フォーラム記事

水月 凪(みなづき なぎ)
2022年8月15日
In デジモン創作サロン
此方での公開は遅くなってしまいましたがハチイチ記念に描いたイラストになります。 メインビジュアルと同じ二人で女神ホメオスタシスとアルファモンになります。 ゆっくりペースの更新になりますがデジモンクレイドルをどうぞよろしくお願い致します。
ハチイチ記念に content media
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水月 凪(みなづき なぎ)
2022年5月25日
In デジモン創作サロン
ホメオスタシスがイグドラシルの後継機となって早200年。 彼女はデジタルワールドとデジモン達の為に尽くしたいと定期的に聖域《サンクチュエール》から護衛のナイツ達と共に地上へと降りる。 降りる場所や時期はナイツ内でも当日護衛となる者以外には徹底して秘され、視察を終えて聖域に戻るまでどのエリアを見回ったのかは明かされない。 かつての襲撃事件からこのような体制になったのだ。 ロイヤルナイツ達によって此処まで厳重に護られる彼女、ホメオスタシスは純粋無垢である。 何せ彼女を特に囲う騎士が如何わしい物に大変厳しいデジモンなもので。 【脳筋達の集い】 ホメオスタシスが視察の為に降り立ったその場所には目も当てられない混沌の光景が広がっていた。 女神とは言えうら若き乙女でもある彼女が見ていいものではない。 何故ならばナイツ達も可能なら見たくないものだったからだ。 『──ぬぅんっ!ふんっっっ!!』 『はっはっはっ!相変わらずの肉体美ですな、ガンクゥモン殿!』 『おうよ!ナイツの中じゃあ、儂は肉弾戦が専門だからな!』 ヒラヒラと舞う紅白の布、パッと迸るのは汗だ。 鍛え上げた肉体を惜しげもなく曝すのはロイヤルナイツの一員であるガンクゥモンと彼の盟友だというジャスティモンである。 むさ苦し──否、大変暑苦しい光景である。 「まあ、一体何か「いけません、我が主。貴女様の目が穢れます」 マグナモンがさっと慣れた手付きでホメオスタシスの両目を隠した。 両目を隠されたホメオスタシスは不思議そうに首を傾げている。 寸前であの暑苦しい光景を目にせず済んでいるようだ。 「マグナモン…?どうしたのです?此処は視察の予定地でしょう…?」 「お気になさらず、我が主。トラブルが有りまして少々お待ち下さいませ。 おいオメガモン、早く何とかしろ。聞いてるのか? 固まるなよ、お前の同期だろ。あの筋肉バカ止めてこい。 見苦しいモノをホメオスタシスに見せるんじゃない」 「───はっ!わ、たしは…一体…」 あまりにも暑苦しい光景に白目を剥いていたオメガモンがマグナモンの言葉でハッと正気に戻る。 若干のポンコツぶりを見せるオメガモンにマグナモンは青筋を立てながら吼えた。 「オ・メ・ガ・モ・ンッ!いい加減にしろ!」 「──くっ!アレは現実だったのか…」 「現実逃避をするなっ!ロイヤルナイツのガンクゥモン以外の誰に見えるのだ!! あの筋肉の質量!噎せ返るような暑苦しさ!どう見てもあのガンクゥモンだろう!?」 「あー、出ちまったか…。師匠の悪癖…」 「はぁ!?悪癖だと!説明しろジエスモン!」 ジエスモンがポツリと洩らした言葉にマグナモンが噛み付く。 ホメオスタシスは目を隠されて何も見えない為、状況を把握出来ずオロオロと困惑するばかりだ。 「あー、いや。その…師匠なー、ジャスティモンの旦那に会うと大体ああやって筋肉の見せ合いするんだよ。 そーやってお互い鍛え上げて良くなった筋肉褒め合ってるんだ、それで時々関係ない周りも巻き込むから悪癖なんだよ。 オレは弟子だったからもう慣れたけど、ホメオスタシスには筋肉が胸焼けレベルかもなぁ…」 「当たり前だ!と言うかその前に見せられるか! ホメオスタシスは女神だぞ!?女神の前に如何わしいモノなど出せるか!!」 「あ、のう…?マグナモン…?ジエスモン…?」 怒り狂うマグナモンに対してガンクゥモンの悪癖にすっかり慣れた様子のジエスモン。 そして、何も見えないが不穏な空気を感じ取るホメオスタシスは心配そうな声を洩らす。 『うん、やはりこの大胸筋が素晴らしい!はち切れそうですね』 『何を言うか!ジャスティモン、お主の腹筋もなかなかではないか~!』 『ガンクゥモン殿に比べたらまだまだですよ!ふふふ』 『お主はセパレーションの数が多過ぎて数え切れんではないか!ガハハハ!』 筋肉談義に花を咲かせて大盛り上がりの二体を余所にホメオスタシスの周辺はナイツ達が全員頭を抱えるという異常事態だ。 最早収拾のつかないこの状況にオメガモンはポンコツ化しマグナモンはブチ切れジエスモンは頭を悩ませている。 誉れ高いロイヤルナイツ三体がこうも筋肉達に振り回されているのだ。 こんな状況になっていることを"彼"に知られでもしたら──。 ただでさえ今日の視察の護衛に選ばれず、虫の居所も悪くなっている彼である。 ホメオスタシスが関わると知れば恐ろしいことになることは想像に難しくないのだ。 現在キレ散らかしているマグナモンなどが可愛らしく見えてしまうほどに。 怒髪衝天した彼───アルファモンの恐ろしさはロイヤルナイツ達の中では共通認識されている。 ロイヤルナイツ最強の名は伊達ではないのである。 事態の収拾に何とか知恵を絞ろうと躍起になっていると不意に体が揺れた。 否、地面が揺れている。 ズシンズシンと音を立てて何かが此方に向かって来ているようだ。 これにはナイツ達も顔色を変えて警戒態勢に入る。 ホメオスタシスを護るように彼女の周りを囲み、周辺を警戒した。 すると、 『───やぁやぁ、遅くなってしまい申し訳ない』 『おお、やっと来たな!待っていたぞ、ヒュドラモンよ!』 ぬぅっと木々の中から顔を出したのはヒュドラモンだ。 ガンクゥモンやジャスティモンと並べたら彼らが子供に見えてしまうほどの巨体である。 先ほどまでの揺れの正体はヒュドラモンが移動していた際の振動だったのだ。 「「 ─────は?」」 木々の間からヒュドラモンの全身が露わになるとオメガモン達の目が一様に点になる。 正確にはある一点に彼らの視線が釘付けになった。 ガンクゥモン、ジャスティモンにも共通するソレ。 ヒュドラモンの場合、彼らと比べ物にならないレベルの凶悪なインパクトを生んでいる。 『ああ、良かったですよ。よくお似合いです、金の薔薇! 鍛え上げられたお体に映えます、映えですね!ヒュドラモン殿』 『ワハハ!ジャスティモンが新作を見つけて贈ったっつってたがコレか! コイツを着こなすたぁ、やるな!ヒュドラモン!』 『もったいない言葉だ、恐縮恐縮。身に付け方はこれで合っているか心配だったんだ』 金の糸で薔薇の刺繍が施された一点物のふんどしが風に靡いている。 降り注ぐ陽光を金の薔薇が反射してキラキラと輝いている。 何とも言えない光景にナイツ達は絶句した。 思わずマグナモンはホメオスタシスの目を隠していた手を離してしまう。 隠された視界が開けてホメオスタシスは彼らが釘付けになっている方向を見る。 彼女の視界いっぱいにはち切れそうな筋肉の塊とカラーバリエーション豊富なふんどしが風に舞う光景が広がった。 「────うっ」 「ぎゃあああああああっ!ホ、ホメオスタシスーーっ!!」 神は、女神は全能だが万能とは異なる。 理解の限界を超えた光景を処理し切れず、彼女はそのまま昏倒してしまう。 寸前でマグナモンが抱き留めるものの完全に気を失ってしまったホメオスタシスは悪夢を見ているかのように魘されている。 オメガモンの悲鳴を聞いて漸くガンクゥモン達もホメオスタシス達の存在に気付く。 しかし、状況を全く理解出来ていないのか意気揚々と歩み寄って来た。 「おー、なんだぁ?お主らも来とったかぁ! ワハハハ、良い良い!何ならお主らもどうだ?ん??」 「バカ者ーーっ!!おま、お前!お前、今どんな失態を自分が犯したか理解(わか)ってるのか!!」 「ん?失態?何がだ??」 オメガモンの元気なツッコミが虚しく響き渡る。 ガンクゥモンはホメオスタシスが昏倒したことに全く気付いていないようでオメガモンが何故怒っているのか分からずしきりに首を傾げていた。 それも変わらずふんどし姿のままでポーズまで決めながらやるのだから余計にタチが悪い。 「兎に角!早く着替えろ!こんなの奴に知られt『───奴が、なんだって?』 「「──────ッ!!!!」」 ぎゃあぎゃあと言い争う中に冷え冷えとした声が響く。 ジャスティモンやヒュドラモンはきょとんとしているがこの声に聞き覚えのあるナイツ達の表情がサァッと青ざめていく。 恐る恐るオメガモンが振り返ると其処には憤怒の限界点を突破し、凄まじい怒りの冷気を纏ったアルファモンが居た。 彼の背後に異世界の魔獣が鎮座して見えるのは決して気のせいではないとその場の全員が認識する。 「ア、アルファモン…っ」 「──良き日和だね、オメガモン?すまない、先ほどは一体何て言っていたのかな?」 「そ、それはだな…ああ、うん…」 しどろもどろになるオメガモンに穏やかな口調で尋ねるアルファモン。 オメガモンには分かっている、こんなに穏やかな口調でもアルファモンの目は一切笑ってなどいないと。 助けを求めようとオメガモンはマグナモン達の居た方向へ視線を向けるが其処には誰も居らず代わりに一枚の紙が落ちていた。 [ホメオスタシスを休ませるので先に戻る。あとはまあ頑張れ。 J&M] (─────ッ!あ、彼奴ら~~~ッ!!全てを押し付けて自分達だけホメオスタシスと逃げたな!) Good Luckと指を立てているマグナモンの姿が目に浮かぶようだ。 ホメオスタシスを聖域に連れ帰って休ませると言う大義名分でこの場から逃げたマグナモン達が羨ましくて仕方がない。 逃げ出したいが逃げられないし、逃げ切る自信も無い。 怒れる最強のセ○ムから逃れる術など無いのである。 それにアルファモンほどのナイツだ。 何が合ったかなどとっくに分かっているだろう。 分かっていて問うてくる辺りが確信犯であり鬼だドSだなどと陰で呼ばれる所以である。 『さて、お前達───この醜態の責任はキッチリ取れよ?』 「──げっ!!止せ、やめろっ!!誤解だっ!」 「まあまあ、アルファモンもどうだ?ふんどしならまだ有るぞ?」 「火に油を注ぐなバカ者ーーっ!!!」 「デジタライズ・オブ・ソウォォォル!!!!!」 デジタルワールドのとあるエリアにて野太い悲鳴が響き渡る。 実に元気のいい悲鳴である。 この後、ガンクゥモン達のふんどしはアルファモンによって回収され処分されたらしい。 だがふんどしの代わりにポージングパンツでガンクゥモン達が盛り上がるようになるのはまた別のお話。 終
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水月 凪(みなづき なぎ)
2022年5月24日
In デジモン創作サロン
この時、私は何も知らなかった。 優しい両親に可愛い妹。 大好きな家族とこれからもずっと幸せに暮らしていけるとただただ漠然と信じていた。 この幸せは決して壊れることは無いのだとずっと思っていた。 でも───。 この世界は何処までも理不尽で残酷だった。 デジモンクレイドル 第一話 四人の子供達とパートナーデジモンがデジタルワールドを救って早2000年。 人間界では10年と言う月日が流れた。 あの時、完全な消滅を免れた"あの存在"は今──。 二つの世界に再び牙を剥こうとしている。 "クスクスクス" "クスクス、クスクスクス" 人間界の裏側でナニカが嗤う声がする。 "ソレ"は魚のように群れを成して人間界へ侵入(はい)り込めるゲートを探す。 "サガソウ、サガソウ" "ゲート!ゲート!" "ミツケテススモウ、ニンゲンカイヘ" 不気味な緑に輝く目が人間界を見据えている。 それはかつて四人の子供達とパートナーによって倒されたあの存在によく似ていた──。 "アソボウ、アソボウ。ニンゲンデ!" "ニンゲンッテサユウニオモイッキリヒッパッタラドウナルカナァー?" "ニンゲンハアナヲアケテモイキテラレル??" "ワカラナイカラジッケンシヨウ!ホンモノノニンゲンガイッパイイルセカイニイクンダカラ!" 次元の壁の向こう側。 その間にある狭間と呼ばれる何もない空間。 広大である筈のその場所を埋め尽くさんばかりに増えるモノ。 増えて、増えて、増えて、増えて、増えて。 狂気が世界を覗いている。 世界の影で蠢きながら狂気が此方を見つめている。 世界すら覆い尽くさんばかりに増え続ける数多の狂気から逃れる術など──最早、存在しなかった。 新緑の深まる季節。 春が過ぎ去り、初夏の訪れが迫る頃。 「ふぅ、暑くなってきたわねぇ。そろそろ今年も夏かぁ…」 長い蒼髪に映える赤いリボンが風に揺れている。 何処にでも居る普通の女子高生、音無愛(おとなし めご)は小学校の昇降口の近くでスマホの時計を見ながら待ち人が来るのを待っている。 この小学校に通っている五歳下の妹を彼女は迎えに来ていたのだ。 『──あ~っ!姉さんっ!迎えに来てくれたの?』 彼女と同じ蒼髪を揺らして駆け寄る少女、愛の妹・涙(るい)だ。 待ち人の姿を捉えると愛はニッコリと微笑みかける。 「おかえり、ルイ。部活が無い日だから迎えに来たのよ」 「やったぁ!姉さんと一緒に帰れるの嬉しい!」 その場でぴょんぴょんと嬉しそうにはしゃぐ涙。 その隣をクラスメートの一人が通り過ぎる。 「ルイちゃーん!また明日ねー!」 「あっ、ゆこちゃん!うんっ、まったねー!」 手を振るクラスメートに涙もブンブンと音が聞こえるくらいに元気良く手を振った。 その様子を愛は微笑ましそうに見守ると涙に向かって右手を差し出す。 「さぁ、家に帰りましょ?母さん、今日はハンバーグ作ってくれるんだって」 「ホント!?あたし、ママのハンバーグ大好き~!」 夕食にハンバーグが出ると知ると途端に表情を輝かせる涙。 差し出された愛の手をギュッと握り返し、鼻歌を歌いながら帰路につく。 ありふれた当たり前の日常。 普段過ごしている時は何も感じないくらいに当たり前になったもの。 しかし、そのありふれた日常が壊された時──人は当たり前など存在しないことを知るのだ。 「たっだいま~!ママー!ハンバーグは~!?」 「あらあら、お帰りなさいルイ。 ふふ、ルイはハンバーグ大好きだもんねぇ?もうちょっと待ってね、あとはソースを作って盛り付けるだけだから…。 あ、帰って来たんだからご飯の前にうがい手洗いするのよ?」 「はぁーい…」 玄関で靴を脱いでから一目散に涙が駆け込んだのはキッチンだ、其処では母が夕飯の準備中でハンバーグにかける手作りソースの材料を並べている。 涙は躊躇いなく母へ抱き付いて満面の笑顔で言うとやんわりと手洗いうがいをして来るようにと促される。 「ハンバーグぅ…しょぼーん…」 「もう、ルイってば…。母さん、ただいま」 「メゴもお帰り、部活がお休みとは言え悪いわねぇ」 「いいわ、ちょっとした寄り道みたいで楽しいもの」 しょんぼりしながら洗面所へ向かう涙を見送りながら愛も母に声をかける。 愛と涙は目の色以外は母似で三人だけならば姉妹に見えるほどだ。 此処までなら普通の家族に見える。 しかし、彼女達は一家一同に"普通"の家族とは少しだけ違っていた。 『めえちゃん、おっかえり~!』 『う~っ♪』 『きゅ~っ♪』 『ぽよぉ~っ!』 リビングの方から勢い良く愛と涙に飛び付く小さな四つの影。 愛と涙は慣れたように飛び付く影を抱き留める。 「ただいま、ルウ。みんな、お利口さんにしてた?」 「シャオメイー!えへへ、ピーチもポポも!ただいま~!」 愛にルウと呼ばれていたのはルナモンだ。 涙が生まれる前にムンモン姿の彼女に出逢い、以来パートナーとして10年近く一緒に暮らしている。 そして、涙が抱き締めているのはギギモンとピチモンとポヨモンの幼年期達である。 シャオメイと呼ばれたギギモンが涙のパートナーで他の二体は両親のパートナー。 そう彼女達の家族は姉妹達本人も含めて家族全員がテイマーと言う珍しい一家なのだ。 二人が帰ってから程なくしてから父も帰宅する。 「パパ~!お帰りなさい!今日はハンバーグだよ!早く早く~!」 「おー、ただいまルイ。はは、そうだなぁルイはハンバーグ大好きだったもんなぁ…。 よーし、パパも手洗いうがいしたらすぐ行くから」 「うんっ!早くね~!!」 仕事から帰った父を出迎えると涙はパタパタとリビングへと戻って行く。 そして、家族四人とパートナー四体が揃って音無家では夕食の時間になった。 母の手作りハンバーグに舌鼓を打ちながら無邪気に笑う涙とシャオメイ。 父はビールを飲みながら少しずつ箸を進めていて母はピチモン達のソースだらけの口を拭いてあげている。 普段と変わらない日常に愛は胸がいっぱいだ。 (幸せだなぁ…、こう言うの。本当に幸せ…) 美味しい夕食を食べながら愛は幸せそうに微笑んだ。 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ✿ ❀ 「──あら、封筒切らしてたわ…。困ったわねぇ…」 「母さん、どうしたの…?」 夕食を食べ終えた後、妹達をお風呂に入れ終えた愛。 リビングで困った顔をしている母を見かけて声をかける。 「ああ、メゴ…。この間ね、東北のお祖父ちゃん達から野菜を沢山貰ったでしょう? それでお礼を書いてたんだけど、丁度封筒切らしてたみたいなのよ」 「えぇ、それは大変じゃない!コンビニに封筒売ってるだろうから私買ってくるわ」 困った様子の母に愛はそう告げる。 しかし、20時を過ぎた夜に買いに行かせることに不安を感じる母は首を縦に降ろうとしない。 「いや、悪いわよ…。母さん、明日買ってくるから…」 「いいのいいの!母さん、毎日家事で忙しいんだから。これくらいさせてよ」 「──ありがと。それじゃあ、お願いしようかな」 愛の言葉に少し驚いたような表情を見せた後、母はニコリと笑う。 財布から封筒の分のお金を出すと愛に手渡した。 「ごめんねぇ?助かるわぁ…」 「いいの!じゃあ、行ってくるね母さん!」 愛がスニーカーを履いて外へ出ようとすれば髪を乾かし終えた涙が出て来る。 すると、 「あれぇ?姉さん、何処行くの??」 「コンビニよ、今から封筒を買いに行くの」 「えぇ~!ルイも!あたしも行く~!」 「ダメよ、もう夜遅いのよ?ルイ、もう寝る時間じゃない…」 「やーだー!いーくーのー!!」 「あらまあ…困ったわねぇ…」 ダンダンと地団駄を踏みながら涙は言う。 こうなると涙はなかなか止まらない、自分の要求が通るまでは。 散々ごねられ折れた母は21時前までには必ず家に戻ることを条件に涙もついて行くことを許した。 「やった~!シャオメイも連れてこっと!」 「はぁ…、しょうがない子ね…」 「大丈夫だよ!わたしもついて行くから」 「ありがと、ルウ」 「二人とも、幾ら近所だからって不審者には気をつけるのよ?」 「「はーい」」 自宅から歩いて10分ほどの所にあるコンビニ。 愛は母から頼まれた封筒を文具コーナーで見つけると二つ手に取った。 次に切らした時に慌てて買いに行かなくてもいいようにと考えた上でである。 レジへ行こうとすれば洋服の裾を控えめに引っ張られた。 「姉さん、姉さん。ポッキンアイス~!アイスも買って~!」 「ちょっと…!もう、ダメじゃない…!貴女もう歯を磨いたのよ?」 「明日!明日シャオメイと分けっこするの!だから買って~!!」 「ダメよ、今は封筒の分しかお金預かってないんだから…」 「えぇ~っ!そんなぁ」 「アイスは明日買いましょう?今日はお終いよ」 「ぶぅ~~っ!」 愛の言葉に涙は不貞腐れたように頬を膨らませる。 困ったなぁと言う表情を浮かべながら愛は会計を済ませてコンビニを後にした。 涙は膨れっ面のまま愛の後をついてきている。 これは明日のご機嫌取りが大変だなぁなんて愛は考えながら家路につく。 いつも通りに玄関のドアノブに手をかけ、扉を開いた。 「母さん、ごめんね。ちょっと遅くな───え、?」 ガサリと手にしていたコンビニ袋が滑り落ちる。 扉の向こうにはあまりにも変わり果てた光景が広がっていた。 壁には巨大なナニカに引き裂かれたような跡があり、物が至る所に散乱している。 ツンと鼻を突く鉄の臭いに愛は吐き気が込み上げてきた。 「───うっ、!?」 「姉さん…?どうしたの…?」 玄関先から家の中へ入ろうとしない愛に涙は声をかける。 まだ妹は気付いていない。 この異常事態に彼女はまだ気付いていない。 今すぐこの場から逃がさなければ、せめて妹だけは──。 「ルイ!今すぐ調布のおじい──『アレェ~?マダ、イター!』 「ひっ!!」 愛の背後から地を這うような不気味で粘着質な声がする。 血の気が引いた青い顔で愛が振り返れば其処には見たこともない生物が居た。 爛々と怪しく光る緑の双眸が嫌でも目に付く謎の生物。 ふと目を凝らすと謎の生物の体の至る所に赤い点々がついている。 怪物の持つ大きな禍々しい爪からはポタポタと赤いナニカが滴っているのが愛の視界に入った。 冷たい汗が愛の頬を伝う。 まさか、まさか、まさか──。 「父さん…母さん…?ま、さか──」 愛の目尻にジワリと涙が滲む。 ゾワゾワと感じる悪寒に泣きそうになる。 『め、ご…。る…いも…にげ──』 その時、家の中から血塗れの父が這うように出て来ようとする姿が見えた。 傷だらけの姿を目の当たりにして涙は短い悲鳴をあげる。 「──っ!パパ?パパぁ…っ!!」 「!? ルイ!ダメ、そっちに行っちゃ!!」 『ウルサイナァー、チョットシズカニシテテ』 父に駆け寄る涙よりも先に生物の巨大な爪が父を襲った。 グチャッと言う生々しい音と共に壁に叩き付けられた父。 生暖かく赤いナニカが涙の頬や服にベッタリと張り付く。 恐る恐る涙は頬についたソレに触れる。 涙の小さな手のひらには真っ赤なソレがベッタリとついている。 ソレが父の鮮血であることを涙が理解するのに時間はかからなかった。 「──ひっ、イヤァァァァァァッ!!」 「ルイっ!!」 壁に容赦なく叩き付けられた父は即死だった。 腕や脚はあり得ない方向へねじ曲がっている状態だ。 無残な父の姿を見て泣き叫ぶ涙を愛は懸命に抱き締める。 何故こんなにも残酷な光景をまだ幼い妹が見なければならないのだろう? そう思いながら何とかあの生物から逃げなければ次は自分達がやられてしまうと愛は必死に考え続ける。 『アーア、ニンゲンッテモロイナァ。チョットアナヲアケタラスグシンジャッタ。 カベニブツケタダケデモシンジャッタ、ツマンナーイ!』 「どうして…どうして…?パパ達が何をしたの…?」 ボロボロと泣きながら涙は言う。 自分達は普通に暮らしていた、ただそれだけだった筈なのに──。 頭の中はもうグチャグチャで何の考えも纏まらないし、浮かばない。 此処から逃げたいのに足が竦んで動けない。 恐怖でギュッと目を閉じそうになる。 『アハハハハッ!アノネ、アノネー? "テイマー"ガネ、ジャマナノ!ダカラキミタチモイマシンデネ??』 謎の生物はケラケラと嗤いながらしれっとそう答えた。 不気味な表情を浮かべながら生物はゆっくりとした足取りで愛と涙に近付いてくる。 殺された父の姿に釘付けになっている涙は固まったように動かない。 そんな涙に大きく鋭い凶爪が襲いかかった──。 「─────あ、れ…?」 ハッと気がついた時に涙の視界いっぱいに広がっていたのは鮮やかな蒼。 安心感のある温もりが涙を包み込み、甘くて優しい匂いがする。 そして、ジワジワと蒼を浸食するように後から広がってきたのは緋色である。 蒼いモノはバラバラと夜風に舞って散らばっていく。 目に映ったものが髪の毛だったことを理解するまで時間がかかってしまった。 「──はっ、はぁ…はぁ…っ!ねえ、さん──?」 震える声で途切れ途切れになりながら涙は言葉を紡ぐ。 目の前の生物の凶爪から身を挺して涙を守ったのは愛だった──。 真っ赤な血が愛の服をあっという間に真紅に染めていく。 背中や首の近くを鋭いあの爪で切り裂かれたらしく愛の出血は止まらない。 涙は恐怖や絶望でごちゃ混ぜな表情(かお)になりながら愛の出血を止めようと必死だ。 それでも彼女の小さな両手の隙間から血は流れ続ける。 どんどん愛の体から熱が失われていく。 「ねえ、さん…!ねえさん…!やだよぅ…!いやだぁ…!」 「る、い…にげ、なさ…い…。は、やく──」 「やだ!やだよぉ!起きてぇええ!!」 「だ、いすきよ…かわ、いい…わたしの──」 二人の足下に愛の真っ赤な血溜まりが広がる。 愛は残る力を振り絞って涙に逃げるように促すとそのまま血溜まりの中へ倒れた。 涙は泣きながら倒れた愛に縋りついて座り込む。 「あっ、ああああ…ああああああっ!!」 『ニンゲンッテオモシローイ!カバッタ、カバッタ!アハハハハッ!』 絶望する涙の耳元に届く不快な声。 妹を守ろうとした姉を嘲笑(わら)うあの生物の姿が目に入る。 ユ ル サ ナ イ ─ 。 その瞬間、涙の視界が真っ黒に染まった。 「──────、」 『ンンー?ナンカイッター?』 微かな音に反応し、謎の生物が首を傾げながら涙を見た。 涙はブツブツと何かを呟きながらゆらりと立ち上がる。 『マッ、イッカァ!ジャア、オマエモ────ア?』 ズバッと何かが引き裂かれゴトリと重い物が落ちる音がする。 謎の生物は涙の方に伸ばしていた自分の右腕が肩の付け根から無くなっていることに気付いた。 『アレ?アレェ?ボクノテガナイー??』 辺りを見渡せば目の前に見慣れたモノが落ちている。 それは無くなった自分の右腕だった。 拾って繋げようとすればそれよりも早くも赤いナニカが落ちている右腕を粉々に砕く。 謎の生物がハッとして前を向くと其処に居るのは涙だ。 しかし、先ほどまでと違うのは彼女の背後に別の何かが見えること。 土煙の向こうにぼんやりと浮かぶ赤い光がジッと見つめて来ているのが分かる。 「ゆる、さ…ない…」 前髪の合間から不気味な色とどす黒い憎しみを覗かせる幼い少女の目がはっきりと見えた。 唖然とする謎の生物に涙は憎悪を隠さない声色で言う。 その手には赤と黒のデジヴァイスがしっかりと握られている。 出かける前にポケットに入れていたのを涙が無意識に取り出していたようだった。 「──殺す、殺す、殺してやる…」 「──グルルルルル…ッ」 土煙の向こうに居たのは究極体デジモンの一体で邪悪な竜との呼び声高いメギドラモンであった。 メギドラモンは涙を護るように硬い鱗で覆われた尾で彼女を囲む。 その視線は鋭いまま謎の生物を睨みつけている。 『ア、アア?ナゼ…?コンナノガイルナンテ、イワレテナイ!シラナイ!』 「そう…、じゃあとっとと消えろよクソヤロウ」 涙の持つデジヴァイスから眩い閃光が溢れ出した。 音無家を襲った謎の生物が最期に見たのは光の中から現れた暗黒騎士の姿と混沌の力を帯びた魔槍が自分を貫く瞬間だった──。 翌日、アメリカ・ニューヨーク。 此処には国際安全保障機関、通称【EDEN】の本部がある。 「──なんと、なんと言うことだ…。 たった一夜でこれほどの規模でこれだけの被害が出たと言うことなのか…」 EDEN本部ビルの中にある会議室では頭を抱えて座り込む白人の壮年男性が居た。 彼のデスクの上にあるPCには世界中から続々と緊急のメッセージが届いている。 「ルーカスさん、頭抱えてないで仕事して下さい。 もう、彼らの存在を人々から秘匿してられる段階は過ぎてしまったんですよ」 「──ホシノ君、簡単に言わないでくれ…」 ルーカスと呼ばれた白人の壮年男性は大量の資料を持って現れた彼にそう返す。 サイドが少し長めに整えられた濡れ羽色をした髪と赤い瞳が印象的な人物である。 ルーカス・ガルシア。 アメリカ出身で50代と言う若さながら国際安全保障機関の長官を勤めているエリートである。 そして今彼にホシノ君と呼ばれたのは日本出身の星野仁(ほしの じん)と言う男だ。 仁は頭を抱えたままのルーカスに対して溜め息混じりに呆れ顔をすると彼のデスクに容赦なく大量の資料を重ねていく。 「全世界でほぼ同時多発的にこれだけの被害が出てるんです。 そして───」 仁が一枚の写真をデスクに置く。 其処には創作にある悪魔のような姿の生物がハッキリと写し出されている。 「個体名:ディアボロモン。究極体クラスに相当する謎のデジモン。 世界中で多くの人間を襲ったのはコイツです」 「それは"イリアス"の神から提供された資料で把握している! だが、なんだ?こんな異常行動は資料に記載されてはいなかった!」 「──ヤツがただのディアボロモンではなく突然変異個体だからですよルーカスさん」 グッと唇を噛み締めながら写真のディアボロモンを睨み付ける仁。 視線から滲むのは怒りと嫌悪の色だ。 「このディアボロモンは我々がデータで知る他のディアボロモン種と大きく異なっている。 分裂してなお本来の能力と変わらぬ力を維持し続けられる上により凶悪で残忍な行動を取るようになっているんです。 これはもう突然変異個体と言う他無いでしょう、今後も同じような個体が現れかねない。 一刻も早く対策を立てなければ──」 「従来の個体であれば分裂すれば本来の能力から分裂体の能力値は下がる…それを物量で押してくるのがディアボロモン種の特徴だったのに…。 ただでさえ厄介なデジモンが最悪な想定の方向に突然変異していたなど…」 仁がそう言うとルーカスははぁと深い溜め息をついた。 力無く椅子に体を預け天井を睨む。 「もう、無理なのだな…。"女神"との約束は──」 「女神とも定期の連絡が出来なくなっています。 恐らくはデジタルワールドでもヤツらによる何らかの事態が引き起こされているんでしょう…」 「ああ…なんてことだ…。こんなにも早くデジモン達が実在することを公表する日が来るなんて──。 欲深い国ならば軍事転用しかねないと言うのに…」 「各国の首脳にも協力を要請し、今後起こり得る事態に備えないと…。 ──今更そんなバカな真似する国出てきやしませんよ。 アレだけの事件を引き起こしてるんです…そんな甘ったれた考えで手に負える相手ではないとすぐに理解しますよ…」 「──分かっている、それにもう何千件と今回の事態に関して説明を求めるメッセージが届いているからな…。 軍事転用が現実にならなければ約束を違えたことにはなるまい…とても心苦しいが…」 ズキズキと痛むこめかみに手を当てながらルーカスは言う。 ディアボロモンによるあの惨劇は日本でのみ起きていた訳ではなかった。 世界中でそれも同時多発的に発生し、各国に多くて百人程度は居たテイマー達を優先的に狙って引き起こされたものだったのだ。 後に『血の惨劇』と呼ばれる今回の事件。 これによって全世界で約2000人の民間人が犠牲になった。 それも犠牲者が数少ないテイマーとその家族と言う特異性を以てだ。 そして、この日の午後。 国際安全保障機関【EDEN】の長官ルーカス・ガルシアの声明が全世界に向けて発表された。 ゲームの中にしか居ない想像上の存在と言われていたデジモン達が実在すると言う事実と先日の事件の犯人がそのデジモンであることを初めて公にEDENは認めた。 全世界に対してEDENは非常事態を宣言し、各国同士の綿密な連携が国際社会の安全の為に必要であると訴えた。 これによって全世界で急速にデジモンの存在が認知されていくことになる──。 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ✿ ✿ 一方、デジタルワールド。 視察の為に聖域から地上へ降りていた女神ホメオスタシスと護衛のロイヤルナイツ達。 此処には獣に属するデジモン達が多く暮らしていた集落があった筈だ。 土地が貧しく幼年期達への物資が乏しいと訴えがあり、ガンクゥモンに頼んで物資を届け他の地域からも支援が届くように環境を整えた。 今回はその後の経過を知る為にホメオスタシスは直接やってきたのである。 「──おかしい、ですね…」 「ホメオスタシス…?どうなされました」 立ち止まるホメオスタシスにマグナモンは声をかける。 キョロキョロと周囲を見渡してホメオスタシスは以前は感じなかった違和感を覚える。 「もうすぐ集落の筈です、以前は貧しかったとは言え活気がありました。 それなのに──気配さえ感じない…」 「確かに──これは妙ですね…」 「何か起こってんのかもしれねぇな…。 ホメオスタシス、集落の様子を見たらすぐに聖域に戻ろう。 ──嫌な予感と胸騒ぎがしやがる…」 「ええ、そうですねジエスモン。貴方ほどの騎士が言うのです…様子を確認したら戻りましょう。 ──本当は何もなければいいのですけれど…」 警戒感を剥き出しにするジエスモンにホメオスタシスは言う。 マグナモンとジエスモンはホメオスタシスの周囲の警戒しながら集落へと急いだ。 すると、 「────っ!!」 「こ、れは…これは…!」 「なん、だよ…!これじゃあまるで数千年前の…!!」 彼らの目の前に広がるのは跡形も無くなっている元集落。 住居の痕跡が僅かに残るのみで此処で暮らしていたデジモン達の姿は何処にも無い。 此処に住んでいたデジモン達には当てはまらない奇妙な形の足跡だけが多く残されていた。 "───ヤット、キタァ…メェガァミィ…" 「……っ!!」 「ホメオスタシス!!くぅっ!!!」 粘着質な声が不意に響いた。 ホメオスタシスの丁度死角から何かが彼女に向かって飛んでくる。 それに気付いたマグナモンはホメオスタシスを庇ってそのまま彼女と倒れ込む。 黄金の鎧を掠めた程度だがその掠めた箇所がブスブスと嫌な音を立てて焼け焦げている。 「マグナモン!私を庇って…!」 「私は無事です!これは掠めた程度、それよりも警戒を!ジエスモンっ!!」 「応っ!こりゃあもう囲まれてやがる!援軍が来るまでオレ達で護るぞ!!」 「当然だ!ホメオスタシス、どうか我々から決して離れないよう願います!」 「分かりました…気をつけて…!!」 ホメオスタシスがそう言うと周囲の空間がグニャリと歪んだ。 歪んだ空間にビシビシと音を立てて大きな亀裂が走る。 ガラスが割れるように一カ所が崩れ落ちて穴になると薄紫の小さな何かが大量に穴から噴き出すように出て来た。 その小さな何かに続くように穴の向こうからヌゥッと大きな何かの手が現れてガシッと端を掴んでは力ずくで穴を更に広げる。 真っ暗な穴の向こう側。 その先に不気味な緑の光が二つ、ぼんやりと浮かんでいる。 不気味なその光にホメオスタシスは見覚えがあった。 彼女自身の記憶から失われていても体と魂が"ソレ"を憶えている。 2000年前のあの日、まだ と呼ばれていた頃に見たモノと同じ。 「───っ!何故…何故…っ!貴方は消滅した筈ですっ!!」 穴の向こう側から姿を現したのはディアボロモンであった。 ニタリと狂気に満ちた表情を浮かべてディアボロモンは嗤っている。 「…アハァ♡オ久シブリデェス。2000年前ノ続キヲ始メニ来マシタヨォ? サァ、サァ!死ンデ下サーイ、女神?今!此処デ!」 「くっ!ホメオスタシス!」 「任せろマグナモン!アト、ルネ、ポル!!」 ジエスモンが叫ぶとオレンジ色に輝く三つのオーラがホメオスタシスに迫るディアボロモンに容赦なく攻撃を繰り出す。 隙の無いジエスモンの連撃を喰らってなおディアボロモンは止まらない。 真っ直ぐに、真っ直ぐにホメオスタシスへと迫る。 突進しながら狂気的な目つきでホメオスタシスを見つめてベロリと舌なめずりをした。 ホメオスタシスの目前にまで迫るディアボロモン。 女神を護る為にマグナモンがその間に割って入った。 「ホメオスタシスに指一本触れさせるものかァ! 食らえ!シャイニングゴールドソーラーストーム!」 黄金のレーザー光線がディアボロモンに炸裂する。 複数の敵を一掃する威力を誇るマグナモンの必殺技だ。 しかし、それを諸に喰らってもなおディアボロモンは止まらない。 その上でディアボロモンは幾ら傷を負ってもすぐに再生していくのだ。 立ちはだかるマグナモンとジエスモンを薙ぎ払い、遂にディアボロモンはホメオスタシスの目の前に立つ。 「消エヨ!忌々シイ女神ガァァァッ!!」 かつてイグドラシルを葬り去った凶爪が今度はホメオスタシスの命を襲わんと迫る。 だが──。 バチンッと何かが弾ける大きな音がした。 「グァッ!キ、サマァ…ッ!!」 『───私も、随分とナメられたものですね…ディアボロモン…!!』 分厚いヴェールの奥でホメオスタシスがキッとディアボロモンを睨む。 ディアボロモンの凶悪な爪による一撃を阻んだのはホメオスタシス自身が作り出した結界である。 デジ文字を用いた高度な結界を球体状に彼女は自分の周りに展開したのだ。 それは亡きイグドラシルが持たなかった自分の身を守る為の力。 「忌々シイ…!デジブラッドトデジゲノムノ複合能力デスネェ!」 「貴方のような存在が三度現れないとも限らない…! 私はあの日からずっとこのような時の為に備え続けてきたのです!」 ホメオスタシスは結界を維持したまま叫ぶ。 この結界を突破しなければ目的を達成出来ないディアボロモンは忌々しそうにホメオスタシスを睨み付け歯軋りをした。 『無事か!?ホメオスタシス!』 『マグナモン、ジエスモン!よく持ちこたえた!』 「アルファモン!オメガモン…!皆さん…っ!!」 「──やっと来たか…!遅いぞ、お前達!」 ホメオスタシスを護るように幾つもの光の柱が現れる。 柱の中からアルファモンやオメガモンを始めとする他のロイヤルナイツ達が姿を見せた。 世界を護る全ての聖騎士達が今この場に集った。 「アハァ♡イイッ♡イイデスネェ!実ニ丁度イイ!! 目障リナオ前達ヲマズハ消スコトニシマス!」 ディアボロモンがバッと天を指差すと周囲を取り囲む大量のクラモン達が合体し、銀の繭のようなデジモン・インフェルモンへと姿を変える。 そしてディアボロモンもまた大量の模倣体(コピー)を作り出した。 その数は2000年前の比ではない。 一帯を埋め尽くす勢いで模倣体の増える勢いは止まらない。 「はぁぁ~っ!鉄拳制裁!!」 「スパイラルマスカレード!」 「ブレス・オブ・ワイバーン!!」 三体の聖騎士による強烈な一撃が模倣体を次々と消滅させていくがそれを上回る速度でディアボロモンが増えていく。 それはインフェルモンも同じで倒しても倒してもその数が減る気配が無い。 一騎当千の力を持つロイヤルナイツ達だが徐々にディアボロモンに押され始める。 このままではホメオスタシスが再び危険に晒される。 結界を扱えたとしても圧倒的物量に押されては女神とは言え、一溜まりも無い。 ガンクゥモンは戦いの僅かな合間にジエスモン達と目配せをしあう。 そして、アルファモン達以外の聖騎士達11体は此処である覚悟を決めた。 デジタルワールドの女神を護る、その為に必要な覚悟を。 『──アルファモン、オメガモン!よぉく聞けい!!』 「な、ガンクゥモン!?」 クロンデジゾイド製のちゃぶ台ごと無数のディアボロモン達をひっくり返しながらガンクゥモンが声を張り上げた。 未だに数を増し続ける敵に対してガンクゥモンは険しい表情を浮かべながら静かに告げる。 「──お前達は女神を連れて此処から離脱せい。 このままではどの道押し切られてホメオスタシスが殺される、それだけは何が何でも避けねばならん」 「しかし!オレとオメガモン抜きでお前達はどうする気だ!!」 「ワッハッハッ!儂らも侮られたモンだ! お前達二体抜けたところで今更何も変わらんわい!」 「その通り!ならば双璧であるお前達と共にホメオスタシスを此処より離脱させる方がまだ希望が繋がるだろう!?」 渋るアルファモンに対してガンクゥモンは豪快に笑ってみせ、クレニアムモンはクラウ・ソラスを強く握り締めた。 この世界の要であるホメオスタシスを護る為に自分達が殿になると彼らは言っているのだ。 「──っ!ですが、それではあまりにも…!!」 「いいえ、ホメオスタシス。私達は騎士です。 世界を、そして貴女を護る為に在る誇り高き騎士なのです」 「オレ達のことは心配要らねーって!何せ、凄い力もアンタに貰ってるんだからな!」 「お急ぎ下さい!ホメオスタシス!我々は必ず、貴女様の下へ帰ります!!」 マグナモンに背中を押されホメオスタシスはアルファモン達の側に立つ。 必死に戦い続ける彼らの姿に胸が締め付けられた。 彼らの覚悟を此処で無駄にしてはいけない──。 ホメオスタシスも覚悟を決め、真っ直ぐに彼らを見てその勇姿を目に焼き付ける。 そして、アルファモン達に向き直ると己を奮い立たせて言った。 「──っ、離脱します。アルファモン、オメガモン…頼みます!」 「「御意!」」 アルファモンは片腕にホメオスタシスを抱いて空を飛んだ。 其処へ襲い掛かる模倣体達をオメガモンがグレイソードで斬り捨ててガルルキャノンで凍結させていく。 ロイヤルナイツの双璧と呼ばれた二体の聖騎士は女神を連れてこの場から一気に離脱していった。 残った聖騎士達はそれを満足げな表情で見届けた後、増え続けるディアボロモン達を前に気合いを入れ直す。 『──さぁてと!やってやろうじゃあねェか!』 『ホメオスタシスは貴様らに渡さん!この命に替えてでも必ず護り抜く!』 『さぁ、来るがいい!我が聖槍に挑む勇気があるのならな!』 『一歩たりとも我々は退かん!ロイヤルナイツの誇りにかけて!』 勇ましく誇り高い聖騎士達はそう叫んで敵陣に突っ込んで行く。 圧倒的な数で押すディアボロモンを前にしても彼らが退くことは決して無かった。 しかし11体の聖騎士達の消息はこの後、ぷっつりと途切れてしまうのだった──。 デジモンクレイドル 第一話 【憎たらしい位に理不尽で残酷な世界で】 次元の狭間。 それは何処の世界にも属さない何処でもない空間。 その広大さ故に宇宙に近いが宇宙のようにブラックホールや惑星が数多に存在している訳ではない。 ただ何も無い空間が世界と世界の間にクッションのように広がっているのだ。 かつて神によって創られた次元の壁とは存在理由が異なるモノ。 その空間のとある場所にディアボロモンは居た──。 『フフ、フフフ…フフフ…』 クリスタルのような結晶体に頬を寄せ、不気味に嗤うディアボロモン。 そのままうっとりとした表情でディアボロモンは呟く。 『フフフフ…。嗚呼、モウ少シデスヨ…我ガ母ヨ。 次コソハアノ忌マワシイ女神ヲ殺シ、ソノ力ヲ奪ッテ…アナタヲ解キ放チマショウ…』 一見するとディアボロモンがとち狂ったようにしか見えないが問題はディアボロモンが頬摺りをしている結晶体の大きさだ。 結晶体がディアボロモンを遥かに上回る大きさでなければただのタチの悪いジョークか何かに思えただろう。 『嗚呼、Mother…愛シイ愛シイ…オリジナルノワタクシ…。 アノ時ハ抑止力ノ騎士ニ敗レマシタガ…次ハソウハ行キマセンヨォ?』 ディアボロモンの手が結晶体を撫でる。 結晶体の中に微かに浮かぶ巨大な影、禍々しいオーラが結晶体から漏れだしている。 『ガキ共ニ少々手ヲ引ッカカレマシタガ…モウテイマーハ見込メナイ…。 クックックッ、聖騎士共モ別次元ニ閉ジ込メタ…残リ僅カナ手勢デ一体何ガ出来ルンデショウネェ?』 表情を狂気に歪ませながらディアボロモンは嗤う。 デジタルワールドの女神を殺す、その準備はもう整っている。 ホメオスタシスの持つ権能(ちから)を全て己の手中に収めることが出来れば完璧なのだ。 この下らない世界を終わらせて自らが新しい世界の礎となる。 それこそがディアボロモンの───否、Motherと呼ばれた大いなる災厄の真の目的だった。 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ✿ ✿ ✿ 同時刻。 デジタルワールド 聖域《サンクチュエール》 その中央部に位置する神殿の一室では女神ホメオスタシスが胸元で手を組み、目を閉じて静かに祈りを捧げていた。 聖域の外にはディアボロモンの手の者達が迫っている。 敵の侵入を防ぐ為にホメオスタシスは権能の一部を解放し結界を張っているのだ。 (どうか、無事に───) アルファモンとオメガモン以外の聖騎士達はあの場から自分達を逃がしてくれた。 その後、ディアボロモンの模倣体達と大量のクラモン達によって全員がそれぞれ別次元へ閉じ込められてしまったのだ。 『オメガモン、人間界へ向かって下さい』 『しかし!ロイヤルナイツはもう私とアルファモンしか…!』 『だからこそ、人間の──テイマーの力を借りましょう…』 『ホメオスタシス…』 渋るオメガモンにホメオスタシスは言う。 人間の力を借りるべきであると。 『──何らかの外的干渉によって人間界と連絡を取る手段を断たれてしまいました…。 今人間界がどうなっているのか此方からでは把握出来ない…直接向かって貰う以外にもう方法が無いのです』 『私には貴女様を守護する役目が…!』 『私のことは心配しないで。此処に、この聖域に私は籠城致します』 『!?』 ホメオスタシスはそう言ってオメガモンに幾つかの道具を手渡した。 複雑な魔法陣が刻まれた小さな板のようにも見える。 『それは私が作った転移魔法陣です、それを使えば人間界へ行ける筈…』 『───っ!!』 『お願いです、オメガモン。このデジタルワールドにどうか新しい希望を──』 ホメオスタシスはそう言ってくしゃりと力無く笑う。 絶望的な状況に抗う為に彼女もまた必死なのだとオメガモンは悟った。 『───お任せ下さい、ホメオスタシス。 必ずテイマーをこの世界に連れて戻って参ります! この地の警護は任せたぞ、我が盟友(とも)よ!』 『ああ、心得た。頼んだぞ、オメガモン!』 あの後、オメガモンは転移魔法陣を使ってテイマーを探して人間界へと向かった。 残ったアルファモンはと言うとホメオスタシスの守護役としてデジ文字の魔法陣を駆使して強力な結界を構築し彼女のものと併せた二重結界として聖域全土に展開している状態だ。 ホメオスタシスの能力で消息不明になっているロイヤルナイツ達全員も安否は確認出来ている。 だが閉じ込められた彼らの復帰には相当な時間を要するだろう。 何らかの手を打たなければ状況が更に悪くなってしまう。 「アルフォースブイドラモン…ガンクゥモン…ジエスモン…マグナモン…クレニアムモン…。 ドゥフトモン…スレイプモン…デュークモン…ロードナイトモン…デュナスモン…エグザモン…」 彼らの無事を祈るようにホメオスタシスは呟く。 心から信じよう、信じて祈り待ち続けよう。 彼らは誇り高いロイヤルナイツ達。 デジタルワールドを護る偉大な守護騎士達。 もしもの時の為に備えていたのはディアボロモンだけでは無いのだから──。 ホメオスタシスは彼らのことを護れるようにと一つ一つに心を込めて祝福と共に力を注ぎ込んで作ったモノを全員に渡している。 使うタイミングは彼ら次第だ、渡した新しい力がきっと彼らをディアボロモンの悪意から護ってくれる筈だ。 「信じています…ロイヤルナイツ達…無事にまた会えることを…。 どうか急いでオメガモン…あの存在が──Motherが…更なる上の段階に進化を遂げるその前に…」 "新たな希望を、この世界に──" スゥッと黄金の双眸を開いてホメオスタシスは言葉を紡ぐ。 デジタルワールドと人間界。 二つの世界の命運を賭けた戦いの幕が、今上がった。 To Be Continued.
デジモンクレイドル  第一話 content media
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水月 凪(みなづき なぎ)
2022年4月28日
In デジモン創作サロン
その世界には平和があった。 神が見守り慈しむ、揺りかごのように穏やかで温もりに溢れた世界。 生まれ落ちる生命(いのち)は皆、世界と共に成長していく。 世界がより良くなるように、取り零されるモノが一つでも多く無くなるように。 神の慈愛(あい)は息づく全ての生命(いのち)に注がれている。 神は世界を愛している、神は遍く生命(いのち)を愛している。 その"瞬間"が訪れるまでこの世界は確かに平和だった。 デジモンクレイドル 『──ぐぅ…っ!まさか…これほど、とは…っ!』 『フ、フフフフ…!アハハハハッ!無様!ナンテミットモナイ姿ナノデショウ』 "ソレ"が現れたのは一体何時であったのか。 もし少しでも早くこの異常事態に気付けていたのなら被害が此処まで大きくなることはなかったのかもしれない。 この世界《デジタルワールド》を管理する神イグドラシルは未曽有の危機に陥っていた。 突然の襲撃者に不意を突かれた。 それまでと同じように世界を見守り、必要であればそっと手助けをする。 それが神であるイグドラシルの役目だったのだがこの瞬間、デジタルワールドの穏やかな日々が終わりを告げた。 襲撃者の一撃によってイグドラシルを構成する本体とシステムに甚大な損傷が刻まれる。 既に八割に至る所までの大きな損傷を負い、砕かれた箇所からはジワジワと内側へ得体の知れない禍々しい"ナニカ"がイグドラシルを蝕んでいく。 『──イグドラシルッ!くっ、貴様ァッ!!』 『無様デスネ、ロイヤルナイツ。護ルベキ神ヲ護レナイトハ、ネェ?』 襲撃者である異形のモノは爛々と緑の双眸を輝かせてケタケタと嗤っている。 神を嬲り、駆け付けるも寸前で間に合わなかった騎士を嗤い続ける。 『──オメガモン…我に、触れてはならない…。そなたも汚染されてしまう…』 『しかしイグドラシル!このままでは御身が保ちません!!』 『ソウデスヨ?ソノ毒ハ特別製。神ノ力スラ削ギ落トスモノ、最早アナタハ神デスラナイノデスカラ…』 襲撃者はそう言ってニィと口元を歪ませる。 待ち望んだその瞬間に歓喜で震えが止まらない。 天に在る神を混沌に満ちた地に引き摺り降ろす。 大いなる野望の為に最高位の神を屈辱と汚泥に塗れさせる。 その得難い愉悦感に襲撃者の表情が歪んでいる。 『──神たる我を辱めんとする者よ…、我は貴様に屈したりはせぬ…』 『アハハハハッ!コレホドノ醜態ヲ曝シテ何ヲ今更…!』 『確かに我が本体とシステムは八割以上が失われた、最早神としてこの世界を管理し続けるのは難しかろう…』 『ソウデス、アナタハ既ニ神デハナイ!アナタハ地ニ堕チタノダ!』 襲撃者はボロボロになっているイグドラシルを指差しながら詰る。 その間にもイグドラシルは禍々しい猛毒に犯され、純白の本体には大きな亀裂が走り音を立てて崩れていく。 しかし、どんなに襲撃者に詰られてもイグドラシルの声色から冷静さが失われることはなかった。 神としての矜持(プライド)、それを堂々と襲撃者に対して示してみせた。 『我は間もなく機能停止するだろう…イグドラシルというホストコンピュータは…、神は此処で終わる──。 だが、それが世界の終わりとはならぬ…我が旧き時代の神ならば次世代の神が誕生するまでのこと…』 『──ッ!?ナン、デスッテ…?』 『我が喪われる程度でこの世界は終わらぬとも。より優秀な我が後継機がこのデジタルワールドを護るのだからな…』 『イグ、ドラシル…ッ!』 自らの最期を悟るイグドラシルは澄んだ双眸を襲撃者へと向ける。 その瞳に浮かぶのは一種の憐憫の色であった。 襲って来た者に対して被害を受けた者が向ける感情(モノ)ではない。 襲撃者には全く理解出来なかった。 相手は神としての力の殆どを失った死に体である筈だ。 この世界の最高位の存在であるイグドラシルを自分が圧倒的な強者として嬲った。 にも拘わらずどんなに嬲り辱めようとイグドラシルの矜持を襲撃者は一片たりとも穢すことが出来なかった。 『我は神だ、この世界と息づく全ての生命を愛し護る為に在る。 貴様の薄汚い欲望の為にこのデジタルワールドを、息づくデジモン達を一体たりとも犠牲にさせたりせぬ』 『───!?シマッタ、イグドラシル…マダコノヨウナ力ヲ!』 イグドラシルは遺された僅かな力を振り絞り、油断していた襲撃者を聖域から遠く離れたデジタルワールドの辺境へと強制的に転移させた。 襲撃者はイグドラシルの力によって消え、その場にはイグドラシルとオメガモンのみが残る。 既に思い通りに動かなくなりつつある本体を無理やり動かすとイグドラシルは遺された力を躊躇うことなく新たなプログラムとして構築し直し始めた。 己と同じままではダメだ、あの襲撃者のように襲い来る脅威に対抗出来るようエンコードしていく。 再構築されていくプログラムへイグドラシルは最も重要なデータを組み込んだ。 本体とシステムを穢されてなお、襲撃者に奪われることなく手元に残ったもの。 このデジタルワールドとデジモン達にとって最も大切な"存在(データ)"。 この世界を支える要。 全てのデジモン達が生まれ、全てのデジモン達が還る所《はじまりの街》 このデータを汚染されていたらどんなに手を尽くしても手遅れであったと徐々に薄れていく意識の中でイグドラシルは思う。 偶然であれ何であれ、得られたこの好機をみすみす逃す手はない。 これらを全て後継機となる新たな神へ託す。 その為に出来ることは今全てやり終えた。 (ああ、我は終わる…終わるのだな…。この愛おしい世界をずっと見守っていたかったが──) イグドラシルはそっと隣に視線を向ける。 膝をつき、己の無力さを責めるオメガモンが其処に居た。 だが、イグドラシルは知っている。 オメガモンは眠りについた抑止力の騎士と双璧をなすロイヤルナイツ最高の騎士だ。 彼が今激しい後悔に苛まれて苦しんでいることは分かっている。 だが、それでも全てを投げ出してしまうような無責任なことだけはして欲しくない。 死にゆく自分の分も誉れの高いロイヤルナイツの一員としてこのデジタルワールドを彼に護って欲しかった。 『我が忠義の騎士オメガモンよ…、あとは任せた──』 『──ッ!イグドラシル~~ッ!!』 我が忠義の騎士と呼び、必要な時はずっと側に置いていた最も信頼出来る騎士オメガモン。 だからこそ、最後の希望を託すに相応しい存在。 イグドラシルはオメガモンへプログラムを託し、そのまま眠るように機能を停止した。 神々しかった純白の本体は穢され、無残な姿となり果てて所々が崩れ落ちている。 襲撃者によって混入させられた禍々しい猛毒が砕けた箇所からドロドロと滴り落ちた。 『──イグドラシル…イグドラシル…敬愛する我が主…貴方に託されたこの希望は私の全てを賭けて必ずや護り抜いてみせましょう。 貴方をお護りすることが出来なかった無力な私ですが…。 今度こそ、私の騎士としての誇りに賭けて…必ず、必ずです…』 沈黙した亡き主君を見つめてオメガモンは誓う。 もう二度と同じ過ちを繰り返すまいと。 これから生まれるイグドラシルの後継機は何が何でも必ず護り抜く。 デジタルワールドを守護するロイヤルナイツの一員として全てを賭けて。 忠義に篤き白い騎士の青い双眸にはうっすらと涙が滲んでいた──。 ── わ た し は 、 ま っ て る 。 ず っ と ず っ と 、 わ た し は ま っ て い る 。 " あ な た " が き て く れ る ひ を わ た し は ま ち つ づ け て い る 。 お ね が い 、 ど う か は や く き て 。 世界《デジタルワールド》を救って運命の子。 宿命(さだめ)の子、次代の希望よ。 二つの世界の命運は、今"あなた"の手の中に──。 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ✿ ❀ ずっと何かに喚ばれているような気がしていた。 物心ついた頃からずっと何かが胸の一番奥で引っ掛かるように残ってきて。 学校へ行って勉強をして友達とお喋りをしたり、遊んだりしていてもずっと。 心の中の何かがずっと"ソレ"を感じ取っている。 誰かが私を待っている。 ずっとずっと昔から私のことを待っている。 そんな予感がしていた。 4月。とある日の帰り道。 星野優烏(ほしの ゆえ)は友人達と談笑をしながら歩いていた。 「──でよ、ソイツらにこう言ってやったんだ!漢なら1対1(サシ)で勝負しろってなァ!」 「君を相手にそれは無理だろう?君に喧嘩を売った方に同情するよ」 「マサト相手じゃあ、その辺の不良なんて手も足も出ないでしょ~? 喧嘩相手より舎弟の数のが多そうじゃないのよ」 喧嘩っ早いが誰よりも正義感が強い八雲雅斗(やくも まさと)。 冷静沈着で成績優秀な野嶋透弥(のじま とうや)。 ムードメーカーで明るい藤本莉子(ふじもと りこ)。 個性豊かな三人の幼馴染達。 優烏は彼らと過ごす、この何気ない日常が好きだった。 これからも変わらずにずっと続くのだとこの時の優烏はそう思っていた。 『──── 待っているよ、ユエ ──』 「………っ!!」 自分の名前を呼ぶ声に優烏はハッとして後ろへ振り返る。 しかし、優烏の視線の先には誰も居ない。 野良猫でさえも姿はなかった。 いつもより少し挙動不審気味な優烏に雅斗達は首を傾げる。 「ユエ~?どうしたんだよ?」 「最近、上の空なことが増えたね?何か心配事でもあるのかい?」 「そうそう!あたし達に出来ることなら何でもするし!相談してよユエ!」 「──っ、ありがとう…みんな…」 大切な三人からの温かい言葉に優烏は胸いっぱいになる。 彼らはなんて優しいんだろう。 出会うことが出来て友達になれて自分は本当に幸せだと心からそう思った。 "───漸く見つけた、デジブラッドを持つ人間の子供達…" いつも通りの日常が非日常に変わる瞬間(とき)、異なる世界で生きている彼らと運命が交錯した。 『───人間よ、人間の子供達よ…』 「な、なんだ!?」 「この声は!?一体何処から…っ」 「ユエ!あたしから離れちゃダメよっ!」 「う、うん!ありがと、リコ…っ」 帰り道の交差点に差し掛かった時、何とも言い難い奇妙な感覚がした。 何かに視られている、背中の辺りがぞわぞわと寒気がするようだ。 不思議な声は雅斗達以外には聞こえないようで他の人々は普段と変わらない喧騒の中で日常を送っている。 「んなっ!景色が…!!」 四人の周りの景色がぐにゃりと飴細工のように歪んだ。 その光景に雅斗が驚愕の声を上げると周りの景色から色が消えて白黒に変わり、動いている車や人もゆっくりとスローモーションになっていく。 雅斗達は立ち止まりキョロキョロと辺りを見渡した。 『──人間の子供達よ、どうか我々の世界を救ってくれ…』 一陣の風が吹き抜けると四人の目の前に透き通った白い大きな影が現れた。 純白のマントを翻し、静かな眼差しで見下ろす影。 一目で分かる、人ではない異形の存在。 「あな、たは───?」 『私はオメガモン、デジタルワールドを護るロイヤルナイツの一員だ』 「ロイヤルナイツ?そのロイヤル何とかが何の用だよ!」 「ちょっと待ってくれ、ロイヤルナイツって言えばゲームに出て来るデジモンの……!」 「そうよ…、ネットワークセキュリティの最高位って言う設定のキャラクターだわ! どうして…?デジモンってまさか実在しているの!?」 恐る恐る何者なのかと優烏が尋ねれば彼はオメガモンと名乗った。 自分達にとっても馴染み深い育成ゲームに登場するデジタルモンスター、通称デジモン。 その中でもロイヤルナイツ、オメガモンと言う存在は育成への難易度がとても高く滅多に現れないレアキャラクターだった。 そんなオメガモンが実在していて今まさに自分達の目の前に居る──。 突然のことに上手く状況を飲み込めない雅斗達。 戸惑いを隠せない四人にオメガモンは落ち着いた声色で言った。 『デジモンである私が実在していることに君達が困惑しているのは重々承知している。 本当にすまない。私──否、我々には時間が残されていないのだ。 どうか君達人間の力を貸してはくれないか?デジタルワールドを救って欲しい…』 雅斗達の困惑ぶりはオメガモンにも伝わっているようだがそれを理解した上で改めてオメガモンは告げる。 デジタルワールドを救って欲しいと。 オメガモンの言葉からデジタルワールドに何らかの良くない異変が起きていることは容易に想像出来た。 「俺達が、デジタルワールドを…?」 「人間の私達に…それが出来るの…?」 『ああ、君達ならば可能だ。デジブラッドが目覚めている君達になら──』 キィィィンと耳慣れない奇妙な音がする。 足下からふわりと風が吹いた。 雅斗達の足下にはいつの間にか光を放つ幾何学模様が浮かび上がっている。 「な、なんだぁ!オメガモン、一体何をしてやがる!」 「まさか転移魔法陣!?こんなものまであるなんて…っ!」 「リコっ!手を…!」 「分かってるユエ!何があっても絶対離れないように!」 『──本当に、すまない。まだ子供の君達を巻き込んでしまって…』 オメガモンの申し訳なさそうに呟く声がすると同時に強い力で引っ張られる感覚がした。 魔法陣から溢れる光が一際強くなり、一気に弾けると四人の体を包み込む。 そして、光が収まり晴れた頃には其処に居た筈の雅斗達の姿は何処にもなかった。 人間界の何処にも四人の姿はなかったのである。 「───うっ、こ…こは…?」 微かな振動を感じて雅斗は目を覚ます。 側には透弥に莉子、優烏が同じように気を失って倒れている。 雅斗は何とか体を起こして三人の側に歩み寄り、それぞれの体を揺すって声をかける。 「トウヤ!ユエ、リコ!しっかりしろ、大丈夫か!」 「───くっ、マサ…トか?」 「トウヤ!良かった、目ェ覚ましたんだな!」 「ああ…、僕はな…。はっ、ユエとリコは!?」 「二人も無事だ!まだ目ェ覚ましてねぇけど…」 「そうか……」 よろよろと体を起こして座り込む透弥。 雅斗も隣に腰を下ろし、自分達の置かれた状況を改めて考える。 「俺達…デジタルワールドに喚ばれたのか…?あのオメガモンに…」 「ああ…恐らく間違いない…。人間界では見たことのない植物にあり得ない景色…。 あの魔法陣で僕らは此方側へ召喚(とば)されたんだ…」 透弥はそう言って改めて周囲を見渡した。 群生している植物は何処か人間界にある南国の熱帯林を彷彿とさせるがその少し奥、人間界に例えるなら短い一駅分ほどの距離しか離れていない所に巨大な氷山がある。 熱帯風植物には合わない氷山、その他にもちぐはぐな光景が視界いっぱいに広がっている。 現実離れしたこの景色こそ自分達が人間界ではない所に居る証拠になった。 『目が覚めたか、子供達よ──』 「──っ!!テメェは…っ!」 「オメガモン…!」 背後にふわりと何かが降り立つ気配がした。 急いで振り返れば其処には先ほど出会ったオメガモンが立っていた。 人間界で会った時と同じ静かな眼差しで雅斗達を見つめている。 「全員、無事に此方側へ来られたようで何よりだ…。 まともな説明も殆どなく無理やり連れてくる形になってしまってすまなかった」 「オメガモン…」 「この世界を護る神を、襲撃者によって殺されてしまった…。 我々にはもう時間が無い…一刻も早く襲撃者を倒し新たな神を迎えなければならないのだ…」 雅斗と透弥に向かって深々と頭を下げるとポツリポツリとオメガモンはこれまでの経緯を語った。 この世界デジタルワールドのことと長年世界を見守ってきた神イグドラシルの存在。 そのイグドラシルがつい先日謎の襲撃者の手によって殺されてしまい、今のデジタルワールドには世界を見守る神が居なくなってしまった。 新たな神を迎える方法としてイグドラシルが死ぬ前に後継機となる神を創るプログラムを残したが襲撃者をどうにかしなければ同じことの繰り返しとなる。 神を喪ったデジタルワールドは管理者となる神の不在が続けば少しずつ綻んでいき、やがては跡形もなく消滅してしまうということを教えてくれた。 神の命を奪った襲撃者の目的は現段階でも明らかになっていないがそれでもロクなことではないと吐き捨てるように彼は言った。 そして、その襲撃者に対抗するには人間の協力が必要不可欠であったのだとオメガモンは言う。 「俺達の力…?」 「そうだ、君達にはデジブラッドという特別な力が宿っている。 それは人間だけが持つ力…テイマーとなってパートナーとなったデジモンに新たな力を与えてくれる…」 「デジブラッド…そんなの初めて聞いた…」 「──より詳しい話はもう少し長くなる、その前に此処から移動をしようか」 オメガモンがそう言うと彼の背後に魔法陣が現れた。 そして、魔法陣の向こう側から見慣れないデジモン達が姿を見せる。 「おう悪ぃな、オメガモン。遅くなっちまった」 「全くちゃんとしてくれガンクゥモンよ。 シスタモン達も悪かった、この子達を頼む」 「はい、オメガモン様!シエル、そっちはお願いね?」 「OKよノワール、こっちの子はアタシがおんぶするわね」 「ブ、ブランもがんばりますっ!しゅーいのけいかい、ですっ!」 それぞれ黒猫やネズミ、白兎といった動物を彷彿とさせるヴェールを被った少女達。 オメガモン達のやり取りから彼女達は人間ではなくシスタモンという種族のデジモンでガンクゥモンに同行しているのだと言う。 シエルと呼ばれたシスタモンは別行動をしていたのだが非常事態であったことでガンクゥモンの要請を受けて駆け付けてくれたらしい。 ノワールが優烏をシエルが莉子をそれぞれ背負うとオメガモンに促され転移魔法陣を使って移動を始める。 転移魔法陣を潜り抜けると其処には水晶のような透明な結晶で出来た宮殿のような美しい建造物があった。 神聖で厳かな空気が漂う空間だが雅斗がふと視線を向けると宮殿の奥の端の方の一角に多くの瓦礫が集められ小さな物はその近くに散乱していることに気付いた。 (此処ってさっきオメガモンが言ってた神様の城だったのか─?) 謎の襲撃者によって殺されてしまったデジタルワールドの神イグドラシル。 イグドラシルの死がこの世界と息づくデジモン達に危機を齎しかけているのだとオメガモンは言っていた。 『イグドラシルはデジタルワールドを支える最も重要な柱…彼の御方とはじまりの街、この二つが揃ってこそデジタルワールドは成り立つ。 今はその柱の片方が喪われ、世界はとても不安定な状態になってしまった…同じ過ちを繰り返す訳にはいかない…。 イグドラシルの後継となる神がヤツの手に掛かることなど無いように…もう二度とヤツに神を殺させたりしない。 もう二度と、絶対に──私はそう誓ったのだ…騎士の誇りに賭けて必ず護り抜くと…』 何処か痛みを堪えた表情で語るオメガモンを見て雅斗はオメガモンがイグドラシルのことを心から慕っていたのだと感じ取った。 だからこそイグドラシルから託された最後の希望を彼は全力で護ろうとしているのだ。 イグドラシルが心から愛したデジタルワールドとデジモン達を護る為にも──。 宮殿に着いて程なくしてから優烏と莉子の二人も目を覚ました。 目覚めたばかりの二人が落ち着くまでゆっくりとしていて欲しいとオメガモンに言われ、案内された客間で四人は各々がソファに座ったり窓から見える景色を眺めている。 それから少しすると控えめなノックがしてティーセットを持ったシスタモン達がやってきた。 「ごめんねぇ?休んでたところを。まともな物は用意出来なかったんだけどサ、アンタ達みんなお腹空いてるでしょ?」 「オメガモンさまからみなさんにさしいれですー!あまーいおやつですの!」 「緑茶がいい時は私に言ってね、因みに緑茶はガンクゥモン師匠からのよ」 「えー!良いんですか!?」 「嬉しいです…!緊張しっぱなしで実は喉がカラカラで…」 オメガモン達からの温かい心遣いに優烏と莉子は目を輝かせる。 慣れない異世界で言い出し難い状況ではあったのだがお腹がペコペコで喉も渇いていたのだ。 シスタモン達が用意してくれたお茶やお菓子を食べながら漸く一息つくことが出来た四人。 これを食べ終えればいよいよオメガモン達からより詳しい話を聞くことになるだろう。 彼の言っていたデジブラッドとはテイマーとは何なのか。 その詳細を知る時べきは刻一刻と迫っていた。 休息を終えた四人はシスタモン達の案内で宮殿の廊下を歩いていた。 向かっているのは元々ロイヤルナイツがイグドラシルと会う為に作られた謁見の間だという。 ロイヤルナイツ達は今その謁見の間を仮の拠点とし、襲撃者がデジタルワールドの各地で多くのデジモン達を巻き込みながら引き起こしている暴動を鎮圧しているらしい。 「長いこと歩かせちゃって悪いねェ、此処が謁見の間だよ」 シエルはそう言って目の前の大きな扉を指差した。 紋章のようなレリーフが装飾として幾つも施された純白の扉。 ブランとノワールが扉を開くと其処にはオメガモンとガンクゥモン以外にもロイヤルナイツだろうデジモン達が居た。 「──オメガモン、彼らがそうなのか?」 「ああ、そうだクレニアムモン。彼らがデジブラッドに目覚めている人間の子供達だ」 「──想定より幼いな…」 「言うな、重々承知している──」 重苦しい空気が漂う中、騎士達の間からひょこひょこと動く影が見える。 ソレは四人の姿を捉えると一目散に駆け出し突撃してきた。 『『『『やっと来たーー!!待ってたんだよ(んだぜ)!!!』』』』 「うわっ!な、なんだぁ!」 「き、君達は──?」 「わぁ、ちっちゃい!可愛い!」 「この子達って成長期のデジモン達じゃない…! オメガモン、どうして…?」 雅斗の所には赤いベルトを付けたアグモン、透弥の所にはガオモン。 そして、優烏の所にはパタモンと莉子の元にはフローラモン。 それぞれ四体の成長期デジモン達が一斉に飛びついてきたのである。 嬉しそうに満面の笑顔を浮かべて一様に待っていたと話した。 『───待ちたまえ君達。全く…まだ自己紹介も済んでいないんだぞ?』 ひょいひょいと慣れた手付きでアグモン達を回収する騎士。 ピンク色の鎧と細身の姿が印象的なデジモンだ。 そしてアグモン達を抱えたまま、雅斗達の方へ向き直る。 「あ…っ!えっと、貴方は…?」 「私はロードナイトモンだ、お嬢さん。この子達を連れて来たのは私だよ」 「わーん!ずーるーいー!ボク達もみんなと話したいー!」 「オレ達が選ばれたってロードナイトモン言ってたじゃんかー!」 「パタモン!アグモンまで!うぅ…ロードナイトモン様、すみません…でも彼らに会えたのが嬉しくて…」 「つい先走っちゃったのー!ワザとじゃないよぉ!」 ロードナイトモンとアグモン達のやり取りに雅斗達はつい吹き出してしまった。 ありふれていて何処か微笑ましい光景。 襲撃者が現れなければずっと続いていたであろうデジタルワールドの平穏さを表しているかのようだ。 ロードナイトモンがアグモン達を再び床へ降ろすとアグモン達は我先にと雅斗達に駆け寄ってきた。 「なぁ、なぁ!オレ!オレ、アグモン!よろしくな、テイマー!」 「──はぁ?」 「僕はガオモンと言います、貴方のパートナーデジモンです」 「パ、パートナー…?」 「ボク、パタモン!えへへ、ずーっと会いたかったんだよ!」 「わ、私に──?」 「あたし、フローラモン~!やっと会えたね、嬉しいね!」 「テイマーって、一体…?」 「──我々デジモンと力を合わせることが出来る人間をこの世界では古くからテイマーと呼んでいる」 莉子がそう言うとオメガモンが一歩踏み出して静かな声で言った。 四人と彼らの側で嬉しそうにはしゃぐアグモン達を交互に見つめる。 「我々デジモンはデジゲノムと言うもので構成された生物だ、人間に例えると遺伝子だな。 電脳核(デジコア)はこのデジゲノムで構成されデジタマを経て我々デジモンは生まれる」 「デジ、ゲノム…」 「そして、そのデジゲノムは君達人間のみが持つデジブラッドと共鳴することでより強靭(つよ)くなっていく。 それを繰り返していくと従来の同じ個体よりも能力値が遥かに高くなるというケースが確認されているのだ」 「僕達の中にそんな力が…?」 「ああ…、デジブラッドはデジタルワールドには存在しない人間界由来のものだからな…。 君達の力を借りることが出来ればヤツを、神を殺したあのデジモンを倒せるかもしれないんだ…」 そう口にするオメガモンの身体は微かに震えていた。 まだ神への襲撃事件が起きて日が浅い。 襲撃者に対する怒りが込み上げてくる時があるのだろうと思った。 「分かったぜオメガモン、俺はアンタに協力する」 「僕もだ、そんな事情を抱えているのなら放ってはおけない!」 「あたしもよ!可愛いこの子達が生きてる世界の危機なんでしょ!?」 「わ、私…私…っ!弱いし、どんくさいけど…私も気持ちはリコ達と一緒です…!」 「君達──。ありがとう、本当にありがとう…」 オメガモンがそう言うと四人の目の前にキラキラと光り輝くモノが現れた。 恐る恐る雅斗達が光に手を伸ばすとソレは静かに彼らの手の中に収まった。 自分達がよく使っているスマートフォンによく似た機械のようだ。 「今君達が手にした物はデジヴァイスという。テイマーの証だ」 「へぇー、なーんかスマホに似てんなぁ~」 「…アプリによく似た物が幾つか入っているみたいだ」 「ホントね、デジタルワールドの地図みたいなのもあるじゃない!これは便利だわ…」 「あれ?充電器を差し込む所が無いね…。代わりの差込口は何を使うんだろう…?」 それぞれがデジヴァイスを手にどんなものかと触っている。 オレンジ、青、ピンク、白。 手にした四人をそれぞれ象徴するようなカラーになっているデジヴァイスだ。 デジヴァイスを手にして興味津々と触ったりしている雅斗達に獅子のような騎士が歩み寄ってきた。 「デジヴァイスを使うのならコレも使うといい、受け取ってくれ」 「んぁ?何だこりゃ…?」 彼から四人に渡されたのは数種類のメモリーカードのような物だった。 それぞれに[攻][守][速][進化]などといった日本語が書かれた物や何も記されていない物もある。 「メモリーカード、なのか…?」 「私はロイヤルナイツのドゥフトモンという者だ、テイマーとデジヴァイスについて研究もしていてね…。 その研究の過程で得たもので開発したDメモリというアイテムだよ、そいつを使うとアグモン達を進化させたり戦いの最中にサポートが出来るようになる」 「えっ、サポート!?うわぁ、それってスッゴく便利かも!」 「じゃ、じゃあ…!このDメモリを使えば一緒にこの子達と戦えるようになるんですね…!」 「うん、分かりやすくいうとそうなる。 何も書かれてないDメモリはパートナー以外の協力してくれるデジモンの技を一枚につき一つまで記録出来るようにしてある。 デジモンの技は多種多様、パートナー達が本来扱えない技をまさかというタイミングで使って敵の意表を突くのに丁度いい」 獅子のような騎士はドゥフトモンと名乗り、デジヴァイスとテイマーについて研究していると話した。 四人に手渡して来たアイテムについてドゥフトモンはとても丁寧に解説してくれる。 Dメモリという物はテイマーにとってもパートナーデジモンを状況に応じて的確にサポート出来る優れたアイテムということだ。 「まあ進化メモリに関しては今の段階では成熟期くらいまでしか進化させられないかな…」 「えっ、そ…そんな…!成熟期以降にはなれないなんて──!」 「何ちゃんと理由はあるよ、子供達。まずは落ち着いて私の話を聞いてくれるかい? まだ君達はテイマーとパートナーになりたてだ、つまりは初心者だ半人前と言ってもいい。 未熟な君達に成熟期以降の完全体究極体クラスの強大な力を扱えるとでも? そんな無茶はまだ君達にはさせられない、君達のパートナー達もそれだけの力の負荷に肉体が耐えられるようになっていないんだからね」 「──うっ、ご…ごめんなさい…」 「謝る必要はないよ?君達はデジタルワールドが置かれたこの現状を憂いでそう言ってるのは分かっているとも。 寧ろ子供の君達に其処までさせている我々にも問題がある、だから謝らないでおくれ。 今はお互いにデジブラッドとデジゲノムを共鳴させて一歩ずつ強くなっていって欲しいな」 「ドゥフトモン……」 「いいかい、子供達。襲撃者は本当に手強い敵だ、ロイヤルナイツですらヤツを今まで見たことが無くどんな能力を持つか未知数の相手…。 今の君達が挑める相手ではない、焦らなくていいんだ…焦りは一番良くないよ」 ポンポンとドゥフトモンが優烏の頭を撫でた。 焦らずに一歩ずつ育ってゆけと子供達を激励する。 デジタルワールドを護る為にオメガモンに喚ばれた四人の人間の子供達。 この後、子供達は聖域《サンクチュエール》を旅立ちデジタルワールドを巡ることになる。 聖域を旅立って数週間。 雅斗達は辺境近くのエリアにある村に休息の為に立ち寄っていた。 「こ、これは…!」 「争ってる…?どうして…!」 植物系のデジモン達が所謂汚物系と呼ばれるデジモン達といがみ合っている。 どうやら汚物系デジモン達を植物系のデジモン達が村から追い出そうとしているらしい。 「今日という今日こそはこの村から出て行けー!」 「そうだそうだ!此処は植物を愛するボクらの村だ!」 「そ、そんな…っ!此処を追い出されたらオイラ達行く所が─!」 殺気立つ植物系デジモン達は汚物系デジモン達に鋭い眼光を向ける。 雅斗達はそれを見て慌てて駆け寄って行った。 「お前らー!喧嘩はやめろっ!」 「争っちゃダメ!落ち着いて!」 「──な、何だよオマエ達!」 「に、人間だ!デジタルワールドに人間が居る!」 乱入して来た雅斗達に植物系デジモン・トゲモン達は驚きの声を上げた。 彼らは人間など見たことが無い。 殺気立っていた視線が徐々に困惑の色になっていく。 「お前ら!なんでデジモン同士で喧嘩してんだよ!」 「に、人間に何が分かるんだよ!アイツら、汚いんだ!汚物系なんだぞ!」 「だからって無理やり追い出すのは酷いよ…!」 「に、人間…っ」 汚物系のデジモン・スカモン達は自分達を庇う雅斗達の姿に目を見開く。 今まで同じ汚物系のデジモン以外から庇われた経験が殆ど無いのでどうしたらいいのか分からないでいた。 「ボクらが育ててる花が上手く育たないのもソイツらの所為だ! 葉っぱも黄色くて斑点だらけになるし!色もおかしくなって!」 「葉っぱが…?おい、君達!ちょっとそれを確認させて貰おうか!?」 「えっ?な、なんだ?!こら!勝手に村に入るなよっ!」 透弥はトゲモンが制止するのも聞かずに村の中へと入っていく。 雅斗達も慌てて透弥に続いた。 ズカズカと村の中へ入っていった透弥はトゲモン達が管理している畑を見つけ出し彼らの話していた花を確認する。 確かに花の葉には幾つもの黄色い斑点が浮かび上がっていた。 心なしか花自体も色が褪せていて全体的に元気がないようにも見える。 「トウヤ!どうだ!原因分かったか!?」 「ああ、これは間違いなくあのスカモン達が原因じゃない! コレは土壌事態に問題がある!」 「はぁ…っ!?アイツらが原因じゃないのかよ!」 「そうだ!彼らは何も悪くない!」 「そ、そんな…!じゃあ、ボク達が彼らにしたことは…!」 「──残念だけど、冤罪で無実の彼らを責めていたんだよ…」 駆け寄ってきた雅斗に透弥はそう答える。 それを聞いたトゲモンが愕然とした様子で呟くと透弥は冷静に事実を告げる。 トゲモン達がスカモン達にしていたことは無実の相手を冤罪で糾弾していたのだと。 原因がスカモン達でないのなら何故畑の花達はこんな状態になったのか──。 冤罪をかけていたこともだが原因がスカモン達ではなかったことでやり場のない感情を持て余しているようだ。 「ボク達…なんてことを…っ、そんな…そんな…!」 「トゲモン…」 「彼らの所為だって思ってた…だって彼らが来てから花達がおかしくなって…」 「いいや、それはきっと恐らく偶然だよ。元々この場所の土壌はもう限界だった。 長年、手入れをしていなかったのもあるけれど…」 「て、いれ…?」 「君達は一度でもこの畑の土の手入れをしたかい? ただ種を植えて育てるだけを繰り返していればそれだけでも土壌から養分は失われて何も育たなくなる…」 透弥の言葉にトゲモン達は何も言えなくなってしまう。 指摘された通りだった、手入れなんていうものはずっとしたことがない。 ただ種を植えれば花は美しく育っていたのだから。 土壌というもののことを考えたことさえもトゲモン達にはなかった。 「ねぇ、トゲモン達。此処は貴方達にとって大切な畑なんでしょう?」 「そ、そうだよ!大昔から受け継いで来た大事な場所だよ!」 「なら此処の土壌の養分を一度きちんと回復させましょうよ? スカモン達の力を借りればきっと養分の問題は解決出来る筈だわ」 「─── へっ?」 莉子から突然名前を挙げられたスカモンは困惑の表情を浮かべる。 自分達が土壌の問題を解決?そんなこと出来る訳がない。 少なくともこの時のスカモン達はそう思っていた。 「あのね、聞いて!私達、人間の世界には堆肥っていうものがあるの! 堆肥は土に足りない栄養を、養分を補うことが出来る物なんだよ…! それは家畜──つまり生き物の排泄物とかを発酵させたりして作ることが出来るの! だからスカモン達にはこの堆肥を作ることが出来る筈だよっ!」 「た、堆肥って…ボク達昔見た人間界のデータにしか存在しないものだよ? そんなのをスカモン達がどうやって作るっていうのさ!」 「堆肥の作り方は僕達が知っているさ! それをこのデジタルワールドで再現するよ、君達の前でね!みんなっ!」 「ええ、学校でやった一週間の農業研修で学んだアレね!」 「掘っても良さそうな所を掘って穴作ろうぜ!おい、穴掘っていい場所教えろよ!」 「あとは必要な材料を集めましょう?あのね、落ち葉や貝殻はあるかな?」 今の自分達が出来る最善をこの世界の為に尽くす。 それが聖域から旅立った時に雅斗達四人が決めたことだ。 デジタルワールドで暮らすデジモン達の為に今の自分達がやれることで貢献しようと。 まだ襲撃者と戦える力が無い今はそういった小さなことを積み重ねていくしか術を持たないのだから。 スカモン達は困惑を隠しきれなかった、明らかにこの人間達はやる気に満ちている。 それもただ偶然出会っただけの自分達の為にだ。 善意で村の外れに住むことを許され、住んでいるトゲモン達が育てている植物に異変が起きると余所者だった自分達は真っ先に疑われた。 悲しくなかった訳ではない。 ただ諦めた方が楽だっただけだ。 繰り返される理不尽に慣れて感覚が麻痺していた。 それに異を唱えて彼らは行動を起こしてくれている──。 今まで一度も向けられたことのない温かな感情に傷付いていた心が少しずつ癒えていくようだった。 「なぁ、なぁ…人間さんよ…。オイラ達…本当に役に立てるのか…っ! 今までずっと役立たずで何処へ行っても最後は必ず出て行けって言われるだけのオイラ達に──」 「ああ!寧ろこの中では君達が一番適任だよ!」 透弥はそう言ってフッと表情を綻ばせた。 それを見てスカモン達の目から大粒の涙が一気に溢れ出た。 役立たずだと嫌われ続けてきたこれまでが報われていくような思いだった。 「此処がシェルモン達が住んでる海岸、だね…!」 雅斗達は二手に別れて堆肥作りを開始した。 トゲモン達の村には雅斗と透弥が残り、堆肥を作る為の穴を掘る作業をしている。 一方の優烏達は堆肥作りに必要な材料の一つである貝殻の入手を目指してシェルモン達の住む海岸に来ていた。 きめ細かな砂が特徴的な美しい海岸線が目の前に広がっている。 「わぁ~!綺麗な砂浜ー!」 「きれーだねぇ!塩水が苦手だからあたしはちょっと入れないけど…砂遊びはしたいなぁ!」 「はいはい、でも今日は砂遊びが目的じゃないからちょっと我慢してねフローラモン」 「はぁ~い!」 元気のいい返事をするフローラモンに莉子はクスクスと笑みを零す。 シェルモン達を探して海岸沿いを歩いているともぞもぞと動く影を見つけた。 「居たよ!この砂浜に住んでるシェルモン達だよ」 村から道案内役として同行してくれているパルモンが指差す先にはヤドカリのように貝殻を背負った大きなデジモン達が居た。 「シェルモン…っ!シェルモンー!」 「んぁ?おお、パルモンかぁ!珍しいなぁ!」 比較的近くに居たシェルモンにパルモンが声をかける。 パルモンの声に気付いたシェルモンがのっすのっすとゆっくり振り返った。 「シェルモン!あのね、お願いがあるんだよ…!ちょっといいー?」 「おうおう!なんだぁ?言ってみろ!」 「あのね、実はあたし達の村で ──」 パルモンはシェルモン達にこれまでの経緯を説明する。 痩せてしまった村の畑を元に戻す為に堆肥が必要であることとその堆肥を作る為に貝殻を探しているということを。 「貝殻?んぁ、じゃあ…俺達の古い殻でいいならやるかぁ?」 「はぇっ?!い、いいの…!?本当に…?」 「ああ、いいぞぉ。俺達な、身体が成長するとよ今背負ってるのがどうしてもちっこくなっちまってな。 それでよ、自分達で新しい貝殻作って成長する度に作り直した方に引っ越すんだ。 今までなら背負ってた貝殻は粉々に砕いて海に流してたんだが役に立つんなら幾らでも持ってけよぉ!」 「あ、ありがとう!シェルモン!とても助かるわ!」 シェルモン達から快く貝殻を譲り受けて優烏達は意気揚々と村へと戻っていく。 村に戻ると畑から少し離れた所に大きな穴が掘られていた。 其処へ雅斗達がスカモン達と一緒に落ち葉を穴の中へ運び込んでいる。 「マサト!トウヤ!」 「ユエ、リコ!どうだった!?」 「シェルモン達のおかげで貝殻が沢山手に入ったよ! これなら石灰を作れる筈だよ!」 「そうか、ありがとう二人とも!じゃあ、早速石灰を用意しよう…! スカモン達は技を穴に向かって放ってくれ!」 「わ、分かったぜ…!」 透弥はスカモン達に指示を飛ばす。 そして優烏達が持ち帰った貝殻をガオモンに砕いていくように言った。 「ガオモン、この貝殻を手頃な大きさまで砕いてくれ!」 「了解です!トウヤ!」 ガオモンはパンパンと音を立てて両手のグローブを合わせると貝殻に向けて何度もパンチを繰り返す。 それを何度か繰り返すと貝殻には罅か入ってきた。 「うぉぉぉっ!砕けろーーっ!みんな、あとは任せた!」 「よーし集めるね~!フローラモン!」 「オッケイ!任せてっ!」 「おーっ!ばっち来ーい!ベビーバーナーっ!!」 ガオモンが最後に放ったパンチで砕けた貝殻をパタモンとフローラモンが一カ所に集めアグモンがベビーバーナーで燃やしていく。 やがてシェルモン達から提供された貝殻はアグモンの炎で全て石灰になった。 「よし!みんな、この石灰をさっきの穴に運ぶんだ!」 「「「おーーーっ!!」」」 村のデジモン達も総出になって穴へ石灰を運び込む。 既に穴の中に入れてある落ち葉やスカモン達を技で出した排泄物に先ほどの石灰を協力しながら木の棒を使って全体が馴染むように少しずつかき混ぜていった。 「あとは定期的に水をかけて全体をかき混ぜてながら半年ほど置けば堆肥は完成だ…!」 「ええ!?そんなぁ、堆肥ってすぐには出来ないの?」 「ああ、それぞれの材料が混ざり合って発酵するにはそれぐらいの時間が必要なんだ…」 「そんなぁ…」 『──待ちたまえ、其処はぼく達も協力するよ』 粗方混ぜ終えるとふぅと一息つきながら透弥は言った。 堆肥がすぐに完成しないと知ってショックを受けるパルモンに申し訳なさそうに告げる。 すると背後から自分達ではない声がして透弥とパルモンが振り返った。 其処には自分達とは違う目的の旅の途中でこの村に逗留していたウィザーモンとソーサリモンが居た。 魔法がデジタルワールドより高度に発展するウィッチェルニー出身である彼らは魔法が得意だ。 ウィザーモン達は堆肥を作っている穴の前へ行くと杖を振るって魔法を発動させた。 「「時よ、進め!」」 二体がそう言うと穴の周囲だけが早送りしているような状態になった。 こんもりとしていた中身の体積があっと言う間に萎んで半分ほどになっていく。 二体の魔法で全体をかき混ぜたり水もタイミングに合わせて加えられていくようで色合いも発酵が進んで段々と濃い茶色になっていった。 「──よし!この穴の中身だけ半年ほど時を進めた、堆肥は完成した筈だよ」 「ほ、本当に?ウィザーモンとソーサリモンすごーい!」 「あとは完成した堆肥を試してみて欲しい。効果ばかりはぼく達にも分からないから…」 ウィザーモンがそう言うと村のララモンが小さな鉢植えを手にやってきた。 鉢植えから見える植物は雅斗達にも馴染み深い葉の形をしている。 「あれ?これってもしかして──」 「人間界のデータをサルベージしてて見つけたの!イチゴっていうんでしょう??」 ララモンはえへへと笑いながら人間界の植物に憧れていたのだと明かしてくれた。 それで偶然見つけたイチゴのデータを見たララモンは一度で良いから食べてみたいとずっと憧れていたようなのだ。 「よし、じゃあこのイチゴで堆肥の出来を試してみよう」 「うんっ!イチゴ、イチゴ!」 ララモンは嬉しそうな声で堆肥を混ぜた土の入った鉢にイチゴの苗を植え替える。 適量の水をかけると再びウィザーモン達がイチゴの周りに魔法をかけていく。 すると、イチゴの苗はみるみるうちに大きく育っていき幼年期達ほどの大きさはありそうなイチゴが実ってきた。 瑞々しい赤色のイチゴが幾つも実り、苗を持って来たララモンの表情がキラキラと輝き出す。 「出来たぞ!これは──凄いな!堆肥という物に此処までの効果があるとは…!」 ソーサリモンは目を見開いて感嘆の声をあげた。 スカモン達の個性と能力を最大限に活かして作られた堆肥は価値のある物として今証明された。 大きく立派に実ったこのイチゴが何よりも証拠だ。 「い、いただきます…っ!」 ララモンは実ったイチゴを一つ採り、恐る恐る口に運ぶ。 最初の一口は小さかったがそれでも零れんばかりにジューシーな果汁が溢れ出しララモンの口いっぱいに甘酸っぱさが広がった。 「お、美味しい~~!みんな!凄い、凄いの!堆肥凄いよ! とっても甘くて美味しく育ってるよ!」 ララモンが美味しそうにイチゴを頬張る姿を見て村のデジモン達は完成した堆肥の価値を知る。 そしてそれは追い出そうとしたスカモン達が示した価値でもある。 「スカモン達…、本当にごめんよ!酷いこと言ったり追い出そうとしたりして…っ! 本当に、最低なことをしてしまった…!」 「あ、あの…!オ、オイラ達は──?」 「うん…、君達が嫌でなければ…此処に居て欲しいな…。 でもこれまでのボク達からの仕打ちを考えれば難しい、よね…。本当にごめん…」 深々と頭を下げて謝罪するトゲモン。 勘違いしていたとは言え、冤罪でスカモン達を傷付けたのは事実だ。 謝って許されるほど簡単なものではないとトゲモンにも分かっている。 だからこそ、トゲモンはスカモン達に無理強いをするようなことはしなかった。 スカモン達が望むのなら知り合いの居る村へ案内しても良い、勿論彼らが作ったこの堆肥の価値を伝えた上でだ。 彼らが素晴らしい物を生み出せると伝われば受け入れてくれる村だってある筈だ。 それだけの価値がこの堆肥にはある。 勿論、作り方を教えてくれた人間の子供達への感謝も忘れてはならない。 子供達のおかげで村の大切な畑が蘇ったのだから。 「オ、オイラ達…!住み慣れた此処が良い…っ!今まで通り隅っこで構わねぇから!」 「──っ、やだな…そんなこと出来る筈無いじゃないか…。 この村を救ってくれたのに、さ…」 「トゲモン…っ」 「ボクの家、畑の近くにあるんだよ…。畑の隣、空き家が幾つかあるんだ…良かったら君達は其処に──」 ポロポロ、ポロポロと向かい合うお互いの両目からは涙が零れ落ちている。 それ以上はもうお互い言葉にはならなかった。 心にある思いを言葉にするのは難しい、それは人間もデジモンも変わらなかった。 『本当にありがと~!頑張れ~っ!』 『何時でも村に来て良いからね~!!』 あれから二日後。 村のデジモン達から感謝のもてなしを受けた雅斗達はこの村から辺境へ向かって出発することにした。 村の入口には見送りに来たトゲモンやスカモン達の姿がある。 出発前に彼らが教えてくれたことだが完成した堆肥を村の産業にしたいという話が出たらしい。 まだまだ堆肥も改良が必要なので産業として実現するのは最低でも数年は先になるということだがそれでも彼らが協力し合って生活出来るようになっていくのは喜ばしいことだ。 「ホント良かったよな…アイツら…」 「ああ、お互いの個性を活かして共生していくのはとても素晴らしいことだよ…」 「元の世界に戻ったらあたし達にも出来ることやっていきたいわね差別や偏見が無くなるように…。 あの子達に出来たんだもん、あたし達にだってきっと出来るわよ」 「うん…、一人だけじゃ難しいけれど…みんなで協力し合えばきっと出来るよね…!」 差別や偏見のない世界。 お互いを尊重し、お互いの個性を認め合って世界がより豊かになるように力を合わせる。 それは亡きイグドラシルが世界の在り方の理想としてずっと掲げていたものだ。 デジタルワールド全体にそれが浸透して行ったらゆくゆくはダークエリアにも広めて行きたいとずっと願い続けていたのである。 取り零されるモノが一つでも多く無くなるように、と──。 図らずも雅斗達はイグドラシルの描いた夢の一歩を手助けした形になる。 村を後にする雅斗達の胸は温かいモノでいっぱいに満たされているのだった。 四人とパートナーデジモン達の進む旅路の果て。 その最終目的地であるデジタルワールドの辺境に待つ最恐の敵・襲撃者。 熾烈な戦いになることだけは雅斗達もアグモン達も覚悟している。 まだ究極体という高みには至れていないがそれでも、もう事態を見過ごすことは雅斗達には出来なかった。 デジタルワールドで懸命に生きるデジモン達の温もりを彼らは知ってしまったから。 この時、雅斗達は気付いていなかった。 喚ばれて導かれたこの旅の最後がどのような結末になるのか。 今はまだ彼らは知らない──。 デジタルワールドの辺境は最早地獄と化していた。 他のエリアで出会ったどのデジモン達とも違う異質な者達が既に戦えなくなっているデジモンを更に痛めつけて嬲るという光景が彼方此方で起こっている。 不気味な嗤い声や悲鳴がひっきりなしに聞こえてきた。 「~~っ!!なん、だよコレっ!」 「なんて酷いことを…っ!あたし、許せない!」 「──うっ、」 「ユエっ!大丈夫か、顔色が悪い…」 「…だいじょぶ…ごめんね、トウヤ…」 透弥に支えられながらふらつく身体を懸命に奮い立たせる優烏。 地獄絵図としか言いようの無い光景に涙が溢れた。 辺境だって元々は平和だった筈。 その平和を壊し残虐な行為を繰り返す者達に嫌悪感しかない。 「奴らはきっとオメガモンが言っていた襲撃者の仲間だ」 「おう、こんなマネしやがんのは性根の腐ったヤツらしか居ねぇ!ぶっ飛ばしてやるぜ」 「みんな!行きましょう!託された想いを此処で果たすのよ!」 「うんっ!みんなで力を合わせて…っ!!」 雅斗達はお互いを見つめ合うと表情を引き締めて頷き合う。 そして、ポケットからデジヴァイスを取り出した。 「「「「Dメモリ:超進化!発動っ!!」」」」 雅斗達はDメモリをデジヴァイスの中へ挿入する。 そして、デジヴァイスから眩い光が放たれアグモン達四体の身体を包み込む。 『アグモン、進化──』『ライズグレイモン』 『ガオモン、進化──』『マッハガオガモン』 『フローラモン、進化──』『リリモン』 『パタモン、進化──』『ホーリーエンジェモン』 光の中から現れた四体の完全体デジモン。 頼もしく成長した雅斗達のパートナーの姿だった。 デジブラッドとデジゲノムの共鳴。 人間とデジモンの絆とも言えるその力は彼らに新たな可能性を与えてくれる。 降り注がんと迫り来る災厄を打ち砕く為に必要な力を──。 「うぉぉぉっ!トライデントリボルバーッ!!」「いっけぇえええええ!ライズグレイモン!」 「ハウリングキャノン!!」「マッハガオガモン、其処だーっ!」 「フラウカノンーッ!」「リリモン、お願いっ!」 「ヘブンズゲートッ!」「負けないで!ホーリーエンジェモンっ!」 それぞれが技を放ちながら戦場に飛び込んでいく。 あの日、オメガモンに協力したいと申し出たことを四人は微塵も後悔していなかった。 寧ろ断っていた方が罪悪感で後悔したに違いないと今は思う。 残虐な行為を繰り返す謎のデジモン達を蹴散らしていく。 この世界とデジモン達を護る為に雅斗達は力を合わせて戦い続ける。 「ケラケラケラ、ケラケラ♪」 「~~っ、嗤うなーッ!絶対許さないんだから!」 嘲笑うようにヒラリヒラリと攻撃を躱す敵。 優烏とホーリーエンジェモンは何とか激昂しないように必死に堪えた。 唇をギリッとキツく噛み締め、手も爪が食い込むほど握り締める。 周囲を見渡せば雅斗達も似たような状況だった。 敵の暴挙に憤りを隠しきれなかった。 すると、 『──オヤァ?クスクス、遂ニ来タノデスネェ?』 「「「「───っ!?」」」」 その時、今まで聞いたこともないような声がした。 全てを嘲り笑うような声色。 警戒態勢のまま雅斗達が振り返れば其処には不気味な緑の双眸が怪しい光を放っているデジモンが居た。 禍々しさを放つ大きな爪のある手に上半身とは不釣り合いな細さの下肢。 此方を見据えるそのデジモンの表情は愉悦に浸り、狂気に満ちて歪んでいる。 それは旅立つ前にオメガモンから聞いていたイグドラシルへの襲撃者と全ての特徴が一致する。 「──っ!テ、テメェがあの襲撃者…っ!!」 「この世界の神様を殺したデジモン…!」 「アハハッ、イイ!イイデスネェ、ソノ目ツキ!壊シ甲斐ガアルト言ウモノデスヨォ」 「んなっ!何処まで僕達をバカにすれば!」 「コイツ…!許せない!!此処まで人を食ったような態度もだけど本当に腹が立つわ!」 襲撃者の態度に雅斗達は怒りを露わにする。 だが怒りを見せる雅斗達を見て襲撃者は益々歪んだ笑みを浮かべた。 「フフ、フフフ!ワタクシハディアボロモント申シマス。 サァサァ、子供達?無意味ナ旅ハ此処デ終ワリデスヨォ…?」 「っ、テメェ!俺達を侮辱しやがって…!ナメんなよ!」 「マサト!オレ達、準備は出来てるぜ!」 「此奴を倒してデジタルワールドを救いましょう!トウヤ!」 「ああ…!絶対に負けない…!ディアボロモンは僕達が必ず倒すんだ!!」 雅斗達はお互いに頷き合って全員でディアボロモンに戦いを挑む。 この世界をディアボロモンの脅威から救う為に。 聖域から辺境へ旅立ってから四人はデジタルワールドの様々な物を自分達の目で見て来た。 そして、感じ取った。 住む世界や姿形は違えどもデジモン達と自分達人間は同じなのだ。 他者を思いやり慈しむ、愛情深い心を彼らもまた持っている。 けれど、それでも──。 相対するこのディアボロモンとだけは決して相容れない存在であると雅斗達は確信している。 欲望のままに自分以外の存在を踏みにじり、そして苦しむ姿を見て嘲笑う。 野放しにしていてはいけない。 そう強く心の中で思った。 「おぉぉぉっ!ウィニングナックル!!」 「いくぜ!ソリッドストライク!」 「アハハハッ!遅イ、遅イデスヨォ?」 ライズグレイモンとマッハガオガモンの怒涛の連携攻撃を幼子をあやすようにディアボロモンは躱してみせる。 躱し切った瞬間を狙い、ホーリーエンジェモンとリリモンが迫る。 「エクスキャリバーッ!」 「食らいなさい!フラウカノン~ッ!!」 聖剣による斬撃とエネルギー弾が目前に迫るがディアボロモンの表情は遭遇(であ)った時から変わっていない。 ニヤニヤと不気味な笑みを湛えたままだったのである。 『ページファルト』 ディアボロモンがぐるりと身体を丸めたかと思った瞬間、猛烈な勢いで回転しながらホーリーエンジェモン達の方へと突進して来た。 フラウカノンのエネルギー弾が着弾してもその勢いは止まらない。 聖剣の刃が背中側の突起にぶつかるが元々のパワーと突進力で上回るディアボロモンに押され、リリモンを巻き込みながら弾き飛ばされてしまう。 「──がはっ!」「きゃああああっ!」 「ホーリーエンジェモンっ!」「いやぁぁっ!リリモン、リリモンっ!!」 優烏と莉子は痛めつけられるパートナーの姿に悲鳴を上げた。 立ち上がろうとするホーリーエンジェモン達にトドメを刺そうと迫るディアボロモンの前にライズグレイモンとマッハガオガモンが立ちはだかる。 「俺達を忘れんじゃねぇっ!勝負だ!!」 「まだ、まだだ…!決して諦めたりするものか!」 「ああ、マサト…!オレ達の全力を──!」 「今此処で全てぶつけましょう、トウヤ!」 「──オヤオヤァ?クスクス、物分カリノ悪イ子ハ嫌ワレチャイマスヨォ?」 雅斗達の姿を見てディアボロモンはクスクスと嗤う。 爛々と不気味に緑の双眸を輝かせたかと思えば、恐るべき速度でライズグレイモン達の間合いを取った。 「んなっ?!」 「イイデスカァ?勝負トハ同等ノ力ノ相手トスルモノデスヨ? コノヨウニ力ノ差ガ有リ過ギル場合ハ勝負トハ言ワナイノデェス…!」 ディアボロモンは巨大な手でライズグレイモンの肩をガッシリと掴んだ。 掴まれたライズグレイモンは逃れようとするが相手の押さえつける力が強過ぎて身動きが取れない。 ディアボロモンの胸部が発射口のような形に変わる。 胸部に煌々と光が集まり、フラウカノンのエネルギー弾とは比べ物にならないサイズのエネルギー弾が至近距離から放たれる。 『カタストロフィーカノン』 「ぐわぁぁぁぁっ!」 「ライズグレイモン!!」 破壊エネルギー弾を諸に受けたライズグレイモンはそのまま力無く落下していく。 ライズグレイモンを受け止めようとするマッハガオガモンの前に今度はディアボロモンが立ちはだかった。 「アハハ、今度ハワタクシノ番デス。サァ、同ジヨウニシテアゲマショウネ…ッ!!」 「──っ!?しま…っ!」 『ケーブルクラッシャー』 伸ばされたディアボロモンの腕がマッハガオガモンを容赦なく切り裂く。 切り裂かれたマッハガオガモンもボロボロの状態で地面に落下した。 「そん、な…ライズグレイモン…?」 「なんて…なんて強さなんだ…、マッハガオガモン…っ」 ディアボロモンの攻撃でライズグレイモン達の受けたダメージは大きい。 全員がもう限界だった。 「サァサァ、人間ノ子供達?今度コソコノ無意味ナ旅ハ此処デ終ワリデス…。 大丈夫デスヨォ?全員仲良ク始末シテアゲマショウネ」 「くそ、ちくしょう…っ!こんな、こんなヤツなんかに…!!」 「私達…負ける為に此処まで来たんじゃないのに…っ! 負けたくない…!負けたくないよ…っ」 ディアボロモンの禍々しく鋭い爪が雅斗と優烏に迫る。 人間の子供では躱すことなど不可能だった。 透弥と莉子は目の前の惨劇から目を背ける。 雅斗達が殺される姿など目にすることも嫌だった。 時間にしてほんの数十秒ほどだろうか。 ディアボロモンの攻撃がどちらかに当たっていてもおかしくはない。 しかし、何時まで経っても悲鳴も聞こえなければ血の臭いもしなかった。 恐る恐る透弥と莉子は目を開けて雅斗達の方へ視線を向ける。 すると其処には予想もしていなかった光景が広がっていた──。 「一体何ノツモリデスカ…!ロイヤルナイツゥ!!」 「──ぐは…っ!嗚呼…、コレは…本当にキツいね…。 こんなのを我が主が喰らっていたとはね…本当にナイツとして僕も不甲斐なさで憤死しそうだよ…ッ!」 「あ、ああ…ああああっ!」 「アルフォースブイドラモン!!」 雅斗達とディアボロモンの間に割って入り、迫る凶爪から二人を庇ったのはアルフォースブイドラモンであった。 禍々しい爪は彼の胸元から背中側まで串刺し状態にしている。 しかし、ディアボロモンがどんなに腕を動かしてもアルフォースブイドラモンの身体から爪は抜けなかった。 アルフォースブイドラモンはがっしりと相手の腕を掴み、命懸けでディアボロモンを押さえつけていたのである。 「クッ!離セェ!」 「──よく…よく頑張ったね、子供達。 その上で僕は君達に問おう、ヤツの強さを間近で見てどうだった…?」 暴れるディアボロモンを制したままアルフォースブイドラモンは言う。 その表情(かお)は騎士としての威厳に満ちていた。 「私達…負けちゃった…、でも…このまま負けなんて…嫌、嫌だよ…!諦めたくないっ!」 「オメガモンが僕達を選んでくれたことを間違いになんかしたくない、したくないんだ…っ!」 「このままで終わりたくないわ…!みんなで力を合わせて此処まで辿り着いたんだもん…!」 「アイツの思い通りになんてさせて堪るかよ…! どんなに辛くても苦しくても、弱くて現実に打ちのめされたとしても…!」 「「「「今此処で諦めたら本当の意味でディアボロモンに負ける、そんなのは絶対に嫌だっ!!」」」」 心までディアボロモンに屈するのは、心まで負けてしまうのは嫌だった。 せめて心でだけはディアボロモンに勝ちたい。 あんな非道な行いをする相手にこの世界を好きにされるのはもう嫌だ。 その想いが四人の折れかけた闘志に再び炎を灯す。 四人の強い想いに呼応するようにデジヴァイスが眩い光を放ち始めた。 (ほんのひと月ほどの旅だったのに…本当に見違えたよ…。オメガモン、この子達は間違いなくこの世界の希望そのものだ──) 霞む視界の向こうに力強い輝きを放つ四つの光が見える。 暗闇に飲まれかけたこのデジタルワールドを照らす希望の光。 「──そうだよ、希望は目には見えないけれど何時だって頑張っている者の一番近くにある。 そう、希望は君達の心の中に在る…君達自身が僕達の、いいやデジタルワールドで生きる全てのデジモンの希望だよ…」 アルフォースブイドラモンはそう言って満足げに微笑む。 テイマーとして完全に覚醒した四人の様子をしっかりと見届けてアルフォースブイドラモンは命を落とした。 ディアボロモンは理解出来なかった。 まただ、またこの感覚だ。 イグドラシルを殺した時もそうだった。 あの神の矜持を最後まで自分は穢せなかった。 詰っても辱めても最期までイグドラシルは折れなかった。 あの時見たモノと同じ輝きを心に宿す四人が真っ直ぐに自分を見ている。 曇りのない澄んだ瞳で自分を見つめてきている。 嗚呼、なんて─── 「嗚呼、嗚呼!!不愉快デスネェ、本当ニ!アノ神モ、オ前達モ!!」 「──はっ!それはこっちのセリフだぁっ!!」 「アルフォースブイドラモンが、命を懸けて作ってくれたこの機会(チャンス)を…絶対に無駄にしたりなんかしないよ!」 「ディアボロモン…!今度こそあたし達が倒してみせるんだから…っ!」 「僕達全員の心の中に灯る希望の炎は、お前如きに決して消せはしない!!」 「生意気ナ…ッ!デハ、オ望ミ通リニ消シ去ッテアゲマショウ!!」 ディアボロモンは恐ろしい形相になって雅斗達に迫る。 迫り来るディアボロモンを見ても雅斗達に恐怖は無い、何処までも心は凪いでいる。 雅斗は優烏と、透弥は莉子とそれぞれが手を繋いだ。 手のひらを通して伝わる掛け替えのないお互いの温もりが更なる勇気を与えてくれる。 その勇気が遥かな高みへと至らせる力を生むのだ。 究極をも超える遥かな高みへと──。 「ライズグレイモン!」「ホーリーエンジェモン!」 「マッハガオガモン!」「リリモン!」 四人が自分のパートナーを呼ぶ。 呼ばれたライズグレイモン達は自分のテイマーの側に静かに寄り添った。 《ディアボロモンとの戦いに、勝利という名の決着を──》 勝利を願う"誰か"の声が聞こえた気がした。 雅斗達はデジヴァイスを頭上に掲げる。 放たれる光は更に力強く、輝きを増していく。 それまでで一番強い輝きが雅斗達の身体を包み込んだ。 『『『『マトリックス、エボリューション!!』』』』 「グガァッ!?ナ、ナンデスカ…!コノ、忌々シイ光ハ!!」 強烈な光に阻まれてディアボロモンは呻き声を上げた。 この光は知っている、この輝きの意味を知っている。 これは祈りであり希望だ、闇を祓う希望の光。 四人の子供達とそのパートナーデジモンに出会ったデジモン達全員が彼らの勝利を疑うことなく信じている。 彼らがデジタルワールドを危機から救うのだと確信している。 「巫山戯ルナァアアアアアアア!!クソガキ共ガァ、少シ手加減ヲスレバ調子ニ乗ッテ!!」 ディアボロモンの全てを見下す口調が崩れた。 ずっと余裕ぶっていた態度のディアボロモンがこれまでに蓄積し限界を超えた不快感で我を見失っている。 幼子のようにひたすら暴れ回っては手当たり次第に周囲を破壊していく。 暴れるだけ暴れ回った後、フッと息をついたその刹那。 『──決着(ケリ)、つけようぜ?ディアボロモンよぉ…』 「───ナ、ニ……?」 ディアボロモンがゆっくりと振り返る、ザワザワと胸騒ぎがした。 この光の向こうには自分にとって都合の悪いモノが居る。 そう確信したディアボロモンは光に向かってカタストロフィーカノンをこれでもかと連射した。 周囲に爆煙が立ち込めるとディアボロモンは己の勝利を確信する。 ニタリと不気味な笑みを浮かべ、あの子供達とパートナーデジモン達は跡形もなく消し飛んだと思った。 だが、爆煙が晴れても光は何事もなかったように其処に存在している。 ディアボロモンの双眸が驚愕に見開かれた。 そして、 《究極進化》 『シャイングレイモン:バーストモード』 『セラフィモン:セイヴァーモード』 『ミラージュガオガモン:バーストモード』 『ロゼモン:バーストモード』 光の中から更なる進化を遂げた子供達のパートナー達が現れた。 究極体であることに間違いは無いが彼らの進化はただの究極体ではなかったのだ。 現代のデジタルワールドでは既に神話や伝承の中でしか語られることのない力。 究極体を超える奇跡の力、神話ではソレをバーストモードと呼ぶ。 「コ、レハ…!何故ダ、アリ得ナイ!ソンナ筈ハナイノデス! 神話ノ中ノ力ダト!?巫山戯ルナァ!!」 「いいや、巫山戯てなんかない。巫山戯ているのはお前の方だ」 「そうだ、私達はデジタルワールドのみんなから希望を託されて此処に来たんだ」 「テイマーの力を、想いを…今までで一番強く近くに感じる」 「そうよ、これがテイマーと想いを重ねる究極の進化…マトリックスエボリューション。 ディアボロモン、アナタ如きには永遠に理解することの出来ない強さよ…っ!」 それぞれのパートナーと一体化し、共に戦えるようになった雅斗達。 今まで以上に強く絆が結ばれたように感じる。 『あったかい…セラフィモンの想いと、力が…流れ込んでくる…』 『アルフォースブイドラモン…見ててくれ、俺達の戦いを──』 『ディアボロモン…これが正真正銘、最後の戦いだ…っ!!』 『あたし達は決して負けないわ!一人じゃない、みんなが居る!!』 「クソガキ共ガァッ!!消エロォ!!!」 忌々しそうな声でディアボロモンは叫ぶ。 そして、ぐぐっと身体を震わせるとディアボロモンは全く同じ姿で分裂(コピー)した。 一気に100体以上にその数を増やし、ディアボロモンはニタリと不気味に笑う。 「アハハハッ!ワタクシ一体ニ手間取ッテイル皆サンニハ絶望ガピッタリデェス♪ サァ!泣キ叫ベ!失意ニ塗レテ死ヌガイイ!!」 ディアボロモンはシャイングレイモン達を取り囲んだ上で全方位からカタストロフィーカノンを雨のように放つ。 降り注ぐ破壊のエネルギー弾がシャイングレイモン達に炸裂する。 土色の爆煙が周囲に広がった。 「サァテ、漸ク片付キ『誰が片付いた、だと?』 勝利を確信した瞬間、背後から届く声にディアボロモンは戦慄した。 怒気を滲ませ凄まじい圧力でディアボロモンへと迫るのはシャイングレイモン。 唖然とするディアボロモンに向かって強烈な回し蹴りを喰らわせる。 「グガァッ!?」 シャイングレイモンの強烈な回し蹴りを諸に喰らったディアボロモンはそのままゴロゴロと転がっていく。 その間に傍らからはミラージュガオガモンとロゼモンが飛び出し、それぞれが技を放った。 「フルムーンメテオインパクト!」 「ティファレト!!」 究極体を上回る力で放たれた攻撃で分裂体のディアボロモンを次々と消滅させていく。 セラフィモンは空中を舞い、ミラージュガオガモン達の攻撃から逃れた分裂体に攻撃を加える。 「メギドエクレール!」 天空を覆い尽くす雷雨から数多の稲妻が降り注ぐ。 それはディアボロモン達が放ったカタストロフィーカノンの威力を遥かに凌駕していた。 「バ、バカナ…!ソンナ筈ハナイ!アレハワタクシノ能力ヲ完全ニ模倣(コピー)シタモノ! コンナ簡単ニヤラレルナド!!」 100体以上に分裂していたディアボロモンはセラフィモン達によって一掃された。 残っているのはただ一体。 全ての元凶であるオリジナルのディアボロモンだけだ。 「幾ら数を増やそうが無駄だ」 「そう、お前にもう次などは無い!」 「終わりだ、覚悟しろディアボロモン…ッ!」 「デジモン達が受けた痛みを、今度はそっちが味わいなさい!」 シャイングレイモン達はこの惨劇を終わらせる為に有りっ丈の力を込めて必殺技を同時に放った。 「ファイナルシャイニングバーストッ!!」 「ファイナルミラージュバースト!」 「アギシャンレーヴル」 「ジャッジメントシュトラール!」 放たれた攻撃は一つに重なり、回避不能な一撃に変わった。 シャイングレイモン達の中で雅斗達も声の限りに叫ぶ。 『いっけぇえええええ!!』 『届けぇええええええ!!』 『私達は!!』 『絶対に負けない!!』 ディアボロモンにシャイングレイモン達の合体技が炸裂した。 凄まじい熱量と圧倒的な威力にディアボロモンの肉体にはビキビキと亀裂が入っていく。 角はへし折られ、頭部には一際大きなヒビが浮かぶ。 「ガッ、ガァァァァァッ!オ、ノレェ!オノレオノレオノレェエエエエエエ!! 忌々シイ人間ノクソガキ共メェエエエエエエエ!!!」 断末魔の叫び声を上げ、ディアボロモンは爆散した。 跡形もなくディアボロモンは消え去り、辺りには静寂が戻った──。 「──勝った、のか…俺達…」 究極進化が解除され、元に戻った雅斗達。 ディアボロモンが居た場所を茫然とした表情で見つめる。 凄まじい強さだった、間違いなく強敵だったディアボロモン。 そのディアボロモンを全員で力を合わせて打ち砕いたのだ。 「~~っ、アルフォースブイドラモン…っ」 「──ユエ…」 優烏は自分達を庇って命を落としたアルフォースブイドラモンのことを想い、ポロポロと涙を流す。 彼が時間を稼ぎ、究極進化へ至る為の助言を残してくれていなければこの結果にはならなかっただろう。 勝利の為に支払った代償はあまりにも大きかった。 その事実は雅斗達の心に暗い影を落とす。 すると、 『無事か!子供達っ!!』『辺境の戦況が動いたってぇ!?』 「──っ!オメガモン…っ!」 「ガンクゥモン…っ、ぐすっ」 上空に転移魔法陣が現れ、その中からオメガモンとガンクゥモンが降り立ってきた。 雅斗達の無事を確認し、ホッと息をつくが何処か様子のおかしい彼らにオメガモンは首を傾げた。 「君達への援軍にアルフォースブイドラモンが辺境向かったんだ、彼は何処に…?」 「~~っ!うぅ…っ、わぁぁんっ!」 「ごめん…、オメガモン…。アルフォースブイドラモンは…」 「彼…彼は…僕達の為に…」 「あたし達が…もっと早く究極進化の力を得られていたらっ!」 「───そうか、彼が……」 悲嘆に暮れる雅斗達の様子を見てオメガモンはアルフォースブイドラモンが彼らを護って戦死したことを察した。 落ち込む雅斗達を黙って見ていたガンクゥモンはどすどすと歩み寄ると四人の背中をバシバシと叩いていく。 「い"っ!?」 「きゃっ!」 「ぐはっ」 「いったーい!もう、いきなり何するのよ!」 「お前らァ!!ウジウジ辛気くせぇ面してんじゃねぇっ!!」 四人の文句よりも大きな声でガンクゥモンは言う。 大声に驚いて固まる雅斗達を余所にガンクゥモンは続ける。 「良いか、お前ら!彼奴はな、アルフォースブイドラモンは誉れの高いロイヤルナイツの一員だ! 常に騎士としての誇りを胸にロイヤルナイツの名に恥じない行動を続けてんだよ! そんな彼奴がお前らを護って死んだ、だから何だ! それはアルフォースブイドラモンが己の騎士としての誇りに従ったまでのこと! それをこのままウジウジメソメソしやがるんってんなら、それは彼奴の誇りへの冒涜以外の何モンでもねぇ! 同胞の誇りをこれ以上無碍に扱うってんなら儂が許さんぞ!!」 「「「「───ッ!!」」」」 ガンクゥモンの厳しい言葉に四人の目に浮かんでいた涙が止まる。 グッと強く唇を噛み締めて雅斗達は俯いた。 まだ14歳の子供である彼らに対して厳しすぎるのではと感じたオメガモンは仲裁しようと言葉を口にしかけるが──。 「だがなァ、お前らの悲しい気持ちもよぉーく儂には分かる。 ありがとよ…アルフォースブイドラモンの死を心から悼んでくれてな…。 命懸けで護ったお前らがヤツを──ディアボロモンを倒してくれたんだ…今頃彼奴も安心してるぜ」 そう言ってガンクゥモンはガシガシと一人ずつ雅斗達の頭を撫でた。 止まっていた涙がジワジワと両目から溢れ出す。 「──あ、ああ…っ!」 「儂とオメガモンがちゃーんと聖域に連れ帰ってやるからよ、今は泣きたいだけ泣いとけ。 悲しい時に泣くのは子供(ガキ)の仕事だ、わっはっはっ!」 「お前さっきは泣くなって言ってただろう…、なんて理不尽な…」 言うことが若干支離滅裂なガンクゥモンにオメガモンは冷静に突っ込む。 ガンクゥモンの言葉に涙腺が緩んだ四人がワァワァと泣きじゃくる姿を見て彼らの心に深い傷を残すよりはと考え、手分けをして全員を抱き上げる。 そして、先ほど自分達が通ってきた転移魔法陣へ向かい辺境から一気に聖域へと飛んだ。 「──漸く落ち着いたようだねぇ?ん、偉い偉い」 「辺境での報告はオメガモン様達から聞いたわ、あなた達本当によく頑張ったわよ」 「ブラン、みなさんをそんけーします!ほんとうにおつかれさまでしたっ!」 疲労も蓄積している筈だから報告は後にして今は身体を休めるようにと客間に通された雅斗達。 其処にはシスタモン達が待機していてシエルとノワールが四人をぎゅうっと抱き締めてくれた。 ガンクゥモンから辺境での戦いの結末を聞いたのだろう。 それでも多くを口にせず、いっぱいいっぱいの四人の心にそっと寄り添ってくれるシスタモン達には感謝しきれない。 シエルとノワールの包み込むような優しさもブランの無邪気な明るさもディアボロモンとの戦いで疲弊し、荒んでいた雅斗達の心を少しずつ癒やしてくれた。 「あのね、みんな。ボク、言わなきゃいけないことがあるの」 翌日。 朝食を食べ終えた後、突然パタモンは真剣な表情になってそう言った。 「パタモン…?ど、どうしたの…?」 「──ホントは出会った頃に言えれば良かったんだけど…、みんなと居るのが楽しくてなかなか言い出せなかったんだ…」 「何の、話だよ…?いつもの調子と違うじゃねーか」 「ボクがパートナーデジモンに選ばれた本当の理由。 コレが最後だからちゃんと話させて、みんな」 「パタモン…?」 パタモンの真剣な眼差しに優烏は一抹の不安を覚える。 そして、パタモンの口から語られた理由を聞いて四人とアグモン達は絶句するのだった。 初めてデジタルワールドに来た時に通された謁見の間。 あの時とは違う想いで雅斗達は扉を開けた。 室内にはオメガモンやガンクゥモン、クレニアムモンなどと言ったロイヤルナイツのメンバーが揃っていた。 そして、中央部には人の腰ほどの高さの台座と台座の上にはキラキラと光る水晶玉が置かれている。 「辺境でのディアボロモンとの戦い、大儀であった子供達──」 「あ、あの…貴方は…?」 「私はスレイプモン、今回の戦いでは北部辺境の戦地を此方のデュークモンと共に担当していた騎士だ」 「お前達には本当に大変な役目を押し付けてしまったな…。 そして、心からの感謝を…。お前達のおかげでこのデジタルワールドには平和が戻るのだから…」 真紅の鎧が印象的な騎士スレイプモンと炎のような赤いマントを羽織った騎士デュークモンが前に出て来る。 それぞれが雅斗達に対してディアボロモンを倒したことへの感謝を口にする。 「今日、この謁見の間に集まって貰った理由については子供達も既にパタモンから聞いているな?」 「は、はい…。最初に聞いた時は驚いてしまってすぐには内容を飲み込めなくて…」 優烏は腕に抱いているパタモンをギュッと抱き締めた。 パタモンを抱き締める優烏の手は微かに震えている。 「──この子は我らの主・イグドラシルの後継機になりうる可能性を秘めた子だ。 パタモンには今日、イグドラシルの遺したプログラムと融合し新しい神になって貰う」 「──っ、はい…」 「ごめんね、ユエ…。でも、ボク…神様になっても絶対にユエのこと忘れないから…っ!」 「パタモン…っ!私も、あなたが私のパートナーで本当に良かったよ…」 「ボクもだよ、ユエ…。ボクのテイマーがユエで良かった、ユエに出会えてボクは凄く幸せだったよ」 お互いに最後の別れを伝えあう優烏とパタモン。 その様子を雅斗達は静かに見守っている。 莉子に至っては今にも泣きそうになっていた。 「ありがとう…、ユエ…」 「うん…、私こそありがとう…パタモンっ!」 優烏の元を離れてパタモンは台座の前に降り立った。 そして、台座の側に控えていたオメガモンに対してコクリと頷いてみせる。 「──是よりプログラムを起動する。 パタモンよ、あとは起動と同時に浮かび上がる高位プログラム言語に従うように」 「分かった、ありがとうオメガモン。お願い」 パタモンがそう言うとオメガモンの青い双眸がキラリと光った。 その瞬間、台座の上の水晶玉が眩い光を放ち始めた。 水晶玉から溢れる光は柱の形になって真っ直ぐに上へ立ち上っている。 周囲には文字のようにも見える模様が浮かび上がった。 「──っ!?」 「どうした、パタモン?プログラムは起動している、あとはお前が…『ボク…読めない…なんで、どうして…?』 「何っ!?」 パタモンの口から発せられた言葉に謁見の間に居た全員が驚愕した。 イグドラシルの後継機となる為に必要なプログラムと融合する為には神の言葉である高位プログラム言語を読めることが絶対条件だ。 その高位プログラム言語を読むことが出来ない。 それは神の後継機になる資格をパタモンが有していないと言うことを示している。 しかし、今のデジタルワールドにはパタモン以外に資質があるデジモンは居ない。 デジタルワールドに幾つか存在する勢力でもロイヤルナイツに匹敵する力を持つ者達は少ない。 その中でも《三大天使》と言う勢力はロイヤルナイツや七大魔王と並べられるほどだ。 その長であるセラフィモンから直接託されたデジタマから生まれたのがこのパタモンだ。 器としての強度に彼は一切問題がない筈にも関わらず、何故なのか──。 ロイヤルナイツも高位プログラム言語を読むことは出来るが後継機を生むこの特殊なプログラムに限り例外で後継機になる存在以外には決して読むことは出来ないのだ。 「どうして!なんで!?ボクは何の為に…っ!!」 『あ、あの…っ!』 嘆くパタモンの声が響く中におずおずと控えめな声がする。 この場の全員の視線が声の主・優烏に集まる。 「ユエ…?」 「あ、の…!ご、ごめんなさい…っ!私…私…、その光ってる文字読めるみたいなんです…」 「────は?」 「なん、だと──!?」 優烏の告白に一同が騒然とした。 当然である、デジモンではなく人間が──それもまだ14歳で大人の庇護下にあるべき少女が。 パタモンに至っては表情が無い、優烏の告白にどんな感情を抱いているのか全く読めないほど真っ白になっていた。 「ど、どうして読めちゃったのかはごめんなさい!分からないんです! でも…パタモンが凄く必死だから…その、私が読めればパタモンは…『違う、そうではない。そうではないのだ、少女よ…』 必死に弁明を繰り返す優烏に対して静かに首を横に振ってオメガモンは言う。 此処まで来れば嫌でも分かってしまう。 候補として選んでいたパタモンが選ばれなかった今──。 次代の神となるのは目の前に居るこの人間の少女なのだから。 『我と同じままではダメだ…、第二第三のヤツが現れても対処出来るようにしなければ──』 死の間際、プログラムを作るその最中にイグドラシルはそう言っていた。 それを間近で見ていたオメガモンはあの時のイグドラシルの言葉に込められた真の意味を理解する。 広い視点で見ればイグドラシルもまたデジタルワールドに由来する存在。 神と言う高位次元生命体とは言え、根本となる由来は自分達と変わらない。 同じままではダメだと言うことはデジタルワールド由来のモノでは後継機になり得ないと言うことだ。 つまりデジタルワールドに属しているデジモンであるパタモンは最初から後継機になり得なかったのである。 デジタルワールドに属していない人間の少女である優烏を除いて──。 オメガモンが少しばかり言いにくそうに口ごもりながらも優烏に事実を伝えようとすればスッとそれを制する手と影が見える。 いつの間にかオメガモンの前にはクレニアムモンが立っていた。 クレニアムモンはオメガモンを制していた手を下ろすと徐に優烏に近付いて来た。 そのまま優烏の目の前に立つとクレニアムモンは謁見の間の床に両膝をついて深々と頭を下げる。 人間界の日本に例えるなら土下座のような格好だ。 彼がどうして此処まで頭を下げるのか分からず優烏は混乱する。 「えっ!?ちょ、ちょっと待って下さい!クレニアムモン…!?何をして──!」 「人間の少女──いいや、星野優烏よ…残念だがパタモンは選ばれなかった側だった」 「止せ!もういい!此処からは私が話す!クレニアムモンっ!!」 オメガモンはクレニアムモンが自ら泥を被ろうとしていることに気付いた。 残ったロイヤルナイツの内、自分やガンクゥモンは彼らに対して共に行動した縁で少なからず情がある。 それを理解した上でクレニアムモンはオメガモンに代わってそれを伝えようとしているのだ。 これから向けられるであろう彼らの怒りの矛先を自分だけに集中させる為に。 自らが憎まれ役になる為にクレニアムモンは淡々と静かな声色で告げた。 『二つの世界の為に君が神になってくれないか。どうか世界の為に──死んでくれ、人間から新たな神になる為に』 「───え、?」 クレニアムモンの懇願に優烏は言葉を失う。 一字一句、クレニアムモンの言葉を優烏は反芻している。 言葉の意味を理解すると優烏の表情から血の気が引いて真っ青になっていく。 「ふ、巫山戯んな!ユエに死ねってどういう意味だよ!?」 「待ってくれ!神になるというのはつまり自分の命を代償にするってことなのか!?」 「ウ、ソ…!ウソよ、ウソウソ!クレニアムモン、お願いだから笑えない冗談はやめてっ!」 『冗談ではない、真実だ』 「「「───っ!!!」」」 クレニアムモンの冷静な声色に雅斗達は絶句した。 彼が嘘や冗談を積極的に口にするタイプではないことは雅斗達も知っている。 巫山戯るデュナスモンやガンクゥモンを相手に苦言を口にするくらいなのだから。 そんな彼が冗談や嘘であっても軽々しく死んでくれと口にする筈が無い。 彼は本気で世界の為に優烏に死んでくれと言ったのだ。 「──あ、ああ…わた、し…わたしは…」 「ユエ…!ダメ…ダメだっ!そんなの絶対認めないっ!ボクは君に、人間として幸せに…っ!!」 更に血の気が引いて真っ白になってしまった優烏。 ガクガクと震える身体を自分で抱き締める。 恐怖で震えが止まらない。 怖い、怖い、怖い。 クレニアムモンの死んでくれと言う言葉が堪らなく怖かった。 視界の端にジワリと涙が滲む。 「星野優烏…、本当に残酷なことを言っていることは分かっている。 だが、デジタルワールドが滅びれば人間界にも大きな影響が出るのは間違いない…」 「───っ!そん、な…」 「次元の壁によって隔てられているとは言え、人間界とデジタルワールドは隣り合っている。 この世界の崩壊による余波は人間界において各地で記録的な異常気象に自然災害が頻発すると言う形で齎されるだろうと言うのがドゥフトモンの見解だ」 「あ、あの…あの…わ、たし…」 「ユエっ!いい!そんな話聞くな!」 雅斗が必死に叫ぶがその声は優烏の耳には届かない。 優烏の脳裏に人間界に残っている大切な家族や学校で仲のいい友達の姿が浮かぶ。 デジタルワールドに来たのは本当に突然で無事だと伝える連絡も出来ていない。 家族も友達も居なくなった自分達をきっと心配している。 何か事件や事故に巻き込まれたりしていないか心配で不安に押し潰されそうな日々を過ごしているかもしれない。 (お父さん…お母さん…お兄ちゃん…みんな──、) そんな彼らもデジタルワールドの崩壊の余波に巻き込まれれば今以上に苦労をするのだ。 世界中で災害や異常気象の所為で物資が不足になるかもしれない、そうなれば物資を奪い合って争うようになる可能性もある。 そしてデジモン達はデジタルワールドの滅亡でみんな死んでしまう。 そう思うと優烏は自分だけが楽な方に行く訳にはいかないと震える身体に力を入れて懸命に前を見た。 クレニアムモンを真っ直ぐに見つめる。 「──お聞きしたいことがあります…」 「何かな…?」 「みん、なは──マサト達は無事に元の世界へ戻して貰えるんですか…?」 「──ああ、勿論だ。約束しよう、星野優烏。 彼らは我々ロイヤルナイツが責任を持って必ず無事に人間界へと送ろう」 「~~っ!!ダメだ!僕達と一緒に君も!」 「お願いユエ!やめてぇ!!」 透弥と莉子が叫ぶが優烏はただ痛みを堪えた笑みを浮かべるだけだ。 そんな優烏を雅斗は茫然自失の状態で見つめている。 「───クレニアムモン…」 (どうか、お願い私に──) 未だにその"覚悟"が持てない弱い私に──。 貴方がトドメを刺して欲しい。 情けも容赦も何もない残酷なその言葉の刃で。 『改めてもう一度言おう、星野優烏よ。 デジタルワールドと人間界、二つの世界を護るその為に──神となって死んでくれ』 「───はい…」 今にも泣き出しそうな表情(かお)になりながらも優烏は頷いた。 新たな神になることを受け入れた優烏に雅斗達は衝撃で茫然としていたがハッと正気に戻ると彼女に駆け寄ろうとした。 しかし、それを阻む三つの影。 「~~っ!!離してくれ、シエル!」 「ノワール、退いてくれないか!」 「お願いだから邪魔しないで、ブランっ!!」 シエルとノワールは雅斗と透弥を背後から羽交い締めするようにブランは正面から莉子に抱きついて必死に三人を止めている。 「アンタ達っ、止しな!あの子が必死に決めた覚悟を踏みにじる気かい!?」 「俺達はユエを失いたくないだけだっ!」 「それはあたし達だってそう!出来るなら四人全員無事に送り帰してあげたかった…っ!!」 「それなら、どうして止めるんだ!」 「──もう詰んでるんだよっ!!神を…イグドラシルを、ディアボロモンに殺されたその時に…っ! デジタルワールドの者達だけではもうどうすることも出来ない…打つ手が何も、無い──」 シエルの血を吐くような叫びに雅斗達の動きが止まる。 自分達を止めるシスタモン達をよく見れば彼女達は皆大粒の涙を流していた。 雅斗は震えながら優烏を見る。 優烏は振り返らず真っ直ぐに光の柱を見つめていた。 「ユエ…」 雅斗はもう一度、優烏の名前を呼ぶ。 その声に優烏はほんの少しだけ三人に視線を向けた。 彼らの懇願するような視線に優烏は困ったようにくしゃりと表情を歪ませた後、彼らに見えるように小さく手を降った。 "───さようなら、みんな" 声にならない別れの言葉を心の中で呟いた優烏は真っ直ぐに光の柱へ歩いていく。 "ちゃんと、告白したかったな…。マサト、大好きだったよ…" 振り向かずに歩き続ける優烏の瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。 そして、引き止める三人を残して優烏はたった一人で柱の中へと消えていった。 『~~っ、ダメだユエーっ!!』 「──!? 止せ、パタモン!お前があの光の中に入れば異物として分解されてしまうぞ!?」 止めようとするオメガモンを振り切ってパタモンも優烏を追って光の中へ入っていく。 謁見の間全体が柱から放たれる眩い光で満たされていく──。 真っ白な光で満たされる空間の中をパタモンは必死に探していた。 自分にとって一番大切な存在、大好きなテイマーの姿を。 (ユエ…ユエ…何処?何処に居るの…?) 光の中を進む度に少しずつパタモンの姿が変わっていく。 成長期から成熟期、其処から更に進めば完全体へ。 今居る場所からもっと奥を目指そうとすれば究極体の姿に変わった。 セラフィモンの姿で奥を目指して飛んでいると目の前に一際強い輝きを放ち続ける光の球体がある。 そして、その中からセラフィモンは微かだが確かに感じ取った。 優烏の気配がこの球体の中に在る──、そう確信するとセラフィモンは躊躇いなく手を伸ばした。 だが、 『ぐぅ…っ!!こ、れは──』 触れようと伸ばされたセラフィモンの手をレーザーのような光が容赦なく焼いた。 直前にオメガモンが言っていた異物を分解する防衛システムの類だろうとセラフィモンは考える。 この程度で優烏を諦める訳にはいかないとセラフィモンは全身に強烈な光線を浴びながら近付いていく。 近付けば近付いた分だけセラフィモンの身体を焼く光線の威力も熱さも上がっていった。 "ユ、エ…。だい、じょうぶだよ…わたしが…かな、らず…きみを───" 光に焼かれ分解されながらもセラフィモンは言う。 ボロボロになった手が球体に触れたその瞬間、セラフィモンの身体は光の粒子に変わった──。 『──自分よりも大切な者の為に、か…。強い想いだな…』 "だ、れ──?" 分解され実体を失ったセラフィモン──パタモンに不思議な声が届いた。 目を開くと言う感覚すら分からなくなり、パタモンは自分が目を開けているのか閉じているのかさえ分からない。 光の粒子状態のパタモンの前に漆黒の鎧を纏った騎士が姿を現した。 "あ、なたは…だれ…?" 『オレの名はアルファモン、ロイヤルナイツの抑止力とも呼ばれる騎士だ』 "抑止力の、騎士……" 『役割を終え、眠りについていたオレは──あの方の死による揺らぎで目覚めた。 だが、復活の為に必要な力が足りずにこうなるまで干渉することも出来ずにいた。 本当にすまなかった…』 パタモンの粒子がこれ以上崩れ落ちないようにそっと持ち上げるアルファモン。 そして、パタモンを見つめながらアルファモンは静かに言葉を紡いだ。 『己が消えるかもしれない中で大切なモノを優先した勇気あるお前に一つ、提案がある』 "てい、あん…?" 『…パタモン、お前が望む願いをオレには叶えてやることは出来ないが…神になる彼女の側に居られる方法はある』 "そん、な…!ユエは…ユエはこのまま神様になっちゃうの…!?" 『…既にプログラムは完全にあの少女と適合した。 人間としての彼女は死を迎え、イグドラシルと同じ高位次元生命体に昇華される。 あとは不要となる人間だった頃の記憶や一部の感情の消去が終われば新しい神が生まれる──』 アルファモンから明かされる事実にパタモンは絶句する。 優烏の中から記憶が消される。 話として聞かされるだけでもパタモンにはショックだった。 "ぜん、ぶ…全部消えちゃうの…!?そんなの…そんなのってないよ…っ!" 悲痛な声を上げるパタモンをアルファモンは静かに見つめている。 絶望するパタモンにアルファモンはこう告げた。 『──お前が忘れなければいいだろう、パタモン』 "え…っ?" 『パートナーのお前が彼女の代わりに忘れないでいればいい。 寧ろ、それがお前のすべきことだろう?』 "したいよっ!したい、けど…。 で、でも…ボクは…もう殆ど分解してて…" 『お前に覚悟があるのなら、元の次元に戻る術ならあるぞ?』 "──っ!ほん、とうに…?" アルファモンの言葉にパタモンは強く反応を示した。 この空間から元居た所へ戻れる方法があるのなら知りたい。 アルファモンが言うように優烏の代わりに自分が全てを覚えていればいいとパタモンは思えるようになった。 『パタモン、お前にはロイヤルナイツになる覚悟はあるか?』 "ロ、ロイヤルナイツ!?な、なんで……" 『神の側に控えることを許されているのは神に仕える我々ロイヤルナイツのみ。 それは覆ることはない絶対の決まりだ』 "でも、ボクは天使型にしか進化出来ないよ?ロイヤルナイツは聖騎士にしかなれないじゃないか…" パタモンがそう言うと真っ直ぐに自分を見つめるアルファモンと目が合った。 青と金の視線が交わる───。 『お前がロイヤルナイツになる方法はただ一つ、このオレ──アルファモンと融合することだ』 "んな…っ!?ゆ、融合だって…?" 『そうだ、お前は実体が無く…オレは復活に必要な力が足りない。 お互いに利害は一致している、そうそう悪い話ではないだろう?』 アルファモンからの驚きの提案にパタモンは驚きを隠せない。 融合を提案されるなどパタモンには想定外である。 『お前が彼女と過ごして得た経験も記憶も全て引き継がれる。 オレとお前でロイヤルナイツの新しいアルファモンとなり、神になったあの少女をずっと護り続けることがお前にとっても最善だろう?』 "ボク…ボクが…抑止力の騎士に…" 『お前の覚悟を、今此処でオレに示せ』 アルファモンはそう言ってパタモンを見る。 パタモンの答えはもうとっくに決まっていた──。 "なるよ、騎士に…。ボク、貴方と融合する…" 『──良い覚悟だ、共に今度こそ大切なものを護ろう…』 眩い光がアルファモンとパタモンを飲み込んだ。 パタモンが変化した光の粒子はアルファモンの身体に集まり、彼の中へ吸収されていった。 温かく柔らかな光が全身を包み込み、別々のデジモンだった彼らが新たな抑止力の騎士として再構築されていく。 全く新しいロイヤルナイツのアルファモンが今此処に誕生した──。 『ボクだけは絶対に忘れない、忘れちゃいけない。本当のキミが何処にでも居る普通の、優しい女の子だったって。 キミが全てを忘れてもボクは───"オレ"は覚えているから。 側に居るよ、ずっと側に。この世界の為に全てを犠牲にしてくれたキミを、独りになんかしたりしない』 一筋の涙を零しながら"アルファモン"は呟く。 彼の目の前にはあの光の球体。 花が咲くように目の前で徐々に綻んでいくのをアルファモンはジッと見つめている。 『───、』 長い銀色の髪と輝く光の羽を靡かせ、光の中から生まれ落ちた"彼女"にアルファモンは恭しく跪いた。 何処かぼんやりとしていた黄金の瞳が跪くアルファモンの姿を捉える。 『お迎えにあがりました、我が主よ』 『──貴方が、私(わたくし)の騎士…なのですね?』 『はい。オレはアルファモン、貴女を護る貴女の騎士です』 『まあ…、なんて頼もしい騎士なのでしょう…。私はまだまだ未熟な身…。 どうかよく指導をして下さいね…?私の騎士…アルファモン…』 『お任せ下さい、我が主───』 "新たなる女神《ホメオスタシス》よ──" この日、デジタルワールドにイグドラシルの遺志を継ぐ新たな女神が誕生した。 女神の名はホメオスタシス。 新しい女神の誕生に暗闇に覆われていたデジタルワールドに希望の光が灯る──。 溢れた光は雨となり、デジタルワールド全土を照らすように降り注いだ。 ホメオスタシスの管理の下、傷付いたデジタルワールドは復興への歩みを進めることになる。 デジモンクレイドル【喪われし神と女神の覚醒】 "嗚呼、本当ニ厄介デスネェ…人間ト言ウノハ…" デジタルワールドから遥か遠く離れた彼方にある次元の狭間の更に奥。 サッカーボール二つ分ほどの大きさのナニカがふわふわと漂っているのが見えた。 するとナニカからギョロリと不気味な緑色の双眸が現れる。 それはシャイングレイモン達四体の合体技を諸に受けて掻き消された筈のディアボロモンであった。 どうやらシャイングレイモン達の攻撃の余波で此処まで飛ばされてきたらしくディアボロモンの肉体は大半が消し飛んでおり角が折れた頭部しか残っていないようだ。 しかし、頭部だけの状態になってもなお生き延びているディアボロモンの生命力の強さには得体の知れない恐怖を感じる。 他のデジモン達と同じようにデジゲノムで構成された生物のディアボロモン。 このデジモンの得体の知れなさと悍ましさはデジタルワールドの歴史上決して忘れられることは無いだろう。 "嗚呼、人間…人間ノテイマー…コレホドノ力ヲデジモンニ与エルコトガ出来ルトハ…" ディアボロモンには分かっていた、想定をしていたのだ。 イグドラシルに庇われたロイヤルナイツの生き残りが人間界に干渉し、テイマーになり得る者をデジタルワールドへ呼び寄せることなど。 だが想定こそしていたものの、それによってデジモン側が得た力の恩恵が自分の予想を遥かに上回っていたことがディアボロモンにとっての想定外だったのだ。 "本当ニ…本当ニ…アト一歩ダッタンデスガネェ…。デジブラッド、デシタカ…アレヲドウニカシナクテハイケマセンネェ…" 緑の双眸を爛々と妖しく輝かせてディアボロモンは不気味に嗤った。 こうして敗れはしてもディアボロモンは己の野望を少しも諦めてはいなかったのである。 悲願の達成までほんの少し時間が伸びただけ、それがディアボロモンの認識だった。 秩序の崩壊が今ではなくなっただけ、世界を覆い尽くす災厄が降り注ぐタイミングが今ではないだけ。 この程度のことで自分達が立ち止まることなど絶対に有りはしないのだから。 "アハハハハッ、ドウカ束ノ間ノ平穏ヲジックリト楽シンデ下サイネ? ──次ハコノ程度デハ済ミマセンヨォ?" ホメオスタシスというイグドラシルの遺志を受け継ぐ新たな女神の誕生で希望に満たされるデジタルワールドを見つめながら狂気の笑みを浮かべるディアボロモン。 この戦いがほんの序章に過ぎなかったのだと言うことを今はまだ誰も知らない。 To Be Continued.
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水月 凪(みなづき なぎ)

その他