、私達に対しての誘いでしょう。美羽さんが断る為に私達が出て行く。それが狙いでしょう」 「邪魔者を排除したい?」 「あとは、ベルトとか向こうが使ってないアイテムに興味があるのかもしれない。何しても何度も美羽さんに手を出されても困るから……今回は援軍を呼んでしまおう」 「援軍ですか?」 猗鈴の疑問に、天青はそうと頷いた。 美羽が呼び出された場所はある廃工場だった。天青は腰におもちゃの様な銃を携え、その中で待っていた。 元は鉄骨か何かを扱う工場で、過去の取引もここで行われたらしい。大きなドラゴンになったとしても十分隠れられると共に、体の性能も試せたということだろう。大きな爪で引き裂かれたか潰されたkしたり、何かに溶かされたような鉄骨が転がっている。 「代理の方がいらしたのですね」 明るいグレーのスーツを着た低身長の女性、杉菜はそう言いながらそこに現れた。隣におもちゃのお面の様なものをつけた男性を釣れたその姿は異様だった。 「ええ、彼女は縁を切りたいとのことで、必要ないとのことです」 「では、交渉は決裂。新しいコアドラモンのメモリはいらないと……そういう事ですね?」 「次からは彼女に用があるなら私達に」 そう言って天青は一枚の名刺を投げつけた。 「わかりました……よかったですね、お客様」 杉菜はカードを拾うと、男より数歩後退した。 「ふふ、宮本でいいだろ、姫芝さんよ。身元隠しなんて意味ねぇよ」 男はそう言いながら、手に持った赤みがかったメモリのボタンをかちりと押し、腕に挿した。 『フレアリザモン』 その姿は。人より一回り大きいぐらいの炎の塊のようだった。鋭い鋼の爪が両手それぞれに三本ずつで六本。脚にも鋭い鉤爪が二本ずつ、胴は鉄仮面を被った頭に比べて細いがその分長い尻尾でバランスを取っているようだった。 「さぁ、ねえちゃん抱きつかせろよ! そして俺に嫌がる顔を見せてくれ!」 顔を覆う鉄仮面の隙間からは、狂気じみて輝く赤い目が覗いていた。 「……お断りします」 天青はそう言うと、サッと片手を挙げた。 「デジメモリ不法所持の容疑でお前達を逮捕する。 それを合図に、工場の中に隠れていた警察官達が現れて鈴菜達を囲んで拳銃を構えた。 天青の用意した援軍とは警察官のことだったのだ。 「……公権力も味方かよ」 鈴菜がそうぼそりと呟くと、となりに立った宮本は突然に叫び声を上げた。 「警察は嫌いなんだよぉ! また俺に手錠をかけるか? かけてみろよかけられるものならよぉ!」 そう叫ぶと宮本の身体を覆っている炎がさらに大きくもえあがり、工場の高い天井まで届くまでの火柱になった。 警官の内の何人かが発砲する中、天青は背にした片手で猗鈴に向けてメールを送った。 「効かないねぇ、効かねぇよ! ちょっと痛いがそれだけだ! フレアリザモン様々だ!」 そう叫ぶ宮本の身体からポロポロと撃ち込まれた筈の銃弾が落ちた。 「こいつ……化け物か!」 「退くな、化け物なのはわかってたろ、遠巻きに囲め!」 一人だけ壮年の刑事がそう叫ぶ。その背中を飛び越えて、既に変身済みの猗鈴が飛び込んだ。 「そいつが例の子ですよ、宮本様」 「へぇ、いいじゃないの」 自分に向けて走り寄ってくる猗鈴に対して、宮本は両手を広げて待ち受けるような体勢を取った。 ある程度まで近づくと、猗鈴は思いっきり回し蹴りを宮本の首に叩き込んだ。 猗鈴の蹴りに宮本の身体がぐらりと傾いたが、猗鈴もまた足が焼かれた痛みで苦痛に小さく呻いた。 「……いいねぇ、気が強い女は嫌いじゃないんだ」 傾いた身体をぐんと元に戻すと、宮本はまた両手を広げて下卑た笑みを浮かべながらゆっくりと猗鈴に向けて歩き出した。 「もっと……もっと抵抗しろ。嫌がるやつを無理やり抱きしめるから楽しいんだ……! 生まれ持った差があるんだって、逆らいようがないんだってわからせてやるのがいいんだよ!」 その物言いに、杉菜は気持ち悪いなぁと誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。 猗鈴は、無言で宮本の胸を蹴りつけた。それでも止まらないので次は顎を殴りつけ、膝を踏みつけた。とうとう股間を蹴り上げもしたが、どれもそれなりに効いているようではあったもののすぐに宮本は立て直した。 しかも、殴る度に蹴る度に猗鈴は熱に焼かれていく。 「仕方ない……」 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 メモリを差し替えレバーを押し込むと、猗鈴は宮本の頭に向けて踵落としをした。 宮本がそれを避けたことで頭には当たらなかったものの、肩に踵が打ち下ろされて宮本は地面に叩きつけられると共に、猗鈴の足から蔦が伸びて宮本の身体を覆っていく。 「ぐっ……」 しかし、苦悶の声を上げたのは猗鈴の方であり、宮本の身体から突如立ち上がった火柱は身体に巻きついた蔦を焼き切るのみならず、猗鈴をその場から弾き飛ばした。 ごろごろと転がった猗鈴が立ち上がろうとする時には宮本はもう立ち上がっており、猗鈴のことを見下ろしていた。 「猗鈴さん、下がって」 そう言葉を発したのは天青だった。 「でも、天青さん……」 「大丈夫」 そう言うと天青は構えた銃にメモリを一つ挿し、銃の先端部をガシャコンと押し込みながらずんずんと二人の方へと歩いていく。 「おいおい、そんなおもちゃみたいな銃で何しようってんだ? 俺が遊びたいのはもっと強い女なんだよ!」 『プワゾン』 銃から電子音が鳴ると同時に、天青は猗鈴とフレアリザモンの間に割って入った。 「だからどけって!」 苛立った様にフレアリザモンが爪を振り下ろすと、天青はそれを銃で受けた。 次の瞬間、バァンと何かが破裂する音と共にフレアリザモンの身体の炎が一瞬萎み、その身体は何かに弾き飛ばされたかの様に工場の中を飛んでいった。 「なん……聞いてねぇよ、ちくしょう!」 立ち上がったフレアリザモンの爪は折れ、狼狽した様子でその場から走り去って行った。 「天青さん、あいつは……」 「バイヤーもいつの間にか消えている。ここは一旦諦めよう。次は止められないしね」 天青がそう言いながら猗鈴に見せた銃は、銃身が内側から破裂したようになって煙を上げていた。 「そうだな、あのフレアリザモンはメモリの中の人も大体わかっている。奴の監視はこっちで受け持つから、あんたらはなんとか捕らえられないか準備してくれ」 そう言ったのは、現場の指揮を取っていた刑事だった。 「すみません、大西さん」 「警察にはデジモンを捕らえられる装備は無いからな、助け合いだよ。ザッソーモンなら聞いてた特徴を考えるとなんとかなりそうだったんだが……」 「中の人っていうのは?」 猗鈴の言葉にそうだったなと大西は胸ポケットから手帳を取り出した。 「宮本という名前とあの主張に聞き覚えがある。あいつは宮本一文、かなりの数の強制わいせつで執行猶予食らっているやつだ。手口はいつも同じ、終電前後の電車で帰宅するOLを狙って背後から抱きついて路上で性的暴行を行う。高卒で就職したが、同僚女性に対してのセクハラで退職させられてな。その後別の仕事に着いてからは夜な夜な自立した女性を主な対象として犯罪を繰り返してた」 「なるほど、高身長で荒事もこなす女性探偵、として猗鈴さんを見ると宮本の好みにぴったりなのか」 「嬉しくはないですね」 「全くだ。犯人とわかっても……メモリ犯罪者は風呂までメモリ持ち込むからな。フレアリザモンを倒せる手がなきゃどうしようもない。今回のは何一つうまくいってない感じだ」 「いえ、こっちの依頼主に近づけないようにするという目的はとりあえず果たせました。宮本はともかく……姫芝と呼ばれていたバイヤーは今後あの名刺を使って直接アポを取ってきます」 「来ますかね?」 「来る、確信したと言ってもいい。私が知る範囲では、フレアリザモンというのはウッドモンには相性で有利だけど特別強いデジモンじゃない。こっちにどんな手があるか、探りを入れている」 「……なるほど。そして、国見探偵にはなにか倒せる手に心当たりがあるわけだ」 大西の言葉に天青は首を傾げる様にした。 「……一応、ね。でも宮本の生命までは保証できない方法しか今は思いつかない」 「なんにしても、考える時間が必要ですね」 そういうことになるか、やだねーと大西は冗談っぽく肩をすくめた。 「一話で猗鈴さん探偵助手開始という導入! 二話で猗鈴さん向けチュートリアル! これは三話の変身やアイテムの幅を見せる回と見た! 惜しいのは左右で使っているメモリが違うとかないから幅があまり広くない点かな」 「博士、猗鈴さんが絡む三つ目の事件だからってそんなアニメの話数みたいな捉え方は」 ライダー物はアニメじゃなくて特撮ですー。あ、でもWは風都探偵あるからなぁと言い出した盛実に、天青は一度目を瞑って額を押さえた。 「……天青さんの銃が壊れたんですけど」 「あぁ、それね。マスターがプワゾン使ったからでしょ? 使わなきゃよかったのに、その技は使わない方がいいって言ってるのにさ」 さらに何か言いかけた盛実に対して、天青は手を出して言葉を制した。 「それより、フレアリザモンの能力について知りたい」 「はいはーい。フレアリザモンというのは全身が燃えた竜みたいなデジモンで、猗鈴さんが苦戦したという耐久力の秘密はおそらくその皮膚」 「皮膚ですか?」 猗鈴はそんな不思議な皮膚でもなかったと思うけどと手をぐっぱぐっぱ動かした。 「フレアリザモンの皮膚は自分の炎に負けない様にデタラメな再生力をしてるの。おそらく皮膚自体の厚さもなかなかのもの。単純な殴る蹴るだと分厚い皮膚の下まで大したダメージが入ってなくて……すぐ復活してくる」 「じゃあどうすればいいんですか?」 「このメモリを使うってのが多分一番早いね。猗鈴さん用の調整もつい昨日済ませてあるし」 そう言って盛実が取り出したのは黄色いメモリだった。 「ローダーレオモンメモリ、このメモリは私達が持っているメモリの中ではウッドモンメモリに次いで猗鈴さんと相性がよく、威力だけで言えばウッドモンメモリより遥かに強い」 「……そうなんですか?」 「そう。でも、ウッドモンメモリのドレイン攻撃を使わないと殺さずに無力化はできないので……」 「宝の持ち腐れ?」 猗鈴の言葉に、盛実はなんでそんなひどいこと言うのと言いながらバイクを指さした。 「このバイクの方に挿して使うんだよ。とはいえ、それでもまだ問題は残るけどね」 「ローダーレオモンメモリで体力を削ったとしてウッドモンメモリでも有効打を加えられないとメモリを破壊することができない」 天青の言葉に盛実は頷いたが、猗鈴は頷かなかった。 「……それは、何とかできると思います。抵抗させなければいいんだと思うので」 「じゃあ、会いに行こうか宮本に。大西さんからさっき送ってもらった犯罪のデータから考えれば……会うことは難しくない。」 夜の駅の側を宮本はぶらぶらと獲物を求めて歩いていた。 ふと、その後ろからカツンカツンと靴の音を立てながら寄ってくる人影が一つあった。 「……なんだ、姫芝さんかよ」 「別の人を期待させてしまったなら申し訳ありません。しかし、メールは先に送りましたよ」 「……確かに。で、何しに来たんだ? 俺に抱かれにきたって訳じゃあなさそうだが」 スマホを取り出して見ながら、宮本はそう返した。 「警察が宮本さんを尾けています。彼等、諦めた訳ではなさそうですよ」 不機嫌な顔を隠すこともなく、鈴菜は言葉だけ取り繕った声色で返した。 「それはいい報せだ。次こそあいつを抱き締めて腕の中で焼き殺し、あんたらが欲しがってるベルトを引っ剥がしてやるよ」 「……相変わらず素敵な趣味ですね」 「へへ、俺は別にあんた相手でもいいんだぜ? 苦労してるだろ背も低いしな。あんたみたいに女の中でさえ強くもないのに頑張って強くいようとしている女を折るのは楽しいんだ」 「待ち望んだお客様も来たようですし、遠慮しておきます。きっとあなたの火力じゃ私は焼き尽くせませんし」 『ザッソーモン』 鈴菜はそう言うとザッソーモンに姿を変え、蔦を信号機に巻き付けてその上に登ると、そこからさらにビルの上へと飛び移ってしまった。 「お客様……ね」 ブォンブォンと聞こえてきたエンジン音に宮本が振り返ると、そこには既に変身済みで黒いバイクに跨った猗鈴がいた。 「バイクでぶつかればフレアリザモンにもダメージが入るとでも?」 『フレアリザモン』 「やってみろよ!受け止めてお前を抱き締めて殺してやる!」 「なら、遠慮なく」 『ローダーレオモン』 宮本の挑発に、猗鈴はローダーレオモンのメモリをバイクのスロットに挿してエンジンキーの側につけられたレバーを引くと、バイクの前を包み込むように黄色い光のドリルが現れる。 そして、猗鈴がバイクを発進させると、ドリルも一緒に回転を始める。 「……いや、ちょっと待てよ」 困惑する宮本の声を無視して、猗鈴はそのまま速度を上げて宮本に向けて直進した。 「ぐわッ!」 宮本は避けようとしたが、ドリルが少し当たっただけで回転に弾かれて地面に叩きつけられる。 立ち上がった宮本は、単に殴った時とは違い、それだけでダメージを負っているようだった。 猗鈴がバイクに設置されたメモリスロットに付いたレバーを一気に引くと、ドリルの回転の勢いが増し、風が渦を巻いて竜巻を作りだした。 『ボーリングストーム』 フレアリザモンの鋭い爪を地面にかけて止まろうとした宮本の身体も抵抗虚しく吹き飛ばされて宙に浮き、地面に背中から落ちて汚い悲鳴をあげた。 「ち、くしょう……素手なら負けねぇのに……」 「じゃあ、試しましょう」 猗鈴はバイクから降りると、宮本のところまでまっすぐ歩いていく。 それを見て、宮本は一瞬目を顰めたがすぐに下卑た笑みを浮かべ、両腕を広げて猗鈴に駆け寄っていった。 猗鈴は、まず宮本の腹を殴った。 「ふぅ、効かねッ」 逆の手でもう一度、さらに同じ場所に逆の拳を叩き込み、ふらふらと宮本がよろめくと前蹴りで追撃をし、宮本がぐらりと倒れそうになると、長く伸びた下顎の牙を掴んで無理やり身体を持ち上げさせ、腹に向けて回転を加えながら拳をさらにねじ込んだ。 「本当に効いてない?」 猗鈴はそう言うと、一度距離を取って、宮本が息も絶え絶えに立ち上がってくるのを待った。 「……猗鈴さん、えぐくない?」 少し離れたところに止まっていたパトカーの中からその現場を見て、盛実はそう呟いた。 「昼はあんなに間髪入れず殴れなかったのに、間髪入れずに殴っているし、なるべく同じところを攻撃してダメージを蓄積している」 パトカーの外に身体を半ば乗り出し、いつでも割って入れるようにしていた天青も驚いたように呟いた。 「お前、昼間は何もできなかったのに……何しやがった」 「熱さを我慢しました」 「熱さをただ我慢してるだけ!?嘘だろ!?」 「あなたは、好きに殴らせるポーズ取ってますけど……痛くないから受け止められるだけで、耐えるということは得意じゃない」 「くっ……偉そうに……!」 爪を大きく振り上げ襲いかかってくる宮本に対し、猗鈴はそれを何度か普通に避けた後、腕を取って固めると、そこに膝蹴りを叩き込んでへし折った。 「皮膚が厚いだけなら関節は弱いんですよね」 「お、お、おまえぇーッー」 動くもう片腕を弱々しく振り上げて襲いかかってくる宮本に対し、猗鈴はベルトからメモリを取り出して、スロットを入れ替えた。 『ウッドモン』 電子音声が鳴り、猗鈴はタイミングを合わせて高く足を上げ、頭に向けて振り下ろす。 それを宮本は首だけ動かして避け、にやりと笑った。 しかし、猗鈴はベルトのレバーを押し込むと、逆の脚も持ち上げ宮本の頭を挟み込み、地面に手をついて腕から地面へと枝を根のように張ると、逆立ちの要領で宮本の頭を持ち上げた。 『ブランチドレイン』 電子音声が響き、猗鈴の脚が淡い光を纏う。 「前の時にあなたは頭への踵落としを避けた。ドリルもそう、どちらも効く攻撃だとわかっていたから避けたんですよね?」 「やめ……」 猗鈴は宮本の頭を脚で挟んだまま、力強く地面に叩きつけた。 足から伸びた枝が宮本の身体を覆い、エネルギーを吸い取って猗鈴の身体へと戻っていく。そして、猗鈴が立ち上がって数歩離れると、フレアリザモンの身体は光と共に爆発した。 「……銃にバイク、道具を介しての能力使用もバリエーションがある。しかもレディーデビモンやローダーレオモンのメモリは私達の商品にはない」 地面に這いつくばる宮本をビルの屋上から見ながら、杉菜はそう呟いた。思い返すのは夏音から出された最初にやるべきことの話である。 『まずは、その子達のベルト以外の手札を知りたい。戦えるのは何人か、使うアイテムはベルトと銃だけなのか。ベルトだけじゃ勝てなそうな相手をぶつけて様子を見るの』 夏音の意図はわからない、本来は戦力の逐次投入は本来愚策、そんなことは杉菜にだってわかる。 「……ウッドモンのメモリだけこっち側のメモリなのと何か関係があるのか」 杉菜はちらりと自分の手の中のザッソーモンのメモリを見た。 「私なんかに任せる時点で裏があるのはわかっていること、こっちが逆に利用してやる」 「宮本はフレアリザモンメモリを受け取ったのはつい昨日、条件を満たせば正式に自分のものにできるという話だったようだ」 「その条件っていうのは?」 大西の言葉に猗鈴がそう返すと、大西は猗鈴の腰を指さした。 「そのベルト。宮本はベルトの技術欲しさに送り込まれた刺客だった」 「……それなら予想通りでもありますし、結構なんとかなるのでは?」 猗鈴がそう思う理由は、ベルトの制作者である盛実にある。 盛実が、技術的に不可能な部分をエカキモンメモリのイマジネーションを現実にする効果で補っていることを猗鈴は知っていた。裏を返せば、エカキモンメモリがあって適合率が高い人がいなければベルトを作るのは技術的に不可能ということだと思ったのだ。 「いや、向こうの設備は流通量から見てもこっちより上……こっちの技術が盗まれることは十分あり得る」 とはいえ、と天青は続けた。 「ベルトは安全性を高めるのが第一だから、組織に渡ったとしても敵が強くなるとかは……」 「いや、それは違うね!」 そう言ったのは盛実だった。 「というと?」 「安全性が高くなるということは、従来は副作用が強すぎて使えなかった強力なメモリが使える様になるということだよ」 「今流通しているほとんどのメモリはデジモンの強さにしてlevel4、時折level5もいるけれど……スカルバルキモンの様に毒の影響で大幅に弱った状態でいる。でもベルト技術が向こうに渡ると、level5や6が当たり前の様に現れるかもしれない」 「level……って、なんですか? メモリのグレードとかは別のもの?」 「メモリのグレードは、メモリとしての価値。levelっていうのはメモリに搭載されたデジモンの強さ。ウッドモンやフレアリザモンはlevel4、ローダーレオモンやスカルバルキモンはlevel5」 だからフレアリザモンに通用するとわかっていたのかと猗鈴は一人納得した。 「強いデジモンのメモリの方が大体の場合強いけど……適合する範囲が狭い。多分生身の人間では使用できない欠陥品がほとんどってことになる。猗鈴さんは機械と獣二種類の特性を持つローダーレオモンの獣部分にはなかなかの適性があるけど、機械要素に適性があまりない。バイクを通すことで適合率の底上げをして始めてlevel5らしい出力を出せた」 「……じゃあ、ローダーレオモンのメモリも本来ならもっと?」 「そう、アレで多分本来の力の半分ぐらい。level6なんてなったら……概念的なものを操作し始める。例えば死んでも実体に干渉できる幽霊になって生き続けたり、文字通り万能の神様みたいな力を手に入れたり、逆に特殊な能力は持たないけれど概念的なものまで肉体性能で打ち破る様な存在が現れ出す」 天青の言葉は抽象的なのに、どこか体験した様な実感があふれていた。 「相変わらず探偵さん達は詳しいねぇ」 「デジモンには縁があるもので」 大西はその理由を知りたい様だったが、天青はそれをさらりと流した。 「じゃあ、また何かあれば」 そう言って大西は去っていった。 まだ話を聞き出そうな猗鈴に天青は話をしながらクリームソーダを作り始めた。 「今回の組織の黒幕はわからないけれど……昔、別の場所でもデジモンをこの世界にという実験が行われていた。その時は人間の肉体ありきだったから強いデジモンがいても人間の立場や利益が枷になって、あまり大きな事件は起きなかった」 「なら、今回のも……」 「いや、メモリの場合は心身を蝕まれてしまう。それも踏まえると……」 「でも、ベルトは毒を排除するんじゃないんですか?」 猗鈴の質問に答えたのは盛実の方だった。 「完コピしてくれればそうだけどねー、最悪なのは、level5や6のメモリを、副作用はあるけれど使えるって程度の完成度のものが造られて流通すること、かなー」 そう言って、私にもクリームソーダと天青にねだった。 「……大量殺戮とか?」 「そのぐらいは既に起こり得るところかなー。例えるなら土砂崩れ、津波の様な簡単に復旧できなかったり社会活動を妨げるレベルの人災、しかも、それが個人の意思で起こされ得る状態」 「正直大き過ぎて実感湧かないですけど……姉さんがどう関わっているかわかるまでは見届けます」 猗鈴はそう言いながらバニラアイスをメロンソーダへと沈めた。
ドレンチェリーを残さないで ep3 content media
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へりこにあん
2021年9月05日
In デジモン創作サロン
「……そういえば、デジメモリってどれぐらい出回ってるんですか」 「正確なところはわからない。けれど、警察に認知され、それ専用の部署が作られる程度にはメモリを使った犯罪は起きている」 「よくわからないです」 猗鈴が首を傾げると、天青は困ったような顔をした。 「私達もよくわからないんだ。メモリの性質もそうだし、メモリの中にデジモンの力だけが入ってるのか全体が入ってるかでも違うから。事件になってない事件が幾らあるかもわからない」 「……それでどうやって姉さんが関与してるかもしれない組織まで調べるんですか?」 「まずは夏音さんとウッドモンのメモリを調べる。ウッドモンのメモリのカバーは、製品として出回っているそれと違って等級に合わせた色が塗られていなかった。製造施設に出入りできる人間じゃないと手に入らないはずのもの。夏音さんの足跡をたどれば、製造施設に辿り着くかもしれない」 なるほどとうなずいた後、ふと猗鈴は気になったことを口にした。 「健さんの話は聞けないんですか? 知っているかも」 「知っているかもしれないけれど……今は眠っているか、起きても錯乱しているそうだよ。女性はみんな夏音さんに見えるらしくて男の看護師しか担当できないんだって、言動も無茶苦茶だとか」 「そうですか」 落ち着くまでは普通にやるしかないかと思いながら猗鈴はカウンターを布巾で拭いた。 ウェイターの服はサイズが無かったので男性用、それでも問題なく着れたことに猗鈴が特に思うことはなかった。夏音はモデルの様だったが、猗鈴は根暗ゴリラかでくのぼう。いつものことである。 「あのー……ここ、探偵やってる……んですよね?」 ふと、ドアベルがちりんちりんと音を立てて背の高い男が一人店に入ってきた。 「そうですよ、こちらへどうぞ」 「あっ……美園、だよな?」 その男は猗鈴の顔を見ると一瞬少し驚いた様な顔をした後、安堵の笑みを浮かべた。 「……誰でしたっけ?」 「高二の時のクラスメイトで、ほら、高一の時に一回廊下で走ってお前にぶつかった……」 猗鈴はその顔を思い出そうとしたが、特に思い出せなかったが、なんとなく人にぶつかられて、そのあと悪口が広まったのは覚えていた。 「えーと……私が男性ホルモン注射をしてるとか噂を流していた……?」 「それは別のバスケ部……その噂の発端になった、曲がり角で走ってぶつかって美園は普通に立ってたのに転んで鼻血出したやつが俺、中川だよ」 情けない話なんだけど、と彼は言った。 「あー……いた様ないなかった様な」 それで、猗鈴はぶつかられたこと自体は思い出した。それは夏音がちょっとした地方誌にモデルとして載ったこともあって、中学校から引き続きうどの大木と呼ばれそうになった頃の話だった。 それを受けて鋼の女(物理)だとか、うどの大木じゃなくて樫の大木だったとか好き放題言われて、果てはバスケ部の男子を殴り倒したというあらぬ疑いをかけられるまでに至ったのだ。先生とのやりとりの方が記憶に残っていて発端はもうほとんど覚えていなかった。 「あの時は、本当悪いことした。申し訳ない。見栄張りたさにお前のことを化け物みたいに言って……」 彼はそう言って深く頭を下げた謝った。 「……そろそろ、用件を伺っても?」 天青の言葉にその男は、はいと居直った。 「あ、はい。中川功(ナカガワ イサオ)って言います。その、信じ難いと思うんですけれど……ドラゴンを捕まえて欲しいんです」 「ドラゴン、ですか」 「俺は高校出て、実家で農業をしているんですけど……畑のメロンが潰されているんです。家族の為にも何とか捕まえたくて……」 「……泥棒じゃなくて、潰されているんだ?」 単価も高いだろうにと思って確認すると、功は頷いた。 「そうです。これが、その写真です」 そう言われて差し出された写真に映っているメロン畑の様子は異様だった。 「三つ指の恐竜の足跡みたいな形で潰されてる」 メロンを覆っているビニールのトンネルごと、踏みながら歩いたかの様に、メロン数個を一息に踏み潰す様なサイズの足跡が点々と続いていた。 「……これ、サイズはわかりますか?」 「大きさは、メロンのサイズが直径十五センチぐらいなので、爪先からかかとまでで六十センチかそれより大きいぐらいです。幅も五十はあると思います」 それに、と功はさらに続けた。 「見回りに行った時、俺見たんです。夜の畑をのしのし歩く。青くてでかい、多分三メートル以上はある、翼を広げたドラゴンを……」 「なるほど、とりあえず現場に行って見ましょう。今日は何で来られましたか?」 「車で……ちょっと交通の便が良いとは言い難いところなので」 「同乗させてもらえますか? 原付しかないもので」 功の言葉に一つ頷いて、天青は申し訳なさそうにそう言った。 「軽トラなんで一人は荷台になっちゃうんですけれど……」 「じゃあ私は一旦戻ってバイクで後から合流します。姉のバイクがあるんで」 「……バイク乗れるなら一応ここにもバイクはあるよ」 「天青さん乗れないんじゃないんですか?」 「乗れないけど、博士が作りたがって……」 博士とはこの店三人目の従業員の斎藤盛実のこと。 「車検通ってるなら」 「それは大丈夫。じゃあ、ちょっと地下室行こうか 功に少し待ってくださいと言ってから猗鈴と一緒にエレベーターで地下室に降りた。 「博士、猗鈴さんバイク乗れるらしいし、使いたいんだけど」 盛実はツナギで何か機械をいじっていたが、天青がそう声をかけると、作業着の上からぶかぶかの白衣を羽織りながら喜びの声を上げた。 「ほんと!? やっぱライダーをモデルに装備作っている以上は何かに乗ってもらわないといけないもんね! マスターは原付しか乗れないしさ、なんだかなぁって思っていたんだよ。じゃあ、とりあえず機能の説明を……」 そう言うと、部屋の隅に置かれていた思っていたよりもまともに見える黒いバイクを持ってきた。 「……なんかもっと変なのかと思ってました」 「変なのではあるかな。でも公道は走れないといけないからね! ベースは普通で、その上から改造パーツをつけている感じなんだよね」 そう言うと、博士はエンジンキーを猗鈴に手渡した。 「で、機能の説明なんだけど」 「博士、とりあえず今は被害を確認しにいかないといけないから、乗り方が普通のバイクと変わらないなら」 えーと文句を言う博士をよそに、猗鈴と天青はバイクと一緒にエレベーターに乗りこんだ。 功の畑のある地域までは猗鈴がバイクで三十分程走ると辿り着いた。この街は中心部はビル群もあるそれなりの都市だが、ほんの少し行くだけで中心部に住む人が驚くぐらい自然豊かになる。 功の住む辺りは一面が畑、他には民家がちらほら建っているのと、少し古そうな展望台があるぐらいだった。 景気の良い時にはこの畑達の側にある山の方を避暑地と言って売り込もうとしていたのかもしれない。あの展望台に登っても畑しか見えないんだろうなと猗鈴は思いながら軽トラの後をバイクで追いかけた。 いざその現場を目の当たりにすると、思っていたよりも凄惨な光景が広がっていた。写真一枚で収められていた範囲はほんの一部で、畑には足跡が深々と残り、割られたメロンには虫が集っていた。 「……ひどいですね」 踏み潰した時に割れたメロンが飛び散ったのか、猗鈴が少し畑に足を踏み入れると、それだけで靴に潰れたグロテスクな果肉がついた。 「そうなんです。この時期、この地域の他のメロン農家は泥棒に悩まされます。パトカーが夜な夜な巡回はしてくれるんですが……なにせ範囲が広いので意味なんてないも同然で」 「顧客の為に動くのが仕事の探偵なら自分達の畑をつきっきりで見てもらえるんじゃないか、ということですね」 そう言う天青は畑には入らず、その周りの道をぐるりと回りながら見ていて、猗鈴は足にメロンをつけたくないんだろうなと思った。 猗鈴の靴についた果肉は少しねっとりとしていて、地面に擦り付けながら歩いても、なかなか取れなかった。 「はい、来る場所はわかってます」 「……というと」 猗鈴の言葉に、功は畑の中でまだ被害にあっていない区画を指さした。 「毎日、几帳面にビニールで囲った列を決まった分踏み潰していくんだ。多分、このままだと収穫前に半分ぐらい潰されると思う」 「先に収穫しておくのは……」 「そうすると別の場所がやられるんだ。全部が同じ日に収穫できるほど一律に育っている訳じゃないし、一日の作業量で収穫できる個数にも限りがある」 猗鈴の言葉に功はそう言って本当嫌になるよと呟いた。 「他の畑ではスイカ泥棒は出てもこんなことはないそうで、両親も嫁も怖がってて、今年の利益はもう諦めているけど、」 「……結婚してるんだ」 「そう。彼女も美羽同い年で、覚えてなかったんだけど小学校の同級生だったらしいんだ」 小学校の同級生かと猗鈴は自分の同級生の顔を思い出そうとしたが、クラスメイトの顔はほとんど覚えていなかった。覚えているのはデーモンというあだ名をつけられていたことぐらいだ。 「ふむ、まぁお気づきかと思いますが……盗みでもなく他のメロン農家には被害がない、となると怨恨の線が強いと思うんです。何か心当たりは?」 天青に言われて、功はちらりと猗鈴を見た。 「……まぁ、正直うちの高校の中だとバスケ部はガラが悪くて、典型的な自分達が良ければいいという理屈で他人に迷惑かけるグループでした。廊下を走って私にぶつかった時もそういえば謝られた記憶はないですし、その後悪評を流されてますから、同じ様な理不尽に他人に負担を強いる様なことを色んな人にやっていたら本人が覚えてないとこで恨み買っていてもおかしくないですね」 「だよなぁ……本当、あの時はごめんな」 「なるほど、恨んでいる人はいておかしくないけど、誰が恨んでいるかはわからないと」 「そういうことですね。来る場所がわかっているなら、その場で押さえた方がいいんじゃないかと」 「確かにそうだけど……それまでの間にもう少し調べておきたいですね今行っている対策はどんなものがありますか」 「えと、最初は監視カメラを付けたんですが、壊されたので今はセンサーライトだけです」 「センサーライト?」 「カメラよりは安いから壊されてもいいものですし、メロン泥棒がパッと見たらカメラに見えます。とはいえ……例のドラゴンには効果ないんですけれどね」 機械仕掛けなのか何なのか、本当に生きているみたいにリアルなのが恐ろしいんですよと功は言った。 それになるほどと頷きながら設置されているライトを見て、天青は少し口元に手を当てた。 「……ライトも壊されたことが?」 「いえ、ライトは壊されたことないです」 「つける様に提案したのは? カメラもついているわけではないと知っているからそのドラゴンは、壊していないのかもしれません」 「妻ですけど……まさか妻の友人の中にドラゴンを連れてきている人間が?」 功がそう言うと、天青はこくりと頷いた。 「可能性はありますね。同じ小学校だった訳ですから、奥さんとは友達であなたを恨んでいる。というのは充分あり得ます」 功から色々な情報を聞き出すと、功は農作業があるからと別れた。 別の畑へ向かっていく軽トラを見送って、天青はさてとと猗鈴に向けて話を切り出した。 「どう思う?」 「どうって、さっき言ってたように怨恨とかそういう事ですか」 「そういうこともある。でも、気になるのは別のこと。何故しているのかよりもどうやってしているか」 「どうやってって……メモリを使ってドラゴンになって踏みつぶす」 「その前と後の話。ちなみに、さっき見てた感じ、この畑の周りの畦道にあるタイヤ痕は二種類だけだった。多分、中川さんとこのトラックと見回りのパトカーだけ」 「……なるほど」 天青の言葉に猗鈴はぐるりと周囲を見渡した。来た時と同じように、見渡す限りの畑と背の低い民家、そしてきっと登っても畑しか見えない展望台だけだった。 時間は丑三つ時、真っ暗でしんと静まり返った展望台のてっぺんに作られた展望デッキから見る景色はお世辞にも綺麗とは言い難かった。 少し離れて見える中心部はキラキラと輝いているものの、手前にある畑は暗い海の様で、ところどころに民家の明かりはあるが、それも波に流されて漂っている難破船の様。 そう、そこに立っている彼女は考えていた。 「……メモリは、使わないでください」 パッと、懐中電灯で彼女を照らす者がいた。猗鈴である。 「……なぜここが」 「メモリを使えばあなたはドラゴンになる。服も靴も丸ごと。しかし、足の裏についたメロンの汁や果肉は靴の裏についてしまう。畑から走って逃走した後がないか探してもないとなれば……畑から去る時、あなたは飛んでいると考えた方が自然です」 すると、と猗鈴は自分達の立つ展望台の塔を指差した。 「夜の闇の中ではかなり地面は見にくいはず、低い畑から見て方向まですぐわかる目印はここしかない」 明るくて人が集まるところに行っては忍べませんしと付け足しながら猗鈴はそう言った。 その言葉を聞いて、女は展望台の端へと駆け寄ったが、そこで急に足を止めた。 「畑に設置されたライトに貼られたカラーフィルムは回収しておきました。センサーライトと言ってつけていた様ですが……タイマーで光る様になっていた。目印なしでここから目的の畑へは飛べないんじゃないですか」 だからやめましょうと猗鈴は言った。 「……私達は探偵です。依頼内容はあなたを捕まえること、でも……捕まえて警察に突き出せとは言われてない。凶器になり得るメモリだけ回収したら、マスターは今回のことは不問にした方がいいかもとさえ言ってます」 「そこまで言うってことは……わかってるんだ。私が誰か」 「はい。あなたは、中川功さんの奥さん、旧姓毒島美羽さん、そうですよね?」 「……そうよ。あいつは私のことを覚えてもいなかったけど、私はあいつのことを忘れたことなんてなかった」 そう言って彼女はそう語り出した。ドラマなんかでこういうシーンを見た時、なんでわざわざ自白するんだろうと思っていた猗鈴だったが、健に美羽に二度、目の当たりにしてわかった。 吐き出したいのだ。自分が醜いとわかっている者は、逃れようとするよりもその醜さを吐き出したい。その理由を述べて、肯定してもらいたい、受け入れてもらいたい。だから話す。 「私の小学校の頃のあだ名はブス。名前が毒島だからブス。呆れる程単純で、そして、その名前がついた瞬間私の容姿は、貶していいしバカにしていいし笑っていいものになったの。一番バカにしてたのがあいつ」 それはなんとなく猗鈴にもわかるものだった、女子にブスとか容姿を貶す言葉言ってはいけないと言われて、子供はそれをなんとなく守るものだ。でも、こいつは外見を気にしていないとか貶していいと思ったらその子は暴言の吐口になる。 暴言自体がいけないとわかるのは、物事をカテゴリーで考えることに慣れてからの話。でも、小学校六年間の扱いは転校生でもなければ、注意された言葉と相手の組み合わせを丸暗記するしかない低学年から定着していくものだ。 「かわいい服を着ても笑われて、そっけない服しか着られなくなった。鏡も見られなくなった。そうすると、女子の中でもそういう役になるの、わかるよね? 周りが色気付いていく中で、私はずっとそれが怖いまま。話も合わなくなって孤立していく」 わかっていたわよ、と彼女は叫ぶ。 「怖がっていたらこのままずるずるダメになっていく。人に接すること自体怖くなっていく。わかっていて……勇気が出せなかった。そもそもおかしいでしょ!? 相手は覚えてもしないぐらい気楽に一方的に傷つけたのに、立ち直る為にこっちは勇気を振り絞らなきゃいけないッ!」 「そして……やっと変われたのは県外の高校に通う様になった時。誰も私がブスと呼ばれていたのを知らない、そこでやっと私は自由になった。立ち直ったと思った……地元に戻って来るまでは」 「どこで再会したんです?」 猗鈴がすり足で近づこうとすると、美羽はメモリを今にも挿すような位置に構えた。 「……道の駅で働き始めたら、農家の人達と会う機会も増えてね。付き合いで飲み会とかに誘われて行ったらいたの」 かっこよかったなぁと美羽はうっとりした顔をした。 「でも、彼が彼だと気づいたら気持ち悪くなった。私のかっこよくて理解があって優しい彼が、私に呪いをかけた張本人で私の人生が心ない言葉に歪められたことに気づいてもいない」 そう言った彼女の顔の歪み方は、少し後退りしたくなる様なものだった。 「可愛さ余って憎さ百倍なんて言葉を聞いたことがあるけど、愛しさと憎さってやっぱり別なのよ。彼のことを悪く思いたくない私と憎らしく思う私が同居するの」 彼のことを支える可愛い新妻の私と、あの日からずっと今に至るまでやっぱり自分はブスで価値なんてないんじゃないかと考える私がと、美羽は語る。 「だからメモリを手に入れて楽になった。ドラゴンの私は私のなりたい私じゃない。優しい彼の可愛い健気な奥さんじゃなくて、憤りとか鬱屈とかそうした汚らしくて捨てたい部分の塊。何もないところで思う存分翼を広げて、虚空に炎を吐き出すの。誰も傷つけない様に、誰も苦しめない様に、愚痴なんて書いてる人も嫌な気持ちになるでしょう?」 でもね、と言う美羽の手がプルプルと震え出した。 「……彼ね? 結婚式から少し経ってね、小学校のアルバムから私のことを見つけ出したの。その時は嬉しかった、やっと思い出してくれる。きっと今の彼なら私に謝ってくれる。そうしたら、もういいよって赦して頬にキスでもして私の中のドラゴンもきっと消えるんだ。そう思った」 そう思ったのにと言うその手の震えは激しく、目は血走り涙が溢れそうだった。 「彼は覚えていなかった。そして、こう言ったの。『この頃から美羽は可愛いな』って」 絞り出す様な声と共に美羽は手に持った赤色のメモリのボタンを押した。 『コアドラモン』 「……使ったら、ダメです」 「彼がどれだけいい人になったとしても、いい人になる前に忘れられたら後悔さえしてもらえない。だから、彼は苦しむべきなのよ」 美羽がメモリを挿す様は、まるで自分の喉を掻き切るかの様だった。 彼女の身体が緑色のドラゴンに変わっていく。赤い角は頭と鼻先に、一対の翼と長い尾を持つ二足歩行の緑のドラゴンに。 「誇りに思っている農家の仕事を続けようとする限り嫌がらせは続けるわ! そうやって、怨恨とわかるように、彼の大切なものを一度踏みにじって潰れたメロンみたいにぐちゃぐちゃにしてッ!」 大きな瞳からそれに見合った大きさの涙が零れ落ちる。 「……私はそんな彼に寄り添い続ける。好きだから、愛してるから、彼が後悔する横で私は自分が彼にしたことを後悔し続けるの。ずっと、ずうっとね」 そう言った美羽の顔は最早まともなそれではなかった。ドラゴンの裂けた様な口で微笑んでも、それは獲物を求める獰猛な笑みの様にしか普通は見えない。 「なるほど、お気持ち確かにわかりました。さぞ辛かったと思います」 「……わかってくれて嬉しいわ」 「だから、止めます」 猗鈴の言葉に、美羽は目を細めて睨みつけた。 『ウッドモン』 「半人前どころか半日前ですけど、探偵は顧客の為に動くもの、らしいので」 猗鈴はベルトにメモリを挿し込み、力強くレバーを押し込んだ。 猗鈴の身体の表面を光が駆け抜け、黒いタイツの様なもので首から下が覆われた後、光は茶色い顔に木の幹が付いたような化け物の姿を取ってから猗鈴の顔や手足へとまとわりついていく。 「じゃあ、あなたは彼の為に私を排除しようっていうのね。嫌な女……彼の高校の時の同級生って聞いた時から嫌な予感がしてたの」 「……その情報は間違ってないですけれど」 猗鈴の言葉を、美羽は爪を振り下ろして遮った。 「あなたが本当にしたいのはこういうことじゃないでしょう」 そう言いながら、猗鈴は振り下ろされた爪をハイキックで受け止めた。 「じゃあ私が本当にしたいことって何!!」 逆の爪で美羽が突くと、それを猗鈴は手で掴んで受け止めた。 「中川くんに心から謝って欲しい、そして、それを赦したい」 自分で言ってたでしょと告げられた猗鈴の言葉に、美羽は一瞬手を止めたが、すぐに手を引いて今度は脚を振り上げた。 「そうだったとして、私から彼に言ったら違うでしょ!? 謝らせていることになっちゃう!!」 「だから私達が間に入るんです。彼の過去のそうした関係を他にも色々調べます。私は高校の時に彼に心ない言葉をかけられた人間ですが、覚えていれば彼はちゃんと謝ってくれます」 猗鈴がそう言いながら踏みつける脚を受け止めると、美羽はその脚を退けた。 「……本当に?」 「はい。美羽さんなら、わかるでしょう?」 その言葉に美羽は動きを止めた。そして、メモリも抜けて元の姿へと戻った。 「……でも」 「でも?」 まだ何かあったかなと思ったら、ふと猗鈴はあることを思い出した。 『夜の畑をのしのし歩く、青くてでかい三メートル以上はあるドラゴン』と功が行っていたのを思い出したのだ。 「美桜がどう思うか……」 美桜、新しく出てきた名前に猗鈴が戸惑っていると、ふと電子音が聞こえてきた。 『コアドラモン』 美羽はメモリを持ったまま、手から離している訳でもない。 後ろかと猗鈴が振り返ると同時に、身体が何かで殴り飛ばされてゴロゴロと転がされた。 「お姉ちゃんはそれでよくてもさぁ……私は何もよくないんだよ!」 立ち上がった猗鈴が見たのは、美羽がなったドラゴンの姿と瓜二つの青いドラゴンの姿だった。 「……姉妹でやってたんですね」 こうなれば、天青がカメラの話をした時、功に全く美羽を疑う様子がなかったのも納得できる。畑がメチャメチャになっている筈の時刻、美羽はそばにいたこともあったのだろう。 「お姉ちゃんと別の高校に進んだ私はアイツと同じ軽薄な奴らにブスブス言われ続けて立ち直れなかったどころかひどくなって、就活も失敗。顔を出して値踏みされる場面になると動悸がして吐き気がする。でも面接なしで雇ってくれるとこなんてほとんどない。スキルがあればと製菓専門学校に通って資格も取ったけど、やっぱりどこに勤めるにも面接は必要でもうぐっちゃぐちゃよ。あなたにわかる?」 美桜と呼ばれた青いドラゴンがそう口にする。 「……わからないので、話してください。わかろうとすることならできると思うので」 「双子の姉はいる? 全く同じ顔の姉。親戚は気楽に口にするの、同じ顔なんだからお姉ちゃんが大丈夫ならあなたも大丈夫な筈だって。外に出られないのは顔のせいじゃなくてお前自身のせいだって。お世話になった専門学校の先生に紹介状書いてもらって何もなければ大丈夫って言われてたのに、面接で私は倒れて就活失敗」 悲鳴にも似た怒号を上げながら、美桜は空に向けて青い炎を吐いた。 「探偵さんにわかる? 同じ顔の姉が私は絶対赦したくない相手を赦したいと思っている顔を見る気持ち」 パラパラと火の粉が落ちてくる。 「流石に私にはわかりません」 「でしょうねッ!!」 青いドラゴンは翼をはためかせて空を飛び、その巨体で猗鈴を潰そうと落ちてきた。 流石に受け止めきれないと猗鈴が転がって避けると、美桜は首だけ猗鈴に向けて青い炎を吐きかけた。 「メモリが私に翼をくれた…… 私のことをブスと言ってきた奴らの顔が少し炙っただけでグズグスになっていったのは笑ったわ!」 猗鈴が炎を浴びた部分の樹皮がぼろぼろと崩れていく。 「あなたもグズグスになればいい! お姉ちゃんも早く協力して、こいつ逃したら全部おしまいよ!!」 『コアドラモン』 最初、美羽は少しためらっているように見えたが、それでも最後にはメモリを挿し、美羽の姿はまた緑のドラゴンへと変わった。 狭い展望デッキの上で二体のドラゴンと戦うのは、猗鈴には無理がある様に思えた。 「……ちょっと上司に相談します」 少し後ずさりした後、展望デッキの端まで走ると猗鈴はそのまま柵に足をかけて飛び降りた。 「あ、待ちなさいよッ!」 美桜が翼をはばたかせて空を飛び、猗鈴の後を追う。地面は暗くて美桜には見えなかったが、猗鈴がいる筈の地面へ向けて下降して行った。 地面のギリギリまで行って、美桜はそこに猗鈴がいないことに気づいた。周りを見渡しても、どこにもいないし、そもそも落下音さえ聞いていない。 まさかと美桜が顔を上げると、展望デッキの柵に脚から伸ばした枝で捕まっている猗鈴がいた。 『ウッドモン』『ブランチドレイン』 改めて飛び降りた猗鈴の踵が美桜の頭に突き刺さり、足から伸びた枝が力を吸い上げていく。 「やめ、私のつば……」 爆発が起きる直前に、そんな声を猗鈴は聞いた。 コロコロと爆発の中から足元まで転がってきたメモリが割れて砕けたのを見届けると、猗鈴は展望台をもう一度駆け上がった。 展望台の上には、どうしていいかわからず戸惑った様にコアドラモンの姿のままたたずむ美羽の姿があった。 「妹さんのメモリは破壊しました。あとは美羽さんのメモリを回収すれば……ドラゴンはもう現れなくなる。もう不本意に戦う必要もありません」 猗鈴の言葉に美羽は少し微笑み、その顎をひゅっと何かが素早く掠めた。 一体何がと猗鈴がそれの来た方向を見ると、濃い緑色の丸茄子にヤツデの葉をくっつけた様な形の膝ほどの高さのデジモンがいた。 「……誰ですか」 「誰か、なんてのは答える義理もないので割愛しましょう」 そのデジモンはノコギリの歯の様な歯列で笑みを浮かべてそう答えた。 「割愛されても困るんですが」 「コアドラモンという種は逆鱗を持つドラゴンなのです。そこを押されると、本人の意思など関係なく怒りが湧き上がり我を忘れて暴れてしまう」 その言葉が終わると、美羽の角が球に激しく発光し出した。 「……美羽さん」 美羽の口から白いレーザーが幾筋も放たれ、コンクリートの展望台を熱で溶かして穿っていく。 その中の一本が猗鈴に向かってくるのを見て、猗鈴は咄嗟に避けようとするも、その足を何かが掴んで転ばせる。 「ぐぁっ」 肩から腰まで一直線に激痛が走り、思わず猗鈴の口から悲鳴が漏れる。一体何がと足元を見ると、例のデジモンから伸びた緑色の触手が足を掴んでいた。ただ、それも無傷ではなく、焼き切れて今にも千切れそうになっていた。 「自分も傷つきながら……!?」 「このザッソーモンという種は何よりタフネスが売りでしてね」 「腕がちぎれるぐらいなんともない……と」 猗鈴が脚についた蔦を強引に引きちぎると、ザッソーモンはぎゃあとカエルを潰した様な悲鳴を上げた。 「なんともなくはないんだ……」 「……ふふふ、僕個人は痩せ我慢が何より得意なんです」 こいつにかまってたらやられると猗鈴は直感した。 ザッソーモンの触手はいくらでも伸びる様に見えたし、触手を一回焼かれれば猗鈴は背中や頭、胸など致命的な部位にダメージを負っていくのだ。 的の大きさが均等でないから無差別攻撃が猗鈴に一方的に不利に働いている。 とはいえ、無視して美羽の元まで辿り着くこともできない。 「……天青さん、助けてくれないかな。畑にいるから無理か」 なんとか光線と蔦とを避けながら猗鈴がそう呟くと、ふとばさばさとコウモリの羽音が聞こえてきた。 「こっちは抑えとく、早く美羽さんを!」 一体いつから展望台にいたのか、天青がおもちゃの様な銃を構えてトリガーを引くと、銃口からコウモリが飛び出してザッソーモンの触手に向けて飛び、ぶつかると触手を焼き切った。 「ッぐぅ……ここが引き際ですかね」 ザッソーモンがそう言って逃げていくのを天青は追わず、今度は銃をまうに向けた。すると、光線の隙間を縫って飛んでいったコウモリが角に直撃し、角の光が弱まり、口から出る光線の本数が減った。 「猗鈴さん、今!」 『ウッドモン』 光線を避けながら走って近づき、美羽の懐に入るとメモリをセットしてトリガーを押し込み、地面を思いっきり蹴って跳んだ。 『ブランチドレイン』 猗鈴の脚が美羽の顎を思いっきり蹴り上げ、脚から伸びた枝がその身体を覆っていく。 「大丈夫、きっと彼はわかってくれます」 力を吸い上げられて爆発する刹那、美羽が笑った様に猗鈴には見えた。 「それで、ザッソーモンは逃げたんだ?」 地下室から上がってきた盛実が事件の顛末を天青に尋ねた。 「そう、美羽さん曰くザッソーモンの声は自分にメモリを売ったバイヤーのものだったって。スカルバルキモンは今でまわっている中では強い方のメモリだった。だから、これまでの購入者の様子を探っていたんだと思う」 「こうして解決していけば、向こうもさらに動いて、また捕まえる機会はあるってことですね」 猗鈴の言葉に天青はそうと頷いた。 「じゃあとりあえず事件は一旦解決?」 「美羽さんはメモリの後遺症はほとんどなかった。美桜さんも買ってからの期間が短かったからか退院の目処が付いている。でも、バイヤーの側から接触してきたらしいし、美羽さんは美桜さんの紹介で会ったと言っている」 二人からはこれ以上探れなさそうと天青は言った。 「人の顔をぐちゃぐちゃにしていたみたいなのは?」 「ハッタリだったみたいです。コアドラモンの姿でも、自分を強く見せようとしていた」 メモリがあってなお自分そのもので勝負できなかったのかもと猗鈴は呟いた。 「エピソードの方も嘘?」 「裏は取ってないのでわかりませんが、製菓専門学校を出たのは本当みたいです。結局事情を全部知った中川くん、どうしても出る規格外のメロン使って美桜さんと何かできないかって考えてるみたいです」 「本人が昔言ったことを覚えてないのが幸いしてるのかも。今の価値観だけで判断しているんじゃないかな」 そう言いながら、天青はメロンをクリームソーダの端に飾り付けた。 メロンのオレンジ色が、クリームソーダの緑によく映えていた。
ドレンチェリ―を残さないで ep2 content media
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へりこにあん
2021年9月03日
In デジモン創作サロン
彼女の姉が死んだのはほんの数週前、茹だるような夏の日だった。 大学から帰ってきた彼女、美園 猗鈴(ミソノ イスズ)を、おかえりといつものように迎え、私と同じで無駄にでかい体にあまり似合わない可愛い感じの服を着て、彼にもらったネックレスをつけて、飲みに行くと家を出ていった。 結局猗鈴の姉、夏音(ナツネ)は飲みにはいけなかった。家と店との間の路上で、家を出た十七時過ぎから十八時頃の間に夏音は凍死したというのだ。 名前にも含まれている夏の暑さの中で、しかも路上でだ。本当は別の場所で殺されたのではないかと猗鈴は思ったが、現場を見にいくとその考えは消えた。道端の雑草が夏音のいた位置を中心にぐるりと円形に枯れていたのだ。 ここで何かがあり、夏音は凍死させられた。周りの草もその寒さにやられたのだろう。でもその何かとはなんなのかが猗鈴にはわからない。 棺の中で横たわる夏音は、大きな傷もなくて、でも猗鈴が触るとその体は冷たくて、確かに死んでいた。 なんで凍えて死んだ姉をまだ冷やさなければならないのだろうとは思ったが、その時の猗鈴は泣けなかった。 お経を聞いても、お悔やみを聞いても、友人や彼氏なんかの話を聞いても、とうに姉は灰になった後だというのに、悲しみはそのくだらない疑問を上回らない程度のものでしかなかった。 家に帰って喪服を脱ぎベッドの上に寝転がると、ふと、猗鈴は自分の部屋に姉さんから借りた漫画があるのを見つけた。 それを手に取ると、なんでか頬をつーっと涙が伝った。 猗鈴から見た夏音は軽率で考えなしで、下品な下ネタでゲラゲラ笑う人。その漫画も、猗鈴の記憶では好きな男子との会話のきっかけが欲しいと浅はかな理由から買ったものだった 人の悩みや不安に伴って現れる怪物を、怪物の力を持った保健室の先生が生徒達に寄り添い諭し、助けていく。そんな漫画に、姉にしては珍しくいい影響を受けていると猗鈴は思っていて、あたしもかっこいい先生になるわなんて言い出した時には心底驚いた。 とはいえ、一番おすすめの回として、男子が女子のプールを覗く為に団結するギャグ回を勧めてきたのは苦笑ものだったが。 夏音は児童館への就職も決まっていて、彼氏もいて、彼氏の勤務先がどこになるか次第では同棲も考えていた。性格のいい姉だなんて擁護できない姉ではあったと猗鈴は思うが、明日も来年も十年先も生きていると思っていた。 一度流れ出した涙は止まらなくて、でも同時になんだか冷静でもあって、涙を垂れ流しながらしっとりと姉のことを思った。 一晩寝れば涙も落ち着くもので、かわりに何かしたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。とはいえ何ができるだろうと考えても何も思いつかず、猗鈴はぼーっとテレビを見ていた。 すると、今日起きたという、夏音と同じように路上で凍死した事件の話が流れ出した。場所も近所の路上で、被害者の年齢も夏音に近いらしい。 ひとまず行ってみようかと猗鈴は現場に向かった。 現場には野次馬やマスコミが何人もいて、パトカーも集まっていたが、その中に一人猗鈴には奇妙に見える女がいた。黒くてボロボロのコートかマントの様なものをまとった女、目つきもお世辞にもいいとは言えない三白眼だった。 その女は猗鈴に気づくと、スタスタと早足でどこかへと行こうとする。 それを見て猗鈴は思い切ってその後を尾行することにした。幾つかの角を曲がり、バスにも乗って、そうして辿り着いたのはブルーヘヴンという小さな喫茶店だった。 いきなり現れた手がかりに半ば興奮した頭では一度引き返すなんてことは思いつかなかった。 客として入って様子を伺おうと、猗鈴が扉を開けると不意に伸びてきた手によって店の中へと引き摺り込まれた。 「さて、と……まずは名前から聞かせてもらっていい?」 扉を塞ぐ様にさっきの三白眼の女が立っていた。白いシャツの上から黒いベストにえんじ色のネクタイをつけて、まるで喫茶店の店員の様だった。 「……そういうあなたは何者なんですか?」 「私は国見天青、この喫茶店のマスターであり、探偵でもある」 三白眼の女はそう言ってネクタイをきゅっと締め直し、名刺を机に置いた。 「美園猗鈴、大学生です」 「……ん、美園夏音さんの妹で間違いない?」 「そうですけど……」 「……なるほどね、もしかしてだけど、お姉さんのメモリとか持ってたりする?」 天青が口にしたメモリという言葉に、猗鈴は首を傾げた。 「なんのメモリですか? 姉さんがなんか殺されなきゃいけない様な情報とか取り扱ってるとは思えませんけど……」 「入ってるのは、強いて言うなら……力。怪物から取り出した力、時には怪物そのもの、使った人間を怪物に作り替えたり乗っ取らせたり、使った人間は超常的なことを可能にする効果があって、デジメモリとか単にメモリって呼ばれている」 それは常識的に考えれば突拍子もない言葉だったが、猗鈴は、天青の言葉を笑わなかった。 姉、夏音な死亡現場はその場に冷蔵室でも作り出したかの様な異常な状況を説明するにはそういった超常的なものでもないと納得できないとは考えていたのだ。 別の場所で凍死させたなら周りの草木まで枯れないか、周りの草木を瞬く間に枯らすほどの冷たさを例えば液体窒素などを人体に浴びせたならば体は凍結してもっと無惨になっていてる筈だった。 そして、これがそのデジメモリによる犯罪と考えると路上なんて場所の意味も見えて来る。万が一疑われても立証しようがない、裁きようがない。 「……私は、知りません。それはどんな形なんですか? 姉さんのパソコンを調べたらわかったりしますか?」 「……基本形は小さめのSDカードを少し縦長にしたぐらい。それ用のツールは色々あるけど……一番主流なのはUSBメモリみたいな形。持ち歩くのが楽だし不自然じゃない。でも知ってる人は判別できる様特徴的なデザインをしてる」 こんな感じと、天青は一つのやや不気味なデザインのメモリを見せた。SDカードを差し込める様な穴があって、悪趣味な形以外、猗鈴にはただの変換アダプタに見えた。 「見覚えないです」 猗鈴の言葉に天青はそっかと呟いた。 「……ところで、なんで私を尾けてきたの?」 「なんか怪しかったからです。姉と同じような死に方をした人がいたニュースは見ました。事件現場に行ったら、報道とも警察とも思えない不審者がいた。それで後をつけてみたというわけです」 なにかと猗鈴が言うと、天青は喉乾いてないと猗鈴に聞いた。 「……じゃあ、クリームソーダを」 クリームソーダが出て来るまでの間、猗鈴は姉のことを思った。 天青は姉がデジメモリと関わりがあるかのようなことを言っていたが、果たして本当にそうだろうかと。 そう考えていると、軽率だとか下品だとか漫画の趣味とか、幾つも覚えていることはあるけれど、姉に関して大して知らないことに気づいた。 大学で何をしていたとか、どんなサークルに入ってたとか、どんな人の付き合いがあるのか、彼氏とかも葬式の時に一応会いこそしたものの、当たり障りのないことぐらいしか話さなかった。 まさか姉がと思う一方で、だけど姉ならばとも思ってしまう。そんな自分が猗鈴は嫌になりそうだった。 「はい、クリームソーダ」 そんな言葉と共に目の前に出されたのは実に古典的、着色料の緑が眩しく、そこにバニラアイスの白とよくわからないがやたら赤いさくらんぼの赤が映える、お手本の様なクリームソーダ。 猗鈴がクリームソーダを頼んだのは、別に好きだからとかじゃなくて、コーヒーも紅茶も砂糖を入れないと美味しく飲めないから。怪しい探偵の前で弱みを見せたくないが、ほかに喫茶店にありそうな飲み物がクリームソーダしか思いつかなかった。 そういえばと猗鈴は思う。私はこのクリームソーダを知っているのだろうか。喫茶店のクリームソーダ、昭和レトロなクリームソーダ。 猗鈴は昭和なんて生まれてさえいないし、メロンソーダはファミレスのドリンクバーぐらいでしか飲んだことがない。 クリームソーダを一口飲んで、アイスクリームを少し食べて、猗鈴は少し安心すると共に少し辛くなった。 味は予想の範疇を超えない。予想通りの安っぽさ、美味しいけれどただそれだけ。でも、じゃあ知ってる体験かと言われるとそれも少し違う。 思ったよりもアイスクリームは氷っぽく、少しメロンソーダに沈めた部分を掬い取るだけでも炭酸の主張は激しい。添えられたさくらんぼは嫌いではないが食べるタイミングも猗鈴にはよくわからない。 下手に醜態を晒すよりはと頼んだメロンソーダの飲み方も猗鈴はよくわかってなかったのだ。わかった気になっていただけ。 「……国見さん」 「なに?」 「姉さんの事件について調査して欲しいという依頼を出したら……どれくらい依頼料が要りますか?」 「結構高いよ。手付け金で……五万。あとは実際に調査にどれくらいかかったかとかによって追加料金がかかる。幸いこの事件自体には別の依頼者がいるからそんな程度で済むけど、高校生が出すには高いでしょ?」 確かにそれは猗鈴が出すには大きな金額だった。しかも、それで手付け金なのだから実際はその上にということになる。 「……その、探偵業の方でバイトとか募集していませんか?」 「喫茶店の方なら募ってる。私が探偵として調査してる間のホールのバイト、でも調査状況は依頼者じゃないと伝えられない」 「それでいいです」 天青は猗鈴の言葉に少し面食らった。 「手付金の五万円は今度持ってきます。その後はバイト代でお金を支払わせてください」 「……なら、止めはしないけど。依頼を受けるのはお金を持ってきてから」 契約は大事だからと天青は言った。猗鈴は必ず持ってきますと言って急いでクリームソーダを飲み干した。 「じゃあまた来ます!多分……一時間ぐらいで!」 後日でもいいんだよという声を背に受けたが、猗鈴はそれに答えず自宅に向かった。 「結構猪突猛進タイプなのかな……」 店内に天青の声がぽつりと溢れた。その直後、店に置かれた電話がなった。 「もしもし」 『国見さん? 例の事件ですが、二番目の被害者は先の被害者、美園夏音のバレーサークルの後輩でした。葬式会場から、美園夏音の彼氏だった男と共に去っていくところが目撃されていました』 「……バレーサークル。被害者は確か長身でしたね?」 『そうですね、二人とも百八十近い長身でした』 「……美園夏音の住所を教えて下さい」 天青の脳裏には最悪の可能性がよぎっていた。 猗鈴はあまり物欲がなかったから、高校生時に誘われてやっただけの短期バイトのお金もそのまま口座にあった。 「よし、あとは店に行く前に郵便局に寄って行けばOK……バス停も郵便局の近くにあるし」 通帳を見つけて、ふと猗鈴はちょうどいい鞄がないことに気づいた。通学に使っているカバンはあるが、余計なものが多すぎるし重い。 そう考えて部屋の中をふらふらと探していると、ちょうどいい肩掛けカバンを見つけた。姉からプレゼントされたものの、基本的に学校と家の間を往復するだけだった猗鈴にとっては無用の懲罰だったものだ。 猗鈴が家を出て、郵便局でお金を下ろしてバス停のベンチで待っていると、ふと、玄関前に猗鈴より少し背が低い、百七十前後の、感じがいい白いTシャツの男が近寄ってきた。 「えと……確か姉さんの彼氏の……」 「萩谷健だよ。葬式の時は忙しかったろうから、覚えてないのも仕方ないね」 「すみません……それで、健さんは何かこの辺で用事ですか?」 猗鈴の質問に、健は少し頭をかきながら話し始めた。 「実は特に用はなくてね、少し呆然としながら散歩してたんだ。そしたら君を見つけたから」 迷惑かなと言う建に、いいえと猗鈴は首を横に振った。 「……よかったら、姉さんのこととか色々教えてくれませんか。私の知らなかった姉さんを知りたいんです」 いいよと健は微笑んで、近くに隠れ家的な喫茶店があるんだと猗鈴を誘った。 「夏音は、僕から見ると君とよく似ている」 「そうですか? 身長ぐらいに思いますけど」 夏音も猗鈴と同じく背が高かった。でも、根暗ゴリラというあだ名をつけられた猗鈴に対して、夏音はモデルのようと言われていた。 「確かに、対照的には見えるけれど……二人とも目が似ている」 「……目つきが悪いとはちょくちょく言われますね」 どんどん大通りから離れていくが、隠れ家的な店ということだからそんなものかと猗鈴は思っていた。 「そうじゃないよ、ちゃんと未来を見ているのが似ているんだ」 その言葉を聞いた時、猗鈴は不意に背筋が凍るような感じを覚えた。 「未来を見ている、ですか?」 「そう、未来を見ている。夏音との馴れ初めはね、僕も彼女もフラれて慰め合うような形だったんだ」 でも、夏音と僕は違ったと健は呟いた。 「ずっと引きずっていた僕に対し、夏音はすぐに立ち直って僕を慰める側に回った。そんな前向きな姿に惹かれたんだ」 確かに、猗鈴からみた夏音も悩みなどなさそうな人だった。軽率であっけらかんとしていて、嫌なことがあっても翌日にはプリンを笑顔で食べているような人だった。 「……彼女と一緒にいれば、僕も未来を見られる気がした。前向きになれると思った」 「……私、もしかしたら健さんに似ているかもしれません。姉さんが死んで初めて、姉さんのことを大して知らないって知って……」 「いや、違うよ。君の目は自分で立ち上がれる人の目だ」 僕は違うと健は道の真ん中で立ち止まり、ズボンのポケットにおもむろに手を入れた。 「でも、君にそれを期待していたのは本当だよ」 「……期待していた? 姉さんと同じ目をですか?」 「そう、クズみたいな考えだけどね。夏音を殺した途端、僕は……夏音が恋しくなった。殺すんじゃなかったって、後悔した。心がぽっかりとがらんどうになったんだ」 「……私は姉の代替品」 「本当、ひどい考えなのはわかってるよ。最低だ。昨日の夜は同じ理由で夏音の友達に手を出した」 猗鈴は健の異常な告白に、思わず後退りした。 すると、ふと背中が壁にぶつかった。振り返ると道の真ん中に冷たい黒い壁ができていた。 「しかも、僕はそのあとその子を殺した。長い髪が夏音に見えたんだ。夏音に見えた途端、僕はその子を殺さなくちゃと思った」 「……何、言ってるんですか?」 「夏音はね、僕がいなくても生きていけるんだ。僕は夏音がいないと生きていけないのに、夏音は僕がいなくても生きていける。僕は僕だけだと自殺することもできないから世を呪いながら生きている様な生き物なのに、夏音は違ったんだ」 夏音は違ったんだと繰り返し言いながら、健はポケットからUSBメモリを取り出してボタンを押した。 『スカルバルキモン』 若干芝居がかった電子音の後、健は自分のこめかみに鈍い銀色のメモリを突き刺した。 すると、USBメモリはズブズブと頭の中に沈んでいき、健の身体は淡く暗い光を放ちながら変形し肥大していった。 それを見て、夏音は急いで国見の名刺とスマホを取り出して電話をかけようとしたが、その手を何か大きなものが振り払って持っていたものを落とさせた。 「夏音は、僕なんかいなくても生きていけて、僕の知らない夏音の顔もいっぱいある。でも、僕には夏音が知らない僕はない。情けない僕しかいない。きっといつか置いていかれる、僕一人だけが取り残される」 健の姿は、巨大な骨でできた獣の様だった。青みがかった骨は翼の生えたライオンか何か四足歩行の肉食獣の様だったが、そのままでは噛み合わないのか黒いタールの様なもので補強されていて、眼窩の奥には赤い光だけがあった。 「君もそうだ、僕を置いていく目をしている」 「……だから、姉さんを殺したんですか?」 「そうだよ、置いていかれたくなかった……僕が狂ってるのはわかっている。でも駄目なんだ。夏音がいないと正気でいられない、でも夏音がいると怖くてたまらない」 そしてまた、夏音と同じ目をしていると怪物と化した健は呟いた。 「僕をじっと見定めている。失望でもなく、絶望でもない。諦めてない、生きて戻れると思っている目だ」 猗鈴は落ち着いて、塞がれている壁ではなくその横の塀をちらりと見た。 「見ないでくれ……僕を、僕をその目で見ないでくれ」 健がそう言うと、ひんやりとした壁が少しずつ広がりだした。それを見て猗鈴は健の股下を走って抜けようとしたが、あえなく前脚で蹴られて壁まで転がされた。 そして、猗鈴は黒い壁で作られた球にほとんど閉じ込められた。 「二十分……夏音が死ぬまでの時間だよ。前の夏音の時もその前の夏音の時も誰も助けに来てくれなかったんだ。誰も夏音を助けてくれない。夏音がいないと僕は生きていけないのに」 その言葉を最後に、ほんの少し開いていた隙間も閉じられる。外との繋がりが遮断されると、急速に部屋の中が冷え出した。猗鈴が蹴ったぐらいじゃ壁はびくともしない。 「姉さん人を見る目なさすぎるな」 そう思いながら何かないかとカバンの中を漁っていると、ふと指先が小さな箱の様なものに触れた。 まさかと思って取り出すと、そこにはボタンのついた茶色いUSBメモリの様なものがあった。 『ウッドモン』 ボタンを押すとそんな音が鳴り、猗鈴の中に確信めいた気持ちが溢れ出し、何故姉からプレゼントされて以来ほとんど使ってないカバンの中にメモリがあったのかなんて疑念を吹き飛ばした。 「私……このメモリ使える」 使えば助かるかもしれない、使わなければ確実に死ぬ。タイムリミットは二十分と健は言ったが、実際にはもっと短いだろう。 使うかと猗鈴がメモリを握りしめ、その黒い端子を自分の腕に向けたその時、ふと地面に落とした国見の名刺が目に止まった。 携帯も拾ってみるが電波は圏外、今までの被害者のことを思えば助けを呼んでも音はほとんど通さないのだろう。でも、その時猗鈴はなんとなくメモリを使う前にできることがある気がした。 「助けて! 国見さん!」 そう叫ぶと、部屋の中を音がぐわんぐわんと反響した。まぁそんな程度でやっぱり何も変わらない、そう思って猗鈴はため息を吐いた。 でも、それは猗鈴の早とちりだった。 怪物と化した健と黒い球体を取り囲む様にどこからか黒い蝙蝠の群れが飛んできたのだ。 「なんだ、なんだよこれ、熱い! 焼ける!」 無数の蝙蝠に噛まれた痛みに健はもがき、逃れようと黒い球体から後退りした。 そうすると黒い球体は急に形を失って崩れ出した。 「なんで急に……」 猗鈴が壁に開いた穴から身を乗り出すと、手に何かおもちゃの銃の様な機械を持った天青が健の前に立っていた。 「君の声が聞こえた」 「……いや、嘘ですよね」 叫んだぐらいで聞こえるなら他に被害者なんて出てやしないだろうと、猗鈴はそう呟いた。 「で、この人が君のお姉さんを襲った犯人?」 「……そうです、姉の彼氏です。でも助けてもらっといてなんなんですけれど、何か有効な手立てがあるなら私に貸して下さい。こいつは私が倒さなきゃいけない、そんな気がするんです」 猗鈴の言葉に、天青は猗鈴が手に持ったメモリをちらりと見て、自分の懐に手を入れるとまた何かおかしな機械を取り出し、手渡した」 「それを腰につけて、ボタンを押したメモリを挿したら、レバーを押し込んで。それはメモリの副作用を抑えて力を引き出す機械」 そう言われた猗鈴が仮面ライダーみたいと呟きながら腰にあてると、製作者が仮面ライダー好きなんだよねと天青は微笑んだ。 「……じゃあ」 『ウッドモン』 猗鈴がボタンを押すと、機械からベルトが素早く出てきて腰に巻きつく。後はもう導かれる様に滑らかに猗鈴の手は勝手に動いた。 「変身ッ!」 ガシャッガコンと小気味いい音を立てて機械が稼動し、光を放った。 猗鈴の身体の表面を光が駆け抜け、黒いタイツの様なもので首から下が覆われた後、光は茶色い顔に木の幹が付いたような化け物の姿を取ってから猗鈴の顔や手足へとまとわりついていく。 茶色い樹皮のようなものと水色のガラス質のものが仮面の様に顔を覆う。同様の樹皮が胴をベストの様に、手は手首まで、足を覆ったものはブーツの様になった。 猗鈴自身のすらりとした高身長もあって、巨大で無骨な健の姿と対照的にシンプルで洗練された姿に見えた。 「……夏音」 蝙蝠達が消え、夏音の事を見た健はそう呟いた。それを見て、天青はこうなってはダメかなと呟いた。 「メモリの直挿しは、別の生き物の力も心も身体の中に取り込むこと。メモリにする段階で力だけ取り出そうとして作られていたとしても……メモリが心、つまりは精神活動に影響を与えるものである事自体は変わらない。一刻も早くメモリから引き剥がさないと社会復帰は絶望的」 「……私は姉さんじゃないし、健さんが廃人になっても悲しく思ってあげられるほど優しくもない。でも、全部覚えておきます。その罪も、愛情も、健さん自身がわからなくなっても」 「夏音ェッ!」 顎を大きく広げて噛み付いてくる健を、猗鈴は横に跳んで避けると、その頬を思いっきり殴りつけた。すると少し、健の身体が揺らいだ。 「相手は格上、短期決戦が望ましい。メモリをベルトについてるもう一つのスロットに差し込んで」 天青の言葉に、猗鈴は数歩下がってメモリを取り出してボタンを押し、 『ウッドモン』 ベルトについたもう一つのスロットへとメモリを差し込んだ。 『ブランチドレイン』 すると、技の名前を読み上げる声が鳴り、体を覆った黒いタイツの上を光が走って右脚へと集まっていった。 「な、夏音……夏音ェッ!」 健はそう叫び後退りすると、また猗鈴に向かって角をむけて走り出した。 「夏音、助けて」 猗鈴は右脚を高く掲げると、飛び込んできた健の頭に思いっきり踵落としをした。横向きの力が下に向けられ、路上に小さなクレーターが現れると共に、健の身体から光が猗鈴の右脚へと集まってくる。 「力を吸い上げている……」 そう猗鈴が呟き終えると、健の身体にノイズが走り今にも身体を保てなくなりそうに見えた。 それを見て猗鈴が脚をどけ、そのまま離れる様に数歩進むと、その背後で健の身体は光を放って爆発した。 爆風が晴れると、地面には人の姿に戻った健が倒れ、傍らには壊れたメモリが転がっていた。 「……探偵料は、払ってもらう必要なさそうね」 天青はそう言うと、スマホ片手に壊れたメモリを拾い上げた。 「警察への連絡は任せて、こういうの担当してる人達知ってるし、協力関係だから」 人に見つかる前に帰る方がいいと言う天青に、返信を解いた猗鈴は首を横に振った。 「……このメモリは、私に姉さんが買ってくれたカバンの中にありました」 猗鈴の言葉に、天青は少し眉を顰めた。 「姉さんはこの事件では被害者だったけど、メモリについて何かを知っている人だったのかもしれない。もしそうならば、私はもっと姉さんを知らなくちゃいけない」 だからお願いがありますと、猗鈴はカバンからお金の入った封筒を取り出して天青に差し出した。 「改めて依頼します。姉のことを調べて下さい」 「……なるほど。じゃあ、今日から猗鈴さんは私の助手兼喫茶店のホールスタッフ、ということでどうかな」 そう言いながら天青は封筒を手の甲で押し返した。
ドレンチェリーを残さないで ep.1 content media
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へりこにあん
2021年7月13日
In デジモン創作サロン
幽谷の姿は熱と光を放ちながら異形へと変わっていった。 それは二対の翼を持つ黒い蛇の様だった。顔に数多の瞳を持つ黒い蛇、その蛇の暗い身体のところどころから熱と光が溢れ、多すぎる熱量を放出しきれずに持て余している様にさえ見えた。 背中の二対の翼やその胴から発する熱が空気を熱し森をさらに燃やしていた。尾池は七美の脚に掴まれて避難したが、先に火夜の作ったクレーターに収まり切らない巨体で、それは七美にも匹敵するものだった。 言葉も出ない尾池のスマホにふと着信が来た。 『尾池ちゃん! 雅火は!?』 電話の相手は黒松で、尾池はこの状況を自分の言葉でどう伝えたらいいかわからず、テレビ通話にして大蛇と化した部長の姿を映した。 『……ニーズヘッグモンだな。見覚えがある」 聞きなれない声に尾池が画面を見るも、そこには知った顔しか映ってはいなかった。黒松に硯石姉弟、二見に水虎将軍、そして重忠。 『ニーズヘッグ、怒りに燃えてうずくまる者、世界樹の三番目の根を噛む蛇……蛇……尾池ちゃんもしかしてそれって……』 「……そうです。部長です」 黒松の言葉に尾池は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら答えた。 そうして尾池がニーズヘッグモンから目を離していると、ふと身体が揺さぶられ、不意に七美の身体ごと尾池は地面へと投げ出された。 「な、七美?」 尾池が立ち上がりながら七美を見ると、その尾の先をヤスリの様にびっしりと並んだ歯を持った口でニーズヘッグモンが咥えていた。 起き上がった七美は、尾池の身体を掴んでいる余裕はないと判断したのか、ニーズヘッグモンに噛まれたままその身体を持ち上げると、隣の山に向けて尻尾を振って叩きつけた。 尾池はその様をぽかんと口を開けて見ているしかなかった。 「え、だって……七美はこの世界の力を与えられていて……幾らなんでも普通のlevel6なら、多分どうにもできない筈なのに……」 『それは多分相性の差だ。通常現れるニーズヘッグモンはあくまで少し強いlevel6に過ぎないが……そのチンロンモンが世界そのものと繋がっていて、ニーズヘッグが世界を蝕む者であるならば、そのチンロンモンにのみ特別に強い可能性がある』 地面に転がったスマホから聞こえてくる声に、尾池がスマホを拾い上げると重忠が口を開いてしゃべっていた。 「へ?」 『……改めて自己紹介が必要か。私がロードナイトモン、重忠というのは天悟が私の正体をうっかり口走らない為の偽名に過ぎない』 画面に映っていた重忠の姿が一瞬光に包まれると、次の瞬間そこに尾池の知る重忠の姿はなく、流麗なピンクの鎧に身を包んだ騎士がいた。 『場所は把握している、すぐに向かう』 その言葉と共に、通話は切れた。 「重忠がロードナイトモン……でも、部長はもう分離できない……」 そういえば、将くんと呼ばれていた水虎将軍が重忠はやたら強いと言ってたっけと尾池は一人ごちる。 火が燃え盛る音と雷の音は隣の山からも尾池の耳にはひどく大きく聞こえてくる。叫んでも声も届かないだろう。 「……これ、私もう何もできないのかな」 黒い蛇と青い龍が山を崩しながら戦っている。尾池はそれを見ても、普段の様に面白いものを見ているとはとても思えなかった。 普段ならば、尾池はこの争いを涎を垂らして目を見開き植えた獣の様に見ていただろう。 ニーズヘッグモンという種はその見た目一つ取っても単なる蛇ではない。顔についた赤い目は顔のこめかみに当たる部分と逆のこめかみに当たる部分を線で結ぶかのうように並んでいる。 その場合、トンボのように広い視野があるのではないかとか今でも尾池は思うが、それがわかったら幽谷をどう助けられるのだろうと考えてしまう。 翼の色が少しずつ赤くなっていくのも、最初と比較した時に徐々に体を肥大させていっているように感じるのも、面白いと感じるよりも先に悲惨だと感じてしまう。 それは大抵の生物の面白い特徴というのは、考える時に基準に人間があるからかもしれないと尾池は思った。 例えば、犬は赤色が見えていない、なんて表現がまさにそうだ。能力を素直に表そうとするならば、その表現はイヌは明るさや色の明暗ならば認識できる。というような表現が適切という事になる。でも実際にはそう表現することは少ない。 人間と他の動物を比較し、自分の知っている範囲のなにがしかと比較する。尾池が面白いと思う時、そこにはよく知る比較対象が存在する。 目の前のニーズヘッグモンの事を考える時には当然、尾池の知る人間の幽谷と比べてしまう。面白いと普段なら思える部分は、それだけ人間から逸脱した部分。人間ならあり得ない部分で、幽谷自身が黒松に見せたくないと思っただろう部分。 お守りを握りしめても何にもならない。それも当然のこと、お守りに貯められた力はこの世界から力を引き出す呼び水に使えるぐらいには莫大だったが、直接七美とこの世界がつながった今となっては世界から引き出した方が余程多くの力を引き出せる。 それでも力が足りないならば、それは七美の限界。あくまで一介の、それも生まれて間もないデジモンの体を改造したとしても受け止められる力には限界がある。 「せめてもう一体いれば……」 尾池がぼそりと呟くと、ふと肩にぽんと手が置かれた。 轟雷と爆音で気が付かなかったが、硯石と黒松、そして、見たこともない煌びやかで豪奢な剣を持ったロードナイトモンがいた。 「……尾池、二見先生から大体の話は聞いた。リリスモンの目的は人間性を保ったままデジモンとすること。そうだな」 硯石の言葉に、尾池はなんで今そんなことをと思いながらも頷いた。 「なら、まだ可能性はある。ニーズヘッグモンというのはあまりにも人から遠い、あの巨体の中で人間の部分だけが腫瘍の様になっている可能性がある」 「……なんでそんなことわかるんですか」 あまりに都合のいい様に感じる硯石の言葉に、尾池は思わずそんなことを言ってしまった。 「姉さんもそうだったからだ。最終的には安定したが、デジモンの部分と人間の部分はそう簡単に馴染むものじゃない。その為にリリスモンはスプラッシュモンに調整役をさせたんだ」 「……それに、ああして姿を変える時、デジモンは人の感情に影響を受けるのよね?」 硯石の言葉に続いて、黒松がそう話し出した。 「雅火……迷ってたでしょ。やることは決まっているのにだらだら喋ったりしてなかった? ペラペラとこれからやることについて説明してなかった?」 「してましたけど……」 「雅火はね、尾池ちゃんのことを頭がいい後輩だって言ってた。自分の考えに追いついて間違いがないか考えられる子だって」 「そう、なんですか?」 黒松の言葉に、意外だなと尾池は思った。 「その尾池ちゃんに、だらだら喋ったのはね、間違っている気がしていたからよ。迷っていて、尾池ちゃんに話しながら自分を納得させてた。ならね、今の雅火の性質にもその揺れ惑う様な人間を辞めようと開き直りきれない部分が反映されている筈よ」 だから、と硯石は尾池の肩を掴んだ。 「尾池、まだお前にもできることが二つある。まずは、あの巨体のどこに部長の人間部分が固まっているかを推定する事だ。どこかがわかったらロードと姉さんが取り出してくれる」 え、と尾池は戸惑った。 「二見先生のとこの水虎将軍は……?」 「あいつは調整の仕方も知らなかった。部長の姿を見ていて、他のデジモンになろうとしていた人間の姿も見ていた尾池が頼りだ」 そう言われて、尾池は今までのデジモンへの馴化の仕方を思い出していた。 すると、ふと、まず右目にその変化が表れる様にされているとメリーだか将くんが言っていたことを思い出した。 これは裏を返せば、自然に馴化していった場合は目や目に繋がっている脳は後回しになる場所なのではないかと思うと、途端にそれで合っているような気がしてきた。脳の欠損で性格がガラリと変わる人のエピソードは数知れないし、人間らしさをリリスモンが見出しているのは恐らくはその性格の部分。であるならば最もデジモンになるのを避けたい部位も決まって来る。 「脳……多分脳です。あの頭の中のどこか、右目側からデジモンになっていっていて、視神経は交差しているのでおそらく右脳側だと思います」 「……ロード、いけますか?」 硯石が聞くと、ロードナイトモンはこくりと頷いた。 「幽谷雅火の頭を押さえつける役目と摘出後に残ったニーズヘッグモンの肉体を破壊する役目を任せる」 そんな話をしていると、急に周囲を黒い虫の群れが覆い、火夜がその姿をぬうっと現した。 その姿を見て一瞬ロードナイトモンの指がピクリと動いたが、すぐに火夜はその姿をlevel3の幽霊のものに戻すと黒松の胸へと飛び込んだ。 「……雅火が火夜に尾池ちゃんや私を襲えなんて言うわけないものね」 黒松がそう言って火夜の頭を撫でると、火夜は事態を理解できてないような無邪気な笑みを浮かべた。 それを見て硯石は一度目を細めると、尾池に向けて手を差し伸べた。 「……俺がスピリットを使うのは言っただろ? スピリットを使い、自然の力や世界の力を借りるのが俺のやり方だ。この世界から力を引き出すなら……きっとスピリットより尾池の方が力を引き出せる。ただ手を掴んでいてくれればいい」 疑問に思いつつ手をのせる尾池に、硯石はそう説明した。 「……部長のこと、ちゃんと止められますよね?」 尾池が不安そうに呟くと、硯石は大丈夫と微笑んで手を握った。 「部長のセクハラ止めるよりはきっと簡単だ」 スピリットエボリューション。そう硯石が呟くとその体が光り、一瞬小さくずんぐりとしたシルエットになった後、その姿はあっという間に大きくなって全身を機械か鎧のようなもので覆った二足歩行のドラゴンの姿になった。 ただ、尾池は知る由もないのだがその姿はアルゴモンを倒した時のそれとは異なる姿だった。全体の色はより赤く、背中の機械翼は吹き出す炎に包まれてもはや見えなくなっていた。 姿の変化が変わる頃には尾池の手はもう離れていたが、不思議ともう不安には思わなかった。指先には熱が残っていたし、その熱は硯石に繋がり幽谷にも伝わる。そう感じていた。 龍と蛇の争いにドラゴンが突貫していく。二体に比べれば硯石は子供の様だったが、その全身でもってニーズヘッグモンの頭にぶつかれば、七美の尾を離させることができた。 ニーズヘッグモンから逃れて七美は天へと一度退いていった。その姿を追ってニーズヘッグモンが鎌首をもたげるが、その頭に向けて両腕に溢れんばかりの炎をまとってハンマーの様に打ち下ろした。 硯石はニーズヘッグモンより小柄だったが、自身も高熱をまとってなお戦えるデジモンである故にニーズヘッグモンの身体から発する高熱をものともしなかった。 木々をなぎ倒しながら振るわれる尻尾の一撃も、両腕と両足がある故か経験値か、硯石はさばいて見せた。 業を煮やしたニーズヘッグモンが目から光線を出すも、硯石は腕から出した炎を盾の様にしてそれを防いだ。 そうすると、いよいよ先に倒さなくてはとニーズヘッグモンも考えたのか、口をがぱりと開いて硯石の方を一瞬向いた後、その顔を街の方へと向けた。 顔の向きを変えさせるには硯石の位置は遠く、口から噴き出した光線を炎の盾でもって受け止める他に選べる避け方はなかった。 背中から炎を噴射して身体を支え、爪を地面に突き立てて、盾の角度も調整して全てを受け切るのではなく光線を空に逃すことに終始してなお、硯石の身体はいつ押し込まれてもおかしくない。そんな状態へと追い込まれたものの、硯石は焦ってはいなかった。 硯石は独りではないからである。 ニーズヘッグモンに天から大量の青い雷が降り注いだことで光線は止まり、その巨体が一瞬固まった。 その隙に、硯石はニーズヘッグモンの舌を掴んで引き倒すと、口の先端を炎の剣で突き刺して地面に張り付けにした。 「ロード!」 硯石の声に、どこに潜んでいたのか黄金の剣を携えて現れたロードナイトモンは、ニーズヘッグモンの頭の上に着地するとその剣を一振りした。 「天悟、頭を持ち上げてくれ」 ロードナイトモンがニーズヘッグモンの頭から飛び降りると、硯石はニーズヘッグモンの頭を蹴り上げた。 すると、ロードナイトモンの振るった剣がニーズヘッグモンの頭を貫通していたのか、顎の一部に穴が開き、そこから幾らかの肉塊がぼろぼろと落ちだした。 剣を手放すと、ロードナイトモンはその肉塊の中から一つの肉塊を受け止め、何かを確認した。 「幽谷雅火は確保した。後は任せた」 そう告げたロードナイトモンに硯石は頷いて、黄金の剣へと手を伸ばした。剣の側も一度その姿を黄金の全身鎧の様なデジモンに変化した後、硯石の手元まで飛ぶとまた剣へと姿を変えた。 ロードナイトモンは幽谷を傷つけずに取り出すことに終始したらしく、頭の上から顎の下まで貫かれたにも関わらず、少しバランスを崩したのみで、硯石をかみ砕かんと襲い掛かった。 硯石は黄金の剣の周りに炎をまとわせると、自分に届く前にまっすぐ上段から振り下ろした。 ニーズヘッグモンの体は縦に真っ二つに割れながら発火し、持ち上げられていた頭が地面につくよりも早くその身は崩れて光の粒となっていった。 硯石が尾池達の元へ戻ると、地面に幽谷が横たえられていた。 右目と両腕に、腰から下。level5相当になった時点で人の形を保っていなかった部分の体がない幽谷だったが、その身体は青い光に包まれていて、その失われている箇所も少しずつ回復しているのが見て取れた。 「……これは、大丈夫なのか?」 「そうです。今、七美が治してます……正確に言うと、この世界に記録された人間だった部長の情報を元に失った箇所を補っている。とかいうやつなんですけれど」 青い光に包まれた幽谷の上には七美がいて、幽谷の上だけ雲が晴れ、空から小さな青い光が降り注いでいた。 よくわからないですよね、と尾池は硯石に向けて笑いかけた。その笑顔には心からの安堵がにじんでいた。 その後、幽谷が目を覚ますと、事態はとんとん拍子で進んでいった。 まず、リリスモンからこの世界の運営権限を奪取すrために残りの四神を用意した。火夜を朱雀に、黒松のところにいたアリが玄武に、そして、メリーのところにいたもう一人のメリーが白虎になった。 リリスモンから世界の実権を奪うと、服屋に行ってもうすぐlevel6に至るだろうという状態の店長の身柄を確保した。ロードナイトモンがいたこともあって、スーツのスプラッシュモンも抵抗はしなかった。 尾池のこの第三の世界を残したいという要求を、幽谷はこの世界にも尾池に助けを求める意思があることを思えばリリスモンの被害者たる無辜の民であると主張。そこに尾池のこの事件への貢献を加えてロードナイトモンに交渉した。 リリスモンへの交渉は幽谷や尾池ではなく、合意済みという事でロードナイトモンに任せた。 幽谷曰く、リリスモンが二見のあり得た姿ならば、その精神は人間としては破綻しているから、人間が交渉するべきではないだろうとのことだった。 尾池はロードナイトモンが自分達の要求を無視してしまわないかが心配だったが、硯石がそういう結末は醜いとロードナイトモンなら判断すると断言した。 果たして、二見を人間の世界に送り込むことと、服屋の店長の身柄をリリスモンの元へ届けること、二つを条件にリリスモンは第三の世界に対し今後干渉しない事と、人間の世界から大勢の人間を攫ったことについても可能な限りの補填をすることを決定した。ロードナイトモンはリリスモンを罰することよりも人間の世界に対しての影響を小さく収める事と尾池の希望を受け入れさせることに力を入れた。 最も貢献したものこそが報われるのがあるべき美しい姿だと、ロードナイトモンはそう言った。 かくしてリリスモンに目的を果たされる形で事件の大枠は終了した。 四神を揃え、第三の世界自身の機能を扱える様になったことで、第三の世界の中で亡くなった人ならば世界に記録された履歴から再生されて人間の世界に戻されることになった。 野沢の家族に友人もそうであるし、他にもデジモン関係なく親が家に帰れなくなって死んだ赤ん坊や子供なんかもいたが、その全員が再生された。 ただ、これが過去の本人であっても自分が殺した両親や友人そのものは帰ってこないし、アイズモンのこともあるからと野沢はがデジモン達の世界へ渡ることを希望。 リリスモンが家族を迎え入れたことでどの程度戦力が増強したか確かめる為にはサンプルが必要ではと持ちかけ、それをロードナイトモンも了承した為、過去の何も知らない状態の野沢も再生されて家族と共に人間界へ返されることになった。 但し、旧科学部の面々は、唯一リリスモンの指示でこの世界から存在を追放したものであった為、再生もできず、生死も確認できなかった。 スプラッシュモン達やグラビモンは事態収集はリリスモン側も負担させると決まったので、その作業に駆り出された後にデジモン達の世界へ返されることになった。 メリーは自分もデジタルワールドに行った方がいいのではないかと思っているようだったが、尾池の希望で結局人間の体に戻された。 七美達、四神になったデジモン達は、他の人間もデジモンもいなくなったあと、第三の世界がどうなるかを住人として見届ける立場になることになった。 人間の世界では県一つに渡る神隠しにひどく困惑しているということで、聖騎士の一人、ドゥフトモンは第三の世界の機能を用いて可能な限り人間達を連れ去られた当時の状態に戻したのち連れ去られた当時の人間の世界に戻すことを提案した。二見だけは一年後の三月に自分がデジモンの世界に拐われた筈の時間からもう一度やり直すことになった。 幽谷はタイムパラドックスの存在を憂慮していたが、ドゥフトモン曰くデジモン達の世界では前例があるということで受け入れた。 そんなわけで、大抵の人にとって、この第三の世界であったことはなかったこととなる様だった。 人間の世界に戻る者で記憶を残さことを許されたのは解決に貢献したとされる者達で、二見は記憶を持つと魔王のデータが体内に僅かでもある場合危険であると記憶を持ち越すことは許されなかった。 幽谷、硯石姉弟、メリー、黒松、尾池は記憶を残すことにした。 それでもみんな髪色などは大抵戻したが、尾池だけは髪の色も目の色も戻さないとわがままを通した。 人間の世界に戻って約一年、尾池の緑色の髪は根本から黒髪に侵食されて黒蜜をかけた抹茶プリンの様になって、オレンジの瞳は少し暗い色に変わっていた。 高校に入学してもいないの高校一年の春は過去の出来事として尾池の中にある。 ただ、記憶にはあっても七美の為に買った大きな水槽もない、床には水をこぼした後もない。 部屋の窓を開けると、三月の冷たい風が尾池の頬を撫でる。 高校の見学会で幽谷との再会は済ませたが、科学部の部員は彼女だけではなくて、部長でさえなかったのは尾池には驚きだった。旧科学部の面子がいなくてついた臨時顧問も、まだ二見ではなかったし、二見が臨時顧問に着くかも最早わからない。 尾池の知る科学部になることはもうないだろう。 硯石からは定期的に第三の世界関連で襲われていないか連絡が来るものの、住んでいるのは県内とはいえ自転車で行ける距離ではないので顔はあまり合わせない。 黒松とは入学したらという話はしているが、やはりそれほどという感じである。 メリーは元々半ば引きこもりだったが、転入試験を受けて尾池と同じ高校に今年の四月から入る事が決まった。尾池よりは一学年上で、今のところ科学部に入るかは未定とはいえ、尾池とは一番よく会う仲である。 なかったことと割り切るには、それが尾池の人生に落とした影は大きく、しかしだからといって永遠に毎日が怪奇現象だらけでもない。 少し寂しくなった時、尾池は小指にはめた赤い指輪を抜いて覗き込むことにしている。 それは人間の世界に一つだけの、第三の世界の覗き窓。 「七美、最近はどう?」 通信機ではないので尾池の問いかけに七美が答えることはない。けれど、指輪の向こう側で健在であると示すかのように青龍は虹のかかる空を優雅に飛んでいた。
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へりこにあん
2021年7月09日
In デジモン創作サロン
「……副部長は野沢さんが離脱したので遅くなりそうだし、黒松さんは病院にいるのかメッセージに既読つかないし……」 「ねぇ、そんなに焦らなくても……」 準備室でそわそわする尾池に、二見はそう笑いかけた。 「焦りますよ。部長ですもん、多分今頃仕組みに気付いて、国道沿いに県外に出るルートを確かめていてもおかしくない……既に確かめ終えた後かも」 「なんでそんなに幽谷さんを警戒するの?」 二見の言葉に、尾池は当然のことでしょうというような顔をしていた。 「薔薇騎士は……多分話せばわかります。リリスモンがわざと気づかせなければ追えない構造を考えると、ばれたとしても交渉の余地がある相手を選んでいる筈です。なので、なんかこう……薔薇騎士に上手い感じにリリスモンと交渉してもらうみたいな……で、どう交渉してもらうかとか最終的にどんな交渉を目指すかとかは部長に丸投げしたいですし……」 やっぱり部長は脅威なのでと尾池は呟いた。 「部長は頭いいですからね。ここに来ずにみんな諸共世界を壊す方法とか思いつかれていたら……」 「そんなことできるの?」 頭いいにも限度があると思うけれど、という言葉を二見は飲み込んだ。 「多分……この世界を維持するか、自立しているこの世界をコントロールする何かはリリスモンの元にあるはずです。それとこの世界は繋がっていないといけない。副部長がこの世界の土をゴーレムしたみたいに、野沢さんの持つ風のスピリットや雷のスピリットを通じてとか、そういう『自然と感応するデジモン』とか『世界に干渉するデジモン』みたいなのになられたら……そこからこう、なんかうまいことできたりするのかもしれません」 デジモンの成長は断続的で、それまでとは全く違う姿になる。小さな幽霊の様だった火夜が、 「ふむ、尾池ちゃんはなんかそういう手を持ってるの? なんか具体的だけど」 二見の言葉に、尾池は微妙な顔をした。 「うーん……持ってるというか、持たされているというか、この世界の存在を知覚したら力を貸してくれる様になったというか……」 「ちょっとよくわからないかな、ごめんね」 「えーと……なんていうか、私は昨日今日選ばれたんじゃなくて、少なくともこの前ワニ肉バーガー食べた時にはすでに選ばれていたんだと思います」 「ワニ肉?」 なんで今その話をと二見は思ったが、無関係ってわけでもなさそうなので黙って聞くことにした。 「はい、この世界にこの県の外は無いけれど、この県の外が産地の食べ物は溢れてますよね? そういうのは、この世界の側がなにかしらの形で用意している筈です」 途切れた国道に急に食料を積んだトラックが現れる様な様を想像しながら尾池はそう口にした。 「それはまぁわかるわ。私の東京から持ち込んだ荷物とかもそうじゃないとおかしいし」 「で、あのワニ肉、多分県外から通販で買ってる筈なんです。で、値段が高いのでほとんど私が食べた分だけしか買ってない……なので、多分あのワニ肉は、この世界が私だけに何か繋がるためにリリスモンの目を避けて干渉できる最も小さな単位のものだったんじゃないかなって……」 「んー……それは、ワニ肉と断定まではできない気がするけど」 そう言われても、県外から入っていそうで家族も誰も関係なく、尾池だけが食べた様なものはワニ肉の他には思い当たるものがなかった。しかし、そもそも食べ物の形で繋がったのかと言われるとなんとも言えないのも確かなので、尾池はあまり強気には出なかった。 「まぁ多分ですけど、そんな感じで……」 そう尾池が呟くと、ふとスマホから着信音が流れた。それを見て、尾池は表示も確認せずにすぐさま出た。 「もしもし?」 『私……メリー……今ね、礼奈ちゃんの高校の最寄駅にいるの。そっち行っていい?』 メリーの声は静かで、しかし尾池にはどこか恐ろしく感じた。 「……じゃあ、近くの緑地公園で会いましょう」 『……わかった』 ブツッとメリーは通話を切った。これを聞いて、尾池は不安に駆られた。 二見を襲う動機のあるメリーと会うならば二見のそばを離れなければならない、しかし、二見のそばを離れれば幽谷が来た時に対処できない。 幽谷の策とは尾池には思えなかった。一瞬しか会っていないが二人の相性は悪そうに見えたからだ。 「……二見先生、黒松さんと副部長と合流するまで部長とまともに向き合ったらダメですからね!」 尾池は七美をバケツに移して高校を出た。 黒い雲が空を満たし始めていて、公園に着く頃にはもう降り出しているかもと尾池に思わせるような状態だった。 傘を持ってくるべきだったかなと少し考えていると、電話が鳴った。 『今、公園のそばのコンビニまで来たよ』 「私ももうすぐ着きます、先に公園に入っててください」 尾池は公園に着くと、ふと立ちくらみに襲われて、バケツをその場に置いて地面に座り込み、手首に残る痕を見た。赤い部屋解決の為に血を流してからまだせいぜい二時間しか経ってない、土神将軍に止血してもらったとはいえ、尾池が思うよりも血を流していたらしい。 そうして少し休んでいると、また電話がかかってきた。 『もう公園にいるよ』 すると、今度は尾池が言葉を返す前にぶつりと通話が切れた。 やっぱりいつものメリーさんじゃないと思いながら尾池は公園の中まで進むも、パッと目に見えるところにメリーはいなかった。 五月のぬるい風が、急いで公園まできた尾池の汗ばんだ肌を撫でた。 街灯にポツポツと明かりが灯っているが、既に日はほとんど落ちていて暗く、一体どこにとメリーが見回してもその姿をどこにも見つけられなかった。 そしてまた、スマホが鳴った。 「メリーさん?今どこに?」 『ここ』 「ここ」 声が二重に聞こえて、尾池が振り返ろうとすると、身体がなにかにぶつかった。そうして倒れかけた尾池の身体を後ろから伸びてきた手がスッと抱え上げて支えた。 『今、礼奈ちゃんの後ろにいるの』 「今、礼奈ちゃんの後ろにいるの」 そう言って電話は切られた。後ろから回り込んできたメリーの腕は、尾池の身体をそのまま抱くようにして離れず、服の肩から肘にかけて開かれたファスナーからは黒い鎌がずるりと伸びていた。 「メリー……さん?」 「礼奈ちゃんは、私のこと、好き?」 「えと、まぁ……好きですけど」 吐息が頬に触れるほど近い距離で、メリーはそう尾池に問いかけた。 「……私も好き。ねぇ礼奈ちゃん、この世界が人間の世界じゃないって知ってた?」 「……今日、気付きました」 そっか、良かったと言ってメリーの手が緩んだ。 「あの、メリーさん、これって……」 「私ね、もう礼奈ちゃんしかいないの。お父さんとお母さんから私を引き離したのはリリスモンだったし、将くんはリリスモンの部下、こんな身体じゃもう私、お父さんとお母さんの前には戻れない……」 鎌がバチバチッと音を立てると、地面にざくっと突き立てられた。 「もう、礼奈ちゃんしかいないの。多分、礼奈ちゃんの好きは私の思う好きとは違う、それでも私からそう思える人はもう礼奈ちゃんしかいない」 チラリと見えたメリーの目は、今までに尾池が見たことのない目だった。縋り付く子供の様であり、襲いかかる獣の様でもある。 言葉こそ恋する乙女の様だったが、恋慕で応えるべきものではない。もちろん、尾池の知的好奇心が主だってさえ思える好意で応えること等はもっての外に思えた。 「……私ね、この世界をズタズタに引き裂きたい。リリスモンの目論見をぐちゃぐちゃにしてやりたい」 「それは、応援できないです。私はこの世界を守りたいから」 「……なんで? 大体全部リリスモンのせいなんだよ? 私に起きたことも、礼奈ちゃんの学校に起きたことだって、ばら撒かれたデジタマだって、みんなリリスモンのせいなんだよ?」 「でも、それはこの世界のせいじゃないですし、この世界を無理に壊した時、今この世界にいる人達がどうなるかわからないんですよ?」 「……それは、そうだけど」 「メリーさんは、暴走もするけどなるべく正しいと思うことをしてきたじゃないですか」 尾池がそう言うと、メリーはやめてと言いながら尾池を突き飛ばした。 思わぬ強い衝撃に受け身も取れず倒れ、背中や尻は打ったものの、頭と地面の間にはメリーの手が挟まっており、尾池はメリーに押し倒されたような形になった。 「……背後から話しかけてきたのも、なんとなく負い目があったからじゃないんですか?」 「本当はね、礼奈ちゃんの言うことはわかるの……だけどね、だけどね、それじゃ気持ちがおさまらないんだ。正しいことをしたいと思う気持ちと別に私はリリスモンを私刑にしたい。痛めつけて殺してやりたい。この手と鎌で力任せに引き裂きたい」 前に私が暴走したのもそういうこと、とメリーは尾池の目を見ながら続けた。 「……正しいことがしたかったんじゃなくて、誰かを救いたかったんでもなくて、誰かの為になれたら……そうしたらだよ? 私が生きていていい気がしたの」 メリーは一言一言噛み締めるように言葉を口にした。 「お父さんとお母さんに捨てられたと思ったら、私という人間にはなんの価値もないように思えて、生きていていい理由を探してたの。誰でもできることをしたとしても、幾らでも代わりがいるってことになるから、私だけにしかできないことを考えていた……」 メリーの目に涙が溜まっていくのが尾池には見えた。 「最初っから私は感情でしか動いてない。いい人にもいい子にもなれない。正しいことをしようとしてもそれを一貫なんかできない」 その言葉と共に零れ落ちそうな涙を、尾池は指で拭った。 「……生き物ってそんなものですよ。前にも言いましたけど、追い詰められたら、極限状態に陥ったら、異常行動を取るんです。今のメリーさんがそうです。去年の三月からずっと、異常な状況にいる中でもメリーさんは動機がどうあれ方法は社会に寄り添って、不意に私を突き飛ばしてしまっても頭を打たない様に手を回してくれる」 それでいいじゃないですかと尾池が言うと、メリーはダメだよと笑った。 「辛いもの、死んだ方がマシだって思うぐらい」 ぎぎぎとメリーの鎌が地面を引っ掻いた。何かを堪える様に深く深く。 「礼奈ちゃんは優しいよね。根拠ない楽観的な見方じゃなくて、根拠があっていい風に捉えてくれる。でもね、正しいけれどそれで私は救えないの」 土を少し巻き上げながらメリーの鎌が持ち上げられて、首の高さでピタリと止まった。 「この世界がリリスモンのものなんだって思うと、自分のバカさとか全部全部思い出しちゃう。リリスモンを殺す為に何かやろうとしていれば、その間だけは、ただ泣き寝入りしてるんじゃないんだって自分を慰められるけど……」 メリーの涙がぼろぼろと溢れて尾池の顔に落ちた。 「メリーさん……」 「礼奈ちゃんは、この世界の味方。それを変える気は、ないんだよね」 メリーの言葉に、尾池はこくりと頷いた。それは変わらないし変えない。尾池は自分の望みは妥当だと思っているから。 「でも、私はメリーさんの味方でもあるつもりで」 「やっぱり、こうするしかないよ。私はリリスモンが憎いけれど、それよりも礼奈ちゃんの邪魔をしたくない。でも、何もせずに生きているのも辛過ぎる」 そう言った顔を見て、尾池は止めないとと思った。 メリーの鎌に赤い電撃が走り、鎌が振りかぶられた。 「……ごめんね」 尾池はスマホに繋がったお守りを手に掴み、天を仰いだまま叫んだ。 「止めて! 七美!」 瞬間尾池の掴んだお守りは強い光を発し、メリーが思わず手を止めて目を細めた。するとお守りは一泊空けてさらにもう一度、全てが真っ白になって思えるほどに強く発光した。 光が消えても十数秒、メリーの視界は戻らなかった。その間に、ごろごろごろと空が雷を抱える音が鳴り出し、何か軽いものが転がるような音もした。 目が慣れてくると、メリーは転がっていたものが七美の入っていたバケツであることがわかった。 何が起きたのかとメリーが狼狽えていると、急に地面に寝たままで目を押さえている尾池の周りがパッとスポットライトで照らされた様になって、メリーが体を持ち上げて空を見上げると、雷をまとった黒い雲が渦を巻いており、その中央に、ぽっかりと穴が空いているのが見えた。 その穴からふと、全身に鎖を巻き付け光る球を伴って身体を青く光らせた龍が現れた。その四つ目の龍は稲妻模様の仮面の奥から尾池達の事を認めると、青い雷と共に降ってきた。 「……よかった。メリーさんちゃんと生きてる」 公園に収まりきらないような巨大な龍にメリーが困惑していると、やっと目が慣れたらしい尾池は、無傷のメリーを認めてそう呟いた。 「え、いや……何が……」 困惑しながらもう一度自らの喉にメリーが鎌を向けると、空から青い雷が一条落ちてメリーの意識を奪っていった。 尾池に向かって力が抜けたメリーの身体が倒れ込み、ぐぇと声を上げると、尾池は青龍をじとっと睨んだ。 「……七美、ちゃんと手加減した?」 龍の顎に蓄えられた伸びやかな髭を引っ張りながら尾池がそう青龍に聞くと、青龍はこくりと頷いた。 「……これしかなかったけど、まだ、これをやりたくなかったな」 尾池はぼそりと呟いた後、茂みの方を睨みつけた。しかしそこには何もなかったので周囲をぐるりと見渡して、七美の方を困った顔で見た。 七美は合ってる合ってる大丈夫と言うように、家屋を丸呑みできるほど厳つくなった顔でこくこくと頷いた。その際に起こった風が尾池の顔に砂を巻き上げて被せる。 その砂を払い、自分の上着を枕にメリーを仰向けに転がして目元の涙の痕を拭うと、尾池はその場で立ち上がった。 「部長? どこかで見てるんです、よね!?」 尾池が疑問系で叫ぶと、公園の入り口の方からずるりずるりとわざとらしく音を立てて蛇体を引きずりながら幽谷が現れた。 「……確かに、見てたよ。尾池くん」 「早速ですけれど、これはひどいと思います。セクハラとかのレベルじゃないです」 頬をわざとらしく膨らませて怒る尾池に、幽谷はうっすら笑みを浮かべた。 「ふむ、尾池くんは勘違いしているようだ。尾池くんは私がどこまでわかっていたと思う?」 「大体全部。私がこの世界と繋がった事を知ってメリーさんをけしかけて、最終手段を出させるまで全部です」 部長の関与に気づいたのはメリーさんが第三の世界だと気づいていたからです。と尾池が言うと、幽谷は表面上穏やかに笑った。 「それは大いに買ってくれたものだね。でも、私は生憎ほとんど知らなかった。細工も君も、私をどうしてそんなに評価してくれるかな……」 「でも、全く予想してなかったとは言わせないですよ。私が加わってからやたらデジモンと遭遇するようになったことなんかは、この世界が第三の世界だと気づいた部長は疑ったはずです。私がリリスモンに用意された舞台装置かもしれないと」 「……そうだね、それは疑った。二見先生のことも疑った。自覚のあるなしに関わらず、リリスモンに操作されていておかしくないと思ったよ。でも、誓って言うがメリーくんの自殺までは私は予想してなかった」 私だってそんな非人道的な方法を好んでとれないさと幽谷は言った。 「じゃあどこまでは予想してたんです?」 「君を必死に説得するところまで。それで君がこっちになびいてくれればと思った。この世界が第三の世界だと、最初は気付いてないかもしれないとさえ思っていたからね。彼女の話を聞けば、リリスモンの側より私達の側についてくれると思った。リリスモンの味方ではないがこの世界の味方なんて、考えに至るとは私は思えなかったよ。私からは出ない考えだ」 「今、一つ嘘を吐きましたよね」 「……うん、吐いたね。この世界が第三の世界と気づいたら、君はこの世界を守りたがるとは思っていた。でも、それはそれとして、君を説得できるとも思っていた。砂浜に作った砂の城はどんなに惜しくても波に削られ雨に打たれいずれ壊れてしまうものだ。メリーくんを優先すると思っていた」 そして、私はその間二見先生を襲う気だったんだ。なんの障害もなければねと部長は続けた。 「でも水虎将軍がいた」 「そう、アレは倒せなくはないが、倒す為に今の私達の取れる方法は爆発的な熱を加えるぐらいしかない。私の見立てでは、やつはちょっとした盆地なら水没させられるぐらいの水を身体に溜め込んでいる。倒せたとして二見先生から話を聞くことはできなくなる。だから困って先にこっちに来たんだ。驚いたよ」 そう言って、幽谷は七美の巨体を見上げた。 「……私の見込みが正しければ、私が勝つにせよ負けるにせよこれがこの世界最後の戦いだろうね」 「戦わない方法は?」 「無いよ。メリーくんも言ってたろ? 理屈ではわかっているんだ。君がしたいことも理解したし、今の私はデジモンの力量も大分わかるようになった。火夜もlevel6まではなんとか辿り着いたけれど……今の七美は次元が違う。君のやりたいことはきっとできるし、私は多分君の持っている情報全部聞けばアドバイスぐらいはできるだろう。でもね、私はこの世界の存在を認めたくないんだ」 包丁で襲われて先端恐怖症になった人に襲った人が悪いのであって包丁は悪くないと言い聞かせる様なものだと幽谷は言った。 「部長らしくないです」 尾池の表情はひどいものだった。その言葉も理屈ではない、幽谷にそうあって欲しくないとわがままを言っているようにしか聞こえなかった。 「かもしれないね。じゃあせめてもの抵抗として場所を変えようか。気絶しているメリーくんを巻き込みたくはないからね」 幽谷がそう言って手を挙げると、十六枚の翅を激しく震わせて飛んできた火夜が幽谷を抱えて山の方へと飛んでいった。 尾池はメリーを屋根のあるベンチまで引きずっていくと、七美の脚に掴まれて幽谷を追いかけた。 幽谷が降りたそこは誰のものともわからない山中で、木々のひしめき合う場所だったが、先に降り立った火夜の身体を中心に爆発が起きて、ちょっとした公園が入りそうなサイズのクレーターが造られた。 「……部長!」 「周囲に人がいないのは火夜の能力で確認済みだよ。この木も草も虫達も、全て紛い物だしね」 木々に燃え移った火が大きな篝火となり、クレーターの中央に降りた尾池と幽谷を照らし出した。 「時間をかければ私の場合、正論は受け入れられるだろう。でも、今の私は君の正しさを受け入れられない。だから戦う必要があるんだ」 「……でも、黒松さんのことも危険に晒しますよね、きっと」 「そうだね。そう、だから私のしている事は全くもって正しくない。私は、いや、達はメリーさんの電話と同じさ、愛されたい人形は元の持ち主を怖がらせるべきではない。しかしまた愛されたい人形は捨てないでと訴える方法としてそれを取ってしまう」 寂しそうに幽谷は続ける。 「他の方法なんて幾らでもあるだろうに、考えついたとしても単純明快で感情に寄り添う安易な方法の誘惑に抗えないんだ」 そう言って、うっすらと微笑んだ。 「でも、メリーさんは受け入れられなくともそれで本当に世界を破壊しようとはしませんでした。結局選ぼうとした自殺という方法は部長の言う安易な解決策と大差ないかもしれないですけど、メリーさんは、目良愛凛さんはその誘惑に抗いました。苦悩して……自分を満足させることよりも他人を苦しめないことを選んだ」 尾池の言葉に、幽谷は確かに彼女も一まとめにするのは失礼だったなと言った。 「うん、君の言うことは間違いない。彼女は私より強く彼女自身が思うよりも誇り高かった。でもね、私は彼女程強くなく、しかも、その安易な方法は目の前にある」 幽谷の視線が七美に向いた。 「青龍、四神だね。中国神話の四方を守護する神。細かい御託は……やめておこう。尾池君の役割は、そのお守り……ロードナイトモンの力の欠片を呼び水に、この世界の力を引き出して、リリスモンの支配下にない、この世界自身がこの世界の為に力を振るえる状態を作り出す事。リリスモンの支配領域からこの世界の実権をこの世界自身に移す事」 つまりは、と幽谷はまた尾池に視線を戻した。 「今の七美を通じてならば、私もこの世界の理に干渉できるということだ」 「……でも、それがわかっただけじゃ……」 「そうだね、どうにもならない。でも、デジモンは断続的に成長を遂げる。その姿は人の考えや想いに影響を受ける。散々そういうのと出会ってきたんだ、知ってるね? そして、この道具はどうやら特定の感情を増幅しつつ力を得るものらしい。尾池くんは私の想像を超えて来たけれど、私は君の手を見て後出しジャンケンできるわけだ」 そうは言っても火夜は既にlevel6である。それ以上の成長はないはず、と尾池は考えて幽谷のやろうとしていることに気づいた。 「……待って、部長、それやったらもう人間には戻れないんですよ!」 「そうだね、でも言ったろ? もう理屈では脚を止められない、私を動かすのは正に筆舌し難い感情だ。文字にさえできないとなったら客観的に扱うことは全くできない……」 科学部としては、最低だ。そう自嘲気に幽谷は呟いた。 「細工へのメッセージは一言では済まないから、スマホに入れておいたんだ。パス四桁は細工の誕生日なので細工なら簡単に開けられると思う。尾池君から届けてくれるね」 「嫌です、届けないですよ! 届けませんからね!」 いや届けるよ君はと言って幽谷はスマホを尾池に向けて投げた。革のケースに包まれたスマホは土の上を二、三度跳ねて尾池の足元に転がった。 幽谷の手元で赤と白、二色の光と共に凄まじい熱量が溢れ出し、尾池は思わず目を背けた。 その熱に尾池は思わず逃げ出したが、その際にスマホを拾う事も忘れなかった。そのスマホを置いていけなかった。
Threads of D 第十三話 メリーさんの電話 content media
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へりこにあん
2021年6月30日
In デジモン創作サロン
ドラゴンにグラビモンの足止めを任せて、七美を連れて尾池は走った。でもすぐに普通に走っても間に合わないなと思ってバスに乗った。 『この世界は人間の世界でもデジモンの世界でもない第三の世界である』 この事実を尾池が知るにはグラビモンの存在が不可欠だった。 それはグラビモンに寄生されることでそれまでの体質に変化が生じるから。少なくとも尾池はそう思った。だとすれば、同じ様に気付けるかもしれない人間は尾池が知る限り数人いる。 一人は野沢、今年の三月にドウモン達が来たならば、アイズモンも当然その時期であろうし、そのアイズモンと同調しデジモン化してそれまでから大幅な変化が起きているのは想像できる。一人はメリー、今年の三月に来た個体ではないにせよ、同じ様に同調しデジモン化している。 ただ、この二人にはあまり期待できないとも尾池は思っていた。ドウモンやスプラッシュモンによる調整がこの二人には入る。 魔王と関係が深い現象であることを踏まえれば、彼等の言う調整には、本人達が自覚しているしていないに関わらず、変化を気づかないままにする効果があってもおかしくない。 尾池の最後の心当たりは、幽谷だ。そして、幽谷は他の二人と違ってスプラッシュモンやドウモンによって調整されていない。 それに加えて、尾池が知っているこの世界が第三の世界であるならば、まずあり得ないことをしている人のことを知っている。 尾池は高校に着くと、まず旧校舎に走った。 尾池が思い切り扉を開くと、二見は旧校舎の理科準備室でのんびりと塩大福を食べていた。 「どうしたの尾池ちゃん?」 食べる? と渡された塩大福に齧り付こうとして、尾池はゲホゲホとむせた。 「いや、本当にどうしたの尾池ちゃん……」 二見はそう言って心配そうに尾池の顔を覗き込んだ。 「部長が……まだ来ていない様でよかったです」 「……幽谷さんが、どうかしたの?」 「いえ、この世界で一番どうかしてるのは……二見先生です」 尾池の言葉に二見は目を丸くした。 「私が?」 「先生は今年の三月に東京から来た。そうですよね?」 「そうだけど」 そう尾池がお茶を一口飲んで尋ねると、二見はこくりと頷いた。 「それはできないんです。この世界の中にはこの県しかないんですから」 「……どういうこと?」 困惑した様子で二見は尾池にそう尋ねた。 「去年の三月、色々な場所で失踪事件が起きています。まだちゃんと確かめてませんけど……いなくなった人はある瞬間に県外に行っていた人、本来ならすぐに帰ってくるはずだった人達です」 「……まるでこの県だけ隔離されているみたいね」 二見の言葉に尾池は首を横に振った。 「いえ、それも多分違います。この県が隔離されたんじゃなくて、その瞬間に県内にいた人達がこの世界に、人間の世界でもデジモンの世界でもない第三の世界。この世界に作られた県のレプリカへと連れてこられたんです」 「……根拠は、あるの? 私にはむしろ東京から来た私の存在が反証になる様に思うんだけど」 「あります」 尾池は力強くそう言った。 「私は、リリスモンがこの世界に今年の三月に送り込んだ監査役のデジモンと話をしました。そのデジモンは、この学校で起こった洗脳……いえ、洗脳に見えたものについて、解決する必要が無いと言っていました」 「洗脳はリリスモン側の意図したことだったってこと?」 「ええ、そうです。事件後の今年三月に来た監査役が知っているということ、そしてメリーや水虎将軍が知らなかったこと、これを踏まえると、これは去年の九月にこの世界の外側からリリスモン側が起こしたものだったんです」 「……世界の、外側から」 二見はよくわからないとこめかみを軽く抑えた。 「そして、これにあることを踏まえて考えると、リリスモンがこの世界を作り出したのだということに繋がるんです。」 あることとはと二見が促すと、尾池はさらに続けた。 「リリスモン達側は簡単に観測できて介入できているのに、聖騎士達側の、来る筈だった第二陣が来れてないんです。人間の世界への行き方は確立しているのに。これは、人間の世界への行き方ではこの世界へ来れない証明になります」 これは硯石の発言からわかること。リリスモン側にはやたらと都合が良く、聖騎士側にはなにかと都合が悪い。不公平さがある。 「確かに……」 「リリスモンがこの学校にした洗脳は、洗脳ではなく、自分の作り出した異界だからできる、『ルールの押し付け』だったんです」 「『ルールの押し付け』って?」 「そうです。level5のドウモンが身一つであっても、入り口はあるのに決して出られない世界を作れるみたいでした。そういう、理屈じゃないあり得ないことを神様みたいな広い範囲に押し付けるなんて事をlevelも上で権力や設備も整っているリリスモンならできるかもしれません」 そう言って、尾池は二見の黒い髪を見た。 「先生の髪は、普通の日本人らしい黒髪です。でも私達はカラフルな髪になっている。それはそういうルールを押し付けられたからで……」 尾池はそう言って、自分の携帯から三年前の写真を選んで二見に見せた。 それは水族館の水槽を撮った写真だったが、そのガラスに反射して、 黒い髪の尾池が映り込んでいた。 「私の本当の地毛は黒なんです」 二見はその写真と尾池を見比べて、こめかみを抑えたままではあるが、確かにと呟いた。 「……話を聞くと、そうかもって気にはなるわね」 「はい、そうなんです」 「でも、なら私は何者なの?」 尾池に対して、二見はそう問いかけた。その問いは尾池も予想していた問いであり、答えは既に用意していた。 「先生は……多分、リリスモンです」 間の抜けた声が二見の口から漏れた。 「私が……リリスモン?」 「そうです。正確には……多分、リリスモンの中に残された人間部分のコピー、みたいなものだと思います」 「待って……ちょっと頭が追いつかないわ」 尾池の言葉に、二見は困惑して整理しようとしたが、尾池は構わず続けて喋り出した。 「リリスモンは、元人間です。そして、人間らしさを失ってしまうことを恐れている。そこで、二つの目標を持って今回の事件を計画したんです」 「……どういうこと?」 「一つ目は、デジモンとして生きる今のリリスモンに対して人間らしい家族を用意すること。二つ目は、リリスモン自身が人間として生きられる様にすること」 「……一つ目は、わかるけど」 それは先に聞いたリリスモンの目的だから二見にもわかる。でも二つ目はわからなかった。 「えぇ、一つ目のそれは前にも言った様に人間からデジモンへ……自分と同じような過程を経て家族を作ろうとした。でも、それだけならこの第三の世界にロードナイトモンを呼び込む理由がないんです」 「どういうこと?」 「ロードナイトモンは、この世界にデジタマがばら撒かれたのを追ってこの世界に来ている。でも、二回目の今年の三月の時には聖騎士側は誰も後を追ってきていない……おそらく、デジモンの世界と人間の世界を行き来する場合ならば、探知できるけれどデジモンの世界とこの世界、そしてこの世界と人間の世界を繋ぐ場合は探知できない。最初のそれは、わざと探知できる形でこの世界に卵をばら撒いたんです」 確かに、知られなければ妨害もされない、妨害されないならば騒ぎの原因となった多過ぎる卵のばら撒きもする必要がない。 「……じゃあ、そのわざと呼び込んだ理由は何?」 「解決してもらうことです。この世界が第三の世界であると看破し、攫われた人間達を人間の世界へと帰す。それに伴って、ただの人間としてこの世界で生きているリリスモンの一部も人間の世界へと送り込まれる……しかも、その時には既に家族を作りたいという目的も看破されているので、さらに別の目的は探られにくく、先生の存在は見過ごされやすい。そういう計画なんだと思います」 確かに二見は普通に人間として生きている。もしもこの世界が第三の世界だとして、元の世界に戻ろうとなれば二見は自然と人間の世界を選ぶだろう。 そこまで考えて、ふと二見はあることに思い当たった。 「もしかして、この学校で起きた失踪事件のそれも……」 「はい、この学校に先生が赴任する予定だったから、対応しようとしたんです。先生にデジモンと関わる機会を与えたくなかった」 「……でも、それなら私が赴任した後、そういうのがないのは……」 「部長と副部長がいたからです。外から手を加えたせいでむしろ変に疑って学校全体でやばいやつと扱われながらデジモンを探し回る部長。ロードナイトモンと繋がっている副部長。対応がわかりやすく裏目に出ています。実際、新任という学校内で弱い立場の先生はそれで部長のいる科学部の臨時顧問にまでされてしまった」 あと、とさらに尾池は加えた。 「先生には監視役、お世話役が多分ついています」 「え、今?」 「そうでふ。今もです。そして、多分それは……水虎将軍のオリジナル、少なくとも他の個体より強い水虎将軍です。そう考えれば納得がいきます」 「何に、でしょうか」 ふと、天井裏からそんな声が聞こえてきた。木造校舎の屋根の隙間から、とろりとろりと液体が垂れてくると、それは尾池の予想通り水虎将軍の姿を取った。 「最初に担当役として用意されたのが水虎将軍ばかりだった事です。数が用意しやすいから、というのも一因でしょうけれど……土神将軍の様な別のデジモンも混ぜた方が対応できる事態は増える、筈です」 でもそうしなかったと、尾池はさらに続けた。 「その理由は目立たない為です。仮に目撃されても、運悪く聖騎士と遭遇しても、一体の水虎将軍だけが特別だとは思われない。強さと記憶のバラつきが作られていたのもそうです。一体だけ他より強くても他と目的が違うとは捉えられない」 ぱちぱちぱちと水虎将軍は手を叩いた。 「感服しました。確かにその通り。しかしどうします? それだけわかっていて、なぜ真っ向から確かめにきてしまったのですか? あなたのお友達では私には敵わない。そのお守りに入った聖騎士の欠片を全て使ったとて、凡百のlevel6になるだけに過ぎません。簡単に捻り潰せます」 そう言いながら顔をぐっと尾池の前に出した。その距離は今にもその前髪が尾池の顔にかかりそうな程で、意地の悪い吊り目と牙がよく見えた。 「……それは、私がさせない」 水虎将軍の顔を二見は横からばしゃんと平手で叩いた。 「尾池ちゃんは、私の生徒。私が人間として生きられる様にっていうのがあなたの仕事なら……尾池ちゃんは守る対象にはなっても排除する対象じゃない」 二見の言葉に、出過ぎた真似をしましたと水虎将軍は数歩後退して頭を深く下げた。 すると、尾池はえっとと少し躊躇うように話し始めた。 「私は、この世界から、私に気付いてって言われたんです。自分が人間の世界でもデジモンの世界でもない私という第三の世界なんだってことに……」 そして、と尾池は口角を上げ、笑みを浮かべながら続きを言った。 「それはつまり、この世界は無理矢理この県の格好をさせられていなければ、その二つの世界のどちらでもない生き物が生まれるかもしれないということ。その片鱗は既に出ています、グラビモンは想定していたよりもデジモンが急速に育つと言いました。これは、この世界が人間の世界を模倣し切れていないせいです」 「待って待って……えと、尾池ちゃんは誰の味方で、何がしたいの?」 二見に言われて、すんと尾池は落ち着いて当たり前のことをというテンションで話し始めた。 「私は、リリスモンの味方でもロードナイトモンの味方でもなく、この第三の世界の味方です。リリスモンに作られ、今回の事件が終わったら処分されるかもしれないこの世界を助けたいんです」 だからここに来ましたと尾池は続ける。 それを聞いて、二見はうんと頷いた。 「私には方法がわかりません。どうしたら残せるのか、どうしたら残す能力のある誰かに託せるのか。とりあえず、今の私が目的を果たすには二つ必要なものがあると思ったんです」 「……それは?」 「一つは、戦力です。とりあえず話を聞いてもらう為には力がいると思います。なので、先生に付いてるデジモンがいれば、今考えられる一番私に味方してくれそうな強いデジモンです」 「……うーん、尾池ちゃんは、完全に私が敵になる想定はしてなかったのね厚かましい」 笑いながら二見が頭をわしわしっとすると、えへへと尾池は笑った。 「ちなみに、先生はなんか能力とかありそうですか?」 「いや、全然」 二見は急に落ち着いて首を横に振った。 「えぇ、王……いえ、先生にはその様な力はありません。リリスモン様な中に残った人間の部分だけのコピーです。今回の計画で一番技術的に難しく、それでいて不可欠だったのがデジモンの部分を残さないこと……そうすれば、薔薇騎士ならば、もしバレても見逃してもらえるかもと考えたのです」 「あ、ちなみに疑問なんだけど、私のこの幼少期の記憶って……」 二見が水虎将軍に尋ねると、水虎将軍はご安心下さいと話し出した。 「それは本物です。王は、東京よりこの県に向かうその日に、時空と世界を超えて千年の過去より伸ばされたある魔王の手に拉致されたのです。百余年かけて魔王へと上り詰め、人間の世界を垣間見ることができる様になった王は、ひどく驚くと共に今回のことを、失われた人生を歩み直すことを計画したのです。そして、その最中、人間性を取り出してもデジモンの部分だけで独立してしまうとわかってからは、人間性を持ったデジモンの家族を求める様になり、こちらに送り込むのも人間性そのものから人間性のコピーへと変わりました。先生の記憶に手を加えたのは東京から移動するその日のみ。本来拐われた時間から、新居に辿り着いて荷解きもせずにソファで眠りこけるまでの間です」 「荷解きしないで寝ちゃったんですか?」 尾池に言われて二見は少しバツの悪そうな顔をした。 「……まぁ、それよりも尾池ちゃんが必要だと考えている二つ目のものの方が私は気になるかな」 「それは、部長です」 「え?」 二見は予想外のそれに思わず首を傾げた。 「方法も何も全然わからないので、部長に相談したいんです。なんなら戦力が必要なのも、真相にたどり着いて二見先生を襲いに来る部長を止めて落ち着かせる為です」 「幽谷さんもどっちもそんなすぐにはわからないと思うけど……」 というか私でよくないかなと二見が言うと、尾池はきょとんとした顔をした。 「私がカンニングして辿り着ける答えなら……生き物に関することならともかく、こういうことなら部長は多分独力で辿り着きます。部長の人間性はともかく頭脳は多分私の知る誰より上ですもん」 「そう、かしら……」 二見はあまり納得がいかなかった。仮にも教師なのに部長の方が望まれるってどういうことなのと思った。 「とりあえず、部長が安易に手を出せない様黒松さんを呼びましょう。副部長達も呼んで、部長が来たら副部長達と協力してデジモン部分を分離させて……」 「硯石くん呼ぶならメリーさんとか呼んでもいいんじゃない? そういえば岩海苔は?」 「メリーさんは先生に襲いかかってくる動機もありますし、岩海苔は嘘吐き岩海苔なので、ゴーレムドラゴンに地面に埋めてもらいました」 尾池達が旧校舎で話している今、土神将軍は地中にいた。土神将軍の得意技は重力を減らしたり高めたりするものであるが、ドラゴンはグラビモンに噛み付いたまま地中へと潜っていったのだ。 重力を高めても元が土塊のドラゴンは身の破滅を無視して地面を掘り続ける上、掘ってきた道が埋まって自分が生き埋めになるだけ、重力を軽くしたってマイナスにできないから浮き上がる訳でもない。核を寄生させても元が土の塊だからかうまく根付きさえせず、グラビモンはドラゴンと共にどんどんと深く地中に潜っていた。 「……そう」 「流石ですね。私にはよくわかりませんでしたが……」 「わからないのは私もだけど、説明する気がないから聞いても無駄なんだと思う」 二見がそう言うと、そういう懐が深いところ私は好きですよと水虎将軍はそれも肯定した。それを聞いて二見はこいつリリスモンの言うことならなんでもいいんだなと思ったが口には出さなかった。 自分のあり得た未来の姿、しかしその未来の自分のしたことを思えばとてもいい様には受け止められない。 黒松と硯石に向けて、尾池は少し願う様な気持ちを込めてメッセージを送った。 家にいても家の外でも母の日の話題が何かとメリーの目に入った。それがメリーは嫌だった、捨てられたと思っているしもう大嫌いなのに、自分がどれだけ傷ついているかを自覚する度、両親が好きだともわかってしまう。 メリーがいるのは去年までは人がいた小さな遊園地の跡。今は誰もいない、立ち入り禁止の看板の内側ならば、チラシの色は褪せてもチラシの種類は変わらない。この遊園地に母の日はやってこない。 「私と同じ、置いていかれた場所……」 動かないメリーゴーランドの馬の上で、メリーはそう言って目を閉じながらぐったりと寝ていた。どこにも行けず、どこにも行かず、ただぐるぐると回るだけ。一年前のあの日からメリーの姿形は変わっても、ずっとメリーは止まったままだった。自分を捨てた誰かを探し、愛してくれる誰かを探して彷徨っている。 でも、今は少しここから離れられるかもとメリーは思っていた。 瞼の裏に尾池の顔が浮かぶ。面白ければ誰にでも優しいのかもしれないけれど、温かいのかもしれないけれど、訳もわからず置いていかれることはない。 「礼奈ちゃん……今日が母の日じゃなければ助けに行ったのに……」 そう呟いていると、ふとメリーの耳がずるりと何かを引きずる様な音を聞き取った。 「……こんにちは、部長さん」 馬の上に座り直して、そう音がした方を向くと、音の主である幽谷もこんにちはと挨拶を返した。 幽谷の隣にいるのは火夜ではあったが、前に見た大蛇の姿ではなく、どんな虫とも言い難い虫の姿をしていた。 オレンジ色の翅は十六枚、全身を紫の甲殻で覆い、頭らしい場所はワニの様に長い。肩から伸びた大きな手にはクワガタのアゴの様なものまでついている不思議な姿。 「この前はごめんね。家族仲が悪くてね……つい、君のことを慮る余裕を無くしてしまった」 「……そう、ですか。よかった。礼奈ちゃんの先輩が嫌な人じゃなくて」 「それでね、君に話したいことがある。尾池くんには……できない話だ」 「なんで礼奈ちゃんにできない話が私だとできるんですか?」 「君の顔から名前を割り出して、県の失踪者リストを調べたんだ。君の両親は去年の三月に失踪している」 「……それが、どうかしたんですか」 メリーは今にも襲いかかりそうな顔をしていた。 「君の両親は事件に巻き込まれたんだ。君は悪くない」 「……へ?」 「私達はその事件の犯人を知っている。そう、リリスモン」 「えと、なに?どういうこと?」 「この世界は私達人間の世界じゃない。君が生まれた時、両親からもらった髪の色は水色だったかな?」 「それは……えと、でも、それはおかしなことじゃ……いや、なんでおかしなことじゃないなんて思ったの……?」 「この世界がリリスモンの世界だからだよ。そうじゃないと説明がつかないし……私は県外に出る道を幾つか確かめてみた。あるところを境に濃霧に包まれ、しばらくすると元の道に戻ってくる。陸は県境で切れてる、海や空は確かめていないけれど……きっと同じだろうね。人間の手には余る箱庭だ」 「えと、つまり……どういうこと?」 「失踪したのは私達の方なんだよ。その時この県内にいた全員がリリスモンの箱庭に拉致されたんだ。だから、君の両親はきっと君を待っている。一年間全く音沙汰のない娘を待っている……私達、人間の世界でね」 メリーは頭に手を持っていくと、ガリガリと引っ掻き出した。何かを堪える様にガリガリガリガリと。 ふと、その手が止まってメリーはその手を口元に持っていった。指先についた血を一度舐めて、ふーと深く息を吐いた。 「……リリスモンがやったのは、間違いないんですか?」 「まず間違いないね、そもそも他の誰かにとって都合のいいことはまずない」 「じゃあ、私はお父さんとお母さんと引き離したやつの家族になろうとしてたってこと、ですか?」 「そういうことになるね。その為に私達は元来の自分の身体を失って人間でなくなろうとしている」 「……将くんは、知ってたんでしょうか?」 「水虎将軍のことかな? それはわからない、どの程度情報を統制していたか……魔王に敵対する存在を考えると、その情報は与えず、県境を越えるなと命令していたというあたりじゃないかな。人間の世界に詳しい訳もないデジモン達ならば、人間界はそういうものなのだと受け入れてしまうことは難しくないだろうからね」 「そう……ですか。よかった……少なくとも将くんには裏切られていなくて……」 「そうだね。でも、君が裏切ることにはなるかもしれない。そうだろう? その水虎将軍は裏切ってなくても大元は裏切っていたも同然なんだ」 こくりとメリーは頷いた。 「一つの県だけ取り上げれば、当然うまくいかないところは出てくる。そこもなにかしら調整自体はして社会が維持できる様にはしていそうだが……君の様に家族を失う人間は出てくる。会社が潰れたりもしている。孤独になる人間が一体どれだけ出たのかわからない、その中に素質のある人間がいれば、その素質のある人間が卵を拾えばと……そういうことだろうね。最終的に数人残ればリリスモンにとっては大成功って訳」 「……じゃあ、私に起こったことも、あくまで何にも関係なくただ起きただけになっててもおかしくなかった。そういうこと?」 「そうだね。実際そういう人もいるだろうね。でも、私はデジモンにただ翻弄されるだけの存在でいたくない。この箱庭を破壊してリリスモンを殺してやりたい」 幽谷はそう言って、メリーの方を見た。 「君はどうしたい?魔王に敵対する側に保護を求めてもいいとは思うけれど」 「私も……何かしたい。こんな身体でお父さんとお母さんの前にもう出れるとは思わないけれど、引き離されている人達がまた会える様にしたい」 「じゃあ、行こうか。心当たりがあるんだ。この世界にいる訳のない、それでいてリリスモンの計画に与している様子もない人間が一人いるんだ」 幽谷が火夜に目配せをすると、辺りの虫が一斉に飛び立って黒い雲の様になった。 「あとは尾池君だ。あの子はデジモンと出会い過ぎる。尾池君の持っている情報は私の持っているそれよりはるかに多いだろう。尾池君の持つ情報を全て引き出せれば、見えてないものが見える筈だ」 その言葉が終わると、黒い雲は一斉に散らばって消えていった。
Threads of D 第十二話 シェイプシフター content media
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