本作は『奴がスポンサー』(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/nu-gasuponsa)のセルフスピンオフとなっております。「奴がスポンサー」を読了されていることを前提の内容となっておりますのでご了承ください。また、本作は若干の性描写またはそれに準ずる描写を含みます。苦手な方は各々自衛してくださるようお願い申し上げます。
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第1回DW大食い選手権は無事に成功を収めた。番組の視聴率は歴代トップであり、Zasso肉も番組終了直後から飛ぶように売れ始めたという。
だがそれらの事実は所詮物語の一面、合理的に明るみに出された一面に過ぎないのだ。デジタルワールドで暮らす者の大半がダークエリアから目を背けるのと同じように、この番組にも意図的に伏せられた闇の側面があったのだ。新たな真相を知ったとき、「この番組は成功だった」と胸を張って言えるだろうか?
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扉が閉まり、軋む音を立てながら吊るされた箱が上昇を始める。目に悪そうなどぎついピンク色の照明が、中に入っている二人の欲情を煽るように照らしている。
赤い体に二本の金管楽器が特徴的な二つの短足で立つウシガエルは、箱の体積の半分以上を占めている。声量を増大させるには効果的な膨れ上がった腹は、この場においてはただただ空間を圧迫しているに過ぎなかった。他方はワインレッドの民族衣装に身を包んだ踊り娘、狭苦しく暑苦しい空間の中で壁に体を預け涼しげな表情を浮かべている。
この建物が男女での宿泊を目的とした施設だと説明すれば、箱を降り、細い廊下を抜け、部屋に入った二人がこれから何をするのか、想像に難くないだろう。受付の者も当然そのつもりで彼らを通したのだから。
ウシガエルに続いて部屋に入るなり、踊り娘が一言。
「……三つね」
ブカブカな袖から二尺ほどの刃物を三本ちらつかせたと思いきや、それらは次の瞬間には壁と天井の境に二本、備え付けのテレビに一本が刺さっていた。刃が刺さった場所からは、電子機器が壊れた時に出すバチバチという音が微かに聞こえてくる。
ウシガエルはその非日常なる光景に見向きもせず、部屋の奥のベッドにどっかりと座り込んだ。跡が残りそうなほど深く歪んだそれは、本来二人での使用を前提としている大きさのはずであったが、座っているウシガエルにとってはそのまま寝転んだらスペースを全て使いきってしまいそうなほど小さく見えた。
「あくまで情報は残さない、か」
ウシガエルはそう言うと、どこからともなく取り出した葉巻を不気味な顔のついたキャンドルに近づけた。踊り娘は刃を仕舞うと、窓際の壁沿いに寄りかかった。二人の距離は、話をするにはあまりに遠い。
ウシガエルはベッド横の操作盤を弄り、すぼめた口で咥えた葉巻を大きく吸った。先刻まで木目調だった紙を火と灰がゆっくり侵食していく。同時に照明が弱まり、代わりにクラシック調の音楽が部屋を彩り始めた。
(ターゲットは次の生放送番組の参加者だ。誰か一人でも殺せば番組は休止になる。頼んだぞ)
ウシガエルの肩に乗ったホーンから声が聞こえてくる。この音声は特定の者にしか聴こえない特殊な波長を有しており、あらゆる録音機器に残らない性質を持っている。
そう、このウシガエル『トノサマゲコモン(便宜上、ここからはTと呼称する)』は、自身がプロデュースする番組の一つを潰すため、こうして殺し屋である『マタドゥルモン(同様に以下Mとする)』を雇ったのだ。敏腕プロデューサーであるTはアイドルである『ラーナモン(以下R)』をプロデュースしているが、最近はそのアイドルが自分の望まない方針を進んでいることが気にくわなかった。
気に入らない仕事を蹴っ飛ばす辺りまではまだギリギリ許されたが、自分で番組を作りそれを生放送するなど彼にとっては言語道断であった。しかもよりによって番組の内容は大食い大会だ。変なキャラ付けがなされてはたまったものではなかった。社内にはTに反対する者も多く、そういった者がスポンサーや大会の参加者を募るなどの方法でアイドルである彼女に協力し、番組製作を現実的なものにしていた。こうなっては自分一人の意志で止めることは難しい。かといって自らの一存で社内の者をクビにすれば会社の存続そのものが危うかった。
(俺が聞いている参加者は以下の通りだ。ロイヤルナイツ所属のジエスモン、三大天使所属のケルビモン、オリンポス十二神族所属のメルクリモン、七大魔王所属のリヴァイアモン。それから一応言っておくとスポンサーにザッソーモンがいる)
Tにとって好都合だったのは、その生放送に各界の名を馳せる者が多く参加することだった。有名デジモンが殺されたとあればさすがに番組も自粛せざるを得ない。Tが疑われる可能性も低く、Rも怯えて勝手な言動を慎むと彼は考えたのだ。
「期限と報酬は?」
ナイフのような鋭い一言が、穏やかだった部屋の空気を一変させる。
(十二時間後の放送当日までに一人以上。報酬は……そうだな、五年は遊んで暮らせるほどの金額を用意しておこう)
「十年だ」
Mの姿が一瞬にして消え、次の瞬間にはTの喉元に冷たく光る刃物が突きつけられていた。だがTは一切臆することなく刃を掴み、Mの体をベッドに押し倒した。
(殺し屋風情が、調子に乗るなよ? 今この場でお前を従順にしてやってもいいのだからな)
Tの全体重でベッドがギシギシと悲鳴を上げる。だが命すら危ういこの状況において、Mの発言はとても殺し屋とは思えぬものだった。
「そう。いいわ……来て」
妖艶な声色と下がった目尻がTを誘惑する。Tはそれを聞くとニヤリと笑みを浮かべ、ヒラヒラとした民族衣装に手を掛けながら大きな口をすぼめゆっくりとMの顔に近づけた。
ベッドの軋む音が止むと同時に、部屋に羊の姿をした者が入ってきた。一口に羊と言ってもその姿は異形、普通の羊の体と、顔があるはずの場所に二足歩行の羊の上半身を繋げたような外見を有していた。羊は着物がはだけたままで口を濯いでいるMのもとへ歩み寄った。
「お味はいかが?」
「ゲホッ、ゲホッ……最悪よ。思い切り口の中に入ってきたし」
「まぁ、いかにも高血圧そうな見た目してるものね」
羊はベッドの方をチラリと振り返った。潰れそうなほど凹んでいたのが嘘のように弾力の復活したベッドの上に、干からびたTの姿があった。絶命までは至っていないが、白目を剥いて放心している。
「マタドゥルモンのくせして血が苦手なんて、ホント苦労するね。あんた」
「好きでこう生まれたわけじゃないわ。……ところで、なんなの? 今回の仕事は」
Mの問いに、羊がキョトンとした顔を見せた。
「何って……強者の血を吸えるチャンスを用意してあげただけだけど? その上で素敵な報酬まであるなんて、あたしったら優しいっ」
「ふざけないでよ! 半日後までに究極体一人殺せ!? しかも相手は大御所ばかりじゃない!」
ガラスが割れそうな勢いでMが洗面台を叩いたが、羊は気にも留めていない。羊は備え付けのパソコンを操作し、いわゆる『裏』の情報が書き込まれてあるサイトを開き、Mに見せつけるように画面を指でつついた。
「それだけあんたが生きる道は過酷ってことさ。せいぜい頑張ることだな、闇の世界に名を馳せる殺し屋さん」
「……『約束』さえ果たしたら、絶対に縁切ってやる」
捨て台詞のように呟き、Mは部屋を後にした。
「簡単には切れないよ。あんたが約束を果たす時ってのはさ……」
羊は独り言のように何かを言いかけたが、途中で口を閉ざした。代わりに、T宛に部屋代と隠しカメラ代の請求書を取り出し、それに筆を走らせた。
────────――
農家の朝は早い。まだコカトリモンも鳴かぬ未明の空に背を向けながら、一心不乱に作物を収穫する男の姿があった。彼の名は『ザッソーモン(以下Z)』。普段よりも忙しなく手を動かす彼は、一世一代のチャンスを目前にしていた。
というのも、今日の大食い大会に彼の育てる『Zasso肉』が使われるのだ。放送局の視聴率は平均10%近くを記録しており、大会の様子は生放送で実況される。味はいいが、値の張るブランドであるZasso肉を宣伝するには絶好の機会であった。彼は今日の大会に向けて200個ものZasso肉を出荷しなければならない。
「コイツを使う時が来たか」
Zが手にしたのは、ファントモンのものに似た大鎌。彼がそれを一振りすると、10個のZasso肉が一度に刈り取られ、宙を舞うように袋詰めされていった。これこそがZの最終奥義『ヘッドハーベスト』である。本来は多大な精神力を消費するため、戦闘中でもまず使うことのない技。彼は種族の誇りと農家デジ生の全てをかけて、Zasso肉を一大ブランドにしようと決意していたのだ。
そんな彼のもとに、背後から忍び寄る影があった。Zが気づき鎌を振り上げた、その瞬間────
「ごめんなさい」という声と共に、彼の緑色の全身を無数の刃物が切り裂いた。
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ネオンと大小様々なデジモンで賑わう夜の街に、Mは繰り出した。色彩豊かな彼女の衣装も、この街では没個性の一つに過ぎない。ある者は道行くデジモンを誘惑し、またある者は袖触れ合う者に難癖を付け、またある者は騒音を撒き散らしながら道の真ん中で幅を利かせる。羊が経営するホテルまでの唯一の道であるこの通りが、彼女は何よりも嫌いだった。羊と同じくらい嫌いだった。自然と歩幅は広まり、目線は俯き、足先の刃物が道とかち合うリズムは早くなる。雑念を必死に振り払うMに、仕事のことを考えている余裕など無かった。そうしてこの光と音と熱気が充満する空間を抜ける頃には、月は既に西の空へと傾き始めていた。
「誰か一人でいいんだ、一人で」
Mは自分に言い聞かせるように呟く。だがまともなアイデアなど浮かんでこなかった。ジエスモンに手を出せばガンクゥモンが黙っていないため、実質ロイヤルナイツ二体を相手にしなければならない。ケルビモンが住まうバラの明星は屈強な天使型デジモンが守備を固めており、完全体のウィルス種一体で乗り込むのは自殺行為に等しい。メルクリモンは常に高速で移動しているため、あと十数時間で見つけるなど至難の技だ。リヴァイアモンは、そもそも勝てるビジョンはおろか、血を吸うビジョンすら見当たらない。
ふと、Mの足が止まった。町外れの方からわずかに土を踏む音が聞こえる。空は薄く明け始め、夜行性のデジモンはそろそろ活動を終える頃だ。昼型が動き始めるにも早すぎる。音を辿ってみると、そこにいたのは畑仕事に勤しむ全身緑色のデジモンだった。
『それ』が目に入った瞬間、Mは動き出していた。本来ならば最終手段になるはずだった標的、だが今の彼女に躊躇している余裕は無かった。刃を振るう瞬間、僅かに残った彼女の理性が『ごめんなさい』の一言を絞り出した。
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浮き上がったZの鎌が地に触れると同時にMは背を向けた。植物型といえど、裂けば血が出ないとも限らない。彼女は初めて命に手をかけたことを自覚した体の震えに必死に抗った。そう、彼女は本来殺し屋などではなかった。羊が見せつけてきたサイトは羊自身が作ったものであり、Tに殺し屋としての偽情報を流したのも羊だった。これまで吐く思いをしてまで血を啜ってきたことは幾度となくあったが、それらはいずれも今日を生きている。Tも今頃は羊の見せる夢にうつつを抜かしているだろう。だがこの雑草にもう未来は無い。いや、奪ったのだ。Mはその現実を直視できずにいた。
突如、視界が宙を舞った。Mが気づいた時には、自身の体は膝から崩れ落ち、重力に引かれた頭部は耕された土と熱烈なキスを交わしていた。
「よぉ、生きてるんだろ? アンデッドさんよ」
鎌を持ち伸びた触手を収縮させながらZが言った。Mの胴体は粒子と化し、再び実体化して首から下を形成した。意識を取り戻したMは、起き上がるなりZの目の前に刃物を突きつけた。
「もう諦めな。無駄だってことはアンタが一番わかってるはずだ」
「どうして……生きてるの?」
────ザッソーモンの得意技『デッドウィード』は平たく言えば死んだフリである。だがこのデジモンの死んだフリとは、感情の書き換えや代謝に伴うエネルギー消費を一時的にゼロにすることで仮死状態を実現するものなのだ。故にいくら外傷を負わせられようとも、デジコアに還元された膨大な生命エネルギーが死を許さない。この状態であれば、例え全身を細切れにされようともデジコアの生命エネルギーが解き放たれ元の姿に復活する。消費した分は、大地を中心にデジタルワールド中の至るところからかき集められるため、他のデジモンから見ればさも不死身であるかのように映る。そうして、いかなるデジモンであれ、この戦闘力に乏しいデジモンを相手にするのは全くの無意味だと思い知るのだ────
「理由なんて無いさ。本能的に生きてるんだ、アンタと同様にな」
Zはそう言うと、また肉の収穫を開始した。最後に付け加えられた一言がMの胸を締め付けた。刃物を下ろし、戦闘態勢を解いた。
「貴方も運命に縛られているのね」
「ああ、だがおかげさまでこうして肉の品種改良を続けることができた。今や有名ブランドさ」
「どのくらい続けているの?」
「ずっと昔……少なくともアンタが運命に縛られるより前からだ」
「そう。……私ね────」
Zが自分のことをあまり話したがらないと判断したのか、Mは傍にあった椅子に腰掛け、自身の過去を打ち明けた。
彼女は血の苦手な吸血アンデッドとして生まれ、死ぬことも許されず苦悩しながら生きてきた。まだサングルゥモンだった頃、歩けなくなるほど飢えていた彼女を救ったのはシープモンだった頃の羊だった。羊がくれた血生臭い肉を、Mは吐き気を催しながらも喰らわずにはいられなかった。その後Mは、食と住、素敵な夢を提供してくれた羊に『約束』という形で恩返しすることを誓わされた。嵐吹き荒れる夜の出来事である。
「ごめんなさい、聞いてもいないことを話してしまって。ただ、自分でもどうしたらいいか分からないの」
「それからはずっと羊の言いなりになってきたのか?」
「情けない話だけれどね、文字通りなんでもしてきたわ。体を売って金を得たことだって何度もある。でも他者を殺せなんて言われたのは今回が初めてよ」
立ち上がったMはZに寄り添った。
「ねえ」
「俺は買わないぞ」
「いえ、もし迷惑でなければ貴方のお仕事を手伝わせてほしいの。どうせ殺しの方は失敗だから」
「……報酬は現物支給になる。それでも構わないなら好きにしな」
「ありがとう」
Mは腰を屈め、袖から伸びる刃を使って肉の根本を刈り始めた。
「そういやアンタ、何か趣味はあるのか?」
「趣味?」
「そうだ。アンタは向こうの通りから来たんだろ? 見てきたからわかると思うが、あそこの奴等は底辺ではあるが悲観はしていない。生きる上での楽しさを持ってるからな。アンタも余裕を持てば、アンデッドに生まれたことを後悔しなくて済むんじゃないか?」
Mの手が止まった。虚空を見つめるMをZがフォローする。
「悪い、変なこと言っちまった。アンタには難しい話だったな」
「……歌」
「へ?」
「彼女が助けてくれた時に見せてくれた夢、私は歌ってた。前テレビで歌ってるアイドルの女の子も、すごく楽しそうに歌ってたの。私も、あんな風に、歌えたらなって」
Mが発した嗚咽混じりの上ずった言葉は、むしろこれまでのどの言葉より透き通っているようにZには聴こえた。
「歌えるさ。アンタはもっと自由に生きていい。羊の奴にもアンタの思いをぶつけてみな」
Mはブカブカの袖で顔を拭った。
「うん、頑張るね。……ところで、このお肉はそっちに積めばいい?」
「そいつが報酬だ。餞別代わりに全部持っていきな」
手短に伝えたZは刈り取った肉をトラックに積み込んだ。Mは彼の背中に感謝と別れを告げ、もと来た道を再び歩み始めた。道中で食べた肉からはかつての血の味はしなかった。
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「お帰りなさい。ずいぶん早かったね」
羊はホテルの一室で我が物顔でくつろいでいた。備え付けのテレビでは、これから放送される大食い大会の注目ポイント等をキャスターが解説している。MはZからもらった肉を羊の傍に置いた。
「あなたも食べてみて。あの時あなたが盗んできてくれた畑のお肉よりずっとおいしくなってるの。品種改良の賜物ね」
羊は振り向きすらしなかった。
「楽しそうだね。一仕事終えた殺し屋の態度とはとても思えない」
「仕事はもういいの。報酬もいらない。……ねぇ、聞いて。私、これからはあなたのもとを離れて生きていこうと思うの。もちろんあの時助けてくれたことは感謝してる。でもいつまでもあなたに悪夢を見させられるのは嫌なの。だから……『私が吸血鬼の王になるまであなたの傍にいる』という約束、守れなくてごめんなさい」
一通り伝えると、ようやく羊がMと目を合わせた。彼女が想像していたより遥かに穏やかな表情だった。
「いいんだよ。じゃあ今日でお別れだね。最後に少し、話す時間を貰ってもいい?」
「もちろんよ」
羊はベッドからソファに移り、Mも隣に座った。あらかじめテーブルに置いてあった紅茶を二人とも啜った。
「あたしね、実はあんたを一目見たときからずっと好きだったんだ」
「えっ?」
思いがけないカミングアウトに、Mは自分の耳を疑った。
「だからあんな約束を?」
「そ。覚えてる? あたし達が初めて会った日のこと」
「忘れるわけないわ。あなたは私のためにわざわざ畑まで行って肉を取ってきてくれたんだもの。決しておいしくはなかったけど、嬉しかったわ」
「ああ、その話なんだけどね、実は嘘なんだ」
「……え?」
「あんたが食べたのはあたしの同胞だ」
「何、言ってるの?」
Mが立ち上がろうとした矢先、羊の頭が彼女の肩に乗せられた。恍惚の表情で羊が続ける。
「あの時、同胞達はみんなあんたを殺そうとしてた。放っておけば襲われると思ったんだろうね。だから、食わせた」
「どういうこと……?」
Mの声が震える。金属の擦れる音と共にティーカップが彼女の刃指を滑り落ち、砕けて破片となった。
「あたしだけだったんだよ。あんたに食われたいと思ってたのは、あんたと一つになりたいと思ってたのは」
羊がMと目を合わせた瞬間、Mの背筋に悪寒が走った。羊は急に立ち上がり、四つ足でMの体を押さえた。さらに指先で彼女の鋭い指をなぞり、血が滴る自身の手を彼女の口元に近づけた。
「やめて……やめて!」
「殺してきたんだろ? 雑草の奴を。だからもう初めてじゃないんだよ、あんたが殺すのは」
「違う……」
「違わないさ! さんざんあたしの言いなりになって、怨み辛みも溜まってるはずだ! あんたは縁を切ると言ったが、そんなことはできないんだよ! ……そうさ、あたしを喰らうことで、あんたは晴れて吸血鬼の王になる! 約束はそこで果たされるのさ! あの時あんたが必死こいて喰らった肉の味を、もう一度味わわせてやる!」
豹変した羊を前に、Mは震えて涙を流すしかできなかった。
「選びな! またあたしの言いなりになって悪夢を見続けるか、あたしを殺し、喰らうことで約束を果たすか!」
「嫌……嫌ァァァァァァ!」
助けを求めるMの声に応える者はいない。だがその透き通った叫び声は、建物を越えてダークエリア全域に響き渡っていた。備え付けのテレビには、アイドルのRが観衆に囲まれ満面の笑みで歌う様子が映されていた。Rの歌に合わせるように、羊が呟いた。
「二度と離れない……ずっと一緒だよ……」
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「ねぇ、次のスケジュールってどうなってるっけ?」
「お次は発生練習の時間です。ダークエリアの最奥に素晴らしい美声を持つ者がおりますので、その方からレッスンを受けてもらいます。厳しいご指導を受けますよ?」
ネオンと大小様々なデジモンで賑わう夜の街に、似つかわしくないあどけない少女の姿。半ば水着に近い彼女の衣装は、派手を絵に描いたようなこの空間でも決して埋もれず異彩を放っていた。
「ふふ、どんな練習だってこなしてみせるわ。アイドルとしてさらに磨きをかけるために頑張るわよ!」
ここはダークエリア、地獄の三丁目。かつてホテルがあった最奥部には、現在吸血鬼の王が自身の住まう城を構えている。彼女は今日も肉を喰らい、血を啜り、鈴を転がすような声で歌いながら来客を待つ。彼女にとっての悪夢とは、羊を取り込んだことで獣に近しい姿となったことか。はたまた苦手だったはずの血を口に含まなければ快楽を得られない身体に変わったことか。自身の美声がダークエリアで生きる、あるいは訪れた多くの者を魅了し、その全てが配下として従っている今、彼女にその答えを教えてくれる『友』はいない。
そして今、城の門が唸りを上げて開いた。
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いかがだっただろうか。プロデューサーのTやアイドルのRがその後どうなったかは、読者の想像に任せるとしよう。
最後に一つ、これらの事実を目の当たりにして、貴方は誰が一番得をしたと思うだろうか。……私は、この小説がデジタルワールドでベストセラーとなる未来において、称賛を浴びるだろう筆者の私自身であると考えている。
デジタルワールドの三枚舌P
拝見しましたことをご報告いたします。
まさか、あの愉快な大食い大会の後でそんなことが!!
ケルビモンがセラフィモンに煽られて、闇落ちしかけるシーンは今でも脳裏をかすめます・・・
冒頭のTの小物感がすごく似合う。
そしてMとのまぐわいは・・・うん、ちょっとだけ、ちょ~~~とだけ興奮したっす。
マニアックっすね!!サーセン!!
Zさんがバラバラされて、すぐに復活したところが某型月の冒頭シーンっぽくてニヤニヤしましたが、話としてはなんだかとってもほのぼの。
ただし、Zの活躍?とハッピーなシーンがそこだけだったのがなんだか物悲しい・・・
あと、大鎌装備のZはなんだか強そうで好きです。
デッドウィード含め、チートですね。
いつか「ザッソーモンに転生したんだが、とりあえずデジタルワールドで無双してみた」
みたいな、今流行りのお話も読んでみたいです。(無茶振り失礼)
でも三枚舌ってことは誰かの虚言ってことですよね!?
Mには幸せになってほしいっすよほんと。
嘘だと言ってくれぇえええ
いまいち感想になっていなくて申し訳ありません。
やっぱ物書きに向いてないな俺は(ブツブツ)
カルティメット2巻の方も楽しみにしております!
それでは~。