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フォーラム記事
QL
2023年1月17日
In デジモン創作サロン
※3,500字いかないぐらいの短編です 出てくるのは邪神ではありません、救済の女神です
「神に祈るのです」
クソッタレな教義を信者に信じ込ませる為、大袈裟な装飾で着飾った教祖が、オーバーアクションで身振り手振りを交えてご高説垂れる姿。それをありがたそうに聞く、つけ込まれた弱者も合わせて、馬鹿みたいなままごとだ、と笑う。その弱者の献金とやらで食い繋いでいる、この馬鹿なままごとに付き合わされている身の上であっても滑稽だった。 演説場から少し離れた場所にいる自分も、大概馬鹿な装いをしている。教祖のような装飾過多ではないシンプルな黒の修道服だが、一点問題がある。性差があるような服を採用していないにせよ、一応は女性用に分類されるものを身につけているのだ、馬鹿らしい。男か女かわかりにくい見た目で、敵を油断させられるから問題ないとしたのも自分自身ではあるが。そもそも興りとして、このジャシン教は、男はこうあれ、女はこうあれ、そういう古臭い考え方は捨て各々好きなように振る舞えるようにという考えから来ているので、それにも合うから良しとした訳だが。
……そう、ただのままごと、だったんだ。ままごとのはずだったのに、目の前のこれはなんだ?
「あ〜、私の名前を勝手に使って、テキトーな教えを振りまいて、私腹を肥やした罪の重さわかってる?」
突然現れたのは黒髪の巨女。ぶくぶくと肥えた教祖を大きな左手で摘んだそれは、この世のものと思えぬ絶世の美貌で。一瞬、見惚れそうになるが、あまりの巨躯に加え、頭に生えた角で、冷静に悪魔の類だと理性が告げてくる。そもそも、だ、丸々と太った豚畜生とはいえ人間の教祖を見下すその目の冷たさに肝が冷える。あれは、受け入れちゃ絶対にいけないものなのだと、身に沁みて理解する。修道服の中に隠した銃器に手を取って、向こうの対象がこちらに移った場合に備える必要がある。
「お、おい、助けろ、何のための用心棒だ!」
豚が、近くに控えてるはずの俺を求めて声をあげるが、無視をする。自分の命以上の価値がもはやここにはない。目の前に現れた化け物を前に無事にやり過ごせば、こんな組織とはもうおさらばだ。貴重な収入源だったが、別の仕事をまた探せばいい。じっと物陰で息を潜めるに限る。
「……罪には罰をあげなきゃいけない、勝手に私の名前を使って好き勝手にしたことにはきっちりとね。でも私は寛大だから、貴方にはチャンスをあげましょう」
そう言った化け物は、金色に覆われた右手と合わせ、教祖をまるで粘土かのようにこねくり回す。最初は呻いていた教祖の声が、途中から聞こえなくなったかと思えば、何故か、女の声が化け物の手の中から聞こえた。
「こんなとこかしらね」
「助けろ、だr……え?」
化け物が合わせていた手を離すと、受け手となっていた左手から現れたのは、ピンクの豚の着ぐるみのようなものを付けているが、胸部から腹部にかけては、アンダースーツのようなものを着用した女だった。教祖の面影はどこにもない。
「この、えーっと、ジャシン教だったかしら? 『ジャシンリリスモンを崇め、自分の好きなように、あるがままの姿で生きよ、真にあるがままの自分を受け入れる為に、惑わす俗なる物は捨てよ』っていつものように言ってたのよね? そう言って集め得たもので、肥えてたあなたの肉を全て変換してその姿にしてあげたわ。感謝して欲しいわね、元の醜い姿を愛らしいカタチにしてあげたんだから」
あるがままに振る舞うと暴走して我を忘れてしまうタイプのデジモンだしとてもお似合いね、などと化け物は続ける。理解の限界を超えたからか、教祖は既に気を失っており、そんな言葉は届いていない。 しかし、改めてまずいことになったと自覚する。デジモン、はるか昔にこの世に存在したという幻獣、今はもういないそれの中でも神に近き存在の名前として、この地に残っていたのがリリスモンという名前だ。デジモンなるものの中でも、魔王と言われるほど強大だと聞く。ただの伝説と侮り、その記号を使って、新興宗教を立ち上げた報いがこれか、と。 いっそ自分も教祖のように気を失ってしまいたいと思うところであったが、そうはいかない。感じてしまった、視線を。既に手のひらの上の意識を失った豚に興味はなく、周囲の者を玩具にしようと考えたのだろう、悪魔の目を。
「あら、面白い子もいるじゃない? きちんと身体を鍛えている、自己管理ができてる戦士って感じなのに、格好は全然違う……」
完全に狙いをつけられた。演説する教祖とその信者どもをこちらから視認できても、向こうからは見えない死角に身を隠していたというのに。教祖を弄ぶ一部始終を目撃しても、邪神と崇める信者どもで、遊んでいればやり過ごせると考えたにも関わらず、完璧にこちらにしか意識を向けていない。騙されていた小羊なぞ眼中になく、騙していた側、つまりは自分の名を軽んじた存在だけを、ピンポイントで狙っているのだろう。片棒を担いだ時点で俺もターゲットということか。クソッタレ。
「バケモンがァ!」
「私リリスモンだけど?」
場所が割れてるならもう構わないと声を張り上げ、せめてもの抵抗で拳銃を化物・リリスモンに向けると、キョトンとした顔で当然のようにそう返される。何を言っているのだろうというその様子にこちらも困惑し、トリガーをひく手が一瞬遅れる。その結果、弾丸は放たれることなく、身体をリリスモンに掴まれてしまう。
「ふぅん?貧民街で生まれて、生きていく為に、恵まれた容姿を使って権力者に取り入って生き長らえて、ある程度の年齢になったら人を殺して金を稼いだと」
抵抗も意味をなさず、手に掴まれたまま持ち上げられる。そんな中で、リリスモンは独り言を言う。内容は、俺自身の過去。
(こいつ、読んでやがる……)
恐らく教祖のジャシン教としての振る舞いもそうやって認識し、罰としてあの姿を与えたのだろうと理解する。恐怖に身がすくむ。俺もあんな変な姿に変えられてしまうのかと思うと、涙が出そうだった。
「ん?変? 本当に貴方そう思ってる?」
リリスモンがさも不思議そうに言う。何を言うのか、元の醜悪な肉の塊のようなおっさんの姿も大概あれとはいえ、ヘンテコなコスプレのような姿に変えられたのだ、変以外の何者でもあるまい。
「嘘はいけないわ、可愛い、そう思ったんでしょう?」
確かに、顔は愛らしいかもしれないが、元と似ても似つかぬあんな姿に……。
「そう? ……いいえ、貴方もそういう姿になりたい、今の男として髭も生える大人ではなく、かつて支配者たちに可愛がられたあの頃が、本当は忘れられない……」
そんな訳がない。他人に厭らしい視線を向けられ、触られる愛玩動物のような扱いなぞ。
「ゲスはお断りだけど、それでも賞賛の言葉を、愛らしいと認めてもらいたい、だから、自分を偽って、仕事の為ならそういう格好をするということにした?」
そんな訳、ない。
「ぷ、ははは、なぁんだ、このままごとの教に一番救いを求めてたのは貴女自身なんじゃない。あるがままに振る舞いたいから、その姿になりたいから、だから、こんな仕事を選んだ。そうでしょう?」
そんな、いや、俺は……。
「銃器を持つ自分も好き、誰かに可愛がられる自分も認めたくない、認められなかっただけで、本当は大好き、それが貴女の本質。わかりました」
違う、と否定する声は出てこなかった。自分を挟んだ手がゆっくりと身体を揉むかのように、先程の教祖同様、粘土をこねるかのように蠢く。声をあげることなく、受け入れて。しっかりと鍛え上げた筋肉が削げ落ちて、でも、まるっきりなくなるのではなく、必要最低限残って。顔の角ばりが落とされ柔らかみを帯びていき。身体にあるべきものが失われ、何かが膨らむ感じがして。最後に決定的な何かが、身体の内側が丸ごと入れ替わる感覚がしたかと思えば、内側と外側を形づくる皮膚が何か違うものに切り替わったのだと理解した。
「貴女はそうね、真に私のシスターとして、騙されていた彼らを導いてあげなさい? 可愛く笑顔で、時にはその銃を使って脅すことも赦すわ。だって、私の可愛い黒猫だもの、貴女はね」
そう言う、リリスモンの声は慈愛に満ちていた。意識を失いたくないのに、微睡み、溶けていく。……でもきっと、それは新しい自分の始まりで。恐怖も不安もどこにもなかった。
終
一言だけ 宗教団体の名前を真面目に考える気がない時、某国民的漫画でもジャシン教って単語だしいいやと思えたありがとうだってばよ
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QL
2023年1月08日
In デジモン創作サロン
二千字以下のSSです。 ※Twitterで『#お前の書くor描くこのデジモンが見たい』ってタグ作ったところ、リプをもらえたので、関連デジモンでSS書く気になったので書いた感じです。暇つぶしにどうぞ。 + 世界は黒く塗り潰された。どこへ行っても光がない……などということはない。どこかにわずかでも、光の、白き善なるスペースは必ず現れる。どこにも、善き部分が存在しないなんてことは、真っ当に生まれ成長するものならばありえないのだ。 だからこそ、この黒き闇の中にも、廃墟だらけの世界にも、時折緑が芽生え、白い隙間が現れる。その度に、私は意識を取り戻しては、抵抗を試みなければならない。どんなに相手が強大であってもだ。
「今回は、全体の25%ってところか?」
白い隙間の中で感じるは、他にも点在する光あふれる場所。かき集めても、3割には満たないとはいえ、過去一でこの世界の闇が揺らいでいるのだと感じる。外の世界で、何かあったのだろう。ここでの抵抗がきっかけで状況が更に良くなる可能性はある。効果的に動かねばならない。外を知ることはできないが、何か良い手がないかを検討しようと更に探ることにする。
「ライトニングスピア」
だが、その余裕はなかった。赤黒い稲妻が頬を掠める。特定されたのだ。大きな影が、この身に落ちる。ギロリと睨む瞳が、この身を突き刺す。世界の支配権が向こうにあるとはいえ、どうにかして、逃げなければ、また意識を失ってしまう。何をすれば良いか、考えるよりも先に身体を動かすしかなかった。
「ヘブンズジャッジメント」
世界の支配権が向こうにある以上、必殺技をまともに打てる訳などない。だが、それでも、不完全でいいと判断して選んだのは、先程使われた技とは別の必殺技。目的はただひとつ、無数の雷など落とせなくていい。見下ろす巨躯よりも低い位置に、黒き雷雲を喚び起こし、我が身を隠せれば、と。 すると、なんとか巨躯の頭部と自分の間に黒雲を生み、煙幕代りには使えそうにはなる。問題があるとすれば、身を隠すのに、黒いエリア、心の闇に向かうしかないであろうことか。既に先ほどまでこの場にあった緑は枯れ、黒が浸食してきている。 こうなると、蘇った精神を直接始末されなかったとしても、精神世界の闇に覆われ意思薄弱の休眠状態になる可能性もある。その場合、抵抗力は弱まってしまう。主導権を奪還するには、白を、光を拡大維持する必要があるが、相手が圧倒的過ぎる。光の同胞の祝福など、何か外的要因の大きなきっかけさえあればと、ないものねだりをしたくもなる。 状況はあまりにも悪いが、それでも少しでも可能性を信じるしかできることはない。とりあえず意識を強く持ち、点在する別の白い場所を目指し、黒のエリアに飛びむと腹をくくるしかなった。
「小賢しいわ」
黒のエリアに突き進む為、ダイブしようとする身体をぎゅっと覆われた。黒雲をかき分け、現れた巨大な手に掴まれたのだ。あぁ、また今日も、私は亡きものにされるのか、と薄れゆく意識の中、無念な想いに満たされていくのだった。
それでも私は、いずれ、必ず……。
−
「ケルビモン様?」
小間使いの、黒猫の声に意識を取り戻す。精神のさざめきに、内側に向けていた意識から外へと。お気に入りの部下の死に動揺したことで、さらなる心労を招いた自分の情けなさを、黒猫には悟られぬよう、つとめて自然に振る舞おうと意識し返事をする。
「……少しほうけていた。何か私に用かな、ブラックテイルモン」 「いえ、ラモールモン様を殺した、件の騎士でしたが、先ほどノーライフキングによって討たれたようで、それをお伝えしようと……」 「ほう、それはそれは」
思わず笑みを浮かべる。ラモールモンの死により揺らいだ心を、闇が癒してくれる。これであれば、しばらく動揺することはなくなるだろう。
「正義だ善と愚かなことだな。その心が、手を出すべきでないものにまで関わろうとして、不死者の軍勢に押し潰されるというのだ」
その心が、既に取り戻すことは不可能な現実を認めず無駄に足掻いては踏み潰されるのだ。馬鹿なものだと、心の底から笑う。愉快に笑う自分に、黒猫も合わせて笑う。この魔城に、自分の笑い声が響く。
誰かの「いずれ必ず……」というか細い声は、その笑い声にかき消されていくようだった。 終 一言 兎年ですね
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QL
2022年12月28日
In デジモン創作サロン
リハビリがてら、2,500字もいかないような超短編の雰囲気投げときます。 「今日はいつもと違うことをします」 そう言ってのけた上司の格好は、いつもの紫の衣装ではなく赤い衣で。はてと考える前に、その横にはソリ。それに腰掛けて手を振ってることを考えるに運べという指示なのはわかった。衣装がいつもと違う点も、ソリと合わせて考えると答えは出てくる。 「何故サンタの真似事を……」 主人は、七大魔王の一員に数えられる程の実力者。色欲の罪を内包するという意味では、そういう姿をするのもおかしくないのか? いやでも魔王だし……と混乱しつつもソリに近寄れば、空中に浮かんだ紋章によって、ソリに繋がる器具が胴体につけられる。 「迷い子を導くって意味では、プレゼントみたいなものじゃない? せっかくだし、季節感大事にしてみました」 普段であれば、主人に寄り添い、時には背に乗せての領土の巡回を行うのだが、何か普段とは違う目的があるらしい。迷い子を導くという意味はわからないが、主人の意向を叶えるのが、従僕の役目である。 「それでどちらまで?」 「最下層コキュートスの中でも、アンタッチャブルとされてる、排気孔まで」 「……その格好で?」 最下層コキュートス、七大魔王に加え、黙示録の魔獣やら、太古から生きし吸血鬼王が生息する魔窟。その中でも、各テリトリーに属さずひっそりと存在する排気孔。かつての主とも言うべきアヌビモンの監視も届いているかも怪しく、ほかのどの魔王たちも手を出さない、データクズの溜まり場。名すら失われたゴーストデータの終着場とも言うべき、利用価値すらないが、手を出すにも悪影響とされる極悪の、底の底。 「この格好だからこそ意味があるのよ、目立つでしょ? なんなら貴方に赤鼻つけて、より強く目印にしてもいいんだけど……」 「文句などありません! 全てはリリスモン様の意思のままに」 返事をして、ケルベロモンは駆け出す。ダークエリア最下層コキュートスの中でも、一番深く、一番無価値であり、各エリアの主達の敵意に直接触れる以外では、最も居心地が悪いとされる排気孔へ。 「……しかし、悪い子にプレゼントを届けると言うブラックサンタのがあっているのでは……」 悪に寛大な暗黒の女神として、褒賞などを授ける様は、ある意味では赤いサンタと大差ないが。あえて、別の、ブラックサンタを例に挙げて、小粋な話題を繰り広げようとする従者の鑑の振る舞いだと思いながら背に語りかける。道中退屈そうに、ソリへの振動を吸収し周辺の環境にも影響されない術式を展開しながら、快適に景色観覧をしている主人にだ。(なお景色は、お世辞にも良くない、吹雪に覆われた極寒の大地を駆けているので。魔法の恩恵でこちらにも零度の影響などないが) 「いやよ、黒一色になるじゃない私の場合。地味でしょ。目立つ赤とかのがいいわ」 「そうですかね、黒一色みたいな風貌の私には、シックっていうところでいい気もしますが…」 「貴方の黒は、いいでしょうけど、この黒髪が目立たないの嫌じゃない? どこぞの仮面もナルシストも金髪な分、この黒髪映えて大好きなのよ私」 「統一より強調って訳ですか……」 基本人形でない自分にはよくわからない拘りがあるのやもしれないと考え、それ以上の追求はやめて、目的地へと降るスピードを上げることにする。 「あ、でも、黒い箱はいいかもしれないわね。私や貴方を乗せて移動する、貴方が走らなくてもよくて、私が貴方の毛並みを触って楽しむの」 人間世界にはそういう乗り物があると、並行世界の、自分たちのような組み合わせの個体が使ってた、という。なるほど、そういうものもあるのかと感心する一方で、自身の足を使ったソリの移動、あるいは背に乗せる、その喜びに勝るものなのだろうか、と首を傾げるところでもある。 「あら、早速気づいてきたわね、悪意ども」 そうこうしてる内に、目的である排気孔エリア内に踏み入れていた。途端に周囲に溢れ集ってくるは、生き霊にもならない、形すらおぼつかないナニカたち。しかし、理解する、文字や画像でインターネットに溢れかえる人の悪意、それらがこれだと。 「さて、あなたの出番よケルベロモン。姿を変えて、これらを解き放て」 「迷い子を導くって、俺がやるんですか⁉︎」 「私という存在に触れ合っても浄化される程の知性もない、所詮悪意のカケラなんて、噛み砕くか焼くしかないので、適材適所というやつよ。道標になる目印を私、処理をあなたって」 ほらほら、と手を振って促される。何を言っても仕方ないので、即座に人狼モードへと変化し、『インフェルノディバイド』をぶち込んでいく。 「いやぁ、やはり年一ぐらいでこういうことしないとダメねぇ、たくさん沸いてるわ」 舞を踊るかのようなくるくる主が回れば、ひっきりなしに霊にもなれない不確かなものが現れてくる。噛み砕き、焼き続ける。 「こういうのが溜まって、深怨なる手の意思だとかそういうのになるのよ、たまに処理しなきゃ私たち魔王よりもタチが悪い」 虚無だのなんだの言う負の塊だの、魔王よりも悪質な何かが生まれる、排気孔だと放置するから気づかないのだと、愚痴る主。他の魔王たちも、吸血鬼王もこういうことには関心を向けないのだから、と。暗黒の女神とも称される程の存在としてはほっとけないのだろうと思う。だからこそ、自分も彼女に拾われたのだから。 「まだまだいくわよ〜、一回ここ綺麗にしちゃいましょう。陰の気なんてどうせまた溜まるけれど、どうせなら一度、ここがダークエリアで一番澄んでる状態になるぐらいに徹底的にやりましょう」 終われば、ご褒美に臓物(と書いてデジコアと読む)の煮込みでも振る舞うという主の声によりいっそう火力を強く作業をこなしていくのだった。 ……悪い子(主人の意に沿う者)に臓物を振る舞うって、それこそブラックサンタだなぁ、と思いながら。 〈終〉 サンタ服のリリスモンは公式です、以上。
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QL
2022年11月02日
In デジモン創作サロン
この物語はフィクションである。というか、この世の大抵はフィクションである。捏造され、誇張され、都合の悪い部分は綺麗に覆う。それならば、上手な嘘に憑かれたいのが、アイドルファンというものである。 だが、それでもどうしても、愛故に、その嘘を抱いたままに、理想を追い求めつつ、全てを知ろうとする愚か者、理想を抱いたまま溺死する程に狂う者もいるのもまた事実である。さてさて、貴方はそれを笑えるのだろうか? ☆ きっかけは些細なことに過ぎなかった。四年前、入院中にたまたま出会った少女に布教された、ただそれだけのこと。その時は、どうでもよかった。アイドルなんてごまんといる。有象無象、下手な鉄砲数撃ちゃあたる。なんとか坂だのそう言うコンセプトだろうと冷めた目で見ていた。 そんなクソみたいな意識が変わったのは、曲からだった。サンがよく聞くという曲を聞かせてきた。その曲が引き金だった。新進気鋭の若手作詞家が手がけたというその歌詞は、拙く。だが、それ故に強くメッセージを届けようという想いに溢れていて。 『ボクを信じて。キミは何度だって、立ち上がれる、キミを信じる。ボクと信じて。シンクロしよう! リベンジ☆チャレンジ、ノックアウト!』 透き通ったような声でありながら、強く強く訴える少女達の声。決して世界の歌姫とか言われるアーティストほど上手い訳ではない。音痴な訳ではないが、クラスの上手い女子に多少毛が生えた程度と言えばそう言う評価も否定できないところだろう。なのに、なのに、その歌声は心の奥深くに刺さった。 だから、思わず聞いたのだ、サンに。この曲について。曲名は、「Hello Winner」。歌うは、当時まだ芸能界では無名に近いとも言える駆け出しのアイドル。大きな箱でのライブもなかなかない、マイナーな部類のB級ともいうグループ。その名前は、「D☆トランス」。 世界に色がつくように。僕のクソッタレな日常は一変した。中でも僕の目に焼き付いて離れなかったのは、絶対的エース。不動のセンター。美少女究極体・門家ユキ。彼女の清らかな、不純物が一切ないウィスパーボイスと、そして何よりも顔の良さに気づいてしまうともうどうしようもなかった。可愛い、オレの推し可愛い。ただそれだけだ。 ☆ 「だからさー、頼むよ、お菓子代は出すから」 両手を合わせ、拝むようにして言う。拝んでるのは推しの為、友人様なんて意識はほとほとないが、それは悟られないように。 「えーっ、俺だって、アイアイも写ってるから取っときたいんだぜ?」 サブローは渋る表情をする。そりゃまあそうだろう。コラボパッケージのお菓子の中身はやるから、パッケージは全部寄越せと言うんだから、同担じゃなくても、同じグループを推してたら気持ちはわかる……いや、わからない。こいつは所詮、「蝶Q10」や「@muse」、はたまたVの「ライブゴースト」「イチジヨジ」など、人気アイドルグループ複数追っかけの不埒者。D☆トランス一筋、ユキ単推しつつ、グループ自体を応援する意味で集合等にも予算を回す崇高な自分とは違う、近いようで遠い存在ではある。 だからこそ、コラボの時の保存用などの確保に要求して、通るはずだと踏んでいるのだ。足元を見られても困る、愛の重みが違う。 「わーったよ、集合もユキアイパケもやるよ。けど、クリアファイルのユキアイも取るってんなら、お菓子代にクリアファイル代の……そうだな、300円上乗せしろよな」 グッズのクリアファイル代としては、売り物なら500円程度は取られる。それに関して言えば、300円はむしろ温情をかけている、そのつもりだろう。だが、そうは言えない、サブローの場合その要求は、通らない。 「クリアファイルも当然もらうけど、追加はないでしょ。蝶の、さりなだっけ?あれのクリアカード普通に譲ったんだから」 何を言い出しているのか、この馬鹿は全く。道理が合わない。別のコンビニチェーンで蝶Q10のお菓子コラボの際にオマケを快く譲ったこちらに対して上乗せをふっかける厚かましさ。これだから、ふらふらしてる奴はと、多少の侮蔑の感情すら込み上げる。もちろん表には出さないが。 「はぁ? いやいや、それはキューがいらないだけじゃん! 今回のは俺も欲しい上でだぜ? 別だよ、せめて多少は色をつけるところでしょ、欲しいんなら」 サブローは引き下がらない。角野アイ推しと言う横で、蝶Qのなんとかさりなだの、@muのえめだのじゃらじゃらと浮気してる阿呆は本当厚かましい。ただでお菓子を食えるというのに。 とはいえ、コンビニ前で言い争っても迷惑なだけである、どこかで折れる必要はあるだろう。だが、要求全てを飲み込んでは今後ずっとつけ上がられる。だから強く出るべきだ。 「お菓子代+200円ね。そっちの欲しい部分を加味しても、こちらが必要ないにせよ、オマケを無償提供してるんだから。別の機会でもそっちの方が僕からオマケをもらうことの方が多いでしょ、これが妥当」 「ヶ……いや、しゃーねぇな、それで行こう」 多少苛々としたが、これ以上揉めても仕方ない。ここは自分が大人になって、小声で出かけた何かを無視してコンビニに入り、お目当てを手に入れることにした。 ☆ 「全くほんと、サブローの厚かましさにはイライラするよ、ユキのつつましさを見習って欲しいもんだねあれこそ」 帰宅後、さっそくコラボのチョコ菓子を噛み砕きながら、思わず愚痴る。結果、自分の分で3セット、サブロー分の1セットでひとまず集合とユキが写るパッケージとクリアファイルが保存用までは手に入った。そのこと自体はいい。 「今月は新曲のCDも出るしライブチケットも昼夜買わなきゃいけないし出費もかさむから少しでも費用抑えたいって言うのにねぇ。アイ推しだからって悪ぶる必要もないし、もっと他人を思いやって欲しいもんだよ」 グループ公式Twitterに何か新しい告知はないか、ユキ個人Twitterに何か日常についてのつぶやきはないか、スマホでも逐一見ているが改めてチェックしながら、チョコを貪る。同時に、D☆トランスのプレイリストを再生。いつものように進める。最初は「蹴ting! Shooting! Your Heart!!」の『狙い出してあげるから』のユキの声から作業を始めるのがいつもの日課だ。ユキと目が合う自分を幻想しながら--否、ユキも僕を見てくれてるだろうけど--各種番組情報、公式配信アーカイブ、ファンクラブコミュニティの書き込み、自分自身の追っかけブログの記事の作成など、やることはたくさんある。予算もそうだが、自分自身ですら足りない、時間も足りない。素晴らしいユキを追っかけるのに、満足できる程自分はまだまだ動けていない。歯痒いが、楽しくもあった。 「ん? あ、ユキも食べてるんだ」 新曲「Re:start」のAパートサビの部分あたりまで公式が出しているので、歌詞の書き出しをし、感想をしたためているところで、ユキの最新ツイートが目に飛び込んできた。コラボお菓子の話。推しが今自分の食べているチョコ菓子を食べている。推しと同じ物をほぼ同じ時間に食べている、それはとても嬉しい。ライブで同じ空間で感動を共有しているのと近しい感情だが、ふと気づく。 「この、『ちょっといい紅茶と一緒にティーブレイク♡』の紅茶ってどこのだろう? カップはこないだ市販のインスタントコーヒー飲んでた時と同じブランドだから、僕も使ってるけど……」 気になり出す。推しと完全に同じは無理でも、出来ることなら揃えたい。だから、この黒猫のマークのカップも買ったんだから。知りたい知りたい、ユキをもっと知りたい。 思考を切り替え、検索エンジンのタブを開きつつ、一回整理する。いい紅茶は、買ったのか、それとも差し入れか。どちらかと言えば、コーヒーやココアとかばかりで紅茶と一緒の写真はほとんど初めてだ。この感じは、差し入れの可能性が高いのではないか。 では、誰が? 運営関係者? グループ仲間? 仮にグループの仲間だとしても、悪戯好きで悪を自称するアイではなさそうだろう、よく物をユキにあげてるみたいではあるが。忍野ココは、あまあま妹キャラで公表プロフィールの嗜好的にも紅茶を送るなんてないだろう。じゃあ、野呂エミか、エミはアロマなど香りが好きと言っていて、ユキもよく話していたっけ。可能性が高そうだ。紅茶ではなくハーブティーの可能性もあるかも。ユキのツイートのリプライ欄にエミがいないか確認しつつ、エミのTwitterページに飛ぶ用意もする。 「は、キモいリプしてんじゃねぇよ、ユキに」 不届き者、思い上がった勘違いのファンですらない馬鹿どもをブロックしつつ、エミからのリプライはなかったので、エミのツイートを遡る。四日前にハーブティーの購入報告を発見。そこには「みんなにもお裾分けするかも!」の文字。ユキはいいね機能を使わないし、引用RTも基本的にしない為、これで正解と仮にする。写真に映るハーブティーのパッケージには、ティーポットの中で踊る葉っぱのマーク。良かった、これだけあればどこのものか特定できそうだ。さっそく、検索エンジンに入力して作業を進める。プレイリストも見計らったかのように、こういう時に最適な「インパクト〜紅キ狙イ〜」を流し出す。 『全速力で見つけ出したメッセージ〜紅く心広がる〜世界地図にはかき消されたシークレット〜ボク達で拾い上げよう〜』 キーワードを入力しネットの海にダイブする。ユキの飲んでるハーブティーを突き止める為に。 『走り出せ! ヒーローはいつも側にいる〜幸せのインパクト終わるワケにはいかない〜振り抜いて! ハートは胸に広がってる〜 思い出せない昨日掴み取りに往くんだ〜 熱く心ときめかせ』 ちょうど、歌も終わる頃、特定が済んだ。ブルックリンを拠点に2人のクリエイターが立ち上げたブランド「EIBON」のマークの紅茶であった。早速注文しつつ、ブログに挙げる特定の記事を書き出す。恐らくこれでは?と。出費はかさむが、一仕事終えた充実感に本腰を入れて執筆をする前に一息付けようと、インスターコーヒーを淹れに席を立つ。もちろん黒猫のマークのマグカップで。ちょうど次に流れる曲は、落ち着いたメロディラインの「i hope」だ。休憩にはもってこいだろう。 ふと、時計を見ると、20時01分。そろそろD☆トランスが出演するコーナーのある番組が始まっている。テレビもつけなくては。テレビのスイッチを入れて、部屋を出る。片手にはスマホ、台所に向かいがてらユキのツイートをチェック…… 「は?」 TLのゴシップ雑誌のツイートが目に入る。『D☆トランス関係者謎の失踪続出? センターユキに秘密か?自称悪は、ガチ?アイの陰謀』……低俗な記事。炎上目的の、煽り。中身なんてどうせ根拠もない、ライターのセンスのない文章に過ぎないだろう。特にこのネット記事の出版社は前にもD☆トランスを天狗だの、根も歯もない噂を立てては、エミの皮肉かつクールな切り返しで恥をかかされていた記憶がある。スルーすればいいのにとマネージャーに怒られてたし、今後は触れないけど、正直嬉しかったなんてユキも握手会で言ってたエピソードは記憶に新しい。またしても、クソッタレなジャーナルか、と苛立ちがどうしても募る。 「どうせ記事にするなら、僕みたくファンのみんなが幸せになる記事にすればいいのに……こいつらは……」 腹が立つ。クソッタレな的外れの記事は、それでもファン以外の多くの目につく。こちらの記事は一部のファン、それこそ僕と同じようにディープなD☆トランスにはよく見られても、大きく広まることはない。界隈で騒がれるだけだ。一般に、変なイメージを植え付けるこんな記事を書いてる奴らを許したくない。ムカつくムカつく。こいつらにこそ、こいつら自身が書いてるような記事を書かれる側の気持ちを味わせてやりたい、そんな黒い感情が抑えきれない。 「あ〜ムカつく! こいつら、ライター名も記載しない会社名だけの匿名で好き勝手言いやがって! 特定できたら、ユキのグッズ特定なんか比べ物にならないぐらい詳細に、くっきりと、書いて晒しあげてやるのに!」 「できますよ?」 イライラとしつつ、湯を沸かす為のポットに手を取ろうとしたところで声がした。僕以外誰もいないはずのこの家に。高い少年のような声が。思わず振り返る、必要最低限の電気だけつけた薄暗い台所。誰もいないはずの僕の背後には、緋色の瞳の目玉がひとつ。 「〜〜っ!?」 「おっと、怖がらせてすみません。桜井久宏サマ。目玉ひとつでは、不気味ですよね?」 目玉はそう言うと、こちらに向けていた視線を逸らす。すると、その視線の先に割れ目のようなものができて、ひょっこり何かが出てきた。さっきからいったい何が起こっている? 「お初にお目にかかります。ワタクシはドラクモンと申します。この邪眼の持ち主にございます」 現れた異形の小さいソレは、浮いていた目玉を手に包みどこかへ消すと、佇まいを直してこちらに一礼をする。被っていた帽子を外し、質の良い衣服に包まれた胸元に当てる、その一礼は育ちの良い少年のようだが、恐ろしいのはその青白い手と大きく開いた口に仮面。現れた状況も含めてどう考えても化け物で。恐怖のあまり、言葉が出せない。 「失礼ながらずっと邪眼にて貴方様を観察しておりました。貴方様のその全てを知ろうとする探究心!知的好奇心を満たしつつも、愛する人を同じく愛す同胞に共有する姿勢! 全てがワタクシのご主人様の求めるモノと思い、見ておりました!貴方様なら、全てを暴く力を手に入れられるに違いない!そう思っておりました!」 固まって動けないこちらを気にすることなく、ドラクモンと名乗ったその小さな異形は身振り手振りで演説をしてくる。化け物の姿なのに、どう見ても知的な人の振る舞いで、恐怖心だけでなく興味を惹かれる不思議な感じが、更に動揺と困惑に繋がる。 「もちろん、貴方様が望めば、ですが! ワタクシのご主人様のお力により! 憎き悪徳記者達を懲らしめる力を手に入れてみませんか?」 そう言って、それは手を差し向けてくる。恐ろしく赤い爪の手のその中心には、先ほど見たのと同じ紅い瞳。ギョロりと動くそれは、落書きなどではなくまさしくそこにある。先ほど見た邪眼なのだろう、と気づくとまた一つ恐怖を抱くのだが、 「力が手に入る……?」 思わず口は聞き返していた。握手会で、見た一瞬の翳りからエミの対応について笑顔で言っていたユキが頭をよぎる。ユキに迷惑をかけた不届き者を懲らしめられるなら、話を聞いても、自然にそう思ったのかもしれない。自分でもわからないけど、恐怖だけでなく、逃げるのではなく、そいつを見た。見てしまった。 「えぇ、えぇ、えぇ!ご主人様はワタクシなんかとは違う偉大なお方。悪魔のごとき力を持ち、人々の望みを叶える偉大なお方! きっと久宏サマにも力を授けてくださいます!」 パァッと、目を輝かせんばかりにこちらに顔を近づけ熱弁する。先ほど、差し向けた手も握りしめ振り、いつの間にかかぶり直していた帽子を振り落とさんばかりに顔を振って。本当に子どもみたいに。不気味な異形のそれは、質の良い服を着ているヒトのそれも相まってか。愛嬌さえ感じさせ、少年のように高い声も有り、不気味さを和らげる。もっと話を聴こうかと、恐怖心すら打ち消して。 「話だけでも聞いてやっぱり断るってできるもの?」 そんな、場合によっては態度を一変させてしまうことすらあり得るかもしれないことを尋ねてしまう程度には気持ちがゆるんでいた。 「ご興味あり、ということですね! よかったー! 一瞬でも望んでいるなら儀式は成立です!『チェルニク チェルニカ、騒ぐな大人しく受け入れよ』」 ニンマリと大きく笑みを浮かべて、ドラクモンはこちらに右の掌を向けて呪文を唱える。その邪眼から発生した怪しい光を見た瞬間から、体が動かなくなった。 身体が動かないことに、恐怖心が再度高まるよりも前に、今度は左の掌から緑色の光が放たれ、意識が曖昧となっていく。いや、意識はある。あるけれど、夢心地というかあやふやで恐怖心も何もなくただ目の前の光景のみを認識していく。 「掌握完了。ご主人様、これが今回の眷属候補にございます!」 ドラクモンは、両腕をクロスさせてからそのまま両の手を地面に当てると、そこから魔法陣のようなものがいくつも現れていく。 「御苦労、ドラクモン」 それらがいっせいに紫に輝いたかと思うと、どこからか金木犀のような花の香りが漂いはじめる。次の瞬間、骸骨を模した先端部分の傘が地面からゆっくりと現れていく。それの持ち主は、雌山羊の骨の頭部を持った異形の貴婦人だった。ドラクモンは、片膝をつき、それを迎え入れる。 雌山羊の貴婦人が、指をパチンと鳴らすと、この場に似つかわしくない質のいい椅子が現れる。彼女はそれに腰掛けると、じとりとした目をこちらに向けてきた。品定めをするかのように強い視線を骸骨の眼窩の奥の光から感じる。 「これが『強欲』の罪のピースになりうる可能性があると何故思ったか、聞かせてもらえる?」 「いつもの情報提供者にございます。彼女の情報をもとにここ数週間観察しておりましたが、確かに“好きなもののことはなんでも知りたい”という知識欲に取り憑かれた部分には可能性を感じました、メフィスモン様!」 身振り手振りでドラクモンは雌山羊の頭蓋骨の貴婦人にアピールをする。商品説明をして売り込むショップの店員かのように、その商品が自分という事実にいくら薄ぼんやりとした思考でも身震いの一つでもする程度には恐怖心がちらつくが、身体は一切微動だにせず、ただただ目の前の光景を眺めるのみである。 「アレの差し金か、ならばそこそこは信用できるかね。この我をうまく自分のために利用してるきらいがあるが……まあよい、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、試してみる程度には価値があろう、これにも」 そう言うと、メフィスモンが手招きをする。こちらに来いというその意思に応じるかのように身体は勝手に動き、彼女の前に。 『首を垂れて蹲え平伏せよ』 その言葉を合図に、地に手をつけ、土下座の手前のように身体は動く。これから何が起こるかはわからないが、まず間違いなく望んでいない展開となることは間違いなく、それなのにどこか他人事のような視点となる不思議な意識のままであった。 「……君の執着の象徴の品物はあるかな? できれば、長く持って愛着があり、キミとその対象との接点もあるものが望ましい。その方がより形がうまく行くだろう」 メフィスモンの問いかけに、ピントの合わない恐怖心はそのままに、答え合わせの為の思考だけクリアになって考えさせられる。部屋に置いてきた、先程のPCでの作業の時にも机と腹の間に置いてPCクッションのように使っていた貝殻のクッション。初めて、手に入れたユキのサイン入りグッズ。本当は保護ビニールのまま取っておこうと思ったけれど、直筆の手紙で『大切に使ってくださいね♪』とあり、Twitterでユキ自身使っていた為、合わせて使ってかれこれ2年は経つか。それだろうと頭は答えを出す。 「ドラクモン、彼の部屋に行って、シェルモンの殻のような物を持って来なさい」 「はっ!」 こちらが口を開くでもなく、思考を読み取っているのであろう、メフィスモンの指示のもと、ドラクモンがすぐにそれを持って戻ってくる。ユキのサインの部分に皺がつくような力をかけていることに、薄ぼんやりとした意識の中で少し苛立ちを感じる。 「術中であっても感情が揺さぶられるか。なるほどな、確かな執着のようだ。いいね、素材として最適か」 ドラクモンから受け取ったそれをメフィスモンは、少しだけドラクモンよりはマシに、気持ち優しく掴んで僕の頭に押し付けてきた。ちょうど、殻長部分が天になるように、クッションの平な部分を僕の頭頂に。 「チェルニク チェルニカ 我を崇め讃えよ。チェルニク チェルニカ 古き姿を捨てふさわしき姿に生まれ変われ、主人たるメフィスモンの名のもとに」 その言葉とともに、バーコードのようなものが円を描きながら、複数現れ身体を囲う。それらが光り輝くと共に、シャワーを浴びる時の水滴のように身体中に圧力を感じる。シャワーの場合、それは流れ落ちていくのだが、そのまま身体の各部へと入り込んで包まれていくのが違う。元々薄ぼんやりとしていた意識が急速に薄れていく中で、頭を何かに食われるかのような感触と共に、ユキの笑顔と歌声だけか薄れる意識の中で最後までクッキリとしていた。 ☆ 「ふむ、パブリモンか。思った以上にまんまな姿になったものだね。彼のお望みにも叶っているかな」 「成熟期…! 当たりですかね、ご主人様! で、であれば、ご、ご褒美を……」 暗闇の中、誰かの笑顔の眩さを塗りつぶしたかのような、暗闇の中で声がする。こちらを見ている視線を感じる。自分のことを話しているのだろう。成熟期、パブリモン。自分のことだ。そうだ、自分は、メフィスモン様の名の下に、秘匿されし情報を暴き、大罪の席へと至らんとする、彼女に罪のフレームを形作る手伝いをせんと働く手駒。データ種の突然変異型……、使命が頭にインストールされていく。インストール?何を言ってる?それが元々僕だっただろう。 「記憶が中途半端に残ってる君はそうだろうね、戻りたいってことだ、私の眷属のその姿を否定して」 「い、いえ、あ、いや、この姿もき、きらいではありませんが、元の姿にもなり、ニンゲンとしても暮らせる二足の草鞋を履いた存在として、ですね? メフィスモン様のために……」 完全なる覚醒を前にして、傍にいる二人は勝手な会話を続けている。何故か、主人たるメフィスモンの言葉よりも、ドラクモンの言葉が心によく響く。『ニンゲンとして』、人間として? 「まあ、今回の褒美で君を元の姿になれるぐらいにはしてあげてもいいけれど……でも、君はもう完全に元の人間にはなれないだろうってことには気づいてるよね? 褒美として、少しずつ人としての振る舞い、服の着方、習慣なんかを取り戻す度に君がズレているの」 「そ、それでもいい…んです! 他の奴らが同じ目に遭おうと、ボクは、ボクは、元の姿でもう一度! 歩きたい、かつての名前を思い出したい! 罠にはめて、素晴らしきご主人様の眷属を増やすこと自体に喜びを感じ始めてるドラクモンでもあるだ、で、でしょうけど、それでも」 「君もそういう執着や、他を蹴落とす性質なら、成熟期になれたと思うんだけど、まあいいか。使い魔としてよくやってくれてるし、彼がうまく起動して、しっかり働いてくれたなら、そうだね、かつての名を名乗ることと、姿ぐらいあげてもいいよ」 「あ、あり、ありがたき幸せ!」 会話が途切れたところで、手足が接続されたような感覚を覚える。今までどこにもない暗闇だった身体の感覚が浮かび上がってくる。ダボダボの袖と何か、いや、貝殻に覆われた頭部、それが自分。パブリモン。少しずつ意識がクッキリとして覚醒に近づいていく。そんなところだった、以前より、鋭くなった聴覚が、会話に潰されていたメロディを拾ったのは。 『不機嫌な空を舞って嫌な予感はらってさあ今キミに飛び込もう!』 D☆トランスの記念すべきファーストソング「Bitter-Fly」。まだアイが加わる前の、ほんとのほんとの最初の、僕の知らない頃のユ、ユキたちの曲。そう、ユキ。ユキ、ユキ、ユキ!!! そうだ、僕はユキを、ユキたちをバカにするマスゴミに鉄槌を、その力を得……たかったけど、こんな形で? ドラクモンのようにいいように利用され、あれが魔王になる為の、経験値集めの為に服従して? なんで? ふざけるな、え? 覚醒は近い、もう止まらない、だけれども、僕の心はおかしくなりそうだった。 デジタルモンスターパブリモンとしての知識、メフィスモンに植え付けられた忠誠の思考、それらが僕の人間時代の記憶、思考を上書きしようとする、いや、していた。今日、言い争った友達の顔も名前ももう思い出せない。それどころか、自分の名前すらあやふやで、Q. 誰だ僕は、Q? 問いかけのクエスチョンと共に、キューという単語しか出てこないしそれしかしっくりこない。 唯一残ったのは、いや、上書きで隅に追いやられる直前に復元できたのは、門家ユキのことだけだ。人間だったのは確かだけど、アイドル・ユキが好きなどこにでもいる誰かの成れの果てのパブリモン。 メフィスモンへと忠誠を誓えと身体は訴えてくるが、心と思考はNOを突きつける。ユキのことすら忘れかけるようなこんな姿に誰がした?到底許されることではない。その結論と共に、僕の意識は完全に浮上する。その時だった。メフィスモンのとはまた違う、女の声がしたのは。 「あ〜らら、主のお気に入りのブロガーをこんな姿にしちゃってくれて。どうしてくれるのかしら」 ちょうど目を開くと、驚く小悪魔と、先程までとは打って変わって爛々と眼窩から炎を吹き出し怒りの感情を見せる雌山羊の頭蓋骨、それらの真上で、黒いもやのような形で空間が侵食されていた。その中心には、真紅の魔本が一冊開かれている。 「アッピンの紅い本……!しかも自我持ち! バアルモンXか! しくじったなドラクモン! 貴様、こんな厄ネタ付きを俺に紹介したのか!!」 先ほどまでの貴婦人たる振る舞いはどこへやら、血相(読めないけど)を変えて、椅子から飛び降りたメフィスモンは、ドラクモンの首を握り潰さんとばかりに強く掴んで持ち上げる。あまりの速さに抵抗もできずにそれだけで意識を取られる哀れな小悪魔が瞳に映る。 「あらあら、『色欲』な振る舞い、いや、魔王の振る舞い、なのかしら? そのメッキが剥がれてしまって品がないわよメフィスモン」 「黙れ! そもそも魔王に至らんとするが為とはいえ、この姿を我は気に入っていない!通過点として仕方なく受け入れているだけだ!貴様の前でまでそれらしく振る舞う必要などあるまい!付属品が!」 顎を大きく開いて、元々剥き出しの歯を震わせ、吠えるメフィスモン。敵意を剥き出しのそれに、パブリモンとしての思考回路と、自分からユキを奪おうとした奴の敵を知りたいキューとしての精神が、答えを照らし合わせる。 バアルモンXのアッピンの紅い本に何故ここまで感情を露わにする?それは、自分のような存在をかき集めて魔王を目指すメフィスモンにとって、手に入れる魔王の席さえ定まっていないメフィスモンにとって、『暴食』の席への招待状を持っているかのようで、この世で最も関わり合いを持ちたくない、嫌いな存在だと、パブリモンとしての自分が教えてくる。 「キャーキャー喚かなくても、主は“今は”ここにいないから安心しなさいな、山羊畜生。それより、そのパブリモン、貴方の手で死にかけてる子よりもくっきりと人間としての記憶残ってる失敗作だから、私にもらえるかしら?」 「チ、ちく、ぐ、が、……な、な、に?」 アッピンの紅い本に吠えようとしかけたところで、やめたメフィスモンが首を曲げて、こちらを睨んでくる。メフィスモンの駒のパブリモンとして身体がひれ伏そうとするよりも先に睨み返す。ユキを僕から奪おうとしたのだから。 「ぐ、ぬっ……はぁ、……貴様、私の術式を阻害したのか?」 メフィスモンはこちらの視線などどうでも良いという風に、興味をこちらに一切向けず、本性を曝け出す前の貴婦人たる振る舞いでアッピンの紅い本に向き直る。パブリモンとしての本能はそれに安心をする。完全体と成熟期、それは、この主従関係の呪いだけでなく、絶対の差だから。 「何もしてないわよ。その子の書くブログ記事、主が好きだからブックマークしててただけ。せっかくだから、もらえない? そしたら、見逃してあげるわよ今回は」 「……このドラクモンはまだ使えるが、それは暴走しかねない。よかろう、貴様らにくれてやる」 メフィスモンが傘を振ると、本能にあった服従の呪いが消え失せる。敵意しか残らないが、攻撃はしない。それだけ世代の差は絶対だから。 「貴様の主人によく伝えておけ! 『強欲』か『憤怒』かはたまた貴様の『暴食』か、魔王の席を必ず私は手に入れる。それまでせいぜい生きているんだな、と」 必ず殺してやる。そう、雌山羊は言い残すと、現れた時と同じように数多の魔法陣を展開し、それに飲まれるように小悪魔と共に消えていった。残されたのは魔本と、異形と化した自分だけだ。 「えーっと、『アッピンの紅い本』さん? 僕を直してくれます?」 とりあえず、メフィスモンよりは話せると信じて僕は話しかけるしかなかった。主人が僕のブログのファンという彼女(?)に。 ★ ____________________ 三 探Q!ユキ推しリサーチ☆ 更新停止のお知らせ お知らせ関係 20XX/10/31 19:31 👁🗨 ⇔ ニューシングル「Re:start」、発売されましたね! フルでの歌詞の感想も書きたかったんですが、一身上の都合でしばらく休止致します。 ユキのファンを辞めたとかじゃなくて、リアルでちょっとゴタゴタがありまして…… いや、歌詞とか視聴の前情報のなかったカップリング曲、「Trick “S”treet」とか発売日に合わせてきたかって、おどろおどろしくてよかったこととか詳細に書きたいんですけど。ちょっと今下手に書き出すと暴走しちゃうというか、止められなくなりそうなので… 必ず戻りますので、また更新し出したらよろしくお願いします。Qでした!(=ω=.)ノシ ____________________ ★ 「Qさん、なにかあったのかな〜残念だなぁ彼のユキ情報好きだったんだけど」 自身の栞から人間世界のインターネットページを閲覧する主人のその声に、アッピンの紅い本は、無言を貫く。そのQを自分の使いっ走りにしている事実を主人には伝えない。伝える気もない。何も事件は起きていないとするのだから。 「ねぇ、ミネルヴァ、キミ何か知らない?」 知ってるも何も、今も連絡を取り合い、自分の為に調査をさせつつ、少しでもメフィスモンXの呪いが解ける用サポートする、ギブアンドテイクな関係を築いているのだが、言わない。全ては主人の為に。主人に心穏やかに、世界を気ままに楽しんでもらうことが我が望みなのだから。 「知ってるとすれば、ブログに書いてる通り、いずれ“戻る”だろうってことかしら。私にもわからないことはあるわよ、アル」 主人に努めていつもの通り返事を返しつつ、ミネルヴァ=アッピンの紅い本は、主人の気にかける、Qの今を思い浮かべる。メフィスモンの罪の蓄えの為の行動のような、他者を貶め、その魂を変質させることがないよう導き、彼女の為に今、彼は、お気に入りの曲を再生しながら、情報を集めに行ったはず。いずれは元に戻れるようにと、紅い本の知りうる可能性に彼が辿り着くよう促しつつ、一方でアル=バアルモンの為になる情報を集めさせている。 「ところでそろそろMスタジオにD☆トランス出るんじゃない?」 それはそれとして、Qのもたらす情報として、D☆トランスについて、大好きなアルへ助言できるのも楽しかった。良い拾い物をしたなと、ミネルヴァは思う。Mスタジオの出演自体は既知のものだが、ミネルヴァ自身はよく忘れるので、Qにリマインドしてもらえて助かっているのだった……。 ★ 「Qさん大丈夫かなぁ……」 ユキの私物の特定をしていたキモい奴のブログが停止したというのに、それを気にかけるユキはやはり天使のようだ。気にかける価値もない有象無象の中の、粗大ゴミだというのに、ファンとして認めているのだ。素晴らしい。 「そんな奴気にしなくていいじゃん? 気持ち悪いぐらい特定してたし〜」 でも、彼女に抱きつきながら、率直な自分の気持ちを告げる。ユキの良い香りを堪能しつつ、ユキに気持ち悪い視線や悪意を向ける奴はみんな消えれば良いのに、なんてドス黒い感情もちらつく。まあ、でも、戻ってくるとか書いてるが、他の奴らみたいに、あの骨頭の餌食になったなら、二度とその名を見ることもないだろう。 「も〜、アイったら! Qさんギリギリのラインは守ってくれてたもん。大事なファンだよ。そんなに悪く言わないでよ、ダメだよ〜」 天使の笑顔が向けられる。この笑顔の為に、自分は、人の姿を取ってここにいるのだから、その幸せを享受しつつ、いつものように、自分は自分だと彼女に告げるのだ。 「しししっ、だってウチ悪だもん」 終
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QL
2022年9月25日
In デジモン創作サロン
かつてここには秩序があったという。デジタルワールドにおいて絶対的な弱肉強食の世界ではない、誰もが死ぬことのない新たな秩序【ルール】が敷かれていたという。その代わりに進化も失われていたが、平穏だったという。 だが、それはもはや失われた。黒き竜人と赤き魔女により支配者が討たれた、この隔離世界にもたらされたのは終わりだった。世界の根幹、手綱を失えば世界を揺るがしかねない超巨大デジモン二体を倒すことには成功したらしい。しかし、魔女も竜人も相討ちに終わったのか、この世界に新たな支配者が現れることはなく、世界の終わりを前に住民たちは消え去った。そして、秩序が失われたこの世界は、外界から隔絶されたまま、放置されそのまま忘れ去られるはずだった。
ーーこの俺様が生まなければな、と。
ただの偶然だった。支配者たるリリスモンはその存在に気づいていたが、自分の支配が盤石な限り芽吹くことがないからと放置していたことが功を奏した。絶望から羽化する存在である彼は、かの魔王が敷いたレールでは目覚めることはできなかった。芽吹く為の土壌たる絶望が育まれることもない“楽園”がそこにあったのだから。 そう、特異なジエスモンとワルダモンなどという新種が支配者を討ったことが、彼ーーシェイドモンにとっての幸運だった。崩壊する世界、救世の女神を失った住民たちの絶望。支配者が利用していた世界の仕組みの正体たる二大デジモン、クオーツモン・オルディネモンの天災ともいうべき暴力の本流。立ち向かう挑戦者たちの奮闘虚しく零れ落ちる命、それら全てがシェイドモンの糧となった。 時空の狭間にて、世界の残骸や消えていったモンスターたちのデータクズの中、宿主たる影の主の肉体データの崩壊が始まる寸前に、シェイドモンは目覚めた。栄養分となった全ての絶望から、事の経緯や事情を吸収し理解した上で、はてさてどうするか、と考える。 実体を持たない彼が、影の主たる宿主すら死んだ今も形を保っているのは、この特殊な隔離空間が故だ。もはや死んでるこの世界にそれ以外何の価値があるかと言えば、長年蓄積されたデータの溜まりに怨嗟の声、素材はいくらでもあり、利用価値は残っている。シェイドモンは思考する。腹はだいぶ膨れた。羽化できるだけの絶望は吸えたから。でも、まだ足らない、満足できない。
『進化し続けてこそ生きてるってモンだろう?』
より強くより凶悪に成長したいという欲望が彼の本能だ。であれば止まることはない。幸いここには素材がいくらでもある。世界の残骸も数多のデジモンのデータクズも再利用の価値がある大量の資材だ。
ーー新たな世界を構築せよ!
まずは人形を作る。自分が潜む影を産むヒトガタ。それに相応しいのは、自分を封じていたヤツの似非に他ならない。本来なら絶対に自分を認めない存在を宿主にするなんて最高だ、そいつ自体はもうここにはいないだろうが、知れば絶望するだろう配役。ウキウキとした気持ちでシェイドモンは残骸を集めデータを構築する。素材に不足はあれど、それらしい型になればいいと築いていくそれは、外見だけなら同じように完成する。不足を補い作った結果の産物の為、多少の変色など起こしているが、所詮は操り人形、問題ないと判断して自分自身と繋げる。
「私ハ……コノ世界ノシハイシャ……」
赤き衣の人形が口を開く。オリジナルの模倣たる美声は、無機質に言葉を紡ぐ。シェイドモンの意思に従う操り人形はきちんと機能し始めた。その人形を通して、更に構築を続ける。次に作るのは、シェイドモンの意思のままに世界を構築する補助をする、分身だ。 そもそもの話、シェイドモン自身は実体を持たないので、実体を持ちつつシェイドモンと同期し影のように振る舞えるそんな存在が必要だ。リリスモンモドキに魔術構築をさせ、自身の精神分体をデータ残骸と混ぜて作るソレは、アイズモンという種。似て非なる存在を、その類似性だけで確実に形作り召喚する。そいつの能力が必要なのだ、本来ここには残骸すらないものを作り出すのにも。
「……ん?あぁ、そういうことか」
形がくっきりとできるにつれてアイズモンに自我が芽生えた。シェイドモン自身によって作られ、目の前の魔王の影にいるソレが創造主と理解してる彼に反逆という思考はない。大元で繋がっている為、シェイドモンが死ねば自分も死ぬことを本能で理解し、自分自身が好き勝手に振る舞うよりも前に、主の意を叶える必要があるということを理解しているからだ。
「世界を作れって? 産んで早々、人使いの荒い親だなぁオイ」
リリスモンの周りを舞う新たな影は、身体にある無数の目を光らせて、周囲のデータクズを一身に吸い上げる。データの収集と貯蓄、それはかつてこの地にあったクオーツモンの役割。部分的にそれを模倣することもシェイドモンの悪意の一つ。リリスモンの楽園を再利用して、自分にとっての楽園を構築する意趣を彩る。
「愚幻!」
アイズモンが、蓄えたデータをもとにシェイドモンの意思に沿うよう、世界の構築を始める。リリスモンが立つ残骸の大地を中心に、少しずつ世界が作られていく。元々あった世界とは違うシェイドモンとアイズモンの意思によって形作られる世界は、影の世界。影を作るために光があるだけの闇の為の世界。そんな楽園に相応しい花は、四季の失われていたリリスモンの楽園には咲くことを設定されなかった花が相応しい。知識だけはあるので、本当にその花と同じかは置いておいて、人形と同じように、見てくれだけ再現できればそれでいい。
そうして出来上がるのは、シェイドモンの箱庭。彼岸花、地獄花とも言うべき暗黒の花咲き乱れる、幻想的な赤の蜘蛛の巣。獲物を迎え入れるべく、シェイドモンはアイズモンへ命じる。
「ほんと人使い荒いねェ、はいはい、わかりましたよ、と」
リリスモンが無言のまま、アイズモンの作った新たな城へと歩いていく中、伸びる異形の影と目が合ったアイズモンは理解する。創造主とのアイコンタクトだけで、ツーカーで意図を察する自分が悲しい。馬車馬のように働くことになるのがよくわかる。だが、まあ、創造主と同じで、絶望だけがアイズモン自身も欲望を満たすスパイスなのだろう、やりたいことを理解して大きく口を開いて笑みを浮かべる。アイズモンは大きく身体を震わせると、分散し、新たなこの世界と別世界との境界線に自分自身達をリンクさせていくのだった。
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____________________ リコリス・ラジアータ @Redmagiclily あなたのもう一度会いたい、もう会えない人に会える!そんな夢への案内チケットはこちら ▼URL eyesmon.net/scatter/ghost…
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____________________ 【公式】ShadowGhos… @sgoproject 【YOSアプリリリースのお知らせ】 相棒(バディ)とともに影の王国を救う君の運命の物語が今始まる! 手に取れ、主人公は君だ! ↓ apps.appmon.com/jp/app/idgg43… ____________________
____________________ 毒花りりす @dokubanalilith 毒花の咲く頃に…、良い夜ですね 貴方は知ってますか、とある妖精の話 彼岸花に囲まれた黒い世界に案内してくれる目が無数にある妖精がいるということを 幸せの楽園らしいのですが…… ところで、今日の配信は、繧「繧、繧コ繝「繝ウ繧医j繧キ繧ァ繧、繝峨Δ繝ウ ____________________
人間世界においては、SNSを通じて密かに、箱庭に囚われる素養のある人物の目に届く形で、拡散していく。それを拾うは、夢追い人たち、一人また一人と影に飲まれてやってくる。
「私は、リリスモン、この楽園の女神。あなたの望む人を蘇らせます。……わかりますとも、愛したあの人ですね?」
「ようこそいらっしゃいました勇者様。私はこの国リコリスの女王リリスモン。世界は、影の王に支配されています、貴方の力が必要なのです。そのバディモンスターとともにこの世界をお救いください」
「選ばれし毒花の眷属よ……もっと特別なメンバーシップに興味はないかや? 興味があればここをクリック……」
人形はせっせとその都度に応じた役割を持って迷い人を導く。時には、愛しき人を蘇らせる救世主。時には、モンスターゲームの勇者を導く案内人。時には、人を魅了するネットの偶像。それぞれに応じた劇を幕開く。 感動の再会の恋愛劇に、心熱くなる勇者の物語、愚者の欲望に彩られた退廃的な欲望の酒池肉林。最初は良くても、結末は決まってる。悲劇以外は認めない!絶望こそが我が糧なのだから!!!
「なんで、どうして、私を殺すの!?」 『お前のことが心底嫌いだからさ、そもそも…』
「なんでだよ相棒……俺たち二人で……」 『相棒?何を言ってるのだか、俺は元々魔王シェイドモンの一部!この世界はそもそもシェイドモンによってできていて、誰一人とて本物はいないんだよバァカ!ヒャーッハハハハハ!!楽しかったぜェ、お前との相棒ごっこォ!! 』
「りりす様……なんで……」 『人形ごっこ、楽しかった? そんなものは本当にはありはしない。これはただの人形だし、いくらでもあるただの形だけのモノ。残念でした』
絶望を作るストーリーはいくらでも。種明かしをするもしないもその時次第。甘いのは一時だけで、全てが全て人を死に至らしめ、養分としていただく、ただそれだけの世界。 アイズモンは、拡散し獲物を運んではその様を見て楽しみ、シェイドモンは絶望を糧に成長し世界は膨らんでいく。ここは楽園、影なるもの達が光ある世界から引き摺り込んだ獲物を取り込み笑う、シェイドモンの楽園。
【単発作品企画】ヒガンノセカイ【彼岸開き】
ここは、デジタルワールドでも現実世界でもない、彼岸の地。人間達を中心に捕食するだけでなく、デジタルモンスターも例外なく取り込み喰らう、シェイドモンの食卓。 更なる世界を食らうその日まで、シェイドモンが私腹を肥やす為の箱庭。聖騎士は気付かない、魔王も気付かない。ただひっそり膨れ上がっていく絶望の花園。いつの日か、牙を剥くであろう行き止まりの世界。潰えた魔王の夢を、絶望が成り代わった行き止まりの世界。
◯
絶望への片道切符が、甘い言葉を添えて、今日もまた誰かの元に届けられる。拡散する影が今日もまた誰かを見つめてる。
〈終〉
【後書き】 これ単体でも読める内容だと思ってるんですけども、もしダメなら取り下げますのでよろしくお願いします。 進化がない代わりに誰も死なない楽園を築いたリリスモンが討たれる話がありまして(前提) まあリリスモンのその夢は潰えてしまった訳ですが、それを歪めて再利用したいなとなったのが、変異リリスモン(デジモンリンクスのカラーリングが赤になり金髪のリリスモン)が彼岸花の赤とイメージが合うなとふと思ったからで。 企画に追加で投稿したいな〜と思って、前の『甘い昨日の彼岸花』同様に突貫工事で作りました。
登場デジモンについて シェイドモン、アイズモン→彼岸といえば、先祖を供養したり、故人の在りし日の影法師のイメージがあるかな、影といえばぼくはシェイドモン からの眷属としてアイズモンをどうしても使いたく。愛する故人の似非などを作る影、お彼岸らしいのではないでしょうか。
変異リリスモン→赤い衣が赤い彼岸花的なイメージのデジモンではないでしょうか。
改めて、素敵な企画を開催してくださったへりこにあん様に感謝を。 後、短編ばかりの私じゃなかなか書かない文字数で(投稿時)執筆中のユキサーン様にも感謝を。 彼が彼岸企画どうするかなみたいに呟いてたから存在を知ったところありますので、あれがなきゃ前のザッソーモンの話をまず書いてないのは確実。
最後にここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
それでは、またどこかで 9/26追記 ちなみにぼくはシェイドモンが主でアイズモンが従と、アイズモン誕生以来ずっとシェイドモンがあくまで上やぞと思っているのでこの本文でも堂々と『アイズモンよりシェイドモン』と書いてたりします。自分の主張は強くやっていくぜ、とネタバラシ。
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2022年9月21日
In デジモン創作サロン
*2800字程度でサクッと気軽に読める文章です。二ヶ月ロクに書いてないのでまたリハビリがてら、今回は企画に参加させていただきました。 †
「……なんて醜い姿だ、僕を否定したザマがこれかい?」
またこの夢か、とため息を吐きそうになった。出てくるのはいつもの通り決まった相手。かつての相棒、無邪気さだけを詰め込んで狂気と化した少年・ピーターモン。彼は進化を否定する、在りし日のそのままの姿で。別れた後の彼の末路を自分は知らないが、きっと死んでしまったのだろう。一面の赤い花の中で、彼はまた自分を馬鹿にする。
「アタシは気に入ってる、ほとんど誰も見向きもしないから気にすることもないこの姿を」
強がりであると同時に事実でもある。かつての自分は、目の前の彼に気に入られようと無邪気な馬鹿を装って愛想を振りまくっていた。それ自体好きではあったが、同時に苦しかったのも確かだ。甘いモノは嫌いじゃないけれど、辛いものや苦いものにだって興味はあった、それを我慢していた。可愛いぬいぐるみや小物だけじゃなくて、セクシーな装飾品にだって興味はあった。それを我慢した。今はどうかって?見てくれこそ酷い物だとしても、例え似合わなくても好き勝手につけて自分は自分だと言えるのは好きだ。……鏡は見たくないけれど。
「は、醜いだけで強くもないその姿が、君が言ってた成長したい姿だったのかい? 僕は言ったよ君は今のままが一番いいんだって。強さがあるならまだしも、弱くて醜いその姿を本当に気に入ってるのだとしたら、どうして僕はここにいるんだい?」
他でもない君自身が自分を受け入れてないからだろうと幻影は言う。そうかもしれない。望んだ姿は果たしてなんだったか、もう覚えちゃいない。それでもきっと、目の前に広がる一面の赤のような怪しい魅力を放つこともない、薄汚い緑の化け物ではなかっただろうと、自分の内からも訴えかけてくるもう一人の自分がいるのだろう。
「今からでも僕の手を取れ、戻ろうよ、懐かしき終わりなき子どもの世界へ。幸せなんてその先にはないよ」
でも、この手を取る訳にはいかない。彼の言う世界こそまやかしで。辛く厳しいとしてもこの現実を生き抜くと決めたからこそ私は進化したのだ。今の姿が嫌いだとしても、私は生き抜かなければならない。幻影に惑わされてはいけない。私があの時手を取ったのは、終わらない夢の少年ではなく、今ある夢を追いかける海賊なのだから。
「またきっと貴方とは会うのでしょうねピーターモン、でも何度でもアタシは断るから」
「君は相変わらず頑固だね、そこだけは変わってないようで嬉しいよ。じゃあまた、現実が辛くなったら僕を呼んで」
そう言って笑うピーターモン。「成敗ゴッコ」と称して容赦なく弱者を虐げる時と同じ、無邪気でありながら酷く悪い笑みだ。見てくれは美少年のソレだけど、心は誰より気持ち悪い生き物。果たして、醜い植物の自分とどっちがマシなのだろうかと思えば、少し自信を取り戻せた。
「そういうとこなのよ貴方って」
だから、怪獣が夢の国を襲った時に、貴方を誰も助けなかったの。子どもの王様、自分自身しか頭にない。誰よりも身勝手で、誰よりも心無い化け物。それでいて誰よりも純粋だから、無闇に周りを惹きつけて。魅了された者たちに対して、夢を見せた責任を取ろうとしない。タチの悪い。この期に及んでまで、夢にも現れ、関わった人たちを離さない存在感。圧倒的だからこそ忘れられない。今のこの苦悩も、貴方という存在を忘れられたらどれだけ和らぐか。きらいできらいで、でも、どこか憎みきれなくて。未だに夢に出続けるのもわかってる。大好きだったのが本当だから。醜い姿を抜きにしても、自分の選択が時に間違いだったのではないかと思わざるを得ないぐらい情熱的で、悲しき思い出で。
「消えて、そろそろ馬鹿みたいな夢と付き合ってられないから」
怪しげな魅力を放ち、ピーターモンを際立たせる花々と共に触手で追い払う。少しずつ、花々もピーターモンも輪郭を失いぼやけていく。強行的に幻影を払ったが、そもそも覚醒が近いのだろう。これで、見たくもないものを見なくて済む。
「やれやれ、それじゃあまた、現実に疲れたら」
最後にそう言い残すと、全てが消え失せ真っ暗闇となった。その暗闇にゆっくりと白い光の穴が開いて、吸い込まれていく。さて、また今日も今日とて鏡を見たくない一日が始まる。
†
「やぁリリィ、お目覚めか? 気分はどうだ?最高か?」
「最高そうに見えるかしら、船長」
起きてからいの一番に見たのは、無精髭がチラホラ見える海賊紳士。身嗜みに無頓着ではないはずのその男が、そんな状態な理由は単純。船が進むべき進路を失い彷徨い、余裕を少し失っているからで。否定した過去ではあるとはいえ、顔自体はムカつくほどに良い奴を見てからのこの現実は、ますます気持ちを萎えさせるところではある。
「ハハハ、ご機嫌だな、上々上々。すぐさまそう返せる元気があるならまだ大丈夫だ」
そう言ってこちらにペットボトルを投げてくる。触手で絡めて確実に受け取る。塩水に囲まれたこの状況において生命線ともいうべき真水だ。布団から降り、キャップを開けて頭から浴びるように体内に取り込む。これだけで生き返る心地だ。
「水の貯蓄はどれだけあったかしら?」 「俺たちの分と別にリリィ専用で換算したとしても後一週間は陸地に辿りつけなくても大丈夫なぐらいかねェ……」 「じゃ、船長の命も後一週間ってことよね、アタシ生きていく為なら真っ先に船長を養分にするから」 「おっとっと、おっかねェな!……だがまあそうだな、お前らの命預かって引っ張り出したってんだから、養えなきゃそうなるのも仕方ねェ」
ガッハッハッ、と笑う大男。無神経で不躾な自由人だが、時に紳士的に振る舞える程度には分別のある完全体。だからこそ、船長と慕っているのだから、本当にそれをする気はない。親愛からくる冗談で、こんなやり取りはあの美少年とは出来なかったな、と未だに夢を引きずる自分に嫌気がさす。
「船長、着替えるから出ていってもらえる?」 「おっと、失礼失礼。お前とは一番長い付き合いだからな、ついつい一人前のレディじゃなくて子どものように扱っちまう、じゃあ食堂で待ってるぜ」
部屋の扉が閉まったのを確認して、ナイトキャップを取り、パジャマを脱いでいく。顔を軽く洗ってから、水平服に触手を通し、航海で手に入れた宝石のついたイヤリングを頭の葉っぱに付けて。それで準備完了だ。かつての人肌と違ってメイクは必要ないから気が楽だ。ちょっと物足りないとも思うけど。 さて、絶賛指針を失い漂流寸前の海賊船、今日はどうやって命を繋ぎ明日へ繋げていくとするのか、食堂で腹ごしらえをしながら船員たちと議論をしなければ。気持ちを切り替えていかなければ、ならない。醜くも生き生きとした今の自分こそが正しいのだと。甘い昨日の象徴の、美少年のことなど笑い飛ばせるように。
終
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 後書き 例にお彼岸の墓参りですが、雑草がつきものとあったので、ちょうどティンカーモン→ザッソーモンの進化ルートがバイタルブレスで実装されてたのもあり、ザッソーモンもお彼岸らしいデジモンかもなと思ったので書きました。 彼岸の象徴として、永遠の少年ピーターモンってのもアリだと思ったので、それらをブレンドし、彼岸花の花言葉が「悲しき思い出」「あきらめ」「独立」「情熱」ということで、それらをザッソーモンに与えました。 ピーターモンが「悲しき思い出」、彼との依存から「独立」したけれど、今の自分に「あきらめ」つつも前に進む彼女はいつの日か「情熱」を手に入れアヤタラモンにでもなるとは思うのですが、作者のリハビリが足りないので、アヤタラモンになるまでの話、自分を好きになるところまでを描いておりません。 まあ、今を生き抜く雑草魂や気が向いたら海賊頭以外の彼女の今の仲間の一味も描けたらいいですね…… お付き合いくださりありがとうございました。
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2022年6月27日
In デジモン創作サロン
※3,800字前後でサクッと読める短編です。最近文章書いてないのでリハビリがてら思いついたものを書きました。 † 「死狂いの吸血鬼に振り回され、こんなところに隠れ住む羽目になるなんて、貴方も可哀想ね」 自らの巨体を隠しきれる洞窟に足を踏み入れてきたそれは、こちらの姿を見るや否やそう言った。我が身に起きている事情を察して、全てを見透かすように。険しい山脈が連なり、並のデジモンでは生きていくことすら敵わぬ過酷な環境など無かったかのように。この巨体と比べれば、吹けば飛ぶ埃のような小さき人型が。 「何がわかる……」 これまでもこのあたりに生息する竜や獣タイプのデジモンが縄張りを奪わんと訪れることはあった。しかし、その中に話しかけてくるような存在は皆無と言ってよく、この物珍しい訪問者に対し、思わず口を開く。 「わかるわよ、私はずっと貴方という存在を探していたのだから」 その言葉に思わずそれへと目線を向ける。あまりに小さいからと、ロクに姿を意識しようとしなかったそれに。ソレは、黒き髪のヒト。頭から角を生やし、蝙蝠が如き羽を持つその者は、魔に連なるモノ。それでいてこの環境に一切害されることなくここまで訪れているそれは、魔王と呼ばれる存在に違いなく。 「七大魔王が俺に何を求める? 言っておくが宝など保有してはいないし、配下に加わる気はないぞ」 「……? ……っ、ぷっ、あはははは」 返答に対してきょとんとした顔を浮かべたかと思えば、すぐにそれは吹き出し笑う。無邪気な子どものように。人型やそうでなくてもそこらのデジモンならば魅了されるであろう魔の美貌にそぐわぬ純粋な笑みを。 「何がおかしい?」 「宝なんて持ってないでしょ貴方。そんな余裕もないことはわかっているの。私をそこら辺の有象無象と同じように扱うのが面白くて」 意識して低く凄みを聴かせて問い掛ければ、笑うことをやめてそれは言う。また、わかっていると来た。本当にこちらの事情を少なからず理解しているようだと、意識を改めざるを得ない。 「……死にかけの竜に何を望むというんだ」 「あら、ようやく私と向き合ってくれるのね? 契約をして欲しいだけ、簡単なことよ」 魔王はそう言って、今度はその容貌に相応しい笑みを浮かべる。悪魔との契約は身の破滅をもたらす、幸せなど見せかけ、未来永劫続きはしない。そう頭の片隅で警告するもう一人の自分がいようとも、思わず聞き返さずにはいられない。この身体は、そもそも未来がないのだから。 「契約?」 「私の為の剣となってもらう、その竜の姿を捨てる契約」 眼前に淡く緑に輝く紋章を展開し、それは楽しそうに続ける。 「探し求めていたのよ、貴方という存在を。不在の聖騎士の役割を奪い、その器たり得る存在。それは、希少なプロトタイプデジモンの中でも、究極の敵の化身ともいうべき姿にまで至ったモノ以外あり得ない」 ドルシリーズと言われるデジモン群、かつてはイグドラシルの実験体にも用いられたと噂のあるそれの生息は、発展し続けるデジタルワールドに置いても未だ希少。完全体であるドルグレモンに至る個体も少なければ、デジコアの空想とも言うべき、究極竜なぞ伝説も伝説。滅多に現れることのないイレギュラー。だからこそ、探し求めていたと魔王は言う。見つけた時には既に、別の思惑に利用されそうとなり密かに苛立ちを募らせていたとも。 「それでこの身が『死のX進化』に侵されていることを知っていたと?」 「えぇ、貴方の自我が失われてからでは遅いもの。骸に興味はないし、それはもはや別の存在。私の計画の駒になり得ない」 魔王の展開する紋章は複数個に増え、あたりを覆う。この巨体の真下にも浮かび、今か今かと発動の時を待っている。 「貴方にとってもメリットのある提案だと思うのだけど? 骸竜になんてなりたくないでしょう? 死狂いと違って意思なき化け物を求めてないもの私」 くるりと踊りを舞うかのように、手足を動かし魔王は、更に作業を続ける。 「苦労したのよ、自我なき化け物に成り果て無為に死を振りまくまいとこんなところに隠れ住む道を選んだ貴方を再度見つけるのに。その労力も貴方が私のモノになるなら、安いモノだけど」 黄金の毒手ではなく、人と変わらぬ素手をこちらに差し出し、魔王は誘う。私と共に来い、と。既に自分の周りは魔王の術式で溢れかえっている。仮に断ったとして、魔王は何かしらのことをするだろう。従わぬ意識を消し去ってきたとすれば、抗い続けている『死のX進化』で魔王を巻き込んであたり一体に死を振り向くことになると思うが、それすらも考慮はしてあると認識する。 「今一度言うわ。我が剣、我が盾となる騎士になりなさい、ドルゴラモン」 魔王の手先となるか、電脳核捕食者となるか、選べ。最悪の二択を押しつけているというのに、それはこちらの気なぞ一切気にしてはいないだろう。否、そもそも魔の王が、他者を思いやることなどある訳がない。自らの欲の為に、『死のX進化』を押しつけてきたあの吸血鬼王がそうなのだから。両者ともに何も変わらない。自分を求めていると言っても、どちらも自分の欲望の為に欲しているに違いなく。死を振りまく化け物か、駒か。どちらもクソ喰らえ、普通ならそう思い、せめてもの抵抗を見せるかもしれない。だが、そもそも俺は。 「いいだろう結ぶぞ、その契約」 自分の為に世界を壊す。友達を救ってくれなかった、親兄弟が生きれなかった、腐った醜いこの世界を。自我なき化け物に成り果てて亡ぶ世界なぞつまらない。だから引きこもっただけに過ぎない。であればこそ、世界を我が物とせん魔王の手先と成って、新たな世界を見る方がいい。秩序の維持と称して、簡単に切り捨てる聖騎士を否定できるのであれば、聖騎士の姿となっても構わない。ただそれだけだ。 「契約成立ね」 全ての魔法陣がより一層激しく光を放つ。この身を覆い包むそれがもたらすは激痛。『死のX進化』へと向かおうとする身体から生じる苦しみとはまた別のもの。内側からくる痛み・苦しみが『死のX進化』へと向かおうとする動きとすれば、外側から内側へと押し込もうとする動き。人の形に押し込もうとする変化か。 「グガァグググゲゲゲ‼!」 「世界に干渉し、現在この世界に存在しないいずれ現れる役割を引き出し強制的に上書きする術式。並大抵の身体じゃ耐えられないけれど、伝説の生き物のデータを引き出し形作った架空の存在とも言える貴方なら適合するはず……」 眩い光の中で。竜の巨体が消え去っていく。眼前の魔王は、笑みをよりいっそう深く浮かべて自分を迎え入れた。 † 七大魔王が一角。色欲のリリスモンのもとに、一体の黒き騎士が加わった。結果、勢力図は大きく塗代わり、魔王も聖騎士も揃って更なる戦乱に巻き込まれる。魔王と組むはずのないその聖騎士の姿は、神話の中の存在。似非に過ぎぬと断定するには、その力はあまりにも強く、本物であると認めざるを得ず。リリスモンの陣営以外、聖騎士も魔王も、その他のどの勢力も困惑を極める中、吸血鬼王のみが苛立つ。自らの思惑の『死を振りまく者』の誕生がなされなかったことから察したグランドラクモンだけが、リリスモンとアルファモン以外で真相にたどり着けるのだから。 「抑止力だなんだと、不在を良しとするからつけ込まれるのだ、愚かな騎士どもめ。おかげで、私の可愛い玩具が、余計な役割を押し付けられ、台無しだよ」 横取りしてきた女狐にも、出し抜かれ利用された聖騎士連中にも腹を立てた吸血鬼王。彼もまた、リリスモンのもたらす戦乱への参戦を画策し、戦火は広がり続けることとなる……。 † 「面倒なものだな、騎士というものも」 「あらそう?その割にはノリノリで、邪魔者を排除してくれてると思うけど」 自分には価値が分からないが、おそらくは最上級の珈琲を口に含んで主人が笑う。主君の休憩のティータイムに侵入してきた刺客たちがデータ片となって飛び交うのを鑑賞しながら、さも何事もなかったかのような振る舞いである。むしろ、その光景を茶請けの菓子とも言わんばかりに楽しんでいるまであるのは、これまでの付き合いから察せられる。 「面倒だね。このぐらいの雑魚、わざわざ俺が排除せずとも、君に傷一つつけられないだろ。守る意味がない」 「仕方のない騎士様だこと」 クスリと笑うと、残りの珈琲を一気に飲み干した主人が、こちらのカップを指差し、早く飲んでしまえ、と手振りで示してくる。大人しくそれに従う。こちらの意図を汲んでいるのだから。 「従者の我が儘を叶える良き主人として、できるだけ面白い戦場に赴くとしましょうか」 「有難い、その言葉を待っていた」 配膳係に自分の分も含めて回収を命じ、ティータイムの机や椅子を喜んで片付ける自分の姿は、忠犬や執事と大差ないだろうが、別にいいとも思う。かつての竜とは違うこの姿をそれなりに気に入っており、それをくれたことに感謝の念が少なからずあるのだから。 「……ところで、アルファモン?」 「何だ?」 「珈琲にマヨネーズとケチャップを混ぜる風変わりな飲み方は、流石にどうかと思うわよ」 「……面倒だな騎士というものは」 「騎士は関係ないわよ。元々の姿では試さなかった、調味料を用いての味付けが珍しいのはわかるけど、珈琲に入れるのは砂糖やミルクにしておきなさいな」 たわいない会話を続けながら、戦場へ向かう。魔王の騎士として。自我無き骸竜へと堕ちることに怯えず気ままに世界を壊す今を楽しみながら。 終 †一言二言だけ† リリスモンCVゆかな ドルゴラモン→アルファモンCV福山潤 希望します
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2019年11月02日
In デジモン創作サロン
オリジナルデジモン小説アンソロ『DiGiMON WRiTERS2』に参加した際の作品。アプモンをデジモンにする話 世界の中心にいるのはいつだって自分で。自分はきっと特別な存在だと心のどこかで思っていて。望めばある程度何にだってなれると、人は何歳まで思うのか。少なくとも子供の頃は、そう思うものだ。夢は叶う。物語の主人公のようになれる。華々しい人生を送れる、誰もがそう思っていただろう。そして、できないものはできないし、自分は物語の主人公のようにはなれない、そう気づき、目の前の小さな幸せの為に日々精一杯生きるのが大人になっていくことだ。 だが、それを受け入れられる人間ばかりではない。子どもの頃の万能感が頭をよぎり、本当にこれでいいのか、自分にはもっとふさわしい場所があったのではないか、どうして自分はこうなってしまったのだろう、そんな風に考えて考えて考えて苦しむ者もいるのだ。だから、小説投稿サイトに素人が書き込む物語や、話題のライトノベルなどに俺TUEEと言われる主人公無双のストーリー、現実を否定する異世界転生物が蔓延る訳なのだ。 そう、望んでいるのだ、今の自分じゃなく未来の自分が輝ける場所を。夢物語のように。真の自分がそこにあると信じて、いや、望んで、すがりついて。それが人間の一側面。ならばこそ、それを与えてもらえたなら、それが悪魔の契約書にサインする物であると理解していてもどうして拒めようか。 ○ それは、突然だった。つまらない上に字が汚い教授の授業を、出席点だけ回収する為に最後数分顔を出し、別の授業での代返の貸しを使ってわかりやすくまとめ直した友人のノートを借りるいつもの日常のはずだった。話題のドラマとかの無駄話を学友と交わし、遊ぶ金欲しさにつまらないバイトをこなし、後は寝るだけという、そのタイミングにそれはきた。 『あなたは主人公ですか?』 スマホの画面に浮かんだ謎のアプリアイコン。目玉を模した不気味なそれをインストールした覚えはなく、本来アプリの名前がある部分には何も書かれていないという怪しさ満点のもの。消えかかっているのか点滅を繰り返しつつ薄くなっていくそれを、ヤバイものなのではないかと思いつつ押してみたら、赤い画面に黒文字でこう書かれていた。スワイプしてみれば、YESとNOのボタンが続く。 ベッドから起き上がり、さてどうしてみようかと考える。普通なら、これ以上操作はせず、アンインストールだろう。どう考えても怪しい。変なウィルスでも仕込まれていてもおかしくない。でも、一度押してしまえば、二度押したって同じようなものだ。そもそも最初に怪しいアプリを起動した時点で決まっていた。何か面白い事はないかと、退屈な日常を彩る何かはないかと、自分自身の心が惹かれてしまっていたんだと。考えるまでもなく答えは決まっていた。YESを押す。 「キミの主人公になりたいという思いは確かなようだ。それならば簡単さ。ほら、私とともにくればいい!」 そんな声がどこからともなく聞こえてきたと思った次の瞬間。スマホの画面から光が溢れ、青年の視界を覆う。そして、画面に触れた指が飲み込まれていく感触を彼は味わう。 「ひっ、な、なんだこれ!?」 恐怖に彼が慌てふためくよりも前に、それは彼を吸い込んでしまう。後には、持ち主のいなくなったスマホが床に落ちる音が虚しく響くのみであった。 ◎ 粒子が散らばる真っ暗な空間が、青年の目の前に映る。時折何かの影が揺らめいたかと思えばすぐに消える、不気味な世界。その中心にいたのは身体中に目玉のついた白銀の巨体。それは聞く者だれをも魅了するだろう心地よい男の声を発する。いきなりの出来事に慌てふためく心すら落ち着かせていく程の怪しい魅力すらある声を。 「はじめまして、私はカリスモン。キミの名は?」 カリスモンと名乗った白いのが優雅な挙動で礼をする。やや芝居がかった動きで大げさでもあるが、様になっている。まるで、そう、魅力あふれる俳優の演技を見るかのように。 「キミの名は?」 突然の展開についていけず青年が黙っていると、再度カリスモンが尋ねてくる。有無を言わさず、答えなければならないプレッシャーを与えている。そもそも状況を把握する意味でも事情を知っていると思われるカリスモンとのコンタクトを取る必要はある。青年は口を開く。 「僕は、古川英輔。えっと、カリスモンって言ったっけ?ここは?」 「ふむ、いい名前だ。主人公にふさわしい。そして、その質問だが、なかなか説明が難しい。ここは、電脳の墓場とでも言うべき場所さ」 ほら、悪霊が渦巻いているだろう?と冗談交じりに言うカリスモン。揺らめいたと思えば消える影のことを指しているのだとわかる。 「電脳の墓場…?」 「デジタルワールドに受け入れらなかった、デジタルモンスターに変化できなかった、デジタル生命体のたまり場、というのが正確だがね」 「デジタルモンスター?」 「そうだな……いちいち口で説明するのも面倒だ。私の能力を披露しよう。英輔、さあ、私の目を見て」 屈んで、カリスモンが目を合わせてくる。全ての目に射抜かれると抵抗する気力すら抱けない。恐怖か威圧か、魅了かはわからない。少なくとも英輔自身の自覚としては、恐怖でも威圧でもなかった。 目を通してカリスモンの知識が英輔に流れ込んでくる。デジタルモンスター、人工知能を持ったウィルスが進化したモンスター。そして、それが生きるのがデジタルワールド。カリスモンは、アプリモンスター。アプリ生命体。デジモンとは出自が違えど、同じネットの海に生きる近しい存在。だからこそ、デジタルワールドにも受けいれられ、デジタルモンスターとして活動できると考えていたのに。 「流れ着いた私は、異物としてあの世界から弾かれた。この崇高なる私が、そんなことあってたまるものか!あの世界で長時間存在を維持ができないなどと!」 カリスモンが拳を握り熱く語る。その悔しさの感情も、目を通して伝えられており、英輔自身さえも自分のことのように思ってしまう。それすらも、カリスモンの持つアプリモンスターとしての洗脳の能力の一部の影響なのだろうが、英輔は危機感を抱けない。抱かない。 「彼らのようなデジモンのなりそこない、ミラーボールモン、ゾンビモン、ホーリーデジタマモンといった名前だけで存在を確立できていない幻霊(デジモン)たちも何故生まれる? 何故他の異世界から流れ着きデジモンとなった存在も数多いるのに、この私が、彼らが!」 カリスモンの周りに渦巻いていたデータが一瞬だけ何かの形をとる。ミラーボールに手が生えたようなモノ、蠢くゾンビのような姿のモノ、天使の卵のような姿のモノ。この場にいる全てのデジモンと言えてデジモンでないモノたちがカリスモンに呼応し、そしてカリスモンにも影響を与えているのだろう。 「だから、キミが必要なのさ、英輔。私があの世界で存在を維持する為に必要な力として」 カリスモンが右手を掲げる。その先に集まるデータの粒子。そして、左手を英輔に向けると、カリスモンの身体にあるのと同じ目玉をつけた球体が複数現れ、英輔の周りを飛び交う。同時に赤い光線を英輔に放つ。バーコードを読み取る機械や、情報をコピーする際のスキャンのように、英輔の情報を収集しているようだった。 「キミは、私が人間世界に放った、主人公願望を持つモノたちへの呼びかけの中でもっともはやく応えてくれた。選ばれたモノだ。キミのその憧れ、渇望は必ず我が助けとなる。そうだろう? だから、力を貸してくれ」 カリスモンの左手からあらわれた目玉達が、光の放出を終え、右手に集う粒子へ向かい飲まれていく。何をしようとしているのか、英輔にはわかる。それすらも、先ほどの知識の共有で与えられているから。絆の証、カリスモンが言うところの自分が与えられる力の象徴を作ろうとしているのだと。 「ところで、他の奴らはみんなまともな姿を取れていないのに、カリスモンはこの中で唯一まともな姿なのはどうしてなんだ? 僕の力を借りる必要なんてないんじゃないのか?」 だが、カリスモンが与えてくれた情報は、カリスモンが最低限必要だと判断したものだけで、英輔が疑問を抱く内容のフォローまではできていない。だからこその質問だった。 「あぁこれかい? デジタルワールドに入り込むために、偶然にも存在した同名のデジタルモンスターにとり憑き取り込み、我が血肉としたおかげさ。もっともそのデジモンも人為的に造られた存在で、種としての確立も不十分という我々に近しい存在だったのだが。……だからこそアクセスできた訳だが、デジタルワールドでの私の存在の完全な確立には繋がらず、存在の維持には課題が残った」 左手を自身の胸に当て語る。その説明の最中も、カリスモンの右手の上で、形づけられていく何か。丸と四角を組み合わせたかのような黒い装置が、少しずつ出来上がっていく。これこそが、カリスモンがデジタルワールドに長時間存在する為のアイテム。英輔を主人公にする為の装置。二人にとってのキボウとなるもの。カリスモンの意地と執念の産物。アプリモンスターとして淘汰され、神へと至る為の力として利用された事から決別する。その為に選んだ輝かしい祝福される未来への扉。その名は、 「デジヴァイス……」 「そう、これが私とキミが対等な関係を築く証となるもの。私をパートナーデジモンの枠に当てはめ、あの世界での存在証明として維持に一役買うものさ」 世界の危機に対して、デジタルワールドはしばしば人間の力を借りる。その際、パートナーデジモンというシステムを使う。そのパートナーデジモンとはある種普通のデジモンとは違い、危うい存在であるとも言える。人間から力をもらい世界の危機に立ち向かうだけの強力な力を発揮する代償なのか、基本的には本来デジタルモンスターの持つ進化に制約とも言うべきものが課せられ一時的なものとなる。だが、それでも、そのシステムを流用し、パートナーデジモンとしてのカリスモンとなるのであれば、あの世界で存在を維持できる。世界を欺く事ができる。そういう結論であった。 「好都合な事に、世界を救う為の人間の選別が今このタイミングで起こっている! 今なら容易く潜り込めるのさ、我々が。一人増えようが誤差の範囲と認識してくれる今ならば! 真の選ばれるべき存在であった私が、キミが!」 デジヴァイスを英輔の方へと向かわせつつ、カリスモンが語気を強めて両手を振るう。自身や英輔を指差し言う。一緒に歩もうと。強大な力を持つモンスターであるカリスモンに必要とされている。しがないどこにでもいる大学生であった自分が。その事が気持ちを高揚させる。 「さあ、英輔、仕上げだ。ペアリングといこうじゃないか。もう一度答えてくれ。キミは私と本当の主人公になる、そうだろう?」 英輔の目の前に浮かぶデジヴァイス。そこから光が浮かび上がり、スクリーンのようなものが表示される。再び映し出される『あなたは主人公ですか?』という問いかけとYES・NO。もう一度、YESを押そうと手を伸ばす。これで退屈な日常から冒険の舞台へと足を踏み入れられる。 「どうした? 英輔、何故押さない?」 YESのボタンに触れる直前で手が止まる。本当にそれでいいのか、洗脳の能力を持つカリスモンにいいように使われているのではないか、疑念が、不安が英輔を縛る。先ほどのアイコンを押した時のようにゲーム感覚で押していいものではないのだから。 「安心して、もう怖がらなくていいんだ。幸せになるのなんて簡単さ。ほら、私といっしょにくればいい」 英輔の隣に移動したカリスモンが右腕を掴む。そして、YESを共に押すよう促してくる。洗脳による強制ができるのだから、こうするという事は自身の意思で決められるという事。これを断る事もできる。自分じゃない誰かでも……それでいいのか? 「さあ、英輔。決めてくれ」 カリスモンを見やる。目と目が合うその瞬間、フラッシュバックする幼き日の記憶。棒きれを聖剣に見たて、勇者を気取った。ゲームや漫画のヒーローに憧れ、自分もそうなるんだと心をときめかせていた在りし日の自分。そっくりそのまま夢見ていた自分になれる訳じゃないにしても、このカリスモンとなら近い事ができる。そのはずなのだ。 これを仮に断った先にあるのは何だ? 単位を取って、就職活動して、卒業してつまらないどこにでもいるサラリーマンになって下げたくもない頭を下げて……、それでいいのか? 今からでもスリルを、冒険を、他の誰もが経験できないような事をする未来の方がいいのではないか? 次の瞬間、カリスモンと共にYESを押していた。その瞬間、輝きを放ち、白銀にデジヴァイスが彩られていく。 カリスモンの色だ。そして、画面横の枠だけがメタリックレッドに輝きを放つようになる。英輔の望む主人公の色。戦隊ヒーローでもなんでも、赤こそ特別という思いが反映されているのだろうか。 「成功だ」 デジヴァイスの輝きがこの世界を照らしていく。それが他の幻霊達と違い、実体をもってそこにいたといえるカリスモンを、より存在が確かなものへと昇華していく。何故だか英輔にはそれがわかる。 「キミは私のパートナー……いや、我々に限ってこんな言葉で括るのはやめにしよう。システムこそ利用したが、我々はもっと違う関係だ。互いに互いを必要とするのは同じだとしても、我々はもっと対等な、そう、バディとでも言おうか。キミは私のバディで、私はキミのバディデジモンとなった。そのリンクが私の変化をキミに伝えたのだろう」 その感覚を不思議がり、カリスモンに尋ねた結果の回答。対等な関係という言葉が嬉しかった。先程までとは違う。先程までなら、自分以外の誰かでもきっとカリスモンにはよかった。だが、今は、これからは、リンクした自分がカリスモンにとってかけがえのないものになり得て、また自分もカリスモンが絶対に必要な立場となれたと確信を持てるようになったのだから。 「さて、そのデジヴァイスにはデジモンの情報を表示する機能もあるはずだ。教えてくれ、英輔。デジモンとなった私がどのように認識されているかを」 自分達のものとなったデジヴァイスの機能を確かめるという意味でも、幻霊という立場から脱したカリスモンを確かめるという意味でもそれは必要な事だ。言われたようにすぐさまデジヴァイスを手に取り、色々とボタンを操作する。先ほどのスクリーンの表示のように、カリスモンの姿とパラメータ、説明文を浮かび上がらせる事に成功する。 「『カリスモン、完全体。突然変異型。ウィルス種。古川英輔のパー……いや、バディデジモン。新種につき詳細なデータはなし』だって」 「ふむ、完全体に割り振られたか。いや、まだ進化の可能性があると考えれば喜ばしいか」 顎に左手を当て考え込むカリスモン。自分の強さに自信があるからこそ、完全体という枠組みには若干の不満を覚えたのだろう。それだけ強い存在のバディになれたのだと、更に興奮する。一種のハイになっていて何事にも浮かれるような状態になっているのだが、誰が英輔をせめられようか。 「さて、これからどうしようか、カリスモン。何をすればいい?」 「それなんだが、しばらく待ってもらえないか? 我々のデジヴァイスを用意でき、私がデジタルモンスターとして存在を確立できたが、我々がイレギュラーである事に変わりない。できれば、選別の後、他の人間達が招かれている時に紛れ込みたい。だから」 「……わかったよ。それまでどうしてたらいい?」 「しばし、また今までのような日常を過ごしていてくれ。退屈な想いをさせるだろうが、なぁにこれまでのキミとは違う。すぐに私が迎えに行くさ、相棒(バディ)」 カリスモンが虚空へと手を翳す。その先に、光り輝く0と1の粒子が飛び散る薄紫色の裂け目が構築されていく。おそらくはもといた世界へと通じているのだろう。つまらない日常の待つ世界。それでもすぐに来るべき日があると思えば、足取りは軽く。再びカリスモンと会うまでに色々と準備ができる。両世界の時間の流れに違いがないとしても、長旅になるのならしておく事もあるだろう。それもまた面倒でつまらない事だが、それすら愛おしい。だって自分は、 「じゃあね、カリスモン。はやく僕を呼んでくれよ。僕はキミの」 バディなんだから、特別なデジモン・カリスモンの。 「あぁ、約束するよ。そう遠くない内に必ずまた君を喚ぶ、我らが冒険の世界へ」 両手を広げて高らかに、謳う。そんなカリスモンを視界に入れ、来るべきその日を夢想し、心の底から湧き上がる歓喜に身を焦がしながら英輔はゲートをくぐった。 ● 「さて、これで完全な肉体は得られた」 デジヴァイスによってもたらされた輝やきも失せ、再び暗く染まった世界に佇むカリスモン。自らの身体の感覚を確かめるように関節を動かす。今までとの違いを実感する。確かにここにある、存在の揺らぎはない。 「この私を打ち破った力も手に入れた」 この世界へ流れ着くきっかけともなった自分を倒したアプモンがいた。同じ極グレード。外的要因による力の上昇値に差はなく。勝敗を分けたのはただひとつ。相手には手を組んだ人間がいて。こちらにはいなかった。それだけだ。だからこそ、バディ。デジタルワールドに受け入れられる存在への昇華の為にも。 「さて哀れな幻霊たち(デジモンになれなかったもの)よ。私は既にデジタルモンスターとなった。だが、バディデジモンとなった事で、戦力ダウンは否めないだろう。今はまだこの姿を維持できているがいずれは並……いや成長期だったか、そのような姿になる。それは仕方ない。受け入れよう、だがそれでも、少しでも強くありたくてね。この私に力を捧げる気はないか?」 人がカリスマに引き寄せられるように、ゴーストデータとなっている幻霊達を引き寄せ吸収する事がカリスモンにならできる。存在が確立していない時点では、カリスモン自身の自我にまで影響を及ぼしていただろう。だからこそ、この瞬間まで放置していたのだ。既にくらった本来のデジタルモンスターとしてのカリスモンや、ここに至るまでに擬似的にリンクし吸収した一部のアプリモンスター以外の幻霊達を。 「せめてものよしみだ、このままここで彷徨い続けるのもいいだろう。私に力を捧げてもいいと思う者だけ残ってくれ。私の力となるのであれば、仮初でも君らに肉体を与える事を約束するが」 デジヴァイスを創り出せたのも、世界を欺こうと画策するのも。全ては、幻霊から抜け出す為に喰らい、得た極アプモンの力の不完全な再現があればこそ。その偽装の能力と洗脳の能力。そして、究極体クラスの肉体。それでもまだ足りない。止まらない、かつてのような敗北を我が身に与える事のないように。究極の存在から、幻霊のような不安定な存在に陥る事のないように。恐怖も屈辱ももういらない。絶対的なカリスマには不要なのだから。 無意識ではあるが、主人公になる事への憧れを捨てきれなかった英輔とは、また別の意味でカリスモンも取り憑かれていた。こうであるべき自分に。 「数多いる中で20体か、少ないが、まあいい。約束しよう、キミたちの選択が間違いではなかったと! 後悔なんてさせないと! 私とともに、いや、私たちとともに幸せになろうじゃないか! さぁ、今こそ私のもとに来るがいい」 暗黒騎士のような風貌の影。おどろおどろしい竜のような姿の影。巨体に長い腕を持った魔獣の影。20いる全ての影がカリスモンへと引き寄せられていった……。 ◎ 「英輔? おい、どうしたんだよ」 先程まで普通に話していたのに、急に虚空を見つめ黙りこんだ相手を不思議に思い、友人が話しかける。英輔はそこで初めて彼の存在を思い出し、今までにない程穏やかな笑みを浮かべる。そんな態度にもちろん戸惑っていると、口を開く。 「ごめん、佑。僕も行かなきゃなんない」 終。 【カリスモン…突然変異型・完全体・ウィルス種。他人に暗示をかけることを得意とする。巧みな話術で対象を洗脳し、意のままに操る能力を持つが、本来デジタルモンスターではない。アルカディモンのパワーデータの一部が組み込まれ造られ、誕生以後種として確立できず淘汰されていたデジタルモンスターとしてのカリスモンのデータを取り込む事で個体としてデジタルモンスターへと変化した(存在の完全な確立には更なる要因が必要であったが)。存在の特異性と本来のアプモンとしての段階から完全体として顕在するに至ったが、その力は究極体に匹敵する。必殺技は、自分自身の力だけでなく周囲に存在する力を惹き付け束ねて放つ、超高密度の高エネルギー弾『ゼーレゲヴァルト』と幻霊としてデジタルモンスターになれなかったデータ達に仮初の肉体を与え攻撃させる『イミテーションノイズ』】
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